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【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】
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877 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/24(木) 22:31:42.99 ID:CGuuRRv7O
ほ
878 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/14(木) 11:07:40.13 ID:JNI+PSYTO
ほ
879 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/10/03(火) 00:26:24.37 ID:8w2k1I+J0
夏イベが終わってまた秋刀魚漁のシーズンですね。北方任務が捗っていいですね。
え?今年は海防艦掘りに3-5と6-1を周回するんですって?ガチ勢こわ・・・。
茶番はこんなもんでお久しぶりです。
2ヶ月経ったわけですが、進捗なのですが。進捗なのですが…………。
……年内には!年内には完結させますんでどうかお待ちください。
つまりそのぐらいにヘボなペースでしか進んでいないということですね。
その〜……あんまリアルがそれどころじゃなかったんですよね。すいませェん。
////チラシの裏////
まだ時間かかりますという話だけでは味気ないので、なんかまたダラダラ書くことにします。
例によっておまけみたいなもんなんで暇すぎる方だけお読みください。
んー、とはいえもう自分の書いた話について語ることもないというか。
もはやこれ以上自分は何を描けばいいのだろうとさえ思ったり思わなかったりしています。
いや好きに書いたらいいんでしょうし結局は好きなようにやらせてもらいますけど……。
出来の良し悪しや巧拙はさておき、どうにもやり尽くしちゃったな〜という感じがありまして。
とか言うとやる気を失くしたみたいに捉えられそうですが、そういう訳でもなく。
次はどういう感じで行くべきか攻めあぐねているといった具合ですね。
当初はオムニバス形式で完全に独立した形でやるつもりだったはずが、こんな感じで結局一つにまとめてしまったってのも一因ですかね。
正味な話、焼き増しに次ぐ焼き増しを続けてきたので雪だるま式に執筆難易度が上がっているという……しかしそれもこれで最後!
それはそれで意味があるというか、次の最終章でなんだかんだこれで良かったなと思わせる感じに持って行きたい、ですね(願望かい)。
終わりよければ全てよしってことで、上手くまとめられればな〜とゆるい感じに考えています。
そんな前置きもしつつ、次の章についての話。
これまでは投稿前にあんまネタを明かさないようにしてきたのですが、今回はもう手の内を明かしてしまおうかなと。
ドラマやアニメの最終回スペシャルみたいな感じで、それぞれの鎮守府の艦娘・提督たちのその後をクローズアップしようと思ってます。
そればっかりに尺も割けないので、五月雨と次の章の提督も絡めつつってな感じになると思いますが。
どうなんでしょうね?「そういうの本当に需要あんのか?」とか内心不安なんすけども。
前の章とかも結構反省点多いしさぁ……とかネガティブな振り返りはさておき、まあそういう感じで行こうと思っています。
うーんと、内容についてはまだまだブレてるところがあり、最終的にどういう形になるかは分からんのですが。
全体的にファンタジーな雰囲気になると思います。いや、剣とか魔法は出てきませんが。
これまでの章みたく時空や世界がどうこうみたいなスゴイことも起きませんが。
ファンタジーという言葉を使うと誤解が生じるので、幻想とでも表現しておきましょうか(意味同じなんすけどね)。
そんな大仰なもんじゃないです。なんていうかその……郷愁とかそういう感じの安直にエモいテーマで行こうかなーと。
子供の頃に見たなんてことはない風景とか、大人になって思い返すとやけに美化されてるアレです。
もうね……あの、身の上話を深くは書くつもりはないですけど、もう色々人生疲れたっす。
そんなわけで、現実逃避に妄想ぐらいは夢みたいな話を描こうかなと。
キラキラしたものが書きたい欲が高まりつつあるのでそうしたムーブメントが生じています(?)。
五月雨のキャラを考慮してもそういう話が似合いそうですしね。
一章(瑞鳳のやつ)に近いテイストになるかもしれませんね。
あんまりイチャラブする予定はないですけど。ふわっとした感じで。
やべえ……あんまりまとまりがない文章になってしまった。えー、あれです。
次はもっと頭がちゃんとしてる時に書きます。ゆる〜く頑張りますんで、温かい目でお願いします。
880 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/03(火) 00:41:52.99 ID:V6vVeLFTO
了解です
881 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/23(月) 06:01:50.48 ID:8lXJg5YuO
ほ
882 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/10(金) 11:23:23.39 ID:r3jBpKN7O
ほ
883 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/28(火) 01:25:27.89 ID:kqk35mLNO
ほ
884 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/12/03(日) 16:54:54.71 ID:6gC2S1p30
イベですね〜。甲で完走した人はボーキやバケツがやべ〜ことになったのではないでしょうか。
ギミックに次ぐギミック、三本ゲージからのまたギミックと、ボスが比較的有情(最終海域除く)な代わりにかなりややこしい感じでした。
E4はボスよりZ6マスS勝利の方が沼ったかもしれません……。あと期間限定ボイスの山城がメッチャ勇ましくて良いですね。
と前置きはさておき。次回の投稿の件なんですが、……んん。
クリスマス以降新年以内のどこかで行きたいと思います(時間が取れそうだったらもうちょっと前倒ししますが)。
その辺のタイミングだとリアルの諸々も片付いてそうなんで……というわけで今月末にはやっちまいたいと思ってます。
もうこれ以上伸びることは流石にない、はず。だいぶグダグダになってしまいましたがお付き合いいただきありがとうございました。
……ぶっちゃけますとまだ完成してはないんですけどね。まあ、多分、恐らく、きっと、大丈夫です!
ではまた何週間後かにお会いしましょう。
885 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/04(月) 11:58:31.41 ID:TnX6IVAEO
了解
886 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/23(土) 11:29:06.16 ID:dP8OFZ1Mo
/ .\\ ./ / ∧ ∧ \ \ \ | /
\ \\ ./ .(´・ω・) / \ \ \ | /
\ \\ ∪ ノ '. \ \ \ | /| /
o .\ \\ ⊂ノ/ \ \ \ | / | ./
"⌒ヽ . \\ / \ \ \| / | /
i i \\ ○ _\ \/|/ | ./
○ ヽ _.ノ .\ \\ _,. - ''",, -  ̄ _.| /
\ \\_,. - ''",. - '' o  ̄ |/
\ \\ ''  ̄ヘ _ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
○ \ \\//。 \ 今年ももう終わりだな
゚ o 。 .\ \/ |
。  ̄ ̄ ̄ \______________
887 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2017/12/30(土) 18:38:24.01 ID:qtlQSSFG0
>>886
すまぬ……
そろそろいい加減にしろと張り倒されそうですが、年内の投稿は無理そうです……。
次回の投稿は1/6(土)にします。これはさすがにマジのマジです。マジ、マジです。
ほんっとにすみません。心底申し訳ない……。
自分としても年内にケリつけたかったんですけどね……。
(自業自得ですが、)自分にとっては負い目を感じる一年となってしまいました。
その、6000バイトの字数制限があるゆえ、はみ出た文字数分削ったりしなければならんのですが、
それを19レス分やっている時間はどうにも年末年始なさそうな状況でして……。
とはいえ、もはや何を言っても言い訳にしかならないですね……弁解の余地なしです。
1/6(土)の夜になるでしょうか。長い付き合いでしたが待たせるのはこれが最後です。
よいお年を。そして来年もどうか一週間だけお付き合いよろしくお願いします。
その後はもう全て忘却の彼方に消し去ってもらって構いませんので(?)。
888 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/01(月) 13:39:11.59 ID:D9/VnkQwO
了解です
最後だしレス削らなくて超過してもいいのよ
100レスぐらい余る計算だし
889 :
◆Fy7e1QFAIM
[sage saga]:2018/01/06(土) 22:20:29.70 ID:Xe5A72i70
ぼちぼちやっていきます
890 :
【82/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/06(土) 22:35:19.13 ID:Xe5A72i70
パプアニューギニアはビスマルク諸島北部、その洋上に浮かぶ軍事拠点が私たちのラバウル基地です。
赤道付近に位置するだけあって気候は高温多湿です。一年の間に最高気温が30度を下回る月はまずありません。
毎日Tシャツと半ズボンで過ごせるので、お洋服に悩まなくていいかもしれませんね。
暑そうで嫌だなあって思いませんでしたか? 心配はご無用です!
ここラバウルには、大きく分けて雨季・乾季と呼ばれる二つの季節があるんですが……。
五月雨「えっと……なんでしたっけ。原稿どこに置いたっけな……」
陽炎「ちょっと……もう録画始まってるんだからしっかりしてよね」 見かねて画面外から五月雨にこっそり台本を渡す
五月雨「どこまで話しましたっけ……あ、そうそう」
どうしてこうした二つの季節があるのかというと、それは風が関係してるんです。
乾季には南東から吹く貿易風(赤道付近に向かって恒常的に吹く風のこと)が乾いた空気を運んできて、
雨季には北西から吹くモンスーン(夏は海から陸へ、冬はその逆向きに吹く風のこと)の影響で湿った空気が流れ込みます。
つまり! 一年を通じて爽やかな涼しい風が吹いているので、実は結構快適に過ごせるんですよ。
五月雨「12月から4月は雨季で、5月から11月は乾季です。乾季はダイビングに訪れた観光客を見かけることもあって……くすっ、ふふふふ」
陽炎「? 急に笑い出してどうしたの。っ……ふふ。ちょっとぉ!」
五月雨の前に画用紙を持った舞風が割り込んでくる。
紙面にはでかでかと『雨季にウキウキ、乾季に歓喜!』と書かれている。
陽炎「アンタねえ……。録ってるって言ってるでしょ」
パコン、とメガホンで舞風の頭を小突く陽炎。
舞風「ぶーぶー。真面目に紹介してもつまんないじゃん。ユーモアが足りないよユーモアが」
分かってないなあと言いたげな表情で、人差し指を立てて左右に振る舞風。
陽炎「ユーモアって……あっ! こんなの撮らなくていいのよ! なんでカメラこっち向けてるのっ」
肩にビデオカメラを担いでいる如月は、いつの間にか五月雨の方ではなく陽炎と舞風の方を向いていた。
・・・・
如月「撮影データは夕張さんに渡しておいたから、ひとまず私たちの作業は終わりね。お疲れ様」
五月雨「『新しく着任する提督のために紹介映像を作りたい』、なんて無茶振りに付き合ってもらって……どうもありがとうございます」
座ったままぺこりとお辞儀をする五月雨。ここは基地領内の小さな食堂。
昼時を過ぎているためか、座っているのは五月雨たちだけだった。
陽炎「やれやれ……本当にあんなんで良かったのかしら。最後の方なんてだいぶ内輪ネタみたいな感じになっちゃってたけど……」
舞風「取り繕って無難な紹介映像流しても面白くないって。せっかくの自主制作なんだから、後から見返して自分たちで笑える内容じゃないと」
五月雨「はい。ああいうゆるい感じの方がむしろ良いんじゃないかなって。うちの鎮守府らしくて」
陽炎「ま、言い出しっぺがそう言うんなら間違いはない、か。次に来る司令官がお堅い人じゃないといいんだけど」
如月「そういえば……話は変わるんだけど、最近あの夢はどうなってるのかしら。五月雨ちゃん」
ランチプレートの上に盛りつけられたチキン南蛮を口に運び、よく噛んでから飲み込む如月。
陽炎「あの夢……? あの夢って、どの夢? 寝てる時見る方?」
舞風「そっかー。かげろっちゃんは別の遠征隊だからこの話聞いたことないんだっけか」
陽炎「かげろっちゃん、て……」
コップに注がれたサイダーをストローで飲み干してから、自ら思い返すように喋りだす五月雨。
五月雨「去年の夏ぐらいからなんですけど……似たような内容の夢を定期的に見るんです。
一週間に一度ぐらいの頻度かな。最初は偶然かなと思ったんですけど、今もずっと続いていて」
如月「ちょっと周りとズレてる感じの、変わり者の男の子が毎回出てくるのよね。
一人の男の子が成長していく過程を描いた夢を見続けるだなんて、なんだか運命的じゃない? 憧れちゃうわ〜」
五月雨「あはは、そんなにロマンチックな感じじゃないんですけどね。その男の子の……あ、もう男の子って歳じゃないんですけど。
彼の日常のワンシーンを切り取ったような夢を見るんですよね。楽しい出来事とか、悲しい出来事とか、その時々で違うんですけど」
五月雨「でも最近は……。特に、彼が大人になってから見る夢は……どうにも味気ない内容ばかりなんですよね。
ずっと昔のことを思い返してばかりいるっていうか、なんか黄昏ちゃってて元気がないんですよ」
舞風「そっか〜……まあ、誰しもそういう時ってあると思うんだよね。スランプ、っていうのかな」
首を捻って少し考え込むような素振りを見せた後、ポンと手を叩いて提案する舞風。
舞風「じゃあさ、夢を通じてその人に干渉することは出来ないのかな? 『クヨクヨすんな〜! 私がついてるぞっ』って言ってあげたらいいんじゃない?」
