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とある後日の幻想創話(イマジンストーリー)4
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465 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/03(水) 00:48:04.29 ID:I2HiB7K90
芳香「お肌はケアしてる」
466 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/05(金) 04:59:04.14 ID:x8Eymw8w0
紅魔邸「じ、冗談じゃねぇ!ここは幻想郷じゃねーし、俺だって紅魔館でもないってのに、結局壊されるのか!?」
467 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 00:55:25.00 ID:tdp3J+XE0
>>461
アニメでも黒子助けるためにやってたからへーきへーき(白目)
>>463
不可抗力だから……(震え声)
>>464
本気出せば学園都市を楽々壊滅できそうなの結構いるから、多少はね?(レベル5話)
>>465
防腐剤はNG
>>466
紅魔邸(の庭)は犠牲になったのだ……
468 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 00:56:25.02 ID:tdp3J+XE0
これから投下を開始します
469 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 00:57:13.38 ID:tdp3J+XE0
禁書「っ、とうま!?」
インデックスは自身を助けてくれた少年の安否を知ろうと、痛む体を無視して起き上がる・
軟らかい土の上に落ちたため、幸い大きな怪我をすることはなかったものの、
その衝撃は彼女の体に少なからずの痛みを与えていた。
起き上がった彼女の目の前に現れたのは、直径5メートルは在ろうかという大穴。
穴は地中深くまで開けられ、その底を計り知ることはできない。
まるで、その地面だけが巨大な型抜きでくりぬかれたかのように、穴は綺麗な円の形をしていた。
一度その穴に飲まれてしまえば、おそらく二度と這い上がって来られまい。
まさか落ちてしまったのか――――そんな最悪の結末がインデックスの脳裏を過ぎった時。
「っぶねぇ……」
禁書「!」
どこからとも無く聞こえてきた声。
その方向を見やると、少年――――上条当麻が穴の縁から這い上がってくる所だった。
470 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 00:59:04.31 ID:tdp3J+XE0
彼はあり得たかもしれない『転落死』という結末に冷や汗をかきながら、歯を食いしばって崖をよじ登る。
辛うじて引っかかっている片足に神経を集中しつつ、もう片足を器用に動かしながら足場となる場所を模索する。
そうして十数秒程かけて脆くなった断壁から足場となる箇所を見つけると、その足場を思いっきり蹴り上げ、
当麻はやっとの事で崖上へと帰還することができた。
荒い息を整えつつ、彼は眼前の奈落を眺める。
後一歩遅ければ、崖淵に捕まることができずに闇の底へと真っ逆さまだっただろう。
禁書「とうまっ!」
上条「え? あぁ、インデックスか……怪我はないか?」
禁書「私は大丈夫。 とうまこそ……」
上条「へへ、そんな顔するなって……上条さんは、こんな事ではへこたれませんことよ?」
禁書「もうっ!」
上条「っと、それよりも土御門は……!」
己の身を心配するインデックスを余所に、当麻は穴の向こう側へと視線を移す。
足場が崩れ落ちる直前、土御門は当麻と逆の方向に身を投げ出していた。
つまり、彼は崖の向こう岸にいるということ。穴に落ちたのでなければ、姿が見えるはずである。
そして同じように穴の向こうには、この大穴を造った本人であるフランドールがいる。
もしあの2人が同じ場所に立っているのであれば。状況は非常に拙いと言わざるを得ない。
471 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:00:59.58 ID:tdp3J+XE0
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
一帯に狂笑が響く。
当麻が見やるとそこには、争っている二人の姿があった。
フランドールは顔を破顔させ、笑い声を上げながら。
土御門は顔に苦悶の表情を浮かべながら。
いや、よくよく見るとただ争っているわけではないようだ。
土御門が圧倒していると思いきや、予想に反してフランドールが責め立て、土御門は逃げの一手に出ている。
素人丸出しの大振りな拳を前に、土御門はただ避けることしかしていない。
彼が持つ技術ならば、簡単に相手の動きを封じることができるにも拘わらず。
土御門(拙いな……体術は素人のそれだが、予想以上に拳速が速い。 何より所持している能力が危険すぎる)
土御門(少しでも掠っただけで死に至る魔手か。 一方通行でもあるまいに……!)
土御門はフランドールから無造作に突き出される腕を、細心の注意を払いながら躱していく。
少女の拳撃は、愚直ではあるがそれを補って有り余る程の速さを持っている。
が、武術家である彼としては見切り易く、それ自体は脅威に値するものではない。
問題はその拳に付与されている異能――――超能力に問題があった。
472 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:01:36.91 ID:tdp3J+XE0
フランドールの超能力は『触れた物質を分解する』というもの。
つまり、指先一つでも体の何処かに触れられてしまった時点で、自身の体はバラバラになってしまうのだ。
彼が持つ知識の中で例えるならば、『海原光貴(エツァリ)』が行使する魔術の一つである、
『トラウィスカルパンテクウトリの槍』の効果を全身に纏っているということ。
その魔術の威力を十二分に理解している土御門にとっては、体の傍を腕が通過しただけで冷や汗ものだ。
加えて、こちらの攻撃はその全てが能力に阻まれて相手に届くことはない。
肉弾戦など以ての外。不用意に手を伸ばそうものなら、その端から腕が分解されてしまうだろう。
土御門(俺に残された攻撃手段は、銃に込められた麻酔弾5発と緊急時のための実弾カートリッジが3本……)
土御門(どれもこれも、コイツを止めるには無力な代物だ。 こんな事になるんだったら、
多少の手間をかけてでも他の手段を揃えるべきだったか)
土御門(……それにしてもこの変貌、何が起こっている?)
土御門(情報では、こんな戦闘狂じみた人間じゃなかった筈だが……)
土御門は攻撃を捌きながら、肉薄してくるフランドールを見る。
彼女は口角が裂けそうな程の笑みを浮かべつつ、『紅い瞳』でこちらを見ていた。
473 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:02:10.63 ID:tdp3J+XE0
事前の調査において彼は、『フランドールは引っ込み思案で大人しい性格である』と結論づけていた。
彼女はかつて、阻止相応の活発な少女であったが、7年前に起こした事件により引きこもりがちになったと聞く。
おそらく、自身の能力が怖くなったのだろう。自身の力が他人を傷つけたという事実は、少女の心に深い傷を負わせたはずだ。
彼の同僚にも似たような境遇の人間がいたから、そのことは簡単に想像がついたし、
その感情は容易に克服できないということも理解していた。
だからこそ彼は、重装備をせず身軽な体で捕獲作戦に望んだのだ。
それはフランドールが攻撃的な性格ではなく、それ故に御しやすいと想定したためであり、
予定では存在していたはずの十六夜咲夜を無力化するには、武力よりも奸計が効果的だと判断したためもであり、
そして何より『余程追い詰められなければ、フランドールが能力を行使することはないだろう』と確信したからである。
だがここに来て、土御門の予想は大きく裏切られた。
引っ込み思案である筈の少女は、狂気を帯びた瞳を携えながら嬉々として拳を振るってきている。
体の動きは土御門が評したように、素人に域を出ないものであるが、勢いだけは眼を見張るものがある。
つまり、攻撃の仕方にまるで躊躇がないのだ。彼女は明らかに、『相手を傷つけるため』だけに行動していた。
自身よりも大柄な男に、怯むことなく攻め入る少女。
その姿を見て、彼女を『大人しい性格である』と判断する人間はどれだけいるというのか。
もしいたとしたら、その者の眼は節穴と言いきっても良いだろう。
474 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/02/08(月) 01:02:57.23 ID:tdp3J+XE0
土御門(いや、それを言い出したら、コイツの本性の見抜けなかった俺自身の眼が節穴って事になるか――――!?)
ビュオッ! バチンッ!
土御門の思考の僅かな隙を突いて、フランドールの腕が彼の頭部の脇を通過する。
その際に掠った彼のサングラス。それが掠った部分から朽ちるようにして崩れていく。
土御門「ぐっ……!」
粉砕されたサングラスの破片が、土御門の視界を覆い尽した。
彼は眼を守るべく、反射的に瞼を閉める。
それはこの場に於いて、明らかに致命的な隙。即、死に繋がる危険な行為だ。
どんなに戦い慣れた者でも、視界を奪われた状況では判断が遅れてしまう。
例え一瞬だったとしても、その僅かな空白は生死を左右するには十分すぎる。
475 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:03:34.40 ID:tdp3J+XE0
フラン「くすくす……」
そしてその隙を、目の前の少女が見逃すはずもない。
フランドールは土御門が眼を瞑ったと見るや否や、好機とばかりに構成を更に苛烈にする。
ただでさえ防戦だった戦況が、更に劣勢に立たされる。
今まで危なげなく躱せていたものが、体を擦る一歩手前になるまでになった。
土御門「クソッ!」
自身が立たされた状況に悪態をつくが、時は既に遅く。
問題を解決するための手段も時間も、最早彼には残されていないのだ。
何れ訪れる破滅を如何に引き延ばすか。彼にできることと言えば、ただそれだけ。
476 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:04:53.81 ID:tdp3J+XE0
フラン「っ、あ゛ぁ!!!」
ズガンッ!!!
未だにしぶとく粘る土御門に、良い加減嫌気が差したのか。
フランドールは足を大きく振りかぶり、渾身の力で地を踏みしめる。
次いで、強烈な地鳴りと共に大地がめくれ上がった。
土御門「ぐおっ!?」
土御門はめくれ上がった地面と共に、空へと高く打ち上げられた。
辛うじて保たれていた均衡。それすらも容易く打ち崩される。
状況は最悪を極まった。空中では自由に身動きすることができない。
眼下には、こちらを見上げているフランドールの姿。
いつの間にか血のように紅く染まった眼が、土御門の体を射貫く。
彼女の顔は、獲物を仕留めることができる事実に歓喜していた。
477 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:05:39.71 ID:tdp3J+XE0
「う、おおぉぉおぉぉぉおぉぉぉおおおおっっっ!!!」
その状況を吹き飛ばすかのような大声が轟く。
その声が誰のものなのか。それは考えるまでもない、上条当麻のものだ。
危機に陥っている土御門を救うため、全速力でもってこちらに走り込んできていた。
『いつものカミやんだにゃー』――――彼の必死な形相を見てそんなことを思うのもつかの間、
当麻は捲れ上がった地面の一つを踏み台にし、土御門目掛けて飛び上がった。
ズダンッ!
上条「土御門――――!」
土御門「カミや――――」
当麻は落下をする土御門を受け止めようと、その両腕を伸ばす。
助走は十分。加えて彼の脚力を持ってすれば、土御門の所にも容易に届くだろう。
『まさか男に抱えられることになるとは』などと場違いな事を思いつつ、何気なしに空を見上げて――――
478 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:06:46.05 ID:tdp3J+XE0
フラン「――――」
自分よりも遥かに高所からこちらを見下ろし、落下してくるフランドールの姿があった。
479 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:09:25.82 ID:tdp3J+XE0
土御門「――――来るなッ!!!」
ブシャッ
480 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/08(月) 01:10:29.69 ID:tdp3J+XE0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
481 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/08(月) 12:23:09.79 ID:I8WPsC8/0
乙
さて、中々に生々しい音がしたけども
482 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/08(月) 15:07:31.91 ID:HMeuZRBto
乙です
483 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/09(火) 04:05:21.59 ID:2lhDLfq20
やっぱり狂気が発現したか。だがいまいち理由が分からんな
484 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/14(日) 21:04:53.94 ID:MMaFGljj0
完結したら読もうと思ってもうすぐ4年
485 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/02/22(月) 00:06:20.19 ID:ioodkC9U0
これから投下を開始します
486 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/02/22(月) 00:07:51.08 ID:ioodkC9U0
* * *
487 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/02/22(月) 00:08:43.93 ID:ioodkC9U0
――――目覚めは最悪だった。
途切れていた意識が僅かに覚醒した時、私が真っ先に感じたのは体の前面に触れている石のように固い物体。
少しばかりひんやりとしたそれは、頬の骨やら膝の骨やらを強く刺激して私に鈍い痛みを与えていた。
次いで気づいたのは、口の中に広がる埃っぽい味と鼻を突く青臭い匂い。
金属のような独特の苦みと、青葉をすりつぶした時特有の臭気だった。
やがて思考にかかった霧が少し晴れて、段々と体の感覚が戻ってきた時、
私はそれらの刺激の原因が『自分が俯せで地面に倒れているからだ』と気づいた。
何故、倒れているのか。私の身に何が起きたのか。
そんな疑問が浮かんだが、それは瞬く間に濃い霧の中へと紛れてしまった。
思い出そうにも意識が合間合間に途切れ、果てには『思い出そう』という気持ちすらおぼつかない。
口と鼻に感じる不快だけははっきりと感じながら、思考の堂々巡りを繰り返す。
両手で十分に数えられるくらいの思考のループを繰り返しつつ、
やがて顔面から感じる不快に我慢できなくなった私は、それから逃げるために起き上がろうとした。
488 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/02/22(月) 00:09:23.16 ID:ioodkC9U0
だけど、動かそうとした体は動かなかった。全身に力が入らなかった。
例えるなら、春先のふかふかのベッドで気持ちよく寝ていた所に、
無理矢理叩き起こされて起き上がらなければならなくなった時に似ている。
体中から感じ取れる筋肉の弛緩。そして、言葉で表すことが難しい不思議な心地よさ。
頭の中がぼうっとしていたこともあって、まるで夢の中にいる気分だった。
とは言っても、口に感じている苦みと鼻に感じている臭いは相変わらずだったから、
お世辞にも『良い夢』と言えるような代物じゃなかったけど。
動かそうと思っても動かない体と、嫌な味と匂いにイライラしていると、
今度は聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。
489 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/02/22(月) 00:10:29.61 ID:ioodkC9U0
「そ で 、どうし に居る ?」
耳の穴に水が入った時のような。音がこもっていて、良く聞き取れない。
辛うじて判ったことと言えば、その音は『人の声である』ことと、『自分が知らない人の声である』こと。
何者かもわからない人間が、私の傍にいる。
その事実にちょっと不安になったけど、体が動かないんじゃどうしようもない。
私は起き上がることを一旦諦めて、聞こえてくる声に集中することにした。
「例 平 に と ても、 不 になる 視 でき !」
すると今度は、さっきの人間とはまた別の声が聞こえてきた。
固い決意を感じさせる、金剛石のように美しい声色。
何処かで聞いたことがある声だった。
ただ、その声は誰のものだったか。
記憶を掘り返そうにも、やはり頭がぼやけて上手くいかない。
まるで笊を使って水を掬い上げるかのように、思考がぼろぼろとこぼれ落ちていく。
490 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/02/22(月) 00:11:19.58 ID:ioodkC9U0
「お願 よ、 みかど。 を連 て で欲 い 」
また別の人の声が聞こえてくる。
今度の声は明るく、硝子のように透き通っていて――――それでいて何処かに優しさを感じるもの。
そこで漸く気づいた。
私はこの声の持ち主を知っている。彼等は、私にとって大切な人達。
不相応な力を得て調子に乗って、その結果大切なものを壊して。力に怯えて閉じこもった最低な私。
そんな私と一緒にいてくれた人達。
最初はそんな気持ちはなかった。
変な男達に絡まれていた私を助けようと、初対面なのに友達のように振る舞った人。
無視することもできたはずなのに、あの人はわざわざ厄介事に飛び込んできた。
491 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/02/22(月) 00:14:24.93 ID:ioodkC9U0
最初は、変な人だなと思った。でも話をしてみると、少しだけ面白い人だと思えた。
おねえさまから逃げてきた私は何もすることがなかったから、その人に付いていくことにした。
そして、あの子に会った。
純白の修道女を着た、『シスター』という言葉をそのまま形にしたかのような人。
だけど、実際は見た目通りに腕白で、食べることが大好きな人。
私はやっぱり、変な子だと思った。
シスターと言えば神職なのだから、とても慎ましい人だと想像していたのに。
だけど、そんなあの子を微笑ましく思う自分がいて、同時に羨ましくも思った。
だってあの子は、薄汚れた私と違って何処までも真っ白だったから。
そして私は、あの子とまた遊ぶ約束をした。私の家の場所を教えて、いつでも会えるようにした。
他の人と遊ぶ約束をするなんて、いつ以来のことだったっけ。
あの時からできるだけ他の人と関わらないように生きてきた私にとって、
その繋がりは嬉しくもあり、恐ろしくもあった。
492 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:16:18.72 ID:ioodkC9U0
私がかつてどれだけ酷いことをしたのか、彼等には教えてない。
この体がとっくの昔に血で濡れている事を、彼等には伝えていない。
もしも本当ことを知られてしまったら。
私はその可能性を心の何処かで恐れていた。
だからそれは、とても精巧にできた氷細工のようなもの。
僅かに触れただけでも砕けて、放っておけば融けて消えてしまう儚いもの。
だけど、いつかは消えて無くなってしまうものだとしても、私にはそれを手放すことが出来ない。
もう得ることはできないと思っていた宝物。
そんな大切なものを、簡単に捨てるなんて、できるわけないじゃない。
493 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:17:45.73 ID:ioodkC9U0
「俺は絶対に――――諦めたりなんかしねぇぞッ! 土御門ッ!」
あの人が大声で吠える。今度こそ、その言葉をはっきりと聞き届ける。
何故あの人は、そんなにも必死になっているのだろう?
そもそも、どうしてこんな所にいるのだろう?
わからない。
わからないけど、たぶん誰かを助けようとしているんだろう。
私の時と同じように。
494 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:20:47.50 ID:ioodkC9U0
「うぉらァッ!!!」
「ふっ!」
「うっ!? ……とっと! 危な――――!?」
あの人と誰か。二人が争う音が聞こえる。
拳を振るう風切りの音。それを避ける布刷りの音。
未だに動けない私にはその光景を見ることはできないけど、耳に届く音だけでそれを思い描く。
495 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:22:06.82 ID:ioodkC9U0
「う、おおおぉぉぉぉおぉぉおお!!!」
「甘いッ!」
「うっ!? がっ――――!?」
重い音と一緒に、苦悶の声が聞こえた。
――――あの人が苦戦している。
あの人は果敢に攻めてるみたいだけど、相手はそれより上手。簡単にいなされて反撃されたみたい。
気迫はあの人の方がある。だけど、それだけじゃどうにもならないほどの歴然とした差が相手との間にあるのかもしれない。
496 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:24:30.16 ID:ioodkC9U0
「カミやん、諦めろ。 今ので判っただろう? お前の攻撃は単調で隙がありすぎる」
「まだだ……これ位のことで、諦めて、たまるかよっ!」
「いい加減にしろ。 本当なら、最初の段階で投げ飛ばしたりせずに腕をへし折っても良かったんだぞ?」
「第一に、だ。 そんなフラフラの状態で、まともに俺と戦うことができるのか?」
「ぐっ……」
苦しい声を上げながらも立ち向かおうとするあの人。
それに対して、相手がその力の差を言葉で突きつけた。
その言葉を前に、あの人は反論することができない。おそらく、自分でもわかっていたのだろう。
自分の実力では、相手に届かないということに。万に一つも、勝利する可能性が無いことに。
――――なんて、馬鹿な人。勝てもしないのに戦いを挑むなんて。
無茶。無謀。骨折り損の草臥れ儲け。そんな言葉がぴったりの、実に愚かな行為。
497 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:25:45.39 ID:ioodkC9U0
『気合いで劣勢を覆す』なんて、フィクションの中では良くある話だけど、そんなものは所詮絵空事だ。
実際の世の中なんて、何でもかんでも気合い一つでどうにかなるようなものじゃない。
むしろ、気合いで解決できることなんて高が知れている。
そんなことは誰だって、頭が良ければ子供ですら知っていること。
だから、あの人は本当に、本当に馬鹿な人なのだ。
あの人を見た者は皆が皆、口を揃えて同じ事を思うはず。
不可能だと判りきっていることに、どうしてそこまで執着するのかって。
だけど――――そんなあの人のことを、馬鹿だとは思うけど嗤うことができない。
どうして?そんなこと判りきっている。心の内に渦巻く感情。それを私は理解していた。
私は、あの人のことが羨ましいんだ。
傷つきながらも困難に立ち向かう、その姿が。
挫けそうになっても諦めない、その心が。
あらゆる事から逃げて拒絶してきた私には、それらがすごく尊いものに思えて。
同時に直視できないほど輝かしく、眩しかった。
498 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:26:32.16 ID:ioodkC9U0
――――助けなきゃ。
あの人が酷い目にあっている。もう一人の誰かに傷つけられている。
あの人は無能力者だ。私と違って、何の力も持たない一般人。
喧嘩は強そうだけど、結局はそれだけの話。超能力者が相手ではあまりにも無力だ。
加えてあの人が戦っている相手は、素手でもあの人より強いらしい。
二人の会話を聞けば、相手が手加減していることなんて簡単にわかる。
そんな相手が超能力まで使い始めたら、その先に待つのは――――
499 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:28:44.49 ID:ioodkC9U0
だから、私が助けなきゃ。守らなきゃ。
守らなきゃいけないのに、私の体は動いてくれない。力が入らない。
私の体はその役目を忘れてしまったかのようにピクリともしない。
なんでこんな時に限って。大事な決断した時はいつもそう。
その決断を踏みにじるかのように、いつも邪魔が入るのだ。
私が外に出ようとした時、おねえさまがそれを拒んだように。
まさか、これがおねえさまが言った私の『運命』なの?
私は自分の力では絶対に何かを成し遂げることはできない。
人形師に操られるマリオネットのように、自分の意志では何もできない。それが私の『運命』だというの?
500 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:29:30.69 ID:ioodkC9U0
そんなのは嫌だ。
誰かに縛られたまま、ただ言われるがままにされる人生なんて嫌だ。
なのに、こんなにも私は必死になっているのに、この体は私の命令を拒絶する。
その事実が、私の心を焦燥に苛ませてくる。
何でもいい。満足に動かせる体が欲しい。
早くしないと、あの人がもっと傷ついてしまう。
私にしかできないのに。私が不甲斐ないから、あの人が辛い思いをする。
そんなのはもう嫌だ。私の所為で誰かが傷つくなんてもう沢山だ。
だからはやく、はやく、はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく――――――――――――――――
――――――――――――――――アイツヲコワサナイト。
501 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:30:09.10 ID:ioodkC9U0
ドクンッ!
502 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:31:18.26 ID:ioodkC9U0
体に熱がこもるのを感じる。グツグツと、血液が沸騰を始める。
熱サノアマリ、喉ガドンドン渇イテイク。
体を流れるのは強烈な電撃。脳からの信号が全身の神経をこじ開け、ビリビリと駆け巡る。
強烈スギル電気信号ガ神経ヲササクレ立タセ、針デ滅多刺シニ刺サレタカノヨウナ激痛ガ走ル。
筋肉がそれに呼応し、錆び付いた歯車のような音を響かせながら駆動する。
余リ余ッタえねるぎーヲ発散シヨウト、体ガ勝手ニ動キ出ス。
――――――――――――――――目の前が、真っ赤に染まった。
503 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/02/22(月) 00:32:10.00 ID:ioodkC9U0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
504 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/22(月) 01:02:26.67 ID:v8v4sintO
乙です
505 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/02/22(月) 07:36:41.58 ID:KiXFVxDt0
乙!
助けようと思って動いた結果がこれかー……
506 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/03/07(月) 00:02:06.60 ID:jCr4dQiA0
これからと投下を開始します
507 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:02:49.30 ID:jCr4dQiA0
立ち上がったワタシの、血の色に染まった視界に移るのは三人のニンゲン。
一人目はカミジョウトウマ。今ワタシが守るべきモノ。
二人目はインデックス。ワタシの大切なトモダチ。
そして、最後のヒトリ。金髪でサングラスをかけた男。
コイツだ。コイツがあの人をイジメてるんだ。
ワタシの大切なモノを奪おうとする悪い人。許してはならない大罪人。
コイツを倒せば大丈夫。あの人を助けることができる。
――――コイツヲコワシテシマエバ、ミンナガシアワセニナレル。
508 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:03:21.33 ID:jCr4dQiA0
「おい、ま――――」
どこからか響いてくる声に意識を戻すと、男が手に持つ何かをこっちに向けていた。
手に握られているのは、黒光りする鉄の塊。どうやら拳銃のようだ。しかも本物。
その男は驚きと敵意を滲ませた顔で、ワタシに銃口の照準を合わせている。
その奥には、男の行動を止めようと手を伸ばしているあの人の姿が。
あの人がそんな行動を起こすのは当然。何せ、ワタシが拳銃を向けられているんだから。
だけど、間に合わない。男とあの人の距離は5メートル以上も離れている。
引き金に手をかけ、今にも撃鉄を下ろそうとしている男の行動を止めるには、それこそ瞬間移動でもしないと無理。
509 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:04:14.25 ID:jCr4dQiA0
パシュンッ! パシュンッ! パシュンッ!
男が引き金を引く。
撃鉄が落ち、薬莢を打ち鳴らし、火薬が爆発し、推進力を得た弾丸が銃口から飛び出す。
その一連の流れが、まるでスローモーションのように感じられる。
いや、それは錯覚じゃない。実際ワタシには、その動きが手に取るようにわかった。
銃口から飛び出した弾丸の数は3発。
弾丸の形はよく見る楕円形のものじゃなくて針状。たぶん、麻酔銃みたいなものなのかもしれない。
そうか。ワタシがいつの間にか眠っていたのも、コイツが原因か。
コイツをコワス理由がまた増えた。もう、容赦なんてしない。
ワタシの力で、跡形もないくらいグチャグチャにしてやる。
麻酔弾がワタシの元へと飛んでくる。眉間に1発。首筋に2発。
避けることはできない。銃弾の軌道を見ることはできても、体がそれに追いつかない。
――――でも、問題無い。ワタシのチカラがあれば大丈夫。
拳銃なんてオモチャ、怖がることなんてないんだから。
510 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:05:02.61 ID:jCr4dQiA0
極限まで引き延ばされた時間の中で精神を研ぎ澄ませる。
自分の中にあるチカラを操る姿を思い描き、コンマ一秒後の光景をイメージする。
麻酔針がワタシに触れた瞬間、それを片っ端からぶっこわす。
「チッ、遅かったか!? こいつ能力を……!」
男が焦ったように口を開く。
それは当たり前。ワタシのことを仕留められると思ったのに、平然としているんだから。
ワタシは麻酔針が当たる部分を超能力で覆った。触れたものを、みんなバラバラにしちゃう『膜』。
超能力の膜に当たった麻酔針は、触れた傍から粉砂糖みたいに崩れていった。
なんて、無力。無力すぎて、変な笑いが出てしまいそう。
拳銃なんて、ワタシの能力の前では存在すら無いに等しい。
そして、それを向ける金髪の男なんて、これっぽっちも怖くない。
511 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:05:34.75 ID:jCr4dQiA0
さて、どうしようか。
男は動揺しているみたいで、まだこっちを睨みつけている。
このまま『壊し(コロシ)』に行ってもいいんだけど、それだとなんか物足りないし。
折角だから、どーんとすごいことをしてみたい気もする。
――――そうだ、『あれ』をやってみよう。もしかしたら、すごいことが起こりそうだ。
理由なんて無い。ただの思いつきなんだから。
精神を集中する。ワタシの能力の全てを、足の裏にかき集める。
じんわりと、ナニカが足下を覆っていくのを感じる。暖かいような、むず痒いような、そんな感覚。
能力を一箇所に集めるなんてことはやったことがなかったから、少し違和感を覚える。
だけど、それ以上に心を満たすのが高揚感。全力でチカラを使うなんて今まで無かったから、こんな感情は初めて。
そろそろ、足がしびれてきた。もういいかもしれない。
ワタシは足に集まったチカラを、地面に向けて解き放った。
512 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:06:20.33 ID:jCr4dQiA0
ビシィッ!
下から大きな音が聞こえる。ワタシのチカラで地面が砕ける音だ。
だけど、それだけじゃ終わらない。ワタシのチカラはこんなものじゃない。
ソレは地中奥深くまで食い込み、そこにある全てを蹂躙する。
ドッガァッッッ!!!
轟音が響く。大きく地面が揺れたけど、ワタシの体がぶれることはない。
まるで地面に突き立つかのように、ワタシはしっかりと二本足で立つ。
その一方で、金髪の男は震動で体がよろついていた。
「!? ちぃッ!」
このチャンスを見逃すわけがない。
ワタシは金髪の男目掛けて走り出し、チカラを纏った右腕を振り下ろした。
513 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:06:53.30 ID:jCr4dQiA0
だけど、当たらない。
すんでの所で気づいたのか、男は体を無理矢理捻ってワタシの拳を躱し、そのまま逃げ出そうとする。
その姿は狼から逃げようとする小兎のよう。見ていると、わるい感情がむくむくと心の中に擡げてくる。
当然、ソレを黙って見ているワタシじゃない。あの人を傷つけた奴を、生かして帰したりはしない。
ワタシは男を追いかける。
体が軽い。まるで全身が羽毛になったかのよう。
崩れ落ちる大地を、ボールのように跳ね回る。
そして何度かソレを繰り返すと、あっという間にあの男に追いついた。
ふわりと軽やかに男の後に降り立って、間髪入れず腕を上げて、男に目掛けて振り下ろす。
だけど、やっぱり当たらない。男は向こうを見ていたはずなのに、後ろに目が付いているみたいに避けた。
飛び出すようにして避けたから、地べたを転がって無様だけど。
面倒くさい奴。さっさと死んじゃえばいいのに。
男は急いで起き上がると、私の方に向き直って睨みつけてきた。
サングラスのせいでどんな目をしているのか見えないけど、たぶんもの凄いことになっているんだろう。
それこそ、普段のワタシなら泣いて逃げ出しちゃうくらいに。今は怖いどころか滑稽に見えるけど。
今まで逃げてたくせに、虚勢を張っているのが丸わかり。大方、最後の抵抗という奴なのかもしれない。
まぁ、向こうから逃げなくなっただけ良しとする。
514 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:07:19.59 ID:jCr4dQiA0
良い加減に飽きたワタシは、心の倦怠に従ってさっさと終わらせることにした。
適当に腕を振りかぶり、男の顔面目掛けて突き出す。もちろん、能力付き。
皮に掠っただけでも頭が粉々になるだろう。
――――当たらなかった。ちょっと首を捻られただけで、余裕を持って躱されてしまった。
私の心の中に苛立ちが生まれる。少し乱暴気味に、今度は思いっきり蹴りを繰り出した。
もろに当たればお腹に綺麗な風穴が空くだろう。
――――またしても躱された。男はワタシの足の長さを見切ったようで、少し後ろに後退した。
そのせいで、ワタシの足はギリギリ届かなかった。まるで目の前でお預けを食らったようで、すごくむかつく。
業を煮やしたワタシは、怒りのままに男へと殴りかかる。
三撃目。四撃目。五撃目――――――――――――――――二十四撃目。
当たらない。何度やっても避けられる。余裕綽々で、ということはなくなったけど、それでも紙一重で躱されてしまう。
こう何度も躱されると、意地でも当てたくなる。当てた時は、もの凄く爽快そうだ。
バラバラに千切れ飛ぶ体。一面に降り注ぐ血の雨。
――――アア、タノシミデシカタガナイ。
515 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:07:54.04 ID:jCr4dQiA0
「――――ハ」
ワタシの口から勝手に笑いがこぼれ落ちる。
想像した世界が余りにも『凄惨(ウツクシ)』すぎて、それだけで頭がどうかなってしまいそう。
ばくばくばくばく。心臓が早鐘を打ち鳴らし、マグマのように熱いナニカが全身を駆け巡る。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
気づくとワタシは大声で笑っていた。自然と、自分でもわからないうちに。
肺が。喉が。じくじくの痛むくらい大きな声で、ワタシはいつまでも嗤い続ける。
やがて、ワタシの中にナニカがぬるりと入り込んできた。
516 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:08:37.25 ID:jCr4dQiA0
――――タノシイの?
――――うん。 楽しいよ。
――――何がタノシイのかな?
――――あれ? 何でだっけ?
――――わかんないの?
――――わかんないけど、楽しいものは楽しいよ。
――――じゃあもっと教えてアゲル。
――――え?
