魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」

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436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 11:55:41.77 ID:jVSWKbbOo
生牡蠣うまいとはいうけど、やっぱり加熱した方が色々と安全なんだぜ…
っ「いのちだいじに」
437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 14:44:18.11 ID:MGCCgswqo
良かった
待ってるからしっかり治してくれ
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 23:16:12.54 ID:fOKxuYgiO
待ってるよ
439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 13:32:06.66 ID:2TLEkKBDO
いつまでも待ちます
440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 17:56:05.57 ID:YL0bYuXg0
マジでエタらないでくれよ。期待してるぞ。
441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/11(金) 14:04:42.44 ID:KbuATfMZO
待つ
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/26(土) 08:25:25.93 ID:N07nozPiO
まだかい?
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/26(土) 11:43:21.96 ID:FWK7p0LNo
もうすぐ2ヶ月だな
444 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage]:2016/03/26(土) 14:20:32.14 ID:/2JnibbIO
明日更新します…。
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/26(土) 14:25:58.57 ID:Fx4Cvsr90
投下予告やったぜ来なかったら今後旬の食べ物にあたり続ける呪いをかけてやる
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/26(土) 15:49:24.77 ID:60PYy+iL0
>>445
俺にとっては地獄のような呪いだな...まあ>>1が生きててよかった
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/26(土) 16:06:58.33 ID:JfJwq/A30
期待
448 : ◆DTYk0ojAZ4Op :2016/03/28(月) 01:41:58.41 ID:IMgzJVX60

***


その日の鉱山都市には大雨が降りしきり、
日中だというのに空は飴色で、人々は影によって陰に追いやられ、
みな自宅で息を殺していた。
鉱山は兎角雨に弱く、鉱夫たちも早朝から坑道に詰めている。

そんな日の彼女の仕事はといえば、
いずれ運び込まれる負傷者の手当くらいのもので、
鉱山のほど近くへと自ら建てた小さな研究室兼自宅で待機していた。
過酷な労働環境に身を置く鉱夫たちはみな屈強だが、
それでも月に何人もが命を落とす。
鉱山都市は平和そのものだ。
平和な都市ですら、これだけの死者が出る事実に、彼女はまたも心を痛める。

人は物陰で理由なく死ぬ。
その死と労働災害による死にどれだけの違いがあるのだろうか。

鉱山都市は兵を持たない。
金銭の授受のみが、住民に課された絶対的なルール。

即ち、国家の民営化である。

人々は治安や司法を金で買う。
金さえあれば安全が他者により保障され、権力を手に入れられる。
鉱山都市の街角には食料や衣類品、生活用品のみならず、法律、名声や権力まで並ぶのだ。
住民はそれらを自由競争によって手に入れられる。
持とうと思えば私兵も持てる。
人の生き死にすら金銭のやり取りで済む。

この歪な個人主義は自然に産まれたものだ。
その結果、住民たちは金のため、自ら火中に身を投げる。
つまりは能動的な死だ。
理由なく死ぬ人々とは前提から異なってくる。

―――そして彼女がそこに、ひとつの光明を見出した事も、
   自然といえるだろう。


449 : ◆DTYk0ojAZ4Op :2016/03/28(月) 01:43:54.62 ID:IMgzJVX60



外からは雨音が絶え間なく耳に届く。
魔法使いである彼女の耳は、その中に微かに紛れる、聞き慣れぬ物音をも聞き分けた。
友人が言う処によると魔翌力炉を作ってからというもの、
学院に彼女の身柄を拘束しようという動きがあるらしい。
しかし所詮そのような事、はじめから覚悟していた事だ。
評議会にもいずれ姿を消す事になるとは伝えてある。
追手がかかれば迎え撃ち、しかる後に身を隠しても遅くはない。
息を殺し身を固め、敵を待った。

しかし数分が経っても、気配を相変わらず感じるも、襲われるような気配を感じなかった。


魔女「…これは、戦闘音、か?」


耳を凝らす。

引き絞られた弓弦が軋む。
放たれた矢は雨を引き裂き、獲物を確実に捉える。
侵入した魔法使いたちはその矢速を知覚し切れず、音もなくこめかみを貫かれた。
遮蔽物のない小屋の周辺、それは射手には格好の狩場となるのだろう。
雨に煙る視界にあぐらをかき姿を消さなかった魔法使いたちにそれを防ぐ術はない。
放たれる音は八度。
矢はそのひとつも的を外さず、侵入者は全滅した。

