女神

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:29:05.15 ID:2aggOrwDo

女神


 前に落としてしまったSSを再開します。最初から書き直しになるのと、地の文と小説形
式で書き直しますので、苦手な方は回避してください。あと速報での見やすさを考慮して、
80行で改行しています。環境によっては見づらいかもしれませんけど、ご了承いただけ
ると幸いです

 更新は遅いと思いますし、完結までには一年くらいかかりそうです。あらかじめご承知
ください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448288944
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:30:32.20 ID:2aggOrwDo

「お兄ちゃん」

「何だよ」

「またあの先輩だ。ほらいつも駅のベンチに座り込んで電車が来ても乗らないでスマホで
何かやってる女の人」

「おまえさ、そうやって人のことばっか噂する癖やめたら?」

「だっておかしくない? 駅で電車に乗らないでベンチに座ったままとか。それも毎朝だ
よ」

 あいつは、同じクラスの女の子だ。確か、名前は、二見だったか。そう、二見 優とい
う名前だった。そもそも、クラスの女にはろくに知り合いはいないのだけど、彼女の名前
だけはどういうわけか覚えていた。何だか、知り合いとつるまないあの子の姿勢に、少し
だけ感心したことがあるからかもしれない。

「ああ、あいつ同じクラスの二見ってやつだよ」

「お兄ちゃんあの人知ってるの?」

「だから同級生だけど、話したことは無いかな。つうかあいつ、あまり友だちいないみた
いだし」

「電車に乗らないでスマホ弄ってるけど遅刻しないのかな」

「ああ。いつもぎりぎりだけど遅刻はしてねえよ」

 それまで穏かに、かつそれほどの興味がないみたいに二見の話をしていた妹の顔が真剣
になった。

「ふーん」

「・・・・・・麻衣?」

「お兄ちゃん」

「何だよ」

「話したことないっていうわりにはあの人のことよく観察してるんだ」

 麻衣のこの手の話し方は別に今に始まったわけじゃない。俺にはその対処法がわかって
いたのだけど。

「もしかしてあの人に気があるの?」

 麻衣が俺を見つめてそう言った。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:31:35.75 ID:2aggOrwDo

 俺は思わず妹を見つめた。何も言いわけをせずに。そうすると麻衣の表情が少しだけ
ひるんで、妹は次の言葉を口ごもって、はっきりとしない返答を口にした。

「な、何よ」

「おまえさ」

「うん」

「その見境のない俺への嫉妬、いい加減何とかしないとやばいんじゃねえの」

 俺はもう何回言ったかわからない言葉を口にした。妹に好かれるのは素直に嬉しいけど、
いつまでもそんな関係では俺にも麻衣にも幸福は訪れないだろう。

「な・・・・・・! お兄ちゃんへの嫉妬とか自意識感情なんじゃないの? だいたいあたしは
お兄ちゃんのことに関心なんてないし」

「それならとりあえず、おまえがしっかりと握っている俺の手を離してもらおうか」

「な、何言ってるのよ。あたしが手を離すとお兄ちゃんがすぐにすねるから仕方なく」

「はい?」

 妹は俯いて黙ってしまった。もうこうなったらしかたない。

「ああ面倒くせえな。じゃあもうそれでいいよ」

 あいかわらず妹は沈黙を守っている。

「どうした?」

「・・・・・・お兄ちゃんの意地悪」

 ああ。ついに麻衣を泣かせてしまった。これじゃいかん。

「ああ、もう泣くなって。悪かったよ」

 ああ、もう全くこいつは。でもしかたないのかもしれない。妹をそういう依存体質にし
てしまったのは、両親と俺のせいかもしれないのだ。俺は心の中で密かにため息をついた。

「本当に悪かったよ。俺おまえがそばにいてくれないと何にもできねえのにな」

「・・・・・・本当?」

 妹が上目遣いに俺の方を見た。

「ああ本当だ。おまえがいつも一緒にいてくれて俺本当に助かってるんだぜ」

「・・・・・・うん。それなら許してあげる」

 電車がホームに入ってきた。この電車に乗らないとやばい。

「・・・・・・ほら、電車来たぞ」

「うん! さっさと乗るよお兄ちゃん」

「こら。そんなに手を引っ張るなよ、痛てえじゃんか」

「早くしないと乗り遅れるってば」

「わかったから手を引っ張るなって。痛てえよ」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:31:44.78 ID:jehBbCKAO
書き直すのかよ

まぁ、がんがれ
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:33:32.92 ID:2aggOrwDo

 次の停車駅で、俺は幼馴染の少女を見つけた。

 有希。俺の幼馴染であり俺の初恋の相手。

「お姉ちゃんだ。今日も夕さんと一緒だね」

「・・・・・・まあ、あいつら同じ駅だし家も隣だしな」

「そんだけの理由かなあ? 毎朝いつも一緒じゃんお姉ちゃんと夕さん」

「ああ、そうだな」

 それ以外には何も言いようがなかったから、俺はとりあえずそう言った。

「まあ、でもお似合いだよね。お姉ちゃん綺麗だし夕さんもイケメンだし」

「・・・・・・うん。まあね」

「お姉ちゃん、うちの隣から引っ越して正解だったね。お隣さんがお兄ちゃんからイケメ
ンの夕さんにグレードアップしたことだし」

 それがどういう意味か、麻衣に確かめるまでの時間は与えられなかった。開いたドアか
ら、有希と夕也が乗り込んできたのだ。

「あ、お姉ちゃーん!」

「おはよう麻衣ちゃん」

「ようお二人さん」

 夕也も俺たちにあいさつした。普段どおりのさわやかな感じで。

「おはようございます」

「・・・・・・おはよ」

 俺も二人に向かってあいさつした。ぼそっとした声だと思われたかもしれないけど。

「麻人どうしたの? 朝から元気ないじゃん」

 有希が半分からかっているような表情で俺に話しかけた。

「おまえ、俺の貸したあれにはまって寝不足なんじゃねえだろうな」

 夕也がからかい気味に言った。よりにもよって有希が聞いているのに。

「・・・・・・バカよせ。妹が聞いてるんだぞ」

「何々? 何の話」

 有希が口を挟んだ。

「何でもねえよ。男同士の話だ」

「何か感じ悪い」

 有希の言葉に続けて麻衣も口を開いた。

「ほんと。男って嫌だよね、お姉ちゃん」

「うんうん。本当に信じられるのはあんただけよ。麻衣ちゃん愛してる」

「わ! お兄ちゃんの前ではやめてください・・・・・・じゃなくて。混んだ電車の中ではやめ
て」

 突然、有希に抱き寄せられた麻衣が狼狽して抗議した。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:35:39.28 ID:2aggOrwDo

「お兄ちゃんの前ではだって。ふふ。麻衣ちゃんってほんとブラコン」

「・・・・・・違います」

「え? おまえと麻衣ちゃんってもしかしてそういういけない関係なの?」

 夕也が何か嬉しそうな声で割り込んだ。

「・・・・・・おまえは死ね」

「片手でしっかりと麻衣ちゃんの手を握ったまま反論されてもなあ」

「説得力ゼロだよな。って、痛いって。よせ麻人。もう言わねえからグーで殴るのはよ
せ」

「俺じゃなくてこいつが手を握りたがるからだな」

「・・・・・・な!? 何であたしがお兄ちゃんなんかの手を握りたがるのよ、バカ。手を握っ
てあげないとお兄ちゃんが寂しがるからあたしは仕方なく」

「はいはい。ごちそうさま」

「そうじゃねえって」

 俺は有希を睨みつけたけど、いつもと一緒で全く睨んだ効果はないようだった。

「よくもまあ毎朝飽きずに痴話喧嘩できるな、おまえら」

「確かに喧嘩だけど、痴話だけよけいです!」

 麻衣よ。おまえはいったい何がしたいんだよ。俺は妹を眺めてそう考えた。ただ、うざ
いからといって妹が、麻衣が可愛いことにはならないからたちが悪い。そう、俺は多分シ
スコンなのだ。

 有希の笑いが、同じ学校の学生で満員状態の電車内に容赦なく響いた。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:38:27.47 ID:2aggOrwDo

 校舎の入口まで来て、有希は少し真面目な表情になった。

「じゃあ、麻衣ちゃんまたね」

「はい・・・・・・。でも、何で学年によって校舎分けてるんでしょうね」

「さあ。一学年のクラス数が多いからじゃない? うちの学校って」

「校舎が一緒なら教室の入り口まであたしも一緒に行けるのに」

「家で毎日お兄ちゃんといちゃいちゃしてるのに校内でも一緒にいたいの?」

 だからふざけんな有希。俺たち兄妹をどこまでネタにする気だよ。でも、その怒りの感
情を深く掘り下げていくと、俺のいらいらはただ兄妹の関係をからかわれているからだけ
ではないことに気がつく。

 そうだ。俺は、俺に対して無関心な有希に対して焦っているのだ。同時に、有希がとき
おり照れて笑いかけるイケメンの友人、夕也のことを俺は気にしているのだ。

「・・・・・・だから違いますって」

「麻衣ちゃん顔真っ赤だよ。かあいいなあ」

「確かに可愛いけどあんたは黙れ」

 突然、真面目な表情で有希が言った。

「何でだよ」

 有希がいきなり怒り出したことに夕也は少し驚いたようだった。

「もう行こうぜ。遅刻しちゃうよ」

 これ以上、有希と夕也のことを正視できなくなった俺はそう言った。

「あ、お兄ちゃんこれ」

 麻衣が突然真面目な表情になって俺にお弁当の袋を差し出した。

「お、おう」

「今日も麻衣ちゃんの手作りのお弁当?」

 夕也との心理戦を一時停止した有希がからかうように笑った。

「いいなあ、おまえ」

 夕也もイケメンらしくさわやかに笑ってそう言った。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:42:20.12 ID:2aggOrwDo

 どういうわけか、夕也が麻衣が作った俺の弁当への感想を述べると、有希が顔を赤くし
た。そして有希は夕也を軽く睨むように笑った。

「あんたは、好き嫌いが激しいくせに。一生学食のカツ丼でも食べてろ」

「いや、そう言うなって。まあ、そうなんだけどさ」

 やっぱりそうなのか。最近のこの面子での登校は辛すぎる。有希や夕也の恋愛を邪魔す
る権利は俺にはないけれども、それを見せつけられなければならない義務だってないはず
だった。それでも、俺の有希への感心を気取られることなくこいつらと登校しないように
する術なんて思いつかない。

「・・・・・・な、何よ」

「何でもねえよ」

 有希と夕也がお互いに見詰め合って顔を赤くしている。

「じゃあ、あたしもう自分の校舎に行くね」

「ああ」

 俺は麻衣が一年生の教室の方に向かっていくのを見送った。

「俺たちももう行こうぜ」

 有希から目を離した夕也がそう言った。

「そうね」

「いい時間になっちゃったな」

 あれ?

