元お嬢様「安価とコンマで最終決戦?」元メイド「8ですぅ」

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550 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/05/31(水) 17:54:25.29 ID:joEQYD89o
女帝「……エイラちゃんの事は私に任せて下さらない?」

元帥「信頼していいのか?」

女帝「プレゼントよ。持ってきて頂戴?」

上級魔法兵「はっ」ドン

女帝の部下が厳重に縛られた男女を床へ突き飛ばした。

女「うっ……ソピア……」

男「弱音を吐くんじゃない……。心で負けたら駄目だ……」

元帥「彼らは?」

女帝「昨晩、帰った後すぐに部下に命じて呼び出した、ウィンベル男爵とその夫人よ」

エルミス「……!」

男「頼む、私達はどうなってもいい……ソピアへの拷問はやめてくれ……!」

女帝「貴方達に主張する権利はないのよ」

女帝「先に仕掛けて来たのはソピアちゃんの方じゃない?」

男「ふざけるんじゃない! 先に狼藉を働いたのは共和国軍、お前たちじゃないか!」

元帥「……芯の強そうな男だが、交換条件を飲ませられるのか?」

女帝「私、交換条件を突きつけるなんて言ってないわよ」

女帝「それとも、エイラちゃんにこんな事をしたソピアちゃんに、ただでご両親を返してあげていいの?」

元帥「やはり……お前は恐ろしい女だ」

元帥「ただ、やりすぎないようにな」

女帝「ウフフッ……。元帥殿の分も残しておかなくちゃね?」

元帥「その通りだ」

元帥「仮に他の貴族を許しても……ソピア・ウィンベルにだけはこの手で報復せねば気が済まんのだ……!!」
551 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/05/31(水) 17:58:30.72 ID:joEQYD89o
女帝「ウフフ……。さあ来なさいソピアちゃん」

女帝「まさか王都へ行くはずもないし、貴族を連れてくるならこの町しかないわよね?」

女帝「この六勇『女帝』が、貴女に地獄を見せてあげるわ……」

女帝「ウフッ、ウフフ、ウフウフフフフッ!!」


↓ 出番多い割に名前の無かった女帝の苗字を募集
552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/31(水) 18:01:17.49 ID:wWg2/9bHO
フリンデル
553 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/05/31(水) 18:05:36.75 ID:joEQYD89o
『女帝』海軍大将フリンデルさんに決定、どことなく優雅さと妖しさを感じる気がします

女帝の娘は探さなくてもいずれ登場するので決めておきました



39日目終了

【ステータス】
ソピア=ウィンベル(魔:ソフィア 旅:ルーフェリア)
見た目:11歳(本来72歳)・スカイブルーの瞳・黒髪ふんわりロングパーマ(桃色のリボンで二つ結び)・小学校の制服風・ムーンストーンの杖(知20)・ストーンキューブ
所持金:9520G
アイテム:
ウベローゼン市地図・旅人ギルドカード・共和国軍の勲章・永遠の薔薇・野営セット・銀の短剣・ナイフ・金槌・ハサミ・ドライバー・ライター・花柄の傘・平和のロザリオ
魔人ルーン×3・ポーション×2・回復の杖・自動迷彩マント・催涙スプレー・海子の杖
薄汚れた赤ずきん・エセ探偵セット・女中の服・緋袴・海子の服・ヒレアのおさがり・強化繊維インナー(防小)・シューズ
桃色のリボン・リボンカチューシャ・アザラシ革の手袋
オニキス×2・琥珀の欠片・火魔術結晶・キングウォッチ・クロノクロウの羽・チャンピオンツタベルト・光るビン・ステンレス・8色カラーキューブ
樹魔術の書・重力魔術の書
ウサギなエプロン・ネコのぬいぐるみ・ヘヴンズクッキー

ジョブ:月魔術師・旅人
スキル:全属性魔術・妖精対話
 ダンス・料理・長旅歩き・小休止・脱兎・騎馬・野営・夜目・受け身・考察・探し物

体力32/32 精神52/52
筋力30 敏捷44 知力70(90) 器用20 交渉力70 魔名声83 旅名声128 注目度10
経験値:体7・精47・筋0・敏67・知0・器83・交31


知り合い
高圧的な16歳サイズユーザー:エルミス「一生わたしに尽くしなさい!」(主従:99.99)
文系15歳美少年風魔術師:トール「永遠の愛をあなたに」(恋人:14.99)
お喋りな16歳ホワイトシーフ:フィナ「……死なないでよ」(友達(仮):10.61)
心優しい義姉13歳吸血鬼:ヒレア「今日から私がお姉ちゃんね」(義姉妹:10.15)
あざとい17歳メイド:アン「ソピアについて行きますよぅ」(大親友:10.04)
控えめな18歳アーチャー:ハルカ「キミに命を預けるよ」(仲間:X.XX)
ジト目12歳白魔術師:ラファ「助け合うのですよ」(仲間:X.XX)
ボクっ娘ブラコン16歳女水魔術師:ミルズ「ソフィアもボクのモノ」(??:10.56)
頭脳派長身18歳岩魔術師:クルト「俺の味方か……」(??:10.18)
おしとやかな12歳商売人:フローラ「お気遣い頂き感謝します」(仲良し:7.88)
魔法街の仕立て屋人形:クリスティ「別人になった気分ですっ」(仲良し:7.14)
明るく優しい22歳ホモ日魔術師:キュベレ「結果的に…息抜きになったかしら?」(友人:4.25)
宿屋のおばちゃん:メリル「すっかり有名になっちゃって、大丈夫かねぇ」(親しみ:3.31)
武人な19歳火魔術剣士:テンパラス「英雄か……」(知人:2.02)
皮肉屋な22歳男コンバット:ロット「後は頼んだ」(死亡:-.--)
色男な24歳レンジャー:オルド「あの娘がラヌーンを発見したってマジかよ」(知人:1.59)
正統派シスター19歳聖教徒:テレサ「クルトさんの師匠なんですか?」(知人:1.42)

上がり症16歳ボーカリスト:ポロ「わ、私……負けませんから」(協力者:X.XX)
お調子者13歳黒魔術師:レン「おれの呪いで2人を助ける!」(協力者:X.XX)
フランクな24歳セラピスト:サナ「久しぶりの地元だね」(仮協力者:X.XX)
554 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/05/31(水) 18:07:41.30 ID:joEQYD89o
ソピア、逃亡40日目の朝。

ウベローゼン市に朝日が昇る。

宿屋の主人メリルが早朝から仕込んでいた朝食を宿泊客に運んだ。

メリル「今日はいよいよ大統領選、共和国の新たな出発点だねぇ」

メヒィアス夫人「あたしらには関係ない事だがね!」

メヒィアスさん「……」コクリ

社会の底辺、清掃員として生きているメヒィアス夫妻にとって、誰が大統領に選ばれたとしても生活の変化には期待できなかった。

キアロ「俺はもう投票に行ってきた」

メリル「あらお早い。おばちゃんは忙しいからギリギリになりそうだよ」

キアロ「ワケがある。まだ広報されてないが……実は昨夜、麓町の方で王子と貴族たちが駐屯地と監獄を制圧したらしい」

メリル「まぁ! 最後の抵抗ってところかねぇ」

キアロ「この町に戦火が広がる恐れがある。有事の際にすぐ動けるよう用事は早めに済ませておいたんだ」

キアロはウベローゼン市の病院に所属するベテランのレスキューである。

人命救助を優先するが、いざという時には戦闘を行う覚悟も持っていた。
555 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/05/31(水) 18:09:05.87 ID:joEQYD89o
バタン

オルド「ルーちゃんいるかー?」

メリル「いないよ」

オルド「えー、なんだよ。選挙行った後また遺跡探検に行こうと思ったのによ」

オルド「なんか今日人少ねーな。珍しくウィアもいねーし」

彼は宿屋の隣のバーを根城にしているレンジャーのオルドである。ルックスに恵まれているが趣味は酒と女遊びだ。

オルド「ロットも帰ってこねーし、オレ、孤独だ……」

オルド「孤独を紛らすにはこれしかねーな……」スッ

キアロ「おい、それは何だ!」バッ

メリル「違法ハーブじゃないか。最近流行ってるって聞くけど、あんたもかい……」

メヒィアス「あたしらも押しの強い勧誘を受けたけどね! 続ける金がないって言って断ったんだよ!」

オルド「ちょっとだけだから、返してくれよ」

キアロ「駄目だ。正しくないハーブの使い方は身を滅ぼす」

オルド「ちぇっ……」

メリル「革命が終わって一月以上経ってるのに、前より治安が悪化しているってどうなんだかね」

キアロ「……今日にでも一波乱あるかもしれない。皆も用心してくれ」

宿屋を照らす朝日を一筋の雲が覆い隠した。
556 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/05/31(水) 18:12:50.43 ID:joEQYD89o
というわけでようやく監獄編終わりです、大変お待たせしました
次回はウベローゼン・違法ハーブ編、黒幕の姿が見えてくる話になると思います
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/31(水) 18:17:29.61 ID:FNIqwc0Do
おつおつ
女帝さんと激突かぁ
なんか一番相性悪そうなのよね
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/31(水) 18:19:43.95 ID:Q7WZIdFKO
安価スレ最近変な奴いるし非安価はある意味安心かも
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/31(水) 20:55:36.36 ID:gfdI4J4OO

裏切り者はクルトだったか
560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/06(火) 08:22:58.62 ID:aLI+3RZpO
再開してたのか。
コンマが腐りがちなこのスレだと事故りかねんし、風呂敷広げきって畳むだけだから安価は今の仕様でも良いかな。
ただ、安価出すときは理由も必要にしないと荒らしがわくかもしれん。

裏切ったとは言うが、クルトの好感度は絶対に裏切らない筈の10以上だしなあ。
黒幕の思惑や正体によっては六勇のまともな部類を味方にしたい所だが……。
561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/06(火) 12:48:39.86 ID:aLI+3RZpO
>>557
いや、女帝の月魔術は効かないらしいから勝ち目はある筈。
相性最悪なのは白服かな。
過去の戦いの映像みる限り、あいつは異様なほどに幸運が高い。
逆にソピアは天使に見放されるレベルの不運だし。
562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/06(火) 13:26:21.47 ID:l929SVENO
それでもコンマ神なら……コンマ神ならきっと何とかしてくれる
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/06(火) 18:49:40.46 ID:D/hQ9S04o
女帝にエルミスの究極魅了ばれてるっぽいしな
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/07(水) 09:39:26.89 ID:jST9DEyiO
わざと破滅に向かう安価選ぶ輩とかもいるから安価減るのは嬉しい
565 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/12(月) 22:13:23.62 ID:H+Hfyabio
市民達「なあ、誰に投票した?」

市民達「もちろん元帥だよ」

市民達「他国に負けない強い国が生まれるんだ」

市民達「軍国万歳! 共和国万歳!」


市民達がフルフィリア共和国の新たな旅立ちに沸き立つ。

ここはウベローゼン市。

かつて貴族の町と呼ばれたこの町は、貴族がいなくなったことで国内でも特に大きな変化を迎えようとしていた。

この町が進む一本の道。それは軍の高官が居を構える軍事の町。

だが、一般市民も多くの軍人も気付かぬ所で、もう一つの分かれ道が生まれていた。


男「夢中草の購入者は1050人前後。魔法街にもじわじわと浸透してきております」

強面「教会を咎めた聖教徒が追放処分になったらしいな。順調じゃねぇか!」

男「くくくっ、ボスもお喜びになることでしょう」

強面「『薬物の町』実現まで後一歩だな! がっはっはっは!」


共和国政府は発足の直後に、社会の裏側で活動していた既存の非合法組織を解体。

多くの国民が喜んだこの施策だが、その目的とは裏腹に治安は悪化した。

今まで非合法組織の管理を受けていた数多くのゴロツキの活動が拡大したのだ。

しかも最悪な事に、軍の一部がその活動に加担している有様であった。

しかし、ついにこの日、己の町を愛する者達がそれぞれに行動を開始しようとしていた。


ミルズ「そうはさせない」

ミルズ「例え多くの市民が手遅れでも……軍が協力していたとしても……」

ミルズ「ボクたちの町はボクたちが守る」

ミルズ「夢中草も正しく調合すれば有用なハーブの一種なんだ」

ミルズ「ポーション製造の専門家、水魔術師の一人としても危険な使い方を許してはおけない」

ミルズ「そう……」

ミルズ「夢中草を安全に食べるならカフェ:アンブロシアで!」


……主人公の手の届かぬ場所へと波乱は拡大していく。

芳香都市ウベローゼン編、開幕。
566 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/12(月) 22:23:55.97 ID:H+Hfyabio
午前10時、魔法街、クルト行きつけのカフェ。

クルト『……大統領選挙の最中、軍は王都に集中しているはずだ』

クルト『その隙を突き、俺たちは軍の関与など知らなかったフリをして連中のアジトを叩く』

クルト『具体的には、裏路地、聖教会、病院を、分担して抑える』

クルト『市民のグループが大々的に違法ハーブの流通・生産の場を暴き批判すれば……』

クルト『軍は関与を否定し、関係者は憲兵に逮捕されるだろう』

クルト『……軍を味方にし、町を守れさえすれば俺たちの勝ちだ』

ミルズ「と、兄様は言っていたよ」

リウム「だからその兄はどこに行ったんだよ」

水魔術師の二人はクラスメートである。

医者の息子リウムはつい十日ほど前まで変わり者の少女ミルズをイジメていたが、今は協力関係にあった。

サナ「ヒレアちゃんかあの海神のどっちかでもいてくれればすぐ終わるのになぁー」

ラファ「麓町にソフィアたちを呼びに行ったレンも帰ってこないのです……」

リウムの姉で医者のサナと、白魔術師のラファも成り行きでこの作戦に参加する。

しかし、海流に閉ざされた国ラヌーンでの戦いを目撃している二人は、ソピア(の仲間)の力をあてにしていた。

リウム「あの黒魔術師、貴族の反乱に巻き込まれたんじゃないだろうな?」

ラファ「怖い事言わないでください!」

リウム「というか、なんであいつらは麓町にいるんだよ」

ラファ「それは分かりませんが……ヒレアが出発する前にそう言ってたので間違いないのです」
567 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/12(月) 22:32:03.45 ID:H+Hfyabio
ミルズ「隣町で内戦が始まったのは恐ろしい事だけど、ボクたちにとってはチャンスだ」

サナ「だね。新聞によると監獄と駐屯地を守ってた軍人はほぼ全滅し監禁されたって言うし」

サナ「この町も襲撃を警戒して陸軍基地に残った軍人を集めてるってさ」

ミルズ「敵のアジトを守る軍人が少ないほど、兄様の言っていた計画は成功しやすいからね」

ラファ「では、クルトもソフィアもレンも抜きで、今いるメンバーだけで実行するのですか?」

ラファ「私の担当は何にも問題ないのですが……」

リウム「俺は一人でもやるぞ!」

サナ「ま、何とかなるでしょうっ」

ミルズ(いつまでも兄様に甘えてるボクじゃいけない)

ミルズ(兄様の、そしてソフィアの隣に立てるボクになるために、必ず成し遂げるんだ)

ミルズ「行こう。作戦開始だ」
568 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/12(月) 22:42:43.96 ID:H+Hfyabio
ミルズとリウムの二人は、裏路地へ向かった。