異音が消えた小屋へと、足音が近付いてくる。
気配を[ピーーー]意図を見せない、堂々とした足音だ。

足音は小屋の前で止まり、ゆっくりと三度、戸が叩かれた。


魔女「君は、誰だ?」


そして彼女は、客人を迎え入れた。


450 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:44:54.44 ID:IMgzJVX60



魔女「外套はそこにかけておくといい。
   濡れたままでは辛いだろう?」


言いつつ、ティーサーバーを傾ける。


憲兵「ありがとう。
   …魔法使いの家にしては、簡素なものだな。
   その手に持つものも、魔法で動かせるんじゃないか?」

魔女「依存は良くない。身も、心もだ」


カップを机に置き、彼女は続けた。


魔女「なまってしまうじゃないか」

憲兵「はは。本当に、異端者と呼ばれる事も頷ける」

魔女「だが、魔法とはやはり便利なものだ。
   上着も脱ぐといい。乾かしてあげる」

憲兵「…ああ、頼む」

魔女「それと、外にいる弓使いにも入ってもらって構わない。
   この雨の中外で待たせるのは、心苦しい」

憲兵「どうして、弓使いが他に居ると?」

魔女「弓を引き絞る音、矢が走る音が聴こえた。
   君は北から歩いてきたが、矢は西の方角からだ」

憲兵「…参ったな。100メートルは離れているのに」

魔女「雨の日は特にわかりやすい。
   耳を凝らせば半径250メートル内なら、雨音ひとつまで聞き分けられる。
   耳を凝らせば、だけど」


451 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:45:33.10 ID:IMgzJVX60



客人2人の服を干し、
茶を新たに沸かし、3人は机を囲む。


兵士「これは、あなたが」

憲兵「いいって」

兵士「いいから飲んでください。
   で、古い方を私にください。
   喉乾いてるんです」

憲兵「それ飲めばいいだろ」

兵士「主人より新しい茶を飲むわけには参りません」

憲兵「本音は?」

兵士「猫舌なんです」


魔女「それで、どういった用件で?」

憲兵「ああ、すまない。
   私は、…えーと…」

兵士「中央王国軍の者です。
   あなたを保護するため、ここへ」

憲兵「と、いう事になっている。
   私は憲兵司令官でね、階級は中将だ。
   目的は君の拉致。もしくは殺害…だったんだが、
   着いてみれば妙なのが居たんでね」

兵士「おい」

憲兵「どうせ心も読めるんだろ?
   彼女に隠し事は不可能だよ。
   信用を失うだけだ」

魔女「…ふふ。そう簡単には読めないよ。
   でも、嘘はわかる」

兵士「…どうやってです?」

魔女「それは、秘密。
   目的を話してもらおう」


452 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:46:42.76 ID:IMgzJVX60



憲兵「その前にひとつ質問だ。
   君を狙う学院執行部を退治した手間賃として答えてくれ」

魔女「あのくらいなら、助けは必要ないよ。
   君たちのように、無為に命を奪うまでもない」

憲兵「だろうね。だから質問で済ませるんだ」

魔女「…いいよ。
   聞きたい事とは?」


憲兵は少し睨めあげるように彼女を見つめ、続ける。


憲兵「雷の研究は、しているか?」


少しの沈黙が流れる。
予想だにしない質問に、彼女は息を飲んだ。

雷魔法。
学院の魔法使いたちが数百年研究を続け、
未だ解明されない、伝説に近い魔法。
それは英雄の証とも言われるお伽話。

学問として最も難しい事は、「存在しない」事だと「証明する」事だ。
仮説に対し100%の否定は不可能に近い。
故に、否定の可能性を限りなく100%に近づけていく。

だが、500年前。
西方から現れたという英雄は、数々の伝承に確かにその左手に雷霆を纏わせたと伝えられる。
雷霆とは神の武器。
聖教の主神は自らの武器を英雄へと分け与えたという。
そしていつしか学院はこう結論づけた。

雷とは、魔法ではない、と。


魔女「……………」


しかし。
異端と呼ばれる彼女はそうは思わなかった事もまた確かだ。


453 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:47:49.64 ID:IMgzJVX60



魔女「未経験では、ない。
   雷魔法は実在する」


そう答えた数日後、
彼女は中央王国へと迎えられた。
与えられた役目は、魔法に留まらぬ、「雷」の基礎研究。


魔女「雷とは自然現象なんだ。
   魔法で扱う分類に属さない。
   …しかし、代用は効くものだし、使えて得になるものでもない」


研究施設は充実していて、
そこには2人のサンプルが居た。
一人は見知った顔。
そして、もう一人は。


魔女「……………まだ、ね」


遥か地下に封じられた、古の怪物だった。


454 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:50:06.44 ID:IMgzJVX60



――――――――――――――――
―――――――――――
――――――


どうしてこんな事になったのか。

本部に招集されぬ自分たちなど、各所の支部を任されたごろつきに過ぎない。
家畜が逃げた、人探し、家具の組み立て、引っ越しの手伝い等、
依頼はつまらないものばかりだし、便利屋などをやって師団の運用費用を稼ぐだけの仕事だったはずだ。
まぁ元がこそ泥だったり、日銭を稼ぐだけのどうしようもない傭兵だったり、
育ちのいい者、実直に生きてきた者など同僚には一人として居なかったが、
感謝というのは麻薬のようなもので、みな悪い気はしていない事は確かだった。

仕事はくだらないが誰かに必要とされる仕事というものは意外にも性に合っていたのかもしれない。
最近では自分なりにやり甲斐などというものを感じ始めていて、
このまま骨を埋める事も悪くはないかもしれない、とまで考えていた。

依頼は単なる護衛だったはずだ。
指定された場所で落ち合うと、そこには妙に育ちの良さそうな男が居た。
隣の村までの護衛を頼む、金に糸目はつけないからできるだけ多くの人員を連れて来て欲しい、
それが依頼だった。時計塔の街に駐留している第6師団所属の人員に戦闘に長けた者は少なく、
魔物退治の経験のある支部長を含む10人が選ばれた。

落ち合った場所は街はずれの林だ。
支部長が男と話している時、突然一人が倒れ伏した。
倒れた一人はこめかみを矢が貫通していて、みなそれを見て敵襲に備え、木々の合間に身を隠した。

襲ってきた者は何者か、なぜ自分たちが狙われるのか。
混乱した頭を抱え思わず空を見上げた時、確かに見た。

矢が不自然な弧を描き、吸い込まれるようにまた別の者のこめかみを貫くところを。


455 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:51:26.39 ID:IMgzJVX60



見習「…お見事、残り6名。
   N7323、W318、
   頭部は地面から120ってところ。
   視線は7時方向」


憲兵から離れた崖の中腹に、まだあどけなさの残る青年と、
弓を携えた女性が居た。
青年の指示を聞き、女性は矢の羽山を調節する。
大弓を引き絞り、指定された座標へと放った。

