【安価とコンマで】艦これ100レス劇場【艦これ劇場】

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638 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2015/12/28(月) 21:50:25.08 ID:3wMxQaW00
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獲得経験値(~95/100)
・雪風の経験値+6(現在値32)
・翔鶴の経験値+4(現在値29)

・足柄の現在経験値:28
・金剛の現在経験値:27
・皐月の現在経験値:25
・響の経験値:25
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ちょっと微妙なところで区切りになってしまいましたが〜……。
たぶん終わります。たぶん。

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『Phase B』【86-90/100】
レスのコンマ値で登場する艦娘を決定します。
00〜15:雪風
16〜31:翔鶴
32〜48:金剛
49〜65:響
66〜82:足柄
83〜99:皐月
>>+1-5

よくわからない方は前後数十レスを6秒ぐらい眺めてなんとなくわかった気になってください。
(または>>495->>496あたりを見てわかった気になってください)
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639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/28(月) 21:53:13.66 ID:zJqCq5ydO
ほい
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/28(月) 21:53:25.69 ID:JH4Go+r3O
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/28(月) 21:53:32.98 ID:dkg0kLKUO
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/28(月) 21:53:40.18 ID:hf1nF0NFO
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/28(月) 21:53:46.63 ID:umYwIKwKO
644 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2015/12/28(月) 22:00:33.99 ID:3wMxQaW00
>>639-643より
・足柄3レス/翔鶴1レス/皐月1レス
で『Phase B』が進行していきます。
(合計値:201なので『Phase C』は発生しません)

『Phase B』【86-90/100】とか書いてありますが、お察しの通りミスです。95-100ですハイ。

えと、ということは〜……ですね。ふむ、どうやらこれがコンマの神の意向なようです。
これで決めてしまって本当に良かったんだろうか……まあどのキャラでも覚悟はしてたんですけども。

とりあえず次の投下は年明けになりそうです。
645 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2015/12/28(月) 22:05:07.86 ID:3wMxQaW00
あ、合計値は314です(どちらにせよPhase C未発生)。コピペミスですすみません……。
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/29(火) 03:46:02.36 ID:5UkolCYVo
乙 最後に逆転で足柄さん大勝利か
647 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/01/10(日) 02:38:00.95 ID:fz3yttwt0
新年あけましておめでとうございます。
あと1週間ほどお待ちを……。

////チラシの裏////
箇条書きに毛が生えたようなレベルのものではありますが、なんとなく今回のお話を振り返ってみようと思います。
これまでのあらすじ的なおさらいではなく、作者目線での自己言及のようなものなので厳密には振り返りというよりは裏話になるかもしれませんが。
「創作者は黙して語らず、ただ作品のみで勝負しろ」というのも一つの真理ではあるような気がするのですが、一方で「せっかくなら色々暴露してみた方が面白いのでは?」とか思いまして。

とはいえ次回投下分をまだ書き終えてない上にあんまり時間的リソースもないので今回はレス数にして2レス分ぐらいでサクッと書いちゃいます。
というわけで早速1レス目。シナリオ部分から触れていきます。

□初期(〜25レス)
鎮守府に妙な提督がやって来て、艦娘から信頼を得るというまでが大筋です。それ以外に書くこともないのでちょっと没設定の話でもします。
驚かれる方も多いかもしれませんが、もともと「今回は推理モノで行こうかな!」とか考えてました。浅はかにもね!
なんやかんやで殺人事件とか起こったりして提督が艦娘らの力を借りつつ解決にまで導く! みたいな。
ただ、そのためには犯人が必要なわけで。しかしながらコンテンツの性質上どのキャラにも絶対にファンが居るわけでしてー……。
自分が好きな艦娘が(何らかの理由があったにせよ)殺し殺されるのは許されそうにないなと思い速攻で断念しました。
オリキャラがオリキャラを殺したりってのなら無くはない選択肢かもしれませんが、そうなると艦これでやる必要性もないですしね。

□中期1(〜50レス)
棲地MIにて深海棲艦との因縁に決着をつける、という内容でした。作者的には物語半ばでここまで盛り上げてしまっていいのかというぐらい過激にやったつもりです。
というのも、ミッドウェーで最終決戦というのはわりと裏のテーマを含んでいたのでありました。
えと、『艦これ』というゲームそのものが本来であれば史実でいうミッドウェー海戦にあたるイベントを最後にサービスを終了するつもりだったのですよ。
※ソースとなる資料を私が実際に所持しているわけではないのでもしかしたら間違った情報かもしれません。間違ってたらすみません
リリース当初では今のように爆発的に知名度が広まることなど想定していなかったわけですからね、締めくくりとしては妥当でしょう。
……で、つまり何が言いたいかというと、ここで描こうとしたのは“艦これという世界における闘争の終焉”です。
あんなメチャクチャにオリ設定とか出しまくっておいて何を言い出すんだお前はって感じですが……私なりに艦これ世界の終戦を考えてみたという次第であります。

□中期2(〜約75レス)
内容としては終戦後の混沌と離散、そしてなんやかんやあっての再集結……ぐらいまでですね。
前25レスまでの裏テーマの流れを汲んだ言い方をすると“終戦後の世界”です。
艦娘も提督も戦いがあればこそ繋がっていられる関係ですからね。闘争という鎖が断ち切られれば繋がりも消失するわけで。
そんな消えた繋がりを認識して足掻いたり諦めたり割り切って新しい道を選んだり……と各々が好きなような道を歩んでいきます。
しかし失われたからこそ気づくこともあるわけで〜……、もろもろのフラグ的機運が高まり始めたのもこの時期ですね。
また、それまでの50レスでは意図的に伏せていた提督の意図とかも少しずつ明かしていきました。
作中で言っていた通り彼にとっては深海棲艦との決着は通過点です。紆余曲折経てついに自分の目的を達成してやろうとしたわけですが……。

□後期(〜100レス)
残念ながら彼の野望は潰えてしまいます。失意に暮れる暇すらなく跡を追われる身となり、彼のとった行動とは……? という具合で物語が展開していきました。
えと……一応完結はしてないのであんまりネタバレっぽいことは……。まあもう安価やコンマもないしある程度なら書いてもいいよね? さすがに直接的なのは避けますが。
“艦これにおける戦いの終わり”を踏まえての“艦これという世界の終わり”を描いているつもりです。そして描ききるつもりですハイ。
世界の終わりと言ってもなんか破滅的でウワーッって感じ(?)じゃないのは、これまで読んできた人ならなんとなく察してもらえると思います。そこは安心してもらっていいです。
万人に納得されるかどうかは置いておいて、この物語の締めくくりとしてはこれで良いんじゃないかな……というラストになったらいいなあと思いながら現在執筆中です。

□その他雑記
・上の文章を見るとなんだか艦これ終末論者みたいな感じに解釈されてしまうかもしれませんが、もしそう思われてしまったのならそれは誤解です。
ただ、いかなる物事には終わりがあるわけでして……今回は“終わり”というものをクローズアップしてみたかったからそのように描いてみたという実験作のようなものです。

・相変わらず設定過多になってしまったのは結構反省してます。
これでも(この有様ですら)抑えたり削ったりした方なんですが……スピリチュアルだったりSFだったり神話だったりは興味ない人にはしんどいっすよね。
なんていうかこう、読み手側に理解するための努力を強いるようなものは娯楽としてダメですな……。
次の100レスを書くかどうかは今のところ未定ですが、もしやるとしたら次はもっと気軽に楽しめるようなアプローチで進めていきたいですね。

・開始時期が時期だったのでアニメとのクロスオーバー的趣向をいっときは考えてましたが、なんか普通に途中から忘れてしまって最後まで自己流で突っ走ってしまいました。
設定なんかは一部リンクしてたりするのですが、基本あんまり意識することなくという感じですね。まあその……この話はセンシティブな領域なのでこれでやめましょう。

・5レスで一旦区切りが入るので毎フェーズ毎フェーズなんらかの山場は設けて書いているつもりでした。
レスつかないと続きのお話が書けないっていう事情もあり、ある程度は盛り上がりを毎回挟んでいたつもりです。つもりであって事実どうだったかは知りません。

・色々とキャラがブレたり設定が膨れまくったりはしているものの、陰鬱なだけのお話にはすまいというのは最初期の時点から一貫している要素だったりします。
ただ理不尽に不幸が撒き散らかされるだけの内容は避けようと思いました。そういう創作物もアリだとは思いますが二次創作でそれやるのはリスペクトに欠ける態度なのかなと。
“艦これの終焉”という概念が裏テーマとしては存在しているものの、あくまで描くものは希望であろうと。人はそれをご都合主義と呼んだりするのかもしれませんが。
提督のキャラ付けがじょじょに変わっていったのも、心理的な変化だけでなく作中における役割が変わっていったからなのかもしれません。
648 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/14(木) 22:20:18.92 ID:mevp0knLo
乙 完結編期待して待ってる
649 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/01/19(火) 01:26:46.44 ID:xeF0y1180
とりあえず現時点で最後のPhase B分まで出来ているのですが、エンディング兼エピローグの部分までまとめて投下してしまおうと思っているのでもうちょっと時間ください。
遅筆ですみません……投下は1/22(金)21:00頃を予定しています。

////チラシの裏////
□提督(手取 哀)
最初に出たスペックがスペックだったので(>>349)キャラは作りやすかったです。ちょっと艦これを舞台にした作品で出すには濃すぎたかもですが。
目的のためなら手段は選ばないような口ぶりのくせにやってることは結構矛盾してますね。作中唯一のツンデレだから仕方ない(え
ストーリーの方もそうですが、このキャラは突き抜けて中二病にしようと思ったのでやりたい放題になってしまいました。
ただ、結果として今回の主人公はこいつで良かったなと思います。これぐらいぶっ飛んだキャラじゃないとこういうストーリーは演じれないよなあと。

□雪風
真っ直ぐな好意が眩しいですね。コンマにも恵まれて中盤以降かなり美味しいポジションを確保していました。
提督の右腕として活躍し、彼の過去を知り、彼の兄とも接触があるなど、最も提督に近づいたキャラじゃないでしょうか。
わりと個人相手には執着のない提督をして「頼りすぎていた」と言わしめる程度に大きな存在でした。
余談:
物語的にも彼女が居なかったら提督はMI作戦完遂後に半深海化についてなど知ることもなく普通に一人で月に行ってそうでしたね。
(まあ月に到達したところで彼の肉体は……)
磯風は彼の監視に来ていたでしょうが……雪風が居なければ提督はもっと磯風のことを警戒していたでしょう。
彼にとって最も身近であった雪風さえも深海棲艦になってしまう危険があったから『バビロン計画』を実行したというのは理由の一つにあると思います。

□翔鶴
序盤の運を足柄に、終盤の運を雪風に吸われたために今作ではいまいち活躍させてあげられませんでした……。
といっても原因は運だけでなく配置にも問題があったと反省。提督を中心に物語が展開していく以上、彼から遠いと動かし辛いという事情があります。
動かしたところで提督との親密度は変動ゼロですし。他の艦との絡みに注力しすぎて彼女そのものの描写が薄くなってしまいました。
そんなわけで、色々考えてはいたものの彼女関連のあらゆるフラグがへし折られてしまうことに……。いやほら、空母水鬼とか……ねぇ?

□金剛
自分の中での金剛というキャラクター像はわりと黒かったので初期のような味付けで動かしていくつもりでしたが、
アニメを見て「金剛が好きな人はむしろこういう方向性を望んでるのかな」とか思うようになり最終的にこのような形に。
いわゆる提督LOVE勢筆頭な艦娘なんですが、それゆえに彼女を本気にさせる提督とはどんな人なんだろうと結構悩みました。
まあ作品内での金剛はLOVE勢でもなんでもない上に提督との恋愛フラグが立つこともなかったわけですが……。

□響
ED対象となるヒロインの中では唯一明確に提督に愛情を抱いている描写のあったキャラですね。
心底提督に惚れ切っているようですが当の提督は随分ドライっすね。
暁と和解するまで彼女には提督しかいなかったと言っても過言ではないというのに、提督にとっての響は信頼できる味方止まりでしたからね。
深海化して理性を失い倒錯的な形でしか想いを伝えることが出来なかったのは、提督と結ばれることはないと自覚していたからかも。
余談:
対象キャラで唯一提督を愛していると書きましたが、他のキャラの補足。
雪風は提督のことを敬愛をしていますが彼を異性と見なしてアプローチすることはありません。そっち方面では響に遠慮していたのでしょうね。
皐月に関してはは終盤では彼のためにかなりリスキーな選択をしてみたりと恋慕に近い感情を抱いている可能性はあります。
ただ、彼女の中で「提督の傍に居たい理由」が尊敬や信義によるものなのか恋心なのか線引きがはっきりしていない以上グレーゾーン止まりでしょう。
他は……脈なさそうですね。

□足柄
翔鶴同様他の艦との絡みに割いているため彼女自身の描写は意外と少なめなのですが、足柄の場合かえってプラスに働いたような気がします。
他者と多く関わるトリックスター的なポジションとキャラそのものの持つ気質がうまく噛み合ったんでしょう。
提督の進む道は試練を伴うのでどうしても話が進めば進むほどに重くなりがちですが、彼女が登場すると軽快なテンポでシリアスなムードが破壊されてしまいます(笑)。
コンマの神に干渉して最終的なヒロインの座を手に入れてしまうあたりも実に彼女らしい。なにげに書いてて一番楽しいキャラでした。

□皐月
この面子の中では人気が低めなため序盤は空気になりがちでしたが、そのままフェードアウトさせるには惜しいと思い少し強引に動かしました。
提督から見たら自分はモブにすぎないという旨の発言を自分でしていましたが、それでもなお彼女は提督を信じようとしたわけで。
そういうひたむきさが彼女の魅力なんじゃないかなとか勝手に思ってます。
余談:
結果として彼女の行動は提督が抱いていた艦娘に対する認識を改めさせる一つのきっかけになったりします。
想いや感情によって合理性を打ち負かすというのは彼には出来ない発想でしょうからね。提督の予測を皐月の純情が上回ったわけです。

□その他(一部キャラのみ)
・赤城
メインヒロイン対象外のキャラではあったのですが、キャラ決めの際に名前が挙がったからには出そうと思ってました。
そして提督への恋慕フラグも立てようと思ってました(メインヒロインでないため絶対報われないというのにひどい)。
ただ、尺を割きすぎて翔鶴の枠を圧迫する要因の一つとなってしまいました。彼女も彼女で結構キャラは立ってたと思いますがメインの子じゃないんで……。

・磯風
MI作戦終了時点で提督の目的や経緯が不明だったので、その部分を追求させるために登場させました。なにせ戦いが終わってしまった後の世界ですからね(前レス>>647参照)。
「深海棲艦をついに倒したぞ!」とお話がお話ならハッピーエンドなわけですが、そこで終わらせないためにも提督の腹の内を暴く必要があったのです。

・繋
人工知能のお兄さん。生まれた経緯が経緯なためグレててもおかしくなかった提督ですが、彼がいたことによって今の提督があったりします。
人を信じられなかった提督でも、知性なら信じることが出来るというわけで……人智を超えた膨大な知を誇るお兄さんは提督にとって超憧れだったわけです。
ただ、お兄さん的には提督君には自分のような人工知能とばっかり戯れてないで人と向き合って欲しいと思っていたりしている……みたいな関係です。
650 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/19(火) 18:45:41.56 ID:Tze9EHGLo
完成期待してる
よく考えると雪風と運試しで勝つとか足柄さんすげえなww
651 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/01/22(金) 21:12:18.36 ID:8G7bUlWo0
うげえ……実はまだ書き終えてないんすよねぇ……。
とりあえず〜100レス分まで投下することにします。
そこから先のエンディングにあたる内容は……数時間インターバルを挟んで投下ということでどうでしょう。

数時間インターバルとか書いておきながら日と跨ぐ可能性もありますが……(オイ
ただ、どれだけ長引いても明日の12:00頃までには全てのテキストの投稿を完了させると約束しましょう!

時間がなかったとか忙しかったとか言い訳は後! では早速いきます……。
652 :【96/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/22(金) 21:13:49.64 ID:8G7bUlWo0
提督(泊地水鬼、軽巡棲鬼は磯風とともに下の階にいるヲ級のもとへ配置した。
この最上階以外からは通じていない部屋なので攻め込まれることは無いと思うが……ここをやられるとご破算だからな)

提督(文月と榛名・霧島はデバッグルームへ。ここも敵に占拠されるとちと困るからな。内部構造を把握される恐れがある。
天龍・龍田・電・雷らは塔の下層、響・暁・雪風は中層、金剛には上層へ向かわせ、大破して航行不能になった艦娘の救助の任を与えた……)

塔の最上階……玉座に肘かけて足を組む提督。傍らには皐月が立っていた。

皐月「司令官は、ボクが守るからね! でも、どうしてボクをこの部屋に残したの?」

提督「お前がそうしたそうだったからだ」

提督(俺の身を案じているのは他の面子も同じこと。だが雪風や響は戦力になる……ゆえにこの部屋に残っていてもらっては困る。
これから起こることを予想して配置しておかねばならない)

皐月「なんだよー、その言い方……。ボクのこと、頼りにしてないの?」

提督「そういうわけじゃあないさ。お前にはお前の役割というものがある」

皐月「ボクの役割……?」

提督「このまま何も起こらなければ動いてもらうことはない。が、事が起きれば……役に立ってもらうということさ」

・・・・

ヲ級「良い報せと悪い報せがある。どちらから先に聞きたい?」 提督の眼前に立体映像が浮かび上がる

提督「不穏だな……良い報せから聞こう」

ヲ級「現存する全ての艦娘の誘き寄せに成功した。これよりこの塔は大気圏を突き抜けて宇宙へと進発する」

提督「ご苦労。見事な首尾だ。で、悪い報せというやつは?」

ヲ級「“下の世界”への門をこの塔の中に擬似的に生成させてもらった。全ての深海棲艦が、数万年分の深海棲艦が艦娘に仇なすことだろう」

提督「これまで俺たちが倒してきた深海棲艦のみならず、“下の世界”の深海棲艦を総勢呼び寄せたというわけか。厄介なことをしてくれたな」

ヲ級「これは深海棲艦としての最後の反抗。私という存在、そして深海棲艦という存在の証明。
手取哀。お前には感謝をしている、恩義もある。信頼している。だからこそ……私はお前に仇なす」

ヲ級「深海棲艦である、私さえも救ってくれるというのだろう。なら、この私の同胞も救ってやってはくれまいか?
それがお前には出来るのだろう? この試練さえもお前は乗り越えてしまうのだろう?」

提督「もちろん。お前の命がけの足掻きですら、俺にとっては取るに足らぬこと……。闘争の中でしか救済しえないというのなら、望み通り全てを終わらせてやろう」

ヲ級「そう言ってくれると信じていた……。私の荷は降りた」

映像が途絶えると、しばらくして磯風が慌てた様子で走り寄ってきた。

磯風「ヲ級が倒れた。今、泊地水鬼と軽巡棲鬼が手当をしているが、そう長くは持つまい。
奴が倒れてしまってこの塔は無事なのか? どうやらもう地上を発ってはいるようだが」

提督「恐らくはな。思うに、そうでもなければ奴はこんなことをしないだろう。奴は自分の存在と引き換えに内部世界に存在する全ての深海棲艦を顕現させたのだ。
じきに猛烈な物量の異形が下の階に押し寄せることだろう。奴らを打ち倒すことで俺たちの戦いは終わる。簡単なミッションだろう」

提督「磯風、ヲ級のもとへ戻り手当てを。応急修理用の設備があるはずだ、急ぎ延命措置を」

磯風「君はこのことさえも予期していたというのか……?」

提督「全てを読んでいたわけではないがな。さて、皐月は下の階にある中継地点……各チェックポイントに燃料や弾薬、装備等を配置しに向かってくれ」

皐月「……でも、司令官が」

提督「俺の心配をしてくれるのはありがたいが、下の階にいる連中の方が遥かに危機的状況にあるのだ。そのことを理解してもらいたい。
それに、この俺が自衛手段もなくここでふんぞり返っているだけだとでも?」

