元お嬢様「安価とコンマで最終決戦?」元メイド「8ですぅ」

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720 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/10/01(日) 01:59:33.79 ID:FcHsSlLLo
フィナ「オミキ先輩は、人形系モンスターのオートマタ」

オミキ「キョウトでは禍雛と呼ばれています」

フィナ「オートマタっていうのは、使命を持って生まれてくるわけ」

フィナ「大抵の場合は、生まれた場所を守ろうとして人間に襲い掛かってくる、理性のないモンスターなんだけど」

フィナ「生まれた場所によっては、少なくとも表面的には人間と親しくしないといけないような使命を持ったオートマタになる」

フィナ「例えば仕立て屋の子はお店を営業する事。オミキ先輩はたぶん、神社の参拝者を増やす事じゃないかな?」

オミキ「大体そんな感じです」

フィナ「オートマタは使命のために行動する。あくまで人間は利用するだけ」

フィナ「オートマタにとっては、あたしもあんたも、どうでもいい存在なんだよ! だからすぐに立場を変えられる!」

タロウ「な、なんだってー!?」

オミキ「どうでもよくはないんですけど……」


フィナ「そして神。キョウトではどうだか知らないけど、フルフィリアやノーディスでは妖精が大幅に強化された姿だと言われてる」

フィナ「でも結局のところ妖精! だから契約している木霊主には決して逆らえない!」

オミキ「キョウトでは神職です。木霊主は……確かジャルバ王国の森林地域の言葉ですね」

子狐「そう、決して逆らえない……。誰か助けて……」
721 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/10/01(日) 02:00:30.27 ID:FcHsSlLLo
フィナ「オートマタは利害関係が一致すれば安全!」

フィナ「神は、使役してる人が仲間なら安全!」

フィナ「そういうものなんだよ!」

タロウ「で、でもまた心変わりするかもしれないだろう? やっぱりフィナちゃんを殺した方がキョウトのためになると考え直す可能性だって……」

フィナ「あっ……でも、そこまで頻繁に変わるわけじゃないと、思う、けど……」

オミキ「心配ないです。よく考えたので」

フィナ「ほら!」

タロウ「君、バカだってよく言われない?」

フィナ「ゲスよりはマシだよ!」

子狐「そんなことより、いいのか? タロウ、その方に身を守る者はいないんじゃぞ?」

力士ジュウリョウとアサシンのガドーは春眠の術で眠らされている。

オミキが解除するまで起こす方法は無い。

タロウ「……切腹が必要なのは僕の方だったか」

タロウ「キョウト男児として、甘んじて死を受け入れるよ」

フィナ「は? いやいや、それって許しが必要なんでしょ?」

フィナ「ダメだし。名誉とかなんとか言ってハラキリで逃げるなんて許さないから」

フィナ「あんたはフルフィリアの法律で裁かれなさい!」

タロウ「う、ぐぐぐ…………」

ダッ

フィナ「逃走した!」
722 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/10/01(日) 02:02:19.26 ID:FcHsSlLLo
オミキ「追いますか?」

フィナ「いや……今は一緒にいて欲しいかな」

フィナ「お腹、痛いし……」

オミキ「……ちゃんと治療しましたか?」

子狐「した! 内臓ぐちゃぐちゃだったけどどうにか戻した!」


クリス「」

フィナ「あの子の顔……もう動かないんだ」

オミキ「ごめんなさい。もう少し早く考えがまとまっていれば……」

フィナ「あたしがハラキリするまで迷ってたんでしょ? ……しょうがない」

フィナ「先輩、どうするの? これから……」

オミキ「今まで通りです。神主さんは理解してくださるでしょうから」

子狐「我がいる側が正義じゃー。キョウトは敵にはならん」

フィナ「そっか、少し安心した……」
723 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/10/01(日) 02:03:24.37 ID:FcHsSlLLo
パキッ

フィナ「何の音……ああっ!」

オミキの頭の上、貴腐が植え付けた身体能力強化のキノコが肥大化していた。

音を立ててオミキの頭部が割れていく。

子狐「い、いかん! はっ!」ピカッ

ボシュ

フィナ「先輩!」

子狐「おのれ、そういう仕込みじゃったか……! キノコは消したが……」

フィナ「ああ……先輩の頭が……!」

子狐「たった今……我は自由に術を行使した。そういうことじゃ……」

フィナ「嘘……仲直り、できたのに……」

フィナ「許さない……貴腐……ッ!」
724 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/10/01(日) 02:05:12.24 ID:FcHsSlLLo
フィナ「…………」

目の前のオミキは立ったまま動かない。

割れた首から忍者の技に使用する墨色の忍魂気が漏れ出ている。

周囲には倒れたままのジュウリョウとガドー。

そして、バラバラになった仕立て屋人形クリスティと、使役していたマネキン。

フィナ「……よし」スッ

子狐「な、何しとんじゃー!?」


1.クリスティの頭部をオミキの胴体に乗せる
2.忍魂気を吸う
3.倒れた二人から装備品をはぎ取る

↓2
725 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/10/01(日) 02:05:41.01 ID:FcHsSlLLo
今回はここまで、久しぶりの選択安価。
結果は見えてますが次回ようやく貴腐との決戦です。できるだけ早めに。
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/01(日) 08:55:53.99 ID:jULDeyQX0
1
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/01(日) 15:30:30.95 ID:yGVh6AM1O

ようやく反撃だな(フラグ)
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/30(月) 12:19:35.84 ID:LxuuqYcWO
いちおーほしゅ
729 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/06(月) 17:24:20.19 ID:Z830dGG0O
^ - ^
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/22(水) 11:30:38.98 ID:KDC/pyPAO
もうそろそろ2ヶ月になっちゃう
731 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/11/29(水) 15:13:20.18 ID:iKiGxS3ko
全然早めに書けなかった……貴腐編ラストまで書きあがってないので保守します
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/29(水) 15:43:04.49 ID:uU4hob7io
乙です
ミルズもフィナも>>1もみんながんばれ
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/29(水) 19:47:44.71 ID:NnsqFx4AO
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 23:48:42.11 ID:hNuKEn5D0
メリクリ
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/27(水) 16:41:01.77 ID:veIecu94O
あけおめも近い
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/27(水) 16:43:33.03 ID:D+zpSNwGo
新年早々におみくじでミスプリントを引き当てるソピア
737 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/30(土) 17:26:40.57 ID:pwBaJh6Bo
(運がわるいのかもうここまで来ると逆にいいのか)これもうわかんねぇな
738 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 17:17:56.39 ID:x0AeRjwSO
一応1/29には生存報告欲しいが
739 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/01/28(日) 18:28:56.58 ID:qmvzqKdUo
生存報告。この分だといつまでも終わらせられないので六勇の半数はダイジェストで倒すことになりそうです。


>>736

フィナ「見て見て先輩ー! 大吉!」

オミキ「うちの神社、元日には大吉しか入れてないんですよ」

フィナ「なーんだ残念」

フィナ「ってことはソフィーも大吉だった?」

ソピア「ねえ……」

ソピア「『はずれ』って書いて入れたの、誰?」
740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/28(日) 20:13:42.87 ID:luO5Tn7uO
おつん
ソピアは男性陣よりも女性陣から貰うチョコが多そう
741 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/28(日) 23:40:06.26 ID:SCoxEXjPo
草ァ!
742 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/31(水) 17:10:55.94 ID:hq4JHQYn0
もう魔人先生がパパっと全員倒しちゃえばいいんじゃないかな…
743 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 16:14:28.93 ID:XNPyxRZL0
そろそろ保守しとく
744 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/26(月) 09:06:46.23 ID:xt5xtTsM0
いつくるのかなあ
745 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/26(月) 09:19:53.99 ID:iAB0vMML0
ageてんじゃねぇよ
746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/16(金) 17:26:58.95 ID:TsNA4NPdO
まだ?
747 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/23(金) 13:44:59.17 ID:1VIeog2eO
あと5日したら生存報告一応くれ
748 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 18:23:11.63 ID:vJoHq88Do
子狐「な、何しとんじゃー!?」

フィナは、おもむろにクリスティの頭部を持ち上げると、オミキの残された胴体の上に乗せた。

フィナ「ちょうどサイズが合ってると思ってさ」

フィナ「ほら、違和感ないじゃん。これで直せる?」

子狐「いや部品が間違っておるし!」

フィナ「あってるよ。先輩の頭残ってないし間違えるわけないじゃん。おっかしーw」

子狐「笑いごとじゃなーい! 取り返しのつかない事になったらどうする!」

フィナ「まあまあまあまあ、とりあえず繋いでみようよ」

フィナ「何かあったらまた首を壊せば元通りだし」

子狐「倫理観がおかしい!」

フィナ「お願い! 貴腐に対抗するには戦力が必要なの!」

フィナ「どっちか復活してくれたらとっても助かるんだって!」

子狐「しかしなあ……」

フィナ「……ねえ、オートマタの中心がどこにあるか、気にならない?」

フィナ「頭なのか、心臓なのか、壊れたら消えちゃうのか、さ」

子狐「……」
749 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 18:35:07.33 ID:vJoHq88Do
数分後……

オートマタ「大変です! 混ざりましたー!」

首から上だけ西洋人形の雛人形は元気に動き出した!

子狐「ま、混ざったとは一体……」

オートマタ「わたしと私の心が混ざって一つになりました!」

フィナ・子狐「「ええええええ」」

フィナ「や、やばい……首を壊してもどうにもならなさそう」

子狐「だから言ったろうー! 取り返しのつかないことになると!」

フィナ「先輩、仕立て屋さん、本当にごめんなさい!」ペコッ

オートマタ「顔を上げてください。わたしは別に気にしてませんよ」

オートマタ「ほら、もうお面つけなくても人間らしい表情ができますし、記憶力も上がったんですよ、フィナお姉さん!」ニコッ

フィナ「う、うん、それはよかったね……」

オートマタ「グー、パー……。体はちゃんと動きます。忍術も裁縫も今まで通り使えそうですね」

オートマタ「あとあと、魔法と巫女のスキルも忘れてませんよ!」

子狐「ぐわあ! また支配下に置かれた!」

フィナ「でもフローラと神主さんになんて説明しよう……」

オートマタ「私はわたしですし、好きにさせてもらいます」

オートマタ「使命感も薄まりましたからね。わたしは……自由です!」

フィナ「そ、そっか……」

オートマタ「でもできればまたお店は持ちたいですねー。着物作ります」

オートマタ「あ、私のことはオミキでもクリスティでもミキティでも好きなように呼んでくださいね」

子狐「名前を絶妙に混ぜるな」

フィナ「もう先輩は先輩でいいや」

フィナ(でもなんだか貴腐に勝てる気がしてきた)

フィナ(だってさあ……スペック高すぎない? 忍者+木霊主+人形師+全属性魔術師だよ?)
750 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 20:30:18.49 ID:vJoHq88Do
ウベローゼン市の人気のない一画。

市民の自警団と貴腐のキノコの力でゾンビとして蘇った侍の戦いが続いていた。

剣士「そろそろ避けるのも限界だよ!」

魔法少女黄「どうすれば倒せるの……?」

キアロ「頭のキノコを狙うんだ。見覚えがある……あれがある限り何度でも復活する」

剣士「よしきた!」ガキィン

剣士「硬っ……!」

魔法少女黒「……時間を止める。ブルー、手伝って」

魔法少女青「時間稼ぎね! まっかせろー!」

侍「グッ……!」

風魔術による空気圧と、強化魔法による羽交い絞めで侍ゾンビの動きが一時的に止まる。

魔法少女黄「今よ!」

魔法少女白「私の魔法は尻からも出る!」キィィィン

魔法少女赤「まじかるー!」ボォォォ

杖と尻尾型装備から放たれる二条の光線と、魔法でも何でもない改造ガスバーナーが、侍ゾンビの頭のキノコを焼いていく。

魔法少女青「えっ何これめっちゃいい匂い!」

キアロ「やはりあれは貴腐のキノコ……例え人間をグロテスクに変異させるキノコであっても風味を追求する、職人の仕事だ……」

剣士「感心してないで次はどうすればいいか教えてくれないだろうか! 剣が効かないんだ!」ズバッ

キアロ「打撃で意識を奪えるはずだ。剣士の君に頼むべきではないが」

剣士「得意技、さッ!」ドンッ

侍「カハッ……」

魔法少女白「あ、あれは噂に聞く壁ドン!」

魔法少女黄「なんて男らしい強打なの! 壁に叩きつけられた彼の気持ちを想像すると胸のドキドキが止まらないわ!」キュン

魔法少女赤「肋骨と肺に効いてるな」

剣士「まだ足りないのかい? 欲しがりさんだね!」バキッ

魔法少女青「イケメンにのみ許される全女子憧れの顎クイ!」

魔法少女黒「あんな事されたら、頭がおかしくなっちゃいそう……」

魔法少女赤「顎へのアッパーカットだな」

侍「……」ドサッ

剣士「フッ……。おやすみのキスはいらなかったみたいだね」

剣士(勝った……! 僕は……カッコいい!)
751 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 20:31:40.67 ID:vJoHq88Do
形勢逆転されたタロウはキョウト国陣営の拠点である神社へと逃げ込んでいた。

