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魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」
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373 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 02:57:46.11 ID:Mm2oT6db0
それから僅か数年後。
彼は千の指となった。
374 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 02:59:04.58 ID:Mm2oT6db0
彼に開けられぬ錠前はなかった。
例えどれだけ難解な錠前であろうと、
罠が仕掛けられていようと、
どのような魔法技術が使われていようと。
彼はたちどころに仕掛けを見破り、
音もなく侵入する事ができた。
難解な曲を弾きこなすピアニストのように動く指。
彼はいつしか千の指を持つ男と呼ばれ、
彼の名声を高めていった。
はじめは、王国のスラム街で。
やがて鍵開けの腕を買われ冒険者たちに協力するようになり、
貴族たちから宝物庫の錠前について意見を求められる事さえあった。
だが、その生来の指先の感覚が、
憎き父から受け継いだものである事は確かだった。
彼が働いた盗みは、城が建つほどの金額に上る。
だが彼はその金を貯めこむばかりで、使おうともしなかった。
唾棄すべき父と愛する母、姿を消した妹への、
無念、遺憾、未達、隠忍の思いをぶつけられるだけのものが、
そもそも小物である彼には、それしかなかっただけの事。
優しかった顔立ちには苦悩が刻まれ、
黒かった髪は白髪となり、
酒の飲み過ぎで土気色の肌には表情を出す事もなくなった。
だがギルド長となった彼にも守るべき立場と部下ができた。
ならば必要に迫られ殺しをする事もある。
望まぬつとめを果たす事も、
立場と部下を守るためには必要なのだ。
その迷いを封じ込め、
彼は5年間盗賊ギルド長を務めた。
迷いを晴らせぬまま、わだかまりも消えぬまま、
本来は容易いはずの罠解除で、彼は右足に重症を負った。
走れず足音も殺せない盗賊など価値はなくなったようなもの。
囲っていた堅気の女の家に転がり込んで、1年が過ぎた。
その女にも愛想を尽かされたのか、
ある日酒を飲んで帰ると女は消えていた。
375 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:01:00.77 ID:Mm2oT6db0
居場所を失くした彼はまた放浪の旅に出る事にした。
旅を続ければ顔馴染みもできる。
まだ心の闇を晴らせていない、そう考えた彼は仲間と共に奴隷商となった。
奴隷商は気分が良かった。
未来ある子供の人生を、ただ腹を肥やすためだけの不条理で台無しにできる。
虫を爪弾くようなものだ。
それが人に変わったところで、なんの違いもない。
自分のような無学でなんの展望もない男の食事のために、
未来ある子供が泣きわめき、絶望し、瞳から光が喪われる。
殺しは好かない、殺されないだけマシと思え。
そう心で語りかけ、彼は奴隷たちに背を向ける。
奴隷たちにとって身体を暴かれる事はただ命を落とすより辛い事なのだが、
絶望しきった彼には、それが理解できなかった。
奴隷商を続けたのは9年ほど。
だがそれも、どれだけ傷めつけられようと瞳から光を喪わない、
亜麻色の髪をした少女と出逢い、
すっぽりと闇が抜け落ち、彼はまた心を失くしてしまった。
一体なにをすれば楽になれるのか。
自分にはなにができるのか。
すべき事を見つけられない彼はもはや死を待つばかり。
だがふと、死ぬ前に誰かと話したくなり、
親しい友人も居ない彼は、娼館に出向く事にした。
あてがわれた女は、ひどく蒼白く頬のこけた、気だるそうな年増の女だった。
股ぐらの芯が痛むのかふらふらとおぼつかない足取りで、
それが梅毒特有の症状だという事もわかった。
…しかし、妙に親近感の湧く顔立ちをしていた。
376 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:01:55.54 ID:Mm2oT6db0
お兄さん、どこかでお会いした事が?
…いいや。だが、お前の顔は、なんだか見ていると落ち着くよ。
そうですか。…ま、時間もないですし。
そろそろ始めましょ。
その前に、少し話をしよう。
…無理にまぐわらなくてもいい。
はぁ?なに言ってんの?冷やかしなら帰んなさいな。
い、いや。冷やかしじゃない。
ただ、話がしたいだけなんだ。
それだけで金がもらえるんだ。悪い話じゃないだろ?
…あたしだってね。
こんな事したくてしてるわけじゃないよ!!
でもね、あたしにはこれしかないの!!
話したいなら酒場に行きな!
馬鹿にしてんじゃないわよ!!!
ま、待ってくれ!頼む!!!
377 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:02:47.22 ID:Mm2oT6db0
部屋を出ようとする手を強く引いた時、
身体の痛みからか娼婦はバランスを崩し、
椅子の角で頭を強く打ち、それきり動かなくなった。
ただ話がしたかっただけ。
それが、娼婦として生きる彼女の決意を踏みにじった事にも、
彼は気付けなかった。
騒ぎを聞きつけ部屋に踏み込んでくる男たち。
ただ呆然とするまま拘束され、
彼は衛兵に引き渡された。
378 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:03:34.08 ID:Mm2oT6db0
青年「娼館で殺し?」
兵士「ええ、そうです。
本来ではこっちには回ってこない話なんですが」
青年「うーん。
世の中も平和で、
仕事もないし、まあいいよ。
で、犯人はどこに?」
兵士「身柄は確保済みです。
なんかずっとうなだれてますけど。
ああ、身許なんですけどね、
先代の盗賊ギルド長なんですよ」
青年「…ええ、大物だね」
兵士「だから話が回ってきたんです。
軍警察としては動かないといけないでしょう、お坊ちゃま」
青年「うるさいな。
年下の癖に」
兵士「で、ですね。
これがまたややこしいんですよ。
資料纏めておいたんで読んでおいてください」
青年「相変わらず有能だなぁ」
379 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:04:46.71 ID:Mm2oT6db0
盗賊「……………」
仮牢で一人うなだれる。
一体何日経ったのか。
なぜこうなったのか。
どこで間違えたのか。
ただそれだけを考え続けた。
従軍する母を止めるべきだったのか。
父はどう訴えれば時計作りをやめたのか。
妹の家出になぜ気付けなかったのか。
盗賊となったのは間違いだったのか。
奴隷を狩り続けてなんになったのか。
自分の人生は、不幸と憂さ晴らしの連続でしかなかった。
青年「食事、摂らなければ。
そのまま餓死するつもりですか?」
部屋に入ってきた若い男。
よく鍛えられた身体と、血色のいい顔。
そして少しの汚れも無い白い軍服姿に目が眩む。
青年「面倒くさい前置きは省きます。
なぜ殺したんです」
盗賊「………殺す、つもりは」
青年「まぁそうですね。
状況としても、わざわざ椅子に頭を打ち付けるなんて。
殴った方が早いです」
盗賊「……………」
380 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:05:59.68 ID:Mm2oT6db0
青年「まぁ、いいです。
問題はあなたの経歴です。
はじめは、盗賊として。
その次に、奴隷商として。
罪に問われなかった理由は色々あるでしょうが、
捕まってしまった以上極刑は免れませんよ」
盗賊「……別に…構わない」
青年「極刑は自殺の場ではありませんから。
死んだ娼婦についてどこまでお知りですか?」
盗賊は朦朧と、娼婦の顔を思い返す。
こんな時まで腹が減るとは、
人の身体とは不便なものだ。
青白く、痩せこけ、気だるそうな女。
見覚えはないが、ただ、
彼女の顔は、とても落ち着いた事は確かだ。
青年「では教えて差し上げます。
彼女が娼婦となったのは、3年ほど前です。
彼女は未婚の母でしてね。
一人娘を奴隷狩りでさらわれてしまい、
なんとか見つけ出したものの、買い取った者が随分と悪どくて、
通報すれば娘は殺す、1億で娘は返してやる、と持ちかけたそうです」
盗賊「………奴隷、狩り」
青年「元はと言えばあなたのせいですね。
裏は取れています」
盗賊「…そうか。
ますます死ぬべきだな、俺は」
381 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:06:55.96 ID:Mm2oT6db0
青年「で、娘の父親ですが、
10年前、彼女には内縁の夫がいました」
盗賊「………」
青年「その男がひどい男でね、
職を失くし、毎日飲んだくれていたそうで。
妊娠に気付いた彼女は子供のために、
男の元を去ったとか。
それなりに愛してはいたが、生まれてくる子を守りたかったと、
周囲に漏らしていたそうですよ」
盗賊「………待て」
青年「なんです?」
盗賊「そんな馬鹿な話が、」
青年「話を続けますよ」
盗賊「待て!!!