数日前、不登校になった級友を探しに訪れた際に偶然にも違法ハーブ販売業者の拠点を見つけてしまったのだ。

二人は辛くも逃げきったが、その時、裏路地に他の級友を残してきてしまった事が気掛かりであった。

ミルズ「リウム、そういえばキミ、女装やめたんだ」

リウム「姉ちゃんに怒られた」

ミルズ「当然」

リウム「だけど、キュベレさんのように優しくて頼れる存在を目指すのは諦めないからな」

ミルズ「それはいい事だと思うけど」

リウム「っ! 向こうから誰か来るぞ」

それはエプロンを付けた大人びた体格の少女と、異国の装束を身にまとった少女の二人組だった。

「あいや! あなたたちはアンブラーズのミルズとアクアリウムのリウムあるネ!」

「水魔術師……まさか、あんたたちがハーブを?」

リウム「違う! 俺たちは業者じゃねえ」

お互いに相手を警戒し身構える四者。

ミルズ「誰? ボクはキミ達を知らない」

フェイラン「申し遅れてすまんある。私、カンフーファイターのフェイラン言うある」

イリス「パン屋見習いのイリス。トールの知り合いって言えば分かるかな?」

ミルズ「ああ、トールの」

リウム「安心していいのか?」

ミルズ「たぶんね」
569 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/12(月) 22:54:48.20 ID:H+Hfyabio
ミルズ「で、パン屋がなんでこんなところに?」

フェイラン「私が誘ったある」

イリス「ウベローゼンの町がピンチだっていうから付き添いでね」

リウム「俺たちと目的は同じなのか」

フェイラン「なら話は早いネ。共闘するよろし!」

ミルズ「いいけど……パン屋は置いてった方がいいんじゃない」

イリス「ウチ、トールよりは強いけど?」

ミルズ「足を引っ張らないでよ」


リウム「敵のアジトはこっちだ」

イリス「……変なにおいがしてきた」

ミルズ「リウム、そろそろ」

リウム「ああ。持ってきたぞ、気付け草」

ミルズ「二人も食べておいて。正気を失わなくなるから」

フェイラン「もぐもぐ。まじぃある」

イリス「調理すれば苦味を消せるのに」
570 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/12(月) 23:07:25.39 ID:H+Hfyabio
水魔術師ギャル「リウム! お久〜! 500年ぶり?」

水魔術師ヤンキー「オレは最強の破壊ロボットだー! うおー!」ジタバタ

水魔術師メガネ「幻覚にこそ真理があったんだ! 君達にもこの喜びを教えてあげよう!」メガネクイッ

水魔術師女子「リウム……ごめん……あたしもう、やめられないの……」ヨダレダラー

アジトへと歩みを進めたミルズたちは、路地裏の奥で級友の変わり果てた姿を目の当たりにした。

リウム「クソッ、お前らまで……!」

ミルズ「あっちの二人は幻覚が進み過ぎて脳内で人間やめちゃってるし……」

フェイラン「倒すある?」

ミルズ「足元がおぼつかないみたいだし、無視して行こう」

ミルズ「リウム、助けるなら今は放っとくべきだよ」

リウム「くっ……」


ミルズ「あの建物は……」

リウム「間違いない。この前見つけたアジトだ」

リウム「行くぞ!」

バタン

強面「うるせえぞ薬中共! ……あん?」

強面「この間のガキ共じゃねえか。お友達を連れてノコノコときやがったか」

柄の悪そうな男がゾロゾロと現れる。

リウム「この前と同じようにはいかないからな」

フェイラン「アチョー!」
571 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/12(月) 23:59:02.72 ID:H+Hfyabio
チンピラたちは全く強くなかった。

どこのギルドにも登録していないはぐれ者には、力任せに殴り掛かる以外に能がなかったのだ。

男「すんません……!」

強面「ケンカでガキ共に負けてんじゃねぇぞゴラァ!」

フェイラン「こいつだけタフあるね……」

イリス「後はウチに任せといて」

前に出るイリスは右手にバゲットを握っている。

ミルズ(堅いパンで殴りつけるの?)

強面「遊びじゃねぇんだぞ、お嬢ちゃん」

強面「パンで俺が倒せると思ってんのかオラァ。一発だけ殴らせてやんよコラァ」

イリス「じゃ、遠慮なく!」ゲシッ

強面「がッ!?」

フェイラン「出たある! イリスの伝家の宝刀、バゲットキック!」

フェイラン「美味しそうなバゲットで注意を逸らした隙に脛を強打する恐ろしい技ある!」

イリス「ほら、追撃行くぞー!」

フェイラン「『つねる』ある! どこをつねっているかは想像に任せるよろし!」

強面「がアァァァ!!」

フェイラン「『ねじる』ある! 見てるだけでも痛そうな技ある!」

ミルズ「技なの……?」

イリス「はい、とどめ! おらおらおらー!」

フェイラン「あ、あれは必殺の『揉む』! しかもパン屋の修行で強化されているある!?」

ミルズ「あんな所を揉むなんて、あんまりだ……!」

リウム「今、グチャって音したぞ……」


強面「」

リウム「さっきのは攻撃じゃない、暴虐だ……」

ミルズ「あれ? でも全く傷が残ってない」

イリス「まあね。傷を残すいじめっ子は三流よ」

フェイラン「イリスは体の内側にしかダメージを与えないある」

イリス「正直、トールの方がねじりがいがあったかな」

フェイラン「そういえば『搾る』『ちぎる』が残ってたあるね」

リウム「ひいっ! 俺たちのイジメとは次元が違う……!」

ミルズ「トール……初めてキミを尊敬したよ」
572 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:21:48.05 ID:de6FtlC+o
20分後。

ミルズ「……そっち、何かあった?」

リウム「何もねぇ。ハーブもねぇし書類もねぇ」

イリス「もしかしてここ、はずれ?」

ミルズ「そんな馬鹿な……。この間彼らがハーブの話をしているのを聞いたし、中毒者もたくさんいたじゃないか」

リウム「生産は病院と教会だけってことか……?」

フェイラン「さっきの男がボスでよかったあるな?」

ミルズ「たぶん」

フェイラン「じゃ、そいつだけとっ捕まえて帰るある」

イリス「さっき言ってたけど、病院と教会に行ってる仲間がいるんでしょ」

ミルズ「……仕方ない。帰ろうか」


ミルズ「ん?」

帰り道に立ち塞がっていたのは、先ほど会ったばかりの人物だった。

水魔術師ギャル「いや……諦め、早っ」

ギャル「キャハハハハ!! マジウケるwww ……なんつって」

ギャル「あー、ダル……」

リウム「お前……?」

いつも明るく騒がしかった級友の様子がおかしい。

リウム「ハーブのせいで性格まで変わっちまったのか……!?」

ギャル「ちげーし……薬中のフリして隠れてたんだよ」

ギャル「そりゃアタシのキャラ的に疑われるポジじゃないしさ……それで薬中に紛れてれば確実にスルーされるけどさ……」

ギャル「まぁ、ボスとしてはある意味正解なんだけどもさぁ……」

リウム「ぼ、ボスだって?」

ギャル「そーだよ。アタシがボスよ。どう、ウケた?」

リウム「ウケねーよ。なんだよお前がボスって、冗談にしてもつまらねぇよ!」

ミルズ「自分から正体を晒すボスなんていないよ」

ギャル「いや、あれだし……」

ギャル「アタシさ、陰でさ、コソコソ頑張ってるワケ。でもさ、誰もアタシの脅威を知らないって、あれじゃん……」

ギャル「つまんないじゃん……」

ミルズ「……なにそれ」

ギャル「あんまりにもアタシの事に気づく奴がいないんで、アタシから正体を教えてみましたってゆー……あれ」

フェイラン「つまり、あなたとっちめれば良いあるな?」

イリス「洗いざらい吐いてもらうよ」

ギャル「暴力反対ー。別に、全部教えるから。……はぁ」
573 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:22:26.60 ID:de6FtlC+o
ギャル「アタシの本名は……サキューラ・ユーリ・グリエール」

ギャル「違法ハーブを流通させてんのは、アタシの友達で先輩の……死の商人サマに任されたお仕事」

ギャル「これでいい?」

リウム「良くねぇよ! 色々釈然としねぇよ!」

ギャル「アタシが恐ろしい存在だってこと、分かってくれた?」

ミルズ「いや、全然伝わってないから」

ギャル「そっか……なら、実力行使か……」

ギャル「ビオーラ! マリー!」

ビオーラ「よっこらせ!」バッ

マリー「ついにオレ様の出番が来たぁ!」バッ

ミルズ「どこに隠れてたのこいつら!」

リウム「どっちも知らない奴だな」

ビオーラ「ユーリ姉の妹、ビオーラ・フラン・グリエールだべ! 趣味は園芸だべ! よろしゅう!」

マリー「この闇のウェディングプランナー、マリーGG様を知らないだとぉ!?」

イリス「男なのにマリーなの、あんた?」

フェイラン「仕事少なそうな職あるな」

マリー「うるせぇ! 気にしてんだよ黙れよぉ!」

ビオーラ「行くべさ、マリー兄!」

園芸少女は植木鉢を掲げる。

ビオーラ「ビオトープ!」

植木鉢から芽が出てあっという間に花が咲いた。

それは葉よりも幻覚作用が強い花粉を撒き散らすという、夢中草の花だ。

リウム「あれは、俺のグロウと同じ魔法……!」

ビオーラ「マリー兄、パスだべ!」ヒョイ

マリー「おう! 行くぜぇ!」

夢中草の花が瞬く間に花束に加工される。

マリー「受け取れぇ! インスタント披露宴! 闇のブーケトス!」ブン
574 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:23:23.81 ID:de6FtlC+o
フェイラン「勝ったある」

ミルズ「あれ? 時間が飛んだ?」

リウム「いや、直後だぞ。瞬殺だった」

ビオーラ「ごめんだべユーリ姉!」

マリー「すまねぇサキューラ!」

ギャル「こうなったら、アタシ自らやるしかないか……」スッ

ミルズ「……!」ゴクリ

ミルズ「って彼女そんなに強かったっけ?」

リウム「いや、普通レベルだな」

ギャル「ふーん……真の力を見ればそんなことは言えなくなるし」

そう言いながらギャルはミルズ達からゆっくりと距離を取る。

フェイラン「気を抜くなよろし」

イリス「迎え撃つよ!」

ギャル「ビオーラ! マリー!」

ギャル「……ダッシュ!!」ダッ

ミルズ「逃げた!?」

リウム「しまった! あいつは逃げ足が速いんだ!」

フェイラン「追うよろし!」

ドシン

ミルズ「ま、また援軍?」

立ちはだかるは3mはあろうかと言う大男。

横幅も相当のものであり、まさに巨人と言う他なかった。

大男「憤怒っ!」ドゴンッ!

大男が片足を己の頭よりも大きく上げてから地面に叩きつけると、地面が大きく振動した。

ミルズ「うわっ……!」

フェイラン「ハイッ! テイッ! ……ダメある、肉の鎧に弾かれるあるよ!」

大男は掌を正面に差し出した。

武術の素人であるミルズ達にも分かるほど、その掌に力が集まっていく。

ミルズ(今までの相手とは全く違う……)

ミルズ(この大男の相手をしながら追いかけるのは絶対に無理だ)

ミルズ「皆、撤退! 戦うだけ無駄!」
575 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:24:57.54 ID:de6FtlC+o
正午を過ぎた。

そして、フルフィリア共和国の初代大統領就任式が始まっていた。

その様子は国内のすべての町に設置された大型ディスプレイで生中継される。

ここ、ウベローゼン市にも宿屋街と陸軍基地前の二か所にディスプレイが設置されており、聴衆がその周辺に集まっている。

そんなディスプレイ前が、騒然としていた。

市民「おい、なんで音が出ないんだ!?」

メリル「ごめんねぇ、あたしも機械には弱いんだ」

旅人「陸軍基地前も同じ状態らしい」

市民「開票作業はまだ終わってないからいいが、式が始まるまでに何とかしろ!」

キアロ「落ち着きなさい! 音が無くても結果は画面だけで分かるだろう!」

市民「何様だてめー!」

メリル「はいはい! やめなさい! ケンカして音が出るのかい!?」

旅人「一体、誰のせいでこんなことに……」

「あたくしですわ!!」

旅人「!?」

美しい金髪をなびかせる女が一人、ディスプレイの上に立っていた。

ポージングを決め、キラキラと輝く彼女からは不思議と目が離せない。

市民「誰だお前は!」

「よくぞ聞いてくださいました!」

ディアナ「あたくしの美しき名はディアナ!」

ちなみに、本人曰く美しすぎる真の名はディアーラ・ナルス・グリエール。

彼女も外様ではあるがグリエール家に生まれた者である。

ディアナ「誰が呼んだか、美しすぎる怪盗ですわ!」

彼女自身だけがそう呼んでいる。

ディアナ「この美しすぎる怪盗ディアナ様が、スピーカーの部品をいただきに参上しましたの!!」

旅人「音が出なくなった原因は君なのか!」

ディアナ「おーっほっほっほ! 捕まえてご覧なさいな!!」ピョン ダッ

市民「ま、待てえ!」
576 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:46:50.59 ID:de6FtlC+o
聖教会。

ラファ「犯人は、あなたなのです」ビシッ

神父「……なんだね?」

ラファ「さあ、罪を告白しなさい。天に座したる主はあなたの悪事を見逃しません!」

神父「思い当たる節はありませんが……」

ラファ「ふっふっふ……すでに調べはついているのですよ」

ラファ「あなたは聖教会の信徒に対して、免罪符という物を売りつけて、個人で多額の利益を得ているそうですね」

ラファ「金のために信仰を利用するなんて、神への冒涜に他ならないのです!」

ラファ「そして同時に、あなたは栽培されている夢中草の違法な横流しも行っている」

ラファ「違いますか!?」

神父「……少し違うな」

神父「免罪符とハーブの利益は協力者にも還元しているんだ」サッ

あくどい顔をした神父が手を掲げると、周囲のシスター達が魔術を使用する陣形を取る。

神父「やれ。神の名の下に」

人間を丸ごと消し去る強力な聖光が教会内部を埋め尽くす……。

パァン!

