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【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】
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906 :
【96/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 17:20:40.36 ID:EGTLO2bo0
舞鶴鎮守府を発つ日が間近に迫ったある日、提督は荷支度をしていたが、ある問題に直面していた。
提督「荷物が多すぎるんだよねこれ……。設計図とか資料とかだけ予め鎮守府に送っちゃいたいんだよなあ。
俺が居ない間に執務をやってもらってる大淀の助けにもなるだろうし……」
五月雨「そうですね……。役に立ちそうなものをなんでもかんでも貰って回ってたら収集つかなくなっちゃいましたね」
二人が顔を見合わせてどうしようかと考え込んでいると、バタンと扉が開く音とともに、とてとてと裸足の艦娘たちが乱入してくる。
伊401「段ボールだらけですね〜……これは確かに窓位提督の言っていた通りかも」
伊168「これからラバウル方面に出撃するの。ついでだから運んでいっちゃおうと思って。
あ、私たちは潜水艦なんだけど……荷物まではびしょ濡れにならないから安心してね」
伊14「よぉーし。じゃんじゃん持って行っちゃお? あ、他に持っていって欲しい資料とかあったら今のうちに用意しちゃいなよ?
資料室には結構参考になる本とかあると思うし、見てきたら? それも一緒に持ってってあげるから」
ドタドタと部屋を歩き回る潜水艦たちに追い出される形で提督は資料室を訪れた。
提督(資料といっても辞典や図鑑よりも分厚いからね。持って行ってくれるのは助かるんだけど……なんていうかその。
スク水を着た少女が部屋を歩き回ってるってのはなかなか異様な光景になるんだなあ)
部屋のどこからか話し声がするようだ。
??「私が思うに……“後ろの正面”とは、自分自身を指しているのだろう。ここも解釈が複数取れる箇所ではあるが……。
自身の肉体から離脱した魂は、己という存在と真に同一なのか……と。まあこれも今となっては真実を知る術はないんだろうが」
若い少年の声だった。ただ、窓位提督のものとも声質が微妙に違っていた。
??「我々が世界と思い込んでいるものは、人間の認識によって成り立っている。だが、実際は異なる。
人間の認識の上では、不可視非実体だったとしても……完全な無であるとは言い切れない」
??「月は人を狂わせる……その俗説を信じるならば。
己の存在を自分自身で認識できなくなり、消滅するという災厄を告げているのかもしれないな。
あの歌と例の一件との相関は、こんなところだと思っている」
??「色は空、空は色……畢竟個々人の認識次第で世界は形を変えるのだろう。……おや、初めまして」
神乃提督の気配に気づくと、少年はパタンと本を閉じて立ち上がり、恭しく敬礼する。
見た目は十歳以下といったところだが、白煙のような髪の色と落ち着き払った態度はとても子供のものとは思えなかった。
彼の隣の席には秋月という艦娘が座っていた。
涼金「私の名は涼金凛斗。窓位提督と違って見た目通りの年齢だ。少しわけありで鎮守府内をうろついているが、あまり気にせんでくれ」
提督(気にしないでくれって言われても、厨二センサーにビンビン引っかかる話題だったからすごい気になるんだよな〜……)
涼金という名前を聞いて、思い出したように口を開く提督。
提督「涼金……そうだ。柱島泊地の乙川中将って方から言伝をもらっていて。
『便りのないのはよい便りと言うけれど、たまには遊びに帰っておいで』だそうで。あ、俺の名前は神乃っていうんだけど」
秋月「乙川中将が? わざわざ伝えてくれてありがとうございます。
凛斗さん。冬休みはいつぐらいから始まるんでしたっけ。年末年始は柱島に帰って過ごしませんか?」
涼金「うろ覚えだが、遅くとも二十三だか四だかには。そうだな。半年ほど過ごして感じたが、あそこはとても居心地がいい」
秋月「秋月にとって、あそこは故郷のようなものですから。ここも過ごしやすくはあるんですけどね」
涼金「にしても……便宜上それが必要なのは理解しているが、この歳で小学校に通うというのはどうにも不服だな。
……っと、話し込んでしまって済まない。他に何か用件か?」
提督「さっき話してたことが気にな……」
舞風「おーい、て〜とくぅ! 明日の出発について聞きたいんだけど〜……って、おろ」
部屋に入ってきた舞風の声で提督の発言は掻き消されてしまう。
舞風「お? 秋月発見! これまた懐かしい顔に会ったねえ〜……どう? 元気してた?」
秋月「はい! お久しぶりですね。また会えて嬉しいです」
少年と目が合って不思議そうな顔をする舞風。
涼金(まさか吹雪だけでなく舞風にも会えるとはな……。秋月のことは覚えていても私のことは忘れたようだが、元気そうで良かったな)
舞風「んにゃ。そこの少年……さてはどっかで会ったことある? なわけないか。けど、その見た目で白髪なんてどうしたの?
