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勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」後編
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325 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:32:09.52 ID:AsT68X2i0
大魔王「時に勇者よ。この大魔王城に辿り着くまでに魔界の地を歩き、お前は何を思った。何を感じた」
勇者「何……というと?」
大魔王「自らの世界との違いに驚きを感じなかったか? 余りにも荒れ果てた大地を見て、とある感想を抱きはしなかったか?」
大魔王「すなわち――――魔界という世界は、とっくに終わってしまっているのではないか、と」
勇者は草一つ無かった大地を、飢えて死に物狂いになっていた恐竜型魔物の姿を思い返した。
大魔王「その印象は正しい。木々は悉く枯れ、水は隙間なく濁り、大地は命を腐らせる毒に満ち満ちている。もはやこの地で自然のままに次世代に命を繋ぐことなど不可能だ。これを終わっていると言わずして何と言う」
大魔王「何とかせねばならなかった。この世界に生きるいち生命体として、このまま絶滅することを良しとするわけにはいかなかった」
勇者「それで、お前は魔王軍を組織し、俺達の世界へ差し向けたわけか。自分達の生きる新天地として、俺達の世界を奪い取るために」
大魔王「そうではない。そうではないのだ、勇者よ」
大魔王はふるふると首を横に振った。
大魔王「俺がお前達の世界の事を知ったのは偶々、偶然によるものだった」
大魔王「初めてお前達の世界を目にした時、俺はただただ感動したものだよ。大地には植物が雄々しく茂り、その実りは数多の生命の営みを支えていた。清涼なる川の流れは海に繋がり、海より出でる雲は大地に雨を降らす……澱みなく循環する水は、あらゆる命の温床となっていた」
大魔王「俺は分析した。俺は考察した。何故この世界は俺達の世界とこうまで違う? この世界をここまで豊かたらしめている要因とは何だ? それを知ることで、俺達の世界を蘇らせることが出来るのではと、俺は夢見たのだ」
大魔王「だが、結果として分かったのは、お前たちの世界を豊かたらしてめている要因などではなく、逆だった。俺達の世界が荒廃してしまった理由。それが浮き彫りになっただけだった」
大魔王「魔界はどうひっくり返っても生命豊かな世界などにはなれん。世界の構造が、そうなっていた。俺達の世界は、どうしようもなくどん詰まってしまっていたのだ」
326 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:32:45.61 ID:AsT68X2i0
大魔王「食物連鎖、という言葉がお前達の世界にはある。知っているか? 勇者よ」
勇者「植物を食べて生きる虫や動物は、肉を食べて生きる生物の糧になり、その上位捕食者もやがては死して土へと還り、植物の育つ温床となる。その命の循環を食物連鎖と呼ぶと、以前書物で目にしたことがある」
大魔王「博識だな。その通りだ。食物連鎖とは、世界の命の総量を一定に保つ、奇跡のサイクルの名だ。奇跡、そう、まさしく奇跡なのだ。そんな世界を当たり前に生きてきたお前達には実感できぬことだろうがな」
勇者はここまでの会話の流れから、大魔王の言葉の意味を推し量った。
勇者「つまり……魔界では食物連鎖が成立していない、と?」
大魔王「そうだ、その通りだ」
大魔王はその顔に自虐の笑みを浮かべた。
大魔王「魔界の生態系は円環の形を成さず、奈落へとひた走る一本道よ。ならば今こうして魔界が終末を迎えているのも、自明の理ではないか」
呵々と笑った後、大魔王はその顔から笑みを消した。
大魔王「勇者よ。お前も知っていよう。俺達魔界に生きる者は、お前らの言う所の『魔物』は、死したところで土には還らん。死したところで、我等の体は大地を腐らす毒となる」
大魔王「なんと罪深い命よ。そうは思わんか? 魔物は基本的に雑食だ。いや、その節操のなさはもはや悪食と呼ぶべきものだ。草、虫、鳥、獣……魔物はあらゆる命を己の糧とする。そうして一つの個体が我武者羅に周囲の命を食い散らかして、挙句の果てにその体から毒を無遠慮に周囲に撒き散らすのだ」
大魔王「これでは魔界の生物の総量は目減りする一方だ。故に対策を打つ必要があった。その為に俺は『大魔王』として己を神格化した。そうすることで、あのケダモノ共をコントロールしようと画策したのだ」
大魔王「まず、少しでも毒による大地の侵蝕を遅らせる為、死した魔物の死体は必ずそれに気づいた者が既定の場所に運搬するよう仕組みを整えた。結果として、確かに毒の無秩序な拡散はある程度抑えられたが、代わりに山積した死体から大量に染み出た毒が大規模な沼となり大地を抉ってしまった」
大魔王「次に、徒に数を増やすことなく、秩序ある繁殖を心がけるよう触れを出した。しかし程度の低い獣共はそんなことおかまいなしに性交した。確かに俺は他者に知性を与える術を持ってはいたが、当然にして限界はあった。全ての愚者に英知を授けることは不可能だった」
大魔王「だから俺は戦争を起こした。『魔王軍』を組織し、お前達の世界に攻め入った。そうする以外に、魔界を救う方法は無かったのだ」
大魔王の言葉を聞いて、今度は勇者が首を横に振る番だった。
勇者「それでは結局、俺の言った通りじゃないか。お前達は、自分達の新しい棲家として俺達の世界をぶんどるために俺達の世界に攻め入った! そんな俺達の間に、交渉の余地などあるものか!!」
大魔王「結論を急くな勇者よ。それは違うと、俺はさっきはっきりとそう言った。いいか、断言してやるぞ。俺は何かが欲しくてこの戦争をお前たちの世界に仕掛けた訳じゃない。緑雄々しい大地も、青く澄み渡る海も、何もいらん」
勇者は困惑した。
ならば、何故? と、勇者は震える声で大魔王に問う。
大魔王「俺の目的はお前達の世界から何かを得ることではない―――逆だ。俺はあるものを失いたいが為にこの戦争を起こした」
327 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:33:17.65 ID:AsT68X2i0
大魔王「すなわち、お前達に魔物という名の『害獣』を駆除してもらうため――――そのためだけに、俺は魔王軍をお前たちの世界に送り込んだのだ」
328 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:33:54.06 ID:AsT68X2i0
勇者「なん…だと…?」
大魔王「俺達のような呪われた命が世界と折り合いをつけて生きていくためには、無秩序な繁殖を抑え、個体数を適正に管理することが必須だ。無論、食事に関してもある程度の縛りを設ける必要がある」
大魔王「しかしこれは生存本能に意思の力で無理やり蓋をするようなものだ。叶うのは、俺や試験都市フィルストに居住している者共のような、一部の知性が高い種族に限られるだろう。いわんや、あの無秩序な獣共にそのような我慢が出来るはずもない」
大魔王「だから、強制的に『間引き』を行う必要があった」
勇者「……その為に、そんな事の為だけに、俺達の世界に攻め入ったと?」
大魔王「そうだ」
勇者は勢いよくその場に立ちあがり、大魔王の顔を指差した。
勇者「ふざけるな!! そんなもんはテメエの手で勝手にやりやがれ!! いちいち俺達の世界を巻き込んでんじゃねえよ!!」
大魔王「俺自らの手で直接間引きを行えば当然『大魔王』としての威光は地に落ちる。そうなれば俺の言葉に耳を傾ける者などいなくなる。それはならん。間引き後の魔界改革にこそ『大魔王』としての立場が必要だ。俺は『大魔王』の立場を、統率力を保ちつつ、事を成さねばならなかった」
勇者「だから……そんなのはテメエの勝手な都合だろうが!!」
大魔王「許してくれとは言わん。だがどうか見逃してくれ。あと一度の遠征があれば、魔物の数は俺の想定する適正値に落ち着く。あとたった一回なのだ。だから、頼む。なあ、勇者よ」
大魔王「なぁに、これまで通りきちんとそちらに配慮して攻め入るので、間違ってもお前達の負けは無い。まして、お前とそこの娘が戦列に加わるとなれば」
勇者「待て……待て待て……! なんだと? 今何て言った? 配慮? 配慮して攻めていたと、今そう言ったのか?」
大魔王「そうだ。まさしくそう言った。余りにも魔王軍の用兵は稚拙だと、これまでにそう感じたことは無かったか? 一つ所に戦力を集中せず、世界各地を散発的に攻める様子に違和感を覚えなかったか? 所詮は獣が為すことだと、見縊っていたか?」