タロウ「神主さん、大変だ!」

神主「どうしたんですかタロウ殿、騒々しい」

タロウ「オミキちゃんが裏切ったんだよ!」

神主「ふふっ……」

タロウ「なんで笑うんだい!」

神主「タロウ殿、お主には分からないでしょうな」

神主「オミキよ、よく成長しましたな……」

タロウ「僕らのフルフィリア支配計画に逆らうのが成長なもんか!」

神主「……そも、この私も祭神を侵略に用いる事に賛同してはおりませぬ」

タロウ「なんだって!? この非国民め! 恥を知れ!」

神主「否。罪を暴かれた者こそが非国民のそしりを受ける。それが私どもの国の慣例でしょう」

神主「立ち去りなさい」

タロウ「いや! まだ暴かれてないよ! なんたってこちらにはフルフィリア最強の一人、貴腐が残っているからね!」

「ほう、タロウさん。この異臭騒ぎはあなたの差し金でしたか」

タロウ「誰だ! ってなんだ、この間(2スレ目)僕の店に来てくれた旅人のおじいさんじゃないか」

タロウ「痛い目をみたくなかったら何も見なかったことにして帰った方がいいよ!」

ご隠居「いいえ。その悪行、決して見逃すわけに参りません」

ご隠居「二人とも、懲らしめてあげなさい」

付き人達「はっ!」

タロウ「こ、降参だ! 僕は丸腰なんだ!」

タロウ「いきなり上から目線で懲らしめるだなんて、なんなんだよお前ら!」

付き人「……この紋所が目に入らぬか!」

タロウ「あっ」
752 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 20:32:18.72 ID:vJoHq88Do
貴腐「ふーん? キョウトの傭兵は雇い主のサキューラさんを残して全滅しちゃったんだ?」

貴腐「心配いらないよ、レディー。私の目的はすでに果たしたからね」

貴腐「お偉いさんだか何だか知らないけど、私にカタナを向けたら次の瞬間にはレディーの魔法の餌食さ」

ミルズ(いた……!)


ベーカリーで貴腐攻略の鍵を手に入れたミルズは、細い路地で貴腐の後ろ姿を発見した。

立ち止まり一息飲み込むと、ミルズは緊張を表情に出さないように心掛けながら貴腐に歩み寄る。


ミルズ「貴腐……さん!」

貴腐「おやぁ? き、君はさっきのレディー!」

ミルズ「先程は逃げてしまってごめんなさい。驚いてしまって……」

貴腐「あはは、こちらこそすまない。目の前で人が菌に変わるのは初めてだったんだろう。刺激が強すぎたかな?」

ミルズ「それにしても、すごくいいにおい。近くで嗅いでもいいですか?」

貴腐「ウェルカム! 存分に嗅ぐといいさ!」バッ

ミルズ「殺菌魔法!」シュウウ

貴腐「ぐああああ!!」

貴腐「なっ!? しっかりするんだ、マイレディーズ!」


迎え入れるように両腕を広げた貴腐の全身に殺菌効果のある水しぶきが降りかかった。

貴腐はこの日、初めて焦りの表情を見せた。

その背筋はまっすぐに伸ばし、両の眼も見開いている。


ミルズ(効いてる! やっぱり、高所・先端恐怖症のデマを流していたのは、殺菌という分かりやすい弱点を隠すためだった)

ミルズ(致命的かつ本来ならわかりやすい、殺菌という弱点を隠す……そのために貴腐は奇妙な姿勢を取り続けていた……!)


ミルズは貴腐の背面に移動しながら何度も殺菌魔法を浴びせる。
753 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 20:39:57.41 ID:vJoHq88Do
貴腐「あぁ、お気に入りのスーツがびしょ濡れだ……」

貴腐「ねえ、そろそろやめてくれないかな? それ効かないからさ」

ミルズ「……っ?」

貴腐「着眼点はいいんだけど、私自身は人間だし、レディーも半分人間だ」

貴腐「さて、私を襲った理由だけど、リウム君の仲間って事でOK?」

ミルズ「…………」

貴腐「肯定と受け取っておくよ」

貴腐「さて、口直しのドリンクになるかレディーの一員になるか、君に選ばせてあげよう」

貴腐「私は紳士だからね」

ミルズ(……魔人先生はボクを助けた時、殺菌魔法を使っていた)

ミルズ(つまり、少なくともレディー以外の菌には効いている。殺菌魔法は使い続けるべき!)

貴腐「話を聞かない子だなぁ!」ブン

ミルズ「危なっ……!」
754 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 20:40:51.99 ID:vJoHq88Do
貴腐は手を伸ばしてミルズに触れようとした。

パン職人のスキルの一つ、『菌活性化』。

本来、短期間で良質なワインやチーズを作るための技術なのだが、貴腐は生きた人間に対してこれを使う。

さらに『操菌師』である貴腐の菌活性化は細菌にも及ぶ。

カビ類や常在細菌に対する菌活性化は、菌に変えられた100人以上のレディーと並ぶ、貴腐の強さの象徴だ。

その手で触れさえすれば、あらゆる有機物を腐らせ、分解する。

たとえその対象が山を超えるほどに巨大な生物であっても例外ではない。


貴腐「上手く避けるねぇ。しかし、精神力が切れた時が君の最期だ」

ミルズ(もう打つ手がない……。逃げようとしても後ろから菌の塊が飛んでくるかレディーの追撃が来る……)


殺菌魔法は本来攻撃用の魔法ではなく、その射程も決して長くない。

そのため、貴腐の腕を避けながら殺菌魔法を絶え間なく当て続ける行動には、相当な集中力を要した。


ミルズ(そういえばレディーが攻撃してこない)

ミルズ(横や後ろはがら空きなのに何もしてこないって事は、貴腐の近くにいる?)

ミルズ「……殺菌対策、菌は服の中に?」

貴腐「隠れているよ。で、どうするんだい?」
755 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 20:49:11.66 ID:vJoHq88Do
しばらく前……。

ラファ『惨い死に方をしてしまったのです』

ラファ『まさか白魔術師の私が幽霊モンスターになってしまうとは……。きっとこの間悪魔の力を借りてしまった影響ですね』

ラファ『ソピアと関わってからというものロクな目に遭っていないのです……』

ラファ『ん? あれは……』

日魔術師『ぐふふふ……。女の子の着替えシーンも、入浴シーンも、エッチなシーンも、幽霊なら覗き放題!』

日魔術師『ぼくちんを死なせてくれた幼女たん、ありがとう! 幽霊サイコー!』

10日前、魔法競技会の最中にヒレアに猥褻行為を働いたために爆殺された、変態の日魔術師だ。

遠くを見る魔法に長けるラファは、道行く女性を次々と全裸にしてテンションが上がっている彼の姿を目撃してしまった。

ラファ『……お久しぶりなのです。クズは死んでも治らないのですね』

日魔術師『どどど、どうしてぼくの姿が!?』

ラファ『私も死んだのです。あなたは欲望が強すぎて幽霊化したのでしょうね』

日魔術師『誰にやられたんだ!? ぼくちんが仇を討ってやる!』

ラファ『あまりに変態で忘れてましたけどあなたってたまに正義感強いところがありましたね』

ラファ『私を殺したのは巨大な男なのです。でもやめておいた方がいいのですよ』

ラファ『仲間に強力な使い魔の類と、六勇の貴腐がいました』

日魔術師『誰が相手だろうと関係ない! ぼくの魔法でひん剥いてやるー!』

ラファ『あっ、行ってしまいました……』

ラファ『でも……彼は除霊された方が世の為になりますね。放置するのです』

ラファ『私は除霊されないように気を付けましょう。復活できなくなるかもしれないのです』
756 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 20:50:15.43 ID:vJoHq88Do
日魔術師『見つけたぁ!』

日魔術師『男相手で気が乗らないけど、あいつは女の子を微生物に変えるのが趣味の変態男!』

日魔術師『生身の少女を愛するぼくちんの誇りにかけて許すわけにいきませんぞぉ!』

日魔術師『武装解除(服を消滅させる)魔法!』

貴腐は、パンツ一枚を残して裸になった!

貴腐「はあっ!?」

ミルズ「よく分からないけどチャンス!」シュウウ

貴腐「ひええ! 冷たい!」

貴腐「レディー! このままでは危ないっ、私の下着の中に隠れるんだ! 早く!」

貴腐「な、なぜ隠れないんだ!? 隠れないと無力化されてしまうじゃあないか!」

ミルズ「“レディー”だからだよ!」

貴腐「そうか! ああその通りだね!」

貴腐「これは紳士としてあるまじき失態……!」

貴腐「失敬! 私は服を着替えに戻る!」ダッ

ミルズ「えっ、脚、はやっ……!」


貴腐は体勢を立て直すべく逃走した。

今ここで仕留めなければ、広範囲の索敵能力と目に見えないレディーの奇襲によって、確実に殺される事はミルズにとって明白だった。

しかし頭頂部から生えたキノコによる身体強化の影響で、貴腐は見た目からは想像のつかない俊足を持っていた。
757 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 20:54:52.24 ID:vJoHq88Do
菌のにおいが強いエリアから少し離れた屋根の上で、機をうかがっていたフィナの下を貴腐が走り抜けていった。


フィナ「き、来た!?」

フィナ「……隙だらけ。なぜか裸だし……」

フィナ「今なら……でも……反撃されたら……」


貴腐はそこそこ脚が速いとはいえ、走る訓練を積んだフィナならば十分に追いついて攻撃できる。

しかし、二の足を踏んでいた。

相手は怪物という表現でも足りない程の強さで知られる六勇の一人。手加減をする余裕などない。

フィナには徒手で貴腐を倒すイメージなどまるで湧かず、かといって短剣を握る事もできなかった。


貴腐「反乱勢力の襲撃で皆避難している。人目が少なくて助かったな」

貴腐「レディー、すぐ目覚めさせてあげるからね……!」

一般人「き、貴腐様……!」

貴腐「おっと! こ、この格好には理由があるんだ。誤解されては困るよ」

一般人「助けてぇ……!」ギシッ

貴腐「マネキン……?」


貴腐がばったり出くわした市民の手首と足首に細い糸が巻き付いていた。

その糸は市民の背後に立っている顔の無いマネキン人形の指先から伸びている。

悲鳴を聞いてそちらに顔を向けると、避難所の建物に集まる市民を大量のマネキンが襲っていた。

それぞれが一瞬にして市民の背後に回り込み、魔法の糸で手際よく拘束する。


貴腐「反乱勢力の仲間の人形師か……? しかし人形モンスターにあのような繊細な動きは不可能なはず」

貴腐「狙いは私か。着替えは中断せざるを得ないね」

貴腐「人間使いの人形……危険だ。軍人として無視することはできない」


一瞬、普段見せない真面目かつ冷静な表情を見せる貴腐。だが内心は少々焦っていた。

何しろ頼りのレディーが活力を取り戻すまでは、肉弾戦もしくは周辺の空気や土壌に存在する菌を集めて戦うしかないのだ。

市民を人質に取られているので広範囲の菌を活性化して一掃することもできない。

貴腐は強化された肉体でマネキンの破壊を狙うが、マネキン達は巧みな足捌きでそれを回避。

どうやら操られている市民にも強化魔法がかかっているようだ。


貴腐「一人、妙に強そうな市民がいる」

筋肉「強そうではなく、強いぞー」

筋肉「ボディビルダーとやら、春眠の術であっけなく眠りはしたが良質な肉体だ。この武神タケミタマの器にふさわしい」

貴腐「……間に合った! 援護を頼むよ、レディーズ!」


貴腐が呼びかけると周囲にいくつもの菌糸体が盛り上がり、女性型に変形する。

半実体化した女性たちがマネキン軍団との戦闘に突入した。
758 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:13:24.50 ID:vJoHq88Do
風の刀、風の槍、風の薙刀、風の矢、強烈な張り手。

