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風俗嬢と僕
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/15(水) 23:02:37.60 ID:iBAz5cysO
ネオンライトがギラギラと輝く街。脂ぎったおっさんやキャッチの兄ちゃん、色気を撒き散らす女と、様々な人がそこを歩いている。
彼女にフラれた腹いせに風俗へ。
自分がこんなに短絡的な人間だとは思ってもいなかった。とはいえ、止める気もない。
デリヘルやソープといった様々な業種があるのは何となく知っていたけど、金銭的にも高価なところには行きづらくて。少しは敷居が低そうなピンサロに僕は向かっていた。
雑居ビルの5階に店はある。別にどの店でも良かったんだけど、ネットで検索したら上位でヒットしたからという理由だけで、僕はそこに狙いを定めた。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1429106557
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/15(水) 23:07:39.84 ID:iBAz5cysO
エレベーターに乗り込んで、それが上昇するのと共に胸の鼓動が速くなる。
浮気をしようとしてるわけでもなければ、自分は18歳だって越えている。生活費や仕送りに手を出しているわけでもなく、大学の授業の合間にこなしているバイトで稼いだ金で遊ぼうとしている。
後ろめたさを感じる理由はないはずなのに、どこか悪いことをしている気がするのはなぜだろうか。
何となく気後れしてしまったけど、乗り込んでしまったエレベーターは故障もせずに無事に5階まで到着してしまった。
扉が開いて一歩踏み出してみると、そこには受付の兄ちゃんが扉のそとで待ち構えていた。
「いらっしゃいませー! お兄さん、どう?」
おっさんというよりは兄ちゃんと言うべきか、ホストの出来損ないみたいな金髪ミディアムの男が胡散臭く笑いながら話しかけてきた。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/15(水) 23:13:48.00 ID:iBAz5cysO
「えーっと、はい。お願いします」
何と返事をすべきかも分からず、変なことを言ってしまった気がするが、口から出てしまったことは仕方ない。
了承の返事に気を良くしたのか、男は早口に言葉を続けた。
「あざまーすっ! 今ね、一番人気のゆうちゃんが空いてるんですよ! 初めての来店なら、指名料込みでこの値段! お得ですよ!」
そう言って彼は看板の料金表を指さした。正直、他の店との相場とか人気とかあまり分からないけど、その値段自体は予算の範疇ではあったし、店の前に立っているのも何となくの恥ずかしさと後ろめたさがあったので、二つ返事で了解した。
「じゃあそれで」
「あざまーすっ! それじゃ、料金頂戴しますね。こちらの待合室で長かったら爪を切ってお待ちくださーい」
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/15(水) 23:29:05.22 ID:iBAz5cysO
提示された金額通りの紙幣を渡して、カーテンで仕切られただけの待合室のボロい椅子に腰かけた。
……こんな感じなんだ。
やたらうるさくてポップなBGMが流れていて、とてもエロいことをするようなムードには思えないけど、そういう店なのには間違いがないはずだ。
何となく異世界にきてしまったような戸惑いと、 後ろめたさと、でも悲しいかな男としてやっぱり期待するものもあるわけで、今までの人生で経験したことがないようなテンションになっている。
平日の昼間ということもあってか、他のお客さんはいないみたいだ。一人で落ち着かない気持ちになっていると、やっと店員から呼びかけられた。
「お客さん、来てください」
言われるがままに待合室のカーテンを潜ると、禁止事項を読み上げられた後にブースの指定をされた。
店内は柵か何かで分割してブースを作っているらしく、僕はそのなかで3番ブース、一番奥だった。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/15(水) 23:35:37.51 ID:iBAz5cysO
「それではごゆっくりどうぞー!」
男はブースの前まで案内すると、そんな言葉を残して待合室や受付の方へ戻っていった。
「ごゆっくりって言われても……」
柵はやたらと低くて立ってる人からは丸見えみたいだし、そもそも今は何をして待っていれば良いのかも分からない。
とりあえず床に座って黙って待つ。そういえば、一番人気ってことしか聞いてないからどんな女の子がきてくれるのかすら分かっていない。
勢いだけでここまできてしまったな、なんて独りごちてもどうしようもないんだけど。
数分待ったところで、場内アナウンスが聞こえた。
『ゆうさん、3番ブースへどうぞっ』
その声と共に入口からの気配を感じると、女の子がブースの入口に立っていた。
「こんにちはー! 初めまして、ゆうですっ」
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/16(木) 11:32:45.91 ID:Nlsn1R+CO
視線を上げてみると、黒髪をミディアムボブにした、ちょっと小柄な女の子が立っていた。
女性や女といった表現よりは少女の方が適切だろうか。薄暗くて顔ははっきりと見えてないけど、醸し出している雰囲気や動作は何となく同年代のものに思えた。
「どもー」
ぺこり、と頭を下げて挨拶を返すと、彼女は靴を脱いでブースの中に入ってきた。
「初めまして? だよね! わかーい! お兄さん、いくつ? あ、言いたくなったら言わなくていいよー」
早口でガンガンまくしたてながら、彼女は僕の正面に座した。正面から見た彼女の顔はやっぱり幼くて、さすがに未成年ということはないだろうが、僕より歳上でもないとは思う。しかし、それでも顔の造作はさすがというべきか綺麗なもので、美人ではなくとも美少女という言葉がぴったりと当てはまりそうだった。
「あー、えっと、21、です」
何となく歯切れが悪い返事になってしまったのは、この空間に飲まれているからか、彼女の美貌に怖じ気づいているからか。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/16(木) 17:42:03.01 ID:Nlsn1R+CO
「えっ、今年21になったの? 同い年? 今年22になるの?」
その問いかけと共に彼女は僕の手を取って、上下に揺らしてきた。手を繋ぐなんて今まで何度もしてきたことなのに、やっぱりドキドキしてしまうのは何でだろう。
「あ、今年21、です。4月で21になりました」
「えー、最近じゃないですかー! 同い年だー、やったー! 私は6月で21になりますー!」
「あ、でもやっぱり同い年なんだ」
歳上ではない、という読みが当たってふと呟いてしまった。彼女は目敏く……ではなく、耳敏くそれを聞いたようで、問い返してくる。
「やっぱりって?」
「いや、同い年くらいかなー、って思ったから。雰囲気とかさ」
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/16(木) 21:42:46.01 ID:Nlsn1R+CO
「あ、そう? 若いお客さんって珍しいから、私にしてみたら皆同い年みたいに見えるけど」
そう言って彼女はふふふっと妖しく笑って見せた。