517 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:09:11.32 ID:jCr4dQiA0
ブシャッ
518 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:09:45.14 ID:jCr4dQiA0
「――――あれ?」
ふと、私は我に返った。
視界に入るのは、見るも無惨な姿となった家の庭。
綺麗に整備されていたはずの花壇はめちゃくちゃに踏み荒らされ、そこに咲いていた花は花弁を散らしている。
家と門を繋ぐ石畳には大きな亀裂が入り、場所によっては大きく捲れ上がっていた。
そして何より眼に付くのは、底が見えないくらい深い大きな穴。
覗き込んだらそのまま吸い込まれてしまいそうな、そんな恐ろしさを感じるものだった。
一対何が起きたの?私は今まで何をしていたんだろう?
そんな疑問が思考を支配するが、それが長く続くことはなかった。
519 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:10:26.63 ID:jCr4dQiA0
「――――っ!?」ズキン!
突然、私を襲う頭痛。そして脳裏に蘇る光景。
乾いた銃声。
足元から伝わる衝撃。
大地が軋む音
舞い上がる土埃。
そして、狂気に彩られた笑い声。
それを幻視したのは刹那。だけど鮮烈でとても生々しく。
私の精神を、一瞬にしてごっそりと削り取っていった。
(っ、なんだか、臭い……?)
締め付けるような頭痛に悩まされながら、つんと鼻を突く匂いに私は顔をしかめる。
生肉を鼻に押しつけられたかのような、湿っていて生ぐさい匂い。
夏の暑さも相まって、呼吸する度に噎せ返りそうだ。
私は思わず、自分の鼻をつまもうとして――――
「――――――――――――――――え?」
自分の手が、真っ赤になっていることに気がついた。
520 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:11:46.80 ID:jCr4dQiA0
赤よりも赤い『紅』。
手に纏わりついたソレは空に浮かぶ月の光に照らされ、艶やかな光を放っていた。
少しばかり粘りを帯びた液体が、手のひらから線を描きながら腕を伝い、肘から地へ滴り落ちる。
ぽたり。ぽたり。規則正しいリズムで紅い液体は地に堕ち、その音を奏でていた。
どうして■に濡れているんだろう?
どこも怪我をしていないのに。痛いところなんて、どこにもないはずなのに。
どうして。どうして私の手は、体は――――チニヌレテイルンダロウ?
「あ、ぅ……」
茫然としたまま意味もなく視線を下ろすと、私の体が血に染まっていることがわかった。
ペンキを頭から被ったかのように。自慢の服は余すところなく、紅一色になっている。
既に乾き始めて赤黒くなっている場所も、そこかしこにある。
頭に手を伸ばして触ってみると、ぐしゃりと自分の髪の毛が湿っているのがわかった。
絞り出された液体が顔を流れ、左目の眼球に入り込む。
軽い痛みと共に、私の視界の半分が赤のフィルターを通したかのようになる。
そして、そのフィルターを通した先には。
血の海に沈むあの男と、それに縋っているあの人の姿が――――
521 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/07(月) 00:12:31.45 ID:jCr4dQiA0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
522 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/07(月) 00:36:02.99 ID:zY9fnbzco
乙です
523 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/07(月) 01:35:19.31 ID:1OO1fjZn0
カエル医者「今すぐ連れて来い!間に合わなくなっても知らんぞー!」
524 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/07(月) 14:26:53.54 ID:5yI6eLpZ0
土御門をやっただけで鳴りを潜めた?フランの狂気は……いや、吸血鬼化前ならそんなもんか?
それともアカインドでもしてやがるのか……
525 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/08(火) 02:01:49.28 ID:5mxw6cl00
華仙?以来の能力暴走→気絶な流れか?
526 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/09(水) 19:39:50.37 ID:RxJWPspB0
吸血鬼!悪魔!フランドール!
527 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:49:26.15 ID:5mMXkw8t0
>>523
貴方の出番は終盤までないです(無慈悲)
>>524
フランにとって過去の出来事はかなりのトラウマものなので、そのショックで一気に正気に戻ったんです
暴走時の記憶は殆ど残ってないので、改めて惨状に直面することとなったわけですが
>>526
死体蹴りはやめて差し上げろ(切実)
528 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/03/21(月) 23:50:41.69 ID:5mMXkw8t0
これから投下を開始します
529 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:51:45.21 ID:5mMXkw8t0
* * *
530 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:52:55.08 ID:5mMXkw8t0
上条「おいっ土御門! しっかりしろっ! おいっ!?」
上条当麻は足下に転がる親友に対して必死に声をかける。
しかし親友は彼の声に反応することはなく、だらりとその四肢を投げ出していた。
土御門元春は今、自身から吹き出した血の海の中に沈んでいる。
彼の肉体は至る所が裂け、剥き出しになった肉から鮮血を垂れ流し続けている。
トレードマークであるはずのアロハシャツは余すことなく真紅に染まり、最早元の色などわからない。
その姿は、誰がどう見ても死体としか見ることができないほどであった。
――――彼はフランドールの魔手をその身に受けた。上条当麻を危機から遠ざけた代償として。
531 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:53:55.11 ID:5mMXkw8t0
あの時、当麻が土御門を助けようと飛び上がった刹那。土御門は当麻を静止させようと警告を発した。
何故ならば、上条当麻の『幻想殺し』はフランドール・スカーレットの『物質崩壊』に対して相性が悪いからだ。
『幻想殺し』は『右手首より上』という、限定的な部分にしか効果がない。それ以外の部分は一般人と同じ。
故に超能力や魔術を打ち消すには、『右手を対象に当てる』という操作が絶対に必要となる。
この動作こそが、『幻想殺し』が持つ弱点の一つ。
『幻想殺し』を打ち消すモノに当てることができるかどうか。
例えば広範囲に効果を及ぼすようなものであれば、どこでもいいから一部分に触れさえすればいい。
『範囲が広い』ということは『的が大きい』ということ。範囲が広ければ広いほど、『幻想殺し(みぎて)』を当てることは容易になる。
場合によっては右手を前に突き出しているだけで、向こうから異能がぶつかってきて消滅するだろう。
その一方で、効果の範囲が狭いものほど右手を当てることは難しい。動きが早ければ尚のこと。
空飛ぶ羽虫を素手で捕まえることが困難であるのと同じように、『幻想殺し』は小さく素早い異能には不得手だ。
当麻自身の危険察知能力のおかげで、その弱点はある程度カバーできているが、何事にも限度がある。
銃弾の如き速さで雨あられと異能を降り注がれてしまっては、『幻想殺し』も対処しきれないのだ。
効果範囲の違いによって生じる相性。フランドールの超能力はそう言った意味で相性が悪い。
彼女の能力の効果範囲は彼女自身の肉体。彼女の超能力を止めるためには、『幻想殺し』で直接体に触れる必要がある。
こちらから動かなければならないため、その分余計な手間がかかるのだ。
532 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:55:03.94 ID:5mMXkw8t0
しかし、それだけならば問題ない。直接触れなければ効果を発揮しないのは『物質崩壊』も同じこと。
『幻想殺し』も『物質崩壊』も、その効果範囲は自身の体から逸脱しない。故に、両者の戦いは必然的に肉弾戦となる。
そして、肉弾戦は上条当麻の得意分野だ。体格差も考えれば、彼がフランドールに後れを取るなどあり得るはずもない。
――――そう、普段の彼女であったのなら。
フランドールは今、大凡一般の少女から逸脱した身体能力を持っている。
それは、体術は素人のそれでありながら、土御門に対し『撤退できない立ち回りをさせる』程のものだ。
そんな彼女が繰り出す素早い連撃を右手一本で捌ききるなど、
いくら当麻が肉弾戦を得意とするとはいえ、それは余りにも危険すぎる。
故に土御門は当麻を遠ざけようとしたのだ。最悪の事態を回避するために。
しかしその行動は、自身を危険に晒す結果となってしまった。
親友の無謀な行動を止めよう動いた彼は、その代償としてフランドールの腕を避ける時間を失ってしまった。
その僅かな時間さえあれば、足止めの手段を一つでも取れたかもしれないのだが、その時には既に遅く。
フランドールの渾身の右腕を無防備な腹部に受け、彼女の能力を一身に受けた結果。
彼は全身から鮮血を吹き出し、その体を自らの血で染めた。
533 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:56:30.44 ID:5mMXkw8t0
上条(くそっ、俺なんかのために……ふざけやがって!)
当麻は心の中で悪態をつく。土御門に身を庇わせてしまった己自身に。
その不甲斐なさに、自己嫌悪に陥りかける。
ただ、一つだけ幸運なことがあった。
本来であれば土御門の体は破壊され、四肢は飛散していた。
いや、血煙となって跡形もなく霧散していたかもしれない。
にもかかわらず彼が原形を保ち、尚かつ五体満足でいられるのは、当麻が彼の体を触っていたからだろう。
『幻想殺し』のおかげでフランド−ルの能力が中途半端に解除され、結果として全身に裂傷が走るだけに留まった。
上条(血が止まらねぇ……いくら『肉体再生』持ちだからって、これじゃ……!)ビリッ!
だがそうだとしても、土御門の命が危険に晒されていることには変わらない。
未だ血を垂れ流し続ける土御門を何とか助けようと、当麻は着ている服を千切って応急処置を行う。
しかし彼の努力を嘲笑うかのように、土御門の血液は段々と体から失われていく。
傷の範囲が大きすぎるのだ。布きれ一枚二枚で覆いきれるようなものではない。
当麻の行動は正しく、『焼け石に水』と言えるものである。
だがそれでも、何もしないよりはマシだ。
ただの人ならば生存は絶望的であろうが、土御門はレベル0ながら『肉体再生』の超能力を持っている。
『破れた血管を徐々につなぎ合わせる』というそれだけの能力であるが、有るのと無いのとでは雲泥の差だ。
今は危篤状態ではあるが、峠さえ越えれば能力で徐々に回復していくだろう。
無論それは、峠を越えるまで保てばの話ではあるが。
534 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:57:20.87 ID:5mMXkw8t0
禁書「とうまっ……!? もとはる!?」
当麻の元に駆け寄ってきたインデックスは、目の前の惨状を見て硬直した。
土御門は己から流れ出た血の海に身を投げ出し、当麻は両手を血に濡らしながら土御門の治療をしている。
べっとりとへばり付いた鮮血によって彼等の衣服に描かれたコントラストは、見ているだけで吐き気を催しそうだ。
漂ってくる血生臭い匂いがインデックスの鼻腔に油のようにまとわりついた。
その壮絶な状況に一瞬思考が真っ白になるが、当麻に声をかけられたことで直ぐに現実へと引き戻される。
上条「インデックス! 手を貸してくれ!」
禁書「う、うん! でも、どうしたら……」
上条「布が足りない。 お前の修道服を代わりに使いたいんだが、いいか?」
禁書「それは大丈夫なんだよ!」
上条「すまん、後で返す」
535 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:58:39.33 ID:5mMXkw8t0
インデックスは修道服をつなぎ止めている安全ピンを外し、袖の部分を当麻に渡す。
嘗ては『歩く教会』という名を持つ数少ない至高の魔術礼装であり、
今では『幻想殺し』で破壊されたために、ただの破れた衣服になっている修道服。
しかしながら、自身にとって最も思い入れのある服であるそれを、彼女は躊躇いもなく手放した。
当麻はインデックスから渡された修道服を使い、最も出血が多い部分に宛がって止血を施す。
傷口が小さい部分については、既に能力による修復が始まっていたため、大きな傷口さえ何とかすれば大丈夫の筈だ。
土御門「う……ぐ……」
傷口に触られた痛みか、土御門が小さく呻き声を上げる。
意識はまだ戻らないが、呻き声を上げることができた分、快方には向かっているはず。
後はこのまま状態を維持して、『肉体再生』に任せても大丈夫になるまで持ちこたえれば――――
536 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/22(火) 00:00:22.15 ID:2hXVXZ3L0
「あ、ぅ……」
上条「――――」
当麻の耳に声が届く。それは、怯えを帯びた少女の声。
体が凍り付く。氷水を頭からぶっかけられたかのように、全身の筋肉が強ばる。
呼吸が止まる。空気が水になったかのように、息をしようとしても酸素が肺に入ってこない。
全身が鉛のように重くなり、上手く体が動かなくなった。
しかしそれらを無理矢理振り払い、当麻はぎこちない動きで声がした方向を向く。
そこには、土御門を血濡れにした原因である少女が。
彼女の体は土御門の血液に塗れ、紅白が特徴的であった衣服は紅一色に染まりかけている。
右腕は血飛沫を近くで被ったためか、未だ血液が地に落ちていた。
全身に血を浴び、滴らせ、呆然としたままの少女。
その光景はまるで、良くできたホラー映画の一コマのようだった。
537 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/22(火) 00:01:04.00 ID:2hXVXZ3L0
フラン「いっ、ぁ……」
当麻に目を向けられた少女の様子が、茫然自失から瞬く間に恐怖を帯びたものに変わる。
その姿は、怖いものを目の前にして怯える子供のそれと違いはない。
先ほどまでの狂気が嘘のよう。まるで憑き物が落ちたかのように、
少女は、フランドールは今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ている。
上条「フラ――――」
フラン「い、やぁああぁぁぁあぁぁあぁあああ!!!」
当麻が声をかけようとした所で、フランドールは堰を切ったように絶叫する。
小さな手の平で顔を覆い隠し、そのまま逃げるようにして館の中へと走り去っていった。
禁書「ふらん!?」
上条「インデックス! フランを追うんだ!」
禁書「で、でも……」
上条「大丈夫だ! 土御門のことは俺に任せろ! だから早く!」
538 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/22(火) 00:02:48.48 ID:2hXVXZ3L0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
539 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/22(火) 01:50:52.61 ID:tGVA0IRRo
乙です
540 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/22(火) 07:39:21.73 ID:XMMXrW/i0
あれは……出来るシスター、インデックス!?
541 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/22(火) 10:27:40.69 ID:eCE32zY50
フランの心の声?の件はどうなるのやら
542 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/03/27(日) 23:47:54.50 ID:Ruy/61mI0
インさんはヒロインなんだからもっと出張っても良いと思うの
これから投下を開始します
543 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:48:55.37 ID:Ruy/61mI0
* * *
544 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:50:08.42 ID:Ruy/61mI0
フラン「はぁッ、はぁッ、づっ、あぁっ……!」
柔らかな明かりに照らされたほの暗い廊下の中を、フランドールは疾走する。
名伏しがたき恐怖から逃げるように。服が乱れるのを気にもせず。脇目もふらず。
肺が悲鳴を上げようとも、体の筋肉が激痛を訴えようとも、彼女の足が止まることはない。
心の中に渦巻くドロドロとしたナニカ。そしてその心を縛り上げる、茨の如き鎖。
ギリギリと、じくじくと。外側から、内側から心が蝕まれていくのを感じる。
今の彼女には、自分が壊れないように耐えるのが精一杯。
その他のことに気を向ける余裕など、ましてや自身の体を労る気持ちなど、微塵もあるはずもなかった。
545 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:51:52.55 ID:Ruy/61mI0
フラン「あ、ハァ、っ……!」
館の中を走り続けたフランドールは、やがて力が尽き果てその場にへたり込む。
もう、体が動かない。壁を支えにして立とうとするが、足で体を支えることすらできなかった。
しかしそれでも、少しでも目に見えぬ恐れから逃れようとして、彼女は腕の力のみで地を進み続ける。
その姿の、何と無様なことか。
ずりずりとのたくるその様は、地面を這い回る芋虫と相違ない。
全てから逃げ出した惨めな私には似合ってるか――――などと、彼女は心の片隅で想う。
やがて腕の力も尽き、身動き一つすら取れなくなった頃。
フランドールは息も絶え絶えに仰向けになって天井を見上げた。
ここは何処だろう?
無駄に広い館だ。闇雲に走ったために、自分がどこにいるのかもわからない。
玄関から近いのか、離れているのか。一階にいるのか、二階にいるのか。
全くわからない――――しかし、そんなことはどうでも良かった。
546 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:53:04.12 ID:Ruy/61mI0
フラン「どう、して……ひ、ぃ……ぐっ、どうしてぇっ……!」
フランドールは止めどなくあふれ出る涙を、顔が血で濡れることも構わずに腕で拭い、
体を震わせながら、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。
親に叱られ、自室でぐずつく幼子のように。
こうならないように今まで気をつけてきたのに。
あんなことになるのは。あんな思いをするのはもう嫌だったから。
自分が持ってしまった危険な力に近づけさせないために、
差し伸べられようとした救いの手すら、振り払ったはずなのに。
現実は、いとも簡単に彼女の願いを粉々に打ち砕いた。
いや、『現実』のせいではない。そんなもの、責任転嫁も甚だしい。
彼女は彼等の大切なものを。他ならぬ自分自身の手で壊してしまったのだ。
自分が最も恐れた結末を、自分が引き金となって引き起こす。
あまりにも滑稽。こんなできの悪い悲劇など、そう簡単にはお目にかかれない。
547 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:54:31.23 ID:Ruy/61mI0
フラン「うっ、ふ、う゛ぅ……!」
これから私は、どうすればいいんだろう?
フランドールは、ただそれだけのことを考える。
――――今更おめおめと、二人の前に戻ることなどできはしない。
あんなことをしてしまったのだ。彼等は私のことを心底憎んでいるだろう。
いや、もしかしたら恐怖しているかもしれない。
7年前のあの日。今と同じように全身血まみれになった私。
その私を、バケモノを見るような目で見ていた『友達だった』人達。
もしもあの二人が、彼等と同じような目で私のことを見たとしたら。
フラン(――――やっぱり、私は。 外に出ちゃいけなかった)
変われると思っていた。歩き出せると思っていた。
かつての幸せで平穏な日々を、もう一度過ごせると。
追い出されてしまった人々の温もりの輪に、再び入ることができると。
根拠もない、あり得もしない幻想に縋ろうとしていた。
548 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:55:35.53 ID:Ruy/61mI0
自分の力が怖くて。それ以上に、周りの人達のことが怖くて。
お姉さまのことすら拒絶して、家に閉じこもった私。
呆然として過ごす毎日。何の価値も生み出さない自堕落な生活。
みんなに嫌われないのなら、あの視線を向けられないのならそのままでも良いと思った。
だけど、そんな惨めで情けない自分が大嫌いな私も心の何処かにいて。
『臆病な私』と『不遜な私』。二人の私がずっと、心の中で言い争っていた。
事件から3年経った頃。少しだけ、ほんの少しだけ『変わらなければならない』と心の中で思い始めた。
心の中の『不遜な私』が、『臆病な私』を押し返し始めた。
だけど、どうすれば変われるのかわからなくて。なにより、本当に変われるのか不安で。
結局私は悶々とした思いのまま、何もできずに無意味な時間を過ごした。
そして2年経って。私はいても立ってもいられなくなって。
自分がやらなければならないことをあれこれと、頭の中で何回も反芻し始めた。
だけどやっぱり、外に出る勇気はなかったから、結局は閉じこもったままだったけど。
そこから更に2年の月日が経ち。やっとの事で私は覚悟を決めることができた。
悲鳴を上げる『臆病な私』を無理矢理押さえつけ。震える手を何とか鎮め、ドアのノブを回して外に出た。
トイレの時と、時たま入るお風呂の時くらいにしか通らない廊下を、びくつきながら歩き。
鋼鉄のような重々しい威圧感を放っていると錯覚しかけた、姉の自室の扉を開いて。
あれ以来碌に会話をしていなかったお姉さまに、私は血を吐き出しそうな気持ちでその思いを伝えた。
549 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:56:39.82 ID:Ruy/61mI0
だけど、お姉さまはそれを許さなかった。
当然私は反抗した。私の決意を、泥靴で踏みにじられたかのように思えたから。
もう一度羽ばたこうとした翼を、思いっきり折られたかのように思えたから。
お姉さまに対してありったけの罵詈雑言を浴びせて、これでもかと言うほど喚いて。
ごねにごねて、結局お姉さまが折れて何とか外に出ることができた。
どうして、お姉さまは私を外に出そうとしなかったのか。
あの時はわからなかったけど、今なら理解できる。
むしろ、どうして今までわからなかったんだろう。
もっとよく考えていれば、こんなことにはならなかったのに。
――――お姉さまはみんなを私から守るために、私を閉じ込めようとしていた。
私は触っただけで何でも壊しちゃうバケモノ。そのバケモノから、みんなを守ろうとするのは当然のこと。
お姉さまは当たり前のことを、当たり前のようにしようとしていただけなのに。
それなのにバケモノの私は、人と一緒にいられると思い上がって檻の外に出ようとした。
550 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:57:11.09 ID:Ruy/61mI0
その結果がこの様。わかりきった結末。
また壊して、傷つけて、不幸をまき散らしてしまった。
ばかばかしすぎて、もう後悔の感情すら起きない。
私の中には、もう何も無い。ぽっかりと穴が空いているだけだ。
もう、どうでもいい。
もう一度掴むことができたはずの希望も。
それを自ら潰してしまった絶望も。
皆と一緒に笑顔でいたいという夢も。
未だに独りで孤独に涙を流している現実も。
何もかもが、どうでもいい。
そんなものに振り回されるのは、疲れた。
いっそのこと、このまま跡形もなく消えてしまえたら――――
551 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:58:03.88 ID:Ruy/61mI0
「ふらん……?」
552 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:58:34.31 ID:Ruy/61mI0
フラン「っ……!?」
耳に中に滑り込んでくる澄んだ声。
その声にタールのような泥沼から意識を引き上げられると同時に、私の体はびくりと大きく痙攣する。
まるで金縛りにあったかのように、体中の筋肉の隅々が石のように動かなくなった。
心臓の動悸が止まらない。荒い呼吸が静まらない。
酷い風邪を引いた時のように、嫌な寒気と噴き出た汗が体にまとわりつく。
口の中が酸っぱくなり、危うく吐きそうになる所を何とか押しとどめた。
誰が私を呼んだのか。誰が私の後にいるのか。それは振り向かなくてもわかっている。
彼女は私にとって、とても大切な人。待ち焦がれていた人。
だけど、今は絶対に顔を合わせたくない人でもある。
会いたいけど、会いたくない。二つの全く違う感情が、『私』を真っ二つに引き裂こうとする。
553 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:59:45.52 ID:Ruy/61mI0
振り向いて、あの子に縋り付きたい。己の罪を、全て吐き出してしまいたい。
そうしたら、どれほど楽になれるだろうか。この重荷を下ろせることができるだろうか。
この心の痛みを拭い去れるなら、とても魅惑的な行動にも思える。
だけど、それはできない。できるはずがない。
臆病者の私には、自分の体を処刑台に差し出すような勇気など無い。
もしもそれで、あの子が私のことを嫌ってしまったら。
私の心は、グチャグチャに、跡形もなく潰れてしまう。
そんなことになるくらいだったら、このまま逃げてしまった方が良い。
怖いものから逃げるのは、何もおかしいことじゃない。
生き物なら、同然の行動。責められるべきことは何も無い。
――――それだというのに、私の体は、勝手に、背後を見ようと動いていた。
やっぱり私は、一人でいることには耐えられないみたい。
どんなに強情を張っても、本心だけは偽れなかった。
だいたいそうでなければ、私は外に出ようとは思わなかったはずだから。
ぎちぎちと、ゼンマイを回すかのようにゆっくりと首が動く。
紅く濁った私の双眼が、あの子の姿を捕らえた。
誰も羨むような、蒼銀の豊かな髪をしたシスター。
インデックスがそこにいた。
554 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/03/28(月) 00:00:40.19 ID:KGla6Plh0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
555 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/28(月) 00:08:02.30 ID:c8on/IPno
乙です乙です
556 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/03/28(月) 20:38:21.72 ID:SYFoL4qc0
乙
村人A「死者が出るのなら出番かしら」
青い女「死体なら作り直してあげるわ」
557 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2016/04/01(金) 02:27:58.53 ID:jtCXghRL0
今のフランちゃんが壊す、殺す事に何の躊躇もしない連中の行動を見たら何を思うんだろう
558 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/04/10(日) 23:50:15.09 ID:Md0M/DQT0
これから投下を開始します
559 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/10(日) 23:50:42.22 ID:Md0M/DQT0
* * *
560 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/10(日) 23:52:06.81 ID:Md0M/DQT0
インデックスは傷ついた土御門を介抱する当麻にその場を預け、
フランドールを追って館――――スカーレット邸へと向かった。
友達が住んでいる大きな館。一度だけ外観を見たその建物に足を踏み入れた時。
彼女の視界に広がったのは、『アカ』のみであった。
紅。赤。朱。
大凡、それら以外の言葉では言い表せない。
床に敷かれたカーペットならいざ知らず、天井、壁紙、窓枠に至るまで、全てがその色に統一された光景は、
紅茶色の外観から想像していたものを、遥かに超えるものであった。
血塗られた城。
人の生き血を啜る怪物が住む人外魔境の地。
一歩踏み入れたら最後、自身もその真紅の壁に取り込まれ、そのまま一部となってしまうかのような。
そんなあり得もしない未来を幻視し、不意に寒風に吹かれたかのような震えが走る。
561 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/10(日) 23:53:53.47 ID:Md0M/DQT0
禁書「……っ!」
眼球に突き刺さる生々しい色調に、一瞬だけ思考を奪われてよろめく。
彼女は完全記憶能力の保持者だ。一度見たものは、外部から手を加えられない限り忘れることはない。
今この場で見たものも決して忘却することなく、永遠に脳髄へと刻まれるのだろう。
その時に感じた、心の底が冷え付くような感覚と一緒に。
だが、どれがどうした。
インデックスは絡みつく恐れを振り払うように、頭を大きく振りかぶる。
そして意を決したようにして、自ら血の沼へとその歩み足を進めた。
自分の友達が、フランドールが救いを求めているのに、そんなことで怯えていてどうする。
自身はイギリス清教の修道女。神の教えを伝え、迷える子羊を導く者。
そんな私が、未だ涙を流している『子羊(フランドール)』を救わずに逃げるなどあってはならない。
562 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/10(日) 23:54:36.20 ID:Md0M/DQT0
禁書「ふらん、どこ……?」
インデックスは赤黒い廊下をただひたすら駆ける。
引き裂かれるような叫びと共に逃げ出した、大切な友達を見つけるために。
しかし、それを成すことは容易ではない。言わずもがな、スカーレット邸は広大である。
学園都市に来て以来、これだけの広さを持つ邸宅にはお目にかかったことがない。
いくら彼女が完全記憶能力を持っていたとしても、未知の建物の内部構造を予め把握することなどできるはずもなく。
故に彼女は、ただひたすら友達の背中のみを求めて当てもなく走り回るしかない。
アカの風景が次から次へと過ぎ去っていく。
まるで、巨大な怪物の腸の中を潜り込んでいくような感覚。
この廊下が怪物の腸なら、自身はさしずめ咀嚼物の言った所か。
歩みを止めてしまうと、心も体もドロドロに溶かされてしまうのではないか――――
そんな思考を振り払うように、彼女は足を動かし続けた。
563 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/10(日) 23:55:51.78 ID:Md0M/DQT0
幾つかの廊下、曲がり角を通り、道すがらの扉を開けて部屋の中を確認する。
無意味に過ぎていく時間。徐々に体に溜まっていく疲労。抗いがたき焦燥が彼女に襲い来る。
どれだけの時が経ったのか。時計を持っていないので、それを確認する術は彼女にはない。
まさか、もうこの場所にはいないのでは――――
その考えに至ろうとした時、インデックスの耳が自身の足音以外の音を捕らえた。
「ひっぐ、ぐす……」
押し殺すような。いや、押し殺しきれずに啜り泣く声。
微かではあるが、インデックスにとっては聞き覚えのある声。
それを聞いた彼女は、弾けるように音が聞こえた方へと走り出した。
それは例えるなら、磁石に引き寄せられる金属ように。
もしくは、花の芳香に誘われる蝶のように。
脇目もふらず、それだけを求めて近づいていく。
564 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/10(日) 23:58:51.20 ID:Md0M/DQT0
禁書「――――」
真っ赤なカーペットが敷かれている路の上。シャンデリアの淡い光に照らされる中。
一人の少女が、フランドール・スカーレットが地に伏せていた。
ぐすぐすと鼻を啜り、カタカタと背中を小さく震わせ、嗚咽を漏らしている。
はじめて会ったとき時の快活なイメージとは反対の、怯える小兎のようにも思えるその姿は、
インデックスに少なからずの衝撃を与え、思考を吹き飛ばすには十分であった。
禁書「ふらん……?」
一瞬の空白の後。ふと思い出したかのように、ただ呆然と声をかける。
思考を停止したその言葉には、喜怒哀楽のどの感情も乗ることはない。
自分の口から出たはずなのに、誰かに喋らされているような。
まるで他人事のように感じながら、言葉を発していた。
565 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/11(月) 00:00:26.61 ID:BXfdLX/q0
フラン「っ……!?」
びくりと、フランドールの体が大きく跳ねる。
インデックスのことに気づいたのか、啜り泣くことはなくなった。
しかし震えは止まらないまま、彼女は少しばかり体を起こし、
ゆっくりとインデックスの方へと向き直った。
その時、インデックスは見た。フランドールの『紅く染まった瞳』を。
ルビーのように鮮やかな紅色をした『ソレ』。
『ソレ』が湛えている光は余りにも妖しすぎて、一目で人が持ちうるものではないと理解できるほど。
見ているとそのまま吸い込まれそうな。そんな錯覚を覚える。
もしかしたら、彼女は吸血鬼になっているかもしれない。
瞳が紅いのは、吸血鬼だからなのかもしれない。
この場は曲がり形にも戦場であり、目の前の相手が怪物の可能性がある。
本来であれば真っ先に自身の身を案じ、警戒しなければならないはずなのに。
それなのにインデックスは、フランドールの瞳を見て『綺麗だ』などと思ってしまった。
566 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/11(月) 00:02:42.29 ID:BXfdLX/q0
禁書「ふら――――」
フラン「っ、来ないでぇっ……!」
近づこうとするインデックスを、フランドールは絞り出すような声で拒絶する。
恐怖と後悔、そして深い悲哀。
それらの感情がフランドールの面貌、フランドールの声色となって、
インデックスの視覚と聴覚に深々と突き刺さり、心の奥底まで侵入する。
じくじくとほじくり返されるような痛みを前に、彼女は思わず足を止めた。
フラン「やめて、こないで……じゃないと、あなたを壊しちゃ……!」
禁書「ふらん、落ち着いて! 大丈夫だから!」
フラン「だめなの、『私じゃないワタシ』が……!」
禁書「……!」
567 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/11(月) 00:03:41.76 ID:BXfdLX/q0
インデックスの説得を、フランドールは頭を抱えて首を大きく振り、尚も否定する。
その姿を見て、インデックスの心の中に『心配』とは別の『疑念』の感情が芽生えた。
『フランドールは何かを恐れている。だが、恐れ方が何処かおかしい』と。
確かに彼女は自身が持っている能力を使って、土御門元春を傷つけた。
ありとあらゆる物を触れただけで破壊するという超能力『物質崩壊』。
当時の彼女の様子は何処か普通ではなく、その行為が果たして本人の確固たる意志によるものなのかは疑問だが、
例えそうだとしても彼女が能力を使って誰かを傷つけたことには変わりない。
危険な力を人に使って血の海に沈め、その返り血を浴びたのだから、
正気に戻った彼女がその光景を見て取り乱してしまうのは当然だ。
その力が自分にとっての大切な存在――――インデックスや上条当麻に向かうことを恐れることも。
フランドールが自分達を守るために自身を拒絶しようとしていることを、彼女は痛いほど理解していた。
ただ、一つだけ疑問がある。それは、フランドールが今しがた口走った言葉。
『わたしじゃないわたし』。まるで、自分が多重人格であるとでも言うかのような。
あの時、彼女の様子がおかしかったのはそれが原因なのか。それを知る術は持ち合わせていない。
ただ確実なことは、フランドールは『自身の存在すらも』心の底から恐れている。
568 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/11(月) 00:04:44.31 ID:BXfdLX/q0
フラン「……あの時と一緒なの」
禁書「あの時……?」
ぽつりと、少女は言葉を漏らす。
体の震えは消え、時折聞こえた啜り泣く声も無い。
しかしその代わりに、諦念と自嘲の思いが、僅かに覗ける顔から読めた。
少女は懐かしむかのように口を開く。
フラン「そう、今から7年前の話。 私がまだ普通に外に出られた頃のことよ」
フラン「私はその時受けた『身体検査』で、この超能力を手に入れた」
禁書「超能力……『物質崩壊』のこと?」
フラン「うん。 手に入れた時点での『強度』は既に『4』だった。 あなたは知らないと思うけど、これは異常なことなの」
フラン「大抵の人はレベル1とか2とかから始まって、少しずつ訓練してレベルを上げていく」
フラン「それはこの街に7人しかいないレベル5だって例外じゃない。 最初から強い人なんてほんの一握り」
フラン「だから、あの時は周りの反応はすごかったわ。 みんな私のことを褒めちぎるんだもの」
フラン「レベル4どころか3すらいない学校だったから、仕方のないことだったのかもしれないけどね」
569 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/11(月) 00:06:07.19 ID:BXfdLX/q0
微かに笑いながら――――いや、『嗤い』ながらフランドールは話し続ける。
その嘲りを多分に含んだ『嗤い』を向けているのは、他ならぬ自分自身。
過去を思い出す度、それを言葉にする度に、彼女の心はズタズタに引き裂かれていく。
とめなければならない。言葉を紡ぐのを止めさせなければならない。
そう思いつつも、インデックスは終ぞ体を動かすことができなかった。
フラン「最初は面倒なことになったと思ったわ。 何でって、先生達とかお姉さまはいらないお節介をかけてくるし、
友達は事ある毎にちやほやしてくるし……」
フラン「正直に言って、鬱陶しいことこの上なかったわ。 家出しちゃうくらいにはね」
フラン「だけどね、ある日気がついたの。 この力は、すごく素晴らしいものなんだって」
フラン「力があれば誰にも舐められない。 嫌な奴は、みんなぶっ飛ばしちゃえば良いんだって」
フラン「――――よく考えたら、その時点でああなるのは決まっていたのかもしれない」
570 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/11(月) 00:06:55.02 ID:BXfdLX/q0
スイッチを切るように、嗤いが途絶える。
そして既に書かれていた台詞を朗読するように、単調な声色で話し出す。
ぞわりと、空気が体を嘗め回すような異様な感覚に襲われた。
フラン「今でも思い出せる。 あの日、私は仲が悪かったクラスメイトと喧嘩した」
フラン「アイツのことは前から嫌いだった。 いつもちょっかいを出してきて、説教してくるんだもの」
フラン「あの顔を殴り飛ばせれば、どんなに良いか……そんなことを、何度思ったかわからない」
フラン「でも、思うだけで何もできなかった。 アイツは、私よりも先に力を手に入れてたから」
フラン「そのせいで、私はずっと我慢するしかなかった」
言葉の一つ一つに質量があるような。そしてそれらが、肩に次々とのし掛かってくるかのような。
自身の体が目に見えない圧に悲鳴を上げるのを感じながらも、インデックスは目の前の処女から視線を外さない。
571 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/11(月) 00:08:10.29 ID:BXfdLX/q0
いや、視線を『外さない』のではなく『外せない』。
まるで魅入られたかのように、彼女の眼球は釘付けになってしまっている。
例えるならば、打ち棄てられた子犬を不意に見つけてしまった時のように。
目の前の少女を見て沸き上がった感情が、彼女の心を支配している。
フラン「だけど、私は力を手に入れた。 だから、今までの鬱憤を晴らすためにアイツに喧嘩を売ったの」
フラン「その時のアイツの顔といったら。 ほんと、傑作だったわ」
フラン「アイツの力を、正面から潰してやったんだもの。 信じられないって顔してた」
フラン「それでね、呆けた顔になったアイツをね、力を使って――――コワしてやったの」
そう口にし、首を上げた彼女の顔には。
何の感情も込められていなかった。
572 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/11(月) 00:09:10.64 ID:BXfdLX/q0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
573 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/11(月) 00:30:07.44 ID:p1upoq8w0
乙!