大魔王「調整していたのだ、この俺が。間違ってもお前たちを滅ぼしてしまうことが無いように。適切にお前達が勝利できるように。微に入り細に穿ち、丹念に、念入りに」
勇者は震える手でくしゃりと己の前髪を握りしめた。
勇者「は…はは……なんだよ………結局俺達は、お前の手のひらの上で転がされてただけだったってのか……?」
勇者の脳裏に、これまでの旅路で経た数々の困難が急速に思い返される。
勇者「あ? じゃあなんだ? それならむしろ、俺はお前にお礼を言わなきゃいけないじゃないか。手加減してくれてありがとうって。俺はお前のおかげで親父のような英雄になれましたって」
言い終わると同時に、勇者は大魔王に向かって駆けた。
その手には精霊剣・湖月を固く握りしめている。
勇者「―――――――ざっけんなコラァッ!!!!!」
大魔王の心臓目掛けて突き出された勇者の剣先は、突如大魔王の前に現れた暗闇に飲まれて消えた。
ぽっかり空中に空いた穴に吸い込まれた勇者の剣だが、暗闇の先で確かに肉を突き刺す感触を勇者に伝える。
戦士「か……は……」
戦士の背後に突然現れた暗闇から勇者の剣が突き出していた。
その剣先が戦士の胸を背中から貫いている。
勇者「せ……」
勇者は慌てて剣を引き抜いた。
ずるりと剣の抜けた戦士の体がゆっくりとその場に崩れ落ちる。
勇者「戦士ぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!!!!!!!」
勇者の絶叫が『大魔王の間』に響き渡った。
329 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:34:30.03 ID:AsT68X2i0
大魔王「『異空間魔術』と、俺はそう呼んでいる。どうも俺の一族はこの手の術に長けていてな。お前達の世界と魔界を繋げられたのもこの能力があった故だ。今のように離れた空間を繋ぐトンネルを設けたりと、用途は様々よ」
ゆっくりと立ち上がった大魔王の周囲に、次々と暗闇が生まれ始めた。
その中には、奥に明らかに大魔王城とは違う野外の景色が見て取れるものもある。
勇者は講釈する大魔王に構わず、戦士に駆け寄った。
戦士「う…ぐ…」
勇者「良かった…急所は外れてる…! 『呪文・大回復』!!」
勇者の放つ癒しの魔力の輝きに包まれて、戦士は意識を取り戻す。
立ち上がった戦士の姿を見て、大魔王は感嘆の声を漏らした。
大魔王「ほぉぉ……即死しておらぬのか。これは流石だと言うしかない。やはりお前達と直接事を構えるのは得策ではないな」
勇者「逃げるのか!!」
大魔王の言葉に反応し、勇者は吼えた。
そんな勇者に対し、大魔王はあくまで鷹揚に頷く。
大魔王「うむ、逃げる。そこな娘、確実に死角から剣を放ってやったのに、剣先がその身に触れた瞬間に身を躱し、即死を免れおった。恐るべき反応よ。その娘が躱しきれぬお前の剣の鋭さも侮りがたい」
大魔王「実際戦えば、まあ俺が勝つだろう。しかし、お前達が勝つ可能性もゼロではない。だから逃げる。俺は万が一にもここで死ぬわけにはいかんのだ」
戦士「私達がお前を易々と見逃すと思うか!!」
大魔王「それを可能にするのが俺の能力【ちから】よ」
大魔王の言葉と同時、一際大きな暗闇が大魔王の頭上に生じた。
そしてその暗闇から、足、膝、腰―――と姿を現し、何者かがゆっくりとその場に降り立つ。
その正体に思い至った勇者と戦士は驚愕で足を止めてしまっていた。
大魔王「このように離れた地点に居る者を召喚することも出来る」
大魔王を守護するように、勇者達と大魔王の間に立ち塞がったのは、虚ろな目をした銀髪の魔族だった。
大魔王と同様に、額から伸びた二本の角と、青みがかった肌の色以外に、一見して人間の容姿と大差がある部分は見受けられない。
その魔族の顔に、勇者と戦士は見覚えがあった。
以前、魔王討伐に成功した武の国兵士長達が持ち帰ってきた魔王の首。
その顔が、今勇者達の目の前にいる魔族と非常によく似ている気がする。
いや、似ているというより、これはもはや、完全に同一の――――――――――
大魔王「お察しの通りよ。こいつはお前達が魔王と呼んでいた者に相違ない」
勇者達の心を見透かしたように、大魔王は笑って言った。
大魔王「つまるところ三人目となる、魔王」
勇者「魔王………さ、三人目……?」
大魔王「全滅することが目的の軍の指揮を、新天地を夢見る魔物共の誰かに任せると思うか? かといって俺の賛同者に犠牲を強いるのもしのびない。故に俺はコレを造った。『魔王』という名の人造生命体。俺の意思を媒介するための操り人形を」
戦士「ば、馬鹿な……」
勇者「俺達が長年追いかけていた魔王という存在が……複製可能な作り物だった……?」
次々と判明する想像の斜め上をいく事実に、勇者は眩暈すら覚えた。
しかし同時に、どこかで勇者は納得もしていた。
勇者は、自身にとっては初の対峙となる魔王の姿を見て、思う。
勇者(きっと、親父の心を折ったのは―――――今の、この光景だ)
330 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:35:10.40 ID:AsT68X2i0
勇者達が魔王の討伐に成功した時は、『宝術』という切り札を用いていた。
宝術の影響下では、魔物の力は半減し、逆にこちらの力は倍増する。
故に、武の国兵士長を始めとした魔王討伐隊は、さしたる困難も無く魔王討伐に成功したと聞く。
だが、勇者の父は―――『伝説の勇者』は違う。
『伝説の勇者』は単身魔王城という敵地に乗り込み、万全の状態の魔王を独力で打倒した。
そこには数多の困難があったはずだ。そこには無数の苦難があったはずだ。
死に物狂いで死力を尽くし、艱難辛苦の果てに―――『伝説の勇者』は魔王討伐を成し遂げた。
だからこそ――――この光景を前にした時の衝撃は、恐らく今勇者自身が感じている物とは比べ物にならなかっただろう。
大魔王「さて……」
大魔王が魔王の頭に手を触れた。と同時に、虚ろだった魔王の目に光が宿る。
魔王「ここから先に進みたくば、私を倒していくのだな。人間」
魔王はそう言って改めて勇者達の前に立ち塞がった。
『魔王』という定型の人格を、大魔王によって植え付けられたのだ。
勇者「………ふん…」
勇者は震える膝を殴りつけ、剣を握る手に力を込めた。
そんな勇者の姿を目にして、戦士もまた、己を奮い立たせ、剣を構える。
大魔王「この事実を目の当たりにして、まだ折れぬか。やはりお前は俺の想像を悉く超えてくるな、勇者よ」
勇者「今まで散々手のひらの上で弄んでおいて何を言う」
大魔王「いやいや、本当だ。お前だけが唯一、俺の描く絵図の通りに動いてくれぬ。特にあの『宝術』とやらには参った。まさかあんなものを引っ張り出してくるとは思いもしなかった」
大魔王「おかげで新たな門を開くのに四苦八苦よ。流石にあの規模で世界を繋げ、安定させるにはそれなりの手間がかかるのだ」
大魔王の掌の上に暗闇が生じた。
目を凝らせば、暗闇の奥に見慣れた空の色が見て取れる。
勇者はふっ、と諦観の笑みを浮かべた。
勇者「手間はかかるが出来ないことはない……つくづくお前の手のひらの上じゃないか、俺達は」
『魔王城以外に魔界との出入り口が作られる心配はない。何故なら、それが出来るならとっくにやっているはずだから』
それも、違った。
大魔王は嗤う。
新たな門とやらを造るために、自ら生み出した暗闇に紛れ、大魔王の姿が消える。
同時に、魔王の体から漆黒の炎が巻き上がり、勇者達に襲い掛かった。
331 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:35:55.90 ID:AsT68X2i0
魔王との戦いは熾烈を極めた。
宝術の加護の無い、全くの実力同士でのぶつかり合い。
躱しても躱しても追尾してくる魔王の漆黒の炎を相殺するため、勇者もまたその指先から真っ赤な炎を生み出し、魔王の炎にぶつける。
魔王「隙ありだ!!」
その隙に、魔王は勇者の背後に回り込み、その腕を振りかぶっていた。
魔王の手には剣も鋭い爪もない。
だがその腕を振り回すだけで人間の体など紙のように引き裂く威力を持つ。
その速度、威力―――――成程確かに、魔王軍を率いる首領に相応しいと言える。
かの獣王をすら、遥かに凌ぐその力。
しかし。
戦士「つあぁッ!!」
魔王「ぬぅっ!?」
魔王の動きに即応した戦士が勇者との間に割って入り、魔王の腕を斬り飛ばした。
魔王「チィッ!!」
肘辺りから吹き飛び、宙を回る己の右腕に頓着せず、魔王は戦士の体を蹴り飛ばす。
吹き飛ぶ戦士と入れ替わるように、今度は勇者が前に出た。
魔王の首目掛けて水平に振るわれた勇者の剣を魔王は紙一重で躱し、背後に飛んで距離を取る。
魔王が何事か呟くと右腕が発光し、ちぎれた腕が再生した。
