【艦これ】まるゆ「隊長が鎮守府に着任しました」

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14 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/13(金) 19:03:49.87 ID:HW4s92Tj0
「旗艦はまるゆ、イムヤとゴーヤも出撃だ」

「まるゆ、頑張ります!」

「海のスナイパー、イムヤに任せて」

「いっぱい潜るでち」

 提督が着任して二日目になり、いよいよ初出撃の瞬間が訪れる。
 潜水艦のみでの出撃なのでもう少し準備を整えてからするべきなのかもしれないが、はぐれ一隻以外と遭遇した場合は即撤退するように命じてあるので、そこまで危険がある訳ではない。

「じゃあ行ってこい。沈むならもっと良い舞台をいつか用意してやるから、今はとにかくここへ帰ってくるのを優先しろ」

「陸地に近い場所に居るのは大抵弱い個体なんでしょ? 私達をあんまり舐めないでよね」

「余裕でち」

「――じゃあ、出撃します」




 その時三人が見たものは、天空を蹴るように水面から突き出したまるゆの両足が、ジタバタともがく姿。
 提督が一瞬それを見て犬神家の一族のマネで笑わせようとしたのかと錯覚したほど、彼女の足はピンと張っていた。
15 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/14(土) 01:42:49.88 ID:OmQPN6+c0
 結局鎮守府から出ることも無いまま、最初の出撃は失敗に終わる。
 当のまるゆはというと、身体を乾かすこともなく自室へと駆け込み、完全に閉じ籠ってしまっていた。

「司令官、知ってたの?」

「いや、あそこまでとは俺も予想してなかった。まるゆ自身が出撃に意欲を見せていたから、多少ぎこちない程度だと思っていたんだが……」

「ゴーヤ、心配だよぉ……」

「とりあえず、今日もこのまま待機してくれ。可能なら書類を手伝ってもらえると助かる」

「まるゆはどうするの?」

「夕方話しに言って、明日まで出てこなけりゃその時は――」

「その時は、どうするんでちか?」

「ドアを蹴破って入って連れ出す。たかだか潜水が出来ないぐらいでアマテラスみたいに閉じ籠られてたまるか」

「潜水艦としては致命的よ、潜水出来ないなんて」

 至極真っ当な意見がイムヤから出るが、提督は無言で窓から外を指差す。
 しかし、その先にあるのは海だけであり、潜水艦娘二人は顔を見合わせ、何が言いたいのか分からないといった様子で首を傾げる。
 結局、そのまま無言で執務室に戻っていく提督を、黙って二人も追っていくのだった。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/14(土) 09:45:05.80 ID:+ozmeBeSO
乙です
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/14(土) 14:26:18.33 ID:H5k8r8DU0
期待してるよ
18 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/14(土) 16:46:44.02 ID:OmQPN6+c0
 鎮守府から出ることも無いまま、最初の出撃は失敗に終わる。
 当のまるゆはというと、身体を乾かすこともなく自室へと駆け込み、完全に閉じ籠ってしまっていた。

「司令官、知ってたの?」

「いや、あそこまでとは俺も予想してなかった。まるゆ自身が出撃に意欲を見せていたから、多少ぎこちない程度だと思っていたんだが……」

「ゴーヤ、心配だよぉ……」

「とりあえず、今日もこのまま待機してくれ。可能なら書類を手伝ってもらえると助かる」

「まるゆはどうするの?」

「夕方話しに言って、明日まで出てこなけりゃその時は――」

「その時は、どうするんでちか?」

「ドアを蹴破って入って連れ出す。たかだか潜水が出来ないぐらいでアマテラスみたいに閉じ籠られてたまるか」

「潜水艦としては致命的よ、潜水出来ないなんて」

 至極真っ当な意見がイムヤから出るが、提督は無言で窓から外を指差す。
 しかし、その先にあるのは海だけであり、潜水艦娘二人は顔を見合わせ、何が言いたいのか分からないといった様子で首を傾げる。
 結局、そのまま無言で執務室に戻っていく提督を、黙って二人も追っていくのだった。
19 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/14(土) 16:50:32.32 ID:OmQPN6+c0
投下したのを忘れて再投下してしもうた…ごめんなさい…
20 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/15(日) 19:08:12.70 ID:VverVzgF0
 執務室での作業も一段落し、提督は再びまるゆの部屋を訪れていた。
 イムヤとゴーヤには米炊きと、玉子焼きを人数分作るという任務が彼から与えられており、ここには同行していない。

「まるゆ」

 扉を叩き、呼び掛けるも返事はない。

「まーるーゆー」

 強く扉を叩き、なおも呼び掛けるが返事はない。

「初期艦であり秘書艦であるお前が二日目からサボりか?」

 叩くのをやめ、ただ問いかける。部屋の中から多少なりとも反応があるのを提督は期待するが、風が廊下の窓を叩く音以外はせず、ドアの向こうからは何も聞こえてこない。

「……分かった、明日まで待ってやる。それまでに出てこないなら、着替えてようが裸だろうがドアを蹴破ってでも連れ出してやる」

 この鎮守府にもマスターキーというものが存在しており、蹴破らずとも外側から部屋のドアを開けることは可能だ。
 しかし、本人自ら外へ出てくるのが最良であり、彼もそうなることを願っているからこそ、蹴破るという脅しを口にしていた。
 ただ、その言動が裏目に出るかもしれないことにまで思慮が回っていないのは、経験が浅いと言わざるを得ない。

(年頃の娘を持つ親の気持ちってのは、こんな感じなのかねぇ……)

 艦娘も人も難しい、などと考えながら、料理に奮闘しているであろう二人の元へと提督は向かう。
 その背中が曲がり角の先に消えていくのを、ほんの少しだけ開けたドアの隙間から少女は見つめていたのだった。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/16(月) 11:50:09.75 ID:vfs7gjADO
まるゆさんになる日は来るのか
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/16(月) 11:53:43.07 ID:YLuIDjXSO
それより木曾の着任を早急にしないとな
23 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/16(月) 19:57:45.82 ID:oAsNePAM0
 調理場に着いた提督を出迎えたのは、動く寸胴鍋だった。

「ゴーヤ、何度も言うが物を被るのはやめろ」

『おっきなお鍋、大好きです!……でも、声が反響してくらくらするでち』

 軽く鍋を小突いてから、奥に居るイムヤへと彼は歩み寄る。
 真後ろに立っても気付かない辺り、手元でしている作業に相当集中していることが窺い知れた。

(失敗が1、見た目の悪いのが1、この調子ならすぐに失敗しなくなりそうか)

「――よし、今度はうまく焼けたわ」

「そうか、それは良かった」

「ひゃわっ!?」

 急にかけられた声に驚いたのか、イムヤは綺麗に焼けた玉子焼きを乗せた皿から手を放してしまう。
 そのまま床へと落下し、皿の割れる音が調理場に響くかと思われたが、咄嗟にしゃがんで受け止めた提督により事なきを得た。

「落とすな、勿体無いだろ」

「あ、ありがと、司令……官?」




 振り向いたイムヤの腰の辺りに彼の顔があったのは、あくまで不幸な偶然である。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/16(月) 20:58:10.37 ID:dA9b0wcbO
不幸な偶然なら仕方ないな
更に偶然でよろけたって仕方ないな
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/16(月) 21:03:49.08 ID:RaIFyLwlO
ラッキーすけべは基本
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/16(月) 21:17:09.54 ID:+s9cGhD8o
エプロンしてるだろうからセーフ(錯乱)
スク水エプロンってちょっと濃いよな
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/16(月) 22:00:55.28 ID:KQWEfjDfo
油とか跳ねたら危ないから、割烹着着てほしい……
28 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/18(水) 21:02:08.81 ID:lq6nQWPN0
 少し柔らかめのご飯、失敗から成功への過程が見える玉子焼きが四つ、後は買ってきた海苔と増えすぎたわかめ入りの味噌汁が、この日の夕飯の献立である。

「てーとく、まるゆはまだ部屋なの?」

「あぁ」

「まるゆの分も言われたから作ったけど、来ないなら無駄になっちゃうわね」

「後で部屋の前に供えとくから安心しろ」

「――供えるのは、やめて欲しいです」

 椅子に座ったまま反り返り、提督は後ろを見る。
 そこには、食堂の入り口から覗き込むように三人を見ている逆さまのまるゆが居た。

「そんなところに居ないで、こっちに来てさっさと食べたらどうだ?」

 少し躊躇うように視線を泳がせた後、小さく頷き、まるゆはゆっくりと三人の元へと歩み寄る。
 そして、彼女が自分の席の前まで来ると同時に、ゴーヤは勢いよく席から立ち上がる。

「ゴーヤ、ご飯よそってくるでち!」

「ゆっくり立て、味噌汁が……溢れないな、これ」

「玉子焼き、まるゆのは上手く焼けたやつにしてあげたんだから感謝してよね」

「……いただきます」




「イムヤ、甘い」

「甘い方が美味しいでしょ?」

「激甘でち……」

(甘くて美味しい……)
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/19(木) 22:03:46.92 ID:elU+JuaUo
イムヤの腰辺りに提督の顔があってどうなったんだよ!そこ重要だろ!(バンバン!
30 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/20(金) 20:46:20.08 ID:lqcXxKh60
「隊長」