矧の部分を調節し、山間の風に乗せられた矢は、あらぬ軌道を描き飛ぶ。
加えて未熟といえど魔法使いの補助があれば、その軌道はもはや蛇の如く標的へと迫るものとなる。


見習「命中。まさに鷹の目だ」


見習は次なる的を探す。
彼の得意とする光魔法の応用だ。
光を屈折させ、視野を拡大し、空間が通っていればどの角度からでも「見たい場所を見る事ができる」。
木々に隠れようと、壁に隠れようと。
彼の視線から逃れるためには、暗闇に身を置くか密室に入る他なく、
その密室も、少しでも光が漏れ出ていれば、彼には中を覗く事ができた。


部下「本当に、意外に便利ね。
   魔法使いの知覚は第六感に近いと聞いていたけど、あなたのは違うのね。
   弓使いの私にとっては直接視野に勝るものはないわ」

見習「観測射も必要ないからね、隠密向き。
   N7437、E772。
   頭部175、視線は10時方向だけどキョロキョロしてる。
   2射いるかも」

部下「了解。お坊ちゃんは?」

見習「残ったヤツ処理してる。
   はえー。
   …その一人で終わりだよ」

部下「はいはい」


女性は矢を3本番え、放つ。
放たれた2本は標的の肩と胸を貫き、1本は右目を貫いた。


456 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:52:49.25 ID:IMgzJVX60



部下「お疲れ様でした。
   支部長一人ですか?」

憲兵「一応3人生かしてある。
   尋問は君に任せる」

部下「お任せを」


憲兵の前には意識を失い縛られた3人の男が横たわっていた。
1人は支部長と呼ばれた壮年の男。
2人はその横にいただけの若い男だ。

これは見習の直感に過ぎないが、
若い男2人、ともすれば壮年の男すらからも情報は得られないだろう。
こんな非常時に招集されない事からして、持ち得る情報はたかが知れている。


見習「なぁ」


考えの定まらぬまま、
返り血ひとつ浴びていない憲兵に声をかけた。
我ながら青臭い、と見習は思った。
これが彼らの出来得る限りの方法だという事も理解しているにも関わらず、


―――あんたって、意外と…


人の死をなんとも思わない人間なんだな。
言いかけて留めた言葉を心にかき抱く。


見習「これ、いつまで続けるんだ?」

憲兵「有力な手がかりが掴めるまでだ。
   君は帰って旅支度を整えておいてくれ」

見習「………オーケー」


踵を返し拠点へと向かう。
つい先程見た狙撃の恐怖に怯える男の顔が心に浮かんだ。


457 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:53:49.77 ID:IMgzJVX60



「ま、…待ってくれ!頼む!解放してくれ!!」

「俺は第6師団じゃない!!」


その時そう叫んだのは、目を覚ましたのか、捕らえられた若い男の1人だ。
あまりの突飛さに虚を突かれ、部下も見習も、憲兵までもがその若い男に目を向けた。


男「頼む、解放を…!」

部下「突然どうしたんです?解放を望むなら知り得る情報を話しなさい。
   これから聞こうと思っていたところなのに、順番が逆になってしまいました」

男「お、俺は、…中原の国の者だ」


部下と憲兵が顔を見合わせる。


憲兵「どう思う?」

部下「つまらない嘘ですね。
   いいですか?潜入するならこんな辺鄙なところを選ばないし、
   あなたはそれにしては身体も大きい。
   くだらない事を言う暇があったら私たちを喜ばせてみてください」

男「…本当なんだ。
  王の命により第6師団に潜入していた。
  片手だけでいい、縄を解いてくれ!
  証拠を見せる!」

部下「………どうします?」

憲兵「…いいだろう。
   だが、少しでも妙な動きをすれば片腕を切り飛ばす」


部下はひとつ溜息をつき、男の片腕を自由にする。
男は懐から1枚の羊皮紙を取り出すと、ぐしゃぐしゃと丸め、
また広げた。


男「2年前から第6師団で連絡員をしているんだ。
  この街に居たことは偶然で、人手が足りないと言われた。
  依頼の行き先と近かったんで、同行を頼まれただけだ」

男が手をかざすと、紙はみるみるうちに皺が伸び、
元の綺麗な羊皮紙へと戻っていった。


458 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:54:36.92 ID:IMgzJVX60



見習「…すげー。時間魔法だ。
   初めて見た」

男「こうやって文書を盗み読みしていたんだ。
  使える範囲は狭くて、せいぜい3分ほどしか戻せない。
  独学だが、意外と便利だ」


そう言って、男は少し笑う。
はにかむような笑顔はどこか憲兵と似ていた。


部下「それじゃあ証拠になりませんね。
   魔法の王国の者という見方しかできません」

見習「それはねーよ」

部下「…は?なんで?」

見習「時間魔法なんて使えるヤツ、なかなか居ないし。
   学院にいたら有名なはずだぜ。
   でも俺、こんなヤツ見た事ないよ」

部下「あんたがポンコツだからじゃないの?」

見習「これでも執行部なんだ。
   学院の人間の顔と名前は全員わかる」

部下「…ふうん。なるほど」


その時、思案顔をしていた憲兵が突然、口を開いた。


憲兵「なら、簡単な質問をしよう。
   君の身分は話さなくてもいいが、2つ質問に答えてくれ。
   解放するかは、その解答に依る」

男「…わかった。なんでも聞いてくれ」


459 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:55:30.60 ID:IMgzJVX60



憲兵「まずひとつ。
   潜入していたのなら、君の言を信じるとすれば、
   君は宮仕えの諜報員だ。そうだな?」

男「そうだ。中原王の子飼いのようなものだ」

憲兵「なら、王室の情報には詳しいはずだ。
   中原の先王は表向きには病没とされているが、
   本当の死因を知っているだろう。
   それはなんだ?」


男は一瞬目を丸くしたが、
落ち着いた声でその質問に答える。


男「……………毒殺だ。
  下手人は、王妃の」

憲兵「正解だ。
   部下、縄を解いてやれ」

男「…なぜ、それを知っている?
  王室の、一部の人間にしか知り得ない事だ」

憲兵「私も君と似た事を生業としていた。
   誰のした事かは知らなかったが、
   先王が精神を病んでいたという情報は正しかったようだな」


縄が解かれた男はその場に背を向けようとし、
振り向いて憲兵を見やった。


男「その、黒髪。
  君は…」

憲兵「よせ。私は君の事を忘れる。
   君も、私を詮索するな」

男「…貴公の寛大かつ賢明な措置は、
  七つの山をも超えて知られるだろう。
  感謝する」


それだけを言い残し、男は林の奥へと消えた。



460 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 01:59:50.62 ID:IMgzJVX60



