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0079 -宇宙が降った日-
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84 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/07/19(火) 00:39:17.43 ID:rehK4jAbo
ニコラの方も同様に恐ろしい夢を見て泣きながら目を覚ますことがあったが、
それでも、ちゃんと”消耗している”だけ、テレンスよりも正常な反応のように思えた。
「ケガとかなら、応急手当も出来るんですけど…」
グレイスが静かな声でそういう。彼女なら、それくらいは当然やってしまうだろうってことに、何の疑問も持たなかった。
「これは、あれだろう、精神科医か、カウンセラーってやつの仕事だ」
心の異常ってのがどういう理屈なのかは、俺には分からない。
俺もグレイスと同じで、野戦での応急手当くらいなら出来るが、目に見えない心なんてものの“傷”なんて、どう扱っていいのやら見当がつかない。
そもそも、俺自身が、今ようやく心を休ませられるようになったばかりだ。仮が心の傷への対応をしっていたとしても、それを実行できたかはあやしい。
俺がそんな状態にもかかわらず…落ち着いた様子を崩さないグレイスも、よくよく考えてみれば普通ではないように思える。
それも、姉さんのため、か。
「…まぁ、とにかく一息吐けるのはありがたい。無線機の類でも手に入れば、それで救助要請も出来そうだしな」
「無線機、ですか…そんなもの、残っているんでしょうか…?」
「普通に考えてみれば、吹き飛ばされているか、溶けてしまっているか、だろうけど…これまでの荒野に比べたら、どこかに使えるのがある可能性は高いだろう」
俺が言ったら、グレイスはクスクスっと笑い声をあげる。
「そりゃ、あんな場所と比べたらあるかも知れないですけど…」
俺は割と真面目な話をしたつもりだったが、グレイスにはジョークに聞こえたらしい。
本心はともかく、笑ってもらえたんなら、それでも良いだろう。
「うぅっ、寒いです!」
不意にそう声がして、テレンスがシャワールームから飛び出してきた。
落着のあった日からずっと着ていた服を脱ぎ棄て、この部屋で見つけた少し大きめの女物の服に袖を通している。
後ろに続いてきたカイルは、くたびれたランニングにトレーニングパンツ姿。
シャワーで手洗いしたと思われる軍服のズボンを指先でつまんで、干せそうな場所を探している。
「縮み上がりそうな温度だったが…それでも、生きてるって心地がするもんだな」
「ぼ、僕、寒くて凍え死んじゃいそうですぅ」
テレンスが大袈裟でもなさそうに身を震わせて言う。
「ほら、テレンス。髪ちゃんと拭いて。風邪ひいちゃうよ」
グレイスは苦笑いを浮かべながら、テレンスを促した。
「ん…そういえば、アマンダはどうしたんだ?」
そんな二人をよそに、洗った軍服をひん曲がったカーテンレールに掛けながらカイルがそう聞いてくる。
「あぁ、アマンダなら、物資を受け取りに行ってる」
「ミスター・ヒューか?」
「いや、物資の管理を任されてる別の人のところだ」
「へぇ」
カイルは俺の言葉を聞くと、少し表情をしかめてそう鼻を鳴らし、ベッドにどっかりと腰を下ろした。
先ほど、グレイスの次にニコラと共にシャワーを終えたアマンダは、カイル達がシャワーに入ってすぐの頃に、
窓の外から物質を取りに来てほしいと催促を受けて、部屋を出ていった。
じきに戻ってくる頃合いだろう。
85 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/07/19(火) 00:40:15.36 ID:rehK4jAbo
「あいつ、銃を携帯してったか?」
不意に、カイルがそんなことを聞いてきた。
アマンダが、銃?
そういえば、アマンダも着替えは済ませていたが、ガンベルトは用意されたパーカーの上から付けて行ったはずだが…
「持って行ったとは思うが…」
俺が答えると、カイルは浮かない表情をしながらも
「そうか」
と小さく息を吐く。
俺は、そんなカイルの様子が気になって、思わず訪ねていた。
「どうかしたのか?」
するとカイルは、しばらく黙りこくってから、不意に顔を上げて言った。
「この街には、長いしない方がいいかもしれない」
「…どういう意味だ?」
「あのミスター・ヒューって男、何か俺たちに隠していることがある。いや、あの男だけじゃない。キャンプ全体が俺たちに対して、警戒心を持っているような、そんな感じだ」
カイルの言葉の意味が分からなかった。
ミスター・ヒューは、現実にこうして俺達に部屋をあてがい、物資まで準備してくれるというのに、それを「信用できない」ような言い草だ。
だが、なんの根拠もなしに、カイルがこんなことを言うはずもない。
「何かあったのか…?」
俺が尋ねると、カイルははぁ、とため息を吐いてから言う。
「…雰囲気…とでも言うより他に言葉を知らねえが…そうだな、細かいことを上げれば、ここに若い男手がいないってことだ」
それは…ミスター・ヒューの話なら、街を出て行ってしまったから、なんだろうが…
「それのどこが気になるところ、なんだ?」
「考えてもみろ。この街には物資が残ってるんだ。俺達に分けてもらえる程度には、な。そんな場所から、どうして移動しなきゃいけないと思うんだ?」
「…それは、私達が何もない生活を送ってきたからなんじゃないですか?」
カイルの言葉に口を開いたのはグレイスだった。
「私達にとってここは、確かに安心できる場所です。でも、ここにいた人たちが私達と同じように感じるとは限りません…街がこんな有様になってしまったんなら、逃げだしたいって思っても、おかしくはないと思うんですが…」
「でもよ、こんな有様の街だからこそ、どうやって逃げ出そうだなんて思うんだ?俺達は裸同然で荒野に投げ出されたんだから仕方ない。だが、ここにいたかもしれない連中は、すくなくとも雨をしのげる建物も、食い物もあった。それなのに、あえてあの荒野に逃げ出そうなんて考えるやつがいるか?」
「それは…そうかもしれないですけど…」
カイルの言うことには一理あった。
確かに、衝撃波と熱風で焼け焦げたこの街から逃げ出したいって思う人間がいてもおかしくはないとは思う。
だが、実際に逃げ出すかどうかってことを考えると、それはそれで現実的じゃない。
何しろ、たとえ次の街に行こうったって、ここはオーストラリアの南部だ。一日や二日歩いたところでたどり着ける街なんてない。
車があればその気にもなるかもしれないが、そんなものが残っている気配はない。
街から避難しようと思うなら俺達が歩いてきた道のりのように、一週間近くは道しるべのない荒野を歩くことになる。
それは住み慣れた街がいくら破壊されたところで、取り得る選択肢に含まれるようには思えなかった。
86 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/07/19(火) 00:41:09.51 ID:rehK4jAbo
「…でも、もしそうだったとして、生存者の妙な雰囲気、ってのは…?」
「さて、そこは本当に俺が感じただけだからな…根拠はない。だが、連中は何か…俺達を受け入れるそぶりをみせて、その実避けているように思う」
カイルが腕組みをしてそう言い、黙り込む。
「……私、嫌な想像しちゃいます…ありますよね、映画なんかで。秩序がなくなると、それに代わっておかしな思想が伝染する、みたいなこと…」
グレイスも、暗い声色でそう言った。
その可能性は…否定できない。
俺達はメルボルンの基地でそのことを身をもって理解していた。
命や生活を脅かされた人間の理性がどれほど脆弱で、そしてどれだけ感情に思考が支配されてしまうのかを。
グレイスの言うことはあり得るし、カイルが違和感を覚えたのなら、警戒しておく必要はある、か…
そんなことを考えていたら、不意に何か硬いものがコツコツとあたる音が部屋に響いた。
話していた内容が内容で、息を飲んでしまっていた瞬間だけに、俺はヒュッと息を飲み込んでしまう。
だが、次いで聞こえてきたのは
「曹長、開けてください」
というアマンダの声だった。
鍵をかけているわけではなかったが、俺はやおら立ち上がってドアを開け放ってやる。
するとそこには、大きなダンボール二つが重なって宙に浮かんでいる光景があった。
ダンボールのせいで、アマンダの姿が見えないから、なのだが…
「気前がいいんだな」
俺はそう言いながら、上に載っていた方のダンボールを受け取ってやる。その向こうからアマンダがひょっこり顔を出した。
彼女はホッと一息ついてから
「これだけじゃないんです」
と後ろを振り返る。
するとそこには、ちょうどグレイスと同い年くらいの少女の姿があった。
暗いブロンドの髪に、茶色の瞳。まつ毛の長い、整った顔立ちの少女だ。
彼女もアマンダと同じく、大きなダンボールを抱えてくれている。
彼女の存在に、俺とカイル、グレイスはつぶさに緊張した。
今の話、聞かれていない…よな…?
「手間を掛けさせてすまない」
俺は少しあわてた様子を見せつつアマンダから引き取った段ボールを床に置き、改めて彼女が抱えていた段ボールを受け取る。
「ありがとう。助かったよ、」
そんな彼女に、アマンダがダンボールを置きながら笑顔を見せて礼を言った。
すると彼女は、ふと顔を伏せた。いや、目礼、か?そんな、どこか曖昧な感じのする仕草だった。
それが礼だったのか、ただうつむいただけなのかは分からない。
ただ、彼女は、まるで何かに縫いとめられたようにその場を動かず、ジッとしている。
口をぎゅっと引き結んで、体を強張らせている。
まるで、俺達の次の言葉を待っている様子だった。
カイルの言っていた違和感、ってのは、これのことか…?
87 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/07/19(火) 00:41:41.99 ID:rehK4jAbo
「……アマンダ、何をもらったんだ?」
「はい。インスタントフードの類と、それから、お酒も少し」
「酒だって!?」
思わぬところでカイルが割り込んでくるが、俺は無視して
「他には?」
とアマンダに聞く。
「お菓子の類もありますよ。チョコレートはないみたいでしたけど、スナックの類なら。それから、パンじゃなくって、小麦粉を分けてもらえました」
アマンダがそう言いながら、床に置いた段ボールから次々と品物を取り出しながら報告を始める。
「小麦、って…手でコネて自分らでパンを作れ、ってことか」
嫌なのかどうか、酒瓶を探しにダンボールを覗きにやってきたカイルがそう言いながら笑っている。
俺は、そんな品物の中からスナック菓子の袋を手に取って、パフッと引っ張り開けた。
そして中身のやや砕けたスナックの欠片をつまんで口に放り込み、それから袋をダンボールを運んでくれた彼女に差し出す。
「ありがとうな。お礼はこれくらいのことしかしてやれないけど」
すると彼女はハッとした様子で唇の力を緩め、そしてようやく、その瞳に意志を宿らせた。
「あの…その、私…」
「俺はアレックス。向こうがカイルで、彼女はアマンダ。それから、ベッドにいるのがグレイスで、寝てるのがニコラ。で、そっちのチビがテレンスだ」
俺は、間髪入れずにそう全員を紹介する。
そしてすぐに、彼女に投げかけた。
「君、名前は?」
何か特別な確信があるわけではなかった。
しかし、話を聞かれていた可能性もあるし、そうでなくても、彼女と少し話をすれば、情報のいくらかは引き出せるかもしれない。
「私…シンシア。シンシア・ノエル…です」
「そうか、シンシア。ありがとう…ほら、食べてくれよ」
俺は彼女に努めて穏やかにそう言い、さらにズイっとスナック菓子の袋を彼女に突きつける。
彼女はためらっていたものの、ほどなくして恐る恐る指先でスナックを一欠片つまんで、自分の口に運んだ。
そしてその次の瞬間、固く緊張していた彼女の頬が、かすかに緩んだことを俺は見逃さなかった。
よし…ひとまず、敵と認識されることだけは避けたいからな…話を聞かれているかどうかにかかわらず、敵対する気持ちはない、ってのはほんの少しだけかもしれないが、伝わってはくれているようだ。
それを確かめた俺は、すぐさまキャンプのことを訪ねようと思って、思考を走らせる。
あまり突っ込んだ探るような質問を浴びせかけるのはマズイ。
少し遠回りしてでも、まずは大変だったことの話を聞くべきか…それなら、いずれキャンプがどんなところか、って話にも持っていけるはずだ。
だが、俺がそう考えていたわずかな間に、シンシアは言った。
「ありがとうございます。では、戻ります」
そして、くるりと俺達に背を向ける。
「ま、待って!」
それにいち早く反応したのは、グレイスだった。
シンシアは踏み出しかけた足を止め、グレイスを振り返る。
「はい、分かってます…いいえ、その…」
彼女は、戸惑っているような口ぶりながら、その視線をまっすぐにグレイスに送っていた。
88 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/07/19(火) 00:42:11.10 ID:rehK4jAbo
そして次の一言、
「戻らないといけないので」
と今度ははっきり口にすると、呼び止める俺やカイルの言葉を背に受けながら、部屋を出て行った。
パタン、と控えめに音を立てて閉まったドアに視線を送っていた俺達は、しばらくそのまま黙りこくるほかになかったが、そんな様子を見たアマンダが当然何のことかわからない、と言った様子で
「どうしたんですか、二人とも?グレイスまで…?」
と俺達を代わる代わる見つめて言う。
「アマンダさん…キャンプの様子は、どうでした?」
「キャンプの…?別に、何もなかったけど…みんな寝ている時間だったし…あぁ、あの子はどうしてか起きていたから手伝ってくれたけど…なにかあったの?」
果たしてさっきまでの話をアマンダに今、話して良いかは微妙なところだ。
さっきの彼女が、ドアに聞き耳を立てているとも限らない。
しかし、それを確かめに行くのも悪手だ。
「…いや、別に…ミスター・ヒューに尋ねたいことがあったんだが、もう寝ている時間だよな」
俺はそう言いながらカイルとグレイスに視線を送る。
カイルは俺のこれ以上は話さないという意図を理解してか、かすかにうなずいてくれる。
しかしグレイスは、唇に手を当てて何かを考え込んでいるような、そんな仕草をしていた。
「そうなんですか?朝は早いみたいですから、明日の朝でも大丈夫だと思いますよ」
アマンダは、相変わらず首をかしげてはいるが、それでも話を合わせてくれている。
でも、そんなとき、アマンダが静かな声色で言った。
「あの…アレックスさん、カイルさん」
俺とカイル、そしてアマンダの視線がグレイスに注がれる。
俺達の視線を浴びながら、それでも口元に手を当てて宙をにらみつけているグレイスは、言った。
「『はい、分かってます…いいえ』…」
一瞬、グレイスが何を口にしたのかがわからなかった。
「Roger(はい), Understood(分かってます)…No(いいえ)…」
カイルが、その言葉をなぞって、表情を曇らせる。
「頭文字、か」
「はい…考えていた時間は長かったのに、回答しては変だな、って思って」
カイルとグレイスはそう言ってうなずき合っている。
「おい、なんだよ、説明してくれ」
俺がそう言い募ると、二人は顔を見合わせ、そして大きなため息を吐いたグレイスが俺に言った。
「頭文字です、アレックスさん」
「頭文字?」
「あの女の子の言葉の、頭文字だ」
俺は二人に言われて、改めて口に出して繰り返す。
そして、二人の言わんとしていたことに気付いた俺は、息を飲むよりほかになかった。
「Roger, Understood…No…R、U、N……Run…『逃げろ』…?」
89 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/07/19(火) 00:43:23.39 ID:rehK4jAbo
つづく
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/19(火) 01:41:04.09 ID:NwwQ3Yxko
乙
まさか人食いとかじゃないよな……?