勇者「『呪文・大回復』」
勇者もまた、戦士に向かって回復呪文を唱える。
勇者「大丈夫か?」
戦士「ああ。ありがとう」
魔王「……大したダメージは無しか。ならば!!」
魔王の姿が掻き消えた。
間髪入れず勇者と戦士は反転し、背後に向かって斬りかかる。
魔王の両腕と勇者と戦士、それぞれの剣が衝突した。
魔王「ぬううう!!!!」
勇者「があああ!!!!」
戦士「はああ!!!!」
そのまましばらく拮抗状態が続いたが、埒が明かぬと判断したのか魔王が先に飛び退った。
黒い炎が魔王の体から巻き上がり始めるのを見て、そうはさせぬと戦士が追撃を行う。
戦士の全力の剣は魔王の体すら容易く寸断する。それは先ほどのやり取りで既にわかっていた。
故に魔王は剣を受け止めることはせず、身を躱すことを選択した。
しかし即座に斬り返した戦士の剣が、身を躱した魔王の首を追う。
魔王「う、おおお!?」
今度は躱しきれず、魔王の頬を戦士の剣が掠めた。
332 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:36:24.13 ID:AsT68X2i0
ぎり、とその顔に焦りを浮かべて魔王は奥歯を噛みしめる。
魔王「大したものだ……宝術とやらに頼らなければ獣王にすら勝てぬ程度の実力と踏んでいたが……」
戦士「魔王よ。お前は確かに速い。確かに強い。お前は確かに、私達が戦ってきた魔物の中でも一番強いのだろう。まさしく、魔王という名が相応しい」
勇者「だけど魔王。俺達はお前よりもっと速い奴を知っている。俺達は、お前よりもっともっと強い奴を知っている」
魔王「……? お前達が戦った中で、私が最も強いのではないのか?」
勇者「『魔物』の中じゃな。こちとら、もっと化け物みてえな『人間』とやりあってんだよ!!」
勇者は一気に魔王との距離を詰め、剣を振り下ろす。
魔王は剣を受けることはせず、再び背後に飛び退って躱すことを選択した。
何か嫌な予感が頭を巡ったからだ。
しかし、その魔王の動きこそが勇者の狙い通りだった。
勇者「『呪文・大雷撃』!!!!」
魔王が着地したその瞬間を狙いすまして、虚空から生じた雷が轟音と共に魔王の体を打つ。
魔王「うが、ぐあああああああああああああ!!!!!!」
大雷撃のダメージに悶える魔王へ向かって、勇者と戦士が追撃を行う。
魔王は痛みに耐えて、二人を迎撃せんと迎え撃つ。
否―――――迎え撃とうとした。
だけどその体は痺れ、まったく言う事を聞いてくれなかった。
魔王「なぁ!? ぐ、か…!!」
勇者「その程度の実力じゃ、騎士【あいつ】にくらべたら雑魚みてえなもんだぜアンタ!!」
勇者と戦士の剣が煌めく。
交差するそれぞれの剣が、魔王の首と魔王の上半身を寸断した。
333 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:37:20.50 ID:AsT68X2i0
勇者「勝った……」
魔王の息の根が完全に止まっているのを確認して、勇者は呆然と呟いた。
ふと気が付くと、戦士が勇者のすぐ隣まで歩み寄って来ていた。
そしてそのまま、二人はお互いの体を抱きしめあう。
勇者「は、はは……勝てた。魔王に実力で勝てた。やべえよ、なんか俺すっげえ震えちゃってる」
戦士「うん…うん…! やったな、勇者。私達、やったんだ」
しばしそうして喜びに打ち震えていた二人だったが、我に返ってぱっと体を離した。
カツーン――――――……………
どこかから、足音が聞こえる。
334 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:38:03.32 ID:AsT68X2i0
戦士「どうする? このまま先に進んでみるか?」
勇者「そうだな。大魔王の奴がどこに行ったのか、現時点じゃ判断しようがない。ここが最奥だと思っていたけど、もしかしたら先に進む道がどこかにあるかもしれない」
カツーン――――――……………
その音は、勇者達の進んできた道を辿る様に。
勇者達の後を追いかけてくるように、大魔王城の中に響く。
335 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:38:56.78 ID:AsT68X2i0
勇者「大魔王の奴は、魔王を人造生命体と言っていた。ということは、それを造る工房のようなものがあるはずだ。少なくとも、そこだけは今回破壊してしまいたい」
戦士「そうだな。魔王の『在庫』なんてものを次々造られたら冗談じゃないしな」
勇者「工房を見つけられれば、大魔王の奴も大慌てて戻ってくるかもしれない。よし、決定だ。先に進む隠し扉のようなものがないか、この部屋を隈なく探そう」
カツーン――――――……………
足音が、止まる。
大魔王の間へと通じる、その扉の前で。
336 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:39:44.87 ID:AsT68X2i0
ギイイィィィ――――――と殊更に音を響かせて、大魔王の間の扉が開かれた。
勇者と戦士は音に反応し、反射的に振り返った。
そして、目を丸くした。
次いで、言葉を無くした。
大魔王の間に入室してきた男の姿を見て、勇者と戦士はただただ固まってしまっていた。
「そこまでだ、勇者」
男は、とても聞き覚えのある声で勇者達にそう言った。
聞き覚えがあるのは当然で、それはほんのちょっと前に聞いたばかりの声だったからだ。
具体的には、魔界に在った試験都市フィルストで。
この大魔王城を目指す直前に、聞いている。
だけどその姿は見慣れぬものになっていた。
白銀に輝く鎧に身を包み、そしてその手には鮮烈な輝きを放つ白金の剣を持っている。
神々しささえ伴う、その姿。
まるで『伝説に語り継がれる勇者のような、その姿』。
否、違う。
この男が、この男こそが―――――――
337 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:41:16.23 ID:AsT68X2i0
伝説の勇者「それ以上先に進むというのなら、私が相手になろう」
338 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:41:50.60 ID:AsT68X2i0
そう言って、『伝説の勇者』は勇者に向かってその剣先を向けた。
339 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:42:27.26 ID:AsT68X2i0
第三十三章
340 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:43:17.62 ID:AsT68X2i0
あなたは何のために戦うのですか?
341 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:44:14.51 ID:AsT68X2i0
プチン、と自分の何処かで何かが切れる音を、勇者は聞いた。
342 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/08/06(土) 16:44:55.69 ID:AsT68X2i0
今回はここまで
343 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/06(土) 17:03:50.60 ID:9xiZZOvAO
乙!
また良いところで終わったな
344 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/06(土) 17:09:06.00 ID:/WMcAnmao
乙
これからどうなるのか気になるね
345 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/06(土) 19:00:31.00 ID:r0dIWdibO
乙
346 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/06(土) 20:11:50.96 ID:gPJQO93Ko
乙
347 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/06(土) 21:22:51.95 ID:IBS3LwP2o
激しく乙
続きが楽しみだ
348 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/06(土) 22:55:19.20 ID:XfI9EHFO0
こりゃ親父さんも心折れるわ…。毎度予想外の展開!おつ!