キョウト国の誇る武の数々が、武術経験の無い貴腐を容赦なく襲う。

成す術なく傷付いていく貴腐だが、強化された肉体は致命傷を防ぎ、わずかな傷も治療班のレディー達の回復魔法によってすぐに修復されていく。


筋肉「何という再生力じゃー……」

貴腐「どんなものかと思ったら、この程度耐えられないようじゃ紳士は名乗れないよ」

シュウウ

ミルズ「追いついた……!」

貴腐「また君か。しつこいレディーも嫌いじゃないけどね」

貴腐「頭のキノコに攻撃したのは当たりだけれど、消毒用の魔法程度ではねぇ」

ミルズ「っ! モンスターの群れ……!」

筋肉「安心せぇ。我らは貴腐の敵じゃー」

貴腐「全く……人間を操って戦わせるとは、なんと外道なモンスターなんだ」

ミルズ「市民を丸ごと洗脳する計画に加担したキミが言えたことじゃない!」

貴腐「ああ……それはね、仕方がなかったんだ」

ミルズ「誰に命令された?」

貴腐「いやあ。ただ、キョウト国の麹菌を手に入れるには他に手段が無かったものでね」

ミルズ「は?」

貴腐「以前は友人に頼めば取り寄せてくれたのだけれど……今、検問が厳しくなっているだろう?」

貴腐「そんな時、キョウト国に伝手があるサキューラさんと知り合って、私は仕方なく交換条件を飲んだんだよ」

ミルズ「麹菌のために……? それだけ……?」

貴腐「そう。私の菌とレディーへの情熱は誰にも止められやしないさ!」

ミルズ「そんな、小さなわがままで……六勇ともあろう人が、国を、町を売った……!?」

貴腐「大げさだなあ。領土を盗られるわけじゃあるまいし」

貴腐「私は麹菌を手に入れて幸せ、キョウト人は商売ができて幸せ、市民は夢中草で幸せ。みんな幸せじゃあないか」

ミルズ「ふざけるな!! 人の命を奪っておいて、何が幸せだ!!」

貴腐「確かに、彼らには悪いことをしたよ。けれども、多数の幸福は守られた」

ミルズ「嘘だ! キミは自分の事しか考えてない!」

ミルズ「……このことは、共和国軍に報告する」

貴腐「ふうむ……理解してもらえず実に残念だよ」

貴腐「これで私は何が何でも君の口を封じなくてはいけなくなった」
759 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:32:51.36 ID:vJoHq88Do
マネキン軍団とレディーズとの戦いは、レディーズが優勢だった。

無数の菌で構成されたレディーに対して物理攻撃はほとんど意味を成さない。

対するマネキンは手足の器用さこそ通常のオートマタを遥かに凌駕しているものの、魔法や忍魂気をそれぞれで使用する事はできない。

レディー達にとっては少々狙いにくい的でしかなかったのだ。

戦闘を終えたレディーはミルズへと群がり来る。


レディーA「貴女にもこの快楽を教えてあげるわぁ〜……!」

レディーB「みんな、魔法弾の一斉射撃よ!」

筋肉「我の後ろへ! ぬう、この者らも不死身かー」

ミルズ「くううううっ……」シュウウ

貴腐「菌から自分の身を守るだけで精一杯だね」

貴腐「君ももうすぐ菌になるんだよ」

貴腐「うん? なんだいレデ、ッ!?」


レディーから報告を受け、右を振り向いた貴腐は硬直した。

遠くに小さな人形のようなものが見えると思った次の瞬間には視界をそれが塞いだのだ。

見た相手の時間を一瞬だけ止める魔法と、忍者の高速移動技術を組み合わせた奇襲。
760 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:33:54.62 ID:vJoHq88Do
貴腐「び、びっくりした」

レディーC「私達を信じてください、貴腐様ぁ」

レディーD「貴腐様には触れさせませんわ!」

オートマタ「邪魔です!」シュッ

サッ キンッ キキン

オートマタ「この数は厳しいですね……っ!」


二体が混ざることで異常なまでの強化を遂げたオートマタだが、20人の実体化したレディーに囲まれ、攻撃を凌ぐだけで精一杯であった。

その方向に向けて貴腐が手を伸ばす。

彼女の操るマネキンと違い、オートマタは市民を抱えていない。

貴腐には、すでに膨大な数に増やした菌を直接ぶつけることが可能だった。


ミルズ「させない……!」シュウウ

貴腐「いいのかいこちらに向けて」

ミルズ「うっ!」シュウウ

貴腐「そうそう、自分に使わなきゃ。一秒でも長く生きたかったらね」

レディーE「吹っ飛べ!」ドカン

筋肉「ぬお!」

筋肉(しまった! この肉体は人質、弾き飛ばされたということは……!)


ミルズ「あっ……」ガクッ

貴腐「ようやく精神力が切れたようだね。中々よく頑張ったじゃないか」

オートマタ「魔法使いさん! ……わわっ!」

レディーF「つかまえたぁ」ドロォ
761 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:34:38.53 ID:vJoHq88Do
魔法の連続使用で体に力が入らなくなり倒れ伏したミルズ。

そして先程の倍の数に増えたレディーと交戦し、隙を付かれて捕まえられたオートマタ。

何人かのレディーによって貴腐から離れた場所へ運ばれた市民達。

条件が揃ってしまった。

一定範囲内をまとめて腐らせ、無に帰す、貴腐の真骨頂。

目の前で、懸命に貴腐へ挑んだ魔法使いの少女が死んでしまう。

今、行かなければ。


師匠『殺さねぇと殺される。それは言い訳じゃねぇ、真理だ』

フローラ『フィナさんもいつか、大輪の花を咲かせてくれると信じています』ニコッ


手は今なお震えている。

それでも、窓を開け放つ。

タンッ

フィナ「うあああああッ!」
762 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:35:11.07 ID:vJoHq88Do
フィナ「毒刃閃っ!」

ドスッ

貴腐「ぐげっ!」

フィナ「……毒抜きバージョン!」スタッ

ミルズ「キミ、は……?」

フィナ「殺菌! 早く!」ビシャッ

ミルズ「うぷっ! わ、分かった!」シュウウ


ミルズの顔にポーションをかけたフィナは、先程から建物の窓越しに戦場を見下ろしていた。

しかし、貴腐と戦う少女の窮地に恐怖を跳ね除け飛び降りたが、結局短剣を握ることはできなかった。

咄嗟に繰り出した技は、高速で斬りかかり毒を与える、殺し屋直伝の『毒爪閃』……の動きだけ真似たただの手刀。

もちろん、その程度で六勇は倒れない。


貴腐「ふふ……。よく来てくれたね、探す手間が省けたよ」

貴腐「そろそろ追いかけっこにも飽きてきた所だったよ!」

ズズズズズ

レディーG「アタシもアサシンなんだけど、ずいぶん下手クソな技ねぇ」

サナ「私がいる限り、貴腐様はいつでも体力満タン。毒も効かないよ」

女子「ミルズ、リウム……ごめんなさい。私だけこんなに幸せになってぇ♪」

レディーH「大切な貴腐様を傷つけるなんて許さなぁい!!」

フィナ「人の壁……!」
763 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:36:00.67 ID:vJoHq88Do
ポーションを浴びたとはいえ、ミルズは限界を超えていた。

ミルズの高い精神力を蝕んでいたのは魔法だけではない。

シュンにより告げられた、自身の出生にまつわる秘密。

家族に裏切られ、貴族の生き残りとして処刑されてしまうのなら、その前に死んでも変わらない……そんな考えさえ頭をよぎった。

だが、目の前の少女は自分の危機に駆け付けた。

そして今まさにその少女が危機に瀕している。

ならば、この場で全力で果てるのも悪くないと思った。


ミルズ「やあああ!」プシュウウウ

レディーH「キャア!」

フィナ「両手、いや、全身から……!?」

フィナ「ちょっとあんた、そんな事したら死んじゃうよ!」

ミルズ「分かってるッ!」


貴腐はそんなミルズをつまらなさそうに一瞥すると、その場から逃げ出そうとした。

彼にとって逃走は有効な戦法だ。彼の役割は司令塔。ただし極めて頑丈でいつでもどこでも無数の兵を補充できる司令塔だ。

ミルズは、走る貴腐の脚にしがみついた。


貴腐「レディーは蹴りたくないんだけど、なっ!!」ブンッ

ミルズ「うあっ!」

オートマタ「フィナさん! 春眠ですっ!」

フィナ「!!」


先程、オートマタが試みようとしてレディーに阻まれたのは春眠の術。

この術で眠らされた者は、フルフィリアの魔術師やエスパーには起こせない事を、オミキが知っていた。

フィナにとっては今日習ったばかりの技だ。

しかし、体は咄嗟に動いた。
764 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:36:31.96 ID:vJoHq88Do
フィナ(これなら、勝てる!)

フィナ「凶刃瞬殺舞 素手ッ! 死ねえええええ!」

ドドドドドゴッ

貴腐「いだっ、やめっ、ぎゃっ!」


凶爪瞬殺舞……人間の急所を狙って秒間10回の斬撃を繰り出す、殺し屋『凶爪』の奥義。

春眠の術……己の身から放出した力の塊である魂気を纏った武器で斬りつけて対象を眠らせる、オミキの得意技。

そしてフィナが振るっているのは手刀、ではなくグーパンチ。

フィナは師匠と先輩から習った技を即興で組み合わせ、不殺活人の暗殺拳を生み出したのだ!


フィナ「永遠に寝てろおおおお!!!」

貴腐「あぎっ、がふっ、ぐぎょっ!」


相手は、菌で肉体を強化しているものの肉弾戦の知識が全く無い貴腐。

一撃たりとも回避できず、人間の急所すべてに黒い気を纏った拳が打ち込まれる!

目、耳、顎、関節、股間、様々な臓器に、黒い気が吸い込まれていく。

本来、春眠の術はこのような使い方をするものではない。


フィナ「貴腐が死ぬまで殴るのをやめない!!!」

貴腐「ごっ、がっ、ぶえっ……」


なお、途中から武神タケミタマがフィナの肉体を強化していた。

強化された貴腐の肉体も耐えきれず、骨が砕け、関節が折れる。

もはや不殺とは程遠い、ただの暴力であった。

フィナが動きを止めた時、そこには半裸の男が見るも無残な姿で息絶えていた……。
765 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:41:14.38 ID:vJoHq88Do
フィナ「はあ、はあ、はあ、はあ…………。ふう……」

貴腐「」

ミルズ「貴腐が、死んだ……」

フィナ「し、死んでないから! たぶん!」

オートマタ「レディーって呼ばれてた人たちも消えちゃいました」

子狐「心拍が止まっとる。これはもう助からんなー」

フィナ「いいや死んでないね! 刃物使ってないし! 目を覚ましたら仲直り!」

ミルズ「そんな無茶な……」

フィナ「さっきの新技の名前は『春の舞』でいいかな?」

子狐「優雅さのかけらもない、ボッコボコに殴る技を?」

フィナ「あたしの流儀は不殺の暗殺術」

子狐「矛盾しとるぞー」

オートマタ「フィナさん、人を殺してしまった事を認めたくないのは分かります……」

オートマタ「でも、貴腐は私を利用してわたしのお店を壊した極悪人なんですよ! 死んで当たり前です!」

ミルズ(何言ってるんだろうこの人形)
766 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/28(水) 21:43:39.65 ID:vJoHq88Do
ミルズ「……もし、貴腐が生きていたらこれからも、自分のわがままでもっと大勢の罪のない人々を殺していただろうね」

ミルズ「キミがそうしていなかったら、ボクもキミも死んでいたんだ」

ミルズ「命の恩人を人殺しだなんて責めやしないさ。誰がその行為を責めても、ボクはキミの味方だ」

ミルズ「ねえ、名前を教えてくれないかな?」

フィナ「……あたし、フィナ」

ミルズ「ボクはミルズだ、よろしく」スッ

フィナは握手に応じなかった。

フィナ「……ごめん、あたし、初対面の人はもう絶対信用しないって決めてるんだ」

ミルズ「……そうだね。裏で何してるかなんて、身内ですら分からないものだからね」

子狐「お互い訳ありじゃなー」

オートマタ「え? 一件落着ー!じゃないんですか!?」

オートマタ「まあ一部わたしのせいなんですけどね」
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/29(木) 12:07:25.61 ID:Q0X/uxReO
来とったんかワレェ!
768 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:12:36.79 ID:TJaEChqLo
「あいたたた……」ムクッ



フィナ「ひいっ」

ミルズ「あ、あああ……」

貴腐「君たち……よくもやってくれたね」

貴腐「特段不思議な事じゃないよ。菌はね、土の中にだっているし、風に乗って飛んでくる」

貴腐「この世に菌がいる限り、私は何度でも蘇る」

貴腐「私は不死だ」

子狐「春眠の術を克服しおった……」

オートマタ「そんな、もう倒す方法なんて思いつきません……」

ミルズ「殺菌…ぐっ」ガクン

ミルズ「だ、ダメだ……動け、動けえ!」ガクガク

フィナ「ちょっと!? 殺菌できなかったらもう攻撃が……!」
769 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:13:09.81 ID:TJaEChqLo
「下着姿で……何をしているのかしら?」

貴腐「や、やあ」

フィナ「……共和国海軍の大将」

ミルズ「通称、女帝……!」

女帝「町がモンスターの群れに襲われているのに、前線に貴方の兵士が現れていないようだから様子を見に来たのよ」

貴腐「た、戦っていたさ! マネキンの残骸が見えるだろう?」

貴腐「市街戦で珍しく苦戦を強いられてね……。ただ、もう終わるところさ」

ミルズ「ち、違います……! 貴腐は……!」

ミルズ「夢中草の売人グループと組んでいて、げほっ」

ミルズ「一般市民のボク達を口封じのためにっ……。他の人も大勢殺されて……!」

女帝「そう……。それは、怖かったわね」ニタァ

ミルズ(今も怖い)

貴腐「おいおいレディー、騙されないでくれよ。衛生兵長たる私がそんな事をするわけがないだろう」

フィナ「嘘を付くな! 憲兵に神社を調べてもらえば、すぐに証拠は見つかる!」

女帝「落ち着いて。すぐに分かるわ」スッ
770 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:14:08.09 ID:TJaEChqLo
女帝「嘘を付いているのはやっぱり貴方ね、貴腐」

貴腐「何を根拠に……はっ」

フィナ(今、あたし達は鞭で打たれたんだ! 女帝に操られて、ありのまま起こったことを自白させられた)

フィナ(叩かれた記憶も消されるから知っていなければ尋問されたことにも気付けない!)