五月雨「ああ〜っ! それっ、いいアイデアですね! 今度試してみようっと!」
891 :
【83/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/06(土) 22:55:04.74 ID:Xe5A72i70
失業保険が尽きて三ヶ月が経つ。外に出るのは最小限、食事は一日一食。それ以外は寝て過ごす。
この暮らしなら後一年ぐらいは生きていけそうだ。……その後どうなるのかは自分には分からないが。
仕事を辞めてから一度も切っていない髪は伸びに伸びて、北欧のメタルバンドみたいになってしまっている。
もちろん、いつか切るさ。仕事にもいつかは就く。今はその時じゃないってだけだ。
台所の棚から割箸とカップラーメンを取り出して、電気ケトルに水を入れる。これが今日の食事になるだろう。
……雨戸を締めきっていて外の様子が分からないから、昼食になるのか夕食になるのかは分からないけれど。
「みゃおう」「みゃああ」
……野良猫の喧嘩だろうか。ということは今は夜らしい。
猫の鳴き声は夜の街によく響くからな。
猫、か。
そういえば子供の頃は家で猫を飼っていた。毛並みが綺麗な黒猫だった。
ユーゼンという名前で、その名の通り物怖じしない落ち着いた性格だった(今になってみれば、メスにつける名前ではないなと思うが……)。
田舎の一軒家にしては珍しく、うちの実家には地下室があって、そこでよく遊んでたんだ。
溺愛していたわけではなく、むしろつかず離れずな距離感ではあったが、魔法使いとその相棒みたいでそれがかえって良かったように思える。
……ユーゼンは、俺が中学生になってすぐに死んでしまった。一緒に過ごした実家も売っ払われてしまって今は更地だ。
「ピャォ、……ハゥ」
……? いや、気のせいか。にしては似すぎているような気もするが……。
ユーゼンは決して「にゃーお」とか「みゃーう」と鳴くことがなかった。
生まれつき鳴くのが下手だったようで、そもそも鳴くこと自体が稀だった。ちょうどこんな声だった。
「ヘァ……ヒャゥ」
鳴き声は自分のすぐ近くから聞こえるようだ。不思議に思ったので後ろを振り返ることにする。
・・・・
五月雨「ピ……初めまして、天道(タカミチ)さん」
神乃 天道(カンノ タカミチ)、それが男の名前だった。
五月雨の声に驚いた男は腰を抜かして尻餅をつく。
手に持っていたカップラーメンは宙に舞い、男の頭上に落下する。
神乃「!? ユーゼン!? ユーゼンの霊、なのか……? うわああっちゃ、熱ッ!」
五月雨「熱っ……。あの、大丈夫ですか?」
ケトルから注いだばかりの熱湯を浴びる二人。もろに被ったのは男の方で、髪の上にナルトが乗っている。
五月雨は咄嗟にその場にあったタオルを拾って渡し、男を気遣った。
神乃「ああ、ありがとう。……。やっぱり、幽霊なのか……?」
タオルを受け取って、スープの汁を拭いながら問いかける。男には五月雨の姿が視えておらず、タオルだけが宙に浮いているように見えていた。
(恐らく五月雨の体があるであろう)タオルのあった方向に男が手を伸ばしても触れることは出来ず、ただ空を掴むだけだった。
五月雨「いいえ、幽霊じゃないんです。わたし、五月雨って言います。わたし! えっと……あなたのことをずっと夢で見守っていたんですけど……。
ああっ、もう時間が! えっと……早く伝えなきゃ! その……」
五月雨の背後に扉が現れ、徐々に開いていく。
五月雨「ううっ……いざ気づいてもらえたものはいいものの、咄嗟に言葉が出てこない……えいっ!」
焦った五月雨は男の腕を掴んで引きずり込み、扉の中に入っていった。
・・・・
五月雨の寝室。窓から朝日が差し込むベッドの上。
なぜか彼女の隣で横になっていた神乃はガバッと起き上がると、ぐるりと首を回して困惑している。
伸びをしてふわぁ〜と大きな欠伸を一つすると、ベッドから降りてぺこりと挨拶する五月雨。
五月雨「い、勢いで連れてきちゃったのはいいものの……どうしよう。あ! 一応、おはようございます。えっと、説明しなきゃですよね……」
暖簾のように眼前まで垂れ下がった髪をかき上げて五月雨を視界に捉える神乃。
五月雨の姿を確認すると、珍獣でも見たかのように目を丸くしている。
五月雨「はい。天道さんが物心ついてから今に至るまでの様子を、ずっと夢に見ていたんです。ただ、最近はなんだか塞ぎ込んでいるように見えて……。
その……うまく言えないんですけど、もっと自分の思うがままに生きてもいいと思うんです。それを一言伝えたかったんです」
神乃「えっと……そう、だね。まあ、確かに……。俺自身、自分のあり方に迷っていたところではある」
神乃「経緯こそぶっ飛んでるけれど、俺はこんな風に何かが起こることを無意識のうちに望んでいたのかもしれない。
だから、考えるきっかけを与えてくれた君には礼を言いたい。まあこの歳になって自分探しってのも青臭くてカッコ悪い話だけどさ。無職だし。引き籠もりだし」
ノックの音とほぼ同時にドアが開く。
大淀「提督! こんなところに居たんですか? 初日から遅刻なんて示しがつかないですよ。
あら、五月雨さん……でしたよね。初めまして、大淀です。少し提督を借りていきますね」
大淀は神乃の手を引いてそのまま退室してしまう。
892 :
【84/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/06(土) 23:25:46.27 ID:Xe5A72i70
それから何時間か経って、ようやく神乃は五月雨と再会を果たした。
服は新品の制服に変わっていて、帽子もピカピカだ。ボサボサだった髪は整えられて前髪の部分はピンで留められていた。
彼の見違えた姿を前に、五月雨は少し不思議な胸の高鳴りを覚えたが、それを口にすることはなく尋ねた。
五月雨「あの……ひょっとして、この鎮守府の新しい提督に?」
神乃改め提督「そういうことみたいだね。……話を少し整理しようか」
執務机から立ち上がり、応接用に置かれた簡素なソファに座る提督。五月雨も向かい合うようにして座る。
提督「俺の人生を夢で見ていた、だったっけか。実を言うと……俺も君のことは会う前から知っていたんだ。大淀のこともそうだし、他の艦娘のこともね」
五月雨「ええっ!? それって、どういうことですか? どうして私たちのことを知っていたんですか?」 ガコンッ
驚きのあまり起立し、膝をローテーブルにぶつけてしまう。
提督「大丈夫? えっと。……そう、君たちはあるゲームの中に登場していたキャラクターだったんだ。俺のいる世界ではね。
俺がちょうど大学に通っていた時分に流行ったゲームで……もうサービス終了しちゃったから、今では忘れたなんて人もいるのかもしれないけど」
提督「五月雨からすれば俺は夢の中で生きてる人間で、俺からすれば五月雨はゲームの中のキャラクター……ということになるか。
まあそれこそ文字通り夢みたいな突拍子もない話だが……これはどうにも現実みたいだからね。さて、どうしたものか」
五月雨(そういえば……朝潮と芯玄元帥が呉鎮守府に栄転する直前に、『世界線の違いがどうこう』……みたいな話をしていたような。
私が天道さんの夢を見るようになったのも、ちょうどその少し後だったし……)
五月雨「ええと……それって、元いた世界から天道さんを私が連れ出しちゃったってことですよね。ごめんなさい」
提督「今朝も言ったけど、詫びるようなことじゃない。君の行動に俺は感謝してるよ、こんなに不思議な体験が出来ているわけだからね」
提督「それと、世界ってのは俺の解釈では微妙に異なるかな。パラレルワールドとかじゃなくて、同一世界の別次元だと解釈している。
次元の壁で隔たれた別の世界という意味では異世界なんだけれども」
頭上にクエスチョンマークを浮かべる五月雨。
提督「あー、なんというか。俺の目からしたら君が、君の目からしたら俺が、互いにそれぞれ異なる次元で生きるドラマの一演者に過ぎなかったはずで。
それが今、第四の壁を越えてどういうわけかこうして相対している……というのが、元厨二病患者の見立てさ」
小学校高学年の頃から高校時代の半ばあたりまで、彼は世間一般で言うところの中二病であった。
神話や伝承、錬金術に黒魔術、都市伝説・陰謀論といった題材のオカルティズムに傾倒していて、しばしば周囲の人間を惑わせる言動をするようなことがあった。
五月雨ももちろんそれは知っていて、当時彼が言っていた内容こそ理解できなかったものの、彼の闊達に語るさまを見て愉快に思っていた。
提督「なんて言っても難しいか。あはは、人前でこんな子供みたいな与太話をするのも久しぶりで、つい興奮してしまったよ。
で……気になることは。どうやったら俺が元の次元に戻れるかってことと、なんでこうして提督になっているのかってことなんだけども……」
五月雨「うーん……ごめんなさい。どっちも分かんないです……」
提督「だよねえ……。ま、家賃とかは全部口座から自動引き落としだし、空き巣にでも入られない限りは半年ぐらい留守にしていても問題ないか。
折角だしね。この面白体験を楽しむことにするよ。ゲームと現実は違うとはいえ、なんとなく勝手は理解できた。つまるところ盆栽のようなものだろう」
五月雨(盆栽……?)
・・・・
深夜2時の執務室。提督と五月雨・天津風・弥生の艦娘三人でソファに腰かけてテレビを眺めていた。
机の上には人数分の紙コップと2リットルサイズのペットボトル、食べかけのピザとポップコーンが置かれている。
提督と五月雨はパジャマ姿で、普段以上に気の抜けた様子だった。
提督(五月雨の夢がきっかけでこの次元にやって来れたなら、夢を通じて元の時空に戻れると考えていたが……何夜過ごせど兆しは見えず。
こうして俺と直接出会ってしまったことで、俺にとっての現実であった世界にリンクする術が無くなってしまったんだろうか)
五月雨「流石に眠いですね。……意図的に夜更かしするっていうのも案外難しいのかもしれませんね」
提督「やはり、無意味なのかもしれないね……もう寝てもいいよ」
本来とっくに寝ているはずの時間であるにも関わらず五月雨が起きているのは、提督が元の時空に戻るための方法を調べるためだった。
(天津風と弥生は西方への遠征によって体内時計が乱れ、時差ボケして眠れないため付き合っていた)
五月雨「いえ。せっかく公然と夜更かしできるチャンスなのに寝てしまうのは勿体ないですから! そうだ、トランプでもしませんか? 七並べとか!」
雑誌やブルーレイディスクボックスなどが乱雑に詰め込まれた、テレビ脇の収納ケースを物色する五月雨。
弥生「いいですね……新しい司令官とお話出来るいい機会だし……」
冷蔵庫からワインボトルを取り出し、紙コップに注いで提督に渡す弥生。
提督「冷蔵庫になぜそんなものが……。風情もへったくれもないけど、まあそっちの方がいいか。
与えられた地位や名誉に応じて諂ったり見下したり、そんなのにはうんざりしてたんだ」
五月雨「相当疲れてたんですね。……」
提督「まあ過ぎたことさ。理想と現実のバランスが噛み合ってなかっただけ。期待しなければ上手くやれてたのに、しくじったのは俺の方だよ。
……って、景気の悪い話ばっかりしてちゃいけないな。暗い思い出のバランスは、刹那的な陽気さで補うもんだね。さ、勝負に興じようか」
グイッとワインを飲み干す提督。
893 :
【85/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/06(土) 23:50:26.53 ID:Xe5A72i70
天津風「うぅ〜……あそこで五月雨がずっとハートの8で止めてなければ……」
五月雨(自分の手札にハートのKがあったことに気づかなかっただけなのに、運良く勝っちゃいました)
自分の苦手なものや嫌いなものを明かし、敢えてそれに挑戦するというのが罰ゲームの内容だった。
天津風「仕方ない、負けは負けね。じゃあ、私の苦手なものは……ホラー映画よ。怖いのとか、残酷な話とか、嫌いなのよ」
提督「じゃあ今から見ようか。幸い、そういう作品のDVDもあるみたいだ」 収納ケースを漁りながら
五月雨「ええっ!? 辞めときましょうよ……」
弥生「司令官……弥生もそういうの、良くないと思う」
提督「あらら、みんなダメなのかい? ホラー映画って、一番元気を貰えると思うんだけどね。だってアレ見た後って絶対『死にたくない』って思うでしょ?
どんな自殺志願者でも、あれを見た後は何がなんでも生きていたいって思えるわけ。非日常の恐怖が代わり映えのない日常を刺激で彩ってくれるのさ」
突然やや早口になる提督に対し、少し引き気味の一同。
天津風「あなた……結構病んでるのね。勝負に負けた以上はあんまり強く言えないけど、私はそんなの見たくないわ。
情けない話だけど……本当に怖くて夜寝れなくなっちゃうのよ。って、まあ今も時差ボケで寝れないから起きてるんだけど……」
五月雨「天津風もこう言ってることですし辞めましょうよ。それよりほら! ラブコメなんてどうですか?」
弥生「弥生もそれがいい、です……。ハッピーエンドで終わる話がいい……」
提督「さっきの勝負の意味は……、まあいいや。わかったわかった、みんな反対なら仕方ない。じゃあそれを見ようか」
・・・・
映画の途中で五月雨と弥生は眠ってしまい、天津風も映画を見終えると眠る弥生を連れて寮へ戻っていった。
提督は五月雨を背中に負ぶって彼女の部屋へ向かった。ベッドの上に彼女の身をそっと置くと、小さく溜息を吐いて部屋を出ようとする。
提督「……俺は、何のためにこの虚構の世界に呼ばれたのだろう。ここは現実じゃない。少なくとも俺にとっては」
自問するように独り言を吐く。ドアノブに手をかけた刹那、背後に異質な気配を感じて振り返る。
扉が出現していた。それは、五月雨に手を引かれてこの架空の世界にやって来た時にくぐった扉と同じものだった。
提督は扉に手をかける。
提督(押せば開きそうな気がするな……これで現実に戻れるのかもしれない。この機会を逃したら、次はいつ戻れるようになるかは分からないしな……)
・・・・
扉を押そうとした瞬間に、記憶がフラッシュバックする。それはまだ彼が働いていた時期のものだった。
居酒屋の喧噪は騒々しく、酔った客が暴れているのか隣の個室からは怒号も聞こえる。
「――神乃。それでさ、お前、大学の時にあのゲームやってたよな。なんだっけ。そう、これこれ」
同期の見せるスマートフォン画面に映っていたのは、艦艇を擬人化したゲームのキャラクターだった。
吹雪、大井、最上、伊勢、赤城……サービス終了した今でも彼女たちの名前を彼は覚えていた。
「一時期はすごい人気だったのに、バブルが弾けたらあっという間だったな。でも、オワコンオワコン言われてたわりには長く持った方か。
後続のゲーム……なんだっけ、名前は忘れたけど似たようなゲームがあってさ。あっちの方がまだ面白かったわ。あれも飽きて辞めたけど」
茶化して、その場にいる上司や後輩への笑い者にするような口ぶり。こうした嘲笑を受けるのは、彼のいる環境ではさして珍しいことではない。
「結局のとこさあ、ああいうのってキャバクラだよな。時間と金を費やさせて、徐々に深みにハマらせていくんだろ?