「今日は何でこの店に? 風俗通いが趣味なんですか?」
「まさか! 初めてですよ、初めて!」
慌てて彼女の言葉を否定すると、彼女は意外そうに目を丸めた。
「あら、そうなんですか? ほら、一人で来てるみたいだから慣れてるのかなって思って。初めてなんですね、そっか」
そういって彼女は意味深そうに頷いて見せた。それが何だか可笑しくて、僕は思わず笑みを漏らす。
「あっ、やっと笑った?」
彼女はしてやったりという顔でにこっと笑うと、言葉を続けた。
「お兄さん、緊張してるのか知らないけどずっとガチガチだったから。少しは気が緩んだ?」
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/16(木) 21:43:25.48 ID:Nlsn1R+CO
「そんなに?」
「そりゃもう、これから職場の上司に怒られますー! みたいな顔だったもん」
「上司なんていないけどね」
そう言うと、彼女は目を大きくして驚いた。
「えっ、社長?」
なんでそうなるんだよ、と思わず苦笑を洩らし、言葉を返した。
「いや、学生だから」
「あー、学生さん! 私が高卒だから、その発想は無かったなー。大学生?」
その質問には肯定の意をこめて頷いて見せた。
「通りで若く見えるわけだー。うわー、珍しい珍しい」
ぺたぺたと僕の顔を触りながら、彼女はすっと僕の隣に来た。綺麗に整った小さな顔が僕の目の前まで近づいてきて、思わず目を逸らしてしまう。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/16(木) 21:43:59.72 ID:Nlsn1R+CO
「もー、何で顔そらすの?」
拗ねたような上目づかいでこちらを見つめてくる。仄暗い部屋の中でもはっきりと分かるくらい彼女の目は大きくて、吸い込まれそうになる。
「これから私たち、楽しいことするんじゃないのー?」
猫撫で声をあげながら、彼女は僕の胸元に顔をうずめた。何だか良いにおいがする。
「ね、こっち見て?」
そう言うと同時に彼女は僕の両頬を手で挟み、顔を合わせた。
頬が熱くなるのを感じる。彼女はそのまま顔を僕と同じ高さに持ってきて、すっと耳元で囁いた。
「お兄さん、こんなお店に来るなんてエッチだね」
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/16(木) 23:07:03.65 ID:Nlsn1R+CO
彼女の言葉は僕の羞恥心を煽りながら、耳元で紡がれる。
「何をしたくてここに来たのかな? ゆうに教えて?」
小さな声と共に吐息を感じて、少し身震いしそうになってしまう。何だろう、恥ずかしいんだけど、嫌じゃない。
「えっと……」
言葉を続けられずに悶えていると、彼女は責めるように呟きを止めない。
「言ってくれないと分からないよ? 何でお兄さんはここに来たのかなー?」
うふふ、と笑ったところまで計算しているのだろうか。何にせよ、このまま黙っているのは許してくれないらしい。
「それは、えーっと……」
「うんうん」
彼女は言葉の先を心待ちにしているかのように頷きながら待っている。
「彼女にフラレた心の傷を癒しに? かな?」
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/17(金) 22:47:20.07 ID:WsVyVr4DO
「へっ?」
予定外の返事だったのだろうか、彼女は間抜けな声をあげてきょとんとした目で僕を向いた。
そりゃ、こんなところであんな質問をされたら、普通はエッチをしに来たとか言うべきなんだろうけどさ。
「この間、彼女にふられて。思ったより傷ついてたから、人生経験も兼ねて?」
疑問調なのは、これが果たして何の人生経験になるのか自分でも分かっていないから。
「ふられたの? お兄さんが?」
その問いかけには、首肯で返事を示そう。
彼女は僕を見ながら、純粋そうに問いかけた。
「えー、何で? 何でふられたの?」
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/17(金) 23:07:37.26 ID:WsVyVr4DO
な話すと長いようで短いんだけど……」
そして僕は自分の経緯を彼女に話し始める。
僕と彼女は共通の趣味をきっかけに仲良くなった。話すのも楽しかったし、二人で遊ぶことも少なくなかったし、気づいたときには僕は恋に落ちていた。
しかし、彼女には彼氏がいたし、それは叶わぬ恋だと自覚していたからこそ、僕はそれを胸のうちにしまっていた。つもりだった。
ある日、彼女と二人で飲みに行くと、酔った勢いで僕は口を滑らせてしまった。
『付き合ってほしいとかじゃないけど、僕が好きなのは君なんだ』
漏れた言葉を受け止めた彼女は、彼氏と別れるから付き合ってほしいという返事をくれ、僕たちはめでたく恋人同士になった。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/18(土) 01:26:50.72 ID:9apnbR/OO
クズやんけ
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/18(土) 04:16:34.12 ID:yI4fS0U+o
20歳前後なら男でも女でもヤりたい盛りだしな
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/18(土) 13:21:36.13 ID:S1VL6PQbO
おう、続きまだ??
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/19(日) 10:25:17.34 ID:SXcau8YqO
もちろん、悪いことをしているという意識はあった。『付き合ってほしいとかじゃない』なんて言葉は彼女を選んだ時点で意味をなしてないし、彼氏にしてみたらただ彼女を奪われたのと何も変わらない。
告げた時点では、僕だって深望みをしていたわけじゃない。それは本当のことだ。
ただ、自分の胸のなかにある気持ちがたまりすぎて、苦しくて、伝えてフラれて縁が切れた方がすっきりするんじゃないか、解放されるんじゃないかと思って。本当にそれだけだったんだ。
でも、目の前に人参がぶら下げられてしまった。それに飛び付かないバカ……いや、賢人はどれくらいいるだろうか。
今まで胸に秘めてた気持ちが報われると知ってしまったら、それを拒むことなんて僕には到底できなかった。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/19(日) 11:28:41.58 ID:SXcau8YqO
付き合い始めたばかりの頃は、僕は有頂天になって浮かれていた。次のデートはどこに行こう、彼女は何が好きなんだろう。
想像もしてなかった幸福が訪れた僕の頭の中はそんなことでいっぱいだった。
とはいえ、不安が全く無いということでもなかった。
例えば、彼女の元彼氏は超有名企業に勤めるエリートサラーリーマンで、そんな男の後に僕みたいな学生と付き合って、彼女は満足するのだろうかとか。彼女自身がとても美人であったが故に、自分の容姿がひどく情けなく思えたりだとか。
言ってしまえば、僕はとてもネガティブな人間なんだと思う。気持ちを告げた時にもうまくいくとは思ってなかったし、自分のことが嫌いで、自信が持てないんだ。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/19(日) 12:44:42.60 ID:SXcau8YqO