女帝「貴腐、貴方は一旦元帥の家で待機。反乱を鎮圧して落ち着いてから軍法会議よ」

貴腐「惜しい……あと2人だったのに」

女帝「元帥の家で暴れたり、奥様やエイラちゃんを傷つけたりしたら…………私の拷問がマシに思えるわよ、ウフフフッ」

貴腐「ひっ……」

女帝「さあ、自分で歩いていきなさい!」パチン

貴腐「……」テクテク

フィナ(あれ、レディーにも解除できないんだろうなぁ)

女帝「フィナちゃん、ミルズちゃん、貴女たちには補償と褒美を与えたいところだけど、今は避難して頂戴。警護を付けるわ」

フィナ(名前も聞きだされてる……)

フィナ「お気持ちだけ受け取っておきます……」

女帝「そう? それならポーションを渡しておくわ。これで疲れを取りなさい」

女帝「そうそう、ミルズちゃん。菌に変えられた貴女のお知り合いは後で元に戻させるわ」

ミルズ「あ、ありがとうございます」

女帝「いいえ。この度は衛生兵長がご迷惑をかけてごめんなさい」

女帝「ではお気をつけて。ウフフッ……」

フィナ「ミルズ。……さっきは適当にかけてゴメン。ほら、ポーション飲んで」

ミルズ「ごくごく……ぷはっ!」スクッ

ミルズ「行かないと……」

フィナ「どこ行くの? まだ動かない方が……」

ミルズ「違法ハーブの元締めが残ってる……!」
771 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:16:44.12 ID:TJaEChqLo
神社の周辺地区。

ギャル「げーっ……。なんでお偉いさんがタイミング良く神社に来てるワケ……?」

ギャル「タロウには悪いけど縁を切るしかないか。引っ越しかー……面倒臭い……」

バッ

フィナ「見つけた! 神社の近くを探して正解だった」

ミルズ「逃がさないよ」

ギャル「ウソっ……生きてたの? キョウトの傭兵たちは? 貴腐は?」

フィナ「貴腐はあたしが倒した。オミキさんはこちらに付いたよ」

ミルズ「貴腐は、キミに頼まれたって言ってたよ。キミも捕まえて共和国軍に引き渡す」

ギャル「ハァ!? 監獄とかチョー面倒なんですけど!」

ギャル「もしかして……アタシが弱いと思ってない?」

ミルズ「キミの実力は知ってるからね」

ギャル「ハッ、ウケる。ダサいから使いたくなかったけど、しゃーなしか……」

ギャル「秘技『死ノ薬』……!」

フィナ(ただの水弾の連射?)

ミルズ「避けて!」

フィナ「わぷっ! あれっ、別に痛くない」

ミルズ「高濃度の夢中草エキスが入ってた。あれは即席のポーションを作って連射する技。威力はなくても、当たればいいってことだろうね」

ミルズ「まあ、ボクが中和魔法で効果を消すから何の効果もないんだけど」

ギャル「ちょっ、全部無効化するとかありえんし……マジ最悪……!」

フィナ「じゃ、普通に拘束するね!」
772 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:17:31.84 ID:TJaEChqLo
夢中草の売人の元締めであるサキューラはあっさりと後ろ手に縛られた。

魔法は手を使わなくても発動できるが、精神力も大きく削れる上に身体への負担も大きい。

縛られたまま走るのは案外難しいため、相手がベテラン魔術師やテレポート使いでなければ、魔法封印は必要ではないのだ。


フィナ「質問なんだけどさ。死の商人って殺し屋とどう違うの?」

ミルズ「武器商人の事。その中でも特に戦争において敵方にも武器を売る商人への蔑称」

ミルズ「殺し屋みたいに直接手を下すわけじゃないけど、間接的に大勢の命を奪ってる」

フィナ「そっかー。お金のためなら友情もポリシーも捨てる悪魔って感じ?」

フィナ「いかにもグリエール商会らしいや」

ギャル「……聞き捨てならない」

フィナ「何?」

ギャル「取り消せ! ミリエーラ様はアタシ達を救ってくれたんだ」

ギャル「アタシの親友を馬鹿にすんな! ミリエーラ様は、グリエール商会なんかとは違う!」

ミルズ「親友に様付け……?」

ギャル「兄様〜なんて言ってるアンタに言われたくないんですけど!」

フィナ「へー、ボスはグリエール商会の人じゃないんだ」

フィナ「でもさ、あんた達のしたことは、あんたが嫌ってそうな商会より酷いよ」

ギャル「……アタシだってこんなめんどい仕事やりたくなかったし」

ギャル「きっとボスにはボスの考えがある。だから言うとおりにしただけ……」

ミルズ「……やっぱり、本人に話を聞かないと解決しない、か」
773 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:18:22.37 ID:TJaEChqLo
ピロピロリン

フィナ「何の音?」

ギャル「……通信。あんたらが会いたがってるボスから」

ミルズ「これ?」スッ

ギャル「耳に当てて」

ギャル「ごめん、ボス! 夢中草の仕事は失敗。市民に捕まった。フリー、マリー、ビオーラ、ディアナもたぶんダメ」

ミリエーラ『全―知っ―――す。――――成功です』

フィナ「音量上げてよ」

ギャル「えっ、そうなの? 結構稼いだけど、全体には行き渡らなかったし、何より幹部のアタシが……」

ミリエーラ『あなた方の役目は終わりました』

ギャル「……あの、どういう事?」

ミリエーラ『根無し草は枯れる運命……お疲れ様でした』

ギャル「ま、待ってミリエーラ様……アタシはまだ」

ブツッ

フィナ「捨てられてんじゃん。案の定」

ミルズ「少しだけ、同情するよ。そういえばキミは最初から全くやる気が無さそうだった」

ミルズ「やりたくもないことをやらされて、町の平和を奪い、傭兵や協力者に人を殺させた。辛いだろうね」

ミルズ「でも、キミが今更悔やんだ所で失われた命は戻ってこないんだよ!」

ギャル「うあ、あああああ!!」ガクッ

ギャル「ゴメン、リウム……! メガネ……! みんな……!」
774 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:19:22.13 ID:TJaEChqLo
テレサ「ご安心ください。戻ってきますよ」

ミルズ「テレサさん……!?」


ミルズと共に夢中草の販売組織を探していた協力者である、聖教徒のテレサ。

貴腐からの逃走劇が始まった後、影も形もなかった彼女がそこにいた。


フィナ「この人、貴腐にやられたんじゃ……?」

フィナ「貴腐、あと2人だったって言ってたよね?」

ミルズ「ああ……その2人の中にはたぶんボクが入ってなかったんだよ」

ミルズ「ずっと、隠れていたんだね」

テレサ「はい」

テレサ「わたくしは、テレポートで遠くに飛ばされた後、すぐに下水道へ逃げ込みました」

フィナ「下水道って菌が多そうだけど」

テレサ「ええ。貴腐に操られていない状態の菌で満たされています」

フィナ「そうやって菌の捜索網から逃れたんだ! 頭いい!」

ギャル「それより! 戻ってくるって言ったけど、マジ!?」
775 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:20:36.93 ID:TJaEChqLo
キョウトの傭兵との戦闘時、テレサはある魔法を使っていた。

生命の天使の固有魔法『サリエルプロテクション』。

この魔法には、加護を受けた対象の死を保留する効果がある。

強者の勲章を得るための百兵の試練などのように、高確率で死者が発生する場では必ず高位の聖教徒がこの魔法で保険をかける。

ただしこの魔法は、効果が続いている間、他の魔法が一切使えなくなるという弱点も持つ。

したがって、天使から貴腐が倒されたと報告を受けるまで、テレサは下水道に棲む凶悪なモンスターから逃げ回る羽目になっていた。


テレサ「すみません。回復や防御結界でサポートしたかったのですが、あの場では人数が多かったので加護を優先しました」

フィナ「いいよいいよ! あたしだって、うずくまってただけだったもん」

ミルズ「ボクなんていなかったからね」

テレサ「では……」

テレサ「生命の天使よ。絶えた命を、契約の時までお戻し下さい」


6本の光の柱がウベローゼン市を照らし、リウム、ラファ、テンパラス、ネル、バルザック、ガルァシアが生き返った。
776 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:22:27.91 ID:TJaEChqLo
病院近隣。

バルザック「うっひょー! 俺、復活!」

バルザック「しっかし、流石の俺っちにも六勇を倒すのは無理があったぜ」

ネル「ンー。相手が悪かったネ。でも一番悪いのはアイツだヨネ」

バルザック「ああ。俺たちに敵の正体を黙っていた、シュンをぶん殴りに行こうぜ!!」

ガルァシア「……俺も賛成だ」


テンパラス「……テレサ殿の魔法か。今度会った時に礼を言わねば」

テンパラス「まだ、私の剣の道は続けられそうだ」



裏路地、アジト前。

ラファ「生命保険魔法。知ってたのです」

日魔術師『ぼくちんを置いていくのかぁ〜!』

ラファ「憑いてきたら除霊するのですよ。でも今回は働きに免じて見逃してあげます」

ラファ「性的な悪戯をするなら、討伐依頼を出されないようにせいぜい気を付けるのです」

リウム「……父さん」

貴腐によって苗床にされたリウムの父はそのまま残されていた。

リウム「魔法街で、魔導師の先生も死んだままだった……。姉ちゃんも帰ってこない……」

リウム「なんで俺だけ生きてるんだよ!!!」

リウム「それじゃ……意味がないだろ……」

ラファ「……今は、好きなだけ泣いていいのです」

ラファ「落ち着いたら、どこか屋内に移動しましょう。生きるのです。生きなければいけません」

悲しみ喘ぐリウムに、ラファは優しく寄り添った。

彼女もかつて家族を失った身。その心境は痛いほどに理解できた。
777 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/03/29(木) 22:23:24.51 ID:TJaEChqLo
テレサ「では、彼女の身柄はわたくしが預かります」

テレサ「お二人もお気をつけて」


サキューラはテレサが聖教会へと連れて行った。

町が落ち着いたら既に捕らえているディアナ達と共に軍へ引き渡すのだろう。


オートマタ「フィナさーん! 神主さんと話をしてきました!」

オートマタ「見違えたわたしの姿に目を丸くしておられました!」

フィナ「だろうね……。フローラはどう思うかな……」

オートマタ「あっ、オーナーさんとは今通信してます。はいどーぞ!」

フィナ「フローラ! フィナだよ!」

フローラ『ハーブの問題、解決したんですね。おめでとうございます!』

フローラ『クリスティさんは……その、災難でした』

フィナ(困惑の表情が目に浮かぶ……)

オートマタ「お店は、建て直していただいたら続けます」

フィナ「ず、図々しい」

フローラ『ちょっと、なんですか……』ガタガタン

フィナ「フローラ、どうしたの?」

クルト『聞こえるか! 一刻も早くモニターを壊すんだ!』

フローラ『クルトさん、ウベローゼンのモニターはもう壊れています』

ミルズ「兄様!? 今どこで何してるの!?」

クルト『み、ミルズか。今俺は、フローラと遊園地にいる!』

ミルズ「……は?」

フィナ「……は?」

クルト『今はゆっくり話している時間がない。また後でな!』

ブツッ

フィナ「…………なんだか、方向性の違う裏切りを受けた気分」

ミルズ「…………ボクもまったく同感」
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/29(木) 22:37:20.97 ID:UeGDjsBNO
きてるー!
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/29(木) 22:51:23.13 ID:z1oVkdIvO
なるようにしかならないんだなという謎の安心感がありますね…
780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/30(金) 18:37:14.06 ID:VJjcSS9XO
変態はよく頑張った
781 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 03:09:38.16 ID:PuEU+LE3o
女帝に避難するように言われていたが、フィナは家に用事があるらしい。

ミルズは、フィナの近くが安全だと思い、家までついていくことにした。


空き巣A「ぐへへ、町が混乱してる今が狙い時だ……」

オートマタ「こらー! 他人の物を盗ってはいけません!」

空き巣B「やべっ、逃げるぞ!!」

フィナ「……」


女性「お願いします! 子供だけでも!」

夫「駄目だ駄目だ! 知らない奴を家には上げられん!」

妻「ちょっと、ドア閉めてよ! モンスターが入ってきたらどうするの!」

女性「うちの子を押さないでください!」グイッ

妻「いたっ。何すんのよ!」

夫「妻を殴ったなテメエ!」

フィナ「……醜い」

ミルズ「急いだ方がいいかもね。家に押し入られてる可能性がある」
782 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 03:10:38.24 ID:PuEU+LE3o
フィナの家は、半壊していた。家族の姿もない。