「何だ?」

 食事の後、後回しにしてあった書類や艦娘の資料に提督が目を通しているところへ、まるゆは自分の話をする為に訪れていた。
 そして、一から全て伝えようと話し始める。

「まるゆは……まるゆは潜るのが苦手なんです!」

「知ってる、それで?」

「そもそもまるゆ達はあまり潜水が得意じゃなくて、たまに同じように潜水が出来ないまるゆがいるそうなんです。まるゆも、その一隻で……」

「それで?」

「まるゆを建造してくれた隊長からは面倒を見る余裕は無いって言われて、軍本部預かりになることが決まって、それからずっと潜航の練習をしてたんです。……でも、全然うまく潜れなくて……」

「長い、結論から先に言え」

「ふぇっ!? え、えっと、あの、まるゆは潜れないので、戦力にはなれそうにない、です」

「そうか、じゃあ今日はもう寝ろ」

 話の間は止めていた手を動かし、提督は再び資料へと目を通す。
 一方のまるゆはというと、頭に疑問符を浮かべたままその場で固まってしまっていた。

「お前、立ったままここで寝る気か?」

「い、いえ、あの、隊長?」

「寝てもいいが、風邪は引くなよ。明日は一日海に入ってもらう」

「はい、気を付けま……へ?」




 二日目、まるゆが潜れなかったり増えるワカメが増えすぎたりイムヤの平手打ちで提督の頬が真っ赤になっていたりしたが何事もなく終了。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/21(土) 09:36:41.17 ID:7Xl4WgtDO
おつ


ビンタて
32 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/23(月) 00:10:32.07 ID:XeBNqtcv0
 三日目の朝、四人は鎮守府と目と鼻の先の海――正確には海の上と下――に居た。

「司令官、コレで本当に大丈夫なの?」

「知らん」

「し、知らんって……」

「潜るのが苦手な潜水艦がどうすればうまく潜れるようになるかなんて、俺にはさっぱり分からんし」

 今、まるゆはゴーヤに見守られながら“沈んで”いた。
 手に持った重りによって沈み、それを放して浮上するという行為を繰り返し、身体に潜る感覚を覚えさせる為だ。
 効果があるかは不明だが試せることはやってみよう、というダメ元の特訓である。

「これでダメだったらどうするの?」

「次の方法を考える」

「それでダメなら?」

「また考える」

「ふーん……」

 提督用の小型艦のへりの上に乗り、足をぶらぶらさせながらイムヤは二人が浮いてくるのを待つ。
 その背に加えられた力により、気の抜けたような声と共に彼女が海へ落下するとは、押した提督も予想していなかったのだった。




「二人とも、何やってるんでちか?」

「司令官が一緒に海に潜りたいって言うから、連れていってあげようと思って」

「奇襲に反応出来るか試してみたらこうなった」

「隊長、まるゆにはやらないで下さいね……?」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/23(月) 20:32:07.62 ID:IcNyTXEto
今のところはイムヤが一番ヒロインっぽいな
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/23(月) 22:09:53.32 ID:+U/eI75Do
いむや結構ヒロイン力あるものなあ
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/24(火) 17:06:36.10 ID:BsaKk8LoO
イムヤの古女房感は高い
36 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/03/27(金) 21:54:32.44 ID:CkM37cvV0
 潜水訓練を一日行った成果は、しょぼくれながらシャワーを浴びに行ったまるゆの背中が物語っていた。
 そのフォローは二人に任せて、提督はもっと何か有効な手は無いかと手当たり次第に資料を漁る。
 各鎮守府には紙媒体の様々な艦娘に関連した資料が、提督着任時に支給される決まりとなっていた。
 それは、備え付けの書棚が優に二十を超える資料室を埋め尽くす膨大な量だ。

(『トラウマへの対処法』……『記憶の混濁を防ぐには』……『八百万の神と妖精』……)

 医学的なモノからオカルトめいたモノまで雑多にある中から、目当ての資料を探すのは容易ではない。
 そもそも、それが本当にこの中にあるかどうかすら、彼には分からなかった。

(『艦娘の生態』……『深海棲艦の分類と呼称について』……ん?)

 何の気なしに手に取り開いた資料。そこには、数名の艦娘達に起こった出来事とその対処法について書かれていた。

(過去の艦自体に刻まれた記憶や、艦に乗った者とその艦を知る海に眠る者達の思念が色濃く現れた場合、稀に慢性的な不調を訴える艦娘が生まれることがある。それを解消する手段は――)




 それはとても簡単であり、非常に難しい事柄だった。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/31(火) 08:29:30.94 ID:FMXiCTK8o
良いとこで切れてるなぁ
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/31(火) 08:32:58.47 ID:M3bAsmZJ0
お、来てたのか続きはよ
39 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/04/03(金) 23:45:39.87 ID:zd6DXnlh0
「まるゆ、今日は潜水訓練する前に話がある」

「何ですか、隊長」

「イムヤとゴーヤも聞いといてくれ」

「いいけど、何?」

「おっきな段ボールの話?」

 三人の意識を自分にしっかりと向けさせてから、提督は話を始めた。
 まず、他にもまるゆのように何らかの原因で潜航や航行、砲撃などに関する不調が一向に治らない艦娘が居ることを説明する。
 そして、その資料には解決策も載っていたことを三人に告げた。

「解決策……」

「それって、具体的にはどうするの?」

「簡単だ、原因不明の爆発や不運みたいなのを完全に治すのは難しいが、潜れないみたいにはっきりしたのは本人と周囲の意識の問題でしかないと書かれてる」

「そっか、なるほどなるほど……どういうことでち?」

「まるゆ自身が自分は潜れると信じて、俺達も信じているという気持ちをまるゆがちゃんと受け止めれば、負の思念によるしがらみからは抜け出せる。そこから先はまるゆの頑張り次第ってことだ」

「まるゆが、まるゆ自身を……」

 厳密にはこれで解決出来る可能性があるというだけで、解決しなかった事例も存在する。
 しかし、それをこの場で言うべきではないと考え、提督は敢えて潜れるようになると断言した。

「信じるって言葉にするのは簡単だけど、信じろって言われてすぐに出来るものなの?」

「少なくとも俺は潜れるようになると信じてるぞ? これから先ずっと付き合っていくことになるのに、信じられないとかやってられん」

「隊長……」

「ゴーヤもまるゆともいっぱい潜りたいから信じるでち!」

「……わ、私も一緒に潜れるようになるのは嬉しいかも」

 当たり前のように、素直に、照れ臭そうに、それぞれに信じると口にする。
 少し涙ぐむまるゆの胸中でこの時起きた変化がどう潜航訓練に影響するかは、海に出れば分かることだった。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/04(土) 01:06:19.06 ID:BxrOmYr+o
いい子たちだ…
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/11(土) 08:42:37.27 ID:bfPtNmJKO
続きマダー
42 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/04/14(火) 23:21:29.51 ID:l+rpmNxf0
 三人に見守られる中、まるゆは海へと身を投じる。
 潜れない自分を見た者が落胆するのは仕方無いと思っていた部分が彼女には確かにあり、無理に張り切って欠陥品扱いされる怖さを誤魔化していたのも事実だ。
 信じると言われた今でも、潜れずに顔を上げた時、ため息や冷たい視線が向けられるのではないかという恐怖感を完全には拭いきれていなかった。

(でも、もう怖いだけじゃない)

 まるゆは深呼吸を一つ、二つと繰り返し、大きく勢いを付けて海中へと潜ろうとする。
 その背中に届いた頑張れの一言が、いつもならば途中で止まってしまう身体を押し込んだ。

(――アレ? ちゃんと潜れてる?)

 潜水艦ならば経験して当たり前の感覚。しかし、まるゆにとって自力では初の体験であり、今までとは海の中がまるで別世界のように見えていた。

(海の中って、こんな風だったんだぁ……)

 目新しくもあり懐かしくもあるその光景が、今まで感じていた不安などを一つずつ消していく。
 そして――。




「潜りすぎて浮けなくて慌てる潜水艦も初めて聞いたぞ」

「うぅ、ごめんなさい……」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/15(水) 17:53:32.51 ID:75/l4ty0o
まるゆ可愛い
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/22(水) 16:07:34.86 ID:fYrkJgrqO
続きマダー
45 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/04/23(木) 22:30:29.18 ID:r04OVrsN0
「うぅ、ボロボロだよぉ……」

「大丈夫だよまるゆ、バケツ被れば治るもん」

「バケツを被っても治りはしないってば……」

「そもそも烏の行水程度で今のお前等は事足りるだろうよ」

「お風呂はゴーヤ達にとってすっごく大事なんでち!」

「バケツ被ればとか言ってたお前が言うな」

 潜水に支障が無くなったまるゆ。
 今度こそは大丈夫と意気揚々と出撃したまるゆの戦果は雷撃する前に大破、撤退という散々なものだ。
 今度は部屋に駆け込むようなことは無かったものの、落ち込んでいない訳ではないのは明らかだった。

「何はともあれまるゆはとりあえず入渠して来い、イムヤとゴーヤは飯の準備な」

「はい、隊長」

「今日はパンにしてみる?」

「じゃあゴーヤが目玉焼くでち」

(何の目玉を焼くつもりだよゴーヤは……それにしても、はぐれすら強敵になるか)

 最初にして最大の問題を乗り越えたかのように見える鎮守府。
 しかし、やはり戦力が全て潜水艦というのにもかなり難があると提督は痛感していた。
 資源不足になりにくいというのは立派なアドバンテージであるものの、それだけで深海棲艦との戦いを続けていけるはずもない。

(――もう二隻ぐらいなら、建造してもどうにかやりくり出来るか?)