皐月「それもそうだね。分かった、行ってくる!」

・・・・

足柄「ふぅ……部屋ごとに深海棲艦が待ち構えてるみたいだけど、どうってことないわね。次行くわよ次ィ!」

霞「待って、これまでとは桁違いの瘴気を感じるわ。あっ、待ちなさいったら!」

足柄が扉を開け、一同が部屋に足を踏み入れるとガシャンと音を立てて扉が閉まる。

霞「はああああッ!? なんなのよこの敵の数は!」

目の前に現れたのは暴力的なまでの物量。戦歴の長い霞や朝霜すらも見たことのないような光景だった。

清霜「(あまりの数に霞がキレてる)……仕方ない、先手必勝ね。一気に攻めるわ!」

大淀(上に登るための各階に深海棲艦が配置されていたようですが……明らかに今までとは数が違いますね……)

足柄「チッ……なんにせよ、こんなところで足踏みしてもいられないわ! 前進あるのみよッ!」 バッゴォン
653 :【97/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/22(金) 21:20:27.94 ID:8G7bUlWo0
提督「これが提督らしい最後の仕事になるか。文月、聞こえるか?」

文月「はい〜。聞こえてますが……なんかすごいことになってませんか? 深海棲艦がわぁ〜って」

提督「ああ。さすがにこのまま何も動かさないままだと艦娘らの身がまずい。よって方針転換だ。
以後は艦娘側のサポートするためにこの塔のギミックを操作してくれ。それから、榛名と霧島のうち、どちらか一名は戦線に向かわせていい」

提督「で、次だ。……各位、聞こえるか?」

天龍「新顔が後から後からやって来てて大丈夫なのかと焦ったが、今度は艦娘の方の身が持つかを心配した方が良さそうだぜ。大混戦だ」

響「今、こっちでは鬼の形相で加賀や赤城が暴れているよ。しかし彼女らが物量に押されるとはすさまじい……」

提督「分かった。天龍・龍田らは引き続き救助を。響・暁・雪風は中層の艦娘らを支援して深海棲艦の掃討に加勢してくれ。
俺の目的は艦娘を滅ぼすことではなく、艦娘によって深海棲艦を倒させ、その動力でこの塔を目的地まで到達させることだからな」

金剛「Oh! なんだか盛り上がってきましたネー」

提督「金剛、お前も下の階へ向かえ。お前の戦力と経験知は他の艦娘にとって強い助力となる」

金剛「え、エー……色んな人に喧嘩売るカタチでこっち来たのでやり辛いんですケド……。テートクゥ〜」

提督「天下の大戦艦が情けないことを……四の五の言うな。俺はお前の戦力は個なら他のどの艦娘にも勝ると評価しているのだぞ。
そのお前がしがらみ如きで二の足踏むとは何事だ。さっさと行け」

金剛「(あ、今日のテートク優しい)……しょうがないデスネー。気乗りはしませんガ、ここまでおだてられちゃ仕方ないですネっ!」

雪風「あの……しれえ。お身体は大丈夫ですか?」

提督「今のところはな。遠方の俺よりも前線の心配をしろ。それに、何が起きようと俺のやることに変わりはない。お前なら分かるだろう」

雪風(……司令を信じましょう。司令ならきっと……何があっても大丈夫)

・・・・

赤城「加賀さんや二航戦の隊と同じ部屋に辿り着いたと思ったらこの敵の数……これでは分断されてしまっているわ」

翔鶴「まずは友軍への道を切り拓きます。敵とこうも近いとアウトレンジ戦法が物理的に不可能ですが……艦載機が帰還しやすいとポジティブに捉えましょう」

天城「葛城、大丈夫?」

葛城「だ、大丈夫。ビビってない……ビビってないから! 稼働全艦載機、発艦はじめ!」バシュッ ピュゥゥゥ

翔鶴「その意気ですよ。ここには私がいて、さらに赤城先輩がいます。そしてあの群がる敵の向こうには加賀先輩や瑞鶴が。負ける道理はありません」ピシュン ピシュン

赤城(この成長は、加賀の教育によるものだけではありませんね。放つ気迫が以前とは段違い……ひょっとすると今の私さえも凌ぐかもしれない。
……出会った頃はただの後輩程度にしか思っていなかったけれど。今はまるで幾多もの戦場を共に乗り越えた友人のように頼もしく感じられる……!)

矢が空を切る音と、遅れて耳をつんざく艦載機のエンジン音。戦いが始まった。

武蔵「こういう百鬼夜行こそ我々大和型の出番だな! そうだろう大和!」

大和「ええ! なぜ敵が増えたのかは分かりませんが……それも先に進めば分かること! 敵艦隊を突貫して根絶します。私、大和にはその力があるッ!」

腕を掲げ、振り下ろす。振り下ろしたと同時に爆発的な火力が前方の敵を消し飛ばしていく。

・・・・

提督「……当面は問題なさそうだな。陰から補助してやっているとはいえこれほどの軍勢を相手に一歩も怯まず、か」

提督「しかし……驚いたものだ。かつての俺なら、ミッドウェーの頃の俺ならこの局面を見て匙を投げていただろうがな。
見事なものだ、艦娘というやつらは……。戦えば戦うほどに、経験を積めば積むほどに予測を超えて強くなっていく。まさか、これほどまでとは……」

提督(そして、俺がここまで本気にさせられるとも思っていなかったよ。この世の些事に執着するなど愚かしいと思っていたのだがな……。
こいつら艦娘の成長が面白いと今更になって感じている。俺は戦争狂になったつもりはないのだがな……まったく)

提督「なかなかどうして、浮世も捨てたもんじゃあない。あとは、俺自身の命運がどう転ぶか……だ」 自分の掌をじっと見つめる提督

・・・・

提督「俺の細胞の一部を、生存条件を満たせる小箱の中に入れて塔の外に出してみたが……ダメだったか。原因不明の死と再生を繰り返す。
しかしなぜここにいる俺は無事でいられる? 塔が地球を離れようとしているうちは、未だ地球の範疇ということか? 都合のいい解釈だが……」

提督「だがこの塔は目的を果たせば力を放出して自壊してしまう。肉体や魂をこの塔の内に留めておくことができるのは、移動している間だけ」

提督(この塔を押し上げる力の一部を使って、塔と同様の構造物を生み出そうとしたが……)

提督「出力座標を固定するのが困難だな。失敗した時のリスクが大きすぎる。
宇宙空間に放逐され半死半生の肉塊となるか、概念化して次元の狭間を永遠に彷徨うハメになるか……フッ」

提督「諦めるにはまだ早い。考えろ……艦娘が地球を離れて半深海化しない理由。俺の肉体が地球を離れると崩壊する理由。……」

……肉体と魂の遊離度の違いか? 艦娘から魂の抜け去ったものが深海棲艦。魂と肉体は地球の極と極に二分され交わろうとしない。
だが人間の場合はどうだ? ヲ級は輪廻が成されていないと言ったが……本当か? であるならば深海棲艦の人間版があっていいような気もするが。
これまでに死んだ人間の肉体とそこに残った想念がみな冥府へ溜まるというのなら、深海棲艦すら圧倒する化物が出来そうなものだが。
654 :【98/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/22(金) 21:24:13.89 ID:8G7bUlWo0
提督「無重力の条件下では、艤装の深海化の進行が緩まった。……重力がなにか作用しているのか?
地球の重力に近い重力が働いていれば俺の肉体の損傷も回避出来るのか……? いや、それも試した。試したが失敗だった」

しかし……何かヒントにはなるかもしれないな。人間と艦娘の違い。人間は土から生まれ土に還る。艦娘は“火”から……。
性質の違いがある。人間は留まろうとする。大きな箱庭の中で循環しようとする。艦娘はそうではない。生まれて、使命を果たして、底へと沈む。

……沈む? 沈む、か……いや。艦娘は人と被造物との混血。人たる部分が地の底へ、人ならざる部分が天へ昇っていく……?
道具は役目を終えれば、廃棄されるか姿を変えることになる。大昔での大戦で使われた兵器を模しているのも、天使としての性質か?
軍艦。人間の知恵によって生まれた兵器。その姿を模して現れた意味。知恵……。知恵を最初に与えたのは、神への反逆者たる天使だ。
天使は神の生み出した“火”より生まれ落ちた。“火”から人間は知恵を手に入れ、意志と感情のままにこの世界を支配していった。

重力……。無重力下で炎は涙滴型でなく球状で浮遊する。地球上での炎は暖められた空気の上昇によって垂直な形になるが、宇宙でそうはならないからだ。
また、宇宙空間では人為的に酸素を送り込んでやらなければ炎を維持することができない。だが地上より低酸素で持続させることができる。……。

提督「……この塔では、深海棲艦の精神と肉体。そして艦娘がいる。深海棲艦を倒すことによって、奴らの精神と肉体を塔の動力としている。
深海棲艦は輪廻を望んでいる。再生……再会……。繰り返し……。魂を望んでいる。俺の肉体はどうだ? 外因的な力を糧に半永久的に死と再生を繰り返す。
そして、死んでなお俺は俺のままだ。別の生き物に生まれ変わったり、深海棲艦のように抜け殻になったりはしていない。
死のたび魂は入れ替わっているが、本質的な存在は揺らいでいないように思える」

提督「そもそも魂とは? 魂とは一つの肉体につき一つだろう? その発想自体間違っているのか? 俺は何者なのだ……」

・・・・

大部屋の深海棲艦を突破し、中継地点で休む一同。

瑞鶴「うぉぉ……次から登るたびにこれかぁ〜……。さすがにヤバいなあ」

翔鶴「でも、あと少しです。頑張りましょう、瑞鶴!」

響「さて、これは応急処理女神だ。数に限りがあるから全員分とはいかないが、有効に活用してくれ。私の司令官に感謝するんだな」

大鳳「この一件の元凶に感謝など……」

暁「補給物資や高速修復材こっちよ。ちゃーん順番を守って並ぶのよ?」

陸奥「とはいえ、ここは素直に受け取っておくべきね。じゃなきゃ身が持たないわ」

川内「けど、これだけの資源や装備、どうやって用意したの? まだまだ備えがありそうだし……」

雪風(たぶんこれほとんどが横須賀鎮守府から金剛さんたちが略奪してきたものなんですよね……)

加賀「次の部屋……凄まじい殺気を感じるわ。悪くない、相手にとって不足ないわね。フフ……」

瑞鶴「加賀先輩がニタリと笑ってる! よからぬことを考えているに違いない!」

翔鶴「瑞鶴! 失礼なことを言うんじゃありません。聞こえますよ?」

・・・・

金剛「フッフッフゥー! 助太刀に来ましたヨォ! ってノわッ!?」

比叡「お姉様ァーーーーッ!!」 ドドォン!!!!

金剛「ちょ、なんでこっちに向けて撃ってくるデース!? 敵はアッチ! 私はBOSSじゃないありまセーン! ノォォーウ!」

比叡「私は納得いきません! お姉様が何を知っているのか! なぜ私を連れて行かなかったのか! 洗いざらい吐いてもらいますッ!」

金剛「What the hell!?!? なんで私だけ逃げながら戦わなきゃいけないんですカー!? そんな縛りプレイ聞いてまセーン!」

榛名(あぁ……まあそうなりますよねえ)

武蔵「アホは放っておいて……我々はひとまず周辺の敵を蹴散らそう。豪華な面々がお出迎えしてくれたようだぜ!」

加賀「あれは……防空棲姫。そして戦艦水鬼! ふふ、いいわ……興が乗ってきました。瑞鶴! 貴方は私と残ってここで敵を迎え撃ちます。
他の空母は先に進んでもらって構わないわ。ここは二人で十分!」

瑞鶴「わ、わたしィ〜!? 私がアレやるんですかァ!?」

加賀「これでも耳の良さには自信あるの。ふざけたことを言う後輩は懲らしめてやらないと」

翔鶴「(言わんこっちゃない……でも、加賀さんと今の瑞鶴なら大丈夫かしら)ここは瑞鶴や加賀さんに任せて、先に進みましょう。行きます!」

金剛「ヒエーイ!? だから謝ってるじゃないですカー!」 比叡の砲をかわしながらも深海棲艦への攻撃は加えつつ逃走する

比叡「百歩譲って……お姉様が私を誘わなかったのは許すとします。
事実私はお姉様と違って軍に残っていましたし、それなりに思い入れもありましたから。ですが……なぜあの司令のもとへ」

金剛「比叡! 危ナイッ! うおおおおッ!!」 比叡の前に立ち砲撃の盾となる金剛

比叡「お姉様!? ……お姉様ァーッ!」

金剛「子供じゃないんだからこのぐらいで騒がない。たかが一発喰らった程度だけですよ。騒ぐことじゃない。
ま……喰らった一発は、百倍にして返してやりますケドネッ! ッラァァ!!」 艤装にめり込んだ砲を掴んでぶん投げ、前方の戦艦を破壊する

武蔵「あいつ……原始人か? 野蛮すぎるイカれた奴だな……だが面白い! ハッハッハッ! 金剛に遅れを取るな、攻め取るぞ!」
655 :【99/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/22(金) 21:34:51.18 ID:8G7bUlWo0
比叡「お姉様? 動けますか?」

金剛「まだ大丈夫デス。あの提督は……私の子供の頃憧れてたヒーローにそっくりなんですヨ……」

金剛「最初に会った時からずっと、ムカつく奴だと思ってたんデス。けど、本当は優しい人なんデス……不器用なだけなんです……。
皆を守りたいと思ってるカラ、皆を助けたいと思ってるから戦えるんです……」

金剛「私だって、100%提督のことを信じられていたかと言えばそうではありませんでシタ……軍に反逆するのだって、それがどんなに愚かなことかは分かりマス。
それでもワタシが手取提督に近づいたのは、子供の頃のワタシの憧れを、彼の姿に見出したからデス」

金剛「私は……そう、ヒーローになりたかった。子供の頃の夢で、忘れてしまっていた。でも……ワタシは弱かったから、人に愛されたかった。
自分を殺してまで人に尽くそうとは思えなかった……。目に見える形での見返りがなければ力を出せなかった」

金剛「でもテートクは、超エゴイストです! 自分を貫いた上で、それでもワタシたちを救おうとしている! ワタシもそうなりたいと思った!」

榛名「お言葉ですが……金剛お姉様。お姉様はもう十分にヒーローですよ。いえ、ヒロイン? もうお姉様は昔のお姉様じゃない。
自分の意志で、けれど皆のために戦っている。これこそヒーローの資質……ではないでしょうか」

金剛「……だと良いですけどネ。比叡、これで話は終わりデス。これでも納得できないと言うのであれば、もう貴方と戦うしかありまセン。
ですが、そこに意味がないことぐらい分かっているでショ? 駆けっこはもうお終いにしましょう」

金剛「比叡には、強くなって欲しくて、余計なことばかり言ってしまいまシタ。でも、それは私の歪んだ理想の押し付けでした。ゴメンナサイ。
……人を守りたいという想いで、そして私を守りたいという想いで戦ってくれていたのはいつも比叡でした。
ワタシは……提督のように強く、そして比叡、あなたのように周囲を愛せるようになりたかったのかもしれまセン。本当に大切なものは、すぐ傍にあった……」

・・・・

夥しい数の深海棲艦が海上を埋め尽くしている。しかし、その全てが力尽きているようである。その光景は地獄絵図と呼ぶに相応しい。

朝霜「ハーァ、ッ、ハーッ……ざまあ見やがれ……みんな倒してやったぜ……!」

長門「これで少しは私のことを見直してくれたかな……?」

清霜「うん。カッコ悪いなんて言ってごめんなさい。長門さんが来てくれて助かりました」

酒匂「やっぱり長門さんはすごい! 憧れちゃうなぁ!」

長門「ふふ、そうだろう。頼りにしてくれ(さすがにこの数は肝を冷やしたがな……)」

三隈「まだここで終わるべきじゃない、ということですよ。名誉挽回できて良かったじゃないですか」

陽炎「一小隊に半深海棲艦化手前の艦娘と非番の艦娘が加わった寄せ集めではあるけれど……なんとかなるもんね。はーい戦闘糧食」

霞「もう上の階からは気配は感じないわね……これでようやく一息つけるわ」 モグモグ

足柄(どうにかなったわね……。けれど、何か妙な予感がするわね……何かが引っかかる。この塔に入った時、違和感があったのよね……)

・・・・

提督「ほう……おめでとう。ここまで来るとはな。もう間もなく時が来る。この塔は火星に到着しその目的を果たす。
お前たちが深海棲艦を倒してくれたおかげで俺の計画は無事成功に終わったというわけだ……」

ひどく負傷した、ボロボロの姿で提督の前へ立つ翔鶴。玉座から立ち上がって両手を広げる提督。

提督「時間がないので手短に頼もうか。質問には三つまで答えてやる」

翔鶴「全て貴方の掌の上で踊らされていたというわけですね……。ですが、何ゆえこんなことを……」

提督「半深海化を食い止めるためにはお前たちを強引にでも地球の外に連れ出さねばならなかった。ここまでは前回のバビロン計画と同じ。
俺が深海棲艦を操ることが出来たのは、ミッドウェー作戦で対峙したヲ級Nightmareを従わせたからだ。奴の力で深海棲艦を蘇らせた。
この塔には想念を力に変換する機構が備わっている。お前たちが深海棲艦の怨念を打ち破ったことによって塔内に膨大な力を蓄積することができた」

提督「それはそうと、こちらからも質問して良いか。ここに辿り着いたのはお前だけか? また、ここに辿り着く過程で轟沈した艦は何隻出た?」

翔鶴「ここまで来れたのは今のところ私だけです。しかし、後から他の者も来るでしょう。轟沈した艦は出ていません」

提督「そうか。それは都合がいい。ま……数隻程度なら沈んでも問題はなかったのだがな」

翔鶴「! どういうことですか……それは?」 弓に手をかける翔鶴

提督「……二つ目の質問と解釈して説明させてもらう。この塔の内部では空間という概念そのものがデタラメだ。
肉体から離れた魂ですら塔の内側に留まってしまう。ゆえに肉体と魂を繋ぐ艤装さえ作ってやれば蘇生が可能ということ」

提督「かつて流行した……カードを筐体に読み込ませて戦う、ああいうゲームを想像してみてくれ。
俺やお前たちの肉体がカードで、ゲーム内で動くデータが魂。カード本体とデータが残っているなら、後はその因果関係を再び結んでやればいい。
だから轟沈しても問題ない……と言ったところで理解は難しいだろうがな。原理を省いて概要だけ説明するとこうだ。さて最後の質問を聞こう」

翔鶴「私が知りたいことは、貴方が私利私欲で動いているか、そうでないかということです。貴方の目的は何ですか? 貴方は何をしようとしている?」

提督「俺の目的か……。そうだな。この世界の森羅万象を再現できる架空世界を創造する。
それを俺は“真理の箱庭”と呼んでいるが……これを観測してこの宇宙の真理へと至り、やがて全知となる。これが目的の全容だ」

提督「畢竟艦娘も深海棲艦も……俺にとっては余興に過ぎない。お前たち艦娘という半人半神のような存在でさえも、この大宇宙の中では微々たるものだ。
そんな些細な存在ではあるが……惹かれるものがあった。正直のところ、お前たち艦娘の成長は敬意に値する。だからこうした」
656 :【100/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/22(金) 21:38:27.41 ID:8G7bUlWo0
赤城「提督! ハァ……ハァ、ハッ……。貴方に、会いに、来ました……。っ……!」

提督「赤城もここへ来たか。大儀であった。だがもう時間がない。ほんの少し遅かったな」

玉座を中心に床から光の円が浮かび上がる。円はやがて六芒星に変わり、玉座を取り囲むようにして回転する。
光とともに薄墨色の半透明な障壁が形成されていく。玉座の位置を頂点とした三角錐が出来上がる。

赤城「ッ! 待ってください!」

ピラミッドの形をした障壁めがけて弓を引いた赤城。しかしヒビが入るだけで破壊には至らない。
提督が玉座に座ると、赤城が二発目の矢を放つ前に障壁の内側にあったものが光に包まれ、彼女の視界から消失した。