ミルズ「これは一体どういう……! 近くにモンスターはいなかったし、違法ハーブ関係の敵はもういないはず!」

フィナ「……あはは。……最悪だ」ガクッ

オートマタ「フィナさん!? ガドーという男の仲間の仕業ですね。許せません!」

フィナ「……いいよね、先輩は」

オートマタ「はい?」

フィナ「何のしがらみもなくて……夢と目標以外には無頓着で、心が痛むことなんてないんだろうね」

オートマタ「体が痛むこともありませんよ」

ミルズ「フィナ?」

フィナ「もう……嫌なんだ」

フィナ「誰かに裏切られても、家族がいなくなっても、傷付かないようになりたい」

フィナ「躊躇なく人に刃を向けるには、心を殺して人間をやめるしかないんだ!!」


悪魔『その言葉、本当だな?』

フィナ「っ!? ここは……!?」

悪魔『僕は人に非ざる者を司る、死霊・傀儡の悪魔』

悪魔『望むのならば、お前を人間でない物に変えてやってもいい』

フィナ「……この苦しみは無くなるの?」

悪魔『無くなる。ただしお前が得る物は空虚だ。もはや二度と感動することもない』

フィナ「それって……誰かと話したり、美味しいお菓子も食べられなくなるってこと!?」

悪魔『実体があればできる。どう、契約するかい?』

フィナ「実体がある形で……お願いします」

悪魔『フッフッフ……契約成立だな』

フィナ「あっ……!!」

心臓が締め付けられる感覚の後、体温が少しずつ失われる。

初めは恐怖を覚えたが、その恐怖さえも次第に薄れていった……。
783 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 03:12:16.43 ID:PuEU+LE3o
ピカッ!!

ミルズ「フィナ! フィナ!」

フィナ「ふぇ……」

ミルズ「ま、間に合った……?」

オートマタ「良くないものが来てるって狐さんが言うので、ミルズさんに起こす魔法をお願いしたんです」

ミルズ「何に会ったか覚えてる?」

フィナ「…………よく覚えてない」

ミルズ「コホン。フィナ。ガドーって誰なんだい? なぜ家を襲ったの?」

フィナ「……話せない」

ミルズ「話してくれ。ボクはキミの力になりたい」

フィナ「ダメ。存在を知ったら、ミルズも巻き込まれちゃうから……」

ミルズ「大丈夫。貴腐より恐ろしい敵なんてそうそういないさ」

フィナ「ねえ、なんで会ったばかりのあたしを助けようとするの? ほっとけばいいじゃん!」

ミルズ「貴腐を倒した時にも言ったけど、命の恩人だからだよ」

ミルズ「フィナが手伝ってくれなかったら、ボクは今頃キノコの栄養分にされてた」

フィナ「…………アサシン協会」

フィナ「あたしは、アサシンの弟子になって、そして弟子をやめた。だから、狙われてる」

ミルズ「やけに強いと思ったら……そういうことだったんだ」

ミルズ「別に驚かないよ。もっととんでもない存在を知ってるからさ」
784 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 03:14:14.24 ID:PuEU+LE3o
ミルズ「アサシンの弟子ってことは、ホワイトシーフだ」

ミルズ「……キミにしか頼めない事がある」スッ

フィナ「書類と封筒……あっ、ミリエーラって書いてる!」

ミルズは、シュンに教えられた衝撃の事実をかいつまんで話した。

フィナ「そっか……。ミルズのお兄さんが陰でこっそり商売をしてて、しかも死の商人の正体かもしれないんだ」

オートマタ「えー、それ絶対違いますよ。クルトさんはミリエーラさんじゃないですって」

フィナ「ちょっと黙ってて」

オートマタ「はいっ」

フィナ「だとしたらフローラが危ない! 一番ヤバい奴と一緒にいることになるじゃん!」

ミルズ「でも、この証拠は自称探偵の用意した偽物かもしれない」

フィナ「うん、確かに。あの探偵は昨日から嘘しか言ってない」

ミルズ「キミに頼みたいのは、この書類や取引記録表が本物かどうかの調査」

フィナ「うーん……書類に書かれてるジェンス魔道具店を見に行かない事には分からないけど……」

フィナ「今は状況が悪いかな。あはは……」
785 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 03:16:05.93 ID:PuEU+LE3o
ミルズ「そうだね。今、外に居続けるのは危ない」

ミルズ「せっかくだからお茶しないかい? ボクが最近知った雰囲気のいいカフェがあるんだ。フィナもきっと気に入ると思う」

フィナ「ごめん。あたしはアサシンが怖いから人の多いところに行くよ」

ミルズはフィナの手首を力強く掴んだ!

ミルズ「まあそう言わずに! ここから近いし、強いカフェだから大丈夫」

フィナ「強いカフェって何!?」

ミルズ「行けば分かるさ」

フィナ「行かないって! 離して!」

ミルズ「ごめん……。それならボクは寂しく一人で行くよ。じゃあね……」

フィナ「も、もう……。そのカフェ、スイーツはある?」

ミルズ「スウィートな経験ができることは間違いなしだよ! さあ、行こう!」

フィナ「あのさ、先輩……」

フィナ「初対面でグイグイ来られるのって結構怖いんだね!」

オートマタ「夢中草、盛ってないんですけどねぇ」
786 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 03:27:05.72 ID:PuEU+LE3o
店主「あなたの こころの おあしす」

店主「カフェ:アンブロシア」

店主「まちはおおさわぎでも、つうじょうえいぎょう」

フィナ(夢中草のにおいがする)

貼り紙『当店は合法です』

貼り紙『安全な調合を行っております』

フィナ(調理じゃなくて調合)

フィナ「だ、騙された。嵌められた……」

ミルズ「騙されたと思ったなら、食べてみなよ。人生変わるよ」

フィナ「あたしをどうするつもりなの!」

ミルズ「怒らないで。ボクはただ、キミに美食の向こう側を見て欲しいだけなんだ」

ミルズ「ほら、メニュー表」

フィナ「ええと…………じゃあ、これにする」

フィナ(オールドファッション。無難なドーナツなら変なのはでてこないでしょ)

フィナ(誤字が気になるけど……)

フィナ(ミルズのはコーラ? でもにおいが別物……)
787 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 03:38:23.94 ID:PuEU+LE3o
店主「おまちどぅー」


☆キノコーラの材料☆
・貴腐ワイン(シスヤタ産)……こさじいっぱい
・サイケマッシュの生搾り汁……おおめ
・テングマッシュの生搾り汁……おおめ
・解毒草……ほんのりと
・夢中草……ほどよく
・塩酸……たっぷり

☆オドールファッションの材料☆
・呪われた綿……さんじゅうねんじゅくせい
・解呪薬……なくてもよい
・夢中草……ほどよく
・脱力粉……すてきなぱうだー
・特製シロップ……からだがとろけるあまさ


ミルズは体中からキノコが生えてしまった!!

フィナは踊るマネキン人形になってしまった!!


オートマタ「今までの戦いはなんだったんですかー!!」
788 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 04:04:44.31 ID:PuEU+LE3o
●モンスター図鑑

>>321 焔華神。

大型モンスター化した火花の妖精。悪魔の本体の根城である魔界にはこのような妖精が無数におり、焔華神はやや弱い方。

ラヌーン国の海神よりも弱い。


>>321 インキュバス。

自分の事を聖教徒だと思っている魔族。

全身が心筋で構成されており無限に肥大することが可能。

男女問わず心筋に触れた者は激しい愛情に身も心も支配されインキュバスの言いなりになってしまう。


>>643 武御霊。

たけみたま。フルフィリアの風神に相当する大型モンスター。

複数の武神が習合した存在であるため本当はもっと長い名前。

天候操作および人の身体能力を底上げするご利益があるため、運動会の前日に参拝したい神。


>>685 ナマクラゾンビ。

貴腐の操る菌糸によってゾンビとして蘇ったキョウトの侍。高いタフネスと引き換えに思考能力は低下している。

おぞましい姿なのだが頭のキノコだけはポップで可愛らしいルックス。


>>697 神酒添禍雛。

みきそえまがひな。禍雛はフルフィリアのオートマタに相当する。

元はただ髪が伸びるだけの人形で、供え物の御神酒と一緒に武御霊神社の供養堂に納められていた。

顔が不気味。


>>749 神酒スティ雛ドール。

安易な和洋折衷を批判する現代アート作品、と言われても高値は付かない。酷いデザイン。

もし頭と胴体が逆だったら性能もポンコツだった。
789 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 04:10:55.40 ID:PuEU+LE3o
●教えて魔人先生! 六勇の倒し方〜貴腐編

魔人「無数の手下を利用した広大な索敵範囲と不可視の攻撃が恐ろしい男じゃな」

魔人「とはいえ、本体は六勇最弱。武道や魔術の心得は全くなく指揮能力も優れてはおらん」

魔人「殺菌魔法担当の魔法使い2人と上位職相当の攻撃役が1人いれば、貴腐はもはや手も足も出ぬ」

魔人「しかしあやつは本来、キノコを栽培したり乳酸菌を増やしたりする生産職。戦える方がおかしいんじゃ」

魔人「そしてあやつが真価を発揮するのはやはり後方支援」

魔人「不可視の水魔術師が戦場を埋め尽くし、全ての兵士をひたすら強化・回復し続ける。さらに敵の兵士に菌を付着させて持ち帰らせ、諜報も可能」

魔人「軍勢を引き連れた貴腐は、鬼顔を除く六勇では太刀打ちできぬ事間違いなしじゃな」

魔人「ちなみにわらわなら、遠距離から雷で撃ち抜くか、超高速で接近し菌に指示を出す間すら与えずノックアウトする」

魔人「そういえばあの白魔術師のラファはいい線行っておったのう」

魔人「ソピアも菌が風で飛ばされてしまう高さまで飛行して、神の目(視力強化)で狙いを定め、強めの光線を撃ち続ければ、貴腐ごとき楽勝だったじゃろうな」
790 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 04:14:28.68 ID:PuEU+LE3o
●ごちゃごちゃしてたのでまとめると

リウム達「町中ハーブ浸けにしやがって許さん」

聖教会「神父であるフリー氏が主導しました」 → 神父(フリー)「サキューラに頼まれた」

病院「軍の指示でやった」 → 軍の一部「貴腐の指示でやった」 → 貴腐「サキューラさんと取引した」

タロウ「お金になりそうだから乗った」 オミキ・侍・力士「サキューラに雇われた」

サキューラ「ミリエーラ様に指示された」


オートマタ「神社や仕立て屋から解き放たれて自由な人形になりました。今の私は極めて危険なモンスターです」

フィナ「アサシン協会に命を狙われてる。人間は信用できない。もちろんミルズもあまり信用できない」

ミルズ「兄様とソフィアに次ぐ3人目のボクの命の恩人フィナ。現状一番信用できる。アンブラーにしてあげよう」


●黒幕関連まとめ

シュン「あの人形がハーブを流行らせてる奴に繋がってる」 魔境組「人形壊そう」 クリス「冤罪でした」

シュン「死の商人の正体は君の兄かもしれないよ」 ミルズ「信じたくないけど証拠が衝撃的」

ディアナ「ミリエーラ様に頼まれて大型ディスプレイのスピーカーを壊しましたの」

ゲド?「“彼女”を傷付けないでくれよミリエーラ君」 ミリエーラ「変な罠で邪魔しないでくださいゲドさん」

イリス「なんか記憶飛んでる」 フェイラン「私もある」
791 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 04:19:08.51 ID:PuEU+LE3o
ミルズ「アハハハハ! キノコが、キノコが増えていくよォ!」