まぁそのなんだ。ピンク髪委員長(だっけ?)さんもさ、腕無くなっただけならまだ良いだろ……フレ/ンダ さんよりかはな
574 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/11(月) 00:36:44.73 ID:quRSa9r7o
乙です
575 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/17(日) 05:26:42.42 ID:TVog8MFV0
能力を使う時に腕が消し飛ぶ人も居るしな
576 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/24(日) 17:32:52.16 ID:yX4JpoRJ0
それにはお空も入るな。何だ?超能力者の間では隻腕がトレンドなのか?
577 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/04/25(月) 00:01:01.67 ID:iYeb0eqs0
>>575
,576
だって、腕が変形するってかっこいいじゃん?(中二並感)
これから投下を開始します
578 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/04/25(月) 00:01:39.50 ID:iYeb0eqs0
禁書「――――」
インデックスは、ただただ絶句した。
彼女が知りうる少女からは、余りにもかけ離れたその表情に。
これが、『あの』フランドールだというのか。
能面に埋め込まれた二つの灼眼。僅かに見開かれた目から感じるものは『狂気』の二文字。
その色は『紅』にも拘わらず、底なしの『黒』を帯びているようでもあり。
先ほどの吸い込まれるような感じとはまた違う、それこそ魂を剥がされ、
引きずり込まれるかのような、禍々しい引力を携えていた。
しかし、その表情は直ぐに再び自嘲めいたものへと代わり、
けらけらと軽く乾いた嗤いと共に、再び口を開く。
579 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/04/25(月) 00:04:08.63 ID:iYeb0eqs0
フラン「ふふ、えぇ、本当にすごかったわ。 アイツの肩からスプレーみたいにぷしゅーって血が吹き出たの」
フラン「勿論、私はそれをまともに浴びて血だらけ。 丁度、今みたいにね」
フラン「もの凄く臭くて、頭がくらくらした。 どうにかなりそうだったわ」
フラン「いえ、その前から既にどうにかなっていたのかもしれないけど」
インデックスは、自分の体が震えているのを感じた。それは、寒さからではない。
それは人ならば誰もが持ちうる、当たり前の感情。しかし、今は決して抱いてはいけないもの。
救うべき相手を前にしてそのような感情を抱いてしまうなど、実に浅はかで愚かしい。
そんな感情が芽生える程度の覚悟なら、最初から助けなければいいことだ。
580 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/04/25(月) 00:05:07.37 ID:iYeb0eqs0
フラン「ねぇ、インデックス。 あなたは、自分の中にあるナニカに怯えたことってある?」
フラン「自分の中にある、認めたくないけど確かにある感情のこと」
フラン「潜在的な狂気、と言えばいいのかな? それのことよ」
フラン「例えば、人の血を見るのが堪らなく好きだったり、必死になって頑張っている人を、
自分の手で絶望の底にたたき落としたくなったり」
フラン「その逆で、絶対に許しちゃいけない悪い人を、何でかわからないけど擁護してみたくなったり」
フラン「そんな思いがね、悪いことだとわかっているのに、どうしても抑えきれなくなるの」
禁書「……」
自分の中に、認めたくない自分がいる。
それはおそらく、人が持ちうる『悪性の自我』のことだろう。
581 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:06:17.58 ID:iYeb0eqs0
人は必ずしも清廉潔白な存在ではない。
そうであるが故に『倫理』や『道徳』という物が存在し、それらを戒める鎖としている。
人が人であるが故に、自身の個を得てしまったが為に抱えている『大罪』。
その罪を犯さないために、人はあらゆる文言を並べ、自身を雁字搦めに縛っている。
だがそれでも、人の中に渦巻く我欲を、『悪欲』を御しきることは出来ない。
ふとしたことで、鎖が緩んだ一瞬の隙を突いてソレは心を食い破らんと暴れ回る。
そしてソレを抑えきれなくなった時。人は悪の道へと走ることになる。
しかしそれは、誰もが経験していることだ。
自分の感情が抑えられなくなることは、別段珍しいことではない。
相手の言動が気に入らなくて、ついつい口汚く罵倒してしまったり。
自身の境遇に不満を感じて、その鬱憤を周りに当たり散らしてしまったり。
精神が未熟な子供は当然として、大の大人であっても己の悪欲に身を委ねてしまうものだ。
だから、それらを行ってしまったことを恥じる必要はない。
悪行に走ったことがない人間がいたとするならば、その者は『聖人』か『狂人』のどちらかだろう。
もしも恥じるとするならば、それを顧みずに同じ過ち繰り返す愚かさに対してするべきである。
だからフランドールは、そこまで思い詰める必要はない。
彼女はまだ若い。道を踏み外すこともあるだろう。
まだ引き返せる。己の過ちを認め、それを正すことができる。
それなのに……
582 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:07:22.56 ID:iYeb0eqs0
フラン「……あの時も、さっきもそう。 自分でもわからない内に、いつの間にか狂ってる」
フラン「目の前にあるモノを、コワしたくてコワしたくて仕方なくなるの」
フラン「それに、さっきので確信したよ。 私の狂い方、前と比べて明らかに酷くなってる」
フラン「あの時はまだ自分が何をしているのかわかったのに、今はもうわからない」
フラン「私がワタシに食べられていくの。 少しずつ少しずつ、飲み込まれていくの……」
フランドールは諦めてしまっていた。
蝕まれていく自我を前に、彼女は抗う様子を見せない。
虚ろな声で、淡々と言葉を口にしていく。
数えれば、たった二度の過ち。
しかし、その過ちは彼女の心を『くの字』に折り曲げるには十分すぎるもの。
人を傷つけるならまだしも、その行為を嬉々として行った。しかも、自覚があるから尚悪い。
もしも最初から多重人格だったのであれば、その人格に罪を押しつけることも出来ただろう。
責任転嫁に過ぎず、何の解決にもなりはしないが、それでも本人の心の平穏は辛うじて保たれる。
583 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:08:21.57 ID:iYeb0eqs0
だが、フランドールの場合はそうではない。
何時からおかしくなったのかはわからない。如何にして狂ったのかもわからない。
彼女の中に全くの別の、凶悪で残忍な人格が生まれていたとして、
果たしてそれが彼女の人格と何時入れ替わったのかがわからない。
もとより、本当に『入れ替わった』のか。もしかしたら、『浸食された』のかもしれない。
じわじわと気づかない内に新たな人格に影響され、結果として凶行に走った可能性も捨てきれないのだ。
『本来の人格』と『新たな人格』。
その二つに境界を敷けない以上、フランドールは己の成した罪から逃げられない。
故に彼女は今、拭い去れない罪に押し潰されようとし、そして己が『ナニカ』に蝕まれていくことに恐怖している。
フラン「だから、私のことは放っておいて……このままだと、あなたに何をするのかわからないんだもの」
フラン「もしかしたら今にも、気が狂ってあなたを襲うかもしれない」
フラン「この力で、あなたをぐちゃぐちゃにしちゃうかもしれない」
フラン「そんなこと、耐えられない。 それくらいだったら、ずっと一人の方がいいよ……」
禁書「そんな……」
フラン「心配しなくても大丈夫だよ、インデックス。 一人でいることには慣れてるから」
フラン「7年間ずっと、この家に閉じこもってきたんだもの。 いつもの生活に戻るだけだよ」
フラン「そう、いつもの、つまらない毎日に戻るだけ……」
584 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:10:49.45 ID:iYeb0eqs0
フランドールは、乾いた笑いを浮かべながら語り続ける。
その瞳には光が無く、焦点も合っていないように見える。
自分が今何を言っているのかさえ、わかっていないのではないか。
目の前のインデックスをも忘却し、譫言のようにぶつぶつと呟き続けている。
再生機能が壊れた、古いテープレコーダーのように、己の心の内を吐露し続けている。
禁書「――――」
インデックスはその光景を前に、何も出来なかった。
彼女はイギリス清教の『禁書目録』。
その立ち位置は組織の中では殊更肝要であり、他の者とは一線を画す。
組織での役割故に権力を得るは許されないが、身分としてみれば十二分に破格の扱いだ。
本来ならば、数百の修道女の上に位置しているはずの者。それが『禁書目録』という存在。
だが、そんな大層な身分であるはずの彼女は今、何も出来ずにその場に立ち尽くしている。
585 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:11:51.04 ID:iYeb0eqs0
結局の所、その身分は他人から与えられたものでしかなかったということだ。
清教を守護する最固の城壁。それ故に、彼女は籠の中の小鳥として飼われていた。
いや、ただ飼われるだけならばどんなに良かったか。
『人間』として扱われているだけ、まだマシというものだろう。
悪いことに、彼女は組織の中に於いては『人間』ではなく『道具』だった。
そして組織は、自我を持つ道具である彼女を律するため、彼女の体に細工を施した。
一年毎に訪れる脳の記憶限界。それに伴い必要となる記憶の消去。
周期的に記憶を消すことで彼女の意識を一新し、自身の在り方に疑問を持たせないようにする。
その呪いは一年前の七月二十八日、上条当麻の右手で破壊されるまで続いた。
――――人の心を動かすためには、『重みのある言葉』が必要だ。
そしてその言葉は豊富な経験、確固たる意志の中から生まれ出でる。
心に響く名言を残す者は、往々にして波瀾万丈の人生を送っている。
平凡に生きている軟弱者の言葉などに、誰が耳を貸すというのか。
インデックスは今から2年ほど前までの記憶しか持っていない。
それ以前の記憶は消されてしまい、最早取り戻すことは叶わない。
かつての自分がどんな思いを持って、どんな風に歩いて生きていたのかわからない。
自分の傍にいて励ましてくれた人も、そして掛け替えのない大切だった人ですらも思い出せない。
言わば彼女は、知識だけを与えられた赤子のようなものだ。
586 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:12:45.99 ID:iYeb0eqs0
つまり、何が言いたいのかと言えば。
過去を失ってしまった彼女には、人を説得させられるだけの確かな言葉を生み出せないということ。
どんなに着飾った言葉を並べ立てても、理屈立てた言葉を発しても、彼女の言葉は何処までも空虚だ。
外側だけで中身が無い。聞こえは良くても現実味が無い。
聞いたのが大人ならば、子供戯れ言として鼻で嗤われるだけ。
歳が近い者であっても、『お前に私の何がわかる!』と言われて突っぱねられてしまうだろう。
インデックスには、理屈をこねくり回して誰かを説得することは出来ない。
だから、今彼女に出来ることは――――
587 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:13:32.62 ID:iYeb0eqs0
禁書「……」カツンッ
足を一歩、前へと踏み出す。
しっかりと大地を踏みしめるように。目の前の少女へと歩み寄る。
膝を持ち上げ、少しばかり前に下ろす。
ただそれだけの動作だというのに、生気を根こそぎ奪われたかのように感じる。
体は鎖を巻き付けられたかのように重い。それどころか、後ろに引っ張られているような錯覚すら受ける。
一度気を抜いたら最後、そのまま引きずられて二度と彼女の下には辿り着けない。そんな気がする。
だから、そうならないように。大切なものを失わないように。
しっかり前を見て。体を奮い立たせて歩き出す。
588 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:14:09.61 ID:iYeb0eqs0
フラン「……どうして、どうしてなの? どうして近づいてくるのよッ!?」
少女は白い修道女の行為を見て、目を見開いて絶叫する。
その叫びは既に悲鳴のようであり、彼女の心を剥き出しにしたかのよう。
過呼吸を起こしたかのように息を大きく乱し、体を縮ませているその様は、
何処をどう見ても年相応の子供でしかない。
――――あぁ、なんて馬鹿馬鹿しい。
こんな子を、誰かのために自分を犠牲にするような優しい子を怪物扱いしていたなんて。
そこらの人間よりも優しい心を持つ彼女が、どうして卑下されなければならないのか。
わかっている。忘れてなんかいない。
この子はスカーレット一族。イギリス清教に牙を剥いた異端者の一人。
そして彼女の中には、何かおぞましいものが居ることも。
十字教の一員として、イギリス清教の『禁書目録』として。
反逆者を、神に仇為す吸血鬼を断罪しなければならない事は。
だが、それがどうしたというのか。
今のフランドールは狂気に犯されていない。彼女はこんなにも純粋で温かな少女だ。
彼女を見捨ててしまったら、今度こそ本当に身も心も化け物に墜ちてしまうだろう。
そんなことはさせてはならない。自身の目の前で誰かが闇に墜ちるなんて、許せるものか。
589 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:15:02.71 ID:iYeb0eqs0
フラン「私はバケモノなのよ!? どんなものも触っただけで壊しちゃう怪物なの!」
フラン「それに、私は、壊すことを心の何処かで楽しんでる……私は狂ってるのよ!」
フランドールが拒絶する。だが、足は止まらない。
互いの距離は、初めのころの半分を既に切っていた。
――――フランは救われることを望んでいない。諦めてしまっている。
自身に巣くう狂気を受け入れて、そのまま自壊しようとしている。
それが彼女の願望であり、自身の行為はそれを叩き潰すものだ。
だからこの行動は。この思いは。
自分の欲望からこぼれ落ちた身勝手なものだ。
相手の都合を考えず、己の行動理念のみで救うなど、偽善の最たるものだろう。
だけど、例えそうだとしても。私は彼女を助けたい。
その場では恨まれることになっても、いつか一緒に笑い会える時がまた来ることを願って。
590 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:15:58.76 ID:iYeb0eqs0
フラン「嫌、おねがい……」
あの子との距離はもう僅か。2、3歩足を踏み出せば辿り着く。
ただその数歩の間に、どうしようもなく深い溝があるようにも思えた。
望みが真逆なのだから、それは当然のことなのかもしれない。
最後の『拒絶(まよい)』が、私の目の前に立ちはだかる。
それを前にして私は。戸惑うことなく前へと踏み込んだ。
フラン「おねがい、だから……来ないでよぅ……!」
591 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:16:28.54 ID:iYeb0eqs0
――――フランは泣いていた。
ぽろぽろと瞳から泪を流し、啜り泣いていた。
彼女にはもう、私を突き放す気持ちも、覚悟も無い。
ただ、目の前にいる誰かを怖がっている少女がいるだけ。
そんな彼女を、私は正面から抱きしめる。
しっかりと両手で背中を抱え、自身の胸へと引き寄せた。
フランの体は、思ったよりも華奢だった。
私の両腕を回してもまだ余るくらい、彼女の体は小さく、そして柔らかい。
当麻の体に抱きついたことは何度もあるけれど、フランのような小さな女の子にしたことはあまりない。
『女の子の体ってこんなに柔らかいんだなぁ』と、心の何処かで思いつつ、ぎゅっとフランにしがみついた。
592 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:17:25.48 ID:iYeb0eqs0
フラン「あ……」
フランは、呆けたような声を上げる。
今彼女がどんな表情をしているのかはわからないけれど、
もし見ることが出来たのなら、さぞや気の抜けた顔をしているのかもしれない。
彼女にしてみれば、いきなり抱きしめられるなんて想像もしていなかったことだろうから。
彼女の体の震えが、私の体に伝わってくる。
それだけじゃなく、不規則な呼吸の音も、早鐘を鳴らしている心臓の鼓動も一緒に。
禁書「大丈夫だよ、ふらん。 怖がらなくてもいいんだよ」
そんな彼女に、私はそう言葉を口にした。
びくりと彼女の体が一際大きく跳ねて、一気に息づかいが荒くなった。
そして、戸惑いを隠せない声で私に答える。
593 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:18:49.84 ID:iYeb0eqs0
フラン「でも、私は――――」
彼女は繰り返そうとする。自己の否定と、私を拒絶する言葉を。
それを私は遮って、別の言葉を彼女に覆い被せた。
禁書「そんなの、気にしなくていい。 ふらんはふらんだよ」
禁書「元気いっぱいで、太陽みたいに明るい私の大切な友達。 友達を助けるのは、当たり前のことなんだよ」
禁書「だから、怖がらないで。 自分を追い詰めないで」
禁書「たとえ何があっても、あなたが誰であっても、私はあなたの傍にいるから。 だから――――」
「あなたはもう、一人ぼっちじゃない」
594 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:19:35.65 ID:iYeb0eqs0
フラン「――――」
その瞬間、時が止まる。
刹那でありながら、永劫とも思える空白。
その中で、フランドールは泣きじゃくることも忘れて呆然とした。
修道女の、インデックスの言葉が、すとんと綺麗に彼女の中に落ちる。
言葉から滲み出るインデックスの思いが、彼女の心を覆っていた暗霧を吹き払い、
そして乾いた大地に滴った水滴のように染み込んでいく。
言葉の通り、心が洗われるようだった。
自分の中に巣くっていたドス黒いナニカが、綺麗さっぱりと霧散していた。
代わりに残ったのは、『あたたかいもの』と『小さな棘があるもの』。
その二つが、心の中を節操なく転がり回っていた。
595 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:20:36.07 ID:iYeb0eqs0
フラン「……いいの?」
禁書「うん?」
フラン「本当に、私は、あなたと一緒にいてもいいの?」
フランドールは途切れ途切れに問い返す。『私には、あなたの傍にいる資格はあるのか』と。
インデックスの言葉は素直に嬉しい。だけど、心がまだ納得していないと。
人生の半分もの間、彼女を悩ませてきた罪の意識。それを振り払うのは容易ではない。
だが、不可能ではない。現に、フランドールはインデックスに許しを求めている。
それは彼女が自分自身を許そうとしている証拠。その切欠が欲しいだけ。
心の底から自分は許されないと思っているのなら、問い返すなんてことはしないだろうから。
禁書「いいよ。 私はあなたの友達なんだから。 遠慮なんかしなくていいんだから」
禁書「だからもう一度、あなたの笑顔を見せてほしいな」
フラン「……………………ふっ、ぐすっ、うぇぇっ……!」
再び嗚咽を漏らし、泣き出すフランドール。
しかしそれは、嘆き、悲しみから流されたものではなく。
二人はそのまま、寄り添うようにして互いに抱きしめあっていた。
596 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/04/25(月) 00:21:08.74 ID:iYeb0eqs0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
597 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/25(月) 00:32:09.37 ID:L6OM2Utyo
乙です
598 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/25(月) 03:43:02.78 ID:7zU4GD7c0
温情がある
599 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/27(水) 19:48:54.85 ID:8kD7oEqi0
よし!そっからフランブリーカーだ!
600 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/28(木) 15:02:33.74 ID:bVGy5Zlo0
で、あの上条ダッシュパンチに至るまでどれくらいの時間がかかったんだろうなぁ
601 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/29(金) 19:42:00.25 ID:5YLCg2c00
んじゃつっちーは?まさかくたばった?
602 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/05/09(月) 00:09:44.51 ID:zb1y6MLC0
GWだったのに全く筆が進まんかった……書き溜めがががg
これから投下を開始します
603 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:10:29.69 ID:zb1y6MLC0
* * *
604 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:11:21.55 ID:zb1y6MLC0
土御門「……ッ! げほっ、がはっ!!!」
上条「! 大丈夫か!?」
土御門がフランドールの凶手に倒れ、当麻がそれの応急処置に取りかかってから数分。
当麻の献身的な介護の甲斐があったのか、彼は予想よりも早く息を吹き返した。
気管に詰まった血塊を口から吐き出し、土御門は大きく咳き込む。
土御門「げぇほっ! ごほっ! ……カミやん、か?」
上条「喋るな! 血は止まったけど、まだ動けるほどじゃない」
上条「皮膚は治ったけど、中の方はまだみたいなんだ。 所々鬱血してる」
上条「無理に動いたら、また血が噴き出しちまう。 内臓にもダメージがあるだろうし、安静にしといた方がいい」
土御門「そう、か……」
605 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:12:07.42 ID:zb1y6MLC0
当麻の言葉を聞き、土御門は苦しそうに首肯した。
彼の体の至る所に走っていたはずの裂傷は既に消え、失われる血液は無い。
しかし裂傷があったはずの場所には生々しい紫の斑点が残り、まるで打撲のような様相を呈している。
皮膚の部分の傷は『肉体再生』縫合されたものの、内部の血管は未だに破れているためだ。
滲み出た血液が皮膚の下に溜まり、痣のようになっていた。
更にはまだ痛みが残っているのか、もぞもぞと体を捩らせている。
まともに動けるようになるまでには、もうしばらく時間がかかるだろう。
無論それは『体を動かしても大丈夫』という程度のことであり、戦線復帰の観点から考えると絶望的だ。
本来であれば、今すぐにでも病院に連れて行かなければならないのだから。
土御門「助けられちまったな……ほんと、情けないにゃー……」
上条「そんなこと言うなよ。 お前こそ、俺を助けようとしてくれたんだろ? 情けないなんてことはねぇよ」
上条「いくら『肉体再生』があるからって、無茶しすぎだとは思うけどな」
土御門「無茶ばっかりしてる、カミやんには言われたくないぜい……」
上条「ほっとけ」
606 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:12:49.72 ID:zb1y6MLC0
土御門「……………………んー」
上条「どうした?」
土御門「いや、ほんとは女の子に介護してもらいたかったんだけどにゃー」
土御門「野郎、しかもカミやんに看病されちまうなんてにゃー……こんな機会があるなんて、夢にも思わなかったぜい」
上条「土御門さん? 流石の上条さんでも怒りますですことよ?」
土御門「自覚があるなら、さっさと行きすぎた自己犠牲を矯正することをお勧めするぜい? ま、無理だろうけどな」
上条「ぐぬぬ……」
軽口を叩き合う二人。先ほどまで殴り合っていたのが嘘のようだ。
そもそも嵐が過ぎ去ってしまえば、普段の間柄などこんなものなのだろう。
殴り合いの最中に横槍が入ったものの、結果としては土御門が地に倒れ、対して当麻は五体満足。
決着は既についた。過ぎ去ったことを何時までも引きずるようなことは、この二人の間に関してはないと言うことだ。
607 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:13:33.25 ID:zb1y6MLC0
土御門「さて、どうしたもんかな……こんな体じゃあ、フランドールを捕まえることは出来そうにない」
上条「おい、まだそんなこと言ってるのか?」
土御門「当然だ。 オレの任務はまだ終わっちゃいないんだからな」
土御門「動けるんだったら体を引きずってでも奴を追いかけている所だ」
土御門「……いや、まて。 フランドールは何処に行った? 辺りにはいないみたいだが……」
上条「フランは屋敷に逃げていったよ。 インデックスが今追いかけている」
土御門「上条当麻、お前――――」
上条「『自分が何をしたのかわかっているのか』、か?」
土御門「……そうだ、奴はイギリス清教とっては大罪人だ。 しかも清教の手を逃れて、
あまつさえ学園都市に潜伏し続けていた魔術師」
土御門「そんな奴の所に『禁書目録』を一人で行かせるとは……!」
608 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:14:29.62 ID:zb1y6MLC0
土御門の語調が強まる。
その瞳に宿るのは憤怒。しかし彼が怒るのは当然のことだ。
『禁書目録』はイギリス清教とって、替えの利かない最重要人物。
彼女を失うことは、イギリス清教を守る城壁を失うことに等しい。
それを敵側の魔術師に送り込むなど、これほど愚かしい行為は存在しないだろう。
しかしそれ以上に、土御門としてはあれほどインデックスを気遣っていた当麻が、
いとも簡単に彼女を死地へと送ってしまったことが信じられないのだろう。
発狂したフランドールの恐ろしさを身近で感じていたのだから尚更である。
しかしそれを前にして、当麻は臆するでもなく、少しばかり沈黙した後に口を開いた。
上条「たぶん、お前が考えてるような心配は無いと思うぞ」
土御門「……は?」
その言葉に、土御門は訳がわからないとでも言うかのような顔をする。
『心配』とはおそらく、自身が想像している通りのことだと思うが、
その必要がないと言い切る理由がわからない。
609 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:15:32.85 ID:zb1y6MLC0
上条「フランの奴、泣いてたんだ」
土御門「何?」
上条「あの後血だらけになった自分を見て、泣いてたんだ」
上条「それと、悪い所を見られた子供みたいな顔もしてたっけな……」
上条「その後、悲鳴を上げて屋敷の中に逃げていったよ」
土御門「……」
上条「なぁ土御門、本当にお前が考えているような奴なら、そんなことすると思うか?」
上条「もし本当に危険な奴だったんなら、あんな風に泣くなんてこと、しないと俺は思う」
もしも、フランドールが人を傷付けることを何とも思わない人間だったとしたら。
あのように血だらけの手を見て驚愕し、罪を糾弾された罪人のような、後悔が極まった表情をするはずがない。
あんな顔の少女を見て、それに追い打ちをかけるようなことを当麻が出来るはずもなく。
それ故に彼は、土御門からフランドールを擁護する立場に立った。
端から見れば、彼を愚かな人間だと思うだろう。そしてそれは、実際にそうである。
常識的に考えれば、友人を血だるまにした人間に対して抱く感情など、良いものであるはずがない。
侮蔑に視線を送り、口汚く罵り、手を振り上げてもおかしくはないのだから。
610 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:16:43.04 ID:zb1y6MLC0
土御門「……はぁ、しょうがないにゃー」
土御門は当麻の言葉を聞き、やれやれといった顔で軽く溜息をついた。
その溜息には呆れに加えて諦めの色が乗っている。
上条当麻が理屈を度外視した行動をとるのは、今に始まったことではない。
『英雄』などと揶揄されてはいるが、彼は『善悪』に基づいて動くわけではない。
彼の体を動かす要因は、彼自身の心から湧き出るもの。
『善』だから助けるのではなく。『悪』だから倒すのではなく。
簡単に、端的に、身も蓋のない言葉で言い表すとしたら。
『自分がそうしたいから、そうした』ということだ。
解ってはいたことだが、何度実感しても慣れないものだ、と土御門は思う。
土御門は『スパイ』という身分である以上、その思考は合理的だ。
余程のことがない限り、感情を優先して動くことはない。
だからこそ、上条当麻の言い分は『理解』できるものの、『納得』までは中々出来ないのである。
ただそのことを何時までも突っついても、今更どうにもならないことはわかりきったことなので、
その感情はさっさと水に流してしまうことに決めたのだった。
611 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:19:13.49 ID:zb1y6MLC0
土御門「あい、わかった。 カミやんの行動については今更だし、これ以上はとやかく言わないぜい」
上条「あぁ……すまねぇな、土御門」
土御門「謝るくらいならこんなことはしないで欲しいんだけどにゃー……まぁ、そのことは置いといて、だ」
土御門「カミやんの言い分だと、フランドールはそこまで危険な奴じゃない」
土御門「仮にそうだとして、あの状態……暴走とでも言えばいいのかわからんが、おそらく吸血鬼化による影響だろう」
上条「そうなのか?」
土御門「ただの推測だがな。 奴等の親父……先代のスカーレット当主は、
自身を吸血鬼化した後に発狂したという記録が残っている」
土御門「線があるとしたらそれだろうぜい」
上条「……フランは完全に吸血鬼になっちまったのか?」
612 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:20:07.31 ID:zb1y6MLC0
当麻は土御門の言葉を聞き、ぎくりとして恐る恐る問い質す。
彼の考えでは、フランドール達をイギリス清教の標的から外すには、吸血鬼化をどうにかしなくてはならない。
しかし完全に吸血鬼化してしまっているとしたら、おそらくはもう手の施しようがないだろう。
だが幸運なことに、土御門は当麻の言葉を否定した。
土御門「いや、それはないだろう。 もしそうなら、この程度で済んじゃいない」
土御門「吸血鬼の戦闘能力なんざ噂でしか知らないが、それを鑑みてもこの状況は温すぎると思うぜい」
上条「そうなのか……いや、よかった。 まだ手遅れじゃなくて」
土御門「手遅れかどうか判断するには、まだ早いとおもうがにゃー……で、どうするんだ?」
上条「どうするって……」
土御門「とぼけるのは感心しないな。 ……何か策はあるのか?」
上条「それは……」
613 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:20:50.10 ID:zb1y6MLC0
当麻は土御門の言葉に返答を窮する。
その言葉は正しく、今の彼にとっての急所であるが故に。
土御門が怪我によって行動できなくなったことで、フランドールが捕縛されるという事態は防がれた。
怪我した本人には申し訳ないが、一先ず目的が達成されたことは喜ばしいことと言える。
だが、結局の所そこ止まり。問題は何も解決していない。
自分たちが、本当に向き合わなければならないこと。それは――――
土御門「カミやんはフランドールに危険はないといったが、イギリス清教の問題とはまた別だ」
土御門「奴が危険であろうと無かろうと、吸血鬼化の魔術の持ち主であることは間違いない」
土御門「イギリス清教が求めているものが、あくまでもその魔術の抹消である以上、奴は永遠にお尋ね者扱いってことだ」
土御門「裏を返せば、それさえ達成できるのであれば、スカーレットの奴等がどうなろうと知ったことじゃないってことだけどな」
上条「知ったことじゃない?」
614 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:21:25.67 ID:zb1y6MLC0
土御門「あぁ、スカーレット家の処断は10年前に既に完了している。 それを今更取り消すということはない」
土御門「いや、『出来ない』といった方が正しいか。 処断の完了を取り消すということは、
『神の意志を執行せずに今まで見過ごしていました』と宣言するようなもんだからな」
土御門「ローマ正教やロシア成教に対する体裁がある以上、自身の弱味を晒すようなことはしないはずだぜい」
上条「ってことは、その魔術さえどうにかなればフラン達は助かるのか?」
土御門「理屈上はそうなるにゃー」
イギリス清教としては、スカーレット家がどうこうよりも、吸血鬼化の魔術さえどうにかなればいいらしい。
魔術をどうにかする具体的な方法は一先ず置いておいて、イギリス清教が求めているものがはっきりとしたことは収穫だ。
相手が望むことがわからないと、自分が為すべきことも曖昧になってしまう。
これで具体的な方策を改めて練ることが出来るだろう。
615 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:22:00.77 ID:zb1y6MLC0
上条「イギリス清教を諦めさせるためには、吸血鬼化の魔術に関するものを全部取っ払わなくちゃならない」
土御門「その通り。 で、その排除するべきものは大きく分けて三つある」
土御門「一つ目が吸血鬼化の刻印。 刻印はスカーレット一族の証のようなもので、代々受け継がれていくものだと聞いている」
土御門「レミリア、おそらくフランドールにもだろうが、体の何処かに刻まれているはずだ」
上条「それは俺の『幻想殺し』でどうにかなると思う。 魔方陣みたいなものだろうし、それを見つけて触ればいいはずだ」
土御門「実際何処にあるかはわからないけどにゃー。 ……そして二つ目が刻印の構築方法、それにまつわる情報だ」
土御門「レミリア達の刻印を破壊した所で、その構築方法が残っていたら意味がない」
土御門「刻印の拡散を防ぐためにも、それに関わる情報は徹底的に抹消する必要がある」
上条「『ヴォルデンベルクの手記』はイギリス清教に保管されているんだよな? ってことは、あとするべきなのは……」
土御門「レミリア達本人が、構築方法を知っているのかどうか。 ま、これに関しては奴等の頭の中を覗いてみるしかないにゃー」
616 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:22:42.19 ID:zb1y6MLC0
上条「頭の中を覗くって……あまりいい予感がしないんですけど」
土御門「確かに、他人の記憶を弄くるなんて趣味が悪すぎる。 『心理掌握』の例もあるからな」
土御門「一歩間違えれば廃人コースまっしぐらだ。 普通なら、そんな七面倒くさいことはしない」
土御門「『疑わしきは罰せよ』精神で、あっという間に幽閉だろう……普通なら、な」
土御門「カミやんが拝んで拝んで拝み倒せば、もしかしたら『最大主教』も心変わりしてくれるかもしれん」
上条「それはどうなんだ? いくら俺でも、そこまで融通を利かせてくれるとは思えないんだけど」
土御門「いや、カミやんはねーちんを初めとした聖人が数人に、レヴィニア=バードウェイといった魔術組織のトップ、
挙げ句の果てには元魔神までいろんな奴と繋がりを持ってるからな」
土御門「流石の『最大主教』も、カミやんを易々と敵に回すようなことはしないはずだぜい」
上条「そんなものなのか?」
土御門(……知らぬは本人ばかりってか。 実際の所、既に籠絡されちまってるんだけどにゃー)
617 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:23:27.76 ID:zb1y6MLC0
驚く事なかれ、『必要悪の教会』の首魁、『最大主教』ことローラ・スチュアートは、
既に上条当麻によって手籠めにされているのだ。
ちなみに組織の中でそのこと気づいているのは土御門だけである。
他の面々であるステイルや神裂はローラの行動に異常を感じつつも、
腹黒なことで定評のある『最大主教』が恋に目覚めたなどと露ほどにも思っておらず、
ついにはローラ本人でさえも自身の感情の揺れを十分に理解していない。
生まれてこの方、まともに恋愛などしてこなかったことによる弊害であろう。
土御門としてはローラに教えても良かったのだが、放置すればもっと面白いことになると予感し、
本人が自分のよくわからない感情に狼狽するのを、ニヤニヤしながら見ることにしていた。
閑話休題。
618 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:24:06.24 ID:zb1y6MLC0
上条「ってことは、やっぱり一番問題なのは……」
土御門「どうやら、流石のカミやんも気づいているみたいだな。 いや、そうじゃないと困る」
土御門「問題は刻印によって生じる肉体の分解と再構築……言ってしまえば吸血鬼化だ」
土御門「どのくらい刻印が浸食しているのかはわからないが、姉妹共に確実に影響を受けているとオレは睨んでいる」
土御門「さて、どうする? 半端とはいえ、彼女達は吸血鬼だ。 真人間に戻すには、
吸血鬼化した肉体とそうでない肉体を選り分け、吸血鬼化した部分を排除しなくちゃならない」
土御門「右腕だけ、肝臓だけみたいに区画毎にきっちり分かれて浸食しているならそれも出来るだろうが、
そんな都合のいい展開を期待するのはナンセンスだ」
土御門「細胞レベルで混ざっているとなれば、カミやんの行きつけの医者でも不可能だと思うぜい」
619 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:24:35.87 ID:zb1y6MLC0
土御門の言うとおり、彼女達を元に戻すためには吸血鬼化した肉体を取り除かなければならない。
だが、それを行うためには吸血鬼化した部分を見分ける方法と、更にそれを選択して取り除く方法が必要不可欠。
そんなことが出来る人間など、果たしてこの学園都市に、いや、魔術側にもいるかどうか。
かの『冥土帰し』でさえも匙を投げてしまうのではないか。
そんなことはあり得ないと思いたいが、それでも不安は拭えない。
そもそも彼を、魔術側には関わらせたくないという思いもある。
せめて、吸血鬼化している部分を選択的に排除できるような方法があればいいのだが、
そんなご都合主義に極まる夢のような方法などあるはずが――――
上条(――――――――――――――――待て)
620 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:25:08.80 ID:zb1y6MLC0
ふと、彼の脳裏を何かが掠める。
それは僅かな違和感だったが、現状ではそれにすらも縋りたい。
当麻はその違和感をシャベルにして、自身の記憶の山を掘り起こす。
上条「吸血鬼……破壊する……いや、でも……」
土御門「……」
急に黙りこくった当麻を見て、土御門はその様子を見守る。
おそらく彼は何かに気がついたのだろうが、あえて話しかけることはしない。
スカーレット姉妹を救うのは、あくまでも上条当麻である。
間違ってでも土御門ではないし、故に彼が手助けすることはない。
最後に彼女等の手を取るのは、当麻自身でなければならないのだ。
土御門は『必要悪の教会』の一員であり、課せられた任務がある。
その任務を無碍にする行動をとるわけにはいかない。
数分ほどの逡巡の後、当麻は大きな諦観と少しばかりの覚悟を決めた顔となる。
策こそは見つかったものの、出来ればそれは使いたくないといった様子だ。
どんな答えを見つけたのか気になる土御門は、茶化すようにして当麻に催促した。
土御門「考えは纏まったかにゃー? さぁ、この土御門先生がカミやんが考えた案を評価してやるぜい?」
621 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/09(月) 00:25:49.72 ID:zb1y6MLC0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
622 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/09(月) 01:01:32.88 ID:Xr3fStSGo
乙です
623 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/09(月) 07:54:04.34 ID:nXBj00gj0
乙!