 俺はそのとき、校門から駆け込んでくる女子生徒に目を奪われた。すげえダッシュだな。
俺はそう思った。時間内に何とか校内に滑り込んだ女の子は、少しだけ速度を緩めて歩き
出した。それは、さっき見かけた同級生の二見 優だった。多分、俺たちより一本遅い電
車に乗ったのだろう。

 校内に入った彼女は、相変わらず周りにいるクラスメートと話しをしない。何で、結構
可愛いのにボッチなんだろう。朝のあいさつする相手もいないらしい。

 そのとき、有希が俺の背中を気安く叩いた。

「ほら、麻人。何ぼんやりしてるの。さっさと行くよ」

「ああ」

 俺は一人で孤高の女王みたいに、校門から校舎に歩いている二見から目を離して、クラ
スルームに向かって歩き始めた有希と夕也の後ろを追いかけた。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:42:55.96 ID:2aggOrwDo

今日はここまで
また投下します
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:48:58.63 ID:Z1QaKolBo
どうせまた落とす
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:58:26.88 ID:c1gdcECxo
ビッチもちゃんと完結したし期待してる
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/24(火) 09:16:04.27 ID:sfqopt4NO
正直、落とした奴が言う「一年かけて完結させる」ほど信用できない物はないよね
だって落としてる期間に書きためすらしてないって事でしょ?その場のノリでしか書けない奴が一年もかけるわけないじゃん
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/26(木) 22:26:43.44 ID:U0eHPXCZO
これは絶対に完結させてほしい
あまりにも途切れ方が不憫だったから
今だに俺の中で好きなSSキャラのベスト5に入るぞ。二見優
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/26(木) 22:40:47.59 ID:U0eHPXCZO
◯妹の手を握るまで 2011.12〜 2012.2 完結
●女神 2012.2〜2013.5 未完
●ビッチ 2012.8〜 2013.12 未完
◯妹と俺との些細な出来事 2013.8〜2014.3完結
●トリプル 2014.3〜2015.3 未完
○ビッチ(改) 2014.11〜2015.11 完結
●女神 2015.11〜 New!
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/27(金) 00:59:11.90 ID:+7/E124+O
うわぁ、信者様だぁ
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/27(金) 03:44:53.33 ID:iPi4LVnoo
でURLはまだかね?
スレタイを貼ったんだから当然知ってるだろう?
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:16:56.62 ID:rzAsx3KDo

 何か一度気が付くと結構気になるものだ。二見が普段どう過ごしているかなんて、今ま
で気にしたことなんかなかったのに。二見は机の下で何かスマホ弄ってる。あいつは、い
つも一人で何やってんだろう。結構可愛いのに、周囲の男の視線とか、あまり気にしてい
る様子もない。しかし、あそこまで堂々と授業をボイコットできるのもある意味すげえな
と俺は思った。先生からはわからないかもしれないけど、後ろの席からはさぼってるのは
丸見えだった。

 それにずっと俯いてるからそのうち先生にも気が付かれるんじゃねえかな、あれ。俺は
そう思った。何かネットでも見てるのかもしれないけど、まあ、俺にはどうでもいい。そ
んなことを考えていると、いつのまにか授業が終ってしまっていた。

「さあ、飯だ飯」

夕也ののん気な声がした。

「おまえ今日も中庭?」

「別に決めたわけじゃねえけど」

「だっておまえいつも中庭か屋上で麻衣ちゃんと二人で昼飯食ってるじゃん」

「・・・・・・別にいつもってわけじゃねえよ」

「真面目な話さあ、おまえと麻衣ちゃんってどうなってるの?」

「どうって何だよ。別にどうもなってねえよ」カ

「だっておまえらいつもべったりと二人きりじゃん」

 ふざけるな。有希といちゃいちゃできる余裕かよ。俺と妹との関係をからかうのは。こ
いつが、有希の家の隣に引っ越してくるまでは、そして妹が同じ学校に入学するまでは俺
と有希は二人きりで一緒に登校していたのだ。今から思うと、そんな貴重な日々を俺は無
駄に費やしてしまったのだけど。

「んなことねえよ。あいつが俺がいないと寂しがるから」

「・・・・・・この間、同じこと麻衣ちゃんにも聞いたんだけどよ」

「・・・・・・何って言ってた? あいつ」

「あたしが一緒にいてあげないとお兄ちゃんが拗ねるから」

「ふざけんな・・・・・・死ね」

「よせって。痛えだろ。つうか俺が言ったんじゃねえって。麻衣ちゃんがそう言ったんだ
って」

 麻衣との関係をからかわれるのは、有希にされたって誰にされても苛つくと思うけど、
まして夕也に言われるとすごく腹が立つ。こいつには悪気はないのかもしれない。確かに
いい友人だと思う。お互いに口には出さないけど、親友同士だと思っている。だけど、有
希に惚れられているこいつに、言うに事欠いて麻衣との、実の妹との関係をからかわれる
とすごく腹立たしい。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:17:48.23 ID:rzAsx3KDo

 つまり、こういうからかいを気軽に言えるのは夕也に余裕があるからじゃないのか。こ
いつと有希はもう付き合い出す寸前の雰囲気を醸し出している。毎日の登校の様子から見
てもそれは明白だった。

「まあいじゃんか。あんな可愛い子がおまえのことを一途に慕ってるんだしよ」

「可愛いって・・・・・・実の妹だっての」

「はいはい」

 ひょっとしたら夕也には悪気はないのかもしれない。麻衣は可愛い。自分の妹の容姿を
誉めるのは、たとえ自分の心の中だけにしたって抵抗はあるが、麻衣が可愛いことは事実
だし、いろいろ告白めいたことを同学年の生徒や先輩たちからされていることも事実だ。
少なくとも、本人や有希の言葉を信じるならば。だから、夕也は悪気ではなくそんな妹に
好かれている俺を持ち上げながらからかっているだけなのかもしれない。

「じゃ、俺は学食行くわ。麻衣ちゃんによろしくな」

「・・・・・・おう」

 それでも、俺は実の妹とに好かれていることをからかわれていることに納得できなかっ
た。特に、有希の心を持っていった当の本人に言われているのだし。

 そのとき、夕也と俺の側に有希が寄って来た。

「学食行かない?」

「おう。混む前に席を確保しようぜ」

 夕也が俺と麻衣との関係をからかうことを一瞬にして忘れたように言った。やっぱり、
こいつは有希のことが好きなんだ。

 ・・・・・・また二人で一緒にお食事かよ。でも、そのことに嫉妬してももうどうしようもな
い。

「麻人は? 一緒に学食でお弁当食べない?」

「野暮なこと言うなよ」

 夕也が余計なことを言った。有希は彼の言葉に苦笑めいた表情を見せた。

「あ、そうか。ごめん・・・・・・麻衣ちゃんによろしくね」

「・・・・・・ああ」

 そう言う以外に俺に何を言えたのだろうか。中庭に出ると、噴水を囲んで置かれている
ベンチの一つを、麻衣が占領して人待ち顔で周囲を伺っていた。俺は早足で妹が座ってい
るベンチに向かった。

「遅いよ」

 麻衣が不満そうに俺を見た。

「そんなに遅れてねえだろ」

「中庭のベンチって競争率高いんだよ? あたしが早く来て場所取りしたからここでお昼
食べられるんだからね」

「・・・・・・わかったよ、ありがとな」

「別にいいけど」

 麻衣の頭を撫でると、妹は顔を赤くしたようだった。

「とにかく弁当食おうぜ」

「うん」

「いただきます」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:18:34.21 ID:rzAsx3KDo

 妹にもいろいろ欠点はある。兄なんだからそんなことはわかっているし、麻衣にだって
俺に対する不満は数え切れないくらいあるだろう。兄妹なんてそんなもんだ。それでも、
妹の美点として料理上手だけは疑いもない。

「・・・・・何?」

「・・・・・・何でもない」

「おまえ食わねえの?」

「・・・・・・食べるよ」

 いかん。麻衣の不満そうな様子を見て俺は気がついた。誉めなきゃ。

「今日も美味しそうだな。おまえ料理上手だもんな」

「・・・・・ほんと?」

 麻衣が顔を赤くして言った。

「ああ。本当」

 別に嘘は言っていない。こいつの料理は本当に美味しいのだ。

「・・・・・・そっか」

 こいつ普段はうざいけど、こういうところは可愛い。つまり誉められて素直に喜ぶとこ
ろとか。機嫌がよくなった麻衣にほっとして、弁当を食べることに集中していた俺が、ペ
ットボトルのお茶を手に取ったとき、噴水の反対側のベンチに座っている二見の姿が見え
た。

 二見は相変わらずぼっち飯のようだけど、飯っていうか何かを食っている様子でもない。
スマホを弄っているようだ。いったい、あいつはいつも何をやってるんだろう。

「お兄ちゃん、どうかした?」

 箸を止めた俺の様子に不審を覚えたのか、麻衣が俺に言った。

「いや、何でもない」

「・・・・・・お兄ちゃん、またあの人のこと気にしてたでしょ」

 麻衣が俺を睨むように見上げた。

「んなことねえよ」

「へえ。これだけ中庭に人が一杯いるのに、あの人って言っただけで誰のことかわかっち
ゃうんだ」

「・・・・・・何言ってるんだ、おまえは」

「お兄ちゃん、あの先輩のこと気になってるんでしょ。正直に言ってみ?」

「ばか違うって」

 本当にそうじゃないのに。むしろ俺が好きなのは有希・・・・・・。

「さっきから視線があの女の先輩に釘付けじゃん」

「それよかこのハンバーグもさ、いつもより美味しくね?」

 麻衣は黙ったままで俺の方を軽く睨んだ。

「おまえの料理ってだんだん成長してるのな」

「・・・・・・まあ、冷凍食品だってたまには違うメーカーのやつに変えてるしね」

 完全に地雷を踏んだようだ。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:19:05.42 ID:rzAsx3KDo

授業が終ると、夕也が近寄ってきた。

「おまえこれからどうすんの」

「どうって・・・・・・家に帰るだけだけど」

「じゃ、一緒に帰るか」

「おまえいつもは有希と一緒に帰ってるじゃん」

「ああ、そうなんだけさ」

 照れる様子も戸惑いもなく、夕也はあっさりとうなづいた。

「今日は一緒に帰らねえの」

「あいつ、今日は生徒会なんだって」

「何だよ、有希が一緒に帰れないから俺を誘ってんのかよ」

「うん、そうなんだけどさ」

 こいつ。少しも自分の気持を隠そうという気も、俺に気をつかうつもりもないらしい。
もっとも夕也に気をつかわれても、かえって惨めな気持ちになるだけだったろうけど。

「あいつと二人で帰れるならおまえを誘うわけないじゃん」

「・・・・・・おまえら付き合ってるの?」

 俺は思い切って夕也に聞いてみた。有希への関心を全く隠す様子がないので、ひょっと
したらこいつの本音を聞けるかもしれないと思ったのだ。

「いや、まだ」

 はい?