女の名は!!!!」
青年「今から言いますって。
話、聞いてくださいよ」
盗賊「………」
青年「話を続けますね。
彼女の名ですが、名前が一度変わっています。
うちの有能な部下が3日かけて調べてくれたんですよ。
感謝してくださいね」
382 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:07:41.02 ID:Mm2oT6db0
盗賊「…名前が、変わった?」
青年「ええ。
彼女は、中央王国のはずれの街にある、時計職人の娘として産まれました。
家出して名前変えたみたいです」
そんな、
青年「彼女の名前は、女って名前みたいですけど」
ばかな、話が。
青年「名を、変える前。
彼女は、あなたの実の妹ですね」
生き別れた妹。
気の強い、誇り高い娘だった。
生き別れた兄と妹が、
お互いがそれと気付かずに夫婦になり。
娘を設け、また別れ、
知らぬまに誘拐犯とその被害者となり、
またそれと気付かぬまま、
殺人事件の加害者と被害者になっている。
盗賊「そんな、馬鹿な話があるかあああ!!!!!」
383 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:08:52.18 ID:Mm2oT6db0
しゅ、という音がした。
舌を噛み切ろうとした歯は、
それよりも速く口にねじ込まれた手ぬぐいを、
ぎりぎりと噛みしめていた。
青年「死んじゃだめです」
盗賊「ぐう、ううううううあああああ!!!!!!」
青年「娘さんはどうするんです」
盗賊「……!?!?」
青年「娘さんに会いたくはないですか?」
その時、なんの抵抗もなく。
心にするりと、ひとつの感情が滑りこんだ。
――――会いたい、と。
しかし会っても、償う事も、支えてやる事もできない。
自分では、娘にどうしてやる事もできない。
青年「ああ、…すみません。
口を放してください」
盗賊「…ぅ……ぁ……………。
その、…子は」
青年「会いたいですか?」
盗賊「……会えなくても。
会えなくてもいい!!!
会わせる顔なんて、…とても……!!!」
青年「……………」
盗賊「ひと目でいい!!!!
ひと目でいい、見させてくれ!!!
頼む!!!」
384 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:09:38.32 ID:Mm2oT6db0
青年「…その子は、今この王城に居ます。
少し事情がありましてね」
盗賊「え―――――」
青年「最近の話ですが。
…そこで、あなたをリクルートします。
あなたの情報を抹消し、新しい戸籍をあげてもいいです。
手続き上の問題なので、誰にも文句は言われません。
あなたはむしろ生かしておき手元に置いた方が、
各方面の貴族を黙らせるのに便利ですからね」
盗賊「…なぜ、そんな事をする」
青年「なに、簡単な事ですよ」
青年「あなたには、その子の世話係になってもらいますから」
385 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:10:16.22 ID:Mm2oT6db0
少女「………おじさん、誰?」
そして、その少女と引き合わされた。
顔立ちなどは、幼い頃の妹にまるで生き写しだ。
ただ、氷のような白銀の髪を除いては。
盗賊「…髪は、元々その色ですか?」
少女「さいしょは黒かったけど、
…気付いたら、こうなっちゃった」
盗賊「そうですか。
―――私と、同じですね」
この子に父とは名乗れない。
自分に、その資格はないが、
この子の傍を終の棲家とする事を、その時決めた。
386 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:10:57.20 ID:Mm2oT6db0
***
見習「なにぼーっとしてんですか」
憲兵「………ああ。
少し、昔の話を思い出していた」
見習「へー。
あんたいくつだっけ?」
憲兵「今年で28だが」
見習「まじ、てっきり30過ぎかと。
昔の話ってなんです?」
憲兵「………秘密だ。
おい、目的地まではどのくらいだ?」
兵士「あと3時間ほどです。
お急ぎを」
見習「おい、待て、待てって!!!」
387 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/11/25(水) 03:13:46.50 ID:Mm2oT6db0
おまけ終わりです。
本編にはあんまし関係ないです。
>>1
の脳内エピでしたが気に入ったので文にしました。
1時間くらいで書いたのでおかしいところあるかもです……許し…て……。
本編はもう少しお待ちください…。
応援レスありがとうございます。
毎度毎度、励みになります。
本当にありがとうございます。
388 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/25(水) 03:17:55.90 ID:AKMHCDdjO
乙!
389 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/25(水) 05:04:29.94 ID:q8lCSf6Co
乙です
390 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/25(水) 07:56:20.95 ID:XIyKwSsYO
おつんつん
391 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/25(水) 08:00:04.32 ID:IJGty0ClO
まじか……まじか
救われないな
392 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/25(水) 08:03:11.58 ID:IJGty0ClO
盗賊を殺した時の勇者をみると、やはり勇者の抱える闇は深いのだな
393 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/25(水) 11:55:03.00 ID:yAZpeL/pO
いくらなんでも救いがなさすぎませんかね
394 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/25(水) 12:39:51.40 ID:wTbgOioxO
投下乙でした
外伝も面白かった!
こうした本編の補完エピソードもまた読んでみたい
本編の更新も楽しみにしてるよー
395 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/28(土) 00:23:07.62 ID:h0FeeBtUO
う…
勇者としては、重いよな
盗賊的には詰め込みすぎな感じ
396 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/28(土) 09:17:56.82 ID:Ii08Q0q9O
よくまとまってると思うが…
397 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/10(木) 20:01:37.41 ID:b5gE61kto
まーだかなー
398 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/20(日) 20:05:28.74 ID:iceIP3nLo
はよー
399 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[sage]:2015/12/29(火) 07:57:06.85 ID:ZfJH5/ip0
遅くなり本当に申し訳ありません。
本日夜更新予定です。
殺される…仕事に殺される…。
400 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/29(火) 08:14:45.20 ID:pB8OjXG4o
期待機
401 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/29(火) 08:17:02.68 ID:gTxPW636O
待つ
402 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:36:29.45 ID:+mjVyJCo0
***
―――そう。…出ていくのね。
ふふ。君にも、色々迷惑をかけてしまった。
これも仕方ないんだ。
これ以上ここにいても良い事もないし、
頃合いなんだろうね。
―――結局。
あなたの産み出したものは、
なにひとつあなたの手には残らなかったわね。
手柄も名声も必要ない。
私にとってそんなもの、必要なら、いくらでも手に入るものだった。
私に必要なものは、ここの教育機関と、研究設備だった。
なにも母校を軽んじるつもりはないが、
ここで学ぶべきことはもうない。
ふふふ、しかし追放とは。
まだ利用価値があると思われているとは…ふふふ。
―――学院はそう思っていても、
国はどう思うかしらね?
…そう、か。
君は。
―――さっき指令が来たの。
あなたの身柄の確保。
…断りたかったけど、私の権限では無理ね。
ふふ…。
これも仕方ない、…か。
私では、君から逃げ切る事は不可能に近い…ね。
―――諦めるの?
403 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:37:00.08 ID:+mjVyJCo0
…諦めない。
諦めたく、ない。
―――………。
諦めて、たまるか!!!
私はまだ、なにも…!!
―――そう。
…あなたらしいわね。
まだ、なにもできてない!
私は変えてみせる!!
辛い思いも!
悲しい現実も!!
―――………。
私は!!
この世の不条理を、全て無くしてみせる!!!
404 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:37:34.21 ID:+mjVyJCo0
―――じゃ、さっさと行って。
…え?
―――追手は私がなんとかする。
あなたほどの魔法使いなら、
取り逃がしたところで誰も疑いやしないわ。
…ありがとう。
君には、世話をかけっぱなしだ。
―――うまく逃げるのよ。
…落ち着いたら、連絡を寄越しなさい。
どこへ行くのか、知らないけど。
そうだね。
まずは、鉱山都市にでも行ってみる事にするよ。
手の付けた仕事がまだ残っているし、
現状も気になるところだ。
―――そう。
…あまり目立ったことはしちゃ駄目よ?