結局気絶しっぱなしだった2人の男からは、
大した情報は得られず、その身柄は部下に任された。
見習は思うに、部下に身柄を任されるという事は、
きっと今頃生きてはいないだろう。

近くの支部は17キロ先の街。
人員は30人、戦闘員は半分の15人。
支部長は勇者や将たちといった中央の人間と会った事はなく、
その目的も知らない。
なかば一般人なんだから仕方のない事だ。

とにかく得た情報はそれだけ。
それだけの情報を得るのに、9人の命と引き換えにした。
その憲兵を寛大かつ賢明と評した男。

どう考えてもおかしい。
それともおかしいのは見習の方なのか。


憲兵「早朝出立しよう。
   夕食は?」

見習「食べるよ」


どうも夕食は肉らしい。
焼き加減は?と部下に聞かれ、よく焼いてくれ、と答える。
自分の見ていないところで、姉はもっと苛烈に務めを果たしてきたのだろう。

考えが及ばぬ事は罪、それが魔法使いの在るべき姿だ。
でもどうやっても頭がうまく働いてくれないので、
明日からはもう少し心を保とう、とだけ考えた。

出立は明日。
憲兵という男が何を考えているのかは、まだわからない。
国境近くには次々と陣が築かれ、開戦はもはや秒読み段階だそうだ。
それまでに戦争を止めるネタが手に入れば俺達の勝ち。
さて、彼らの勝ちとはどのような形なのだろう。
461 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/03/28(月) 02:02:22.31 ID:IMgzJVX60

今日の分終わりです。
ちょい短いですけど、
明日も少し時間があるので、明日また更新します。

長くお待たせしてしまってすみません。
頑張るので見捨てないでください。お願いします。お願い……。

多くのコメントを頂いて嬉しい限りです。
励みになります。

また明日お会いしましょう。

462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/28(月) 02:09:38.31 ID:T+h6jv98O
乙!
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/28(月) 03:06:41.35 ID:BxKB1/V+0
乙です!
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/28(月) 09:32:40.66 ID:/isrIDLAO
乙!
気長に待ってる
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/28(月) 15:07:22.50 ID:Kf+ICzvP0
乙 楽しみにしてるので出来れば二週間に一回ほど生存報告が欲しいです
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/28(月) 16:09:44.06 ID:EECdjR+NO
2ヶ月に一回更新してる人もいるしマイペースでいいんじゃねと俺は思う
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/28(月) 16:14:22.46 ID:AMOu+MMvO
追い付いた
これは楽しみだ

468 :sage :2016/03/28(月) 18:19:32.39 ID:y3vrwDkY0
乙乙。待ってたよ。のんびり頑張ってくれ。
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/15(金) 14:57:16.88 ID:/QSzmMgRo
待つ
470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 12:13:42.85 ID:LLPi0LCN0
俺は待とう
471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 01:36:25.64 ID:+VO9G68WO
ほしゅ
472 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage]:2016/05/13(金) 21:03:03.12 ID:sVaSJyDx0
来週中には必ず。
473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/13(金) 21:23:34.32 ID:EKkTS1YuO
それは楽しみ
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/13(金) 22:48:59.97 ID:IS9cEUZRo
待ってる
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/19(木) 16:34:27.83 ID:oVtHuTvAO
まーつーわー
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/19(木) 18:40:18.81 ID:iY2gYQrNO
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 11:50:16.28 ID:xl8hvusmO
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 13:19:42.83 ID:xs2Y6ogTO
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 00:33:18.12 ID:aYtPKQx40
はやくしないと俺の魔翌力が暴走しそうです
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 17:57:31.45 ID:AJJ+KsDfO
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2016/05/28(土) 16:35:30.12 ID:tzoFplH30
0713
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/30(月) 12:51:52.05 ID:qA3QZSsn0
一気読みしてしまった。気長に待つよ
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/21(火) 22:28:51.16 ID:hnhpPJIqO
大丈夫だよね?
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/22(水) 00:57:04.11 ID:r3zEoMVXo
2ヶ月までまだ余裕あるし大丈夫だろ…
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 09:10:38.12 ID:JXbXJXUJo
これはもう駄目かもわからんね
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 15:42:54.62 ID:/mHyp+XRo
まだ待つぜ
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 20:11:10.65 ID:P33fqNTIO
はよはよはよ
生存報告だけでも
488 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage saga]:2016/07/07(木) 19:20:13.92 ID:Obdw9dry0
まじでちょっと待って
今週末
今週末には更新しますから
多分土曜か日曜になります
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/07(木) 21:22:37.54 ID:/sfo0cpno
まつから
生きてるならまつから
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/07/07(木) 21:43:18.17 ID:rO1G4H0ro
予告なんてしなけりゃいいのに
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/07(木) 22:59:59.19 ID:yfd+zHe4o
待つ
492 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:05:36.09 ID:UgjJ0tqW0