意外と苦労人さんなのかな〜? どれ、お姉さんがナデナデしてしんぜよう」
強引に少年の頭を撫でる舞風。
涼金「う〜……鬱陶しい、やめないか。秋月もニコニコ笑っていないで止めたらどうだ」
提督(うーん、さっきの話が気になるんだけどなあ……)
結局、神乃提督は涼金少年から話を聞き出すことが出来ないまま横須賀へ向かうこととなった。
907 :
【97/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 17:48:59.49 ID:EGTLO2bo0
神乃提督たちが横須賀に着いた日は、大気が激しく冷え込んだ大雪の日だった。
外に出ることはおろか廊下を出歩くことさえ憚られるほど寒い気温の中、一行は第二執務室に案内された。
蒔絵「ようこそ。こんなに寒い日に働くなんて馬鹿げていますからね。今日の仕事はお休みです。
代わりと言ってはなんですが……一杯どうでしょう? お代は貰いませんからご安心を。趣味の一環です」
提督、五月雨、夕張、舞風、如月の順でバーカウンター前の椅子に横並びで座っている。
暖炉からパチパチと薪の燃える音がする。壁面には絵画がいくつか飾られていた。
どれも写実的ながらどこか幻想的な雰囲気を醸し出している風景画で、神乃提督たちの目を惹いた。
提督「人数が人数なんで、お任せで。飲めない人は居ないからその点は大丈夫です」
蒔絵「畏まりました。随分遠くから来たそうですね。ラバウルから来て、柱島・呉・舞鶴……で、ここと。長旅で疲れたでしょう」
舞風「正直ここが最後でほっとしたよね……。これ以上はもう回れそうもないかも……」
蒔絵「もしよかったら、温泉で旅の疲れを取ると良いでしょう。岩盤をぶち抜いて無理矢理作った大浴場がありましてね」
夕張「随分物騒なやり方なのね……。壁に掛かっている絵は誰が描いたものなのかしら? どれもすごく綺麗だけど」
五月雨「私はあの絵が好きですね。夕焼け空に桜の花が舞っているあの絵です」 絵を指さす
蒔絵「ああ……全部自分が描いたものです。現実の景色でありながら、どこか現実離れした感覚にさせられる……。
そんな虚実皮膜の色彩や情景を描くのが好きでして。これも趣味の一つなんですけど」
如月「趣味にしておくのは勿体ないぐらい良い絵だと思うんですけどね……。個展とかは開かれないんですか?」
蒔絵「今のところはないですね。鎮守府の内輪ノリでちょこちょこやってはいますが……まあ、気になるようでしたらアトリエの部屋も明日紹介しましょうか」
提督「是非お願いしたいですね。視察そっちのけになっちゃいそうですが」
蒔絵「ははは。……さて、春雨。用意を」
蒔絵大将が呼びかけると、メイド服を着た春雨がトレイに乗ったカクテルを配って回る。
・・・・
提督「うーん、俺以外みんな寝落ちしてしまうとは……。俺ももう一杯貰ったら寝よう。ボヘミアン・ドリームを」
カウンター前には提督と五月雨だけが座っていて、五月雨はくぅくぅと寝息を立てている。
蒔絵「随分飲まれますね。お酒は得意な方で?」
提督「ああいや……そうでもないんだけど、ちょっと悩み事があって。……って、いけない。上官相手にタメ口を……」
蒔絵「いいですよ。今は気にしないでください。それより、悩みとは?」
提督「森鴎外の『舞姫』はご存知ですか? まあ……概ねあれと同じです。一時の感情と、現実との狭間で揺れていまして。
元のあるべき場所へ帰るか、あるいは……といったところで。自分でも情けない男だと思いますよ、俺は」
提督「親父の保険金で経済的には困ってないんだろうが……お袋は脚が不自由で買い物にも難儀してるんだ。
いずれはボケて入院もするかもしれない。そう考えたら、ここに残るのは無責任なのかもな……って。
向こうに居た時はろくすっぽ相手にしていなかったのにな。人でなしが今更何を……とは自分でも思うが」
蒔絵大将は、敢えて口を挟まずにどこまで吐き出すか経過を観察していることにした。