フォールアウト思い出しちゃったよ
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/19(火) 12:13:52.30 ID:gD1SD+EHO
乙
ミス・マープルかエラリークイーンか。
名探偵グレイス誕生。
ともかく復帰おめでとう&続きありがとう
一回の分量が多いのがキャタピラさんの特徴ではあるけれど、これくらいの量でもきちんとしたヒキを作ってくれてるからとても読みやすいと思いますよ。
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/19(火) 12:59:33.80 ID:FwXUOy/70
さあああ
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/19(火) 13:01:51.38 ID:73s53pbR0
ああt
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/19(火) 15:37:13.66 ID:Kp4SbWQXO
乙カレー
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/19(火) 21:43:52.42 ID:+gPvbLTDO
日曜に確認し
月曜に確認し
ろくに期待してなかったけど
乙
96 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2016/08/11(木) 13:13:05.25 ID:dSKFM5gy0
レス感謝!!もう少しで続き書き終わるのでお待ちください。
>>91
たぶん、幼女とトロールの中盤くらいから、一話読み切りな感覚での投下が続いたせいで、
ペースが変わってしまったのだと思います…
読み返してみれば、アヤレナの頃は1パートがそれほど長くなかった気がする…
小出しにできるように、ちょっと調整しております。
97 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:04:57.12 ID:FKmAyK7Ho
「アレックスさん、どうですか?」
薄暗い中、ライトの明かりを頼りに基盤を睨み付けていた俺に、グレイスがそう声を掛けて来た。
「さぁな…さすがに専門外だし、なんとも言い難い」
俺は肩をすくめてそう正直に言ったが、それでもグレイスは微笑んで
「そうですか…でもきっと、なんとかなりますよ!」
と、明るい口調で言った。
そんなグレイスにわざと渋い表情で答えてやったら、彼女はニヤッといたずらっぽく唇を緩ませて、俺が頼んだ工具一式を手渡してくれた。
街にたどり着いてから2日。
俺達は、バララット郊外の小さな空港の跡地にいた。
跡地、とは言っても、ここへ来る道のりを考えれば、建物の構造どころか管制塔の内部の機材まで形が残っているここは、俺達にしてみたら奇跡だと思える。
だが、いざ機材を使うとなると、それはそれで別の話だ。
外郭の形が残っているとは言え、人間が真っ黒に焦げ付く程の熱波を浴びたんだ。
当然、シリコンや樹脂と薄い金属で出来ている航空用通信器の基盤は、見るも無残にとろけている。
機械科の連中だってこんなものを見たら投げ出すに違いないだろうとは思う。
それでも俺は、ミスター・ヒューからの依頼でこいつの修理を引き受けた。
理由はいくつかある。まず単純に、修理することが出来れば救助を要請できる可能性があるからだ。
航空用の無線ともなれば、周波数帯は少なくともオーストラリア全土には届く。
コロニーが落下したのは東部だから、西部方面隊は無事に生き残っている可能性が高い。
そして、別の理由としては、やはりあの晩にグレイスが気付いたシンシアのメッセージだ。それ自体は穿ち過ぎた見方である可能性は否めない。
しかし、カイルが言う妙な雰囲気というのを、俺は昨日と今日、実際に感じ取っていた。
工具の一式から引き抜いたドライバーで、基盤を固定しているビスを緩めていると、カツン、カツンと階段を上がって来る足音が聞こえた。
俺が振り返るまでもなく管制室に姿を現した足音の主に、
「ヒューさん」
とグレイスが声を掛ける。
「あぁ、グレイスちゃん。曹長さんの様子はどうだい?」
「今、作業に取り掛かったところですよ」
二人がそんな言葉を交わし、視線が向けられた気配を感じた俺はチラッとだけ二人を見やり
「これは、基盤を一からでっち上げないと無理ですね」
と、通信器の状態を端的に説明する。
しかし、そんな俺の言葉を聞いていたのかどうか、口ヒゲを蓄えた恰幅の良い中年のミスター・ヒューは、
「そいつが治れば、救助を呼べますからね。協力は惜しみませんよ」
と、グレイスに負けず劣らずの前向き発言で、俺を叱咤して来る。
そう言われてしまった手前、どうして良いか見当がつかない、とは口が裂けても言えやしない。
代わりに俺は
「それでしたら、街の中を探して何でも良いんで配線を見つけ来て貰えませんか? 木の板にでもそいつを這わして、簡単な基盤代わりを作りたいんです」
と代替案を提示する。するとミスター・ヒューは事のほか嬉しそう笑みを浮かべて
「任せて下さい!若い連中に頼んで来ましょう!」
と言うが早いか、身を翻してテンポ良く階段を駆け下りて行った。
98 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:05:42.02 ID:FKmAyK7Ho
そんな姿を見送ったグレイスが、改めて俺に視線を戻して、何かを聞きたそうな顔をしている。
「なんだよ?」
俺が言うとグレイスは肩を竦めて
「いいえ…シンシア、大丈夫かな、と思って…」
と暗い表情を見せた。
あの街に着いた晩と、それから昨日。俺はカイルと交代で、用意された部屋の窓から生存者達のキャンプになっているアパートを監視していた。
ミスター・ヒューの説明や、実際に現場を最初に見たカイルの言葉通り、アパートには高齢者と小さな子どもを連れた女性に子どもしかいなかった。
そして、女性や子供達は、常に何かに怯えるような、そんな表情を浮かべたままだった。
こんな事態だ。悲観したり絶望したりしてしまいたくなる気持ちは分かる。
だが、彼らの表情のそれは、決してコロニー落着だけの影響ではないことは理解できた。
キャンプを監視している間に俺達は、生存者の中にある種の上下関係のようなものがあることに気が付いていた。
おそらく、代表を名乗るミスター・ヒューはその筆頭。
そして、ミスター・ヒューよりもやや若く軍人のようなガッシリとした体付きの中年男がナンバーツー。
さらに、中年太りの域を逸脱しているほどの太り方をしたやたら声の大きい中年女性がその下に位置しているようだった。
その光景は…生存者キャンプの代表者格などという雰囲気ではなく…
しいていえば、前世紀初頭にヨーロッパに乱立した王族で、他の生存者達はひれ伏さざるを得ない貧民のような、そんな関係性に見えた。
そんな中で、女性的な特徴が発現していながらも非力な年齢のシンシアがひどい目に合わされていないかどうか…
グレイスがそんな想像をしてしまうのは仕方のないことだろう。
「今はまだ、祈るより他にない…俺達の明日だって、不透明だ」
俺はグレイスにそう言葉を返した。
無線の修理が出来ないと応えた俺達は、とたんにタダ飯食らいの無用の長物となる。
そうなったとき、“王族”達が俺達をどう扱うか。
今すぐの救助が望めないのなら、食料や物資節約の観点から、余所者は間引かれる可能性すらある。
そんなリスクを、カイルやアマンダならまだしも、グレイス達に負わせるわけにはいかない。
それが、通信器修理を引き受けたもっとも大きな理由だ。
それと…やはり、この軍服を着ている以上は、市民を守るのが俺達の仕事、だ。
「…そうですね…私は、何したら良いですか?」
「今は…俺のそばを出来るだけ離れるな」
俺はグレイスにそう言いながら、通信器の本体から基盤を取り外す。溶けてはしまっているが、それでもなんとか形は保っているようだ。
しかし、どんな回路が走っていたのかまではさすがに見て取れるわけはない。
通信器自体の構造は学科でなら学んだことがある。発信にはモジュラーとブースターが必要で、受信にはデモジュラーが要る。
特に広域に発信するとなればブースターは必須だ。当然、原始的な回路を作るにしても、マイクと、スピーカーは調達しなければ話にならない。
そうした装置を、この焼けただれた荒野の廃墟でどう仕入れるかは、正直アテがない。
発信にも受信にも必要なアンテナに関しては、カイルが指揮をとって、
アマンダやニコラ、テレンスの他、街の生存者の中からグレイスと同じくらいの年頃の子ども達が手伝ってでっちあげてくれる手筈になっている。
やはり問題は、通信器そのものを俺が再現出来るかどうかだろう。正直に言って、欠片ほどの自身も見通しもないが…
99 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:06:30.45 ID:FKmAyK7Ho
「パーツがあれば良いんだがな…」
「電気回路のことはあまり詳しくないんですけど…チップとか、そういうものですか?」
「それもあるが、スピーカーやマイクなんかも必要だろう」
俺はひとまず、訓練校時代の記憶を引っ張り出して、黒く焦げた壁をドライバーの先で引っ掻き回路の図面を書いてみる。
だが、受信はともかく発信となると、やはり複雑になる。
そもそも、それだけの出力を出せるような電気をこの街でどのように調達するかは、まだなんの当てもない。
まずは、受信の方だけでも組んでみるか…発信の方は、カイルやアマンダと回路や電気の確保について相談したい…
「パーツ探し、ですかね…」
ふと、思いついたようにグレイスが俺に声を掛けてきた。
そう、そうだな。受信器をでっちあげるためのパーツを探さなければ。
俺はグレイスに
「そうだな」
とうなずいて見せる。
「どこを探しましょう…?」
グレイスはそう言って、窓の外に視線を投げた。つられて、俺も少し離れたところに広がっている街並みに目を向けた。
キャンプに案内される前に確かめたが、立ち並ぶ建物は、爆心地の方角にあるものは半壊し、その陰になっていただろう建物も、熱波に中を焼かれてがらん洞になっていた。
窓ガラスは割れたのではなく、溶けて蒸発したのだろう。
破片の一つも見当たらず、コンクリートや剥がされた道路のアスファルトはあちこちに転がっているが、
やはり、生活に必要な物資のことごとくは見当たらなかった。
ガラスと同じように高熱にさらされて燃え尽きたのか、それとも、あのキャンプの連中が回収したのか…
おそらくは、前者だろうとは思う。人の手で持ち去られたにして、なにもなさすぎる印象だった。
「建物に入って探しましょうか…」
グレイスがそう言って俺の顔色を窺うように聞いてきた。
それを聞いて、俺は管制室から一番近くに見える建物に目を向ける。
グレイスの言うとおり、もし燃え残りがあるとすれば、外より中の方だろう。
だが、衝撃波と熱波を浴びて朽ち果てたような姿を見せている建物に入り込むのは、やはり不安だ。
「入り込んでる間に倒壊でもしたら、たまらないな」
俺の言葉に、グレイスも賛成らしい。
「確かに…考えただけで、ゾッとします…」
彼女は両腕を抱えて、身を震わせてみせた。
昨日確かめた様子から見るに、おそらくは建物の中も外と同じような状況だろう。
冷蔵庫のように大きな機械の固まりなら燃え残っている可能性もあるだろうが、そんなものが残っていても、使い物にはなろうはずもない。
衝撃波と熱波の被害が少ないところを、まずは探す必要性がありそうだ。
100 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:06:59.36 ID:FKmAyK7Ho
「確か、俺達のアパートやキャンプがあるのは、街の西側だったな」
「はい。爆心地からは、一番離れた場所ですね」
「どうしてあの辺りは無事だったのか…距離的には被害の大きい東側と、それほど離れているとも思えない」
俺はそんなことを思って首をひねる。
キャンプからさらに西に空港があり、倒壊したり焼け焦げた街並みは東側に広がってはいる。
しかし、その距離は今回の事態の規模を考えれば、ほとんど誤差の範囲でしかない。
「もしかしたら、地形の影響かもしれません」
「地形?」
俺は、思わぬ言葉にグレイスを振り返る。
「はい。ちゃんとした等高線の描いてある地図が分かれば確かなんですけど…
キャンプ地の辺りは、辺りに比べて少し標高が低いと思うんです…
バララトの西側は、ウェンドリー湖の開発と常に関連していたって、郷土史の授業で聞いたことがあります。
ウェンドリー湖も、前世紀から何度も干上がったり再生したりを繰り返して、位置も徐々に移動している、って聞きました。
キャンプのあるあたりは、もしかしたら元々は湖底だった辺りなのかもしれません」
…なるほど、その話は、俺も聞いたことがある。
前世紀にはオーストラリアの乾燥地帯ではウェンドリー湖をはじめとする貯水池や大規模な井戸が各地でが掘られた。
その結果、地球が何億年とかけて蓄えてきた地下水源をたった百年強で涸らしてしまった、と言われた時期があったのだと言う。
その後の調査で、実際に地下水源の量が減っていることは明らかにされたが、
涸れたと認識されたのは、量の減少により地下水源の水位や圧力が下がったためで、採掘する地層をやや深めにとると、すぐに全盛期と同様量の水が出たって話だ。
…やはり、俺達人類は地球を食いつぶしているのかも知れないな…
「…その仮定が当たっていれば、街の中でも低地にある個所を探せば、キャンプ地のように無事な物もあるかもしれないな」
俺は、逸れてしまった思考を元に戻して、グレイスにそう提案してみる。
「その可能性は、ありますよね」
グレイスも、コクリと頷いて答えた。
101 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:07:48.09 ID:FKmAyK7Ho
空は相変わらずの灰色だが、雨が降る様子はない。晴れ渡る空を臨むにはまだしばらくかかりそうだが…
現状では、気温があがってしまうことを考えると、今のままであってほしい、か。