 頭の中で資源の計算や今後の作戦を練りつつ、提督はまた工廠へと足を運ぶ。
 後に彼は、その時の事をこう語った。




――――“諦めるには十分な衝撃だった”、と。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/24(金) 01:13:41.64 ID:g5PAJSG0o
あぁ…うん、まぁ、ね…?
47 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/04/25(土) 20:24:15.06 ID:rNRtFphH0
「あ、あの、隊長……」

「何も聞かず、受け入れろ」

「目玉後二つ焼くでち」

「その言い方怖いからやめてよね」

 食堂に集まっていた三人の元に、提督は二人の新たな仲間を連れて入ってきた。
 困惑するまるゆ、料理の追加に着手するゴーヤ、視線をあからさまに逸らし見なかったことにしたイムヤ、反応はそれぞれだ。

「今からご飯なの?」

「シュトーレンが食べたいな」

「今から夕飯だ、とりあえずこの場で挨拶も済ませたいから座って出来上がるの待ってろ。後、シュトーレンが欲しけりゃ出撃して戦果挙げろ。そんなもん買ったり作ったりする余裕も時間も今は無い」

「はーい」

「シュトーレン……」

 他の四人と比べると明らかに身体の一部が圧倒的な大きさを誇る艦娘と、眼鏡をかけたシュトーレンを要求する艦娘。
 二人も空いた席につき、全員分が食卓に並ぶのを待つ。

「てーとく、こんがり上手に焼けたよ」

「目玉焼きでそれは焦げたって言うんだぞゴーヤ、それは俺が食うからコイツ等にちゃんと焼けたの渡してやれ」

「了解でち」

 パンと目玉焼き、それとハムが全員の前に並び、食事の用意が整う。
 それに合わせて、提督も新顔二人の挨拶を始める。

「見ての通り、今妖精さんに頼んで建造した新しい仲間だ。二人とも、自己紹介しろ」

「伊19なの、イクって呼んで欲しいのね」

「伊8です。ハチ、はっちゃん、アハト、好きに呼んで下さい」

「よろしくお願いします! 秘書艦のまるゆでしゅ!」

「ゴーヤだよ、段ボール欲しかったらゴーヤに言ってね」

「イムヤよ、よろしく」

「よし、じゃあ後の話はこれ食べてからだ」

「「「「「はい、いただきます」」」」」

 何事もなく挨拶も終わり、四人から六人に増えた食事が始まる。
 異様なまでのスク水率ではあるものの、既に慣れてしまった提督には特に何の違和感も無かった。
 しかし、相変わらず潜水艦しか居ないという現状には慣れようも無いのだった。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/25(土) 20:26:48.36 ID:9s9rgCGSO
あとはろーちゃんだけか
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/25(土) 20:30:07.03 ID:cWsGxiUOO
しおい……
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/25(土) 20:30:50.18 ID:sFEEbsd1O
しおいを忘れんな
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/25(土) 21:57:38.67 ID:DFmtNQv/O
はっちゃんのアハトアハトもなかなか大きいアハト
52 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/01(金) 22:59:29.36 ID:IqBgO6Q/0
「イク、行くのー!」

「ゴーヤ、潜りまーす!」

「はっちゃん、待機します」

「イクはその銛置いてきなさい、ゴーヤはそのでっかいタコツボみたいなのどっから持ってきたのよ、ハチは本読んでないで来る!」

 五人での初出撃。その前途は多難なようで、イムヤは三人に怒鳴る。
 ハチだけは若干本気にも見えるものの、イクとゴーヤに関しては単純にちょっとふざけただけらしく、ケラケラと笑っている。
 その様子を、旗艦であるまるゆは少し憂鬱そうな表情で眺めていた。

「まるゆ、どうかしたか?」

「イムヤは皆をまとめられて凄いです。まるゆ、旗艦なのに皆の足を引っ張ることしか出来てません……」

「お前にはお前にしか出来ないこと、分からないことがあるだろ。旗艦がそんな顔してんな」

「隊長……はい!」

 自分の両頬を軽く叩き、まるゆは四人の元へと歩み寄る。
 実際問題、いくら戦闘能力に関して難があるとはいえ、彼女にしか旗艦が務まらない理由は確かに存在した。
 それは――。
53 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/01(金) 22:59:59.77 ID:IqBgO6Q/0
「て、敵艦発見です! イムヤとゴーヤは敵の注意を惹き付けて、ハチとイクは合図を出したら撃って下さい!」

「イムヤにお任せ!」

「潜るでち!」

「スナイパー魂がたぎるのね!」

「帰って早くあの本読みたいな……」

 艦隊が五人に増えたことにより、戦術というものが使えるようになっていた。
 そして、その戦術を現状使えるのは、海に出られなかった時間を戦術書を読むことなどに費やしたまるゆしか居ない。
 これが、彼女が旗艦でなくてはならない理由である。

「――二人とも、今!」

「イクの魚雷でいっちゃえなのー!」

「これで倒せたら、ご褒美にシュトーレン欲しいな……」




――――戦果報告。出撃三回目にして、はぐれ深海棲艦四隻の撃破に成功。
54 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/02(土) 22:59:38.94 ID:dIMR0tET0
 初戦果を挙げたということもあり、帰投した五人の表情は明るかった。
 まるゆも潜水が出来るようになっただけではないという自信を持てた為、戦果報告に向かう足取りはどこか誇らしげだ。

「隊長、第一艦隊ただ今帰投しました! 戦果はイ級3、ホ級1です!」

「初戦果だな、御苦労さん。今日はゆっくり休め」

「はい!……隊長、お手伝いしましょうか?」

「いや、大丈夫だ。他の四人にもしっかり休めって――」

 ――段ボールいっぱい探すでち!

 ――夕飯を一品増やす為に、ちょっと行ってくるのね。

 ――ここに、書庫ってあるのかしら。

 ――料理のレシピって調べたら分かるかな?

「……まぁ、好きにさせるか」

「だったら、隊長のお手伝いも好きにしていいですよね?」

 そう言って書類に手をつけ始めるまるゆ。
 止めさせようかと一瞬考えるも、好きにしろと言った手前、提督は諦めて手元の書類へと再び目を落とす。

「なぁ、まるゆ」

「はい、何ですか?」




「とりあえず、シャワー浴びて乾かしてこい」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/03(日) 09:02:51.81 ID:TZhrQGiLo
びしょびしょかwwww
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/03(日) 15:40:56.59 ID:67yNVGx6o
そしてスケスケだ
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/03(日) 16:28:08.09 ID:f6SbH7JyO
塩水につけると溶ける素材だしな
58 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/06(水) 19:16:24.48 ID:WSN3RGqb0
 鎮守府の廊下を移動する物体。それと相対した提督は、おもむろにその上へ抱えていた本を落とす。

「なっ、何するでち!」

「段ボールで鎮守府徘徊して何してるんだとこっちは聞きたい」

「色んな段ボールで機動性の実験をしてるんだよ?」

「……るな」

「? てーとく?」

「ついでに床掃除も頼んだ」

「そんなことしたら段ボールが濡れちゃうよぉ……」

 不満を口にするゴーヤを後目に、提督は去っていく。
 しかし、彼は気付いていなかった。本が一冊、段ボールの下に紛れ込んだことに。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/06(水) 20:53:41.88 ID:+1Zz8oubO
えろほんかな?(下世話
60 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/10(日) 17:25:28.09 ID:l0pj+Dgm0
「なっ……」

 執務机の上に置かれた本。それが視界に入った瞬間、提督の動きが止まる。
 後ろからついてきていたまるゆは何事かと驚き、彼の視界の先を確認しようと前に出た。

「隊長、何か危ない物でも――これ、本?」

 手に取り、彼女はタイトルを確認する。そこにはこう書かれていた。

「『頼れる上司に見せる百の方法』……?」

 振り返り、提督の顔を見るまるゆ。頑なに目を合わそうとしない提督。
 一分程その状態が続き、意を決してまるゆは口を開いた。

「み、見なかったことにします!」

「いや、無理だろ」

「わ、忘れます!」

「それも無理だろ」

「ステルス迷彩欲しいでち」

「どう頑張っても――ん?」

「机の下からこんにちはー! ゴーヤだよ」




 その日、提督は初めて艦娘にアイアンクローをお見舞いした。
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/10(日) 22:27:14.24 ID:5Xy8Tbk3O
なぜダンボールを生かさなかった…
62 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/15(金) 01:12:32.67 ID:dWXgK8rU0
 提督が熟読した本が艦娘全員に知られた日の昼、食堂には質問責めされる彼の姿があった。