そんな不安や焦りを感じた僕は、『とにかく何とかしないといけない』という方向に進んでしまった。
何をすべきかも分からないのに何かをしないといけない、成長しないといけないという気持ちになって、資格の勉強をしてみたり、ファッション雑誌を読み漁ったり、色んなことに取り組んだ。
勉強もファッションも嫌いじゃないんだけど、『したいからする』ではなくて、『しないといけない』という義務感で始めたそれは、僕のなかで重荷になっていた。
サッカーをしたい、本を読みたいとかそういう欲を押さえて、義務感を消化することを続けていくうちに、僕は疲れてしまったんだ。
そして、そうやって精神を疲弊させてるところで彼女に告げられた言葉はこれだった。
『今は誰かと付き合いたいとかじゃなくなったから、別れよう』
僕が何かしたから、至らぬところがあったから、とか言われたなら、満足はしなくても納得はできたのかもしれない。
ただ、その言葉を聞いた時に、納得もできないそれを否定することも、彼女を責める気持ちも出てこないほど僕の心は疲弊していた。その結果として、行き場のない気持ちは僕自身を責めることでどうにか落ち着かせようとしてしまった。
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/19(日) 16:16:55.58 ID:nW/yoZmgO
僕がもっとかっこよければ良かったのに。
僕がもっと将来性があれば良かったのに。
そんな自責の念が僕を縛って、別れた後もしばらくは落ち込んでたし、何かをしなきゃいけないという気持ちでいっぱいだった。
僕はダメな人間なんだ、屑だ、人の彼女を奪うようなやつなんだ。
頭のなかをそんな言葉が巡りめぐって、そして僕は限界を迎えた。
半月ほど高熱にうなされ、それはストレスから来たものだったらしい。慣れないことを続け、自分を縛っていると、人間は案外脆いらしい。
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/19(日) 16:41:42.71 ID:nW/yoZmgO
そしてその体調を崩して倒れている間、僕はあることを考えていた。
『仮に僕が完璧な人間だったら、彼女は僕の前から消えなかったのだろうか』
きっとその答はノーだと、僕は結論付けた。
それはある意味で逃げの解答なのかもしれないけど、そう考えるしかなかったんだ。
勿論、僕は自分のことを立派な人間だと開き直ってそんな答を出したわけじゃない。どちらかといえば、自分が屑なのは自覚している。
でも、彼女の別れたいとか付き合いたいってわけじゃないって気持ちは、僕に対して向かっているけど、きっと僕に限った話でもなくて。
仮に僕より立派な人間がいたとしても、彼女はその答を出したんだろう。
ならば、僕も少し息を抜こう。
一度倒れたことで冷静になった僕は、そんな結論を出した。
今まではちょっと気をはって頑張りすぎたから、ちょっと落ち着こう。遊んでみよう。
そんな気持ちで、今までにしたことがないことをしてみたり、行ったことがないところに行ってみたりをしているうちに、今日、ここに来ることを決めたんだ。
どんな場所なんだろうって興味もあり、彼女と別れてからも自己処理をするような気力もなかったのもあり、無駄に勇気を振り絞れるような精神状況だったのもあり。
こんな異世界みたいなところだとは思わなかったけどね。
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/19(日) 23:25:43.87 ID:J/M7O0zEO
「……って、ことがあったんだよ」
ここに来るまでの経緯を彼女に話してみると、すっと気分が楽になったことに気がついた。誰にでも話せるような内容でもないと思って、今まで誰にも話したことはなかった。
それなのに、今日会ったばかりの、僕の名前も知らないような人に話して楽になるとは、何とも変な話だ。いや、知らない人だからこそ話せたこともあるんだろうけどさ。
「へぇ……大変だったね」
彼女は半分同情したような、半分対応に困ったような目でこちらを見てきた。そりゃ、初対面の客にこんなことを言われても困るんだろうけどさ。
「まだその元彼女のこと好きなの?」
「え、いや、もうそうじゃない……かな」
少なくとも、まだ好きだったらこういう店には来てないと思うし。倒れて答を求めている間に、彼女への気持ちも徐々に消化してしまったんだと思う。
ありえない仮定として、もし今から彼女に「よりを戻したい」と言われても、きっと断ってしまうと思うし。嫌いになったというよりは、そうやって振り回されるのに疲れて、もう関わりを持ちたくないと言うべきなのかな。きっと彼女も、屑な僕にそんなことを言われたくはないんだろうけど。
「そっか! じゃ、次探そうよ、次! 私なんてどう?」
そう言って彼女が浮かべた笑みは、何だか脆くて儚くて。冗談に冗談で返そうとしても、つい見とれてしまって何も言葉にできなかった。
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/19(日) 23:49:00.34 ID:8mR00MxvO
冗談を言ってるはずなのに、目は何となく寂しそうな。それがなぜなのか僕には分からないけど、とにかく僕にはその笑顔がひどく寂しいものに見えた。
「ねー、黙ってないでさ、つっこんでよー! それとも、本当に私にしちゃう?」
その言葉を耳にして、やっとツッコミを口にする。
「お姉さん、名前も知らないでしょ?」
そう言うと、彼女はしまったという顔をして僕を見た。
「あ、そうだった! その話を聞く前に知っとかないといけなかったかなー! お兄さん、お名前は? あ、偽名でもいいけどね。あと、私はおねーさんじゃなくてゆうだから!」
元のハイテンションに戻った彼女は、僕の顔を見て首をかしげた。偽名でも良いと言われても、パッと思い付くような偽名もなくて、僕は名前をそのまま告げた。
「カズヤ、です」
あの話をした後に自己紹介なんて、改めて何だか変な気がしてきた。
彼女は僕の名前を何度か呟いた後に、僕の顔を両手で挟んだ。
「カズヤね、おっけー! カズヤみたいに若いお客さんって珍しいし、もう忘れないから!」
儚さも脆さも感じられない、ニコニコした笑顔を浮かべながら彼女がそう言ったところで、アナウンスが鳴った。
「あっ、時間だ……」
彼女はバツが悪そうにそう呟いた。そっか、僕が自分語りをダラダラとしているうちに、思ったよりも時間は進んでいたらしい。
「ごめんね……スッキリしに来たのに……」
申し訳なさそうな表情の彼女に、僕は否定と感謝を伝えよう。
「いや、話聞いてもらえて楽になれたんで全然……むしろ、俺の全然面白くない話に付き合ってくれてありがとう」
彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべたままではあったけど、「ううん、それならよかった。ありがとね」と言い、僕にブースから退出するように促した。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/20(月) 00:00:56.94 ID:QkK8y1mWO
立ち上がってバッグを持とうとしたところで、彼女は思い出したかのように「あっ」と声をあげた。どうしたんだろうと、僕は彼女に疑問の眼差しを向ける。
「名刺、渡してもいいかな? また来てもらえるか分からないけど」
特に断る理由もないので、了承の返事をすると彼女は名刺らしきカードを取り出して、ペンで何かを書き足していた。よしっ、と一言呟いたかと思うと、それを差し出してきた。
「頂戴します」