「まだってどういう意味だよ」

「そのとおりの意味だよ。で、どうする? たまにはゲーセンとか行かねえ?」

「今日はやめておくわ・・・・・・麻衣が校門の前で待ってるし」

「・・・・・なあ」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:19:42.85 ID:rzAsx3KDo

「うん?」

「前から聞きたかったんだけどさ」

「おう」

「おまえと麻衣ちゃんってどうなってんの?」

「どうなってるって何だよ」

「だからさあ」

 こいつは何を言いたいのだ。

「普通兄妹で手を繋いで登校したりとか、いつも兄妹二人きりで昼飯食ったりしないじゃ
んか?」

「そうか?」

「そうだよ。何、おまえ麻衣ちゃんとできてんの?」

 俺は無言で夕也の頭を叩いた。

「痛てえって。よせ」

「おまえ言うに事欠いて何てことを想像してるんだよ」

「・・・・・・だってよ」

 夕也はひるまずに言い返してきた。

「何だよ」

「いや」

 夕也はもうこの話を続けるつもりがなくなったのか、そう言った。

「・・・・・・まあ、いいや。」

「・・・・・・あいつも一緒でいいか」

「ああ?」

「だから。妹も一緒でよければゲーセン付き合ってやるって言ってんの!」

「・・・・・・シスコン」

「うるせえよ」

「じゃ、行こうぜ。校門のところに麻衣ちゃんはいるんだろ」

「ああ」

「麻衣ちゃんとゲーセンかあ。俺、妹ちゃんとプリ撮ってもいいか」

「・・・・・・勝手にしろ」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:20:37.35 ID:rzAsx3KDo

 校門のところに着くと待っていた麻衣が不満そうに俺の方を見た。

「遅いよお兄ちゃん。昼休みもあたしを待たせたのに」

「・・・・・・待ち合わせした時間までまだ十分以上あるんですけど」

「あたしは三十分も待ってるもん」

 それはさすがに早く来すぎだろう。夕也が口を挟んでくれた。

「まあまあ、喧嘩するなよ二人とも。それよか三人で遊びに行こうぜ」

「夕也さんいたんですね。ごめんなさい気がつかなくて」

「さっきからずっと麻人の隣にいたけどね。まあ気にしないでいいよ」

「はい。でも夕也さんお姉ちゃんを待ってなくていいんですか」

「あいつは今日生徒会」

「そうですか。寂しいですね夕也さん」

 麻衣がくすっと笑って夕也をからかった。けれども夕也の方は全く動じていなかった。

「まあしかたないよ。それに麻衣ちゃんがいてくれれば全然OK」

 俺は再び夕也の言葉に苛立ちを覚えた。嫌味の一言でも言ってやろうか。そう思った俺
が口を開くより前に、麻衣が夕也に話し始めた。

「・・・・・・じゃあ今日は夕也さんも一緒に帰るんですか?」

「え?」

 普段女の子からそう言う扱いを受けたことがない夕也が戸惑ったように言った。こいつ
が一緒に加わると聞いて迷惑そうな様子を見せた女の子は今までいなかった。麻衣を除い
て。頼むから余計なことを言うなよ。俺は心の中で麻衣に言った。

「そうかあ。今日は三人で帰るのかあ」

 俺の願いも空しく麻衣は話を続けた。この話の続きは俺にはよくわかっていた。

「え、ええと」

「お兄ちゃんどうする? 二人でスーパーで買い物とかしなきゃいけないんだけど」

「ま、まあ、そんなののは三人でゲーセンで遊んだ後に二人で行けばいいだろ」

「でも今日はお兄ちゃんがあたしの服を見たたてくれることになってたじゃん? まあそ
れはいいんだけど」

 麻衣が涼しい顔でさらりと嘘を言う。麻衣の服を買いに行く話なんか聞いてない。

「さすがにあたしの下着を選ぶのに夕也さんを付き合わせちゃったらお姉ちゃんに悪い
し」

 服じゃなくて下着かよ。さすがの夕也も黙ってしまった。俺はしかたなく、多分麻衣が
期待しているだろうセリフを口にせざるを得なくなってしまった。

「夕也さあ・・・・・・」

「ああ。わかった。今日はお前らの買い物をを邪魔しちゃ悪いし先に帰るわ」

「すまん」

 これでまた、夕也にからかわれるネタを提供してしまった。夕也がこの話を面白おかし
く有希に話している姿が浮かぶようだった。また、有希に誤解されるのか。いや、もう誤
解とかどうでもいい段階になっているのだけれど。有希はきっと夕也のことが好きなのだ
ろうから。

「・・・・・・じゃあ麻衣ちゃんまた明日」

「はい。夕也さんさんさよなら」

 麻衣は可愛らしく微笑んだ。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:21:06.22 ID:rzAsx3KDo

 思ったとおり、麻衣は服や下着を買うつもりは全くないようで、俺たちはまっすぐ自宅
近くのスーパーマーケットに赴いた。

「お兄ちゃん、今日何食べたい?」

「・・・・・・何でも」

「何でもいいは禁止だって言ったでしょ」

「じゃあ肉じゃが」

「・・・・・・また?」

 呆れたように麻衣が顔をしかめた。

「だって好きだし」

「一昨日も肉じゃがだったじゃん。いい加減に他の料理とか言えないの?」

「だったらおまえに任せるよ」

「だから何でもいいはだめだって」

「・・・・・・おまえさ」

 俺は思わず口にしてしまった。

「何よ」

「毎日毎日俺と放課後買い物とかして過ごしてるけどさ」

「・・・・・・うん」

「友だちと遊びたいとか部活に出たいとか思わねえの」

 妹は黙ってしまった。

「弁当とか食事とか俺の面倒だけ見てくれてるのは助かるけど。それに、確かにうちは両
親が仕事で夜遅くならないと帰ってこねえしさ」

「・・・・・・うん」

「俺っておまえに頼りきってる部分があるのは自分でもわかってるけどさ。俺だっておま
えに普通の女子高生の生活をさせてやりたいって思うわけだよ」

 これは嘘ではない。同世代の女の子たちと比べて、うちの妹の生活は不憫すぎる。うち
の両親は二人とも多忙だった。以前は、今ほどではなかったのだけど、父さんと母さんが
企業内で出世し役付きになった。我が家の収入はえらく増えたのだけど、それと正確に反
比例して、二人が家にいる時間は減ったのだ。かわって家事を引き受けたのが麻衣だった。

 正直に言うと麻衣はすごいと思う。中学生ながらに家事をしながら、進学校の俺の高校
に合格した。そして、高校のクラスでも上位の成績をキープしながら引き続き、俺と家の
面倒を見ているのだ。高校一年生の女の子なんだ。もっと友だちと遊んだり、彼氏を作っ
たりする時期なんじゃないのか。生活面で麻衣に頼りきりの俺が言うのは説得力はないか
もしれないけど。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:25:15.60 ID:rzAsx3KDo

「麻衣?」

「・・・・・・お兄ちゃんって、あたしのことうざいと思う?」

 麻衣はようやく返事をしてくれたけど、どうも話の方向が違う。

「何言ってるんだよ。そうじゃねえよ」

「お兄ちゃんが迷惑ならもうお兄ちゃんにはまとわりつかないよ」

「そんなこと一言も言ってねえだろ。俺はおまえが面倒見てくれて助かってるし嬉しい
し」

「・・・・・・でも、内心ではベタネタくっついてくるあたしのことうざい妹とか思ってるんで
しょ」

「だからそうじゃねえって。おまえだってお年頃だし友だちとか彼氏とかと遊びたいんじ
ゃねえかって」

「・・・・・・彼氏なんていないもん」

「あのさ」

「別に彼氏なんて欲しくないし・・・・・・」

「いや。でもおまえの年頃なら」

「お兄ちゃんと一緒にいられればそれでいいのに」

「え?」

「お兄ちゃん・・・・・・何でそんなに意地悪なこと言うの」

「・・・・・・ええと」

 再び麻衣が沈黙した。こんな話になってしまうとは。完全に失敗だった。それでも、俺
が妹のことを気にしていることもまた確かだ。だから俺は言った。

「おまえビーフシチューとか作れる?」

 妹は沈黙して俯いたままだ。

「何か今日はそういう気分なんだけど」

「・・・・・・作れる」

「じゃあ頼むわ」

 俺は麻衣の手を握って言った。゙

「あ・・・・・うん」

 麻衣が俺の手を握り返した。

 手を握ったら機嫌が直ったみたいだけど、こいつは本当に・・・・・・本気でブラコンなのだ
ろうか。とりあえず麻衣の機嫌は直ったみたいだけど。これじゃ本当に近親相姦目前みた
いな状況じゃないか。これでは夕也にからかわれるのも無理はないのかもしれない。

「お兄ちゃん。この牛肉、日本産なのに安いよ」

 機嫌を直した様子で麻衣が俺に言った。

「うん」

「・・・・・・二人分だからこのパックだとちょっと少ないかな」

 妹に答えようとしたとき、俺は同級生の二見の姿を見かけた。スーパーなんかで何をし
ているのだろう。あいつは普段から生活感を感じないし、スーパーで買い物とか違和感が
ある。

 やはり二見はそれなりに可愛いな。俺はそう思った。男ならみんなそういう感想を持つ
だろうけど、別に好きな子じゃなくても女の子のことは気になる。そうやって改めて眺め
た二見は可愛らしかった。あれで変人じゃなきゃもっと男からもてるだろうに。そう考え
た俺は、そのとき二見ともろに目を合わせてしまった。何だかわからないけど気まずい。
俺が彼女を見つめていたことが二見にはわかってしまっただろうか。

「・・・・・・お兄ちゃん、あたしの話聞いてる?」

 麻衣が不審そうに言った。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/30(月) 00:25:43.84 ID:rzAsx3KDo

今日は以上です

また投下します
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/30(月) 12:21:51.16 ID:SN+Sl09aO
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/12(土) 22:03:18.64 ID:4pKhASr0o
また落とす気?
もう少し書き溜めてから書こうよ
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:23:32.62 ID:OtBfvlRMo

 二見はスーパー内を足早に移動している。あいつ、何か買物でもあるのか。今日はやけ
に二見に縁があるな。そう思って麻衣から目を離し二見の方に視線を動かすと、彼女はか
がんでなにやらシャンプーとかそういう品物を選んでいるようだった。彼女はシャンプー
みたいな商品をかごに入れて立ち上がるとき、何かを床に落とした。財布のようだった。