そんな俺の考えを読み取ったように
「涼しくて良いんですけどね。やっぱり、ちょっと気が重くなります」
と空を仰いで言う。
「そうだな…無事にオーストラリアから脱出できたら…空がきれいに見えるところにでも行きたいもんだ」
俺もそう答えてため息を吐く。これも、仮初の希望に過ぎないからだ。
俺達は、管制室を出て、焼け焦げた階段を下って、この元は滑走路だったエリアに降りてきていた。
滑走路は市街地のようにアスファルトが剥がれているような箇所は少なく、一見すると被害は小さいようにも見えるが、
建物の方はすべてが管制室と同じように真っ黒に焼け焦げていた。
もちろん、物資の類も同様に真っ黒になっているか、さもなければ形を失うほどに溶けているか、だ。
「さて…じゃぁ宝探しに行くか。セルフォンでも落ちてればいいんだがな」
「さすがに軽そうですから、飛んでっちゃってるかもしれませんね」
せっかく前向きなことを言ってやったのに、グレイスが現実的な返答をしてくる。
渋い顔を見せてやったら、グレイスはエヘヘ、といたずらっぽく笑った。
そんな彼女の笑顔が心に余裕をくれる気がするのは、今回に始まったことではない。
本当に、グレイスには助けられてばかりだった。
「少し距離はあるが…行ってみるか」
俺がそう言うと、グレイスはニコッと笑顔を見せて
「はいっ」
と明るく頷いた。
腰の拳銃の弾倉を確認してから、そのまま二人で空港の跡地を離れ、元は市街部だった方へと歩き出した。
ほどなくして滑走路を抜け他俺達は黒に染まった市街地区へと足を踏み入れた。
街の中は想像していた以上に瓦礫の類はなく、歩きやすい。
もちろん崩れたビルやアパートがないことないが、細かな瓦礫は吹き飛ばされたのだろう。
もともと道路だった箇所が塞がれているようなことも少なかった。
管制室を出る前にあたりの地形を確認した。
どうやら、キャンプ地以外の場所では、街の北部にやや低い地形があるのが管制塔から見えたので、ひとまずはそこへと向かうことにしていた。
そして、北へと進んでいると、不意にグレイスがポツリと声をあげた。
「アレックスさん…あそこ、見てください」
ふとグレイスを見やると、彼女は遥か前方を指差している。
その方向に視線を移した俺が見たものは、真っ青な車体の車高の低い、スポーツカータイプのエレカだった。
それも、一目でそうと分かる程度の損傷しか受けていない。
102 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:08:26.11 ID:FKmAyK7Ho
「…動く…だなんて期待はしない方が良いんだろうけどな…」
俺はそうつぶやきながら、拳銃を抜いてグレイスに下がるよう合図を出す。
彼女が俺の背後に回ったのを確かめて、そっとアスファルトの剥がれた道を進んでいく。
どうやら、車の中や近くに人影はない。
近くに寄って見れば、車もけっして被害が小さいとは言えるような状態ではなかった。
だが、それでもこれまで見てきたどんな車よりも状態は良い。
俺は割れた窓から中を覗き込む。
内装はだいぶ派手に焼け焦げていた。カーラジオが付いていたとしても、とてもじゃないが、使いものにはなたないだろう。
だがそれでも、グレイスが考えたようにやや低い位置にあるこの場所は被害が比較的少なかったと言うことになる。
これなら、多少の希望が持てそうだ。
そう思ってグレイスを見やったら、彼女は今度は心配そう表情で俺を見ていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ。危険はなさそうだ」
俺がそう答えて拳銃をホルスターにしまうと、グレイスはホッとため息を吐いて笑顔を見せた。
「何か掘り出し物がありそうな雰囲気じゃないか」
「そうですね…あ、ほら、見てください!あっちは、看板が残ってます」
グレイスがそう言うので俺が再び目を向けると、確かにそこには、赤い小さな商店の看板が、建物に残ったままになっている。
大部分は割れて読むことは出来ないが、見たところアクリル製だ。
熱には弱いハズのアクリルの看板が残っている、ってことは、この辺りは熱波を避けられたのかも知れない。
と言うことは…あの中も無事である可能性がある…
「グレイス」
彼女を呼んでその顔を見れば、すぐにまた俺の影に隠れように移動して身を強張らせる。
良い心がけだな…俺はそんなことを思いながら、拳銃を抜いてその店へと近付いて行く。
踏み込んだ足がジャリっと音を立てたので足元を見ると、そこにはガラスの破片が落ちていた。
ハッとしてあたりを見渡せば、至るところにガラス片が散らばっている。細かな瓦礫も、ここに来るまでよりも多い。
ガラス片が残っているということは、熱波に晒されていない証拠…瓦礫が多いのは、吹き飛ばすほどの衝撃波が来なかった証拠だ…
やはり、あのアクリル製の看板が残っているあの建物の中には、何か物資が残されている可能性が高い…!
俺は自分でも興奮しているのが分かった。そしてそれをグッと自分の胸の中に抑え込む。
胸は高まるし、呼吸が浅くなるほどだ。走り出したい気持ちを抑えて、慎重に砕けた看板の店らしい建物へと近付いて行く。
そこはどうやら個人商店か何かだったようだ。
なんでも売ってる、個人のコンビニエンスストアと言えばいいのか、とにかく食料や酒を確保出来る可能性だってある。
もちろん、無線器のパーツも、だが…
俺たちは店舗の前に来て中を覗き込んだ。床には商品らしきものがあちこちに散乱している。
それも、スナック菓子やジュースのボトルなんか、だ。
まだ中身の入っていたそのボトルを拾い上げようとして、俺はふと、顔をあげた。
何かの音を聞いたからだ。耳をすませば微かに聞こえて来る。
まるで液体か何かをすすっているような、そんな音だ。
103 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:08:54.30 ID:FKmAyK7Ho
誰か、いるのか…?
俺は咄嗟に気持ちを切り替えて、グレイスにそっと人さし指を立ててみせる。
グレイスもとたんに表情を引き締め、ヒュッと息を飲んで頷いた。
それを確かめた俺は、音の出処を耳を頼りに探す。
どうやらその音は、店の奥のカウンターの向こうから聞こえているようだった。
商店の床に転がっている品々を踏みつけないように注意しながら、俺は足音を殺してカウンターに近づく。
商品が散らばり、完全に無人のはずの商店の中は、日の光も届かず照明がともっているはずもないので薄暗く、薄気味が悪い。
自然と、胸に緊張感がこみ上がってきて、拳銃を握っている手が汗ばんでいるのが感じられる。
ドクンドクンと、心臓が脈打つ音も高く大きく聞こえてくるようだ。
俺は、背後についてくるグレイスにも気を配りつつ、俺はカウンターのすぐそばまでたどり着いた。
そして意を決して、そっとその中を覗き込む。
そこには、確かに人間がいた。
身体を丸くし、何かを貪り食っている。
崩壊した街の、電気もなく薄暗い、荒れ果てた商店の中で一人、何かを食う人間らしき姿…
意識していたわけではないが、おそらくこの手の状況もまた、人類の根源的恐怖の一つの形なのだろう。
不気味で、おぞましい、想像が脳裏にもたげ、背筋を悪寒が貫いた。
そして、一歩後ずさりしようとした俺の足が、転がっていたスナック菓子の袋を踏んだ。
バフっと袋が割れる音が店内に響いて、カウンターの中の人間はびくりと跳び上がった。
俺もとっさに銃口を向ける。
だが、次いで俺が見たものは、想像の中のおぞましいものなどではなく、昨晩見かけた少女の顔だった。
「ご、ごめんなさい…こ、殺さないで…!」
彼女は、俺が誰かを確かめる様子もなく、身を丸めてカウンターの中にうずくまる。
その声を聞きつけたのか、グレイスが俺の袖口をクイっと引っ張った。
「今の声…シンシア…?」
「ああ。そうらしい」
俺はそう答えて、いつの間にか詰まっていた呼吸を取り戻そうと深く息を吐き、大きく吸い込んで、また吐いた。
拳銃をホルスターにしまう間に、グレイスもカウンターの向こうを見やって、
それが昨晩俺達にあの“暗号”を残したシンシアという少女であることを確認する。
「シンシア…大丈夫…?」
怯えるようにして体を丸めていた彼女に、グレイスの優しい声が投げ掛けられる。
それを聞いたシンシアは、ハッとした様子で身震いを止め、恐る恐るその顔を上げた。
薄暗くて良くは見えないが、口元には赤い何かがこべりついている。
104 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:09:22.05 ID:FKmAyK7Ho
「ここで、何してるの…?」
「あの…ち、違う…私、違うんです…」
グレイスの穏やかな口調にも、シンシアはぎこちない様子でそう答えた。
と同時に、彼女は身を翻らせて、背後への視線を不自然に遮ろうとし始める。
「大丈夫…何もしないから、大丈夫だよ」
グレイスは相変わらずそう優しい声色で言い、カウンターの中に入ろうと一歩踏み出した。
その瞬間、シンシアもグレイスから距離を取るようにして一歩後ずさる。
俺は、そんなシンシアを見て気づいた。彼女は右腕を自分の背後に回していた。
まるで、握っている何かを見られたくないような、そんな感じだ。
口元の真っ赤な跡…右腕に握られている隠したい物…
荒廃した街の真っ暗な商店の中の、しかも外からは見えないカウンターの中で、何かをむさぼるようにして食べていた彼女…
先ほどの悪寒が、再び俺の背筋を駆け抜けた。
まさか、この子…!
「グレイス、待て!」
俺は反射的にグレイスを引き留め、拳銃を引き抜いてシンシアに銃口を向けた。
「ア、アレックスさん!」
「両手を上げろ…さもなければ、撃つ…!」
グレイスが俺を制止しようとしてくるが、俺はシンシアから視線を離さなかった。
ありえない話じゃない…俺だって、食うに困って大嫌いだった蛇を食らったんだ。
この街に残った食料があるとしても、それが一部の人間に独占されていて、他の者へ行き渡っていないのだとしたら…
人間の理性なんてものは、細い糸も同じ。いつどこで切れてしまってもおかしくはない…
その結果、そんなおぞましいことが起こっても、不思議ではない…
シンシアは震えていた。どうして良いのか分からず、ただ、身をガタガタと震わせている。
「手をあげろ」
俺は、撃鉄を起こしてもう一度そう通告する。
するとシンシアは、震える体を何とか制御して、その両腕を頭の上に掲げた。
見れば、その右手には…フォークが握られている。
薄暗い店内でもそのフォークに付いた赤い液体が、油脂の類を含んだ輝きしているのが見て取れた。
やはり、そうか…ここは…そういう街だったのか…!
俺がそのことを直観した次の瞬間、グレイスが俺の握った拳銃に飛びついてきた。
「おい、グレイス!」
そう叫んで彼女を引き離すと、グレイスはその手に、弾倉を握っていた。
しまった…!
「アレックスさん、落ち着いて!」
「グレイス、それを返せ!」
「ダメです!落ち着いてくれないと返しません!」
俺の抗議にそう言い放ったグレイスは、頬を膨らませて俺に一瞥をくれてから、シンシアを刺激しないようにか、ゆっくりとカウンターの中に入り、
そして彼女をそっとカウンターの外へと促した。
105 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:09:49.75 ID:FKmAyK7Ho
シンシアは、グレイスに危害を加えるでもなく、背を押されるがままに、素直にカウンターの外へと出てきた。
グレイスとシンシアが目の前を通り過ぎたとき、ふと、俺は何かが香った気がして、鼻をスンと吸い上げた。
そして、すぐにその匂いがなんのものであるかを想起する。
…この匂い…もしかして…!
俺はハッとしてカウンターの中に身を乗り出し、シンシアが背後に隠した“それ”を目にした。
開け放たれた缶からこぼれているのは、脂ぎった赤い液体。
そのすぐわきには、その液体が黄白色をした細いひも状の塊と鍋の中でグチャグチャに混ぜられている。
「落ち着きました、アレックスさん…?」
不意にグレイスがそう言ってくる。彼女を見やれば、ほんの少しあきれたような表情で、彼女が俺を見つめている。
「……あぁ、すまない…」
「私も一瞬考えちゃいましたけどね…」
俺が誤ると、グレイスはそう言ってなんとか笑顔を見せてくれる。
だが、さすがにバツが悪くて、俺はシンシアに向き直って素直に謝る。
「驚かせてすまなかった。ちょっと、その…勘違いだ…」
そんな俺の謝罪の意味が伝わったのかどうなのか、シンシアはやはり、怯えた様子で
「あ、あの…ち、違うんです、これ、違うんです…私…」
と震えるばかりだ。
これはひとまず、彼女を落ち着かせる時間が必要そうだ。
俺は、目の前の状況と自分の今の体たらくに、思わずため息を吐いてしまっていた。
まぁ、言い訳ではなく、そう思ってしまったのも無理のない状況だ。
だからといって、あそこまでビビッてしまうのも、大人として甚だ遺憾だ。
だが、シンシアも悪い。事情はあるんだろうが…こんな人気のない、荒れ果てた商店のカウンターの中で食事をしなくてもいいんじゃないのか。
俺は、直接は言ってやれないことを悟って、カウンターの中の“それ”を見やる。
真っ赤でこってりとしたミートソースが絡んだスパゲティは、視覚的にも嗅覚的にも、どうしたって食欲をそそる。
まったく、あれをどうして“おぞましいもの”だと思い込んだのだか、
俺は数分前の自分に「落ち着け」、ととにかく言って聞かせたい気持ちに駆られていた。
106 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2016/08/12(金) 20:10:16.38 ID:FKmAyK7Ho
つづく
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/13(土) 09:59:51.77 ID:ubwmqXUDO
乙乙
楽しく読ませてもらってるけど、グレイスの年齢設定を忘れる不具合が頻発する問題
108 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2016/08/13(土) 11:47:01.63 ID:W956cP2FO
>>107
レス感謝!!