神父「反射だと……!? ぐわああ!」

シスター「白魔術師としての力量は彼女より私達の方が大きく上回っているはず……」

ラファ「はあ……あまりに予想通りの行動すぎて、残念なのです……」

ラファ「ありがとうございます、テレサさん」

テレサ「全反射の結界、この教会で使用できるのはわたくしだけだったことをお忘れですか?」

神父「て、テレサ……! なぜだ、貴様は追放したはずだ!」

テレサ「それでも、神はわたくしに力を与える事をお選びになったようですね」

ラファ「一教会が、聖教国に認められたテレサさんを追放できると思ってたのですか? アホなのです」

テレサは白魔術師の上位職、聖教徒である。

未成年でありながら白魔術師の総本山たる聖教国で洗礼を受けた、高位の聖職者だ。
577 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:48:34.45 ID:de6FtlC+o
神父「黙秘権を行使する」

テレサ「守護天使様にお聞きするので何も話さなくて結構でございますよ」

テレサ「本名はフリー・ジャン・グリエールもしくはフリー・ジャンピエトロ」

テレサ「ゼニー・グリエールの息子で30歳。兄弟が大勢いらっしゃるようですね」

ラファ「これも予想通りなのです。汚い商売をする小者はグリエール家だと相場は決まっているのです」

神の名簿。相手の個人情報を知ることができる白魔術である。

神が術の行使を許可しない場合もあるが、聖教徒ともなればほとんどそういう事態は発生しない。

神父「そういうことだ。俺に何かあったら商会が黙ってないという事を忘れるな」

ビリビリビリ

神父「ギャアアア!!」

テレサ「嘘をつくとバチがあたります」

神父「お、俺は商会の人間じゃない! 親に捨てられた外様の者だ!」

神父「ふぅ……電流が止まった……!」

テレサ「貴方に助言をした方はいらっしゃいますか?」

神父「黙秘権だ。個人情報以外は知れないだろう」

テレサ「……。なぜ、ご実家を恨んでらっしゃるのに、ご商売を?」

神父「黙秘権」

テレサ「彼のお母上は聖教会に所属されていたそうですが、ゼニー氏に無理やり関係を持たれ純潔を奪われてしまったそうで……」

テレサ「子供に罪は無いと考えて出産しましたが、彼を生んだ直後に自ら死を選んでしまわれたとのことです」

ラファ「彼も辛い身の上なのですね……」

神父「なぜそれを!」

読心魔法。使っている間相手の心の声がすべて聞こえる。

テレサ「そのような方は彼だけではなく、グリエールの血を引く外様の方々はリーダーの助言の下、ご商売をされていて……」

テレサ「その理由は、実家に商売で勝ちたいと言う思いからではなく、単純に一家に生まれた者の性だそうですね」

ラファ「つまり、ゲスの血を引いてるのですか」

神父「祖父の血は濃かったんだ……」

テレサ「あら、お話していただけるご気分になられたのですね!」

神父「何にも黙秘できないからな……!」
578 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:49:23.07 ID:de6FtlC+o
バタン!

ディアナ「この美しすぎる妹分が助けに来ましたの!!」

神父「ディアナ! でかした!」

ラファ「テレサさん」

テレサ「はい」


ディアナ「このあたくしを捕らえるとは、実に美しくない仕打ちですわ……!」

神父「何しに来たんだよお前……」

ラファ「捕まりに来たんじゃないですか?」

テレサ「これで、解決まで後一歩ですね」

ラファ「どうでしょう? まあミルズ達はともかくサナがしくじるとは思えないのですけど」
579 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:50:10.22 ID:de6FtlC+o
聖十字病院。

サナ「父さん!」

名医「サナ!? 帰ってきていたのか!」

サナは地元から離れ、学園都市スクーニミーの医科大学に通っていた。

サナ「父さん、聞いたよ」

サナ「市民の健康を守る私達医者が、夢中草の違法な流通に加担するなんて、何考えてんの!」

名医「サナ、聞いてくれ。私達は……共和国政府に依頼されているんだ」

サナ「院長はなんて言ってた?」

名医「すべて私に一任すると言われた……」

サナ「いくら相手が軍でも医者として断るべきだよ」

名医「だが……何をされるか分からないじゃないか」

名医「お前たちに何かあってから後悔しても遅いじゃないか」

サナ「……わかった。それは、仕方なかったと思う」

サナ「でも、聞いて。リウムはハーブの生産を止めるために裏路地へ行ったよ」

名医「なんと馬鹿な真似を……!」

サナ「馬鹿な真似じゃない! リウムも覚悟を決めたんだ」

サナ「市民の健康を守るために軍に逆らう覚悟を!」

名医「リウム……!」

サナ「今からでも遅くないよ!」

サナ「父さん! 父さんは私達の手本でしょ!」

名医「……」スッ

名医「年を取ると、どうも冒険を避けてしまうようだ」

サナ「それは私も同感」

名医「定年も近い私だが……今一度、勇気を出し、信念に順じよう」
580 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:58:41.92 ID:de6FtlC+o
サナ「夢中草はどこで栽培してるの?」

名医「C棟一階裏の小屋だが……何をしに行くんだ?」

サナ「現場検証? 夢中草の栽培を誰が指示してんのか分かれば大きな収穫だからね」

サナ「軍が命令してきたって言っても、私は軍の中の誰かが暴走してるだけだと考えてる」

名医「そう考えた根拠は?」

サナ「あの娘バカのブラッドレイ元帥が自分の住んでる町をメチャクチャにするとは考えにくいから」

名医「なるほど、合点がいった」

名医「ついていこう。今は鍵をかけている」


サナ「実家のようなものなのに、こんな所入ったことなかったや」

名医「私も革命前までは近寄る事もなかった」

サナ(げっ、兵士残ってんじゃん……)

上等兵「名医殿、どうされたのですか? 異常はありません」

名医「中に入れて欲しい」

上等兵「なぜです?」

名医「……もう、私はやめにしたのだ」

サナ「ちょっ、父さん」

名医「私達の病院は今後、非合法なハーブの流通に一切加担しない」

上等兵「……」

名医「そういうわけだ。いかに政府の命令と言えども、病院は市民の命を預かる施設だ」

上等兵「こ、困りますよ……そんな」

名医「今まで困っていたのは私達だ……。申し訳ないがこちらの意も汲んでいただきたい」

上等兵「そ、そんな事伝えられるわけがない……死にたくない!」

サナ「ど、どうしました? 落ち着いてください!」

上等兵「うああああッ!」ジャキッ

パァン

名医「ぐふっ……!?」

サナ「父さん!?」
581 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:59:17.09 ID:de6FtlC+o
サナ「なぜ撃ったんですか!」

上等兵「うああああ!」

サナ(駄目だ、恐怖で錯乱してる……!?)

サナ「……ヒプノセラピー」ポゥゥ

上等兵「あ、う……zzz」

怪我を治す水魔術と精神を癒す日魔術を習得したサナは、ヒーリング系魔法のエキスパートとして成長していた。

心身に強く働きかける彼女の魔法は、激しく興奮した人間もたちまちにして沈静化させる。

名医「うぐぅぅ……」

サナ「父さん! 今治すからね」

「アラ。人が倒れてイルワネ」

サナ「っ!」

化女「イケナイ。急いで手術が必要ダワ。ドキナサイ」

サナ(共和国軍衛生兵の一人、『化女』!)

化女は全身整形を繰り返しサイボーグとなった美人女医である。

体中に手術用の装置が数多く組み込まれており、その手術の成功率と美しい容姿が巷で人気を博している。

サナ「治療は私がするから必要ありません!」

化女「ダメヨ。銃弾の正確な摘出において私の右に出る者はイナイ」

言いながら、中指の先から微小なアームを露出させる。

その機構を見てサナは顔をしかめた。

化学薬品と改造手術によって二度と傷病に陥らない身体を作り上げる事をモットーとする化女に対して、サナは人の自然治癒能力を高めて元の状態に戻す魔法主体の医師である。

この二人は正に水と油であった。

サナ「彼は私の父です。そんな得体のしれない装置や薬品を父の体に入れないでください」

化女「今キヅイタワ。そこで眠っているのは私の部下カシラ?」

化女「アナタが眠らせたノ?」

サナ「はい、興奮していたので、落ち着かせるために仕方なく」

化女「起きてチョウダイ」ブスッ

上等兵「わあっ!」
582 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 01:59:55.69 ID:de6FtlC+o
化女「何があったノ?」

上等兵「ば、化女様……こいつら、夢中草の生産をやめるって……」

化女「アラ。ひどい契約違反ネ」

サナ「……あんたが父さんにやらせてたってわけか」

化女「血圧上昇。筋肉の収縮。表情筋のステート測定。……コレハ敵意の感情」

化女「興奮した患者は落ち着かせなければイケナイワ」ガシャン

化女「処置の最中に欠損した部位は交換してアゲルから安心シテチョウダイ」ウィーン ガコン ガコン ジャキン!

サナ「何その変形……あんたのような医者がいるか!」

ウネウネ ザワザワ

上等兵「く、草がうごめいて……!? 申し訳ありません! 自分は退避させていただきます!」バッ

化女「測定不能。植物の操作魔術?」

サナ「操作じゃないよ……これは全部、私の体の一部! アロマセラピー:なめらかイバラ!」

水と日の精霊を吸収しすぎたサナの体質は、人間の姿形を保ちながらも限りなく植物に近いものとなっている。

体から任意の植物を生やす事ができるのもその特性の一つだ。

化女「損傷皆無。毒性無し。コレガ攻撃?」

サナ「捕まえただけだよ。今のうちに父さんの治療を……」

ジュウッ

サナ「あづッ!!」

化女「レーザーメスよ。あらゆる状況で負傷兵の治療を任される私ガ、拘束や障害物で動けなくなることがあってはナラナイノ」

化女「魔術の使用をセンサーで確認。変化、花畑の展開。毒性アリ」

サナ「邪魔すんなって言ってんのよ……!」

園芸セラピー:レストスミレ。

強力な沈静化魔法を放つ珍しい花が病院裏一面に咲き誇る。

化女「意識レベルの低下……。薬剤の投与を開始……。フウ」

サナ(こいつ、自分に注射を……)

化女「遠隔インジェクター起動。パラライズドラッグ装填。正しい拘束を見せてアゲルワ」ダンッ

サナ「ぐうっ!」

サナ(自然物じゃないから中和できない!? くっそう……)
583 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 02:00:35.06 ID:de6FtlC+o
名医「や、やめろ……」

化女は目から怪光線を放ち、人体の状態をサーチする。

化女「関節がすり減ってイル。交換が必要ネ」

化女「古い関節の除去をオコナウワ」

先端に鋭い刃物の付属した四本のアームが、名医の肩と膝に添えられた。

名医「……っ!」

化女「執刀ガビッ」ドゴッ

化女「ビガガッ……状況確認、頭部へのダメージ5%。原因、植物体構造物」

サナ「……」ダラン

筋肉が麻痺し脱力しきったサナを、無数の蔓と花が支えて立たせている。

インコフラワー「あー。あー。マイクテスト。インコテスト」

インコフラワー「舐めんじゃないよ……。自然の物が必ずしも安全とは限らないって事を教えてやる!」

舌と喉の代わりを務めているのはクチバシ型の花、移動に使っているのは脚の長いマンドラゴラの下半分。

そして先ほど化女を殴りつけたのは頑丈な果実の殻だ。

化女「モンスターの集合体カシラ」

インコフラワー「あんたにだけは言われたくないわ!」シュッ

化女「自動防御」ガキン

鋼鉄に匹敵する針を持つサボテンと骨切断用チェーンソーがぶつかり激しく火花を上げる。

サナ(今だ!)

食鉄植物「……」ダラー ジュウウ

不意を突かれ、鉱物モンスターを好んで食べる植物の唾液が化女に浴びせかけられた。

化女「……成分解析、エラー。腕部機構、損傷60%。胴部機構、損傷20%」

化女「危険。退却スベシ」バッ

インコフラワー「金属だけを溶かす溶解液だよ。見たか、これが天然由来の力!」

化女「弱点解析、不要」

インコフラワー「さっさと帰れ! まださっきの浴びたいか!」

化女「ケミカル除草剤、噴霧。痛み分けで終わりマショウ」

インコフラワー「ボ、ゲ、ゲ…………」

化女「人体に影響はナイワ。アナタはどうか知らナイケド」

化女「退却用ブースト始動。サヨウナラ」

ゴオオオ
584 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 02:01:33.08 ID:de6FtlC+o
サナ(し、死ぬ……!)ズル ズル

サナ(一旦池に落ちて薬品を洗い流す)ズル ズル ドボン

サナ(溺れる……! 酸素生成……)

サナ(体は麻痺したままだし、動かせるだけの植物も出せない……)

サナ(ソーラーセラピーで自然回復するまで待つしかない)

サナ(父さん、待たせてゴメン……!)


テレパスズラン(お父さん!)

名医(サナ、か……?)

テレパスズラン(そう。父さんの娘。今は根っこ越しに話してる)

テレパスズラン(ゴメン、まだ体が動かせないんだ)

テレパスズラン(とりあえず、止血と体力の回復だけしておくから。後は生身が動かせるようになってからね)

名医(ああ……)

ザッ

テレパスズラン(……誰?)
585 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 02:08:27.00 ID:de6FtlC+o
貴腐「やあ、君。ユニークな外見をしているねぇ」

貴腐「私の生み出す世界とは違う、生気に満ち溢れた緑だ」

貴腐「さっきは私の部下がごめんね? 彼女は医療行為を邪魔されるとヒステリーを起こすのがたまにキズなんだ」

貴腐「でもそういう、顔や声に出ないけど感情豊かなのが可愛いんだけどさ。ふふふふふ」

貴腐「おっと、レディーの前で他のレディーの話をするのは紳士として恥ずべき行為だったね。申し訳ない」

貴腐「大丈夫、君も綺麗だよ。お世辞じゃないさ!」

貴腐「いや、本当に……見れば見るほど、実に、私好みのレディーだ……」

貴腐「どうかな? 君、私のレディーにならないかい?」

貴腐「…………」

貴腐「恥ずかしがり屋さんなのかな?」

貴腐「…………」

貴腐「返事がないってことはOKでいいんだろう?」

貴腐「ああ……だけどすまない。私は忙しい身でね。常にレディーを連れ歩くことはできないのさ」

貴腐「そこで、君には菌の姿になってもらうよ」

貴腐「怖くないさ! 他のレディーたちも最初は怖がってたけど、今は満足しているよ」

貴腐「ほら、力を抜いて…………」
586 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 02:13:54.69 ID:de6FtlC+o
聖教会。

リウム「――で、俺の友達がグリエール家の奴だったらしい」

ミルズ「自称だけどね」

リウム「その大男は明らかに格が違った。上位職レベルの強さだと思うぞ」

ミルズ「ファイターとパン職人の子とは逃げる途中ではぐれちゃった」

テレサ「わたくし達はグリエール家のお二人を捕まえました」

ラファ「向こうにもグリエールがいたのですか?」

リウム「そっちもってことは、あいつが言ってたのは本当って事か……」

ミルズ「彼らを追いかけなくても、ここにいるグリエールに聞けば済むね」


ディアナ「黙秘権を行使しますわ!!」

神父「ディアナ……テレサにはそれが通用しない」

テレサ「彼は免罪符専門商人のフリー・ジャン・グリエールさんで、彼女は産業スパイのディアーラ・ナルス・グリエールさんです」

ミルズ「違法ハーブは専門じゃないんだ?」

ディアナ「あたくしは美しすぎる協力者の指示に従っただけですの!」

ディアナ「偶然通りかかっただけでハーブの事なんて知りませんわ!」

神父「俺はサキューラに頼まれて手伝っていた」

神父「サキューラが何を考えてこんな長続きしなさそうなビジネスに手を出したのかは知らない」

リウム「アイツ、友達に任された仕事だって言ってたよな?」

ミルズ「死の商人サマって言ってたね」

神父「ああ、ボスの意向だったのか……」

ラファ「今すぐボスの名前を吐くのです!」

ディアナ「ええ。よろしくてよ!」

ディアナ「あたくしの美しすぎる協力者、その名は……」
587 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 02:14:50.24 ID:de6FtlC+o
ディアナ「死の商人こと、ミリエーラ・グリエール様」