何度も助けられるものじゃないわ。
ああ、そうする。
あまり迷惑はかけられないからね。
…本当に、ありがとう。
―――いつか見せてほしいわ。
あなたが、いつかきっと実現する、
不条理のない、幸せな世界を―――
405 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:38:19.56 ID:+mjVyJCo0
柔らかな朝日が頬を射し、
朝靄のような眠りを静かに晴らした。
窓が少しだけ霜づく、冬の訪れを報せる寒い朝。
この季節の日の出は遅い。
どうやら少し眠りすぎたようだ。
賢者が魔法の都へと着いたのは、
魔法の王国南部の小さな村を飛び出した、実にその数時間後だ。
学院所有のものを借り上げた小さな屋敷が、彼女の住処。
使用人もおらず、生活といえば寝室と浴室のみ。
それなりに設えられた調度品は全て埃をかぶり、
彼女は内心、この小さな屋敷でも広すぎるとすら思っていた。
賢者「…昨日の疲れ、
…抜けないな。
あれだけ走れば当然か」
鈍る頭を振り払い、小さな化粧台に腰かける。
机に投げやられた旅支度から携行食を取出し、
珈琲の一杯でも煎れれば良かったかなどと考えながら噛り付いた。
エルフから教わった焼き菓子はとても栄養価が高く味もいいが、
なにせ喉が渇く。
しかし長い間家を空けていた事が災いし、水の備蓄がない。
賢者「寒いけど、仕方ないか」
水を汲みに表の井戸へと向かう。
屋敷は閑静な一角に建てられていて、
朝霧に霞む街並みに人気はなかった。
呪文を唱え、水を喚ぶ。
簡単な念動力だが、こういう時は便利なものだ。
手桶を肩ほどに浮かべ屋敷へ戻ろうとして、
―――あー、あー。
これ、通じてんのか?
どこか間の抜けたような声を心に聞いた。
406 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:39:12.06 ID:+mjVyJCo0
賢者「…戦士?」
―――おお、ちゃんと通じるんだな。
念話は屋敷の壁にはりつくトカゲから聞こえる。
誰の使い魔かはわからないが、
ちょっとした結界を施してある賢者の自宅に侵入できるという事は、
かなり高位の術師のものだろう。
賢者「誰の使い魔なの?」
―――あー。
…そいつは…。
すまん、言えない。
賢者「あっそ。
別にいーけど」
―――ごめんって。
ああ、あいつの研究室、見つけたよ。
…お前にも、今度教える。
誰の使い魔か、そしたらわかると思う。
賢者「ほんと?良かったわ。
今日謁見したら、しばらく行動の自由をもらうつもりだから、
そしたら合流しましょ」
―――いいのか?
開戦、秒読みだぞ。
賢者「だからよ。
戦場は私の分野じゃないし、あの子の足取りを追う事は、
この戦争の背景にも繋がるわ。
大体、捨てる命なら俺のために使えって、あんた言ったでしょ」
―――いや、それは、言葉のあやでだな。
賢者「公私混同は良くないけど、
利害が一致してれば別でしょ。
…連絡を待つのは趣味じゃないけど」
407 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:40:05.53 ID:+mjVyJCo0
―――ああ、わかった。
そのトカゲ、しばらくその屋敷に棲みつくみたいだから、
念信したら出てくるらしい。
俺の持ってる通信水晶と交信できるそうだ。
賢者「…凄いわね。
それ、かなりの高位技術よ。一体何者なの?」
―――まぁそれは、後のお楽しみって事にしといてくれ。
俺はこれから、また中央王国に向かうよ。
やることができたんだ。
賢者「りょーかい。
また連絡するわね。
…っと、そうだ」
―――どうした?
賢者「あんた、精霊の力、うまく使えないって言ってたでしょ」
―――…ああ。
賢者「たまに精霊が目の前に現れない?
ちょっと、悲しそうな顔で」
―――あー。一度だけある。
緑色で、羽の生えた小人だった。
賢者「それ、名前をつけて欲しがってるのよ。
契約がまだ済んでないから、
精霊がどうしていいかわかんなくなっちゃってるのね」
―――名前って。
…そうなのか。
ありがとう、考えてみるよ。
賢者「いい名前つけてあげてね。
それだけ力を貸してくれてるってことは、
あなた好かれてるのよ。
…それで?あの子の研究室で、知りたかったことは知れたの?」
少しの沈黙が流れ、
―――ああ、わかったよ。
いろいろとな。
その沈黙を噛み潰したような言葉を言い残し、念信は途切れた。
408 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:41:01.64 ID:+mjVyJCo0
「起きましたか。
詳しく説明している暇はありません。
あなたに、頼みがあるのです」
その時目覚める前の最後の記憶は、向う脛に重い一撃を貰ってよろめき、
後頭部をしこたま殴られたところだった。
目が覚めれば右足には添え木が当てられ、
額には手拭いが置かれ、
顔を覗き込む初老の男。
己を打倒した男に介抱されるほど、屈辱的なことはない。
「執行部は、勇者殿に襲撃された。
そうですね?」
なんでこいつが知ってんだ、とその時は思った。
「すみません、記憶を読ませて頂きました。
私の扱える唯一の魔法です。
…頼みを、聞いて頂きたい」
「私はこれから魔研に向かいます。
勇者殿を止めるためです。これは私にしかできないつとめです。
あなたは王城へと向かってください。
そして、なんとかしてある男へと接触し、この惨状と、魔研で起こった事を伝えるのです。
憲兵という、信用の置ける男です。
それがきっと、魔法の王国のためにもなります」
「疑うのなら心を読んで頂いても構いません。
できない?…なるほど。では、信じてくださいと言う他ありません。
私とその憲兵という男は、あなたたちよりも、この世の中に詳しい。
…少しだけ。少しだけですが、ほんの少しの真実を知っている」
409 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:42:12.99 ID:+mjVyJCo0
別に、その、寂しそうな背中をした初老の男に、
哀愁も憐憫も感じたわけじゃないが、
その少しの真実とやらは気になった。
そもそもこんなロートルに負けているようじゃ、
燃え落ちる研究所に戻ったところで、姉の助けになるとは思えないし、
この初老の男の頼みを引き受ける事が情報を引き出す鍵となる、と思っただけ。
それからの行動は早かった。
折れた骨を簡単な治癒スクロールで固め、
騎士の亡骸から鎧を剥ぎ、
落ち延びた騎士を装い王城へと侵入した。
しかし、いざ憲兵という男とやらの所在を突き止めてみれば、
なにやら部屋が騒がしい。
やはり頼みを聞くべきではなかった。
いつか耳にした事がある。
中央王国の妾腹の王子が、王宮で要職に就いている、と。
確か側室である母親は王にその美貌を見初められただけの、
元はといえば旅芸人一座の踊り子だ。
中央王国王家の血筋はみな太陽のように眩いばかりの金髪だが、
その王子は光を吸い込んでしまうような黒髪だと聞く。
厄介な事に、正統なる王太子もそれはそれでなかなかの人物ではあるものの、
中央王国王家の血筋は妾腹の弟の方が色濃く受け継いだようで、
力を持ちすぎぬよう王宮で子飼いにしているらしい。
なまじ本人も先見の明があるのか均整の取れた人格をしているのか、
それほど野心など抱えていない事は確かなのだが、
いつなんどきでも兄王子を先に立てるその振る舞いは放っておいても人望を集めてしまうらしく、
目下王宮の悩みの種だそうだ。
まぁ、そんなヤツ嫌うとしたらその本人に余程問題があるのみだろう、と誰しもそう思うものだが、
どうやらこの第二師団長という男はそういった余程問題のある手合なのだろう。
大将「せいぜい足掻くがいい。第二王子殿」
まぁ、仕方ない。
毒食わば皿まで。
厄ネタをひっかぶせてきたロートルへの恨み言を心に溢れさせながら、
道が開いた瞬間に閃光魔法を唱えた。
410 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:42:51.61 ID:+mjVyJCo0
閃光魔法ひとつで切り抜けられたのは奇跡に近い。
城から離れ、城下町の路地裏で肺の奥まで息を引き込んだ。
憲兵「助かった…が。
君は一体、誰だ?」
男は訝しげに見つめてくる。
よく見なくても端正な面持ちだ。
通俗な親しみやすさの中に、隠しきれぬ毛並みの良さも見て取れる、
清濁併せ持つ危うげな完璧さを秘めている。
見習には、それがどこか気に食わなかった。
盗賊から言付かった内容を話す。
憲兵は見習の拙い話しぶりに深く耳を傾け、頷き、
憲兵「…そうか、それで。
すまないな、敵方にも関わらず、危ない橋を渡らせてしまった」
だなんて、仮想敵国のスパイへの気遣いなんてものを吐くから質が悪い。
見習「いいや、俺は別に構わないんだ。
じゃあ俺はもう…」
部下「そういう訳にも参りません。
あなたは知りすぎている。
我々と行動を共にして頂きます」
突然の声に路地裏の出口を見れば、
立襟の外套を身にまとった旅装束の女性が立っている。
中肉中背、特に印象に残らぬ顔。
つまり普通程度には見れる顔だが、
とりわけ目を引かれるものはない、そういった顔。
411 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:43:35.40 ID:+mjVyJCo0
憲兵「お前も無事だったか」
部下「ええ。
お助けしては私まで捕らえられる事は明白でしたから。
あなたがご自身の力で難を逃れられる事に懸けました」
憲兵「その判断は悪くはないが、
見捨てられたと言っても間違いではないな」
部下「そうなればいずれお助けにあがる所存でした」
憲兵「まぁいい。
しかしなにも、お前まで逃げんでもいいだろう。
追われているのは俺一人なんだ」
部下「もはや兵ではありません。
私はあなたの部下です。
そもそも、あなたの持つ唯一の私兵を、
身動きが取りやすいように強引に登用したに過ぎぬではありませんか」
憲兵「…っ、しかしだな…」
部下「あなたに仕える事は私の使命です。
それともなにか?