フィナ「ななな、なにこれ、全身が気持ち悪い」

ミルズ「もっと食え食えほらぁ」

フィナ「の、飲み込んだらだめなのに、口が勝手に……!」

フィナ「ん、んうううううう…………ヒャッホー! 美味しい!」

ミルズ「今日からキミもアンブラー!!」

フィナ「アンブラー体操、元気にいってみよー!!」

オートマタ「いえーい!!」←場酔い

フィナ・ミルズ「わっしょいわっしょい!! わっしょいわっしょい!!」


アンブラーもしばらくすると段々落ち着く。


フィナ「あーやばい。筋肉痛無いの最高ー」

ミルズ「胞子までボクの体の延長なんだ、心地よい刺激、恍惚……」

オートマタ「お互い、貴腐と悪魔からそれぞれ助ける必要なかったんじゃないですかねー」

ミルズ「でもアンブロシアの料理はその内元に戻るからね」

フィナ「フローラも帰ってきたらアンブロシアに連れてきてあげよう」

ミルズ「その人、今、兄様と遊園地にいるんだっけ。遊園地ならファナゼ?」

フィナ「たぶんそう。あたし、昨日フローラからファナゼに行くって聞いたし」

ミルズ「兄様がなぜファナゼに……」

ミルズ「やっぱり、本当に兄様が死の商人……?」


大事にしていた妹や、仲間達を放置してクルトが商業都市ファナゼに行った理由。

その真相は昨晩に遡る。
792 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/04/07(土) 04:22:57.92 ID:PuEU+LE3o
ここまでで芳香都市ウベローゼン編はようやく終了。
この編のテーマの一つがウベローゼンオールスターでした。
出てないのはソピアが最初に出会った浮浪者の人達、骨のような女性、魔法局受付くらいでしょうか。
しかし人数が多い分過去スレを見返しながら書かなければいけない場面ばかりで、自分で自分を苦しめる結果に。
793 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/07(土) 13:25:10.65 ID:guSN3Vk/o
激しく乙です
二人とも立派になって……
794 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/07(土) 15:38:58.77 ID:PSUk1JahO
シリアスな流れでも文字通り通常営業なアンブロシアェ
795 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/18(水) 22:46:05.84 ID:bnkJ8Cj5o

更新うれしすぎる
796 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/19(木) 12:06:20.56 ID:Ds2ZTc+rO
もう細かい設定忘れちゃったな……
797 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/21(土) 22:08:26.11 ID:ZO4ozSDso
>>796
よう前回更新のときの俺
それで最初から読み直したらいい感じに細部忘れてて
新鮮に楽しめて良かったよ
798 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/21(土) 22:13:53.82 ID:MNgcxS0jO
リアルタイムで追いかけてくのと後から読み直すのだとやっぱり違うんだよな自分の場合……無意識のうちに飛ばし読みになってて細かいところまで読めてなかったりする……

読み返す事自体は楽しいけど安価に参加できる自信はないかもなぁ……
799 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/05(土) 08:50:56.97 ID:3KckSs9+0
どうにか何とかなったか。乙。

しかし、やっぱり革命軍と六勇のまともな奴で新体制作って黒幕に立ち向かうのがハッピーエンドへの道かな。
800 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:20:24.70 ID:AvuCY+ZUo
>>797 読み直しまでしてくれるとは…これは絶対に完結させないといけませんね。
>>798 重大な安価はしばらく無いので大丈夫です。通りすがりが安価取ってもいいレベル。

気が付いたら一月経っていた。
ソピアちゃんの出番はまだです。
801 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:22:16.48 ID:AvuCY+ZUo
ソピア、逃亡39日目の夜。

鉱山の町シスヤタ市での戦いが始まるよりも少し前。

ミルズの兄で岩魔術師のクルトは、フルフィリア市の端の方にある小さな店を訪れていた。


店番「こんばんは、ジェンスさん」

クルト「ああ。今日の成果はどうだ?」

店番「杖は2本完成しました。惑星シリーズもいよいよ揃いますね。今日の売り上げはポーションだけですけど」

クルト「構わん。大手以外では装備品はたまにしか売れないものだ」


ジェンス魔導具店。

ニッチなデザインの杖や、ボードゲーム、カードゲーム等を扱う、知る人ぞ知る小さな店だ。

入り口前にはチェスの駒を模した杖が飾られている。

別名義を使う商人はとても多い。

だがクルトは、自身が小さな店のオーナーである事を妹や親しい者にも伝えておらず、後ろめたい思いを抱いていた。


店番「明日は大統領選ですけど、ジェンスさんは誰が大統領になると思いますか?」

クルト「まあ元帥だろうな。しかし俺は明日それどころでは無さそうだ」

店番「この間言っていた夢中草の件ですか」

クルト「うちも夢中草を買っている。用途が違うとはいえミルズ達にはあまり知られたくないな」

クルト「夢中草は調合素材でもあるし、魔導具との親和性が高い繊維素材の一種だ」

クルト「仮に全面規制されれば中小魔導具店、ポーション店は大打撃を受ける」

クルト「ハーブを乱用していない俺たちの生活をも脅かす、奴らは決して許されない」

ドンドン ガチャッ

配達屋「配達屋カモメメールですー。ジェンスさんにお手紙っすー!」

店番「カモメさんが来たという事は、ミリエーラの件ですか」

配達屋「はいっす。『通達“ミリエーラ”側の新情報』ですと」

クルト「ふむ……」

店番「ミリエーラの新店舗を学園都市スクーニミー市に確認。ラヌーン戦争特需を予測していたかのような動き……」

クルト「“死の商人”らしい動きだ。まさか裏で糸を引いていたわけではあるまいが……」
802 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:23:36.30 ID:AvuCY+ZUo
半年前、クルトの知人の防具商人が死んだ。首吊り自殺だった。

しかしクルトには腑に落ちなかった。知人が死ぬ一か月前に、知人の店のすぐ近くに別の装備品店がオープンしていたのだ。

クルトは店主の目を盗んでその店の事務所に潜入し、責任者の名を見た。

その名を一目見た瞬間、知人の死は仕組まれたものだと確信した。

以来、クルトは同業者と協力してミリエーラの動向を可能な限り探り、手紙で情報交換を行っていた。

次の犠牲者を生まないために。


配達屋「あれ? もう一通あるっすけど……」

クルト「『通達“ミリエーラ”より』……。……本人から、だと!?」

店番「封筒の中を見ましょう!」

クルト「ああ!」

『妹と仲間の命が惜しければ、誰にも告げずに一人でファナゼへ向かえ』

店番「これは脅迫状……」

クルト「店番に見せてしまった!!」

配達屋「き、きっと妹と仲間に伝えなければセーフっすよ」

クルト「配達屋にも見られてしまった!!」

店番「ど、どうしましょう。僕も殺される……!?」

クルト「……心配するな。責任者は俺だ」

クルト「俺が決着を付けに行く」

店番「それでは、妹さんたちが……」

クルト「この文面とタイミングから推測して、恐らく夢中草の黒幕もミリエーラなんだろう」

クルト「下っ端を仲間に任せて俺は黒幕を叩く。ミルズ達には……この店の事も含めて後で説明するしかあるまい」
803 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:25:26.43 ID:AvuCY+ZUo
配達屋「大変そうっすねー。無事を祈ってます。そいじゃっ」サッ

クルト「配達屋、お前も来るんだ」

配達屋「ぎょえ! 捕まった!」

クルト「お前は旅人ギルドの所属だろう? 町の出入りにはギルド員か軍人の同行が必要になるが、わざわざ今から探すのも面倒だ」

クルト「赤の他人を巻き込むのは忍びないが、事情をよく知っているお前なら問題ない」

配達屋「カモメまだ死にたくないっすー!」

クルト「俺はお前の実力を買っているんだぞ」


配達屋のカモメは鉄鋼の町モスボラ市の旅人ギルドに所属しており、手紙や荷物の速達を請け負っている。

脚の速さと高い戦闘能力を有し、これまで一切の紛失・破損・遅配無し。ただし料金は高め。

クルトと同業者達はその実力を買ってミリエーラの動向に関する手紙をすべて彼女に頼んでいた。


クルト「お前が首を縦に振るまで、俺はこの手を離さない」

配達屋「む、無理っすよ。会長に怒られますし」

クルト「俺にはもう……お前しか考えられないんだ!」

配達屋「……もしかしてカモメ、口説かれてる?」

クルト「俺と共に行こう。さあ……!」ニッ

配達屋「はい!」

店番「ジェンスさんどうしたんだろう……」

クルト「ふっ、俺はな……。イメチェンがマイブームなのだ」

店番「そういえばメガネ変えましたね」

クルト「己の殻を破るため、色々な事を試したが、一つ達成できていないことがあった」

クルト「俺はインテリ商人からイケメン商人に転向しようと思う」

店番「えっインテリ商人だったんですか」

配達屋「あー、なるほどね。恋がしたいんすね」

配達屋「いいっすよ。カモメがファナゼに連れてってあげるっす」

クルト「よし! 一人目を落としたぞ!」

配達屋「落ちてませんけど!?」

クルト「ラミィはモンスターだったから残念ながら失敗したが、この旅で今度こそ、俺は恋愛を成し遂げる」

クルト「そして築き上げるぞ、クルトハーレム!」
804 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:26:45.19 ID:AvuCY+ZUo
一方、フルフィリア市からファナゼ市に続く街道。

12歳の天才商人フローラは、オネエ日魔術師のキュベレが魔法で照らす道を歩いていた。

彼女はリンクス商会の経営を義父から受け継ぎ、所有する複数の店舗で冒険者のための装備品の生産・販売を行っている。

先日、義理の祖父母が開いていた雑貨店が、実の叔父によって半ば強引に潰されるという事件が起きたため……

その真意を、ファナゼにいる実の祖父に尋ねに行くのが彼女の目的だ。

祖父はフルフィリア共和国のほとんどの産業を支配するグリエール商会の会長である。


キュベレ「マニーマーケットを建てるために、ねぇ……。でも偶然とは思えないわよ」

フローラ「マニーさんは関係ないとおっしゃっていました。けれども一応、確認が必要でございます」

キュベレ「元妻の再婚相手の親にまでちょっかいかけるなんてサイテーね」

フローラ「いえ、母は結婚しておりませんの」

フローラ「彼は多くの女性と子をつくり、最も優れた子を産んだ女性と結婚したと聞いております」

キュベレ「あら、フローラちゃん優秀なのに、見る目ないわね!」

フローラ「『優秀』の条件のひとつが、男性であること、でした」

キュベレ「……古臭い男ってイヤねぇ。アタシのお父さんも男なら誰でも女より優秀って考えだし」

キュベレ「我慢ができずにすぐ暴力で従わせようとする。だから男って嫌いよ」


キュベレことジーク・オーグロスの父親はフルフィリア最強の軍人の一人、陸軍大将『鬼顔』である。

彼は同世代と比べても特に古い考えの持ち主であり、力、強さ、男らしさというものを重視し、息子のジークにもその考え方を押し付けようとしていた。


キュベレ「でもお母さんはご立派ね。今のお父さんと出会うまでは一人でフローラちゃんを育てたんだもの」

フローラ「いいえ立派ではございません。謙遜でなく、心の底から大嫌いです!」

フローラ「幼い私の面倒を見ていただいたのは保母ですので!」

キュベレ「あらら……。天才児にも反抗期はあるのね」

フローラ「私は一生反抗期でございます!」

キュベレ(寂しかったんでしょうね……)

キュベレ(フローラちゃんが今こんなに大人なのは、自立せざるを得ない環境だったことも影響してるのね、きっと)
805 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:31:48.14 ID:AvuCY+ZUo
キュベレ「話変えましょっか! 逆に好きな人はいないの?」

フローラ「フィナさんは好きですよ」

キュベレ「そういうのじゃなくって! 恋のお相手よん♪」

フローラ「は、はい?」

キュベレ「ちなみにアタシが狙ってるのは魔法局の男の子よ」

フローラ「あの……おっしゃらなくても大丈夫ですわ」

キュベレ「アタシ言ったからね! 次はフローラちゃんの番よ!」

フローラ「ええっ……?」

キュベレ「ごめんね。早かったかしら。普通は恋をするお年頃だけど、フローラちゃんはまだなのね」

フローラ「むっ……。い、いますよ」

キュベレ「へえ、どんな男の子?」

フローラ「年上の、同業者の方です」

キュベレ「カッコいいの?」

フローラ「背が高くて、顔も整っていると思います」

キュベレ「どんなところが好きなの?」

フローラ「優しくて、理知的で、でも時に大胆なところ、でしょうか」


フローラは以前、エルミスの誕生会でソピア・フィナ・エルミスに同じ話をした事があった。

しかし、大人のオネエさんであるキュベレの『好きな人特定力』はそこらの小娘とは比べ物にならない!