――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

第三師団長「製造は順調です。
      …しかし、あれは一体なんです?」

勇者「何度も言わせるな」

第三師団長「ええ、焼夷兵器でしょう。
      一体なにから作られたものなのです。
      研究所の資料は喪失したはずでは?」

勇者「では既存技術の応用、という事だ。
   第一師団改編はどうなっている?」

第三師団長「…第一師団は大規模である上、複数の兵科で編成されています。
      ふたつの小型師団に分ける事までは簡単ですが…」

勇者「やはり、指揮する者が足りない、と」

第三師団長「ええ。
      ここ数年で兵科の多様化が急速に進んだ弊害です。
      特に騎兵戦力の運用に長けた者が少ない」

勇者「仕方ない、もう何人か昇格させろ」

第三師団長「…良いのですか?
      彼らの仕事は指揮官たちの警衛です。
      若者たちの中には実戦経験に乏しい者達も多く…」

勇者「貴様はいくつの戦場を経験した?」

第三師団長「三度です」

勇者「たった三度だろう。
   私に至ってはただの一度も無い。
   何、拠点防衛は私一人いれば事足りる。
   本来警衛など不要だ」



493 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:06:11.26 ID:UgjJ0tqW0



勇者「下がれ、明後日までに編成案を完成させろ。
   2週後の開戦に間に合うようにな」

第三師団長「………」

勇者「まだ何かあるのか?」

第三師団長「……兵はみな、不安がっている」

勇者「ほう?」

第三師団長「士気は高い。
      新型の焼夷兵器も一定の戦果を挙げるだろう。
      …これは結果の見えた戦です」

勇者「では不安を感じる事もあるまい」

第三師団長「そうです。
      …故にみな、どこか違和感を覚えるのだと」

勇者「はっきり話せ。
   私は忙しい」

第三師団長「我が国の国防計画は全てかの国を想定している。
      …北方の要塞線、魔研の設立、我が国に根付く魔法排斥の動き。
      全て、私が生を受ける前からの動きだ」

勇者「………それで?」

第三師団長「民草は無能だが無知ではない。
      …我が国はこの戦争を回避できない。
      その理由からみな目を背けているのです。
      結果は見えているとはいえ魔法の王国は大国だ。
      戦は数年に渡るだろう」

勇者「……貴様は軍人に向いていないようだな」

第三師団長「和睦の道など誰も夢にも思わない!
      民はみな心のどこかで、為政者たちにこの戦争を回避する選択を期待していたんだ!
      魔法は厄介な戦略単位だ、戦局などいくらでも覆る!
      たとえ勝利したところで、得るものも何も無いというのに…!!」


494 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:07:20.41 ID:UgjJ0tqW0



勇者はしばらく目を伏せていたが、


勇者「黙れ」


不意の、
髪から垣間見せた鋭い一瞥、
そしてただの一声の、煮え滾る内腑から絞り出すような低い声。
それはこの第三師団長という男を居竦ませるに充分に事足りた。


第三師団長「………!」

勇者「我が軍の指揮官は誰だ?」

第三師団長「………それは、あなた、だ」

勇者「そうだ。
   …この戦の指揮官は私だ。
   兵たちの生死も勝敗も、私の持つ権利だ」

第三師団長「…それは、危険なまでに傲慢な考えです。
      指揮官には兵をできうる限り生還させる義務がある」

勇者「そんなものはない。
   わかるか?
   そんなものは、無いんだ。
   兵が持つ義務とは、命を賭して指揮官に勝利を齎す事だけだ」

第三師団長「それでは!あなたの歩む道の先には、
      あなたしか居ない事になる!」

勇者「それでいい。
   例え私の指揮で全軍が滅びようと、
   目指す勝利の先が無人の荒野であろうと。
   …この戦の指揮官は私だ!」

第三師団長「……………」

勇者「戦争の発端がなんであろうと、
   民がどう思おうと関係ない。
   長期化した戦の産む犠牲がどれだけ多くとも、
   敵国を滅ぼすという目的は変わらない。
   和睦の道?ふざけるな。軍人が口にしていい言葉ではない」

第三師団長「しかし!
      …しかし、それを出来うるのは、もはやあなただけだ!
      英雄の再来と言われ、大権を委任されたあなたになら…!」


495 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:08:47.46 ID:UgjJ0tqW0



勇者「………国王亡き今、私に緊急権が与えられた意味をよく考えろ。
   所詮、私は未だ18の小娘に過ぎん。
   戦が終わればその役目は終わりだ。
   貴様も国の行く末を案ずるのなら、圧倒的戦力を持って敵を粉砕する方策でも考えるがいい。
   …和睦の道があろうとなかろうと、それは我々の範疇ではない。
   そういった話は宮廷で脳天気な話し合いをするような連中に任せておけばいい」


男は大将となってまだ日が浅く、
年齢も34と若かった。
理想と現実に引かれ合い震える身体を拳を握り締める事で堪え、


第三師団長「………わかり、ました」


なんとかその言葉だけを絞り出し、
銀髪の、上官でなければ小娘と呼ぶになんの躊躇もないであろう指揮官に背を向けた。

怒りが湧く度にその怒りが行き場を失い、暗い夜道にも似た喪失感、無力感に苛まされる。
男が部屋の扉に手をかけたその時、
その背に、勇者からなにやら言葉が投げかけられた。


第三師団長「………なにか?」

勇者「…いいや。
   そういえば、貴様の履歴を見た。
   なかなかに優秀な人材のようだ。
   私が居る限り、我が軍に敗走は無い。
   それだけは信じて欲しい」