王城に戻り、あなたを追う任に身を委ねろと?
あなたは自らに一生を捧げると誓う部下に、
主人に弓を引けと命ずるのですか?」
憲兵「…わかった!もういい!!!」
部下「わかってくださったのならよいのです。
さて、目下の行動指針ですが」
なにやら話がついたようだが、
彼らはひとつ忘れている。
412 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:44:22.42 ID:+mjVyJCo0
見習「話がついたようで良かったよ。
じゃ、俺は―――」
部下「お待ちください」
見習「………へいへい」
マジで貧乏くじだ、と盗賊は思う。
確かに死ぬよりはマシなんだろうが、
助けたっていうのに、この仕打はないんじゃないだろうか。
憲兵「ああ、すまない。
俺も彼女には同意見なんだ。
君には、しばらく我々と行動を共にしてもらいたい」
見習「そりゃねーっすよ。
俺には、今日の事を国に報告する義務が…」
憲兵「助けてもらった事は確かだが、
看過できん事もある。
我々は二人だ、味方は少ない。
協力者が手に入るチャンスは逃したくないんだ」
見習「今がチャンスなのか?
言っとくが俺は使えねーぞ、お断りだ」
憲兵「…どうしても承諾してもらえないのか?
強制は、できるだけしたくないんだ」
見習「…へっ、あんたがどんだけ強いか知らねぇが、
逃げ足には自信があるんだ。
なんなら騒ぎを起こしたっていい。
あんたらには困るだろ?」
憲兵「そうか。なら仕方ない」
413 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:45:00.16 ID:+mjVyJCo0
憲兵は無造作に手を掲げ、
…なにやら呟き始めた。
見習「…は?」
掲げられた手に小さな光が灯る。
それは確かに、魔法の王国の者である彼らには慣れ親しんだ力で、
中央王国の者たちには、忌むべき力であるはずだ。
見習「魔力、だって?」
憲兵の慣れた手つきには、少しの澱みもない。
驚嘆と、その仕草があまりに恭謙であるがゆえ、
見習は身体の自由を奪われた事に気付けないでいた。
憲兵「…かつて賢き者ども、
ここに座せり。
彼の者はいましめの鎖を整え、
彼の者は敵を抑え、
彼の者は鎖をつなぎとめる。
―――いましめは今、我が手に」
見習「お、おい、やめろ!!!」
憲兵「―――いと小さき者を捕らえ、
我が言霊を届けよ」
光が消える。
それが魔法の発動が完了した証である事を、
なまじ魔法を齧っている事で、理解できてしまった。
414 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:46:09.65 ID:+mjVyJCo0
見習「はっ、―――はっ、」
憲兵「すまない。
だが、条件は、『我々の旅に協力する事』それだけだ。
時がきたら、解除する。約束しよう」
見習「てめぇ、なにもんだ!
強制魔法は遺失魔法だぞ!!
なんでてめぇが扱えるんだ!!」
ふと、憲兵の後ろの女と目が合うが、
部下だという女も目を丸くしていて、目が合った事に気付くと、
ぶんぶんと横に頭を振った。
どうやらあの女にとっても思い掛けない事実だったようだ。
憲兵「…部下、目下の行動指針を」
部下「………あ、
…はい。
ひとまず身分を偽り、国内に潜伏する事ですが、
これはなんとでもなるでしょう。
国内の情勢には詳しいですからね。
つまりどこに潜伏するかですが、
第二師団長の手が及びにくく、
第六師団の影響力の強い場所が望ましい。
そうですね?」
憲兵「仕事のできるヤツだなぁ」
見習「………ちぇ」
部下「条件を満たす街はいくつかあります。
加えて、自由にできる空き家が一件。
なので目的地はそこにしましょう」
憲兵「そこはどこだ?」
部下「盗賊が手の者を使って管理していた家ですよ。
入れ替わり立ち替わり住人が変わっていますから誰も気に留めません。
場所は、時計塔の街です」
415 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:47:49.38 ID:+mjVyJCo0
と、いうわけで、見習は今時計塔の街に居る。
盗賊という男が管理していたという空き家に身を潜め、
1週間が過ぎようとしていた。
見習「………しっかし、まぁ」
見れば見るほどなにもない家である。
ドーマータイプの角地という事は、
元は中流家庭が暮らしていた家だろう。
しかし竈も食堂も居間も、全て奥まった一角にある。
窓際には更に作業台のような机が据え付けられていて、
この家の家主はよほど生活スペースが狭かったのだと推測できる。
窓明かりを取り込むためか、
作業台の窓のみガラスが嵌めこまれている。
見習「ま、姉ちゃんもこんなもんだけど」
仕事ばっかしてるから自宅に求めるものが少なくなるんだ。
家は自らの帰りを待つものであるはずだ。
人も招かず、家庭も持たず、する事と言えば寝るか湯浴みするか、そのどちらかだけ。
姉も20の女性なんだから、良い嫁ぎ先のひとつでもあればいいのだが、
まぁ恐らく暗殺者と結婚したがる男など、それはきっと余程の物好きか、
似たような外法の者しか居ないのだろう。
見習「あ、いけね」
珈琲でも煎れようと湯を沸かしていた事を失念していた。
ここは火龍山脈南部に近く、地下水の豊富な街だ。
水資源は街を豊かにする。
長閑な地方の街を気取っていられる事も、巨大な山脈の恵みに守られているからこそだろう。
時計塔の街というだけあり、時計作りはこの街の伝統工芸だ。
魔法仕掛けの時計が幅を効かせるようになってからは時計職人たちは姿を消したと聞いたが、
彼らは時計職人から、金属板に印を刻む彫金師へと姿を変え、
未だ時計を作り続けているという。
それは執念か、それとも妄執か。
時とは人を惹きつける。
取り戻せない過去。
それは行きて帰らざる日々。
秒針がひとつ揺れる度、人々はまた何かを失くし生み出していく。
哲学者は時間の浪費にもなにかを見出すのだろうか?
