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【ゴッドイーター2】隊長「ヘアクリップ」
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214 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/12(火) 02:12:08.98 ID:sot8cAHCo
隊長の株落とし編終了
2無印のラーヴァナだいきらい(主に地底の雷のせいで)
215 :
以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします
[sage]:2016/01/12(火) 02:17:44.36 ID:v4LIsVbj0
乙、毎回楽しみにしてます
ナナと二人でラーヴァナ三体は嫌な思い出
216 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/15(金) 02:18:48.77 ID:8XG5BsF8o
◇
沈んでいく。
音も光もない中を、ただひたすらに。
もがけば這い上がれるのかもしれないけど、そんな気は起きなかった。
私は、恵まれた環境の中で育った。
家や食事に、服も、教育も。
学校と付添以外はずっと閉じ込められていたけど、生活は不自由しなかった。
人々のために手を尽くそうとする父は、私の誇りだった。
緑がかった金髪は、顔も知らない母との大切なつながりだった。
だけど、いつからか、父は私の呼びかけに応えなくなっていて。
いくら学校で努力しようが、何を為そうが、彼は無感動だった。
それどころか、母とのつながりを疎まれた事さえあった。
父と母の間に、何があったかは知らない。
ともかく私は構ってもらえないのが、見てもらえないのが辛くて、必死に彼の要求に応えようとした時期もあった。
でも、無駄だった。
父は私に押しつけるだけ押しつけて、後は関与しようともしない。
かといって有用な成果を上げなければ、早々に切り捨てられるかもしれない。
私が訴えられる価値は、彼にとって出来て当然のことを為し続ける、ただそれだけだった。
217 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/15(金) 02:21:01.67 ID:8XG5BsF8o
……そう、ただ、それだけ。
今まで接してきた者達と比べるまでもなく、大した境遇じゃない。
でも、私にはそれだけの事が、とてつもなく大きくて。
過去の自分をいくら否定しても、生き方は変えられなかった。
父の支配下にいたくなかったから逃げ出した、そのはずなのに。
私は誰にも見向きされなくなるのが怖くて、神機使いになってからも無意識の内に、同じことを繰り返している。
それ以外のやり方を知らなくて、縋る対象を父から、不特定多数の誰かへと移し替えただけだった。
力じゃなく、私自身を見て欲しい。
どこにいても、この願いは変わらなくて。
大した行動も起こせないくせに、そんな都合のいい自分が、嫌いだった。
だから、見てみぬふりをした。
その代わりに、また父の言葉で規範を課して、自らを着飾って。
だけど、もう潮時だ。
課した規範も崩れ、矛盾を自覚してしまったから。
けれど、この身体は堕ち切らない。
綻びを見せた心の器が、砕け散ることもない。
自身を見失い、深く沈みゆく私を押し止めているのは、一体――
218 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/15(金) 02:25:26.05 ID:8XG5BsF8o
◇
――目を覚ませば、そこはアナグラの病室だった。
周囲はカーテンに仕切られていて確認できないけど、以前にも見覚えがある。
起き上がり、着せ替えられた患者衣を肌蹴させてみれば、先の戦いでの傷や痣は痕すら残っていなかった。
負傷の度合いにもよるけど、自然治癒力が飛躍的に高まった神機使いの肉体でも、
ここまで回復するにはそれなりの時間を要するはずだ。
私は一体、どのくらい眠っていたんだろうか。
「失礼します……あ、お目覚めになられたんですね!よかったぁ……」
正面のカーテンが開けられ、現われた女性が安堵の声を上げる。
桐谷ヤエ。
普段は"黒蛛病"患者の看護にあたっている学生で、彼女とは何度か面識があった。
そのヤエによると、私は丸3日間も眠り続けてしまっていたらしい。
「――それと、榊博士から伝言です」
「"寝起きで悪いけど、至急、支部長室まで来るように"……と」
219 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:36:20.33 ID:Z5yxWWDco
「やあ、ちょうどいいところに。少し話がしたくてね」
支部長室に入ると、デスクにうず高く積まれた書類の山から、榊博士が顔を出した。
「状況が状況だし、君から聞きたい事もあるんじゃないかい?」
体調は問題ないし、頭痛もフラッシュバックも、今は治まっている。
ただ、この博士の現況について聞き出せるほどの心的余裕は、まだなかった。
「……あのアラガミは?」
「君が倒れた後、シエル君達3人が無事討伐したよ」
「手負いのアラガミより、君の容態の方が一大事だったようだけどね」
「その3人は?」
「全員、今は討伐任務に出てもらっている」
「……」
「……謝罪の言葉を考える前に、まず顔を見せてあげれば、彼らは安心するんじゃないかな」
……合わせる顔も、ないけど。
220 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:38:11.58 ID:Z5yxWWDco
「……死傷者の方たち、は」
ここまで作業を進めながら会話に応じていた榊博士が、その手を止める。
椅子から立ち上がり、私の正面まで来ると、重々しく口を開いた。
「……身元は特定できませんが、しばらくあの地区で滞在していたのは確かなようです」
「勝手ながら、残っていた部位の遺骨は支部内の霊園に埋葬させてもらいました」
「……そう、ですか」
「この件ばかりは……少なくとも君の責任ではない、と言わせてもらいます」
口調を改めたのは、責任者としての言葉、ということだろうか。
きっと、このようなやり取りも、今に始まった事じゃないのだろう。
それだけに、私情に駆られ、何も為し得なかった自分に苛立ちが募る。
……いや、得るものはあった。
それを伝えるためにも、私は榊博士を訪ねたんだ。
「……さて、君への報告はこんなところかな」
一通り言い終わると、博士はまたいつもの口調に戻っていた。
「ここからは私の話になるんだけど……任務中に、ギルバート君と"感応現象"を起こしたそうだね」
「……はい」
「もちろん、その内容について聞くつもりはないよ」
「……私が気になったのは、"再生中の映像が途切れたような感覚だった"という報告があった事でね」
「ギルバート君は流されるままだったと言うし……もしかして、君が打ち切ったのかい?」
「打ち切った、というか……止めるように、強く思ったのは確かです」
「そうか……おっとすまない、珍しい例だったものでね」
こちらに身を乗り出し気味になっていた博士が、体勢を改める。
どうやら、本当に科学者としての興味本位の話らしい。
221 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:39:55.84 ID:Z5yxWWDco
「"感応現象"を応用した"血の力"は、神機使いの意思や感情を鍵としている……」
「君の"喚起"の"血の力"は特にその傾向が強いから、従来の"感応現象"にも影響を与えやすいのかもしれないね」
「それで、その後、何か変化は?」
「一時的な頭痛と……アラガミとの間に、"感応現象"が発生しました」
「アラガミと、だって?」
目と鼻ほどの距離に、榊博士の顔が現れた。
「は、はい……」
対する私は、それに気圧されて上体を仰け反らせる。
「内容は?言える範囲でいいから」
また姿勢を正しつつも、博士は言葉を逸らせる。
「……人間を好んで捕喰するようになった、アラガミの記憶でした」
「無感情に人々を引き裂いて、踏み潰して、神機使いに倒されてからも、"オラクル細胞"が記憶を引き継いでいって」
胸中に、嫌悪感がこみ上げてくる。
222 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:41:13.68 ID:Z5yxWWDco
「人間を捕喰の対象にした後も、まるで作業みたいに……」
「……だけど、段々、喰われる人々の反応に、楽しさを見出すようになっていくんです」
自然と、顔が俯く。
声も、握り込んだ拳も、微かに震えていた。
状況に翻弄されていた当時より、ある程度頭の冷えた今の方が、より鮮明に、あのおぞましい感覚を思い出してしまう。
「……その感情が、私にも流れ込んで、きて」
説明するだけなら、と思っていた。
だけど、こうして口に出すことで、尚更あの惨状にいたという事実を実感させられてしまって。
「アラガミの思考を読み取るうちに、まるで私自身がそう思ってるみたいに、錯覚しそうに、なって」
口を噤んでしまいたい。
……でも、伝えなきゃ。
少しでも役に立たなきゃ、私は――
「それが、当然みたいに感じてしまうのが怖くて、私――」
223 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:43:21.69 ID:Z5yxWWDco
「隊長君」
肩を掴まれ、顔を上げる。
そこには、神妙な面持ちの榊博士の姿があった。
「もう十分だ……私の軽率な言動を許してくれ」
「そして……よく話してくれたね、ありがとう」
余韻はまだ残っているけど、震えは治まっていた。
博士は私から離れると、デスクの引き出しの中を物色し始める。
しばらくしてから取り出されたのは、旧型のものと思われる携帯端末だった。
「……恐らく、その精神感応も、"血の力"による影響だろうね」
「……どういうことですか」
「ここに携帯がある……少し古いけど、まだ使おうと思えば使える代物さ」
博士は私の前に、その携帯端末と、それから取り出した、外付けのデバイスを提示する。
「ただ厄介な事に、この携帯は特定のデバイスしか受け付けない。このカードが数少ない合致例だね」
「まあ、携帯側のプログラムを弄れば、他もある程度受け入れるようになるんだけど……」
「ともかく、この携帯を隊長君、カードを君の記憶情報とする」
224 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:46:15.20 ID:Z5yxWWDco
その後、博士が懐からもう一枚、全く同じ形状のカードを取り出したところで、何となく見当がついた。
「……携帯同士のカード交換が、神機使い同士の精神感応に相当する、と?」