提督「あの……酔っ払いの戯言だと思ってもらって構わないんですけど。
ここは俺にとって、すごく居心地がよくて、何不自由なく生きていける場所なんです。でも……ここはあくまで幻想の中。
俺にとっての現実は……外で吹雪いている大雪よりも寒く、孤独で、息苦しい」
提督「誰一人として、本当の心で人間と向き合うことが出来ない。前提に疑念があって……それを持たない人間は騙される。
建前・虚飾・お為ごかし……そんなことばかりだ。耳触りの良い言葉は全部嘘で、口汚い罵声や憎悪の中で生まれる言葉だけが真実。
何のためかも分からずに金を稼いで、何も成せずに時が過ぎる……地獄の底だ。それでも俺は……あちら側の人間だ」
神乃提督の目は既に虚ろで、視点が定まっていなかった。だが、その眼にはどことなく力が宿っているようにも見られた。
普段の声のトーンよりも低めの、少し擦れたハスキーな声で語る神乃提督。
提督「普通に考えればここに残った方がいい。そんなことは分かっているんだ。ただ……。
俺の生まれた側に、隣にいる五月雨のような人間が生まれていたら……きっと踏み躙られていたんだろうと思うよ。
その事を考えると無性に腹が立って許せなくなる。だからせめて……」
提督「少しでも……少しでも良い世の中にしたい。未来に生まれてきた世代に、業を背負わせないように。
もうこれ以上醜いものと対峙しなくても済むように。だから帰るんだ。俺に何が出来るのかは分からないが……それでも」
それからしばらくぶつぶつと独り言を呟いた後、突っ伏して眠りに落ちてしまう。
蒔絵「……抱えている闇が深いようですねぇ。他人事だからどうとも言えませんが。後で二人を寝室に運んであげましょう。今日は店じまいですね」
二人にブランケットをかける蒔絵大将。
春雨「私は……自分の心に正直になった方が良いと思うんですけどね。理想や使命感で押し固めても、結局のところ本心には勝てませんから。
……にしても、不思議な感じがしますね。向こうの世界の五月雨とは面識があるのに、こっちの世界の五月雨とは面識がないから」
蒔絵「春雨は……いいえ、聞くのは野暮ですね。選んだ結果、ここに居るんでしょうから」
908 :
【98/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:12:04.32 ID:EGTLO2bo0
春雨「どっちが真実で、どっちが嘘かなんて関係なくて……自分の心が信じる道を進めばいいと思うんです。
それが後から振り返って間違っていたとしても、自分の決めた選択なら後悔はしないと思うんです」
春雨「春雨にとっては……最終的に、司令官の居る場所が正解だったんです。間違いだらけの道だったかもしれないですけど……。
最後に辿り着いたのが、司令官の隣だったんだと思います。迷ったり間違ったりしたからこそ、今の幸せがあるのかな、って」
蒔絵「振った自分が悪いとは思いますが、重たい話はやめましょうか。辛気臭いですからねぇ。
いや〜……それにしても春雨のメイド衣装は似合ってますねぇ。眼福ですよ。お酒のつまみにちょうどいい」
神乃提督が飲み残したボヘミアン・ドリームを一気飲みすると、春雨が自分の方を観察するように見ていたことに気づく蒔絵大将。
蒔絵「ん? どうしたんでしょう」
春雨「他の子には内緒にしておいて欲しいんですけど……。実は私、喉仏フェチなんですよね。出っ張ってるのがイイ、っていうか……」
蒔絵「んー……それはちょっと分かんないな。まあ気に入ってもらえてるようなら良いんですけども」
喋りながら片づけを進める二人。阿吽の呼吸で作業は進んでいき、十分もすると洗い物や掃除も終わってしまった。
・・・・
明朝。辺り一面雪まみれで、鎮守府内のどこに向かおうとしても雪に足を取られてしまう。
提督「昨日は酔った勢いで管を巻いてしまって……申し訳ありません。どうにも少し度が過ぎたなと……」
蒔絵「いえいえ、全然平気ですって。それより、雪かきを手伝ってもらえませんか?