なんて、冗談混じりで返しながらそれを受けとると、そのまま腕をひっぱられた。
「おっと……」
そんな焦り声を漏らした瞬間、僕の唇に柔らかい何かが触れた。それが少しだけ熱のこもった彼女の唇だと気づいたのは、ほんの一瞬後だった。
「ごちそうさまでしたっ」
満足そうに彼女が言ったのを呆けて見てしまった。きっと、凄く間抜けな顔だったと思う。
「立場、逆じゃない?」
そんな言葉がその直後に出てきたのは、自分でもなかなか頑張ったなって感じだ。
「確かにー! ま、細かいことは気にしないの!」
そう言って、彼女は僕の手を引っ張って入口まで連れていく。
「ありがとうございましたー! 時間見てなくてごめんね!」
「いえいえこちらこそ……ありがとうございました」
そんな、何とも分からないやり取りを終えて、僕は店を出ていった。
何だか不思議な気持ちだった。最初に感じていた背徳感は全く無くなっているし、抜いてもらったわけでもないのに気分もスッキリしている。何だか、いろんな意味で異世界で異常な体験をしていた気がする。
「……すごいなぁ」
そんな呟きと共に、僕は家路に向かう。
これが、僕と彼女の出会いだった。
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/20(月) 10:54:16.04 ID:EXkTLIi4O
おつんつん
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/20(月) 23:39:05.63 ID:6MBmrkmgO
あの店に行ってから、もう二週間ほど過ぎた。GWも過ぎてしまい、服装も一段と軽くなった。気が早い人は、もう半袖のTシャツだけだったりする。
大学の講義を終えた僕は、所属しているサッカーチームの練習場所へと移動をしているところだ。
大学の部活やサークルではなくて、社会人のチームだ。一応、県のリーグ戦にも登録していて、今は一部リーグに所属している。
入学当初は体育会系の部活に入ろうと思っていた。しかし、それなりに勉強をしてそこそこの国立大学に入ってしまった結果、みんな勉強を頑張って入学したからなのだろうか、スポーツは趣味という程度で、それほど高いレベルでもなく、入部をためらってしまった。
そこで、外部でチームを探していたところ今のチームを見つけたのだった。県リーグとはいえ元プロや高校サッカーで全国大会に出たような選手も所属していて、少なくとも部活でやるよりは張り合いがある。
元カノと付き合っていた時や悩んでいた時も、自主練であったりチーム外でボールを蹴る時間はなくなってしまったけど、チームに参加しているときは何も考えずにいられた。ボールを蹴ってる瞬間、追いかけている瞬間は、それだけで頭が一杯になるんだ。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/20(月) 23:44:59.26 ID:6MBmrkmgO
学生の僕は時間に融通がきくからか、一番乗りで会場に着くことが多い。
まだ誰もいないグラウンドに到着すると、バッグから荷物を取り出して、近くに誰もいないことを確認すると手早く着替えた。
今はまだ陽があるから半袖でも大丈夫そうだけど、練習が本格化する夜には少し冷えそうだと感じ、プラクティスシャツの上にピステを着ることにした。シャカシャカした素材のピステは、今の時間には少し暑い。
そのままベンチに腰かけてスニーカーを脱いで、スパイクに履き替える。足裏にあるポイントの突き上げるような感覚は、何度感じても楽しさを伝えてくれる。
これからサッカーをするんだ。
そんな気持ちにさせてくれる感覚。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/21(火) 03:08:49.19 ID:y3uTxjriO
いいね
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/21(火) 06:12:11.55 ID:UaeeUlRDO
SSで地の文は敬遠してたけど、これは読みやすい
期待
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/22(水) 10:57:14.38 ID:sU+No8hdO
ベンチを立ち上がると、土のグラウンドに向かって一礼をして外周を軽く走る。本当は綺麗な芝のピッチがいいんだけど、県リーグレベルの社会人がそんなところでいつも練習をするのはとてもじゃないが無理な話だ。
二周を走り終えると、サッカー部にはお馴染みのブラジル体操を始めた。一人で掛け声をあげながら、足を伸ばしたりステップを踏んだり。端から見ると不審者なんだろうな。
軽く汗をかいたところで自分で持ってきたボールを蹴ろうと、一度ベンチに向かっていると人影が見えた。
「あ、カズくん。相変わらず早いね」
そんな声をあげたのは、マネージャーをしてくれているミユだった。一歳下の彼女は、ヒロさんというお兄さんと一緒にうちのチームに来ている。
「ヒロさんは? まだ?」
そう尋ねると、彼女は首を横に振って肩をすくめて見せた。
「今日はちょっと遅くなるって、家を出るときに言ってた。忙しいんだって」
そっか、と残念そうに僕は返す。
ヒロさんは2年前まではプロとしてプレーをしていた選手だ。二部リーグの選手だったとはいえ、さすが元プロと言うべきか、うちのチームでは段違いに上手い。
プロを自由契約……要するに、クビになってからは、地元のこの町で就職をしてうちのチームでサッカーを続けている。
サッカーも上手くて、クビになってもすぐに仕事も始めて、落ち着きもあるのに人当たりもよくて。僕の憧れの人だ。
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/22(水) 19:11:38.21 ID:If/Uzyb/O
「ま、ヒロ兄以外の人も何人か遅れるって連絡があったし、大人はみんな忙しいんだろうねー」
うんうん、とミユはなぜか自慢げに頷いた。うちのチームの出欠連絡は、基本的にマネージャーにすることになっている。最初は監督にすることになっていたらしいんだけど、監督が適当な人だったせいで僕が加入して一年経ち、ミユがマネージャーとして入ってからは彼女が基本的に連絡役を勤めている。
監督はヤマさんという、三十路を越えた人が選手兼任監督を勤めているんだけど、どうにも適当な人で連絡をしたことも忘れられていることがよくあったんだ。十歳も下の僕が言うことではないけど、あれでよく監督をやっていられるな、と思う。選手としては凄いんだけど。
「そっか、まぁ、来る人だけでやるしかないからなー」
企業が運営するチームではないから、どうしても僕たちの練習は仕事や学校の予定に左右されてしまう。酷いときは、10人も集まらないことだってある。
それでも僕も、チームメイトもサッカーをする。理由もなくて、理屈もない。
ボールを追いかけること、蹴ることが好きなままに大きくなった子どもの集まりだと、以前ヒロさんは言っていたけど、本当にその通りだ。
「じゃ、ちょっと蹴りながら待っとくよ」
「はいはい、じゃあ私も給水の準備してくるねー。がんばって」
そんな言葉を残すと、ボール、有名な漫画の言葉を借りるなら『友達』と共に、僕は土のグラウンドに向かっていった。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/22(水) 19:26:10.90 ID:If/Uzyb/O
「カズ、この後暇か? よかったら、一杯行かないか?」
練習後、ヒロさんに声をかけられた。