うまいビジネスだよ、ハハハ。で、いい“上客”だったお前はなんであんなのずっと続けてたの? そんなんだからノルマも未達なんじゃねえのかなあ」
出世のために“誰が上で誰が下か”を白黒はっきりさせようとする、そのためなら旧友を蹴落とすことすら厭わない。
世間的には好待遇の優良企業の一つとして知られているこの会社は、高給ではあるもののとにかく競争の激しい社内環境だった。
神乃「言っても理解できないかもしれないが……盆栽のようなものだよ。それか、筋トレか。日課があると精神が安定するんだ」
罵声も批判も彼は慣れ切っていた。しかし、彼なりに思う所があったのか、普段だったら流していたであろう挑発に対してこの時は受け答えしてしまう。
「誤魔化してんじゃねえよ。なあ、俺はお前のためを思って言ってやってるんだぜ? お前には才能があるよ。その片鱗がある。
だが、その甘さが全てを台無しにしちまってるんだ。お前はもっと非情になるべきなんだ」
「俺たちの売った商材で客が困ろうと、それは俺たちの人生には関係ない。他人を騙せなきゃこうしてお前自身が袋叩きに遭う。
これは戦争だ、やるしかないんだよ。奪い、踏み躙らなければ生き残れない。お前は戦いの中で敵に情けをかける甘ったれだっつってんだ」
同期の手は震えていた。それは自分自身への訓戒でもあるようだった。
「俺は、俺に残された数少ない良心でお前に言ってるんだぞ。悪魔に魂を捧げろ。全ては搾取されないためだ。
こんなことは言いたくないが、俺もギリギリの所で戦っている。お前まで居なくなったら、俺は……」
言いかけて、隣の上司の表情が険しくなるのを見て同期は口を噤んだ。神乃はこのやり取りの後、すぐに会社を辞めた。
・・・・
提督は、扉から手を放すと踵を返して部屋を後にした。
提督(……まだ、その時ではないのだろう)
894 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/07(日) 00:14:27.98 ID:C8XSSjcQO
待ってた
895 :
【86/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 00:15:43.62 ID:EGTLO2bo0
大淀「提督! お昼時で眠いのは分かりますけど、寝ちゃだめですよ」
執務机に突っ伏して眠る提督を軽く揺さぶって起こす大淀。
提督「ん……ああ。ごめん、寝てたか。昨日徹夜したのがまずかったかな」
大淀「それで、以前お伝えしていた視察の件ですが……同行させる艦娘は如何なさいましょうか」
提督「? そんな話してたっけ……ごめん、覚えてない」
大淀「海域攻略作戦が一時収束した今こそ、各鎮守府から情報を集めてノウハウを得るべき……って、前回の会議で提案しませんでしたっけ。
その時に承認してくださったはずですし、もう他の鎮守府の提督方からも許諾済みのはずですよね?」 じとっとした目で提督を見つめる
提督「ギクッ……ああ! それね、大丈夫です忘れてないです。そっか……十二月に二週間ぐらい弾丸ツアーするんだよね。
そうだなあ……誰でもいいんだけど、行きたいっていう意志のある艦娘がいいかな。嫌がってるのに無理矢理連れて行くのもよくないしね」
大淀「では、鎮守府内の各艦娘にアンケートを取っておきますね」
提督「ああ、助かるよ。それでさ……大淀、全然関係ないヘンなこと聞くんだけどさ。大淀は出世したい?」
大淀「? ……質問の意図が分かりかねますけど、したいしたくないで言えばしたいですね」
提督「いや、大淀っていつも積極的だなって思ってね。いつもしっかりしてるし、仕事が好きなんだなって思ったのさ」
えへへ、と屈託のない笑顔を見せる大淀。
大淀「そうですね。戦場に出て直接戦うより、こうして鎮守府内の環境を整えたり戦略を考えたりする方が好きなんです。
戦いに勝つことも大事ですが、他の艦娘や鎮守府内の作業員さんに『大淀で良かった』って褒められるのが嬉しくて」
提督「……そっか。妙な質問して悪かった。俺も大淀のような艦娘がいて良かったと思うよ」
退室する大淀の姿を見て、提督は頬杖を付きながら考え込む。
舞風「偉大なる将軍様〜! 栄光ある我らの精鋭艦隊が無事母港に戻り果せましたぞ〜!」
提督「ははっ……帰投するたびに面白い口上言うのやめてよ。笑っちゃうじゃない」
舞風「提督がなんだかアンニュイな顔してるから、舞風なりに気遣ってるんですよ? スマイル、スマイル〜♪」
提督「そっか……ありがとね。心配かけたかな」
舞風「なーんて! 髪と帽子で隠れてて全然表情分かんないのに適当に言ってみただけですけど。
でもさ、分かるよ。分からないけど、分かる、みたいな……。もう十数年前の話だけど、私も……ってそんな話しに来たんじゃなーい!」
舞風「出撃結果の報告でした。こちらの書類をどうぞ。作戦は大成功、首尾通りです。
あと、五月雨が大破してて、如月がドックまで連れてってまーす。半日もすれば治ると思うけど」
提督「了解。今日はもう出撃しないからゆっくりしてていいよ。補給だけ忘れないようにね」
舞風「はーい」
提督(しかし……そうだよな。ゲームとは違うもんな。近海での簡単な任務とはいえ、さっきの作戦で俺が判断を誤っていたら……。
五月雨が轟沈していた可能性もあったんだ。にもかかわらず、自分は安全な場所で昼寝だなんて最低だな。意識が甘かった。……『甘ったれ』、か)
提督(まあ、過度に自分を責めても仕方ないか。舞風が言っていたように……不安や恐れは艦娘たちに伝わる。
けれど……俺のような取るに足らない人間の感情の機微まで推し量ってくれるような人と、どれだけ出会えただろうか。これまでの人生の中で……)
提督(これから先の未来に何が起こるのかは分からないが……ここでの出会いは大切にしたいもんだな)
提督「舞風。改めてありがとう。少し前向きな気持ちになった」
舞風「ふふっ。どーいたしまして♪」
・・・・
昼の仕事が終わると船渠に向かった提督。しかし五月雨の姿は見つからず、波止場にて傷の癒えた彼女と鉢合わせする。
五月雨「あっ、天道さ……じゃない、提督。お疲れ様です」
提督「ああ。傷は治ったかい」
五月雨「はいっ。ちょっと不覚を取っちゃいましたけど、今はもう大丈夫です。予定より治りが早くて」
自分の顔が隠れないように前髪をかき上げてから帽子を被り直して、少し屈んで五月雨と目線を合わせる提督。
提督「それは良かった。いやその、謝りに来たんだよね……。もう本当顔向けできないぐらい酷い話なんだけど、君が出撃してる間に昼寝しちゃっててさ。
成り行きでこうなったとはいえ、俺は君の命に対して責任がある。だから……許してくれとは言わないが、謝りに来たんだ。すまない」
提督から帽子を取り上げて、頭を撫でる五月雨。提督は困惑する。
五月雨「許さないなんて言うわけないじゃないですか。昨日は夜遅くまで起きていたんだし、仕方ないですよ」
夕焼けの光が水面に反射してキラキラと輝く。黄玉(トパーズ)のように、赤みがかった黄色い光だった。
ワシャワシャと頭を撫で続ける五月雨に対し、説明を求めるような視線を向ける提督。
896 :
【87/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 00:41:33.33 ID:EGTLO2bo0
五月雨「これからは……『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』でいっぱいの人生になるといいですね。ううん……そうなるようにしましょう」
『ありがとう、なんて誰かに言えるような人生じゃない。俺が言えるのは、生まれてきてごめんなさいってぐらいだな』
五月雨の言葉は、高校時代に彼が言い放った台詞を改変したものだった。当時の彼はニヒリズムに傾倒していて、全ての物事に希望を見出せなくなっていた。
虚無感から脱して、稚拙で偏狭な自分の考えに囚われていただけに過ぎなかったのだ、と反省できるようになるまでには数年の歳月を要した。
提督「〜〜〜〜っ。うっ、まあ、うん。そうだね」
何にせよ、大人になった今の彼にとっては、当時の自分を思い出させてくれるおぞましい呪文であった。
屈んでいた姿勢を戻して五月雨から離れると、耳を赤くして照れくさそうに帽子を深く被る。
提督「そっか……いや〜、過去が見られてるっていうのは恐ろしい話だね。非情にイタいね」
五月雨「天道さんが高校生の頃は、突然選民思想みたいなのに凝り固まるようになったり、かと思えば急に自分は無力だって落ち込んだり……。
あの時は今とは別の方向で心配してたんですけど、友人やご両親が居ましたからね」
提督「いやー……まあその節は色んな人に迷惑かけたけどね。……今になって振り返ってみると、未だにその心境から脱せてないのかもなあ。
人に対してもうちょっと素直にはなれたけどね。なんというかこう、いつまでも経っても大人になりきれないなあと思うよ」
五月雨「大人になんてならなくていいんじゃないですか? 責任とか義務とか……それももちろん大事ですけど。
そういう重圧だけを背中に背負って生きるのって、息苦しいし窮屈ですよ」
海へと吹き抜ける風とともに、群れを成して夕焼け空を飛ぶカモメが頭上を通り過ぎる。
提督「そう、そうなんだよね。だけどやっぱり子供のままでは居られないんだ。これは言うなれば業のようなもので。
……そう。ここの世界観や設定のことは分からないが、深海棲艦と君たち艦娘との戦いもそういうもんなんだろうと思う」
提督「これはカルマだ。前時代の負債は、若い世代の負担によって支払われる。憎しみや悪意は、弱者から更に弱い者に対して向けられる。
自分以外の誰かに苦しみをおっ被せて逃げ回っていればそりゃ自分は楽なんだろうけど……それが人の在り方だと俺は思いたくない」
強い潮風の流れに身を任せるように、海に沈む太陽を見つめる五月雨。
五月雨「……そうですね。この戦いが何で始まってどうすれば終わるのかは分からないですけど。ひょっとしたら終わることなんて無いのかもしれませんけど。
それでも、今戦ってる私たちが投げ出したりしちゃいけないですもんね。なんか……大事なことを気づかされちゃいましたね」
提督「五月雨の言っていることも一つの真理だとは思うよ。童心とか好奇心とか、そういう純粋な感情を失くしたら人は機械のようになるしかなくなる。
働いていた頃の俺の姿を見ていたからこそ、そう言いたかったんだろう? 気遣ってくれてありがとう。嬉しいよ」
提督「ここの人たちは誰も彼もみんな、優しくて温かい心を持っているんだね。五月雨が俺をここに連れて来た理由が分かった気がするよ。良い所だ」
夕陽から背を向けて施設に戻ろうと歩き出す提督。その動きにつられるように五月雨も並んで歩く。
五月雨「そうですね、私もこの鎮守府が大好きです。あ……そういえば、鎮守府の紹介動画は見てもらえました?
うちの鎮守府の個性がギュッと詰まった、PVっていうのかな……。でもプロモーションってわけじゃないから違うか」
提督「おや? そんなのがあるんだね。知らなかった」
五月雨「あらら……作っただけで満足しちゃって見せるのを忘れてました。今度お見せしますね! 絶対面白いと思うので、期待しておいてください」
ふふんと鼻を鳴らして得意げな五月雨。
提督「へ〜、それは楽しみだな。どんな内容か気になるね」
・・・・
五月雨「お天道様がカンカン照りですね〜。雲一つない青空!」
麦わら帽子を被る五月雨に、普段通りアロハシャツ姿の提督。
数ヶ月前との違いは、一時は腰のあたりまで届くほど伸びていた彼の長髪が無くなっていたことだった。
顔を覆い隠すように伸びていた前髪も今では整えられてさっぱりとしている。
提督「本当だねー。しかし、鎮守府の近くにこんなプライベートビーチがあったなんて」
五月雨「出撃や遠征のない日はここで過ごすことも少なくないですね。来週から視察で鎮守府を離れちゃうじゃないですか。
やり残したことがないように、折角だから遊び抜いておこうかなって思いまして」
提督「なるほど、そいつは殊勝な心がけだ。存分に遊んでくるといい」
ビーチパラソルの下で陣取る提督に対して、不満げな五月雨。
五月雨「え? 提督も一緒に、でしょう?」
提督「いやほら俺はあれだ。保護者っていうかライフセーバーっていうか……五月雨が沖に流されないように見ていないと」
露骨に嫌そうな反応をする提督に疑問を覚えた五月雨だったが、提督が泳げないことを思い出してすぐに納得する。
提督の臆病にはお構いなしで無理矢理手を引いて歩く。
五月雨「私、艦娘ですよ? 沖に流されるって……いくら私がドジでも、自分ちの庭で迷子になる人はいないでしょう?
