勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」後編

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/24(日) 13:33:34.76 ID:Hj2+wdvc0
とりあえず立てただけ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1453610014
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 14:00:44.77 ID:ASneZxZAO
1レスだと立て逃げ扱いで処理される可能性あるぞ
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 14:49:14.47 ID:xBfUru3/o
立て乙
余計なお世話かもしれんが一応前スレのURL張っておくぞ

勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1415004319/
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 17:07:56.77 ID:k0CwXe5k0
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 23:55:26.42 ID:sc5he9ZA0
おつです。
今一番期待してます!
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/27(水) 03:14:34.85 ID:Vjb0agK7o
乙!

猫ちゃんより格上っぽいけど一人で勝てるかな
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/29(金) 21:30:27.96 ID:DCYb8diXo
まだかな?
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/29(金) 21:45:32.10 ID:qVjlbi+do
間隔あくけどしっかり更新してるから気長に待とうぜ面白過ぎて待てない気持ちはよくわかるが
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/30(土) 00:16:00.96 ID:YqlbT0mpO
騎士のLevel4…魔王と戦ったような口ぶりだったな
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/30(土) 12:40:29.84 ID:sNIq/UAko
獣王と戦ってなお魔王とも戦ってるわけだ
獣王はボロ負けだったんだろな
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/30(土) 22:26:42.28 ID:dt5lkgcb0
まだかなー
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:42:50.64 ID:zBP9Ql630
 強くなったつもりだった。
 多くの敵を倒し、沢山の神殿を解放して、出来る限り力をつけたつもりだった。
 実感はある。
 獣王との決着をつけたあの日の時点と比較しても、あの世界樹の森での体験を経て自分の力は跳ね上がっている。
 獣王にも到底敵わないと武の国諸侯の前で嘯いてはみたものの、その実、やりようによっては独力で打倒できるのではと思えるほどには自身に自信をつけていた。

 だけど―――――届かない。

勇者「ぐ…はっ、はぁ……! ぜぇ…ぜぇ…!」

 地面に膝をつき、剣を杖として己の体を支えながら、勇者は必死で呼吸を整える。
 相対する騎士は追撃を加えるでもなくそんな勇者をただ見下ろしていた。

騎士「どうした? もう終わりか?」

勇者「…まだ…まだぁ……!」

 乾いて貼りついた喉にごくりと無理やり唾液を通し、勇者は立ち上がり剣を構える。

騎士「はは! そうこなくっちゃなぁ!!」

 その途端に、騎士は嬉々として勇者に向かって突っ込んだ。
 騎士は精霊剣・湖月を横殴りに振り回す。
 勇者は真打・夜桜をもってそれに応じる。
 騎士は片手。勇者は両手だ。
 なのに押し負けたのは勇者の方だった。
 ギャリン、と音を立てて振り切られた騎士の剣に押された勇者の剣は流れ、勇者は無防備な体を晒してしまう。
 そこを騎士に蹴りこまれた。

勇者「げう…!」

 腹部にめり込んだ騎士の足に押され、勇者の体が後方に吹っ飛ぶ。
 ダン、と木の幹で背中を強打した。

勇者「が、は…!」

 勇者の体はそこで止まったものの、衝撃でへし折れた木はめきめきと音を立てて傾いでいく。
 苦痛をぐっと飲みこみ、勇者は顔を上げる。
 騎士が眼前に迫って来ていた。

勇者「う、お…!!」

騎士「そらそらそらぁ!!」

 防御、防御、防御―――――繰り出される連撃を勇者はひたすらに耐え凌ぐ。
 これまでの経験で培われてきた勇者の防御技術は一級品だ。
 ひとたび防御に徹すれば、どんなに格上を相手にしても打ち破られたことはない。
 かの獣王の猛攻をすら、勇者は凌ぎきってみせた。
 なのに―――!