さて、予想は出来るけどどうかなー?
624 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/09(月) 22:18:49.24 ID:AvpEwSzA0
脳みそが混ざってる場合は……しげちー的な事に?
625 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/05/23(月) 01:10:37.30 ID:+1M4Crvn0
これから投下を開始します
626 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/05/23(月) 01:11:38.78 ID:+1M4Crvn0
――――7月28日 PM10:10
627 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/05/23(月) 01:12:11.44 ID:+1M4Crvn0
学園都市に存在する、数多ある建物の中の一つ。
とある高校が所有する女子学生寮の一室。
その中で一人の少女が何をすることもなく、呆然とベランダから外を眺めていた。
屋内に灯りは点いておらず、電気機器のランプだけが蛍のように光っている。
故に部屋の光源は、専ら窓から差し込む月明かりのみ。
空から降り注ぐ明かりが部屋を淡く照らし、少女の影法師を細長く作っていた。
少女は空を見上げる。視線の先に浮かぶのは、億にも届く年月の間大地を見下ろし続けてきた満月。
それは普段見せている純白の姿から、ルビーにも似た紅い色へと様変わりしている。
まるで、自身の血潮を振りまいているようにも見えた。
その姿を見て、少女は『あの時も。こんな色だった。』と、心の中で漏らした。
彼女の心の中に去来するのは嘗ての記憶。忘れようにも忘れられない、惨劇の記憶。
628 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/05/23(月) 01:12:58.89 ID:+1M4Crvn0
――――少女は元々、この国の山奥にある小さな村に住む娘だった。
世界を巻き込んだ未曾有の大戦。それに敗北した日の本の国。
瓦礫となった土地を立て直し、欧米に追い縋るようにして復興と近代化を推し進めていく国に反して、
少女が住む村は大戦前後も変わることなく、その国の原風景を残し続けた。
別に、何か意図があってそれ残したわけではない。ただ取り残されただけに過ぎない。
交通の便も悪く、開発して何か利するということもない土地。
そこにあるというだけで他に意味のない場所であるが故に、その村は国から、世間から忘れ去られた。
だが、それがかえって良かったのかもしれない。
世界から切り離されたその村は、世俗から一切無縁の場所となった。
外では資本主義という概念の中で、何かに追われるようにして人々が行き交っていたのに対し、
村の人々は昔からの生活を享受し、そのことに感謝して変わらぬ毎日を過ごし続けた。
629 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/05/23(月) 01:14:16.42 ID:+1M4Crvn0
日の出と共に、布団から起き上がり。
河のせせらぎを傍らに田畑を耕し。
虫の囀りを背に負って家路に就き。
月に見下ろされる中で静かに眠る。
幾度となく、何十、何百、何千と繰り返される日常。
そこには変化など生じるはずも無く、ただ単調な毎日が巡り続ける。
しかしながら、そこには確かに『幸福』と呼ばれ得るものがあった。
外の人々が忘れて久しい、大切なものが。
少女はその村の中で、片手で数える程しかいない村の童子として大切に育てられた。
祖父母や両親。周りに住む、最早家族同然とも言える隣人。そして幼なじみの子供達。
彼等は皆が皆、彼女にとって大切な宝物。少女は温かな人々に囲まれながら日々を過ごしていた。
――――そう、『過ごしていた』のだ。
630 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/05/23(月) 01:14:50.29 ID:+1M4Crvn0
予兆はなかった。もしあったというのなら、誰かしらが気づいていたはずだ。
単調な流れの中にいる者にとって、『変化』はどうしようもない『違和感』として感じてしまうもの。
故に『それ』は前触れ無く突然に降りかかり、当たり前であるはずの日常を霞のように吹き散らした。
始まりは、実に些細なものだった。
村人の一人が、山菜を採りに山に登ったまま、夕方になっても降りてこない。
心配した身内の人々は彼を捜しに山に入り、他の村人も無事を願って待ち続けた。
結果として、空が紅く染まり始めた頃に彼は漸く見つかった。
山の中腹辺り、そこに生えていた杉の木の下にもたれ掛かっていたのだ。
歩き回って疲れたのか、口も利けないほど弱っているようだったので、
身内の一人が彼を担いで、やっとのこと何とか下山することができたそうだ。
人々は彼の無事を心から喜んだ。
例え身内ではなかったとしても、この小さな集落に於いては掛け替えのない家族だったから。
――――その喜びが、直ぐに絶望に歪むとも知らずに。
631 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:15:25.28 ID:+1M4Crvn0
助け出された男は、ふらつくように立ち上がると、直ぐ傍にいた彼を支えていた家族――――
その者は彼の兄だった――――に近づき、思いっきり前から抱きついた。
助かったことに喜びを感じたのだろうと、一瞬和やかが雰囲気が周囲に漂ったと思った瞬間、
「ぎ、あああぁぁあぁあぁあああぁあっっっ!?!?!?」
突然耳を劈くような絶叫が周囲に響いた。
632 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:17:09.25 ID:+1M4Crvn0
その声は、正しく断末魔に等しいもの。
一同の背筋に、氷柱を脊椎に押し込まれたかのような震えが走る。
声の方を見やると、相も変わらず兄を抱きしめている男の姿。
相も変わらず、兄弟愛をかんじる光景である。
――――兄の顔が、恐怖に歪んでさえいなければの話だが。
「――――!?」
それを見て、人々はその場に石のように硬直した。
彼等の心に沸き上がったのは、『驚愕』。
人が人の首筋に食らいつく。その非現実さに、『恐怖』よりも真っ先にその感情が舞い降りた。
一体何が起こったのか。どうして男は、自分の兄に噛みついているのか。
疑問が疑問を呼び、人々の間に混乱が次々と伝播していく。
自身の目に映る理解しがたいものを、必死になって解そうとするがために、
今自分が如何なる状況に立たされているのかに気がつけない。
この場に於いての最善な行動は、何振り構わず逃げ出すことだったというのに。
――――そしてその村は、地獄そのものとなった。
633 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:18:25.02 ID:+1M4Crvn0
眼球を真紅に輝かせ、異常にまで伸びた犬歯を剥き出しにした『人だったモノ』が周囲の人間に次々と食らいつく。
そして食らいつかれた者もまた、餓鬼のような呻き声を上げ、他の人間に襲いかかる。
狂気が狂気を産み、正気は狂気に飲まれていく。それはあたかも、細菌が増殖していくように。
その光景は、パニック映画のありふれた一場面のようであり。
故にそこには、『希望』などという都合の良いものなど存在しなかった。
たった一人を除き、村民のその全てが人を襲う怪物へと変貌したのである。
彼等は知る由もなかった。
その惨劇が魔術の世界で最も恐れられる生物の一つ、『吸血鬼』と呼ばれる存在の手よって引き起こされたのだということに。
自分達は吸血鬼の手によって、彼等と同じ存在にされてしまったのだということに。
634 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:19:14.47 ID:+1M4Crvn0
結局の所村民達は、真実を知ることもなくその日の内に死んだ。
日の光を浴びて消滅したのではない。殺されたのである。
村人の悉くが吸血鬼となった中で、唯一生き残った少女。
彼女の手によって――――正確には彼女が持つ異能の力によって、
元凶の吸血鬼諸共、灰燼となって崩れ去ったのだ。
後には、灰吹雪に包まれた無人の村が残った。
吸血鬼を誘い、その血を吸った吸血鬼を滅する異能。
後に『吸血殺し』と呼ばれる力を持った黒髪の少女を一人残して。
635 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:19:57.31 ID:+1M4Crvn0
その時の光景を、少女は今でも覚えている。
自分の見知った人々が。
共に笑いあっていた友人達が。
一緒に布団に入って眠った両親が。
まるで腹を空かせた獣のように、自分に向かって躙り寄ってくる。
地平線に沈み往く太陽。天からこちらを見下ろしている満月。そして夕日に染まった村々。
世界が血の池地獄に沈んだかのように。そこには『紅』しか存在しなかった。
あの時自分がどんな感情を抱いていたのか、今ではもう思い出すことは出来ない。
驚愕。困惑。恐怖。絶望。その何れかもしれないし、全部かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ただ『そういうことがあった』という事実のみが、心に焼きついている。
636 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:20:51.72 ID:+1M4Crvn0
その地獄を経験しながら、彼女がこれまで正気を保っていられたのは。
村の皆が最後まで少女の身を案じていてくれていたと言うことだろう。
己の内から沸き上がる吸血衝動。『吸血殺し』によって制御不能となっていたはずのそれを、
彼等は最後の最後まで理性によって押さえつけようとしていた。少女を傷付けまいとしていた。
結局我慢できずに、少女の血を吸って皆が皆灰になってしまったけれど、
そのことだけが彼女にとって唯一の救いであり――――同時に、心を抉る楔にもなっていた。
本当は自分達を助けて欲しかったはずなのに、少女の身を心配していた村人達。
彼女の肢体に食らいつく末期、何度も何度も謝罪を口にしていた人達。
そんな心優しい彼等を、彼女は自らの手で殺してしまった。
『吸血殺し』は自身の意志で調節することが出来ない超能力だ。
それは誘蛾灯のように吸血鬼を際限なく誘き寄せ、そして血を吸った吸血鬼を例外なく滅ぼしてしまう。
当時は能力の自覚すらなかった彼女。そんな彼女を責めることなど、一体誰が出来ようか。
しかし、例え自身に責任が無いのだとしても。
彼女はその罪から逃れることは出来ない。いや、そもそも逃げようなどとは思わない。
どのような理由であれ、彼等の命を摘み取ったのは紛れもなく己自身。
そればかりは否定しようのない事実なのだから。
だから彼女は、赦されることを望まない。
637 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:21:59.89 ID:+1M4Crvn0
(だけど。 ただ一つだけ。 願いがあるとしたら。)
生まれ持ったこの力。一方的な殺戮しか引き起こさない力。
呪いとも思えるその力を、誰かのために役立てることが出来たのなら、
どれはどんなに素晴らしいことだろうかと思う。
『吸血殺し』はイギリス清教からもらったアクセサリ、『ケルト十字架』の力で封印されている。
その十字架を首に下げている限りは、過去に彼女が住んでいた村で起きたような惨劇は二度と起こらないだろう。
それは嘗て彼女が何よりも望んだことであり、彼女が学園都市に来た理由でもあった。
紆余曲折はあったものの、彼女の望みは既に叶えられている。これ以上何かを望むのは、ただの欲張りだ。
ただそれでも、時折夢見るのだ。
この力を誇り、誰かのために役立てている自分の姿を夢想する時が。
あり得ないとわかっていても、いや、わかっているからこそ願ってしまう。
638 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:22:35.87 ID:+1M4Crvn0
(……っ。 ちょっと。 風に当たりすぎたみたい。)
不意に体を走った震えに、少女はぽつりと言葉を漏らす。
学園都市は外の都市部とは違って、コンクリートの建造物だらけにも拘わらず夏場に熱帯夜になることがない。
どんな技術を使っているのかはさておき、夜間の熱中症にならないのは非常に喜ばしいことだ。
しかし、マンション等の高所では時折肌寒い風が吹くことがある。
あまり長く当たっていると、体が冷えて風邪を引いてしまうかもしれない。
(……もう寝よう。)
高校生が就寝するには些か時間が早すぎる気もするが、このまま月を眺めていてもどうしようもないのも事実。
見たいテレビ番組も特にないため、早々に床について英気を養うことにする。
早寝早起きは健康の秘訣。村に住んでいた頃からの習慣でもあるため、抵抗はない。
少女はベランダから屋内に入り、窓を閉めようとして――――
「――――――――――――――――!?」
その時、少女の鼻腔を如何ともし難い不快臭が掠めた。
639 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:23:18.86 ID:+1M4Crvn0
腐りかけた肉を顔に押しつけられたかのような、独特の臭い。
一度嗅いだら最後、彼女の鼻を、気管支を通り過ぎて肺までをも浸食していく。
「……っ!」
紅の夕日とくすんだ灰色。
フラッシュバックする嘗ての記憶。
それを振り払いながらも、少女は再びベランダへ向かう。
このような出来事は、今回が初めてというわけではない。
ここ最近――――正確には1ヶ月ほど前から――――夜中に濃密な血の匂いが流れてくることがあった。
あれは吸血鬼の臭い。忘れようにも忘れられない、彼女にとってのトラウマだ。
「北……少し東寄りから……?」
ベランダから身を乗り出し、風向きを確認する。
風は北北東の方角から流れてきている。
確か、あの方角は第一、第四、第五、第十四学区があったはず。
それにしても、あそこまで濃い臭いが流れてきたのは初めてだ。
今までは臭いは感じ取れても、どこから来ているのかまではわからなかったのに。
640 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:24:29.45 ID:+1M4Crvn0
(何か。 良くないことが起こってる。)
自身の知らないところで大変なことが起こっている。
しかもそれは、本当だったら自分が当事者でなければならないもの。
『吸血殺し』がある以上、それは避けられないことであるはずなのに。
それなのに、自分は蚊帳の外となっている。
とすると、自分の代わりに巻き込まれているのは、まさか――――
プルルルッ プルルルッ プルルルッ
突然、屋内から電子音が鳴り響く。
それにぎょっと身を竦ませ、恐る恐るそちらを見やると、
机の上に置かれた携帯電話が所持者である少女を呼んでいた。
この状況で着信した携帯電話。
心の中のざわつきを無理矢理抑えつつ、災厄のコールを響かせるそれを手に取った。
着信画面に表記されていたのは――――
641 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/05/23(月) 01:24:59.40 ID:+1M4Crvn0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
642 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/23(月) 01:51:08.37 ID:2PBF6uV2o
乙です
643 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/23(月) 06:32:39.24 ID:WrCdXlDo0
着信アリ。
644 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/23(月) 22:13:43.31 ID:AikhJaRR0
・・・・風が、・・・・くる!・・・・
645 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/26(木) 16:20:19.94 ID:rh69sNHZ0
>腐りかけた肉を顔に押しつけられたかのような
嫌すぎww
646 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/05/31(火) 01:47:36.12 ID:DR71R5XY0
>>645
???「なーんーだーとー きーさーまー!」
647 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/06/13(月) 01:18:15.66 ID:yRnDkTL00
>>644
,
>>645
芳香ちゃんは娘々がいつもケアしてるから大丈夫……のはず
これから投下を開始します
648 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:19:45.99 ID:yRnDkTL00
――――7月28日 PM10:32
649 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:20:51.34 ID:yRnDkTL00
レミリア「上条当麻……」
レミリアは目の前の青年が名乗った名を、噛みしめるようにして呟いた。
自分と友人だった女しかいない……いや、いるはずのない公園。
紛争地もかくやといわんばかりに破壊され、荒廃したこの場に現れた異分子。
自身が持つ能力『運命観察』にも囚われなかった男。
レミリア(コイツは、一体……)
自分が見た運命とは外れた未来が訪れる。
これまで自身の超能力が見せた運命は、それこそ両手では数え切れないほどあったが、
このようなことは、『ただ一度を除いて』起こったことはなかった。
650 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:22:14.78 ID:yRnDkTL00
* * *
651 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:22:51.15 ID:yRnDkTL00
――――その『一度』が起きたのは、今から一年前。
舞台は学園都市のみならず、世界でも有数のお嬢様学校である常盤台中学。
関係者以外は、例え王族であっても入ることは出来ない聖域に於いて、
年に一度だけ、限られた区画のみが一般に公開される時期がある。
『常盤台中学女子寮盛夏祭』。その祭りに雑誌の編集者として訪れた時のことだ。
学生寮の住人と、彼等に招待された学生達がごった返す中で、レミリアが目的としていたのは、
催しの中で最も注目を集めていた項目である『学園都市第三位によるヴァイオリン演奏』だった。
学園都市の広告塔でありながらも、『常盤台中学』に属するが故に外部への露出が少ない少女『超電磁砲』。
その彼女に接触し、インタビューをして記事を仕立てれば、他雑誌よりも優位に立てると目論んでのことである。
情報の価値を決めるのは『新規性』と『希少性』、そして『需要の有無』。
『超電磁砲』の生の声ともなれば、それらの要素を全て満たしていると言えるだろう。
勿論、時の人である彼女に易々と近づける等という甘い考えは持ち合わせていない。
レミリアと同じく『超電磁砲』との接触を狙っている対抗馬は山ほどいるが、
間違いなくその全てが、接触どころか近づくことすら許されず警備員に追い出されることになるだろう。
雑誌記者は、有り体に言えばハイエナのようなものだ。『餌(ネタ)』になると判断した存在に対する執念は凄まじい。
そんな存在であるが故に、学園側は害獣の排除に手を緩めることはありえない。
だが、それだからこそ取材する価値があるというもの。
ここで追い払われて諦めるならば、最初からこの場には立っていないのだから。
652 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:23:56.08 ID:yRnDkTL00
目的の会場についた時、その場所は演奏会を目的とした生徒と報道関係者である大人でごった返していた。
生徒は憧れのレベル5である『超電磁砲』を一目でも見るために。
大人はレミリアと同じく、『超電磁砲』に接触して情報を得るために。
それぞれの思惑を胸に秘めた者達によって、会場はまさに混沌と化していた。
その混雑具合に少しばかり遅れたかと思いもしたが、何とか空席を見つけたレミリアは、
30分後の演奏開始時間までの間、喧噪と圧迫感の中で辛抱強く待ち続けることになった。
やがて演奏時間となり、壇上へと姿を現した『超電磁砲』。
恭しくお辞儀をした少女に、会場が矢庭に静まりかえった。
レミリアは少女の姿を捕らえ、少しばかり眼を細める。
レミリアが『超電磁砲』を直に見たのは、その時が初めてだった。
他の者の例に漏れず、彼女の中にある『超電磁砲』の人物像は与えられた情報の中での物でしかない。
そして一目見た時の第一の感想と言えば、『猫かぶりした少女』というもの。
それはただの直感でしかなかったが、『超電磁砲』は『お嬢様』と呼ぶには少しばかり御転婆な雰囲気が感じられたからである。
その予想は一年後、物の見事に的中することになったわけだが。
653 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:24:37.11 ID:yRnDkTL00
『超電磁砲』による、中学生としては十二分とも言える腕によるヴァイオリン演奏は、
特段変わったようなこともなく、順調に進行していった。
演奏時間が10分弱のものを3曲。学園祭の催しとしては丁度良いくらいだろう。
そして全ての演奏が終わり、喝采の中で『超電磁砲』は退場していく。
レミリアも『超電磁砲』に対し、パラパラとそれなりの拍手を送った。
ここに来た目的は演奏会ではなく、あまり無関係なことに気をとられてはいけないのだが、
祭りを楽しまないのも些か無粋であるとの考えから中途半端な拍手となった。
しかし祭りを楽しむのはここまで。これからは雑誌記者としての仕事が始まる。
演奏会を聞き終え、会場から人々が次々と流れ出ていく中で、
楽屋の裏に消える彼女を追おうと席から立ち上がろうとした――――その時にそれは起こった。
654 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:25:51.68 ID:yRnDkTL00
唐突に起きた立ちくらみ。
目の前に映る、この場のものではない光景。
多くのコンテナが積み上げられた敷地。
地面に網の目のようにして張り巡らされたレール。
血まみれになって倒れ伏している、虚ろな目をした少女。
月に照らされながら狂笑を上げている白髪の男。
その惨状を見て激高するもう一人の少女。
二人の人間が激突する。
飛び交う瓦礫。迸る雷光。吹き上がる突風。爆発。
そして――――まき散らされる少女の■■。
655 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:26:41.96 ID:yRnDkTL00
数秒にも満たない間に起こった出来事を前にして、レミリアは為す術無くその場に崩れ落ちた。
辛うじて椅子にもたれ掛かったが、猛烈な吐き気と共に冷や汗が吹き出し、身動きを取ることすらままならない。
異常に気づいた係員の手を借りて何とか事なきを得ることは出来たものの、『超電磁砲』に会うことは終ぞできなかった。
自身の視界に映し出された、ここではない、何時のものともしれない情景。
あの現象は紛れもなく自身の能力によるものだと、レミリアは落ち着いた後に考えた。
『運命観察』は自身の意志で制御できるものではなく、何時それが発動するのかはわからない。
今回のように日常生活の中で突然発動することもあれば、夜の睡眠中に発動することもある。
能力を得た当初は何時発動するかわからない能力に、少々憔悴していた時期もあったが、
慣れた今となっては驚きこそはあるものの、それが何時までも尾を引くようなことはなく、
冷静に超能力が見せた情報を吟味できるようになっていた。
にしても、あそこまで生々しく鮮明な運命を見たのは何時以来のことだろうか。
もしかしたら、初めて運命を見た時に匹敵するかもしれない。
今でも夢に見ることがある。妹が、フランドールが血まみれになったあの光景に。
――――そのようなことはさほど重要ではない。問題なのは、今回見た運命の内容だ。
656 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:28:50.23 ID:yRnDkTL00
運命の中に出てきた者達。出てきた人物は計3人。
一人は白髪の男。この男については、何者なのかは見当もつかない。
あのような狂った笑いをする知り合いなど、自身の記憶の中には存在しない。
むしろ、いて堪るものか。狂人とお近づきになるのはこちらから願い下げである。
二人目の少女は……こちらは先ず置いておこう。
この少女のことを考えるのは後回しにした方がいい。
問題は三人目の少女。
あの少女には心当たりがある。ありすぎると言ってもいい。
何故ならば、その少女の姿を直に見たばかりだったのだから。
茶色がかったショートヘアー。常盤台中学の学生服。あの姿は『超電磁砲』に間違いない。
657 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:29:21.97 ID:yRnDkTL00
その『超電磁砲』が、どのような理由であの場所に立つことになったのか。
あの白髪の男との関係は。何故その男と戦うようなことになったのか。
そして地に伏していた少女――――彼女が何故、『超電磁砲と瓜二つ』だったのか。
どんなに頭を捻っても、納得のいく答えを出すどころか、その切欠さえ掴むことができない。
『運命観察』が見せるのは『結果』だ。それに至るまでの『過程』は想像するしかない。
しかし想像するにしても、あの運命はあまりにも不可解であり、過程を知るには自身の想像力では限界だった。
白髪の男はまだしも、問題は『超電磁砲』と瓜二つの少女。あの少女は、一体如何なる存在なのか。
ただ似ているだけの他人?
それにしては似通いすぎている。双子なのではないかと思えるほどに。
ならば『超電磁砲』の双子?
そんな話は聞いたこともない。それが本当なら、噂の1つでも立ちそうなものだ。
だとすると、考えられるのは――――
658 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:29:54.25 ID:yRnDkTL00
そこまで考えたところで、レミリアはそれ以上の思考を放棄した。
頭の中に湧き出そうになった1つの回答。それを知覚してしまうのを拒否したのである。
深入りしすぎると碌な事にならないような気がする――――
それは雑誌記者として働く中で身につけた、一種の感のようなものだった。
ただ、1つだけ理解してしまったことがある。
理解するも何も、あの映像が全てを物語っているのだが。
それは、運命の結末。『超電磁砲』の最期。
白髪の男により少女の命が散らされるという、残酷な未来。
レミリアがそれを見たことで、『超電磁砲』の破滅は確定してしまった。
しかしその事実に、当人の内心は驚くほどに穏やかであった。
人一人が死ぬというのに、それに対する感慨は微塵も起こらないのである。
これも偏に、運命を見ることに慣れてしまったからだろう。
自身が見た運命は変えられない。それは今までの経験の中で裏付けされた確固たる事実。
それを覆すなど不可能。しようとするだけ、労力の無駄というものだ。
659 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:30:43.52 ID:yRnDkTL00
それはある種の諦観とも言えるかもしれない。
過去に於いては、認めたくない運命に対して何度も反逆したものだが、今となってはその気概など無くなってしまった。
超能力の発動によって一方的に突きつけられる運命を、ただそのまま受け入れる。
そんな風になってしまってから、一体どれだけの時間が経ったのか。
今となっては知ることはできないし、知ったとしても詮のないことだった。
だからレミリアは、『超電磁砲』が死んでしまう運命を見たとしても特に何かをしようとは思わない。
一人の少女の行く末を、ただ憐憫の情を抱きながら傍観する。ただそれだけだ。
1つだけ心残りがあるとするならば、『超電磁砲』に対して最期のインタビューができなかったことだが、
それも仕方のないことだと諦め、彼女は目的を果たさぬまま帰途に着いた。
しかし彼女の中の常識は、数ヶ月後あっけなく覆されることになる。
『超電磁砲の生存』という形で。
660 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:32:13.06 ID:yRnDkTL00
* * *
661 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:33:07.75 ID:yRnDkTL00
レミリア(――――まさか、いや、そんな……!?)
ほんの一瞬にも満たない回顧。
嘗て起きた、自身の常識を粉々に打ち砕き、そして一筋の光明を見せた出来事。
その回想の中で、レミリアは1つの可能性に辿り着いた。
――――もしや、この男がそうだというのか。
この男が、死に往く結末にあった少女の運命を――――己の力を打ち崩したというのか。
思い返せば、予兆らしきものはあった。それも数日前のことだったはずだ。
イギリス清教のシスター、インデックスが自身の住み家に訪れるという運命。
自分はそれを見た時、彼女を立ち入らせないために一計を立てた。
そして、その計略は成功した。
シスターは従者に言いくるめられ、館に立ち入ることなく帰途に着いた。
しかし、それで終わりだっただろうか?
何の憂いもなく、その出来事は結末を迎えたか?