「その通り。同じデバイスなら、そのまま情報の交換も行える」
「……でも、これならどうだろう」
次に博士が取り出したのは、先の2枚とは僅かに異なった形状のカードだった。
「このカードは別規格のデバイス。これをアラガミの記憶情報とする」
「当然、そのままじゃカードの中に入った情報は読み込めない……どうすればいいと思う?」
「えっと……さっき博士が言った通りに、携帯側のプログラムを変更すれば」
「そう、このカードを受け入れるには、携帯側の変化が必要になる」
「……これと同じ事が、君の身体に起こっていたとしたら?」
思い当ることは、一つ。
「……ギルとの精神感応の、中断」
「……"感応種"のような、物理的な干渉こそあれ、アラガミと精神感応まで起こした例は僅かでしかない」
「その僅かな例も、アラガミ側か人間側のどちらかが、極めて特殊な状態だったからに過ぎないんだ」
「だからこれは仮説になるけど、君は精神感応中に、何らかの要因で"血の力"を応用させ」
「強引に"感応現象"を中断させた結果……一時的にせよ、ナナ君のように"血の力"を暴走させてしまった」
225 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:47:40.87 ID:Z5yxWWDco
「それが原因で制限が外れて、読み取れるはずのなかった情報まで取得できるようになった……ということですね」
「2日前には傷を完治させていた君が目覚めなかったのも、突発的な変化による負荷が大きかったからだろう」
「……数値上は問題ないようだし、今の君なら大丈夫だと思うけど、なるべく気をつけてくれ」
「……はい」
「やはりP66偏食因子には謎が多すぎる……フライアもそれに関しては口が堅いし、もう少しこちらで研究を進めてみるよ」
「他に何か、言っておきたい事はあるかい?」
……ついに、その時が来た。
先ほどとはまた別の緊張が、唇を乾燥させる。
「……榊博士……いえ、支部長に頼みたい事があります」
「……」
もうそんな状況じゃないのは、わかっていた。
でも、"ブラッド"が身近にいない今じゃないと、決意を鈍らせてしまう。
「私を、"ブラッド"から除隊してください」
226 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:49:29.57 ID:Z5yxWWDco
「……理由を聞いても、いいかな」
「……私には、隊長にふさわしい資質がないんです」
「"喚起"の"血の力"にしても、3人が"血の力"に目覚めた今、役立てる余地はありません」
「その上、今回の任務では独断行動を繰り返し、隊を放棄するという失態まで犯しました」
「自分どころか、仲間の事まで信じられていないんです」
「……」
同意するでもなく、反論するでもなく、博士は無言で私の言葉を聞き続ける。
「それに、副隊長の頃から疑問でした……特に突出した能力もないのに、何で私がこの立場にいるんだろうって」
「……実力とリーダーシップが直結しないことぐらいは理解しています。でも、私は自分の長所すらわかっていない」
「……私は、もう"ブラッド"の戦力にはなれません」
半ば自棄になって、自分への不満点を並び立てる。
幼稚だろうが何だろうが、これでいい。
227 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:51:53.29 ID:Z5yxWWDco
「でも、まだ"血の力"で神機使いの皆さんに、"感応種"への対応策を与える事は出来ます」
「……そうだ、極東支部で役に立てなくなったら、他の支部に異動させてもらうのもいいですね」
仲間も、無用な期待をせずにすむ。
私自身も、みんなの役に立って、価値を維持できる。
悪いことなんて、何もない。
前から、決めていた事だ。
少し長引いた夢から、目が覚めるだけ。
無理なんて、してない。
「……相談は、したのかい」
「えっ……?」
遂に口を開いた、博士のたった一言で、私の勢いが殺される。
「事前に"ブラッド"で、話し合いはしたのかい」
「……それ、は」
言い出せるはずがなかった。
そんな事を打ち明けようものなら、お人好しの彼らのことだ、確実に私を引き止めようとしただろう。
228 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:52:48.35 ID:Z5yxWWDco
「なら、その話は聞けないな」
「私は君達ほど"ブラッド"の事を知らないし、問題にも思っていない」
「そんな……!でも――」
「それでも懲罰が欲しいというなら、考えなくもないよ」
眼前にかかっていた梯子が、いとも簡単に外されてしまった。
愕然とする私を見て、榊博士が一層怪しく笑みを浮かべる。
「それでは早速、刑を言い渡そう……寝たきりで体が鈍ってるだろうから、訓練場にでも行くといい」
229 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/19(火) 01:56:19.61 ID:Z5yxWWDco
とりあえずここまで
サカキとナナちゃんは喋らせにくいキャラ筆頭、でも敬語サカキはやってみたかった
極めて特殊な状態=黒ハンニとかアーサソールとかシオ残滓とか
230 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/23(土) 01:03:25.51 ID:N5ib+HkXo
敬語というより丁寧語の方が適当か、と今更ながら
ちょっとだけ投下
231 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/23(土) 01:07:04.71 ID:N5ib+HkXo
◇
"アナグラ"に数多くある地下施設の一つの、訓練場設備。
ここで行われる、アラガミのホログラム映像を用いた仮想演習は、新人の訓練だけでなく、
戦術や基礎の確認、一時的に前線を離脱していた者のリハビリなどにも用いられている。
榊博士に言われるがまま、ここまで来た私が後者なら、
「あっ、本当に来た!もういいの?先輩」
偶然会った、とも言えないらしい彼女は前者だろうか。
「何とかね……エリナは、どうしてここに?」
「ちょっと確かめたい事があって!そしたら榊博士から連絡があったから、ここで先輩を待ってみたの」
「榊博士から?」
「うん、"君も彼女に会いたがっていたみたいだから、ちょうどいいんじゃないかな"……って」
少し似ている気がしないでもない口真似を披露した後、エリナは悪戯っぽい笑顔を作ってみせる。
「それじゃ、身体もちゃんと元の調子に戻ったのか、私が診てあげるね!」
232 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/23(土) 01:10:17.04 ID:N5ib+HkXo
有無を言わさず、私は彼女と共に演習を開始することとなった。
訓練場に投影された大小のホログラムと対峙し、攻撃に防御、回避の間合いなど、基本的な動作を身体に馴染ませていく。
3日も怠けていた割には、悪くない。
「流石……それじゃあ、私も!」
私を観察しつつ、ほぼ同様の演習を受けていたエリナが、自分の相手から大きく距離を取った。
腰を据え、水平に神機を構えた彼女は、その表情を険しくさせる。
「はぁぁぁ……!」
本物さながらの速度で猛然と迫る大型ホログラムに対し、エリナは微動だしない。
その距離が僅かになった一瞬、彼女の神機が赤く発光した。
私と、勝機を見出したエリナの目が見開かれる。
「やあーっ!!」
勢いよく突き出された神機の穂先は、小規模ながら、オラクルエネルギーによる波動を纏う。
エリナの得意とする槍型神機の射程ならば、そのまま相手を捉えるには容易い距離だ。
233 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/23(土) 01:12:22.16 ID:N5ib+HkXo
ただ、彼女はその一突きを放つ事のみに集中しすぎていたらしい。
既に跳躍の体勢を取っていたホログラムは、寸前で槍先を飛び越える。
「えっ……!?」
完全に虚を突かれたエリナの頭上に、仮想の牙が迫る。
だけど、それに彼女が反応したのも束の間、ホログラム自体が瞬く間に粒子状となって消えていった。
どうやら、ここまでが演習の制限時間だったようだ。
自分の試みが失敗に終わった事を察し、エリナがその場で溜め息をつく。
「やっぱり、実戦で使うにはまだまだかなぁ……」
234 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/23(土) 01:15:12.01 ID:N5ib+HkXo
とりあえずここまで
特に意図せず描いてたらエリナ、上だ!な状況に
235 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/01/23(土) 11:28:52.66 ID:32lQOM2hO
乙
236 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:13:29.12 ID:mI3mcWABo
◇
「――はい、お疲れ様」
「お疲れ様です!ありがと先輩!」
あの後も何度か演習を行い、訓練を一段落させた私達は、訓練場付近の休憩所に腰を下ろしていた。
エリナに頼まれた分も含め、先ほど自販機で買った缶ジュースに二人で口をつける。
「はぁ……先輩、身体の方もすっかり元通りだね」
「そう?」
「そう!ずっとついてきた私が言うんだから、間違いないわ!それに――」
……肉体は万全でも、心はどうだろうか。
仲間を見殺しにして。
目の前の人々も救えなくて。
今まで無意識の内に触れまいとしていた、自らの行動の矛盾にも気づいてしまった。
だからまた、浅ましくも逃げ出そうとして、退路を断たれて。
今更彼らの元に戻ったところで、信用はとうに失われているだろう。
私は、これから何を為せばいいのか、わからなくなっていた。
237 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:15:22.44 ID:mI3mcWABo
「――!」
不意に、無機質な冷たさが頬を伝う。
その方向に視線を向ければ、むくれ顔のエリナがいた。
「……先輩、話聞いてた?」
私に押し当てた缶ジュースを引き戻し、彼女は口を尖らせる。
「……ごめん、もう一回お願い」
「もう、せっかく礼までしたのにさ……"ブラッドアーツ"のアドバイス、ありがとうって言ったの」
演習の初回、エリナが見せたのは明らかに"ブラッドアーツ"に類するものだった。
彼女が言うには、以前第一部隊で出撃した任務の際、偶発的に発現したものらしい。
"だからこの演習で試してみようと思ったんだけど、凄く集中しないと出ないし、あの小ささじゃなぁ……"
"ねぇ先輩!何か、コツとかない?"