「聞いてるけど・・・・・・あのさ」

「どうしたの?」

「ちょっと買いたい物あるから」

「うん?」

「探してる間おまえ買い物してろよ」

「別にいいけど。あたし冷凍食品とか買ってるから」

「・・・・・・ビーフシチュー作るのに何で冷食を」

「冷凍食品はお弁当用だよ。じゃあ、あまり待たせないでね」

「ああ」

 床に放置されていたのはやはり財布だった。赤い皮の財布だ。二見を見つけて声をかけ
用と思ったけど。彼女の姿が見当たらない。早く返さないと麻衣を待たせることになる。
せっかく直った妹の機嫌がまた悪くなったら目も当てられない。そうなれば今夜の俺の平
穏な時間は失われたも同然だ。二見が見つからないのなら、レジの横にあるサービスカウ
ンターで店員に託せばいいのだ。俺はそう思い立って早足でレジの方に向かった。麻衣の
機嫌が悪くならないうちにさっさとこの財布を預けてしまおう。

 そう思った俺が客が並んでいるレジの横を通り過ぎようとしたとき、すぐ横のレジの前
に当の本人が清算を待っていることに気がついた。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:24:04.73 ID:OtBfvlRMo

「三千二百円のお買い上げになります」」

「はい」

そう答えた二見は財布を見つけられないようだった。後ろに並んでいる客の無言の圧力
を、この俺が感じてストレスを覚える。二見は自分のスクールバッグの中を焦ったように
探し回っていた。

「お客さま?」

「すいません、ちょっと待ってください」

「おかしいな。財布どこにしまったんだろう」

 レジにいる店員に困惑した様子の彼女が話しかけた。

「おい」

 俺の声は二見には届かなかったようだった。

「おい、二見」

「・・・・・・え?」

 このとき初めて二見が俺の方を見た。

「ほら、落ちてたぞ。これおまえの財布だろ」

「あ・・・・・・」

「さっき屈んで何か見てた時に落としたみたいだぞ」

「あんたは」

 あんたじゃねえだろ。もう少し話のしようがあるだろ。

「あんたはじゃねえだろ。同級生の名前くらい覚えておけよ。ほら、財布」

「・・・・・・ありがと」

「お客さま?」

 レジにる店員が二見に言った。

「あ、すいません。これで」

 彼女は俺から受け取った財布から紙幣を取り出してレジの店員に渡した。

「五千円お預かりします。ありがとうございました」

「あ、あの」

 二見にかまけている場合じゃない。俺は麻衣のところに行かなきゃいけないのだ。

「じゃあな」

「・・・・・・池山君、ありがとう」

「おう」

 何だよこいつ。俺の名前知ってるんじゃねえか。不思議と綺麗な印象の二見の顔を眺め
て俺はそう思った。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:24:33.96 ID:OtBfvlRMo

 二見に財布を渡せたのはいいけど、結構時間を食っちゃったようだ。麻衣は待たされて
怒ってないだろうか。待ち合わせ場所のはずの冷凍食品売り場には、麻衣既にいない。ま
さか、勝手に帰っちゃったんじゃねえだろうな。そう思った俺が雑誌売り場の方を見ると、
麻衣がいた。何か雑誌を立ち読みしているようだ。すげえ夢中になって立ち読みしてるみ
たいだ。・こういうところは麻衣は可愛いい。それにしても、いったいあんなに夢中にな
って何を立ち読みしているんだろう。

 俺は麻衣が読んでいる雑誌の表紙が読めるまで、麻衣の方に近づいた。

 ・・・・・・ヤング・レディース。巻頭特集「鬼畜な兄貴:お兄ちゃんもう許して」)

 おい。いったい何の話を夢中になって読んでるんだあのバカ妹は。このことは知らなか
ったことにした方がいい。そうっとこの場から離脱しよう。俺がそう思ったとき、俺は麻
衣に見つかって話しかけられた。

「お兄ちゃん?」

「おう」

「・・・・・・遅いよ」

 麻衣が立ち読みしていた雑誌を棚に戻して言った。

「ああ、悪い。」

「何を探してたの」

「あ、いや。うん」

 買いたい物があるわけじゃなく、二見が財布を落としたからだとは言いづらい。何で麻
衣に言いづらいかはわからなかった。

「はい?」

「・・・・・・いやちょっと欲しかったものがあったんだけど見つからないからいいや」

「欲しかった物って? あたしが探してあげようか」

 やばい。欲しい物なんか何にも思い浮かばない。

「何を探してたの」

「・・・・・・それよかさ、おまえは何を夢中になって読んでたんだよ」

 話を逸らすにしても最悪の選択肢じゃねえか。口に出したとたんに俺はそのことを後悔
した。

「漫画の雑誌」

 妹はしれっと答えた。何の躊躇もなく。

「これ。これに連載されてる漫画がすごく面白いの」

 表紙を見ただけで俺には何の論評も出来ないのだと悟る。

「クラスでも流行っているんだよ」

「な、何ていう漫画?」

 よせよ俺。そこに触れるな。

「これこれ。『鬼畜な兄貴:お兄ちゃんもう許して』っていうやつね」

「・・・・・・あ、ああ」

 何で麻衣は、わざわざこんなもののページを開いて俺に見せるのか。

「禁断の恋に陥る兄妹の心理過程を丁寧に描写してるんだよ。ほらちょっと見てみ」

 ・・・・・・おいおい。もういい加減にしろ。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:25:35.07 ID:OtBfvlRMo

漫画の兄「妹! もう我慢できないよ」

漫画の妹「お兄ちゃんだめ。あたしたち血が繋がった兄妹なんだよ」

漫画の兄「おまえが嫌なら何もしないよ。俺のこと嫌いか」

漫画の妹「・・・・・・そんな聞き方卑怯だよ」

漫画の兄「俺はおまえのことが好きだ」

漫画の妹「・・・・・・お兄ちゃん」

漫画の兄「おまえはもう一生俺以外の男と寝るな!」

漫画の妹「・・・・・・いや、やめてお兄ちゃん!」



「どう? 面白いでしょ」

「・・・・・・これは何の嫌がらせだよ」

「嫌がらせって」

「・・・・・・おまえ絶対わざとやってるだろ」

「何言ってるの? お兄ちゃん、あたしはクラスで評判になっている漫画を」

「もういい。帰るぞ」

「うん。別にいいけど。もう買い物は清算してあるから、この袋持ってね」

「・・・・・・ああ」


「ほら、もう帰るよ」

「わかってるよ」



 スーパーマーケットの出口に来たとき、俺は二見に話しかけられた。

「池山君?」

「・・・・・・え? あ、二見か」

 ここまで楽しそうだった麻衣が沈黙して二見の方を見た。

「池山君、さっきはありがと。あたし慌てちゃってちゃんとお礼言えなくて」

「さっきありがとうって言ってくれたじゃん」

 やっぱり二見って可愛いい。何でぼっちなのか不思議なくらいだ。これで性格的に変っ
たこととかなければ学校でリア充確定だろう。

「とにかくちゃんとお礼言いたくて。ありがとう、さっきはパニックだったから本当に助
かったよ」

「・・・・・・よかったね」

「池山君ってこれまでお話したことなかったね」

「そうだな」

 つうかおまえは誰とも話ししたくないオーラ出していたではないか。

「これからは教室で話しかけてもいいかな」

「ああ、クラスメートなんだしな」

「よかった。これからはよろしくね」

 二見がにっこりと笑った。

「あ、ああ」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:27:05.77 ID:OtBfvlRMo
 可愛いじゃんか。不覚にも俺はそう感じてしまった。

「・・・・・・お兄ちゃん?」

 麻衣が不機嫌そうに横から口を挟んだ。

「うん?」

「スーパーの袋が重くて手が痛い」

「・・・・・・買い物の邪魔しちゃってごめんね。あたしもう行くね」

 二見が言った。

「ああ、また明日教室でな」

「うん。さよなら」

 帰り道、妹は妙に無口だった。いつもなら煩いくらいどうでもいい話をしてくるのに、
今日に限っては黙って俯いたままだ。

 ああ! もう面倒くせえな。俺はそう思った。でも、差し伸べる手を差し出すのはきっ
と俺の方からじゃなくてはいけなのだろう。生活の大半を妹に頼っている俺としては。

「ほらそっちの袋もよこせ。持ってやるから」

「自分で持つからいい」

「いいから寄こせって。手が痛いんじゃなかったのかよ」

「いい・・・・・・。お兄ちゃんにうざいって思われるくらいなら手が千切れてもいいから自分
で持つ」

 まただ。だいたい、おまえの持っているスーパーの袋はそんなに重くねえだろうが。

「いいから寄こせよ。おまえ華奢で力ねえんだから」

「やだ」

「だっておまえが手が痛いって言っただろ」

「よかったねお兄ちゃん」

「はあ?」

「前から気になっていた女の子と仲良くなれたんでしょ」

「おまえ何か誤解してるぞ」

「誤解なんかしてないいよ! お兄ちゃんがあたしを放っておいてあの先輩に鼻の下を伸
ばしてたんじゃない」

「・・・・・・おまえさ」

「何よ」

「前にも言ったけどさ。その見境のない嫉妬、何とかしろよ」

「だってお兄ちゃんが」

「あいつは単なる同級生。たまたまあいつが落とした財布を拾って届けてやっただけだろ
うが」

「・・・・・・だってあの先輩、お兄ちゃんに話しかけてもいいかなって」

「・・・・・・だから何だよ? 俺に話しかける女はみんな俺に気があるって言いたいのか?」

「だって」

 全くこいつは。こういうときの最終手段がある。

「ほれ片手出せ」

 妹が俺の顔を見上げて赤くなった。

「それともおまえの荷物もってやろうか? 両手塞がるからおまえの手を握ってやれない
けど」

「何言ってるの」

「どっちにする?」

「・・・・・・荷物は自分で持つ」

 俺は妹の小さな手を握り締めた。妹も黙って握り返してきたので、多分これで俺たちは
仲直りできたのだろう。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:27:40.51 ID:OtBfvlRMo

「今日は先輩いないね」

 翌朝、自宅の最寄り駅で麻衣が俺に言った。麻衣の言う先輩が二見のことをさしている
ことは明白だ。

「そうだな」

「・・・・・・残念そうだね。お兄ちゃん」

 こいつが気軽にこういう風に話すときは実はあんまり気にしてないんだよ
な。俺はそう思った。こいつが本当に気にしているときは、泣くか黙っちゃうかだし。
昨日こいつの手を握ったのがよかったのか。