「隊長、あの本は何なんですか?」

「とある人から貰った。“これでも読んで提督としての威厳を少しは持て、そのままだと第一印象ただの馬鹿にしか思われんぞ”って言われたんだよ」

「司令官の素って、そんなに馬鹿っぽいの?」

「そんなことはない、と思う……多分」

「ゴーヤ、てーとくの素が気になるでち」

「今更出せるかそんなもん」

「でも、もうバレちゃってる時点で隠す必要無いのね」

「こ、今後着任する艦娘も居るしだな……」

「口止め料に、シュトーレン食べたいな」

「その本読みながら言うのやめろ。というより、食事中に読むな」

 昼食である卵かけご飯をかっ込み、提督は先に食事を終える。
 そこで立ち去らず全員を待つ辺りが律儀であり、今更多少口調や態度が変わったところで、今の彼が全て作り物の上辺しか見せていないと彼女達も思ってはいなかった。

「隊長、まるゆはどんな隊長でも全力でついていきます!」

「変態でも?」

「イムヤ、まだ根に持ってたのかお前……」

「その話、すっごく気になるのね」

「てーとくがイムヤの――」

「ゴーヤ、段ボール達とさよならしたくなければ口を閉じろ」

「お、横暴でち!」

「“その六十七、部下を脅してはいけない”」

「だから読むのやめろって」

 熱心に読み耽っているハチから、提督は本を回収する。
 付箋と下線だらけのそれを暫くネタにされるのは多少居心地が悪いものの、何も気にした様子がない彼女達に、彼は内心感謝していた。

(これはもう、必要無いか)

 翌日からほんの少し肩肘張らずに接しようと心に決めながら、提督は仲良く笑っている潜水艦娘達を見つめるのだった。




「おー、おはよーさん! 今日も元気に出撃すっか!」

「「「「「……どちら様ですか?」」」」」
63 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/21(木) 23:06:47.39 ID:bmEWC6oe0
「まるゆ、ここ数日皆から距離を感じるんだが、俺何かしたか?」

「隊長の変貌ぶりに皆困惑してるんだと思います」

「そうか……やっぱダメだったか……」

「落ち込まないで下さい隊長、まるゆは今の隊長も変わらず尊敬してますから」

「まるゆにも“誰?”って言われた気がするんだが?」

「あ、アレはその、あまりに前の日までと口調も表情も違うから驚いただけで……」

「そのぐらい印象に差が出るから、なるべく上に立つ者として相応しくしようとしてたんだよ」

(確かに、最初からあの調子だと信じようとは思えなかったかも……)

「まぁはっきりと再確認も出来たし、これからは最初の感じに戻すから安心していいぞ」

「は、はい……」

 書類から外していた視線を再び戻し、提督は日に日に増えていく紙の山を切り崩していく。
 その横顔を見つめながら、まるゆはある決意を固めるのだった。
64 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/22(金) 22:35:09.22 ID:gkfcC8Bk0
「別に軽いノリのてーとくも嫌いじゃないよ? でも、段ボールに“捨てゴーヤ、拾って下さい、苦くないです”って書いたのは許さないでち!」

「私達の扱いが変わったわけじゃないし、私はどっちでもいいわ。――ただ、次にあんなことされたら海に一緒に潜ってもらうかも」

「ちょっと最初はびっくりしたけど、すぐにあの感じには慣れたのね。でも、イクのマッサージを頑なに拒否するのは許せないの!」

「はっちゃんはシュトーレンと読書の時間さえくれれば、それでいいよ。次のシュトーレンはまだかしら……」

(……秘書艦として隊長と皆が仲良くなれるように頑張ろうって思ったけど、ギクシャクしてた理由が子供の喧嘩みたいな時ってどうしたらいいんだろう……)




 段ボールに書く文字を変えたら頬を赤くしたゴーヤに殴られたのは、翌日のことである。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/22(金) 22:37:43.80 ID:/YbGhu1io
果たして赤くしたのは怒りか羞恥か
66 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/05/29(金) 10:28:46.50 ID:y4l/+93t0
 綺麗な海、爽やかな空、そして――ボロボロの水着。

「また随分と派手にやられたな」

 まるゆ、イムヤ大破。イク、ハチ、中破。
 少し近海から先へと出てみれば、敵も当然強くなる。油断でも慢心でもなく、必然の敗走だった。

「隊長、ごめんなさい……」

「現状で行ける限界を見誤った俺の責任だ、こっちこそ悪かった」

「そうそう、まるゆじゃなくててーとくが悪いんでち」

「……何でお前だけ無傷なんだ?」

「日頃の訓練の賜物だよ?」

 何処かから拾って来たツボ(頭と足が同時に出せるよう改造済)に入りながら平然と答えるゴーヤに、提督は若干彼女への評価を改める。
 それ以外にも、今回の出撃で分かったことは多々あった。

(まるゆは土壇場でテンパりやすく、イムヤは周りに集中し過ぎて自分が見えてない。ハチは敵旗艦に固執する癖があって、イクは先制雷撃のタイミングが他の四人に比べて早い、か)

 自分で考え自分で動く以上、艦娘にも必ず個性というものが見えてくる。
 それを正確に把握することは、艦隊を動かす上で必要不可欠だ。

(うちみたいな鎮守府と演習してくれる奇特なところがあれば助かるんだがなぁ……)

「提督、イク達のあられもない姿をいつまで眺めてるつもりなの?」

「ドックでも沈めるには十分よね」

「あまり派手にやらないでね、本が濡れちゃうから」

「あー、すまん。すぐに入渠してきてくれ」

 その言葉を皮切りに、四人は入渠ドックへと向かっていく。
 それを見送り提督も執務室に戻ろうとするが、行く手を遮るツボに足を止めた。

「何か用か?」

「てーとくの魚雷はお利口さんなのでち」

「……お前、そのまま転がすぞ」 
67 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/06/01(月) 21:19:08.92 ID:oTOl9GDe0
 本の虫、そうなるにはあまり質も量も芳しくない暗い夜の書庫で、スタンドライトの明かりで手元を照らしながらハチは本を読んでいた。

「ハチ、何を読んでるんだ?」

「『当世悪魔の辞典』」

「悪魔の辞典? ガーゴイルとかバフォメットとかそういうやつか?」

「――接吻は共食いの名残」

「・・・は?」

「希望と絶望は人間しか持たず、それは現実を現実として見ていないから」

「……とんでもない本だな、それ」

「提督は、勝てると思っていますか?」

「負けたらシュトーレン食えんぞ」

「それは嫌ですね」

「だったら勝てばいい。わざわざ絶望が形を持ってくれてんだ、ぶっ飛ばせばそれで消える」

「……提督は賢いのか馬鹿なのか、良く分かりません」

「馬鹿だからハチのだってことを忘れてシュトーレン食べてしまうかもしれないな」

「アハトアハトを脳天に撃ち込みますよ?」

「木っ端微塵はごめんだ」




 ほんの少しハチが提督と話す時間が増えた。
68 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/06/08(月) 22:49:20.80 ID:2D5HRCql0
(魚雷は四連装酸素魚雷が3、三連装酸素魚雷が4か……)

「まるゆ、ちょっといいか?」

「はい、何ですか?」

「出撃に支障が無い範囲で開発する。五人でそれぞれ妖精さんとやってみてくれ」

「分かりました。まるゆ、頑張ります!」




「皆、今資源はこれだけあるから、このぐらい使っても大丈夫だよ」

「了解でち」

「良いのが出来たらいいわね」

「すっごいのが出来たら、ご褒美欲しいのね」

「機銃作ってもいいかしら」




 ここに各資源が五千あるとします。
 それを使って開発を各3回、合計で15回行なったとしましょう。
 これに燃料や鋼材を一度に投入出来る上限を百と定めた時、最低でもどれだけの資源が残るでしょうか。
 答えは――。




「伊400型潜水艦二番艦、伊401です!」

「・・・・・・・・・」

「た、隊長? 隊長、しっかりして!」

「サプライズ大成功でち」

「これも妖精さんのお蔭なのね」

(ペンギン……ちょっと可愛いかも)

「アハトアハト、いえ、7. 7ミリ機銃です」




 大型建造に使ったので各千程度残りました。
69 : ◆UeZ8dRl.OE [sage saga]:2015/06/10(水) 22:07:02.65 ID:m1+cE+iS0
 新たに増えた仲間、シオイ。
 そのこと自体は大変喜ばしいことではあったが、勝手に資源と資材を大量に使用したゴーヤとイクは反省を踏まえて遠征による資源回収を命じられる。
 一方提督も新規艦娘着任の手続きや、潜水艦に愛された逃れられない自分の運命と向き合うのに忙しかった。

「ごめんねシオイ、建造されたばかりなのに手伝ってもらって」

「いいよいいよ、何だかこうやって洗ってピカピカにするの気持ちいいし」

「この洗い物終わったら、鎮守府の中を案内をするね」

「うん、ありがとまるゆ」

 第一印象は田舎の娘、話してみれば温和な普通の女の子。
 一緒に皿洗いをしていると、自分たちが深海棲艦と最前線で戦っているということを忘れてしまいそうだとまるゆは感じていた。