ディアナ「あの方は、あたくしよりも美しい、唯一のお方……!」

ディアナ「金に愛された至高の存在ですの!」

神父「免罪符の販売も彼女の発案だ……」

神父「半端な生まれの俺たちに仕事を与えてくれるんだ。俺にとって彼女は聖人に等しい」

テレサ「いいえ。罪深いお方です……」

テレサ「その方さえいなければ、グリエール家を追放された貴方がたは商売を諦め、誠実な生き方ができたかもしれませんのに……」

ミルズ「美しいキミ、偶然通りかかったって言ってたけど何してたの?」

ディアナ「あたくしを美しいと言ってくださるの!?」

ミルズ「いや、名前覚えられないだけ」

ディアナ「……。あたくしは、大統領就任式を生中継するディスプレイの、スピーカーを破壊するためにこの町に来ましたの」

ミルズ「それもミリエーラって奴の指示?」

ディアナ「もちろんですわ」

ラファ「ミリエーラは何がしたいのですか……?」

リウム「ウベローゼン市民に恨みでもあんのか?」
588 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/13(火) 02:17:16.54 ID:de6FtlC+o
今回投下分は以上
グリエール家が某ンピースのシャーロット家のごとくワラワラ沸いてきますが
こちらはご覧のように一部を除いて雑魚しかいないので気にせず流してください

次回、安価で名前が決まったキャラの中で最も影の薄いと思われるあの人が再登場
589 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/13(火) 03:25:24.26 ID:fTYd3ZNfO

ディアナは出るだけで賑やかだな
590 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:08:52.53 ID:po2J3s3to
フィナ「頼もう!!」

ウベローゼン市郊外、田園地帯の中にその建物はあった。

雑木林で囲まれた敷地に建つ独特の雰囲気を持つ屋敷は遥か東国の建築だ。

フィナ「ってここ来た事ある!」

テンパラス「そうなのか」

フィナ「この建物は道場じゃなくて神社って言うんですよ。前友達に聞きました!」

昨日、ソピアの友人の一人でありホワイトシーフの少女フィナは、剣術と火魔術を操る男テンパラスに、異国の武芸を学べる道場に誘われていた。

そして今朝、二人は剣士ギルドで待ち合わせしてこの道場こと神社を訪れたのだ。

フィナ「ね!? ここ神社ですよね!?」

神主「いかにも。だがこの神社は道場も兼ねておる」

神主「自由にお呼びください」


テンパラス「紹介しよう。私の剣の師だ」

侍「鏡都国より流れ参った浪人、生蔵と申すものでござる」

フィナ「キョウト国のナマクラさんですか。あたしはフィナです、よろしくお願いします!」

侍「雛も武士の技を学びに来たのか?」

フィナ「雛じゃないです」

テンパラス「いや、彼女は忍びの技を学びに来た」

侍「では、おみきの担当だな」
591 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:15:11.19 ID:po2J3s3to
オミキと呼ばれた少女は巫女装束を着たとても小柄な少女だった。

顔は狐の面で隠されている。

フィナ「こんにちは。あ、ソフィーの先輩の巫女さんだ」

フィナはソピアがまだ普通の妖精だった頃のマリンを迎えに行く際に、一度この神社を訪れていた。

フィナ「えっ、ということはあたしも巫女修行するの?」

オミキ「すいません。私は巫女ですが、忍者でもあるんです」

フィナ「そっかー」

オミキ「今からするのは忍者の修行です」

フィナ「えっ、あたし忍者になるの?」

オミキ「何も聞いてないんですか?」

フィナ「何かね、テンパラスさんから逃げる技や隠れる技を学べるって聞いてきたんだけど……」

オミキ「その言い方は語弊があります……」

フィナ「どうするかなー、忍者怖そうだしなー」

オミキ「怖くないですよー」

フィナ「……ニンジャ、ヒトコロサナイ?」

オミキ「……他にどうしようもなくなったら」

フィナ「くぅ、その答えはずるい」

オミキ「ええとですね、忍者は潜入して情報を盗み出す専門家なんです」

オミキ「そういう仕事なので、できれば戦わずに済むのが一番いいんです」

オミキ「もし戦いになっても、相手の命を奪うまで時間をかけて戦ってないで、動きを封じてさっさと離れた方がいい事が多いんです」

フィナ「ターゲットのついでにおやつ感覚で人を殺すアサシンとは大違いだ!」
592 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:20:49.98 ID:po2J3s3to
オミキ「どうします? 忍者の修行やります?」

フィナ「うん! でもその前に」

フィナ「そのキツネのお面とって。怖い」

オミキ「すいません、これはだめです」

フィナ「なんで」

オミキ「私は典型的なキョウト人の顔で、フルフィリアでは不細工なので恥ずかしいのです」

フィナ「隙あり!」バッ

オミキ「おっと」スッ

フィナ「ざ、残像!」

オミキ「私のお面を奪えたら免許皆伝ということでよろしいですか?」

フィナ「あ、絶対にできないやつだよこれ……」


オミキ「まずは基本の忍び走りです」

フィナ「こう?」

オミキ「基本はできているのですね?」

フィナ「まあ……いろいろあって」

オミキ「続いて、煙幕を貼った隙に背後に回り込む技」

フィナ「こうして……こうだ! できた!」

オミキ「物覚えがいいですね」

フィナ「一発で覚えないと殴られる日々を送っていたもので……」

オミキ「私はそんな事しません」

フィナ「それなら物覚え悪くなろう」

オミキ「やはり体罰は有りにします?」

フィナ「しまった、余計なこと言っちゃった!」
593 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:27:54.21 ID:po2J3s3to
オミキ「壁の向こうにすり抜ける技」

フィナ「おお! すごい技だ!」

オミキ「まずは工具を用意します」

フィナ「ちょっと待って」

オミキ「次に、薄い壁、できれば木製がいいですね。それを探します」

フィナ「うん、もう手順は分かったから!」

オミキ「あら、そうですか? では今日は前もって作っておいたこちらの壁で練習を」

フィナ「夢が壊れたぁ!」


オミキ「攻撃を受けたと見せかけて、残像を攻撃された隙に背後に回り込む技」

フィナ「忍者って後ろに回り込むのが好きなの?」

オミキ「好きですね」

フィナ「もしかして、顔を見られたら負けっていうルール?」

オミキ「そういう節はあります」

フィナ「じゃああたしもお面つけよう! うさぎでいいかな?」

オミキ「これは関係ないです……」


オミキ「気合で自分にしか見えない光源を作り出す暗視術」

フィナ「だんだん魔法みたいになってきた」

オミキ「魔力はないです」

フィナ「そのうちニンジャビームとか撃ちそう!」

オミキ「似たような技なら……」

フィナ「あるんだ!?」

オミキ「しかし、シノビームはニンジャパワーを生み出せなければ使いこなせない大技……!」

フィナ「胡散臭い!」
594 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:35:04.37 ID:po2J3s3to
オミキ「次は武道に属する忍術です」

オミキ「これは、刃に黒い気を乗せて振るい、相手の意識を奪う、春眠の術」

フィナ「その黒いオーラはどう見ても魔法なんだけど……」

オミキ「いいえ。さっきはニンジャパワーでごまかしましたけど。長く苦しい鍛錬の末に己の魂から迸る力、魂気というものです」

フィナ「こんき!」

オミキ「魂気の一つ、忍魂気はご覧のように墨の色をしていて、忍びの心得を身に付けた者が目覚めます」

オミキ「心を無にして辛苦に耐え、決して己の存在を誇示せず、雑念を捨てひたむきに任務を遂行する事」

オミキ「それこそが忍びの心得です」

フィナ「うん。それ絶対あたしには無理だ」

オミキ「あっ、大丈夫ですよ。どうぞ受け取ってください」スッ

パスッ

フィナ「……」

フィナ「魂気、手渡ししちゃったよ……!」

オミキ「見た目より軽いでしょう?」

フィナ「これ、ダメでしょ! 長く苦しい鍛錬した人が損してるじゃん!」

オミキ「長く苦しい鍛錬をした私が許可したので良いのです」

フィナ「はあ」

オミキ「でも、二次配布はやめて欲しいですね」

フィナ「しないから! これ渡された人どんな顔すればいいの!?」


オミキ「では、武器に魂気を纏わせてください」

フィナ「……」

オミキ「何か問題がありましたか?」

フィナ「……すいません。あたし、武器が握れないんです」

フィナ「刃物を持とうとすると手が震えて……つい昨日ショックな出来事があったばかりで……」

フィナ「気が刃を覆ってるから、斬れないのは分かってるんですけど……」

フィナ「この技はまた今度、お願いします! ごめんなさい!」

オミキ「無理強いはしません、ゆっくりやりましょう!」

オミキ「修行のコツはマイペース。嫌々やってもあんまり身に付きません」

オミキ「自分を追い込みたくなった時に追い込めばいいんですよー」

フィナ「なんて優しい……! 師匠とは大違いだ……」

オミキ「?」
595 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:39:21.88 ID:po2J3s3to
侍「あっぱれぬし! 己を刀とするのだ!」

テンパラス「うおおおおお!!」

向こうでは男二人が金色の気を纏って剣道の稽古をしていた。

双方とも刀の間合いには入っていないが、斬撃が宙を飛び交っている。

フィナ「あれも魂気?」

オミキ「武魂気ですね」

フィナ「そうだ。さっきの魂気返しておかないと」

オミキ「いえ! それはしまっておいてください」

フィナ「しまうって、あたしの魂の中とかに?」

オミキ「かばんでもいいですよ」

フィナ「……入らないや。後でいらない道具を整理しないとなー」

フィナ「……どうしよう?」チラッ

オミキ「吸精……はフィナさんはできないので……」

オミキ「とりあえず今のところは口から入れてしまいましょう」

フィナ「んぐ……梅の風味!」

オミキ「喉につまらせないようによく噛んでくださいね」
596 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:43:33.01 ID:po2J3s3to
休憩時間。

オミキ「おやつはいかがですか?」

フィナ「いただきます! これなんですか?」

オミキ「羊羹……アズキゼリーです」

ゴロゴロ

フィナ「あっ、鞠が」

カッ

子狐「我への供え物か?」

オミキ「違います。タケミタマ様、鞠に戻ってください」

子狐「何とぞんざいな扱いなのじゃ……」

フィナ「子狐が喋った!」

フィナ「偉そうなのに声が可愛い。ペットですか?」

オミキ「フルフィリアの言葉で言うなら、使い魔ですね」

子狐「神に向かって使い魔とは失敬なー!」

フィナ「マリンみたいなものか。そういえば、ボールに入れるのって」

オミキ「ソフィアさんの提案を採用しました♪」

フィナ「怒られなかった?」

オミキ「神主さんには叱られましたが納得してくれました」

フィナ「そうじゃなくて、この子狐にさ」

オミキ「フルフィリアに来てから気付いたのですが……偉いのは使役してる私の方ですよね」

子狐「近頃は全く言う事を聞かなくなってしもうた。正直辛い」

フィナ「苦労してるんだね……。おいで。撫でてあげる」

子狐「やめーい! 我は神なるぞ! 気安く触れるでないぞ娘ー!」

オミキ「ペット用の櫛です。お使いください」スッ

フィナ「ありがと!」

子狐「ええい触るな! そのほうは穢れておるんじゃー!」
597 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:45:44.91 ID:po2J3s3to
フィナ「あっ……」ポトッ

オミキ「櫛を落とすくらいショックだったんですか!?」

フィナ「あたし……やっぱり、血に塗れてるのかな……」

オミキ「そんな変なにおいはしませんよ?」

子狐「先ほどからの身のこなしでまさかとは思っていたが、堅気の者ではないな?」

オミキ「タケミタマ様。聞かれたくない事を聞くのは失礼です。お夕飯抜きにしますよ」

フィナ「いや、話させて欲しいな……」

フィナ「騙してるようで、悪いからさ……」


オミキ「アサシンの先生が……」

フィナ「うん。友達が何とか取り持ってくれて縁は切れたと思うけど、あたしの個人情報は協会にも知られてる」

フィナ「今も、すごく怖い……。帰ったら家族が殺されてるんじゃないか、とか……」

フィナ「もしかしたら、オミキさんたちキョウトの人たちにも迷惑がかかるかも……」

オミキ「迷惑だなんて、とんでもない。もしフィナさんを襲ってくるならここに攻め込んで来て欲しいくらいですね」

オミキ「アサシン協会が来ても私達が守ってあげます。お任せください!」

フィナ「な、なんで? あたし、初対面だよ」

フィナ「大きな組織からあたしを守るなんて、そんな義理がどこに……」

子狐「同じ食卓を囲んだのだから身内の一人じゃ」

オミキ「まあ、羊羹ですけど……」

オミキ「キョウト人は縁を大事にするんです」

オミキ「だから、そんなことで遠慮しないで、今後もどんどん遊びに来てくださいね」

子狐「遊んでどうする! 修行じゃ修行ー!」
598 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:52:23.55 ID:po2J3s3to
フィナ「……オミキ先輩」

オミキ「はい。先輩?」

フィナ「抱いて!」ガバッ

オミキ「わっ!」

フィナ「うう、ぐす……」

オミキ「……」

子狐「娘がその師匠に従っていたのは、安心できる居場所、前に立って導いてくれる大人を求めていたんじゃろう」

子狐「これからは主がその立場。期待に応えてやりなさい」

子狐「ほほほっ、神の命令じゃ」

オミキ「命令する立場は私ですが……」

子狐「そこは首を縦に振れぇ!」

フィナ「……でも、正直大人っぽくない」

オミキ「え」

フィナ「なんか、あたしが抱きしめてるような感じになってる」

フィナ「先輩、ちっさ」

オミキ「……すいません」

子狐「なぜ謝る!」
599 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:54:59.82 ID:po2J3s3to
オミキ「落ち着きましたか?」

フィナ「はい、すっかり!」

フィナ「ところで、一つ気になったんだけど……」

オミキ「なんでしょう?」

フィナ「完っ全に忘れてたけど、勝手に忍者のスキル学んじゃっていいのかな」

フィナ「上位職は下位職ギルドである程度名声を上げないと紹介してもらえない事を今思い出して……」

オミキ「紹介されなくても自分から探すのは禁止されていないのでは?」

フィナ「あ、そっか」

オミキ「また、技の系統が似ているだけで、本来ホワイトシーフと忍者には何の接点もありません」

子狐「本場月宿の忍者が、己の技の伝授を異国の何でも屋ごときに咎められる謂れはないのう」

フィナ「あっ、でも……受講料とか、かかりますよね」

オミキ「えっ、お金取ると思ってたんですか?」

フィナ「まさか、ボランティアってわけじゃないでしょ?」

オミキ「私達はキョウトの武芸に興味を持ってくれるだけで十分なんです」

子狐「まー、人数が増えすぎたら考えるかも知れんが……」

オミキ「知名度が低いというか影響力が低いというか……あんまり誰も来ないんですよね」

フィナ「そうなんだ? 国の名前は知ってる人多いのに。遠いから?」

フィナ「あ、ごちそうさまでした!」

フィナ「友達にもお土産に1つ貰っていけないかな?」

オミキ「では、食べた分と2つで200Gになります」

フィナ「お金取るのっ!?」

オミキ「キョウトから運んできていて在庫が少ないので……。すいません」
600 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 00:58:42.05 ID:po2J3s3to
テンパラス「おや、先に休憩に入っていたのか」