――――否。その夜、己の従者が口にしていたはずだ。
662 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:35:23.49 ID:yRnDkTL00
シスターの付き添いで来た男。
そうだ。見た運命の中にそんな男の姿は影も形もなかった。だから男はその場に存在しないはずなのだ。
しかし、自分はその男のことを『能力の範囲外に位置する存在』として放置した。してしまった。
何故そんなことをしてしまったのか?
それは、自分自身の力に疑問を抱いていたからだ。信じきることができなかったからだ。
起きるはずのない『運命の回避』。
一年前のあの時から、自分は能力が見せる運命に対し懐疑的になっていた。
意識していたわけではないが、知らず知らずのうちに『運命』を一歩退いた視点から見るようになっていた。
それまで『運命とは絶対不可避なものである』と頑なに信じていたことの反動だろう。
一度自分を裏切ったものに、再び全幅の信頼を寄せるなどできるはずもない。
だから自分はその異常を、最も注目しなければならない情報を『ただの誤差』として認識してしまった。
663 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:36:28.21 ID:yRnDkTL00
――――根本からして、自分は間違えていたのだ。
『運命』は常にこの世の行く末を示し、そしてそれは必ず起こる。
『運命』が見せる未来が、訪れないことはあり得ない。
だがもし、万が一『運命』が外れることがあったとしたら。
それは自身の能力に因る『ただの誤差』等では決してない。
『運命』を無理矢理ねじ曲げるような存在が現れたということなのだ。
絶対的なモノに抗う英雄のような、そんな規格外の存在が。
そして今目の前に、それを可能とする男が居る。
664 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:37:48.95 ID:yRnDkTL00
レミリア「何故っ、今になって――――」
レミリアがその事実を認識した時、先ず心の内に沸き上がったのは泥濘に囚われたかのようなやるせなさ。
次いで沸き上がったのは、心の臓に絡みつき、嘗め回すかのような怒りの炎。
何故7年前に、自分の前に現れてくれなかったのか。
もしそうであったなら、フランドールが人を傷付けることも無かったはずなのに。
自身に宿った力を恐れ、自身の内に篭もることもなかったはずなのに。
予兆を感じていながらも、それに気づいた時には既に手遅れだった。
事の顛末を知ったのは、妹が運び込まれた病院で『警備員』から説明を受けた時。
『予兆』と『現実』が一つの線で繋がった時、レミリアはその場で崩れ落ちそうになり。
しかし、自身がもつスカーレット家としての矜持故にそれはできなかった。
665 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:38:36.01 ID:yRnDkTL00
あの時ほど、己の愚行を後悔したことはない。
あの時ほど、己の無力を呪ったことはない。
心に傷を負い、部屋に閉じこもった妹に対し何もできなかった。
身内の一人、唯一の肉親すら守れないなど、一家の当主として唾棄すべき事。
だからこそ、レミリアは壊れかけた妹を守るために『ありとあらゆる手を尽くした』のだ。
だがこの男の存在を知った今となっては、そんな不幸も陳腐なものに思えてしまう。
お前の不幸など、取るに足らないモノだと。
その不幸を打開しようとした労力の悉くが無意味であると。
目の前に突きつけられているように感じてしまう。
突然降って湧いた理不尽に、レミリアは怒りを抑えることができなかった。
しかし、それ以上に許せないのは。
『自分達の不幸を打破するであっただろう存在が、自分達を絶望の底に叩き落とそうとしていること』だろう。
自分達を救えたはずの存在が、自分達の敵として立ちふさがっている。
その事実を前に、彼女の理性は瞬く間に焼き切れた。
666 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:39:32.42 ID:yRnDkTL00
レミリア「お前がっ、お前がぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
レミリアは激昂する。
最早彼女に心の内には、目の前の男を欠片も残さず排除することしかなくなっていた。
本当ならば、自分達を弄ぶ『神』と呼ばれる存在に対してこの憎悪をぶつけたい。
だがそんなことができない以上、抑制できない彼女の怒りは何処かに矛先を変えるしかない。
ならば、その向く先が『彼女にとっての理不尽そのもの』である目の前の男――――
上条当麻になるのは当然の帰結である。
667 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/06/13(月) 01:40:39.11 ID:yRnDkTL00
今日はここまで
上条さん、面識もない幼女(吸血鬼もどき)に八つ当たりされるの巻
質問・感想があればどうぞ
668 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2016/06/13(月) 06:48:20.90 ID:AbXCBeXz0
乙!
正直 い つ も の としか思えないなw
669 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/13(月) 09:27:26.15 ID:u1NVTowKo
乙です
670 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/14(火) 16:46:53.78 ID:mv5l4c2y0
上条は紅魔館を何とか出来るんでしょうか
671 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/30(木) 08:40:58.37 ID:95KbF/Ac0
ここからの戦闘描写ではニーアのVS魔王の時の曲でも脳内再生してみるか
672 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/04(月) 01:03:50.18 ID:mJXyVP0+0
>>671
BADEND確定じゃないですかやだー!!!
これから投下を開始します
673 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/04(月) 01:05:12.33 ID:mJXyVP0+0
* * *
674 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/04(月) 01:05:49.81 ID:mJXyVP0+0
上条「……っ!」
当麻は怒りに吠えるレミリアの姿を、少しばかり手で遮りながら見る。
レミリアから向けられていた敵意。
それが明確な殺意へと変わった瞬間、『威圧』と呼ばれるものが風のように押し寄せてきた。
その表現は比喩では非ず。実際に突風が吹いたかのように、彼のYシャツは大きくはためく。
砂埃は吹き上がり、壊れた噴水から吹き出た水は何処かへと吹き飛ばされていった。
まるで台風の最中にいるかのようだ。
膨大な魔力は、ただ存在するだけで世界に大きな影響を及ぼすらしい。
その原理を当麻は詳しく知らない。知ったところでどうとなるわけでもない。
何よりその事実は今に於いて、さして重要なことではない。
『レミリア・スカーレットが、明確な形で自身に敵対した』。
重要なのはその一点のみである。
675 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/04(月) 01:06:49.11 ID:mJXyVP0+0
レミリア「が、アアあぁぁぁぁァァァァァーーーーッッッ!!!」
ブシッ! ブシュッ!
彼女の肉体から水漏れのように血が吹き出る。頭から。腕から。脇腹から。脹ら脛から。
ありとあらゆる部位から余すことなく噴出し、既に紅く染まっていた服を更に色濃く染め上げる。
しかし、彼女の咆哮はその痛みによるものではなく、それすらも凌駕する憤怒によるもの。
本当であれば、立っていることすら苦痛であろうというのに。
それに反して、彼女の両足は根を張るかのように直立し、血が滝のように流れ落ちる体を支えていた。
レミリアが何故あれほどまでに怒っているのか。
それはおそらく、自分達が彼女の妹――――フランドールに手をだしてしまったからだろう。
彼女が何の目的で、このような事態を引き起こしてしまったのかは知らない。
もしかしたら、自分では想像もつかないようなことをしでかそうとしているのかもしれない。
だが少なくとも、妹のことでこれだけの怒りを抱けるほど『まともな感性を持っている』ことに、
当麻は少なからずの安堵の感情を抱いていた。
676 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/04(月) 01:07:44.90 ID:mJXyVP0+0
上条(吸血鬼とか言ってるけど、やっぱり人と同じじゃないか)
当麻その事実を再確認する。
例え人ならざる存在に墜ちかけようとも、レミリアもフランドールも心は人なのだ。
他者の心を解し、他者のために動くことができる『普通の人間』。
それならば、彼が歩みを止めることは決してない。
嘗て一人の『魔神(しょうじょ)』を助けようとした時と同じように。
例え彼等が人ならざるものであったとしても。救いの手を差し伸べない理由にはなりはしない。
パチュリー「ケホッ! っ、すごい土埃……落ち落ち寝てもいられないわ」
上条「!」
背後を見やると、パチュリーが体をふらつかせながら起き上がるのが見て取れた。
月の意匠が施された帽子は、レミリアから発せられた突風のためか何処かへと飛ばされており、
露わになった紫の頭髪も同じく突風でかき乱されてしまっている。
均整の取れた顔は少々青ざめており、未だ体が不調であるということが明白だった。
しかしその眼は未だ衰えてはおらず、おそらく今立ち上がることができているのは気力のみによるものなのだろう。
当麻はその姿を見て、思わず心配の言葉を彼女にかける。
677 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/04(月) 01:08:50.43 ID:mJXyVP0+0
上条「パチュリー、起きて大丈夫なのか!?」
パチュリー「こんな状況で寝ていることなんて、できるわけがないでしょう?」
パチュリー「無理にでも起きてないと、無防備のまま巻き込まれることになるわ」
パチュリー「それに任務として派遣させられた手前、一般人の貴方に全部投げ出すのはプライドが許さない」
上条「でも、そんな体で戦えるわけが……」
パチュリー「その点は心配無用よ。 貴方たちが睨み合っている間に、ある程度応急処置はしておいたわ」
パチュリー「本当の応急処置だから、大きくは動けないけど……なにもしないよりはマシでしょう」
そう口にしつつ、パチュリーは服についた埃をはたき落とし、目の前のレミリアを睨めた。
紫水晶のような瞳孔が、吸血鬼に墜ちかけている少女を捉える。
レミリアの体から放出されている魔力。濁流のようなソレを全身に受け止めながら。
678 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/04(月) 01:09:53.19 ID:mJXyVP0+0
パチュリー「上条当麻、もう一度だけ確認するわ」
上条「……なんだ?」
パチュリー「あの子は魔術を使って体を吸血鬼に造り替えてしまっている」
パチュリー「そして『最大主教』のオーダーは『吸血鬼製造の魔術の完全なる根絶』……僅かな痕跡も残してはならない」
パチュリー「だから私達、イギリス清教の観点からでは彼女に対する対処法は『殺害』、
もしくは『行動不能にしてからの捕縛および恒久的な拘留』しか取り得る手段はない」
パチュリー「だけど貴方にはそれ以外の――――言ってしまえば、穏便な手段を所持している……それでいいわね?」
上条「あぁ。 俺の手にあると言うよりは、それができる奴を知ってるってだけなんだけどな……」
パチュリー「オーケー、わかったわ。 それだけ聞ければ十分よ。 詳しい話は全部終わった後で聞くから」
パチュリー「その時まで私達が生きていれば、だけどね。 で、これからどうするの?」
上条「まずレミリアを何とかして落ち着かせないと……」
パチュリー「とすると、武力行使しかないわね。 話し合いでどうにかなる様子でもなさそうだし」
上条「だよな……」
679 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/04(月) 01:13:02.25 ID:mJXyVP0+0
上条を荒ぶる少女の姿を見て、内心溜息を漏らす。
手の内の策を実行するにも、先にこの場を治めてからでないとどうにもならない。
すなわち、レミリアを平静に戻すのが最優先の事柄であると言える。
しかし彼女の激昂を見るに、話し合いどころか言葉に耳も貸してくれなさそうだ。
こちらへの返答の代わりとして、握り拳が飛んできそうですらある。平和的解決というものは望めそうにない。
となると自分達の残された手段は、やはり一つしかない。
上条「パチュリー、レミリアの奴ってどれだけ強いんだ?」
パチュリー「とりあえず、桁外れの筋力とそれに付随する俊敏性ってところかしら?」
パチュリー「踏みしめるだけで地面をたたき割り、眼で追うのが難しいくらい素早いわ」
パチュリー「魔術の心得もあるみたいだけど、リスクがあるから早々使わないと思うわね」
上条「……そうか、わかった」
パチュリー「驚かないのね?」
上条「不幸なことに、そういう奴等とは何度もやり合ってきてるからな。 もう慣れたさ」
パチュリー「……ご愁傷様ね」
680 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/04(月) 01:14:26.98 ID:mJXyVP0+0
何でもないことかのように言う当麻を見て、パチュリーは肩を竦めた。
『聖人』だの『魔神』だの、人外とも言えるような輩と拳を交えてきた彼にとって、
『少しばかり力があって素早い』相手など、最早慣れたものだ。
『理解できる』という時点で、脅威の部類からは大凡外れるものと言える。
彼が相手にしてきた存在とは、それほどにまで常識とはかけ離れたものだった。
だが、それを理由にレミリア・スカーレットを舐めるようなことは決してしない。
上条当麻が立ち向かうのは『力』に非ず。相手の存在意義とも言える『信念』なのだから。
上条「パチュリー、辛いだろうけどサポートを頼む」
パチュリー「了解。 でもさっきも言ったけど、今の私にできることは限られるわ」
上条「大丈夫だ。 タイミングは任せる」
当麻はその言葉を最後に、悠然とした足取りでレミリアの方へと歩んでいった。
その足取りには怯えは見られない。両手を固く握りしめ、目の前の少女を見据える。
681 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/04(月) 01:21:00.78 ID:mJXyVP0+0
レミリア「はっ、ぐっ……話し合いは終わったか?」
ぞわりと、底冷えをするような声でレミリアは当麻に言葉を投げる。
血液で顔面にへばり付いた青髪。その隙間から覗く眼孔。
口から剥き出しになった犬歯は異様なほど長くなっており、その表情と相まって猛獣のような印象を受ける。
全身に生じた裂傷とそこから滴る血液。それらに彩られた彼女はもはや、動く死体と表現しても過言ではない。
しかしその姿に反して、彼女から感じられる生気はあまりにも濃密に過ぎる。
魔力による突風はいつの間にか収まっていたが、その代わり眼に見えない圧迫感が一帯を支配していた。
レミリア「そうだ、お前のせいだ……お前さえ居なくなれば……」
片手で頭を抑えつつ、レミリアはぶつぶつと何かを呟く。
その様子は、どう見ても正気を失っているようにしか見えない。
彼女から向けられる殺気は収まることを知らず、当麻の肌に突き刺さる。
数秒ほどの静寂。嵐の中の一瞬の静けさ。
しかしそのことを当麻が感じることはできなかった。
それはあまりにも細事なもので、そしてなにより脆すぎた。
レミリア「お前が……お前がァァァァッッッ!!!」
レミリアはぎょろりと真紅の眼球を当麻に向けて。悪鬼のような表情をその顔に浮かべて。
そして堰を切ったかのような叫びと共に、彼に対して飛びかかった。
682 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/04(月) 01:22:42.22 ID:mJXyVP0+0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
683 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/04(月) 02:45:36.28 ID:Gwx14Uujo
乙です
684 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/04(月) 06:23:42.41 ID:iKebT7ME0
乙!
やっぱりおとんみたいにバサカ化するんでしょうかねー?
685 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2016/07/04(月) 08:57:13.86 ID:h9boLdCv0
うう〜ん……回復薬も他の仲間も無しに瀕死で立ち上がられてもなぁ(RPG感)
686 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/14(木) 17:31:37.34 ID:ggIKf8LC0
悪魔のような顔……バルバトスのブルア顔でもイメージトレスしとくか
687 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:08:13.13 ID:5IR1oQeN0
これから投下を開始します
688 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:09:52.36 ID:5IR1oQeN0
その速さ足るや、10mは離れていた二者の距離を言葉通り『一瞬で』詰めるほど。
一連の流れを見た者がいるならば、その者は『瞬きする間に移動していた』と評価するかもしれない。
それは正しく弾丸。そんな速さで向かってきた存在に対し、直ぐに反応できる者などいるはずもない。
できるとするならば、それは弾丸となった本人だけだろう
ブォンッ!
人間砲弾となったレミリアは眼前の少年に対し、その腕を振り上げる。
少女に相応しい、すらりとした華奢な右腕。
戦う手段としてはあまりにも頼りなさ過ぎるように見えるそれは、
その身に刻まれた刻印の恩恵により、人の頭蓋をも粉砕しうる凶器と化す。
人を遥かに凌駕する、吸血鬼の筋力により生み出されるスピード。
そして、それにより生み出される破壊力は相当なものだ。
689 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:11:35.93 ID:5IR1oQeN0
人体の大部分を占めている物質は水である。
そして水は高速で叩きつけられた時、コンクリートにも匹敵する硬度を持つようになると言われている。
『血袋』とも揶揄される人体の一部を高速でぶつけられたとしたならば、
その衝撃は如何ほどのものなのか。想像に難くはない。
上条「――――!!!」
そんな迫り来る棒状の血袋を、当麻は事前に知っていたかのように避けた。
半身ほどその身を右にずらし、レミリアの突撃と右腕による攻撃を躱す。
風切り音と共に、彼がいた場所を少女の体が通り抜けていった。
上条当麻が持つ特技、『前兆の感知』。
相手の僅かな筋肉の動きから、先に起こすであろう行動を予測する技術。
未来予知にも匹敵する判断力は、怪物同士の戦場でも渡り合える存在へと彼を押し上げる。
しかしその技術を持ってしても、心中は穏やかにはならない。
690 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:12:45.47 ID:5IR1oQeN0
当麻(っ! 速い!)
前兆を察知してから、彼の肉体が動き始めるまでには僅かな間がある。
それは彼が人である以上、どうしても生じてしまう隙。
レミリアがその隙を突く速さで襲いかかってきたならば為す術はない。
相手の行動を読めたとしても、避けられなければ意味がないのだ。
しかし幸いのことに、レミリアの速さは彼の察知能力と動作速度の許容に収まるものであった。
だが安心はできない。対応できたにはできたが、余裕は殆ど無いと言ってもよい。
一瞬でも判断に遅れたならば、攻撃を躱せずに直撃してしまうだろう。
その先に待つのは、逃れようもない『死』のみだ。
691 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:13:56.34 ID:5IR1oQeN0
ぞわぁっ!
上条「!?」
突進を避けたことを確認する間もなく、当麻の背筋を強烈な悪寒が走り抜ける。
そして直感に従うまま、彼はその場からできるだけ遠くへと全力で飛び退いた。
レミリアが反転し、再び襲いかかってきたのだ。
当麻に攻撃を躱されてから地面に足を着き、再び彼に飛びかかるまでにかかった時間は1秒足らず。
あまりにも速すぎる突撃の再来に、当麻は内心で冷や汗を流す。
後方に勢いよく体勢を崩した結果、半ば背面跳びのような形となるが、
持ち前のバランス感覚で体の位置を矯正し、危なげなく着地する。
しかし、そのことに安堵する余裕はない。これから彼は、
この曲芸師のような所業を何度も繰り返さなければならないのだから。
692 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:16:13.31 ID:5IR1oQeN0
レミリア「がァッ!!!」
三度目の突進。
鋭い声と共に、今までよりも更に勢いを増して襲い来る野獣。
当麻はそれを視認するより先に、音のみを頼りにしてレミリアの強襲を察知し、
彼女の攻撃から身を遠ざける最善の行動を弾き出し実行する。
小柄な体から生み出される風圧が、彼の髪をがむしゃらにかき乱した。
当麻「っ!」
避けると同時、当麻は背後を振り向く。しかし、そこには既にレミリアの姿は無く。
彼の目に映ったのは、捲れ上がった地面が宙を舞う光景のみであった。少女の姿は影も形も残されていない。
明らかに、初撃よりも速度が増している。もはや確認する暇すらない。
上条(拙い、見失っ――――)
「後ろだ、餓鬼が」
周りを見渡す間もなく、背後から聞こえてくる死神の声。
首筋の舐めとるような怖じ気を振り切り、声の方向を見やったその先には。
硬い握り拳を造り、腕を大きく振りかぶるレミリアの姿があった。
693 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:17:14.70 ID:5IR1oQeN0
レミリア「死ね――――」
「U A M S(水の精霊よ、数多の壁となれ!)」
少女の拳が当麻の顔面に振り下ろされるその瞬間、女の声が辺りに響き渡り、
二人の間を遮るように、当麻を護るようにして水の柱が吹き上がる。
目下から突き出す水流を視認したレミリアは、その身を翻してそれを躱した。
空に打ち上げられた水は辺り一面に降り注ぎ、地面を泥にして跳ね上げる。
全身に冷水を被った当麻は、それを気にすることなく水柱の影に隠れた。
周囲を見渡し、レミリアの姿を再びその眼に捉える。
レミリア「邪魔をするなぁッ! パチュリー・ノーレッジ!」
レミリアは自身の邪魔をしたパチュリーに怒声を浴びせていた。
怒りのあまりか、当麻の方には完全に気が向いていない。
周囲には水柱が節操なく乱立しており、その身の一部を振りまいている。
視界は最悪。集中豪雨にも似たこの状況では、件の魔術師を見つけることは叶わない。
おそらくパチュリーは、この場所から離れた場所で魔術を行使しているのだろう。
694 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:21:43.30 ID:5IR1oQeN0
パチュリー『上条当麻、私からの援護はこれが精一杯よ』
どこからともなく、パチュリーの声が聞こえてくる。
土砂降りにも関わらず耳元で囁かれているような、妙にはっきりした声だ。
パチュリー『ありったけの魔力をつぎ込んだわ。 これならしばらくの間は持続するはずよ』
パチュリー『その代わり魔力を使い切ったから、これ以上手助けすることはできないけど……』
パチュリー『ついでに簡易的な聖水式の術式を施しておいたわ。 本当に僅かだけど、その水には聖なる力が宿っている』
パチュリー『本来は自軍の補助のために使う物だけど、『幻想殺し』を持つ貴方には無意味ね』
パチュリー『でも、吸血鬼になりかけているあの子には有効の筈。 私達が知るあの吸血鬼なら、だけどね……』
パチュリー『傷を与える程の効果はないわ。 でも、動きを縛る程度ならできる筈よ』
695 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/07/25(月) 00:35:04.19 ID:5IR1oQeN0
確かに言葉通り、レミリアの様子を見ると体の動きが鈍くなっているように見える。
未だにパチュリーの姿を探しているが、その動作にキレがない。全身に重石を着けられたかのように緩慢だ。
パチュリーの思惑通りになったことを喜ぶべきか。
それとも吸血鬼に一刻一刻と近づいているレミリアに焦燥を抱くべきか。
ざあざあと降りしきる雨の中を当麻は駆け出す。
レミリアに気づかれないように気配を消しながら。
激しい雨足と雨音のおかげか、近寄るのは容易であった。
彼女が平静を失っていたことも大きいだろう。未だにあり得ない程の殺気をまき散らし続けている。
彼女は敵に対する攻撃の躊躇が一切なくなる代わりに、思考が一つに固定化されやすくなっていた。
故にパチュリーに怒りが向いている間は、彼女はパチュリーのことしか考えることができない。
彼女の思考が逸らされるのは他者による干渉があって初めて起こる。
上条「らあぁぁっ!!!」
レミリアの背後から、当麻は雄叫びを上げて彼女に目掛けて両手で握り固めた拳を叩き込む。
狙うは後頭部。正確無比に、全霊を込めて殴り抜いた。
696 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/07/25(月) 00:37:31.27 ID:5IR1oQeN0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
697 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/25(月) 21:20:24.63 ID:GvsLbN200
ずぶ濡レミィ乙!
9条流的ビターン!はありますか?
698 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:31:36.01 ID:Bpm/9TPL0
これから投下を開始します
699 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:32:38.53 ID:Bpm/9TPL0
ズガッ!!!
レミリア「っ!? がっ……!」
鈍い音と共に、レミリアは前に大きくよろめく。
一回りも体が大きい男の拳をまともに受けたのだ。普通であれば地面に倒れ込んでもおかしくはない。
しかし彼女は片足を前に踏み出し、衝撃に耐える。よろめきは見られず、意識の混濁もないようだ。
上条(あまり、効いてない!?)
全力で殴ったにも関わらず、よろめく程度に終わったその事実に当麻は驚愕する。
生身の体であれだけの眼に止まらぬ高速移動を行うのだ。
それに耐えられるような体になっているのは当然と言える。
しかし話に聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすると驚きを隠せない。
700 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:34:16.84 ID:Bpm/9TPL0
この事実は、当麻にとってかなりの問題だ。
言うまでもなく、彼の主な攻撃方法は四肢を使った近接格闘であり、それ以外の方法は持ち合わせていない。
肉弾戦が不利と言うことは、それはそのまま戦局自体が不利ということである。
パチュリーの補助があるとはいえ、この事実を覆すのは如何ともし難いだろう。
一方、その容姿に似合わない頑丈さでもって奇襲を凌いだレミリアは、
敵意の方向を背後にいる少年に切り替え、憎悪の感情を滾らせながら振り向き様に反撃を試みた。
振り返りの遠心力を加えた、鋭い拳が放たれようとする。
上条「っ!」
バキィッ!!!
レミリア「ごっ――――!?!?!?」
だがそれを予期した当麻は、追撃としてレミリアの振り向きに合わせて更に拳をお見舞いする。
フックを効かせたパンチがレミリアの頬に突き刺さり、皮膚と皮膚、骨と骨が衝突した時の凄惨の音が木霊した。
顎部に加えられた衝撃が彼女の脳を揺さぶる。歯が何本か折れ、口から飛び散っていく。
だがその程の衝撃にも関わらず、レミリアの両眼はしっかりと相手の姿を捉えていた。
701 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:35:05.87 ID:Bpm/9TPL0
ズドッ!
上条「ぐ、ぁ――――!?」
唐突に体を走り抜ける衝撃。そして遅れてやってくる耐え難い痛み。
レミリアの足が当麻の胴体、正確には肋骨部分に直撃していた。
『只ではやられない』。その意志をのせたレミリアの右足は、当麻の体に鈍重な衝撃を送り込む。
ミシミシと体が軋む。肺の中の空気が無理矢理押し出される。
酸欠で意識が遠のき、視界がストロボのように点滅する。
互いに攻撃を食らい合った2人は、弾かれるようにして逆方向に吹き飛ばされた。
どしゃっ!
上条「ぐぁっ!」
レミリア「づっ!」
泥を大きく撥ね飛ばしながら、二人はそれぞれ勢いよく墜落した。
当麻は白のYシャツが。レミリアは紅みがかったスカートが。
土の茶色によりべっとりと汚れ、斑模様を呈していた。
702 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:36:43.71 ID:Bpm/9TPL0
一見、同じような状況立たされているように見える二人。
しかしその身に受けた傷には歴然とした差がある。
無論、傷の大きさは当麻の方が上だ。聖水の雨で弱体化されているとはいえ、
吸血鬼の肉体から繰り出される蹴りは、鍛えられた人間のそれを軽く凌駕する。
本来であれば肋骨は粉砕され、それらが心臓に突き刺さり即死していた。
故に、『骨に罅が入る程度』で済んだのは幸運と言えるだろう。
脇腹に捻子を数十本ねじ込まれたかのような激痛を耐え、当麻は四つん這いから体を起こして立ち上がる。
本当であれば激痛に悶絶して直ぐには動けないはずだが、それを彼は圧倒的な精神力で押さえ込んだ。
過去に腕を切断したこともあるのだ。この程度の痛みなど、最早慣れている。
一方のレミリアも、おぼつかない足取りで立ち上がろうとしていた。
当麻を睨もうとしているが、彼女の眼の焦点は明らかに定まっていない。
顎の強打によって脳が揺さぶられ、平衡感覚を狂わされているのだ。
如何に体が頑丈でも、流石に脳はそうも行かないらしい。
今彼女の視界は、さぞグロッキーなことになっているのだろう。
だがそれでも、彼女からあふれ出る闘志は留まることを知らない。
レミリア「やるじゃ、ないか。 吸血鬼である私にここまで縋り付くなんてね」
上条「そりゃどうも。 でもパチュリーの援護がなかったら、こうはなってないさ」
レミリア「だろうな。 動き難いったらありゃしない。 お前の攻撃も躱せずに殴り飛ばされることにもなっている」
上条「俺としては穏便に話し合いで解決したいんだけどな……降参してくれないか?」
レミリア「……ふん、お断りだ」
703 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:37:11.18 ID:Bpm/9TPL0
レミリアは当麻の言葉を一笑すると、自らの魔力を右腕に集中させた。
紅電が迸り、バチバチという音と共に真紅の槍が具現する。
それと同時に彼女の体から血が吹き出るが、その傷は直ぐさま消え去り止血された。
ざりっと左足を前に出し、腰を低くする。右手で槍を握りしめ、左手はただ柄に添えるだけ。
その姿はお世辞にも、槍術を学んだ者の構えには到底及ばない。
しかしその一方で、人が編み出した術には存在し得ない『獣のような雰囲気』を感じさせる。
レミリア「パチュリーが施した『人払い』の結界。 その中にどうやってお前が入ってきたのか、未だに分からないが……」
レミリア「今となってはお前が何者かなんて、最早『どうでも良いことだ』」
ぽつりと獣は呟く。
少しばかり前のめりになり、槍を握る手に力が籠もる。
その力に呼応するかのように、槍は鈍い光りを明滅する。
704 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:38:39.42 ID:Bpm/9TPL0
レミリア「お前は私の障害物。 それ以上でもそれ以下でもない」
獣の気配が濃密になる。
彼女の周囲がぐにゃりと歪んだように見えたが、それは錯覚だ。
しかしそう錯覚してしまうほど、彼女の気迫は凄まじい。
レミリア「邪魔者は排除するだけ。 それ以外に、理由なんていらない」
空気が悲鳴を上げている。キリキリと金切り声を上げている。
それは間違いなく幻聴であるが、本当に聞こえたかのように当麻の鼓膜にへばりついて離れない。
ザワザワと寒気を感じ、勝手に冷や汗が吹き出して彼の体を濡らす。
レミリア「お前を殺して、パチュリーを殺して、フランに手をかけた奴も殺して……全員皆殺しにして仕舞いだ!」
705 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:39:35.00 ID:Bpm/9TPL0
ドンッ!と、地面が爆ぜた。
愚直な直進。だがそれ故に最速。
只ひたすら前に進むために解き放たれた脚力は、一分も余すことなく地へと突き刺さり、
そのエネルギー全てが前方への推進力へと変換される。
得物を手に持ちながらも、その速さは先ほどに勝るとも劣らない。
レミリアは風のように流れていく背景を気にも留めず、目の前にいる少年のみを直視する。
風よりも速い突撃から繰り出される刺突。
迷いが一切含まれないその一撃は、岩石をも容易く貫く魔の一刺しへと成り果てる。
刺し貫かれた部分には、歪みのない真円の穴が刻みつけられるだろう。
無論、それを只呆然と見ている上条当麻ではない。
彼は1秒にも満たないその間、レミリアの動きを察知して行動に移した。
レミリアの突撃に対し、その射線から『僅かに右へとずれる』。
レミリアからつかず離れずの微妙な距離。その行動の意図明らかに回避ではない。
彼女の俊敏性は脅威だ。一度目を外してしまえば、再び眼で捉えることは難しい。
それならば。眼で捉えられている今にのみ反攻の機が存在する。
706 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:40:19.78 ID:Bpm/9TPL0
上条「……っ!」
当麻は右手の拳を握りしめる。彼にとっての唯一、且つ最大の武器。
それをカウンターでレミリアに叩き込むことこそが、彼がとるべき最善の策。
愚直な直進に対して間を合わせることなど、彼にとっては難しいことではない。
眼の前の危険に自ら身を差し出すことなどいつものことである。
故にその策は、彼にとっては失敗する要素のないものだ。
――――しかしそれは、相手の意図が彼の思う通りのものであったらの話であるが。
ズガッ!
不意に何かが砕けるような、小さな音が聞こえた。
見やると、レミリアの槍が地面に突き刺さっている。
正しく表現するならば、『レミリアが地面に槍を突き立てている』。
当麻の場所から5メートルほどの地点。そこで彼女は自身の槍をバネにして、棒高跳びの要領で飛び上がった。
707 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/08(月) 00:42:23.21 ID:Bpm/9TPL0
上条「なっ!?」
見上げる当麻を置き去りにして宙に舞った彼女はぐんぐんとその高度を上げ、
降りかかる雨の中を突き抜けて、最終的には10階建てのビルの高さまで達する。
紅い月光によって薄く紅色に染まった夜空を背に、水濡れの地上を、そして上条当麻を俯瞰した。
片手に握る槍を肩より少し上に持ち上げ、体を大きく後ろに撓らせる。
その構えから連想できる次の行動はただ一つ。
上条当麻はそれを予見し、大地に突き穿たれようとする槍を回避しようと行動しようとし――――
パチュリー『避けては駄目! 防ぎなさい!』
耳元に響いたパチュリーの叫びを聞いて、行動を修正しようとした刹那にそれは起こった。
突如、目の前に広がる極光。
それは当麻が眼を覆う間もなく収まり、次に見えたのはあり得ないほどの大きさにまで肥大した真紅の槍。
物理的に大きくなったわけではない。先ほどの膨大な光がレミリアの槍に収束し、
それでも収束しきれなかった光が帯のようにしてその周囲にまとわりついている。
その光が槍を大きく見せているだけだ――――元の10倍にも、20倍にも。
上条「――――!」
当麻は咄嗟に自分の右腕を動かそうとする。
しかしそれよりも速く、レミリアの腕が、握られた紅槍が振り下ろされる。
キュンッ!と鋭い風切り音が鳴り響き、一筋の流星が当麻に降りかかった。
708 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/08/08(月) 00:42:52.19 ID:Bpm/9TPL0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
709 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/08(月) 00:46:58.21 ID:eF3htta6o
乙です
710 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/08(月) 05:11:57.48 ID:9FvYSr9/0
乙!