未来を浪費し過去になにかを見出す事が彼らの人生だとすれば、
それは死んでいると同じ事だ。
差し引き、ゼロじゃないか。
416 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:49:41.55 ID:+mjVyJCo0
ぱたん、と音がして女が帰ってきた。
憲兵と部下がこの街で何をしているかは知らないが、
見習の命ぜられた事はといえば、
憲兵「君はここで待機だ。
必要な時、力を貸してもらいたい」
なにせ逆らうと身体に激痛が走るのだ。
あの男、涼しい顔をして、魔法の練度はといえばかなりのものだった。
少なくとも未熟な自分に抵抗できるものではない。
彼がいつどこでこんな魔法を身につけたのか、知る由もないが、
強制魔法は既に失われた秘法だ。
かつて教会の司祭たちが悪魔調伏のため用いたとされるが、それも伝説のようなもんで、
実際神教の教えなんて全部眉唾だ。
まぁ信者はそれなりに居るし、中央王国ではまだそれなりに力を持っているんだが―――
見習「なにしてんの?」
部下「…挨拶を待ってんのよ。
人が帰ったんだから挨拶くらいしろ、ばか」
このねーちゃんもなかなかの狐っぷりだ。
しかし言ってる内容は変わんないってんだから驚き。
見習「ああ、ごめん。お帰り」
部下「ったく、主人の手前、私もああ言ったけど。
お坊ちゃまもなんであんたなんか連れてくんのかしら。
あんな芸当できるなら、喋るな、で良かったのに」
見習「あー、あんた頭いいけど、魔法に関して不勉強だね」
部下「…なんですって?」
あと、ついでだが、
この人は怒ると、姉ちゃん以上に怖い。
見習「あー、ごめんって、えーとな。
仮にも魔法の王国だから。
これ、エンチャントの一種だから、魔法がかかってればばれるわけよ」
部下「…そっか。私にも隠してたくらいだしね」
見習「そー。
既に追われる身なのに、これ以上興味持たれたくないでしょ」
417 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:50:51.15 ID:+mjVyJCo0
部下「なら、いっそ殺してしまえば良かったのよ。
だいたい何?魔法使いったって、ぴかぴか光らせるくらいしか芸がないじゃない!!」
見習「ひでぇ言われようだなぁ。
閃光閃熱魔法は使い手が少なくて貴重なんだぞ」
部下「習おうとする人が誰も居ないからでしょ」
見習「ごもっともです」
部下「足手まといにしかならないんなら、いっそ私が…」
見習「あんたの主人はそんな人なの?」
部下「………ぅ」
見習「はぁ。
俺はあんたの主人を助けた。
敵方であるにも関わらず、割と重要な情報の糸口を掴まされてね」
部下「そうね」
見習「割と悩んだと思うよ。
情報を漏らすわけにはいかない、クーデターが成功し王城には帰れない。
しかし、助けられた恩がある。
…冷静になって考えてみたらさ、この処遇は彼なりの最大限の譲歩なんだ。
軟禁は退屈だし、正直魔法の王国にも帰りたいけど、
ま、ここはある程度安全らしいし、
最悪の状況ってわけでもないしな」
部下「……驚いた。
あなた、意外に冷静だし、物事も見れる子なのね」
見習「これでも一応執行部だから。
潜入と情報収集だけは上手いんだ、俺」
部下「ま、使いでがある事はいい事だわ。
ならいずれ働いてもらう事になりそうね」
見習「…俺、なんかまずった?」
部下「爪を隠す脳はなかったようね、あはは」
418 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:51:51.17 ID:+mjVyJCo0
夕刻を告げる鐘の音が鳴り響き、
また、扉の音がした。
部下「お帰りなさいませ」
憲兵「ああ。
人員はわかったか?」
部下「ええ。
割とサボっている様子で、練度はそれほど高くありません」
憲兵「よし、では明日にでも行動に移そう。
見習、君にも働いてもらう事になりそうだ」
見習「いーけどさ、なにすんです?」
憲兵「依頼を出す」
見習「はい?なんの?」
憲兵「地取り捜査。
第六師団は各地の冒険者ギルドと結びついている。
行動は分隊単位が基本だが…、
まぁ、多少面倒だが、5分もあれば終わるだろう」
見習「………あんた、意外と」
憲兵「兎にも角にも、まずは手がかりだ。
第六師団狩りだよ」
419 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:54:09.61 ID:+mjVyJCo0
ローブを用意し、湯浴みを済ませた。
この国ではこれこそが正装だ。
今の時期ならまだいいが、いかに大陸北部とはいえ、
夏が無いわけではない。
王城で魔法は禁じられているため、夏の謁見ともなれば、
それはまさに地獄だ。
ま、謁見の間は、魔法で空調が効いてはいるけど。
髪を結わえている時、
ふと、化粧台の隅に追いやられていた、小瓶が目に留まった。
確か、いつかどこかの商人からガメた月下香のオイルだった気がする。
賢者「…なんだって、こんなもの………」
随分高価なものだと聞くが、
持ち帰ったまま長い間忘れていた。
優れた防腐処理が為されているようで、
少なくとも劣化などはないようだ。
なんとなく、小瓶を開けてみると、
ふわりと部屋中に、なんともいえない甘い香りが広がった。
思考を軽く麻痺させるほどの、粘膜が痺れるほどの甘い香り。
異国的でいながら、どこか庭先に覚えのあるような、
例えるなら、自らに罪はなく人を狂わせる儚げな美女のような香りだ。
賢者「…っぷ。つっよ…」
…ま、少しならいっか。
首にちょっとだけ擦り込んでローブを羽織る。
賢者「あ。
………いい香り」
これなら、密かな自分だけの楽しみといえる。
…チュベローズって、どんな花だっけ?
ま、いっか。いい香りだし。
420 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:54:52.27 ID:+mjVyJCo0
賢者「私よ。報告に戻ったわ。火急」
正規の軍籍を持たない賢者が謁見するには、
一度学院長を通す必要がある。
暗部である執行部には、表立った謁見許可など降りない。
よって、彼女が王に謁見する時は、王城内の小さな館が常だったが、
学院長「ああ、聞いておる。
謁見の間に来いとの事だ」
今日に限っては、広間らしい。
どう考えてもおかしいが、
考えても仕方ない。
加えて例え王城内であろうと、何が起ころうと逃げ切る自信が、
彼女にはあった。
それだけの実力を彼女は備えてしまっていた。
もし行動が露見しているとすれば、
その時は、彼の存在だけは、どうしても隠し通さねばならない。
そして彼女は、まだ名前をつけてはいないが、
心に湧いたその感情を、はっきりと感じ取っていた。
421 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:55:46.15 ID:+mjVyJCo0
「―――お会いになられる。入るがいい」
そして彼女は、
自らの死地へと、足を踏み入れてしまった。
422 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:56:37.23 ID:+mjVyJCo0
賢者「…長くかかり申し訳ございません。
中央王国王立魔法技術研究所においての戦闘についてからご報告致します」
魔法王「……………良かろう。
申すが良い」
王の姿は、大きな天蓋に遮られ、目にする事はできない。
魔法を使えば目にしようと思えばできるが、罰せられる、といった方が正しい。
まぁ、彼女は王の姿など何度も城内の館で見ているのだが、
謁見の間の作法とはこういうものなのだろう。
賢者「我々執行部隊は指令の通り、盗賊という男の身柄を確保しようとしましたが、
念信が傍受されたため、男の向かった魔研において行動に移そうとしました。
しかしそこで、荒れ野に居るはずの勇者と、そしてその手勢の者と戦闘になったのです。
勇者とその手勢は異変を察知し魔研へと向かう中央王国軍近衛師団第一中隊をも襲い、
これを殲滅。
魔研襲撃は全て執行部の責となりました」
謁見の間がざわつく。
当然だろう。
我が国は、罠にかかり宣戦布告を"させられた"のだから。
近衛「貴様、それでおめおめと逃げ帰ってきたのか!!」
賢者「情報が完全に漏れていたのです。
…部隊に内通者が居た可能性は否定でき兼ねますが、
現に部隊は勇者の手により全滅しています。
内通者が居るのなら、生き延びているものと」
近衛「…そんな馬鹿な…!!」
魔法王「良い。
…続きを申せ」
賢者「念信に留めず国に戻った事には理由があります。
最早開戦は避けられない。
しばしの行動の自由を頂きたいのです。
ひと月の間に、状況の打開を約束致します。
ですから、どうか―――」
423 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:57:13.20 ID:+mjVyJCo0
魔法王「……………」
王は黙して語らぬ。
もうひと押し、必要なのかもしれない。
賢者「我が王よ。
私には―――」
だが。
彼女は、王が黙する意味を、
読み違えていたのだ。
魔法王「賢者よ」
王の真意は、開戦の理由などには無い事に、
彼女は気付けなかった。
魔法王「―――魔女なる女の行方は、どうした?」
424 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 01:58:47.75 ID:+mjVyJCo0
賢者「―――は」
見誤った。
賢者は、王の関心が戦の是非にあると考えていた。
魔法王「確かに奴は手強かろう。
あれほどの魔法使い、
もう我が国に現れる事はないだろう。
して、鉱山都市の魔力炉はどうなった?