グレイスの年齢は15〜16で固まっているつもりです…
おそらく、グレイスを比較に出したシンシアの方の設定がブレブレなのかとw
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/13(土) 14:37:19.40 ID:bK/wVuDJo
乙
グレイスが頼りになりすぎて困る困らない
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/14(日) 12:11:56.76 ID:jVfNsdfCO
乙
まあ待て。空から100万人レベルの人間が生活できる空間が落っこちてきたんだ。しかもそのほぼ爆心地にいたんだ。
自分を保つ方が難しい。
自分なら5歳くらいまで幼児化するね!
111 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2016/08/14(日) 23:40:15.52 ID:2XdR0e3P0
>>109
レス感謝!
グレイスの精神がいつ折れてしまうのか、心配でなりません。
>>110
フォロー感謝ww
確かに精神おかしくなっても不思議じゃないですよね…
設定ミスったり誤字ったりしても不思議じゃないですよね…ww
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/18(木) 10:05:51.68 ID:TQQeP3T3o
もうアメイジンググレイスだわ
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/18(木) 16:51:34.75 ID:tfJzP0Kgo
これはグレイスがスピンオフで主人公になるパターン
114 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/06(火) 17:06:13.55 ID:qNprhNYSO
せっかくリアルタイムで出逢えたのに、止まってるし(T_T)
キャタピラさん、頑張って。
115 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2016/09/07(水) 21:02:49.73 ID:3tbwXok1o
ほ、保守…!(ひん死)
116 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/07(水) 23:48:25.51 ID:7xs2/OBnO
がんばれ
生きるんだ
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/09(金) 18:45:10.98 ID:j/nvEkoSO
君は生き延びる事が出来るか?!
とりあえず、また「アヤレナ(マカレ)」を読み返してきます(^_^)
118 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/05(水) 12:33:13.08 ID:PdPZe0Uq0
保守(サバイバル中)
119 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 19:59:36.60 ID:em4kvad4o
それからしばらく経った頃、俺達は商店のカウンターの奥にあったリビングのような居住スペースにいた。
商店が無事だったことにも驚きと喜びを感じる。
おそらく、建物の奥に入ったこの部屋は、窓がないぶん、熱波や衝撃波から守られたのだろう。
居住スペースにはソファーやテーブル、映らなくなったテレビなんかが、そのまま置かれていた。
シンシアはあれからも俺達に怯えた状態でこちらの問いかけにも「ごめんなさい」を繰り返すだけ。
グレイスが穏やかな声掛けを続けるとともに、商店内に散らばっていたお菓子なんかを食べさせようとしてもうまくはいかなかった。
そこで、とにかく場所を変えた方がいいのでは、とグレイスの発案で、商店の奥まったこの部屋に来てみたところ、シンシアはようやく少し落ち着きを取り戻した。
俺が手渡したチョコレートをほおばり、グレイスが見つけてきたミネラルウォーターに口を付けたシンシアは、ふぅ、とため息を吐いたあと、ポロポロと涙をこぼし始めた。
それをグレイスと一緒になだめることしばらくで、シンシアはどうにか気持ちを整え直してくれた。
「ねえ、いくつ?」
「私…今年で12…」
「そうなんだ。私の2つ下だね」
「皆さんはどこから…?」
「メルボルンから、歩いてきたんだ」
「メルボルンから?」
「そう。すごい距離だったんだから」
どうにか心を許してくれたらしいシンシアは、グレイスとそんな話題に花を咲かせている。
いや、これはグレイスの気遣いのなせる技、か。
「そっか…メルボルンも、そんなことになっちゃってるんですね…」
「うん…たぶん、コロニーはシドニーかキャンベラの辺りに落ちたんだと思う…大勢死んじゃった…」
「…ここも…似たようなものだよ…」
グレイスとの会話に、シンシアがポツリとそう言った。
もし話を聞くなら、このタイミングだろう。
「この街はどうなってるんだ…?昨日のあれは、逃げろってことだったんだろう?」
俺の問いかけに、シンシアは深くうつむいたあと、大きく深呼吸をして顔を上げた。
「あの…私を、連れて行ってくれますか…?」
「連れて行く…?」
「はい…私の話を聞いて、私が逃げたいって言ったら、皆さんは私を連れて逃げてくれますか…?」
シンシアは、震える瞳で俺を見据えて言った。
その眼には…恐怖と戦うための、か細い決意が宿っているように、俺には見えた。
「途中で行き倒れになるかもしれないが、それでも良いんなら、な」
「あと、ヘビの丸焼きが主食になるかもしれないけど、それでも良いんなら」
俺の言葉に続いて、グレイスがそんなことを言って茶化す。
シンシアはそれを冗談とでも思ったのか、クスっと笑みを浮かべて頷いた。
「行き倒れでも、ヘビを食べることになっても…ここにいるよりはマシです」
その言葉とともに、彼女が浮かべた笑みは鎮痛の中に消えていく。
120 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 20:00:08.82 ID:em4kvad4o
「…もともと、この街にはもう少したくさんの生き残りの人がいたんです」
シンシアは、そう言って静かに語り始めた。
「コロニーが落着してすぐ…この街は大きな爆発に巻き込まれたみたいになって…
キャンプのある街の西側の一部と、それから北部のこの辺り以外は焼かれてしまいました。でも、それでもずいぶん多く生き残っている人たちがいたんです」
「その人たちは…ミスター・ヒューの言ったように、出て行ったのか?」
「はい、かなり早い段階で、街から非難した人たちはいました。生き残った、半分くらいの人達だと思います。みんな、西へ向かっていきました。残った人たちは、ここよりも被害が少なかった西側の街へ避難して、あのキャンプを作ったんですけど…
実は、皆さんが使っている建物にも、住んでいる人がいたんです…兵隊さんくらいの歳の男の人も、たくさんいました…でも、でも…」
シンシアは、そういって震える体を両腕で抱きしめる。そして、強張った声を絞り出すようにして言った。
「でも…みんな…死んじゃいました…」
シンシアの言葉に、グレイスが息を飲む音が聞こえた。
俺も、この街に着いてからアパートを観察していて、ある程度のことは想像していたが…まさか…
「ミスター・ヒューか?」
「はい…みんな、あの人達に…ボブ・ヒュー達に殺されたんです…!」
シンシアは一層体をこわばらせて言った。
カチカチと歯が触れ合う音が漏れも、震える体のガダガダという音すら聞こえてきそうだった。
そんな様子を見て、グレイスがシンシアの肩をギュッと抱く。それでも俺は…何があったのかを、聞いておきたかった。
「…何があった…?」
「あの人達は…若い男の人達にたくさんの頼みごとをして、それが果たされないと、街の外へ連れ出して、銃で殺して…
その死体を焼いてしまいました…東側には真っ黒になった人間の死体がたくさんあるのを知ってます。
同じように焼かれたら、見分けがつかない…」
…その光景を、彼女は見ているのか…
「他の連中は、そんなことを黙って受け入れてたってのか?」
「…そ、そうするしかなかったんです。あのキャンプの食料も銃も、全部ヒューの持っていた倉庫に保管されていたもので…
その他の食料も、誰かが管理したほうが良いってことになって、ヒューが引き受けることに…」
しかし、その直後、彼女はパッと顔を上げて俺に言った。
「言う事を聞くと…私みたいに、焼け残ったお店の残りを自由にする許可がもらえるんです…」
シンシアの表情は、まるで気が触れたように場違いな笑みに染まっていた。
121 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 20:00:38.60 ID:em4kvad4o
「私も…勝手に食料を探そうとしたジェニーって子のことを報告したり…赤ちゃん用の粉ミルクを盗んだ人を見つけたり…
夜に部屋に行って“相手”をすることもあるんですよ。そうすると、こうやって食べたいものを食べさせてもらえるんです」
その笑みが自嘲なのか、それとも自己防衛のためのものなのか、俺には分からなかった。ただ、その気味悪さだけが脳裏に擦る込まれる。
「私、今はみなさんのことを監視するように言われているんですよ。このお店も、そのおかげで好きにして良いって言われて」
シンシアは、嬉々とした表情にも見える奇妙な笑みでそう続けた。
「…俺達のことも、報告するか…?」
思わずそう聞いてしまった俺の言葉に、シンシアは表情をハッとさせてブンブンと首を横に振った。
「もう…イヤなんです…誰かを殺すの…」
一転して沈んだ様子を見せた彼女は、背中を丸めて先ほどとは違う理由で肩を震わせた。
ヒタリ、ヒタリと、涙が床に零れる微かな音が、薄暗い室内に聞こえる。と、不意に体を起こした彼女は、俺の手に縋り付くように飛びついてきた。
「お願いします…私をここから助けてください…もう、こんなところにはいたくないです…行き倒れでも、ヘビを食べるんでも良いですから…お願いします…お願いします…」
シンシアは、俺の手を握って繰り返し、繰り返し、うわごとのようにそう呟き始める。
しかし、俺はそんな彼女から視線を外して、グレイスを見つめていた。
シンシアの肩を抱き寄せて撫でていた彼女は、俺の視線に気付いてこっちをジッと見つめ返し、僅かに首を傾げてみせた。
そんなグレイスに俺は頷き返して、勤めて穏やかにシンシアに伝えた。
「分かった。逃げるときは必ず連れ出してやる。だから、この街についてもっと教えてくれないか?」
122 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 20:01:15.07 ID:em4kvad4o
ミスター・ヒューに用意された小さなランプ二つに入れた火で穏やかに照らされる殺風景な室内の空気は、重苦しく俺達にのしかかっていた。
「なるほど…恐怖と食欲で支配された街、ね」
一通りの説明を終えると、背もたれを前に抱くようにしてイスに座っているカイルがビーフジャーキーを咥えながらそう呟いた。
「その武装は厄介ですね…いくら素人とは言え、ショットガンにアサルトライフルとなると、私達の拳銃だけでは心もとないです」
アマンダは壁際に腰を下ろし、蓋を開けたまま口に運ぶことも忘れたスキットルを手に言う。
「ああ。カイル、お前、弾はどれくらい残ってる?」
俺はベッドに腰掛け、昼間シンシアと話をした商店からくすねた缶詰のコンビーフを食みつつカイルに訊いてみる。
「マガジン二個三十発と、チャンバーに一発。アマンダ、そっちは?」
カイルは腰のポーチから予備弾倉を一本取り出してみせた。残りの一本は、すでに拳銃に装填されている方だ。
「私は、火を起こすのにずいぶん使っちゃったから…あと、12発…」
カイルに問われたアマンダはようやくスキットルの蓋を閉めて、ホルスターから拳銃を引き抜き弾倉を確かめて報告する。
それぞれの残段数の報告を終えた二人の視線が、俺に向いた。
「俺は、15発。ポーチは、どこでなくしてきたんだか、だ」
俺のポーチとホルスターは、メルボルンの基地で避難民の誘導をしていた際に付けていたピストルベルトごとどこかへ消えてしまっている。
思い出す限りでは…おそらく、あのシェルターの中だろう。
俺の拳銃は、カイルが乗って来た61式の中に置き去りにされていたものだ。
三人で、弾は60発に満たない。アサルトライフルのマガジン二本未満だ。
とてもではないが、正攻法の撃ち合いに発展するような事態は避けなければならない。
非常に難しいかじ取りが必要になってしまった。
シンシアから話を聞いた俺は、彼女が落ち着くのを待ってアパートへと帰るよう促した。
本当に彼女から聞いた話の通りの場所であればと思うとためらわれたが、だからと言って今の俺達に彼女を保護するだけの力はなかった。
シンシアの話を信じるのなら、俺達が踏み入れたのは救護所でも雨宿りのできる場所でもなく、私欲と無法のエゴにまみれた世界だったようだ。
この街は、俺達が観察して推測した通りミスター・ヒューを含む三人によって事実上支配されいる様子だった。
街の大型スーパーを経営し、品物などを保管しておく倉庫を持っているヒュー。
街の消防士だったという大男、ゴードン。
そして、雪だるまのような中年女、マギーだ。
コロニー落着後から街を支配した三人は、今や生存者達を奴隷のように扱っている様子だった。
シンシアの話によれば、ゴードンは身近に決まった女性を数人囲い、暴力と性欲を思うままに発散しているらしい。
マギーという女も偏った趣味の持ち主らしく、同じく女を、毎晩代わる代わる部屋に呼びつけているようだった。
ヒューの方はその手の趣味はないらしいが、それでも“王様”でいることの快感に酔っているらしく、無意味な命令を出しては生存者を従わせ、小さなことを咎めて罰を与えることが日課だと、シンシアは語った。
もし何か対応を誤れば俺やカイルはたちまち殺され、アマンダにグレイスは…おそらく、シンシア達と同じ運命をたどることになってしまうだろう。
この街のルールに則って命をつなぐには、俺達はヒューの要望通り、無線機を修理して救助を呼ぶほかにないように思われた。
123 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 20:01:52.50 ID:em4kvad4o
しかし、そう思うがゆえに、カイルもアマンダも、俺が聞いたシンシアの言葉の意味を汲み取りあぐねていた。
「無線機が直ったらいけないんです、きっと」
シンシアは、そう言った。
俺やグレイスがさらに詳しく話を聞こうとしたものの、シンシアはそれ以上を知っているわけではなかった。
ただ首を横に振り
「みんな、そう言ってます」
とつぶやくばかりだったのだ。
「直らなきゃいい、か…」
カイルが酒瓶に口を付けながらそう呟く。
「なんて言ったっけ…ほら、どこかの街の名前の付いた…」
アマンダがスキットルの蓋を再び開けながら、視線を宙に投げた。
「ストックホルム症候群…」
不意に声がしたのでみやると、隣の部屋へと続くドアを後ろ手に閉じるグレイスの姿があった。
「グレイス?」
彼女の言葉が聞き取れず、俺は思わず名を呼んでしまう。
しかし、そんな俺のことは意に介さず
「ニコラとテレンスは?」
とカイルが彼女に尋ねた。
「寝てくれました。二人ともお腹いっぱい食べられて安心しているみたいです」
「そうか…“夜泣き”もなくなってくれると助かるんだがな…」
「ありがとう、グレイス」
グレイスの言葉に、カイルとアマンダが思い思いの言葉を投げかける。
確かにカイルが言うように、ニコラの夜泣きやテレンスの徘徊は収まってくれる方がありがたいし、アマンダの言葉通りグレイスに感謝を伝えるのは必要なことだが…
「グレイス、今、なにか言ったよな?」
改めて俺が尋ねると、グレイスはコクッとうなずいて
「ストックホルム症候群です」
と、寝入ったニコラとテレンスに配慮してか、押しこもった声色で言った。
「あぁ…あの、銀行強盗と人質の間に妙な絆が生まれた、ってやつか」
「はい」
カイルの言葉にグレイスはうなずき、そして俺に視線を向けた。
「あのときのシンシアの様子…おかしいと思いませんでしたか?」
グレイスの言葉に、俺はすぐに思い当たった。
シンシアは、自分の窮状を訴えながらも、“食べさせてもらえる”と口にした。
グレイスに尋ねられるまでもなく、気がかりな発言ではあった。
「確かに…褒美をもらえることはうれしい、って感じだったな」
俺はそのときの手ごたえを思い出して答える。
「はい。もしかしたら、シンシアは逃げ出したいって思って居る一方で、無線機が直ってこの街に救助が来ることを望んでいないのかもしれません…ミスター・ヒュー達の立場を思って」
グレイスの言葉に、俺はあのときのことをもう一度思い出す。
そして、俺の脳裏によみがえったのは、商店で初めてシンシアを見つけたときのことだった。
124 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 20:03:40.55 ID:em4kvad4o
「だが、シンシアがここを抜け出したいって気持ちは本心ではあると思う。それに…あの子は俺達に見つかったときに取り乱して謝っていただろう?」
「ええ、そうでした」
「告げ口された連中がどうなったのか…想像の余地を出ないが、シンシアがそのことに後ろ暗い思いを抱いているんじゃないかと、俺は思う」
そこに、俺とグレイスの会話にアマンダが割って入って
「でも、だからって完全に私達の味方と決めつけるのはどうなんでしょう?」
と疑問を呈した。
「こんな状況で、しかも、この街は普通じゃない。そこで生活している人を普通の感性で測るのは危険だと思います」
「…そうだな…俺も、あまり信用はおけないように思う」
アマンダの言葉に、カイルが同意した。
俺が見て、そして感じたシンシアは…あの笑みは、アマンダの言うように普通ではなかった。
カイル達が心配するように…シンシアの今後の行動は、やはり明らかではないように、俺にも感じられてくる。
状況が状況だ…いっぽ間違って、俺達がこの街の真相を知って対策を立てようとしている、などと話が漏れれば、闇討ちを掛けられる可能性もある。
こっちは俺達三人、60発弱の拳銃しかない。そして、グレイスとニコラ、テレンスを守りながら戦うことになる…少なくとも、そうなってしまうことだけは避けたかった。
「…それなら、シンシアについては慎重に対応しよう…こっちの本音はなるべく避けて、場合によっては欺瞞情報を流してヒュー達の行動を観察する」
そう提案すると、三人はそろってうなずいた。
かすかに重苦しかった部屋の空気が、差し当たっての対応が決まったことで、かすかに緩んだ気がした。
「無線機の修理、ね…まったく、厄介なことを依頼されたもんだ」
そんな雰囲気のせいか、カイルが気の抜けたような声色で、そう口にした。
だが、俺はそんな何気ない言葉にふと疑問が浮かぶ。
さっきグレイスは、この街のヒュー達のためには、無線機が直らない方がいいのかもしれない、と言った。
しかし、考えてみればその無線機の修理を依頼してきたのはほかならぬヒュー本人だ。
ヒュー自身がそれを望んでおきながら、シンシアは直らない方がいい、と言う。
シンシアの言葉は…グレイスの言うように、ストックホルム症候群によるものなのか…?