工廠やドッグへの道が雪で埋もれてしまいまして、案内しようにも出来ないのですよ」
提督「あ、はい。もちろん」
蒔絵「じゃあ、我々はこっちの方をやるので……夕張さん、如月さん、舞風さんのお三方にはあちらを。
神乃提督と五月雨さんにはあの辺をやってもらいましょうか。お願いしますね」
・・・・
提督「いや〜……本当に寒いね。夜になったら温泉があるって考えたら頑張る気になれるけど。
ハハ……たった二週間弱の出来事で、もうすぐ慣れ親しんだラバウルに帰れるはずなのにさ。なんだかすごく長い間旅をしていた気分だよ」
提督「帰ったらすぐにクリスマスかな。灼熱の太陽の下でクリスマスなんて全然想像つかないけど。皆とお祝い出来たら楽しいだろうなあって思うよ」
和やかな提督の語調に対して、少し陰りのある顔つきの五月雨。
五月雨「提督……あの。……もうすぐ、タイムリミットだって言ったらどうしますか?」
提督「え……? それってどういうことかな? 戻る方法はまだ見つかってないんじゃなかったっけ」
五月雨「提督は一度、帰れるチャンスがあったはずですよね? でも……そうはしなかった。それだけ現実の世界に戻るのが嫌だったんですよね」
提督「黙っていたけど……そうだよ。あの時はそうだ」
五月雨「あの晩の後も、何度か扉は用意されていたんです。扉の現れる晩の兆しは、なんとなく事前に感じるんです。
これまでは帰って欲しくないから言わなかったんですけど。けれど……そういうわけにも行かなくなってしまいました」
五月雨「五日後です。ちょうどラバウルに戻って一日目の夜になるでしょうか。……それが最後のチャンスです。
それを逃したらもう戻ることは出来ないし、戻ったら最後、もうここには来れなくなってしまうでしょう」
提督「そう……。……本当に、選ぶしかないんだね」
五月雨「やっぱり、提督を連れてきたのは無理があったみたいで……二つに一つ、しかないんです」
スコップをその場に突き刺すと、退かした雪山の上に座ってうなだれる提督。
提督「そっか……そうだよな。気づかないフリをしていただけで、俺自身そんな予感がしていたよ。
いつまでもこうしちゃいられないってな。楽しい夢も、いつかは醒める……」
提督「分かっていたよ。分かっていた……」
深く、深く、大きな溜息を一度吐いてから、意を決したように姿勢よく腰を上げて、五月雨と向かい合う。
提督「五月雨が……現実から連れ出してくれて、本当に良かった。こんなに楽しい数ヶ月間は今まで無かった。
五月雨と出会えて良かった。……ラバウルの皆や、他の鎮守府の人たちと会えて良かった。ありがとう……。本当に、ありがとう」
提督「それでも……やっぱり俺は戻るよ。ここよりは綺麗な世界じゃないかもしれないけれど。
人の心は汚れているかもしれないけれど。……それでも、何もかも悪いことばかりじゃないからさ」
提督「ここで過ごした思い出があれば、頑張れそうな気がするから。少しずつ心に種を撒くんだ……それが実るように。
利益とか、評判とか、そういうもののためじゃなく……人の心を絶やさないために」
五月雨「そう、ですよね……。うん! 提督がそうなら、それでいいんです。
提督の気持ちが聞けて良かったです。五月雨も、応援してます。提督のこと……ずっと」
提督のことを真っすぐ見つめて、にこっと笑う五月雨。いつもと同じ明るい笑顔。
笑顔の裏で悲しんでいるんだろうとは思いながらも、提督はそれに気づかないフリをして「ありがとう」と言った。
909 :
【99/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:38:07.36 ID:EGTLO2bo0