"えっと……参考にならないかもしれないけど、私が意識してるのは――"
"喚起"の"血の力"による、"ブラッドアーツ"の萌芽。
"血の力"の覚醒と同時に"ブラッドアーツ"を扱える"ブラッド"と違い、通常の神機使いはその発現に時間を要するようだ。
「神機が共鳴して振動したら、すぐ先端に意識を集中させる感じ……」
「前よりはずっとやりやすくなった気がするけど、難しいなぁ……」
私からの抽象的な助言を復唱し、缶を両手で掴んだエリナがむむむ、と唸る。
「今は私達がいるし、焦らなくてもいいよ」
「そういうわけにもいかないわ!今にもっと強くなって、"感応種"だって倒してみせるんだから!」
忙しなく右手を胸に当てたエリナは、尚も息巻いてみせた。
出会ってから今まで、紆余曲折あったけど、彼女のこの勝気さは変わらない。
「……そろそろ、私の指導も必要ないかな」
238 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:17:42.27 ID:mI3mcWABo
「えっ……?」
……精神的に弱った延長だろうか、思わず本音が漏れ出る。
彼女は強くなった。
同行した任務や演習での立ち回りにしてもそうだし、精神面も、周囲に気を回せる余裕が出てきている。
"ブラッドアーツ"さえ修得しかけている今、いつまでも私の元に縛りつけておく必要も――
「何言ってんの、先輩!」
――容赦なく、背中を叩かれる。
思わぬ衝撃に、私は図らずとも上体を軽く屈ませた。
私の発言を冗談だと認識したのか、意に介さないという意思表示なのか、エリナは笑顔で応えてくる。
「……」
だけど、その笑みも次第に崩れていった。
表情を消した彼女は、私の視線から避けるように、顔を俯かせる。
「……私、先輩が強いからってだけで、ついていこうと思ってるわけじゃないよ」
239 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:19:41.12 ID:mI3mcWABo
「……どうしたの、急に」
「……博士から連絡が着た、って言ったでしょ?その時、無理に聞いちゃったの」
「病み上がりなのに支部長室にいるなんて、絶対おかしいと思ったから」
「……幻滅、させちゃったかな」
「してないって言ったら、嘘になるかも」
「……逃げ出すような人には、見えなかったし」
私から、エリナの表情は見えない。
「だから、かな……思い詰めてるあなたの顔を見て、思い出しちゃった」
「昔見た、澱んだ目の女の子」
「……」
「まだ極東に来る前……お父様に連れて行ってもらった本部の会合で、その子を見つけた」
「きれいな髪なのに、何もかも諦めたような顔してて……それが記憶に残ってたの」
「……今の先輩、あの子とそっくり」
出会った頃の、彼女の言葉を思い出す。
顔は合わせなかったみたいだけど、やはり私は彼女と同じ場にいた。
同時に、これでエリナにも、私の素性が知れたことになる。
「……当たり前だよ、本人だもの」
でも、今更どうでもよかった。
どう繕ったところで、私が父の支配から逃れられなかった事実は変わらない。
「勝手な判断で動いて、守るべき人も救えずに敗けて、挙句の果てには責任から逃れようとして……情けないよね」
「……だから、エリナも早いうちに離れた方がいいよ」
笑顔を作れている、自信がない。
そもそも、こちらを一瞥もしないエリナにそれを向けても、意味はないかもしれないけど。
240 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:21:33.89 ID:mI3mcWABo
「……よくわかってるじゃない」
冷徹な声を発した彼女は、腰を上げ、私の方に向き直る。
天井の電灯が逆光となり、依然としてその喜怒哀楽は判然としない。
「ねぇ先輩……私が今日のこの時まで、あなたと一緒にいてもあの子を思い出さなかったのは、何でだと思う?」
それが無責任に答えられる問いでないことは、明らかだった。
己を見失っている私には、応えようもない。
それを見越していたのか、エリナはすぐに語りを継続させた。
「……初めて顔を合わせた時のあなたは、全然違う顔つきだったから」
「勝手に押しかけてきた私を受け入れて、問題に向き合ってくれて……!」
平静を保っていたエリナの声が一瞬、揺らぐ。
「私と一緒にいる時の先輩は、あんな顔しなかった」
「あなたの実力を目当てに近づいたのは確かよ……でも、立場に関係なく面倒を見てくれた先輩だから、この人についていこうって思えたの」
「……それが何?自分の事になると、たった一回の失敗で訳わかんない事言い出してさ……!」
膨れ上がった怒気に呼応するかのように、戦慄く拳。
それは、今にも溢れ出してしまいそうな、何かを抑えているようにも見えて。
241 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:26:35.77 ID:mI3mcWABo
「……でも、これは今回だけの問題じゃなくて――」
「うるさいっ!!」
彼女に気圧された、弱々しい反論は通じない。
もはや隠そうともせず、エリナは憤る。
「一回でも、何回でも、反省すればいいじゃない……これからが問題なら、直していけばいいじゃない!」
「だって先輩、生きてるんだよ!?犠牲になった人の分だけ、背負わなきゃいけないんだよ!?」
「そんな事で遠ざけられてちゃ、こっちが困るのよ!」
「……っ」
あの時、もしもジュリウスに加勢していれば、今度はシェルターの中にいた人々が無事では済まなかった。
オペレーターの連絡を受けてから急行したところで、アラガミの殺戮を阻止できなかったのも、心のどこかではわかっていた。
だけど、その事実に甘えたくなくて、私は無理やりにでも自分の責任として、背負い込もうとしていた。
結局それでは、彼らの理不尽な死を背負った事にはならない。
死に正当性を与えて、それを阻めなかった自分を貶めることに、酔っていただけ。
「……背負うだけなら、"ブラッド"にいなくたって出来るよ」
……そして私は、それを認められなかった。
242 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:28:11.40 ID:mI3mcWABo
「……これだけ私に言わせといて、まだわからないの?」
おもむろに、エリナが私の方へ手を伸ばす。
「じゃあ……教えてあげる!」
その手が制服の胸倉を掴んだのは、すぐだった。
激昂と共に、彼女の目線の高さまで立たされた私は、そこで初めてエリナの表情を見る。
まだあどけなさを残す顔立ちは、悲痛に彩られていた。
「……これでもね、先輩が倒れたって聞いた時、凄く心配だったんだよ」
「何にもできなくて、悔しくて、エミールやコウタ隊長にも当たりそうになって……」
「私でさえこうなのに、もっと長い間、あなたと過ごしてる"ブラッド"の人達がどんな気持ちだったか、わかる?」
掴まれた部分が、一層強く歪む。
243 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:30:43.58 ID:mI3mcWABo
「泣いてるシエルさんを……落ち込んでるナナさんやギルバートさんを見ても、まだ"ブラッド"にふさわしくないって言えるの!?」
「自重で潰れちゃう前に、少しはあなたを想ってくれてる人の事も考えてよ!」
「……私を、想って……?」
「当たり前でしょ……好きでもない人に、こんな事するわけ、ないじゃない……」
「……だから……だから……っ!!」
次第に、彼女は言葉を詰まらせていった。
一つ、二つと、エリナの手に熱が灯る。
「必要ないなんて、言わないでよ……いつもの先輩に、もどってよぉ……っ」
彼女を押し止める堰は、既に消耗しきってしまっていた。
嗚咽混じりの泣き顔を隠すように、エリナは私の胸元に顔をうずめる。
私はそれを引き剥がすことも、抱きしめることも出来ずに、ただ茫然と彼女を見下ろしていた。
244 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/01/29(金) 02:32:23.10 ID:mI3mcWABo
14歳に説教される17歳終了まで
隊長ははっきり言われないとわからないタイプ
245 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/02(火) 00:47:10.36 ID:3UBu+Mb9o
◇
私は、ただの学生だった。
成果を上げて、関知しているかもわからない父の機嫌を窺い続ける。
それは人間関係も同じことで、努力し、一定の結果を出してさえいれば、見咎められることはない。
飛び抜けて優秀だったわけでも、特別要領がよかったわけでもなかった。
ただ言われた事をこなして、頼まれ事に応えるだけ。
周囲からは都合のいい人物だと思われていたかもしれないけど、私は構わなかった。
だって、それが私にとっての、何の変哲もない日常だったから。
他の人間はいざ知らず、私は一方的に訴えかけるだけで、そこに相互関係なんて介在し得なかった。
神機使いになっても、同じだった。
仲間を手助けする事はあっても、彼らの輪に、私が入ることはない。
そう思っていた。
……だけど、違った。
それは単なる思い込みだった。
私は、他ならぬ自分自身の事で、エリナを泣かせてしまった。
少なくとも彼女の中には、私とのつながりがあったからだ。
それが理解できない、とはもう言えない。
エリナの表情に、偽りはないと感じたから。
246 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/02(火) 00:48:39.93 ID:3UBu+Mb9o
「――絶対に、離れてあげないからね」
私の胸でひとしきり泣いた後、落ち着いたエリナは、改めて私の隣に腰を下ろしていた。
その間にかける言葉も見つからず、ただ黙するだけだった私に、彼女は構わず呼びかけてくる。
「どこまでもついていくって、決めたばかりなんだから……ちょっとだけ、弱音吐いちゃったけど」
「だから、このまま変な先輩を見続けるのは嫌なの」
「……ついていくって言う割には、結構わがままだね」
自分の事を棚に上げて、声を絞り出す。
そうまでして軽口を叩いた理由は、私にもわからない。
ただ、先ほど動揺していた分、どんな形であれ、エリナの訴えに応えたかったのかもしれなかった。
「だってそれが、かわいい後輩の特権でしょ?」
私からの反応が嬉しかったのか、彼女も瞼を腫らした顔で笑いかけてくる。
247 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/02(火) 00:56:29.54 ID:3UBu+Mb9o
「……さてと!」
視線を一瞬床に移した後、エリナが勢いよく立ち上がった。
「それじゃ私、先戻るね」
「待って」
踵を返し、立ち去ろうとするエリナを、私は思わず呼び止めていた。
背を向けたまま、彼女が立ち止まる。
「……もう少しだけ、待ってて」
「絶対に、何とかしてみせるから」
根拠も、具体性もない言葉。
責任の重さと、抱き始めた疑問が解消されたわけでもない。
だけど、そう言わずにはいられなかった。
「……うん、待ってる」
去り際に片側だけ見せたエリナの目は、私に期待を寄せる、"ブラッド"のそれと似ていた。
変わらない気丈さと、それに隠された、純真な心。
そんなエリナの、成長の一端にでも私が影響しているというのなら、尚更それを妨げるわけにはいかない。
私はいつの間にか輪の中にいて、たった今、彼女との関係をつなぎ止めようとしている。
人とのつながりを自覚した私の心境は、確かな変化の兆しを見せていた。
248 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/02(火) 00:58:36.64 ID:3UBu+Mb9o
とりあえずこれだけ
マルドゥークにはもう少しだけ待っててほしい
249 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/09(火) 00:08:12.12 ID:KGKozhNHo
◇
エリナと別れた私は、改めて先ほどの出来事を反芻する。
私とのつながりを意識していたのは、エリナだけじゃなかった。
彼女があれほどの怒りを見せたのは、私が倒れた後の"ブラッド"の反応を見たからだ。
私らしさ。いつもの私。
彼らが見ていたのは、神機使いになる以前の私でも、今の捻れた私でもない。
……そもそも、私は父との関係を支配だと認識したから、フライアに来たんじゃないのか。
彼の気を引く事に腐心して、諦めて、惰性だけで続いていた日常に苛立って。
だから、ラケル博士の誘いに乗った。
私は周囲の評価が欲しくて、ギルとロミオの仲を執り成そうとしたのか。
打算があって、シエルと友人関係になったのか。
見返りがあったから、なりふり構わずに彼女を助けたのか。
強引にギルの手助けをして、彼に特別な感情を抱くようになったのも。
ナナを信じて、仲間と共に迎えに行ったのも。
何もかも、己の存在価値を証明したくて、行った事なのか。
父の言葉に縛られた、一種の強迫観念からの行動だったのか。
250 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/09(火) 00:11:16.25 ID:KGKozhNHo
違う。
私はただ純粋に彼らを助けたくて、信じたかっただけだった。
外に出て知り合った彼らは誰もが魅力的で、そんな人達が信頼関係を結んでいくのが嬉しくて。
人と関わることに慣れていなかった私自身も、徐々に変わっていった。
だから私は、彼らの邪魔をしたくなかったのかもしれない。
"ブラッド"の私は力を与えるだけの存在で、彼らはそれを目当てについて来ていると、そう思っていたから。
過去に押し流され、怯える私は、素直な想いをも歪めてしまった。
期待してくれる彼らの目に応えられなくなるのが怖くて、信じられなくなって。
……でも、彼らがエリナと同じだとしたら?
彼らの信頼が、私の力だけに向けられたものじゃないとしたら?