・・・・

塔の最下層。青銅の壁に覆われた部屋に提督は居た。部屋中が激しく震動しているにも関わらず平然として室内の機材を弄っている。

提督「塔が崩壊を始めている。もう時間はないな……」

提督(まず隣室の冷凍保存シェルターをさっきと同じやり方でこの塔の外へと出力する。……? ……これは) ゴゴゴ……

背後に気配を感じる提督。悪寒が疾る。自分に明確な敵意を向ける存在が近くにいることを察し、振り返る。

提督「……! お前のような存在がいることも、理屈の上で予想はしていた。だが、よりにもよって俺のところに現れるか。艦娘ではなく、あくまで俺なのか」

提督が振り返った先に立っていたのは、骨肉と鉄や鉛が一緒くたにされてぐしゃぐしゃに押し潰されたような顔のない化物だった。
今まで映像や肉眼で見てきたどんな深海棲艦よりも歪でグロテスクな風貌のそれは、ゆっくりと提督に歩み寄る。

提督「気配こそかつてヲ級に見せられた幻覚に出てきたものに似ているが……以前のそれとは明確に違う。
こいつは救いを求めていない、ただ悪意と憎しみしかない……。何もかもを踏み躙って破壊したいという衝動しか感じられない……ッ」

提督「それにこいつ……妙だ。鬼や姫といった上位種やそれらに近いネ級やヲ級の類でもないのに真っ直ぐ二足歩行でこちらへ向かってくる。
哨戒魚雷艇の子鬼群とも似ているが、それとも違う! こんな見た目の奴は見たことがない」

ダァン! 炸裂音がすぐ近くで聴こえる。砲撃だ。化物の巨体が退いた隙に、砲が放たれた方向に走る提督。

足柄「やっぱりここに何かあると思ったわ! 入口から更に下に続いてる階段があってヘンだと思ったのよ!」

見つけてやったりと得意げな表情の足柄を無視して考えこむ提督。

足柄「で、あれは一体何かしら。深海棲艦はもう全部倒したはずじゃないの? っていうか、ヘンな臭いしない!?
磯の臭いとも、硝煙の臭いとも違う……深海棲艦の臭いじゃないわ。あの化物から漂うのは……死臭……?」 スンスン

提督「この塔は深海棲艦の想念を糧としている。救われたい、満たされたい、生まれ変わりたい……叶うことのない絶望を清算させるためにある。
だがその想念の中には、救済すらも望まず、闘争によって満たされることもない、純然たる悪意のような“澱み”もあることだろう」

提督「快楽のままに悪意を振り撒き、衝動のままに破壊し尽くす邪悪。深海棲艦にあって深海棲艦にあらず、人間の怨念であり悪意。
直感した……直感だが、確信に近い……。奴を新しい地平に連れて行くわけにはいかない!」

足柄に説明するというよりは自分の考えを整理しているような様子で話す提督。

提督「足柄! お前は階段を登って退避しろ。俺はこの階を塔から切り離して宇宙空間に捨てる! いいなッ」

足柄「ちょっと! 勝手に一人で話を進めてもらっては困るわ! よく分からないけど、要はアイツを倒せば良いってことでしょう!」

提督「よせェ足柄ッ! 下がっていろ!」

提督が静止の声が耳に届く前に怪物めがけて砲を撃ち放つ足柄。最大威力の射程距離で放たれた一撃は鋼鉄の肉体に当たって爆裂する。

足柄「きゃあっ!? こ、このォ〜……!」

甚大なダメージを受けたにも関わらず砲煙から飛び出してきた化物は、足柄に突進してそのまま押し倒す。

提督「まずい! うおおおおおおッ!!」

押し倒された足柄と化物の間に強引に割り込み、化物ではなく足柄の方を突き飛ばす提督。そのまま全身を覆いかぶさられ、やがて肉体の全てを呑み込まれてしまう。

足柄「嘘……何が起こってるの……? 提督、死んで……? ッ……グうッ!」

足柄(身体が変だわ……立っていられない。この塔に入ってからは収まっていたのに……艤装が……自分の意志で動かせない!?)

化物の内側から爆発が起こる。左手に手榴弾を握った血みどろの提督が、うずくまる足柄の手を強引に引いて走る。

提督「やはりか……。いいか、足柄。あれは深海棲艦じゃあない。似ているが……もっと性質の悪いものだ。あれは人間の悪意そのもの。
お前たち艦娘はあれに触れただけで瘴気にやられて深海棲艦になってしまうだろう」

階段前に辿り着くと足柄の手を投げ捨てるように放し、背を向ける。

提督「幸い、まだお前は助かる見込みがある。そのまま階段を駆け上がれ。その程度の力は残っているはずだ」

足柄「貴方はどうなるのよ!? 艦娘ですらない貴方が、たった一人でこんな奴に挑むなんて正気じゃないわ!」

提督「さっきので二度死んだ……が、あと2998回までなら死んでも問題ない。勝機はある。ここでお別れだ、足柄。……じゃあな」

足柄の方を振り返ることもなくそう言い捨てて、明かりのない廊下の方へ走り去っていく提督。やがて闇の中へ消えていき、その姿は見えなくなった。
657 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/01/22(金) 21:40:20.79 ID:8G7bUlWo0
100レスで終わりなのにどうしてこんなことしたのって怒られそうですが、まあまあもう少しお付き合いください……。
とりあえず23時あたりに投下出来そうだったら投下します。ダメそうだったら明日の昼12時頃ということで……。
最後までこんなバタバタしてて申し訳ありません。
658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/22(金) 21:47:27.36 ID:LHIGHsYlo
一旦乙 これ後10レスくらいいるんじゃね?終わるのか?
続き期待
659 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/01/22(金) 23:06:09.11 ID:8G7bUlWo0
ごめんなさいやっぱり時間欲しいです。超ごめんなさい。あともう少々お待ちを……!
あまり焦らなくてもいいよと言ってくれる方もいるかもしれませんが、>>1の都合的に明日を逃すとまた間延びしちゃいそうですので……明日で決着つけます。
ちなみにあと5レスで終わる想定です、概ね書けてはいるので大丈夫です、終わります終わらせます大丈夫です大丈夫……たぶん
660 :【ED-1】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/23(土) 12:07:02.76 ID:xlyHE8aw0
提督「これでいい。切り離しは済んだ……。足柄のヤツ無事だといいが……」

提督(あとはヤツだけだ! 四回死んだだけで抑えられたのはなかなか悪くない…‥あと2994回も死ねるのだ。さて本題はここから)

提督(シェルターは健在か……。だが、あの化物がいる状況ではどうにもならんな。奴をどうにかする術を考えなければならないか)

壁伝いに腕の力を使って移動する提督。左足の頚骨より下の部分には本来あるべき足首が失われていて止めどなく血が流れている。

提督「物質転移装置のある部屋からはだいぶ離れた……これならひとまず安心して“死ねる”。この七回目の命も無駄ではないな……」

力尽きて倒れた提督の上に化物から伸びた触手が突き刺さる。

提督「ッ……(こいつ……学習しているのか……? 近寄って丸呑みにすることをやめ触手を……グッ。ダメだ、意識が……)」

・・・・

壁に叩きつけられ、頭から血を流しながらよろよろと立ち上がる提督。

提督「相当死にすぎたが、気づいたぞ……ようやく気がついた……。最初のうちは俺の全身を取り込もうとしていた……。
だが……途中から動きが変わった。触手で串刺しにしてみたり、こんな風に俺をいたぶって殺そうとしたり……だ」

提督「それは、俺の精神を屈服させるためでもある。だがもう一つ。お前は俺を取り込むと少しずつ弱っていく……そこに気がついた。
そう、人間に限らず生き物の多くは、食物を消化することに最もエネルギーを消費する。
お前が俺の肉体を消化しきった直後! 俺の肉体はお前の吸収したエネルギーを奪い取って再構築される……」

提督「最も、知性が猿以下の貴様では俺が何を言っているか、何に気づいたか理解できないだろうがな……。意志なくして知は意味をなさない。
自らの生さえも望まず、ただ全ての破滅を願っているだけの化物に……はたしてこの俺が殺しきれるかな」

身体の周囲に伸びてきた触手を掴み、手繰り寄せ、化物に自ら接近していく提督。そして腕を伸ばし、取り込まれていく。

提督「結局のところ、滅ぼすことすら貴様は“願う”だけなのだ。自らの手で成そうという気概がない。情熱がない!」

提督(だが……こいつもまた、人が生み出したもの……。
人の悪意が艦娘に伝わり、その艦娘が他の艦娘に悪意を伝え……そうして紡がれていった負の連鎖だ)

提督(これは……人間の戦いだ……。だからこいつは人の死臭を纏っている……。艦娘の想いでなく、人間の悪意を備えている……。
ここで俺が決着をつけなければならない……艦娘を巻き込むわけにはいかない……)

足柄(……ブラックホールのようだわ。自分のエネルギーが無くなるか、提督の生命の全てを奪い尽くすまで攻撃し続けるなんて)

死角から一撃、蹴りを見舞いする足柄。取り込まれつつある提督の身体を化物から強引に引き剥がし、彼を横抱きにして救い出す。

提督「バカな……足、柄……!? なぜ……? そうか、応急修理女神をくすねてきたか……」

足柄「轟沈もしていないのに深海棲艦になるなんてゴメンだわ! もっとも、女神の力でも完全に深海化を消し去ることは出来なかったようだけれど……。
アイツに触れずに倒せばいいんでしょ? そういうことは先に言って欲しいわね」

ターン、ターンとスキップのように華麗に飛び回りながら後方から伸びてくる触手をかわし続ける足柄。

提督「もういい足柄。降ろしてくれ、損傷部分は再生した……奴に俺の身体を取り込ませることで」

足柄「意識が戻ったのはついさっきだったけど……死にすぎたとか言ってたのは聞こえていたわ。貴方の肉体、不死身だけど限界はあると見たわ。
……提督に無理をされて本当に死なれたら、今度こそ勝ち筋がなくなるわ。私のためにも、もう少し自分の命を大切にしてよね」

提督「なにが勝ち筋だ。あの時逃げてさえいれば、こんなことにはならなかったものを……ばか者め」

足柄「私から言わせれば、あんな化物にたった一人で立ち向かっていくなんて貴方の方がよっぽどバカだと思うけどね。
でも……今の提督、カッコ良いわ。あれは自己犠牲じゃない、生き残る覚悟の上でああいう判断を下せるなんて驚いたわ」

足柄「だから私はここに残った。それだけの情熱と覚悟を持ったあなたが、一人ぼっちで死んでいくのは見逃せない」

足柄(それに……やっぱりあなた生き急ぎすぎだわ。抱きかかえていて感じた……生気が薄れている。
私の前では肉体の再生速度を早めてみせていたようだけど、本当はもう限界が近いって気がするわ)

提督「やれやれだな……一時の情に流されて命の危機を冒すとは愚かなやつだ」

足柄「あなたにだけは言われたくないわ、心外よ!」

提督「とまれこうまれ……もう、奴を倒す以外にお前に生き残る道はない。そして俺はお前の生命の保証をすることが出来ない。
だから覚悟を決めてくれ……俺より先に死ぬ覚悟を決めろ。俺はお前を足蹴にしてでも生き残ってみせる」

足柄(自分にそう言い聞かせてるつもりかしら? ……私が危なくなったら本当に限界が来ていたとしても捨身で助けようとするくせに)

足柄「あなたねぇ……私のことを邪魔だと思ってるでしょ。私がいなければ最悪死んでしまっても良かったなんて考えてない? 隠したってムダだわ」

ファサと髪を掻き揚げて、提督を見つめる足柄。

足柄「けれど……今だけでいいわ。今だけでいいから……私を信じて。私、足柄は絶対にあなたに勝利を導くわ」

提督「ならば……訂正しよう。そうだな……何と言うべきか……」

提督「覚悟を決めてくれ、足柄。俺と心中する覚悟を決めろ」

足柄(彼から出てくる言葉はみんな裏返しだわ。で、私がそれに気づいているって、分かっててこんなふうに言うんだもの……おかしな人ね)

足柄「いいわ……それでいい! 絶対勝って生き残るわよ? いいわね!?」
661 :【ED-2】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/23(土) 12:21:13.71 ID:xlyHE8aw0
鋼片や肉の屑を撒き散らしながら、悲鳴のような嗚咽のような音をあげて倒れる化物。

負傷しながらも怯むことなく、精悍な顔つきで砲を構えている足柄。

既に再生能力をほとんど失い、ところどころ液状になりかけながらも足柄の背負った艤装に掴まっている提督。

足柄「ハァ……ハァ……ハァ……ァァ……さぁまだやる? 何度でもぶっ飛ばしてあげるわ……!」

提督「ッ……ぐ……いや、もう……終わったようだ……。もうやつが立ち上がることはない」

提督「見ろ、あの化物の力が……変換されていく。どうやらあの塔と同じように、火星へ向かっているようだ……」

足柄「それじゃ……勝ったのね!? やったわね!!」

提督「ああ、やったな……ありがとう。足柄」

足柄の背中から離れて、ヨロヨロと隣の部屋へ向かっていく。

提督「置き土産か……。俺の身体はこの塔を離れると無限に崩壊を繰り返す。再生を上回って細胞が死んでいくので、やがて完全に消滅してしまう。
だから、かつて俺たちがワープした時のような方法を使って、肉体を冷凍保存するためのシェルターを用意しておいたのだが……」

足柄「それがこれ、ってわけ……」

小部屋一体に瓦礫が散らばっていて、床の一部が凍っている。

提督「塔の中にあったものは、目的地に到着した際に生命を除いて消滅してしまう。
このシェルターをワープさせ、次にシェルター内の座標に俺をワープさせるという計画だったのだ」

提督「ただ失敗したリスクも大きかった。残念だが、かえってこれで良かったのだと考えよう。……もう一つ方法はある。最終手段だがな」

・・・・

足柄に肩を借りながら、この階層にある最奥部の部屋へと辿り着く。機械から伸びる数本のケーブルを自分の身体を取りつける提督。

提督「良かった……壊されてはいないようだな」

提督「俺という存在を0と1とのデータに変換する。肉体の死はもう免れないが、何もかも消失してしまうよりはマシだ」

足柄「……死んでしまうの? 俺と心中しろなんて言ったじゃない」

提督「肉体が死ぬだけだよ。俺の精神そのものが滅びるわけじゃあない。データに変換しておけば俺は電脳空間上で行き続けることができる。
それに、いつかはデータから可逆的に肉体を復元できるようになるかもしれない。死ぬわけではないさ」

提督「精神や脳の情報をデータに変換して、あとは火星に着いたであろう雪風や磯風に回収してもらう。人工知能のようなものになる……というところだ」

・・・・

提督「……変換に存外時間がかかるな。幸い、火星へ向かうスピードもあの塔よりだいぶ緩やかなおかげで、どうにか間に合いそうではあるが」

ベッドのような装置の上で横たわる提督。提督の情報が画面に出力されていくさまを足柄はやや放心した様子で眺めている。

足柄「データに変換されると言うのに、あなたは全然平気なのね。なんだか不思議だわ」

提督「変換と言うのは語弊があるかもな。俺の脳を読み取って、読み取ったものをデータ化しているのであって、俺自身が特にどうというわけではない」

足柄「……そういう意味じゃないわ」

提督「そうか。それより、こうして何も考えずに横たわっているのは思いのほか暇なんだ。頭の体操がてら、少し話でも聞いてくれないか。取りとめもない話だが。
100万回生きた猫、って知ってるか。昔の絵本らしい。俺は金剛から話を聞いただけだから、内容を読んだわけじゃあないんだが」

足柄「知ってるわ。子供の頃に読んだ」

提督「輪廻転生を繰り返した猫の話だ。死んでは生まれ変わり、飼い主を転々としていた猫がある時、誰の飼い猫でもない野良猫に生まれ変わった。
猫は雌の白猫と出会って、結ばれて……やがて白猫は年老いて死んでしまった。百万回生きた猫はその時生まれて初めて悲しんだ」

提督「今まで飼い主が自分の死を悲しもうが何も思わなかった猫は、白猫が死んだ時に生まれて初めて悲しんだんだ。
猫は百万回泣き続けて……やがて泣き止んだ。白猫の隣で動かなくなり、もう二度と生き返ることはなかった。……」

提督「人から聞いた話を自分なりに想起しただけだから……少々うろ覚えだったのだが。いや……俺も、その猫と同じようなものなのかもしれないなと思ったんだ。
猫は、飼い主たちが嫌いだった。野良猫になった時だって、他の猫に自分の経歴を威張り散らしていた。だが、白猫が死んで、初めて悲しんだんだ」

提督「ただ……俺は、これを悲劇の話に思わない。むしろ、猫にとって幸せだったのではないかとすら思う。うまくは言えないのだが……」

提督「俺は、もうこの肉体で雪風や磯風、皐月、響、金剛……あいつらと会えなくなるのだと思うと、少し、哀しみの念を覚える。
思えば俺も、人生で初めて今悲しいという感情を体験しているのかもしれない。別れというのは、辛いものだ」

提督「だが……別れが悲しく思えるほどに、あいつらのことも、お前のことも、大切に思えるようになった自分が、少し誇らしいのだよ」

足柄「やめてよ。そういうしんみりした話されると……泣いちゃうじゃない」 そう言って上を向くが、既に目尻が潤んでいる

提督「すまないな、お前まで悲しませようとして言ったわけじゃあないんだ……少し自分の成長が感慨深かっただけだ。また一つ、真理に近づいたと思っただけだ」

提督「それに、さっきも言ったろう。俺は死ぬわけじゃない。また会える……またいつか、きっと」

それから数十分、提督と足柄は他愛もない話を続けた。話し飽きた提督が眠りに着くと、しばらくして部屋全体が光に包まれ……足柄は気を失った。
662 :【ED-3】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/23(土) 12:39:54.40 ID:xlyHE8aw0
夢を見ているかのようだ。まどろみの中にいる。ここは水の中……海、なのだろうか。
前にもこんなことがあったような気がする。前? いや、前は似ていたが違う。もっと暗く悲しい海だった。
ここも暗いことには変わりがないが、不思議と暗闇を感じさせない。何かに抱かれているような温かみと安心感がある。

何かが見える。見えると言っても、目に何かが映っているわけではない。そもそも自分には目というものがあるのかさえ分からない。
青い星から飛び立ったロケットのようなものが、赤い星に向かって飛んでいく。これは確かロケットじゃなく、塔だった気がする。
なんという名前だったかも知っていたはずだが、どうにも思い出すことができない。

そう、自分はこの塔の中にいたんだった。この塔で、おぞましい化物と対峙していた。
かつてあの青い星を支配していた存在が、感情というものを持った人間を警戒したのは、
心というのはあのような醜い姿にもなり得るということを危惧していたからじゃないかと思う。

けれど、感情そのものは、きっと素晴らしいものなのだと感じている。
自分はずっと、知性こそがこの世の全てだと思っていた。それは半分正解で、半分は間違いだ。
好悪や興味の感情が沸き起こらない時、知性は発生しない。知りたいとすら思わないから、知に辿り着くことがない。
真剣に自分の目的を果たそうと努めていない時、知性を発揮できない。真剣でないから、知を活かすことができない。
心というものに触れて、向き合って。今の自分は、前よりも完璧から離れた頼りない存在になってしまったかもしれない。
けれど、これでいいのだと思う。他人を受け止めたり、受け入れたりするということは傷つき痛みを伴う。
その痛みさえも今は愛おしいと思えるから……これでいいのだと思っている。

塔は赤い星に辿り着くと、強い光を放つ。光は星の表面を駆け巡って、海を、大地を、空を形成していく。心地よい風が吹き抜ける。
大地は緑で彩られ、海は生気に満ち溢れている。塔を動かすために糧となったものたちが、新たな生命に生まれ変わったのだろうか。
緑の上で、海の上で、なにやら楽しそうにしている子供たちがいる。すごく懐かしい気持ちがするのだが、今の自分には思い出すことができない。

・・・・

ここは誰かの夢なのだろうか。どこかで見たような光景が、断片的に繰り返されていく。
けれど、ほとんど何も思い出せなくなってきている。記憶が茫漠としている。時間が経てば経つほどに記憶が曖昧になっていく。

――ねえ。

声がする。どこから声がしているんだろう。そもそもどうやってこの音が聞こえているのだろう。耳なんてないはずなのだが。

――あなた……まだずっとこうしているつもりかしら。そろそろ限界みたいよ。

こうしているつもりと言われても、自分からこうなった覚えはない。ただ、どうにもこの状態も長くは続かないということらしい。

――思い出せないなら、私が話してあげるわ。

ああ、でもなんだかこの声は聞き覚えがある。そうだ……せっかくだし、なにか知っているようなら聞いておきたい。
まず、思い出せないことが多すぎる。どうしてこんなに記憶が薄れていくんだ? 自分の名前さえ思い出せない……。

――記憶が薄れるのは、あなたが少しずつ遠くへ向かっているからよ。あなたがこの世界にいたという証が薄れつつあるから。あなたの名前は哀。

アイ、か。生前は女性だったのか……? いや、違う気がするな。自分のことを俺と言っていたっけな……。まあそれはどうでもいい。
どうしてあんたは俺の名前を知っている……?