「よし、こっちは終わったよ?」

「あーちょっと待って、この汚れがなかなか落ちなくて……」

「それぐらいなら大丈――」

「ダメ! ピカピカにしたいの!」

 大きな声で遮られたことに驚き、まるゆは肩をビクリと震わせる。
 別に急いでいたわけではないので彼女は大人しくシオイの気が済むまで待つことにしたが、皿洗いが終わったのは実に十分後のことだった。




「それじゃあシオイ、どこでも見たいところを言って。案内するから」

「じゃあまずはお風呂かな」

「お風呂? 入渠ドックじゃなくて?」

「そうだよ、お風呂。大切大切ー」

「う、うん、じゃあ案内するね」

「レッツゴー」




 シオイはちょっと綺麗好きで皿洗いに余念が無くお風呂に入ったら二時間は出てこない普通などこにでもいる女の子だった。
70 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/06/19(金) 02:42:26.87 ID:TGhljg770
 まるゆ、イムヤ、ゴーヤ、ハチ、イク、シオイ、合計六人となった潜水艦娘達。
 いつどうなるか分からない彼女達の今後の為にも、提督はいくつかの鎮守府に以前から演習を打診していた。
 練度、編成、階級、色々なものに阻まれなかなか実現することのなかったそれが、ようやく叶うこととなる。

「――他鎮守府との演習が決まった」

「演習……」

「司令官、相手の編成は?」

「軽巡三名、とだけ知らされた。後は不明だ」

「六対三ならきっとなんとかなるでち」

「初演習、勝利で飾ってやるのね!」

「そううまくいくかしら……」

「演習楽しみだなぁ、前日はしっかりお風呂に入って気合い入れないと!」

「勝つに越したことはないが、自分達の長所や短所を改めて確認する良い機会だ。全員、この機会を無駄にするな」

「「「「「「了解!」」」」」」




 初演習が次へ進むための足掛かりとなるのか、現実に打ちのめされて進めなくなるのか、どちらへ転ぶかはこの時まだ誰にも分からなかった。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/19(金) 09:45:50.58 ID:jPBTioqSO
乙です
軽巡三名は誰になるか楽しみだな
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/19(金) 22:45:18.78 ID:WNJSoL7+O
このスレに注目
P『アイドルと入れ替わる人生』part11【安価】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434553574/
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/28(日) 08:19:04.38 ID:XkTuCS23o
五十鈴由良夕張だな
74 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/06/28(日) 10:52:57.19 ID:NyzWya2r0
 演習予定日となり、提督と六人は軽巡三名の到着を待つ。
 対潜攻撃への警戒やどういう陣形で挑むかという簡単な作戦会議を行う中、沖に現れた艦影を一番先に発見したのはイクだった。

「提督、来たみたいなのね」

「来たか」

 全員の視線がイクの指差す方向へと集まり、普段は少し賑やかな面々も緊張の面持ちを見せる。
 そして、段々とその姿がはっきりとした頃、提督は先方の鎮守府が真剣に演習相手を送ってくれたのだと確信した。

「けっ、軽巡洋艦、名取です。今日はよろしくお願いします」

「五十鈴よ、よろしく」

「軽巡洋艦、神通です。今日はよろしくお願いいたします」

「こちらから申し込んだ演習だというのにわざわざご足労頂き感謝する。では、早速あちらで始めてもらっても構わないだろうか?」

「はい、問題ありません」

「準備は万全よ」

「私も準備運動は済ませておきました」

「じゃあお前達、胸を借りる気持ちでしっかりぶつかってこい」

「皆、頑張ろうね」

「海のスナイパー、イムヤに任せて」

「避けまくってやるでち」

「機銃撃ってちゃダメかしら」

「勝ったらご褒美もらうのね」

「終わったらお風呂直行!」

 気合いは十分、六対三と数の上では圧倒的に有利な彼女達にとっての初演習が、今始まろうとしていた。
75 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/06/28(日) 10:53:25.82 ID:NyzWya2r0
「貴方達動きが単調過ぎるわ、もっと先を読んで動きなさい」

「何でゴーヤが避ける方向が分かるんでちか!?」

「あっ、ダメだよゴーヤ! そっちは――」

「動く的でも、動かない的と同じように狙った場所を外さなければ当たります」

「嘘っ!?」

「こ、こんな速い攻撃避けられないよぉ……」

 ゴーヤが五十鈴の爆雷に追い立てられ回避した先には、同じ様に誘い込まれたイムヤが居た。
 そこへ神通の容赦無い一撃が加えられ、呆気なく二人に轟沈判定が下される。

「ちょっと洒落になってないのね」

「こんな風にすぐに浮上してたら、蜂の巣にされちゃうかな」

「まるゆ、どうするの!?」

「え、えっとえっと――きゃあっ!?」

「ごっ、ごめんなさい!」

 他の二人の放つ凄味に気が向きすぎていた四人に、名取の砲撃が降り注ぐ。
 その一発がまるゆに命中し、彼女にもまた轟沈判定が出された。

「こうなったら、一発だけでもいいからイクの魚雷をお見舞いするの!」

 ちょうど射線に入った神通目掛け、イクは魚雷を放つ。
 それは大きな水柱を打ち上げ、彼女は一矢報いたと一瞬気を抜いた。




――――油断しましたね?
76 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/06/28(日) 10:53:54.65 ID:NyzWya2r0
 演習の結果は言うまでもなく、惨敗。
 自分達と比べるのもおこがましい実力差を見せ付けられ、六人は肩を落とす。
 しかし、むしろここからが本番であることを、まだ彼女達も提督ですら知らなかった。

「そちらにはあまり実りの無い演習となってしまったかもしれないが、今日は――」

「何を言っているの? 本番はこれからよ。伊8と伊401は名取、伊19と伊168は神通、まるゆと伊58は五十鈴についてらっしゃい」

「何? ちょっと待ってくれ、それはどういう……」

「いいから黙って五十鈴達に任せなさい」

「あ、あの、酷いことをしたりするわけじゃないので、安心して下さい」

「最低限、形になるまで戦い方をお教えします」

「……お前達は、どうしたい」

 提督の問い掛けに、全員が不安の色を見せつつも頷いて返す。
 それを見て、本当に今日出会ったばかりの相手に任せていいものか少し逡巡した後、彼も五十鈴達に対して首を縦に振り、更に頭を下げた。

「よろしくお願いする」




 その日、この鎮守府から砲雷撃の音が絶えることは無かった。
77 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/07/16(木) 17:38:05.83 ID:KokE68T50
「し、死ぬかと思ったでち……」

「まるゆ、大丈夫? ちょっとまるゆ!?」

「心配しなくても疲れすぎて寝ちゃっただけなのね」

「お風呂で寝るのは危ないよ」

「今日はどぼーんじゃなくてズブズブ沈みそう……」

 疲労困憊の六人は、仲良く風呂に入っていた。
 いつもならはしゃぎそうな面子も、今日に限っては大人しくしている。
 それほどまでに、特別演習がハードだったということだ。

「――あんな深海棲艦がもし居たら、今のゴーヤ達じゃ一瞬でやられちゃうね」

「流石にゴロゴロは居ないと思うけど、中には居るかもしれないわ」

「察知されるより早く、的確に、一撃で仕留めるしかないのね」

「浮上と潜行のタイミングも大事、かしら」

「あえて誰かが囮になるとかも重要だよね」

「……全員の、連携も……大事……」

「まるゆ、無理してしゃべらなくていいよ」

「私、先に上がってまるゆ休ませてくるから」

「イクも手伝うのね」

「はっちゃんはもう少し浸かってます」

「私ももうちょっと浸かってから上がるね」




「此度の御厚意、痛み入ります」

『堅苦しいのは抜きにしていい。それと、聞きたいことがあれば答えるぞ』

「では遠慮なく――どうすればアイツ等を今より強くしてやれますか?」

『明確な戦う目的と意志、そして何がなんでも生き残りたいという欲を持たせてやればいい。それと、自分がどう艦娘達と向き合うかを決めておけ。いずれ来る時の為にも、な』

「……分かりました」

『“提督のあり方”なんてのは人それぞれだ。その様を見て、艦娘達も自分達がどうすべきかを考える。提督は鎮守府の司令官であると共に、指針となるべき存在でもある。ブレずに進め、潜水艦提督』

「ありがとうございます――ただ、最後の呼び名だけはやめてもらえないっすかね?」




 一歩、また一歩、若人と少女達は先の見えない道を踏みしめながら歩いていく。
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/16(木) 18:20:58.41 ID:53Tv8mmao
来てた、乙です!
79 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/07/24(金) 22:33:44.40 ID:UZlZx2E00
(これはどういう状況だ……?)