自惚れても、いいんだろうか。
正直、今になっても実感は湧かない。
もう一度、信じられるだろうか。
未だ、迷いは振り切れない。
251 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/09(火) 00:13:05.80 ID:KGKozhNHo
結局、一歩踏み出すのが怖いのだ。
ほんの少し前には、自然と出来ていた事なのに。
一たび自分が自分として彼らに近づくことを意識すると、足が動かなくなる。
……だけど、これが最後のチャンスなんだと思う。
私の神機使いとしての、"ブラッド"としての、ひいては自身の在り方を見定める、その機会。
後ずさって、殻に閉じこもろうとした私なら、いずれこの身体は堕ち切っていた。
心の器も亀裂を広げて、砕け散ってしまっていただろうから。
それを押し止めた、何かを確かめるために。
再起の入り口まで私を引っ張り出してくれた、健気な後輩に応えるためにも。
何回でも、立ち上がる。
今度こそ、見つけ出してみせる。
252 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/09(火) 00:17:29.06 ID:KGKozhNHo
◇
翌日。
"ブラッド"に向け、アラガミの討伐任務が発行された。
ブリーフィングルームに招集された私達は、先に資料を預かっていたシエルから、その概要を聞く。
4日ぶりに会った彼らとは軽い挨拶こそ交わしたものの、会話らしい会話はまだ行っていない。
3人とも、その様子は平時と変わらないように見えた。
まるで、最初からあんな事は起こらなかった、とでも言いたげなようで。
「……あの」
だからこそ、私から切り出さなければならなかった。
説明が終わり、彼らの視線が私に注がれる。
あるいは、こうして私に踏ん切りをつけさせるのが、彼らの狙いだったのかもしれない。
「……先日は、本当にごめんなさい」
「私、自分の事ばかりで……みんなの事、まるで考えられてなくて」
「……昨日も、サカキ博士に除隊してもらうよう、掛け合ってた」
3人の様相が、少し変わる。
私の過去はギルを経由して、既にある程度知られているだろうから。
この際、後ろめたい隠し事は出来るだけ無くしておきたかった。
253 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/09(火) 00:27:06.17 ID:KGKozhNHo
「でも、それもみんなから逃げてるだけだって気づけたから、私はここにいる」
「だから……今度こそ、あなた達を信じたい」
「どう扱ってくれても構わないから……ついていかせてください……!」
深々と、頭を下げる。
我ながら、勝手な物言いだ。
簡単には許されないであろうことも、わかっている。
だけど、ここで折れるつもりはない。
彼らに何を言われようとも喰らいつく覚悟は、昨日の内に決めてきていた。
数秒の沈黙の後、一つの足音が、私の方に近づいてくる。
「……顔を上げてください」
音の主は、シエルだった。
顔を上げれば、彼女のポーカーフェイスが姿を現し――
――一瞬、視界が暗転する。
次に光が戻ってきた時、私の顔は右を向いていた。
後から広がってきた痛みと、耳に記憶された残響から、私は頬を張られた事に気づく。
「これが、私達の解答です」
向き直ると、シエルは既に、私の前にはいなかった。
「……先に行っていますね、隊長」
その言葉に、私は思わず彼女の方へと振り向く。
声の調子こそ平坦だったけど、すれ違いざまに見えた口元は、少し緩んでいた気がした。
呆然とシエルの去った跡を眺めていると、今度は頭部が何やら固い感触を帯びる。
254 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/09(火) 00:28:55.36 ID:KGKozhNHo
「……よし、何ともないな」
振り向かずとも、それはギルの手だとわかった。
5年もの間神機を携えてきた、温かくて大きい、彼の掌。
「わっ……!?」
それだけに止まらず、ギルは無造作に私の頭を撫でまわす。
こんな状況なのに、張られた反対側の頬まで赤らめてしまう自分が、情けない。
「言われなくても、こっちから引っ張り出してやるつもりだったよ……これからは頼むぜ、隊長」
当のギルは気にも留めず、やるだけやって、早々に出て行ってしまった。
複雑な感情を抱く暇もなく、次は私の番だと言わんばかりに、ナナが私の方に回り込んでくる。
「アイテム出して!持ってきてるでしょ?」
「えっ……ああ、うん」
別の切り口から攻めてきた彼女に言われるがまま、私は任務用の携行品をまとめて提示した。
それらをしばらく吟味していたナナは、あるものに見当をつけ、目の色を変える。
255 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/09(火) 00:40:07.58 ID:KGKozhNHo
「没収!」
「あっ……」
私の手から、フェロモン剤が引っ手繰られる。
彼女は素早くそれを仕舞い込むと、屈託のない笑顔をこちらに向けた。
「わかってると思うけど、一応預かっとくね」
「それじゃ隊長、私達も行こっか!」
……シエルも、ギルも、ナナも。
まだ、私を隊長と呼ぶのか。
「どうしたの?」
「……みんな、これでいいのかな」
「どう扱ってもいいって言ったのは、そっちでしょー?」
「それは、そうなんだけど……」
「じゃあ、隊長は隊長でいいんじゃない?」
それきり駆けて行った彼女を、気後れした私は逃してしまった。
どうやら今度は、私が彼らに置いて行かれる番のようだ。
256 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:35:59.60 ID:FLcWsv7Mo
◇
――砂塵舞う、無人の居住区。
私達はあの時と同じ地に立つ、一体のアラガミと相対していた。
全身を金色の甲冑で覆った、六本足の肢体。
その内の、両腕にあたる2本は特に発達していて、盾のように硬質化している。
対照的に、長く伸びた尾の先端には、槍の如く巨大な針が形作られていた。
アラガミに向けた、神機の焦点がぶれる。
やはり、ホログラムと実物とでは、訳が違った。
その、獲物を前にした細かな挙動が実感を生み、否が応でも、廃屋での惨状を想起してしまう。
……だけど、死に対する恐怖は、それ以前から常に感じていたものだ。
アラガミが咆哮を上げ、まずは牽制とばかりに、尾針の薙ぎ払いを仕掛ける。
私があの時恐れたのは、アラガミの記憶を見せつけらてなお、何もしようがなかった自分自身だった。
振るえる力があるのなら、それを持てない人々のために行使しなくては、意味がない。
跳んで尾をかわし、銃形態の神機を構えた頃には、照準は正確に標的を捉えていた。
257 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:38:00.59 ID:FLcWsv7Mo
撃ち出したオラクルはアラガミに命中するも、眼前で組まれた両腕の盾によって、直撃は阻まれていた。
それでも、こちらの狙いに沿えてはいる。
やや前方に着地した私は神機を変形させ、隙のできた前脚の関節部に、槍を突き立てた。
……その行動理念は、やはり父の言葉と似通ったものになっているかもしれない。
だけどこれは、外での経験に基づいた、私の信条だ。
何より私は、彼の忌避したものを力として行使している。
彼の言葉を借りただけの存在には、ならない。
私の攻撃に続き、同じく薙ぎ払いを潜り抜けてきたギルとナナも、それぞれ前脚と後ろ脚に衝撃を与える。
アラガミは低く唸り声を上げるも、怯み切ることはない。
両腕を掲げ、引き戻した尾針と共に、餌の調理にかかる。
振り下ろされた凶器を3人が受け止めたその時、アラガミは動作を止めた格好となった。
絶好の機会を、物陰で窺っていたシエルの銃が射抜く。
弾丸は半開きの口部付近に吸い込まれ、今度こそアラガミを怯ませた。
頭上からの圧力が緩んだ隙を突き、盾で弾いて抜け出た私は、その箇所に追撃を加える。
外殻ごと筋繊維が抉り取られ、アラガミの奇声と共に体液が噴き出す。
そのまま捕喰形態に移行した神機を喰らいつかせ、私は距離を取った。
同じく足元にいた2人もそれぞれ捕喰行動を取らせ、私に倣う。
258 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:39:22.62 ID:FLcWsv7Mo
その、一瞬だった。
私達が先ほどまでいた地点に、いくつもの落雷が発生する。
八つ当たりとも取れる尾針の乱打を抑え、未だ屈辱に逆巻くアラガミは、怒号と共にその身を屈めた。
「くるぞ!」
ギルの警告を受け、"ブラッド"は身構える。
アラガミの頭部に配置された幾つもの突起が切り離され、弾丸の雨となって私達の頭上に降り注いだ。
弾丸は射出される度に頭部で生え変わり、4体の敵を無差別に追い続ける。
こちらも銃撃を交えた回避で応じ、雨が止んだ頃には、私達は二組に分断されていた。
『――作戦エリアへの、"感応種"の接近を確認!侵入予測時間、3分です!』
そのさ中、オペレーターからの無線連絡を受け取る。
今回、"ブラッド"がこの作戦に割り当てられた理由は、ここにあった。
極東支部への接近が観測されていた"感応種"と、より近辺のエリアに出現した、大型アラガミの討伐。
確実に任務を済ませるには、目の前の大型アラガミを早期に撃破しておくことが肝要だったけど、予想外に"感応種"の接近が早まっていた。
……あの時と、状況が似ている。
神機使いとしての使命を見出せても、"ブラッド"としての私は、まだ迷いを振り切れないでいた。
どんな指示を彼らに送ればいいのか、自身がどう行動すればいいのか、頭では理解している。
でも――
259 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:40:42.53 ID:FLcWsv7Mo
――アラガミの奇声が、私の思考を一時的にかき消す。
私とナナから離れた、ギル達の組に標的を定めたアラガミは跳躍し、その質量で彼らを押しつぶそうとする。
当然彼らはそれを避け、そのままヤツとの近接戦闘に移行した。
飛んできた尾針の突きを受け止め、地に足跡をつけたギルの視線が、私の方へ向く。
『ちょうどいい……隊長、ナナと"感応種"の方に行け!こいつは俺達が相手をする!』
「……っ」
彼の判断は、尤もだ。
今の相手は、絶望的と言えるほどの戦力を備えているわけじゃない。
かといって、このまま"感応種"の合流を許し、混戦状態になってしまえば、戦況が不利に傾く可能性もあるだろう。
だから今の内にこちらの戦力を明確に振り分けておくのは、理に適っていた。
悩めるほどの、猶予も残されていない。
「でも……」
私は、躊躇していた。
もし、彼らまで失ってしまったら。
私の目が届かない場所で、手遅れになってしまったら。
その恐怖に、私はまた抗えないでいて――
『――見くびらないでっ!!』
260 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:42:02.12 ID:FLcWsv7Mo