――そりゃあ当然よ。私はあなたが消滅する直前まで一緒にいたもの。『また会える』なんて言っていたのに、それも忘れちゃったのかしら?

そんな約束のようなことも言ったかもしれないが……すまない、まだ思い出せそうにない。
ただ、お陰で別のことを思い出した。俺には大切なものがあった。心の底から守りたいと、見守っていたいと思うものがあったんだ。

――たぶん、それは皆無事よ。あなたのおかげでね。でも……あなたがいなくて悲しんでいる人もいるわ。

そう、か。無事なら良かったが……悲しませているのか、それは残念だ。お前も、悲しいのか……?

――当たり前じゃない。もうあなたと会えないのは……悲しいわ。だからこうして話をしているの。
  私の話を聞いて、思い出すのよ。自分が何者であったのかを思い出すの。思い出せば思い出すほどに、近づいてくるはずだから。

(近づいてくる?)思い出す、か。…………。そうだ、俺には大切なものの他に、憧れがあった。
知識を得ることが好きだった。知識を使うための知恵を学ぶことが好きだった。
だが……もう今となっては知識も知恵も、何も覚えてはいない。俺が今まで知ったことや経験したことは、全て無駄になってしまったのだろうか。

――そうじゃないわ。あなたの頭脳が、私や他の艦娘を救ったのよ。こうして今話を出来ているのも、あなたのおかげ。

艦娘……救う……? そうか、雪風や響は無事なんだな……。知性……そう、知性に憧れたのは、兄さんが、繋兄さんがいたからだ。
そうだ、俺の目的は、小手先の知識なんかじゃない。もっと大きな知のために動いていたんだ。今ここで全て忘れてしまってもなお、俺は真理へと向かいたい。

そう……。この世界の全てを知り尽くすまで、まだ終われないんだった。まだ、やり残したことがあったんだ。
おかげで思い出した……礼を言うぞ、足柄。

――思い出すのが遅いのよ。『死ぬわけではない』なんて言ってたくせに一人で死にかけてて。もう少しで本気であなたと心中するところだったわ。

思い出せなかったのは謝るが、意地の悪い冗談はよしてくれ。アレはだなあ……言葉通り捉えるもんじゃないぞ。

――分かってるわ。にしても……ふふふっ。初めてあなたと会った時のことを思い出したら、今こんな風に話していることがおかしいわね。

そういえば俺が初めて会って話をした艦娘はお前だったな。他のやつとも書類でのやり取りをしていたことはあったが……ああも強烈だとお前が一番印象深い。
最初に会ったのが足柄で、最後に別れたのも足柄だった……こういうやつを因縁、というのだろうか。

――運命、とかもうちょっとマシな言い方は無いのかしら。さて、もうお別れの時間だわ。私がやれることはこれでお終い。あとはあなたの意志次第。

視界が開けてきた。自分の目の前に、赤い糸が伸びている。さしずめ俺は蜘蛛の糸を差し伸べられたカンダタというところなのだろうか。
糸の先を掴んで引いてみる。ミシンのボビンのようにぐるぐると糸が俺の身体に絡みついていく。
663 :【ED-4】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/23(土) 12:53:10.38 ID:xlyHE8aw0
足柄「おはよう。目は覚めたかしら?」

提督「ん……」

雪風「しれーっ!!」

ムギュと雪風が抱きついてくる。しかし様子がおかしい。明らかにでかいのだ、物理的に。
これは雪風が成長したとかそういうことではない……俺の身体が、縮んでいる!?

皐月「良かったぁ……本当に、良かった……」

皐月が涙を流しているのだが、この状況を理解することが出来ず、俺は疑問を口にせずにはいられなかった。

提督「お、おい……どういうことだこれは……説明してくれ」

提督(声が……高い! 気持ち悪いなぁ!? 子供になってしまっている!?)

響「まあまあ……こっちは随分待たされたんだ。少しぐらい再会の余韻に浸らせてくれてもいいだろう」

すりすりと頬をこすりつけてくる響。分かった……しばらくの間説明は諦めることにする。この状況を受け入れるしかないということだけは理解した。

・・・・

提督「!?!?!?!? 何を言っているんだ!? 頭がイカれているのか!? それとも俺がイカれているのか!?」

磯風「いや、彼女の話は事実だ。データに変換された君は、繋と同様に打ち捨てられた人工衛星を介してこの火星に辿り着いた。
そこまでは良かったのだが……。存在全てが電脳空間で生み出された繋と違って君は人間だ。記憶の情報や知識の情報は保存することが出来ても、肉体と魂がなかった」

繋「かつての君の肉体は……死んだ回数分魂を複製しているものと思ったが、どうにも違うらしい。数個の魂でローテーションし、死ぬたびに循環していたようだ。
というより、一つの魂を複数個に分割していたという方が近いかな。けれど、君の肉体が完全に消失してそれぞれの魂は本当に離散してしまった。
こうしてこのように君を再び蘇らせるためには、純粋な記憶だけじゃなく魂の記憶も必要だった」

繋「その、君の記憶をプライバシーの侵害にならない程度に読ませてもらったんだけれど。そう、地球上に存在する物質全てが地球の重力に導かれているのに近い。
そこの足柄さんが、最も君の魂を引き寄せやすい波長を持っていた。彼女は、行き場をなくして消滅しつつあった君の魂を自分のもとへ強引に手繰り寄せた」

足柄「そういうことよ。私に感謝なさい?」

提督「待て、精神や知識をデータに出力しただけでは足りなかったということは理解した。足柄が俺の魂を引き寄せたということも理解し難いが納得することにする。
だがこの俺の身体は一体どうしたんだ? 産んだって……どういうことだ?」

足柄「そのままの意味だけど? 写真が見たいのかしら。全部バッチリ撮ってあるわよ」

雪風「しれぇの赤ちゃんの頃、すっごく可愛かったんですよ〜。今も可愛いですけどね!」

磯風「少しも泣かないから呼吸させるのに大変だったんだぞ」

提督「冗談だろ……誰か嘘だと言ってくれ……。そんなことが出来るはずがない」

ヲ級「いいや、この足柄という艦娘にはそれが出来た。恐ろしいことに彼女は私が数千年の時間をかけて体得した力の片鱗を身につけてしまった。
魂の記憶をもとに君の肉体を胎内で再構築していったのだ。壮絶な意志の炎を燃やさなければ出来ないようなことだが……彼女はやりおおせた」

提督「いや、いや、いや、いや……分からない……。とにかくこうしてお前たちと再会を果たせたのは、喜ばしいことだ。心から嬉しいと思う。
それはそうなのではあるが……。う、嘘だろう……こいつが……母親? 足柄、が……? ダメだ……脳が理解を拒んでいる……」

足柄「受け止めるのは難しいでしょうから、無理に考えなくてもいいわよ。最後に必要だったのはあなたの生きたいという意志だった。
だから……またこうして会えて、良かったわ。また生きようと思ってくれて、良かったわ」

・・・・

皐月「しれーかーん! 遊ぼっ! ポーカーはどうかな」グイグイ

文月「ダメだよぉ、司令官はこれから文月とクリオネの鑑賞会が予定があるんだからー」グイーッ

提督「おい、俺の手で綱引きするのはやめろ……。(駆逐艦の連中といると身が持たんな……)」

金剛「HEY! 提督ゥー! ちょっとこれについて聞きたいことがあるんですケド〜」

提督「あぁ、例の件か。それはだな……ああっ、ちょっ……お前ら、腕が千切れる……!」

ヲ級曰く、この身体は数週間でもとの俺の体形に戻るらしい。それまではこの子供の姿で過ごさないとならないわけだが……。
この金剛のように、俺がかつて提督だった頃と同様の関係を続けている者が多いが、
見た目のせいでこのようにしばしば皐月らの遊び相手という名の玩具にされなければならなくなったのである。それもまた楽しいのではあるが。

皐月「例の件?」

提督「肉の味がする作物を作っているのだよ。まだ試作段階だが……結構イイところまで来ている。
今はまだ平和かもしれないが、俺たちがこうしてこの星で暮らしていけば、やがては地球に居た頃と同じ問題に直面することになる」

皐月「司令官はやっぱり司令官だなあ。そんな先まで見通しているなんて……。でも! それはそれ、これはこれ。今はボクたちを遊ぶのが先約だからね!」

金剛「モテモテですネー? テートクゥ? じゃ、またあとで呼びに来ますネ〜♪」

提督「お、おい……待て! 金剛……俺を見捨てるのか!? く、くそぅ……分かった二人とも。ポーカーもクリオネも承った! まず引っ張るのをやめろ」

皐月「ふふ、やったね。じゃあボクが先だ!」
664 :【ED-5】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/23(土) 13:14:41.33 ID:xlyHE8aw0
磯風「ご苦労だったな。なかなか君も大変だな……」

提督「ああ。ドックの建設は順調か? ヲ級や泊地水鬼みたいな生き残りは例外として、深海棲艦と戦う必要はないから工廠は必要ない。
だが……お前たち艦娘は定期的に艤装のメンテナンスを行ってやらなければならないからな。
それだけで半永久的に生き続けることが出来るというのは俺のような人間からすれば羨ましい話だが」

響「ドックの方なら順調さ。ところで司令官にはもう再生能力が無いんだったね。じゃあいつかは……」

提督「時が来れば……いずれはな。だから、この身体の寿命が来る前に、今度は本当に俺の全てを電脳空間上に出力する術を考えないとな。
お前たちだけ生きているのに、俺だけは先に死んでしまうなんて不平等だからな。まだ俺にはやりたいことがたくさんある」

響「“真理の箱庭”、か。この世の全てを再現して全知へと至ろうだなんて……全く大した御仁だよ。畏れ入る」

提督「そうだな。それもあるが……今は。お前たちの成長を見守っていたい。肉体的な成長じゃなく……お前たち艦娘の、魂の煌きに惹かれている」

響「そうかい。お、雪風……気が利くね」

雪風から手渡されたウォッカの瓶をラッパ飲みする響。提督にはオレンジジュースの入ったコップが渡される。

暁「あら、司令官はいつもコーヒーを飲んでいたと思ったけれど……」

提督「ああ。残念なことに、味覚まで子供のそれになってしまっているのだよ……トホホ」

雪風「でも、今の司令……なんだか弟みたいで面白いです」

提督「お、弟だと……。この状態でも辛うじてお前よりは背が高いのにも関わらず、弟と申すか……」

響「大差ないんじゃないか。艤装の差で雪風の方が少し高いぐらいだから、ほぼ同じだろう」

泊地水鬼「ショゲナイノ……提督……」 膝を折り畳んで提督の目線までしゃがむ

提督「気遣っているふりして遠回しにバカにするとは、やはり深海棲艦とは人類の敵だな。
そうやってわざと俺の目線に合わせて頭を撫でて……完全に子供のお守りではないか……!」

・・・・

天城「やっぱり人が集まったら鍋が一番ですね〜」

飛龍「空母戦もお鍋も先手必勝! このお肉は私がもらいます!」

蒼龍「ちょっと! 後輩がいる手前でがっつかないでよ、みっともないったらぁ」

雲龍「」ゴッ バキャアッ

葛城「ああっ!? どうしてそんなに卵を割るのが絶望的に下手なのよ! 私拭くもの取ってくるわ!」

瑞鶴「提督さん、お肉ほとんど食べないで野菜ばっかり食べてるけど、平気なんですか?」

提督「いや、俺はこれでいいのだ。……やはり概ね実験は成功といったところか。食べ比べてみて、食肉と遜色ないということが分かる……」

翔鶴「提督、お豆腐がいい塩梅ですよ。どうぞ」

熱々の豆腐を箸で掴んで提督の口にそのままねじ込む翔鶴。

提督「お゛ぉッ!? あ゛っ、あひゅ……。おま、お前……あ゛っつ……あひゃぎ、赤城……水をくれ……」

赤城「ああっ、いけないわ! 提督……お水です。しっかり」

翔鶴「あら、ごめんなさい。ちょっと熱すぎましたね」

加賀「翔鶴あなた……。戦闘のことは一通り教えたつもりだったけれど、その前にまず常識を教えておくべきだったわね……」

提督「翔鶴……お前の殺意、しかと受け止めた……大したやつだよ」

翔鶴「えっ、加賀さん? 提督? ……お豆腐が美味しそうだったから食べてもらいたくて、それだけなんですって! あっ、やめっ、熱ッ!!」

・・・・

朝霜「えーっ!? まーたバイオカツかよ! たまにゃあ普通の肉がいいんだけどなー」

清霜「味はおんなじなんだけどね。やっぱり私たちカツ評論家からするとバイオカツはまだまだって感じかな」

提督「あのなぁ……バイオカツとかいう呼び方はやめろ。食い気が失せるだろう。しかし、ここの連中は本当にカツが好きだな……」

霞「あら、あなたもこのヴェアヴォルフの一門なのだからカツの舌利きぐらい出来るようになってもらわないとダメよ」

提督「いつから一門に加えられたんだよ……」

足柄「私たちは常に勝ちに貪欲なのよ! いついかなる時でも戦いに勝つ! ってね」

大淀「でも、今日のカツはなんだか優しい味ですね。美味しいです」

足柄「ふふふ……いつもの二倍増しで愛情込めて作ったから当然よ」

提督(俺はまだこいつらの領域についていけそうにない……)
665 :【ED-6】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/23(土) 13:17:51.26 ID:xlyHE8aw0
かつての鎮守府を模した建物の屋上に提督は立っていた。一仕事終えた疲れを癒すため休憩していると、足柄がやってきた。空は夕焼けに包まれていた。

提督「本当に数週間したらもとに戻ったな。あのまま一生子供だったらどうしようかと肝を冷やしたが……」

足柄「それでも良かったんじゃないかしら。あれはあれで可愛げがあってよかったわよ」

提督「俺が良くないのだよ。……しかし、世話を焼かせたな。相当苦労したと聞いたよ。
本当に、こうしてお前たちと再会できたのは幸運に思っている。お前にも、感謝してもしきれないぐらい感謝している……」

提督「何か、そう、……礼を返したい。望みはあるか? なんでも叶えてやる」

足柄「いいのよ。私がそうしたかったから、あなたに会いたいと思ったからやったことだから、恩なんて感じなくていいわ」

提督「別に俺も恩情を感じて、それに報いるために礼を返したいと言っているわけではない。
そんな義務感じゃなく、……俺がしたいからさせてくれと言っているのだ」

足柄「そう。じゃあ……」

パンッ!

両手を叩くと、彼女の掌が光り輝く。光が収まると、彼女の手の中には銀の指輪が二つ。

足柄「これ、受け取ってもらえるかしら。……い、一応確認しておくけど。意味は分かるわよね?」

目を丸くしている提督。

提督「意味は分かる。分かるが……それより気になることがある。手品か、これは……? いや、違う……」

足柄「あのヲ級がやっていたような大掛かりなことは出来ないけれど……このぐらいなら容易いわ。
これも、あなたが居たから気づくことのできた、私の能力……」

足柄「もっとも、ヲ級のとも厳密には違うらしいけれど。あいつは燃料や鋼材といった資源を消費する必要がある。
けれど私にはその必要もない。よりエコというわけね。その分、強い感情を必要とするけれど」

足柄「こ、これで、分かるわよね……? あなたへ、これを渡したいと思ったから成功したのよ!?」

指輪を手に取り、自分の指ではなく足柄の薬指に嵌める提督。

足柄「えっ? あなたが嵌めるんじゃないの?」

提督「いや、何も間違っていないと思うのだが……お前の申し出を受け入れるという意味で、こうしたつもりなのだが」

微妙な沈黙が流れたあと、提督が顔を赤らめて言葉を発する。

提督「ン……いわゆるカッコカリなのか? そうか、だったら交換なんてしなくていいのか。俺が自分で嵌めて、お前も自分で嵌めればよかったのか」

足柄「んにゃ……!? あ、いや、そうじゃないです! そこまで本気なんですよね! ほ、ほら、えいっ」

気まずい空気を強引に押し込めるように提督の薬指に指輪を嵌める。

二人の左手の薬指に、おそろいの銀の指輪が淡く輝いている。

足柄「じゃ……じゃあ……。続き、よね……」

提督「儀礼的にはそうなるな」

足柄「ま、待ってね! ちょっと心の準備が……スー、ハー! スゥー……ハァー」

提督「俺も心の準備というか、確認したい。どうして俺なんだ? 俺で良かったのか……?」

足柄「え……指輪まで渡しておいて、今更そんなことを聞くの? あなた以外いるわけないじゃない」

足柄「私の力をこんなに引き出せるのも、私が……結ばれたいと思うのも……あなた以外、いるわけないじゃない。
そうでなかったら、こんなことしていないわ」

足柄「あなたのことを、心の底から愛しく思うわ。あなたのことが誰よりも素敵に見える。……惚れたのよ」

提督「そう、か。……いや。そうか」

頬を紅潮させ目を潤ませている足柄。不意に抱き締められて、唇を塞がれる。

提督「はっはっ……こういうのは普通、俺の側から言うべきだったな。言わせてすまない。少し不安だった……生まれて初めて、緊張をしていた」

提督「俺も……お前に惚れている。お前のことを、もっと知りたいと思う。こんな気持ちにさせてくれたのは……お前だけだ」

強く抱き締めあうことで、お互いの身体の震えが収まっていく。二つだった影は沈みゆく夕焼けの中で一つの大きな影へと姿を変わっていく。

提督「さて! お楽しみはこれからだ、な……俺にはまだまだやるべきことがある! こんなに嬉しいことはない。お前と共にいられるなら、なおさらだ」

足柄「お楽しみってつまり……このあとの夜のこと?」

提督「下世話なやつだな……断じてそういう意味ではないからな! 行くぞ足柄。ほら、下から雪風たちが見ているぞ。祝福されてるんだ、行ってやらないとな」

足柄「見られてたの!? 急に恥ずかしくなってきたわ。でも……こうなったら開き直って見せつけてやるしかないわね! これからよろしく! 旦那様」
666 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/01/23(土) 13:25:42.86 ID:xlyHE8aw0
これにて完結です。6レスになってしまいましたが。
まず、投下がグダグダになってしまって申し訳ありません。
今回に限らず投稿が延び延びになることが多々あり……大変申し訳なく思っております。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
めっちゃくちゃエネルギーを消耗しますが、書いてて本当に楽しかったです。完結させることが出来てよかったです。



次の100レスは……リアルがリアルなのでやらないかもです。
また今回とはテイストの違うネタはあるにはあるのですが、ちとリアルの方が時間的に微妙……。
書けそうだと確信できる環境を得たらやるかもしれませんが、そうでない限りはこのまま2か月ルールでサヨウナラということで。

何はともあれ、ご愛読ありがとうございました。愛はないかもしれませんが、とにかく読んでくれてありがとうございました! 長かった……
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/23(土) 13:35:47.60 ID:eLbSRlCAO
乙 たしかに長かったな もっともここでの猛者は二年以上かかって完結した事もあったから長すぎるって事はないかと
母親から恋人というと真女神転生Uを思い出したわ
また別な話書くときあったら読ませてもらうわ
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/23(土) 17:59:45.91 ID:Alz3pzzZo
乙 足柄さん大勝利ィ!未来に向かってレディゴー!

