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『パノプティコンの女王様(お題:クイーン)1/5』
[sage]:2016/02/24(水) 19:12:07.16 ID:pgV1oSIqo
1989年、ベルリンの壁が崩壊したその年に、台湾の屏東県である事件が起きた。それは実に奇妙な事件だっ
た。その現場にいた全員が笑顔だったことは間違いない。それはまさに熱狂の渦だった。紅潮した肌、額に浮か
ぶ汗。人々の歓声が沸き立ち、拍手喝采が巻き起こった。誰かが害を被ったわけではない。その事態に気付き、
最初に駆けつけた男性は「あれほど幸福と熱気に満ちあふれた刑務所は見たことが無い」と話している。とはい
え常識的に考えて、それは許されることではなかった。
・・・・・
アイビー・リーはそれほど貧しいわけでもないがそれほど豊かなわけでもない家庭に産まれた三女である。二
人の姉については、現在長女は実力派の女優として人気を博しており、次女は国の奨学金を受けてアメリカに留
学したあと研究機関に就職した。アイビーは高校を卒業した後大学に進まず、定職にも就かず、仕事を点々とし
てそこそこの生活を送っていた。配偶者は居ない。長女のような華々しい容姿もなければ、次女のような明晰な
頭脳も持たなかった彼女は己に誇るところを見いだせず、引っ込み思案で人見知りな性格に育ち、特に親しい友
人もいなかったという話である。
アイビーはとくに親戚の集まるイベントが苦手だった。やはり二人の姉が脚光を浴びる一方で、自分の惨めさ
が強調されるためだった。
彼女には将来の目標らしいものは無く無為な日々を送っていたが、一人アパートに帰って布団に入ると、自ら
が多くの人間に囲まれて賞賛される夢を見た。そこでは両親は自分を誇りに思い、親戚たちは自分を育てた両親
をしきりに褒め称えるのだ。もちろん目が覚めれば、ただただ虚しい思いをするだけだったが。
そんな彼女が屏東県の南端にある刑務所に就職したのは1988年の春、年齢は23歳だった。
その刑務所は民間に委託された新しい民営刑務所で、とくに資格を必要としなかったうえ、接客することもな
いし、同僚とのコミュニケーションもそう多くなく、肉体労働もないという条件の職場だった。給料は高くない
し交通は不便だったが、アイビーにとっては願ってもない環境だった。
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