叫びと共に、シエルの短剣がアラガミの槍を跳ね上げる。
『君の導いてきた、"ブラッド"が……』
彼女は斬り上げた神機を変形させ、銃口をそのまま、構えられたアラガミの盾に押し当てた。
『共に成長してきた私達が、この程度の相手に遅れを取ることはありません!』
ゼロ距離で破砕弾が炸裂し、盾は泣き所へと変貌する。
大仰に仰け反るアラガミの隙を、ギルが見逃す理由はなかった。
『……言葉だけなら、何とでも言える』
捕喰によって活性化した肉体は一足で彼とヤツとの距離を縮め、唸る穂先は傷ついた前脚に深々と喰い込む。
『行動で、示してみせろ』
一時的に体勢を崩したアラガミから神機を引き抜いたギルの手には、いつの間にやらスタングレネードが握られていた。
『……これだけ余裕があるんだ、安心しろよ』
辺り一面を、白い閃光が包み込む。
反射的に目を背けた私の手を、傍にいたナナが掴み取った。
半ば強制的な形で、私はその場を後にする。
261 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:43:39.51 ID:FLcWsv7Mo
◇
ナナが私の手を放したのは、アラガミの視界からある程度離れて、すぐの事だった。
彼女は立ち止まると、私にアンプルを差し出す。
「これ、返すね」
手渡されたのは出撃前に奪い取られた、私のフェロモン剤だった。
受け取りはしたものの、釈然としない。
「……どうして、これを?」
「えへへ……シエルちゃんとギル見てたら、なんか恥ずかしくなっちゃって」
「それをどう使うのかは……私が決める事じゃないんだよね」
対するナナは、頬を掻きながら、ばつの悪そうな笑顔を浮かべる。
「……よーし!私も仕事しなきゃ!……隊長は、どうするの?」
「……私、は」
奮起した彼女は既に、自分が何をするべきか決めていた。
その上で、私の決断を求めている。
ナナだけでなく、今戦っている、あの2人も。
言葉と行動に示すだけの、自己がある。
262 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:45:15.15 ID:FLcWsv7Mo
単純な話だ。
人を信じるというのなら、まずはそう想える程の自信を持たなければならない。
私には、それがない。
彼らを信じていられたのも、"喚起"と副隊長の地位があれば見てもらえるという、依存があったからだ。
だけど私は、自分にもつながりがある事を知った。
その信頼に応えるだけでなく、自身がそれを求めていた事も理解した。
彼らから受けた期待も、今なら。
「……私は、"感応種"を叩きに行く」
「急ごう、ナナ!」
「……了解!」
恐怖とはまた違った、胸を打つ鼓動。
ようやく自分と向き合い始めた私の輪郭は、少しづつ、その形を成そうとしていた。
263 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:48:12.84 ID:FLcWsv7Mo
目標地点に向かうと、そこには既に、私達を待ち構える影があった。
先の鳥人型に似通った形状ながら、張り出した乳房にハイヒール状の両足と、女性的な要素を強調したシルエット。
水色の体毛に覆われたその全身は、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
私達の姿を認めた"感応種"は、女声を彷彿とさせるような、独特の鳴き声を発する。
それに呼応するかのように現われたのは、"感応種"の眷属である事を示す、同色の体毛に覆われた小型アラガミの集団だった。
鳥人型の"感応種"には、空気中のオラクルと感応して眷属を生成し、標的を共に付け狙う習性がある。
この習性を利用してかつ、距離さえ離れていれば、この一団を引き止めるのは容易だった。
"感応種"は私を標的に定め、眷属共を消しかける。
猛然と迫る牙を2つほど、横から殴り飛ばしたのはナナだった。
「"誘引"するまでもないかもだけど……雑魚は任せといて!」
全身から波動を発し、器用に小型の意思のみを引きつけた彼女は、私から距離を取る。
これで私は、"感応種"と一対一になった。
とはいえ、時間をかけるわけにはいかない。
数に限りはあるけど、ヤツを斃さない限り、眷属は無限に生成され続ける。
264 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:53:16.02 ID:FLcWsv7Mo
下僕を誑かされた怒りなのか、"感応種"は一際大きな声を上げ、新たな眷属を生み出す。
出現した2体を私に向かわせると、"感応種"自身は空高く駆け上った。
神機使いでも届かない上空から、2体を同時に串刺しにした私目がけ、体当たりを仕掛けてくる。
その突進を寸前で回避するも、眼前には新たな眷属が待ち構えていた。
向かい来るそれを処理し、敵の過ぎ去った方を向けば、"感応種"はまたも上空に飛び上がっていた。
今度こそ確実に標的を仕留めんと、"感応種"はこちらの出方を窺う。
けれどそれは、私も同じだった。
"感応種"が眷属を生成できるのは、あくまでその周囲の限られた範囲のみ。
恐らく、"感応種"が私に最接近し、改めて眷属を生み出すまで、アラガミは1体だ。
私は完全に足を止め、腰を落とした構えで、"感応種"を待つ。
それを好機と見たか、"感応種"は急速に降下し、勢いをつけ始めた。
265 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 02:57:14.70 ID:FLcWsv7Mo
未だ、鼓動は高鳴っている。
だけど、その心境は不思議なほど、落ち着いていた。
ずっと探し求めて、徐々に見えてきた、私の輪郭。
この力は、歪んだ価値観を助長させるためのものではなく。
誰かのためにそれを振るう、義務にも似た、使命だけのものでもなく。
槍型神機の、その刀身が中心を残し、左右に展開する。
そこから生成されたオラクル気流が渦巻くも、私はあくまで足を止めていた。
私が真に望むのは、彼らと共にある事。
守るだとか、距離を置くだとか、もう一線は引かない。
憧れて、信じられた彼らと同じ目線で、肩を並べて戦いたい。
それが過去で澱んだ奥底の、より深くで燻っていた心。
……やっと、見つけられた。
鼓動は熱となり、身体中を駆け巡った。
その熱は神機にも伝わり、強力な振動を引き起こす。
"感応種"の質量攻撃は、すぐそこまで迫ってきていた。
266 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:01:41.87 ID:FLcWsv7Mo
「避けてっ!!」
ナナの叫びが、契機となった。
神機から、より大きく、鋭く研ぎ澄まされた、真紅の槍が生成される。
人々を脅かす、無数の敵からも。
"ブラッド"からも、極東支部の仲間からも。
己が関わってきた、多くの事物から。
私はもう、逃げない。
「たぁぁぁっ!!」
全てを集約し、放たれた一撃は、アラガミの頭部を刺し穿った――
267 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:04:07.80 ID:FLcWsv7Mo
◇
――宣言通り、何事もなく生還した2人と合流したのは、それからしばらくしての事だった。
彼らの姿を認めた私は、緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んでしまった。
そんな私の姿を見かねて、3人が駆け寄ってくる。
「おいおい、大丈夫かよ」
「ごめん、安心したら力抜けちゃって……」
差し出された手を抵抗なく握り、助け起こしてもらう。
「これで隊長も元通り……いや、もっと凄いことになってたんだった!」
ナナが手を叩き、周囲の視線を集める。
「ほんとにすっごかったんだよー、さっきの隊長の"ブラッドアーツ"!」
「神機がこう、ゴォーってなって、ドバーッと」
「……わかったよ、後で本人から聞いておく」
「えぇー!」
268 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:06:07.02 ID:FLcWsv7Mo
「……ふふ」
他愛もない、いつものやりとり。
だけど、その光景が、ひどく懐かしく感じられて。
この日常にまた戻ってこれたのが嬉しくて、シエルと共に、微笑を浮かべる。
緊張が緩まったところで、私は姿勢を改めた。
「……皆、信じてくれて、ありがとう」
「何の話だ?……ま、今日少しは喋り過ぎちまったかな」
「いつかの誰かの言葉を借りるなら、今回が隊長の向き合う番だった……ただ、それだけです」
「……隊長、その、頬は痛みませんか?流石に加減するわけにはいかなかったので、必要なら手当を……」
「大丈夫。むしろ、何もされない方が怖かっただろうから」
「そうそう、シエルちゃんがビンタしてくれたおかげで、私達も普通に話せたしね!」
シエルにかけた笑顔のまま、ナナが私の方を向く。
「前は言えなかったんだけどね、私、"ブラッド"や極東のみんなと一緒に頑張れるのが隊長らしさだと思ってるんだ」
「私、らしさ……」
「だから隊長がまた隊長らしくなってくれて、よかったよー!」
269 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:08:13.11 ID:FLcWsv7Mo
彼らが見ている私と、私の望み。
それは自覚していなかっただけで、同じものだったのかもしれない。
けれど、過去に揺れて、孤独に戻ろうとした弱さを、否定したくはなかった。
それもまた私の本質で、なかったことにはできない。
彼らに弱みを見せなかったのは、望みの裏返しでもあっただろうから。
「……みんな、改めて聞いておきたいんだけど」
だから私には、確認しなければならない事があった。
「本当に私が、隊長でいいの?」
私の違う一面を知ってなお、彼は私に信頼を見出しているのか。
自らつながりを絶とうとまでした私を、彼女は求めているのか。
一度は"ブラッド"を裏切った私が、彼女の上に立ってもいいのか。
怖くて、聞けなかった。
理解不足を、彼らの失意のきっかけにしたくなかった。
だけど彼らが、もう一度迎い入れてくれると言うのなら、私自身がそれに納得しなければならない。
私からの問いかけに呆れるでもなく、笑い飛ばすでもなく、ギルが口を開いた。
270 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:13:35.85 ID:FLcWsv7Mo
「……シエル、渡してやれ」
「ここで、ですか?」
「迎えが来るまで時間はある……それに、いつまでも腐らせとくもんじゃないしな」
「……わかりました」
いまいち了解を得ない会話を経て、シエルが私の方へ歩み寄る。
「隊長、これを」
彼女から受け取ったのは、シンプルな装飾で包装された小箱。
蓋を空けると、そこには、一組のヘアクリップが鎮座していた。
「これは……?」
「……君がフライアから帰ってきた後、ロミオから相談を受けたんです」
「ユノさん達との昼食会の際、サプライズとして、副隊長にプレゼントを贈りたいと」
"とりあえず今言える事だけ言っとくとだ……副隊長、次の昼食会、楽しみに待っといてくれよな!"