実際のところ雪風が逆転した時点で勝負あったと思うたがまさかのコンマ
提督が真理の箱庭に到達するのか分からないが時間はあるからな

また機会があれば読みたいところ 体に気を付けてな
669 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/02/21(日) 19:35:37.17 ID:jEB85UdX0
お久しぶりです。
みなさま勝利チョコや最新鋭チョコ、世界水準を軽く超えたチョコ、ゴーヤチョコを日々もらっていることかと思います。
多くの人は冬イベも完走しちゃったんではないでしょうか。掘りの方は頑張ってください。
あとはAndroid版がリリースされるとかVita版が発売されたりとか……最近は話題に事欠かないですね。
自分はiPhone使いでVitaも持ってないのでわりと縁遠い話ではあるのですけれども。
とまあ挨拶はこのへんで本題へ。



どうにもまたやるらしいです。懲りずにまたやるみたいです。今回はまた違った趣向で行こうかなあと。
次の部はオムニバス形式でやってみようと思います。1章あたり16レス〜17レスの全6章構成になります。
なので、毎回違った艦娘やら提督やらが出てきます。前回みたく6人のヒロインの中から1人ではなく、6人それぞれとのEDがある感じですハイ。

で、前回は5レス区切りだったり、その前もたまに安価とか挟んでたりしましたが。
今回は最初にキャラを決めたら1章分そのまま始まりから終わりまで書いてしまいます。
かなり前は隔週ペースで投下とかしてたりしたんですが現状の>>1のリアルを鑑みるに無理そうなんで、だったら一月に一度ぐらいのペースでまるっと書いてしまおうかと。
ヒロインは最初に決まった時点で固定、そのため今回は好感度的な概念もありません。
またエクストラなんちゃらみたいな感じでレス数が伸びることもなく、十数レス単位で区切りながら淡々と進んでいきます。
安価が絡む要素は最初の決定段階のみ、シンプルでいいですね。ええ、シンプル。
これなら前みたくカオスなことにはならなさそうですね。イヤーソウダトイイナァ。



あの、5W1Hというのはご存知でしょうか。ご存知だと思うので説明は省きます。
"複数人がWho・What・When・Where・Why・How(必ずしもその全てではない)の部分だけを書き、
一斉に出して(あるいはそれをあらかじめ混ぜておいてランダムに引き)出来上がった文章のナンセンスさを楽しむ言葉遊び"があるんですよ。
そんな遊びはない? いやあるんですよ。Wikipediaにそう書いてあるんだからあるんです(えぇ……)。

冗談はさておき。最初の安価で舞台設定やテーマを決めてみようかなとか思いまして。
とは言っても、Why(なぜするか≒行動理由)・How(どのようにするか≒目的を果たすための手段)を安価で投げるのは難しいのでやりません。
ただ、What(何を)・When(いつ)・Where(どこで)の部分だったらわりと無茶振りが飛んできてもどうにかなるんじゃないかなと思い至りまして。

>>1は物語というものは以下の四つの軸で分類できると考えています。
・傾向
Whatにあたる部分です。その物語で行われる事象や描かれる描写の傾向。
例)アクション/バトル/恋愛/コメディ/ギャグ/ホラー/サスペンス/日常 など。
・舞台
Whereにあたる部分です。その物語が繰り広げられる場所や舞台、世界観。
例)都市/地方/異国/宇宙/SF/ファンタジー/異世界/学園/家庭 など。
・時代
Whenにあたる部分です。その物語における(読者である我々から見た時の)時代、世界観。
例)現代(近未来,遥かその先)/未来/過去(戦中,近代,中世,古代,原始) など。
・人物
Whoにあたる部分です。その物語に登場する人物や集団およびその関係。ラノベやギャルゲ的には俗に言うヒロインの属性とかもここに区分される。
例)少年少女/学生/青年/老人/貧民/王/マフィア/ヒーロー/スパイ/探偵/吸血鬼/ツンデレ/ヤンデレ など。
※ この四分類は私が適当に考えたものであって権威あるソースとか皆無です。あんま鵜呑みにはしないでください。

詳しくは次のレスで補足します。
670 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/02/21(日) 19:36:17.78 ID:jEB85UdX0
さっきの四分類……ですね。自分で書いてていまいち要領を得ない感じで恐縮なのですが(じゃあ何で書いた)。
えと、もちろんこれらはそれぞれを単純に切り分けられるようなものではありません。
たとえば『スペースオペラ』なら未来の宇宙が舞台となるでしょう(その世界が我々のいる世界の未来やこの地球のある宇宙であるかどうかはさておき)。
『学園ラブコメ』だったら学園を舞台にしたラブコメでしょう。時代も恐らく現代かそれに近い、“学校”という概念のある世界での物語になりそうです。
学園だったら登場人物も自然と学生、あるいは教師に絞られるでしょう。
世界観によっては突然テロリストが乗り込んできたりするかもしれませんが普通はなさそうです。
そんな感じです。とりあえずなんかお題をくれればそれに沿ってみるよという提案であります。

『学園もの』とレスがつけば学園生活になりますし、『SF』とレスがつけば前の部で書いた100レスみたいな感じになるかもしれません。
(多分あそこまで風呂敷は広げませんし、似たようなものは書かないと思いますが)
『異世界ファンタジー』とかレスがついたら……異世界……だと……? まあどんなジャンルでも多分なんとかします。
『漁業系ラブコメ』とか全く専門外のレスが来ても漁業について勉強して書ける範囲で書きますよ……たぶん。
ただ、注意して欲しいのはあくまでそれっぽい感じになるだけってことです。
『ハードボイルド』と書いて必ずしもハードボイルドな内容になるかと言われたらそうでもなく、そういう雰囲気になる、ぐらいの認識でお願いします。
過度に期待されても裏切ることになってしまうと思うので、予めそこは予防線貼っておきます。あくまでナンチャッテです。
また、よく分かんないorどうでもいいやって場合は省略も可です。



Who(誰が)の部分は何気にいつもやってもらってることだったりします。
毎回安価でヒロインの艦娘を決めて、コンマの値で提督のスペックが決まってますからね。
(例によってコンマで提督のスペックが決定するのは変わりませんが、シリアス度の判定は今回なしです)
今回はそれに加えてなんかこう一味違うデレデレなヒロインが見たいとかだったらそういうのも対応するですって感じですね。
決定方法は前回までと変わるのでそこだけが大きな違いとなります。
前回まではスレが始まる直前に対象ヒロイン6名を一気に決めていました。今回は1章1人という形式を取るため、一度に全てのヒロインを決めません。
各章が始まる前に安価を募集し、その募集レスから>>+1-5の間についたレスの中で、多く名前が挙がった艦娘がヒロインになるようにしようかなと。
名前の重複が無かったり、同率一位だった場合はついたレスの中で最もコンマの値が大きかったキャラで決定とします。
コンマも被ったら? ……その時はその時で考えます。



とはいえ、いきなりそんなことを言われても結局どうすればいいんだと思うことでしょう。
次のレスでサンプルを載せときますのでふわっと、なんとなく理解していただければ幸いです。
671 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/02/21(日) 19:37:40.31 ID:jEB85UdX0
----------------------------------------------------------------------
671 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/02/21(日) 23:00:00.00 ID:SureNusio
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。

>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト

↑『また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。』について補足です。
基本なんでもありですが以下のような例があります。
一般的な例:
アクション(バトル系,異能力,戦隊・ヒーロー,変身ヒロイン,スパイ,ヤンキー,能力バトル,吸血鬼など)/
ファンタジー(ハイファンタジー≒異世界もの,ローファンタジー≒現実寄り,ゲームファンタジー,魔法など)/
SF(スペースオペラ,サイバーパンク,ディストピア,タイムリープ,パラレルワールド,ロボットなど)/
学園(恋愛,スポーツ,学級,生徒会,部活,教師,学生など)などなど……。

ラノベや娯楽小説にありそうな要素をまとめてみましたが、>>1はほとんどラノベというものを読んだことがない人なのでちゃんとしたものが書けるかどうかは怪しいです。
あくまで上記は一例なので好きに書いてもらって構いませんし、よく分かんなかったら省略してもいいです。
また、これは艦これの二次創作であるため、安価の内容には従いつつも極力艦これの世界観に合わせていくつもりです。
>>1の予測すらも凌駕するぶっ飛んだオーダーが来なければの話……まあそうなったらそうなったで面白いのでなんとかしますが)

672 : 以下、名無し(ry [sage]:2016/02/21(日) 23:10:00.12 ID:sn0wst0rm
多摩

[When]未来
[Where]都市
[What]サイバーパンク


こんな感じでやる想定ですが、必ずしも[When]とかやる必要はないです(先述の通り切り離しが難しいジャンルもありますし)。
分かりやすいようにこうしているだけで、フォーマットとかはありません。自由な発想にお任せします。

673 : 以下(ry [sage]:2016/02/21(日) 23:20:00.50 ID:3werewolf
榛名

674 : (ry [sage]:2016/02/21(日) 23:30:00.84 ID:xPHOENIXx
阿賀野

[What]能力バトル


上のレスみたく全部指定する必要はなく、舞台だけとか時代だけとか作品の傾向だけとか、そういう感じでもオッケーです。

675 : (ry [sage]:2016/02/21(日) 23:40:00.11 ID:burnLove1
山雲

676 : (ry [sage]:2016/02/21(日) 23:50:00.63 ID:May/46497
Z3

[Where]南国(リゾート地)

----------------------------------------------------------------------
たとえば上記の例だと
コンマの値が最も高かった阿賀野がメインヒロインになります。
で、未来都市の南国のリゾート地でサイバーパンク的能力バトルのお話になるわけです。

???

まあ、ものの例えなんで……だいたいこういう感じになるよというイメージです。
なんとなく伝わってもらえれば幸いですし、例によってキャラ名だけ書いてもOKです。
気負わずゆる〜い感じで適当に書いてしまえばいいと思います。

※ 上記のキャラ・お題の例は>>1が自作したおみくじ的アイテムによって決定したものなんで、
こういう流れになることを期待して書いたものではありませんと注釈しておきます。
672 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/02/21(日) 19:38:10.90 ID:jEB85UdX0
/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。

>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 19:40:21.25 ID:PFxP7FaDO
瑞鶴
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 19:40:29.41 ID:vBh0j5NEO
秋月
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 19:40:44.61 ID:PpsOJPSqO
瑞鳳
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 19:40:56.38 ID:f8SfaYu+O
大鳳
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 19:41:11.46 ID:2XNG5+1WO
春雨
678 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/02/21(日) 19:46:25.56 ID:jEB85UdX0
お、揃いましたね。ホッとしました。
特に設定周りの指定はないんで普通に艦これの設定準拠でいきます(と言っても>>1の主観というノイズが混ざるのでアテにはなりませんが)。

>>675より瑞鳳が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。

[提督ステータス]
勇気:25(ヘタレ)
知性:41(中の下〜中)
魅力:61(やや魅力的)
仁徳:38(あまりない)
幸運:46(人並み)

まだ何も書いてないのであれですが、一ヶ月後ぐらいには16レス分投下されてると思います(願望)。
ではしばしお待ちくだされ・・・。
679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 19:49:59.76 ID:zQ49yMpAO
おお再開したか期待
ずほの提督あまり優秀ではないから内助の功的な感じかしらん
680 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/03/21(月) 19:41:50.24 ID:QNW/9c5G0
セルフ保守兼予告です
3/27(日)に投稿できたらと思っていますが、ダメだったらごめんなさい
(ダメでもダメなりに3/27に出来てる範囲まで投下しようかなと考えてます)



//// チラシの裏 ////
世間一般では卒業シーズンですが、自分の場合は年度末の諸々な案件に追われてましてね……いやまあそんな話しても面白くないのでそれはそれとして。
艦これやる時間もあまり取れず遠征しか回せてなくて資源がモリモリ貯まってます。鋼材以外の資源が10万超えたのひょっとして初めてかも。

今後の安価に影響しちゃうんであんまりこういうの書くのよくないかなと思いつつもちょっとだけ艦これに関する私見を書いてしまうと……。
バレンタインの追加ボイスといいホワイトデーといい初雪アツくないすか?
あれだけボイス追加されてる中でのバレンタインデーの初雪のいじらしさといい、それを踏まえてのホワイトデーもアツいですよね。
今一番艦これでキてるんじゃないかな、甲勲章5個持ってる私が言うんで間違いないかと(え
ごめんなさい余計なことを書きました。チラシの裏なので忘れてください
681 :【1/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/03/27(日) 23:31:54.80 ID:Ogtl1Ak10
柱島は狭い。面積はおよそ3.12平方キロメートルで、一時間も歩けば島の外れまで辿り着いてしまう。
島の外れに島尻の浜という砂浜があり、そこで和服を着た見知らぬ男が一人。
すまし顔で夕陽を眺めながら金管楽器を吹いている。緑がかった黒髪の若い青年だ。
瑞鳳は草葉の陰から彼を観察していた。

瑞鳳「……? あの人、何者……?」

当然、艦娘瑞鳳はこの男のことが気になった。漁船すらほとんど近寄らないこの島に、客人が来ることなど考えにくい。
ここ柱島は今や海軍関係者しか立ち寄ることのない島であり、艦娘を含めても総人口は百人に満たない。

そんな柱島に、舞鶴の温泉宿からそのまま抜け出してきたような格好の男がいれば目立つのも無理はない。
ゆえに、彼を最初に見た瑞鳳から出た一言は『誰?』でなく『何者?』という言葉であった。

??「僻地と聞いていたが……海も清んでいるし、何より人が少ない。良いところだね」

瑞鳳の存在に気づいた男は演奏をやめ、防波堤の傍に置いていた荷物の方へ歩み寄る。
トロンボーンをケースへしまおうとしているようだ。

??「きみ、中学生かな? 僕に何か用かい」

楽器の手入れをしながら、瑞鳳に話しかける男。

瑞鳳「ちゅ、中学生!? 違います! 私は……ず」

艦娘である自分の名を、目の前の見ず知らずの男性に名乗っていいか躊躇い言葉に詰まる瑞鳳。
手入れを終え荷物をまとめると、男は握手しようと瑞鳳に手を差し出す。

??「僕は乙川 奏(オトカワ カナデ)。ちょっとワケあってこの島に世話になることになったんだ。よろしくね」

瑞鳳「はい、よろしく……って」

彼の手を取る瑞鳳、その名前を聞いて目を丸くする。

瑞鳳「!? じゃあ、あなたが新しく来たっていう提督……?」

提督「おや。艦娘だったのか、きみ。名前は?」

瑞鳳「瑞鳳です。って……輸送船が着港した昼からずっと探してたんですよ!? どこに居たんですか今まで!?」

提督「瑞鳳か。聞いたことあるなぁ……何年か前の観艦式で見かけたことがあるかもしれないな……」

彼女の名前を聞いた途端顎に手を当てて考える仕草をする提督。『瑞鳳です』から先は聞き流したようだった。

提督「まあいいや、艦娘なんだっけ。よろしくね。そろそろ散歩も飽きてきたし、案内頼むよ」

瑞鳳(マイペースな人だな……こんな人が提督で大丈夫かなあ)

・・・・

柱島泊地――柱島から続く海底トンネルを経由して車で十数分の位置にある、海上に建てられた小規模な日本海軍の拠点だ。
規模からして海軍要港部と呼んだ方が相応しい小さな施設だが、通俗的に鎮守府と呼ばれている。
瑞鳳に急かされて、柱島港に停めてあったワゴン車に半ば無理矢理乗せられる提督。

提督「鎮守府ってこの島の中にあるもんじゃないんだね。どおりでこじんまりしてるなと思ったよ。あ、僕運転できないから」

運転席に座りハンドルを握っておいてこの一言。呆れる瑞鳳。

瑞鳳「え、え〜……先に言ってくださいよ!」

提督「君が運転すればいいじゃないのさ」

瑞鳳「私も出来ないから困ってるんですよっ! あっ、もうこんな時間!」

ポケットから取り出した懐中時計を見やると、何やら慌て始める瑞鳳。
バタンと運転席の扉を開け、小さくジャンプして提督に抱きかかり、腰に手を回してそのまま持ち上げる。

提督「!?」

神輿のように担ぎ上げられる提督。体格差からしてかなり無理のある絵面なのだが、瑞鳳はまるで負担に感じていない様子だった。
提督を持ち上げる労力などよりも、時間が押していることを気にしているらしい。

瑞鳳「走って間に合うかなぁ……急がなきゃ!」

提督「急がなきゃ……じゃ、なく、て……アッ……」

担ぎ上げた状態で走り続けるのは難しいようで、じょじょに提督を固定する腕の位置が彼の首元と腹部に移動していく。
プロレスで使用される技の一つ、バックブリーカーに近い体勢で運搬される提督。
華奢な体格の提督がこの無自覚な暴力に耐えられるはずもなく、わずか数分で意識を飛ばしてしまう。
682 :【2/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/03/27(日) 23:32:41.76 ID:Ogtl1Ak10
瑞鳳「軽空母! 瑞鳳! 戻りました!」

瑞鶴「お疲れー、随分遅かったわね。おっ、誰その男の人。彼氏でもできたんですか?」

瑞鳳「なわけないでしょ」

ソファに腰かけて足を組んでいる、ややだらしない彼女は瑞鶴。その隣で手を両膝の上に置いてちょこんと座っているのが秋月だ。
瑞鶴の呑気な問いかけを無視し、ぐったりしている提督を椅子の上に座らせる。

秋月「この人が乙川司令……?」

瑞鳳「そうそう、島の外れまで散歩してたんですって! せっかく色々教えてあげるつもりだったのに……今日はもう時間ないわね」

提督(うぅ……艦娘というのはおっかないな。いきなり殺されかけるとは……)

提督「ところで、やけに急いでいたけれど。これから何かあるのかい?」

瑞鳳「鍵閉めですよ。各施設の見回りをして、それぞれの部屋の戸締まりと点検をします」

提督「でも、ここって軍の施設だよね。閉鎖してるなんてことがあっていいのかい?」

瑞鳳「遠征部隊が長旅から帰ってくる時とか作戦発令時とかは夜に人が居ることもありますけど……普段は9時5時ですねー」

提督(17時になったら業務終了って随分と緩いんだな……)

秋月「24時間体制で警備し続けるための人員が足りてないんです」

瑞鶴「ま、そこまでする必要がないぐらい後衛だからお役所仕事でも問題ないってことだけどね」

提督「そう……あ、自己紹介。ぼくは乙川奏。ちょっとワケあって島流しの憂き目に遭ってしまってね。
半年間の刑期が終わるまではここで暮らさせてもらうよ。まあよろしく」

瑞鶴「刑期って……面白い冗談ね。私は瑞鶴、こっちは秋月です。よろしくね、提督さん」

秋月「よろしくお願いします!」

瑞鳳(この島に来たのって、左遷だったりするのかな……?)