泳げなくても大丈夫です。近くに物置小屋があって、そこに浮き輪もありますし……提督の分の水着もばっちり用意してますから!」
提督「強引だなあ……何から何まで用意されてたってわけか。まあ、五月雨となら悪くないんだけどさ」
五月雨「お仕事以外で提督と遊べる機会って、中々ないですから。楽しみにしてたんですよ?」
897 :
【88/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 01:09:54.72 ID:EGTLO2bo0
提督「最後に水着を着たのももう10年以上前だなあ……。俺さ、実は泳げなくはないんだよね。得意ではないけど、完全なカナヅチではないんだ」
浮き輪に乗ってプカプカと波間を漂う提督と五月雨。
五月雨「え〜っ、そうだったんですね。泳いでる所を見たことがないから知らなかったです」
提督「学生時代は自分の体にコンプレックスを持ってたんだよ。ほら、俺さ。試験官の培養液の中で生まれたような貧相な肉体をしてるじゃない。
当時は自分の体を人に見られるのが嫌だったんだよ。今もまあ……好きではないけど。さすがにこの歳になると羞恥心も鳴りを潜めるようになるもんだ」
彼の腕や脚はかなり細く、シルエットだけなら女性のそれと区別がつかないほどだった。
五月雨「だから中学時代に怪我してないのに包帯を巻いてたりしてたんですね! 納得しました」
提督「俺から言い出しておいてアレだけど、昔の話はやめようか。その、中々古傷がね……」 苦笑いする提督
陽炎「危なっ……ごめん避けれない! ぶつかるわ、そっちでかわして!!」
押し寄せる波とともに提督たちの方へ突っ込んできたのは、陽炎だった。
陽炎はビート板のようなものに腹這いになる形で乗っていて、板越しに提督と激突してしまう。
顔面を手の平で叩かれるような衝撃とともに浮き輪から転覆する提督。
陽炎「ビーチの近くに人が居るなんて思ってなくて……司令、ごめんね?」
提督「うげ……鼻血は出てないようで良かった。いいよいいよ、吃驚しただけだ。
しかし……何をしていたの? サーフィンとも違うみたいだけど」
五月雨「ボディボードですよ。専用のボードを使って、波の上を滑るように乗るんです」
陽炎「そそ。発祥はハワイ島で、サーフィンよりもカジュアルに楽しめるのが特徴ね。
ほら、重くてでかいサーフボードを持ち運ばなくていいじゃない。あっちにサーフィンをやってるのもいるけどね」
陽炎が指さす先には、波の上で跳ねる人影があった。髪の色や体型から、恐らく黒潮だろうと推測できる。
提督「黒潮にあんな一面があったなんて意外だな、様になってて結構カッコいいじゃないか。ところで、あれは……?」
絶叫とともにセイルボード(帆のついたボード。ボードの形状はサーフボードに近い)に乗った金髪の少女が上空に打ち上げられている。
陽炎「ウィンドサーフィン、もとい、凧揚げかな……」
舞風「ごめんってば〜!! 許してぬいぬい〜〜!」
・・・・
長袖の冬服の上にダウンコートを着込んだ五月雨と、毛皮の帽子(ロシア帽)を被った提督が、桟橋から船内の艦娘たちを先導する。
提督に続いて舞風・如月・夕張と列を成して船を降りていく。
提督「あの後ボディボードもサーフィンもやっちゃったせいで筋肉痛が今も治らないよ。楽しかったから後悔はしてないけどさ。
おや、出迎えてくれるなんてありがたい。初めまして、視察に来た神乃です。ラバウルの」
瑞鳳は神乃提督たちがここに来るのを待っていたようだった。神乃提督がお辞儀をすると、瑞鳳もお辞儀で返す。
瑞鳳「初めまして、瑞鳳です。柱島泊地へようこそ。今提督を呼んできますね」
乙川「その必要はないさ。あ、敬礼とか形式ばったのはいいからね。いらっしゃい、遠洋遥々よく来たね」
物陰からニュッと姿を現したのは和服姿の男で、彼がこの柱島泊地を取り仕切る乙川中将だった。
提督の毛皮帽子や冬服の上にモコモコのコートを着こんだ艦娘たちを物珍しそうにジロジロと眺めている。
乙川「で……みんな、アレかな。幌筵泊地とかから来たんだっけ?」
普段Tシャツと半ズボンで過ごせるラバウルでは、作戦のために用意された寒冷地仕様の防寒具はあれど、冬用の普段着の類はほぼ無いに等しかった。
このため、提督たちの衣装は本土やその周辺地域に住む人間からしてみれば過剰な恰好に見えるのだった。
提督「暑い地域から来たもんで、寒さに弱いんですよ」
乙川「なるほどなるほど。ま、ウチの鎮守府なんか見てもあんま意味ない感は強いと思うんだけどね」
瑞鳳「もう、そういうこと言わないの。折角の後輩なんだから、ちゃんと面倒見てあげないと」
・・・・
瑞鳳の家で乙川中将と瑞鳳が話している。瑞鳳はエプロン姿で台所に立っている。
瑞鳳「もうすっかりこの家で過ごすの当たり前になっちゃったわね」
乙川「そりゃあ……料理が出来て器量もよくて世界一可愛いお嫁さんがいる家なんだから、当たり前でしょ。……なんてノロけてみたり」
瑞鳳「もう、調子いいんだから。一応、来る前に掃除しておいたけど大丈夫かしら」
神乃提督一行は、柱島にいる期間中は乙川の家を借りることになっていた。
乙川「修学旅行生みたいで微笑ましかったね。鎮守府を案内してる間も、妙にソワソワしたりして楽しそうだったよ。
なんでもないようなことに驚いたりしてさ。自分が着任したての頃を思い出しちゃったよ。まあ僕はもっと不真面目だったけど」
瑞鳳「最初の頃はほんとに世話焼いたわよね……。あ、お皿用意してもらえる?」
898 :
【89/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 01:47:44.51 ID:EGTLO2bo0
席に着いて向かい合い、「いただきます」と両手を合わせる二人。
瑞鳳「今日はちょっと挑戦しちゃいました! フラメンカ・エッグ・ドリアです!」
乙川「? フラメンカ……?」
瑞鳳「パプリカや玉ねぎ、ベーコンを炒めてからトマトソースで味付けして半熟卵を乗せた料理みたいね。
今回はドリアにしたからお米も入ってるけど。“フラメンカ”って名前から察しがつくように、スペインの郷土料理らしいわ」
乙川「ナスとか入れても合いそうな感じだね。美味しいよ」
瑞鳳「それで、今までさ……色んなことあったよね。もう三年近くになるのかな」
乙川「うん。僕の記憶が正しければ一昨年の春にはここに着任して、去年のバレンタインデーで一旦舞鶴に飛ばされて……。
それからはずっと一緒じゃないかな。来年の春に三年目ってとこか。逆に言うと、時間に直すとそのぐらいなんだね」
瑞鳳「そうね。なんだか何十年もずっと昔から一緒に過ごして来たんだって錯覚しちゃうわ」
乙川「何十……まではいかないかな、さすがに。とはいえ、おかげさまで濃い一日を過ごさせてもらってるよ。
すっかりこの仕事も板についたもんだ」
徳利に入った熱燗をお猪口に注ぎ、口に運んでほっと一息つく乙川。
瑞鳳「あら、手酌は出世しないって知ってるかしら?」
乙川「じゃあ瑞鳳に僕の分まで働いてもらおうかな。目指せヒモ暮らし」
そう言って瑞鳳にも熱燗の入ったお猪口を渡す乙川。
瑞鳳「ばかなこと言わないでよ、もう。私を酔わせてどうする気?」 口ではそう言いながらもぐいっと飲み干してしまう
乙川「ご想像にお任せするよ。……それはそれとして、さ。瑞鳳はやっぱり、僕に偉くなって欲しい? 必要なのはお金かな? 地位? 安定?
瑞鳳が望むのなら、多少は頑張ってみようかなー……とも思わなくはないんだけど。三年もやってると自信もついてくるっていうか」
瑞鳳「ううん。……本当はね。提督にいつもちゃんとしなさいとか、立派になって欲しいとか言ってるけどね。
それも本心なんだけど……その一方で、提督がどこか遠い所へ行ってしまうんじゃないかって怖いの。そのぐらい、今の提督は優秀だから」
瑞鳳「今はこんな風に幸せに過ごせているけど、提督が……私とお話できる時間が段々なくなっていったりしたらどうしようって思うの。
他にもほら、提督って顔が良いから他の可愛い子に言い寄られたらちゃんと断ってくれるかな……とか」
突然椅子から立ち上がって瑞鳳の唇を塞ぐ乙川。
乙川「……ふう、ごちそうさま。洗い物は後で僕がやっておくからさ、星でも見に行かないかい。ううん、行こう。
……こんなにキザったらしい一面を見せるのは瑞鳳にだけ、ってことを嫌というほど教えてあげるからさ」
乙川「自分でも歯の浮くような甘ったるい台詞でも、瑞鳳相手になら言えるからさ。照れくさいけどね」
乙川の手を取って立ち上がる瑞鳳。
・・・・
柱島の船着き場。桟橋の前で乙川中将ら柱島の面々に別れを告げる神乃提督一行。
提督「お世話になりました。ゆるい雰囲気の中でも不思議な一体感のある、良い組織ですね。
上司と部下の関係を越えた、家族のような繋がりを感じさせるというか。
鎮守府の内に留まらず、本島の住民とまで親交があるなんて驚きました」
乙川「無駄足だったと言われなくて良かったよ。で、次はどこの鎮守府に行くんだい?」
提督「呉に行って、舞鶴、横須賀……の順で巡りますね。何か意図があるわけじゃなく、たまたま予定が取れた鎮守府がそこだったってだけなんですけど」
乙川「なるほど。大きい鎮守府だと結構客人が来てももてなす余裕がありそうだもんね。ウチは単に暇なだけだけども。
舞鶴に行く用事があるなら、秋月と涼金くんによろしく言っておいてくれないかな。あ、秋月っていう艦娘と、涼金凛斗っていう学生なんだけど。
ああそうだ、横須賀の春雨っていう艦娘にも挨拶しておいてくれたら嬉しいかな。柱島は相変わらずだって」
そう言って酒瓶や菓子類といった土産物をあれやこれや渡す乙川中将。
渡された荷物を両腕で抱えながら船に戻って行く神乃提督。
五月雨「お持ちしましょうか? 重くないですか」
提督「いや……気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ」
夕張「まあ、前科があるもんね……昨日だって突然提督を海に巴投げしてたじゃない」
五月雨「違いますよぉ……。砂浜に男女の幽霊がいてですね……急に隣から提督に話しかけられてビックリしちゃっただけなんです」
如月「きっと情死した男女の霊なのね。島を隔てた身分違いの恋、結ばれざる浮世への未練。ああ、運命とはなんて残酷なのでしょう」
提督「いや、確かに人の少ない島ではあるけど、幽霊と決めつけるのは早計なんじゃないかな……」
船に入っていくラバウルの艦娘たちを、苦笑を浮かべながら見送る乙川中将。瑞鳳も少し頬を赤く染めている。
瑞鶴「? どうしたの」 不思議そうな様子で乙川を見つめる
乙川「いやその……心当たりのある話をしているなと思って(お外でイチャつくのも考え物だねぇ……)」
899 :
【90/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 02:15:13.62 ID:EGTLO2bo0
呉鎮守府総司令室。神乃提督らが訪れる頃にはもう夜の帳が下りていた。
芯玄「……と、ここの説明はこんなもんだな。あとは演習とかで直接見てもらった方が分かりやすいかもしれん。技術の説明とかも長くなるから後日だな。
で……本来こんな話は直々にするもんじゃないんだ、オレも一応暇ではないしな。が、ラバウルの面々とその提督ってなると話は別だ」
五月雨「お久しぶりです。芯玄元帥!」
提督(推測するに、俺が着任する前のラバウル基地の提督だったのか?)
芯玄「元気そうで何よりだ。まああの頃はちっとまだ未熟だったが、オレもようやく丸くなったかな。
根っこの部分は変わっちゃいないが……前よりはぶっきらぼうじゃなくなっただろ? これでも大人になったつもりだぜ」
如月「そうね。でも、昔のギラついたような目で何かに飢えていた芯玄司令官も嫌いじゃなかったわよ」
夕張「にしても、呉の兵装データがタダで貰えるなんて願ってもないことだわ。あんなことやこんなことに、うふふふ……」
朝潮「なんというか……皆さん相変わらずですね。元気そうで何よりです」
・・・・
夜も遅いため他の艦娘は各々用意された部屋に向かったが、神乃提督だけは執務室に残っていた。
芯玄「残ってもらって悪ぃが。スケジュール的に直接話が出来そうなのも今日ぐらいしかないもんでな」
提督(元帥というだけあって多忙なんだろう)
芯玄「本題なんだが……お前は、本当にこの世界で生まれ育った人間なのか?」
提督「! ……それは、その。どういう意味でしょうか(なんと答えたらいいものか……)」
芯玄「ああいや、突拍子もないことを言って悪いな、お前のことを勘繰ったりしてるわけじゃねえ。
あいつらの懐きようを見てれば信用に足る奴だってのは解ってんだ。あいつらは皆お人よしで抜けてるところもあるが、人のことはしっかりと見てるからな」
芯玄「オレと朝潮はパラレルワールドで生まれたんだ。こことよく似た別の世界でな。だから……実を言うと“この世界の”五月雨や如月とはほとんど面識がない。
オレらがこの世界に居たという物的な証拠はないのに、他人の記憶や認識上ではオレ達が居ることがさも当たり前のようになっているんだ。都合良く、な」
芯玄「で、全く見覚えのない名前だったもんだから、つい気になってお前のことを調べてみたんだが……どうにもオレらと似たパターンらしいんでな。
出自不明、経歴も謎、どこかの軍学校を卒業してつい最近着任してきたってことらしいが、どこの卒業生名簿にもデータなしときた」
提督「お察しの通り、俺もここの人間ではありません。……ただ『別の世界から来た』というのも違うかもしれないと思っていて。
あの……これは話半分で聞いてもらって構いません。専門の知識もない半可通が考えた仮説ですから」
靴紐を解いて見せびらかす神乃提督。
提督「この紐の繊維が一つ一つがそれぞれの三次元空間。全てに時間が存在していて、過去から未来へ一方向に進んでいく。
この紐の繊維どれか一つに俺が生まれ育った場所があり、他方我々がいるこの場所も存在していると考えていただきたいのですが……」
提督「こうした紐繊維が束ねられて一本の紐が形成されています。これが世界の一単位。
ところで、もう一本の紐を用意しました。こちらを貴方がたが本来いた世界としましょう。
こちらとさっきの紐とで、一本一本の繊維の性質も、その束である紐としての性質も同じと言って差し支えないでしょう」
提督「紐であることは同じでも、限りなく似ているだけで同一の存在ではありませんね。さて。この紐の先端をつまみ上げて、水で濡らしてしまいます。
すると紐の下部までじょじょに水が浸透していくのですが……この説明は今は省きます。で、実際には靴の紐というのはこのようになっているのであって……」
革靴に乾いた紐と濡れた紐の二本を通す神乃提督。微妙にもたついている。
提督「えーっと、段取りが悪くてすみません。……このように、結び目で紐と紐とが接触しているでしょう。
すると、濡れた紐から乾いた紐の方にも水分が伝わっていき、湿ります。この、紐から紐へと移った水分子が貴方がただったのではないか?