ラウンジでの、シエルやロミオとの不自然なやり取りが思い当たる。
今になるまで、その実態への興味は頭の隅に追いやられていた。
271 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:18:20.89 ID:FLcWsv7Mo
「ジュリウス以外は副隊長に助けてもらってるだろ、ってね……私は、みんなに助けてもらっちゃったけど」
「あいつは無茶な事しか言わないから、結局そんな小物に落ち着いちまったがな」
「それに……渡すまで、時間もかかっちまった」
ロミオは、焦りから私を傷つけたことを、その時も気にしていたのかもしれない。
もう、私は十分に受け取っていたのに。
物も、言葉も、約束も。
箱を持つ手に、力が籠る。
「……恩を返したかったのは、私達も同じです」
「孤立した私を、復讐に走るギルを、悩むナナを……進んで受け入れてくれたのは、君ですから」
「……そこまでやっておいて、私達を置いてしまうのというのも、無責任じゃないですか?」
「……それに、隊長といると、何か心地いいんだよねー」
「"ブラッド"はみんな大好きだけど、隊長が隊長でいてくれるともっといいというか……人柄ってやつ?」
「とりあえずみんな一緒の方が、私は嬉しいかな!」
「まあ、そんなわけで……後釜は一人しかいないってことだ」
「肩書きも過去も関係ない、弱音を吐いたっていい……お前だから、背中を預けられる分、支えてやることもできる」
「ジュリウスが自分の戦いを選び取った今、俺達を中心で結び付けているのは……お前だ」
向けられた、3つの視線。
その瞳は、私自身を見据えている。
私が抱き続けてきた願いは、とうに叶っていた。
272 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:20:20.38 ID:FLcWsv7Mo
「……そっか……私で、いいんだ」
得難い喜びと、もう一つの感情が相反する。
もっと早くに自分を知っていれば、ロミオとも、より話すことがあったかもしれない。
彼と目標を探し求める苦楽を、共有できたかもしれない。
なのに私は、自分と向き合うことを恐れていて。
今になって彼を失ったことを実感して、湧き上がってきたその感情は、悲しみだった。
気づけば、私はシエルを抱きしめていた。
背中を掴む腕は小刻みに震え、混ざり合った感情は私の目に溜まる。
抑える術を持てないまま、それはついに溢れ出した。
涙、それも人前でなんて、何年振りだろう。
そう考える余裕もなく、私は情動の昂ぶりのまま、泣き喚く。
273 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:22:46.47 ID:FLcWsv7Mo
ごめん、ロミオ。
結局、仲間に見つけてもらっちゃった。
私がやりたかったこと。
私にしか出来ない事。
……そして、ありがとう。
あなたの言葉と約束が心にあったから、私は踏みとどまれた。
ここまで、自分の意志で辿り着くことが出来た。
今度こそ、みんなと一緒に。
逃げずに、あなたの想いも背負ってみせるから。
震える私を、シエルは優しく抱き返してくれていた。
274 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/19(金) 03:28:06.57 ID:FLcWsv7Mo
隊長編、5章終了
何とかRB発売一周年の日にスレタイ回収まで漕ぎ着けました
今度は土曜あたりの夜に投下できればなと思っています
275 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/19(金) 22:45:29.67 ID:DEaUCoifO
お疲れさまです
276 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 01:47:11.07 ID:E9X6QFqSo
6
祈りを、捧げる。
悪意に曝された者達に。
不条理に見舞われた人々に。
たとえ魂という概念が、生きる者の都合でしかないとしても。
届く場所が、最初から存在しないとしても。
秘めた決意を鈍らせないために、私は祈り続ける。
私は、"アナグラ"の共同墓地にいた。
ここには、アラガミの犠牲となった、名も知れない人々の遺骸、もしくは、遺物が埋葬されている。
極東支部の尽力により、近年の人的被害や貧困は格段に改善された。
だけど、ああしてアラガミの脅威は依然としてあるばかりか、昨今では"赤い雨"の被害もある。
精度の高い降雨予測が実現した現在では、いたずらに被害が増加する事はなくなったけれど、
"黒蛛病"となった人々に対しては、既に全患者の収容を終えたフライアの処置を待つしかないのが現状だった。
"ブラッド"を切り離してからのフライアは、外界へ一切の情報を漏らさず、その容貌も謎に包まれている。
患者の少女と親しくしていたユノも、気遣わしげに彼女からの連絡を待ち続けているようだった。
ラケル博士がジュリウス主導の施策を無下にする事はないと思うけど、ここ最近のフライアの不透明さには、漠然とした不安が残る。
277 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 01:54:11.41 ID:E9X6QFqSo
ともかく、今はジュリウスを信じるしかない。
気持ちを切り替え、ラウンジに向かうと、そこには入り口右手のソファに腰掛ける、シエルとナナの姿があった。
「おはよう、2人とも」
「おはようござい、ます……?」
「おはよー!……あれ?制服じゃないの?」
「うん、そろそろ予備の制服以外も着てみようかなって」
ナナの指摘通り、今日の私は"ブラッド"の制服を着てこなかった。
指先まで覆った合成繊維のインナーの上に、シャツと薄紫のウィンドブレーカーを羽織った上半身。
ボトムスには白黒の迷彩パンツを配し、前髪には当然、あのヘアクリップを着けてある。
http://i.imgur.com/3puNmmX.jpg
http://i.imgur.com/mFyihRR.jpg
……どちらかと言えば、少し派手な格好だとは思う。
一応、機能性の高い服装でもあるんだけど、選んでいる時は気が舞い上がっていて、何とも思わなかった。
こういう所は、上着の裾に着けたバッジやワッペンの持ち主に、少し影響されてしまったのかもしれない。
しばらくその余裕がなかったけど、こうしてある程度、自分の服飾に気を遣うのも、彼との約束だった。
278 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 01:57:10.33 ID:E9X6QFqSo
「ちょっと意外なチョイスだけどー……似合ってるんじゃない、それ!」
「これはこれで……いいですね」
彼女達からは意外と好評だったようで、私は胸を撫で下ろす。
「ふふっ、ありがとう……ところで、今日の予定は?」
「私はしばらくしたら、ハルさん達と一緒に任務行ってくる!シエルちゃんは?」
「私は休暇日なので、ナナと別れたらじっくりと、バレットエディットの構成を考えてみようかと……」
今日は予定通りなら、部隊単位での大型任務や、メンバーを予め指定された作戦がない日だった。
基本的にこういった隙間を狙って、私達はフリーの任務を受注したり、休暇を組んだりする。
279 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 01:59:35.76 ID:E9X6QFqSo
「私も、ナナと同じかな……そうだ、時間あるなら、一緒にバレットエディットしない?」
「誰かと作るのも久しぶりだし、2人のアイデア、聞いてみたいな」
「うーん……銃はあんまり得意じゃないんだけど、たまには頑張ってみようかなー」
「……私は、その……」
ナナはともかく、シエルが予想外の反応を見せる。
いつもなら、むしろあちらの方から誘ってくるぐらいの勢いなのに。
「あれ?どうしたの、シエルちゃん」
「……いえ、それも、とても有意義ではあるんですが……」
口ごもる彼女の頬に、微かな赤みが差す。
もどかしげに太腿を擦り合わせ、私の方を見つめたシエルは、おずおずとそれを打ち明けた。
「君に、やって欲しいことがあるんです――」
280 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 02:01:34.65 ID:E9X6QFqSo
「――本当に、いいの?」
「……はい、これも、私の憧れでしたから……!」
「いや、友達の髪触るだけなんだから、そんな緊張しなくても……」
握られたヘアブラシが、両サイドのリボンを解いた、シエルの頭髪に迫る。
彼女の頼みとは、自分の髪型を私にアレンジしてもらうことだった。
"ブラッドバレット"を研究する際、肩を並べて勉強する事が憧れだったとシエルは語ってくれたけど、
こうしたスキンシップに関しても、それは同様だったらしい。
「小さい頃、鍛錬の合間にふと、施設の女の子たちがそんな交流をしているのを見て、羨ましかったんです」
「だから、友達が出来て、もっと仲良くなれたら、やってもらいたいな、と……」
カウンター席に座り、赤裸々に語る彼女の背後で、私は長髪を梳いていく。
両手を覆っているインナーは手首辺りから分割できるので、もう片方の素手は、柔らかな髪質と直に接触していた。
そういった経験は私もないけど、シエルからそれほどの関係だと思われているのは、正直嬉しい。
「……よし、出来た」
281 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 02:09:16.01 ID:E9X6QFqSo
彼女に手鏡を渡し、出来映えを確認してもらう。
「……これは……!」
シエルの目が、大きく見開かれる。
鏡に映ったのは、私と同じく、後頭部の高い位置に後ろ髪がまとめられた、シエルの姿だった。
髪の長さと、結んだリボンから、彼女のポニーテール姿は、私とはまた異なった印象を与えている。
「えへへ……おそろい」
「……」
「……なん、て……」
鏡を見た姿勢のまま硬直したシエルを見て、私は青ざめる。
……しまった。
つい浮かれて、調子に乗ってしまった。
「あ……ごめんね、すぐ直すから――」
――伸ばした手が、力強く掴み取られる。
気づけば眼前には、一瞬でこちらに振り返った、シエルの顔があった。
「……こんなに、素晴らしいものなんですね……!」
「ありがとうございます!ずっと……大事にしますから……!!」
「い、いや……そこまでしてもらわなくても……」
どうやら彼女は、嬉しさのあまり固まっていたらしかった。
かといって、感極まった表情でそう言われても、それはそれで反応に困る。
282 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 02:12:02.52 ID:E9X6QFqSo
熱視線を送るシエルからそれとなく眼を逸らすと、今度はその一連の光景に瞳を輝かせる、ナナの顔が視界に入った。
「いいなー、私もやってみたい!」
「……そういえば気になってたんだけど、ナナの髪型、どういう風に作ってるの?」
鏡を使い、様々な角度から自分の髪型を眺めるシエルは差し置いて、ナナの頭部を凝視する。
改めて、どういう髪型なのかは理解できるけど、その構造は見当もつかない。
ナナと初対面の頃から今まで、思っていても、何故だか言えなかったことだ。
「……気になる?」
「……うん」
「じゃあ、特別に教えてあげちゃう!」
事も無げに、許可が出た。
私に背を向け、留め具をすべて外した彼女は、その髪を垂らす。
既に何回か見ているけど、こうして髪を下ろした姿も、何となく新鮮に感じられる。
283 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 02:13:36.54 ID:E9X6QFqSo
「まずはここからこうやって、こうして、次はここを……」
素の状態から、てきぱきと留め具が再装着され、組み上げられていく。
「……最後にピンと毛先を整えれば……かんせーい!」
後ろ髪が立ち上がり、ナナは元通りになった。
すごい。
手際が良すぎて、さっぱりわからない。
「えっと……じゃあ、今度は私にもお願いしていいかな」
「オッケー!」
「……盛り上がってるとこ、悪いんだが」
こうなったら体で覚えようと意気込む私の背後から、制止の声がかかる。
私達が振り返ると、少し気まずそうな様子で、帽子を目深にかぶるギルがいた。
「隊長、借りてくぞ」
284 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/22(月) 02:17:47.05 ID:E9X6QFqSo
とりあえずここまで、すいません普通に間に合いませんでした