 提督の行く手を遮るように廊下に転がるまるゆ。
 その背中には“イク”と書かれた紙が貼り付けられている。

「何してるんだ、まるゆ」

「隊長、まるゆ達は特訓の最中なんです。だから気にしないで下さい」

「気にするなって言われてもな……」

「――密かに近付いて、確実に仕留める」

「巻き込まれたらそうも言ってられんだろ」

「えっ、ちょっ、きゃあっ!?」

「足音は消えてたが、気配が――ん?」

 相手が艦娘とはいえその力を利用すれば、投げたり一時的に組み伏せることは可能だ。
 戦艦クラスになるとかなりの技術が必要とされるが、潜水艦は非力な部類に入るので、最低限の訓練を受けていれば十分に対抗できる。
 それよりも今問題なのは、イムヤを投げる際に肩紐に指をかけていたことだった。

「先に言っとく。急に襲ってきたお前が悪い」

「……よね?」

「?」

「――次何かしたら、一緒に潜ってもらうって言ったわよね?」




 潜水艦に海に引きずり込まれたら、確実に人間は仕留められると提督はその日身を持って体験した。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/24(金) 23:10:23.00 ID:UB8DyrV0o
またイムヤwww
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/24(金) 23:42:29.18 ID:nLq43Y00o
イムヤは(エロ)被害担当艦かww
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/31(金) 01:21:24.81 ID:wQbvZ+OHO
来てたのか
待ってるべ
83 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/08/04(火) 14:26:55.36 ID:v+aZDUUx0
 入渠は大切な行動の一つだ。
 それを怠れば、万が一という事態を招きやすくなる。
 高速修復材を使用するか否かの判断も大事であり、急を要する場合に在庫が無いでは話にならない。
 ただ、高速修復材を使われるのがその艦娘にとって幸せかどうかは、状況次第である。




「やっぱりお風呂はいいよねー」

「……おい」

「あっ提督、入浴剤入れてもいい?」

「入れてもいいからその前に話を聞け」

「何ですか?」

「今は俺の入浴時間で、お前はさっき入ったはずだろ。何で戻ってきた」

「だって今日高速修復材使ったからすぐに入渠終わっちゃったし、ちょっとお風呂も短めだったからやっぱり入り足りないなーって思って」

「だからって俺が入ってるのに入って来るなよ。他の奴は止めなかったのか?」

「ちゃんと水着着てるよ? 皆今日はもう寝ちゃった」

「水着着てようが問題だ、後でイムヤに知られたらまた海に潜らされかねん」

「しおい的にありだからありです!」

「お前なぁ……」

「――ありがと」

「何だよ、急に」

「焦ると提督、あんな風になるんだね」

「焦らせたお前が悪い」

「だって、後もうちょっとだったんだもん」

「……あんまり、仲間に心配をかけるな」

「……うん」

「分かったならいい、俺は先に上がるぞ」

「提督、まだ入って二十分だよ?」

「二十分なら普通だ、お前も程々に――」

「ご入浴のところすいません。隊長、シオイがどこに居るか知りま……せん……か?」




 脱衣場から声をかけようとしたまるや、脱衣場へのドアを開けた提督、走り去るまるゆ、追う提督、転けるまるゆ、抱き起こす提督、シオイをまるゆと探していたイムヤ合流、腰にバスタオルを巻いただけの提督と気絶したまるゆ、以下略。




「提督、大丈夫?」

「自分に高速修復材を使いたい気分だ……」
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/04(火) 18:02:12.34 ID:hel7t8w1o


これ、シオイが(エロ)被害担当艦なんじゃなくて、提督が被害(物理)担当漢なだけじゃね?
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/04(火) 18:06:45.31 ID:xDN4CKHOo

(エロ)被害担当艦はイムヤだからな今回は小休止だ
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/04(火) 22:35:30.24 ID:tmKjAq8AO
乙。

提督つうのも大変な職業だね。
87 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/08/10(月) 23:31:17.13 ID:pu2XN3Bu0
 緩やかに、だが着実に実力を身に付け、彼女達は少しずつではあるが戦果を挙げていく。
 それは同時に、求められるものが増えるということにも繋がる。
 避けては通れない問題に、提督はある提案を彼女達に提示するのだった。




「――先行偵察、ですか?」

「あぁ、危険だが重要な任務だ」

「司令官、どうしてそれをわざわざ私達にやらせたいの?」

「はっきり言って、お前達に現在確認されている上位の姫級はどう頑張っても倒せる相手じゃない。そもそも、辿り着くことすら困難だ」

「でも、敵の主力を叩くだけが作戦じゃない、ということ?」

「戦力を削いで、ついでに作戦海域の情報を持ち帰るだけでも十分な成果なのね」

「そういうことだ、艦載機による偵察だけでは分からない情報も多い」

「ちゃんと私達が活躍出来る……うん、ありです!」

「てーとく、別に倒しちゃってもいいんだよね?」

「ゴーヤ、冗談だとは分かってるが敢えて言うぞ? 無理せず帰れ、あくまで偵察だ、絶対にバカな気は起こすな」

「当たり前でち、ゴーヤにはまだまだ被りたい段ボールや壺がたくさんあるんでち」

「じゃあこの件については全員異論は無いということでいいな? 次、それに伴って戦力の増強を行う」

「新しい艦娘が来るんですか?」

「来る――が、実際に出撃するのはお前達だけだ」

「それ、どういう意味?」

「……まぁ、その、何だ。色々大本営から言われているうちに戦力は潜水艦娘だけでいいって啖呵きった結果そうなった」

「提督、やっぱりバカだったの?」

「今更確認するまでも無いと思うな」

「それでそれで、結局誰が来るの?」

「性格に難ありな修理のスペシャリスト、と聞いてる」

「後半だけならすっごく頼りになりそうだね」

「どう考えても嫌がらせか厄介払いじゃない……」

「で、でも仲間が増えるのはまるゆ、嬉しいです!」

「着任は明後日の予定だ。初めての潜水艦以外の仲間で多少最初は戸惑うかもしれんが、よろしく頼む」




 大規模作戦への参加と新たな仲間、それぞれに様々な思いを胸に抱きながら、今出来ることを着実にこなすのだった。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/18(火) 13:34:02.44 ID:z2VmNLDxo
89 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/08/18(火) 23:03:42.94 ID:3PYHlzHB0
 多少や若干という言葉は往々にして鵜呑みにしていると痛い目を見る。
 色々な場面で使え、程度も幅広く、明らかに当てはまっていないことも少なくはない。
 特に、性格に難ありという言葉に付いていた場合には、要注意である。




「(隊長、アレが今日着任予定の艦娘の方でしょうか)」

「(まず間違いなくそうだろうな、どこからどう見ても不審者だが……)」

 工廠の片隅、明かりも届かぬ物陰で、彼女は工具を黙々と磨いていた。
 その後ろ姿に妖精さんも興味は持つものの、言い知れぬ雰囲気に近付くモノはいなかった。

「(どうしますか、隊長)」

「(放っておくわけにもいかんだろ、話しかけるぞ)」

 人を寄せ付けぬその背中へとゆっくりと歩み寄り、咳払いを一つすると提督は声をかける。 しかし、聞こえていないのか作業する手は止まらない。

「(聞こえていないのでしょうか?)」

「(そう願いたいもんだ)」

 仕方無く前に回り込み、絶対に気付く形でもう一度提督は声をかける。
 そうしてようやく彼女は頭を上げ、手を止めた。

「……何ですか?」

「着任の挨拶ぐらいはしてくれ、形式上ではあってもな」

「隊長、形式って言っちゃっていいんでしょうか……?」

「……明石です、よろしく」

 これで責任は果たしたとでも言うように、工作艦明石は再び工具を磨き始める。
 それを咎めるでもなく、提督はまるゆを連れてその場を去った。
 そして、二人が去って数十分後、明石はようやく手を止める。

(――まずは、ここにある艦装のチェックをしないと)
90 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/08/18(火) 23:04:26.15 ID:3PYHlzHB0
「いいか? もう一度確認するぞ。まず、まるゆ」

「はい隊長、まるゆは旗艦として艦隊の指揮、もとい進撃か撤退の判断をします」

「イムヤ」

「まるゆのサポートと雷撃の発射合図、でしょ?」

「ゴーヤ」

「隠れる場所を探すのはゴーヤにお任せでち」

「ハチ」

「状況に応じた作戦の立案、優先標的の確認、です」

「イク」

「索敵はイクに任せるのね」

「シオイ」

「後ろを警戒すればいいんだよね? 大丈夫です!」

「よし、後は各自それぞれに自分の出来ることをしろ。無理だけはするな、作戦会議は以上だ」

「お疲れ様です、隊長」

「ねぇ司令官、あのずっと工廠に居る明石さんって艦娘、大丈夫なの?」

「どういう意味だ、イムヤ」

「いつ行ってもイク達の魚雷を点検してるのね」

「気になるんだろ、お前達の修理が主な仕事だが、艦装の点検もその延長にあると言えなくもない」

「本当にそれだけ、かしら……」

「段ボールもらいに行ったら凄い顔でにらまれたでち……」

「ふむ……シオイはどうだ?」

「うーん、まだ会ったばっかだしあんまり話したこと無いから分かんないなー」

「シオイの言う通り、俺もまだ会ったばかりで明石については良く分からん。分からんからと言ってそれを理由に今みたいに本人が居ないところでアレコレ話すべきじゃない。気になるなら直接聞いてみろ」