349 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/06(土) 23:14:08.79 ID:S4JEZ+yVo
騎士に命乞いをした魔王の意識は、作られた人格がさせたものなのか
大魔王の目的を遂行するなら、そのまま倒されてもいいんだろうけど
あと騎士はどこまで知っていたのかなぁ
350 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage ]:2016/08/07(日) 00:20:55.72 ID:kWgdLFgY0
乙 面白いな
351 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/07(日) 17:53:34.67 ID:v2tLu5PoO
伝説の勇者のスピンオフとかあったら面白そう。光の精霊の加護とか魔法使えないとか魔族と不倫とか、心折れるまでの冒険は凄まじかったろうな
352 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/08(月) 16:15:51.96 ID:yxYzsnuf0
勇者とはまた違う形で勇者と同じ道を歩んだ男か…
353 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/09(火) 15:52:17.56 ID:2laC5jsDO
>>351
> 魔族と不倫とか
R案件ww
354 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/09(火) 22:17:32.65 ID:gihABVPR0
あの超メンヘラお母さんに、親父さんも「心折れました」なんて言えないだろうな…
355 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/10(水) 03:33:43.97 ID:zFpW3181o
過去話で、騎士と大魔王の会話が見たいな
多分、話してたよねこれは
356 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/10(水) 20:01:51.12 ID:SciVKyEno
乙
357 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/12(金) 15:49:42.34 ID:JLjO6gWJo
親父殺して加護継承フラグかな
358 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/13(土) 00:04:11.28 ID:RS+yhY4l0
魔界じゃ継承できなかったような…
359 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/13(土) 03:09:20.61 ID:3ORfdPNeo
面白いぜ
360 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/14(日) 13:37:47.40 ID:oFloaD7vO
おつうううううう
361 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/26(金) 00:16:06.33 ID:eLsryUV2o
まっだっかなー
まっだっかなー
362 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/31(水) 18:22:48.75 ID:O5VFQGRco
わたしまーつーわっ
363 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/04(日) 00:49:19.85 ID:33YkmY/wo
そろそろかなー
364 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/04(日) 00:54:04.23 ID:zW642ALGo
年内に終わるんかねえて
365 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/04(日) 02:18:10.69 ID:yJ3hQXF8O
2年は超えそうだね。終わらないで欲しい気もする
366 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/04(日) 22:24:25.66 ID:zW642ALGo
煽る訳じゃなく、もともと去年には終わらせる予定っぽかったし、年内には終わりそうだけどな
367 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/12(月) 03:53:30.74 ID:i3IXoa+c0
わくわくしながら待っておるぞっ
368 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/15(木) 23:09:46.38 ID:PJZquQhno
augment
369 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/19(月) 13:56:20.47 ID:4C0KK4S+0
>>1
は生きているのだろうか…
370 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/19(月) 19:02:48.02 ID:lUjqzlZWo
尾崎豊の息子がI Love You歌ってるの見てここのこと思い出した…
371 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/19(月) 21:30:44.28 ID:GyYyHLohO
七光りで万々歳の息子に見えるけどね。
今回のスパンが長いね…
372 :
1です
[sage]:2016/09/20(火) 23:21:48.81 ID:gpH2jGUS0
生きてはおりますが中々書く時間が取れず、筆が進んでおりません……
9月中の投下は難しそうです
申し訳ありませんがもうしばらくお待ちください
10月初週にはなんとか……
373 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/20(火) 23:22:25.29 ID:WPFEIrQco
待ってる
374 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/21(水) 00:31:43.81 ID:5xD0pnM2O
おお!
生存確認出来れば全然待てる!焦らず納得いくよう書いてくれ〜
375 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/21(水) 18:07:34.71 ID:BFKFqY8wo
クオリティの高さでいつまでも待てる
376 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/21(水) 19:10:48.45 ID:xNMzr1s0o
お疲れ様です、無理のないペースで続けて下さい
377 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/21(水) 19:38:30.48 ID:kqcvwdbLO
あまり気負わずにやってくれ
378 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/05(水) 22:05:36.59 ID:NfCgMV7cO
この三連休に来るかなぁ
379 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/08(土) 20:38:51.08 ID:j42Y2cRxO
ちらっ
380 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/08(土) 22:29:58.84 ID:j42Y2cRxO
h
381 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/12(水) 09:33:12.41 ID:7q3Hw7/vO
応援してます!
382 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/15(土) 23:56:11.46 ID:yI/zTs6po
>>381
ほんとに?
383 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/16(日) 21:14:52.02 ID:PCMkzg8IO
ほんと
384 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/10/17(月) 02:01:36.52 ID:WqTsytPxo
ダークエルフは殺さないまでも罰として片腕片足切断の刑位はねぇ
385 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/17(月) 17:24:14.53 ID:2GOoT/G0O
>>382
最初スレたった時からずっと見てる
386 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/17(月) 22:43:14.19 ID:voOnsDoLo
>>384
いくら相手がダークエルフだからってダルマにしてダークハーフエルフ生産道具にするとか、よくそんな鬼畜なこと考えられるな……。
387 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/18(火) 00:04:12.81 ID:OWPkrrGyo
>>386
そのダークハーフエルフを赤ちゃんの時からまわすっておまえのほうがげすいわ
388 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/10/18(火) 01:18:29.26 ID:6mRLl//Ro
>>386
おめぇの考えの方が恐いやないか
389 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/19(水) 18:16:48.75 ID:Hi8mol+hO
おまえ宮本に虐められたなろう作者かよ
390 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/20(木) 14:50:30.16 ID:/ZESCQG/0
>>389
マサツグ馬鹿にしてんのかお前ぇ!
391 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/27(木) 11:46:42.79 ID:S+rEclSp0
>>1
体調悪かったりするのかな、心配だ
392 :
1です
[sage]:2016/10/29(土) 16:31:26.73 ID:2ko0DblR0
いや、ホントにお待たせして申し訳ない
来週日曜には必ず投下します
393 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/29(土) 17:31:45.06 ID:Qte2Y+mDo
待ってます
394 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/29(土) 23:20:58.06 ID:l1whh1u5o
待ってるぜ
うちのカレンダーは日曜始まりだから……明日だね(ニッコリ
395 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/30(日) 00:04:27.12 ID:qa5w773gO
待ってる!