騎士「ほらまた隙が空いたぁ!!」

 勇者の剣をすり抜け、騎士の剣の切っ先が勇者の体に触れる。
 獣王以上の威力で、獣王以上の速度で、確かな技術を持って繰り出される連撃は、勇者の防御を容易く潜り抜けた。

勇者「うおああああああ!!!!」

 無我夢中で身を捩り、勇者は騎士の剣を躱す。
 浅く裂かれた勇者の胸元からどろりと血が零れた。

勇者「ぐ……ちっくしょお!!」

 勇者は地面を蹴ってその場を離れ、騎士から大きく距離を取る。
 追撃に移らんと身を屈める騎士に向かって勇者は指をさした。

勇者「呪文・大烈風!!!!」

 勇者の指先から生まれた風の塊が騎士に向かって突っ込んでいく。
 木々を薙ぎ倒し、まともに当たれば竜の尾撃すら打ち逸らすその威力。

騎士「うざってえ!!!!」

 騎士が剣を振る。
 その余りの速度に生まれた衝撃が、迫る風の塊と激突した。
 相殺し、霧散する勇者の風の呪文。
 ――――剣のたった一振りで、勇者の呪文は無効化されてしまった。

勇者「くっ…」

 わかってはいた。
 わかっていたつもりだった。

 だけど――――こんなにも遠いのか
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:43:36.62 ID:zBP9Ql630
騎士「茶番はよせよ、勇者」

 騎士は呆れたように勇者にそう声をかけた。
 勇者の肩がピクリと震える。

勇者「茶番…?」

騎士「俺はお前の事を良く知ってる。お前の性格は熟知してる。お前は臆病で―――慎重だ。お前は決して、勝ち目のない戦いは挑まない」

騎士「お前は必ず、ある程度勝ちの算段をつけてから戦いに臨む。今回だって、そのはずだ。あるんだろう? 俺を倒す、何か『切り札』のようなものが」

騎士「それを見せろよ。うだうだと、くだらねえ時間稼ぎなんてしてんじゃねえ」

 勇者と騎士の視線が交差する。
 ふぅ、と勇者は息を吐いた。

勇者「分かったよ。見せてやる。だけど、その前にひとつだけ聞かせてくれよ」

騎士「なんだ?」

勇者「騎士……お前はどうしてあの時、武の国で俺を救ってくれたんだ? どうしてわざわざ、壊れていた俺を元に戻してくれたんだよ」

勇者「お前が『暗黒騎士』だっていうんなら、俺は壊れたままでいた方が良かったはずだ。あのままだったら、俺は多分、ここまで辿りつくことは出来なかった」

勇者「そっちの方が、魔王軍として都合が良かったはずだ……なあ、教えてくれ。お前は一体どうして……」

騎士「ああ、なんだそんなことか。そんなもん決まってるじゃねえか」

 騎士はあっけらかんと笑った。

騎士「教えてやるぜ、勇者。俺の行動理念はいつだって、どんな時だって、たったひとつだ。お前を救ったのだって、それに従っての事に過ぎない」

 騎士の笑みに悪意はない。
 純真無垢とすら言ってよかった。
 だからこそ――――『有害』と彼を評した勇者の言は、正鵠を射ていたのかもしれない。



騎士「つまり――――そっちの方が面白そうだったから、だ」


14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:44:21.14 ID:zBP9Ql630





第二十八章  モンスター




15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:45:05.02 ID:zBP9Ql630


 滑稽な父親の死に様が愉快だった。

 泣き叫ぶ同僚にとどめを刺すのは爽快だった。

 逃げ惑う王を追い詰めた時は興奮した。


 町の住民を虐殺した時は大変だった。

 数も多いし、自分の仕業だとばれないようにするために、かなり気を遣った。

 だからこそ、成し遂げた時の達成感は一入だった。

 あの日ほど、昇る朝日を美しく思ったことはない。

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:45:55.47 ID:zBP9Ql630


 退屈が嫌いだった。

 人生を半分無駄にした分、これからを楽しまなきゃという気持ちが強かった。

 故郷を滅ぼし、後始末を終えて、やることが無くなった。

 さて、これからどうしようかと悩み―――とりあえず魔王城を目指すことにした。

 戦うことは好きだったから、暇つぶしになればと思い、魔王城に乗り込んだ。

 どこにこれだけ隠れてたんだってくらい大量の魔物が襲って来たけれど、誰も自分に傷一つつけられなかった。

 獣の王、なんて大仰に名乗った猫ちゃんは少しばかり歯ごたえがあったけど、それでも自分の全力を引き出すには遠く及ばなかった。

 そのままあれよあれよと奥に進み、遂には魔王と対面し、剣を交えて――――



 なんとまあ、驚くべきことに、そのままあっさり魔王に勝ってしまった。



 かなり拍子抜けした。こんなものなのかとがっかりした。

 同時に、こうも思った。

 これで、こんなもので、世界は平和になってしまうのか―――と。

 自分なんて世界じゃ無名もいいところだ。

 誰とも知れない人間が、いつの間にやら魔王を倒し、世界を平和にしてくれた。

 世間の人々はどう思うだろう。

 ラッキー、助かった。これで安心して暮らしていける。なんて幸運なんだ、我々は!