僕が飼い主に向かって尻尾を降る犬のようにヒロさんを慕っているからか、彼も僕のことをかなり可愛がってくれているんだけど、飲みに誘われるのは珍しいことだった。
曰く、「アルコールは怪我と体力の回復を遅らせる。もちろん多少の酒は良薬かもしれないけど、飲みすぎるのはサッカー選手としてはマイナス面が強すぎる」とのことだ。
チームの飲み会には参加するし、多少は飲みはするけど、摂生するときは摂生する。プロではなくなっても、当時から持ってたプロ意識は抜けてないらしい。
そんなヒロさんに酒を飲もうと誘われたのは少し意外だったけど、断る理由もない僕はすぐに了承した。
どうしたんだろう、珍しいな。
「じゃ、着替えたら行くか」
「はいっ」
理由は何であれ、ヒロさんと一緒に食事に行くのは久しぶりだし、嬉しさのあまりに僕は慌てて着替え始める。
「何か食いたいものあるかー?」
「肉っ! 食べたいです!」
その質問には素直すぎるくらい、間髪を入れずに返事をする。練習後の肉ってなんであんなに美味しいんだろうね。
ヒロさんは笑いながら分かった分かったと言い、僕もつい笑ってしまった。何か、こういうのって良いな。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/22(水) 19:46:24.56 ID:If/Uzyb/O
「えー! 二人でご飯? ずるい! 私も!」と抗議の声をあげたミユを止めるのにはかなりの時間がかかったけど、どうにかそれを振りきった。
「悪いな、あいつ、お前のこと結構気に入ってるから。俺とじゃなくて、お前と飯食いたかったんだと思うけど」
そんなヒロさんの言葉に、いやいやと否定を入れながらも、僕は目の前で良い色に変わりつつある肉を見ていた。
焼肉って、人によって焼き加減の好みが違うから難しいよね。鶏と豚はしっかり焼くけど、牛肉は本当に分からない。
「カズ、最近調子良いよな。何か良いことあった?」
「良いこと……ですか?」
うーん、たぶん無いよなぁ。大学の授業は相変わらずめんどくさいし、バイトも特に代わり映えしない。
「何かこう……迷いが吹っ切れたっていうか、プレーするのが楽しそうっていうか。スッキリしてるよ、最近」
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/22(水) 19:55:51.80 ID:If/Uzyb/O
その言葉で思い浮かべたのは、あの店での出来事だった。
誰にも話せなかった心のモヤモヤがスッキリしたのが、サッカーにも繋がったのかな。
「あー、なるほど……最近、ちょっと気にしてたことが無くなったからですかね」
「あ、そうなんだ? 何にせよ、それなら良いじゃん。俺なんか、今もモヤモヤしてるよ」
最後の一言で、ヒロさんは急に声のトーンを落とした。ジョッキに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干すと、追加でまた一杯注文した。
「どうしたんですか?」
ヒロさんらしからぬ行動に、恐る恐る尋ねてみた。僕なんかが触れて良い話題なのか分からないけど、ここで聞かないなんてとても無理な話だ。
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/22(水) 23:55:02.61 ID:If/Uzyb/O
「フラれたんだよ」
「えっ」
予想もしてなかった言葉に、つい声をあげてしまった。ヒロさんの彼女は、確かプロだったときからの付き合いだと聞く。
もう数年は付き合っているし、再就職をしてからしばらく経ち、そろそろ結婚かなと思っていたのに。
「っていうのに加えて、代表もだよ」
「代表……?」
脈絡のないその言葉に、僕は首をかしげた。彼女……代表? 代表って何だ?
「この間、アジア予選の代表が発表されただろ」
あ、サッカー日本代表のことか。でも一体、それがどうしたって言うんだろうか。
「シンヤが選ばれてるんだよ」
吐き出すように口にした名前は、今回初めて代表に招集された選手の名前だった。一部リーグで中盤の選手ながらもゴールを重ね、アシストランキングだけじゃなくて得点ランキングでも上位に名を連ねている。
待望の招集に日本中のサッカーファンは彼のプレーを楽しみにしていると専ら評判なんだけど、ヒロさんは不機嫌そうだ。
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/23(木) 21:17:39.95 ID:0nQbU257O
「それが……」
僕の言葉を遮るように、ヒロさんは言葉を重ねた。
「あいつ、チームメイトだったんだよ」
ああ、そういえば。
言われてみると、確か彼は去年までニ部のチームでプレーをしていたはずだ。そして、そこでの活躍が認められて一部のチームに今季から移籍したと、雑誌の特集記事を読んだ記憶がある。
しかし、元チームメイトだったのなら、彼の代表選出は喜ばしいことなんじゃないんだろうか。
そんな謎は残るけど、僕からヒロさんにそれを尋ねるのは何だか躊躇われてしまった。
「俺がクビになった理由、カズに話したかな?」
投げられた言葉は、またも脈絡の無いように思えたものだった。僕は黙って首を横に振ると、ヒロさんは言葉を紡ぎ始めた。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/23(木) 21:18:21.86 ID:0nQbU257O
俺と同期で高卒新人だったのが、シンヤだったんだ。
もちろん俺たちはすぐに仲良くなった。友達だし、チームメイトだし、仲間だった。
入団初年度はお互いにロクに出番がなくて、二人で自主練をしたり、愚痴りあったり。
お互いに活躍するとそれを励みに練習に打ち込んで、仲間だけど負けたくないなって思ってた。
二年目になって、俺たちのチームの主力選手の先輩が抜けたんだ。一部のチームに引っこ抜かれて、チームとしてはピンチだけど俺達としてはチャンスだなって。ポジションも同じだったから、これを機にレギュラーになってやるって野心を持ってね。
その年の開幕前のキャンプで、紅白戦をしたんだ。レギュラーチームに入ったのは、シンヤじゃなくて俺だった。
プレースタイル的に俺の方が先輩に近いものがあったっていう幸運もあったのかな。でも、そこで良いプレーをしたら開幕スタメンも夢じゃないって思って、俺は気合を入れてその試合に臨んだんだ。
自分で言うのも何だけど、前半はかなり良いプレーが出来てさ。あのプレーなら、先輩がいてもレギュラーを争えたんじゃないかってくらい。チームとしても良いペースで点を奪って、紅白戦だけど圧勝って感じ。
ただ、後半。あれが起きたのは後半だったんだ。
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/23(木) 21:19:10.97 ID:0nQbU257O
後半が始まってからも、レギュラーチームの優勢は変わらなかった。
俺たちはボールを支配して、相手チームも防戦一方って感じでさ。
そんな雰囲気の時に、俺とシンヤがマッチアップしたんだ。ボールを持ってるのはもちろん俺で、ディフェンスがあいつ。
勝ってるし調子も良いからって天狗になりかけてた俺は、シンヤ相手に股抜きをしたんだ。
足の間をボールが通って、俺も脇を通り抜けて。やったと思った直後に、倒れたてたんだ。
後ろからシンヤにスライディングをされて、それがモロに右足に入ってたんだ。
出たくなんかないのに担架でピッチの外に追い出されて、そのまま病院に行ったら全治半年だ、って。
試合に出られない間にあいつはチーム内でレギュラーになって、俺はそのまま出番をなくしてしまった。