魔法の都は盲目とでも思ったか?」
賢者「いえ。…決して、そのような事は。
魔女の行方は、中央王国も追っています。
彼女絡みの任務では、勇者と会う機会も多く…」
魔法王「語らずとも良い。
…あの魔法使いが死んでいる事など、
儂はとうに知る処だ」
賢者「―――え?」
魔法王「そして最早戦争など。
中央王国など恐るるに足らぬ力を、我らは手にしたのだ。
他ならぬ魔女の編み出した秘術よ」
賢者「我が王。
…あなたは」
魔法王「解析には時間がかかったが。
我らは遂に。
遂に、手に入れたのだ!!」
賢者「あなたは一体、何をしたのですっ!!!!」
425 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 02:00:06.93 ID:+mjVyJCo0
突如、謁見の間の天井が崩落し、
大柄な人型の魔族が、謁見の間へと降り立った。
黒い肌に浮かぶ頑健な筋肉。
虹彩の無い、ただ朱いだけの眼球。
額からは大きな山羊を思わせるねじれた角が生え、
竜のような翼を持つ。
そして何より、禍々しい漆黒の鎧を纏い、
攻撃的な意匠の大剣を持つ、その姿。
魔法王「これが、我らの力!
人の及ばぬ魔神の力を、我らは従えたのだ!」
賢者「貴様は―――ッッ!」
デーモン種と呼ばれる魔物は大剣をその手に構え、
戦闘への愉悦をその口の端に浮かべる。
ここは、死地だ。
一人で打倒できる相手ではない。
―――だが。
賢者「己の統治すべき国に、魔を引き入れたのか!!!」
不可能でも、賢者は、敵をここで討伐する。
祖国を守るため。
彼を守るため。
…親友の仇を、取るために。
426 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2015/12/30(水) 02:01:38.83 ID:+mjVyJCo0
今日の分終わりです。
毎度少なくてすみません。
数々の応援レスありがとうございます。
励みになります。
年越しの暇潰しに読んでいただければ幸いです。
それでは皆様良いお年を…。
427 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/30(水) 03:28:11.54 ID:Ftzt8Bq3o
乙です
428 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/12/30(水) 04:28:56.81 ID:8RUdonV40
乙
ってここで引くのかーい
割と皆普通に死ぬからドキドキするぜ……
429 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/30(水) 07:43:56.43 ID:1QEFl+sAO
乙!
430 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/30(水) 10:09:05.15 ID:pIKOSTinO
乙!
431 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/30(水) 18:46:42.59 ID:zkeHW139o
乙
死ぬならハガレンのヒューズみたいにあっさり
生きるなら最後まで生きる
どっちだろ賢者
432 :
以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします
[sage]:2016/01/01(金) 03:42:49.43 ID:w4h5SowP0
いいなぁ・・・この謎が謎を呼ぶ感じ
SSひとつにこれだけ設定練れるのか
433 :
以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします
:2016/01/11(月) 17:59:43.27 ID:UEQILW0J0
C
434 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[sage]:2016/02/01(月) 11:35:54.19 ID:SE7Z8H7SO
ご無沙汰しております。
昨日一昨日に更新しようと思ったのですが、
この1週間体調を崩してしまい…、
申し訳ありません。
すっかり忘れ去られてしまったかもしれませんが、
もうしばらくお待ち頂けると幸いです。
皆様冬は確かに旬ですが、
牡蠣にはお気をつけください。
地獄でした。
435 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/01(月) 11:42:29.70 ID:f1DsJ2Sco
待ってるよ
436 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/01(月) 11:55:41.77 ID:jVSWKbbOo
生牡蠣うまいとはいうけど、やっぱり加熱した方が色々と安全なんだぜ…
っ「いのちだいじに」
437 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/01(月) 14:44:18.11 ID:MGCCgswqo
良かった
待ってるからしっかり治してくれ
438 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/01(月) 23:16:12.54 ID:fOKxuYgiO
待ってるよ
439 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/29(月) 13:32:06.66 ID:2TLEkKBDO
いつまでも待ちます
440 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/29(月) 17:56:05.57 ID:YL0bYuXg0
マジでエタらないでくれよ。期待してるぞ。
441 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/11(金) 14:04:42.44 ID:KbuATfMZO
待つ
442 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/26(土) 08:25:25.93 ID:N07nozPiO
まだかい?
443 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/26(土) 11:43:21.96 ID:FWK7p0LNo
もうすぐ2ヶ月だな
444 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[sage]:2016/03/26(土) 14:20:32.14 ID:/2JnibbIO
明日更新します…。
445 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/26(土) 14:25:58.57 ID:Fx4Cvsr90
投下予告やったぜ来なかったら今後旬の食べ物にあたり続ける呪いをかけてやる
446 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/26(土) 15:49:24.77 ID:60PYy+iL0
>>445
俺にとっては地獄のような呪いだな...まあ
>>1
が生きててよかった
447 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/26(土) 16:06:58.33 ID:JfJwq/A30
期待
448 :
◆DTYk0ojAZ4Op
:2016/03/28(月) 01:41:58.41 ID:IMgzJVX60
***
その日の鉱山都市には大雨が降りしきり、
日中だというのに空は飴色で、人々は影によって陰に追いやられ、
みな自宅で息を殺していた。
鉱山は兎角雨に弱く、鉱夫たちも早朝から坑道に詰めている。
そんな日の彼女の仕事はといえば、
いずれ運び込まれる負傷者の手当くらいのもので、
鉱山のほど近くへと自ら建てた小さな研究室兼自宅で待機していた。
過酷な労働環境に身を置く鉱夫たちはみな屈強だが、
それでも月に何人もが命を落とす。
鉱山都市は平和そのものだ。
平和な都市ですら、これだけの死者が出る事実に、彼女はまたも心を痛める。
人は物陰で理由なく死ぬ。
その死と労働災害による死にどれだけの違いがあるのだろうか。
鉱山都市は兵を持たない。
金銭の授受のみが、住民に課された絶対的なルール。
即ち、国家の民営化である。
人々は治安や司法を金で買う。
金さえあれば安全が他者により保障され、権力を手に入れられる。
鉱山都市の街角には食料や衣類品、生活用品のみならず、法律、名声や権力まで並ぶのだ。
住民はそれらを自由競争によって手に入れられる。
持とうと思えば私兵も持てる。
人の生き死にすら金銭のやり取りで済む。
この歪な個人主義は自然に産まれたものだ。
その結果、住民たちは金のため、自ら火中に身を投げる。
つまりは能動的な死だ。
理由なく死ぬ人々とは前提から異なってくる。
―――そして彼女がそこに、ひとつの光明を見出した事も、
自然といえるだろう。
449 :
◆DTYk0ojAZ4Op
:2016/03/28(月) 01:43:54.62 ID:IMgzJVX60
外からは雨音が絶え間なく耳に届く。
魔法使いである彼女の耳は、その中に微かに紛れる、聞き慣れぬ物音をも聞き分けた。
友人が言う処によると魔翌力炉を作ってからというもの、
学院に彼女の身柄を拘束しようという動きがあるらしい。
しかし所詮そのような事、はじめから覚悟していた事だ。
評議会にもいずれ姿を消す事になるとは伝えてある。
追手がかかれば迎え撃ち、しかる後に身を隠しても遅くはない。
息を殺し身を固め、敵を待った。
しかし数分が経っても、気配を相変わらず感じるも、襲われるような気配を感じなかった。
魔女「…これは、戦闘音、か?」
耳を凝らす。
引き絞られた弓弦が軋む。
放たれた矢は雨を引き裂き、獲物を確実に捉える。
侵入した魔法使いたちはその矢速を知覚し切れず、音もなくこめかみを貫かれた。
遮蔽物のない小屋の周辺、それは射手には格好の狩場となるのだろう。
雨に煙る視界にあぐらをかき姿を消さなかった魔法使いたちにそれを防ぐ術はない。
放たれる音は八度。
矢はそのひとつも的を外さず、侵入者は全滅した。
異音が消えた小屋へと、足音が近付いてくる。
気配を[
ピーーー
]意図を見せない、堂々とした足音だ。
足音は小屋の前で止まり、ゆっくりと三度、戸が叩かれた。
魔女「君は、誰だ?」
そして彼女は、客人を迎え入れた。
450 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:44:54.44 ID:IMgzJVX60
魔女「外套はそこにかけておくといい。
濡れたままでは辛いだろう?」
言いつつ、ティーサーバーを傾ける。
憲兵「ありがとう。
…魔法使いの家にしては、簡素なものだな。
その手に持つものも、魔法で動かせるんじゃないか?」
魔女「依存は良くない。身も、心もだ」
カップを机に置き、彼女は続けた。
魔女「なまってしまうじゃないか」
憲兵「はは。本当に、異端者と呼ばれる事も頷ける」
魔女「だが、魔法とはやはり便利なものだ。
上着も脱ぐといい。乾かしてあげる」
憲兵「…ああ、頼む」
魔女「それと、外にいる弓使いにも入ってもらって構わない。
この雨の中外で待たせるのは、心苦しい」
憲兵「どうして、弓使いが他に居ると?」
魔女「弓を引き絞る音、矢が走る音が聴こえた。
君は北から歩いてきたが、矢は西の方角からだ」
憲兵「…参ったな。100メートルは離れているのに」
魔女「雨の日は特にわかりやすい。
耳を凝らせば半径250メートル内なら、雨音ひとつまで聞き分けられる。
耳を凝らせば、だけど」
451 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:45:33.10 ID:IMgzJVX60
客人2人の服を干し、
茶を新たに沸かし、3人は机を囲む。
兵士「これは、あなたが」
憲兵「いいって」
兵士「いいから飲んでください。
で、古い方を私にください。
喉乾いてるんです」
憲兵「それ飲めばいいだろ」
兵士「主人より新しい茶を飲むわけには参りません」
憲兵「本音は?」
兵士「猫舌なんです」
魔女「それで、どういった用件で?」
憲兵「ああ、すまない。
私は、…えーと…」
兵士「中央王国軍の者です。
あなたを保護するため、ここへ」
憲兵「と、いう事になっている。
私は憲兵司令官でね、階級は中将だ。
目的は君の拉致。もしくは殺害…だったんだが、
着いてみれば妙なのが居たんでね」
兵士「おい」
憲兵「どうせ心も読めるんだろ?