 ――――そう想像すると、非常に気分が悪かった。

 まったくもって気に喰わなかった。

 だから、魔王の命乞いを聞き届けた。

 仲間にならないかという誘いも受けた。

 こうして、『暗黒騎士』という魔王の側近が生まれた。

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:46:50.69 ID:zBP9Ql630


 一応、余計な波風を立たせないために魔王城内では仮面で顔を隠していた。

 魔王の新たな側近、『暗黒騎士』の正体が魔王城を半壊に追い込んだ人間だと知るのは、魔王の他には獣王といったごく一部の魔物だけだった。

 魔王の側近となって、色々と面白い話を聞いた。

 魔界のこと、大魔王のこと、それから―――『伝説の勇者』の結末。

 そんな話を聞けただけで、魔王に協力する価値はあったと思った。

 といっても、部下というよりは賓客という扱いだったから、命令は受けず、協力は完全に自由意志で行った。

 気ままに世界を旅行して回り、気が向いた時だけ魔王にとって利になる行動を取った。

 すなわち―――『魔王討伐を目的とした冒険者の排除』。

 魔王軍にとっての脅威の芽を事前に摘むこと。

 魔王討伐の旅をしている冒険者の噂を聞きつけては、様子を見にそいつの元を訪ねた。

 そして、見込みのない者には実力差を見せつけて心を折り、早々に旅を諦めさせた。

 そんなことを繰り返しているうちに―――あの町で、勇者に出会った。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:47:36.13 ID:zBP9Ql630


 『伝説の勇者』の息子がこの町に居ると聞いて、正直言ってかなりテンションは上がっていた。

 親父が目の敵にしていた『伝説の勇者』。

 自分の人生を歪めた遠因となった男の、息子。

 別に恨みつらみがあった訳じゃない。あったのはただただ単純な、興味。

 自身と同じように、いやそれ以上に、父親の名の重圧を受けて育ったであろう男。

 果たして、どんな人間なのか―――ちょっとばかり期待を持って、接触した。


 結論から言って――――まあがっかりした。


 成程話してみると似たような境遇で生きてきた者同士、気が合う部分は確かに有った。

 だけど勇者は弱すぎた。

 父親の重圧からただ逃げて、それでへらへらしているクソ雑魚野郎だった。

 それを知って、もう全く勇者への興味を失った。

 むしろ、父の名から逃げ出したくせに中途半端に『伝説の勇者の息子』としての立場を保ち続けていることに怒りすら覚えた。

 だからもうどうでもいいやと思って、近くにいた猫ちゃんに勇者の存在を教えてやった。

 いちいちこちらに突っかかってくる猫ちゃんへの嫌がらせとして、多少話を盛って。

 それで、勇者のことは頭から綺麗さっぱり忘れてしまった。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:48:45.82 ID:zBP9Ql630