第三師団長「あなたの強さは信じて疑いません。
      …が、無敵とはいかないでしょう」

勇者「………なぜそう思う?」

第三師団長「あなたは左腕をあまり使わない。
      理由はわかりませんが、過去に受けた傷が原因なのでは?」

勇者「……………」

第三師団長「…失礼する」


男が去り、また目を伏せた勇者は左腕を静かに掻き抱く。
その左手の指先は、微かに震えていた。


496 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:10:11.42 ID:UgjJ0tqW0



数分が経ち、
執務室のドアが数回叩かれた。


勇者「入れ」

兵士「…失礼します。
   第六師団所属…」

勇者「良い。貴様の顔は覚えている」

兵士「光栄ですね。英雄であるあなたに覚えて頂けているとは」

勇者「用向きだけ手短に話せ」

兵士「ええとですね、ふたつほど報告したい事が御座います。
   一昨日、王都管理局で、魔法使いを数人拘束しました。
   恐らく魔法学院執行部の残党かと思われます。
   妙な事を話されても困るので身柄は第六師団で押さえてありますが」

勇者「そうか。明日連れて来い。
   彼に預ける」

兵士「わかりました。
   次に、時計塔の街を中心に、末端ではありますが第六師団所属の部隊が次々に消息を絶っています。
   2日に1〜2部隊というかなりのスピードで対応が遅れました。
   部隊はみなならず者を雇用しただけの数合わせで被害は無いようなものだったのも原因ではありますが、
   昨日ついに西方の不安定化工作に関わっていた一部隊がやられました」

勇者「…ほう?」

兵士「不自然なほど痕跡を残していません。
   傷は剣によるものと、あとは矢傷です。
   剣は彼らの物を奪って使っているようです。
   我々の事を探っているものと」

勇者「手口が荒いという事は結果を急いているという事だ。
   つまり残された時間をある程度把握していると見ていい。
   調べはどこまで進んでいる?」

兵士「それが、犯人達の潜伏場所は割とすぐ突き止めたのですが、
   今朝方踏み込んだところもぬけの殻でした」

勇者「場所は?」

兵士「時計塔の街の一軒家です」

勇者「……狸爺め。
   討ち漏らしたとは聞いていたが…。
   他には?」


497 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:11:06.34 ID:UgjJ0tqW0



兵士「以上です。
   調べを続けます」

勇者「…そうか、ご苦労。
   下がっていい」

兵士「わかりました。
   …あれ」

勇者「どうした?」

兵士「勇者殿、
いつもの剣はどうなさったのです」

勇者「…ああ」


勇者は腰に手をやると、


勇者「あの剣なら、人に貸していてね」


少しだけ、嘲るように笑った。


498 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:21:49.39 ID:UgjJ0tqW0


――――――――――――――――
―――――――――――
――――――


鉛色の異形を漆黒の鎧で武装し、
携えた大剣を持ちて繰り出される剣戟は、
相対した者をまさに紙細工のように打ち砕く。
肉体強度は卓越した戦士の斬撃で僅かに傷がつく程度。
知性的であり卓越した戦術眼を備え、自らの存在に誇りを持ち、
冷酷ではあるものの人間にも一定の理解を示すようだ。
魔法の練度についての詳細、不明だが低く見積もって小さな城壁を吹き飛ばす程。
恐らく人間の到達し得るレベルではないと見ていい。

問題は、この諸情報は、例のハルバード使いによるものという事だ。

あれほどの武芸をもってしても、この魔族は近接戦闘においてなお上回るという。
賢者の剣技はその例の男には及ばぬものである上、彼には魔法の才は無く、
その情報には若干の加重をかけねばならない。

広間では方々で悲鳴が上がり、
腰を抜かす者、逃げ出す者など様々だ。

どうやらこの怪物の存在は魔法王のみの企みによる結果なのだろう。
遠い玉座に座す魔法王の表情は、この状況に似つかず強張っていて、
魔神と対峙する賢者の姿をただ見つめていた。


魔法王「殺せ。その後は、好きにして良い」


そして王は語る。
敢えて言葉として受け入れる必要もなかったが、
使役する魔神への命であると同時に、賢者へと向けた通告とも取れるその言葉に、
賢者は心が激しく毛羽立つのを感じた。


賢者「………ふぅー…」


彼女はひとつ息を衝き、抜剣し、
剣先を柔らかく振り身体に魔力を通わせ、更にその魔力を室内の気流へと乗せた。
肉体から迸る視認を可能とするほどの魔力は蒼白い光の絹糸となり、
そのうねりは柔らかく揺れる細い剣先に全てを委ねているようだった。

気流のうねりはやがて激しさを増し、
遠く近く吹く風音が共鳴し合い、茫々たる天地に吹き荒れる嵐が奏でる音色を思わせるようになった時、


賢者「………はっ…!」


魔神の眼前から、魔法使いの姿が消え去った。



499 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:25:43.06 ID:UgjJ0tqW0



彼我の距離は目測で10メートルは離れている。
それは恐らく、互いに容易く距離を詰められる間合いではあるが、
賢者はまず自らの絶対的に信を置く、その疾さを試したのだ。
正眼に立つ異形の魔神、その正面から、糸を引くような剣先が横薙ぎに黒色のプレートメイルの継ぎ目を狙う。

魔神は刹那の反応の遅れを示し、だがしかし最短の動きで身構え、一枚板のような大剣で左半身を覆い隠した。
甲高く耳障りな金属音が響く。
ぶつかり合う細身の直剣と黒色の大剣、その圧倒的質量差に賢者の身体は浮き上がり、
しかしその接触点を支点に身を魔神の背後へと巡らし更に攻撃に転じた。
踏んでいた通り、やはり疾さにおいてはこちらが有利。
返す刃で背後から右肩を狙う。

その斬撃は繰り返す事三度。
二種類の肉体強化、気流制御、歩法、持てる技術の全てを駆使した賢者の速度は、
もはや自らの認識の限界の処まで来ている。
五感はその速度に僅かに追いつかないが、彼女のたゆまぬ鍛錬と豊富な戦闘経験がその速度を可能とさせていたのだ。