キュベレ「もしかして……クルトくんじゃない?」

フローラ「んっ!? しまっ、その、コホン。ちっ違いますよ。……キュベレさんの知らない方でございます」

キュベレ「あらやだ、アタシの恋敵なのねっ!」

フローラ「うそっ……」

キュベレ「なんてね。冗談よ♪ 初恋をゲイに邪魔されるなんてトラウマになるわよ」

フローラ「どうして……クルトさんがお店を持っていることを?」

キュベレ「知ってるわよぉ。気になった子の秘密はどうしても知りたくなるものじゃなぁい?」

フローラ「……キュベレさんの顔の広さを甘く見ていました。不覚です」

キュベレ「決め手になったのはフローラちゃんがメガネフェチだってことね。この前会った時もメガネの男の子をチラチラ見てたでしょ?」

フローラ「キュベレさん、怖いです……」

キュベレ「ソフィアちゃんはトールくんとくっつきそうだから、今がチャンスよフローラちゃん! フローラチャンスよ!」

フローラ「恥ずかしいので……もう、やめてください……!」
806 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:33:33.72 ID:AvuCY+ZUo
キュベレ(思ったより楽しい旅になりそうだけど、本題を忘れないようにしなきゃね……)

キュベレ(アタシの役目はグリエール商会の監視)


キュベレがフローラの付き添いを引き受けたのには理由があった。


キュベレ「ファナゼ市に……ですか? 強者の勲章を持つ者はシスヤタ市の監獄の警備を行うのでは?」

鬼顔「お前には期待していない」

キュベレ「力不足ですみません」

鬼顔「……グリエール商会の動きが不自然なのだ」

鬼顔「大統領選の日に家族全員が本社に集まると、俺の耳に入った」

鬼顔「迂闊な真似が出来ぬよう、お前を俺の代理として商会に派遣する」

キュベレ「まさか、グリエール商会が共和国軍へ反意を抱いていると?」

鬼顔「『造船王』パニー・グリエールは知っているな」

キュベレ「はい。陸軍および海軍に装備・兵器を納品している、製造業の有力者です」

キュベレ「彼は革命以前から現共和国軍を支持していました」

鬼顔「俺も懇意にしているが……奴は重度の兵器マニアだ」

鬼顔「大量の兵器を所有している事に加え、趣味で世界各地で起きた戦争の記録を収集している事も分かっている」

キュベレ「……パニー氏が商会を動かして国を戦争へ導く可能性がある、ということですか?」

鬼顔「一つの可能性だ。だが、仮に商会が物流を止める等の挑発を行えば、周辺諸国との緊張が高まる」

鬼顔「戦争が激化するほどに奴は儲かり、そして楽しむだろう」

キュベレ「……お父さんは、魔導帝国ノーディスとジャルバ王国の領土へ侵攻する予定があるとおっしゃっていましたが」

鬼顔「主導権を握るのは俺だ。奴じゃない」

キュベレ「……はい」

鬼顔「相手は所詮、金しか持っていない商人共。力の足りんお前でも出来る仕事だ」

鬼顔「ジーク。この程度の任務もこなせんようなら……分かっているな」ゴゴゴゴ
807 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:38:01.39 ID:AvuCY+ZUo
それぞれの目的で商業都市ファナゼへと向かう、クルト、フローラ、キュベレ。

しかしその町ではすでに幾多の組織が動き出そうとしていた……。

陰謀渦巻くかもしれないファナゼ編、スタート。
808 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:42:36.40 ID:AvuCY+ZUo
深夜、街道。

配達屋のカモメが暗いグレーの車を引いて走っていた。

金属光沢があるその車の中にはクルトが座っている。


クルト「ふむ、馬車より速い上に揺れが少ない。快適だ……」

クルト「車、重くないのか?」

配達屋「見た目より軽いっすよ。それに、カモメはドワーフとのハーフなんで怪力なんです」

クルト「車は岩魔術で作っているのか? 生成魔法だと思うが、俺の知らない金属だな」

配達屋「あ、企業秘密っす」

クルト「そうか。……ふわあ」

配達屋「着いたら起こしますんで、寝てていいっすよ?」

クルト「お言葉に甘えさせていただこう……」

配達屋「クッションなくてすいません。代わりに安眠魔法かけときますね」


商業都市ファナゼは早朝から賑わっている。

商人たちの朝は早い。朝市では買い付けに来た業者に交じって主婦の姿も見られる。

一方、夜間働いていた眠らぬ町の労働者たち、警備員、娼婦、パフォーマーはこれから睡眠時間だ。

今でこそ大きな都市に成長したファナゼ市だが、かつて王国東部はあまり栄えていない地方だった。

度重なる大国の小競り合いによって国境が頻繁に変わる不安定な地域であり、人々は痩せた土地に村を作り主に酪農を営んで生活していた。


今のファナゼ市を作り上げたのが、市民の誰もが知るグリエール三兄弟である。

長男、ミッキー・グリエール。モットーは『みんなの笑顔のためならなんでもする』

旅芸人達を束ね上げて芸能産業を確立、メカニックギルドに投資しテレビや遊園地の開発を支援した“芸能王”。

次男、ビリー・グリエール。モットーは『誰かが損を被る商売は長続きしない』

地道な交渉で街道と市場を整備、町の礎を作った現会長であり“ファナゼの父”。

三男、ゼニー・グリエール。モットーは『強欲は力なり』

類まれなる商才で富を増やし兄の活動を支援、行く先々で出会った女と多くの子を作りついには性病で帰らぬ人となった“絶倫王”。
809 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:44:07.75 ID:AvuCY+ZUo
クルト「俺はファナゼに来いとしか指示されていないが、これからどうすればいいんだ?」

クルト「歩き回ってミリエーラに存在をアピールするか?」

配達屋「しっ。人前で名前言っちゃダメっすよ!」

クルト「そうか、迂闊だった」

配達屋「カモメ達が動かなくても、たぶん手紙の差出人から接触して来るんじゃないっすかね?」

クルト「ならば人の少ない場所に移動するか? ここでは差出人も話しづらいだろう」

配達屋「そんなに焦らなくても、呼んだからには無視しませんって」

クルト「そうだな……。すでに差出人の部下に見張られている可能性を考慮すべきだった」

クルト「配達屋、襲撃に備えるぞ」

配達屋「いや、襲うつもりなら街道で寝込みを襲うと思いますよ」

クルト「いつ戦闘が始まってもいいように、歩いて体を温めておこう」

クルト「地理の把握と食事も必要だ。さあ、まずは中央市場へ行くぞ」

配達屋「あれ? この人もしかして遊びたいんすか……?」


朝食と市場の物色を済ませたクルト達は、ファナゼ市立博物館を訪れた。

各国から集めた珍しい物品が保管・展示されており、考古学に興味が無くても楽しめる観光名所だ。


■ドラゴンブース

●古代竜の鱗 産出地:北サロデニア大湿原

※お手を触れないで下さい 針が刺さる恐れがあります

古代の北サロデニア大湿原には毒針を持つドラゴンが多く生息していたと考えられています。


●竜脈の模型 製作:魔導帝国ノーディス 皇都大学 ○○教授

竜脈とは、地中の奥深くに閉じ込められたドラゴンの生体です。

長く生きる程に生命力を増すドラゴンは、長期間の睡眠中に堆積した土砂や溶岩によって地中に封じられます。

竜脈には膨大な量の精霊(魔力)が残存します。一部の魔術師は竜脈から精霊を補充します。

竜脈が何らかの要因で地上に現れ目覚めた場合、古の神竜と呼称され、人類の脅威となります。


●竜の化石 産出地:プエルトマリハラ市郊外の地層

現生のドラゴンとの骨格の比較から、ファイアドラゴンの先祖と推測されています。

プエルトマリハラ市は周辺地域に比べて極めて温暖です。

魔法局は、火または日の精霊王もしくは竜脈が環境に影響を与えている学説を支持しています。
810 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:47:03.17 ID:AvuCY+ZUo
配達屋「ドラゴンっぽいオーラの謎の精霊源を調べてみたら、本当にドラゴンだったってやつっすね」

クルト「竜脈術は俺が使っている、大地から力を借りる系統の岩魔術の延長にある」

クルト「俺も将来的にサロデニアにある竜の縦穴へ行く機会があるかもな」


■スカイブース

●魔法プリズム装置 製作:魔導帝国ノーディス 禁術研究所 所属研究員

※お手を触れないでください 手がランダムに変色し二度と元の肌色に戻りません

無水滴・無電磁気状態で、精霊操作のみで虹・オーロラの再現を試みた実験装置です。

日と風の精霊の濃度によって、光の反射率が変化し、人の認識する色が変わる事が分かっています。

色の人工的制御は困難を極めており、ノーディスでは無許可での日・風精霊合成実験が禁止されています。


●隕石 採取地:コホーテン国北部 クレーター群

この隕石は未知の金属で出来ています。

鋼鉄を上回る重量と硬度を持ち、よく磨かれた表面は鏡のような性質がありますが、通常の鏡面とはずれた景色を映します。

ぜひ持ち上げて重さを確かめてみましょう。


クルト「手が奇妙な色をしている、というのは個性に含まれるだろうか?」

配達屋「個性的じゃなくただの変な人だから展示品触らないでくださいっす」

クルト「何事も経験だ……」スッ

配達屋「絶対後悔しますって!」

クルト「おや、この隕石、お前の作る車に似ているな」

配達屋「んっ」

クルト「正面から覗くと向きによって天井、床、左右のどれかが映る鏡か。凸面鏡に似た使い道がありそうだ」

配達屋「そんな使い方できるほど隕石はいっぱい無いっすよ」

クルト「お前ならいくらでも作れるだろう?」

配達屋「うっ」
811 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:48:53.22 ID:AvuCY+ZUo
クルト達がのんきに観光を楽しんでいる頃……

フローラとキュベレは、ファナゼ市中央の高層ビルの7階にいた。


グリエール商会本社ビル(フルフィリア共和国 商人ギルド本部)。

社員「一家の皆さんはこちらの扉の奥でお待ちです」

キュベレ「案内ご苦労さま。もう戻っていいわよ」

キュベレ(軍の施設と比べるとびっくりするくらい綺麗な建物ね。清掃員何人雇ってるのかしら)

フローラ「行きましょう? キュベレさん」

キュベレ「そうね」


扉の向こうは豪華絢爛な大広間だった。

床には高級な絨毯が敷き詰められ、天井にはシャンデリアが輝いている。

新品の真っ白なテーブルクロスがかかった長テーブルの左右には、宝石をあしらった金メッキの椅子がずらりと並ぶ。

何も知らない人が見たら、貴族、あるいは王族の晩餐会と誤解するだろう。


パニー「誰かと思えば……確か、フローラ、だったか?」

フローラ「……パニーさん、お久しぶりですね」

パニー「少し見ない間にずいぶん大きくなったな。……失敗作め」

不動産王「はははっ、父さん、それが自分の娘にかける言葉かよ!」

キュベレ(『造船王』パニー・グリエール……会長のビリーの長男で、次期会長と目されていた元不動産王)

キュベレ(フローラちゃんのお父さん、よりによってパニーだったのね……)

不動産王「で? 誰だよこいつ呼んだの。生まれながらの一家の恥を会議に招くとかどうかしてるぜ」

パニー「会長だ。忌々しいことに、会長は追放した者も血縁者だと分かれば社内へ入るのを許すんだ」

キュベレ(『不動産王』トミー・グリエール、20歳。顔は好みだけど、性格が最悪なのよね)

キュベレ(40億Gの男なんて言われてるけど、陰湿な嫌がらせで土地を奪ったり、脅して賃料を強引に釣り上げたりするのはねぇ……)

不動産王「会議じゃないなら何しに来たんだ。マニーおじさんを殺したのは私ですって自白しに来たのか?」

フローラ「……! ……私は、リンクス雑貨店を潰したのはあなたの指示なのか尋ねに参りました、パニーさん」

パニー「知るか。お前なんぞわざわざ相手にするものか」

パニー「なぜ今更金にもならない嫌がらせをせにゃならん?」

フローラ「……そうですか」
812 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:52:29.23 ID:AvuCY+ZUo

パニー「待たせた、ジーク君。私に用があるんだろう?」

キュベレ「お世話になっております、パニーさん」

キュベレ「本日は、陸軍大将の特命で参らせていただきました」

パニー「君の父は大統領選当日で忙しいからな。君が来るのは理解できる」

キュベレ「失礼ながら、グリエール家の方々が一堂に会するのは珍しいことですね」

キュベレ「全員で一体どのような事について話し合うのか、父は大変興味を持っております」

パニー「一つは、自殺した弟のマニーの遺産分与についてだ」

キュベレ(『小売王』マニー・グリエール。会長の次男で、気のいい働き者として商会の中では市民に慕われてる方ね)

キュベレ(恨まれる人じゃないし、なんで自殺なんてしたのかしら……?)