初めてそんな大怪我をしたからかな。それ以来、後ろからの接触プレーが怖くて、どうしても抜いた相手を気にし過ぎてしまうんだ。
県リーグレベルならそれでも通用するけど、プロの世界ではそれじゃダメでさ。
その年ともう一年は面倒を見てもらえたけど、結局それが遠因で、二年前にクビになったんだ。
シンヤともあれ以来気まずくて、退団してからは連絡を取ってない。
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/23(木) 21:21:30.79 ID:0nQbU257O
「あいつのせいじゃないってことは、分かってる」
ヒロさんは、絞り出すように漏らした。
「あんな状況で股抜きなんかされたら誰だってイラつくし、接触プレーを怖がってしまうのは俺の心が弱いからなんだ」
「じゃあ……」
「でも」
逆接の言葉で感じたのは、強い感情だった。理屈を超えた感情だ。
「もしあそこで怪我してなければ、今ごろ代表にいたのは俺かもしれない。そう思うと、どうしてもスッキリした気持ちで応援も出来ないんだ」
俺って嫌な奴だよな、とヒロさんは自嘲気味に呟いた。
「そんなことないです」とも、「それはシンヤが悪いですよ」とも、僕は言えなかった。
ヒロさんの「あれさえなければ」という気持ちも分かるし、とはいえ怪我のリスクはサッカー選手である以上、当然背負っているものだ。自慢できるものではないが、僕だって骨折や捻挫の経験はある。
消化しようとしてもしきれないモヤモヤを、ヒロさんも感じているんだろうか。
「悪いな、こんな空気にしてしまって。ちょっと愚痴をさ、聞いてもらいたかったんだ。お前くらいしか話せないからさ。ミユにこんな話を聞かれると心配されるし」
その言葉を最後に、ヒロさんは空元気なのか笑えてない笑顔で僕に「肉食え、肉! 体作って、今週の試合も勝つぞ!」と言った。
その言葉にも僕は返事が出来なくて、ただ頷いてトングで肉をつつくだけだった。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/23(木) 23:49:08.88 ID:0nQbU257O
あの焼肉から一週間。
アジア予選が始まり、シンヤも代表デビュー戦でゴールを決める活躍をした。その試合後は、うちのチームでもシンヤの名前がよく出てきた。
彼の名前を耳にするたびに、ヒロさんは複雑そうな表情で相槌を打っているし、僕も何だか晴れやかな気分とはいかなかった。代表が勝ったら、普段は嬉しいのにね。
大学も練習も無い休日は久しぶりで、家に引きこもるか悩んだけど、ちょっと出掛けてみることにした。どうせ一人で家にいても落ち着かないしね。
七分丈のお気に入りのサーマルカットソーに、ちょっとダメージの入ったジーパン、スニーカー。夏が近づくとサンダルを履く人も多いけど、中学生の時の部活の顧問に「サンダルなんか履いて怪我してサッカーできなくなったらどうするんだ! 靴を履け!」と言われて以来、卒業した今もその教えをずっと守っている。
ファッション、流行りの服が好きってことじゃないけど、お気に入りの服を着るだけで少し楽しい気分になる。
浮かれない気持ちも少しはマシになって、僕は行くあてもなく町をうろつく。
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/24(金) 22:43:57.96 ID:XLQX7YOSO
信号待ちで顔をあげてみると、大型スクリーンにシンヤが映し出された。以前の代表戦の得点シーンが流れた後に、『絶対に負けられない』というお決まりのテロップが流れている。
それを眺めながら、あの日のヒロさんの話を思い出すと少し憂鬱な気持ちになった。
誰が悪い、どちらが悪いとかではなくて、お互いが本気だったから起きてしまったことだとは思う。
とは言え、それはあくまで僕の感覚での話だ。正直、プロとか代表とか話のスケールが大きすぎて、何だか違う世界の話のようにも感じてしまう。
違う世界……?
その言葉に、何だか引っ掛かりを覚えた。
そういえば、僕のモヤモヤを解消してくれたのも異世界のような場所で、彼女に話したことがきっかけだった。
また行ってみようかな。
そんな軽い気持ちで、僕の足はあのビルへと向かった。
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/24(金) 22:58:05.02 ID:XLQX7YOSO
まだ早い時間ということもあってか、僕はすんなりと店内に誘導してもらえた。
以前と同じブースに座っていると、場内アナウンスが耳に入った直後に彼女の姿が見えた。
「あっ、カズヤ! こんにちはー、また来てくれたんだ?」
靴を脱ぎながら彼女は僕に挨拶をした。
忘れない、との言葉通りなのかスタッフが何か伝えたのか分からないけど、彼女はとりあえず僕の名前は分かってくれているらしい。
「あっ、名前覚えてるんだ」
「そりゃ覚えてるよー! あんな話をここで聞いたの初めてだもん! おまけに抜いてあげられなかったしさー」
少し口を尖らせて、拗ねたような口調でそうぼやいた。
「で、今日は? 今日こそスッキリしに来たの?」
彼女はそう言いながら僕の左頬に右手を添える。相変わらず吸い込まれるような瞳に見つめられ、自分でも胸の鼓動が高鳴るのが分かってしまう。
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/25(土) 10:09:15.00 ID:nWoaILSKO
うんいいね
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/26(日) 11:30:12.18 ID:1QZheVPjO
「えっと……」
完全に話しを聞いてもらいに来てたけど、よくよく考えるとここはそういう場所で、僕の行動はひどくお門違いなものの気がする。
「ん? 違うの?」
「ちょっとお話をしに……」
「またー?」
「やっぱり迷惑?」
「いや全然! でも、私で良いの?」
私で良いの、というよりは。
「お姉さんだから良いのかも。知らない人だから話しやすいこととか、あるじゃん?」
その説明に納得したのか、うんうん頷きながら「よし、ドンと来い!」なんて言って胸を叩いた。ノリ良いな。
「あっ、でもね」
そう言ったかと思うと、彼女は僕の唇に人差し指を当てた。
「お姉さん、じゃなくて、ゆう、だから。お分かり?」
ね? と、笑いながら彼女は念を押してきて、僕は顔を赤くして頷く。
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/26(日) 12:04:31.50 ID:1QZheVPjO
しかし、いざ話すとなるとなかなかどうして、説明が難しいんだよね。前みたいに自分のことだったら包み隠さず全部話せるけど、ヒロさんもシンヤも預かり知らぬところでプライベートを曝されるのは嫌だろう。
「ちょっと説明が難しいんだけど……憧れてる先輩がいてさ。最近、落ち込んでるみたいで」
「うんうん、何で?」
ここの説明が一番難しいんだけど。
言葉を選びながら、慎重に話を進める。
「同じタイミングで入社した人が一人いるらしいんだ。でも、最初は自分の方が優秀だったのに、不幸な事故で出世できなくて、もう一人が出世したらしくて。祝ってあげたいのに、事故さえなければ……って思ってしまうんだって」
プロサッカー選手だって社会人なんだから、入社という言葉で誤魔化してみたり、怪我を不幸な事故と言ってみたり。ニュアンスが変わって伝わらないか心配だけど、これ以上の説明は今の僕にはできなかった。
「そうなんだー、へぇ……」