9子にこの格好はどうよとは思ったけど、GE2無印でお気に入りの組み合わせだったのでつい…
285 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:08:59.92 ID:+LYcw3sno
◇
見せたいものがある。
そう言って、ギルが私を連れて来たのは、神機の整備室だった。
神機使いが出撃しない間、神機はここで定期的なメンテナンスを受ける。
それは現時点で所有者のいない神機も同様で、
室内では可動式の整備台に寝かされた膨大な数の神機が、専用マニピュレーターによる整備を受けていた。
整備班の人間が作業にあたる中、その第一班班長である、楠リッカが私達に声をかける。
「やあ、やっと来たね」
「すまん、遅くなった」
「いいよ、今はそんなに忙しくないし。それに……」
頬の煤を厚手の作業手袋で拭い、リッカさんは右手のタブレット端末を操作する。
「待ってる間、気が済むまで調整させてもらったから」
すると、ちょうど私達の正面にあった整備台が、こちらに向けてその体を起こした。
286 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:10:50.39 ID:+LYcw3sno
「わぁ……!」
思わず、感嘆の声が漏れる。
台に固定されていたのは、鈍い輝きを放つ、青紫の槍型神機だった。
電灯に照らされる、黒く縁どられた刃の眩さに、私の目はたちまち惹きつけられる。
「ギル、これもしかして、"ブラッド"の……?」
「ああ、特注品だ」
この神機パーツの形状は、間違いなく第3世代型神機のそれだ。
"血の力"がまだ稀少な体質なのもあって、私達の神機のコアに適応する神機パーツの規格は、ごく限られている。
だから、私も神機の世代を見分けられたんだけど、目の前のそれは何というか、ただ彩色しただけのようにも見えなかった。
「もちろん、変わったのは色だけじゃないよ」
リッカさんが、私の疑問を言い当てる。
「基本性能の向上はもちろん、使用者の戦闘データに基づいたチューニングも施してある」
「"血の力"の伝達効率も上がってるはずだから、"ブラッドアーツ"の負担もある程度軽減されるんじゃないかな」
「へぇ……でも、何で色まで?」
「受容体の影響だろうな」
そこに割って入ってきたのは、ギルだった。
287 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:12:59.80 ID:+LYcw3sno
「受容体?」
「正確には"感応波受容体"だな。詳しい説明は省くが、神機をチューンするには、そいつが必要になる」
「その製作にも、ある程度アラガミの素材がいるんだ」
「いつもは君達が獲ってきたコアからでも十分賄えるんだけど、ギルの言う通り、この神機に使ったのは特別製だからね」
「ギルがこだわるから、時間かかっちゃった」
「……素人が迷惑かけて、悪かったな」
少し拗ねた様子のギルを、別に悪いとは言ってないって、と、リッカさんがからかい半分に宥める。
仇討ちを果たして以降のギルが、時たまリッカさんから整備の知識を学んでいることは知っていた。
少し置いて行かれている気もするけど、普段出ることはない、彼の一面を垣間見られたのは、幾らか得をした気分だ。
――一瞬、胸の奥を、何かが掠めたことを除けば。
288 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:16:23.04 ID:+LYcw3sno
「ふふっ……馴染んでるね、ギル」
「ん……まあ、色々と世話になったからな」
そんな私の生暖かい視線に気づくと、ギルは早々と態度を改める。
「それで、話の続きなんだが……この神機に使った受容体は、俺が作らせてもらった」
「お前にも何回か、手伝ってもらっちまったけどな」
「……あっ」
そういえば何度か、ギルの素材集めに付き合った記憶がある。
整備に使うことは知っていたけど、その詳細までは聞いていなかった。
「もちろん、受容体を作るのにも技術がいるんだけど……本当に凄いんだよ、ギルは」
「私の作業を1回横で見たら、すぐに自分で受容体を作っちゃうんだから」
「もっとも、出来は良くなかったんだけどな……そのリベンジも兼ねての特注品、ってわけだ」
「それでここまでの成果を出せるんだから、十分大したものだと思うけどね」
「やっぱりギルは、技術者としての才能があるよ……!」
「たまたまだよ……悪い気はしないがな」
289 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:18:29.18 ID:+LYcw3sno
新たな才能の発掘に燃えるリッカさんと、それに満更でもなさそうなギル。
また蚊帳の外になった私は、あえて口を挟まず、彼らの様子を見る。
会話が進み、専門用語がある程度増えてきた頃には、入り込む余地もなくなった。
お似合い、だと思う。
リッカさんなら、のめり込める事柄を見出したギルを、十全にサポートできる。
彼女自身もギルに興味を示しているし、面倒見のいい性格だから、彼の好奇心にも長く付き合えることだろう。
私より、ずっと彼にふさわしい。
――掠めた何かは、痛みだった。
けして大きくはない、けれど、胸の内でじわじわと蝕んでくるような、嫌な感覚。
……あれ。
何故、私は自分を引き合いに出したんだろう。
今までも、そしてこれからも、ギルは大切な仲間だ。
それ以上の関係だなんて、少し意識してしまうことはあっても、想像できない。
そもそも、こんな下世話な考え自体が、彼に失礼なんじゃないだろうか。
そうやって思考を渦巻かせているところで、リッカさんと目が合った。
彼女は一瞬目を見開いた後、すぐさま得意げな笑顔を返してくる。
嫌な予感がした。
290 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:20:54.96 ID:+LYcw3sno
「――あ、そうだ」
「どうした?」
「実は後もう少し、詰めたい箇所があるんだよね……」
話題の中心になっていた神機を指して、リッカさんは突拍子もないことを言い始める。
「ちょっと集中したいから、後は君達でケリつけといてくれない?」
「ここからの話は、私も必要ないだろうし」
「……アンタ、さっきは気が済むまで調整したって――」
「言葉のあや、だよ!さぁ、出てった出てった!」
「おい……!?」
「わっ……!?」
彼女に背中を押し出され、私達は強制的に整備室を後にする。
扉も閉め切られ、私達は通路に取り残されてしまった。
「……ったく、どうしたんだ急に」
「さ、さあ……?」
通路には、誰も通らなかった。
この空間にいるのは、私達だけ。
291 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:22:03.15 ID:+LYcw3sno
「……二人だけになっちまったな」
「……そう、だね」
それを意識してしまうと、駄目だった。
緊張で、たちまち思考が回らなくなる。
「……そういや、服、変えたんだな」
「う、うん……」
「……似合ってる、と思うぞ」
「へっ!?……あ、その……ありがとう」
顔に、ほんのりと熱が灯るのがわかる。
当り障りのない感想なのに、どうしてこんなに取り乱してしまうんだろう。
……何でこんなに、心が弾んでしまうんだろう。
292 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:23:09.15 ID:+LYcw3sno
「意外だったか?」
「……ちょっと、だけ」
「……そうか」
会話が、途切れる。
大体が自分の責任だという自覚はあるけど、もしかして、ギルも緊張しているんだろうか。
沈黙に窮し、傍らのギルの顔を見上げる。
拒絶の意志はないものの、引き結ばれた口元。
そこでふと、その真横に垂れる、彼の髪が目に入った。
緊張状態が極限に達していたのか。
褒められて、気が動転していたのか。
少し前の出来事がよほど印象深かったのか。
私は、それに右手を伸ばしていた。
293 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:24:09.02 ID:+LYcw3sno
ギルは、男性にしてはかなりの長髪だ。
そういう嗜好なのか、ただ無造作に伸ばしているだけなのか、それはわからないけど。
その髪質は、シエルのそれに勝るとも劣らないほど柔らかく、きめ細かいものだった。
私は素手のまま、彼の髪に触れる。
髪の束は抵抗なく指を通し、私に仄かな温かみを与える。
ほぼ無意識でありながら、その感触に楽しみを見出していると、右腕が浮いた。
持ち上げたのは、困惑が色濃く出た表情の、ギル。
そこで、ようやく意識の焦点が定まった。
294 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:26:57.85 ID:+LYcw3sno
顔から火が出るとは、こういう様のことを言うんだろう。
「ひゃあっ!?」
「うおっ」
悲鳴を上げ、彼から後ずさった私は、熱を冷ますために顔を背ける。
こんな時、自分の髪型が恨めしい。
後ろ髪を結い上げていたのでは、耳まで茹で上がった様子が丸見えだろうから。
「ごっ……ごめんなさい、いきなり変なことしちゃって!」
「えっと、その……さらさら?だったから、つい……」
何やってるんだろう私。
何言ってるんだろう私。
色んな意味で、ギルに顔向けできない。
「……ははっ」
数秒後に返ってきたのは、笑い声だった。
「こいつもハルさんには散々からかわれたし、ケイトさんも羨ましがってたっけな」
ほんの少しだけ、彼の方に視線を向ける。
「そういう訳で、弄られるのは慣れてるんだ……こっち向けよ」
「い、いや、今はそれだけの問題じゃなくなってる、というか……」
295 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:35:02.19 ID:+LYcw3sno
私の慌てぶりに却って冷静になったのか、ギルは緊張を解いていた。
私はというと、未だに自分の行動が信じられずにいる。
「よくわからんが、それならこのまま、話を続けさせてもらうか」
「……あの神機パーツな、実はお前に使ってもらおうと思ってる」
「……えっ?」
今度は、身体ごと彼の方に向き直る。
「その調整の目処が立ったと連絡が着たから、お前を連れて来た」
「……せっかくギルが苦労して作り出したのに、悪いよ」
あの神機は、ギルのものなのだと、すっかり思い込んでいた。
実際には、あれこそが私の神機の新たな姿だったのだ。
「勘違いするなよ……アレは元々、お前のために作ってたんだ」
「……約束、したからな」
ギルと二人でいる時間が増えてから、彼は私を支えてやりたいという旨を、度々口にしていた。
今なら、それが本心からの言葉であったことも、理解できるけど。
「……今のままでも、私は十分すぎるほど支えられてるよ」
「ついこの前だって、ギル達が後押ししてくれなかったら、あのまま……」
「今までがそうでも、これからがある……それにな、俺がやりたいから、やってるんだ」
「……お前に受け取ってもらわなきゃ、意味がない」
296 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:37:18.48 ID:+LYcw3sno
そう言って見せた自然な笑顔に、心が揺れる。
彼のこういった部分に、私は弱い。
素っ気ないのに、その実親身に接してくれて。
いつも仏頂面なのに、ふとした瞬間に見せる笑顔は、人一倍優しくて。
それを見せられると、あっさりと乱れてしまう。
……もう、素直になってしまおうか。
「……わかった、ありがとう」
「これからも、頼りにさせてもらうね」
彼への好感が変調したきっかけは、覚えていない。
それは募れば募るほど苦しくて、でも、忘れられない心地よさがあって。
これが恋だというのなら、私はギルを慕っていた。
297 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:42:21.98 ID:+LYcw3sno
……だけど、この想いは叶わない。
今だって彼の目は、私を捉えてはいないから。
その違和感の正体を知ったのは、ギルの記憶を垣間見た時。
彼はずっと、私の背後の、ケイトさんの影を追い続けている。
ギルが彼女に、恋愛感情を抱いていないのは、わかっている。
それでも、彼女が大切な女性であったことには違いない。
その苦しみを思い起こさせる私が傍にいては、彼は幸せになれない。
尤も、私自身は妹分ぐらいにしか思われていないだろうけど。
だから、彼にいい相手が見つかるまで。
私が、この未練を断ち切れるようになるまでは。
――痛みだって、呑み込める。
「おう……よろしく頼むぜ、相棒」
……想うだけなら、いいよね?