「じゃあ司令官聞いてきて」

「提督、お願いなのね」

「てーとくにお任せするね」

「右に同じく」

「……一応これも提督の役目、ではあるか」

「隊長、まるゆも付き添いますから」

「あっ、私も私も!」

「あぁ、頼む」

 まるゆとシオイを連れ、提督は工廠へ向かう。
 初めての大きな作戦を控える非常に大事な時期、彼女達の後顧の憂いを断つのも、大事な彼の務めだった。




 ――作戦難易度甲、“多少”性格に難ありの艦娘とコミュニケーションを図る。
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/19(水) 09:45:26.36 ID:FHBm+NoSO
乙です
このあと夕張、間宮、伊良湖等も着任していくんだろうな
92 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/08/24(月) 23:31:15.84 ID:C9jjx18Z0
「――何ですか? 人間の修理は専門外ですよ」

「いや、今日は明石に話があってきた」

「私からは無いので作業の邪魔しないで下さい」

(取りつく島も無い、か)

「あ、あの……」

「これ以上邪魔すると頭の中点検しますよ?」

「ひぅっ!?」

「ねぇねぇ、それって私の艤装だよね。たまに魚雷が発射しづらくなってたのが治ってたんだけど、どこが悪かったの?」

「……僅かに発射口が歪んでたんです、修復材は“戻す”だけで“治す”効果はありませんから」

「へーそうだったんだ。ありがと明石さん!」

「話はそれだけですか? ならもう用は無いでしょう。出てって下さい」

「えっと、まるゆも何だか前より調子がいい気がします。ありがとうございます」

「また来るね、明石さん」

「邪魔したな」

(――今度こそ、今度こそは必ず……)




「や、やっぱり少し怖いです明石さん……」

「そう? 明石さん、私はいい人だと思うなー」

「……」

「隊長? どうかしたんですか?」

「……いや、何でもない」

(修復材に関してそんな注意事項は無かったはずだ……アイツは、どこでそんな情報を得たんだ?)
93 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/09/07(月) 22:22:00.06 ID:8ShIJpVE0
 情報とは武器であり、身を守る盾である。
 敵を知らねば策は講じれず、己を知らねば打てる手も分からない。
 故に、偵察とは非常に重要な任務だった。

「隊長、行ってきます」

「帰ってきたらご馳走食べるでち」

「甘いものもいいわね」

「シュトーレン、食べたいな」

「すっごいご褒美、期待してるのね」

「運河とか、行ってみたいなー」

「帰ってきたら一つずつ考えてやる。しっかりやってこい」

「「「「「「了解!」」」」」」

 出撃していく潜水艦娘達。その背を見送り、提督は踵を返し執務室へと戻っていく。
 その途中、ふと視界に入ったモノが気になり、彼は後を追う。
 辿り着いた先は予想通り工廠、そこで彼女はいつものように兵装の点検をしていた。

「見送りなら声ぐらいかけてやったらどうだ」

「話し掛けないで下さい、邪魔です」

「――あの修復材の効果、どこで知った」

「……邪魔です」

「……そうか、邪魔したな」

 頑なに会話をしようとしない彼女に背を向け、提督は歩き出した。
 その途中、一度だけ彼は振り返り言葉を残す。




「――無事に帰ってくるぞ、アイツ等は」
94 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/09/07(月) 22:22:27.17 ID:8ShIJpVE0
「も、もうすぐ作戦海域に突入しましゅ!」

「まるゆ、ちょっと落ち着くでち」

「あの出撃前のやる気満々な感じはどうしたのよ」

「い、今になって緊張してきて……」

「退却、する?」

「流石にその選択肢は無いのね」

「無しです!」

「うぅ……やっぱり頼りない旗艦でごめんなさい……」

「大丈夫でち、まるゆが頼りないのはいつものことだよ」

「はうっ……」

「ゴーヤ、それフォローになってないから」

「でも、まるゆ見てたらイク達は何だか緊張しないのね」

「うんうん、私達がしっかりしないとって思っちゃうよね」

「それもフォローじゃないです」

 笑い合う潜水艦娘達。自然とまるゆの緊張は解け、下がっていた視線は前へ向く。

「――行くよ、皆!」

 旗艦らしく、力強く号令をかける。
 行く先に待ち構えるのはこれまでとは比べ物にならない強力な深海棲艦ばかりだが、彼女達は潜り、潜み、作戦海域の最深央を目指していく。
 今まで積み重ねてきたモノが、無駄ではないと信じて。
95 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/09/22(火) 12:59:39.74 ID:4znI5lyO0
 運、それは良い方向にも悪い方向にも一瞬で傾かせる人の手に余るモノ。
 艦娘の場合においても例外でなく、天使が微笑むか悪魔が笑うかは誰にも分からない。
 そして、今回においては――。




「に、逃げ切ったの?」

「まだでち」

「ホンット〜にしつこいのね!」

 後方にまだ艦影が見えるのを確認した六人の顔には、疲労感が浮き出ている。
 既に二度の戦闘を彼女達は潜り抜けており、これ以上の戦闘は航行に影響の出る損傷が出かねない為、避けるのが妥当だった。

「やっぱり敵主力艦隊群の一部と出くわしちゃったからかなぁ……」

「運が良いのか悪いのか、悩むところですね」

「シオイ的には良いんだと思うけどなー」

 全力での航行を続けながら、六人は現状は運が良かったと言えるのか悩み始めた。
 裏を返せばそれを考える余裕程度はあり、変に気負っていないということである。
 疲労は基本的に思考を鈍らせるが、常に逆境の中で鍛えられた彼女達にとっては現状の方が本領を発揮出来るのだ。

「皆、とにかくこのまま無事に鎮守府に帰ろうね」

「鎮守府に帰るまでが任務だもんね」

「その言い方だとまるで遠足じゃない……」

「帰ったら皆でお出掛けしたいのね」

「はっちゃんはゆっくり部屋で本――」

「いいね! 飛び込み台のあるプールでどぼーん! とかしたいなー」

(……まぁ、たまにはいい、かしら)

 魚雷や爆雷、砲撃の音がする中でなおも続く会話。
 時折潜行も織り混ぜながら、巧みに直撃を避けていく。
 そして、六人は示し合わせた訳でもなくこれだけ全力を出しきれる要因の一つに“完璧な整備”というものがあると認識するのだった。




――――戦果報告、敵主力艦隊群ノ一部ヲ捕捉。全隊ヲ確認スルニハ至ラヌモ、新種ノ発見ニ成功セリ。尚、先行偵察隊ノ損傷ハ中破四、小破二デアル。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/03(土) 06:05:22.41 ID:hh/25pHAO
明石も何かしらのトラウマ抱えてんのかねぇ
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/12(月) 08:36:00.95 ID:3DzcS8D60
露骨なラッキースケベつまらん
98 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/10/17(土) 07:43:45.08 ID:DAsEycml0
 “休み、休ませることも戦いのうちである”。
 これが今の提督と艦娘という上下関係を良好に保てる環境の基礎固めにおいて、忘れてはならない言葉の一つとされている。
 ピンと張り詰めた糸はいとも容易く切れ、また何かを切ることもある。
 故に彼等は今、目一杯糸を緩めているのだった。

「お前達、あまりはしゃぐなよ」

「司令官、もう遅いわ」

「し、しおいとゴーヤの姿が見当たらないです」

「アイツ等……」

 既に索敵範囲から離脱している二名に頭を痛めつつ、提督は違う意味で問題な二人へ視線を向ける。

「――別にはしゃげとは言わんが、一緒に遊んだらどうだ?」

「コレを読み終わったら行きます」

「……」

 防水カバーに守られた鈍器の様な本を読むハチと、水着の上からパーカーを着て三角座りで彼をにらむ明石。
 前者は既に後ろからトリプルテールの悪魔が忍び寄っているので陥落は時間の問題だとしても、後者はなかなかに骨が折れそうだった。

「強引に連れ出したのは俺じゃない。恨むならコイツ等を恨め」

 ――なっ、何っ!?

「止めずに見ていたんですから同罪です」

 ――イクの前で隙を見せたのが悪いのね!

「俺が止めたところで聞くわけもないし、結果は変わらなかったと思うが?」

 ――ほ、本にシワが出来ちゃ、やめ、くっ、ふふっ、いい加減に、して!