396 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/30(日) 13:39:24.53 ID:ch6xSeANo
ちょうど1年前に獣王リベンジ戦だったね
今、読み返してみても胸アツ
来週期待して待ってる
397 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/30(日) 13:55:24.48 ID:23nfCs6RO
騎士戦も捨てがたいが獣王リベンジがベストバウトだな。
まってまーす!
398 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/31(月) 14:51:21.81 ID:OUL5vPf3O
うおおおおおおお
399 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/11/02(水) 02:24:56.12 ID:Kgf0NpMUO
作品のクオリティの高さと遅筆な感じ(褒めてる)が相まって
ハンタ待ってる感覚に似てるわ
400 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:17:19.10 ID:ZSsiH8ra0
いつから自分は特別なのだと思い上がってしまったのかは曖昧だ。
だけどその幻想(ユメ)から覚めた時のことははっきりと覚えている。
401 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:17:50.73 ID:ZSsiH8ra0
第三十四章 『伝説の勇者』、その結末
402 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:18:27.68 ID:ZSsiH8ra0
彼の生まれは何の変哲もない農家だった。
由緒正しき騎士の家柄というわけでもない。名のある貴族の跡取りというわけでもない。
日々の営みの中で獣と対峙することはままあるけれど、彼は基本的に争いというものからは縁遠い立場にいるはずの人間だった。
転機が訪れたのは、彼が15歳の時。
とある日のこと。
彼の住む村が盗賊の集団に襲われた。
盗賊たちは金品の類と食料を要求し、従わぬ村民に理不尽な暴力をふるった。
元より彼は正義感の強い青年であったので、そんな盗賊たちの行為に対して激しい憤りを見せた。
刃向えば死―――周囲からのそんな説得によって、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでいた彼だったが、盗賊の一人が村の女性を――その美しさが大層評判であった彼の母を辱めようとしたことで、彼の怒りは弾けた。
彼は農作業用の鉈を取り、盗賊たちに挑んだ。
相手は戦闘を生業とする盗賊集団だ。当然、いち農民如きが勝てる訳がない。
勝てる訳はないのだが―――驚くべきことに、彼は負けなかった。
多くの傷を負い、血に塗れながらも―――遂に彼は十人以上もの盗賊達を、知らせを受けた王宮騎士団がそこに駆け付けるまで足止めしてみせた。
そんな彼の働きを当時の王宮騎士団の団長はいたく気に入り、なんと彼は騎士団長直属の部下として王宮騎士団に召し抱えられてしまった。
ただの農民から王宮騎士団へ―――しかも王宮騎士団長の懐刀への大抜擢。
彼の存在は、周囲の注目を否応なしに集めた。
周囲の好奇の目に晒されながらも彼は真摯に修業に打ち込み、めきめきと剣の腕を上げていった。
彼が騎士団随一の剣の使い手になった背景として、勿論本人の才覚もあっただろうが、何より騎士団長の熱心な指導があった。
「どうして自分などにここまでしていただけるのか」と、彼は問うた。
「なに、ただの気まぐれさ」と、騎士団長は答えた。
騎士団長には息子がいなかった。
独身というわけではない。騎士団長には仲睦まじいと評判の妻がおり、その間に三人の子をもうけている。
しかしその子らは全て女児であった。
そのことに、騎士団長は内心忸怩たる思いがあったのかもしれない。
だから、才ある彼を召し抱え、息子のように可愛がったのだ―――と、周囲はもっぱらそのように解釈していた。それは、騎士団長の寵愛を実際に受けた彼自身でさえも。
だが、事実は少し違う。
彼を息子の『代わり』などと―――騎士団長は断じてそんな風には考えていなかったのだ。
403 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:19:04.17 ID:ZSsiH8ra0
さて、更なる転機が訪れたのは彼が王宮騎士団に召し抱えられて五年が経った時のこと。
隣国との小競り合いの最中、件の騎士団長が戦死した。
歴戦の勇士として名高かった騎士団長は、戦時の混乱の中、誰が放ったかもしれぬ流れ矢に倒れた。
矢尻には毒が塗られていた。
騎士団長はもがき苦しみ、傍らにいた彼に介錯を頼んだ。
無論彼は拒んだ。諦めてくださるなと懇願した。
しかし間に合わぬと騎士団長は断じた。
早くせよ。間に合わぬ。毒では駄目だ、『お前がやらねばならぬのだ』。
その時、騎士団長の言葉の意味を深く考察できるほど、彼は冷静ではなかった。
彼は騎士団長に対して非常に大きな恩義を感じていた。
だから彼は、騎士団長の願いのままに介錯し、その亡骸に縋りついて涙を流し、慟哭した。
その時生じていた不可思議な現象には目もくれず。
『加護の継承』。
騎士団長がその身に宿していた精霊の加護が、彼の身に移行していた。
それも一部ではなく、一分の残りもなく――――全て。
彼が自身の異常に―――自身の力が飛躍的に向上していることに気付いたのは、騎士団長の葬儀を終えて、落ち着いてからだった。
彼はそれを奇跡と解釈した。騎士団長の遺志によりその使命を託されたのだと信じた。
以降、彼は『国を守ること』を絶対の使命として己に課し―――――彼は騎士団史上最年少かつ最速で騎士団長の立場に就任する。
まずはこれが、彼の伝説の始まり。
――――もはや殊更に述べる必要もないかもしれないが、一応訂正しておこう。
彼が何の変哲もない農家の生まれというのは、誤りだった。
どうも、どうやら――――彼の出自は中々に複雑なものだったらしい。
404 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:19:37.82 ID:ZSsiH8ra0
騎士団長となった彼の活躍は目覚ましく、彼は周辺諸国との争いに悉く勝利し、『始まりの国』の平定に多大に貢献した。
彼はまさしく全ての戦に勝利した。こと武力という点において、彼に並び立つ者は存在しなかった。
その上、彼は政の分野でも類まれな才覚を披露した。かつて農民であった経験を持つ彼の助言は、時の為政者を大いに唸らせた。
彼の活躍によって『始まりの国』は確かな繁栄を得た。
人々は彼を『太陽の騎士』、『神々に選ばれた男』、『常勝無敗の大英傑』などと褒め称えた。
あるいは、そう―――――『勇者』、とも。
405 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:20:05.03 ID:ZSsiH8ra0
彼は騎士団長に就任して間もなく、王宮内で給仕を務めていた女性と結婚した。
その女性との結婚に関しては、彼の同僚はおろか女性の家族、果ては女性自身からも反対されていた(曰く、身分が違いすぎるだの、恐れ多いだの)のだが、まあそれはともかく。
彼は彼自身が見初めた女性と結ばれ、さらにその間に男子を授かるなど、まさに幸せの絶頂にあったのだ。
とりわけ彼を喜ばせたのは、その息子が類まれな剣の才能に恵まれていたことだった。
まだ歩き始めて間もない頃に、彼は戯れに息子に剣を模した木の棒を与えた。
日夜修練として剣を振る父の姿が目に焼き付いていたのだろう。その息子はその棒の意味をすぐに理解し、父の真似をして振り回し始めた。
これには彼も、彼の妻も、周囲の者達も大いに喜んだ。
父を超える勇者の誕生だと盛大に盛り上がった。
そして彼は嬉々として息子に剣の稽古をつけ始めた。
メキメキと剣の腕を上げる息子を見て、彼はこの上ない喜びと高揚感を覚えていた。
それは熱狂と言ってさえ良かっただろう。
まさしく、熱に狂っていた。
でなければ――――年端もいかぬ幼子に真剣を向けるという凶行など行われるものか。
そして悲劇は起きた。
406 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:20:39.02 ID:ZSsiH8ra0
彼の剣は彼の息子を切り裂き、彼の息子は死の淵を彷徨った。
一気に熱から覚めた彼は己の愚行を後悔し、激しい自己嫌悪に陥った。
しかしながら彼を責め立てたのは彼自身ばかりで、他の誰も彼を責めることはしなかった。
それは、本来最も彼を非難するべき彼の妻でさえも。
『人でなし』と誹りを受けることすら覚悟していた彼である。
「僕を責めないのか」と、不安になって彼は妻に問うた。
妻の返答に、彼は戦慄した。
妻は、まったく無垢な顔でこう言ったのだ。
407 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:21:04.19 ID:ZSsiH8ra0
『どうして?』
408 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:21:37.44 ID:ZSsiH8ra0
ここに至り、ようやく彼は自身の置かれた状況について理解が及んだ。
そう―――――『始まりの国』において、もはや彼の存在は神格化しており、彼の発言、行動は全てが是とされてしまう。
例えどんなに荒唐無稽な政策を王に具申したって、王はそれを実施するだろう。
例えどんなに的外れな軍事作戦を展開したって、部下たちは何も疑問に思うまい。
この事実は、彼に非常に大きな重圧を与えた。
だってその事実に気づいてから、彼は決して間違えられなくなってしまった。
誰も彼の過ちを糾してなんてくれないから、彼は自分だけで正解を掴まなければならなくなってしまったのだ。
彼がその状況に開き直ることが出来れば、王をも凌ぐ権力を得たのだと喜ぶような感性の持ち主であれば、まだ良かったのだろう。
だけど彼はまったく清廉潔白で、良心に満ち、正義感に溢れていた。
彼は『絶対的な英雄』として、皆の期待に応え続けようとしてしまった。
そして―――――応え続けることが出来てしまった。
かくして彼は、『絶対的な英雄』としての当然の流れとして魔王討伐に旅立つ。
その心に、僅かに黒い影を落としたまま。
409 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:22:13.08 ID:ZSsiH8ra0
大魔王城大広間に剣戟の音が木霊する。
剣を交えているのは『伝説の勇者』とそのかつての愛弟子である戦士だ。
戦士「つああッ!!!!」
裂帛の気合いをもって振るわれる戦士の剣は、しかし悉く『伝説の勇者』に打ち払われる。
戦士「チッ…!」
斬り払われた剣を握りなおし、体勢を整えた時には『伝説の勇者』の剣が戦士の目前に迫っていた。
戦士「うお…!」
戦士は大きく体を逸らし、そのまま後方にバク転して一度『伝説の勇者』と距離をとった。
戦士「くっ…!」
『伝説の勇者』の追撃はなかった。
体勢を整えてから、戦士は一度大きく息を吐き、剣を構えなおす。
その顔には陰りがあった。
戦士はその端正な顔に眉根を寄せて、苦々しく目の前の男を睨み付けていた。
伝説の勇者「強くなったな、戦士」
優しい声音で目の前の男はそんな言葉を吐く。
やめてほしい、と戦士は願った。
かつて敬愛してやまなかった師。その背中を追い続けてきた男。
覚悟は決めたはずだった。その男が敵に回った瞬間に自分の感情は切り捨てたつもりだった。
だけど、目の前の男は余りにも思い出の中の姿のままで――――胸に去来する思いが、どうしても戦士の剣を鈍らせた。
戦士「うあああああああああ!!!!!!」
そんな自分が許せなかった。
獣のように雄叫びを上げたのはそんな自分を打ち払いたかったからだ。
戦士(ふざけるな!! なんなんだ私は!! 私が! ここで私がやらないと!! でないと……!!)