298 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:44:18.47 ID:+LYcw3sno
◇
「――作戦完了!お疲れ様でした!」
新たな神機パーツの性能を試す機会は、すぐにやってきた。
ちょうどあの後に、エリナとの任務が組まれていたからだ。
「お疲れ様……いい調子だったなぁ……」
陽光が、掲げた神機の表面を煌めかせる。
ギルとリッカさんから与えられた、私だけの神機。
先ほど出来上がったばかりだというのが嘘のように、手と身体に馴染んでくれている。
「ほんと、最近は調子いいね!誰のおかげなんだろう?……ねぇ、先輩?」
「うーん……やっぱり、エリナのおかげかな」
事実、エリナの訴えがなけれな、私は再起の入り口にすら辿り着けていなかった。
その事を考えれば、彼女には感謝してもし足りないぐらいだ。
「……本当に、ありがとう」
299 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:50:13.23 ID:+LYcw3sno
「なっ……」
対するエリナは、頬を紅潮させ、口をぱくぱくと動かす。
「どうしたの、大丈夫?」
「い、いきなり真剣にならないでよ……ふざけた私がバカみたいじゃん……」
得意満面の笑みから一転、目を泳がせ、照れくさそうに髪を弄ぶ彼女の姿は愛らしい。
「……私だって、また先輩についていけて嬉しいから、おあいこ」
「それでいいでしょ?こうなったら、嫌だって言っても喰らいついちゃうから!」
「そっか……じゃあ、早く追い抜いてもらわないとね」
「その時は、私が先輩の面倒を見てあげる!」
……それに、みんなのおかげ。
降り注ぐ陽光は、じゃれつくエリナを受け止めた私の、前髪に留められたヘアクリップにも反射する。
これに込められた想いがある限り、私は前を向ける。
自身と向き合って、想いを知って。
素直になれた私が今一度見上げたのは、何にも遮られず、どこまでも広がる青空だった。
300 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/02/26(金) 14:56:32.60 ID:+LYcw3sno
ここまで
書いててわかりづらいと思ったので今更捕捉しとくと
時間経過や遮り以外でダッシュ記号が入ってる行は、隊長のネガティブな深層心理を表してます
本人でも気づかない本音というかそんな感じのアレ
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/27(土) 18:55:14.54 ID:xMymaPn40
おつです
302 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/01(火) 02:26:41.98 ID:t8DmWegLo
>>299
の修正版だけ投下
全然スムーズにいかないけど出来れば今日中には続きを…
303 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/01(火) 02:38:11.35 ID:t8DmWegLo
「なっ……」
対するエリナは、頬を紅潮させ、ぱくぱくと口を動かす。
「エリナ?」
「……っ」
ひとたび私と目が合えば、彼女はそれを背けてしまう。
……何となく、身に覚えがあるような。
「大丈夫……?」
「……そういう不意打ちやめてよ、もう……」
首を傾げていると、か細い呟きが返ってきた。
頬を手で押さえ、エリナは控えめにこちらを見やる。
「私だって、その……」
直前で、エリナが言い淀む。
こうした仕草の彼女を見るのは、何だか久しぶりな気がした。
「……先輩のおかげで、成長できたと思ってるから」
304 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/01(火) 02:49:01.68 ID:t8DmWegLo
それでも、彼女が最後に見せてくれたのは、恥じらいを多分に残した、穏やかな笑顔だった。
その様子が愛らしくて、私も笑みをこぼす。
「うん……これでおあいこ!」
「早く帰ろ、先輩!」
今度こそ赤面を振り切って、エリナが私の左手をつなぐ。
照れ隠しだろうか、足早に駆けるエリナに若干引きずられながら、私は何ということもなく、目線を上げた。
何にも遮られない、どこまでも広がる青空。
塞ぎ込んでいた頃、空は空でしかなかった。
エリナだけじゃない。
こうして今一度、空に意義を見出せるようになったのは、私が手を取り、それに握り返してくれた、みんなのおかげだ。
その想いがある限り、私は前を向ける。
自身と向き合って、想いを知って。
素直な心で、歩み続ける。
未だ落ちない陽は、前髪に留められた、ヘアクリップをも照らしていた。
305 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/02(水) 02:34:13.41 ID:o6xBxZEno
7
"ブラッド"が本格的に再始動してから、幾らかの時間が経った。
戦力低下に加え、緒戦での失態から不安視されていた私達も、今では一定の信用を得られるほど、順調に任務をこなせている。
その要因は、"ブラッド"の全員が信頼関係を築けたところにあるんだろうね、と榊博士は言う。
「"仲間を使い、自分を使え"……私の補佐も務めてくれている"クレイドル"の指揮官が、よく口にしていた言葉でね」
「それに喩えるなら、君も隊長になって、自然と自分の使い方を覚えるようになった、という所かな」
実際、私の挫折に端を発した隊員同士の結束の強化は、"ブラッド"というより、私を変えていた。
みんなを守らなくていい、と言えば語弊があるかもしれないけど、何もかも一人で背負い込む必要はないと気づけたからだ。
もちろん甘えすぎてもいけないし、隊を預かっている以上、最低限の責任は果たさなければならないんだけど。
それでも仲間を頼ることへの抵抗が以前よりも少なくなったのは、私にとっても、
あの一件以降、多少私に気を回しがちになってしまった彼らにとっても、大きな一歩だった。
……特にシエルは、"君にはそれぐらいがちょうどいいんです"、と言って聞かないし。
306 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/02(水) 02:37:29.11 ID:o6xBxZEno
ともかく、そうした心理面での問題はまず"ブラッド"内で話をつけるべきであって、
迷走した私にまずその方向性を提示してくれたのは、他ならぬ榊博士ではないだろうか。
その件について、改めて謝罪と感謝を贈るためにも、博士の研究室に出向いたこともあるけど、
「私はただ俯瞰した立場から、事象を観測しているだけさ。君達をどうにかするつもりはない」
「……もちろんここを預かる者として、その義務は果たさせてもらうけどね」
といった具合に、ひらりと躱されてしまった。
その一方で、フライアではついに"神機兵"が再度の調整を終え、実戦に配備されることとなった。
既に"神機兵"部隊単独でのアラガミ討伐にも幾度か駆り出されていて、その仕事ぶりはアナグラでも話題になっている。
307 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/03(木) 23:39:19.57 ID:8lN99J22o
ラウンジに設置されたテレビからは、フェンリル公共放送局によるプロパガンダCMがひっきりなしに流されていた。
初期は有人制御式"神機兵"の搭乗者募集が主な内容だったはずだったけど、運用の変化に伴い、広告内容も変わっているようだった。
CMに映っているのは、浮遊台に乗り、指先から流す電流で"神機兵"を指揮する、奇抜な格好の女性。
確か名前は……シプレ、だったっけ。
去年から登場したアイドルで、似た立場のユノとは人気を二分しているらしい。
その正体は文字通り電撃デビューを果たしたバーチャルアイドルで、CMの内容も要は編集された合成演出なんだとか。
歌や外見、キャッチコピー等に見られる独特なセンスが特徴で、そこがシプレファンを虜にしているようだ。
……と、ユノファンと二足の草鞋だった生前のロミオが、私に熱く語ってくれた。
こういったものにさほど興味は持てないけど、確かにCMの背景に流される彼女の歌声には、どこか引っかかるものがある。
流れた映像が目に止まり、改めてその正体についてぼんやりと考えていると、私に向けられた声がかかる。
「最近、シプレのCMもよく流れるようになったよな」
声の主は、コウタさんだった。
308 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/03(木) 23:44:05.06 ID:8lN99J22o
「コウタ隊長」
「だから呼び捨てでいいって。そんなに年も違わないし、エリナにエミールも、お前の世話になってる事だしさ」
「……それ、関係あります?」
「大アリだって、こっちも助かってるし……にしても、珍しいな、お前がそういうの見てるなんて」
「はっ!……まさかお前も、シプレの魅力に気づいたのか……!」
彼もまた、ロミオに負けず劣らずのシプレファンだ。
コウタさんと個人的な交流を深める機会は何度かあったけど、その一面を見せたのは二度目のことだった。
気もそぞろな彼を落ち着かせるためにも、私は急いで訂正する。
「いや、そういうわけじゃないんですけど……ただ、シプレの歌声ってどこか不思議だなぁ……と思って」
ついでに言えば、顔や声そのものにも何か覚えがあるんだけど、そこは考えない方がいい気がした。
何となく、本能的に。
309 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/03(木) 23:45:48.05 ID:8lN99J22o
「おお!それは――」
ただ、私の訂正もコウタさんには逆効果だったらしい。
何か用のあったらしいエリナが彼を連行するまで、私が聞かされた熱意を要約すると、
シプレの歌声は予め録音された肉声を応用し、予め入力された音程や歌詞に合成したものらしい。
それが彼女の独特で、どこか機械的な印象の残る歌声の正体だった。
そんな技術があることに感心しながら、再度流れたCMを見ていると、今度はシプレの電流に従わされる、"神機兵"の姿が目に止まる。
現在、戦場に出ている"神機兵"の全ては、ジュリウスによって統制されている。
一方的に関係を絶たれた側とはいえ、ジュリウスの安否は"ブラッド"にとっても気がかりだった。
彼は今、フライアでどう過ごしているんだろうか。
310 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/03(木) 23:51:11.68 ID:8lN99J22o
ここまで
311 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/06(日) 00:21:59.38 ID:g2l4oEKho
>>309
ちょっと修正して投下
毎度だらしない推敲で申し訳ない…
312 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/06(日) 00:24:48.01 ID:g2l4oEKho
「おお!それは――」
ただ、私の訂正もコウタさんには逆効果だった。
何か用のあったらしいエリナがコウタさんを連行するまで、私が彼に聞かされた熱意から必要な分だけを抽出すると、
シプレの歌声は予め録音された肉声を応用し、予め入力された音程や歌詞に合成、編集したもののようだ。
それが彼女の独特で、どこか機械的な印象の残る歌声の正体だった。
そんな技術があることに感心しながら、再度流れたCMを見ていると、今度はシプレの電流に従わされる、"神機兵"の姿が目に止まる。
現在、戦場に出ている"神機兵"の全ては、ジュリウスによって統率されている。
一方的に関係を絶たれた側とはいえ、ジュリウスの安否は"ブラッド"にとっても気がかりだった。
彼は今、フライアでどう過ごしているんだろうか。
313 :
◆6QfWz14LJM
[saga]:2016/03/06(日) 00:26:16.92 ID:g2l4oEKho
そして、現在。
ジュリウスの状況を知る機会は、意外な形で訪れた。
「――では、遠征作戦の概要を説明いたします」
「作戦名は、"朧月の咆哮"」
任務に向けたブリーフィングのため、支部長室に招集された"ブラッド"は、一様に目を丸くする。
シエルだけは一人淡々と、作戦概要を読み上げていた。
……そちらに集中する事で、戸惑いを誤魔化しているようにも見えるけど。
「――攻略の第一段階では、敵の後背部から別働隊が攻撃し、ブラッド隊が突入する機会を作ります」
「"ブラッド"の突入以降、別働隊は周囲のアラガミを撃破しつつ、包囲の輪を狭め――」
討伐対象は、ついにその動向が観測された、狼型の"感応種"。
"感応種"は山岳地帯に多数のアラガミを引き寄せ、天然の要塞を形作っている。
長期戦が予想される、この要害への突入作戦に助け舟を出したのは、あのフライアだった。
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