もし仮にストックホルム症候群のような状況に陥っているのなら、ヒューと同じく無線機が直ることを望むはずだ。
そしてそれはここにいる生存者達にとっても希望になり得るだろう。
それを拒む理由が、どこかにあるってのか…?
そんなことを考え出したとき、不意にギィッと木製のドアがきしんで、隣の寝室からテレンスが姿を現した。
カイルとアマンダの、やや疲労したため息が微かに聞こえる。
125 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 20:04:19.73 ID:em4kvad4o
「皆さん、まだ起きてたんですね」
テレンスは、眠そうな目をこすりながら俺達にそう言ってくる。
「ああ、俺達もぼちぼち寝ようと思って居たところだ」
カイルの言葉にテレンスは
「そうだったんですか」
と返事を返してから部屋中を見まわし
「お父さんとお母さん、どこ行っちゃったんですか?」
と呆けた声色で尋ねて来た。
これが、ここにたどり着いてからのテレンスだ。
記憶が混乱しているのか、それとも精神的に限界に来て現実がきちんと認識できなくなったのか、毎夜起きてきてはこんなことを口走る。
「あぁ、まだ仕事から帰らないみたいだな。あとで電話して、いつ帰れるか聞いておくよ」
カイルがそう話を合わせると、テレンスは眉間にしわを寄せて
「そうですか…ニコラがうなされているから、お母さんの子守歌を聞かせてあげたいなって思ったんですけどぉ…」
と、深刻な様子で言った。
「…テレンス、今日は何時になるかわからないから、代わりに私が行って歌ってあげるよ」
そんなテレンスを見かねたのか、アマンダがそう言って立ち上がる。
「はい、お願いしますぅ」
テレンスはアマンダの言葉にそう言って笑顔を浮かべると、彼女に背中を押されて再び寝室の中へと消えて行った。
バタン、とドアが閉まるのと同時に、俺もカイルもグレイスもため息を漏らす。
別に、テレンスのあの状態が重荷だと思っているわけではない。
いや、確かにつらくはあるが…それ以上に、あんな小さな体と心で、この状況を生き抜くために幻想まで抱いている彼の心持ちを思うと、胸が痛まずにはいられなかった。
「…とにかく、私達も休みましょう」
グレイスの提案に、俺はもう一度ため息を吐いてカイルを見やる。
カイルも大きくはぁっと息を吐いて、俺にかぶりを振って見せた。
「今日の見張りは俺の当番だ…明け方起こすから、頼むぞ」
「ああ」
俺はそうとだけ返事を返し、腰掛けていたベッドに身を横たえる。
カイルが操作したのだろう、ランプの明かりが急速にくらくなって、部屋は寝るにはちょうど良い暗がりになった。
俺だって、目を閉じればあの光景がいまだに目に浮かぶ。
だが…それでも俺は、眠らないわけにはいかなかった。
メルボルンから連れ出したグレイス達三人を無事に安全な場所へ届けなければという思いが、今の俺にとっての唯一の支えであることに、変わりなかったのだ。
126 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 20:05:08.49 ID:em4kvad4o
つづく。
127 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/05(水) 20:06:41.57 ID:em4kvad4o
仕事がアレのアレでほんとに書く暇がなく…申し訳ない…
スレは落とさせはしない…!
投げ出したりしない…!
手抜きになっても、文が荒れていても!
とにかくエタらずに書ききります…
長い目で見守ってくださいm(_ _)m
128 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/06(木) 00:34:37.46 ID:g8AusHU4o
乙
みんながんばれ
>>1
もリアルがんばれ
でもシンシアは告げ口は頑張らなくていいぞ
129 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/06(木) 12:23:17.85 ID:imcXWOiAO
乙カレー
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/06(木) 14:11:22.88 ID:ON2elkY6o
続きが来るならいつまでも待つさ
131 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/06(木) 16:51:18.84 ID:Hy9DTK6ZO
乙
最悪のタイミングで保守ってしまった。恥ずかしい。
重いなあ。裸足のゲンを彷彿とさせる重さだなあ。
子供達の言動が少しだけ異常なのもリアルな狂気を感じる。
ここには僕らのヒーロー、ジャスティスマライアはいないんだ…
132 :
◆EhtsT9zeko
[saga ]:2016/10/31(月) 00:21:42.15 ID:snmR13zLo
保守!がてらになって申し訳ないけど、レスありがとうです!
>>128
シンシアの様子は不審ですよね…
>>130
お待たせしてすみません&感謝!
月一以上のペースでの鈍行運転になりそうです…
>>131
保守感謝!でも、たぶんスレ主のレスじゃないと保守にならない形態だったような…w
ジャスティスマライア…もしかしたら助けに来てくれるかもしれない…!
133 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2016/10/31(月) 00:22:07.69 ID:snmR13zLo
あげちゃったorz
134 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2016/12/05(月) 08:52:35.63 ID:W5PN+brN0
保守
135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/01(日) 06:30:59.18 ID:7RjSO+1kO
あけおめ
コロニーの落ちた地にも明るい未来がありますように。
136 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2017/01/05(木) 14:27:56.75 ID:kbAq6NyhO
保守…orz
137 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/08(日) 20:38:49.42 ID:eUg2JLfSO
あけおめです(^^)/
更新されてないっぽい。
がんばれ、キャタさん。
138 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:07:56.84 ID:c25QX9xBo
翌日の昼過ぎ、俺はグレイスとともに、再び空港の管制室を訪れていた。
午前中に俺達のところを尋ねて来たヒューが、街から集めた電線やら家電のコードなどを山ほど届けに来た。やはり、いやが応にも修理に取り組まないわけにはいかない。
俺はグレイスと手分けをして、黒く煤けた管制室で、焼け残った機器を分解しては、溶けた基盤から使えそうな部品をはぎ取っていた。
正直に言えば、それらが何の部品課なのかを知っているわけではない。ただ、順調な様子をアピールするための偽装工作に過ぎなかった。
「でも、どうしましょうね…」
グレイスが、部品を取り終えた基盤をまとめながら俺にそう投げ掛けてくる。
「今はこれでごまかしが効くかもしれないが、ゆくゆくは何らかの形を示さなきゃならないだろうな…」
「そうですよね…あぁ、私、もう少し工学の授業をちゃんと受けておくんでした…」
俺の言葉に、グレイスが不安気な表情で肩を落とす。
「俺も、もう少しマジメに工兵科の訓練を受けておくんだったよ」
そういって肩をすくめてみせると、グレイスは沈んだ表情を微かな笑みに変えてくれた。
逃げ出す算段も付かない。無線の修理もどうなるか分からない。街の治安回復を図るには、戦力が不安だ。今の俺達には、取り得る選択肢がない。なんとなく息が詰まってしまいそうな心持ちが続いていた。
「やっぱり、無線の修理は難しいんでしょうか?」
「…受信機能だけなら、もしかしたら何とかできるかもしれないが…確証はないな」
「それなら、とりあえず受信機能だけでも復帰させてみるのはどうでしょう?受信ができれば、送信もそのうちできるって考えると思いますし、そうなったら時間を稼げるかもしれません」
グレイスのアイデアに、俺は作業の手を止めて考える。
もし仮にそうしたとして…そのあとはどうする?時間を稼いでも、俺達にはこの街から逃げる手立てはない。いや、ここへ来たように歩いて逃げるという手もあるが、ここ数日は天候も改善傾向にある。もし中部の真ん中で太陽が照りはじめれば、たちまち干からびてしまうだろう。
もし逃げるのでなければ…やはり、この街の治安を回復するしかない。ヒュー達を拘束し、食料を俺達が管理する。緊急事態宣言が解除されていなければ、俺達にも逮捕権があるから法的にも問題はないはずだ。
問題は、相応の抵抗が予想されることだ。ライフルやショットガンを使わせないよう、周到に準備して一挙に制圧する必要がある…俺と、カイルとアマンダの三人で、だ。
どちらも現実的ではないが…しいて言うなら、後者の方が先のことの見込みは立てられる、か…
「時間を稼いで…その期間を使ってヒュー達の動向を把握し、隙を見て、逮捕する…か」
「できそうですか…?」
グレイスの質問に、俺は首を横に振る。この考えには、こっちのリスクは計算されていない。もし俺達がしくじれば、グレイスにニコラにテレンスがこの街で取り残されることになる。
「どちらかにしなければならないんなら、そうする方が良いってだけの話だ。俺にカイルとアマンダだけじゃ、よほどうまくやらない限りは現実的じゃない。今はとにかく、カイルとアマンダが何か良いものをみつけてくれるのを待つのが一番だ」
リスクの話はせず、俺はそう言って自分の案を否定した。無用に怖がらせたくはない…いや、グレイスはおそらくそのリスクがあることも承知だろう。それでもグレイスは、そのことには言及しなかった。
俺達の役割は、とにかく時間を稼ぐこと。そして、街の探索を続けているカイルとアマンダが、俺達に有利に働く“何か”を見つけてくれることを待つ。
「そうですね…」
グレイスはそうとだけ言って頷き、中断していた基盤の分解へと戻る。
その表情は、微かに憂いを帯びているような、そんな気がした。
そんなとき、コツコツとこの管制室に続いている階段を登ってくる足音が聞こえた。
グレイスが顔を上げ、俺を見やる。俺はグレイスに頷いて見せ、さも、真剣に作業をしている体を装った。
ほどなくして管制室に姿を見せたのは、やはり、シンシアだった。
139 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:08:55.03 ID:c25QX9xBo
「こんにちは…」
シンシアは、俺達の顔色を探るように、そう挨拶をしてくる。
「あぁ、シンシア。今日も来るのかな、って思ってたところだよ」
グレイスが突然そんなことを言って、俺に肩をすくめた。こっちが警戒しているのを悟らせるわけにはいかない…か。
「あれからは大丈夫だったか?」
俺も、さもシンシアを案じていたようにそう聞いてみる。いや、本当に彼女の身を案じていなかったわけではないが…
俺の言葉を聞いたシンシアは、力のない笑顔を浮かべてみせた。
「はい、昨日は呼び出しもありませんでしたし、平気です」
「そっか。それなら良かった」
グレイスのそんな相槌を聞いて、シンシアはその笑みをうっすらと苦笑いに変える。
そんな様子を不思議に思いつつ、俺は“作業”に戻った。
すると、そんな様子を見咎めるように、シンシアが口を開く。
「あの…」
俺は作業の手を止めて顔をあげた。グレイスも、焼け残った基盤を手に、シンシアを見つめる。
「…あの、私に何か、できることありませんか?」
シンシアは、戸惑いに掠れそうな声色でそう言った。その表情は、不安におびえているようにも見える。
「手伝うように言われたのか?」
俺は、無意識にそう尋ねてしまう。グレイスが何かを言いたげに俺に視線を送ってきたが、シンシアは少し体をこわばらせて
「いいえ…でも、連れて行ってもらいたいから、だから…お手伝いを…」
と言い募る。
「手伝ってることがバレても大丈夫なの?」
シンシアの言葉に、今度はグレイスが尋ねる。
「うん…どうやって見張るかは、私次第だから…」
そう言ったシンシアは、キュッと身を縮こまらせた。
「…ね、アレックスさん。何かやってもらえそうなこと、あるかな?」
俺は一瞬、グレイスの言葉の意味を考える。
…もし、シンシアが俺達を探る目的でここに来ているのだとしたら、ここで断ってしまえば、何かを隠している、と勘繰られる可能性がある。
適当な役割を与えて、俺達の意図を誤魔化すことは必要…か。
グレイスがそう考えたかどうかは分からないが、俺は彼女の意味ありげな言葉を聞いて、そう判断した。
「そうだな…ドライバーは使えるか?できるなら、そっちのパネルをドライバーとバールでこじ開けて、中の基盤を取り出してほしいんだ」
俺は、シンシアが寄りかかっていた壁に張り付いていた配電盤のような金属の箱を指さして言う。するとシンシアは、微かな笑みを浮かべたように、俺には見えた。
「はい…無線を作るのに使う…んですよね?」
「あぁ、そうだ。ミスター・ヒューの頼みごとには応じておかないとマズイんだろう?」