はたして、右手は届くのか
711 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/14(日) 21:25:00.82 ID:o5sJYBac0
マジ殺1000%スピア・ザ・グングニル?
712 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/17(水) 09:37:19.33 ID:PSp3yjgN0
こんなん受けたらひとたまりもない
713 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 00:53:58.44 ID:h55ri34l0
これから投下を開始します
714 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 00:55:56.78 ID:h55ri34l0
ギャギギギギギギィィィッッッ!!!
金属同士が擦れ合うような、身の毛がよだつ不快な音が大気を劈く。
吸血鬼の肉体から生み出される膨大な魔力をこれでもかとぶち込み、尚かつ一点に纏めて破壊に特化させた魔槍。
それは上条当麻が持つあらゆる幻想を瞬時に食らう右手『幻想殺し』に接触するも、
その身に宿る膨大な力を支えにして消滅の運命に抵抗し、消え去らぬままに軋む音を上げながら直進を続ける。
その推進力は、当麻が全力で踏ん張ってやっと拮抗できる程度の力。
一瞬でも気を許せば、圧し負けて胴体を容易く貫かれてしまうであろう。
しかも推進力は一向に衰える気配を見せず、今尚目の前の獲物に食らいつこうと迫る。
このままの状態が続けば、当麻の方が先に力尽きるのは明白。
その証拠に、足が地面を掘り返しながらズリズリと後ろへと押し込まれていた。
715 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 00:57:14.81 ID:h55ri34l0
上条「ぐ、あぁぁぁああああっっっ!!!」
力押しでは防げないと悟った当麻は、『防ぐ』のではなく『逸らす』事に意識を向けた。
手の平に突き刺さらんとする槍。それに乗せられた自分に向かうベクトルを、自分から逸れるように力を与える。
バギュインッ!
すると硝子が砕けるような音と共に、槍は手の平を弾かれて当麻の右へと逸れていった。
ドゴン!という鈍い音を立てて槍が地面へと突き刺さり、砕かれた地面が瓦礫となって周囲に襲いかかる。
当麻はその石礫を払いのけながら、先ほどの槍のことを考察した。
『幻想殺し』のおかげで威力が削がれていたから良かったものの、
もしも力が削がれずに直接地に突き刺さっていたとしたらどうなっていたことか。
もしかしたら、着弾した場所を中心にクレーターができていたかもしれない。
そしてその爆発に巻き込まれて、自身は無惨な死体を晒していたかもしれない。
パチュリーが自身に『回避』ではなく、『防御』を選択させた理由を彼は今理解した。
716 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 00:57:59.50 ID:h55ri34l0
レミリア(防いだだと!?)
一方上空にいるレミリアは、自身の槍を正面から防がれたことに眼を見開いていた。
あの槍にはパチュリーに対して使った量の、倍以上の魔力が込められている。
それ故に、着弾した時にもたらされる破壊力は先ほどの比ではない。
彼女としては公園の全域を更地にするつもりで放ったのだが、
その意図に反して起こったのは、大幅に威力を削がれ地面を僅かに砕くという結果のみ。
小型ミサイル級の威力を持つ力の塊を、真っ向から防いだというその事実。
一体目の前の男は何者なのか。それを考えたところで、回答に辿り着けるわけがない。
二人は初対面であり、何も語ることなく戦っているのだから。
レミリアは目の前の男について『敵である』ということしか知らない。
だからレミリアは、『上条当麻』という存在について、あれこれと推察することを放棄した。
思考の泥沼に嵌ってしまったら最後、悪循環に陥って平静を失ってしまう。
戦いの最中で他のことに気をとられてしまうのは命取りである。
『あの男はこちらの全力を真っ向から受け止める力を有している』。今重要なのはその事実のみ。
それならば、別の方向から責め立てるだけだ。
717 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 00:58:46.59 ID:h55ri34l0
レミリアの体から重力に逆らう力が失われ、自由落下を始める。
その僅かな間に、彼女は再び手の中に自身の得物を生み出した。
姿形は一緒だが、その中身は全くの別物。『当たれば相手を貫ける程度』の魔力を込めた簡易なものである。
それを強く握りしめ、当麻に向かって素早い身のこなしで放り投げた。
上条「!」
バキィン!
レミリアの行動に気づいた当麻が咄嗟にかざした右手。
その手に寸分違わず直撃し、破砕音と共に槍は霧散した。
『逸らされる』のではなく『かき消される』。
その結果の差異を生み出したのは、槍に込めた魔力の違いによるものだとレミリアは気づく。
小さな魔力を込めた槍では容易く打ち消され、多くの魔力を込めた槍では拮抗するものの弾かれる。
何とも厄介な力だ。単発の攻撃ではあの不可思議な力を突破するのは難しい。
だが勝機は見えている。あの力はどうやら手だけにしか効果を及ぼさないらしい。
全身を包んでいるのであれば、わざわざ手をかざす必要など無いのだから。
それならば、自分がとるべき戦術は――――
718 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 00:59:56.64 ID:h55ri34l0
レミリア(――――数で責める!)
レミリアは再び槍をその手に生み出す。
先ほどの槍を右手に3本、左手に3本。計6本の真紅の槍。
それを当麻に目掛けて、『一度に全部投げ飛ばした』。
神速で迫る6本の尖槍。
当麻は心臓の鼓動が一瞬不安定になるのを感じながら、その光景を見据える。
自分に当たらないものはどれか。
自身の身のこなしで避けられるものはどれか。
右手で打ち消さなければならないものはどれか。
その3つの事柄を瞬時に思考し、正答を導き出した。
719 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 01:00:24.52 ID:h55ri34l0
当たるのは6本中3本。内1本は確実に回避可能。
残り2本については、その内のどちらか1本を打ち消す必要がある。
始めに動く方向は左側前方。飛び込みながら体を捻り、腹部を狙う1本目を回避。
頭部に目掛けてくる次の1本は、首を右に捻って回避。
胸部に迫る最後の1本は予め右手をかざして破壊する。
自身が生き残るために必要な動作。それを正確無比に実行する。
ドゴンッ! ズサァッ! バギンッ!
上条「ぐっ!」
果たして、上条当麻はその命を繋ぎ止めた。
しかし無茶な動作が祟って体の節々が痛み、碌に着地もできなかったために膝や肘に擦り傷が生じている。
そして何より槍自体は避けたものの、槍のよる地面破壊から生み出された数多の石礫は避けきることはできず、
それによって全身をくまなく叩かれる結果となった。
全身に走る痛み。しかしそれにかまけている時間はない。
上空を見ると既にレミリアは次弾を用意し、投擲を行う寸前であった。
720 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 01:01:35.65 ID:h55ri34l0
レミリア「そらそらァッ!」
上条「クソッ!」
ズドンッ! ボゴッ! バキィンッ! バガンッ!
豪雨と剛槍が降り注ぐ。
その中で当麻は全力で走って回避し、避けられない槍を片っ端から右腕で叩き落としていく。
だが多勢に無勢。右手1つでは全てを捌ききることができるはずも無く。
1本、また1本と彼の体には切創が刻みつけられ、血が服に滲んでいった。
レミリア「チッ、ちょこまかと……!」
レミリアは絶技とも呼べる身体能力で回避を続ける当麻に舌打ちしつつ、地面へと降り立つ。
そして今度は自身の背丈よりも5倍も長い槍を生成し、その槍を無造作に当麻目掛けて振り下ろした。
721 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 01:02:14.63 ID:h55ri34l0
上段からの振り下ろし――――当麻は真横に跳び、ズバン!と槍は地を叩く。
下段からの切り上げ――――当麻は背中を大きく逸らし、槍は彼の前髪を僅かに切り取る。
一端引いてからの鋭い突き――――当麻は体をくるりと回転させ、槍の上を滑るようにして避ける。
ガシッ!
レミリア「!?」
突如、彼女の手に槍を通じて異様な感覚が伝わってくる。
見やると、当麻が『左手を使って』槍を掴み取っていた。彼は掴んだ槍を、渾身の力で引き寄せる。
片方は小学生ほどの小柄な体格。もう片方は高校生男子の大柄な体格。
この両者が引き合いをすればどのような事になるのか、それは想像するまでもない。
吸血鬼の肉体を持っていたとしても、不意打ちではその力も十分には発揮できない。
よってレミリアは、大きくつんのめる形で当麻の方へと引っ張り寄せられた。
722 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/08/29(月) 01:02:50.56 ID:h55ri34l0
ぽーんと、半ば飛ぶような形で彼女は槍にしがみつきながら宙を舞う。
足は地を離れ、その場に留まろうと踏ん張ることもできない。槍に導かれるがままに引き寄せられていく。
そして彼女の向かう先には。
右手を強く握りしめ、こちらを睨め付ける当麻の姿が――――
上条「ッッッ、らあッ!!!」
バゴンッッッ!!!
彼の剛拳が、再び彼女の顎を捉えた。
大凡、人が出せるとは思えないような鈍い音が響き、ミシミシと彼女の顎骨を軋ませる。
その衝撃で彼女の歯は今度こそ無惨に砕け散り、異常に伸びた犬歯がへし折れて吹き飛んだ。
723 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/08/29(月) 01:03:47.29 ID:h55ri34l0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
724 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/29(月) 02:02:22.33 ID:k+UAV4jwo
乙です
725 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/29(月) 04:41:33.94 ID:Eq3zU+Bs0
乙!
まぁ吸血鬼だしすぐに治るから大丈夫だろ
んで、そろそろ空気の出番?
726 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/17(土) 05:41:16.06 ID:MXa5cexz0
決まったー!上条さんの、あの男女平等パンチだ〜っ!
727 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/09/19(月) 23:53:29.20 ID:mw4mEHxs0
これから投下を開始します
728 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/09/19(月) 23:54:34.11 ID:mw4mEHxs0
レミリア「――――」
当麻の強烈なアッパーカットで空へと打ち上げられたレミリアは、
体を弛緩させたまま数秒ほどゆっくりと空を舞い、やがて少し離れた場所へ頭から墜落した。
ドチャッ!という水音を聞きながら、当麻は俯せのレミリアを睨みつける。
先ほどの比ではない力で、急所である顎を殴り飛ばされたのだ。
流石に起き上がることはできないだろう――――と思った矢先。
レミリア「が、ぅ……」
当麻(マジかよ……)
常人ならば確実に意識を刈り取られているはずの一撃。
それを受けて尚、レミリアは立ち上がろうともがいていた。
729 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/09/19(月) 23:55:52.25 ID:mw4mEHxs0
驚愕。そして戦慄。
明らかに人間を超越した耐久力。これが吸血鬼というものか。
聖水の雨を被ってこれなのだ。もしパチュリーの援護無しに戦っていたとしたら、結果はどうなっていたのだろうか。
おそらくここまで有利に決着がつくことはなかっただろう。
嘗て経験した命を捨てるような戦い。それを再び繰り返すことになっていたかもしれない。
レミリア「まだ、だ……! まだ、終わって、ない……!」
上条「……いや、もう終わりだよ、レミリア。 お前は戦えない」
雨が降りしきる中、当麻は自分でも驚くほど平坦な声でそう断じた。
全身が泥水に塗れ、地べたを這いつくばっている彼女。
こちらを睨んでいるように見えるが、その眼は焦点が合っていない。
未だに気迫があるようにも思えるが、それは只の強がりにすぎない。
ズタボロになった少女に更に追い打ちをかける気には、彼は到底なれなかった。
しかし、レミリアは当麻の言葉を断じて認めようとはしない。
730 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/09/19(月) 23:57:34.25 ID:mw4mEHxs0
レミリア「戦えない!? そんなわけがないっ! まだ私には立つ足がある! 拳を作る腕がある!」
レミリア「手足の1本も引きちぎれないお前が……勝ったような口を利くなぁっ!!!」
レミリアは叫ぶ。文字通り、血反吐を吐きながら。
超能力者が魔術の行使することによる副作用。
戦闘中における幾度にも渡る魔術の使用は、吸血鬼に由来する治癒力の許容範囲を遥かに超えた損傷を彼女の肉体に齎していた。
今まで問題無く動けていたのは、肉体中を循環する魔力が吸血鬼としての治癒力を活性化させ、副作用を相殺していたからだ。
しかし当麻に殴り飛ばされた衝撃により、集中力が途切れたことで魔力の循環が停止。
それに合わせて治癒力も失われてしまい、その結果今まで無理をしていたツケを支払うことになったのである。
だから、彼女はもう戦えないのだ。
これ以上は悪戯に苦しみを引き延ばすだけだというのに。
それでも尚、彼女の瞳から憎悪の炎が消えることはなかった。
731 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/09/19(月) 23:58:24.16 ID:mw4mEHxs0
レミリア「ここで私が倒れたら、誰があの子を守るのよ!?」
レミリア「気づいた時には父も母も殺されていて、故郷には二度と帰れなくなっていたわ……」
レミリア「街の外には十字教。 街の中は魔術師である私達にとって敵の科学。
私達に本当の安住の地なんて、この世の何処にも存在しない」
レミリア「それでも外よりは中の方が安心だったから、この街で生きていくことに決めたのよ」
レミリア「だけど敵陣の中じゃ何時、何が起こるかわからない。 次の瞬間には、街の全てが敵になるかもしれない」
レミリア「もしかしたら、私達が生きていることに気づいた奴が、この街に乗り込んでくる事だってあるかもしれない」
レミリア「そして、もしそうなってしまったら、何も知らないフランには自分の身を守ることなんて出来ない」
レミリア「只でさえ強すぎる自分の力に怯えているのに、殺し合いなんて出来るわけ無いじゃない……!」
フランドールは幼すぎたが故に、自身の両親が殺された事実を知ることはなかった。
それどころか『魔術』というものすら、彼女の記憶の中には残っていない。
つまり『スカーレット家の魔術師』と言えるのは事実上レミリア一人であり、
フランドールは魔術というものに関しては最早、一般人同然なのである。
そのことが果たして良いことなのか、それとも悪いことなのか。それはレミリアにもわからない。
732 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/09/20(火) 00:00:35.54 ID:SvFSZngE0
もしも妹が両親の死の真実を知ったとしたら、十字教を相手に復讐しようとするだろうか。
もしも妹が一族の魔術を知っていたとしたら、自身と一緒にこの場で戦っていただろうか。
あり得たかもしれない未来。しかしそのことを考えるのは無意味だし、してはならないことだ。
フランドールから魔術を隠し、偽りの両親の死を教えたのはレミリア自身なのだから。
妹が魔術から身を守れなくなってしまったのは、他ならぬ自分の責任。
だから彼女はどんな存在が相手でも、どんな手を使ってでも無力な妹を守りきらなければならない。
それがレミリア・スカーレットの贖罪。
大切な肉親を欺いてしまった罪を償うための、彼女に残された唯一の手段だった。
レミリア「だから、あの子を護れるのは私だけ。 あの子に危害を加える奴は、神様だって許さない」
レミリア「十字教だろうが何だろうが知ったことか……誰だろうと挽き潰してやる……」
レミリア「私達に楯突けばどうなるのか、思い知らせてやるッ!」
レミリアは再び立ち上がる。目の前の敵を駆逐せんが為に。
そうしなければ、己に課せられた十字架に押し潰されてしまうから。
例えそれが自身を死地に追いやる行動であったとしても、彼女にはもう選択肢が残されていないのだ。
手足が潰れたとしても、彼女が戦いを止めることは決してないだろう。
733 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/09/20(火) 00:01:40.99 ID:SvFSZngE0
レミリア「許さない、赦さない、ゆるさないユルサないゆるさナイユルサナイ……!」
彼女の口から呪詛のように言葉が零れ出す。
その顔は鬼の形相。視線で相手を殺せそうな程。
視界に入ったものを串刺しするかような憎悪は、その全てが目の前の人間、上条当麻へと向けられていた。
心の内から沸き上がる、圧倒的な破壊衝動。
嘗てレミリアの父も同じように破壊衝動の波に飲まれ、多くの人間を殺戮した。
このまま行けばやがて、彼女自身も破壊のみを求める怪物へと身を堕とすだろう。
彼女に刻まれた『竜の子の刻印』は、人間を吸血鬼へと昇華する代償として、
人の命を奪うことも躊躇しない残虐性を所持者に植え付ける。
人間から吸血鬼になるために支払わなければならない代償。
そしてそれは、かの『刺刑王(カズィクル・ベイ)』を生み出した原因とも言えるものなのだ。
734 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/09/20(火) 00:02:15.08 ID:SvFSZngE0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
735 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/20(火) 01:40:53.05 ID:G+EO2MSAo
乙です
736 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/20(火) 03:54:28.26 ID:pt8I8Kf90
乙!
その妹さん、ちょっと後に……
737 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/21(水) 07:16:35.05 ID:HO351Fsq0
まだ盛り上げようがあるとは思わなかったな
738 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/21(水) 16:41:07.06 ID:mg3IrYtq0
粘るな。やっぱり納豆食ってる奴は違うな
739 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/10/11(火) 01:10:10.25 ID:i8/dHQWr0
>>738
納豆を無限に生成する妖怪の話はNG
ここのレミリアも納豆好きではありますが、
無限の納豆(アンリミテッド・ファーメント・ビーンズ)の使い手ではありませんのであしからず
これから投下を開始します
740 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/10/11(火) 01:11:33.29 ID:i8/dHQWr0
――――元々『竜の子の刻印』は、嘗てのワラキア公国の国王『ヴラド三世』が考案したものである。
当時のワラキア公国は、ルーマニアやオスマン帝国といった強国に囲まれた、不運な小国に過ぎなかった。
とりわけオスマン帝国に至っては、西欧で最大勢力の神聖ローマ帝国と拮抗するほどの力を有しており、
何時攻め入られて滅ぼされてもおかしくはない状況にあったのだ。
そんな情勢で王位へ就いたヴラド三世は、常日頃から国を護るための力を求めていた。
最早、病的と言ってもいい。オスマン帝国の人質となり、ハンガリーの謀略によって父親を殺され、
更には敵国同士の代理戦争として身内と殺し合った彼は、何者にも犯されることのない強大な力を望むに至ったのである。
しかし神聖ローマ帝国やオスマン帝国に匹敵する力など、一朝一夕で手に入るようなものではない。
兵力は兎も角、彼の二国は双方共に強大な魔術国家でもあったのだ。
神聖ローマ帝国は十字教最大派閥であるローマ正教を内包し、その恩恵を最大限に受けることが出来る。
一方オスマン帝国も多くの宗教を受け入れ、十字教、回回教、六星教などによる多種多様な魔術を有している。
正しく魔術界の双璧。もはや彼等によって行われる魔術界の覇権争いに介入するなど、自殺行為も甚だしい。
下手に干渉したが最後、あっけなく踏みつぶされることになるのは明白である。
741 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:12:48.88 ID:i8/dHQWr0
だが、それでもヴラド三世は諦めることが出来なかった。
敵が如何に強大であったとしても、それに迎合する選択肢は彼の中には存在しない。
今まで不本意に思いながらも敵国の傀儡としてしか生きて来られなかったが為に、
国王になってまでも人形として生きることは、決して許容できることではなかったのだ。
とは言っても、正攻法では敵わないということも純然たる事実。
故にヴラド三世は、葛藤の末に外法を用いて力を得ることを選んだ。
彼が目に着けたのは、伝説上の存在である種族『吸血鬼』。
血を啜り、不死の肉体を持つと言われる怪物である。
彼等の存在については民間伝承の中でのみ語られていたものであるが、
現代とは違って当時の民間人多くはその存在を固く信じ、そして恐怖を抱いていた。
そしてそれは魔術界にも当てはまり、魔術師達は不死の肉体を持つ存在、
さらにそこから連想される、無尽蔵の魔力を持った吸血鬼の魔術師の出現を警戒していたのである。
742 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:13:47.49 ID:i8/dHQWr0
強大な魔力を持つ魔術師。彼等を味方に出来たら、どれほど良いことだろうか。
それを実現できれば、ワラキア公国は瞬く間に列強国の仲間入りを果たすことが出来るだろう。
だが実際は、その手段を執ることなど不可能である。相手は存在するのかどうかもわからない埒外の者達だ。
魔術が生まれて数千年。未だに御伽話の域を出ない存在に遭遇する事を期待するなど、あまりにも現実的ではない。
ならば、どうするか。どのようにすれば彼等の力を借りることが出来るのか。
散々悩んだ末に彼が思いついたのが、『偶像の理論』を利用することだった。
『偶像の理論』とは、姿や役割が似ているものは互いに影響し合い、性質や状態、能力までも似てくると言うもの。
この理論を実際に使用している具体例を挙げるとするならば、『丑の刻参り』が当てはまる。
藁人形を目に似せることで双方を同調させ、藁人形に釘打ち付けることで間接的に相手を呪い殺すことが出来る。
また、十字教の信者が常に身につけている十字架も『偶像の理論』を利用したものだ。
十字架が聖なる力を宿すのは、それが神の子が処刑される際に用いられたものを模しているからである。
『十字の形』という部分だけを似せたものなので、得られる力は元の億分の一でしかない。
だがそれは裏を返せば、それ程にまで力を分割されても十二分に効果を発揮できるということを意味し、
原本の十字架がもつ膨大な力を間接的に示唆していると言えるだろう。
743 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:14:39.43 ID:i8/dHQWr0
そして姿形を似せることでオリジナルの力を借り受けるという方法は、道具だけに当てはまるものではない。
それは生物に関しても同じであり、十字教の中ではそれを利用して破格の力を手にした者が存在する。
十字教の開祖である『神の子』に生まれつき似ていたが為に、神の力の一端をその身に授かった者達。
『聖人』と呼ばれる彼らは、奇跡とも言い切れる偶然によって何者にも揺るがされない立場へと収まった。
生物同士であったとしても、身体的特徴あるいは魔術的記号を似せることで偶像の理論を成立させることができる。
それが意味することはただ一つ。『吸血鬼に似た体を造りだせば、吸血鬼と同じような力を手に入れることができる』ということだ。
偶像の理論を利用して吸血鬼の肉体を手に入れ、それによって得られる無限に近い魔力を自国の軍力とする。
それこそが、ヴラド三世が思い描いた構想であった。
だが言葉にするのは簡単でも、実際にそれを行うには問題が山積みだ。
その中でも最たるものが、『吸血鬼がどんな存在なのか分からない』ということだろう。
『偶像の理論』を成立させるためには吸血鬼の体を模倣すればよいのだが、その『吸血鬼の体』というもの自体が謎に包まれている。
似せようにも元となるものがわからないというのに、その理論を成立させることなどできはしないのだ。
744 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:15:42.79 ID:i8/dHQWr0
だが全くの八方塞がり、手がないというわけでもない。
吸血鬼がどのような存在なのかについては、人々の口伝の中にその答えがある。
たかが口伝と侮る無かれ。
『火のないところに煙は立たぬ』と言うように、情報には必ずその元となったものが存在する。
吸血鬼の伝承はそれこそ、中東や西欧ではそこかしこから聞こえてくるほどありふれたものだ。
大半が偽情報だろうが、それだけの数があれば幾つかは本質を突いた情報があってもおかしくはない。
そしてその情報を総括することが出来れば、もしかしたら吸血鬼の秘密を暴くことが出来るかもしれない。
その僅かな望みをかけて、ヴラド三世は行動に移した。
世界中に間諜を放ち、吸血鬼に関する情報を集めさせる。
村落に伝わる伝説から、井戸端で話されるような噂話まで余すことなく記録するよう指示した。
それに加え、ヴラド三世は間諜たちにあることを取り決めさせた。
吸血鬼の存在は魔術界、特に十字教の者達にとって危険視されている存在である。
もしもワラキア公国が吸血鬼を探していると周辺国に知られれば、
オスマン帝国だけでなく神聖ローマ帝国をも敵に回すことになりかねない。
その危険を回避するためには、間諜をワラキア公国と関係がないように偽装させ、
尚かつ行動を出来るだけ目立たせないようにしなければならない。
その問題を解決するため、間諜達に偽名として統一した名前を持たせた。
745 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:17:51.67 ID:i8/dHQWr0
その名は『ヴォルデンベルク男爵』。
吸血鬼研究の第一人者と『設定された』一人の男。
間諜達は一人一人がヴォルデンベルク男爵となり、吸血鬼の情報を集める。
そして集められた情報は架空の存在である、ヴォルデンベルク男爵によって取り纏められるのである。
名前のみが共通している、姿形がまるで違う者達。仮に敵国がその存在に気づいたとしても、そう易々とその本質には近づけまい。
そうして始められた吸血鬼の探索は5年の歳月をかけて行われ、情報の真贋を精査した上で一冊の手記に纏められた。
その手記はワラキア公国において数少ない魔術師家系である『スカーレット家』に委ねられることになる。
スカーレット家に与えられた使命は、集められた吸血鬼の情報を元に、
自身の肉体を吸血鬼の近い肉体に組み替える魔術を構築すること。
本当であれば長い期間をかけて行われる新しい魔術の構築。
ところが彼等に与えられた時間は、本来必要とされるものより遥かに短かった。
与えられた時間はたったの二年。それだけヴラド三世は焦っていたのだ。
そんな短時間では、まともな形で魔術を成立させることなど出来ない。
吸血鬼の肉体に辛うじて近づけることは出来るだろうが、どんな弊害が生まれるかわかったものではない。
だが指示を出しているのは一国の王である。王の勅命に逆らうなど出来るはずはないし、
そもそもスカーレット家に逆らうつもりなど欠片もなかった。
限られた時間の中、魔術を完成させるにはどうするべきか。
彼等がとった行動は、言ってしまえば『とにかく数をこなす』ということであった。
片っ端から魔術の刻印を作成し、それを人間に刻み込む。
刻印を刻まれた者がどうなるかについては考えない。
何か変化があれば重畳。生死は些細な問題ということである。
746 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:19:03.34 ID:i8/dHQWr0
幸いにして、その狂気に塗れた実験に使える『囚人(モルモット)』は豊富にあった。
散発的に起こる戦争から得られる捕虜達、ヴラド三世が政敵と認めた貴族、その他諸々である。
スカーレット家は彼等を十分に活用し、日夜実験に明け暮れた。
その間、彼等の館の地下からは断末魔の声が絶えることはなく、館の周辺には夥しい数の墓標が生まれたという。
そうして、僅かな歳月で生み出された魔術である『竜の子の刻印』。
その試作の被検体に名乗り出たのは、他ならぬヴラド三世その人であった。
おそらく我慢の限界だったのだろう。オスマン帝国からの執拗な貢納の催促と、政敵である自国の大貴族による謀略。
内にも外にも敵がいる状況、いつ自分の身に何が起こってもおかしくはない。
故に彼は、それらの敵対する存在に対し一刻も早く力を見せつけ、牽制をかける必要があったのである。
魔術に関しては、ヴラド三世も国を治める者としてある程度の知識がある。
中世に於ける戦争は『魔術の戦争』と言っても過言ではない。
表では兵士達が剣や槍、あるいは弓を使って合戦を行うが、本当の主戦場は裏で行われる魔術を使用した戦争である。
裏の戦争に比べれば、表の戦争など子供同士の喧嘩のようなものだ。
何故ならば魔術を使った戦争は、剣や槍を使ったそれよりも遥かに効率よく敵を殺すことができる。
故に軍を動かす者として、魔術を学ぶのは必須事項であった。
747 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:20:16.30 ID:i8/dHQWr0
ヴラド三世への『竜の子の刻印』の移植。それは何も滞ることなく成功した。
刻印の発動にも問題なし。発動には処女の血が必要であるという点には多少顔を顰めたが、必要なこととして彼は割り切る。
ただ一つ誤算だったのは、刻印の効果は直ぐに目に見えた形で現れるものではなかったことということだ。
スカーレット家の見立てでは、完全に体が組み変わるまでには最低でも一年の月日を要する。
しかもそれは、刻印を常時発動し続けた場合のこと。そのためには、彼は毎日血を飲み続けなければならない。
ただその事実を知って尚、ヴラド三世の決意は揺るがなかった。
血を飲み続けるという下賤な行為。それを行う覚悟をしてでも、彼は国を守りたかったのだろう。
だが、彼の願いはある意味最悪の形となって成就されることになる。
748 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:21:28.07 ID:i8/dHQWr0
人が人以上の力を手にするためには、相応の対価が必要だ。
聖人が神の力を手にする代わり、常に力の暴発による自滅の危険を背負うように。
無論それは『竜の子の刻印』についても当てはまる。
そして当然、ヴラド三世やスカーレット家もそのことを理解していた。
――――いや、『理解しているつもりだった』。
彼らは理解していたが、対価の程度を見誤ったのだ。
毎日血を飲み続けることなど、対価と呼べるものですらないことに。
本当は、もっと大切なものを犠牲にしなければならないことに。
結論から言うと一年後、ヴラド三世は不完全ながら吸血鬼となった。
『不完全ながら』と言っても、本物と比較することができないので憶測ではあるが、その見立てに間違いはない。
吸血鬼は不死の存在なのだ。死亡が確認された彼は、本物にはなれなかったということである。
では彼の計画は失敗したかと言えば、必ずしもそうとは言い切れない。
不完全であっても吸血鬼である。寿命は飛躍的に伸び、その結果彼は膨大な魔力を手にした。
ただ一つ問題があったとすれば。
彼の性格が、別人のように変わり果ててしまったことだろう。
749 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:22:57.47 ID:i8/dHQWr0
その後に起こったことは、歴史書に記された通りである。
彼は自身に敵対する貴族達を一切の躊躇いも無く処刑し、国の権力を掌握。
さらには貢納の要求のために来訪したオスマン帝国の使者を串刺しにした。
そしてそれに激怒したオスマン帝国が、大軍を率いて攻め込んできた時。
彼は捕虜にしていた数万のオスマン帝国の兵士を、全て串刺しにして野に晒したのだ。
ヴラド三世が、何故そのような残虐行為を平気で行えたのか。その理由を知る者は最早いない。
彼の凶行は『彼自身が異常者であったから』ということにされ、
周辺国がそれを真実として大規模なプロパガンダを展開したからだ。
やがてヴラド三世は、『竜の子(ドラクレア)』から『悪魔の子(ドラキュラ)』と呼ばれるようになった。
『竜の子』の名は彼の父、ヴラド二世が『竜公(ドラクル)』と呼ばれていたことに由来するものであるが、
聖書においては『悪魔サタン』は竜の姿として描かれることがあったために、竜と悪魔は同一視されていた。
それ故に『竜の子』と呼ばれていたはずのヴラド三世は、後世において『悪魔の子』と呼ばれるようになり、
さらには父も『悪魔公』と蔑まされることになったのである。
そして彼は死後400年の後、一人の小説家によって吸血鬼のモデルとして取り上げられることになり、
人々から『吸血鬼ドラキュラ伯爵』として広く知られることになる。
事実は小説より奇なり。魔術師たちは今も尚吸血鬼の存在を頑なに否定しているが、
魔術を知らぬ者たちは、無自覚ながらも吸血鬼の存在について真に迫るに至った。
750 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:23:56.92 ID:i8/dHQWr0
一方、歴史の表に出ることがなかったスカーレット家はどうなったのか。
彼等の結末を一言で済ませるならば、『関係者は皆、一人残らず死んだ』。
ヴラド三世の身に起こった異変を真っ先に察知したのは、他ならぬ彼等であった。
刻印発動の経過観察のため、常に彼の傍にいたのだから当然である。
だがそれでも、その時には全てが手遅れの状態となっていた。
ヴラド三世は元々、歳をとるにつれて気性が荒くなっていたために、
『性格の凶暴化は刻印の影響によるものである』と即座に判断できなかったのだ。
故に彼等が気づいた時にはもはや、刻印によるヴラド三世の人格浸食は末期に至っていた。
スカーレット家は即座に『竜の子の刻印』を停止することを進言。
合わせて『人造吸血鬼による自軍の戦力補強計画』の中止を請うた。
彼等は暴走した吸血鬼によって自国が破壊されることを恐れたのだ。
まぎれもなく、彼らの行動は国を守るための善意によるものである。
しかし皮肉にもその行動は、他ならぬヴラド三世によって国への敵対行為として判断されてしまった。
国の存亡の全てをその計画に賭けていたヴラド三世にとっては、計画を否定する存在は正しく国賊そのもの。
その言葉をその耳に聞いた時、怒りに思考の全てを奪われた彼は、有無を言わさず魔術師達を皆殺しにした。
最も卑しい処刑とされる『串刺しの刑』を、彼らに生きたまま施したのである。
751 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:26:26.88 ID:i8/dHQWr0
魔術師達が全滅したことで、『竜の子の刻印』の研究は完全に途絶するに至った。
それと同時に、その魔術の詳細を知る者もこの世には一人としていなくなった。
『竜の子の刻印』はワラキア公国にとっての切り札と言えるもの。
諸外国に情報が漏れることは国家の危機と同等のことであったが故に、
魔術に関する情報は極々限られた者にのみ知らされていたのだ。
後に残されたのはヴォルデンベルク男爵の名が記された手記のみ。
ワラキア公国の間諜達が西欧全土から集めた吸血鬼の情報と、
それらの文章に紛れ込ませる形で魔術師達が記した『竜の子の刻印』の術式。
魔術界を震撼させる禁術が記された一冊ノートは、ヴラド三世の計画に関わることが無かったがために、
奇跡的に粛清を逃れたスカーレット家の生き残りに継承されることとなった。
彼らはこのノートを手に入れた折、研究に携わっていた同族から聞いていた『人類種からの脱却』、
『我々の悲願』といった断片的な情報から、『魔術の完成はスカーレット家の目指すべき到達点』と判断。
道半ばで死んだ同族の遺志を継ぐため。そしていつしかその無念を晴らすため。
彼らはスカーレット家の威信をかけて、『竜の子の刻印』の完成に腐心するようになっていった。
752 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/10/11(火) 01:28:03.90 ID:i8/dHQWr0
今日はここまで
当時の情勢に関しては囓った程度なので、突っ込みどころ満載だとは思いますがご容赦を
質問・感想があればどうぞ
753 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/11(火) 07:27:04.63 ID:uOAclles0
もはや、怨鎖の歴史の意志の傀儡と化したか……
754 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/11(火) 10:10:30.74 ID:hFppvuE5o
乙です
755 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/11(火) 20:22:17.40 ID:o29+9UGu0
しかしどんなに重い歴史を持っていようと、結局は奴の拳によって、無念の内に完膚なきまでにぶっ飛ばされる『運命』にあるのであった……
756 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/10/12(水) 22:09:22.35 ID:N2udMSl+0
どこぞの聖☆なおにいさんがまた聖痕を開かれておられるぞ!