しかしその斬撃はいずれも僅かに身動ぎした魔神の鎧によって防がれた。
振り向きざまに振るわれる大剣を認識し、彼女は息を呑んだ。
恐らく大剣の重量だけでも彼女の体重を越えるだろう。
更に驚くべきはその剣速。
移動速度、身のこなし、判断速度、そのいずれも彼女は魔神をも上回るが、
ただひとつ、その大剣の剣速だけは彼女の速度を上回っていた。


賢者「ぅああっ!!!」


異形の身体を蹴り飛ばし距離を取る。
そのまま空中で反転し、魔神の間合いから逃れると共に、彼女は渾身の魔力をもって、
一工程で行使できる最大威力の火炎魔法を投げ遣るように発した。
しかし魔神は一瞬で息を溜め、剣を構え跳躍するが如く逃れる賢者へとその身を踊らせる。
火炎魔法はいずれも馬車程度なら吹き飛ばす威力のものだが、
魔神はその火球を意にも介さず疾走した。
魔法の直撃をその身に受けながらも猛然と迫る怪物に、賢者が思わず身を居竦めた事を誰が責められよう。
その一瞬の間は大剣を回避するに致命的な隙となったが、
彼女は当惑しながらも魔力による防壁を三重に展開、加えて剣を構え、斬撃の防御を試みた。


500 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:29:10.95 ID:UgjJ0tqW0



苦し紛れの薄い防壁は全て大剣の一振りを前に砕け散り、僅かに剣速を鈍らせるに留まったが、
生死の境に感覚が超然と澄み切った一瞬、悲鳴をあげる肉体に更に鞭を入れ半身になる事で斬撃を回避、
更に細身の直剣が螺旋を描き魔神の首元をめがけ走る。
清明な彼女の頭脳は、かの斧槍使いの語った言葉を思い起こしてはいたが、
極限まで冴え渡る五感が本能的にそうさせたのだ。
斬撃は確かに魔神の首元を捉え、異形の怪物の皮膚を僅かに削り取り、
落胆をその背に負ったまま彼女は幾合もの剣戟を続ける。
頼れるのは自らの疾さ、ただその一点のみ。
その一点において彼女はこの怪物を上回る事だけは確信できた。

刹那の未来が遥か遠方にも感じられる打ち合いを続ける。
彼女に魔神の剣を防ぐ術はなく、
有効な防御はその身を躱す事のみ。
少しでも掠れば、衝撃は骨をも駆け抜けるだろう。

剣戟は時間にして10秒間ほどだが、彼女にとってどれほどの時間が過ぎただろうか定かではない。
躱した大剣が魔神の目線を遮った隙を衝き、
魔神の間合いから逃れた。


賢者「…ぅ……ぇ、げほっ……」


立ち止まると同時に肺は貪欲に酸素を求め、
その隅々まで大気を吸い込もうとするが、
極限の恐怖と戦闘への高揚感が咽頭と気道を粘つかせる。
視野はぼんやりと滲み、無理な魔法行使に頭痛が止まらず、
未だ20秒にも満たぬ戦闘にもかかわらず身体の節々は悲鳴をあげていた。

気付けば広間から人は消え、
暴虐の渦に包まれた破壊の痕跡だけが、魔神のその強壮さを彩っていた。
たった20秒間の交戦、ただそれだけで、
賢者の疲弊ぶりはもはや握る剣に力も無く、ただ迫る大剣を待つ事しかできない処まできていた。
あれだけ見えなかった刹那の先が今ははっきりと理解できる。

恐らく、自分は死ぬのだろう。
これほどの相手、相対した瞬間に撤退を決意するべきだったのだ。
しかし思い起こされるのは、かつて見た親友の笑顔。
眼前に立つ異形の怪物が自らの仇敵である事が、彼女の判断を鈍らせてしまった。


賢者「…はぁ、はぁ、はぁ…」


悠然と眼前に立つ魔神を見据え、
彼女は構えを解いた。
次の瞬間にも大剣が迫り命を落とす事を痛いほど知りながら。

だがそれにも悔いはない。
男との約束は破ってしまう事になるが、
友の仇を前にして撤退するという選択を彼女は持ち得なかった。
敵の強大さについての予備知識は確かにあった。
本来ならば執行部総掛かりで倒す相手である事も知っていた。
だが彼女には実力があった。
どれだけの難敵を前にしても、倒し切る事はできずとも、
制し切る自信も持っていた。

ただ、敵の脅威を見誤っていただけの事。

死を前に彼女は目を閉じた。
もう、二度とその目を開く事はないと覚悟をして。



501 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:30:24.05 ID:UgjJ0tqW0



魔神「…なかなかの練度だ、魔法使い」


だが慮外にも、浴びせられたのは大剣ではなく、言葉だった。
突然の魔族からの賞賛に、彼女は二度と開かぬはずの目を大きく見開いた。


魔神「剣腕、魔法ともに申し分ない。
   だがそのいずれも我を傷つけるには至らぬようだ。
   驚嘆すべきは疾さだが…目に留まらぬほどでもない」

賢者「………お褒めの言葉ありがたく頂戴するわ、魔王さま。
   死ぬ覚悟はできているわ。
   さっさと殺しなさい」


魔神は大剣を構える事なく強く床に突き刺し、
そのまま座り込んだ。


魔神「行け、魔法使い。
   今なら落ち延びる事もできるだろう」

賢者「……………は?」

魔神「見逃してやる。
   生き延び、研鑽を積むがいい。
   我と戦える強さを掴むまでな」

賢者「…契約者の命令に背くの?」


魔法王は、魔女の術式を解析したと言っていた。
それが真実であるならば、召喚に応じた魔族は術者と契約を交わし、
その契約に縛られるはずだ。
契約者と魔族は魔法によるパスが繋がり、互いの魔力を譲渡し合う事ができる。
それによる肉体的な影響やら精神的感応やら色々とあるらしいが、
詳しい事はわからない。