 だから『武の国』で再会した時は本当に驚いた。

 あの程度の力量しか無かったのに猫ちゃんの手から逃れたのもそうだし、何より勇者は面白おかしい事になっていた。

 『伝説の勇者の息子』への興味は俄然復活した。

 話を聞くために、勇者を無理やり酒場に連行した。

 女二人がついてきているのには気づいていたが、どうでも良かったので気にしなかった。

 酒場で勇者の話を聞いて、ぞくりと背筋が震えるのが分かった。

 『誰も彼もが自分を「伝説の勇者の息子」としてしか見ていない。本当の自分など、周りの人間は誰も求めてはいないのだ』

 そこに至る過程に違いはあれど、勇者は自分と同じ結論に辿り着いていた。

 だのに、それから取った行動が、勇者は自分の全くの真逆。

 自分は自身を保つために周囲を拒絶した。それが普通で、正常だと思う。

 だけど勇者は周囲を優先して自分自身を拒絶した。全くもって理解が出来ない。

 百歩譲って、勇者が自分を犠牲にして周りを助けることに快感を、幸福を感じる超絶ナルシスだというのなら話は分かる。

 だけど勇者の感性は、どちらかと言えば自分と同一の物だった。

 周囲から物事を押し付けられた時に、「どうして俺が」とストレスを感じる一般的なものだった。

 それでも勇者は周囲を優先する。自身の利益を押し殺す。

 それで周囲が幸せになったとしても、勇者は幸せを感じない。

 強いてその行動による勇者の利益を挙げるなら、奴はそれでようやく多少は心の平衡を保てるようになる、といった程度だ。

 つまり、勇者はおそらく、周囲よりも自身の利益を優先させることに強い罪悪感を覚える性質なのだ。

 他人より自分を優先することは悪い事なのだと思い込んでいる。

 ―――――なんだ、それは。

 究極のお人好し―――いや、もはやこれはそんな次元ではなく―――人として、生物として、故障品ではないか。

 そこで初めて、勇者に対して強い興味を持った。

 『伝説の勇者の息子』ではなく、勇者自身に対して。

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:49:25.94 ID:zBP9Ql630


 故障品―――そんな言い方をしたが、実際の所、勇者はこの時点で半ば壊れかけていた。

 このまま壊れてしまうのは、余りに勿体無い。そう思って励ました。

 もっともっと、こいつの滑稽な人生を見ていたい。

 それは、きっとすごく楽しい。

 例えば、こんな風に自分を励ましてくれた人間が、実は魔王の側近だと知った時、こいつはどんな顔をするんだろう。

 旅を続けて、魔王を倒せるかもなんて思い上がった時に、背後から刺されたら――――こいつは、親父みたいに驚くんだろうか。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:50:13.04 ID:zBP9Ql630


 見たい。それはすごく見たいなあ。


 ああ、勇者。俺はお前を救おう。


 お前が魔王の所まで辿りつけるように、最大限のフォローをしよう。


 だから、最高の結末を俺に見せてくれ。


 ――――そうだな、まずは精霊剣っていう神秘の存在を、お前に教えてあげるとしようか。


22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:51:15.06 ID:zBP9Ql630
勇者「面白そう……か。そうだな。お前はそういう奴だよな」

騎士「本当はな、お前と一緒に魔王の所に行って、そこで正体をばらすつもりだったんだよ。その時のお前の顔を見るのが楽しみだった」

勇者「だけど、先に俺が気づいてしまった……残念だったな。お望みの顔が見れなくて」

騎士「まあ、それ以前にこんな『宝術』なんてもんを引っ張り出された時点でご破算だわな。まさか勇者以外の人間でも魔王を倒せるようになるなんてよ」

騎士「どうするかすげえ迷ったんだぜ〜? それでまあ、エルフ少女を殺して、俺をエルフ少女の傍に配置したことを後悔するお前の顔を見て良しとしようと思ったわけだ。それも全部お前の手のひらの上だったわけだけどな」

 もはや本性を隠そうともしない騎士に、勇者は呆れ混じりの笑みを浮かべる。
 いや―――違うのか。勇者はこれまでの騎士の言動を思い返す。
 騎士は元々本性を隠してなんていなかった。
 この男はいつだって倫理を無視して自由奔放に、好き勝手に振る舞って来た。
 自分の利益が最優先―――その本質を、騎士はいつだって大っぴらにしてきた。
 今はただ、今まで言ってなかったことを言っているだけ。

勇者「分かったよ、騎士」

 勇者は騎士に向かって言う。宣言する。

勇者「迷いはもう無くなった。俺はお前を殺すよ。容赦はしない」

騎士「おう、どんと来い」

 勇者の言葉を受け止めて、騎士は不敵に笑った。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:52:16.12 ID:zBP9Ql630
 勇者は騎士に向かって再びその指をさした。

騎士「……あん?」

勇者「呪文―――大火炎ッ!!!!」

 勇者の指先に魔力が集中し、業火を生み出す。
 直径三メートルにも及ぶ大火球が騎士に向かって直進する。
 しかし騎士に焦りはない。
 既に見慣れた技だ。何の脅威も無い。

騎士「何のつもりだ?」

 騎士が剣を振る。
 湖月の力を発動させるまでもない。
 ただそれだけで火球は斬り飛ばされ、霧散する。
 火球が散って、勇者の姿が騎士の目に入った。
 勇者は先ほどと変わらぬ立ち位置で、まだ騎士に向かって指を伸ばしている。