ラバウルに着いた提督は、旅の荷物の整理を終えると、自分が居なかった間の鎮守府の様子を大淀から聞いていた。
執務室はクリスマス支度の最中なようで、壁や置物にところどころ布が被されていた。
提督「そっか。問題なさそうで良かったよ」
大淀「ええ。敵の強襲なども特になく、穏当に過ごすことが出来ました」
提督(帰って早々、今夜でお別れなんだよな〜……) やや落ち着かない様子で聞いている
大淀「で、報告は終わりなのですが……」
大淀がパッと布を引っ張ると、豪華な飾りつけのツリーや料理の乗ったテーブルが露わになった。
扉の前で待機していた艦娘たちが執務室に入ってきた。
天津風「お帰りなさい。少し早いけど、退職祝いってとこかしら。五月雨から話は聞いてるわ」
クラッカーの音とともに紙吹雪が部屋中に舞い散った。
如月「クリスマスを一緒に過ごせないのは残念だけど……ここでまとめてお祝いしてしまえばいいわよね? ってね」
弥生「五月雨から話を聞いて……提督に感謝の気持ちを伝えたい、って私たちに何が出来るか考えてみたんです」
提督「ありがとう。あー……ちょっと、嬉しすぎて泣きそう。ところで、五月雨は?」
廊下を駆ける音がする。五月雨の足音のようだった。
五月雨「お待たせしましたぁ〜! なんとか間に合ったみたいで良かったです」
息を切らせているエプロン姿の五月雨。エプロンにはクリームや果汁の跡がついていて、ついさっきまで格闘していたことが伺える。
彼女が両手に持っているトレイの上には、ホールのショートケーキが乗っていた。
夕張「まさか当日に即席で用意することになるとは思わなかったけど……。横須賀で間宮さんから借りたレシピが役立ったわね。
スポンジのふわふわ感からクリームの甘味に至るまで、何から何まで計算ずくのショートケーキよ」
五月雨「五月雨、頑張って作りました。ふにゃっ!?」
提督にケーキを見せようと近づいた拍子に、足元に置かれたプレゼント箱につまづいてしまう五月雨。
当然の物理法則かのようにケーキは宙を舞い、提督の顔面に直撃する。
咄嗟の出来事に驚いた提督だったが、「美味しい」の意を込めて親指を立てた。
・・・・
酒を呑み、食事を楽しみ、語らい、……どんちゃん騒ぎの夜を終えて。提督は五月雨の寝室を訪れた。
提督の後に続いて五月雨が部屋に入る。五月雨は思い出したかのようにケースに入ったDVDを提督に手渡した。
五月雨「まさかお別れの日にこれを渡すことになるとは思いませんでしたけど……帰ったら観てください」
五月雨はベッドの上で横になると布団を被った。提督はベッドに座ると外から見える夜空を眺めていた。
提督「ああ、ありがとう。それにしても……すごい恰好になってしまったな」
提督の恰好はスポーツキャップにサングラス、ネックレスに指輪と奇抜なものになっていた。
これらは「かさばる物や食べ物は持っていくのに難儀するだろうから」という艦娘たちの配慮によってプレゼントされたものだった。
五月雨「提督。……提督と一緒に過ごせて、楽しかったですよ」
提督「俺もだ」
五月雨「五月雨は……提督のこと。大好きですよ」
長旅の疲れが溜まっている中、ラバウルに着いたら朝からケーキ作りをし、そこから夜までパーティーを楽しんでいた五月雨。
出来るだけ長く提督とこの時間を一緒に過ごしたいとは思うものの、睡魔には抗えず五分と持たず眠りに落ちてしまう。
提督(『俺もだよ』……なんて、言うわけにもいかないしなあ)
提督「さようなら。ありがとう」
提督は、眠る五月雨の頬にそっとキスをすると、現れた扉を押し開けて中に消えて行った。