757 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/11/07(月) 00:09:35.43 ID:MjY1RhzW0
これから投下を開始します
758 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:10:29.06 ID:MjY1RhzW0
――――そして現代。
500年もの間絶えることなく脈々受け継がれてきた研究は、それを成してきた一族に一切の恩恵を与えることなく、
むしろ恩を仇で返すかのように一族の少女を破滅に追いやろうとしている。
それはまさに『呪い』。人ならざる怪物に近づこうとした愚者に下された断罪のよう。
一族が己の犯した罪科に対し、全ての命を以て償うまで、その呪縛が解かれることはないだろう。
残念ながら、その事実に気づけるものは誰もいない。
かの魔術の真実は歴史の闇に葬られてしまった。答えの無い設問に解答することなど出来るはずもない。
故に少女達を蝕む呪いを知り、それを解くことが出来る者はこの世の何処にも存在しないのだ。
だが――――
759 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:10:58.60 ID:MjY1RhzW0
上条「……そうかよ」
だからといって、少女達を見捨てる理由にはならない。
現に彼女達が『何か』に犯され、苦しんでいることはわかるのだ。
知ることは出来なくても。理解することは出来なくても。
助けを求める者達の手を取ることは、誰にだって出来るはずである。
上条「もしもお前が『自分しかフランを救えない』と思ってるなら――――」
そしてそれを理解しているからこそ、上条当麻は走り続ける。
何処かに困っている人がいる。それに気づいた自分がいる。
たったそれだけのことで、彼は足を動かすことが出来る。拳を振るうことが出来る。
誰にでも出来て、誰にとっても成し難いことを彼はこなし続けられる。
760 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:11:56.40 ID:MjY1RhzW0
だから今回のことも、何時も日常の中で行っている『人助け』と変わらないのだ。
助けるはずの少女達が怪物に成り果てようとしていても。
その少女達と殺し合い一歩手前の闘争をすることになっても。
彼にとって見れば、『人助けするための一過程』に過ぎないのだから。
上条「自分達には誰も手を差し伸べてくれないと思ってるなら――――」
よって彼はここに宣言する。
誰かを助ける際に立ちはだかる幾重もの障害。『無情なる幻想』と『非情なる現実』。
人々を不幸に陥れる様々な災禍を、渾身の力で打ち砕くように。
彼は『救済の言霊』を理不尽に向かって叩きつける。
761 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:13:15.76 ID:MjY1RhzW0
上条「まずは、そのふざけた『絶望(げんそう)』をぶち殺す!」
762 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:14:07.03 ID:MjY1RhzW0
レミリア「う、嗚呼ああぁぁぁァァァァァッ!!!」
当麻の宣言を聞き届けるか否かにおいて、レミリアは目の前の相手に目掛けて突貫した。
口から零れ出すのは絶叫。目尻から流れ落ちるのは血涙。
狂気に囚われた野獣のように、少女は地を走り抜ける。
理性の欠片も見られないその姿は、底まで魔に墜ちてしまったかのように見える。
だが当麻の目には、彼女の姿が『親に駆け寄る泣いた子供』のように映っていた。
おそらくそれが、レミリアが自ら心の奥底に封じ込めた『弱さ』なのだろう。
彼女親を殺され、敵地に移り住み、信用できる者がいない四面楚歌の中で、たった一人の妹を護り続ける。
周りに助けを求めるどころか、弱音さえ吐くことすら許されない。そんな生活を10年もの間続けてきたのだ。
彼女が抱え込んでいた苦悩は如何ほどのものだったのか。所詮、部外者である当麻には知る由もない。
だがその苦悩は今ここで、彼女の内から漏れだそうとしている。
普段の彼女であれば、押し殺した感情を吐露するなどということはしなかっただろう。
冷静に目の前の敵を消し去る方法を思案し、間違っても突貫などと言う行動を起こすことはなかった。
だが今の彼女は普通ではない。その身は半ば人ではなくなっているが為に、心の扉が弛み始めていた。
それ故の叫び。10年もの歳月の間降り積もった、救いを求める心の声。
763 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:15:11.15 ID:MjY1RhzW0
そんなレミリアの姿を見て、当麻の決心は今まで以上に強固となった。
彼女達を必ず絶望の淵から救い出してみせる。必ずハッピーエンドにしてみせる。
例えこの身が削がれようとも、彼女達を笑顔にしなければならないと。そう改めて誓った。
ものの数秒で接近してきたレミリアから右手が突き出される。
目標は上条当麻の頭部。直撃したら最後、彼の頭を水風船のように破裂させる凶悪な一撃。
例え掠ったとしても、肉を剃刀の如く抉りことが出来るだろう。
その一撃から『無傷で生還したい』のならば、全霊を以て回避しなければならない。
だが当麻は、あえてその手段をとることはしなかった。
レミリアの腕が彼の顔の横の傍を通り過ぎる。
バチッ!と、何かが弾けるような音と共に、当麻の脳髄に激痛が突き刺さった。
彼女の腕が耳を掠ったのだ。耳の一部が千切れ飛び、小さな肉片と僅かな血液が宙を舞う。
だが、そんなことは気にしない。耳の一つや二つくれてやる。それくらいなら、支払う代償としては安いものだ。
当麻は己の右手を握りしめる。全神経を集中させ、自身が持つ唯一無二の『拳(ぶき)』を掲げる。
二人の体がすれ違い、極限まで圧縮された時間の中で、互いの視線が交錯する。
764 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:16:13.37 ID:MjY1RhzW0
レミリア(――――)
この時レミリアはふと我に返り、そして悟った。
瞬刻の間、自身の眼に映った上条当麻の素顔。彼の中に携えられた感情を、彼女は確かに理解したのだ。
黒曜石のように澄んだ瞳。その中心に座するのは、砕けることのない金剛石の如き意志。
『絶対にお前を止めてみせる』。その言葉が、嫌が応にも彼の瞳を通して伝わってくる。
ここまで力強い瞳を持った人間に、今まで会ったことがない。
ここまで純粋な心を持った人間に、今まで会ったことがない。
こんな状況にも関わらず、場違いにも彼女は上条当麻の瞳に見惚れてしまったのだ。
この男は絶対に折れない。
例え神が相手であっても、彼は屈することなく立ち向かうのだろう。
だから、彼に会ってしまった時点で私が負けることは必定だった。
フランを傷付けてしまった過去に何時までも怯えている私が、
未来をこの手で掴もうとひたすら邁進する者に勝てるはずがなかったのだ。
765 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:17:43.19 ID:MjY1RhzW0
――――瞬刻の時間が過ぎる。
思考に埋没したレミリアが、そこから抜け出すことは終ぞ無く。
当麻の右拳が、無防備な彼女の顔に深々と突き刺さった。
766 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/11/07(月) 00:20:20.67 ID:MjY1RhzW0
今日はここまで
短すぎてワロエナイ
質問・感想があればどうぞ
767 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/07(月) 01:01:17.68 ID:C75CdQlLo
乙です
768 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/07(月) 05:38:33.46 ID:5a0uiGSG0
遂に完全完璧な男女平等パンチが決まったかーっ!!?
見た目幼女の精神そのものすら徹底的にぶち抜き壊す一撃いいィ〜〜〜ッ!!
だが吸血鬼化問題はまだ解決してないぞっ!
上条!早くお前の考えに則った解決策を見せてくれっっ!!
769 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/08(火) 21:30:38.77 ID:Fi47fcHd0
手懐けるというか手(拳)で懐ける
770 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/09(水) 19:38:22.89 ID:7ZhD9WrF0
そ げ ぶ 頂きました〜
771 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/10(木) 19:03:29.15 ID:RzRVONwB0
痛みが……ゆっくりと襲ってくる!
772 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2016/12/05(月) 00:08:53.26 ID:FyUFA4MH0
これから投下を開始します
773 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:09:32.85 ID:FyUFA4MH0
* * *
774 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:10:50.52 ID:FyUFA4MH0
上条「はぁっ、はぁっ……!」
荒く息を切らしながら、上条当麻はその場に膝をついた。
地面の砂利が手の平を小さく突き刺し、泥水が指の隙間を流れていく。
頭を流れ落ちる雨水が眼に入るが、それを拭う気力すら今は起きなかった。
脇腹を蹴り飛ばされ、全身を瓦礫で打ち付けられ――――最早痛くない場所など何処にもない。
その中でも特に激痛なのが、つい先ほど千切り飛ばされた右耳。まるで赤熱した火鋏で挟まれたかのようである。
更には未だに降り続く雨が傷を痛めつけ、思わず悲鳴を上げてしまいそうだ。
手で押さえたい衝動にも駆られるが、還って悪化させることは眼に見えているので、歯を食いしばりながら我慢した。
見やると5メートル程離れたところに、レミリアが仰向けに倒れ伏している。
気絶しているようだ。全力で顔面を殴ったのだから、当たり前のことであるが。
いや、それは些か希望的観測か。レミリアの肉体の半分は吸血鬼。未だに意識が残っていることも十分にあり得る話だ。
だが今すぐに起き上がるということはないと思いたい。こちらも相当無理をしているのだ。
戦えないことはないが、動きに精彩を欠くことになるのは目に見えている。
このまま終わってくれるのであれば、それに越したことはない。
775 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:12:05.70 ID:FyUFA4MH0
パチュリー『終わった……のかしら?』
どこからともなくパチュリーの声が聞こえてくる。
その懐疑を含む声色を聞く限り、やはり彼女もレミリアの再起を警戒しているようだ。
魔術師だからこそ、吸血鬼という存在を知っているからこそ、当麻よりもその思いは強いのだろう。
上条「俺があいつを調べようか?」
パチュリー『そうね……その方が良いわね。 私は魔力切れでもう体がギリギリだし、
喘息持ちの私がその雨の中に入るのは、正直遠慮したいわ』
パチュリー『あの子の無力化が未だに出来ていない危険性を考えると、雨を止めるのも尚早だろうし……』
上条「あぁ、わかった」
776 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:16:38.31 ID:FyUFA4MH0
当麻はそう言葉を返しながら、重い体を引きずってレミリアの元へと近寄った。
当のレミリアの様子と言えば、一目で見た感想は凄惨の一言に尽きた。
可愛らしい意匠が施されていたであろうドレスは、半分以上が破れたり、燃えたりして消失してしまっている。
辛うじて残っている部分についても、その大半が皮膚にただへばり付いているだけであり、
自身の血液や泥に酷く汚れていることもあって、もはや服としての機能を果たしていなかった。
一方で肉体の傷はというと、何故か先ほど当麻が殴り飛ばした顔面部分の痣以外の傷は見られない。
全身血まみれにも関わらず、命の危機に関わりそうな怪我は一切見られないのだ。
辺りの惨状を見るに、レミリアはパチュリーとも死闘を繰り広げていたはず。
加えて戦いの最中に行った魔術の行使。能力者である彼女は他の例に漏れず、
土御門のそれと同じように副作用として全身から血が噴き出していた。
それなのに殆ど無傷。その事実から、吸血鬼の再生能力が如何ほどのものなのか窺い知れる。
上条(意識は……………………ないか。 呼吸をしてるから、死んでるわけでもない)
上条「パチュリー、大丈夫みたいだ」
777 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:20:20.55 ID:FyUFA4MH0
その言葉から数秒後、降り続いていた雨が突如止む。
空には数多の星と紅い月が浮かんでおり、先ほどまで雨が降っていたことなど微塵も感じさせない。
不意に一陣の風が公園を吹き抜け、水に濡れた体から戦いの余韻を瞬く間に奪っていった。
やがて聞こえてきた水溜まりを歩く音に対し、そちらの方角を見やると、
パチュリーが些か疲れた様子でこちらの方に向かってくるのが見えた。
その足取りはやや遅く、未だ魔力切れの症状が残っているように見受けられたが、
少なくとも先ほどのような身動きが取れない状態から回復しているようだった。
パチュリーは当麻の右耳に簡易的な治療魔術を施すと、地面に伏せたまま目を覚まさないレミリアを見下ろす。
彼女の表情をその背後に立つ当麻から見ることは出来ない。
ただその背中から感じられるものは、如何ともし難い虚無を感じさせるものであり、心なしか姿も小さく見えた。
今、彼女は何を思っているのだろうか。嘗てパチュリーとレミリアが知人の間柄であったことは土御門から聞き及んでいる。
嘗ての友人と殺し合う。例えそれが偶然に因って齎されたものであり、
お互いの立場上仕方のないことだったとしても、そう簡単に割り切れるようなものではないだろう。
表面上は平静を取り繕っていても、内心は深い傷を負っているのは想像に難くない。
本人は絶対にそれを認めることはないであろうが。
778 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:26:33.47 ID:FyUFA4MH0
「終わったか?」
湿った空気の中を、男の声が通り過ぎる。
当麻がここに来る途中で一旦別れ、別行動をとっていた土御門元春が戻ってきたのだ。
彼はこの場の雰囲気に似合わない、いつも通りのにやけ顔を浮かべながらそこに立っていた。
ただサングラスに隠されて見えないその瞳には、表情とは裏腹の真剣な感情が宿っているように思われた。
上条「土御門!?」
土御門「どうやら、問題無く事は済ませられたらしいな。 ここに来るまでの間、気が気じゃなかったんだぜい?」
パチュリー「随分と遅い到着ね。 こっちは怪物相手に立ち回ってたのに、随分と余裕そうじゃない?」
土御門「いや〜実はヘマをやらかしたせいで、こう見えても全身が痛くて結構辛いんですたい」
土御門「本当ならさっさ切り上げてお休みしたい気分なんだにゃー」
上条「土御門! お前、動いて大丈夫なのかよ!?」
土御門「その心配は御無用だぜい、カミやん? 『冥土返し』謹製の塗り薬のおかげで、表面上の傷は完治してるにゃー」
土御門「ま、流石に内臓までは無理だけどな。 今でも口の中が血の味しかしないぜい」
パチュリー「ふぅん……貴方とあろう者が、そんな大怪我を負うなんてね。 油断でもしたのかしら?」
土御門「油断というか、予想外のことだがな。 まぁそんな訳だから、遅れたことについては勘弁してほしいですたい」
779 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:29:15.96 ID:FyUFA4MH0
そんなことを口にしながら、土御門はへらへらと笑う。
全身を、それも体の内外問わず裂傷を刻まれたというのにこの態度。
本当であれば立っていることすら苦痛だろう。しかし彼の演技は、自身が重傷患者であるということをまるで感じさせない。
そんな様子に当麻とパチュリー一同は呆れつつ、脱線した話題を強引に戻す。
上条「土御門、インデックスとフランはどうしたんだ? 姿が見えないけど……」
土御門「あの二人なら、乗ってきた車に待機させてる。 フランドールの方は疲労で眠ってるがな」
土御門「俺の知り合いに監視させてるから、何か起こったらすぐわかるぜい」
パチュリー「で、これからどうするの? 詳しくは聞いてないけど、いい方法を見つけたそうじゃない?」
パチュリー「二人を『処刑塔』に幽閉せずに済ませられる……そんなご都合主義の最たる方法を」
土御門「あぁ、そうですたい。 まだいくつか問題が残っちゃいるが、不可能じゃあないって方法だ」
土御門「博打染みた部分もあるにはあるが、やって損はない」
パチュリー「へぇ……で、どんな方法なのかしら? 立案者さん?」
780 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:30:39.08 ID:FyUFA4MH0
パチュリーは立案者である当麻に視線を向け、その眼を細める。
吸血鬼製造の鍵を握っているレミリアとフランドール。本来であれば、二人は『処刑塔』への幽閉は免れない。
だがあろう事か、上条当麻はその結末を回避できる画期的な方法を知っているという。
心の底では思うところはあっても、結局考えることをしなかったパチュリーにしてみれば、些か複雑な心境である。
組織としての立場があり、そして何より良くも悪くも合理的になりすぎてしまった彼女には、
その行いをすることは土台無理な話だったのかもしれない。
『生き別れになった友人』としてより、『組織に敵対する存在』としての認識が先に来てしまったのだ。
そんな自分になってしまったことを後悔しているわけではないが、言い得ない靄が心に巣くうのを感じていた。
言ってしまえば、パチュリーは当麻に嫉妬しているのだ。
自分では出来なかったことを成してしまったこの少年に対して。
だが彼女は、自身の心に生じた靄が『嫉妬』と呼ばれるものであることに気づいていない。
元々他者との交流を殆どすることがなく、そのことを気にも留めずに生きてきた彼女にとって、
自分と他人を比較して、あまつさえ自身が誰かの後塵を拝することに感情を抱くことなど無かったのだろう。
だから彼女は理由の思い当たらない、しかし確かに存在する不快感に苛立っていた。
781 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:32:04.67 ID:FyUFA4MH0
上条「ん? 説明したいけどまだ……」
パチュリー「どんな方法かわからないけど、巫山戯たものなら試作魔術の実験台になってもらうから」
上条「え?」
パチュリー「試したいものがあったのよね。 『幻想殺し』なら大丈夫そうだし、丁度良かったわ」
パチュリー「ま、当たり所を間違えるとケチャップになるものもあるけど……」
上条「……どうしてパチュリーさんは怒ってらしているのでせうか? 俺、何もしてないよな?」
パチュリー「知らないわよ、そんなこと」
上条「いや、それは理不尽すぎると思うのですが……」
パチュリーからの特に理由が思い当たらない敵意に対し、当麻は思わず辟易する。
まさか自身が嫉妬されているなど露ほども思っていない彼に、パチュリーの心境を察することなど出来るはずもない。
が、知り合いから心当たりのない敵意を向けられて平然としていられるほど剛胆というわけでもなく。
当麻はパチュリーに理由を問い質そうとして、その前に土御門が会話に割り込んできた。
782 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:33:49.73 ID:FyUFA4MH0
土御門「カミやん、役者は揃っちゃいないが説明くらいはしても良いと思うぜい?」
土御門「『彼女』のことは心配しなくても良い。 カミやんが頑張っている間に説明は済ませておいたからな」
上条「そうなのか?」
土御門「善は急げってにゃー。 ま、向こうもこうなることは薄々感づいていたみたいだからな」
土御門「特に滞ることもなく、スムーズに話は済んだぜい」
上条「……………………怒ってたりしたか?」
土御門「言葉の節々に棘を感じたくらいかにゃー。 まぁ、そのくらいですたい」
上条「うげ、マジか」
土御門「彼女に黙ってたこと、後でじゅ〜ぶんに謝っておくんだな」
上条「いや、だって仕方ないだろ!? こんな事に巻き込めるわけ無いだろ!?」
土御門「カミやん、女の子ってのはどんな理由があっても約束を破られるのは嫌なもんなんだぜい?」
土御門「下手に言い訳するより、とりあえず土下座しといた方がいいにゃー」
上条「ちくせう、不幸だ……」
土御門「カミやんにとっちゃ、土下座なんて朝飯前だからそんなに気を負わなくても大丈夫ですたい」
783 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:36:06.32 ID:FyUFA4MH0
これから起こるであろう出来事に対してうな垂れる当麻に、全く慰めにもならない、
そもそもその気すらない言葉を土御門は笑いながら口に出す。
そんな戦闘後とは思えない空気の中、しびれを切らしたパチュリーは二人に食ってかかった。
パチュリー「そんなことはどうでも良いわ。 その方法は一体何なの? 早く教えなさい」
土御門「そうだな、雑談はここまでにしておくか。 んじゃカミやん、説明をお願いするぜい」
上条「俺がか? お前が説明した方がわかりやすいと思うんだけど……」
土御門「カミやんが提案したんだから、カミやんが説明するのが筋ってもんだ」
土御門「フォローはしてやるから、大船に乗った気持ちで話していいぞ」
上条「泥船じゃなきゃいいんだけど……」
ぶつくさ言いながら当麻は目前のパチュリーに眼を据える。
彼女の視線はまるで物理的に当麻の体に穴でも開けるとでも言うかのように、ギラギラとしたものとなっていた。
胴体に抉り込まれるかのような視線に冷や汗をかきながら、若干乾いた口を開く。
784 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:37:26.63 ID:FyUFA4MH0
上条「えっと、まず、状況の把握からだな……レミリアとフランが幽閉されようとしている理由は3つある」
パチュリー「えぇ、自らを吸血鬼に変貌させる刻印を所持していること、その刻印に関する知識を知っていること、
そして彼女自身が半ば吸血鬼化していること」
パチュリー「この内のどれか1つでも可能性がある時点でアウト。 幽閉は避けられないわ」
土御門「最悪の場合、刻印の知識を知るために拷問コースまで行っちまう可能性もあるけどな」
土御門「ただそれをやっちまうと、力を手に入れる代わりに特大の爆弾を抱えることにもなるから無いと思うぜい」
吸血鬼を抱えることは、確かに自陣の戦力を飛躍的に高めることが出来る。
たった数人いるだけでも、魔術サイドのパワーバランスをちゃぶ台返しの如くひっくり返すことも可能だろう。
しかも聖人と違って、時間をかければ量産も出来てしまうのだ。これほどにまで魅力的な術式は存在しない。
その存在を知った魔術師ならば、ありとあらゆる手段を用いてそれを手にしようと躍起となるに違いない。
だが十字教の一角であるイギリス清教にとって、吸血鬼の存在は唾棄しなければならないものだ。
『魔術師』としてではなく、『十字教の信徒』として。神に呪言を吐き付ける存在である吸血鬼は、
神を心の底から信奉する者達にとって不倶戴天の怨敵と言えるだろう。
故に吸血鬼をその身に受け入れることは、猛毒を自ら摂取するようなもの。
魔術師の坩堝と評することが出来る『必要悪の教会』であっても、それを看過することはあり得ない。
785 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:40:19.62 ID:FyUFA4MH0
上条「刻印は俺の右腕で破壊できるだろうから問題はない。 刻印を作る方法も、レミリアの頭を覗けば何とかなるみたいだ」
上条「俺としてはそんなことはしたくないんだけど……」
土御門「ちなみに記憶に関する役目はパチュリーに任せるつもりだぜい」
パチュリー「ちょっと、本人に相談もせずに何勝手に決めてるのかしら?」
土御門「まぁまぁ、赤の他人に任せるよりかは大丈夫だからって判断ですたい」
土御門「何も知らない魔術師がいきなり吸血鬼の存在を知ったとして、予想外のトラブルが起こらないとも限らない」
土御門「その場でレミリアの脳を破壊するかもしれないし、そんなことになったら眼も当てられない」
土御門「何より約束したイギリス清教の面目は丸潰れだ。 ただでさえ、カミやんには借りがあるんだからな」
土御門「それよりだったら、旧友のお前さんがやった方がまだ安心って事さ」
パチュリー「……………………はぁ、もういいわ。 で、あと一つはどうするつもりなの?」
パチュリー「あの子達の体を何とかしないと、結局の所手詰まりでしょう?」
上条「そのことなんだけど――――」
土御門「……ちょっと待て、カミやん」
上条「え?」
786 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:41:17.37 ID:FyUFA4MH0
当麻が言葉にするより先に、土御門がそれを制した。
眼を向けると、何やら公園の向こう側を眺めているようである。
何か不味いことでも起きたのか?
良くない存在が接近しているのかと一瞬警戒したが、それがただの杞憂であることに気づく。
何時にも増して口角を釣り上げ、おちゃらけた雰囲気を醸し出すその顔を見れば一目瞭然だ。
そんな彼は軽く一息ついたかと思うと、見なくてもわかるような浮ついた雰囲気の視線をこちらに向けて告げた。
土御門「どうやら、我らが待望の巫女さんがおいでなさったようだぜい?」
上条「!」
その一言で、当麻はこちらに向かってくるのが誰なのかを察した。
この事件の解決の鍵となる人間。吸血鬼を呼び寄せて滅する異能の持ち主。
そして、記憶を失った『今の上条当麻』が初めて救い出した少女。
姫神秋沙。
いつもはすまし顔で口数も少ない彼女が、息を切らしてこちらに駆け寄ってきた。
787 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2016/12/05(月) 00:45:16.42 ID:FyUFA4MH0
今日はここまで
ふと見渡すと禁書スレが殆ど無いことに気づく
もしかしたら吸血鬼編が終わり次第、小説形式に書き直して別の場所で続けるかも
質問・感想があればどうぞ
788 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/05(月) 08:10:23.32 ID:cA3Sx5f60
待望の巫女?「休憩時間があり過ぎるってのも、暇で問題ね」ズズズ...
別の場所でやってくれるにしても、誘導か宣伝はしてよね!
789 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/05(月) 12:55:40.45 ID:nMBhGsN5o
乙です
790 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/06(火) 11:30:51.74 ID:0EwKwkz40
EXボスと6ボスを攻略したなら紅魔編はEDに入るな
紅魔邸は、以前までの現状維持を超えた温かい日常を得られるのか?
791 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/01/06(金) 20:28:27.04 ID:LTq/Bgx40
>>788
妖々夢編になれば出番あるから許してくださいお願いします
正月明けってことでちょいと忙しいので来週に投稿する予定
そう言えばどのくらい放置でスレ落ちしたっけここ?一ヶ月?
792 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/13(金) 11:05:49.10 ID:1kqniPjo0
確か誰のレスも無いと1ヶ月だったかな?まぁ管理人の管理の兼ね合いもあると思うけど
793 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/01/16(月) 00:30:50.69 ID:B0pI08Tp0
これから投下を開始します
794 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2017/01/16(月) 00:32:25.64 ID:B0pI08Tp0
姫神「はぁっ、ふっ、……上条君。」
上条「……姫神」
呼吸を落ち着けつつこちらに向けてくる彼女の瞳には、一言では言い表せない感情が込められているように思われた。
結局、彼女に相談することなくここまで来てしまった当麻への非難か。
それとも、彼女を危険晒したくない当麻の考えを蔑ろにしてしまった事への負い目か。
いずれかなのかはわからないが、二人は幾許かの間気まずい視線を交わすこととなった。
そんな二人を余所に、姫神秋沙のことを知らないパチュリーは彼女のことを土御門に尋ねる。
パチュリー「土御門、彼女が事態収拾のための鍵なのかしら?」
土御門「そうだにゃー。 カミやんが用意した現状打開のための必殺の手札ですたい」
パチュリー「必殺の手札、ねぇ……何処にでも居そうな日本の女子高校生といった感じだけど」
土御門「外見はそうでも、中身は結構複雑な事情を抱えてるんだけどにゃー……『吸血殺し』と言えば判るか?」
パチュリー「! まさか、それって……」
土御門「そのまさか、だにゃー」
795 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2017/01/16(月) 00:33:29.99 ID:B0pI08Tp0
土御門はにやりと口角を釣り上げるが、それとは対照的にパチュリーは文字通り頭を抱えて溜息をつく。
彼女は上条当麻が提案する作戦というものを土御門の言葉で察したわけだが、
その作戦が余りにも荒唐無稽すぎるものだったからだ。
それこそ、それを容易に悟ってしまった自分の頭脳を呪いたくなってしまうほどの。
パチュリー「……彼が言う作戦のことは大凡見当がついたわ。 本当に……えぇ、本っ当に馬鹿げた作戦ね」
土御門「まぁ、誰だってそう思うだろうな。 出来の悪い都市伝説をクソ真面目に信じるようなもんだ」
土御門「こんな事を魔術師達の面前で発表しようものなら、今世紀最高の笑い話として拍手喝采間違いなしだぜい」
パチュリー「ふざけないで。 それを判っていながら、どうして彼の案に賛成したのかしら?」
パチュリー「貴方はもっと合理的で、現実主義的な人種だと思っていたのだけど?」
土御門「おいおい、そいつは心外だぜい。 流石に親友の命がけの頼みを合理性だけで切って捨てるような薄情者じゃないにゃー」
土御門「まぁ、論理もへったくれもないようなものだったら問答無用で却下してたけどな」
土御門「俺がカミやんの案を採用したのは、偏に『吸血殺し』の存在があったからだ」
土御門「吸血鬼の存在は御伽話だ何だと言われてるが、現実としてそいつらを滅ぼす能力は存在する」
土御門「しかも『吸血鬼もどき』もこの場にいるときた。 それなら一丁、試してみる価値はあるんじゃないかと思ってな」
796 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/01/16(月) 00:34:34.24 ID:B0pI08Tp0
吸血鬼を殺すとされる異能『吸血殺し』。
『竜の子の刻印』によって生み出された人造吸血鬼。
この二つが関わり合った時、一体何が起きるのか?
『吸血殺し』は人造吸血鬼にも正常に機能するのか?
それとも人造吸血鬼は所詮まがい物でしかなく、『吸血殺し』は不発に終わるのか?
はたまた、自分達の予想を外れるような不可思議な現象が生じるのか?