「それで落ち込んでるし、彼女にもフラレたらしくて、二重に落ち込んでるらしいんだよね」
「何だ、カズヤの仲間じゃん」
そんなツッコミを入れて、ゆう……ちゃん、はニヤけ顔になった。
「でも、人の心配ができるくらいならカズヤはもう大丈夫そうだね。カズヤはその先輩に元気になってもらいたいの?」
「うーん……元気になってもらいたい……なのかな……?」
改めて問われると、その返事には少し戸惑ってしまう。いつも通りのヒロさんになってほしいとは思うんだけど、ヒロさんだって人間なんだから、苦しさを捨ててほしいなんてことを僕が願うのも過ぎたことだ。
僕はいったい、どうしたいんだろう。どうなってほしいんだろう。
「やっぱりさ、カズヤの憧れてる先輩もさ、落ち込んでるってことはそれだけ悔しくて、好きでやってることなんでしょ? それなら、その悔しさは大事にしないといけないんじゃないかな」
前回と同様に、ユーロビートな音楽が騒がしくなる部屋のなかで、ゆうちゃんは言う。
「悔しかったり悩んだりするのは、それだけ好きだからなんだよ。好きじゃないことで辛いなら、逃げてしまえばいいもん。でも、それから逃げられなくて辛いなら、それは受け止めて消化するしかないんじゃないかな」
言いきると、「ごめんね、偉そうに」なんて申し訳なさそうに付け足した。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/26(日) 12:42:32.77 ID:1QZheVPjO
「なるほど……」
「だから、カズヤは特別何かするとかじゃなくて、その先輩が悔しさを消化しきれてるかどうかを気にしてあげればいいんじゃないかな。それこそ、辛そうなら話を聞いてあげるとか。言葉にすると楽になること、あるでしょ?」
それは確かに、正しく以前ここで体験したことだ。
「でもさ、その先輩もカズヤのこと信頼してるんだろうね。そんなこと話してくれるなんてさ」
羨ましいな、と彼女は言った。何が羨ましいのかは分からないけど、とても寂しそうな声色で。
「何の先輩なの? カズヤはまだ学生だったよね? その人は働いてるみたいだけど」
まあ、これくらいは話しても問題ないよね。働きながらサッカーをしてる人なんていくらでもいるし。
「今、大学じゃなくて社会人のチームでサッカーしてるんだ。そのチームの先輩」
「あっ、サッカーやってるんだ! 言われてみればやってそうだよねー!」
「そう?」
「うん、胸板しっかりしてるし、足もちょっと太いし、見た目チャラいし」
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/26(日) 17:13:19.21 ID:1QZheVPjO
「チャラいって……」
関係あるの? と苦笑すると、彼女は大真面目な顔でこう返した。
「サッカー部への偏見ですっ!」
何だそりゃ。 つい吹き出して笑ってしまったよ。そんなイメージがあるのか……チャラくないんだけどなぁ。
「社会人のチームかぁ……試合とかもあるの?」
「もちろん。県のリーグ戦にも登録してるし、天皇杯っていうトーナメントも予選に出るし、結構本気なチームかな」
「サッカーしてるカズヤ、ちょっと見てみたいかも」
「はいはい」
「もー、何でそんな冷たい反応なの?」
リップサービスを流してしまうと、そんな苦情を入れられた。真に受けるのも何か、ねぇ。
「えー、本当だよ? 試合の予定とか教えてよー」
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/26(日) 22:17:46.12 ID:7WVhPv/8O
「えーっと……来週末に、天皇杯の予選があるけど……」
会場は、このお店からもそう遠くない場所にあるサッカー場だったはずだ。芝のピッチに、小さいながらもスタンドもついているところだ。今は、そこで試合をするのが待ち遠しい。
「へぇー、近いんだね。何時から?」
「14時キックオフだったかな? たぶん」
「なるほどなるほど……って、店外デートは禁止なんだけどねっ」
「デートなの?」
そんなふざけたやり取りに、やっぱりリップサービスじゃないかと少し残念がってしまう自分もいた。
「私、サッカーの試合って生で見たことないんだよね。テレビニュースで日本代表のハイライトは見たりするけど。誰だっけ、今注目されてるの。えーっと……」
「シンヤ?」
名前を隠していたとはいえ、さっきまで話していた彼がこんな風に名前が出てくるとは思っていなかった。
「そうそう! 最近よく見るなぁって思って!」
サッカーにあまり興味が無い人にまで知るようになるくらい、代表の影響力っていうのは強いらしい。
「ま、僕はあんなに高いレベルで試合できないからね。先輩とかはやっぱり上手いんだけど」
「じゃあ、その先輩を見に行っちゃおうかなぁ……嘘だけど」
そんな下らないやり取りをしているうちに、その日の僕らの時間は終わった。
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/27(月) 12:48:00.71 ID:HkBMGgPDO
風俗で働こうと思ったきっかけは、楽に稼げそうだったから。
高校を卒業した私は、勉強が嫌で進学もせず、だからと言って正社員として就職もせず、ダラダラと生きていた。
でも、そんなことをいっても私だって年頃の女なんだから、苦しい思いをして働きたくもないけど、遊ぶお金は欲しかったんだよね。それで選んだ道が風俗だった。ピンサロならホテルに行ったりはしないから本番とかの心配はないし、色々と相手をしないといけないキャバクラとは違い、ヌいてあげたらそれで終わりだから面倒なこともなさそうだし。
最初はおじさんのそれを扱うのに戸惑いもしたけど、馴れてしまえば若いイケメンも脂ぎったおじさんも同じものだと割り切れるようになった。
とはいえ、風俗だって人気商売なんだから流行り廃りがあるわけで、いつまでもこんなことをしているわけにもいかないよね、とは思い始めていた。成人式が終わったあたりからかな。やっぱり、20歳を越えた儀式って、日本人の感覚としては大きいみたい。
そんな風に転職を考えていた春に、変なお客さんが来た。
歳も私と同じ男の子で、風俗に来たっていうのに脱ぎすらしないで、寂しそうな目をしたまま失恋話を始めてきた。
話すだけ話すと、彼は憑き物が落ちたみたいにすっきりした表情で退店していった。
普通に恋愛をするとあんな風に落ち込んだり悩んだりするんだ、って思うと、今度は私が少し寂しくなってしまった。私の恋愛は、普通ではないと自分で思っているから。
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/28(火) 00:32:33.92 ID:WZY5QuKYO
よくある話かもしれないけど、私はホストにハマっていた。
私のお客さんはおじさんが多いしたまには若い男と話してみたい、と軽い気持ちで踏み入れたのは深い沼だった。
そこで私の対応をしてくれた男を応援したい、ナンバーワンにしてあげたいと思い、私は彼に貢ぎに貢いだ。
ブランドのスーツや財布、現金だって渡したし求められたらセックスだってした。
それでも、これだけは分かっている。
私は彼の彼女にはなれない。
彼が好きなのは私じゃなくてお金や体であって、それがあるなら私じゃなくても良いんだっていうのは、私が一番知っている。
彼は私以外の女も平気で抱くし、貢がれたものも気に入ったなら使う。要するに、私は彼にとって彼女どころか、何番目の女ですらないんだ。私の前で、他の女の匂いを隠そうとしない。
それで他の女に負けたくないと貢ぐ私って、本当にバカだよね。でも、止められないの。