……などという妄想です。根拠はありませんが」
提督「で、俺がここに来たのは、ある紐繊維から別の紐繊維への移動だったのかなと。その原理とかも謎ですけどね。
これならとりあえず辻褄は合うのかなと。紐というのは物の例えで、実際は前後左右上下に広がるセル郡とセル郡、って考えてますけども」
芯玄「ほう? 面白い解釈だな。真実がどうかはさておき、お前さんのいきさつはなんとなく理解できた。
どうにも別経由ってことらしいな。んじゃ、オレらの話も少ししようかな。オレと朝潮がこの世界にやってくるまでの話。……」
・・・・
提督「こんなところに居たんだ。もうすぐ昼餉だから探していたんだよ」
五月雨「ああ、ごめんなさい。なんだか不思議な景色で……ずっと眺めていたんです」
五月雨の視線の先には、枯れた向日葵が辺り一面に広がっていた。
呉鎮守府内のはずれにあるこの場所は、何にも使われていない土地を花畑として再利用したものだった。
見栄えのしない殺風景な眺めだったが、提督はその光景にどこか懐かしさを覚えていた。
提督「夏は燦燦と降り注ぐ太陽の日差しを浴びて咲き乱れていたのだろうが、今じゃ見る影もないね。
焼け焦げたように黒ずんで、俯いたままもう空を見上げることはない。……季節が過ぎれば詮無きことで」
五月雨「子供の頃のことを思い出していたんですか? まだユーゼンちゃんも居た頃の」
提督「うん。通学路の途中にあった向日葵畑がふと頭を過ぎったんだ。背の高い向日葵の花畑は、学校をサボった俺が隠れるのに最適でさ。
携帯ゲーム機を持って行って電池が切れるまで遊んでさ、その後は川や森に探検に出かけたり。……褒められたものじゃないけれど」
提督「楽しかったんだ、すごく。……それだけ」
900 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2018/01/07(日) 02:15:59.51 ID:EGTLO2bo0
一旦ねます・・・
901 :
【91/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 14:54:56.82 ID:EGTLO2bo0
五月雨「いつか……元の場所に戻らないといけなかったとしても」
提督「?」
胸に両手を当てて上目遣いで提督を見つめる五月雨。
五月雨「ここに居る間は、いっぱい楽しい思い出を残しましょうね」
済んだ冬晴れの青空と太陽の温もりを背に、無邪気にほほ笑む五月雨の姿が妙に印象に残ってしまって、言葉に詰まる提督。
そうだね、とだけ素っ気なく返して、五月雨を連れて施設に戻ろうとする。
提督(ここにずっと居るのも悪くないのかも、なんて……。それでもいいと思えてしまうなんて、どうかしてるな)
五月雨「本当は、ずっと一緒にここに居てくれたら良いんですけどね。……なんて♪ これは私のわがままです」
・・・・
朝潮「あら? 五月雨、どうしましたか。元帥に用件があるなら、お伝えしておきますが」
呉鎮守府にやって来て数日が経ったある日の夕方、五月雨は一人で総司令室を訪れた。
部屋では朝潮が椅子に座って書類の整理をしていた。
五月雨「いいえ。お夕飯までにちょっと暇な時間が出来ちゃったから、お話ししようと思って。邪魔でしたか?」
朝潮「そう。私も今日の仕事は済んでいるから、いいわ。紅茶でいいかしら?」
頷く五月雨。朝潮は給湯室へ向かうと、すぐに戻ってきてお盆を客人用テーブルの上に置く。
カステラの乗った皿と紅茶の入ったティーカップが二人分用意されていた。
五月雨「どうもこっちに来てからは暖かい飲み物が恋しくなりますね〜」
カップに口づけし、しみじみと安堵する五月雨。
朝潮「ラバウルから来たんじゃ無理もないわ。まだ冬の初めのはずなんだけど、寒い日が続くわね」
五月雨「実は朝潮には前から聞きそびれてたことがあったんですよね。芯玄元帥とどうやって親密になったのか、気になってまして。
提督と秘書艦って関係だし接点の多さで考えれば不思議というほどではないんですけど……。何の前触れもなく電撃結婚だったんで、すごいなあって」
朝潮「結婚したらすぐラバウルを離れちゃったから、確かにあまり話す機会は無かったわね。なんて説明したらいいのかしら……」
五月雨「元帥とのご結婚が決まった時、『突如現れたブルーホールに、異世界への入口が!』……みたいな話をしてませんでしたっけ。
ひょっとしてそれが関係しているのでしょうか。あの時は噂話だと思ってたんですけど、今になってみると本当にそういうのもあるかもって思えてきたんです」
五月雨の問いかけに少し驚いて、持ち上げかけたティーカップをソーサーに戻す朝潮。
朝潮「あれが夢だったのか、現実だったのか……今はもう本当のところは分かりませんが。そう。
あまり混乱させるようなこと言いたくはないんですが、私と司令官は別の世界を彷徨っていたんです」
五月雨「それは……なんだか素敵ですね。違う世界にトリップして、そこで二人だけの時間を過ごしたんですね」
朝潮「一言で説明するなら、運命? というものなんでしょうか……」
自分で言って恥ずかしくなったのか赤くなった顔を手で覆う朝潮。
覆い隠す左手の薬指には銀の指輪が煌めいていた。
五月雨「お似合いだと思いますよ。すごく。……運命、かあ」
五月雨は宙を見つめてぼんやりと呟いた。
五月雨「なんだか重たい言葉だなあ……って。私もロマンスとか好きで、運命や奇跡を信じたいって思うんです。
でもその一方で、幸せになれる人とそうはなれない人がいて……。そういうのが全部運命で決まっていたら嫌だなあとも思うんです」
窓から見える夕焼けの空を眺める朝潮。
朝潮「五月雨は……自分の幸せ、ひいては自分にとって大切な人たちの幸せのために、それ以外の人間を犠牲に出来ますか? 例えば、そうね。
自分や自分の周りの人たちだけは救われて幸せになるけれど、そうでない人たちは不幸になるとしたら……五月雨はそれでも幸せになりたいと思いますか?」
五月雨「……そういう幸せの在り方って、間違っていませんか。人から奪った幸せなんてきっと虚しいと思うもの。
少なくとも私は、誰かが悲しむ方法で自分の望みを叶えようとは思わないですね」
朝潮「五月雨ならそう言うと思いましたよ。そうでしょうね……。証明する術がないので信じてくれなくても構いませんが。
私、不老不死だったことがあるんです。以前の話で、今はもうその力を失ったんですけど。
自分と……あの人が永遠の命を持ち続ける代償として、他の全ては消え去ってしまう。そんな選択を迫られたことがありまして」
朝潮「私は……手放したくありませんでした。私にとっては、他の全てに勝って司令官が一番大切な存在ですから。
だけど。司令官は五月雨と同じ考えでした。その時に司令官が言ってくれた言葉が、私の胸の中にずっと残ってるんです」
『永遠に二人で時を過ごすことが出来れば、確かに幸せかもしれない。ここでこいつらの言う通りにすれば、オレはやがて老いさらばえて死ぬ。
だけど、それでもいいんだ。不幸も、いつか来る別れも、全部受け止めた上で、それでもオレは朝潮と一緒に居たい』
朝潮「人は幸せだけを追い求めてしまいがちだけれど、きっとそれだけじゃ心は満たされなくて。
不幸せにも意味があるのかなって……今はそう感じます。痛みを通じて糧になるなら、きっとそれも大事な経験だと思うんです」
朝潮「これが私なりの運命に対する解釈です。確かに重みのある言葉かもしれませんけど、恐れることはないんです。
それがプラスのものだったにせよ、マイナスだったにせよ、振り返って価値のあるものになるならそれでいいんだと思います」
902 :
【92/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 15:15:03.94 ID:EGTLO2bo0
大型ワゴン車に乗って舞鶴へと向かう神乃提督たち。「到着までに今から5時間弱かかる」と提督が告げると、みな観念したようにすぐ眠りに落ちてしまった。
提督「運転手を用意してもらうべきだったなぁ……。最後にハンドル握ってから何ヶ月ぶりになるだろう」
助手席の五月雨が、提督のこぼした独り言に反応する。
五月雨「代わってあげられたらいいんですけど、あいにく車の運転は苦手で……。こないだなんて海に突っ込んじゃったんですよ!
艦娘じゃなかったら危なかったなあ……。車はもうダメそうだったので、泣く泣く廃車しました。とほほ……」
提督「サラッととんでもないエピソードが飛び出してきたね……」
片手で缶コーヒー(微糖)をグイッと飲み干して、そのままハンドルに手を戻す提督。
提督「そういえば、五月雨は眠くないの? 他の皆は寝てるみたいだけど」
五月雨「到着するのが朝方だから、寝ておいた方がいいのは分かってるんですけど……なんだか眠れなくて。
そうだ、目を閉じて羊を数えてみましょうか。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、……羊が二十五匹、羊が二十六匹」
提督「ところで今、何時だっけ。確認してもらえるかな」
目を開けて車のナビに表示された時刻を確認する五月雨。
五月雨「えっと、ちょうど午前四時ですね。うぅーん……羊が四匹、羊が五匹……あれっ」
ふっふっふ、とほくそ笑む提督。
五月雨「もうっ、撹乱しないでくださいよ。……あの、提督?」
提督「なんだい?」
五月雨「提督にとっては、あんまり思い出したくないことだと思うんですけど……。働いてた時期は、今から振り返ってみてどう思いますか?」
提督「ンー、ヤな思い出ではあるね。憧れの会社だったんだけど、実際入ってみたらあんまり良い所ではなかったし。
でも、それも含めて自業自得だったかなって思うよ。あんまり内情知らないまま入社しちゃったのは俺の方だしね。
お金が稼げればなんでもいいやって投げやりな気持ちでエントリーしたらそのまま通っちゃって」
提督「まあ、働く環境が大事だってのは一つの大きな学びだね。俺には自分の人間性を切り売りする生き方は向いてないんだなあって思ったよ。
そういう意味では勉強になることも多かったし、全部が全部失敗だったってわけでもないかな。二度とやりたくはないけど」
五月雨「……本当に、ここにずっと残るつもりはありませんか?」
提督「ないね。第一に、俺に人の命は背負えない。戦争のことは歴史の授業で習ったよ。俺のひい爺ちゃんは戦争で死んだって話も聞かされた。
けど、それを踏まえても俺にとっちゃ実感がないんだ。だから背負えない。ここはゲームの中の世界で、俺にとっての現実じゃない」
提督「戦争の惨禍も、俺にとっては現実感のないファンタジーと一緒で、三国志のような遠い昔の出来事に感じるんだ。そんな奴は人の上に立つべきじゃない。
今は真似事のごっこ遊びをしているだけで……それがたまたま上手くいっているだけで、その重みに耐え切れなくなったらきっと逃げ出すさ」
小雨が降り始める。フロントガラス越しに届く街灯の明かりは水滴で滲んでふやけていく。
五月雨「ううん。……提督は、他人の痛みが分かる人です。人の辛さや苦しみが分かるからこそ、そうやって葛藤するんでしょう?
でも、それがきっと一番大切な資質だと思うんです。私は……いいえ、他の皆もそう。優秀な人の下に就きたいんじゃなくて、思い遣ってくれる人のために戦いたいんです」
五月雨「命を預けても後悔しない人が良いんです。私が沈んでしまっても、私の命は無駄じゃなかったって言ってくれる人と運命を共にしたいんです。
私との思い出を、大切にしてくれる人と一緒に居たいんです。……なんて言ったら、困りますか?」
提督はこの時、自分が人生の岐路に立たされていることを直感する。ハンドルを握る手に無意識のうちに力が入る。
提督(普段はまるで子供のようだが……やはり艦娘なんだな。兵器である以上、戦いの運命からは逃げられない。
だからこそ……自分の存在を肯定してくれる人間を求めるのか。使い捨ての道具としてではなく、生きた実存として認めてくれる人間を)
提督(だとしても……俺には荷が重過ぎる)
五月雨「なんだか急に暗い話になっちゃってごめんなさい。重い、ですよね……。私も普段は、もし自分が沈んだらなんて考えないようにしてるんですけど……。
運命とか、因果とか、よく分からないですけど……。そういう人には抗えない力があるとするなら、私は後悔しないように自分の気持ちを伝えたいって思うんです」
五月雨「天道さんがどういう道を選んでも、自分の意思で決めたのならそれが正しいんです。だから、私にはあまりとやかく言えないんですけど……。
でも、私は……天道さんには資格があるって感じるんです。私たちを導いていく、その資格が」
五月雨の耳に聞こえないように、提督はぼそりと呟いた。
提督「買いかぶりだよ」
・・・・
舞鶴鎮守府第四執務室。山城の肩に跨ってクリスマスツリーの飾りつけをしている窓位大将。
窓位「クッーリスマスがフフンフホニャラホホ〜♪」
山城「なんですかそのボヤけた歌詞は……」
窓位「いや、権利ある関係各所への配慮のためにね。……っていうわけじゃなくてうろ覚えなだけなんだけど」
山城「なに訳の分からないことを言ってるんですか」
扶桑「提督、山城。お客様がお見えになりました。いかがしましょう」 扉を開けて部屋に入る扶桑
903 :
【93/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 15:52:23.81 ID:EGTLO2bo0
山城「ねえさま〜!!」
扶桑の声を聞くやいなや目を輝かせて勢いよく反転する山城。
窓位「あっ! ちょっと、急に振り向くと……」
窓位大将の静止は山城の耳に入らず、山城の艤装がツリーの幹部分にぶつかる。ツリーはバランスを崩してそのまま二人めがけて倒れてしまう。
窓位「むぎゃっ!! いたたた……でも、この感じさえもはや懐かしいよ。都合してくれた蒔絵大将には感謝しないと」
扶桑「あら……なんてこと。今ツリーを退かしますから、少し辛抱していてくださいね。……って、ああっ!?」
扶桑がツリーを持ち上げようと力を入れると、ツリーの先端部分が蛍光灯に当たって割れてしまい、驚いてまたツリーを二人の上に落としてしまう。
窓位「ぐえー」
扶桑「ああっ、ごめんなさい! ええっと……暗くてよく見えないわね」
提督「なんかすごい音がしてたけど……失礼しまーす」
神乃提督がおそるおそる扉を開けると、そこには暗い部屋の中でツリーに押し潰されている二人と扶桑の姿があった。
提督「これは……謀反でも起きたんですかね」
・・・・