・・・・
神乃「はぁ〜あ。帰ってきてしまったな」
侘びしさの漂う静かな部屋。一人暮らし用の、執務室よりもはるかに狭い部屋であるにも関わらず、神乃にはひどく広い空間に感じられた。
スマートフォンを充電して日付を確認すると、五月雨たちと過ごしていた数ヶ月分の時間が経過していたらしかった。
その間に着信があった履歴はなく、メールの類も届いていないようだ。
神乃「とりあえず掃除だな。それから、お袋に会いに行って、親父の墓参り。他のことはそれから考えよう」
五月雨と最初に会った時にこぼしたカップラーメンはそのまま放置されていて、乾いた麺のカスやスープのシミは床と一体化しているようだった。
神乃(こりゃ引っ越したら敷金は帰ってこないな……)
雑巾を濡らして床拭きをする。
引き籠もっている時はそんなことは微塵も思わなかったはずなのに、埃っぽい部屋だなあと神乃は感じていた。
910 :
【100/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:56:54.44 ID:EGTLO2bo0
上着をハンガーにかけて、ソファに腰かける神乃。就職面接の帰りだった。
電気ケトルのスイッチを入れ、コンビニで買ってきたカップラーメンを袋から取り出す。
神乃「まさかその場で採用されるなんてなぁ。ま……実際にこの目で見ても良いと環境だとは思った。ツイてる、と考えていいのかな」
神乃が受けた企業はコンシューマーゲームを作っている会社で、前職に比べれば給料は雀の涙に等しかった。
曰く「大コケしてソーシャルから撤退した」だそうで、ゲーム事業の規模は年々縮小していっているようだ。
神乃「思えば子供の頃からゲームっ子だったもんなあ。これも何かの因果というもんなのか」
面接では「田園風景や山村よりもむしろ16色のドット絵に懐かしさを感じる」「義務教育よりもゲームや漫画から学んだことの方が多い」
「ゲームに限らず遊びというのは現実逃避のための手段ではなく、こんなご時世でも希望や理想を描く意志を育むための救い」
と、常人からすれば社会不適合者の烙印を押されかねない問題発言を連発していた神乃であったが、それが逆に響いたのかその場で採用と相成った。
神乃「はあ。お袋も案外元気そうだったし……ようやくこっちでもなんとかやっていけそうだな」
カップラーメンを啜りながら、五月雨から渡されたDVDケースを手に取る神乃。観ようと思えばいつでも観れたのだが、なんとなく放置したまま一ヶ月が経過していた。
神乃「これ見たら絶対色々思い出すよな〜……。未練がましいけど、そう簡単に割り切れるもんでもないんだよなあ」
カップラーメンを置いて、アルコール度数の高い缶チューハイを冷蔵庫から取り出す。それをグビッと一口飲んでから、ディスクを再生機器に挿入した。
・・・・
観た。
映像の内容は、五月雨たちが鎮守府について自ら説明するというものだった。
ところどころ内輪ネタと思しき箇所があったり、原稿を読み上げながら自分で笑ってしまったりと、映像作品としては失格の出来なのだろう。
だが……それが愉快で面白くもあり、懐かしくもある。そして、もう決して手の届かない場所なのだと思うと、涙を堪えずにはいられなかった。
自分の選択に後悔はない。覚悟の上だった。しかし……もう一度彼女たちに会えたのなら、どれだけ心が満たされるだろう。
分かっていても、再会を願わずには居られなかった。それが何への祈りなのかは自分でも分からないが、祈らずには居られなかった。
・・・・
神乃が働き始めてから何ヶ月が経つ。途中参加ではあったものの、懸命に働いてプロジェクトに貢献していった。