パニー「そしてもう一つが、共和国体制における、今後の営業戦略に関する意見のすり合わせだ」

パニー「処刑された貴族の中には行政に携わる者も多かった。我々商会のノウハウを活かして今後の行政への助言ができないか、とも考えている」

キュベレ「新政府はギルドや大学と連携して改革を進めていく方針ですが、貴方がた商会の力を借りる日が来るかもしれません」

キュベレ「その時は、どうぞよろしくお願いいたします」

パニー「ああ。選挙では君の父に投票させてもらったよ。よろしく言っといてくれ」



フローラはゴージャスな装いの女性を訝しげに見つめていた。

彼女は、両手のすべての指にはめられた指輪、ネックレス、腕時計、髪飾り、靴に至るまで、大量の宝石が用いられたアクセサリで自身を飾っている。


宝石おばさん「あら、何をじろじろ見ていますの、貴女」

フローラ「いえ……。その杖、ノーディス製の魔法杖でございますね?」

フローラ「魔法使いではない方でも上位魔法が使える杖は、ノーディス国外に流通していないはずです」

フローラ「しかも危険な空間操作魔法の杖……。その杖は、どちらで?」

宝石おばさん「親切な魔導師の殿方に譲っていただいたの、オホホ」

宝石おばさん「貴女ずいぶん武器に詳しいのね? いやだわぁ物騒!」

フローラ(『宝石女王』ルブーラ・グリエール。私の叔母に当たります)

フローラ(美しいものに目がない宝石コレクターで、富裕層を相手にしか商談を行わないとか……)

フローラ(彼女も自分の子を一家から追放しているので、好きになれません)
813 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:53:56.63 ID:AvuCY+ZUo
美食家「フローラちゃん、私のドーナツはいかがかな?」

フローラ「……よろしいんですか?」

美食家「食に差別なし! 美味しいものは分け合うべきだ。ただし通常は対価をいただくよ」

フローラ(『食の探究者』ポンディー・グリエール。私の叔父で、三男)

フローラ(フルフィリアに様々な外国料理を紹介した、商人としてはまともな人ですが、料理人ギルドには嫌われてます)

美食家「来週発売するポンディーリングのブルーベリー味だよ。変なハーブ料理より美味しいに決まってる!」

フローラ「友人へのお土産におひとついただいてもよろしくて?」


黒マント「久しいな、我が好敵手よ!」

黒マント「我は先日、ついにフルフィリアの全てのブルーベリー畑を手中に収めたぞ! 青果征服の夢もそう遠くはない……!」

黒マント「貴様はどうだ? 装備征服は順調か?」

フローラ「何度も申し上げているように、私は征服に興味がありません」

フローラ「勝手にライバル視なさらないでください。迷惑です」

フローラ(自称『青果の支配者』キノミー・グリエール。ポンディーさんの息子で私より2つ年上の14歳)

フローラ(一家の間では天才児と呼ばれていますけど、やってることは一定地域の特定の作物の畑を全部買って値段を釣り上げるだけ……)

フローラ(従わない農民の畑に薬品を撒いて、汚染された土地を強引に安く買い取る大悪党)

フローラ(結局は不動産王と同じ、家の力がないと何もできない人……)ジロッ

黒マント「そう見つめたとて、我は魅了されんぞ。控えよ」

黒マント「だが、もしも貴様が我が配下となるならば、貴様に青果の半分をやろう」

黒マント「おい、我を無視して立ち去るんじゃない。不敬なり。……待てっての!」
814 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:56:21.63 ID:AvuCY+ZUo
パニーと不動産王に話を打ち切られたキュベレは、他の来席者から情報を探ることにした。

不動産王に次ぐ商会の年商ナンバーツー、人材派遣会社の女社長に狙いをつける。


キュベレ「共和国軍の“輝鬼”ジーク・オーグロスです。ドーラさん、お時間ございますか?」

女社長「ん? ああ。まだ会議までは余裕がある」

キュベレ(ドーラ・グリエール。故ゼニー氏の娘の一人で、職種問わずどんな依頼でも受け付ける派遣会社の社長)

キュベレ(ギルドから仕事を奪いつつも市民からの評価は上々だけど、地下の奴隷市場の元締めとしての顔もある怖ーい女)

キュベレ「失礼ながら、今日の会議ではどのような議題に関して話し合う予定があるか、お聞かせいただいてもよろしいですか?」

女社長「パニー達から聞いていないか? 議題は今後の一家の方針とマニーの遺産分与だ」

女社長「心配せずとも、パニーの独断専行は私たちが食い止める。私のように、ファナゼを戦場にされると困る家族の方が多いんだ」

キュベレ(あぁ、バレてんのね……)

キュベレ「お気遣いありがとうございます。ドーラさんは今後の方針についてどのような意見をお持ちなんですか?」

女社長「政府への全面的協力だ。ただし私たちも相応に扱ってもらわなければ困る」

女社長「共和国軍とグリエール商会、二人三脚でフルフィリアを立て直していこうじゃないか」

キュベレ(嘘偽りがあるような語りには思えないけど、この人、よくない噂いっぱいあるのよねぇ)

キュベレ(社員からもう少し情報を引き出せないかしら?)

キュベレ「お願いがあるのですが。会議の間、ドーラさんの派遣会社を見学させていただけませんか?」

キュベレ「私個人として、総合ギルドというギルドの形態に大変興味がございまして……」
815 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 18:57:47.52 ID:AvuCY+ZUo
女社長「それは嬉しいな。ぜひ見ていってくれ。主任!」

社畜「はい」

女社長「お前と同じ強者の勲章をお持ちのジーク氏だ。会社の中を案内してやりなさい」

社畜「かしこまりました」

キュベレ(強者『社畜』……。百兵の試練では開始直後に100人全員が謎の力で倒され、一歩も動かずに勲章を得た男の人……)

キュベレ(派遣会社のPRのために試練を受けたのに、『私は……社畜だぁ!!』と、自ら不名誉な二つ名を要望したのよね)

キュベレ「……なんとなくシンパシーを感じるわ」



投資家「ジーク君。少し話しても構わないだろうか?」

キュベレ(投資家の……名前が出てこないわね)

投資家「オージー・グリエールだ。よろしく」

キュベレ「すみません。あまりお見掛けする機会が無いですよね?」

投資家「……ああ。今まで会食や会議に参加していないからね」

投資家「僕もゼニーの息子なんだが、実力を示して彼らの承認を得ないと本家には入れないんだ」

投資家「ようやく投資家としての功績が認められて、こうして初めて会合に招待されたのだよ」

キュベレ「グリエールの出であることを隠して暮らしている人も大勢いると噂されてますね」

投資家「ゼニーの子は多いよ。僕も全員知っているわけではないがね」

投資家「さて、本題に入ろう」

投資家「お察しの通り、僕たちは君に会議の本題を隠している」

投資家「だが僕たちの企みは、君たち、軍による統治を助けるものだ」

キュベレ「……話していいんですか?」

投資家「ジーク君には話しておくべきだ。陸軍大将を怒らせるリスクを負うのは得策じゃない」

投資家「作戦の決行は正午。大統領選の中継が始まる前に、町を離れておきたまえ」

投資家「陸軍大将に話しても構わない。まあ話す前にすべてが終わるだろうがね」

キュベレ「アンタ達、何をするつもりよ……?」

投資家「話はここまでだ。君に知るすべは無いさ」
816 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 19:02:25.77 ID:AvuCY+ZUo
社畜「もうすぐ会長とミッキーさんがお着きになります……。外へ出ましょうか……」

キュベレ「そうね」

ガチャッ

着ぐるみ「ル〜ルル〜ル、ルー! シェルルーだルル♪」

会長「皆、揃っているね?」


会長は身なりのいい、けれども高級過ぎない装いの、雰囲気のいい中年男性だ。

一方、芸能王はいつも通り、ファナゼワンダーパークのマスコットキャラクター、シェルルーの着ぐるみに身を包んでいる。


フローラ「お祖父様」

会長「おお、フローラ。いらっしゃい」

フローラ「会議前にあなたにたずねたいことがございます」

フローラ「マニーさんが、ファナゼのリンクス雑貨店を潰してマニーマーケットの敷地を確保したのは、ご存知ですか?」

会長「何? 初耳だな。マニーめ、なんてことを……」

フローラ「あなたは何もご存じではなかったのでございますね?」

会長「誓うよ。命をかけてもいい。私はフローラに対する嫌がらせを決して容認しない」

会長「そもそも私はフローラに本家へ戻ってきて欲しいと思っている。それは認めてくれているね?」

フローラ「……はい」

会長「マニーが生きていたら相応の責任を取らせた。他に関与した者がいないか、私からも聞いてみよう」

着ぐるみ「YOU! 愉快な仲間たちが席について待ってるよ!」

会長「フローラ。また会議の後でゆっくり話そう」

フローラ「最後にもう一つ聞きたい事がございます!」


会長は反応しなかった。

フローラとキュベレ、社畜を残して扉が閉まる。


フローラ「大伯父様は会議中、着ぐるみをお脱ぎになるのですか!?」

キュベレ「えっ!? そんなこと!?」




着ぐるみ「……着ぐるみじゃなくって貝殻だルル!!」

扉越しに60代男性の裏声が聴こえた。
817 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 19:04:06.71 ID:AvuCY+ZUo
派遣会社、ロビー。

受付「いらっしゃいませ。ご依頼の受付でしょうか?」

クルト「いや、見物だ」

配達屋「ねえこれ見て。社長の肖像画っすよ! 本人絶対こんな綺麗じゃないっすよね?」

クルト「それは分からんが……来歴も載っているな。幼少期を『契約の国』で過ごし、資本主義を学ぶ」

クルト「ギルドの権限を縮小し誰もが自由に起業できる社会をフルフィリア政府に提案し続けている、か……。若いのに立派だな」

配達屋「あれ? でもおかしいっすね。契約の国って商売人よりもむしろ詐欺師の国っすよ」

クルト「詐欺だと?」

配達屋「契約の効力が強すぎて騙したもん勝ちになってる国だって、外国を周ってる旅人さんから聞いたっす」




派遣会社 二階、総務課事務室。

女性社員「弊社が取り扱う依頼は大きく分けると戦闘系と専門系に分けられますが、ほとんどは戦闘系です」

女性社員「剣士ギルド、魔法局、何でも屋、陸軍、消防団……どこに頼めば正解か分からないという市民の声に応えるべく弊社は設立されました」

キュベレ「確かに……モンスター討伐を陸軍に頼んでいいって知らない人、多いわね」

フローラ「迷子の捜索依頼がなされた時、何でも屋は消防団に連絡すると耳にしたことがございます」

レンジャー「討伐、護衛、探索、採取、配達、何でも屋以上に何でもやらされるんだ」

弓士「何でも引き受けるからいつまで経ってもノルマが終わらねぇんだよ」

レンジャー「依頼を達成して戻ってくると、行く前より依頼の数が増えてんだよな……」

弓士「もう俺は20日も家に帰ってないぜ」

社畜「ふふ……まだまだですね……」

レンジャー「社畜さん?」

社畜「私の今週の労働時間は180時間です……」

レンジャー「っ!」ゾクッ

社畜「実質413連勤であるということも、付け加えておきましょうか……」

弓士「ま、まさかそこまでとは……!」
818 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 19:14:16.99 ID:AvuCY+ZUo
フローラ「7日間は、168時間しかございませんが……?」

弓士「その気になれば一日に24時間以上働けるんだよ、この人は」

社畜「実演して見せましょうか……」

社畜「こちらの書類の山に、注目してください……」


くたびれたスーツ姿の男は、腕に装着した機械にカードを挿入し、『出』のボタンを押した。

次の瞬間、書類の山がすべてファイルに綴じられた。男は『退』のボタンに指を添えている。


キュベレ「時間を止めて作業したのね?」

社畜「いいえ……。タイムカードをご覧ください……」

『09:09-09:21 結果:書類253枚のチェック・保管』

フローラ「今は……9時10分でございますね」

社畜「仕事の結果だけを残して、仕事を始めた時間に戻ってくる……これが私の『時間外労働』……!」

社畜「私が黙々と事務作業を行っているのを、くだらなさそうに眺めていた貴方がたも存在していたんですよ……」

キュベレ「あー、『注目してください』って言った後、普通に仕事を始めたらそうなるわねぇ」

社畜「私がその場にいなければならない仕事以外は、これで終わらせるように命じられています……」

フローラ「なんとももったいない能力の使い方ですね」

社畜「もちろん、時間外労働分の給料は出ません……。この時空に労働中の私を見た者は一人もいないのですから……」

フローラ「タイムカードを提出なされては?」

社畜「社長は信じていません……。私が会社の人件費削減のために一瞬で仕事を終わらせたと、都合よく解釈しています……」

キュベレ「もう会社やめちゃいなさいよ。アナタならどこに行っても稼ぎ放題でしょ?」
819 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2018/05/05(土) 19:16:23.46 ID:AvuCY+ZUo
社畜「できるならそうしてますよ……」

キュベレ「そう……脅されてるのね」

社畜「いえ……そういうわけではなく……」

レンジャー・弓士「…………」

フローラ「契約書の効果で縛りつけて、逆らえなくされているのでしょうか」

キュベレ「契約書ってそんなマジックアイテムだったかしら?」

フローラ「魔法ではございませんね」

フローラ「暗示によって運命を操る占い師……その上位職の内、自分の思い込みで超常現象を起こすのが、エスパー」

フローラ「反対に相手に思い込ませて行動を操るのが、詐欺師。それが派遣会社社長……ドーラさんの正体です」

フローラ「ドーラさんより精神力が低く、契約書にサインした方は、もはや騙されたと分かっていても抜け出せません」

社畜「よくご存じですね……」

フローラ「ドーラさんについて知っている事を話すのも制限されていらっしゃったのでしょう?」

社畜「おっしゃる通りです……」

キュベレ「酷い事するものね。なんとかならないの?」

フローラ「契約書を処分するか、処分したと思い込ませるかのいずれかの方法で暗示は解けます」

キュベレ「当然本人は契約書に触れないのよね。記憶操作は高位魔法だし、難しいわね……」

キュベレ(もし商会が何を企んでいるか知っていても、契約書があるから彼らはそれを教えられない)

キュベレ(他を当たった方がいいわね)
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