煩悶する戦士の横を追い抜いていく影があった。
勇者だ。
戦士「あっ…!!」
咄嗟に伸ばした戦士の指先は勇者のマントを掠めただけだった。
勇者は『伝説の勇者』に向かって飛びかかり――――二人の持つ刃が交差した。
410 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:23:04.63 ID:ZSsiH8ra0
伝説の勇者「勇者…!」
勇者「……」
父と子の持つ剣が拮抗する。
『伝説の勇者』の顔には苦渋の色があった。
対する勇者は無表情で、その感情はうかがい知れない。
二度、三度と切り結び、勇者が後退したことで両者の間の距離が開く。
その隙に再び勇者より前に出ようとした戦士だったが、その動きを勇者に手で制された。
戦士の動きを制した手で、続いて勇者は目の前の『伝説の勇者』を指差す。
勇者「『呪文・大雷撃』」
虚空より生じた雷光が『伝説の勇者』の体を打った。
『伝説の勇者』は突如前触れなく現れた雷に碌な反応も示せなかった。
勇者は精霊剣・湖月の柄をぎゅうと握りしめて前進する。
勇者「おおお!!!!」
短い気合の声。
振るわれた勇者の剣は真っ直ぐに『伝説の勇者』の喉元を狙っていた。
呪文・大雷撃の直撃を受けた者は電撃に痺れ、体が一瞬硬直する。
その一瞬を狙いすました、この上ないタイミングの一撃だった。
しかし勇者の剣は『伝説の勇者』によって打ち払われた。
伝説の勇者「光と轟音で前後不覚に陥らせる呪文か……肝を冷やしたぞ」
『伝説の勇者』の呟きを拾った勇者は一瞬で理解する。
呪文・大雷撃は『光の精霊』の加護の力でもって放たれる一撃。
どうやらそれは、同じ『光の精霊』の加護を身に着けたこの男には通じないらしい。
格上の相手をする時の切り札が無為になった衝撃、その理不尽さに爆発しそうになる感情を勇者は抑えた。
勇者は一度『伝説の勇者』と距離を取った上で、努めて冷静に状況を分析する。
勇者(おそらく、火炎も烈風も睡魔もコイツには大した効果がない)
ならば、使いどころを考えなければならない。
ダメージを与えることではなく、不意を突くことで大きな隙を生む――――そのために、勇者は呪文の温存を選択することにした。
勇者が思索に転じていた間に、戦士が再び『伝説の勇者』に攻撃を繰り出していた。
150センチにも及ぼうかという刀身を小枝のように振り回す戦士の剣戟はさながら竜巻のようで、圧巻と言う他に無かった。
どんなに強力な魔物であっても、この剣の奔流に飲み込まれれば瞬く間に細切れと化してしまうだろう。
しかし『伝説の勇者』はその全てを捌き切り、どころか戦士の連撃の間を縫って攻撃を仕掛けることで戦士の攻撃からリズムを奪った。
『伝説の勇者』の攻撃をギリギリで躱すことは出来たものの、連撃の勢いを止められてしまった戦士は一度呼吸を整える為に間を取った。
その間、ただ泰然と構えてこちらの様子を伺っている『伝説の勇者』の姿に、戦士は苦々しく唇の端を噛む。
手加減されている。それは明らかだった。
先ほどからギリギリで躱している『伝説の勇者』の攻撃も、こちらが『ギリギリで躱せるように』攻撃をしているだけなのだと、戦士は理解していた。
そも、手加減というものは両者の技量に余程の差が無ければ成立しない。
もちろん、戦士とて十全にその力を揮えているわけではない。
かつて敬愛してやまなかった男を相手にして、困惑と躊躇いによる心理的なブレーキが如何ともし難く戦士の体を縛り付けている。
しかし、だからといって、それにしても――――――だ。
元々望んでいない戦いである。
これ程の力量差を見せつけられて、なお心を奮い立たせることが出来るのか―――――
そのようなことは、どうやら勇者にはお構いなしであったようだ。
411 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:23:35.36 ID:ZSsiH8ra0
無言で駆け出した勇者はその勢いのままに『伝説の勇者』に剣を叩き付ける。
伝説の勇者「まだわからないのか勇者!! お前達の剣は、決してこの私には届かない!!」
力量差を殊更に誇示するためであろう。『伝説の勇者』は勇者の全身全霊の剣を片手一本で受け止めた。
勇者は怯まず両手で柄を握りしめ、怒涛の勢いで剣を打ち下ろす。
勇者は剣を『伝説の勇者』に向かって叩き付け、叩き付け、叩き付け、叩き付けた。
『伝説の勇者』はあくまで片手持ちで勇者の剣を受け止めた。
全霊をもって打ち下ろされる一撃を続けざまに受け止めたことで、流石に『伝説の勇者』の手に痺れが生じ始める。
『伝説の勇者』は勇者の勢いを止める為、勇者が剣を振りかぶった隙に攻撃を差し込んだ。
それは今まで戦士に放ってきたものと同様に、ギリギリで躱せるように絶妙に加減された一撃。
ずぶり、と肉に刃が沈み込む感触があった。
驚愕したのは『伝説の勇者』と戦士だ。
勇者は『伝説の勇者』の剣を一切躱そうとせず、結果、『伝説の勇者』の剣は深く勇者の胸元を抉っていた。
勇者「……痛えなぁ。あぁ…ひでえよアンタ。一度ならず二度までも、実の息子を剣で斬りつけるなんて」
勇者の胸から溢れ出した血が刃を伝い、『伝説の勇者』の手を濡らす。
勇者の血に濡れた『伝説の勇者』の手はカタカタと小刻みに震えていた。
伝説の勇者「あ、あぁ…!! ち、違う……違うんだ…! 勇者、私は……!!」
勇者は振り上げたままだった剣を渾身の力で振り下ろす。
『伝説の勇者』の体が大きく切り裂かれ、血飛沫が舞った。
伝説の勇者「が…ふ…!」
『伝説の勇者』の体がゆっくりと倒れる。
『伝説の勇者』に刻まれた傷のその位置は、奇しくも幼い頃に勇者が受けたものとほぼ一致していた。
412 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:24:12.17 ID:ZSsiH8ra0
『伝説の勇者』は倒れた。
まだ息はあるものの、そう長くは保つまい。
戦士の目からは大粒の涙が溢れだしていた。
戦士は自分の目から溢れるソレを、怪訝な表情で拭った。
戦士は自分の涙の正体を自分自身掴めず、ただ困惑していた。
憧れの男が敵に回ったこと、そして死んだこと。
それもよりにもよって、勇者自身の手でそれをさせてしまったこと。
悲しみと後悔と憤りと悔恨と―――色々な感情がない交ぜになって戦士の心は千々に乱れていた。
胸を刺す痛みに耐えかねて、遂に戦士はその場にしゃがみ込んでしまった。
勇者は無感情に自らの胸に突き立ったままだった『伝説の勇者』の剣を引き抜き、がらんと床に放った。
血だまりの中にうつ伏せに倒れた『伝説の勇者』の姿を見下ろす勇者は、どこまでも無表情だった。
『伝説の勇者』は、薄れゆく意識の中でそんな勇者の姿を見つめていた。
(ごめんな、痛かったよな)
勇者の胸元から溢れる血を見て、『伝説の勇者』は思う。
(痛かったよな、苦しかったよな)
『伝説の勇者』の脳裏に浮かぶのは、傷を負い、熱にうなされる幼い勇者の姿。
(俺のせいで、お前は痛みをひどく怖がる子供になってしまった)
『伝説の勇者』が想うのは、回復はしたものの、痛みに怯え、遠巻きから自分たちの修業を冷めた目で眺めていた勇者の姿。
(痛いの嫌だって泣いてたよな。苦しいの嫌だって震えてたよな。なのに……)
『伝説の勇者』の目に映るのは、己の傷口に無感情に処置を施していく現在の勇者の姿。
(お前をそんな風に壊してしまったのは俺なのか? 俺のせいで、お前の人生は無茶苦茶になってしまったのか?)