「威厳、無いんですね」

 ――な……殴る方が、本に良くないと、思うの……ね。

「命令を聞かせるだけが提督の役割じゃないんでな」

 ――アハトアハト、いえ、八十八ミリのこの本は叩く程度ではビクともしません。

「……怪我させないようにしっかりと監督ぐらいはして下さい」

「努力はしよう」

「隊長! 飛び込んだしおいと潜ってたゴーヤが衝突しました!」

「……努力はしよう」
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/18(日) 01:12:56.88 ID:+tUtfZkyo
背景ネタの表現、こういうのも中々乙だね
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/16(月) 00:07:11.14 ID:6p0sdn5AO
101 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2015/11/20(金) 00:36:25.21 ID:syjRasa/0
 生きていく上で、壁というものに何度もぶち当たるのが世の常だ。
 それを乗り越えて進むか、叩いて壊すか、避けて通るかは個人の自由である。
 ――しかし、必然的に巻き込まれる相手が居た場合、その相手のことは考慮すべきだろう。



「隊長、どうやっても辿り着けませんでした……」

「そうか、また日を改めて頼む」




「司令官、やっぱりダメだったわ……」

「分かった、今日は休め」




「提督、あの海域全然進める気がしないのね……」

「何か特殊な装備が必要なのかもしれんな、もう少し調べてみる」




「あんなとこより運河とか行ってみたいなー」

「運河に行きたきゃ全部終わってから好きに行け」




「無理ですね……」

「……」




「てーとく、あそこ行くのもう嫌でち」

「――だ」

「? てーとく?」

「こうなったら意地でも攻略だ! やれることは何でもやるぞ!」

(あっ、これダメなやつでち)



「こ、このマント水を吸って泳ごぼごぼ」

「まるゆ!? 何でそんな泳ぎにくそうな服借りたの!?」

「いつもとほとんど変わらないでち」

「これがドイツの服……ダンケ」

「ちょっと胸の辺りがキツイのね……」

「たまにはスカートも……うん、ありです!」

「よし、これで再出撃――ん?」




 その日、提督は初めて明石の満面の笑みを見た。
 これは彼女が提督達に少し心を開いてくれたということかもしれない。
 故に、頭に向けて六角レンチをフルスイングされたりクレーンで狙われたりバーナーを向けられても問題はない。誰が何と言おうと、問題はないのだ。
 ――後日、その海域は無事別の鎮守府によって突破された。
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/20(金) 09:41:02.02 ID:YODCdPZho
一体明石に何が有ったんだ…
服を借りたのかな?
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/20(金) 12:41:30.25 ID:85XMdjAdo
まるゆが木曾ででっちが睦月型、はっちゃんとイクがZ1Z3、イムヤとローちゃんはちょっとわかんねぇな。

>>102
実は明石がコスプレ用に所蔵していた衣装だった……とか?
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/21(土) 00:51:45.95 ID:iPOUSMq9o
乙乙
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/21(土) 00:52:42.13 ID:iPOUSMq9o
あげちったごめん
106 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2016/01/01(金) 20:06:55.73 ID:pRGGjO9G0
 沈む身体、視界は徐々に暗くなり、音も次第にしなくなり、光は遠退いていく。
 待ち受ける闇の世界、艦娘であるからこそ認識できる自分と周囲。
 ――それが分からなくなった時、果たして彼女達は平常心を保てるのだろうか。




「部屋から出てこない、か」

「はい、今朝から返事が無いんです……」

「中で倒れてるなんてことは無いと思うが……イク、俺だ、入るぞ」

 今回は非常事態の可能性も考慮し、提督はマスターキーで鍵を開け、中へと入る。
 そこにはある意味異常とも言える事態が待ち受けていた。

(引きこもり……とは違うか)

「イク、どうしたの?……イク?」

 日の光が部屋を明るく照らしているというのに部屋の電気を点け、備え付けのテレビにヘッドホンを繋げて画面を食い入るように見つめるイク。
 部屋に二人が入ったことに気付いた様子もなく、まるゆの呼び掛けにも返事は無かった。

「まるゆ、とにかくテレビを消せ」

「は、はい」

 まるゆは床に座るイクの隣に転がっていたリモコンを拾い上げ、電源を切る。
 すると突然、イクは身体を震わせ始め、両腕で自分を抱き締めるように小さく丸まった。

「――まるゆ、お前ちょっと部屋戻ってろ」

「隊長……?」

「いいから、戻れ」

 真剣な提督の声音に、まるゆは少し不安そうにしながらも部屋を後にする。
 そして、気配が遠ざかるのを確認した後イクへゆっくりと近付いた。

(ふぅ……よし)

 気合いを入れ直し、失敗のことは考えないようにしながら、提督は行動に出る。

「っ!……て……や……」

「俺の目を見ろイク、後で文句は幾らでも聞いてやる、だから、見ろ」

 雰囲気から分かる通りかなり不安定な精神状態にあるイクをどうにか拘束し、自分の方を見るように言い聞かせる。
 潜水艦娘とはいえ見た目より力は強く、錯乱状態であることも相まって、あまり長くかかると振りほどかれて壁に激突などという結果も考えられた。

(あー……いてぇ……)

 殴られ、引っ掻かれ、身体のそこかしこに傷を負ってはいるものの、それを顔には出さず、ただひたすら落ち着くのを待つ。
 そして、ようやくその時は訪れた。

「……てい、とく?」

「……セクハラはこの傷でチャラな」

「あの……は、恥ずかしいから離れて欲しいのね」

「あぁ、だから後でちゃんと話聞かせろよ? まるゆ達にも、な」
107 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/16(土) 01:11:57.99 ID:LuE1eDR1o
面白い、乙
108 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2016/02/08(月) 19:45:04.89 ID:CptyAwk00
 音も、光も届かない暗闇の世界に彼女は恐怖を覚えた。
 けれど、例えそのどちらも取り戻せなかったとしても、きっとまた彼女は笑うだろう。
 何故なら、彼女には――。




「急に深海で音も光も感じなくなる夢、ですか」

「それは、私も嫌かな……」

「まるゆはそんなの耐えられないよ……」

「ゴーヤもごめんでち」

「一度感じた恐怖をそう簡単には拭えん。完全に大丈夫だと判断できるまでは本格的な出撃は見送る」

「だ、大丈夫なのね。もう全然平気なの」

「分かった。なら今から無音で真っ暗闇な空間に放り込んでやるから一分耐えてみせろ」

「っ……そ、それ、は……」

 青ざめていく顔、再び震え出す身体、息も徐々に荒くなり、実際に目の当たりにした仲間達もそのイクの姿に動揺を隠せずにいた。

(まるゆの時はどうにかなった。だが、今回は自分達のみで解決出来るレベルの話なのか? 艦娘に対しても有効なのかは分からないが、カウンセリングの様なものを受けさせるべきか? 対処を間違えれば下手すると……クソッ!)

 出撃時に平気だとしても、敵地で急に発作を起こしてしまう可能性もある。
 大丈夫だという確信を得ようにも、精神的な問題は目に見える形で必ずしも解決する訳ではない。
 さしあたって、今はとにかく先刻同様落ち着かせようと提督はイクへと一歩歩み寄ったが、それより速く彼女へと一人の艦娘が駆け寄った。

「イク、シオイはここだよ。艦娘っていいよね、艦の時と違ってわざわざ何かで繋がなくってもこうやって手を握るだけで繋がれるもん、ね? また怖くなったら手を伸ばして、すぐに掴みに行くから」

「シオイ……」

「そうね、一人じゃないんだし私達はいつでも一緒だもの」

「ま、まるゆも頑張ります!」

「一蓮托生、ですね」

「そうでち、ゴーヤもイクの髪の毛後ろから引っ張るでち」

「髪の毛引っ張ってどうするのよ……」

「……髪は、やめて欲しいの」

 いつの間にかイクの身体の震えは止まっており、涙目ながらも顔には生気が戻っていた。
 その様子を見て、思い違いをしていたと提督は気付く。

(コイツ等はもう六人で一つみたいなもんだ。“一人”になることが無いのに、乗り越えられないはずがない)

 イクとイクを囲むように立つ艦娘達、その繋がりは強固で、全員が全員を支え合っていた。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/09(火) 02:05:30.62 ID:SGWX/pEyo
乙乙
待ってた
110 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2016/02/11(木) 10:14:59.74 ID:sQ0s+NhW0
 深夜の工廠、そこで動くものは一つしか存在せず、それは一人の艦娘の艤装の前に立っていた。
 小型のヘッドライトで手元を照らし、扱い慣れた工具で本来とは正反対の作業を開始する。
 ――例えその行為が間違っていたとしても、それが、彼女なりの精一杯の償いなのである。




「――イクの艤装が原因不明の不調?」

「はい」

「珍しいこともあるものだな。お前が“原因不明”なんて報告をしてくるとは」

「事実を報告したまでです。そういうことなので、暫く彼女には出撃させないで下さい」

「明日、出撃の予定がある」

「少し修理しないと日本語すら理解できなくなりましたか? 暫く出撃は無理だと言ったんですよ」

「間に合わせろ」

「っ……結局、貴方もそういう人なんですね」

「俺は何もおかしなことは言っていない」

「何と言われようと、明日彼女の艤装は動きません。失礼します」

 軽蔑と落胆の入り交じった視線と声を残し、彼女は部屋を去る。
 一難去らずまた一難、優秀な工作艦の仕事ぶりに、彼はどんな手が通用するか一人思案に耽るのだった。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/03(木) 18:42:44.18 ID:Gm3h43lSO
保守
112 : ◆UeZ8dRl.OE [saga sage]:2016/03/20(日) 20:22:08.10 ID:zSpm9oF3O
〜閑話休題〜

「明石さんってどんな風に戦うのかな?」

「そりゃ普通に砲撃するんじゃない?」

「きっとクレーンで戦うんでち」

「流石にクレーンは無いと思うな……」

「艦娘なんだからその場に応じて艦装を変えているんだと思うのね」

「ドリルとか、装備して欲しいなぁ……うん、ありです!」

「接近前提か、耐久性的に神風特攻になるな」

「で、どうなんですか隊長?」

「――全員外れてないぞ?」

「「「「「「……え?」」」」」」




「海上で修理中でも攻撃される可能性があるのに、修理だけの為の艦装なんてしてられませんよ」

 ――クレーンにあまり触れると、危ないですよ?
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 10:19:50.22 ID:n+ueHw9SO
乙です
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