俺の言葉に、シンシアはコクリと頷いて、床に放ってあったドライバーを拾い上げ、箱のネジに突き立てはじめた。
その疲れた顔には、やはり微かな笑みが見て取れる。
俺にはそれが、やはり奇妙な感覚に思えて仕方なかった。
そんなシンシアを横目に、俺はとにかく管制装置から取り出した基盤から、それらしいパーツを剥がし取る作業を続けた。
こんな時間稼ぎがどれほど持続するかは分からないが…だが、とにかく、それっぽく見えるように振る舞っておかなければ。
140 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:09:21.05 ID:c25QX9xBo
「シンシア、この街で電源の確保はできそうか?」
「えっ…電気、ですか?」
「ああ。広域に無線電波を飛ばすには、それなりの電力が必要なんだ。なるべくでかい出力を確保しておきたい」
それがなければ発信はできない、などとは決して言わない。
シンシアは、拾い上げたバールを胸に抱えるようにして
「…わかりません…ヒューの倉庫には、電池なんかはあると思いますけど…発電機の類は、みたことありません」
と肩を落とす。
それを聞いて、俺はため息を吐いてみせた。
「そうか…それならやっぱり、電気については後回しにするしかないな。まずは回路をなんとかしないと…」
「その…回路は、作れるんですか?」
「あぁ。パーツ集めには時間が掛かりそうだが、生きている部品さえそろえば、無線機の回路はそう複雑じゃない」
もしミスター・ヒューに報告されるのなら…
俺はそれを想定して、シンシアにそう説明をした。
シンシアは、その話を聞くや、急に顔つきを難しそうに変えた。
「も、もし…無線機が作れるとして…逃げ出すのは、いつですか?」
「…それはまだ、計画中だ。できれば、無線機を引き渡した直後くらいがいいと思うんだが、まだ、方法が見つけられてない…」
「エレカでもあればいいんだけどね…」
俺の言葉に、グレイスもふと話を合わせてくる。
「エレカ、ですか…」
俺とグレイスの会話の裏に気付いた様子のないシンシアは、作業の手を休めて、そう宙を見据えて考え込む。
シンシアとあの商店で別れたあと、俺とグレイスは本来の目的だった探索も行った。無線機に相当するものはみつからなかったし、エレカなんてのも、形は留めていても、機関部は黒く焼け焦げてしまっているものばかりだった。多少は期待をしてもみたが、結局、生きた無線もエレカも見つけることはできなかった。
もしかすると、街の焼け残ったあの場所に詳しそうだったシンシアなら、何か心当たりがあるのではないか…
俺は、ふとそんなことを思ってシンシアの言葉を待つ。
しかし彼女は、力なく首を振った。
「ごめんなさい…私の知っている地区では、動きそうなものは見たことありません…」
彼女の顔は、落ち込んだ様子だ。
「そっか…」
グレイスも、分かっていたはずだが、そう言って肩を落とす。
「まぁ、そう都合良くはいかない。この無線機を直して、救助要請をする方が、おそらく現実的だろう」
俺は、それもまた現実的なんかではないことを承知の上で、シンシアにそう聞かせた。
するとシンシアも神妙そうにうなずき、止めてた作業の手を再び動かし始めた。
それを確かめ、グレイスと視線を合わせてから、俺も俺の作業へと意識を向けた。
そんなときだった。
パタパタと軽快な足音が聞こえてきたかと思ったら、管制室にテレンスが飛び込んできた。
「アンテナの材料、持ってきたですよ!」
テレンスは高々とそういうなり、持っていた何かを両手で掲げてみせた。
141 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:09:49.64 ID:c25QX9xBo
「テレンス、それ、なあに?」
グレイスがテレンスにそう声を掛けつつ、傍らに現れたカイルに視線を送った。
カイルは、グレイスとテレンスのやりとりを聞いて、呆れ顔で肩をすくめている。
「…なんでも、周波数操作は、無線機に組み込むようなコイルより、アンテナそのものに組み込む方が、より共振が得られる…だそうだ」
その言葉の意味を理解するよりも早く、テレンスが
「そうなんですよぉ!デジタル無線みたいに範囲の狭い周波数を、小さなコイルで捕まえるのは大変なんです!」
と主張する。
「な、なに言ってるの、テレンス…?」
グレイスが作業の手を止めて、テレンスにそう問いかけた。するとテレンスは不思議そうに首をかしげながら
「なに、って…無線機を作る話じゃなんですか?」
と、いかにも不思議そうな表情でグレイスに聞き返した。
俺は、いや、俺以外の誰しもが、一瞬、固まった。これは…テレンスがいよいよ、眠る間際以外の時間もおかしくなりはじめているのか…それとも…
「お、おい、テレンス」
「はい?」
「お前、無線に詳しいのか?」
「んー、詳しいってほどではないですけど、僕は電子工学専門です!」
で、電子工学…専門?まさか、テレンスはまだ○歳だと言ってたはずだ。そんな子が専攻のある学科に通っているなんてことがあるのか?
俺は、そう思ってグレイスを見やる。
グレイスは、テレンスの言葉に目をパチクリさせていた。
「…まぁ、とにかく…テレンスの考えを聞いてみようじゃないか」
そんな俺達の様子を見て、カイルがシンシアをチラっとみやり、言葉を選んでそうテレンスを促した。
「あ…あぁ、そうだな。テレンス、どうするのがベストだと思う?」
俺も気持ちを持ち直してテレンスにそう投げ掛けた。
シンシアの視線を意識することを忘れるわけにはいかない。
俺の言葉にテレンスは、ほんのわずかに考える素振りを見せてから、俺とグレイスが掘りだしたパーツの山を漁り始める。
「モデムがあると良いんですけどねぇ…カイルさん、連邦軍の無線の変調方式知ってますか?」
「…ん……い、いや…」
テレンスにそう尋ねられたカイルは、鈍く反応して首を横に振る。
変調…ってのは、音声を電気信号に変換することで…いくつかの種類がある…俺が兵学校で習ったのは、その程度だ。無論、同期だったカイルも同じだ。
「そうですか…どうしようかなぁ、これはFSKの変調器で…あ、これ、SS変調器かな?ね、アレックスさん、どれが良いと思いますか?」
テレンスが、パーツの山の中からいくつかを選び出して、俺の方に並べてみせる。
「……ええっと…これが…」
「FSK変調が良いですか?でも、あんまり遠くの通信は拾えないですよ…?」
「…そ、そうだな…」
「SS変調か、OFDMの方が遠くまで届きますけど…OFDMは、作り方が難しくて、僕は分かりません」
テレンスは、そんな聞き慣れない単語を並べてから、俺の顔を見つめてきた。
俺は…なぜか冷や汗をかきながら、テレンスに頷いてみせる。
142 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:10:17.11 ID:c25QX9xBo
「お、オーエフディーエムは、機材も足りないかも知れないな…」
OFDM、というアルファベットの文字列が、いったい何の頭文字から来ているのか想像すらできないが、とりあえず難しいものだという認識の元に、何とか話し叱責以外の関わりで、話を合わせる。
「そうですね。でもSS変調は種類がいっぱいあるので…これ、たぶん、FHSSの方かなぁ…どう思います?」
そのことを知ってか知らずか、テレンスはとにかく、俺とカイルの意見を求めてくる。嫌な汗が噴き出て来る。
「も、もっと単純な構造の物の方が良いかもしれないな…」
カイルも、シンシアの様子を見ながら、当たり障りのない返答をして、テレンスに言う。すると、それを聞いたテレンスは、ポンと手を叩いて言った。
「じゃぁ、VHFかUHFですね。古い形式ですけど、今でも航空無線とか消防隊とかが、デジタル通信の予備で使ってるんですよ」
「UHF…」
それなら、聞いたことがある。訓練の際に、小隊間の近距離用簡易無線として使っていた小型の無線機が、そのタイプの電波を使っていたはずだ…
「パーツは、足りる?」
「これとこれは、UHFのモジュールですから、たぶん大丈夫です」
グレイスの問いかけに、テレンスが山の中から、また別のパーツを二つ取り出して掲げてみせる。
「よ、よし…それなら…テレンスにも無線機の復旧を手伝ってもらうか」
俺は、カイルとグレイスに視線を送りつつ、そう言う。二人はコクコクと小さくうなずき、俺の言葉を聞いたテレンスは、
「やりますぅ」
と、相変わらず気の抜けた声で意気込んで見せた。
143 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:10:51.55 ID:c25QX9xBo
「へぇ、テレンスが?」
その日の夕方、周囲の探索から戻ったアマンダに、昼間のことの次第を説明すると、単純にそう感嘆をあげた。
管制室から持ってきた板に配線や
だが、俺もおそらくカイルも、その反応が微妙におもしろくなかった。
「大変だったんだ、口裏合わせるの」
俺がため息を吐いて言ってカイルを見やると、彼は肩を竦めてアマンダを見やった。
「テレンスは、まだ状況をうまく受け止められてませんから…」
グレイスが苦笑いで、そんな俺達をなだめるように口にする。
俺達のやり取りを見たアマンダは、昼間の様子をなんとなく察してくれたようで
「…想像は、つきますけど…」
と曖昧な笑みを浮かべ、
「それでも、受信器くらいは作れそうな感じなんですよね?」
と、端的な情報を確認してくる。
その質問に、俺はカイルとグレイスと視線を合わせた。二人も同じようにそれぞれの顔を見やる。
「え、どうしたんですか?できそうもないんですか?」
アマンダが、急に怪訝な表情になって矢継ぎ早に問いかけてくる。
そんなアマンダに、俺は首を横に振ってこたえた。
「できないどころか…ほぼ完成した」
「えぇ!?」
アマンダは、ガタンとイスを蹴って立ち上がった。
アマンダが驚くのも当然だろう。俺だって、驚いたんだ。
あれからテレンスは、焼け残った木の板に瓦礫から掘り出した炭の欠片で設計図を描いた。
そして、その通りに配線をつなぎ、スピーカーなんかの足りない部品もテレンスの指示でコイルを巻き、磁石を使って再現し、ヒューからの物資に入っていた乾電池を直列で三つ
、その回路に接続したら、だ。
「普通に、音が出た…空電ノイズだがな」
カイルがお手上げだとでも言いたそうに、両手を掲げてそう告げる。
「テレンスの話だと、周波数のチューニングをする装置はアンテナ側に設けた方が感度が良いそうなので、明日、あの管制塔の上に設置しようという話になりました」
「あとは、受信器のデモジュラー…テレンスは復調器、とかって言っていたが、とにかくそいつが、電波情報を音声に変換できるタイプの電波を捕まえられさえすれば、少なくとも受信は問題なくできるようだ」
俺がアマンダにそう説明をすると、アマンダは、はぁ、と感嘆して、イスに腰掛け直そうとして、倒れていたイスに気付かず、盛大に尻餅をついて小さな悲鳴を上げる。
アマンダがあっけにとられるのも当然だ。それを目の当たりにした俺やグレイス、カイルは、しばらくテレンスが正気なのかを本気で疑っていたくらいだ。
だが、回路の図面を描き、実際に配線で部品やいくつかの装置をつなげるテレンスは非常に理論的で、少なくとも妄想や幻想の類の、支離滅裂な印象は受けなかった。
おそらく…本当にテレンスは、あの手の機器については、大人顔負けの知識を持っているようだった。
「それで、かな。今日は良く寝てますもんね」
アマンダがそう言って、テレンスとニコラが寝ている寝室の方を見やる。
ドアは開けたままになっていて、その薄暗い部屋の中から、テレンスの穏やかな寝息と、ニコラの寝苦しそうな呻き声が聞こえていた。
144 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:11:20.30 ID:c25QX9xBo
「ちょっと、ニコラの様子、見てきますね」
グレイスがそう言ってソファーから立ち上がる。
「すまないな、グレイス」
世話になりっぱなしの彼女に、それでも俺達は頼らざるを得なかった。しかし当のグレイスは、穏やかな笑顔を浮かべて
「いいえ」
とかぶりを振って、微かな足音をさせながら、寝室へと姿を消した。
それを確かめたカイルも、大きく伸びをする。
「さて…俺達も休むか」
「そうだな。見張りは…今夜は俺から、か」
「代わりましょうか、曹長?」
「いや、大丈夫だ」
俺はアマンダの申し出を断って、拳銃のスライドを引き、チャンパーに弾が装填されていることを確かめてから、セーフティを掛けた。
それから、カイルが座っていたソファーに腰掛けた。ベッドの方へと移動したカイルが放ってくれたブランケットを膝に掛け、柔らかなソガーのクッションにゆったりと身を預ける。
アマンダが、部屋を照らしていた手動充電式のバッテリーランタンの明りを落とした。
部屋中が一気に暗くなり、一瞬視界が奪われた後に、防寒用にと張った窓ガラス代わりの透明なビニールシート越しの月明かりで、うっすらと室内の景色が浮かび上がった。
俺は、ソファーの感触を確かめながら、大きくため息を吐く。
日中から無意識に力が入っていた肩から、ゆっくりと力が抜けて行くのを感じた。
それから、しばらく。
ほんの数分か、それとも一時間ほどか、静寂に包まれていた部屋にカイルとアマンダの寝息が響いてきた。半分意識を覚醒させなががら、一方で遠くの方でそれを聞いている、奇妙な感覚だった。
ふと、そんなとき。
遠い意識のかなたで、俺は何かを聞いた。
音、音だ。上空を、ジェット戦闘機が飛んでいるかのような、腹の底に響いいてくる空気を切り裂く轟音と、耳をつんざくエンジンの高音とが混じったような音だ。
―――まさか…偵察機か?