「ほら電車来ちゃったよ。お兄ちゃん早く」イ

「だからいつも言ってるけど、いきなり手を引っ張るなよ」

 手を握る以外でも、昨日あれだけ妹にサービスしてやったのだから、麻衣の機嫌がいい
のは当然だ。



『肉じゃが美味しい?』

『すごく美味しいよ、ほらおまえも』

『な、何やってるのよ!?』

『おまえに食べさせようとしているんだけど』

『お兄ちゃんの変態!』

『結局食ってるじゃねえか』

『うるさい!』



 それにしても。いつも駅のベンチでスマホ弄ってる二見は、なぜ今日はいないのだろう
か。どうでもいい話だけど、何だか少しあいつのことが気になる。

「お兄ちゃん」

「おう」

「今、あの先輩のことを考えてたでしょ」

 おまえはテレパスかよ。

「考えてねえよ」

「嘘だね」

「だから誤解だって」

 そのとき、有希が救世主になってくれた。

「おはよ麻衣ちゃん」

 隣の駅から電車に乗り込んできた有希が元気にあいさつした。

「よう麻人」

 夕也だ。やっぱりこいつも有希と一緒か。妹の嫉妬とは別な意味で俺は気分が沈んでい
くのを感じた。

「あ、お姉ちゃん」

「何か元気ないじゃん」

 有希が俺たちを眺めて言った。

「そうなんだよ」

「あんたじゃないよ。麻衣ちゃんのこと」

 有希が一言で俺を切り捨てた。夕也がおかしそうな表情をした。

「麻衣ちゃん何か悩み事でもある?」

 妹は黙って有希の顔を見上げた。何となくだけど、泣きそうな表情のような気がする。

「そうか」

 有希が怖い顔で俺の方を見た。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:28:09.73 ID:OtBfvlRMo

「あんたら前の車両に移動しなさい」

 有希の突然の命令に、俺もそうだけど夕也も面食らったようだった。

「え? 何でだよ」

 夕也が有希に言った。有希は黙って夕也を睨んだ。

「お、おう。何だか前の車両に移りたい気分になってきたぜ」

 夕也の言葉に今度は俺の方が驚いた。

「何で?」

 有希が俺を睨むと、夕也が俺を催促した。

「ほら行くぞ麻人。さっさと移動しようぜ」

「おい、ちょっと待てって・・・・・・気持ち悪いな。手を引っ張るなよ夕也」

 麻衣と有希と別れて隣の車両に移ると、夕也が俺を問い詰めだした。

「で? 今度はいったい何をやらかしたんだよおまえは」

「何って・・・・・・何もしてねえよ」

「嘘付け。何もなくて俺たちが隣の車両に追い出されるようなことになるわけねえだろ」

「本当だって」

「麻衣ちゃんって何か悩みがあったぽいよな」

「知らねえって」

 思い当たるのは二見のことだけだ。あれが麻衣の不機嫌とか悩みの原因だとすると、俺
にとっては冤罪としかいいようがない。

「じゃあ、何で麻衣ちゃんがあんなに悩んで、有希もあんなにそれを真剣に受け止めてた
んだよ」

「だから本当に知らねえんだって」

「おまえ、何か思い当たることがあるだろ」

「うーん」

 おまえはテレパスかよ。

「白状すれば楽になるぞ」

「まあ、勘違いかもしれないけどさ」

 俺はしぶしぶと口を割った。

「もったいぶらずにさっさと話せ」

「昨日妹とスーパーで買い物してた時に、同じクラスの二見と会ってさ」

「二見って。ああ、あのぼっちの子ね。ちょっと可愛いよな」

「まあ確かに可愛いんだけどさ。暗くね? あいつ」

「だからいつもぼっちなんだろ」

「そんでスーパーであいつが財布落としたんで拾ってやったんだけどよ」

「うん」

「そしたらあいつ」
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:28:38.58 ID:OtBfvlRMo

「ほう。あの可愛い二見がおまえのともっと仲良くなりたいと言ったわけだ。いいなあ、
おまえ」

 夕也が俺をからかうように軽口を叩いた。

「ボッチだとか言ってたくせに。それにそうじゃねえよ。普通に学校で話しかけてもいい
かって聞かれただけだろうが」

「そんなこと一々確認する女なんていねえよ。わざわざそんなことを言うのには訳がある
んだよ」

「訳って何だよ」

「おまえに意識させたいんだろ? 自分のことを」

「考えすぎだろ? それって」

「ああ、いいよなあ。持てる男はよ。実の妹なのに麻衣ちゃんからはヤンデレ気味なほど
愛されているのに、今度はクラスの謎の美少女から好意を寄せられるなんてよ」

 こいつ本気でむかつく。おまえにだけは言われたくない。そう思った言葉が思わず口に
出てしまったようだ。

「おまえにだけは言われたくねえよ」

「え? 何で」

「うるせえな。何でもねえよ」

「おまえ何勝手に切れてんだよ。訳わかんねえよ」

「おい駅に着いたぞ。早く降りようぜ」

「誤魔化しやがった、こいつ」



 少なくとも夕也のせいではない。本当は自分でもわかっていたのだ。俺と有希が恋人同
士の間柄なら、夕也は、この友情に厚いこいつならきっと俺と有希の間に割り込もうなん
て思わなかっただろう。夕也が現れるまで、俺と有希は仲がいい幼馴染ではあったけど、
そして俺の方は有希のことが大好きだったけど、客観的に見れば俺と有希は単なる幼馴染
であって、恋人同士でも何でもない。だから、そこに現れた夕也に有希の心を持っていか
れたとしても、それは夕也が卑怯だとか卑劣だとかということはできない。同時に有希が
夕也のことを好きになったとしても、それは俺に対する裏切りではない。俺は有希に告白
すらしたことがなかったのだから。

 夕也が俺たち三人の関係に入り込んでくる前に、俺が有希に告白していたとしたら。有
希は俺の気持ちに応えてくれていたのだろうか。それは今となっては考えることすらむな
しい想像だった。とにかく、今の有希が夕也を好きなことは誰の目にも明らかだった。夕
也の方も。つまり二人が結ばれるのはもう時間の問題なのだ。

「どうした? 何考え込んでるんだよおまえ」

 俺の気持ちを知らない夕也が不審そうに問いかけた。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:30:20.79 ID:OtBfvlRMo

「麻人、ちょっとこっちに来なさい」

 学校前の駅で下車すると、俺と夕也の方に歩み寄って来た有希が怖い顔で言った。

「何だよ」

「夕也は麻衣ちゃんを教室まで送って行って。あたしはこいつに少し話しがあるから」

「話ってもう始業時間まであまり時間ねえぞ」

「すぐ済むよ。あんたはとにかく麻衣ちゃんを連れて行って」

「お、おう。麻衣ちゃん、教室まで送ってくよ。行こう」

 険しい表情の有希に怯んだ夕也が麻衣に話しかけた。

「はい」

 麻衣のやつは、俺の方をちらりとも見やしない。

「麻人、ちょっとこっち来て」

「どこ行くんだよ」

「いいから着いて来て」ュ

 突然、有希に手を握られた俺は狼狽した。いったい何だよ。

「何で俺の手を握るの」

「うるさい!」

 中庭まで俺は有希に手を引かれたきた。思い出すまでもなく、有希が最後に俺と手を繋
いでくれたのは、夕也が登場する前だった。

「ここでいいわ」

「あと十五分くらいでホームルーム始っちゃうんだけど」

「・・・・・・あんたさ、何考えてるのよ」

 有希が俺の手を話し、険しい表情で俺を問い詰めるように言った。

「いきなり何だよ。わけわかんねえよ」

「麻衣ちゃんの気持ちとか、あんた真剣に考えたことあるの」

「おまえ、何言ってるの?」

「あたしは引っ越すまではあんたたちの隣の家で、ずっとあんたと麻衣ちゃんを見てきた
んだよ」

 何言ってるんだこいつ。

「だから、麻衣ちゃんのあんたへの気持ちはあたしが一番良くわかってる。あれだけ一途
にあんたのことを慕っている麻衣ちゃんの気持ちを何で弄んだりできるの?」

「ちょっと待て」

「何よ」

「俺が妹の気持ちを弄ぶってどういうことだよ」

「だってそうでしょ。麻衣ちゃんから聞いたけど、昨日だってあんたは二見さんと麻衣ち
ゃんの前で、見せつけるようにイチャイチャしてたんでしょ」

「おまえそれ何か誤解してるぞ」

「あまつさえ」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:30:52.85 ID:OtBfvlRMo

 俺の言葉なんか全く聞かずに有希は言いつのった。

「麻衣ちゃんが嫉妬したり怒ったりした時、あんたはすぐに麻衣ちゃんの手を握ったり肩
を抱いたりあーんしたりとか、そういう姑息な肉体的な接触で麻衣ちゃんを惑わせたりし
たらしいじゃない」

 どうしたらこんなひどい誤解ができるのか。麻衣は結局俺のことを誤解したままだった
のか。俺はため息をついた。

「あのさあ。昨日は二見の財布を拾ってやった俺に、あいつがお礼を言っただけなんだ
ぜ」

「だけど、麻衣ちゃんは」

「だけどじゃねえよ。おまえ、麻衣のことを心配してるふりをして、気にいらない俺に言
いたいことを言ってるだけじゃねえの」

「・・・・・・違うよ」

「本当は俺のことが気に入らないだけなんだろ? だったらもう俺に話しかけるなよ」

「ち、違う」

「夕也と二人で仲良くしてればいいじゃねえか。何で俺のことなんかそんなに構うんだ
よ。気に入らなけりゃもう俺には話しかけないでくれ」

「・・・・・・何で」

「何でじゃねえよ。おまえは大好きな夕也のことだけ気にしてりゃいいだろ。もう俺と麻
衣のことは放っておいてくれよ」

 俺は何でこんなにエキサイトしてるんだろうか。夕也とべったりな有希への嫉妬なの
か。情けねえな俺。

「じゃ、もう行くから」

「あ。ちょっと待って」

「おまえも早く行かないと遅刻するぞ」

 俺はもう有希の方を見ずに教室に向かって歩み去った。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/16(水) 00:31:22.32 ID:OtBfvlRMo

今日は以上です
また投下します
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/16(水) 12:28:14.72 ID:7iUtF4G0o
乙ぅ
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/12/16(水) 12:59:55.84 ID:W+VzVMJhO
地の文が入ってテンポが悪くなっちゃったな
とりあえずがんばれ
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/17(木) 02:22:03.31 ID:WA3CKLu/0

ビッチから流れてきて初めて読んだけどこっちも面白い
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:09:08.36 ID:aKfQVv85o

 胃が痛くなるような有希との不毛な会話から逃れて教室に入ると、二見が俺に話しかけ
てきた。本当に話しかけてくるんだな、こいつ。さっきまで有希との会話にエキサイトし
てしまった俺には、冷静な態度で二見に接することができるのかわからなかった。