フィナ「お先してまーす」

テンパラス「時にフィナ、お前は選挙には行ったのか?」

フィナ「行ってません。あたしには関係ないと思って」

テンパラス「選挙権は16歳からある……」

フィナ「年齢の問題じゃなくて、いきなり国の代表を決めようって言われても、どういう基準で選べばいいか分かんないし……」

フィナ「しっかり勉強してきた頭のいい人たちで決めてくださいって感じです」

テンパラス「読み書きができるならばそれほど敷居は高くないぞ」

テンパラス「新聞だ。たまには読むべきだな」スッ

フィナ「ふーん……って何この一面!」

フィナ「鉱山の町シスヤタが反乱勢力の手に堕ちたって……!」

フィナ「なんで誰も教えてくれなかったのー!」

テンパラス「知らなかったのか?」

オミキ「私達もすでに聞いていましたが……」

フィナ「何でも屋に行けば黙ってても噂話は入ってくるけど、今日は行ってなかったから……」

フィナ「…………あ」
601 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:01:18.51 ID:po2J3s3to
〜フルフィリア全国新聞〜

■■シスヤタ市 逃亡貴族により占拠■■

(中略)

●“強者”13名、奮戦も敵わず

共和国軍は〇日朝会見を開き、強者の勲章を授与された11名を含む共和国軍兵士300名あまりがシスヤタ監獄に囚われている事を発表した。

また、シスヤタ市で精肉店を営む“悪食”こと○○氏、ウベローゼン市のホワイトシーフギルド所属“凶爪”こと○○氏の両名が死亡した事も明らかになっている。


フィナ「師匠……死んだんだ」

テンパラス「……」

オミキ「……」

フィナ(なんだろう。悲しめばいいのか、喜べばいいのか、分かんない)

フィナ(これで、少なくとも師匠があたしを追いかけてくることは絶対になくなった。だけど……)

フィナ(もう絶対に仲直りできることもなくなった)

フィナ(……なんて、無理なんだけどね)

フィナ(それでも、師匠にも可愛いところがあったし、頼りになることも多かった)

フィナ(そんなことを考えてしまうのは、もう師匠がいなくて安心してるからなのかな……)

ギュッ

フィナ「……うひゃっ!」

オミキ「フィナさん……今は好きなだけ泣いていいんですよ」

フィナ「……先輩、手、冷たっ!」

オミキ「えええええ!?」

フィナ「うわぁびっくりした。あ、でもお陰で難しい事考えてたけどどうでもよくなったよ」

フィナ「ありがとね、先輩!」

オミキ「扱いが、思ってたのと違う……。先輩なのに」

子狐「普段の我の気持ちが分かったか?」

オミキ「唐突に手を握るのは良くなかった……? しかし短時間で二度も抱きしめるのはなんというか……」

子狐「無視か! なぜ我の扱いが一番下なのだ! 神なのに!」
602 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:09:04.69 ID:po2J3s3to
テンパラス「本当にもう平気か? 白魔術師の知人に、その師匠と話せるよう私から頼んでも良いがどうする?」

フィナ「もう、大丈夫! だってもうあたしにはオミキ先輩がいるから!」

テンパラス「依存しすぎるのも考え物だぞ」

フィナ「別にいいですよね、先輩!」

オミキ「はい!」

侍「困ったものでござるな」

フィナ「二人は付き合い長いですけど、仲良くないんですか?」

テンパラス「ナマクラは師であるがライバルでもある。ナマクラを斬った時、私は剣士としてまた一歩成長するのだ」

侍「拙者とて、いざとなればあっぱれぬしを斬る覚悟はできておる」

オミキ「男の人って怖いですねー」

フィナ「ねー」
603 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:09:32.42 ID:po2J3s3to
「こんにちは! 神主さんいますか!」

オミキ「あら、この声は」タッタッタ

オミキ「いらっしゃい、タロウさん!」

「オミキちゃん、わざわざどうも。靴が多いね。お客さん来てる?」

彼の名はタロウ。キョウト雑貨の店『鏡和』の主人であり、2スレ目にしか登場していないレアキャラだ。

テンパラス「騒がしい奴が来たな」

侍「うむ」

タロウ「そこの子は初対面じゃないか。初めまして! 僕は行商人のタロウというんだ」

タロウ「半年前にキョウト国からやって来たんだけど、聞いてよ!」

タロウ「フルフィリアの人達はキョウト国をひどく誤解しているんだ!」

タロウ「僕は本当のキョウト国というものを広く知らしめたい! と、常々思っているんだ。そういうことでよろしく!」

フィナ「おおう、すごく熱意を感じる! あたしはこの町で生まれ育ったフィナですよろしくお願いします!」

フィナ「あたしは今日オミキ先輩に弟子入りしたばかりなんですけど、でもキョウトがすっごく大好きになりました」

フィナ「いつかキョウトまで行ってみたいので、ぜひ色々教えてくださいタロウさん!」

フィナ「ついでに何か試供品ください!」

侍「お雛も騒がしい娘だな」

テンパラス「ああ。そしてナマクラ、一瞬誰の事を言っているのか分からなかったぞ」
604 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:10:05.95 ID:po2J3s3to
タロウ「そもそもキョウトってのは天下統一されるまでは複数の国だったわけだけど、その中でも歴史があってかつ大きいのが鏡都と恵都で」

フィナ「キョウトの中にキョウトがあるんだ? 紛らわしい!」

タロウ「いいところに気が付いたね! そう、首都の名前を国名に冠しているわけで、でも実は恵都の方が町としては大きいから……」

侍「……」

オミキ「入る隙が……」


フィナ「ええっ!? 挨拶替わりにハラキリしないんですか!?」

タロウ「切腹したら死ぬからね!」

フィナ「キョウトの人ってお腹を切ってもピンピンしてると思ってた!」

フィナ「じゃあ、フルフィリアでは有名なフジヤマ王国ってどの辺にあるんですか?」

タロウ「そんな国はない! 変なものを有名にしないでくれないかなもう!!」

テンパラス「フィナ、もうそろそろ……」


2人のマシンガントークは数十分の間止まることはなかった――


タロウ「そういえばなんか欲しいって言ってたね。これあげるよ。鈴!」

フィナ「独特なデザインだけど、これどう使えば?」

タロウ「地元の若い女の子には髪飾りとして使う人もいるよ」

フィナ「おー、体を揺らすたびに音がする」チリン

オミキ「タロウさん! 私にも一ついいですか。お金は払いますので」

タロウ「へえ? オミキちゃんが自分から欲しがるなんて珍しい。一個くらいあげるよ!」

オミキ「ありがとうございます」

オミキ「お揃い!」チリン

フィナ「えへへ」チリリン
605 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:10:58.41 ID:po2J3s3to
テンパラス「ふう、ようやく会話に割り込めたな」

子狐「タロウ、すまぬが、尋ねて良いか」

タロウ「ナマクラさんも僕に質問があるんだ? 分かる範囲でなんでも答えるよ!」

子狐「そのほうは如何なる用件で神社に参ったのだ?」

タロウ「ああごめん。うっかりしてた」

タロウ「ジュウリョウさんから、至急集まって欲しいって伝言!」

オミキ「至急の知らせだったんですか……!?」

子狐「早く申せ!!」

フィナ「どうしたんですか?」

オミキ「すいません。急ぎのお仕事が入ったので、今日の訓練はおしまいです」

子狐「また明日じゃー! ただし、我らが無事明日を迎えられればな」

侍「縁起でもない事を申さんでくだされ」

オミキ「フィナさん、また明日です!」

フィナ「バイバイ! 先輩!」
606 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:12:23.39 ID:po2J3s3to
フィナ「行っちゃった……」

テンパラス「向こうにも用事があるのだから仕方ないだろう」

神主「もし、お二人とも」

フィナ「あ、神主さん」

神主「私の神社の祭神、そして巫女と仲良くなったようですな」

フィナ「はい! とっても優しい人たちでした」

神主「それは良かった」

神主「ですが、お主に一つだけ頼みがある」

神主「どうか、お面だけは取らないようにしてあげてください」

フィナ「どうして隠してるんですか?」

テンパラス「その理由を知られたくないからだろう」

フィナ「それもそっか」


フィナとテンパラスの二人は神社を後にし、魔法街へと向かっていた。

短い数時間であったが、昨日までの経験でどん底にあったフィナにとっては希望に満ちた時間であった。

テンパラス「お前も魔法街に用があるのか?」

フィナ「友達(エルミス)が待ってそうな気がするし、誰かと話したいなーと思って」

フィナ「あ、ところで気になってたんですけど、あっぱれぬしって誰です?」

テンパラス「私だ」

フィナ「テンパラスはあくまで世を忍ぶ仮の名前だった、と……」

テンパラス「違う。あの侍、ナマクラは頭が悪いのだ」

フィナ「酷い言いざま」

テンパラス「初対面でこそ正しくテンパラスと呼んでいたが、その日の内にてんはれすに変化し、翌日には何があったのか、あっぱれぬしになっていた」

テンパラス「神主曰く、天晴主と向こうの文字で覚えたのが原因かもしれんらしい」

フィナ「なるほど。じゃああたしもこれからあっぱれぬしって呼ぶ事にしよう」

テンパラス「ふん、お前が最終的にどう呼ばれるようになるか楽しみにしておこうか」
607 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:13:23.91 ID:po2J3s3to
フィナ「あたしは短いから関係ないもんね!」

テンパラス「いいや、余計な文字を付けたされるに違いない。私も一度、テンプラパラダイスと呼ばれたことがある」

テンパラス「事実、帰る直前の時点ですでにお前はお雛になっていたからな」

フィナ「オミキ先輩とお揃い……♪」チリン チリン

テンパラス「……」

フィナ「タロウさんとも気が合ったし、明日が来るのが楽しみだ!」

フィナ「キョウト最高ーっ!」

テンパラス「……大丈夫か? フィナよ。お前は精神的に参っているように感じる」

テンパラス「お前は軽率そうに見えて割と慎重な人間だったはずだ」

フィナ「モンスター相手ならそうですけど、喋れる人ならすぐ友達でしたよ!」

テンパラス「そうか? 人は、自分で自分の事はよく見えないものだ。私は心配だ」

フィナ「あっぱれさんの癖に、余計なお世話!」


テンパラス(昨日の今日だ……。詳しくは聞けていないが、アサシンの弟子をやめる際に一悶着あったのは間違いない)

テンパラス(そして、元師匠の死に対する自身の感情が如何なるものか、自分自身で理解できていない印象があった)

テンパラス(心に大きな隙ができている)

テンパラス(今のフィナは月魔術の類を使われずとも、恐怖に支配され、そして容易く魅了される)

テンパラス(しばらくの間、何事もない事を祈るしかない……)
608 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:21:45.01 ID:po2J3s3to
ウベローゼン市、魔法街の広場に面した一画にある魔法の仕立て屋。

補助魔法がエンチャントされた装備品を販売しているこのお店の店主は、オートマトン(自動人形)の可憐なフルフィリア人形である。

クリス「魔法の仕立て屋、開店ですっ。今日は誰か買っていってくれるかな?」

約50年の間、彼女には名前がなかったが、ソピアを含む数名からは制作者の名前をとってクリスティと呼ばれている。

クリス「オーナーさんと月魔術師のお姉さんのためにも、どんどん売りましょー」

この店のオーナーはソピアの友人であるフローラである。

売り上げは芳しくないが、クリスティの目的はお店を存続させる事だけなので、利益は全額フローラのものになっている。

そんなのんびりとした経営競走などとは無縁のお店に、魔の手が迫っていた。


クリス「あれれ? お店のドアの前で誰か待ってますね」

カランカラン

クリス「いらっしゃいませ、おはようございますっ!」

ネル「ボクと一緒に来てもらうヨ」ガシッ

クリス「え?」
609 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:26:30.46 ID:po2J3s3to
テレポート。

店の入り口にいたクリスティは、一瞬にして魔法街の広場に移動させられた。

クリス「え?」

バルザック「爆薬、点火だァ!」

クリス「え?」


そして広場の中央で、クリスティの足元が大爆発。

市民「おい何があった!」

魔術師「キャー!」

バルザック「魔法街のみんな! 落ち着いて逃げてくれ! モンスター退治だ!」

ネル「暴走オートマトンが出たんだヨ!」

市民「な、なに!?」

魔術師「手伝います!」

ガルァシア「……いや、良い。敵は強力だ」

ネル「キミタチには避難誘導をよろしく頼めないカナ?」

魔術師「はい!」


旅人「危険なモンスターが暴れているらしいぞ!」

カフェ店員「まさか、吸血鬼の再来なの!?」

クリスティ「……え?」

町はパニックに陥った。

クリスティはあまりに突然の出来事にフリーズしていた。
610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/26(月) 01:30:12.49 ID:JDGzuupYO
久しぶりの魔境組
611 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:30:47.13 ID:po2J3s3to
バルザック「お、割と頑丈だな。よかったよかった」

ネル「壊れちゃったら話聞けないもんネ」

クリスティ「え?」

ガルァシア「……計算してから爆破すべきだろう」

クリスティ「あの……なんなんですか、みなさんは?」

クリスティ「わたしが腕のいい職人さんに修理してもらったばかりで、特殊なコーティングをされていたから事なきを得ましたけど……」

ガルァシア「おい、わざわざ動きを封じずとも話を聞けそうだぞ」

ネル「でも町の人に退治するって言っちゃったしネ……」

バルザック「まあ、こうなっちまったらあれだな」

バルザック「ほどほどに破壊しながら会話を試みようぜ」

ネル「賛成!」

ガルァシア「多数決ならば仕方ない」

クリスティ「なんでわたしが壊される流れなんですか!?」

クリスティ「わたしはただお店でお洋服を売っているだけなのに!」

ガルァシアが魔法陣でクリスティの脚を止める。

その周辺にバルザックが大量の爆弾を設置。

ドオオオン!