窓位「あたた……すまないね。いきなりこんな情けない姿を見せてしまうとは。ボクは窓位。さっき倒れてたのが山城で、こっちが扶桑。よろしくね」
提督「神乃です。お世話になります(子供の提督? そういうのもあるのか)」
背伸びしてツリーの天辺に腕を伸ばす扶桑。手には星型の飾りが握られている。
扶桑「ううん……もうちょっとで届きそうなんだけど」
山城「姉さま! 頑張って。あと少しです!」
窓位「……挨拶したばかりで済まないんだけど、ちょっと作戦会議に出なきゃいけなくてね。悪いんだけど、部屋で過ごしていてもらえると助かるな。
えっと……今非番なのは吹雪がいるか。あっ、ちょうど良い所に。おーい。お客さんに部屋の案内を頼みたいんだけど、いいかな」
開いたままの扉から偶然吹雪が通りかかるのを見かけた窓位大将は、彼女に声をかけて呼び止めた。
吹雪「はい。お任せください……って、舞風?」
舞風「んにゃ。おおっ! ブッキー、久しぶりじゃーん」
提督「知り合い? 随分仲良さそうだけど」
舞風「ノンノン! そんなドライな関係じゃなくて、マブのダチですよ。えーっと、十四年? 十五? そのぐらい前に私もここ舞鶴鎮守府に所属してまして。
なんでかあの頃のことを思い出そうとすると、何かを忘れてるような感じがするんだけどね〜……。物忘れなんて滅多にしないはずなんだけどなあ」
提督「大丈夫だよ。俺も小学校の頃の担任の名前とか覚えてないしね」
五月雨(それはロクに通ってなかったから覚えてないだけなのでは……)
吹雪「こんな形で会うなんて、奇遇ですね! 元気にしてましたか? って、あ……そうだ。部屋の案内を頼まれていたんでした。えっと、場所は一階なんですけど……」
吹雪は神乃提督たちを連れて執務室を出ていった。
窓位「さて! ボクたちもそろそろ行こうか? ……って、一体全体どうしたの?」
ツリーにモールで括りつけられている山城。直立のまま両手を広げていて磔にされているようだった。
山城「うう……どうして……? 私はただツリーを飾りつけしようとしただけなのに……」
窓位「今解くから、ちょっと待って。あ、いや、動かないで。そう、そう、落ち着いて……腕をゆっくり! ゆっくり降ろして……。
艤装があるからね、注意して。そう、いいよ。それでいい……」
獰猛な獣を宥めるように、ジェスチャー混じりに少しずつ山城を誘導する窓位大将。
窓位「ほらっ! よく出来ました。行こっ」
山城「手なんて握らなくても、自分で歩けますから。……もう」
口ではそう言いながらも、差し出された手を拒まずに優しく握る山城。
山城の頬がうっすらと赤く染まっている様子を見て、扶桑は静かに微笑んでいた。
・・・・
吹雪からの案内を受けてそれぞれの部屋に荷物を置いた後、客間で寛ぎながら談笑する一同。
五月雨「クリスマスかあ……。ラバウルに帰ったら、私たちもツリーを飾ってみましょうか」
如月「いいわね〜。ケーキをお腹いっぱい食べて、キャンドルを灯して、まだ見ぬ素敵なダーリンと夜が明けるまでお話して、手を繋いで一緒に眠るの……」
夕張「いやいや、皆で過ごす話だからこれ。妄想し過ぎだから」
904 :
【94/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 16:21:23.85 ID:EGTLO2bo0
五月雨「そういえば、さっき扶桑さんと山城さんが取りつけてた、ツリーのてっぺんにあるお星さまってなんて名前なんでしょうね」
提督「一般的に星のあれとして知られてるやつは、特にこれといった名前はないんだけど……強いて言うなら星型の飾りかな。
ただ、元ネタはあってね。“ベツレヘムの星”って言うんだけど。クリスマスがキリストの誕生を祝う日、っていうのは知ってるよね?」
問いかけに対し意外と反応が悪いことに困惑する提督を、夕張がフォローする。
夕張「私は知ってるけど……(漫画から得た知識)、他の子は知らないかもね」
提督「うーん、そうだな。お釈迦様みたいな? ……とか、本当は簡単な言葉で説明すべきでもないんだけどな、ん〜。
いやでも、クリスマスって本来キリスト教の祭りだからなあ。原義を知らずに祝うのも間違っているのではないだろうか。
そうなると……一から教えることになってしまうが、俺も信仰しているわけではないからなあ。どうしたもんか」
夕張「まあ、アレよね。すっごく昔に生まれた偉い人、みたいな」
提督「ものすご〜くざっくり説明するとそうなるね。偉いっていうより……まあここでは省くけど、興味があったら今度教えるよ。
クリスマスってのは本来、そのキリストさんが生まれたことをお祝いする日なんだよ。で、ツリーの星についての話に戻るんだけど」
提督「キリストさんが誕生した直後、西の空に誰も見たことないようなお星様が輝いていたんだってさ。
それを見た“東方の三賢者”なんていう大層な肩書きの三人組は、お星様に導かれてキリストさんの所まで辿り着き、生まれたことを祝福したんだって。
で、その生まれ故郷の名前がベツレヘム。ツリーの頂上に飾る星はこれに因んだものなんだよ」
紙芝居を読み聞かせるような調子で説明する提督。
夕張「へぇ〜……。提督、あなた妙なところで博識なのね」
提督「ふっふ。趣味さ」
・・・・
その日の打ち合わせが全て終わってしまい、暇を潰すべく散歩していた提督。
朝は比較的太陽が照っていたが、昼を過ぎる頃には曇り空に変わっていて、乾いた風が吹いている。
提督は両手をコートのポケットに突っ込んだまま歩き、五月雨はそれを見て行儀が悪いと思いながらも指摘はせずに並んで歩く。
提督「なんだ……ここは」
五月雨「一見すると公園、のようですが……」
仮にも軍の私有地にも関わらずブランコやシーソー、雲梯や砂場のある公園を二人は発見する。
提督「なるほど。敷地が広いとこういう使い方もありなんだな。ちょっと遊んでいこうか」
五月雨「いいですね。私、公園で遊ぶのって初めてなんです! どれから遊ぼうかな〜……あ、この遊具ってなんですか?」
提督「これは回転式のジャングルジムだね。登ったりぶら下がったりして遊ぶんだ。ほら、掴んで登ってごらん」
スイスイと金属のパイプを掴んでよじ登り、すぐに頂上まで辿り着く五月雨。
五月雨「おぉ〜……言われてみれば、そこはかとなくジャングルな感じがします」
提督「で、こんな風に回して遊ぶ」
五月雨「へっ? ……きゃ〜!」
五月雨が悲鳴のような声を上げているが、これはどちらかと言えば歓喜の興奮によるものだった。
ジャングルジムはグルングルンと勢いよく回転し、動きが止まれば「もう一回! もう一回!」と五月雨が提督にせがむ。
提督「もういいかな……回すの疲れちゃった」
五月雨「え〜! そんなぁ……。じゃあ、今度は私が提督のことを回してあげますね♪」
提督「(経験上なんとなく嫌な予感がするな……)う〜ん、遠慮しておこうかな」 音を立てず後ずさりする
五月雨「まあまあそう言わず。ほら、入って入って。行きますよ〜……」
半ば強引に提督をジャングルジムに押し込めると、五月雨は金属パイプが千切れんばかりの怪力で高速回転を起こす。
提督「うおおおおっ!? 予想してたけどぉぉぉおおお!!」
回転が止まった後、提督は床を這うようにしてジャングルジムから脱出し、そのまま土の上で仰向けに倒れてしまう。
五月雨「楽しかったですか? 思いっきり回してみたんですけど」
提督「死……死……しぬ……」
陸の上に打ち上げられた小魚のように小さく震えている提督。どうにも失神一歩手前だったらしい。
・・・・
五月雨「さっきは本っ当にごめんなさい! 初めての体験ではしゃいじゃって……」
提督「いや、いいよ。楽しんでもらえたなら何よりだ」
二人はベンチに座っていた。遊具で遊んでいた時は体が温まっていたから平気だったものの、この日は風が強く冷え込む日だった。
急に寒さを感じた二人は身を寄せ合ってなるべく熱が逃げないようにしている。
905 :
【95/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 16:52:59.17 ID:EGTLO2bo0
提督「そろそろ帰ろうか。寒いしね」
ふと五月雨が空を見上げると、白く柔らかな雪が降り始める。
五月雨「あ……雪、ですね。もうちょっとだけこうしていて良いですか?」
提督「いいよ。雪を生で見たのも初めてなんだろう」
五月雨「はい。あの……寒いでしょう? これ、一緒に巻いたらあったかいですよ」
自分が巻いているベージュのマフラーを、二人で巻けるように提督の首に回す。
提督「なんだか照れくさいなあ。でも、ありがとう。温かいよ」
風の勢いが少し弱まって、はらはらと落ちていく粉雪。二人の白い吐息がふわふわと空を漂う。
五月雨「なんとなく皆には内緒にしておこうと思ったんですけど……。前に提督が言ってた、ベツレヘムの星を……見たことがあるかもしれないんです」
ぽつりと前触れもなく五月雨がこぼす。知的好奇心をそそられたのか、興味ありげな様子の提督。
提督「へぇ〜! 諸説あるみたいで、星の正体が何かは今でも分かってないそうだけど……どんな星を見たの?」
五月雨「その日はたまたま一人で過ごしていたんですけど……夜なのに虹が出ていて、とっても素敵な景色だったんです。
こんな偶然滅多にないからってずっと眺めていたら、西の空に昇ったお月様の傍を、かするようにして流れ星が通り過ぎるのを見たんです」
五月雨「私、お願い事をすることすら忘れちゃって、見惚れていたんです」
珍しくおずおずとした喋り口調の五月雨に違和感を覚えながらも質問する提督。
提督「その流れ星は、白い尾を引いていたものではなかったのかい? それか、火の玉のように明るいものだった? 他に特徴はあるかな」
五月雨「彗星ではなかったです。火の玉ってほどじゃなかったですけど……月の次ぐらいに明るかったですね。形も不思議で。バッテンと十字を重ねたみたいな……」
提督「おお……それ、ひょっとすると本物かもしれないね。ベツレヘムの星っていうのは八芒星なんだ。
普通は星がそんな見え方をすることはないはずなんだけどね。それに、そんなに明るい流れ星があったらニュースにもなってそうだけど……」
五月雨「夜に虹を見たなんて話も、米印の流れ星を見たっていう話も、誰からも聞いたことないんですよね。現地のニュースにもなっていなかったと思います。
……この星を見た後に、私は提督のことを夢で見るようになったんです。だから、私はこれを予兆だったんだなって思って」
提督「予兆?」
五月雨の方を見つめて不思議そうに尋ねる提督。五月雨は提督の方に振り向くことはなく、ただ雪の降る空をじっと見ていた。
五月雨「夢の中で提督をずっと見ていて……ダメな所とかカッコ悪い所もあるけれど、それを踏まえても尊敬できる人だなって感じたんです。
宗教の話とかはよく分かんないですけど……。前も言ったみたいに、提督みたいな人にだったら……自分の運命を委ねてもいいと思えたんです」
空を切るような歯擦音混じりの溜息を吐き、湿っていく地面を見下ろす提督。吐いた息は雪に紛れるようにすぐに消えてしまった。
提督「自分の運命なんて大事なものを他人に委ねるもんじゃないさ。……それじゃあまるで、俺は悪魔みたいな存在じゃないか。
いいかい。俺は俺で、君は君だ。俺は……例えそれが人間社会の正しいあり方だったとしても、人から何かを奪う人間にはなりたくないんだ」
寒さのせいなのか本心の言葉だったからなのか、声が震える理由は提督自身にも分からなかった。
ただ、意図せず五月雨のことを突き放すような言葉が口から零れたことに、心臓が冷たくなるような感覚がした。
五月雨「ううん、提督は悪魔なんかじゃないですよ。だって……」
凍りついたように冷たくなった提督の手を取って、包み込むように自分の両手で温める五月雨。
五月雨「提督といると……胸の内が熱くなって、こんなに体がぽかぽかするんですもの」
赤ら顔で微笑みを向ける五月雨を見つめ返そうとした提督だが、数秒と持たず俯いてしまう。
表情を五月雨の側からは伺うことは出来なかったが、頬が薄い紅色に変わっていくのが分かった。
五月雨「おかしいですよね。最初は憧れや興味だけで会ってみたいって気持ちだけだったのに……。
いざこうして一緒に時間を過ごしていたら、それ以外の気持ちで心がいっぱいになっちゃったんです」
提督「五月雨、俺は……。……ずっとここには残れないよ」
五月雨「ええ。無理矢理連れ出した私に『行かないで』なんて言えませんから。提督がどういう選択を取ってもいいんです。
その時が来たら、お別れでも……。残念ですけど、仕方ないって納得できます。ただ、私はそれでも伝えたかったんです」
それは、五月雨自身この時になるまで自覚していなかった感情だった。
心臓の鼓動が高まって、息が詰まりそうになる。
寒さなんて気にならなくなるほどに、身体中から熱を感じる。
五月雨「提督のことが……大好きです、って」
不思議と熱は収まらず、それどころか更に高まっていくような錯覚を覚える。
ただ、緊張から解放されたのか胸の鼓動は少しだけ落ち着いていく。
安らぎと高揚が入り混じった不思議な心境だったが、それすらも五月雨には心地よいものに感じられた。
五月雨「えへへ……ついに、言っちゃいました。伝えられてよかったです。部屋に帰りましょうか。もし良かったら……手を繋いで」
ベンチから立ち上がった五月雨は、提督に向かって手を差し伸べる。
提督はその手を取り並んで歩き出した。
906 :
【96/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 17:20:40.36 ID:EGTLO2bo0
舞鶴鎮守府を発つ日が間近に迫ったある日、提督は荷支度をしていたが、ある問題に直面していた。
提督「荷物が多すぎるんだよねこれ……。設計図とか資料とかだけ予め鎮守府に送っちゃいたいんだよなあ。
俺が居ない間に執務をやってもらってる大淀の助けにもなるだろうし……」
五月雨「そうですね……。役に立ちそうなものをなんでもかんでも貰って回ってたら収集つかなくなっちゃいましたね」
二人が顔を見合わせてどうしようかと考え込んでいると、バタンと扉が開く音とともに、とてとてと裸足の艦娘たちが乱入してくる。
伊401「段ボールだらけですね〜……これは確かに窓位提督の言っていた通りかも」
伊168「これからラバウル方面に出撃するの。ついでだから運んでいっちゃおうと思って。
あ、私たちは潜水艦なんだけど……荷物まではびしょ濡れにならないから安心してね」
伊14「よぉーし。じゃんじゃん持って行っちゃお? あ、他に持っていって欲しい資料とかあったら今のうちに用意しちゃいなよ?