人間関係も前職よりは円滑で、神乃自身、働き甲斐を感じていたようだった。
神乃「デバッグして欲しい? もうバグはあまり残ってないって言ってませんでしたっけ」
プログラマーの報告を聞きながらメモを取る神乃。
神乃「ふんふん。プログラム上設定していない位置に、存在しないはずの扉が見つかったと。で、その扉は決して開かず意図が分からない。
デバッガーからの報告を聞いてもあったり無かったりまちまちで出現条件が分からない……か。なるほど、演出周りの設定が何か悪さしてるんですかね」
神乃「なんにせよ、本当にそんなバグがあるのかどうかさえ疑問ですね。ちょっとオカルトめいてるし。分かった、調べてみます」
VRヘッドマウントディスプレイを装着して、開発中ソフトのデバッグを始める神乃。
このゲームは、異なる時代・舞台で展開するシナリオをそれぞれのキャラクターでロールプレイするという(どこかで聞いたことのある)内容のもので、
作中のアイデアは少なからず神乃が発案したものも含まれていた。
神乃「これは……」
見覚えのある扉だった。神乃が近づくと、扉が開いてそのまま中に吸い込まれてしまう。
・・・・
それは夢にまで見た景色だった。暑い太陽の熱気が身を包んで、それを和らげるように涼しい風が吹き抜けていく。
常夏の青い空に伸びる白い入道雲。ダイヤモンドのようにキラキラと光る海。澄んだ空気。そして……何より記憶に残っているのはこの執務室だった。
五月雨「提督! お帰りなさい……」
駆け寄って強く提督を抱き締める五月雨。戸惑いながら、その感触を確かめるように身を寄せる提督。
五月雨の、陽だまりのようなぽかぽかした温もりが伝わってくる。触れ合える。確かな実感がそこにあった。
五月雨「色んな人に協力してもらって……やっと完成したんです。提督が、私たちと会うための……。
そして私が、提督に会いにいくための扉です。次元の壁を超えるんです」
提督がやってきた扉は、消えることなく室内に残っていた。
提督「ずっと、望み続けてはいたけれど。まさか本当に会える日が来るなんて……。嬉しいよ、すごく」
五月雨「これからは、ずっと一緒にいられるんですよ。大丈夫です。まだ提督としての籍は残ってますから」
壁にかかっていた制帽を提督に渡す五月雨。提督はそれを受け取って被った。
提督「そっか。ああ、じゃあ……俺の気持ちを言ったことがなかったね」
五月雨は緊張とともに唾を飲み込んだ。なんだかいつになく真面目な表情をして提督をじっと見つめている。
提督「……もう躊躇わない。好きだよ、五月雨。ありがとう」
小さな体を抱き締める。五月雨の安堵した笑い声が聞こえる。何気ない、しかしそれでいてかけがえのない日々の記憶が蘇る。
現実も架空も関係なく、今まで五月雨と過ごしてきた日常は、自分の中で紛れもない真実だった。
提督は、この時になってようやくそれを悟ったのだった。
911 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2018/01/07(日) 18:58:02.24 ID:EGTLO2bo0
以上でございます。お付き合いありがとうございました。
最後なんで頑張ったつもりです。楽しんでもらえたなら幸いです。
めっちゃ時間がかかってしまってすみませんが、なんとか完結させることが出来てよかったです。
例によって下のやつはおまけです。
////チラシの裏////
あんまりイチャイチャしねえっすとかほざいてましたがウソになりましたすんません。
まあ最後だしこのぐらいはね……(?)