バルザック「やったか!?」

ネル「噴射魔法で逃げタ!」

ガルァシア「追うぞ!」
612 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:35:28.65 ID:po2J3s3to
朝、唐突に始まった鬼ごっこは数時間続いた。

クリスティ「いやああああ! わたし何にも知らないんですうううう!」

ネル「いいやキミは知っていル! そう、あの事を!」

クリスティ「何をですかー!?」

バルザック「自分の胸に聞いてみやがれってんだ!」

クリスティ「わたし悪いモンスターじゃないですううう!」

ガルァシア「……確かに、全く反撃してこないようだが」

バルザック「おいガル! そっち行ったぞ逃がすな!」

クリスティ「どうしてこんなことになったんでしょう……ぐすん」


フィナ「やーいあっぱれぬしー」チリンチリン

クリスティ「ああっ! ちょうどいいところに殺し屋さん!」

フィナ「うぇ!? 仕立て屋の!?」

クリスティ「助けてくださいいいい!」

フィナ「人聞きが悪いから殺し屋さんはやめて!」

テンパラス「追っているのは、奴らか」

バルザック「俺ぁもう疲れたわ! あの赤い剣士にも手伝ってもらおうぜ!」

ガルァシア「おや……彼女は昨日カフェに来た殺し屋見習いとかいう奴だ」

ネル「ンー? フィナちゃんだっケ?」

フィナ「げっ、あんたたちは性悪名探偵の連れの!」


フィナは昨日、エルミスと共に国内ナンバーワンの名探偵が居座っているカフェを訪れていた。

そこにいた腕利きの戦士三人組が彼らだ。

酔っ払いボマーのバルザック。性別不詳エスパーのネル。比較的常識人の岩魔術師ガルァシア。

逃亡生活初めの頃のソピアにトラウマを植え付けた魔境チームである。
613 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:44:21.89 ID:po2J3s3to
フィナ「なんで仕立て屋の子がこいつらに追われてんの!?」

クリス「聞いても教えてくれないんですっ!」

フィナ「あんたたち! 話せばわかる! 話さなければわからない! 話そうよ!」

ネル「でもその娘はオートマトン! 危険なモンスターなんだヨ!」

テンパラス「……私にはそうは思えん。邪魔をされたくなければ構えを解け」

バルザック「どうする?」

ガルァシア「……従おう。この剣士と戦う理由はない」

ネル「チェッ」

フィナ「テンパラスさん……あっぱれです!」

テンパラス「やめろ。……話ができる相手は安全だったろう?」

テンパラス「現状、この者たちの方がモンスターに見えた。それが仲裁の理由だ」

バルザック「俺っちをモンスター扱いかよオイ!」

ネル「ボクらは正義の味方なのにネー?」

フィナ「正義の味方?」

ガルァシア「……俺が代表して説明しよう」


フィナ「つまり、この町では違法ハーブが異常に流行ってて、このままじゃ流通させてる組織に町が乗っ取られるから」

ネル「ボクたちは町を守るために立ち上がった!」

バルザック「んで、シュンの奴が魔法街広場の仕立て屋にいる人形が首謀者に繋がってるなんて言うもんだからよぉ」

クリス「ひどい濡れ衣ですー!」

フィナ「シュンってあの嘘つき探偵じゃん……」

ネル「マアネ」

バルザック「でも他にヒントもねぇしさぁ」

テンパラス「真偽も分からん情報で騒ぎを起こすな」

ガルァシア「嘘、か……」

フィナ「しんみりと呟いて、何かあったの?」

ガルァシア「昨日、俺がお前の連れの腕に刻まれた、人質用のルーンを消そうとしただろう?」

フィナ「エルミスの? あの探偵に簡単に消せるって言われてた」

ガルァシア「実はあのルーン、俺の実力では到底消せるものではないということを後で知った」

ガルァシア「シュンは、ルーンを消せなくて焦る俺を眺めて楽しみたかったらしい……」

フィナ「うわぁひどい奴だ」

テンパラス「よくそんな男の発言を信じる気になれたものだ……」
614 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:51:26.61 ID:po2J3s3to
フィナ「で、一応聞くけど、何か知ってるの?」

クリス「違法ハーブなんてものが流行ってる事すら知りませんでした! 人形嘘つかない!」

ガルァシア「悪かった。シュンには俺たちからきつく言っておく……」

ネル「なんかおかしいと思ってたんだよネ。店にはハーブの痕跡もないし、思考を読んでも心当たりなさそうだったしサ」

バルザック「仕方ねえ。今回はこの人形をぶっ壊したら大人しく帰るか」

クリス「はいっ。これで一件落、ええええええ」

フィナ「どうしてそうなるわけ!?」

バルザック「どうしてって、一応モンスターが町中にいたら討伐しとかないとだろ」

ネル「町の平和を守るのサ」

テンパラス「……確かに、町にモンスターが現れた際の通常の対応はその通りだ」

テンパラス「市民権を得ている、または人形師ギルドに所属する使役者がいるなら話は別だが……」

クリス「市民権ってどうやって取るんですか?」

バルザック「よし、やろう」

クリス「きゃーひとでなし!」


クリスティの体中に、爆弾が取り付けられる。


フィナ「待って待って! この子はあたしの親友の仲間……」

フィナ「ううん、この際所有物でいいや!」

クリス「所有物なんですかわたし!?」

フィナ「人の物を勝手に壊すのはいけないんだよ!」

テンパラス「正論だな。実際の対応は審議が必要になるであろうが……」
615 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 01:54:38.50 ID:po2J3s3to
ネル「ンー、だったら交換条件でどうダイ?」

フィナ「……条件聞かせて」

ネル「キミ、殺し屋の弟子なんでショ。そのアサシンのスキルを使って、本当の首謀者の手がかりを探し出してヨ」

ネル「そしたらこのオートマトンは見逃してあげル」

バルザック「おぅ、それいいな。俺ぁ暴れたいだけだができれば悪者相手に暴れたいもんな」

ガルァシア「他に頼めそうなアサシンのガドーは近頃姿を見ないからな……」

フィナ「ぐぬぬ、何でも屋からガドーくん呼んで来ようと思ったのに」

ガドーはフィナより年下のアサシンであり、死んだ師匠の後輩であった。

テンパラス「アサシンに接触する気だったのか……?」

フィナ「そういえば不味かった。危ない危ない」

テンパラス「だが、どうするんだ。お前は今アサシンのスキルを使いたくはないだろう」

フィナ「でも、断るわけにいかないし……」

フィナ「武器を使わない技術なら、何とかなるかも……」

ガルァシア「……了承ということで構わないな?」

フィナ「ええいわかりました! 何でも屋、ホワイトシーフとして、違法ハーブの業者探しの依頼引き受けた!」

クリス「わーい! 助かったー!」
616 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 02:06:36.17 ID:po2J3s3to
クリス「ありがとうございますっ、殺し屋さん♪ わたしの大恩人です、殺し屋さん♪」

フィナ「やっぱり助けるのやめようかな……」

クリス「ええっ!?」

テンパラス「彼女の事はお雛さんとでも呼べばいい」

クリス「了解です!」

フィナ「ちょっと!? じゃあこの剣士はテンプラさんでいいからね!」

クリス「はい、覚えました!」

テンパラス「何をする! そこはあっぱれで良いだろうに……!」

バルザック「こいつがむっつりさんでこいつが美少女くんだ。俺っちの事はイケメンさんでよろしくな!」

ガルァシア「バルザック貴様……!」

ネル「ウワー言ったもん勝ちダ!」

クリス「いいえ! 通り魔とはよろしくしませんっ」

テンパラス「まあ、当然そうなるな」

フィナ「うん。正解」


フィナ(もめごとには首を突っ込みたくなかったけど、この子が壊されたりしたらフローラが悲しむよね……)

フィナ(誰かを傷つける仕事じゃないし、フローラのためだから仕方ない)

フィナ(アサシンの技を活かすのは今回だけ。我慢しよう。きっと無事に終わるから……)
617 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/26(月) 02:09:56.61 ID:po2J3s3to
今回ここまで。
神社とタロウ再登場のキョウト回でした。フィナは今後戦う機会少なめなので安価でのスキル訓練は割愛。
ソピア不在ウベローゼン編は残り半分くらいです。
618 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/26(月) 05:30:36.06 ID:Ir/jqMDyo
乙おもしろかった
619 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/26(月) 09:51:06.78 ID:Fa4obMzg0
おつおつ
620 : ◆k9ih1s9J/w :2017/06/30(金) 17:07:19.75 ID:0LlyIIGIo
同刻、その首謀者を追いつめていたのはパン屋の職人見習い、イリスだった。

マリー「このマリーGG様を二度までも!」

ビオーラ「おめぇ、パン屋向いてないだ! 転職すべきだべ!」

ギャル「今治療す、ギャッ! うぜー……」

イリス「うざくて結構。あんたたちが弱いのが悪いんだよ」

違法ハーブ販売業者の元締めとその配下二人は、ただのパン屋を相手に完全に戦意を無くしていた。

ギャル「つーか、どうやってここまで……」

イリス「あ? でかぶつならフェイランに任せてるよ。十分足止めはできてるみたいだねぇ?」

イリス「さっ、親玉の死の商人とやらを呼んでもらおうか?」

ピロピロリン

ギャル「通信機……!」

イリス「貸しな」バッ

イリス「もしもーし。ウチ、イリスって言います。今さっき、サキューラちゃんをフルボッコにしました」

イリス「あんたが死の商人?」

ミリエーラ『…………』

イリス「ふーん、だんまり。だったら、子分共は大型モンスターの巣に連れて行って、アジトには火を点けさせてもらうわ」

ミリエーラ『……この計画は私が進めているものです。邪魔しないでください』

イリス「は? 私が、って何様なのあんた? ウチの知り合いじゃないでしょ」

ミリエーラ『ミリエーラです…………貴方、ゲドさんでしょう?』

イリス「おや、君だったか」

ギャル(口調が、変わった?)
621 : ◆k9ih1s9J/w :2017/06/30(金) 17:08:05.48 ID:0LlyIIGIo
イリス(ゲド?)「無闇に僕を呼び出さないで欲しいのだが」

ミリエーラ『あなたが駒を管理しきれていないのが悪いんです』

ミリエーラ『駒を増やしすぎて手にあまっているのでは?』

ゲド?「見くびらないでくれないか。わざと自由にさせているのさ」

ゲド?「駒の自由意志でどこまで君を追いつめられるかの実験。中々有意義だと思わないかね?」

ミリエーラ『分かりあえませんね』

ゲド?「そう言うな。僕たちは今まで二人三脚で動いて来た仲間じゃないか」

ミリエーラ『それが仲間をも陥れる罠を仕掛けた人の言葉ですか?』

ミリエーラ『生憎、罠はすでに解除させていただきました』

ゲド?「なんて事をするんだ」

ミリエーラ『ですから、計画の邪魔なんですよ』

ミリエーラ『もうすぐ町に“彼女”が帰ってきます。そのための仕込みが無駄になりかねません』

ゲド?「だからそれをやめて欲しいと言っているのだがね。“彼女”の身に何かあったらどうするんだ」

ミリエーラ『“彼女”があなたの罠に巻き込まれる恐れは?』

ゲド?「そうならないように僕が手引きしているんじゃないか」

ミリエーラ『とにかく、今は帰っていただけませんか?』

ゲド?「分かった。君の作戦の成功を願っているよ」

ゲド?「これ以上の邪魔が入らなければいいのだがね?」


ゲド?「では、通信機は返そう。さらばだ」

ギャル「……あんた、何? ボスの敵? 味方?」

ゲド?「仲間の敵だ。お互いにそう思っている」

ギャル「意味わかんないし……」


物陰。

フェイラン「何が起こってるあるか? イリスは敵だたある?」

フェイラン「でっかいのが追い付く前に、ここは私が追及ね!」

(今見たことは忘れたまえ)

フェイラン(頭の中に声が……!?)
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 17:08:25.97 ID:fkhgfHF0O
おや、ageるの?
623 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:10:34.21 ID:0LlyIIGIo
パン屋ギルド周辺、美食通り。

二人は、いつの間にかそこに立っていた。

イリス「あれ?」

フェイラン「あいや?」

イリス「ウチら、何してたっけ?」

フェイラン「ううむ……違法ハーブの売人のボスをとっちめに行ったところまでは覚えてるある」

イリス「あっ、確か死の商人とかいうのを追ってたんだよ!」

フェイラン「実に物騒な名前よろしね」

イリス「違法ハーブを追ってただけなのに、この件、とんでもないのが絡んでそうだよ」

フェイラン「私たちの手に負えない相手あるか?」

イリス「いいや。ちょっと食事休憩したらまた探しに行くよ!」

フェイラン「承知あるね!」
624 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:11:40.96 ID:0LlyIIGIo
聖教会。

テレサ「では彼らをよろしくお願いします」

シスター「は、はい!」

神父「おいディアナ。怪盗なんだから縄抜けくらいできないのか?」

ディアナ「この教会ではあたくしの美しさが封じられていますわ。すなわち、不可能でございますの!」

神父「封印でブスになるのか、お前……」


リウム「とにかく、死の商人ミリエーラ・グリエールって奴を捕まえない事には解決しないらしいな」

テレサ「違法ハーブの販売を諦めさせればそれで解決ですが……」

ミルズ「まずは最低でもあのギャルを捕まえないといけない。それで諦めなかったらミリエーラもだね」

ラファ「はあ……面倒臭いのです」

再度裏路地に向かい首謀者を捕まえるべく、聖教会の入り口を抜ける一行。

そこに、教会の壁にもたれかかり水筒でコーヒーを飲む一人の男がいた。

シュン「ミルズちゃんだな?」

ミルズ「誰?」

シュン「探偵ギルドのシュン。君と話すために待っていたんだ」

ミルズ「悪いけど今は暇じゃないよ」

シュン「君達の目的にも関係あるかもしれないが、いいのかい?」

テレサ「この人……心が読めません」

シュン「思考に蓋をするのも探偵の得意技ってもんさ」

ミルズ「話したいならここで話してくれないかな」

シュン「……まずはミルズちゃんにだけ話しておきたい事なんだ」

シュン「安心してくれ。僕に戦闘能力は無い。いざとなったら僕を倒して進めばいいさ」

リウム「どうすんだミルズ? 倒すか?」

ミルズ「……先に行ってて。後で追いつく」
625 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:14:21.55 ID:0LlyIIGIo
場面は、リウム達が再度訪れる少し前の裏路地へ戻る。

ギャル「ボス……さっきのは? 詳しく教えてよ」

ミリエーラ『彼女は単なる彼の駒でしかなかったということです』

ミリエーラ『だからこそあなたは助かりました。これ以上はナイショです』

ギャル「ま、助かったからいーけど……」

のしのし

ギャル「ジュウリョウさん、おかえりー」

力士「済まぬ、サクラ。敵を取り逃がした。よもや四股の下をくぐって行くとは……」

ギャル「そいつなら帰ったし。なんか知らんけどボスと口喧嘩して負けたらしーよ」

力士「何事もなければ良かった」

侍「桜!」

オミキ「ご無事ですか!? すいません、タロウさんから話を聞くのが遅れてしまい……」

ギャル「あー、アタシは全くなんともないから」

オミキ「妹君が気絶なさっているようですが……」

ギャル「あいつらは繋ぎってゆーか……盾だし」

ギャル「オミキさんとナマクラさんがいればもう用済み、的な……?」

タロウ「一人忘れていやしないかな! ほら!」

ギャル「あっ、ごめん! タケミタマ様も、よろー!」

子狐「うむ!」

侍「一大事なり。全戦力を結集してお守りしようぞ」

力士「我ら用心棒が揃ったからには、もはや指一本触れさせん」

オミキ「頑張りましょう、ナマクラさん、ジュウリョウさん、そしてタロウさん!」

タロウ「オミキちゃんは誰かと違って優しいなあ!」

子狐「っと、誰か来るぞ。構えよ! 我、偉い! 役立った!」

リウム「見えたのは、こっちだったな!」ダッ

ラファ「はい! ほら、いますよ!」

力士「先程逃げた内の一人だ。ここは俺が」

侍「否、全員でかかるべきだ」

ラファ「この『神の目』からは逃れられな……見つけた時より敵が増えてるのです!?」

リウム「数時間前の大男もいやがる……! テレサさん、頼んだ!」
626 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:16:14.03 ID:0LlyIIGIo
足元に聖なる魔法陣を発生させたテレサが二人の前に出る。

テレサ「初めまして。聖教徒のテレサと申します」コォォ

テレサ「貴女のお仲間のフリー氏とディアナ氏は捕らえました。まずは話し合いを……」パァァ

力士「ぬんッ!」スパァン

侍「はっ!」シュッ

ガキィン パリン!