資料室には結構参考になる本とかあると思うし、見てきたら? それも一緒に持ってってあげるから」
ドタドタと部屋を歩き回る潜水艦たちに追い出される形で提督は資料室を訪れた。
提督(資料といっても辞典や図鑑よりも分厚いからね。持って行ってくれるのは助かるんだけど……なんていうかその。
スク水を着た少女が部屋を歩き回ってるってのはなかなか異様な光景になるんだなあ)
部屋のどこからか話し声がするようだ。
??「私が思うに……“後ろの正面”とは、自分自身を指しているのだろう。ここも解釈が複数取れる箇所ではあるが……。
自身の肉体から離脱した魂は、己という存在と真に同一なのか……と。まあこれも今となっては真実を知る術はないんだろうが」
若い少年の声だった。ただ、窓位提督のものとも声質が微妙に違っていた。
??「我々が世界と思い込んでいるものは、人間の認識によって成り立っている。だが、実際は異なる。
人間の認識の上では、不可視非実体だったとしても……完全な無であるとは言い切れない」
??「月は人を狂わせる……その俗説を信じるならば。
己の存在を自分自身で認識できなくなり、消滅するという災厄を告げているのかもしれないな。
あの歌と例の一件との相関は、こんなところだと思っている」
??「色は空、空は色……畢竟個々人の認識次第で世界は形を変えるのだろう。……おや、初めまして」
神乃提督の気配に気づくと、少年はパタンと本を閉じて立ち上がり、恭しく敬礼する。
見た目は十歳以下といったところだが、白煙のような髪の色と落ち着き払った態度はとても子供のものとは思えなかった。
彼の隣の席には秋月という艦娘が座っていた。
涼金「私の名は涼金凛斗。窓位提督と違って見た目通りの年齢だ。少しわけありで鎮守府内をうろついているが、あまり気にせんでくれ」
提督(気にしないでくれって言われても、厨二センサーにビンビン引っかかる話題だったからすごい気になるんだよな〜……)
涼金という名前を聞いて、思い出したように口を開く提督。
提督「涼金……そうだ。柱島泊地の乙川中将って方から言伝をもらっていて。
『便りのないのはよい便りと言うけれど、たまには遊びに帰っておいで』だそうで。あ、俺の名前は神乃っていうんだけど」
秋月「乙川中将が? わざわざ伝えてくれてありがとうございます。
凛斗さん。冬休みはいつぐらいから始まるんでしたっけ。年末年始は柱島に帰って過ごしませんか?」
涼金「うろ覚えだが、遅くとも二十三だか四だかには。そうだな。半年ほど過ごして感じたが、あそこはとても居心地がいい」
秋月「秋月にとって、あそこは故郷のようなものですから。ここも過ごしやすくはあるんですけどね」
涼金「にしても……便宜上それが必要なのは理解しているが、この歳で小学校に通うというのはどうにも不服だな。
……っと、話し込んでしまって済まない。他に何か用件か?」
提督「さっき話してたことが気にな……」
舞風「おーい、て〜とくぅ! 明日の出発について聞きたいんだけど〜……って、おろ」
部屋に入ってきた舞風の声で提督の発言は掻き消されてしまう。
舞風「お? 秋月発見! これまた懐かしい顔に会ったねえ〜……どう? 元気してた?」
秋月「はい! お久しぶりですね。また会えて嬉しいです」
少年と目が合って不思議そうな顔をする舞風。
涼金(まさか吹雪だけでなく舞風にも会えるとはな……。秋月のことは覚えていても私のことは忘れたようだが、元気そうで良かったな)
舞風「んにゃ。そこの少年……さてはどっかで会ったことある? なわけないか。けど、その見た目で白髪なんてどうしたの?
意外と苦労人さんなのかな〜? どれ、お姉さんがナデナデしてしんぜよう」
強引に少年の頭を撫でる舞風。
涼金「う〜……鬱陶しい、やめないか。秋月もニコニコ笑っていないで止めたらどうだ」
提督(うーん、さっきの話が気になるんだけどなあ……)
結局、神乃提督は涼金少年から話を聞き出すことが出来ないまま横須賀へ向かうこととなった。
907 :
【97/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 17:48:59.49 ID:EGTLO2bo0
神乃提督たちが横須賀に着いた日は、大気が激しく冷え込んだ大雪の日だった。
外に出ることはおろか廊下を出歩くことさえ憚られるほど寒い気温の中、一行は第二執務室に案内された。
蒔絵「ようこそ。こんなに寒い日に働くなんて馬鹿げていますからね。今日の仕事はお休みです。
代わりと言ってはなんですが……一杯どうでしょう? お代は貰いませんからご安心を。趣味の一環です」
提督、五月雨、夕張、舞風、如月の順でバーカウンター前の椅子に横並びで座っている。
暖炉からパチパチと薪の燃える音がする。壁面には絵画がいくつか飾られていた。
どれも写実的ながらどこか幻想的な雰囲気を醸し出している風景画で、神乃提督たちの目を惹いた。
提督「人数が人数なんで、お任せで。飲めない人は居ないからその点は大丈夫です」
蒔絵「畏まりました。随分遠くから来たそうですね。ラバウルから来て、柱島・呉・舞鶴……で、ここと。長旅で疲れたでしょう」
舞風「正直ここが最後でほっとしたよね……。これ以上はもう回れそうもないかも……」
蒔絵「もしよかったら、温泉で旅の疲れを取ると良いでしょう。岩盤をぶち抜いて無理矢理作った大浴場がありましてね」
夕張「随分物騒なやり方なのね……。壁に掛かっている絵は誰が描いたものなのかしら? どれもすごく綺麗だけど」
五月雨「私はあの絵が好きですね。夕焼け空に桜の花が舞っているあの絵です」 絵を指さす
蒔絵「ああ……全部自分が描いたものです。現実の景色でありながら、どこか現実離れした感覚にさせられる……。
そんな虚実皮膜の色彩や情景を描くのが好きでして。これも趣味の一つなんですけど」
如月「趣味にしておくのは勿体ないぐらい良い絵だと思うんですけどね……。個展とかは開かれないんですか?」
蒔絵「今のところはないですね。鎮守府の内輪ノリでちょこちょこやってはいますが……まあ、気になるようでしたらアトリエの部屋も明日紹介しましょうか」
提督「是非お願いしたいですね。視察そっちのけになっちゃいそうですが」
蒔絵「ははは。……さて、春雨。用意を」
蒔絵大将が呼びかけると、メイド服を着た春雨がトレイに乗ったカクテルを配って回る。
・・・・
提督「うーん、俺以外みんな寝落ちしてしまうとは……。俺ももう一杯貰ったら寝よう。ボヘミアン・ドリームを」
カウンター前には提督と五月雨だけが座っていて、五月雨はくぅくぅと寝息を立てている。
蒔絵「随分飲まれますね。お酒は得意な方で?」
提督「ああいや……そうでもないんだけど、ちょっと悩み事があって。……って、いけない。上官相手にタメ口を……」
蒔絵「いいですよ。今は気にしないでください。それより、悩みとは?」
提督「森鴎外の『舞姫』はご存知ですか? まあ……概ねあれと同じです。一時の感情と、現実との狭間で揺れていまして。
元のあるべき場所へ帰るか、あるいは……といったところで。自分でも情けない男だと思いますよ、俺は」
提督「親父の保険金で経済的には困ってないんだろうが……お袋は脚が不自由で買い物にも難儀してるんだ。
いずれはボケて入院もするかもしれない。そう考えたら、ここに残るのは無責任なのかもな……って。
向こうに居た時はろくすっぽ相手にしていなかったのにな。人でなしが今更何を……とは自分でも思うが」
蒔絵大将は、敢えて口を挟まずにどこまで吐き出すか経過を観察していることにした。
提督「あの……酔っ払いの戯言だと思ってもらって構わないんですけど。
ここは俺にとって、すごく居心地がよくて、何不自由なく生きていける場所なんです。でも……ここはあくまで幻想の中。
俺にとっての現実は……外で吹雪いている大雪よりも寒く、孤独で、息苦しい」
提督「誰一人として、本当の心で人間と向き合うことが出来ない。前提に疑念があって……それを持たない人間は騙される。
建前・虚飾・お為ごかし……そんなことばかりだ。耳触りの良い言葉は全部嘘で、口汚い罵声や憎悪の中で生まれる言葉だけが真実。
何のためかも分からずに金を稼いで、何も成せずに時が過ぎる……地獄の底だ。それでも俺は……あちら側の人間だ」
神乃提督の目は既に虚ろで、視点が定まっていなかった。だが、その眼にはどことなく力が宿っているようにも見られた。
普段の声のトーンよりも低めの、少し擦れたハスキーな声で語る神乃提督。
提督「普通に考えればここに残った方がいい。そんなことは分かっているんだ。ただ……。
俺の生まれた側に、隣にいる五月雨のような人間が生まれていたら……きっと踏み躙られていたんだろうと思うよ。
その事を考えると無性に腹が立って許せなくなる。だからせめて……」
提督「少しでも……少しでも良い世の中にしたい。未来に生まれてきた世代に、業を背負わせないように。
もうこれ以上醜いものと対峙しなくても済むように。だから帰るんだ。俺に何が出来るのかは分からないが……それでも」
それからしばらくぶつぶつと独り言を呟いた後、突っ伏して眠りに落ちてしまう。
蒔絵「……抱えている闇が深いようですねぇ。他人事だからどうとも言えませんが。後で二人を寝室に運んであげましょう。今日は店じまいですね」
二人にブランケットをかける蒔絵大将。
春雨「私は……自分の心に正直になった方が良いと思うんですけどね。理想や使命感で押し固めても、結局のところ本心には勝てませんから。
……にしても、不思議な感じがしますね。向こうの世界の五月雨とは面識があるのに、こっちの世界の五月雨とは面識がないから」
蒔絵「春雨は……いいえ、聞くのは野暮ですね。選んだ結果、ここに居るんでしょうから」
908 :
【98/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:12:04.32 ID:EGTLO2bo0
春雨「どっちが真実で、どっちが嘘かなんて関係なくて……自分の心が信じる道を進めばいいと思うんです。
それが後から振り返って間違っていたとしても、自分の決めた選択なら後悔はしないと思うんです」
春雨「春雨にとっては……最終的に、司令官の居る場所が正解だったんです。間違いだらけの道だったかもしれないですけど……。
最後に辿り着いたのが、司令官の隣だったんだと思います。迷ったり間違ったりしたからこそ、今の幸せがあるのかな、って」
蒔絵「振った自分が悪いとは思いますが、重たい話はやめましょうか。辛気臭いですからねぇ。
いや〜……それにしても春雨のメイド衣装は似合ってますねぇ。眼福ですよ。お酒のつまみにちょうどいい」
神乃提督が飲み残したボヘミアン・ドリームを一気飲みすると、春雨が自分の方を観察するように見ていたことに気づく蒔絵大将。
蒔絵「ん? どうしたんでしょう」
春雨「他の子には内緒にしておいて欲しいんですけど……。実は私、喉仏フェチなんですよね。出っ張ってるのがイイ、っていうか……」
蒔絵「んー……それはちょっと分かんないな。まあ気に入ってもらえてるようなら良いんですけども」
喋りながら片づけを進める二人。阿吽の呼吸で作業は進んでいき、十分もすると洗い物や掃除も終わってしまった。
・・・・
明朝。辺り一面雪まみれで、鎮守府内のどこに向かおうとしても雪に足を取られてしまう。
提督「昨日は酔った勢いで管を巻いてしまって……申し訳ありません。どうにも少し度が過ぎたなと……」
蒔絵「いえいえ、全然平気ですって。それより、雪かきを手伝ってもらえませんか?