・・・・

秋月が運転する車の後部座席で対話する提督と瑞鳳。
秋月の趣味か、車内のスピーカーからはテンポの速いユーロビートが流れている。
彼女たちの乗る車の先には瑞鶴の車が走っている。

提督「しかし……瑞鳳といい秋月といい、見た目だけなら義務教育さえ終えてなさそうなもんだけどねぇ……。
車が運転できるなんて大人の僕よりすごいじゃない、関心したよ」

瑞鳳(あれ……別の鎮守府で提督をやっていたならいちいちそんなことで驚いたりはしないはずよね。ってことは新人か)

秋月「艦娘は人間と違って肉体的な歳を取らないんですよ、艦ですからね。練度を上げて改造すれば見た目が変わることもありますけど……」

提督「練度ってのはつまり……レベルが上がると進化する、みたいな概念なのかな? ゲームみたいだね」

瑞鳳「演習や出撃で戦闘を経験すると、少しずつ艦娘は強くなっていくの。戦闘で傷ついた艦娘は入渠して回復するのよ」

提督「ふむふむ。そういえば意外と設備はしっかりしていたよねあの鎮守府。小さいとはいえ工廠や船渠なんかもあったし」

瑞鳳「鎮守府の中では一番新しく出来たところだから、規模が小さいだけで機材自体は最新鋭なのよ!」

やや自慢げに話す瑞鳳。

・・・・

柱島港の駐車場で秋月と別れる提督と瑞鳳。
先ほど乗ろうとしていたワゴン車から自分の荷物を取り出し、ガラガラとスーツケースを引く提督。

瑞鳳「提督のおうちまで案内しますね」

提督「うーん、よく知らないけど普通さ……寮とかあるもんじゃないの? 秋月や瑞鶴も自分の家があるって言ってたけど……」

瑞鳳「昔、深海棲艦の攻勢が今よりも激しかった頃に住民の半数は本島に避難したんですけど……幸いこの島は被害を受けなかったんです。
それからしばらくして柱島に拠点を作ろうって話が挙がって、その流れで島にあった空き家はほとんど軍が買い取ったんですよ」

瑞鳳「それを私たち艦娘や妖精たちがせっせとリフォームして今に至るってわけです」

提督「あ。それじゃあ、外食とかも当然無いってことだよね……? コンビニも?」

瑞鳳「個人経営の商店はあるけど、そのぐらいかなー。一通りの食材は売ってますよ」

提督「僕はどうやらこの島で飢え死する運命にあるらしいな……料理、できないんだよ」

瑞鳳「うーん……困りましたね。じゃあ今日は私の家に来ませんか? 晩ご飯、ご馳走しますよ?」

提督「ありがとう、頼むよ(今日に限らず出来れば毎日作ってもらいたいのだけど……)」
683 :【3/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/03/27(日) 23:33:13.56 ID:Ogtl1Ak10
瑞鳳「いつも通りの献立で悪いんだけど……めしあがれっ」

卓上に並べられたのは玉子焼き、親子丼、玉子とじの味噌汁、温泉卵を混ぜたポテトサラダ。

提督「(妙に玉子を推すんだな……)いただきまーす」

玉子焼きに箸を伸ばし、口の中へ運ぶ提督。咀嚼し、舌で味わい、飲み込む。
笑みを浮かべ、瑞鳳の方を見やる。

提督「おいしい! すごくおいしいよ」

瑞鳳「本当!? 良かったです〜。個人的には玉子焼きは甘い方が好みなんですよね〜。提督のおうちでもそうだったんですか?」

提督「いや……なんと言ったらいいか。子供の頃から出来合いのものばかり食べていたから、家庭の味という感覚がないんだよね」

瑞鳳「(なんかあまり触れちゃいけない感じだったかな……?)あっ、そうだ。テレビでも見ましょう」

リモコンに手を伸ばす瑞鳳を見て何か言いたげな提督だったが、口を開くことはなかった。
30インチほどの、平均的な大きさの液晶テレビにバラエティ番組が映し出される。
瑞鳳は番組の合間合間にあははと小さな笑い声を上げていたが、提督は終始白けた表情をしていた。

・・・・

空になった食器を台所まで運ぶ提督。瑞鳳はまだ食事中で、テレビに夢中な様子だ。
瑞鳳の座る椅子の背もたれに肘かけて話しかける提督。

提督「ごちそうさま、美味しかったよ。本当に美味しかった」

瑞鳳「えへへ、そんなに何度も褒められたら照れますよ」

提督「それで、君からしたら迷惑な話なんだろうけど……明日から毎日、僕のために料理を作って欲しいんだ」

テレビから注目をこちらへ向けるように、瑞鳳の耳元で囁く提督。
数秒固まり、頭上に!マークを浮かべる瑞鳳。頬が赤らむ。

瑞鳳「ええ!? それってつまり……プロポーズ!?」

提督「? きみ……どうして今のでそう解釈できるんだい? よく知らないけど、テレビの中での“お約束”ってやつ?」

提督「僕、料理出来ないからさ。もし君が良かったらお願い出来ないかなって話。嫌だったかな?」

瑞鳳「え? え? いや、良いですよ……」

瑞鳳(なんだ、早とちりか……。でも、無防備だったから、少し、ドキドキしてるかも……)

提督「それからさ。食事中にテレビ見るの、やめにしない?
僕あんまりテレビ見ないから流行とかよく分かんないし、それに、たぶん君と話してる方が楽しいと思うんだ」

・・・・

提督と別れた後、瑞鳳は風呂に入ることにした。
脱衣所へ向かい、手早く服を脱ぎ、脱いだ服を畳んでシャワーを浴びる。

瑞鳳「はぁ〜、今日はなんだか疲れたなー」

瑞鳳(提督……変わった人だったけど、ちょっとカッコ良かったかも? ……私、ヘンな子に思われてないかなあ)

瑞鳳(でも、料理喜んでくれてたし、そんなに悪くは思われてないはずよね)

メレンゲのように泡立てたシャンプーで髪の地肌を優しく包んでいく。
シャボン玉がふわふわと宙を舞う。目の前に浮かび上がる泡にふうと息を吐きかけ、遠くへ飛ばす。

瑞鳳(テレビ見ないとか、子供の頃から一人でご飯を食べていたとか、だいぶ変わった人だよね。なんかワケありなのかな……)

・・・・

提督「おはよう。今日も一日よろしくね」

自宅に訪れた提督の応対をする瑞鳳。
正方形の木製テーブルの上に皿を並べていく瑞鳳と、彼女の姿を見よう見まねで箸や小皿の用意をする提督。

紅鮭の塩焼きに白米、それから落とし卵の味噌汁、炒り玉子を混ぜたほうれん草のおひたし、目玉焼き。
席に着いて、机上に並ぶ椀や皿を眺め満足げに頷く提督。

提督「美味しそうだね。いただきまーす」

瑞鳳「いただきまーす。……提督? その格好どうしたんですか。軍服はありませんでしたか?」

箸を進めながら、提督の衣装について訊ねる瑞鳳。彼は濃紫色の着物姿だった。
着物といっても瑞鳳が知るような晴れ着ではなく、羽織って胴体部分を帯で締めただけの簡単な着つけで、袖丈も裾も短めの動きやすそうな格好だ。
カジュアルだがこじゃれている、飄々とした彼に似つかわしい衣装だったが、その格好はどう見てもこれから鎮守府へ向かう衣装とは思えなかった。

提督「軍服? 家には無かったから普段着を着ているよ」

瑞鳳「あれれ……用意し忘れてましたか。鎮守府にはあるはずなので、着いたら着替えましょうね」
684 :【4/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/03/27(日) 23:34:07.73 ID:Ogtl1Ak10
提督「わざわざ着替えなおすのは手間だなぁ……。このままじゃダメかい?」

瑞鳳「ダメダメ、そんなんじゃ部下に示しがつきませんよ」

提督「部下に示し、かぁ〜……。でも、僕がここにいるのは半年間だけだよ?
むしろ『あんなダメな奴が提督だった』ってなる方が次に来た提督にとって好条件じゃないかなー」

提督「事実、僕はこの鎮守府に来る際に提督としての一切の義務を果たさない良いって言われてるんだ。つまり任務も何もこなさなくてもいいってこと。
全ては僕の自由意志に任されているということで、そういう取り決めのもと僕はここに来た」

瑞鳳「それってどういうことですか……? 仕事しなくてもいいって……そんなことあるの?」

提督「さあてね。上のお偉いサンがどういう考えなのかは分からないけれど……。
そういうわけだから僕も余計なことはせず、平和な日常を享受させてもらおうかなと」

瑞鳳(どういうこと……? いきなり提督を任されるなんて、士官学校で首席だったとかなのかな?
でもあんまりやる気はなさそう……。ひょっとしてすごく偉い人のご子息だったりするのかな!?)

瑞鳳(で、でも、それとこれとは別よね。生まれが偉いからって仕事しなくていいなんて、そんなのおかしいわ)

考え込む瑞鳳を見て、一体何を思案しているのだろうと疑問に思う提督。突然身を乗り出してガシッと提督の両手を掴む瑞鳳。頭の中で結論が出たらしい。

瑞鳳(つまり! この人を一人前の提督に仕立て上げろというのが私たちに課せられたミッションなのね……!?)

瑞鳳「分かりました! 提督、一緒に頑張りましょ?」

提督「……?」

・・・・

瑞鶴の車で鎮守府に着いた二人。施設の開錠作業を終え、執務室で瑞鳳から手ほどきを受けている提督。

提督(色々説明されても正直よく分かんないなあ……ま、なんか張り切ってるみたいだし適当に話を合わせておこうか)

提督「それじゃあまず、どうすればいい? 言われた通りにすればいいんだろう」

何かを閃いたのか、部屋の端に置いてあるホワイトボードを取り出して、キュッキュッと絵を描き始める瑞鳳。

提督「これは、ドラム缶と延べ棒と……石……? よく知らないけど、これが噂の詫び石とかいう」

瑞鳳「違います! えっと、これが燃料で、これが弾薬、こっちが鋼材・ボーキサイトのつもりで描きました。
艦娘を運用するには、資材が必要です。戦闘や入渠の際にこれらを消費します!」

提督「えっーと、出撃で負ったダメージは入渠させることで回復できるって話だよね」

瑞鳳「そうです! まず、深海棲艦を倒すために、海を進む必要があります(当たり前ですけど)。ここで燃料を消費します。
で、深海棲艦との戦闘で弾薬を消費します。帰ってきて入渠するために、燃料と鋼材を消費します。再び出撃するために燃料と弾薬を補給します」

『出撃』→『戦闘』→『入渠』→『補給』→『出撃』→……というループを意味する円形の図を描く瑞鳳。

提督「深海棲艦と戦うために弾薬が必要、入渠で回復するために鋼材が必要、燃料はどの工程でも基本必要……って感じなんだねー」

瑞鳳「そう。で、このボーキサイトは……戦闘で消耗した艦載機の補充を行うために必要なの。艦載機っていうのは空母のメインウェポンです!
制空権を確保して戦闘を有利に運ぶためには、私たち空母が繰り出す艦載機が必須となるんです! 制空権というのは〜……。って……」

艦載機の絵を描いて説明を進める瑞鳳を尻目に、そっぽ向いて秋晴れの空に浮かぶいわし雲の流れを目で追っている提督。

提督「ええ? ああ、聞いてる聞いてる。なんだっけ? 前・下・斜め前にレバーを倒すやつみたいなのがあるんだってね。
えと……セイクーケン? それをマスターするととにかく良い感じとかそういう話だよね」

黙り込んでじとーっとした目で提督を見つめる瑞鳳。はにかみながら見つめ返す提督。

提督「ごめんごめん。少しボーッとしててね……すぐ完璧にこなせるようになれるほど優秀な人間じゃないけどさ。瑞鳳と一緒に一つ一つ勉強していきたいんだ」

瑞鳳(ちょ……そんなに真っ直ぐな眼で見られたら……)キュン

数秒硬直し、ブンブンと頭を振って我に返ろうとする瑞鳳。

瑞鳳「そ、そうかもね。あんまり一度に詰め込んでも大変か……。じゃあ、そうねえ……」

瑞鳳「さっきも言った通り、資材の管理は私たち艦娘を運用する提督にとって重要な仕事の一つと言えるの。
何度も艦娘を出撃させたり、無理な建造を行ったりしなければある程度は資材が補充されていくんだけど……」

瑞鳳「それだけじゃ艦隊を補強していったり、大規模な作戦に立ち向かうためには全然足りないの」

提督(どうして艦隊を強化したり大規模作戦に挑んだりする前提で話が進んでいるんだ……?)

瑞鳳「資材を得る方法は大きく分けて二つ! 艦娘を遠征に出すか、遠征や作戦などをこなして任務を消化するか、ね。
もっとも、出撃中に獲得できることもあるから、補給に必要な資材が少なくて済む潜水艦を酷使して資材を拾ってこさせるなんて裏技もあるけど……」

提督(サラッとえげつないこと言ってない……?)

瑞鳳「まずは任務を一つやってみましょうか。簡単な任務です」

ビシッと右手の人差し指を立てて提督を先導する瑞鳳。別室に案内するつもりのようだ。
685 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/03/27(日) 23:41:12.44 ID:Ogtl1Ak10
えと……今回は体験版ということでこの辺で区切らせていただけないでしょうか。
もちろんこの先も書けてはいるのですが、完結まではどうにもあと1〜2週間ほどかかりそうでして……。
大変申し訳ないのですがもう少々お待ちいただきたく……。



//// 第一章雑記 ////
残りは11レスなんで、今日投下した分は起承転結でいう起ってとこですかね。
なんか承が膨れ上がっててガッツリ削らないといけなかったり結が出来てなかったりと待たせておいて色々あれな有様なんですが……。
そもそも書く時間が……まあそれは言い訳にしかならないか。

チャラい主人公(?)とチョロいヒロインのやや甘めな感じになるかもしれないし、
そういう風に見せておきながらいきなり裏切ったりするかもしれませんが、まあ大体そんな感じです(どういうことだ)。
前の部とはテイストが違ってこういうのもなかなか書いてて楽しいですね……遅筆なのをなんとかしたいところですが。
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/28(月) 19:01:12.77 ID:Ah500GsfO
乙 新シリーズ開始か 期待して待ってる
687 : ◆XsVxKts4oQ [sage saga]:2016/04/13(水) 12:44:44.44 ID:PmifM8ryO
お待たせしました。4/16(土)の夜頃投下予定です。
次のキャラを決める安価募集レスは今回分投下の直後ではなく4/17(日)12:00頃に書くつもりなので、
次の安価を狙ってる人はその辺の時間帯に待機しているとよいでしょう。
それまでに次に一押しのキャラとか読みたいネタとか考えておくのも戦略かもしれません。



////雑記////
二週間ぐらい待ってと言っておきながらさらにかかってしまってこのザマです。
いちおー、遅れた分も取り返せるぐらい面白い作品にすることで償おうと思ってますがー……(思ってるだけです)。
これでも頑張って書いてるつもりなんで……もう少々お待ちいただけると幸いです。
ほら、年度末とか新年度の始めとかは色々とね……(泣

いやー、それはそれとして前回の物量感覚でやってて尺配分完全に間違えたよね。15レスって長いようで短いよね。
あと今更ながら6-4ってめっちゃ難しいっすよね。いやスレに全然話関係ないですけど。
戦艦水鬼,戦艦棲姫,空母棲姫,ツ級elite*2みたいな編成で来られるのとどっちが難しいんだろうかとか一瞬考えてしまう程度にはヤバいっすね。
もちろん資源消費とか考慮するとそういう編成で来られるよりは6-4の方が数段易しいんでしょうけど。
ただ、体感的にはそのぐらいに今までにないヤバさを感じております。支援艦隊出せないですしねー。
まあ難しいとはいえ別に期間限定海域やEOというわけでもないので焦らずゆるゆる攻略していきます。
688 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/13(水) 22:17:18.97 ID:r6aDIS7T0
出先からの投稿だったんでトリップ間違えてますが本人です。
なにげに投稿時間がゾロ目ですね。だから何って話でもないですが
689 :【5/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/16(土) 23:11:58.93 ID:IV8+CupH0
提督「任務……だよね。引越屋のバイトじゃなくて。ベルトコンベアとかないの?」

提督と瑞鳳は両腕に抱えた山積みのダンボール箱を運んでいる。

瑞鳳「横須賀とか呉とか大きい鎮守府ならベルトコンベアで楽々運べるんですけどね……。でもほら、職人の技ってあるじゃないですか」

提督「この運んでくる工程もまた職人の技か〜」 あえてつっこまない提督

物陰から薄緑色の髪をしたヘルメット帽の妖精がぴょこりと飛び出てくる。
その身に不釣合いな怪力を発揮して弾薬の束やボーキサイトの塊をダンボールごと溶鉱炉にぶん投げていく。
炉の中からてれれれ〜んと気の抜けた音が鳴ると、取り出し口からペンギンめいた生き物とリボンをつけたわたあめのような生き物が這い出てくる。

瑞鳳「失敗しちゃいましたね……」

提督「色々言いたいことはあるけども……なにこれ」

モゾモゾと蠢くわたあめ(?)とペンギンを空のダンボール箱の中に詰め込むと、妖精はどこかへ立ち去ってしまった。

瑞鳳「謎です」

提督「謎」

瑞鳳「今回は失敗しちゃいましたけど……これで任務『新装備「開発」指令』達成です! おめでとうございます!
これで燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトが各40単位支給されます」

提督「待てよ……さっき20/60/10/110消費して、得たのが各40だと弾薬やボーキサイトは赤字じゃないか……?」

瑞鳳「一回で得られる任務の報酬はこんなものですよ。もし消費する資材を浮かしたかったら10/10/10/10の最低値で回すのもアリかもね。
まあ、その分出てくる装備もしょぼいですけど……では気を取り直して、次は建造です!」

・・・・

建造を一回、開発を三回行った後、瑞鳳は用があると言って工廠を離れていった。
提督は瑞鳳が居なくなると安堵して休憩、これ幸いと楽器を取り出し、工廠で一人トロンボーンを吹いていた。

秋月「あ、あの……提督? 瑞鳳さんから頼まれて来ました。建造の任務に付き添うようにって」

提督が一曲演奏し終わったであろうタイミングで声をかける秋月。

提督「今の演奏……どうだった? ユーロビートとか聴いてるイマドキの子にはちょっとテンポが遅かったかな?」

秋月「(ユーロビートはイマドキというには古すぎるような……?)途中からしか聴けなかったんですけど、とても良かったです!
まるで嵐の中に居るかのように力強く荒々しく、でもそれが落ち着くと希望に満ちた明るい展開になって……素敵な演奏でした」

提督「おっ、良い感性してるね。さっきのはノアの方舟という曲名でね。ベルギーの作曲家ベルト・アッペルモントが1998年に作った曲なんだ。
君が聞いてたのは第三楽章の嵐、そして第四楽章の希望の歌という部分だね。つまり音だけ聴いて副題を言い当てたわけだ。これはすごいことだよ」

秋月「いえ、この曲そのものの出来や提督の演奏の腕前がそれを想起させたというだけで、私は別に……」

提督「またまたご謙遜を。じゃ、せっかく人がいるんだしちょいと趣向を変えてこういうのはどうかな? 知ってるかどうか分からないけど」

とある曲のイントロの一部分を吹いてみせる提督。

秋月「源氏の鎧盗むために結構リセットしましたね」

提督「むごい……ま、知ってるみたいならこれで行こうかな。さすがに最初のアルペジオ地帯は勘弁して欲しいけれども」

秋月「アルペジオ……?」

提督「ああ、和音……うーん、まあ、イイカンジの音をこうやってだね」

提督がトロンボーンを吹くと、奏でられるメロディが階段状に波打つように遷移していく。

提督「ふぅ……順番に鳴らしていく技法をアルペジオって言うんだよ。ユーロビートにもあるだろう? テレレレレ……みたいな」

秋月「ああ、あれですね。でも、勘弁して欲しいって言っておきながら出来てるじゃないですか」

提督「いやいやいやいや……速い音楽に慣れてる君はそう思うかもしれないけど、トロンボーンであの速さを吹くのは人間業じゃあないよ。
ちょっとテンポを落としてアレンジするんだよ。こんな風にね」

ゲーム音楽である原曲の要素を引き継ぎつつも、ジャズを彷彿とさせるリズムや響きに変えながら即興で演奏を始める提督。
彼の表情は、平時に見せる昼行灯からは想像もつかないほど生き生きしていて、天真爛漫な子供のようだと秋月は思った。
演奏に合わせて自然に身体が動いている様子の秋月を見て、一つ提案をする提督。

提督「ん、そうだ。ちょっとリズムを叩いてみない? カホンっていう楽器があるんだけどね。こんな風に跨って、叩いて音を鳴らすんだよ」

誰かが片付け忘れたのか、付近に都合良く置いてあった木箱を持ち出して秋月に座らせる。

秋月「こう……ですか? でも、私楽器なんかやったこと……」

提督「音楽でも人生でも、最も大事なことは楽しむことさ。君には音を楽しむセンスがある。
ジャズのリズムは慣れない人には難しいかもだから、最初のうちは手数で攻めるといい。
思うがままに叩きまくってればその内イロハが分かってくるさ」

結局二人は瑞鳳が戻ってくるまで任務のことを忘れて演奏にふけっていたのであった。
690 :【6/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/16(土) 23:23:15.16 ID:IV8+CupH0
提督と会話していた時の緩んだ表情とは一転、凛とした顔つきの瑞鳳。
瑞鳳の視線の先には、その小柄な身に不釣合いな大弓を構える少女、大鳳であった。
ここは鎮守府内の射場である。瑞鳳はここで訓練を行うのが日課であったが、今日は自己鍛錬のために訪れたのではなかった。