テレサ「うっ……!」


ラファ「あ、ありえないのです! テレサさんの聖光壁が……!」

リウム「おいお前! 何者だよこいつら!?」

ギャル「何者って……同郷の仲間って奴だし」

ギャル「アタシの本当の名前はサクラ・ユリガハラ……キョウト人とのハーフだから、捨てられたんだよ……パパに」

リウム「お前、ころころ本当の名前が変わるな……」

ラファ「あなたの本名とか過去とかどうでもいいのです」

ギャル「はあ、まあ詳細を話してやるつもりもないんだけどさ……」


力士「つっぱりつっぱりつっぱりィ!」ガッ ガッ ガッ ガッ

侍「猪突の構え…………ハァッ!」ダンッ!!

テレサ「攻撃をお止め下さい……!」サッ パリン! キンッ! パリン!


ラファ「隙あり! 聖なる裁きを食らうのです!」

チリン

ラファ「ぎゃふ! げほごほっ! 一体どこから、何を……!」

オミキ「背後から蹴りました」スゥ

リウム「い、今加勢する! グロウ!」

チリン

ズバババッ!

オミキ「芝刈りの術」シュタッ チリン

リウム「おい、今召喚したばかりだぞ……」
627 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:18:47.76 ID:0LlyIIGIo
テレサ「きゃあっ!」ズサァ

ラファ「か、格が違うのです。全員が最低でも上位職レベル……!」

ずしんっ

力士「こっちの道は通行止めだ」

リウム(もう道は上しか残ってねぇ!)ダッ スルスル

チリン

オミキ「……仲間を捨てて逃げるつもりですか?」

リウム「どうやったら屋根の上に回り込めるんだよ……!? くそっ」スタッ

侍「辞世の句を詠むが良い」チャキ

ギャル「何か言い残すことはある?って意味だけど」

リウム「そこの仮面の奴の言う通りだ……なんでお前は俺たちを……!」

リウム「仲間だっただろ、俺たち! 一緒に馬鹿やった! 魔法競技会にもみんなで出場した!」

ギャル「いや、大事なのは……付き合いの長さ? たぶん」

ギャル「まあ……アンタたちと楽しかったのは否定しないけど」

ギャル「一番楽しかったのはミルズで遊んでる時かな。つまんない人達に邪魔されちゃったけどさー」

タロウ「あれ? ここで情けかけちゃうの!?」

ギャル「あ、それとこれとは話が別。やっちゃって」

子狐「おっと、敵さんらに朗報じゃー。強力な戦士がこっちに来てるぞ、良かったな」

子狐「いやっ、あまり良くない! この気は……」


フィナ「師匠曰く、裏路地で騒いでる変わった外見の人はその近辺の地理に詳しい」

ネル「どうやって聞き出すノ? ネー? ネー?」

フィナ「脅すか、最悪拷問するかすればいいじゃん……あんたらがね」

バルザック「俺ぁ脅すの苦手だ。その前に爆破しちまうからな!」

クリスティ「いました! 確かに変わった外見の人ばかりですっ」

オミキ「あら」

タロウ「うわっ!」

フィナ「あっ」

テンパラス「……」
628 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:20:44.24 ID:0LlyIIGIo
侍「お雛よ。後をつけて来たのか?」

フィナ「あ、間違えました。ここじゃない」

バルザック「ちぇっ何だよ」

ネル「いや、ビンゴだヨ」

ネル「キミたちが違法ハーブ事件の首謀者とその用心棒で間違いないネ?」

リウム「み、味方なのか……!?」

ネル「その切迫した返答から察するに、キミたちを襲っている彼らがボクらのお目当てってことダ」

ギャル「はぁ……また敵増えるのダルっ。正義漢多すぎてマジ萎えー」

ギャル「はーい。首謀者でーす。別に推理とかいらねーし……」

バルザック「本当に見つけちまった! お手柄だぜ嬢ちゃん!」バンバン

フィナ「背中叩かないで苦しい!」

フィナ「……ホントに違法ハーブを流通させた首謀者を突き止めたの、あたし?」

ギャル「だからそー言ってんじゃん……」

クリスティ「おかげでわたしの冤罪が証明されましたばんざーい!」

フィナ「えっ、違うでしょ。キョウトの人たちがここにいるし……」

フィナ「あっそうか。オミキ先輩達も町を守るために急いでたんですね! さっすがー!」

タロウ「君、察し悪っ!」

テンパラス「……フィナ。この者達は町を混乱させた一味の仲間だ」

フィナ「テンパラスさん何言ってるの? あたし怒るよ?」

バルザック「なんだってそんなにこだわってんだ? 彼氏でもいたか?」

ガルァシア「バルザック、今は黙っていろ……」

フィナ「テンパラスさんってほんとに失礼ですよね、先輩!」

オミキ「……」
629 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:22:21.86 ID:0LlyIIGIo
テンパラス「……そこの派手な女。お前が中心のようだが、説明してもらおうか」

ギャル「いーよ。そこの痛い子にさ、説明して納得させないとマジで話進まないし……」

タロウ「大丈夫! 僕が説明するよ!」

タロウ「これはいわゆる裏稼業の一環なんだ」

タロウ「ハーブの中毒者を増やして、資金を稼ぎつつ僕たちの影響力を高めていく」

タロウ「そしてゆくゆくはこの町を活動拠点に、フルフィリア国内で様々なビジネスを行うんだ」

タロウ「表向きの活動のない暴力グループは共和国軍に解体されたからね。絶好のチャンスだったんだ!」

力士「特に、どこの町にでも現れる三輪車の男がいなくなったのが幸いだな」

ギャル「説明面倒だったから助かった。ありがと。」

ギャル「ま……これで分かったでしょ。アタシらはこの町を脅かす恐るべき敵だってこと」

フィナ「……他の人はともかくオミキ先輩は偽物に違いない! 同じお面を被れば……!」

タロウ「同じ鈴つけてるじゃん! 僕はあの鈴二つしか持ってなかったよ!」

フィナ「……」

フィナ「キョウトって、礼儀正しくて思いやりに溢れた国民性だって聞いてたのに……」

タロウ「あのさあ、そういう誤解って本当困るんだよね!」

タロウ「みんながみんなござるって言うわけじゃないし、ハラキリなんて滅多にお目にかかれない!」

タロウ「古臭い物ばっかりあるわけでもなければ、フジヤマ王国なんかじゃ断じてない!」

タロウ「根っからの善人もたくさんいるけど、他国を内側から蹂躙し平和を奪って生きる事に何の躊躇いもない集団もいる!」

タロウ「それが本当のキョウト国の姿なんだ! ちゃんと理解して欲しいものだねまったく!」

フィナ「……!」
630 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:23:59.53 ID:0LlyIIGIo
タロウ「まあ、ある意味、君が誤解しているのは正しいとも言えるんだ」

タロウ「もしも本国で僕らの悪事が公になったら、僕らはキョウト人を名乗るジャルバかどこかの外国人だったという風評が流れる」

タロウ「そうすればキョウト人は一人残らず善良だという噂は間違いじゃなくなる」

タロウ「だから君が騙されたのも仕方ない事なんだ」

侍「タロウ喋りすぎだ」

フィナ「先輩! これってキョウト式ドッキリお芝居なんだよね。そうだと言って!」

オミキ「……いいえ。すべてタロウさんのお話しした通りです」

フィナ「タロウさんも名演技でした! 舞台でも通用しますよ!」

タロウ「しつこいなあ君は!」

ガクリ

テンパラス「フィナ!」

フィナ「……違うって言ってよ! 嘘って言ってよ!」

フィナ「もう、強くても、汚い人間にはなりたくないんだから……」

オミキ「嘘だなんてことは言えませんが、よかったら私達の仲間になりませんか?」

子狐「こんな我らでよければ歓迎するぞー」

フィナ「……お断り。あんたたちもアサシン協会と同じ、他人を食い物にして生きる下衆だ……」

フィナ「そんな連中に関わって生きたくない……」

オミキ「そうですか……仲間ではない人物に知られてしまったからには、消さなければいけません」

フィナ「ははっ……師匠も似たような事言ってた気がする」

子狐「まさか断られるとは。羊羹に夢中草を混ぜておいたのに、失敗したのー」

テンパラス「フィナがやけに執着すると思えば、そういうことか……!」

テンパラス「お前たちは決して許さん!」

侍「あっぱれぬし如きが、拙者に勝てると思うか?」

テンパラス「勝てん。私一人ではな」

テンパラス「テレサ殿、フィナを頼む」

テレサ「はい!」
631 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:25:14.84 ID:0LlyIIGIo
ネル「あ、もういいかイ?」

バルザック「この黄金トリオを相手にただで済むとは思うなよ!」

ガルァシア「主に周辺の地形が、だがな……」

リウム「できることをやるしかねぇ」

ラファ「とにかく、あなたたちがさらに悪者だってことは分かったのです」

テンパラス「外道め……我が剣で焼き切ってやろう!」

テレサ「テンパラス様、どうか油断なさらないよう……」

フィナ「……」

クリスティ「ええと、お店に帰っていいですか?」


力士「3対9だが、果たして?」

侍「相手になるのは3、4人程度でござろうよ」

オミキ「タケミタマ様、万が一の際はお力添えを頼みます」

子狐「おっ、ついに我を頼ったか! うれしい!」

ギャル「面倒だけど回復くらいはするよー」

タロウ「僕は三三七拍子で応援するからね!」
632 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:25:53.28 ID:0LlyIIGIo
ギルド上位職6名を含む乱戦が始まった。

ソピアは何度か上位職相当の敵を倒しているが、本来ならば下位職では複数人でも相手にならない強さを誇る熟達者である。

必然的に、実力不足の者にできる仕事は限られた。

テレサ「リウムさんには負傷者の治療をお願いします」

リウム「分かった! おい、そこの。とりあえず邪魔だから下がれ!」

フィナ「……」

リウム「くそっ、ミルズなら話を聞けたかもしれねぇのに」

リウム「あいつ、遅えな……」


フィナ(みんな、あたしを裏切っていく……)

フィナ(今、あたし以上に絶望してる人なんて、きっとどこにもいない)
633 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:30:27.92 ID:0LlyIIGIo
ミルズは聖教会から場所を移し、廃屋の隙間でシュンと向かい合っていた。


ミルズ「……どうぞ」

シュン「こほん。まず前置きから語らせてもらおうか」

シュン「僕も違法ハーブの流行にはうんざりしていてね。特に何をするでもないが眉を顰める日々が続いていた」

シュン「そんな折、違法ハーブの販売を止めるべく独自に動いている集団の存在を人づてに聞いて、僕も何かできないかと考えたのさ」

シュン「ギルド筆頭探偵たる僕も結局、ウベローゼン市を愛する市民の一人……」

シュン「町を守るためなら無償の捜査もやぶさかじゃない」

ミルズ「それで、なんでボクだけ?」

シュン「……これを見てくれ。とある武器店で発見した社外秘の書類の写しだ」


ジェンス魔導具店 代表者:クルト・○○


ミルズ「……。これは?」

シュン「君のお兄さんは、ジェンスという偽名で商人の仕事を行っている」

シュン「偽名での活動が黙認されているとはいえ、政府に提出する書類は戸籍上の名前でなくては問題になるからな」

ミルズ「……心当たりはあるよ。兄様は夜に一人でどこかに出かける事が多かった」

ミルズ「それで? これがなんだって言うの。まだ何か持ってるならまとめて出しなよ」

シュン「まあまあ。物事には順序と言うものがある。次はこれさ」

ミルズ「夢中草の取引記録票……!?」

シュン「商人、ジェンスのね」

ミルズ「まさか、何か理由があったはずだ。夢中草は必ずしも毒じゃない」

シュン「……この封筒も見つかった」スッ


通達“ミリエーラ”側の経営状況について


シュン「筆跡はどうだろう?」

ミルズ「……見間違えるはずがない。兄様の字だ……」

シュン「別の名義で活動している店舗への、手紙が入っていたように見えないか?」

ミルズ「兄様が……死の商人?」
634 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:31:39.53 ID:0LlyIIGIo
ミルズ「だ、だけど! ミリエーラは女性名だ。少なくとも、ボクの知るグリエール商会の女性は全員ラで終わる」

シュン「そういう先入観を抱かせる名前であるとも言えるな」

ミルズ「頭のいい兄様なら……いいや!」

ミルズ「ボクは信じないぞ。大体、声はどうするんだ!」

シュン「今は直接会わなくても、価格こそ高いが通信機で会話ができる時代だ」

シュン「君は知らないかもしれないが、ボイスチェンジャーというものもある」

ミルズ「……」

シュン「君たちの父が昔ファナゼ市で商人をしていたのは知っているかい?」

ミルズ「……聞いてる」

シュン「ご友人の貴族に裏切られ、借金を返せなくなり、身売りされる寸前まで追い込まれたらしいな」

ミルズ「……父さんはグリエール商会の一人だったんだ」

ミルズ「ということは、ボクも……」

シュン「あははっ、その心配は不要さ」

シュン「君はグリエールの血を引いていない。物心ついた時からすでに金色の目ではなかっただろう?」

ミルズ「そ、それってつまり……」

ミルズ「ボクと兄様には血の繋がりがないってことじゃないか!」

シュン「……ふむ」

ミルズ「……。……?」

ミルズ「いや、デタラメ言うんじゃないよ。ボクは母さんに似てるってよく言われてたし」

シュン「その矛盾の解が一つある。考えてみるんだ」

ミルズ「……異父兄妹?」

ミルズ「いや、それもおかしい。別の父親らしき人なんていなかった」

ミルズ「先に生まれた兄様の父親が他にいるなら分かるけど、妹のボクの父親が違うのはおかしくない?」

ミルズ「だとしたら、ボクは誰なんだ……?」
635 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:35:09.58 ID:0LlyIIGIo
シュン「もしもの話だが、先に裏切ったのが商会の側だったとしたら?」ピラッ

ミルズ「これは……。……っ!」


シュンが最後に見せた紙片は、古い写真だった。

母と見慣れぬ男性が寄り添っている。

そしてその男性の腕に抱かれる幼い自分の姿。

寄り添う二人の横に立っているのは父と、その手を握る幼いクルト。


シュン「君、お父さんにもお兄さんにも全く似てないよな。むしろ……」

ミルズ「……捏造写真だ」

シュン「僕にはそんな技術は無いし、わざわざ頼んで作るような写真じゃないぞ」

ミルズ「何なのこれ……! 悪趣味な……!」

シュン「ふうむ……目に浮かぶようだ」

シュン「一人の女を巡って争う大商人と貴族。貴族と女の間に子ができても大商人は諦めない。前の女を捨ててまで狙った女なのだから」

シュン「そして、とうとう大商人は実力行使に出た。だが、自分の仕業だと知られる事はないと慢心していたんだ」

シュン「妻と娘を奪われた貴族は、激怒した。そして莫大な借金を負わせることで大商人から地位を奪った」

シュン「しかし大商人は行方をくらまし、妻と娘を購入して取り返すことはできなかった……なんともまあ悲しい愛憎劇だな」

ミルズ「黙れっ!」

シュン「まあ、この写真を見て僕が創作した想像に過ぎないがね?」

ミルズ「もういい! 父さんに直接聞く! それで全部分かる!」

シュン「待てっ! それだけはやめるんだ! 君のために言っている!」

ミルズ「なっ……」

シュン「この話は軽々しく口外すべきじゃない」

シュン「いいかい。君は、共和国軍による処刑の対象になり得るんだ」
636 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:37:10.56 ID:0LlyIIGIo
ミルズ「そんな馬鹿な……自覚すらないのに、共和国に逆らう理由なんてないじゃないか」