「池山君」

「おう」

「おはよう。昨日はありがとね」

 目の前で、二見が微笑んでいる。

「おはよう」

 辛うじてあいさつを返した俺は、二見の姿を盗み見るように眺めた。やっぱりこいつ、
可愛いな。特にいつも無愛想なので今日みたいに微笑むと特に。

「池山君、大丈夫?」

 二見が不思議なことを聞いてきた。

「大丈夫って何が」

「何か一日の始まりから消耗してるって感じ」

 少しだけ複雑そうな笑みを浮かべて、二見は言った。何なんだいったい。

「ああ。ちょっと登校中にいろいろ会ってね」

「遠山さんと喧嘩でもした?」

「いや、そんなじゃねえけど」

 遠山さん。と、こいつがそう言った相手は有希のことだ。こんなことで違和感を感じる
理由はないのだけれど、俺にとっては有希は有希だったので、最初は二見が何を言ってい
るのかわからなかった。

「何であたしなんかがそんなこと知ってるんだよって、今考えたでしょ」

「いや。でも何でそう思ったの?」

「あたし、ぼっちだからさ」

「え?」

 普通は触れられたくないだろう事実を、二見はさらっと言ってのけた。さすがに何て答
えていいのかわからない。

「普段学校でやることないし、自然とみんなのこと観察するようになっちゃってね」

 二見はさらっと話を続けた。しかし、こいつ本当にみんなが噂しているようなコミュ障
なんだろうか。会話をしている限りではとてもそうは思えない。

「ぼっちって・・・・・。おまえって自分から一人を選んでる感じだけどな。何というか周囲
を遠ざけているっていうかさ」

 初対面に近い俺なんかとこれだけ話せるならば、こいつがその気になれば友だちなんか
いくらでもできるだろうに。しかも容姿だってこんなに可愛いんだし。

「あたしのことはいいの。それよか遠山さんって君のことが好きなんだね」

「何言ってるの、おまえ」

「友達がいないっていいこともあってさ、人間関係がフラットに見えるって言うか」

「はあ?」

 本気でこいつが何を言いたいのかわからない。

「要は中立的な立場で観察するとわかることもあるってこと」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:10:07.63 ID:aKfQVv85o

 こいつは部外者だから無理はないけど、有希の好きな相手について誤解しているらしい。
放っておいてもいいのだけど、こういう誤解は早めにといておいた方がいい。俺にとって
も有希にとっても迷惑な話題なのだから。

「ここだけの話だけどさ」

 俺はいったい初めて話すようになったばっかの二見に何語っているんだろう。

「うん」

「有希には好きな相手がいるの」

「それが広橋君のことなら、それは違うと思うな」

 二見は俺に言った。

「え?」

「広橋君は遠山さんのことが好きなのかもしれないけど、遠山さんが好きな人は君だよ」

 何を言ってるんだこいつ。

「池山君?」

 ふざけるなよ。いろいろな意味で俺はそう思った。こいつの言っていることが正しいと
か正しくないとか、そういう意味ではない。

「おまえは何だよ?」

「ぼっちの女子高生だよ」

 二見がまた微笑んだ。その笑顔は不覚にも俺を引きつけた。だが言うことは言っておか
ないといけない。

「あのさ。あの二人は相思相愛なんだから、余計な波風を立てるな」

「そんなことするわけないじゃん。あたしは観察してるだけだもん」

「・・・・・・何でそんなに人のことに興味あるの? 自分は人と関らないようにしてるくせ
に」

「関らないようにはしてないよ。相手されないだけで」

「嘘付け。おまえくらい可愛ければその気になれば友だちだって取り巻きだって彼氏だっ
てできるだろう」

「それはそうかもね」

 二見はそれを否定しなかった。そして不思議なというか不敵な笑みを浮かべた。

 何か怖いなこいつ。俺は本能的にこいつだけは回避すべきだと思った。そのとき救いと
いうか担任が教室に入ってきた。

「先生来たぞ」

「そうだね」

 二見はそう言って自分の席に戻っていった。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:10:35.14 ID:aKfQVv85o

 授業中に俺は考えた。なぜ有希が俺のことあんなに怒ったんだろうか。妹の気持ちを弄
んでいると言ってたけど、さっきのはほとんど言いがかりに近い。確かに妹には感じやす
いというか、俺の行動を深読みしすぎて勝手に傷付いたりするところはあるにしても、今
回の件は完全に濡れ衣だろう。麻衣だって、俺が優しくすれば忘れてくれるくらいのこと
だったじゃんか。有希が俺と麻衣の間に入って事を大げさにしているとしか思えない。も
っと言えば、麻衣より有希の方が二見のことを気にしてるとしか思えない。

 夕也とのことがなきゃ有希が俺に気があるんじゃないかと誤解するようなレベルの干渉
だと思う。そう考えるとさっきの俺の態度は間違っていない。それにしても、女ってわか
んない。俺はそう思った。二見はぼっちだからコミュ障だからと思っていたら、実はあん
なにはっきりと自分の考えを話せるのだ。そもそも俺に対してあれだけ行動できるんなら、
ぼっちになる理由なんてない。あいつは、やっぱり自分から同級生との関りを避けている
としか思えない。では、何で急に俺に近づいてきたんだろか。たかがスーパーで財布を拾
ってやったくらいで。

 それにしても。俺は再び思考を切り替えた。最近、麻衣とも有希とも会話がかみ合わな
いことが多いけど、さっきの二見との会話は見事にかみ合っていた。実は、あいつとは相
性がいいのかもしれない。そういやあいつ、有希は夕也じゃなくて俺のことが好きだって
言ってたな。俺は二見の言葉を思い出して少しだけうろたえた。まあ、その辺はあまり真
面目に受け取ると自分が傷付くだけだからあまり考えないようにしよう。

 それにしても二見って可愛いい。普通ぼっちに可愛い子なんていないし、ましてはきは
きと喋れる頭のいいぼっちがいるなんて考えたことなかったけど。あいつは、成績も結構
いいし。そういうところもあって、クラスで孤立はしてるけどいじめられたりしないんだ
ろうか。可愛くて頭も良くてはきはきしているぼっちか。何かピンとこない。というか。

 俺は何で二見のことばっか考えてるんだろうか。俺は二見の方をちらっと眺めた。

 あいつは、また机の下に隠してスマホを弄ってるいようだ。ネットでも見ているのだろ
うか。

 それから、また俺の思考は有希の行動の方に戻って言った。今朝のあいつの行動は最悪
だし、俺にはあいつに謝ったり妥協したりする要素は何もない。ただ、夕也が俺たちの仲
に入り込んでくる前のことを考えると、さっきのヒステリックな有希の行動にも理解すべ
き点はあるのかもしれない。だいぶ落ちついてきた俺はそう考えた。

 さっきの有希の俺に対する非難は言いがかりだ。それは今でもそう思っているけど、そ
の行動の根底に、有希の麻衣への愛情や心配があるとしたらどうだろう。言いがかりだと
一括りにして切り捨てていいことなのか。

 父母が仕事が多忙であまり家にいてくれない環境に育った俺と麻衣が、二人きりの生活
によってお互いへの依存を深めていったことは確かだった。それについては麻衣を一方的
に非難できない。俺だって日常生活のかなりの部分を麻衣に依存しているのだから。そし
て、麻衣にとって俺では頼りにも当てにもできない部分を助けてくれたのが有希だった。
有希に話したら笑われるかもしれないけど、一時期俺と有希は麻衣の父母みたいだって考
えていた。実の兄の俺はともかく、それだけ有希も麻衣のことを気にかけてくれていたの
だ。

 そう考えた俺は有希に対して好意的にさっきの話を解釈しようと努めてみたが、これは
やはり無理だ。今朝の有希の話は許容しがたいほど、無理解と偏見に満ちていた。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:11:05.01 ID:aKfQVv85o

 昼休みになると、夕也が俺の方に寄ってきた。

「おい」

「うん? どうした」

「何かよくわかんねえんだけど」

「何だよ?」

「さっきの休み時間に、おまえあての伝言を預かってよ」

「伝言って誰から?」

「有希からだけど」

 何なんだ。反省して俺に今朝の態度を謝罪しようとでも言うつもりか。

「何だって?」

「俺が言ってるんじゃねえからな。あくまで伝言だぞ伝言」

「わかったよ。で?」

「そのまま伝えるとだな・・・・・・『今日はあたしと麻衣ちゃんと二人で食事するから兄は邪
魔しないで』ってよ」

 麻衣も有希もガキの嫌がらせかよ。あるいは有希が麻衣のことを気にかけてくれている
のは本当なのかもしれないけど、俺のことはどうでもいいと思っているとしか思えない。
有希が夕也のことを大好きなのはしようがないとしても、俺に対して何でこんなに攻撃的
なのだろう。

 「好きの反対は無関心だよ」

 昔、何でかそういうことを有希に言われた記憶がある。そのときは素直に有希の言葉に
感心したのだけれど、今にして思えば好きの反対は憎悪としか思えない。実際、有希が俺
に対してしていることはそうとしか思えないじゃないか。

「そういうわけだ。あ。俺は伝えただけだからな」

「わかってるよ。じゃあ、二人で学食でも行くか?」

「悪い。俺、昼休みに佐々木に呼び出し食らってるんだよな」

「先生に? おまえ何かやらかしたの?」

「違うって。ちょっといろいろあってな」

「ちょっとなのかいろいろあるのかどっちだよ」

「細かいところに突っ込むなよ。じゃあな」

「ああ。またな」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:11:34.75 ID:aKfQVv85o

 有希のせいか麻衣のせいかわからないけど、昼飯を人質にとるとは嫌がらせにもほどが
ある。今日弁当がないならないって朝に言えよ。俺はそう考えた。俺が何をしたって言う
んだよ。まあ、仕方ない。弁当がない以上学食か購買にでも行くしかないな。俺が席を立
ったとき、二見が俺の方に近寄ってきた。

「池山君」

「お、おう」

 こいつと話すと周りの目が結構気になる。周囲の生徒は絶対俺たちの方を気にしてる。

「今日は妹さんと一緒にお昼食べないの」

「うん。あいつ今日はお弁当作らなかったみたいで」

 俺はとりあえず無難に取り繕った。

「じゃあ池山君、学食行くの?」

「学食か購買か空いている方にしようかと思ってさ」

「よかったら一緒にお昼食べない?」

 え? 何言ってるんだこいつ。

「本当によかったらだけど・・・・・・今日お弁当作りすぎて来ちゃったから。よかったら食べ
てくれない?」

 何だ? このギャルゲのテンプレ設定みたいな状況は。

「いいの?」

 他に何と言っていいのかわからない。

「残すのももったいないしね」

 二見は微笑んだ。本当になんでこんなに可愛いのにこいつはぼっちなんだ。

「迷惑?」

「んなことねえけど」

「じゃあ、中庭に行こう」

「・・・・・・うん」
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:12:20.83 ID:aKfQVv85o