長い長い深呼吸の後、十分に引かれた弦からするりと放たれていく矢。
シュッと空を切る音。三十三間離れた先の的の中央に突き刺さる。
また深く息を吸い込む大鳳。そして吐き出す。足を戻して構えを解き、一秒間沈黙する。

瑞鳳「見事な腕前ね。噂に違わぬ正確さと集中力。ひょっとしたら私の方が教わることは多いかもしれないわね……」

装甲空母である彼女の堅固さを体現したかのような、鋭く精密な一射を称賛する瑞鳳。

瑞鳳「安定して必殺の一撃が狙えることは大事なことだわ。窮地を切り抜けるのに必要な力だし、何より全ての基本よ」

大鳳「えへへ……褒めすぎですよ。今見ていただいた通り、私の一射には時間がかかり過ぎですもの」

正規空母や軽空母のほとんどは弓を武器としている。弓を使って艦載機を勢いよく射出するのだ。
弓を用いる艦娘の戦闘スタイルは二種類に大別される。一つは『質』に特化した精度重視の戦い方だ。
空戦戦力が拮抗している場合、つまり、量が同程度である場合に戦いの趨勢を決定付けるのは質だからである。
主に艦載機の搭載数が少ない艦娘が用いる戦法で、守勢に強いという特長を持っている。

大鳳「うーん、空母戦は先手必勝ですからね……。私はどうにも物量で押す戦い方が苦手なようで」

大鳳が実戦で求められている役割は、彼女が得意とする戦い方とは逆であった。それは、質ではなく『数』をもって敵を圧倒する戦法。
速射による手数で空を支配し、敵艦隊めがけて奇襲を仕掛けることができるのが特長だ。
大鳳は艦載機の搭載数が多いわりに攻めに転じた際の戦果が乏しく、そのことで悩んでいた。

瑞鳳「でも、だったら瑞鶴に稽古をつけて貰えば良いんじゃないの? わざわざ私に教えを乞うこともないような……」

瑞鶴は速射の達人であった。また、彼女が得意とするアウトレンジ戦法――敵の射程外から一方的に猛攻を仕掛ける戦い方とも相性が良かった。
もちろん、この手数を重視した戦い方は前者の戦い方よりも艦載機の損耗が激しく、また命中率や精度も下がるため、常に最良の戦術であるとは言えない。
しかし、物量によって制空権を確保し機先を制するという思想が多くの提督や艦娘が考える海戦の基本にあった。

大鳳「自分なりに色々思うところがありまして……。そう、空母の使命は艦載機の物量によって制空権を確保すること。
砲戦でも敵の攻撃を受けることなく味方艦隊を補助し、粛々と敵艦の掃討に当たるべき……でもそれは理想論」

大鳳「敵の艦載機の性能はこちらよりも勝っています。制空権を確保できるよう策を練るのが常道ですが、時には物量で負けることもありましょう。
まぁ……私は軍の中では希少な装甲空母なので、基本的に勝ち戦や作戦の後詰めでしか駆り出されないのですけれども。
それでも、万事が想定通りというようには行きません。不測の事態に備えた戦い方も意識しておくべきだと思うのです」

瑞鳳(うーん、大規模作戦の緒戦や敗戦処理にしかお呼ばれしない私からすると羨ましいもんだわね……)

大鳳「で。そういう話を瑞鶴さんにしたら、瑞鳳さんを紹介してもらいまして。
なんでも『自分が最も尊敬する艦娘の一人』『空母のうちでも最も攻守の均衡が取れている』だそうで……」

瑞鳳「うえぇ……あの子そんなこと言う子だったっけ……やたらハードル上げてくるわね……」

・・・・

大鳳「すごい……弓術と陰陽術を組み合わせた戦い方なんて……!」

鎮守府近海。海面をスキップするように小さくジャンプしながら演習用の的を次々打ち落としていく瑞鳳。
弓から放たれる精密射撃と、式神から具現化された艦載機による援護攻撃の組み合わせで的をあっという間に全滅させてしまう。

瑞鳳「陰陽術と言っても、エセだけどね。龍驤とか飛鷹とか、あの辺の本家の技には敵わないわ。ホントは巻物とか勾玉とか要るし……」

瑞鳳の言う龍驤・飛鷹とは、かつて彼女と戦場を共にした軽空母の名である。
軽空母の中では珍しく、両名とも弓術ではなく陰陽術によって艦載機を繰り出して戦う形態を取っている。

大鳳「でも……こんなに戦い方をする空母が居るなんて聞いたことがありませんでした。技巧もさることながら、こんなに軽快に動き回るなんて……」

瑞鳳「あなたと入れ替わりで舞鶴に行った私の姉妹艦、祥鳳も式神をサブウェポンとして戦うわ。まあ祥鳳は祥鳳で私とは得意不得意が違うけど……」

瑞鳳「軽空母の脆い装甲で、空の脅威から味方を守りつつ、敵を攻める……となるとこうならざるを得なかったってだけで。
まあ適応進化みたいなもんよねぇ……他の空母からはよく器用貧乏だなんて言われるけど」

大鳳「いえ、器用貧乏だなんてそんな! 『自分の身を守る』『敵艦載機を撃墜する』『敵艦を攻撃する』……瑞鶴さんが貴方を紹介した理由が分かりました。
これこそ私の理想とする戦い方です! 私もあんな風に身軽に立ち回れたらいいな……!」

瑞鳳「言っておくけど、これはどんな時でも通用する無敵の戦い方じゃないわ。本当に大事なのはその時その時に会った戦況に応じた戦法を取ること。
オールラウンダーにはオールラウンダー特有の欠点があるから、そこは理解しておいてね」

瑞鳳「定石や自分の得意な戦い方だけに頼っていてはいつか足元を掬われる。強みを伸ばして、弱点や苦手な部分を一つ一つ克服していきましょう」

・・・・

こらー! という瑞鳳の怒声が工廠内に響き渡る。演奏は中断され、提督は興醒めした様子でそそくさと楽器を片付け始める。

提督「むむ、帰ってくる前にやめようと思ったけど……バレてしまっては仕方ない」

瑞鳳「さっき式神を使ったついでに工廠の方に飛ばしておいたら……案の定ね。まさか秋月まで懐柔するなんて……」

瑞鳳が来るとばつが悪そうな様子の秋月。秋月とは対照的にけろりとしている提督。

提督「あははは。ごめんごめん、そうだね。今度からはちゃんとやるよ。秋月も付き合わせちゃってごめんね」
691 :【7/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/16(土) 23:33:11.40 ID:IV8+CupH0
執務室で昼食を摂る提督・瑞鳳・秋月・大鳳の四名。一人分の机を部屋の中央で四つ繋げて、その上にテーブルクロスを敷く。

提督「なんだか給食みたいで微笑ましいな……はは、学生時代を思い出すよ」

秋月「そうですねぇ。照月や初月ともこうしてお昼食べてたなあ」

提督「あれ、二人とも反応悪くない? なんか嫌な思い出でもあったのかな」 瑞鳳と大鳳の方を見て

瑞鳳「艦娘といっても、その経歴は色々あるのよ。秋月は舞鶴の艦娘養成学校を出てるけどね」

大鳳「私はタウイタウイ泊地という場所で建造されてそのまま実戦登用。瑞鳳さんはサーモン海域で発見されたんでしたっけ」

提督「発見!? ……どういうこと?」

瑞鳳「深海棲艦を倒すと、時折艦娘の艤装が見つかることがあるの。で、艤装だけじゃなく艦娘そのものが発見されることも稀にあるそうだわ。
私はそのレアケース。発見されて横須賀の鎮守府に保護されるより前のことは自分でも分からないわ」

提督「怖い話だなー。実は深海棲艦は艦娘でしたみたいな? ン、逆か? いや、どうなんだ……?」 やや混乱気味の提督

瑞鳳「まあ、ふつう、艦娘のほとんどは建造によって生み出されるわ。
生まれた場所が舞鶴や横須賀みたいに教育施設のある大規模な鎮守府だと、人間でいう学校に該当する施設に通うことになるけど……。
私が生まれた頃にそういうのは無かったから、叩き上げで育てられたって感じね」

提督(この子ら、一体何歳なんだ……? 横須賀の艦娘用の学校が出来たのって確か40年ぐらい前じゃなかったか……?)

提督「うーん、艦娘っていうのは、結局なんなんだい? 人間ではないのかい?」

大鳳「人の見た目をしているというだけで、人ではないでしょうねえ……」

提督「さっき工廠で艤装を解体することも出来るって言ってたよね、瑞鳳。したら、『普通の少女に戻る』って。
でも、艦娘は生まれた時から艦娘なんだよね。つまり、人でないものから人になるっていうのは、どういうこと……?」

瑞鳳「えっと、艦娘が艦娘たる所以は、艤装によって力を得ているということ。艤装を解体すると艦娘としての力、そして記憶が失われる。
そうなってしまえばただの人と変わりないってこと。厳密に言えば、成長したり老いたりする“人に限りなく近い少女”になるってわけね」

提督(それって、提督の僕がその気になれば……ってことだよな。まあ、これ以上は触れないでおこう。なんだか楽しい話題じゃなさそうだ)

提督「あー、じゃあさ。瑞鳳は横須賀から来て、秋月は舞鶴、大鳳はタウイタウイ……みんなどうしてこの島に来たの?」

瑞鳳「私は柱島に鎮守府を建てる計画を実現するために配属されたの。で、ここに来る前の秋月と大鳳、瑞鶴は三人とも舞鶴鎮守府で働いてたのよね」

秋月「ええ。次の大規模作戦から異動になるみたいで……着任先が決まるまでの間はここで過ごすことになったんです。
だから、ここに来たのは司令と少ししか変わらないんですよ」

瑞鳳「というか、提督こそどういう経緯でここに来たんですか? ずっと気になってたんですけど」

提督「え? 僕? あーいや、そうか。説明してなかったっけ。元々僕は舞鶴の軍楽隊に在籍してたんだよ。
まあ……なんていうの? 四面四角のオーケストラは性に合わなくってね。いやオーケストラ音楽そのものは好きなんだけども」

提督「でね、今年から軍楽隊が再編されたんだ。その再編されたいくつかの楽団のうち、僕の名前はどこにも無かったの。
どこに配属されたのか聞いてみたらここだった。柱島楽団ソロオーケストラのトロンボーン担当乙川奏でござい、というワケさ」

大鳳「くすくす……なんだかお茶目な人ね」

瑞鳳「いや、お茶目というか……え、本当に提督なのよね?」

提督「一応、少佐の位をいただいてるわけだし名目上はそうなんじゃないかな。
もっとも、提督としての働きを期待されてないし、僕も秋月や大鳳と同じで次の配属先待ちだよ。
次があるかどうかさえ怪しいけれど。少佐の地位を手向けの花にハイサヨナラという話みたいだね」

瑞鳳「……軍楽隊を追い出されるなんて聞いたことないんだけど、本当なの?」

提督「そうだねー、『君のような演奏家はうちに必要ない』なんて言われた人はそうそういないんじゃないかな。
まあ嫌われちゃったものは仕方ないし、それはそれとして割り切っていくしかないさ」

秋月「そんな……あんなに楽しくて素敵な演奏をするのにもったいないですよ」

提督「そう言ってもらえると励みになるよ。まあ退職金で四〜五年は働かないで済むだろうし、その間にどっかで再就職かなあ」

瑞鳳(うーん……なんか、刹那的な生き方をしてるなぁ。結構ちゃらんぽらんな人なのね……)

大鳳「楽器が得意なら、音楽で食べていこうとは思わないんですか?」

提督「まあ、そういう才能があったら軍楽隊になんて所属してないよネーっていう。僕より上手な演奏する人はたくさん居るよ。
食うに困って、でもキツイ仕事はやりたくなくて……って現実逃避に金管吹いてたら声がかかったってだけさ」

提督「ただ、音楽は好きだよ。音を聞くのも、演奏するのもどっちも好きだ。これは本心。楽しいからやってるのさ。
演奏している時は全てを忘れられる。音の流れに身を任せて、感じるままに楽しむのさ」

提督「はは……軍楽隊でこういう話すると『また乙川の吟遊詩人が始まった』ってバカにされるんだけどね。
でも、酒に酔ってもすぐ醒めてしまうなら、自分に酔い痴れるしかないじゃない? 溺れない程度にね」

お酒に酔うのも好きだけど、と付け足してふふっと鼻息を鳴らす提督。

瑞鳳(お世辞にも明るい先行きとは言えないのに、どうしてこんなに無邪気に笑うんだろう……。不安とかないのかな)
692 :【8/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/16(土) 23:55:06.34 ID:IV8+CupH0
提督が着任してから一月後。瑞鳳の予想に反して、提督は意外にも諸々の執務を支障なくスムーズにこなしていた。
もちろんそれは瑞鳳の監視の目が届く範囲での話であり、彼女が居なくなるとあの手この手で仕事を放棄しようとしていたが。

瑞鳳「では乙川くん、これらの艦載機はそれぞれどういう特徴を持っているでしょーか?」

ホワイトボードにカリカリと艦載機の絵を描いていく瑞鳳。

提督「緑色のやつが艦上戦闘機で、制空戦で最も力を発揮して敵艦載機を撃墜する役割を持つ。
青色のは艦上攻撃機、赤色は艦上爆撃機でいずれも航空戦と砲撃戦にて敵艦への被害を与える。
艦攻が攻撃重視、艦爆は命中重視の性能なんだよね」

提督「橙色の艦上偵察機は索敵性能に優れていて、また、触接率の向上によって艦攻や艦爆でのダメージ拡大に貢献することがある。
で艦上偵察機のうち、彩雲という艦載機を装備させておくと敵艦隊遭遇時のT字不利を回避することが出来る……大体こんな感じでしょ?」

瑞鳳「正解です! 細かい話をすると艦攻や艦爆でも制空戦で少し力を発揮するタイプの艦載機があったり、艦攻も触接に作用したりするんだけど……。
まさかこんなに飲み込みが早いとは思わなかったわ。提督、やる気がないだけで要領は良いんですね」

提督「これも瑞鳳の教育の賜物だよ」

瑞鳳(なんだかんだ言っても、私の言ったことはちゃんと聞いてくれてるのよね……)

提督「僕は勉強とかあんまり苦手なんだけどね。瑞鳳となら楽しいし、頑張れるよ」

相変わらず万事に消極的ではあるものの、着任した当初から比べると提督の知識や思考の深さは段違いになっていた。
彼のこの成長ぶりは、ひとえに瑞鳳の尽力が実を結んだものであったと言えよう。

・・・・

しばらく前に時を遡る。
夕陽が差し込む執務室には瑞鳳一人だけ。提督はいない。鎮守府のどこにもいない。

『僕は確かに名目上は提督だけれど、実質パソナルーム行き扱いの人間だからね。
え? パソナルームが何かって? まあそれはそれとして……ちょっと失望させちゃったかな?』

数日前の晩にした提督との会話を思い出していた。
乙川奏が将来有望な人材でも軍上層部の子息でもなく、ただの軍楽隊の隊員でしかないことを知った瑞鳳は悩んでいた。

『そうなんだ、勘違いさせちゃってたんだね。僕は偉くもないし、賢くもないんだ。だから、期待されていない人間なんだ。僕はね。
君が頑張ってあれこれ教えてくれるのは嬉しいけれど、結局は無駄になってしまうんだよね。騙したつもりはないんだけど……がっかりした? ごめんね』

瑞鳳(提督として立派に育てなきゃと思って色々教えてたけど……本当は彼にとって押し付けがましい、迷惑なことをしていたのかもしれない。
そう思って、あれこれ言うのはやめた。そしたら昨日から提督は鎮守府に来すらしなくなった。夜に顔を合わせて、私の家でご飯を食べるだけ)

『僕が行かなくたって何も変わりはしないだろう。君は自分の仕事や大鳳の稽古をしなきゃいけないわけで、だったら僕の世話で手間をかけさせるのも悪いよ』

屈託なく微笑むを向ける提督の表情を思い出し、余計に胸が苦しくなる。
自分が誰からも必要とされていない人間であることを自覚していながら、どうしてそんなに笑っていられるんだろう。瑞鳳は考えていた。

瑞鶴「おっ、今日はあの不良提督来てないんですね」

瑞鳳「不良? ……どちらかと言えばもやしっ子って感じするけど」

瑞鶴「いや、そう自称してたのよ。不良といってもヤンキーじゃなくて、社会不適合のごくつぶしだってね。
一昨日なんか昼間からお酒飲んでたわよ(……私も便乗して一杯頂いたけど)」

瑞鳳「う……呆れた。放っておくとロクなことないわねあの提督……」

瑞鶴「そう? 結構あの人は身の程を弁えてると思うわよ。酔っ払っても紳士的だったし、話も面白いし。
海軍の男の人って、いかにも軍人! ってタイプのお堅い人かゴロツキ上がりみたいなガラの悪い人ばっかりじゃない」

瑞鳳「(それは瑞鶴の居た鎮守府に限った話じゃないかしら……)秋月といいあなたといい、やけにあの提督を買ってるのね。
あんなに不真面目でだらしない人なのに……甘やかしたらもっとダメになりそうな気がするわ」

瑞鶴「甘やかしているというか……別にあの人、提督でありたいわけでもないし、提督としての義務を果たさなくてもいいんでしょ。
だったら無理に強制したりあーだこーだ言ったり必要ないんじゃない?」

瑞鳳「そうだけど……なんだか、やぶれかぶれって感じがするじゃない。半年後のこととか何も考えてなさそうだし……」

瑞鶴「なんとかなると思ってるから何も考えてないんじゃないかしら。あるいは、考えても仕方ないと思ってるか。
何もかも諦めた人って感じよね。過去に何があったのかは知らないけど……物事に執着がないんでしょ」

瑞鳳「うーん……放っておけないわ……」

瑞鶴「本当の意味であの提督に甘いのは瑞鳳の方なんじゃない? だって、放っておくことが出来ないぐらい心配ってことなんでしょ」

礼儀正しい秋月ですらノックすることなく入ってくる執務室の扉を律儀に叩くのは、この鎮守府には大鳳しかいない。瑞鳳に招かれて部屋に入る。

大鳳「ふー……大鳳、戻りました。瑞鳳さんいますか?」

瑞鶴「おっ、調子はどう大鳳? 私の言ってた通りでしょ」

大鳳「はい、瑞鳳さんからは学ばされることがたくさんあります……おかげで次の作戦までには新しい戦い方が確立できそうです。
敵の艦載機の物量にも負けず、かつ、敵艦めがけて大打撃を与えられるような戦法が。目に見えて強くなっていくのが分かってなんだか楽しいです」
693 :【9/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/17(日) 00:13:27.53 ID:vtnBMafL0
大鳳「って……瑞鳳さん、なんだか悩ましげですね。どうしましたか?」

瑞鶴「いやー、乙川提督のことで悩んでるみたいなのよね。放っておけないんだって」

瑞鳳「なんだか、現実逃避してその場その場で気を紛らわしているようで……お節介かもしれないけど、私は提督のことが心配だわ」

瑞鶴「それ、本人に直接言ってやったら? 言葉で伝えたら何かあの人の中で変わるものもあるかもしれないし」

瑞鳳「そう、かな……? でも、ただ心配だって伝えられても提督の方だって困っちゃうわよね。どうしたらいいかな……」

瑞鶴「こーゆーのはウジウジ悩んでても仕方ないわよ。結局瑞鳳は提督に何を望んでるの?
戦いと同じで、ドカンと行ったらあとはなるようになるって。どうせ何言われても怒ったり傷ついたりするような人じゃないでしょ」

瑞鳳「そう、なのかなぁ……。んー……。提督に、頑張ってもらうにはどうしたらいいのかな。
(ううん、頑張らなくてもいいの……向き合って欲しいのよね。毎日つまらなさそうにふらふらしてる印象しかないもの)」

大鳳「何か理由を作ればいいんじゃないでしょうか。提督をその気にさせればいいのでしょう?」

瑞鳳「理由?」

大鳳「ええ。あの提督、あれで結構子供っぽいところがあるというか……。
昔の話とかはあんまり話したがらないみたいですけど、遊びの話とかは結構好きみたいですよ」

大鳳「私は詳しくないのであんまり分からないんですけど、秋月さんとよくゲームの話とかしてるのを見かけますね。
何か提督が楽しめるような工夫をしてあげればいいんじゃないかしら?」

瑞鳳(提督が楽しめるような工夫……そっか……!)