俺はハッとして、ソファーから立ち上がり窓の外を見上げた。
そこには、夜空を星のように跳びぬける飛行機のアンチコリジョンライトは見えなかった。
代わりにそこには、真っ赤に染まる、コロニーの前面部が広がっている。
空気を切り裂き、地鳴りを轟かせ、コロニーがこの街へと落ちてくる。
心臓が止まり、背筋がすくみ上った。
145 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:11:48.10 ID:c25QX9xBo
―――ジオンのやつら、別のコロニーを!?
俺は、もう動くことすらままならなかった。逃げなくては、と思えど、手も足も、声を上げる喉すら動かない。
ただその場で、迫りくる絶対的な恐怖に押しつぶされるのを待つことしかできなかった。
「……!!!」
俺は、呼吸が苦しくなって、目を見開いた。
目に映ったのは、眠る直前に見た部屋のまま。迫りくるコロニーの赤熱した色ではない、冷たく穏やかな、月の光に包まれた光景だった。
「………夢か…」
俺は、いつのまにか乱れていた呼吸を整えよう、大きく深呼吸して、首筋に掻いた汗をぬぐう。
テレンスやニコラばかりがやられているわけではない…俺も、おそらくはカイルもアマンダも同じ、か…余裕があるように見えるグレイスすら、同じかもしれないんだから…
俺はそんなことを思いながら、渇いた喉を潤そうとソファーから立ち上がろうと、足に力を込めた。
その瞬間。
何か、冷たいものが俺の喉元に押し当てられた。
そして、耳元で小さく囁く声が聞こえる。
「動くな」
掠れた、しかしそれでも鋭い、女の声だった。
146 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:13:27.19 ID:c25QX9xBo
つづく。
やはり、あれです。
幼女とトロールや、カリフォルニアの雪のせいで、長文化しないと投稿しちゃいけない病から抜け出せていなかったようで。
思えばアヤレナの頃は、ワンシーンを小出しにするペースだったよなぁ。
ということで、もしかしたら更新ペースアップかもです。
よろしくお願いします。
147 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/16(月) 00:19:54.28 ID:c25QX9xBo
まずった。
テレンスは、10歳です…
148 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/16(月) 09:10:56.97 ID:TYhuaal3o
乙
アメイジング テレンス…
149 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/16(月) 12:28:12.15 ID:x4z8EwTRO
乙
テレンス君、そのうち球状のペットロボット自作しそうですね(笑 「グレイス!ゲンキカ!」
読者としてはこの量でもちゃんと山と谷と引きがあるのだから何も心配しておりませんよ。
一回の投稿量が少ないと週刊連載の漫画家さんのようなご苦労がおありでしょうけど、その辺は細かい規則もないのでご自分でやりやすい量とか自ずと出来上がってくるのでしょうね。
150 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/16(月) 20:54:46.37 ID:Rkh5AjRFo
乙
1レスでこの量でこのレス数なら結構多い……少なくとも少ないってことはないと思います
しかし最後のは誰の声なんだ一体
151 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/21(土) 16:11:06.79 ID:TDk0dcNSO
更新きた(^_^)
しかもなんか波乱の予感。
152 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/28(土) 00:24:52.00 ID:mgmumeHYo
レス超感謝!
こんなに間が空いているのに読んでいただける人がいるなんて…
こんなにうれしいことはないっ…!
つづきです。
153 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2017/01/28(土) 00:28:39.88 ID:mgmumeHYo
…と思ったら、USBが壊れた…orz
バックアップ、取りに戻るので、土曜中にはアップします…T_T
154 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/28(土) 00:53:55.55 ID:h3BdxT0Ko
oh...
155 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/28(土) 06:53:46.73 ID:Z9EMWce9O
お、乙……?
??「キャタ!こいつをガンダムの記憶回路に取り付けろ。すごいぞぉ、USBの反応速度は数倍に跳ね上がる!」
酸素は足りてる。
156 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2017/01/28(土) 23:48:19.43 ID:mgmumeHYo
>>155
酸素足りてない口ぶりwwwwww
お待たせしました、あんまり長くはないですが、続きです。
157 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/28(土) 23:48:55.57 ID:mgmumeHYo
何か、冷たいものが俺の喉元に押し当てられた。
そして、耳元で小さく囁く声が聞こえる。
「動くな」
掠れた、しかしそれでも鋭い、女の声だった。
―――しまった…!ヒューの差し金か…!?
俺は、咄嗟にそう感じて、握っていた拳銃を腰の後ろに隠す。
見れば、暗がりの中にも2人、人影が立っているのが見える。それぞれ、寝入っているカイルとアマンダの傍で、二人が目を覚ました際に制圧する準備をしているようだ。
―――抵抗は…無理か…
その状況では、二人はすでに人質にとられているも同然だった。それを認めた俺は、ひとまず、努めて落ち着き、声の主に尋ねた。
「誰だ…?」
だが、その質問に声の主は答えず、
「無線機はどこだ?」
と、端的に要求を突き付けてきた。
―――無線機が、狙いか…
「ここにはない。だが、まだ完成もしていないぞ?」
俺が言うと、女は首筋に当てている冷たい何かに力を込めた。
「嘘を吐いても無駄よ。通信を傍受できる状態だってことは、分かってる」
女のその言葉に、俺は瞬間、思考を走らせる。
その情報を知っているのは、俺達以外では、空電ノイズの音がした場面に居合わせたシンシアだけ…
シンシアが無線修復の進捗を報告していたことになる。
やはりシンシアは…あのヒュー達と連帯意識があるのか、もしくは、善も悪も分からないほどに混乱しているのだろう…
だが、俺はすぐにそんな思考を頭の隅から追い出した。
今は、俺達の身の安全を守らなればならない…
「嘘じゃない。空電ノイズは出たが…それはスピーカーに電源が入っただけで、電波の受信機能が生き返ったのとは違う」
俺の言葉に、背後の女が、微かに動揺する気配が伝わってきた。
カイルとアマンダの傍にいる二人も、微かに落ち着かない様子を見せて、俺の背後にいる人物に視線を送っている様子が窺える。
「どうする…?」
二人のうち、カイルの方にいた一人がそう言葉を発した。こっちも女の声だ。
「…どちらにしても、無線機があるのはまずい」
俺の背後の女がそう答えた。
―――まずい…?
俺は、その言葉に引っかかった。無線機の修理は、ヒューから依頼があったんだ。あってはまずいものの修理を依頼するなんてことがあるのか…?
頭の中でその疑問の答えを探す。屁理屈をこねればいくらでも理由は思い浮かぶが、現実的に筋が通るかと考えると、どれもしっくりこないように感じる。
「で、でも…じゃぁ、どうするの?」
不意に、今度はアマンダの傍にいるもう一人が弱々しい声色でそう意見した。こちらも、やはり女の声…
「決まってるでしょ、無線機は壊さないと…それを修理できるこの人達も、始末する…」
「だけど!そんなことしたらヒューの奴が黙ってないよ…!?」
「で、でも……くっ…」
アマンダの傍の女に言われ、背後の女がさらに動揺している。
158 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/28(土) 23:49:32.21 ID:mgmumeHYo
事情は呑み込めないが…こいつら、計画を立てて俺達のところへ来たってわけではないのか…?
俺は、三人の会話を聞いて、ふと、そんなことに思い至った。
無線があるとまずい。俺達がここにいることも好まず、しかし俺達に始末をつけると、まずい…
「おい、一つ聞いて良いか?」
俺は、三人がつぶさに緊張するのを感じながら、そう言葉を発した。
首筋に充てられた何かが首に押し当てられる力は強くなるが、それでも、まだ、皮膚が切り裂かれるようなことにはなる気配はなかった。
「ヒューとは、別口なのか?」
俺のその問いへの答えは、至極単純だった。
「あんなやつらと一緒にするな」
背後の女が、呻くような声色で言う。
だが、待て…あまりうかつなことをしゃべりすぎるのもまずい…
俺達を試す、ヒューの罠ではないか、そんな疑念が俺の中に生まれて、次の言葉を思いとどまらせる。
一呼吸おいて、俺は頭の中を整理し、言葉を言い換えて彼女たちに伝える。
「事情は良く分からないが、協力できることがあるのなら、なんでもする」
「ほ、本当!?そ、それなら…!」
「黙って、ニッキー!」
俺の言葉を聞き、何かを言いかけた弱々しい声色の方の女に、俺の背後の女が声をあげて制止する。
「でも、マーサ…この人達を簡単に殺すわけには…」
「分かってる…!」
緩み掛かった首筋の何かに再び力がこもるのが感じられた。
「軍人さん…この街から出て行ってくれない?」
…やはり、どうやら事前の密な打ち合わせがあってここへ来たのではないらしい…
「俺達は軍人だ…困ってる人がいるなら、助けになる義務がある」
しかし、あくまで俺の答えは“どちらにも取れる”回答だ。
「ね、ねぇ、マーサ…助けてもらう方が良いって」
「ミキの言うとおりだよ…」
カイルとアマンダの傍にいる二人が、口々にそう主張する。俺の背後の女がさらに激しく動揺した。
重苦しい沈黙が、室内を包み込む。
だが、それもほんの一瞬だった。
不意に、ギィッと音が聞こえて、三人のどれとも異なる女性の声が、室内に低く響いた。
「動くなっ!」
三人の女達全員が、瞬間的に身体をビクリと震わせる。俺は、その瞬間を見逃さなかった。
首筋に何かを押し当てている背後の女性の手首をつかみ、力任せに前方へ投げを打つ。女性の体は軽く、想像した以上に簡単に、彼女は俺の目の前にドシン、と腰を打ち据えた。
俺はすぐさまその首に腕を回し、こめかみに銃口を突きつける。
「動くな、抵抗すれば、発砲する」
俺のその言葉を待っていたように、
「お前らも、動くなよ」
と、カイルの声が部屋に響く。と、ベッドに寝転んでいたカイルとアマンダが、二人の女性に銃を突きつけながら立ち上がった。
159 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/28(土) 23:49:59.15 ID:mgmumeHYo
俺は、それを確かめて一息、ふうとため息を吐く。
どうやら二人とも、どこかのタイミングで眼を覚ましていたようだった。
俺は、二人が確実に女性たちを制圧したことを確かめてから、このきっかけを作った俺達の中で最も機転の効く策謀家に、感謝の言葉を伝える。
「助かった、グレイス」
俺が頭を振ると、そこには、隣の寝室のドアを開け、女たちの注意を引くための第一声をあげてくれた、グレイスの、ホッとした表情が見えた。
160 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/28(土) 23:51:15.39 ID:mgmumeHYo
「それで…あんた達は、なんなんだ?」
形成が逆転した今、今度は質問するのはこちらの番だった。
俺にカイル、アマンダとグレイスの四人で、部屋に踏み込んできた三人を取り囲んみ、電池式ランプを微かに灯らせて、それぞれの顔を確認する。
俺の首に、裂けた鉄板の破片をナイフのようにしたものを突き付けていたマーサは、俺やカイルと同い年くらいか、やや年上に見える暗い色の髪と瞳をした細身の女性だった。
三人のリーダー格と思われ、彼女は俺から視線を逸らし、口を真一文字に結んでいる。
仕方なしに、俺は別の一人へと質問を投げかける。
「いったい、何が目的だった?」
カイルの制圧を担当していたミキは、若く小柄な極東アジア系の女性で、こちらも背中を丸めてはいるものの、マーサと同じように、口をつぐんで視線もあわさない。
アジア系の人間のそんな頑なな様子は、あまり追い詰めると自決でもしてしまうのではないかとすら感じる。
それならば…と、俺は最後の一人、アマンダの制圧を担当していたニッキーに目を向ける。彼女は、声色から想像できたように、他の2人に比べても一段と幼く、そしてこの状況に怯えていた。
「無線機に、何か用があったんだな?」
俺が拳銃をチラつかせてそう尋ねると、ニッキーは身を震わせて言った。
「無線機…困るんです…」
「困る?救助を呼ばれると都合が悪い、ってのか?」
「救助が来ることが分かったら…私達、殺されちゃうから…」
「ニッキー!」
そんな彼女の名を、マーサが鋭く呼んだ。とたんにニッキーは、体をびくっと震わせて唇を噛み締めて押し黙る。
「悪いが、俺達も自分の身が大事だ。状況も分からないまま殺されるのはごめんだからな…知ってることは、喋ってもらう」
俺はマーサに視線を送って、なるべく低い声色でそう伝える。
すると、マーサが、
「はぁ…」
とため息を吐いて
「分かった…話します…」
と何かを諦めた様子で口にした。
「皆さんは、この街のことをきちんとご存じですか?ヒューと、消防士のゴードンと、元はナースだったっていう、マギーが牛耳ってる、ってこととか…」
マーサの話は、シンシアから概ね聞いていた。それでも俺は、警戒して、なるだけ当たり障りのないようにと
「あぁ、聞いてる」
とだけ答えた。
161 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/28(土) 23:51:58.60 ID:mgmumeHYo
マーサは、その返答のみで十分だったのか、さらに口を開いて話しを続ける。
「あいつらは、ただ威張ってるだけじゃないんです。人を殺したり、殺させたりもして、自分たちの立場を作ってきて、そして、維持してます」
「だからっ!無線機が直ってしまうと、私達殺されてしまうんです!」
不意に、マーサの言葉にかぶせるように、若いニッキーがそう声を上げた。
だが、俺はまだ、頭の中で話がつながらず、
「まて、だから…それは、どうして…?」
と首をかしげてしまう。
だが、それもほんの束の間。
「…そっか…そうですよ、アレックスさん…」
そう声を上げたのは、やはり、というか、カイルでもアマンダでもなく、グレイスだった。
「ヒュー達は…ここに、自分達が把握していないタイミングで救助隊に来られてしまうことが、一番怖いんです」
「どういう意味だ?」
俺はグレイスの言葉の先を促す。
「もしここに、突然救助が現れれば、ヒュー達は軍に、犯罪者として逮捕されてしまう…だから」
「そうか…!無線機を修理しろってのは…そういうことだったか!」