(だとしたら俺は一体、何のために……)
『伝説の勇者』は思い出す。思い返す。まるで夢を見るように。
かつての敗北の記憶を。幻想(ユメ)から覚めた瞬間を。
413 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:24:41.59 ID:ZSsiH8ra0
『俺は魔界を救う。その為にお前の力を貸せ。「伝説の勇者」よ』
414 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:25:12.40 ID:ZSsiH8ra0
伝説の勇者『ぐ…う……』
大魔王『まだ立とうっていうのか? やめとけよ。力の差はもう十分理解しただろう』
伝説の勇者『黙れ…俺は負けない……負けるわけにはいかないんだ……』
大魔王『死ぬことが怖くはないのか?』
伝説の勇者『怖いさ……死ぬのは怖い……だけど、それ以上に俺がここで諦めてしまうことで、今まで積み上げてきたものが全部台無しになってしまうことの方がよっぽど怖いんだよ…!』
大魔王『立ちやがった。よせ。それ以上無理をすると本当に死ぬぞ。ここでお前に死なれては、お前を殺さぬように立ち回った甲斐がない』
伝説の勇者『な…に……?』
大魔王『お前ほどの猛者を相手にして、殺さぬよう加減するのは相当苦労したんだぞ? 色んな思惑とか全部うっちゃって、全力で暴れまわれりゃ俺も楽だったんだがな』
伝説の勇者『ぐ…く……!』
大魔王『……少しは話を聞く準備が出来たようだな。なぁに、心配するな。俺の話を聞いてまだ俺の首を取るつもりがあれば、もう一度機会を設けてやるさ』
伝説の勇者『……?』
大魔王『何から話そうか……そうだな。「伝説の勇者」よ、この大魔王城に辿り着くまでに魔界の地を歩き、お前は何を思った。何を感じた』
415 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:26:18.34 ID:ZSsiH8ra0
大魔王『……とまぁ、こんなところだ。魔界のクソッタレな現状ってのが少しでも伝わってくれたのならありがたい』
伝説の勇者『まさか…そんな……』
大魔王『―――俺は魔界を救う。その為にお前の力を貸せ。「伝説の勇者」よ』
伝説の勇者『お、俺の力を…?』
大魔王『そうだ。俺は「向こう側」の、お前たちの世界の知識が欲しい。お前達「人間(ヒト)」の営みを、俺はこの魔界で再現したいのだ』
大魔王『そのために、「伝説の勇者」よ。俺の下につけ。俺の下につき、お前の世界の事を俺に教えるのだ』
伝説の勇者『お、俺に人類を裏切れというのか』
大魔王『断るのならば仕方がない。その場合はお前にはここで死んでもらう。「向こう側」にこちらの真の目的を伝えられても厄介なのでな』
大魔王『しかし協力を約束するのならば俺はお前に最大限便宜を図ろう。生活に不自由はさせないし、必要な時以外はお前の行動を一切束縛することはない。お前は、自由だ』
伝説の勇者『……ッ!!』
大魔王『揺れたな。ふむ、やはりお前の核はこの辺りか。気になってはおったのだ。「世界平和」などという曖昧模糊な理由の為に、単身魔界に乗り込んでくるなどと常軌を逸している。狂気の沙汰だ。その行動理念について、俺は少し考えてみたのだ』
大魔王『察するに、お前は降りられなくなったのではないか? 皆の期待に応え続けたことで、応え続けすぎてしまったことで、次第にお前は皆が期待する通りにしか動けなくなったのではないか? 「伝説の勇者」たる者こうでなくてはならない、そんなイメージを誰よりも強くお前自身が持ち続けてしまったのでは?』
伝説の勇者『う、あ……』
大魔王『うむ、その顔が何よりも雄弁に答えを物語っている。「伝説の勇者」よ。良いのだ。お前はもう「伝説の勇者」を辞めていい』
伝説の勇者『ち…が、う…!! 違う!! 俺は、俺の意思でここに来た!! 俺には守りたいものがある!! その為に、ここでお前に屈する訳には』
大魔王『お前が俺に協力すればお前の家族の命は保障しよう。俺手ずから調整し、お前の故郷には決して強力な魔物は近づけさせん』
伝説の勇者『………ッ!!?』
大魔王『正解か。そうだよな。家族は大事だ。その気持ちは俺にも痛いほどよくわかる』
伝説の勇者『う、ぐ…! く、うぅ……!!』
大魔王『まったく強情な奴だ。わかったわかった。しょうがないから、俺がお前を負けさせてやる』
大魔王『こう言えばよいのだろう? ―――――家族の命が惜しければ、俺の軍門に下れ。「伝説の勇者」よ』
416 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:26:56.63 ID:ZSsiH8ra0
おいおい、そんな暗い顔をするな。
お前、折角自由になれたんだぜ?
魔界で一番の美女を世話役につけてやるから、まあ元気出せや。
なぁに―――――生きてりゃその内いいこともあるさ。
417 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:27:33.90 ID:ZSsiH8ra0
ぴくり、と『伝説の勇者』の指が動いた。
その手が地面に打ち捨てられた己の剣を取る。
伝説の勇者(そうだ……何もかも、生きていてこそだ)
『伝説の勇者』は己の剣を杖として立ち上がった。
目を見開いてこちらを見てくる勇者と目が合って、『伝説の勇者』は薄く笑う。
伝説の勇者(今更父親面なんて出来ないし、するつもりもないけれど……)
かちゃかちゃと震えの止まらぬ手で、それでも『伝説の勇者』は剣を構える。
伝説の勇者(せめて、最初の志だけは貫いてみせる)
『伝説の勇者』の脳裏に、目の前に立つ勇者が幼かった時の記憶がよぎる。
剣に見立てた木の棒を持って、よちよちと自分の後ろをついてきていた勇者の姿。
母の胎内から生まれ出でて、おぎゃあと己の腕の中で力いっぱい泣いていた勇者の姿。
伝説の勇者(―――――お前だけは絶対に死なせない!!)
ごぼっ、と『伝説の勇者』は己の口内に溜まっていた血液を吐き出した。
そしてすぅ、と息を吸い、静かに口を開く。
伝説の勇者「導け――――『覇王樹(ハオウジュ)』」
『伝説の勇者』の体から黄金の輝きが迸った。
その余りに鮮烈な光の奔流に、勇者も戦士も思わず手で目を覆ってしまう。
光がやみ、勇者は恐る恐る『伝説の勇者』の方に目を向けた。
勇者「……なんだ…」
わなわなと、勇者の肩が震える。
勇者「何なんだよ、それはぁッ!!!!」
勇者が『伝説の勇者』と相対して初めて感情を爆発させた。
今もなお仄かに輝きを放つ『伝説の勇者』の体からは、先ほど勇者がつけた傷が綺麗さっぱり消えていた。
伝説の勇者「これが―――俺の剣、『覇王樹』の力だ」
『伝説の勇者』は己の持つ剣を、『伝説剣・覇王樹(デンセツケン・ハオウジュ)』を勇者の前に掲げる。
伝説の勇者「一日に一度だけ使用者の傷を全快させ、更に一定時間精霊加護を爆発的に高めてくれる」
勇者「精霊加護を……高める?」
伝説の勇者「そうだ」
418 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:28:18.78 ID:ZSsiH8ra0
すまない。すまない。すまない。
きっと、とても痛いだろう。きっと、たくさん苦しむだろう。
だけど、たとえ心折れてしまったとしても。
―――――それでも、生きてさえいれば。
419 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:29:29.94 ID:ZSsiH8ra0
伝説の勇者「こういう風に――――な!!」
『伝説の勇者』が動く。
ただならぬ気配を感じ取った勇者は反射的に防御の体勢に移行する。
しかし勇者の防御をあっさりと潜り抜け―――『伝説の勇者』の剣が勇者の体を切り裂いた。
勇者「あ……」
勇者は信じられぬといった面持ちで自身の体を見下ろしている。
その体に刻まれた傷の様相は、まさしく幼少の頃の再現であった。
鮮血が噴き出し、勇者の体が崩れ落ちた。
戦士「いやあ!!!!」
戦士が勇者に駆け寄った。
うつ伏せに倒れた勇者の傍らに膝をついて、戦士は涙に濡れた目で『伝説の勇者』を睨み付ける。
戦士「『伝説の勇者』様……!! どうして…こんな……どうして……!!」
『伝説の勇者』は戦士から顔を逸らした。
いや、正確には血を流し続ける己の息子から目を逸らしたのだ。
伝説の勇者「……これでわかっただろう。私にすら及ばぬ者が大魔王に挑んでも、徒に命を散らすだけだ」
『伝説の勇者』は必死で表情を取り繕い、厳しい視線を戦士に向ける。
伝説の勇者「勇者を担いで『向こう側』に帰れ、戦士。そして二度と魔界に戻ってくるな。人類に出来るのは大魔王の『間引き』が早々に終わるのを願うことだけだ」
それだけ言い捨てて、『伝説の勇者』は再び戦士と勇者に背を向けた。
戦士「う、うぅ…!」
ごそごそと戦士が荷物を探る音が聞こえてくる。
おそらく手持ちの薬草で勇者に応急処置を施すつもりなのだろう。