あえてタロットの話を書いてなかったんで最初にそれから入りますか。おまけ要素なんですけどね。
正位置:才能・可能性・創造性・スタート
逆位置:無気力・スランプ・非現実的・無計画
そんな意味合いを持つ魔術師のカードなのでした。
バックボーンとしては頷ける感じの話になりましたね。
【キャラなど】
・五月雨
五月雨提督って……偏見なんすけど、愛が深すぎるやばい人みたいなの多いじゃないですか
(馬鹿にしているのではなくリスペクトの意味で「やばい」と表記しています)。
そのお眼鏡にかなう出来のものが描けるのかな〜……みたいな不安があったんすけれども。
キャラ像的に、あんまり恋愛的な方向にグイグイ行く感じじゃないんでどうしようかとは思ったんですけど。
ただ、提督の手を引っ張って楽しそうな方向へあっちゃこっちゃ行くイメージは強かったので結構アグレッシブな感じになっています。
思ったことをストレートに伝えられる、子供の無邪気さみたいなとこが根幹にありますね。
・提督
尖ってますね。いろいろな厨二病患者をモデルにして生まれたキメラ的存在です。
単体だとこれまでで一番どうかしてるやつなんですけど、五月雨やラバウルの面々によって中和されている感じですね。
なんちゅうかこう……難儀な性格してますね。気難しい厨二病小僧が大人になるとこんなんなるんかなーみたいなイメージで書きました。
・ほか
ラバウルの艦娘たちはいい感じに南国に適応したような大らかなキャラにしています。アローラの姿……じゃないか。
舞風だけ過去のあるキャラなのでちょっと掘り下げましたがまだ尺が足りてないですね。
他の鎮守府のキャラはあっさり目に書きましたが、これも終盤は単に尺が足りなくなってるだけすね。
まあ尺があったとしても、やっぱり五月雨と提督がメインの話なんでこんなもんでいいかなーと。配分はもうちょい平等に割り振るべきでしたが。
【ストーリーなど】
一つ言っておきたいのですが、筆者は営業職でもなければゲーム業界のゲの字もない業界・業種で働いてますからね。
あと別にリアルもそこまで荒んでないです。そこら辺はあくまでフィクションの表現なのであしからず。
架空と現実を対比するみたいな描写が多いですけど、まあこれは現実は現実でも“作中での”現実なんで、あれです。
そんなに世の中めちゃくちゃなサバイバル世界なわけじゃないですからね。そりゃ二次元の方がハッピーかもしれんけども。
ただ、ラバウルの面々とか他の鎮守府の人たちとか、全体を通じて人間の中にある陽の一面をメインに描いているので、
作中での現実ではそこから離れた人間の……んー、形容しがたい何某かの負の部分をやってみました。
あとは、敵とか出てこない話にしようと思ってたのでこのようになりました。それはそれで不安だったんですけど、まあなんとかなりましたかね。
その……なんか軍記物っぽくゴリゴリした感じで頑張って動かすのはそれ用の世界観が必要っていうか。
増設に次ぐ増設を遂げた今になってバトルをメインにやるとかも展開的にしんどいのでこんな運びです。
お題にホラーって来てたけど同様の理由で難しそうだったのでやめときました。
それから、今作は結構ノリで書きました。ノリでっていうと適当かよみたいに思うかもしんないですけど、そうではなく。
「このキャラだったらこう言うかな」「このキャラがこう言うならこうだな」みたいな連想を無限に繋げてって、
切った貼ったして出来上がった感じですかね。カタい言葉で表現するなら蓋然性のある流れを心がけた、ってとこでしょうか。
ラストはご都合エンドなんですけども、……逆に聞くけど最後の最後で後味悪いの読みたい? 嫌じゃない?
毎回書いてることではありますが艦これ要素ゼロでしたね。
でもこういうの書く人がいてもいいんじゃないかな、二次創作だし。
ってことで4年間ありがとうござ……4年間!? 正気か??
そんなに書いてたんですねー……(厳密には3年と半年程度)。
こんだけ長く続いてると追っかけるのも一苦労だったと思います。
本当にお付き合い頂きありがとうございました!
912 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/08(月) 00:19:47.23 ID:B5K4HNgKO
乙です
913 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/12(金) 18:01:42.87 ID:L5Qzu2qAO
乙
長い間お疲れ様
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