グレイスの言葉に、カイルがハッとして声をあげた。
「はい…ヒューはきっと、無線機で救助の情報を得て…もしこのバララトに救助がやってくるようなら…」
マーサが顔色を青くし、消え入りそうな声で呟いた。
「すべての証拠を消すつもり、か…そのために、無線機の修理…」
カイルがそう言い添えて、そして黙り込む。
まさかとは思ったが…そう、考え直せば、そうなるのは自然だ。
ヒューは救助を呼ぶことも、ここへ救助が来ることも、望んではいない。今、やつらはこの秩序を失った街で、王として君臨しているんだ。
軍が入り、現実的な力と秩序が戻れば、それが失われるどころか、街の他の生存者たちこれまでの横暴を洗いざらい話され、逮捕は免れない…
なぜ、考え付かなかったのだろう。ヒューが無線機の修理を求めてきた、そのときに…
「あいつらは、必ずそうします…少しでも長くここでの生活を維持して、そして確実に安全な方法で逃げおおせるために、ヒュー達は無線機が必要だった。でも、ここでヒュー達に従わなきゃいけない立場の私達は、救助が来るとなったら、きっとみんな殺されてしまう…今まで、殺されてしまった人達と、お同じようにっ…!」
マーサがそう言って、身を震わせ、ニッキーもミキも、俯いて体をこわばらせた。
そう…だから彼女たちは、俺達を襲って無線機を破壊しようとした…無線機が音を発したという情報を仕入れて、たいした計画をたてず、慌ててここに踏み込んできたんだ…
「シンシアが言ってた…無線機は直らない方が良いのかも、って…あれは、そういうことだったんだ…」
グレイスがそう言って息を飲んだ。
162 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/28(土) 23:52:25.74 ID:mgmumeHYo
「無線機が直らなくてもきっと私達は殺されるけど…直ったら直ったで、たぶん、ここの住民と一緒に殺される可能性が高いですよね」
アマンダが腕組みをしたまま、渋い表情をして俺にそう聞いてくる、
「そうだろうな…」
おそらく、そうなるだろう。無籍が直れば、俺達は用済み。完成させられなければ、タダ飯食らい…それは、これまで想定してきたことと同じではあるが…
「本当に、私達、人質に取られてるみたい…」
以前も感じたが、いざ、こうして新たな真実を突きつけられると、ここは安息の場所でも、避難所でもなかった、ということを再認識させられる。
本当に、とんでもないところに足を踏み入れてしまった…
「おい、マーサって言ったな」
不意に、カイルが彼女の名を呼んだ。
「はい」
と、マーサは正気を取り戻したように、目の焦点を合わせてカイルを見つめる。
「ヒュー達を良く思っていない連中は、いったいどれだけいる?」
「えっ?」
「具体的に何人で、年齢層はどれくらいだ?」
「え、えぇっと…たぶん、信用できるのは…15人、くらいは…」
「15、か…」
「カイル?」
カイルの唐突な質問に、アマンダが怪訝な様子でカイルを見つめる。
「カイル、お前、まさか…」
俺はカイルの真意を察して、息が詰まるような感覚に襲われつつ、先を促す。
俺の言葉に、カイルはコクっと頷いて
「逃げることができないんなら、食い破る他に選択肢はないだろ。人数と、それからある程度の火力さえ揃えば…あるいは…」
と言葉を継ぐ。それを聞いたアマンダも、カイルの考えに思いが至った様子で
「…!ヒュー達を拘束するか…抵抗するなら、治安維持権限での射殺も視野に入れて…」
そうカイルの言葉の続きをなぞったアマンダが、カイルと視線を合わせて、今度は俺を見つめてきた。
「アレックス。他に何か、案があるか?」
俺は、カイルの言葉に、しばし思考を走らせる。
しかし、状況を考えて、俺達が取り得る選択は一つだった。
「やるしかないだろうな…だが、それなりの準備が必要だ。マーサ、協力してくれるか?」
俺の問いに、マーサはまるで、天使にでもであったかのような表情で、コクリと頷いてみせた。
163 :
◆EhtsT9zeko
[saga]:2017/01/28(土) 23:52:51.56 ID:mgmumeHYo
つづく。
164 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/29(日) 16:48:50.58 ID:mVCeyrH+O
乙カレー
サプライズグレイス
165 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/03(金) 19:07:52.36 ID:tL0LlPeKO
乙
ここは地獄だ……としか言いようがない詰みっぷり
166 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2017/02/28(火) 20:55:25.28 ID:4JJXp2HZ0
保守!
167 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/23(火) 07:14:39.81 ID:2FMoZjLA0
ふむ…
168 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2017/05/29(月) 12:51:22.24 ID:r0gIcZfKO
ほ…しゅ…
169 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/29(月) 14:55:42.97 ID:Uj2YSu7YO
乙
お、生きてましたかw
生存報告ありがとう。
環境やモチベーション整ったらまた楽しませて下さいね
170 :
d
:2017/05/30(火) 18:23:30.97 ID:lYZRI31K0
なんかすごい
171 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/04(火) 13:33:14.72 ID:w3UdhvJ3O
待つさ…
172 :
◆EhtsT9zeko
[sage]:2017/11/09(木) 00:18:33.15 ID:DJ+VA71W0
書いてる…続きは、書いているの…
少しずつ、本当に少しずつ…
173 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/09(木) 00:50:58.72 ID:Nf5/3r6Co
まってるよー
174 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/28(水) 06:29:57.67 ID:bGT73T5Eo
まだかー
175 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/22(日) 17:56:14.28 ID:QpvkvfbKo
にゃー
176 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/13(水) 10:37:15.73 ID:Jz4IaFsW0
【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg
あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。
2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。
以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。
自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→
http://www65.atwiki.jp/utagyaku/
2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。
177 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/08(水) 10:06:54.22 ID:LOBWR+dLO
☆★
178 :
キャタピラです
◆EhtsT9zeko
[saga]:2018/12/26(水) 01:04:36.87 ID:OfgSS0Ubo
新しいことを始めたいけど、新しいことを始める前に…
俺にはまだ、やり残したことがった…!
179 :
キャタピラです
◆EhtsT9zeko
[saga]:2018/12/26(水) 01:05:56.10 ID:OfgSS0Ubo
「こっちです。足元、気を付けて」
翌日、無線の修理作業をカイルとテレンスに任せた俺とグレイスは、「見て欲しいものがある」と言うマーサに案内をされてヒュー達が根城にしているのとは別の生存者キャンプに来ていた。
あのアパートからそれほど離れていない距離に、彼女達の住処はあった。
崩れかけたビルの中、元はオフィスか何かだったのだろうフロアに、トタンや布で間仕切りが並んでいる空間が、それだった。
瓦礫をまたぎながら中に入るとすぐに、昨晩俺達を襲撃してきた内の一人、アジア系のミキが小走りで俺達のもとにやってくる。
「来てくれたんですね!」
「ああ」
俺は、そうとだけ答えてフロアに目を走らせる。
ヒソヒソと囁き合う声や、小さな子供の泣き声があちこちから聞こえていた。
どうやら、間仕切りの中には、想像していた以上の生存者がいるようだ。
「ずいぶん居るみたいだな…」
「ええ。でも、動けるのは、10人…あとは、赤ちゃんのいる人とか、まだ幼い子供に…それから、怪我人が三人…」
「具合いは?」
「一人は良くありません…脚を吹き飛ばされていて…あとの二人は、骨折です」
俺の質問に、マーサは暗い表情で答えた。
昨晩は15人、と言っていたが、実働できるのは10人、か…
俺は、その情報だけを頭に刻んでおく。
「どうぞ、こっちに」
ミキがそう声を上げて、俺達をフロアの奥へと誘導する。
後ろにいたグレイスに視線を送ると、彼女は緊張した様子で俺にうなずいて返す。
相変わらず、しっかりしてて頼もしいったらない。
俺もグレイスにうなずき返して、ミキとマーサの後へと続いた。
フロアの奥へと進むと、その先に金属製のドアが見えた。どうやら、あとから取り付けたものらしく、入り口に対して微妙にズレているのが分かる。
マーサが手にしていたペンライトに明かりをつけてそのドアを開け、俺達に手招きをしてきた。
俺はさりげなく腰に手を当てて、拳銃の安全装置を外してから、グレイスの手を引いて進む。
ドアをくぐるとその先は倉庫のようで、中央に質素なテーブルが置かれ、壁際には食料らしいダンボール箱がうずたかく積まれていた。
「それで、見て欲しいものってのは?」
俺は、部屋の奥には踏み込まず、その場に立ちどまってマーサに尋ねる。
するとマーサは、
「はい、これなんです」
と言って、ダンボール箱の中から何かを取り出して、テーブルの上に置いた。
「小銃…!?」
先にそう声をあげたのは、グレイスだった。
180 :
キャタピラです
◆EhtsT9zeko
[saga]:2018/12/26(水) 01:07:52.10 ID:OfgSS0Ubo
彼女の言う通り、マーサがテーブルに置いたのは、連邦軍や警官隊も使っているアサルトライフルだった。
マガジンが後方についているブルバップ式の、俺やカイルが扱いになれた、連邦軍制式、M72A1アサルトライフル…
「まだ、何挺もあります。ここのみんなが、あちこちからこっそり集めてきました」
ミキが、静かな声でそういう。
俺は、二人に警戒をしながら、そのライフルを手に取った。
薄ら暗い室内でも、高熱にさらされて焼け焦げているのが分かった。樹脂製の部品はことごとくなくなっているし、バレルも目で見て分かるほどに歪んでいる。
とてもじゃないが、使い物にはならない…だが…
「全部で、どれくらいあるんだ?」
「たぶん…同じ型のものが全部で20挺くらいは…」
俺の質問に、マーサがミキと目を合わせてから答える。
おそらく、この街にあった駐屯基地の備品だろう。
それにしても20か…もしかすると…廃部品をバラシて組み替えれば、完動品をいくつかでっち上げられるかもしれない…
あとは、4.8ミリ口径弾があれば…
「マーサ、この街で、銃弾が売っていたような商店や、銃砲店がどこかにあったか?」
「銃弾が売っていたようなお店…」
マーサは再びミキと目を合わせる。
二人はしばらく考えるようなそぶりを見せてつかの間、
「そういえば」
とミキが口を開いた。
「北東の郊外のあたりには射撃場があったので…もしかしたら、その周辺になら、お店があるかもしれません」
「アレックスさん、銃弾をさがすつもりですか?」
グレイスが俺に尋ねて来る。
俺はグレイスを振り返ってうなずいた。
「ああ。俺達の拳銃だけじゃ、弾があっても勝ち目は薄かったが…ライフルが使えるんなら話は別だ。隙を見て、あのアパートから狙撃もできるかもしれない」
そう、あのアパートからは、距離にして100mほど先に、ヒュー達が根城にしているアパートが見下ろせる。
このライフルの有効射程は実感では300mほど。俺はともかく、カイルの腕なら、単発で勝負を付けられる可能性がある。
それに、狙撃ではなくても、数をそろえれば武装解除を促すこともできるかもしれない…
そうすれば、俺達は自分たちの身の安全を確保するだけではなく、ここに押し込められている彼女達のことも助けることができるはずだ。
俺の脳裏には、あの日、基地のシェルターから脱出する際に聞こえて来た無数の声がよみがえってきていた。
181 :
キャタピラです
◆EhtsT9zeko
[saga]:2018/12/26(水) 01:08:23.77 ID:OfgSS0Ubo
「…もう、誰かを見捨てるのはごめんなんだ」
「えっ…?」
「いや、なんでもない、独り言だ…」
俺は、グレイスに、自分の気持ちを悟られてはいけないような気がして、そんな言い訳をした。
「ミキ、案内してくれるか?」
「は、はい!」
「グレイスも一緒に。それから、マーサ。やつらに気取られないように、アマンダをここに連れて来てくれないか?」
「アマンダさんを…?」
「やつに、銃の点検を頼む。メモを書いておくから、これに従うように伝えてくれ」
俺はそう言いながら、アパートの部屋からクスねて置いたメモ用紙にボールペンを走らせた。
一つ、銃器を確認し、使える部品を組み合わせて完動品を丁稚上げること。
二つ、使い方を、動ける連中にレクチャーしておくこと。
三つ、出来上がっ銃は、分散して隠すから、食糧庫か何かに入れて、運びやすくしておくこと。
あとは…ひとまずは、不要か。
それでも俺はしばらく書き残しがないかを考え、それでも「ない」と結論付けて、手紙をマーサに手渡した。
集まった面々に視線を送ると、みんなが俺を見ていた。
なるほど…軍曹らしくなってきた、ってことか。皆が、引き締まった表情で俺のことを見ている。
グレイスだけは唯一、少し不安そうではあるけど…これは、性格だから仕方ないだろう。
「…よし、それじゃぁ、準備に掛かろう」
俺がそう合図をすると、全員は静かにうなずいて、静かにその場を離れて行った。
182 :
キャタピラです
◆EhtsT9zeko
[saga]:2018/12/26(水) 01:08:51.79 ID:OfgSS0Ubo
こんな感じで、チマチマ上げていく予定なので、よろしく。
183 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/26(水) 09:27:36.97 ID:Ymw1bqLBo
生きてたのか! 久しぶりに乙!!
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