シュン「それでもあり得ない話じゃない。指名手配書は見ていないか?」

シュン「手配されている貴族の内2人は君と変わらない、一人では何もできそうにない少女だ」

シュン「しかも片方は数年前から行方不明だったんだぞ?」

シュン「共和国軍は……徹底的に王家と貴族の血を絶やすつもりだ」

ミルズ「……馬鹿げてる」

シュン「全てを知ってしまった君は切り捨てられるかもしれない」

ミルズ「共和国軍に?」

シュン「“ミリエーラ”にさ」

ミルズ「…………う、ぐっ、なんで」

ミルズ「なんでっ、それをボクに伝えに来たんだ……!」

シュン「……知っておくべきだと思ったんだ。これから戦う相手の事を」

シュン「理由も分からず、最愛の兄に、軍へ引き渡され処刑されるかもしれない……」

シュン「そんな悲劇よりは、ここで伝えるのが優しさというものじゃないか?」

シュン「では、用は済んだので僕は失礼する」

シュン「これからどうするかは、君次第だ」
637 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:38:17.12 ID:0LlyIIGIo
ミルズ「…………」

ミルズ「もう、違法ハーブなんて追ってる場合じゃない」

ミルズ「あの探偵の言ってた事が本当かどうかはともかく、証拠品は確かにここにある……」

ミルズ「この写真を、書類を……否定してくれる誰かを探すんだ……!」

ミルズ「……」

ミルズ「……誰が否定できるっていうんだ」


クルト『ミルズ……何かあったらすぐに俺に話すんだ。言うまでもない事かもしれんがな……』

ミルズ(でも、兄様には見せられない)

ミルズ(聖教会でボクを助けたのも皆を集めて町を救おうとしたのも何か裏があったのかもしれない)


ソピア『どんな状況になっても私はあなた達の味方です』

ミルズ(でも、ソフィアは、共和国軍に認められた『英雄』だ)

ミルズ(麓町にいるのも反乱の対処のためだろうし、この書類が本物だったら、ボクは……)


ミルズ「魔人先生は、ボクの味方とは限らない」

ミルズ「会ったばかりのサナさん達も信用できるかまだ分からない」

ミルズ「……もう、誰も信じられないじゃないか」

ミルズ「……いや、一人いた」

ミルズ「キュベレさん……!」

キュベレは、茶番と圧力、そしてアフターケアでミルズを過激なイジメから救った頼れるオネエさん。

以来一度もキュベレに会っていないミルズの認識は、そこで止まっていた。
638 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/06/30(金) 17:44:08.71 ID:0LlyIIGIo
今回ここまで、ageはミス
黒幕の交友度が10以上の場合、黒幕が心から仲間になりたそうにソピアちゃんを見ています。
ソピア側がそれを裏切りだと思うかどうかは安価かコンマで。
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 18:36:56.20 ID:Zd/lDYRkO

地雷に飛び降りるミルズェ
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 19:42:35.34 ID:xZ5Il3Ga0

やっぱり人質作戦のほうが良かったか?
何となく誰が女帝の娘か解ったし。
このあたりの騒動に介入出来ないのも痛い。
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 21:31:37.90 ID:dxpTbIoMo

キュベレはフラグおれてないんだっけか
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/01(土) 09:45:18.28 ID:rZyD6YOKo
おつ
クズ運ソピアちゃんは絶対疑心暗鬼になる(確信)
643 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/07/02(日) 17:18:43.60 ID:KOoRK9q/o
膝をついて動かないフィナを尻目に、ウベローゼン市民とキョウト国人の戦闘は続く。

バルザック「爆弾祭りだぜひゃっほーーーい!」ポイポイポイッ

ドドドドドド

ガルァシア「フィナとやらが邪魔だ……」

テレサ「リウムさんには負傷者の治療をお願いします」

テレサ「わたくしの役目は……加護を! サリエルプロテクション!」フォオオン

テレサを中心に巨大な魔法陣が展開し、8人の仲間全員の足元に小さな魔法陣が現れる。

魔法陣から発生した聖なる光がそれぞれの全身を包み込む。聖教徒の使用する上級魔法の一種だ。


侍「耐えられるか、ジュウリョウ?」

力士「平気だ。だが視界が悪い」

侍「おみきよ、頼む」

オミキ「ええ、ただいま」

オミキ「御神、其の御力をもって国敵を征し我らを守り給えとここにかしこみ申す」

子狐「はいよっと!」クルリ

バチバチッ!

武御霊「ふう……この姿も久しぶりじゃ」

オミキ「場を清め給え!」

武御霊「まずは軽めに、神風・春一番」

ゴウ

ネル「煙晴れるよ何やってんノ!」

バルザック「スマン! 今火薬調合すっから待……んなっ、九尾……ッ!?」

テンパラス「何か知っているのか?」

バルザック「外国行ってた頃に見たんだが、イナリっつう妖精モンスターがいんだよ」

バルザック「奴らは、尻尾が増えるほど強い! んで、あいつは最強格だ!」

ネル「バルザックの酔いが覚めるくらいには危険なんだネ」

テレサ「妖精系最上級モンスター……」

クリス「あっ、この精霊量。ラヌーンの海神さんよりもちょっと強いです」

バルザック「それが事実ならこんな町中で遭遇していい相手じゃねぇ!」

武御霊「……我は武神。臆せば臆すほど脅威となる」

武御霊「さあ思い知らせ。キョウトの武を!」
644 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/07/02(日) 17:20:04.20 ID:KOoRK9q/o
武士、ナマクラが刀を構え走り来る。

バルザック「はっ、錆びた剣なら受け止めてやる!」

テンパラス「いかん!」サッ

バギンッ!

黄金色に輝く刀身が、斜めに構えて攻撃を逸らそうとしたテンパラスの盾を容易く切断する。

テンパラス「この男は、ただの棒でさえ武魂気を纏わせ鋭く研ぎ澄ます。決して受けるな!」

バルザック「わ、悪りぃ!」ドッ

侍「ぬっ!」

謝りつつも鋭い蹴りでナマクラを大きく後退させるバルザック。

罠と爆弾だけが彼の取り柄ではない。


ずしん ずしん

ガルァシア「俺の停止魔法陣が通用しない……?」

力士、ジュウリョウは身長3mの大男である。

その驚異的な筋力は、鈍重そうな体形とはかけ離れた瞬発力を生む。

魔法陣が無ければ、ガルァシアを含む正面にいた者は一瞬の内に叩き伏せられていただろう。

ラファ「い、今なら! この聖光塊を食らいなさい!」

力士「ぐおっ!?」

聖光を武器に加工せず純粋に固めただけの聖光塊は、やや当てづらいが白魔術の中では高い威力を持つ。

魔法耐性の低い巨漢はその衝撃によろめいた。
645 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/07/02(日) 17:21:23.37 ID:KOoRK9q/o
オミキ「思うようにはいきませんね」スッ

バルザック「俺に近づくと火傷すんぜ嬢ちゃんよぉ!」

チリン トンッ

バルザック「」

ネル「げっ、バルザックがやられタ!」

鏡のように光を反射するクナイの刃は黒いもやのようなものにコーティングされている。

ネル「フウン」チラッ

フィナ「……」

ネル「忍魂気を使った、春眠の術っていうんダ? 普通に斬られるより厄介そうだネ」

ネル「そうそうボクって梅味好きなんダ。ぜひ食べさせてヨ!」

オミキ「いいですよ」

チリン

ヒュッ

オミキ「消えた?」

ネル「どこ狙ってんノ? こっちだヨ!」

オミキ「逃がしません」

動揺した対象から心の声を聞くマインドリーディング。対象が狙う相手の変更を防ぐマインドロック。そしてテレポート。

似たような魔法も存在するが、魔法ではなくエスパーのスキルであるため神や悪魔の力も精霊も用いていない。

チリリン ヒュッ チリン クルッ チリン ヒュッ

ネル(あれ、おかしーナ。バルザックに起こす念を送ってるのに全然起きなイ)

ネル(ンー。ひょっとして思ってたヨリ……)

オミキ「……タケミタマ様、ご助力を」

武御霊「早く頼らんかい」

武御霊「そろそろ容赦せんぞー。神風・木枯らし」

ヒュゴウ

テレサ「うっ……!」

ラファ「と、飛ばされるのです!」

ガルァシア「テンパラス、岩の陰に!」

チリン チリリリン
646 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/07/02(日) 17:22:24.51 ID:KOoRK9q/o
シュタッ

リウム「」

ラファ「」

ガルァシア「」

テレサ「ラファさんっ……!」

テンパラス「間一髪だ……!」

クリス「なんともありません!」

ネル「アーア。ガルまでやられちゃったヨ……」

オミキ「すいません、だいぶ外しました……」

侍「良い。四人眠らせてくれれば十分楽になる」

力士「あの小娘は……人形か」

テレサ「皆様、起きてください!」

オミキ「私が許すまで絶対に起きませんよ」

ネル「やっぱりそういう事カ……。厄介な性質の技ダ」

テンパラス「人数では勝っていたはずなのだが……」

有利な条件であったはずが、すでに苦戦を強いられていた。

キョウト勢に一切の損害はなく、一方、立っている戦力はテンパラスとテレサ、ネルの三人だけである。

クリスティにそもそも戦う気はない。フィナは双方から人数に数えられていない。

タロウ「ふふん。キョウトの武力が理解できたかな!」

武御霊「……む? まだ誰かの気配が近づいている」

ギャル「10人目ぇ? いい加減にして欲しいんだけど……」

タロウ「あれ? なんだかお酒のにおいが」

この局面で、新たな乱入者。


ズル ズル

貴腐「君たち。ケンカは良くないよ」

貴腐「ケンカをする暇があったら私の作ったお酒を飲もう」

貴腐「変なモノは入っていないからね?」

共和国軍六勇の一人、衛生兵長、貴腐であった。
647 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/07/02(日) 17:24:19.63 ID:KOoRK9q/o
テンパラス「貴腐……!? なぜこのような場所に……」

テレサ「……最悪の展開かもしれません」

ネル(六勇! 迂闊な動きをしたらやられル……)

貴腐は身なりの良い男だが、その風貌は異様の一言に尽きる。

酷い猫背であり、目は半開き。頭頂部にはその頭よりも大きなキノコが鎮座する。

その周辺に立ち込めるアルコールのにおいがプレッシャーとなり、一同にのしかかる。

貴腐「あれ? 戦ってるのは3人だけ?」

貴腐「まったく……9人で襲い掛かるなんて不公平だと思わなかったのかい?」

テレサ「……貴腐様。どういったご用件で?」

貴腐「まあ焦らないでよ。私はリウム君に用事があって来たんだ」

リウム「」

貴腐「おや、レディーにも起こせないみたいだ」

貴腐「誰か代わりに起こしてくれない?」

ギャル「オミキさん、いいよ」

オミキ「はい」

倒れた面々の体から黒い塊が抜け出し、オミキの手元へ吸い戻された。

ラファ「うっ、どうなったですか……?」

バルザック「ここは居酒屋かぁ?」

リウム「そ、その顔は!」

貴腐「初めまして、リウム君。私は貴腐という者で、共和国軍で衛生兵長をしている。どうぞよろしく」

リウム「よ、よろしく……?」

貴腐「突然だけど、これが何だか分かるかな?」

ズルッ

貴腐は左手に掴んでいた何かを暗がりから引きずり出し、一同の眼前に晒した。

クリス「キノコですか?」

ネル「うワ……!」

ラファ「う、うぷっ」
648 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/07/02(日) 17:25:51.76 ID:KOoRK9q/o
全体をキノコとカビに覆われた何か。

それは人の形をしており、よく見ると白衣を着ているのが分かる。

ウベローゼン市、聖十字総合病院の名医……リウムの父の成れの果てであった。


リウム「うあああああああああッ!!!!」

バルザック「苗床ってやつだ……トリュフみてぇな匂いがする」

貴腐「君のお姉さんから、君たち一家が私の邪魔をしてるって聞いてねぇ」

貴腐「ぜひお返しをしないといけないと思ったんだ」

リウム「ね、姉ちゃんはどうした……?」

貴腐「お姉さんには私のレディーに、って言ってもわかんないか」

貴腐「今、会わせてあげるよ」


貴腐が人差し指を立てると、そこに濁った色をした粘菌の塊が凝集する。

粘菌は貴腐の腕から垂れ落ちると、裏路地の路面に広がっていく。

ズルリ!と音を立て、水たまりならぬ粘菌たまりの中央から、女性の上半身が飛び出した。

流動する粘菌で構成された顔面は恍惚とした表情を湛えている。


リウム「姉、ちゃん……?」

サナ「あはっ、リウムゥ、見てる〜?」

サナ「みんなぁ、菌になってる部分ってとっても心地がいいんだよ……♪」

サナ「ああん……みんなも、早く菌になろうよ……♪」

ラファ「サナさんが……オェェェェ!」

サナ「貴腐様ぁ〜、早く菌に戻して〜」

貴腐「あはは、すっかり私の虜だね。あんなに嫌がってたのに、一時間もすればこの通りだ」

貴腐「ほら、私の腕にお乗り」

サナ「うふぅん♪」

ネル「悪趣味な……あれは理解できないヨ」

バルザック「あいつと酒は飲めねぇ……」

力士「サクラ、オミキ、見るな! 耳も塞げ!」

武御霊「祟りでもああはならんぞー……」


彼ら自身も悪趣味な方である魔境カフェの3人も、貴腐とは協力関係にあるキョウトの民達でさえも、顔が引きつっていた。
649 : ◆k9ih1s9J/w [saga sage]:2017/07/02(日) 17:26:42.05 ID:KOoRK9q/o
貴腐「まあ、そういう流れでここに来たんだけど」

貴腐「ねえ……リウム君は、トリュフと、女の子(ただし菌)と、ワインと、帽子……この中でどれが好き?」

リウム「……!」ゾッ

リウムは口を開かず、誰もが緊張感で動きを止める。

やけに長く感じられた数秒後、最初に口を開いたのはまたも貴腐だった。

貴腐「あ、でもさ。ここにいるみんなってリウム君以外も私達の障害なんだよね、サキューラさん?」

ギャル「……えっと」

しばらくの間を置いて、コクコクと頷く。



貴腐「じゃ、全員の口封じをしないとね?」



テンパラス「っ!」

ガルァシア「マズい……!」

ネル「みんな捕まれ…無理ダ! 緊急退避ッ!!」

シュシュシュシュシュッ!

貴腐「おや、消えた。今のは?」

オミキ「敵の一人が瞬間移動を使います」

貴腐「なるほどねぇ……あははっ」

貴腐「どこに隠れたって無駄だよ! 私のレディー達からは逃れられない!」バッ

貴腐「ゴー、マイ、レディーズ!! さっきのみんなを見つけて私に報告するんだ!」

100人を超える見えざる追っ手達が、貴腐の下から解き放たれる。

貴腐「いいね。追いかけっこ遊び。子供の頃を思い出すよ」

貴腐「さあ、この限られた時間をめいっぱい楽しもう!」
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