ただ、その契約は次元跳躍を可能にする条件とも言うべきもので、
その順守は絶対であるはずだ。
内容についておおよそ考え至る事は契約者への絶対服従。
明らかに魔法王を上回る存在が命令に従っていた事からして、
契約とはそれに近いものだと考えて自然だろう。


502 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:31:49.31 ID:UgjJ0tqW0



魔神「人間如きの考えた粗末な制約など、召喚と同時に破棄した。
   あの人間は…そうだな、協力者とでも言っておこう。
   我はなにもこの世界に戦いにきた訳ではない。
   奴は我の目的のための環境を提供し、我は奴の願いを多少聞いてやる。
   その程度の間柄だ」

賢者「…魔族が人間を見逃すのね」

魔神「つまらぬ戦いなどに興味は無い。
   無論殺される事も御免こうむるが、
   貴様如きに我は倒せん。
   が、見どころはある。
   腕を磨き出直すがいい」


その時、賢者の鼓動に変化が現れた。
どくん、とひとつ大きく心臓が収縮し、
鼓動がどんどんと早まっていく。

瞳は焦点が定まらず、
視界がぼやけ、眼前で声を発する魔神の声も、徐々に耳に届かなくなっていった。


魔神「…どうした?
   みすみす死ぬなど莫迦らしいぞ、人間」


ぐるぐると螺旋を描き、意識が遠のいていく。
この感覚はいつか味わったものだ。


―――お姉さん、魔法使いなの?


あれはどこだったか。

確か、最近、どこかの小さな村で。


―――意外と可愛いね。もう、喋れないか。
―――………じゃ、お邪魔しまーす………


そこで意識は暗転する。
記憶の底にあるいつか見た、忘れ去られ、苔むし、澱み、いつしか腐りきった底知れぬ沼のような瞳の中へ、
彼女の精神は堕ちていった。



503 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:33:14.43 ID:UgjJ0tqW0



少年「さすがに苦戦するみたいだね、おねーさん。
   あはははは…」


どこまでも白い世界。
ここは夢か、現か。

何もかもが消えた白い景色、
自らが立っているかどうかも定かではない場所。

眼前には、悪魔のような笑顔を湛えた、金髪の少年の姿があった。



504 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2016/07/11(月) 19:34:56.79 ID:UgjJ0tqW0

遅筆ですみません。
今回はここまでです。

待って頂いている方、本当に申し訳ありません。
励みになります。

次回をお待ちください……。すみませんすみません。
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/07/11(月) 20:47:05.53 ID:755YVAR6O
乙!
今回も面白い!
506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 21:04:33.46 ID:mIcocA35O
楽しみに待っとるで!
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 23:48:59.14 ID:VaKue2Wao
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 23:49:52.22 ID:X/sCI29q0
キタ━(゚∀゚)━!
509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/12(火) 00:41:38.46 ID:g2nyR+MAo
待ってた
乙です
510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/12(火) 01:39:10.45 ID:UjHxVDTDO
更新キター!次の更新も楽しみにしてます。
511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/12(火) 13:46:40.90 ID:yOfkyLW1O
512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/16(土) 01:51:14.72 ID:sG+LcXYGO
ん、勇者は互角の相手なのに賢者は勝てないのか
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/18(月) 04:11:17.02 ID:x1Lh9P+x0
その時より強くなったんじゃね?
それか相性の問題か
514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/02(火) 21:44:02.67 ID:ruA+SOV1o
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/30(火) 15:44:31.71 ID:hhNwrcEDO
516 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage saga]:2016/09/12(月) 11:41:04.68 ID:n6kBgbqa0
もうちょいお待ちください…。
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/12(月) 11:50:46.61 ID:HqLXKod3o
待つ
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/12(月) 13:20:06.30 ID:rhFpl/dQO
待つぞ
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/12(月) 20:06:49.83 ID:foyWT91DO
待ちます
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/12(月) 21:32:05.63 ID:j79H8tQqo
生きてたか
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 16:42:00.05 ID:GdfLSx3TO
ほー
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/01(土) 19:35:28.89 ID:BYEv/WJ8O
ほっしゅ
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/15(土) 19:59:43.17 ID:VrTNWYnvo
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/30(日) 10:21:50.86 ID:1M/WAzen0

525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/05(土) 09:16:07.24 ID:kZevey+dO
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/11/22(火) 01:10:02.98 ID:rjRGeq6IO
生存報告くれ
527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/02(金) 16:05:18.24 ID:eIpL/GFfO
アウトか
落ちるんじゃね
めっちゃ残念だわ
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/02(金) 23:13:11.20 ID:0H9iN6qkO
まってる
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/05(月) 14:14:17.15 ID:Gdud6tdDO
それでも信じて待つよ
530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/10(土) 10:52:12.12 ID:ydzgORf5o
魔女すくわれなかったか
悲しいな
531 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage]:2016/12/12(月) 02:38:16.69 ID:cMGBukse0
僭越ながら保守らせて頂きます…
532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/12(月) 08:00:38.40 ID:slYRua8Uo
待ってる
533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/13(火) 21:31:49.56 ID:CkTafw+qo
生きてるならよし
待ってる
534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/23(金) 18:14:07.98 ID:T0l5FPYhO
書く気はあるの?
535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/25(日) 22:19:13.46 ID:mpHZNT66O
忙しいのか構想が固まらんのか
どちらにしろ本人が保守してくれてるんだから大丈夫大丈夫
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