勇者「呪文・大烈風ッ!!!!」

 勇者の指先から風の塊が射出された。
 騎士はその攻撃を躱そうともしなかった。
 風の塊が騎士を直撃する。
 呪文の直撃を受けて、しかし騎士は微動だにせず、呆れと失望を顔に浮かべてぽりぽりと頭を掻く。

騎士「……で? これが何だってんだ?」

 勇者の呪文は知っている。
 そしてそのどれもが、今のようにたとえ直撃したとしても騎士の強固な精霊加護を貫けない。

騎士「剣で勝てないから呪文で勝負……まさかそんな単純な結論を出した訳じゃねえよな?」

 騎士の問いに、勇者は笑みを浮かべて答えた。

勇者「いやあ……お前の言う通りさ。剣じゃ絶対にお前に勝てない。だから―――呪文で勝負させてもらう!!」

 勇者の指先に魔力が集中する。

勇者「呪文――――」

 騎士は勇者の指先を注視した。

騎士(くっだらねえ。お前は所詮この程度なのか、勇者)

騎士(もう茶番には付き合わねえ。次の呪文を躱したら、そのままぶった斬ってやる)

 そして、身を低く構え、勇者への突撃の姿勢を固める騎士。
 同時に、勇者の呪文が完成する。

勇者「――――『大雷撃』ッ!!!!」

 勇者の指先を注視していた騎士の頭上から―――閃光と轟音を伴って、雷が降り注いだ。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:53:20.72 ID:zBP9Ql630
騎士「ぐぁっ、があああああああ!!!!?」

 ビシャァァアアン!!!! と、凄まじい衝撃が騎士の体を打つ。
 それまでの呪文二連撃によって勇者の指先に意識を集中させられていた騎士は、頭上から降り注ぐ雷に碌な反応も示すことは出来なかった。

騎士(なんっだこりゃあ!!? 今の光と音…そして、このダメージは一体…!?)

 騎士の脳裏に、武の国で兵士長と共に目撃した情景が蘇る。

騎士(雷…!? 勇者の奴、まさか雷を呼んだってのか!!?)

 呪文・大雷撃【ダイライゲキ】。雲なき空より雷を発生させる奇跡の業。
 これこそが、勇者が光の精霊より賜った呪文だった。
 精霊最上位である光の精霊の加護の下に放たれるこの一撃の前には、他の精霊の加護をどれだけ集めていようと意味を為さない。
 雷は騎士の持つ桁外れの加護すら紙のように貫き、甚大なダメージを与えた。
 この効果だけでも恐るべき呪文だが――――実はこの呪文の真価は、むしろ直撃後にこそ発揮される。

騎士(確かに大した威力だが――――意識を持ってかれる程じゃねえ!! この程度なら、十発食らったって耐えられる!!)

 歯を食いしばって痛みに耐えた騎士だったが、視線を勇者の方に戻してぎょっとした。
 いつの間に現れたのか―――戦士と武道家が、自分に向かって突撃してきている。

騎士(な―――!? こいつら、今までずっと隠れていやがったのか!!? クソ、しゃらくせえ!!!!)

 剣を握り、二人を迎撃しようとした騎士だったが、自身の体の変調に気付き愕然とした。

騎士「あ……ぐぁ、か……!?」

騎士(体が…痺れて動かねえ!?)

 そう、これこそが呪文・大雷撃の真価。
 直撃した対象を痺れさせ、その体の自由を奪う。
 無論、それで奪える時はほんの一瞬程度ではあるが―――騎士達のレベルの戦いになれば、その一瞬で十分に明暗が分かたれる。
 戦士が精霊剣・炎天を振りかぶる。
 武道家が精霊甲・竜牙を纏った拳を握りしめる。
 二人の装備は共に神秘の結晶、精霊装備。直撃すれば、加護レベルの差を覆してダメージを通すことが出来る。
 たとえ騎士のような化け物を相手にしても―――問題無く致命傷を与えることが出来るだろう。

騎士(がああああああああああああああ!!!! 動け動け動け動けぇぇぇえええええええ!!!!!!)

 騎士は己の両腕に全神経を集中する。
 引き攣ってまともに動こうとしない指先を、それでも無理やり曲げて剣を握る。
 その執念により、騎士は二人の攻撃が直撃するよりも一瞬早く、己の体の自由を取り戻した。
 だが―――二方向から同時に迫る攻撃を躱しきることは、如何に騎士といえども不可能であった。
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