「出遅れちゃったけどそこのベンチが空いてるね」

「うん」

「じゃあ、食べようか」

 何だ? 何かやたら豪華なお弁当が出てきた。

「よかったらどうぞ。これ、お箸ね」

「あのさ」

「うん?」

「何かお花見の弁当みたいな重箱入りの弁当だけど、いつもこんなもの学校に持ってきて
るの?」

 んなわけねえだろ。

「今日はたまたま。作りすぎちゃったって言ったじゃん」

「これ全部自分で作ったの?」

「うん」

「すげえ」

「別にそんなことないよ」

 二見が赤くなった。珍しいものを見るものだ。

「じゃあ、せっかくだから頂こうかな」

「余っても捨てるだけだし、いっぱい食べてね」

 しかし、さっきまでの麻衣と有希の言動は考え過ぎ、思い込み過ぎからきたものだった
けど、さすがに二見と俺の今の状況をあいつらに見られたら。すごくヤバイ気がする。そ
れだけ、俺の方にやましい意識があるのだろう。

「どうしたの?」

「あのさ、おまえさ」

「うん? 食べないの?」

「食べるけど・・・・・・それよかおまえ何で急に俺に近づいたの? 今まで俺たちって話もし
たことなかったじゃん? たかがスーパーで財布拾ったくらいで、何でお昼一緒にとか言
い出した?」

「何でって。迷惑だった?」

「迷惑じゃねえよ。むしろ友だちが増えて嬉しいけどさ」

「じゃあ、いいじゃん。池山君、好き嫌いある?」

「特にないな」

 質問に答えねえなあ、こいつ。俺は不思議に思った。こいつはいったい何を考えている
のだろうか。

「じゃ、煮物をどうぞ。京野菜を使ってるのよ」

 二見が微笑んだ。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 00:12:54.52 ID:aKfQVv85o

今日は以上です
また投下します
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:37:13.93 ID:Xae/YECko

 放課後になっても気持ちは少しも落ちつかなかった。有希の怒りとそれに対する俺の反
発のせいだ。有希が麻衣のことを大切に思っているにしても今朝の俺への苦言や怒りは行
き過ぎている。昼休に二見の手作りの弁当を二人きりで食うという思いがけないイベント
のせいで、俺の気持ちはややおさまったのだけど、やはり午後の時間に考えれば考えるほ
ど納得がいかない。突き詰めてみれば簡単だった。有希が俺と二見の関係に嫉妬したとい
うのなら、俺にも納得できる。というか、嬉しいという感情さえ持てる。でも、そうじゃ
ないことは明らかで、そうではない以上、俺と二見の間柄を有希にとやかく言われるいわ
れはない。たとえ、有希が麻衣のことを気にかけていたにしても、やはりそれは、俺と麻
衣だけの問題なのだ。

 今までもそうだったとおり、有希は夕也のことだけを心配していればいいのだ。好きで
もない、付き合う気もない俺になんか干渉する必要も権利もない。要はそういうことだろ
う。

 今日という今日は本気で怒ったからな。麻衣にも有希にも。俺は思った。よく考えれば、
俺は今日は金を持ってきていなかったのだ。夕也に頼めば昼飯代くらい貸してくれただろ
うけど、あいつは職員室に呼び出されていた。つまり、偶然二見が作り過ぎたっていう弁
当を分けてくれたからよかったけど、下手したら昼飯抜きになるところだったのだ。自分
だけ昼飯がないなんていう、腹が減るうえに屈辱的な経験をさせられるところだった。そ
れも有希と麻衣がしでかしたことのせいで。

 よし決めた。今日は昼に麻衣とは会えなかったから放課後の約束もしていない。勝手に
帰ってしまおう。あと帰ったらカップヌードルで夕飯も済ませよう。こんな思いまでさせ
られて、妹の飯なんか食うもんか。

 麻衣に会う前に帰ろうと思い立ち、席を立った俺に有希が近寄ってきた。

「ちょっといい?」

 今さら何だよ。こいつは自分のしたことを反省すらしている様子がない。そんなやつの
相手をする理由はない。俺は有希を無視して教室の出口に向かった。

「え・・・・・・ちょっと麻人」

 背後からうろたえたような有希の声がした。

「おい、有希がおまえを呼んでるって」

 夕也が間に入って言った。こいつには悪いけど、有希に妥協する要素は何一つない。

「俺、今日はもう帰るから」

「麻人、ちょっと話が」

「おい、ちょっと待てよ」

「また明日な、夕也」

 俺は有希の方を見ずに夕也にだけ別れを告げた。教室から廊下に出たとき、既に廊下に
出ていたらしい二見が俺を見た。

「池山君さよなら」

「え? ああ、二見。またな。つうかお昼ありがとな」

「別にいいよ。また食べてくれる?」

「おお。作りすぎちゃった時はいつでも声かけてよ」

「うん、そうする。じゃあね」

「おう、またな」

 俺が二見に軽く手を振ってきびすを返したとき、有希が泣きそうな顔で俯いた姿が目の
端に映った。今さら反省でもしたのか。

「有希? どうかした?」

 夕也が聞いた。有希はそれには答えなかったようだ。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:37:44.05 ID:Xae/YECko

 日が暮れかかった頃、街路灯の灯りにほのかに照らされた自宅のドアの鍵をまわして中
に入ると、家の中には全く照明が灯っていなかった。両親がいないのはいつもどおりなの
だけど、今日は麻衣もまだ帰って来ていないらしい。いつもなら妹と一緒に帰りに買い物
して、帰宅後妹が夕飯を作るんだけど、今日は麻衣を無視して勝手に帰ってきてしまった。

 俺は今日は本気で怒っている。まず二見の件については、文句を言われるようなやまし
いことは少しもない。二見の弁当をご馳走になったのだって、麻衣が俺に弁当を渡さない
と決めた後のことだ。それに仮に何かやましい気持ちがあったとしても、少なくとも夕也
といい雰囲気の有希にそれを咎められる筋合いはない。いくらあいつが麻衣のことを心配
しているにしても、ここまで俺と麻衣の関係に踏み込む権利なんかないのだ。

 おまえは夕也と仲良くしてりゃいいじゃんか。何で俺と妹の仲に口を挟むんだ。俺はそ
う思った。人の気持ちも知らないで。

 あと麻衣も麻衣だ。どんな相談を有希にしたんだか知らねえけど、あいつは、朝俺の分
の弁当も用意してたのだ。それを何だ。有希の口車に乗せられたんだとしても、俺は下手
をすれば昼食抜きになるところだったのだ。今日は妹の夕飯なんか意地でも食いたくない
から、カップラーメンでも食ってすぐ寝てしまおう。俺はそう思ったけど、キッチンを探
しても食えそうなものは見つからない。こういうときに限ってカップラーメンとか冷凍食
品とかインスタント食品とかが何もない。

 今からコンビニに行こうか。いや、面倒だし妹と出合ったら嫌だ。もう寝ちゃおうか。

 俺はそう思った。幸い昼間に二見の弁当をたくさんご馳走になったからそんなに腹は減
ってない。麻衣と顔を会わせるのも面倒だしそうしよう。俺はシャワーを浴びてもう寝ようと思った。



 深夜に何か物音がして、俺は目が覚めた。せっかく空きっ腹を誤魔化して眠れたのに。
いったい何の音だろう。不審に思った俺が部屋の灯りをつけると、麻衣が俺の部屋のベッ
ドの脇に体育座りで俯いていた。

「麻衣? おまえ俺の部屋に座りこんで何してるんだよ」

「めん」

「ああ? 聞こえねえよ。何でおまえが俺の部屋に夜中に座りこんでんのかって聞いてるんだよ」

「ごめん。お兄ちゃん・・・・・・今日はごめんなさい」

「おまえ泣いてるの?」

 いったい何だ。

「ごめんなさい、お兄ちゃん。今日お腹空いたでしょ。あたしが悪かったの」

 俺は麻衣に何と答えていいのかわからなかった。

「今日ずっと何も食べてないんでしょ?」

「食ってねえけど」

「ごめん」

「とにかく泣き止めよ」

「うん」

「で? 何で今日俺と昼飯食わなかったの?」

「お兄ちゃんが」

「ああ?」

「お兄ちゃんがいい気になって浮気とかしてそうだから懲らしめるって」

「いったい何の話?」

「朝の電車でお姉ちゃんにそう言われたの。少し思い知らせてやった方がいいよって」

 やっぱり有希の差し金か。

「それで?」

「お昼もお兄ちゃんを誘わないで食べようって。寂しく学食で一人で食事させれば少しは
懲りるよってお姉ちゃんが」
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:38:14.61 ID:Xae/YECko

「それで?」

「・・・・・・それでって。あたしお昼にお兄ちゃんと会えなくてすぐ後悔して」

「ああ」

「それでお姉ちゃんに謝って、やっぱりお兄ちゃんにお弁当を渡すだけでもしてきますっ
て言って。そしたら」

「そしたら、何だよ」

「そしたらお兄ちゃん中庭で」

「中庭で俺が二見と昼飯食ってたとこ見たということか」

「あ、あの。うん」゙

「それで早速、有希に言いつけたってわけか」

「それはそうなんだけど」

「うん?」

「それはお兄ちゃんがあたしとかお姉ちゃん以外の人と二人きりでいたのはショックだっ
たけど」

「それで?」

「でも、あたしが悪かったんだし。お兄ちゃんのせいじゃないと思ったから、そうお姉ち
ゃんに言ったの」

「そしたら?」

「お姉ちゃんは、あたしがお兄ちゃんを甘やかし過ぎだって」

「何だよそれ」

 正直、これにはむかっときた。有希が俺を好きではないことも夕也を好きなことも、そ
れはしかたがない。俺が文句を言うことではないからだ。だけど、そのことは有希が俺と
麻衣の関係に口を出していい理由にはならない。たとえ有希がこれまで麻衣の母親役をし
てくれていたとしても。

「そんなことないよってお姉ちゃんに言ったの。あたしがヤキモチ焼き過ぎっていうか、
お兄ちゃんに依存し過ぎてるからだって」

「そうか」

「お兄ちゃんごめんなさい。もう二度とこういうことはしないからあたしと仲直りして」

 俺が思わずため息をついた。

「俺さ、昼飯はいつものとおりおまえが用意してると思ってたから金とか全然持ってなく
てさ」

「うん。ごめん」

「金を持ってないんで学食にも購買にも行けねえし、そんでそん時に二見が声をかけてく
れたんだけどさ」

「・・・・・・うん」

「昼飯も食えない俺が、二見のその誘いに乗ったことでそんなに責められなきゃいけねえ
わけ?」

「だからあたしはそんなこと思ってないよ。お昼だってあたしだけ食べたらお兄ちゃんに
悪いと思って全部捨てちゃったし」

「え?」

 食わないで捨てたの? こいつ。捨てるくらいなら有希を振り切って俺のところに弁当
を届ければいいじゃねえか。

「ごめんねお兄ちゃん」

 でも。俺は少しだけささくれだった感情が収まり、心の仲が温かくなっていく気がした。
有希のことはともかく、麻衣は二人きりの兄妹なのだ。本気でこいつと仲違いしていいわ
けはないし、もっと実利的に考えれば麻衣が俺を嫌ってしまえば俺の生活が成り立たない。
食事だけでなく、洗濯や掃除とか。それは今日の夕食抜きの状態がいみじくも示している
とおりだった。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:38:43.68 ID:Xae/YECko