これは正しく、魔術界の歴史に残る実験と言えるかもしれない。
もしも『吸血殺し』が発動するならば、それは吸血鬼がこの世に実在することの証明に他ならないからだ。
外部の魔術師に情報が漏れでもしたら、界隈が瞬く間に混乱に陥ることになるのは必定である。
吸血鬼を抹消しようとする者と、吸血鬼をその手に掴もうとする者。
魔術界を二分に分ける戦争が勃発することになるだろう。
それを考えると、レミリア達が学園都市に居ることは非常に幸運である。
この街は魔術から最もかけ離れた場所。前統轄理事長が管理していた昔であれば、そうとは言い切れなかったのだが、
今では魔術を欠片も感じさせることのない、純粋な科学の街である。
魔術と科学の間に交わされた不可侵条約の下、魔術師は許可を得ずにこの街に侵入することは出来ない。
学園都市の上層部にしても、内部にいる魔術師である対して一定の監視を行っているだろうが、
実際に何をやっているのかを正しく理解できる者は少ないだろうし、ましてやその情報を外部の魔術師に横流しするはずもない。
従って、この場所では外部に対する吸血鬼に関する情報漏洩を心配する必要は無いのだ。
797 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/01/16(月) 00:35:30.79 ID:B0pI08Tp0
パチュリー「……胃が痛くなってきたわ」
だが、今パチュリーが気にかけていることはそんなことではない。
そんな魔術界の常識を覆すような実験を、『とりあえずやってみようぜ』というコンビニに行くような感覚で行おうとしている事実。
そして自分自身が、その実験の渦中にいつの間にか位置してしまっているということに辟易しているのである。
確かに彼女は科学に対して偏見を持たない、魔術師の中では変人と評される人間だが、
だからといって常識を一切合切かなぐり捨てているというわけではない。
『常識に囚われない』ことと『非常識である』ことは全く別なのだ。
この異常事態に対し、『はいそうですか』と首肯するのは魔術師としての矜持が許さないのである。
パチュリー「まさか、こんな事でこの案件に関わったことに後悔する羽目になることは思わなかったわ」
土御門「気持ちはわかるぜい。 だが、こればっかりは諦めてもらうしかないですたい」
パチュリー「そんなことは判ってるわよ……それにしても、やっぱり貴方は平気そうね?」
土御門「カミやんがぶっ飛んだ行動するのはいつものことだからにゃー」
土御門「それなりに付き合いも長いし、もう慣れたというか、慣れなきゃやってられないというか……」
パチュリー「ご愁傷様、とだけ言っておくわ」
土御門「そこは、『私が支えてあげる』って言ってくれてもいいんだぜい?」
そんな巫山戯た事を口走る土御門を余所に、パチュリーは視線を当麻の方へと戻した。
するとそこには五体投地で土下座している上条当麻と、それを無表情で見下ろす姫神秋沙の姿。
先ほどの話を鑑みるに、彼は無断で行動を起こしたことについて姫神に謝罪している真っ最中なのだろう。
一見大人しそうな彼女が男一人を土下座させるとは。意外と強気な部分もあるようだ。
これは少しばかり、認識を改めた方が良さそうだ。これから協力し合う相手なのだから、
相手の性格というものを正しく知っておくに越したことはないとパチュリーは考える。
――――実際の所その思考は、こんな状況でコントのようなことをしている二人に対しての、
ある種の現実逃避じみた行動であるのだが、そのことに彼女が気づくことはなかった。
798 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/01/16(月) 00:52:53.11 ID:B0pI08Tp0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
今年もダラダラやっていくと思いますのでよろしくお願いします
799 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/16(月) 07:48:38.06 ID:VdIcwpOd0
乙!
吸血鬼分が無くなれば、超能力を扱うのに魔術的要素の阻害が減って、少しくらいはレベルが上がるかね?
800 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/16(月) 08:57:13.81 ID:hLOV3/i2o
乙です
801 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/18(水) 13:08:28.35 ID:5GK3kq3Y0
さぁーて、楽しい実験のお時間だァ〜!
802 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/21(土) 21:17:46.55 ID:irsDWeGU0
ZUNじろう先生!お願いします
803 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/05(日) 08:51:18.44 ID:pgu8sojI0
今日は来るかな?
804 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2017/02/13(月) 00:16:02.93 ID:/dRSXglt0
これから投下を開始します
805 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:20:36.30 ID:/dRSXglt0
* * *
806 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:23:14.97 ID:/dRSXglt0
今回の事件の顛末を一言で表すならば、『最悪の事態にはならなかった』と表現できるだろう。
異端者として故郷を追われ、異国の地に隠れ潜んでいた二人の少女は、
一人の少年とその仲間達の手によって破滅の危機から救い出された。
最上の理想である『誰も傷付くことなく』とまでは流石にいかなかったが、
『絶望の結末(バッドエンド)』を回避できたことは素直に喜ぶべきことだ。
――――戦いを終えた彼等の行動を纏めてみよう。
先ず始めに一行は、気絶したレミリアを担いで用意した車に乗り込み、策を実行するに相応しい場所へと移動した。
去り際に徹底的に破壊された公園の惨状について、今後どうなるのかと当麻は心配したが、
土御門が言うには学園都市が『大規模なガス爆発事故』、もしくは『極秘実験における影響』として徹底的に隠蔽するらしい。
今回の件はイギリス清教と学園都市双方共に、『絶対に表沙汰にするべきではない』という点で意見が一致していた。
吸血鬼の刻印の情報が漏れでもしたら、世界をひっくり返したような大騒ぎになることは眼に見えている。
現在の不安定な情勢の中で騒ぎが起きるのは、魔術側にとっても科学側にとっても好ましくない。
従って学園都市が手を抜いた隠蔽工作をするということはあり得ず、心配はいらないだろうということだった。
807 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:26:52.07 ID:/dRSXglt0
事情を知らぬレミリアが目を覚まして暴れ出さないように、パチュリーが彼女に催眠魔法を施す。
そして少しばかり窮屈な車に揺られながら数十分ほどかけて彼等が向かった行き先は、
入院した者はどんな症状の人間であれ、完治が約束されるという第七学区の病院。
何故その場所に行く必要があったのかといえば、レミリア達を人間に戻すための策は、
病院を経営している冥土帰しの手を借りる必要があったからである。
レミリアとフランドールの肉体は刻印による不完全な吸血鬼化によって、
『人間の肉体』と『吸血鬼の肉体』が混在した状態となっている。
通常の方法では、この二つの肉体を選り分けることはほぼ不可能だ。
冥土帰しならば時間をかければ可能かもしれないとのことだが、残念ながらそんな余裕は無い。
イギリス清教は事態の早急な収拾を望んでいる。
それだというのに、魔術側にとって核地雷と呼べるものを学園都市に預けるなど、
ましてや地雷の解除のために長々と時間をかけるなど許されるはずもない。
808 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:30:03.86 ID:/dRSXglt0
当麻でさえも一度は詰みかと思ったこの状況。しかし、それを覆す手段は彼の身近に存在した。
それが姫神秋沙『吸血殺し』。嘗て数多の吸血鬼を葬ったと噂される破魔の紅血。
もしもその噂が正しいとするならば、『吸血鬼の肉体』のみを選択的に取り除くことが出来るかもしれない。
正にこの状況にお誂え向きの能力。だが早々全てが都合良く済むわけではなく、解決すべき問題もある。
その問題とは、『彼女等が自身の肉体を破壊される事に、果たして耐えられるのかどうか』。
『吸血殺し』は保持者である姫神秋沙本人でも、一切制御することが出来ない。
血を吸わせた時点で、彼女等の肉体は人間の部分のみを残し、文字通り『破壊』される。
フランドールはおろか、全身の半分近くを変化させてしまっているであろうレミリアに至っては、
『吸血殺し』を口にした瞬間、自身の肉体の半分を一挙に失うことになるのだ。
常識的に考えればその時点でほぼ即死。仮に運良く生き残ったとしても、重篤な後遺症を抱えて生きていくことになる。
これではどんなに良く見積もっても、『大団円(ハッピーエンド)』とは言えないだろう。
つまるところ、それを回避するための冥土帰しなのだ。
『患者が望むものなら何でも用意してみせる』と豪語する彼ならば、もしかしたら――――
その一縷の希望を求めて、上条当麻は世界最高峰の医師を頼ったのである。
809 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:34:55.62 ID:/dRSXglt0
刻印の記憶は土御門とパチュリーに。吸血鬼の肉体は姫神と冥土帰しに。
当麻がするべき事は、スカーレット姉妹の肉体に刻まれた刻印を『幻想殺し』で消すことだけだ。
何から何まで他力本願であるが、異能を消す右手しか持ち得ない彼にはそれしかできることはなかった。
不満がないと言えば嘘になる。
特に彼としては、姫神秋沙をこの件に関わらせるつもりは毛頭無かったが為に。
彼女に対しては、頼る必要がなかったのならばこの一件を最後の最後まで隠し通すつもりだった。
姫神秋沙と吸血鬼。この二つは決して切り離せない。
過去において彼女の身に何があったのか、上条当麻は詳しく知らない。
本人が余り語ろうとはせず、当麻も積極的に聞き出そうとはしなかったためである。
三沢塾の事件の当時に見た、愁いを帯びた顔。それを鑑みれば、容易に踏み込むべきでは無いことは察しがついた。
同時に、彼女はそのことに関して未だ『何か』に後悔をしているのだろうということも。
それ故に姫神秋沙に対してこの一件を知らせることは、彼女が持つ自責の念を更に深くさせてしまう気がして憚られたのだ。
だが当麻が憂慮していた懸念は、実のところ全くの杞憂だった。
遅ればせながら事件に気づいた彼女が真っ先にとった行動は、当麻が自分に対し事件を隠していたことを責めること。
吸血鬼をどうこう言う前に、彼女は当麻が自分との約束を破ったことを真っ先に糾弾したのである。
自身の想像の埒外である行動をとった彼女を見て、一瞬唖然とした当麻であったが、
次いで襲ってきた『言い訳は許さない』という圧倒的な重圧と眼光を前に、
当麻は唯々その場に土下座して謝罪の言葉を口にすることしか許されなかった。
ただその心中においては、『事件を知ることが姫神の重荷にならない』という事実に心底安堵していたのだが。
810 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:36:03.48 ID:/dRSXglt0
冥土帰し「来たね、待っていたよ」
御坂妹「こんな夜遅くに病院に厄介になるなど、夜遊びは程々にした方が良いと思いますが。
と、ミサカは紛う事なき非行少年たちにジト目を向けます」
第七学区の病院に辿り着いた一行に待ち受けていたのは、既に受け入れ準備を済ませていた冥土帰しと担架を担いだ『妹達』の面々。
どうやら土御門が予め連絡を入れていたようだ。『妹達』は眠り続けるレミリアを担架に乗せると、風のように院内へと運び入れていく。
さながら軍隊のような手際の良さに舌を巻くが、彼女達の出自を考えれば当然のことだろう。
パチュリーはレミリアに催眠をかけ続けるため、当麻達と一旦別れ『妹達』に同伴していった。
その作業の中で冥土帰しは、少しばかり溜息をつきつつ土御門に対して愚痴のようなものを零す。
811 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:36:46.54 ID:/dRSXglt0
冥土帰し「まったく、僕としては患者が現れるのをみすみす見逃すようなことはしたくないんだけどね?」
冥土帰し「突然電話で『これから怪我人が出るから治療の準備を頼む』なんて言われる身にもなって欲しいね?」
土御門「それに関しては申し訳ないと思ってる。 だが、あんた以外に頼れる医者がいなかったんだ」
土御門「魔術と科学の双方に通じていて、尚かつ信用に足るとなると数限られるからな」
冥土帰し「魔術に関してはアレイスターと知り合いだったというだけで、そこまで詳しい訳じゃないんだけどね?」
冥土帰し「まぁ、求められたからには全力で答えるのが僕の信条だ。 彼女は絶対に救って見せよう」
冥土帰し「勿論、君たち二人も完治させてから退院させるよ?」
上条「ハハハ……」
一瞬冥土帰しの目が鋭くなったのを見て、当麻は気まずい顔をしながら頬を掻いた。
冥土帰しの病院は当麻の行きつけの病院であり、今までの間に数え切れない程お世話になってきている。
それこそ、既に病室の一つが事実上彼の専用になってしまっている程には。
何らかの事件に巻き込まれて怪我を負った場合、必ずと言っていいほどここに入院することになるのだ。
そんな明らかに不自然なことになったのも、おそらく裏でアレイスターが糸を引いていたからなのだろう。
自身の目的の要である上条当麻を、万が一にでも死なせないために。
学園都市の中でも最高峰の医療技術を持ち、尚かつ信用できる彼の庇護下に入るようにしたのかもしれない。
一行は今後の方針について話し合うため、冥土帰しの後について彼の診察室へと足を運ぶ。
その道中で当麻に背負われたまま眠っていたフランドールと、彼女と一緒にいると言い出したインデックスを病室の一室に預けた。
当然の如く二人が一緒になることに土御門は難色を示したが、御坂妹をお目付役として宛がうことで溜飲を下げてもらう。
812 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:37:25.82 ID:/dRSXglt0
残った二人は冥土帰しに誘われるがまま、彼の仕事部屋へと入室する。
喜ばしいことではないが、冥土帰しの診察室も当麻にとっては見慣れたものだ。
決して広いとは言えない部屋の中には、彼専用のデスクと回転椅子。
壁際には多くの医学の専門書が収められた本棚が一列に立ち並んでいる。
大方仕事の途中だったのだろう、やや使い古された鉄製のデスクの上には、
点けっぱなしになっているパソコンと、患者のカルテの束が置き去りとなっていた。
冥土帰し「とりあえず君たちの治療については後で話すとして、先に本題に入ろうか」
冥土帰しは少年二人を椅子に座らせると、開口一番にそう繰り出した。
その眼の中に携えるのは、プロの医師としての意気込み。
先ほどよりも明らかに雰囲気が変わった冥土帰しに、当麻達の背筋に緊張が走る。
冥土帰し「大まかなことは土御門君から電話で聞いているよ。 何でも今運ばれてきた子の全身を蝕んでいる、
悪性の細胞を除去することに協力して欲しいそうだね?」
上条「はい。 ただ、それを取り除くことについては俺達の力で何とかできます」
上条「先生にはその後のことをお願いしたいと思って……」
冥土帰し「ふむ……つまりそれが『そちら』に関わることというわけだね?」
813 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:37:59.15 ID:/dRSXglt0
土御門「そうだ。 レミリア・スカーレットの全身に散在している細胞は魔術側の手で作られたものだ」
土御門「そうである以上、そいつは既存の医療技術でどうこうなるようなもんじゃない」
土御門「あんたの腕前の疑うわけじゃないが、まず間違いなく治療には時間がかかるだろう」
土御門「そしてその時間を許せるほど、今は余裕がある状況じゃない。 だから細胞の除去は俺達の手で行わせてもらう」
冥土帰し「君たち子供に問題を丸投げするのは、大人としての矜持が許さないんだけどね……」
冥土帰し「ただ、必要ないと言っているところに無理矢理介入するのも考えものか。
わかった、そのことについてはより詳しい君たちに任せるとしよう」
冥土帰し「勿論、不測の事態に備えて立ち会いはさせてもらうけどね?」
土御門「そうしてくれると助かる」
冥土帰し「となると、僕は君たちが仕事を終えた後のアフターケアをすることになるわけだけど、
具体的には何をすればいいのかな?」
土御門「それは――――」
814 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:40:24.44 ID:/dRSXglt0
土御門は冥土帰しに対し、自分達がこれから行う治療の方法、そして冥土帰しに行って欲しいことを伝えた。
嘘偽りなど一切ない。吸血鬼のこと、『吸血殺し』のこと、治療によって齎されるであろう事象など、全ての情報を開示する。
当麻は彼らしくないその姿に少しばかり困惑した顔をしていたが、それも無理からぬことだろう。
土御門元春は自他共に認める嘘つきであり、その何重にも張り巡らせた虚偽によって己の本性を覆い隠す。
そのようなことをする理由は、彼が科学と魔術を橋渡しする仲介役であり、
それと同時に双方の陣営に潜入している多重スパイであるがため。
蜘蛛の糸を綱渡りするかのような非情に危うい立場に立っている以上、
容易に他人に対し本心を見せるのは、ギロチンに自身の首を自ら晒すようなものだ。
だがそんな彼であっても、嘘をつくタイミングは弁えている。
冥土帰しは上条当麻の作戦を成功させる為の最重要人物だ。
彼の力無くしては、レミリアとフランドールを救うことは不可能。
ここで情報を出し惜しみしては、彼の十全な力を借り受けることは出来ない。
815 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:42:45.00 ID:/dRSXglt0
冥土帰し「……なるほど、君の話からするに、かなり大がかりなことになりそうだね?」
土御門「あぁ、少なくとも体の大半を欠損した患者を生きながらえさせるだけの設備が必要だ」
冥土帰し「となると、必要となのは失われた臓器の代替と、細胞の再生を促進する培養液、後は生命維持装置かな?」
冥土返し「培養液と生命維持装置は『妹達』の調整に使っているものを転用できそうだね?」
冥土返し「代替臓器はいくつかスペアがあるはずだから、彼女達の体型に合ったものを一通り用意しよう」
冥土返し「後は設備を置く場所だけど、結構規模があるから場所は限られるね?」
冥土返し「君達が作業を終えた後直ぐに執りかからないといけないから……土御門君、
どのくらいのスペースが必要なんだい?」
土御門「いや、場所はとらない。 そこら辺の診療台の上でもできる」
冥土返し「そうか、それは都合がいい。 なら設備を置く大部屋と診察室が近いエリア……
ふむ、5階の南西にある区画が丁度いいね」
冥土返し「至急、設備をその場所に設置するとしよう」
816 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:45:22.96 ID:/dRSXglt0
冥土帰しがそう言ってからの行動は早かった。
彼は手の空いた『妹達』や夜勤の看護師達に指示を出し、必要な物資を手際よく目標の場所に輸送させる。
1時間どころか10分もしないうちに齎された準備完了の報告に、当麻ならず土御門も心の底で舌を巻くことになった。
確かに彼が『超』のつく程の一流の医者であることは重々承知しているが、いくら何でも早すぎである。
彼だけでなく周囲のスタッフも優秀でなければ、こうも迅速な対応は出来ないだろう。
改めて冥土帰しの――――否、この病院の規格外さを二人は実感したのだった。
土御門「さて、果たして上手くいくかにゃー?」
パチュリー「今頃になって何を言ってるのよ、貴方は」
診察室へ向かう道すがら、土御門は独り言のように呟く。
それに対し、隣を歩いていたパチュリーが眉間に皺を寄せながら睨みつけた。
土御門「いや、今更ながら俺達のやってることは実に非合理的なもんだと実感してな」
土御門「この作戦は『吸血殺し』という存在だけを柱にして成り立っているようなもんだ」
土御門「それだけでも危ういってのに、肝心の『吸血殺し』は実体もよくわかっちゃいないものときてる」
土御門「常識的に考えれば、こんな作戦を実行するなんて正気の沙汰じゃない」
パチュリー「だから言ったじゃない。 馬鹿げた作戦だって。 そしてそれを黙認している貴方も大馬鹿者よ」
土御門「正論過ぎてぐうの音も出ないな。 ……そう言いながら、結局ここまで一緒に来てるあんたも同類だぜい?」
パチュリー「本当にね……」
817 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:47:32.98 ID:/dRSXglt0
ふぅ、と肩を竦めて溜息をつくパチュリー。
死んだと思っていた親友と再会し。そして再会したばかりの親友と死闘を繰り広げ。
親友に敗北した挙げ句、命を諦めかけたところを助けられ。
最後には親友を助けるべく、こうして一世一代の賭けに出ようとしている。
今日という日は、一人の人間が体験にするには余りにも濃密すぎる一日。
まともに自身の気持ちの整理をする余裕もなく、ここまで走ってきた彼女の心労は如何ほどのものか。
常人であれば疲労の色を隠せないはずであるが、しかし彼女の表情にはさほどの陰りは見られない。
むしろ体の重石が取れたかのような、少しばかりの清々しさが感じられた。
土御門「ま、兎も角これで俺達も背水の陣って訳だ」
土御門「『最大主教』に報告もしないで、現場で巻き込まれた一般人に諭されて博打紛いのことをしようとしている」
土御門「もしもばれたら大目玉……今まで築き上げてきた立場やら何やらが跡形もなく吹き飛ぶって寸法だ」
土御門「オレのスパイ稼業も、そろそろ卒業ってところかにゃー……」
パチュリー「私としては本さえ読めれば、後はどうなっても良いわ。 今の立場が惜しいわけでもないし」
パチュリー「図書館の管理はリトルにでも任せて、隠居生活もいいわね」
土御門「その歳でもう隠居か? 第一、『最大主教』がそんな悠々自適な生活を許すと思ってるのか?」
土御門「あの女狐ことだ、嫌がらせで読書とは無縁の猫の手を借りたいくらい忙しい部署に配属されるぞ」
パチュリー「……………………心配いらないわ。 もしそうなったら、跡形もなく吹き飛ばしてあげるから」
土御門「おぉ、怖。 世界広しといえど、『最大主教』に正面切って攻撃仕掛けられる奴なんか片手で数えられるかどうかだぜい」
818 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:50:58.44 ID:/dRSXglt0
腕を組んで怯える仕草をする土御門であるが、その隠そうともしない口角の釣り上がった顔を見ては説得力など皆無である。
しかしその不敬な姿を見た当のパチュリーは、何も言うことなく黙って歩くばかりであった。
上条「大丈夫さ」
土御門「何?」
そんな会話をしている二人に対し、前を歩く当麻が不意にそんな言葉を零す。
怪訝な顔をする一同に向かって振り返る彼の顔には、不安の感情など一切見て取ることは出来ない。
その代わりに張り付いている感情を言葉で表すとするなら、それは『確信』。
そう、彼は自分の考えた一連の策の成功を確信している。
土御門「随分と自信満々だな、カミやん。 ……何か根拠でもあるのか?」
余裕を持ちすぎている立案者の顔を見て、土御門は不可解そうに眉間に皺を寄せて問い質した。
すると当麻は少し困ったような、嬉しいような嬉しくないような、何とも言い難い表情をしながら頬を掻く。
上条「ちょっと、思うことがあってな」
土御門「は?」
上条「いやさ――――――――」
819 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:54:39.38 ID:/dRSXglt0
上条「『不幸の避雷針』なんて呼ばれてる俺がいるのに、俺を差し置いて不幸になる奴なんているわけないだろ?」
だから、あいつ等に『人間に戻れない』なんて不幸が起きるわけないさ」
820 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/02/13(月) 00:57:32.54 ID:/dRSXglt0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
821 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/13(月) 01:01:04.85 ID:uhciagy3o
乙です
822 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/13(月) 23:21:37.25 ID:a4w5IThC0
へぇー?なら、そんなアンラックスティーラーが、その状況で真っ先に受ける不幸ってなどんなもんなんだろうねぇ〜?
823 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/16(木) 22:46:53.93 ID:6P4x/nPh0
はやい!もう(治療の用意が出)来たのか!
824 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/02/19(日) 06:20:03.90 ID:xwv94D3e0
いや、早いってレベル遥かに超えてるだろwww
それにしても、エピローグに入る前だからか?随分淡々と状況説明されるだけだったなぁ
目立ったのはパッチェさんの感情発露くらいかな?w
825 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/03/06(月) 23:35:32.79 ID:FKJ0eI+b0
>>822
どうせ
ラキスケて
ボコられる
826 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/03/09(木) 02:26:32.42 ID:2YPfu8Qf0
やべぇ、話が纏まんねぇ。残りはそれぞれの視点のエピローグを書くだけなんだが
後レジェンドでワイルドなゲームのせいで時間ががががg
というわけで次投稿には時間がかかりそうです。申し訳ない
827 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/03/26(日) 20:10:34.09 ID:lv02HZcJ0
さて、今日はどうかなー?
828 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/02(日) 22:49:33.06 ID:Vp38R4uW0
めーちゃんはああなるのかい?
829 :
◆A0cfz0tVgA
[saga]:2017/04/10(月) 01:35:58.62 ID:5wSePt270
これから投下を開始します
830 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/04/10(月) 01:36:41.12 ID:5wSePt270
* * *
831 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/04/10(月) 01:38:00.80 ID:5wSePt270
ふと気がつくと、私は地面に仰向けに寝そべっていた。
眠りから覚めたにしては、余りにもあっさりし過ぎている目覚め。
電球にスイッチを入れたかのような覚醒に違和感を覚えつつも、私は目の前の光景に意識を向ける。
空を見上げた瞳に映るのは、木立の隙間から顔を覗く血のように紅く染まった満月のみ。
星の姿は見受けることは出来ず、その瞬きを望むことは叶わない。
心なしか月から発せられる赤い光が、まるで質量を持っている液体のように空を舐め回っているように見える。
もしやあの光は、月が食らった星々の血液だとでもいうのだろうか。
一瞬過ぎった思考に、不快感が胃の奥底から広がり、体の末端まで染み渡る。
その悪寒から逃げるかのように、私は弛みきった体の筋肉を叩き起こし、ぎこちない動作で上半身を起こした。
すると次に視界に飛び込んできたのは、自分を包囲するかのように立ち並んだ木々。
鬱蒼と生い茂った森は月の光が地上まで落ちることを許さず、地を這いずり回る深淵達に闇の楽園を提供している。
そのおかげで目が届く範囲は自身から数メートルといった有様であり、
『一寸先は闇とはこのことを言うのか』などと場違いな考えが浮かぶ始末。
832 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/04/10(月) 01:43:13.85 ID:5wSePt270
無音が一帯を支配している。風の音どころか、生命の息吹さえも感じられない。
これほどまでに緑が生い茂っているというのに、鳥の囀りも、虫の羽音さえも聞こえないのだ。
『緑の砂漠』とも表現できるだろうか。それ程までにこの場所には命の気配が存在しなかった。
自身の乱れた呼吸の音が耳を突き抜け、心臓の鼓動が体を大太鼓のように叩き続けている。
自分が生きているという感触。それがどうしようも無く気持ち悪く、私の心をぞりぞりと削っていく。
この感情は『孤独に対する恐怖』だ。それが私を押し潰そうとしてくる。
心の奥底から湧き出す悪寒。それを抑えようと、身を抱えたくなる。大声で叫びたくなる。
昔、私が過ちを犯してしまった頃に散々感じたそれに、非常によく似ていた。
私はその状況に耐えきれずに立ち上がり、そして行く当ても無いのに足を動かし始める。
その足が向かう先は闇。何処の方角を向こうとも闇しかないので、選択肢など初めから在りはしない。
紅く染まった木漏れ日が地面に残す、血痕のような斑点だけを頼りに前へ前へと進んでいく。
ガサガサという落ち葉の音。パキパキという枯れ枝の音。それらを音楽にして、私は道無き道を歩んでいく。
それからしばらくした頃、私は何やら開けた場所が先にあることに気づいた。
逸る気持ちを抑えつつ、それでも足が早歩きになることは抑えきれずに先を目指す。
833 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/04/10(月) 01:48:00.04 ID:5wSePt270
そしてものの数分もしない内に森を抜けた私は、目の前の光景に思わず息をのんだ。
広がるのは、向こう端の木々が針の先のように小さく見える程の広大な湖。
四方八方を森で囲まれた中にあるこの場所は、まるで世界のヘソのようだ。
風波一つ立たない湖面は巨大な鏡のようであり、空の月を模様の細部までくっきりと映し出している。
空の月と地上の月。その二つは双眼のように、湖岸に立ち尽くす私を睨んでいる。
幾許の間呆然としていた私は、妙なものが視界の中にあることに気がついた。
館だ。それもかなり大きい。
私もそれなりに大きな家に住んでいるけれど、目の前にある建物はそれ以上だ。
何せ遠目から見ても分かるくらい大きな塀がある。私の身長の5倍くらいの高さがありそうだ。
加えて館と塀の遠近から考えれば、塀の中も相当な広さだろう。最早、『城』と表現しても良いかもしれない。
屋上から突きだした、巨大な時計盤が備え付けられた塔がより『それっぽさ』を醸し出している。
湖の畔に聳え立つ城。ただの人がその言葉だけを聞いたならば、さぞ荘厳な情景が脳裏に浮かぶことだろう。
だが今私の目の前に映る建物は、人々が思い描くようなものとはかけ離れたものだと断言出来る。それは何故か。
『紅い』のだ。屋根の色が紅いとか、紅月の光に照らされているから壁が紅いとか、そんな次元ではない。
『全てが紅い』。空からペンキをぶちまけられたかのように、真紅に染め上げられている。
唯一の例外は時計盤だけだ。その部分だけがくり抜かれたかのように白かった。
そんな異様な雰囲気が漂う建造物に対し、私はどうしてなのか、その目を離すことが出来なかった。
まるで眼球が固定されたかのように、視線を逸らすことが出来ない。
それどころか、無性にその場所に行きたいという感情が湧いてくる。
そして何よりも不思議なことは、その事実に微塵も不快感を覚えないことだった。
834 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/04/10(月) 01:55:34.45 ID:5wSePt270
ふらふらと、何かに操られたかのように、足が勝手に動き出す。
あの妖しい建物に向かうような、さしたる理由などある筈がない。
そもそも、何故この場所にいるのかさえ分からないのだから。
それだというのに、私の足が止まる気配はない。
理由なんてないのに、そこに行かなければならないという考えが振り払えない。
そもそも振り払おうにも不快感がないのだから、私がその正体不明の誘惑に抗える道理などなかった。
視界が壊れたテレビのようにコマ落ちする。
ある時には、私は湖畔の傍を唯々歩き続けていた。
ある時には、私は浮遊感と共に空の月を見上げていた。
ある時には、私は体に風を受けながら湖の上を進んでいた。
意識が定まらない。麻薬を打ち込まれたかのように、心地よいしびれが全身を支配している。
私の眼が映す光景を、脳が解釈することが出来ない。
明らかに異常なものな、それを異常と判断することができない。
どれ程の間、そんな状態になっていたのだろう。
始まりがあやふやで、過程すらも定かでないのに、そんなことがわかるはずがない。
ただ、終わりだけは明白だった。豆電球に電気を通すように。パチンという幻聴が聞こえそうなほどはっきりと。
私の意識は、突然微睡みの中から引きずりあげられた。
眼前に聳えるのは、先ほど遠目で見ていた紅の館。私はその門前に立っていた。
重量感のある鉄柵の門に右手を触れると、それは想像に反して驚くほど簡単に開かれる。
その動作には殆ど重さを感じさせず、自分から勝手に動いたかのように。
まるで私を招いているかのようにさえ感じられた。
835 :
◆A0cfz0tVgA
[sage saga]:2017/04/10(月) 02:02:52.98 ID:5wSePt270
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
ネタが浮かばないせいで滅茶苦茶短くてなってすまない……
836 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/10(月) 08:28:02.74 ID:+zixlBlXO
乙
短くても更新あるだけでありがたい
837 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/10(月) 08:45:44.32 ID:FKLwBhMFo
乙です
838 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/10(月) 10:55:04.42 ID:1X4QP5IK0
乙!
このクロスではイマブレで学園都市から完全否定された”吸血鬼であるレミリア”も、幻想入り?によって救われた?んかなって……
839 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/22(土) 22:07:04.98 ID:wOoJtIEA0
二次創作は原作世界の夢を見るか?
840 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/05/03(水) 19:40:46.12 ID:qvNL5v5J0
乙!!
841 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/30(火) 00:03:56.03 ID:WN9lR/2V0
メントス紅魔館
842 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 15:12:45.13 ID:UsnMpIN90
>>1
さんは天空璋と憑依華、購入の予定はありますかな?
843 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/21(水) 20:36:18.39 ID:7Dh+wMax0
とりあえず天空璋は欲しいなぁ
844 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/08(土) 10:26:28.60 ID:TFun65wB0
日焼けチルノか……このSSの世界なら毎年普通に見られそうですね
845 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/22(土) 23:05:51.94 ID:EK3z6eQn0
レミフラ 仲良しになれ
846 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/20(日) 21:32:46.77 ID:shCNAHgR0
落とさせはしない
847 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/13(水) 21:43:22.47 ID:bMg901FZ0
来るのを待ってる
848 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/08(日) 18:12:27.06 ID:ixkxGSJp0
>>1
さん冷えてんの?
849 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/03(金) 16:47:05.67 ID:jW4QEN600
忘れてたら危ないとこだった
850 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/30(木) 17:02:13.46 ID:qaTCODY/0
ぷぷぷぷっぷっよぷよ〜
851 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/25(月) 19:16:40.54 ID:Kqy65rzdO
横から失礼するぜ。俺ガイル荒らしのハチマ○コことnikkolのpixivとtwitterのアカウントだぜ
https://www.pixiv.net/member.php?id=2716600
https://twitter.com/nikkol000
「罵詈雑言も誹謗中傷もねじ伏せてやるからいつでもかかって来い」との仰せだ
852 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/12/25(月) 19:31:50.94 ID:E1Ij+NE+0
知らんがなw
853 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/01(月) 10:59:08.18 ID:JUILk7iA0
あけおめ!ことよろ!
854 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/08(木) 16:31:49.24 ID:XcQBpGB50
あれからほぼ3ヶ月……
855 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/01(日) 10:57:44.33 ID:GXLMLtboO
新年度始まったぞ
856 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/16(火) 20:38:11.75 ID:bMxI1nbt0
祝!SS速報復活!
857 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/10(月) 23:35:06.57 ID:YjC0i0yZ0
平成終わったぞ
以前待ち続ける
858 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/12/29(日) 18:43:14.97 ID:rqFjqOYG0
鬼形獣も出て数ヶ月経ったなぁ。
859 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/11/30(月) 07:41:07.45 ID:NEnLDDvT0
こうなるともはや、生きていらっしゃるのかどうか……。
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