彼女に隠し事は不可能だよ。
信用を失うだけだ」
魔女「…ふふ。そう簡単には読めないよ。
でも、嘘はわかる」
兵士「…どうやってです?」
魔女「それは、秘密。
目的を話してもらおう」
452 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:46:42.76 ID:IMgzJVX60
憲兵「その前にひとつ質問だ。
君を狙う学院執行部を退治した手間賃として答えてくれ」
魔女「あのくらいなら、助けは必要ないよ。
君たちのように、無為に命を奪うまでもない」
憲兵「だろうね。だから質問で済ませるんだ」
魔女「…いいよ。
聞きたい事とは?」
憲兵は少し睨めあげるように彼女を見つめ、続ける。
憲兵「雷の研究は、しているか?」
少しの沈黙が流れる。
予想だにしない質問に、彼女は息を飲んだ。
雷魔法。
学院の魔法使いたちが数百年研究を続け、
未だ解明されない、伝説に近い魔法。
それは英雄の証とも言われるお伽話。
学問として最も難しい事は、「存在しない」事だと「証明する」事だ。
仮説に対し100%の否定は不可能に近い。
故に、否定の可能性を限りなく100%に近づけていく。
だが、500年前。
西方から現れたという英雄は、数々の伝承に確かにその左手に雷霆を纏わせたと伝えられる。
雷霆とは神の武器。
聖教の主神は自らの武器を英雄へと分け与えたという。
そしていつしか学院はこう結論づけた。
雷とは、魔法ではない、と。
魔女「……………」
しかし。
異端と呼ばれる彼女はそうは思わなかった事もまた確かだ。
453 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:47:49.64 ID:IMgzJVX60
魔女「未経験では、ない。
雷魔法は実在する」
そう答えた数日後、
彼女は中央王国へと迎えられた。
与えられた役目は、魔法に留まらぬ、「雷」の基礎研究。
魔女「雷とは自然現象なんだ。
魔法で扱う分類に属さない。
…しかし、代用は効くものだし、使えて得になるものでもない」
研究施設は充実していて、
そこには2人のサンプルが居た。
一人は見知った顔。
そして、もう一人は。
魔女「……………まだ、ね」
遥か地下に封じられた、古の怪物だった。
454 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:50:06.44 ID:IMgzJVX60
――――――――――――――――
―――――――――――
――――――
どうしてこんな事になったのか。
本部に招集されぬ自分たちなど、各所の支部を任されたごろつきに過ぎない。
家畜が逃げた、人探し、家具の組み立て、引っ越しの手伝い等、
依頼はつまらないものばかりだし、便利屋などをやって師団の運用費用を稼ぐだけの仕事だったはずだ。
まぁ元がこそ泥だったり、日銭を稼ぐだけのどうしようもない傭兵だったり、
育ちのいい者、実直に生きてきた者など同僚には一人として居なかったが、
感謝というのは麻薬のようなもので、みな悪い気はしていない事は確かだった。
仕事はくだらないが誰かに必要とされる仕事というものは意外にも性に合っていたのかもしれない。
最近では自分なりにやり甲斐などというものを感じ始めていて、
このまま骨を埋める事も悪くはないかもしれない、とまで考えていた。
依頼は単なる護衛だったはずだ。
指定された場所で落ち合うと、そこには妙に育ちの良さそうな男が居た。
隣の村までの護衛を頼む、金に糸目はつけないからできるだけ多くの人員を連れて来て欲しい、
それが依頼だった。時計塔の街に駐留している第6師団所属の人員に戦闘に長けた者は少なく、
魔物退治の経験のある支部長を含む10人が選ばれた。
落ち合った場所は街はずれの林だ。
支部長が男と話している時、突然一人が倒れ伏した。
倒れた一人はこめかみを矢が貫通していて、みなそれを見て敵襲に備え、木々の合間に身を隠した。
襲ってきた者は何者か、なぜ自分たちが狙われるのか。
混乱した頭を抱え思わず空を見上げた時、確かに見た。
矢が不自然な弧を描き、吸い込まれるようにまた別の者のこめかみを貫くところを。
455 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:51:26.39 ID:IMgzJVX60
見習「…お見事、残り6名。
N7323、W318、
頭部は地面から120ってところ。
視線は7時方向」
憲兵から離れた崖の中腹に、まだあどけなさの残る青年と、
弓を携えた女性が居た。
青年の指示を聞き、女性は矢の羽山を調節する。
大弓を引き絞り、指定された座標へと放った。
矧の部分を調節し、山間の風に乗せられた矢は、あらぬ軌道を描き飛ぶ。
加えて未熟といえど魔法使いの補助があれば、その軌道はもはや蛇の如く標的へと迫るものとなる。
見習「命中。まさに鷹の目だ」
見習は次なる的を探す。
彼の得意とする光魔法の応用だ。
光を屈折させ、視野を拡大し、空間が通っていればどの角度からでも「見たい場所を見る事ができる」。
木々に隠れようと、壁に隠れようと。
彼の視線から逃れるためには、暗闇に身を置くか密室に入る他なく、
その密室も、少しでも光が漏れ出ていれば、彼には中を覗く事ができた。
部下「本当に、意外に便利ね。
魔法使いの知覚は第六感に近いと聞いていたけど、あなたのは違うのね。
弓使いの私にとっては直接視野に勝るものはないわ」
見習「観測射も必要ないからね、隠密向き。
N7437、E772。
頭部175、視線は10時方向だけどキョロキョロしてる。
2射いるかも」
部下「了解。お坊ちゃんは?」
見習「残ったヤツ処理してる。
はえー。
…その一人で終わりだよ」
部下「はいはい」
女性は矢を3本番え、放つ。
放たれた2本は標的の肩と胸を貫き、1本は右目を貫いた。
456 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:52:49.25 ID:IMgzJVX60
部下「お疲れ様でした。
支部長一人ですか?」
憲兵「一応3人生かしてある。
尋問は君に任せる」
部下「お任せを」
憲兵の前には意識を失い縛られた3人の男が横たわっていた。
1人は支部長と呼ばれた壮年の男。
2人はその横にいただけの若い男だ。
これは見習の直感に過ぎないが、
若い男2人、ともすれば壮年の男すらからも情報は得られないだろう。
こんな非常時に招集されない事からして、持ち得る情報はたかが知れている。
見習「なぁ」
考えの定まらぬまま、
返り血ひとつ浴びていない憲兵に声をかけた。
我ながら青臭い、と見習は思った。
これが彼らの出来得る限りの方法だという事も理解しているにも関わらず、
―――あんたって、意外と…
人の死をなんとも思わない人間なんだな。
言いかけて留めた言葉を心にかき抱く。
見習「これ、いつまで続けるんだ?」
憲兵「有力な手がかりが掴めるまでだ。
君は帰って旅支度を整えておいてくれ」
見習「………オーケー」
踵を返し拠点へと向かう。
つい先程見た狙撃の恐怖に怯える男の顔が心に浮かんだ。
457 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:53:49.77 ID:IMgzJVX60
「ま、…待ってくれ!頼む!解放してくれ!!」
「俺は第6師団じゃない!!」
その時そう叫んだのは、目を覚ましたのか、捕らえられた若い男の1人だ。
あまりの突飛さに虚を突かれ、部下も見習も、憲兵までもがその若い男に目を向けた。
男「頼む、解放を…!」
部下「突然どうしたんです?解放を望むなら知り得る情報を話しなさい。
これから聞こうと思っていたところなのに、順番が逆になってしまいました」
男「お、俺は、…中原の国の者だ」
部下と憲兵が顔を見合わせる。
憲兵「どう思う?」
部下「つまらない嘘ですね。
いいですか?潜入するならこんな辺鄙なところを選ばないし、
あなたはそれにしては身体も大きい。
くだらない事を言う暇があったら私たちを喜ばせてみてください」
男「…本当なんだ。
王の命により第6師団に潜入していた。
片手だけでいい、縄を解いてくれ!