工廠やドッグへの道が雪で埋もれてしまいまして、案内しようにも出来ないのですよ」
提督「あ、はい。もちろん」
蒔絵「じゃあ、我々はこっちの方をやるので……夕張さん、如月さん、舞風さんのお三方にはあちらを。
神乃提督と五月雨さんにはあの辺をやってもらいましょうか。お願いしますね」
・・・・
提督「いや〜……本当に寒いね。夜になったら温泉があるって考えたら頑張る気になれるけど。
ハハ……たった二週間弱の出来事で、もうすぐ慣れ親しんだラバウルに帰れるはずなのにさ。なんだかすごく長い間旅をしていた気分だよ」
提督「帰ったらすぐにクリスマスかな。灼熱の太陽の下でクリスマスなんて全然想像つかないけど。皆とお祝い出来たら楽しいだろうなあって思うよ」
和やかな提督の語調に対して、少し陰りのある顔つきの五月雨。
五月雨「提督……あの。……もうすぐ、タイムリミットだって言ったらどうしますか?」
提督「え……? それってどういうことかな? 戻る方法はまだ見つかってないんじゃなかったっけ」
五月雨「提督は一度、帰れるチャンスがあったはずですよね? でも……そうはしなかった。それだけ現実の世界に戻るのが嫌だったんですよね」
提督「黙っていたけど……そうだよ。あの時はそうだ」
五月雨「あの晩の後も、何度か扉は用意されていたんです。扉の現れる晩の兆しは、なんとなく事前に感じるんです。
これまでは帰って欲しくないから言わなかったんですけど。けれど……そういうわけにも行かなくなってしまいました」
五月雨「五日後です。ちょうどラバウルに戻って一日目の夜になるでしょうか。……それが最後のチャンスです。
それを逃したらもう戻ることは出来ないし、戻ったら最後、もうここには来れなくなってしまうでしょう」
提督「そう……。……本当に、選ぶしかないんだね」
五月雨「やっぱり、提督を連れてきたのは無理があったみたいで……二つに一つ、しかないんです」
スコップをその場に突き刺すと、退かした雪山の上に座ってうなだれる提督。
提督「そっか……そうだよな。気づかないフリをしていただけで、俺自身そんな予感がしていたよ。
いつまでもこうしちゃいられないってな。楽しい夢も、いつかは醒める……」
提督「分かっていたよ。分かっていた……」
深く、深く、大きな溜息を一度吐いてから、意を決したように姿勢よく腰を上げて、五月雨と向かい合う。
提督「五月雨が……現実から連れ出してくれて、本当に良かった。こんなに楽しい数ヶ月間は今まで無かった。
五月雨と出会えて良かった。……ラバウルの皆や、他の鎮守府の人たちと会えて良かった。ありがとう……。本当に、ありがとう」
提督「それでも……やっぱり俺は戻るよ。ここよりは綺麗な世界じゃないかもしれないけれど。
人の心は汚れているかもしれないけれど。……それでも、何もかも悪いことばかりじゃないからさ」
提督「ここで過ごした思い出があれば、頑張れそうな気がするから。少しずつ心に種を撒くんだ……それが実るように。
利益とか、評判とか、そういうもののためじゃなく……人の心を絶やさないために」
五月雨「そう、ですよね……。うん! 提督がそうなら、それでいいんです。
提督の気持ちが聞けて良かったです。五月雨も、応援してます。提督のこと……ずっと」
提督のことを真っすぐ見つめて、にこっと笑う五月雨。いつもと同じ明るい笑顔。
笑顔の裏で悲しんでいるんだろうとは思いながらも、提督はそれに気づかないフリをして「ありがとう」と言った。
909 :
【99/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:38:07.36 ID:EGTLO2bo0
ラバウルに着いた提督は、旅の荷物の整理を終えると、自分が居なかった間の鎮守府の様子を大淀から聞いていた。
執務室はクリスマス支度の最中なようで、壁や置物にところどころ布が被されていた。
提督「そっか。問題なさそうで良かったよ」
大淀「ええ。敵の強襲なども特になく、穏当に過ごすことが出来ました」
提督(帰って早々、今夜でお別れなんだよな〜……) やや落ち着かない様子で聞いている
大淀「で、報告は終わりなのですが……」
大淀がパッと布を引っ張ると、豪華な飾りつけのツリーや料理の乗ったテーブルが露わになった。
扉の前で待機していた艦娘たちが執務室に入ってきた。
天津風「お帰りなさい。少し早いけど、退職祝いってとこかしら。五月雨から話は聞いてるわ」
クラッカーの音とともに紙吹雪が部屋中に舞い散った。
如月「クリスマスを一緒に過ごせないのは残念だけど……ここでまとめてお祝いしてしまえばいいわよね? ってね」
弥生「五月雨から話を聞いて……提督に感謝の気持ちを伝えたい、って私たちに何が出来るか考えてみたんです」
提督「ありがとう。あー……ちょっと、嬉しすぎて泣きそう。ところで、五月雨は?」
廊下を駆ける音がする。五月雨の足音のようだった。
五月雨「お待たせしましたぁ〜! なんとか間に合ったみたいで良かったです」
息を切らせているエプロン姿の五月雨。エプロンにはクリームや果汁の跡がついていて、ついさっきまで格闘していたことが伺える。
彼女が両手に持っているトレイの上には、ホールのショートケーキが乗っていた。
夕張「まさか当日に即席で用意することになるとは思わなかったけど……。横須賀で間宮さんから借りたレシピが役立ったわね。
スポンジのふわふわ感からクリームの甘味に至るまで、何から何まで計算ずくのショートケーキよ」
五月雨「五月雨、頑張って作りました。ふにゃっ!?」
提督にケーキを見せようと近づいた拍子に、足元に置かれたプレゼント箱につまづいてしまう五月雨。
当然の物理法則かのようにケーキは宙を舞い、提督の顔面に直撃する。
咄嗟の出来事に驚いた提督だったが、「美味しい」の意を込めて親指を立てた。
・・・・
酒を呑み、食事を楽しみ、語らい、……どんちゃん騒ぎの夜を終えて。提督は五月雨の寝室を訪れた。
提督の後に続いて五月雨が部屋に入る。五月雨は思い出したかのようにケースに入ったDVDを提督に手渡した。
五月雨「まさかお別れの日にこれを渡すことになるとは思いませんでしたけど……帰ったら観てください」
五月雨はベッドの上で横になると布団を被った。提督はベッドに座ると外から見える夜空を眺めていた。
提督「ああ、ありがとう。それにしても……すごい恰好になってしまったな」
提督の恰好はスポーツキャップにサングラス、ネックレスに指輪と奇抜なものになっていた。
これらは「かさばる物や食べ物は持っていくのに難儀するだろうから」という艦娘たちの配慮によってプレゼントされたものだった。
五月雨「提督。……提督と一緒に過ごせて、楽しかったですよ」
提督「俺もだ」
五月雨「五月雨は……提督のこと。大好きですよ」
長旅の疲れが溜まっている中、ラバウルに着いたら朝からケーキ作りをし、そこから夜までパーティーを楽しんでいた五月雨。
出来るだけ長く提督とこの時間を一緒に過ごしたいとは思うものの、睡魔には抗えず五分と持たず眠りに落ちてしまう。
提督(『俺もだよ』……なんて、言うわけにもいかないしなあ)
提督「さようなら。ありがとう」
提督は、眠る五月雨の頬にそっとキスをすると、現れた扉を押し開けて中に消えて行った。
・・・・
神乃「はぁ〜あ。帰ってきてしまったな」
侘びしさの漂う静かな部屋。一人暮らし用の、執務室よりもはるかに狭い部屋であるにも関わらず、神乃にはひどく広い空間に感じられた。
スマートフォンを充電して日付を確認すると、五月雨たちと過ごしていた数ヶ月分の時間が経過していたらしかった。
その間に着信があった履歴はなく、メールの類も届いていないようだ。
神乃「とりあえず掃除だな。それから、お袋に会いに行って、親父の墓参り。他のことはそれから考えよう」
五月雨と最初に会った時にこぼしたカップラーメンはそのまま放置されていて、乾いた麺のカスやスープのシミは床と一体化しているようだった。
神乃(こりゃ引っ越したら敷金は帰ってこないな……)
雑巾を濡らして床拭きをする。
引き籠もっている時はそんなことは微塵も思わなかったはずなのに、埃っぽい部屋だなあと神乃は感じていた。
910 :
【100/100】
◆Fy7e1QFAIM
[saga]:2018/01/07(日) 18:56:54.44 ID:EGTLO2bo0
上着をハンガーにかけて、ソファに腰かける神乃。就職面接の帰りだった。
電気ケトルのスイッチを入れ、コンビニで買ってきたカップラーメンを袋から取り出す。
神乃「まさかその場で採用されるなんてなぁ。ま……実際にこの目で見ても良いと環境だとは思った。ツイてる、と考えていいのかな」
神乃が受けた企業はコンシューマーゲームを作っている会社で、前職に比べれば給料は雀の涙に等しかった。
曰く「大コケしてソーシャルから撤退した」だそうで、ゲーム事業の規模は年々縮小していっているようだ。
神乃「思えば子供の頃からゲームっ子だったもんなあ。これも何かの因果というもんなのか」
面接では「田園風景や山村よりもむしろ16色のドット絵に懐かしさを感じる」「義務教育よりもゲームや漫画から学んだことの方が多い」
「ゲームに限らず遊びというのは現実逃避のための手段ではなく、こんなご時世でも希望や理想を描く意志を育むための救い」
と、常人からすれば社会不適合者の烙印を押されかねない問題発言を連発していた神乃であったが、それが逆に響いたのかその場で採用と相成った。
神乃「はあ。お袋も案外元気そうだったし……ようやくこっちでもなんとかやっていけそうだな」
カップラーメンを啜りながら、五月雨から渡されたDVDケースを手に取る神乃。観ようと思えばいつでも観れたのだが、なんとなく放置したまま一ヶ月が経過していた。
神乃「これ見たら絶対色々思い出すよな〜……。未練がましいけど、そう簡単に割り切れるもんでもないんだよなあ」
カップラーメンを置いて、アルコール度数の高い缶チューハイを冷蔵庫から取り出す。それをグビッと一口飲んでから、ディスクを再生機器に挿入した。
・・・・
観た。
映像の内容は、五月雨たちが鎮守府について自ら説明するというものだった。
ところどころ内輪ネタと思しき箇所があったり、原稿を読み上げながら自分で笑ってしまったりと、映像作品としては失格の出来なのだろう。
だが……それが愉快で面白くもあり、懐かしくもある。そして、もう決して手の届かない場所なのだと思うと、涙を堪えずにはいられなかった。
自分の選択に後悔はない。覚悟の上だった。しかし……もう一度彼女たちに会えたのなら、どれだけ心が満たされるだろう。
分かっていても、再会を願わずには居られなかった。それが何への祈りなのかは自分でも分からないが、祈らずには居られなかった。
・・・・
神乃が働き始めてから何ヶ月が経つ。途中参加ではあったものの、懸命に働いてプロジェクトに貢献していった。
人間関係も前職よりは円滑で、神乃自身、働き甲斐を感じていたようだった。
神乃「デバッグして欲しい? もうバグはあまり残ってないって言ってませんでしたっけ」
プログラマーの報告を聞きながらメモを取る神乃。
神乃「ふんふん。プログラム上設定していない位置に、存在しないはずの扉が見つかったと。で、その扉は決して開かず意図が分からない。
デバッガーからの報告を聞いてもあったり無かったりまちまちで出現条件が分からない……か。なるほど、演出周りの設定が何か悪さしてるんですかね」
神乃「なんにせよ、本当にそんなバグがあるのかどうかさえ疑問ですね。ちょっとオカルトめいてるし。分かった、調べてみます」
VRヘッドマウントディスプレイを装着して、開発中ソフトのデバッグを始める神乃。
このゲームは、異なる時代・舞台で展開するシナリオをそれぞれのキャラクターでロールプレイするという(どこかで聞いたことのある)内容のもので、
作中のアイデアは少なからず神乃が発案したものも含まれていた。
神乃「これは……」
見覚えのある扉だった。神乃が近づくと、扉が開いてそのまま中に吸い込まれてしまう。
・・・・
それは夢にまで見た景色だった。暑い太陽の熱気が身を包んで、それを和らげるように涼しい風が吹き抜けていく。
常夏の青い空に伸びる白い入道雲。ダイヤモンドのようにキラキラと光る海。澄んだ空気。そして……何より記憶に残っているのはこの執務室だった。
五月雨「提督! お帰りなさい……」
駆け寄って強く提督を抱き締める五月雨。戸惑いながら、その感触を確かめるように身を寄せる提督。
五月雨の、陽だまりのようなぽかぽかした温もりが伝わってくる。触れ合える。確かな実感がそこにあった。
五月雨「色んな人に協力してもらって……やっと完成したんです。提督が、私たちと会うための……。
そして私が、提督に会いにいくための扉です。次元の壁を超えるんです」
提督がやってきた扉は、消えることなく室内に残っていた。
提督「ずっと、望み続けてはいたけれど。まさか本当に会える日が来るなんて……。嬉しいよ、すごく」
五月雨「これからは、ずっと一緒にいられるんですよ。大丈夫です。まだ提督としての籍は残ってますから」
壁にかかっていた制帽を提督に渡す五月雨。提督はそれを受け取って被った。
提督「そっか。ああ、じゃあ……俺の気持ちを言ったことがなかったね」
五月雨は緊張とともに唾を飲み込んだ。なんだかいつになく真面目な表情をして提督をじっと見つめている。
提督「……もう躊躇わない。好きだよ、五月雨。ありがとう」
小さな体を抱き締める。五月雨の安堵した笑い声が聞こえる。何気ない、しかしそれでいてかけがえのない日々の記憶が蘇る。
現実も架空も関係なく、今まで五月雨と過ごしてきた日常は、自分の中で紛れもない真実だった。
提督は、この時になってようやくそれを悟ったのだった。
911 :
◆Fy7e1QFAIM
[saga sage]:2018/01/07(日) 18:58:02.24 ID:EGTLO2bo0
以上でございます。お付き合いありがとうございました。
最後なんで頑張ったつもりです。楽しんでもらえたなら幸いです。
めっちゃ時間がかかってしまってすみませんが、なんとか完結させることが出来てよかったです。
例によって下のやつはおまけです。
////チラシの裏////
あんまりイチャイチャしねえっすとかほざいてましたがウソになりましたすんません。
まあ最後だしこのぐらいはね……(?)
あえてタロットの話を書いてなかったんで最初にそれから入りますか。おまけ要素なんですけどね。
正位置:才能・可能性・創造性・スタート
逆位置:無気力・スランプ・非現実的・無計画
そんな意味合いを持つ魔術師のカードなのでした。
バックボーンとしては頷ける感じの話になりましたね。
【キャラなど】
・五月雨
五月雨提督って……偏見なんすけど、愛が深すぎるやばい人みたいなの多いじゃないですか
(馬鹿にしているのではなくリスペクトの意味で「やばい」と表記しています)。
そのお眼鏡にかなう出来のものが描けるのかな〜……みたいな不安があったんすけれども。
キャラ像的に、あんまり恋愛的な方向にグイグイ行く感じじゃないんでどうしようかとは思ったんですけど。
ただ、提督の手を引っ張って楽しそうな方向へあっちゃこっちゃ行くイメージは強かったので結構アグレッシブな感じになっています。
思ったことをストレートに伝えられる、子供の無邪気さみたいなとこが根幹にありますね。
・提督
尖ってますね。いろいろな厨二病患者をモデルにして生まれたキメラ的存在です。
単体だとこれまでで一番どうかしてるやつなんですけど、五月雨やラバウルの面々によって中和されている感じですね。
なんちゅうかこう……難儀な性格してますね。気難しい厨二病小僧が大人になるとこんなんなるんかなーみたいなイメージで書きました。
・ほか
ラバウルの艦娘たちはいい感じに南国に適応したような大らかなキャラにしています。アローラの姿……じゃないか。
舞風だけ過去のあるキャラなのでちょっと掘り下げましたがまだ尺が足りてないですね。
他の鎮守府のキャラはあっさり目に書きましたが、これも終盤は単に尺が足りなくなってるだけすね。
まあ尺があったとしても、やっぱり五月雨と提督がメインの話なんでこんなもんでいいかなーと。配分はもうちょい平等に割り振るべきでしたが。
【ストーリーなど】
一つ言っておきたいのですが、筆者は営業職でもなければゲーム業界のゲの字もない業界・業種で働いてますからね。
あと別にリアルもそこまで荒んでないです。そこら辺はあくまでフィクションの表現なのであしからず。
架空と現実を対比するみたいな描写が多いですけど、まあこれは現実は現実でも“作中での”現実なんで、あれです。
そんなに世の中めちゃくちゃなサバイバル世界なわけじゃないですからね。そりゃ二次元の方がハッピーかもしれんけども。
ただ、ラバウルの面々とか他の鎮守府の人たちとか、全体を通じて人間の中にある陽の一面をメインに描いているので、
作中での現実ではそこから離れた人間の……んー、形容しがたい何某かの負の部分をやってみました。
あとは、敵とか出てこない話にしようと思ってたのでこのようになりました。それはそれで不安だったんですけど、まあなんとかなりましたかね。
その……なんか軍記物っぽくゴリゴリした感じで頑張って動かすのはそれ用の世界観が必要っていうか。
増設に次ぐ増設を遂げた今になってバトルをメインにやるとかも展開的にしんどいのでこんな運びです。
お題にホラーって来てたけど同様の理由で難しそうだったのでやめときました。
それから、今作は結構ノリで書きました。ノリでっていうと適当かよみたいに思うかもしんないですけど、そうではなく。
「このキャラだったらこう言うかな」「このキャラがこう言うならこうだな」みたいな連想を無限に繋げてって、
切った貼ったして出来上がった感じですかね。カタい言葉で表現するなら蓋然性のある流れを心がけた、ってとこでしょうか。
ラストはご都合エンドなんですけども、……逆に聞くけど最後の最後で後味悪いの読みたい? 嫌じゃない?
毎回書いてることではありますが艦これ要素ゼロでしたね。
でもこういうの書く人がいてもいいんじゃないかな、二次創作だし。
ってことで4年間ありがとうござ……4年間!? 正気か??
そんなに書いてたんですねー……(厳密には3年と半年程度)。
こんだけ長く続いてると追っかけるのも一苦労だったと思います。
本当にお付き合い頂きありがとうございました!
912 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/08(月) 00:19:47.23 ID:B5K4HNgKO
乙です
913 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/12(金) 18:01:42.87 ID:L5Qzu2qAO
乙
長い間お疲れ様
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