つまり戦士は完全に剣を置いたという事だ。もうこちらに向かってくるということはあるまい。
何とか自分の思惑どおりに事が進み、『伝説の勇者』はほっと胸をなで下ろした。
勇者「……『呪文・大回復』」
聞こえてきた勇者の言葉に、『伝説の勇者』も戦士も目を見開く。
『伝説の勇者』は後ろを振り返った。
勇者の体が仄かに輝きを放っている。
やがて勇者がのそりとその場に立ちあがった。
伝説の勇者「勇…者……」
『伝説の勇者』は祈るような気持ちで勇者の動きを注視する。
勇者はにへら、とその顔に笑みを貼りつけ、精霊剣・湖月を構えた。
420 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:30:04.03 ID:ZSsiH8ra0
伝説の勇者「勇者ッ!!!?」
戦士「勇者ッ!!!?」
『伝説の勇者』と戦士の、悲鳴のような声が重なった。
勇者「何を驚いてんだよ、アンタ……」
勇者は『伝説の勇者』をせせら笑うように言った。
伝説の勇者「もうよせ! 敵わないのはわかったはずだ!」
勇者は『伝説の勇者』の言葉に聞く耳など持たず、一歩踏み出した。
よく見れば、勇者の体は全快などしていない。
傷は塞がり切らず、ポタポタと零れる血は床の水溜りを広げ続けている。
伝説の勇者「何故お前は……そこまでして……」
勇者「大魔王を倒すのに邪魔な敵が目の前にいる。剣を振るのにこれ以上の理由がいるかい?」
伝説の勇者「俺は!! ……俺は……お前の敵なんかじゃ……!!」
勇者「……くく」
勇者は笑い出した。
勇者「くく、ははは……あは!! あはははは!!!! ぎゃははははははははははは!!!!!!」
伝説の勇者「勇者……!!」
勇者「あー、傷が痛え。笑わせんなよ親父―――――父さん」
一転して、勇者の顔から笑みが消える。
笑みどころか―――勇者の顔からは、あらゆる感情が抜け落ちてしまったようだった。
勇者「もう俺にとってはあなたの存在自体が耐え難い。あなたが息をしているってだけで息苦しい。あなたが生きる世界に同時に生きていくなんて、俺にはもう無理だ」
勇者「――――俺が死ぬか、アンタが死ぬか。どちらかが死ぬことでしか、もうこの話は決着しないんだよ」
勇者からの剥き出しの敵意を受けて、しかし『伝説の勇者』は逆に覚悟を決めた。
伝説の勇者「……そうだな。わかってもらおうだなんて、許してもらおうだなんておこがましかった。恥知らずにも程があったよ」
勇者に呼応するように、『伝説の勇者』は剣を構える。
伝説の勇者「次は確実に意識を刈り取る。回復呪文など唱えさせはしない。俺は絶対にお前を救ってみせるぞ、勇者」
勇者「喋んなよ。俺を救うってんなら、黙って今すぐ喉を掻き切ってくれ」
421 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:30:43.23 ID:ZSsiH8ra0
戦士「勇者…!」
勇者「悪いけど下がっててくれ戦士。邪魔だ。巻き込まれるぞ」
勇者は精霊剣・湖月を右手に持った。
勇者「『呪文・大火炎』」
そして上に掲げた左手から巨大な火球を出現させる。
伝説の勇者(呪文…! 勇者の奴、一体いくつの呪文を習得しているんだ…!)
一瞬目を見開いた『伝説の勇者』だったが、すぐに冷静になって勇者の生み出した火球の威力を推し量る。
伝説の勇者(成程、大した威力だが……覇王樹によって加護が増大した今ならば、たとえ無防備な所に直撃したとしてもダメージは無い)
伝説の勇者(しかしあれだけの規模の火球だ。ダメージは無くともこちらの視界を塞ぐことは十分可能。ならば何かをされる前に火球に自ら突っ込み、剣風で炎を散らすが最善!!)
そう決断した『伝説の勇者』がその足に力を込める―――より早く。
勇者の口は動いていた。
勇者「穿て――――『湖月』」
右手に持った精霊剣・湖月から水流が迸る。
そしてその水は勇者の頭上にあった火球に突っ込み、瞬く間に蒸発して大量の蒸気を生んだ。
伝説の勇者「むお…!」
蒸気に巻かれ、『伝説の勇者』の視界が白く染まる。
だが視界の制限は形こそ違えど元々予期していたところであったため、『伝説の勇者』に動揺は無い。
伝説の勇者(小癪……!! いくら煙に紛れて近づこうと、いざ剣を振る瞬間には必ずその勢いで蒸気は割れ、勇者は姿を現す。俺が剣を振るのはそれからでいい。たとえ勇者がどれだけ早く攻撃の姿勢に移っていても、それを覆すほどの速度差が今の俺達にはある!)
『伝説の勇者』は剣を構え、周囲に向かって気を巡らす。
あらゆる動きを逃さぬよう集中する。
煙が割れた。
例えそこに現れたのが勇者ではなく戦士であったとしても、『伝説の勇者』は動揺なく迎撃できる自信があった。
422 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:31:23.67 ID:ZSsiH8ra0
しかしそこに現れたのは勇者の母であった。
つまり、『伝説の勇者』の妻であった。
当然に『伝説の勇者』の剣は止まった。
突然そこに現れた、『伝説の勇者』の妻であり勇者の母であるその女性は、その手に持った精霊剣・湖月の蒼い刃で『伝説の勇者』の胸を切り裂いた。
423 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:32:24.70 ID:ZSsiH8ra0
伝説の勇者「が、は……! ば、か…な……これは…一体どういう……」
仰向けに崩れ落ちた『伝説の勇者』は必死で首を持ちあげ、自身の妻であった女性に目を向ける。
その目の前で、その女性の体から煙が噴き出し、やがて煙の中から勇者が姿を現した。
『変化の杖』。
持って念じるだけで、イメージした人物に化けることが出来るマジックアイテム。
何しろ自分の母親だ。その姿を寸分違わずイメージすることは容易であった。
伝説の勇者「勇者…!! き、さま……何という……!!」
伝説の勇者は激高し、勇者に掴みかかろうともがくが、体はちっとも言う事を聞かず寝返りを打つように僅かに身じろぎ出来ただけだった。
伝説の勇者「し、死ぬのか……俺は、ここで死ぬのか……!?」
どくどくと『伝説の勇者』の胸の傷からは血が溢れ続けている。
どんどんと自分の体が冷たくなっていくのを、『伝説の勇者』は自覚した。
伝説の勇者「あ、あぁ…あぁぁああああぁぁぁぁあああああ!!!!!! い、嫌だ!! 怖い!! 死にたくないぃぃ…!!」
戦士はぎゅう、と己の胸の辺りで拳を握りしめた。
勇者はあくまで無表情で己の父の姿を見下ろしている。
二人とも、今『伝説の勇者』が味わっている死の感覚を知っている。
それがどれ程の恐怖なのか、勇者も戦士も身をもって知っているのだ。
伝説の勇者「ゆ、勇者……頼む……助けてくれ……」
青白くなった顔で、『伝説の勇者』は途切れがちにそう口にした。
ぴくり、と勇者の指が震える。
伝説の勇者「もうお前の邪魔はしない……共に大魔王に立ち向かうと誓う……だからどうか……助けてくれ……」
今まさに死にゆく父の、必死の命乞いを目の前にして、遂に勇者の感情が揺れた。
眉根にはっきりと皺を寄せ、勇者の顔には苦渋の色がありありと浮かびでている。
伝説の勇者「頼む……どう、か……勇、者………」
勇者「う…あ…」
勇者は思わずその手のひらを父に向かって開いた。
あとは回復のための呪文を唱えてやれば、父は一命を取り留めることが出来るだろう。
しかし勇者は開いた手を閉じた。
そして代わりに精霊剣・湖月を手に取り、父に向かって高々と掲げて見せた。
せめて苦しみを長引かせることなく一瞬で――――そう考えた上での勇者の行動であった。
そんな勇者の姿に気付いた『伝説の勇者』の表情は、まさしく絶望と、そう表するに相応しいものだった。
424 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/06(日) 01:33:23.66 ID:ZSsiH8ra0
伝説の勇者「あ、あぁぁぁあああああ!!!!!! いやだ!! いやだ!! いやだぁぁぁああああぁぁぁあああ!!!!!!!」
ただただ悲痛に叫び、ぼろぼろと涙を零すその姿に、もはや伝説に謳われるような威厳など欠片も無い。
伝説の勇者「あぁ、すまない…!! すまない××××……!! すまない……!!」
『伝説の勇者』の口から勇者の知らない名前が飛び出した。
もしかしたら試験都市フィルストにいた魔族の母の名前かもしれない。
伝説の勇者「ごめんな××××…ごめん、ごめんよ……!!」
また勇者の知らない名前だった。
もしかしたら、仲睦まじく手を繋いでいた魔族の娘の名前かもしれない。
伝説の勇者「すまなかった……○○○○……俺は、俺は……君を……」
今度は勇者の知っている名前だった。
それは勇者の母であり、彼の妻であった女性の名前だった。
伝説の勇者「勇者……はぁ……勇者……」
遂に彼は勇者の名を呼んだ。
勇者は剣を掲げたまま、思わず彼の言葉の先を待ってしまう。
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