証拠を見せる!」
部下「………どうします?」
憲兵「…いいだろう。
だが、少しでも妙な動きをすれば片腕を切り飛ばす」
部下はひとつ溜息をつき、男の片腕を自由にする。
男は懐から1枚の羊皮紙を取り出すと、ぐしゃぐしゃと丸め、
また広げた。
男「2年前から第6師団で連絡員をしているんだ。
この街に居たことは偶然で、人手が足りないと言われた。
依頼の行き先と近かったんで、同行を頼まれただけだ」
男が手をかざすと、紙はみるみるうちに皺が伸び、
元の綺麗な羊皮紙へと戻っていった。
458 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:54:36.92 ID:IMgzJVX60
見習「…すげー。時間魔法だ。
初めて見た」
男「こうやって文書を盗み読みしていたんだ。
使える範囲は狭くて、せいぜい3分ほどしか戻せない。
独学だが、意外と便利だ」
そう言って、男は少し笑う。
はにかむような笑顔はどこか憲兵と似ていた。
部下「それじゃあ証拠になりませんね。
魔法の王国の者という見方しかできません」
見習「それはねーよ」
部下「…は?なんで?」
見習「時間魔法なんて使えるヤツ、なかなか居ないし。
学院にいたら有名なはずだぜ。
でも俺、こんなヤツ見た事ないよ」
部下「あんたがポンコツだからじゃないの?」
見習「これでも執行部なんだ。
学院の人間の顔と名前は全員わかる」
部下「…ふうん。なるほど」
その時、思案顔をしていた憲兵が突然、口を開いた。
憲兵「なら、簡単な質問をしよう。
君の身分は話さなくてもいいが、2つ質問に答えてくれ。
解放するかは、その解答に依る」
男「…わかった。なんでも聞いてくれ」
459 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:55:30.60 ID:IMgzJVX60
憲兵「まずひとつ。
潜入していたのなら、君の言を信じるとすれば、
君は宮仕えの諜報員だ。そうだな?」
男「そうだ。中原王の子飼いのようなものだ」
憲兵「なら、王室の情報には詳しいはずだ。
中原の先王は表向きには病没とされているが、
本当の死因を知っているだろう。
それはなんだ?」
男は一瞬目を丸くしたが、
落ち着いた声でその質問に答える。
男「……………毒殺だ。
下手人は、王妃の」
憲兵「正解だ。
部下、縄を解いてやれ」
男「…なぜ、それを知っている?
王室の、一部の人間にしか知り得ない事だ」
憲兵「私も君と似た事を生業としていた。
誰のした事かは知らなかったが、
先王が精神を病んでいたという情報は正しかったようだな」
縄が解かれた男はその場に背を向けようとし、
振り向いて憲兵を見やった。
男「その、黒髪。
君は…」
憲兵「よせ。私は君の事を忘れる。
君も、私を詮索するな」
男「…貴公の寛大かつ賢明な措置は、
七つの山をも超えて知られるだろう。
感謝する」
それだけを言い残し、男は林の奥へと消えた。
460 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 01:59:50.62 ID:IMgzJVX60
結局気絶しっぱなしだった2人の男からは、
大した情報は得られず、その身柄は部下に任された。
見習は思うに、部下に身柄を任されるという事は、
きっと今頃生きてはいないだろう。
近くの支部は17キロ先の街。
人員は30人、戦闘員は半分の15人。
支部長は勇者や将たちといった中央の人間と会った事はなく、
その目的も知らない。
なかば一般人なんだから仕方のない事だ。
とにかく得た情報はそれだけ。
それだけの情報を得るのに、9人の命と引き換えにした。
その憲兵を寛大かつ賢明と評した男。
どう考えてもおかしい。
それともおかしいのは見習の方なのか。
憲兵「早朝出立しよう。
夕食は?」
見習「食べるよ」
どうも夕食は肉らしい。
焼き加減は?と部下に聞かれ、よく焼いてくれ、と答える。
自分の見ていないところで、姉はもっと苛烈に務めを果たしてきたのだろう。
考えが及ばぬ事は罪、それが魔法使いの在るべき姿だ。
でもどうやっても頭がうまく働いてくれないので、
明日からはもう少し心を保とう、とだけ考えた。
出立は明日。
憲兵という男が何を考えているのかは、まだわからない。
国境近くには次々と陣が築かれ、開戦はもはや秒読み段階だそうだ。
それまでに戦争を止めるネタが手に入れば俺達の勝ち。
さて、彼らの勝ちとはどのような形なのだろう。
461 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[saga]:2016/03/28(月) 02:02:22.31 ID:IMgzJVX60
今日の分終わりです。
ちょい短いですけど、
明日も少し時間があるので、明日また更新します。
長くお待たせしてしまってすみません。
頑張るので見捨てないでください。お願いします。お願い……。
多くのコメントを頂いて嬉しい限りです。
励みになります。
また明日お会いしましょう。
462 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/28(月) 02:09:38.31 ID:T+h6jv98O
乙!
463 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/28(月) 03:06:41.35 ID:BxKB1/V+0
乙です!
464 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/28(月) 09:32:40.66 ID:/isrIDLAO
乙!
気長に待ってる
465 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/03/28(月) 15:07:22.50 ID:Kf+ICzvP0
乙 楽しみにしてるので出来れば二週間に一回ほど生存報告が欲しいです
466 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/28(月) 16:09:44.06 ID:EECdjR+NO
2ヶ月に一回更新してる人もいるしマイペースでいいんじゃねと俺は思う
467 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/28(月) 16:14:22.46 ID:AMOu+MMvO
追い付いた
これは楽しみだ
乙
468 :
sage
:2016/03/28(月) 18:19:32.39 ID:y3vrwDkY0
乙乙。待ってたよ。のんびり頑張ってくれ。
469 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/15(金) 14:57:16.88 ID:/QSzmMgRo
待つ
470 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 12:13:42.85 ID:LLPi0LCN0
俺は待とう
471 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/03(火) 01:36:25.64 ID:+VO9G68WO
ほしゅ
472 :
◆DTYk0ojAZ4Op
[sage]:2016/05/13(金) 21:03:03.12 ID:sVaSJyDx0
来週中には必ず。
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