「おまえ、夕飯は食ったの?」

「お兄ちゃんも食べてないんでしょ」

「何もなかったから食ってねえ」

「そうだと思ったからあたしも食べてない」

「あのさあ」

「うん」

「もういいよ。今日のことは忘れたから」

「ほんと?」

「ああ。本当。おまえ、朝飯か食ってないんだったらこんな時間だけど何か食った方がよ
くねえか」

「お兄ちゃんは?」

「もう遅いからいい。俺の方は昼は食ったし」

「じゃあ、あたしもいい」

 有希の言うことなんかどうでもいいけど、麻衣が俺の大切な妹であることだけは疑いよ
うがない。

「久しぶりに一緒に寝る?」

 俺はずいぶん恥かしいことを口にしたようだ。



 翌土曜日の遅い時間に、俺は妹に起こされた。

「お兄ちゃん」

 何かいつもの朝より妹の声が間近で聞こえると思ったら、麻衣は俺のベッドで俺の横に
寝ながら、半ば半身を起こして俺にささやいていた。

「もう十時過ぎてるよ。いくら土曜日だってそろそろ起きてよ」

「うーん」

「お兄ちゃん」

 頬に湿った感触がした。

「おまえ何してるんだよ」

「あ、起きた」

「・・・・・・おまえ、何で俺の隣に寝てるの?」

 どおりでこいつの声が近くで聞こえたわけだ。

「お兄ちゃんが昨日一緒に寝ようって言ってくれたから」

「そうか」

 そう言えばそうだった。

「お兄ちゃんを起こしたくないから起きてからずっと静かにしてたんだけど、さすがにも
う起きないと」

「でも今日は学校休みじゃん」

「お母さんたちがいないからいろいろ買い物とかもあるし」

「そうなのか」

「ずっとこのままお兄ちゃんの隣で寝ていたいけど、あたしはお買い物に行ってくるね」

「そうか。そうだよな」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:39:11.21 ID:Xae/YECko

 麻衣に依存しているとはこういうことなのだろう。俺たちの生活は両親が俺たちに与え
てくれる生活費に拠っているにしても、それを形にしてこの生活を成り立たせているのは
麻衣のこういう働きによるものだ。そして、麻衣は自分のそういう犠牲的な働き方に関し
てはこれまで苦情一つ口にしたことがない。俺は昼飯を食えなかったくらいでエキサイト
した自分の麻衣への怒りを後悔した。

「お兄ちゃんは眠いなら、今日土曜日だしもう少しこのまま寝てていいよ。お昼ごはんで
できたらまた起こしてあげるから」

 ちょっと昨日はこいつに辛く当たっちゃったな。俺こいつがいないと生活すら危ういほ
どこいつに頼りきっているのに。だいたい有希の差し金でこうなったんだ。妹は昔から有
希と仲がいいから、有希の戯言に気が迷うことだってあるだろう。

「俺も起きるよ。一緒に買い物に行くか。荷物運びくらいはするから」

「いいよ、別に。お兄ちゃんは寝てて」

「俺と一緒に買い物に行きたくない?」

 戸惑ったように麻衣が俺の方を見た。その白い整った顔が赤い。

「そんなことあるはずないじゃん」

「よし。これで本当に仲直りだな。着替えて出かけるか。昨日夕飯食わなかったからさす
がに腹減ったな。どっかで朝飯食おうぜ」

「うん・・・・・・お兄ちゃん」

「だからもう泣くなって」

 家の近くのショッピングセンターの一階にあるスーパーで買物を終えると、もう十二時
近かった。

「もう十二時か。どっちかって言うと朝飯というより昼飯の時間になっちゃったな」

「そうだね。お腹空いた」

「おまえは昨日の昼から何も食ってないしな」

「うん」

「買い物する前に昼飯食うか。俺も腹へったし」

「そうね。お兄ちゃん、お腹空いたでしょ」

「どこにする? おまえが行きたいとこでいいよ」

 麻衣はが俯いた。

「もう怒ってねえから。仲直りしたんだからいつもみたいにあれが食いたいとか言えよ」

「うん」

 麻衣が顔を上げてようやく微かに微笑んだ。

「じゃあどうする?」

「あのね、前にお姉ちゃんに教わったんだけど、このモールの中に美味しいパスタ屋さん
が出来たんだって」

 ようやくいつもの妹に戻ってくれたか。俺はほっとした。それにしても有希のお勧めの
店か。でも、麻衣はこれで完全にいつもの麻衣に戻ったようだ。

「いいよ。そこに行こうか」

「いつも混んでるから並ぶって言ってたけど、いい?」

「おまえが空腹を我慢できるなら別にいいよ」

「じゃあ、行こ。七階にあるんだよ」

「うん」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:39:38.68 ID:Xae/YECko

「思っていたより並んでないね。これならあまり待たないんじゃない?」

「よかったよ。もう腹減って倒れそう」

「大袈裟だよお兄ちゃん」

「だって本当に腹へってるんだもん」

「あ、順番が来たよ」

「ああ」

「なあ」

「何食べるか決まった?」

「メニューがよくわかんないんだけど」

「え?」

「写真がついてないからどんなパスタなのか全然わからん」

「何食べたいの?」

「ミートソース」

「またそれ?」

「いいじゃん、好きなんだから」

「それならメニューの上のほうにあるでしょ」

「ないぞ」

「あるよ。上から四つ目に」

「これミートソースじゃねえだろ」

「ボロネーズって言うのはミートソースのことなのよ」

 食事を終える頃、麻衣が真剣な表情で俺に話しかけた。

「あたしさ」

「うん」

「あたしはお兄ちゃんのこと大好きだけど、別にお兄ちゃんをあたしに縛りつけようとか
思ってないから」

「おまえ、いきなり何言ってんの?」

「だから.あたしはお兄ちゃん子でブラコンだけど、お兄ちゃんの恋愛まで邪魔はしない
から」

「そうか」

「それは嫉妬しちゃうこともあるけど、基本はお兄ちゃんのこと応援してるんだからね」

「ああ」

 麻衣が笑った。

「わかったよ。ありがとな」

「大切なお兄ちゃんだからね。恋愛のアドバイスくらいならしてあげるからね」

「調子に乗るな」

「へへへ」

「じゃあ、本当にこれで仲直りだな」

「・・・・・・うん」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:40:08.20 ID:Xae/YECko

「でもね。お兄ちゃんとは仲直りできたけど、あたしはお兄ちゃんとお姉ちゃんがけんか
していることが辛いよ」

「それはどう考えても俺のせいじゃねえぞ」

「やっぱりお姉ちゃん、夕也さんよりお兄ちゃんのことが気になってるのかなあ」

「へ?」

 何言ってるんだこいつ。本気にしそうになるじゃねえか。

「前から気がついてはいたんだけどね」

「おまえ何言ってるんだよ」

「鈍いお兄ちゃんは気がついていなかったでしょうけど、お姉ちゃんってお兄ちゃんのこ
と時々じっと見つめてるしね」

「そんなわけあるか。だいたいそれなら何でおまえは今までそのことを黙ってたんだよ」

「敵に塩を送るわけないじゃん」

「・・・・・・おまえなあ。俺の恋愛を邪魔しないって言ったばっかだろ」

「邪魔はしないよ。聞かれればアドバイスもしてあげる。でも頼まれてもいないのに恋の
橋渡しなんてする必要ないでしょ」

「まあ、有希のことはおまえの勘違いだろうけどな」

「どうかなあ。あたしにも確信はないけどね。でも、わけわかんない二見さんなんて人に
お兄ちゃんを取られちゃうくらいなら、いっそお姉さんに取られた方が」

「よくも知りもしないくせに二見の悪口を言うなよな」

「え」

「あ。いや」

「冗談だよ。ごめん、お兄ちゃん」

「いや、もういいよ」

 何で俺は、二見の悪口聞いてエキサイトしてしまったんだろう。

「ねえ」

「何だよ」

「本当に二見さんのことは何とも思ってないの?」

 俺は沈黙してしまった。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:40:37.21 ID:Xae/YECko

「あのさ」

 翌朝の登校中、有希と夕也と合流する前に俺は麻衣に言った。

「うん」

「俺少し早足で歩いていつもより一本早い電車に乗りたいんだけど」

「何で?」

「あいつらと顔あわせたくないから」

「・・・・・・お兄ちゃん?」

「ああ」

「お姉ちゃんのこと許してあげて。お姉ちゃんはただあたしのことを可哀想だと思ってお
兄ちゃんに注意してくれたんだから」

「全然濡れ衣なのにな。あいつのせいで昼飯も食い損なうところだったし」

「お姉ちゃんは昔からあたしを応援してくれてたから」

「うん?」

「多分、お姉ちゃんは自分の気持ちを抑えてあたしを応援しててくれたから」

「何言ってるのかわかんねえよ」

「お姉ちゃんもきっと辛いんだと思うよ。あたし、一度お姉ちゃんとよく話そっと」

「とにかく俺は先に行くぞ」

「うん。あたしはお姉ちゃんと一緒に行くから」

 こいつのことだから俺と一緒に来るかと思ったのに、麻衣は有希と登校する方を選んだ
ようだ。

「じゃ、先に行くぞ」

「うん。お昼は屋上に来て」

「わかった。じゃあな」

「うん」

 一人で自宅の最寄駅に着いた俺は、いつも有希たちと待合わせをしている電車より一本
早い電車に間に合ったことに少しほっとした。麻衣とは仲直りしたけれど、有希とは会い
たくない。まして、夕也と一緒にいる有希とは。その時、俺はホームのベンチに二見が座
っていることに気がついた。要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車

 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼
飯までご馳走になったのに素通りもないだろう。これは礼儀の問題だ。俺は自分にそう言
い聞かせた。

「よ、よう」

「あ」

 二見が何かを隠した。スマホの画面なのかもしれない。

「おはよう、二見」

「池山君・・・・・・おはよう。君ってもう一本遅い電車じゃなかった?」

 二見が座ったまま俺を見上げて微笑んだ。何度も考えたことだけど、やっぱりこいつは
可愛い。
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