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/28(火) 18:48:39.81 ID:emITPULkO
とても面白い
期待
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/29(水) 10:38:39.07 ID:fD2ZDnXLO
彼女はおろか、貢いでいるからセフレにすらなりきれてない私は、ドロドロの底無し沼にハマって抜け出せないでいた。
ピンサロで働いているのと同じで、このままじゃダメだって分かっているのに止めることもできない。
きっと、私はこのままじゃ幸せにも不幸にもなれないんだろうな。たぶん彼に女ができても私たちの関係はなくなりはしないだろうし、逆にずっと女ができなくても私は彼女にはなれない。
私も似たような接客業だから分かるけど、お客さんと付き合うのってめんどくさいみたいだしね。
お客さんでいるときは相手の気を引こうと貢いだり健気にいたりするけど、立場が恋人になってしまうと、人間は欲深くなってしまうらしい。
表向きはお客さんと店外で会うのが禁止されてるうちの店でも、お客さんと付き合ってる子は今までに何人かいた。でも、彼女たちは全員、付き合ってしばらくすると「あんな人とは思わなかった」って口にするようになるんだ。
今までは男が女の子に合わせてお店に来たり、プレゼントを貢いだりしてたのに、恋人みたいに対等な関係になってしまうとそれが変わってしまうからなのかな。
そういうのを見てきた私はお客さんと付き合うとか店外で会うとかってめんどくさいと思ってたのに、自分が客として貢ぐ側になってしまうと、貢いでいく方の気持ちも何となく分かるようになってしまった。
対価を払い続けている限り、よっぽどのことがない限り彼は私を拒まない。そして、彼が納得するだけの対価を払えてる今は、彼の優しさを得ることができる。
ビジネスライクなwin-winの関係で、私たちは結ばれている。その優しさを失うのが怖くて、私は彼に貢ぐのをやめられない。そして貢ぐのをやめられないからこそ、私は今の仕事を離れることができない。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/29(水) 11:08:28.86 ID:fD2ZDnXLO
何度か、彼から離れようとしてみたこともあった。
合コンに行ってみたり、友達に紹介してもらったり。高校の同級生がモデルをしていたから、彼女に誘われた合コンでは芸能人やスポーツ選手、お笑い芸人みたいな華やかな世界の人にも会えた。
そこで何人かに気に入られてお持ち帰りはされても、恋人同士にはなれなかった。
華やかな世界に住む彼らに対して、私が怖じ気づいてしまったんだよね。だって私、ホストに貢ぐ風俗嬢だよ? 他の人がそれをどう思うのか分からないけど、私の感覚だとどう考えても私じゃ彼らには釣り合わないと思うんだよね。
それに、彼らもたぶん本気じゃないし。一晩遊ぶ相手として、私はちょうどいい女なんだと思う。連絡先も交換しないことだってあったし。
そういう華やかな世界じゃない人に対しても引け目は感じてしまって、恋人なんて作ることもできないままに彼から離れることができずにいた。
ホストに貢ぐという歪んだ形の恋愛に溺れた私にとっては、カズヤのように彼女にフラレて落ち込む普通の恋愛が、何だか眩しかったんだ。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/29(水) 13:22:18.72 ID:fD2ZDnXLO
「エリ、俺もう行くから」
私の本名を呼んで、アキラ……ホストの源氏名なんだけど、彼は私の部屋から出ていった。私はベッドの上で上半身だけ起こして「いってらっしゃい」と声を投げ掛けた。
昨日の夜、終電を逃したから泊めてくれと連絡された私はそれを受け入れた。彼がうちに来ると、いつも同じベッドで体を重ね、朝になるとさっさと帰ってしまう。
最初はそれに冷たいなぁなんて拗ねていたけど、それにももう慣れてしまった。辛いことへの適応力はわりとすぐに身につくようにでかなているらしい。
寝ぼけ眼のままにベッドから出て、テレビをつけてみると、スポーツニュースが流れ始めた。私とちょっとしか変わらないような歳のサッカー選手が、日本代表の試合で活躍したらしい。得点シーンを流しながら、「彼の活躍が、今後の日本代表には必要不可欠です」なんてコメントも聞こえてきたり。
必要不可欠、か。
私はきっと、誰からも必要になんてされてない。定職にもつかずフラフラしている私のことを家族は呆れて見てるし、アキラだって私のことは都合の良い女だとしか思ってないはずだし、お客さんだって私より上手い女の子、可愛い女の子がいたらそっちに流れてしまう。
私がいなくなったところで、何の問題もなく世界は回る。
そんな私と対照的に、日本代表という大きな舞台で、多くの人に求められている彼を見るのは何だか辛かった。
テレビを消して、出掛ける支度を始める。良い天気だし、ショッピングに行こうかな。
シャワーを浴びて身嗜みを整えて、お気に入りの服を着て。それだけでちょっと幸せな気分になった私は、欲しい夏服を思い浮かべながら町へ飛び出した。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/04/29(水) 17:02:45.70 ID:fD2ZDnXLO
何着かの服が入ったショッピングバッグを手に、私は散歩をしている。
あんな仕事をしているとどうしても不健康な生活リズムになりがちだから、休日に散歩をするのは嫌いじゃないんだ。ダイエットにもなるしね。
町を抜けて、ちょっと落ち着いた河原に出てきた。そのまま堤防沿いを歩いてみると、心地よい風が吹いてきた。
長袖を着ると少し暑いくらいだったし、もう夏は近いのかもしれない。
季節の変わり目に感じがちな、ノスタルジックな感傷に浸っていると、河川敷でサッカーをしている人たちが目に入ってきた。
へぇ、こんなところで練習してる人たちもいるんだ。
その方向に目を向けたまま歩いていると、彼らは大人で、私と同じような歳の人であったり、もしくはおじさんのような人であったりということに気づいた。みんな、気持ち良さそうな笑顔でボールを追いかけたり、声を出したりしている。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/04/29(水) 20:15:39.39 ID:fD2ZDnXLO
彼らはどうしてボールを蹴るんだろう。追いかけるんだろう。
好きだからやってることなんだろうけど、運動音痴な私からしてみたら、これからドンドン暑くなっていくというのにあんなに汗をかきながら走っていくのは苦行にしか見えない。スポーツ好きな人って、マゾなのかな。
それに、失礼なことを言ってしまえば、彼らがプロの選手や日本代表の選手になるのはきっと無理だと思う。
スポーツ選手って名門の高校、大学で鍛えられてプロになるイメージなんだけど、こんな河川敷でボールを蹴っている彼らは、環境的にも年齢的にもそういうところまでは辿り着けないんじゃないかということは、素人の私でも分かる。
それでも彼らは楽しそうに、自分達がサッカーをすることに対して何の疑問も持たずに走り回っている。
その純粋さがどこから来るのかも分からない私は、もしかしたら人として大切な感情の何かが欠けているのかもしれない。
堤防を歩きながら夕焼け空の下、私は自分自身への寂しさも感じながら家路に向かった。
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