瑞鳳「なるほど。ちょっと閃いたかも……! 二人ともありがとねっ!」

パタパタと足音鳴らして部屋を出て行く瑞鳳。

大鳳「あー……私、用があったんですけど……」

・・・・

その晩。いつも通り卓上に料理を並べて、いつも通り二人でそれを囲む。今日の献立はオムハヤシだ。

瑞鳳「あのね、提督。今日はどうしてたの……?」

提督「ん? 今日はね〜、前々から気になってた廃校の方に行ってたんだ。閉鎖されていたけどすんなり入れたんでね」

柱島には小中学校が建っている。深海棲艦の侵攻が進む以前に利用されていた、島の学校だ。
鎮守府が建って軍の関係者が移住した後も取り壊されることなく、丘の上から集落を見守るように佇んでいる。

提督「人がいないから埃は溜まってたけど、掃除すればまたすぐ使えそうな良い施設だったよ。
島に立地する学校って台風で窓ガラスが割れちゃったりすることも多いみたいなんだけど、幸い今のところは目立った破損はなかったかな」

提督「でね! そこにあった本とかも興味本位にちょろっと読んでみたんだ。
そしたら、この島では旧暦の10月3日に宮ごもりっていう行事をやるみたいなんだよね。スマホで調べてみたらなんと今日でさ」

ニコニコと嬉しそうに話す提督。

瑞鳳「みやごもり?(っていうかこの人スマホとか持ってたんだ……あとで連絡先教えてもらおう)」

提督「港やこの辺の集落から南に神社があるのは知ってるでしょ? あそこで家内安全や豊作を祈るお祭りみたいなものさ。
もうこれは行くしかないと思ってね。フフ……お酒もいくつかいただいてきちゃった」

瑞鳳「そうなんだ……この島で暮らしてたけど、そんな行事があるなんて知らなかったわ」

提督「うん。かつての島民はほとんど本島に移住しちゃったみたいだけど、それでもおじいちゃんおばあちゃんが十人ぐらいは居たかなぁ。
色んな話も聞かせてもらって楽しかったよ。何から話そうかなぁ……あ、そうだ。この島の名前の由来って知ってる?」

提督「神社の社殿には大きな柱が使われるよね。で、柱島には賀茂神社をはじめに、いくつも神とその社(やしろ)が祀られているでしょ。
多くの社のある島、つまりたくさん柱がある島……だから『柱島』ってさ」

上機嫌な提督を前に、自分が切り出そうとしていた話をいつしたらいいものか躊躇している瑞鳳。そわそわしている。

提督「先祖とか神様とかに敬いの念があるみたいだね。だからこそ、こんな本島から離れた場所なのに学校を建てたり書籍を残したりするんだろうなあ。
そして新しい世代に何かを伝えていこうとする……良い文化だよ。人が居なくなればそれも絶たれてしまうけどね。このまま廃れてしまうのは残念なことだよなあ」

瑞鳳(私がいなくても、提督は楽しいのかな。やっぱり、迷惑かな……)

提督「おっと、夢中になってついつい僕ばかり話をしてしまったね。さ、次は瑞鳳の番だよ。話を聞かせて?」

瑞鳳「あの、ね……本気で嫌だったら、いいんだけど。やっぱり、鎮守府に戻る気はない?
めんどくさいかもしれないけど、お仕事だし、ね……? やらなきゃだめだよ……」

瑞鳳「えっと、それでね……。提督が分からないことで困らないように、こういうの作ってみたの。どう、かな……?」

提督へバインダーを手渡す瑞鳳。プラスチック製の外観のバインダーには、数十枚ものルーズリーフが挟まれている。
ページをめくる提督。蛍光ペンで線が引かれていたり所々にイラストが描いてあったりと、見飽きないような工夫がなされている。
ページ内の情報は簡潔にまとめられていて、軍事用語も分かりやすい平易な表現での言い換えが補足されている。

提督「これ……瑞鳳が作ったの? わざわざ……?」
694 :【10/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/17(日) 00:39:05.59 ID:vtnBMafL0
提督「ふ、んふふふっ。あははっ、あはっ」

笑い出す提督。想定外の反応に当惑する瑞鳳。

瑞鳳「ちょっと!? どうして笑うのよ!?」

提督「いや、瑞鳳がかわいいなと思ったんだよ。健気で可愛いくて……良い子なんだなってね」

瑞鳳「かわ、いい……?(真面目な話をしてるのに……からかわないでくださいよ、も〜!)」

ほおずきのように顔を赤く染める瑞鳳。しかし照れに負けることなく、提督から目を逸らさない。

提督「これ作るの大変だったろう? 分かりやすそうだし、すごくよく出来てるけど」

瑞鳳「それ、元々は私が自分用に作ったものだったんです。着任した頃から勉強したことや気づいたことをずっとまとめてて……。
その中から提督にとって役に立ちそうなものだけを抜粋してみたんです」

瑞鳳「私も、はじめは提督みたいに何も分からなかったんです。だけど、少しずつ成長していったの。
提督は半年でこの島を離れちゃうけど……無駄になることなんて、きっと何もないと思うわ」

瑞鳳「……改めて、一緒に頑張りましょ? 提督が優秀じゃなくても、誰からも期待されてなくても、そんなの関係ないわ。
だってあなたは私の提督だもの。私もがんばるから……提督も一緒に、ね?」

提督「ありがとう、瑞鳳。そこまで言われたら断れないよ」

瑞鳳(良かった……) ホッと胸を撫で下ろす

提督「率直な話、意外だったよ。君にとって僕の世話は面倒だったろう? やる気がないし、根気もない。
賢いわけでも偉いわけでもない。将来性もない。だから愛想を尽かされたのだろうと思ってた」

提督「それでも瑞鳳は変わらず毎晩料理は作ってくれるわけだし、態度も変えずに話してくれるし、僕にとってはそれで十分だった。
けれど……瑞鳳がそうまで言うのなら、僕も応えたい。瑞鳳や鎮守府のみんなと居るのは、なんだかんだ楽しいしね」

・・・・

提督「ふふふ……こういうところが瑞鳳らしいよね」

瑞鳳「? どうかした?」

瑞鳳に葉書よりもやや大きいぐらいの、A6サイズの厚紙を渡す提督。
それを受け取りペタリと『大変よくできました』と書かれたシールを貼る瑞鳳。
縦横に罫線が引かれた紙の上には、一マスごとにハートやひよこなど色々なシールが貼られている。

提督「いや、ちょっと前のことを思い出しててね。これが瑞鳳なりに考えた僕を楽しませるための工夫なんでしょ?
考えに考えた結果、この夏休みのラジオ体操カードのようなものになったと……うんうん」

嬉しそうにニコニコしながらカードに貼られたシールを見つめる提督。

瑞鳳「子供っぽすぎたかなぁ……嫌だったらやめるね(自分では良いアイデアだと思ったんだけどな)」

提督「嫌だなんてそんな。僕は好きだよこういうの。飽きっぽい僕のためにあの手この手で支えようとしてくれてるんだろう?
もうそれだけで嬉しくなっちゃうよ。瑞鳳のおかげで最近は仕事も楽しく感じるんだ」

瑞鳳「本当!? 良かったぁ。……ね? 一生懸命お仕事をやるのは、大変だけど楽しいでしょ? やりがいあるでしょ?」

瑞鳳「毎日精一杯働いて、ほどよく休んで、また働く。これが人生を楽しく生きる秘訣だと瑞鳳は思います!
だから、私の考えを提督に押し付けちゃってるんだけど……でも、なんだか前の提督は悲しそうに見えたから」

提督「悲しい?」

瑞鳳「ううん。悲しいっていうのも私の主観かな。誰からも必要とされてないなんて、自分でそう思いながら生きるのは私だったら悲しいと感じると思う」

瑞鳳「提督は、楽しく生きていたいっていつも言ってるよね。でも、刹那的に楽しいことだけを追い求めていても、虚しいわ。
いつも何事も楽しそうに笑ってる提督は素敵だけど……本当は何も考えないようにしているんでしょ」

提督「どうしてそう思うのかな」 瑞鳳に向けていた微笑みが無表情に変わる

瑞鳳「分からない、直感。でも……一緒に過ごしていて、提督が実は問題児でも劣等生でもないように思えてきたの。
本当は優秀な人なんだけど、過去に何かあって……その過去を私は知ることは出来ないんだろうけど、何かあって。自分の心を隠すようになったんだと思う」

提督「それは瑞鳳の妄想だし、買いかぶりすぎだよ。過去なんてどうってことない、僕は生まれつき怠惰で不真面目な快楽主義者さ」

瑞鳳「ううん、違うと思う。確かに最初は、目を離した隙にサボろうとするし、不誠実なだけの人なんだと思った。
でも、仕事に対しては不真面目だけど、提督は瑞鳳にいつも優しくて、大切に思ってくれていて……他の皆に対してもそうなのかもしれないけど」

瑞鳳「他人のことをこんなに大切にできる人が、提督として無能なはずがないから……って、艦娘としての本能でそう思うのかな。
自信あるの。提督、なんだかんだ私が教えたことは全部覚えてるじゃない。それに、サボり癖はあるけど、私の前ではちゃんとやろうとするでしょ?」

瑞鳳「そういうところが良いなって。今の提督は……頑張ってるわ。たまにミスもするけど、そういうところも含めて、カッコいいですよ?
なんだか、提督が段々私の好みに近づいていってるような気がするんです。他人のために汗を流してる提督の姿が、素敵です」

提督「……」

提督はそれから口を開こうとせず、何かを考え込むように宙を見つめていた。
695 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/04/17(日) 00:46:35.21 ID:vtnBMafL0
一旦寝落ちさせてください。ごめんなさい。
何を手間取っているんだという話なんですが、6000バイトに抑える作業が思いのほか手間でして……。
起きたら続きを投下します。
696 :【11/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 10:51:50.66 ID:vtnBMafL0
瑞鳳たちが暮らす集落から少し離れた高台にある、柱島の賀茂神社。
艦娘にも流石に正月は休むものという認識があるらしく、提督と瑞鳳はこの神社に初詣に訪れていた。
紅赤色の晴れ着姿に身を包んだ瑞鳳と、普段通りに簡素な和服をややだらしなく着ている提督。
草履をカラコロと鳴らしながら二人並んで石段を歩く。

提督「しかし似合ってるねぇ、和服。正月らしく吉祥文様というわけだね」

瑞鳳「きっしょーもんよー?」

提督「ほら、着物に松竹梅が描かれてるだろう? こういうのは縁起がいいとされていて、正月みたいなハレの日にはもってこいなのさ」

瑞鳳「えへへ……そうなんですね。可愛いからっていう理由で選んだだけなんですけど」

神社の前は島民総出で集まっているのか小さな列が出来ている。よく見ると列の先には大鳳や瑞鶴など艦娘の姿も混じっている。

秋月「あっ、乙川司令! 瑞鳳さん! 明けましておめでとうございます!」

提督「あけおめー。秋月もこれから参拝?」 提督に合わせて瑞鳳も挨拶する

秋月「いえ。私はもう済ませて、これから帰るところです。それにしても司令、島の人たちからずいぶん好かれてるんですね。
みんな感謝してましたよ? 艦隊指揮で忙しいだろうに、島の行事に参加して曲を演奏してくれたり、仕事を手伝ってくれたりって」

気恥ずかしそうに頭をかく提督。

提督「サボって島をうろついてるだけなんだけどなあ。……それはそうと、秋月はこの後どうするの?」

秋月「島の人たちから宴会に誘われたんですけど……私が出てしまっていいものかなぁと悩んでます」

瑞鳳「気まずいかしら?」

秋月「いえ、誘われたことは嬉しいんですけど……一応軍属である私たちがそういうのに出ても良いものなのかって思っちゃって……」

提督「秋月くん。人生の先輩として……いや、後輩かもしれないけどアドバイスだ。
物事は考え過ぎない方がいい。音楽と同じで、楽しいと思う方へ向かっていけばいいんだよ」

提督「ま、島の人たちはここで暮らしてるだけあって艦娘のことだってなんとなく分かってるでしょ。
その上で誘ってくれたんだから断る理由はないんじゃない? 僕らも後でその宴会に出るから、先に待っててよ」

秋月「……はい! 分かりました」

提督たちと別れて石段を降りていく秋月。

瑞鳳「なんだかますます提督らしくなっちゃいましたね(ふふ……カッコいいなあ)」

提督「どっ、どこかだい? 舞鶴軍楽隊の不良を押してる僕としてはあんまり真面目とか褒められると心外なんだけどな……」

瑞鳳「島の人たちにも艦娘にも頼りにされて、慕われてて。立派なことじゃないですか」

提督「君に褒められるとなんだか調子が狂うからいつもみたいに叱ってくれないかな」

瑞鳳「提督……マゾ?」

提督「そうじゃあない。……さておき、宴会に出るならトロンボーンを持ってくれば良かったなあ。初詣が終わったら一旦取りに帰ろう。
せっかくだから瑞鳳のピアノも引っ張ってきちゃおっか?」

提督と秋月が不定期的にセッションをしているのを見て羨ましがっていた瑞鳳。
彼女のために提督はクリスマスプレゼントとしてピアノを本島から取り寄せたのだった。
平然とグランドピアノを持ち出そうと提案できるのも艦娘相手だから出来る話である。

瑞鳳「え、え〜……まだ人前で披露できるほどじゃないし……」

提督「でも、ピアノ買う前にピアニカで練習してたじゃない。ドの位置にシール貼ってさ。ははは、小学生みたいで可愛かったな」

鎮守府でなぜか発見された未使用のピアニカ。持ち主が見つからなかったため瑞鳳が引き取ったのである。

瑞鳳「い、今は『ド』がどこにあるかぐらいは分かってますよ! もう!」

提督「なら心配いらないさ。お金をもらって演奏するわけじゃないんだから上手いか下手かは重要じゃない、楽しむことが一番大事さ。
僕は金をもらってても自分の楽しさを優先するけどね」

瑞鳳「そうですけどぉ……」

提督「じゃあ、瑞鳳にとっては簡単めな曲をやろう。ピアノの繰り返しのフレーズが多い曲とかさ。で、僕が起伏をつける。
あ、折角秋月がいるならついでにドラマーとして働いてもらおうかな。即席ジャズバンドとしてはなかなかいいじゃない。ギターもベースもいないけど」

提督と瑞鳳が話していると人の列も減っていき、ようやく二人の番になった。
賽銭を入れて二人で鈴緒を握り、揺する。シャカシャカと小気味のよい鈴の音。
二度深くお辞儀をして、パンパンと音を立てて二回拍手する。
拍手した後すぐに再びお辞儀を済ませ引き返そうとする提督。しかし隣の瑞鳳を見るとまだ手を合わせたままだった。

瑞鳳(鎮守府のみんなと私が毎日無事で暮らせますように。戦場で臆したり怯んだりすることがありませんように。
提督が本島に帰っても幸せになれますように。後輩の大鳳が次の作戦で活躍できますように)

瑞鳳(欲を張るのであれば……もし叶うのであれば、提督とずっと一緒に居られたらいいのにな……)
697 :【12/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 11:26:33.93 ID:vtnBMafL0
神社からの帰路。宴会なり神社なり、皆どこかしらに集まっているようで道行く人は誰もいない。

提督「僕一人だけ先に終わっちゃってびっくりしたよ。ずいぶんたくさんお祈りごとがあったみたいだね」

苦笑いを浮かべる提督。

瑞鳳「うん、そうかもね。でも提督は何をお祈りしたの? すぐ終わらせちゃったけど」

提督「なにも。わざわざ神様にお祈りするようなことなんて無いからね。……」

何も期待してなどいないと言いたげな、アンニュイな表情を浮かべる提督。

瑞鳳「瑞鳳はね……」

瑞鳳「提督と、ずっと一緒に居たいなってお祈りしたの」

前を向いて歩いていた提督が、隣の瑞鳳に顔を向ける。

提督「そう。……そっか」

特に何を言うでもなく、再び前を向いて歩いていく。表情が変わることはない。

瑞鳳「……提督は、どう?」

提督「同意はするけど、もうしばらくすればここを離れることになる。無茶は言うもんじゃないよ」

普段瑞鳳に向けているトーンの高い優しい声色とは異なる、わずかに低い沈んだ声。
寂しそうな提督の声を聞いて、彼の左手をギュッと握り締める瑞鳳。雪の降らない柱島でも、冬は冷える。
熱を奪われたかのように冷たい手。そっと指を絡める瑞鳳の小さな右手。
氷さえも溶かしてしまいそうな暖かさで、提督の手から伝わる冷気さえも愛おしむ。

瑞鳳「瑞鳳は、ね。提督のこと……大好き。大好きです……えへへ、なんだか、恥ずかしいね」

瑞鳳「提督も……おんなじ気持ちだったら良いなあって。これはお祈りしたわけじゃないんだけどね」

瑞鳳の顔を見つめる提督。普段提督が瑞鳳に向けるのと同じように優しい笑みを送る瑞鳳。
提督は瑞鳳と目を合わせることが出来ず、なんと言ったらいいか分からない様子だった。

提督(僕も……瑞鳳に恋しているのだろう。見た目で言えば、中学生やそこらと大差ない。こんな子に惹かれるなんて、どうかしてる。
だが……。見た目のことなんか気にならなくなるぐらいに僕は……彼女という存在に心を奪われているようだ)

提督(そうであっても、だ。彼女は艦娘で、僕はしがない軍楽隊の隊員だ。
何の因果か一時的にこうして提督になっただけで、本来なら彼女の隣に居るべきは別の人間だ。ああ、くそ……!)

瑞鳳「ごめん、混乱させちゃったかな。でも、私は提督のこと好きだから、好きって気持ちが抑えられないから……」

着物と同じぐらい顔を赤くしてはにかむ。

提督「い、いや……。突然言われたもので、驚いちゃっただけ、かな……」 気まずそうに顔を逸らす

提督(舞鶴に居た頃だって、こういうことは何度もあった。女の人に言い寄られたことなんてさして珍しいわけでもない。だのに……)

提督(どうして、こんなにたじろいでしまうんだろう。どうして彼女の目を見て話が出来ないんだろう。
軽くあしらうことが出来ないんだろう。今までだってそうして来たじゃあないか。
孤独を埋めるために近づいて、一時的に繋がって、また飽きて離れる。そうだろう。何を動揺しているんだ、僕は……)

提督(瑞鳳を……彼女への気持ちを、認めてしまったら、それは彼女を不幸にすることになる。僕では釣り合わない、これは僕の役目ではない)

提督(なにが『物事は考え過ぎない方がいい。楽しいと思う方へ向かっていけばいい』だよ……秋月にそう言っておいて自分はこの体たらくか。
不安で仕方がない。考えずにはいられない。僕はこれからどうなるんだ? 瑞鳳と離れても、平気でいられるのか? いつかは忘れるのか?)

提督(今すぐに、抱き締めて唇を奪ってしまいたい。……だからこそ)

瑞鳳の手が絡みついた五本の指を開き、腕を引いて離してしまう。行き場をなくした瑞鳳の右手ががくん落ちる。

提督「瑞鳳、どうして僕のことが好きなんだい? 僕のどこが好きか言ってみせてよ」

瑞鳳「え? だって……提督は、いつも優しいから」

驚きながらも照れ混じりに答える瑞鳳。
その瑞鳳の照れを、浮ついた気持ちを、自分への好意を踏み躙るように、悪意を込めた冷笑を浮かべる提督。

提督「予想通りの答えをありがとう。僕に惚れた人はいつだってそう言うんだ。優しいものかよ、そんなはずあるわけないだろう」

提督「勘違いしてるみたいだから教えてあげる。僕は優しいフリをするのが得意なだけだ。いつだって自分が一番可愛いのさ。
前も言ったろう? 自分に酔ってるんだ、優しいフリが好きなだけ……それに騙される君のような女の子を見ているのが愉快なだけさ」

提督「けど……さすがに瑞鳳みたいなちんちくりんに好かれるとは思わなかったよ。僕はもっとスタイルの良い美人さんの方が好みなんだよね」

宝石のように薄紅色に輝いていた瑞鳳の瞳が暗く曇っていく。

瑞鳳「そ。……ちょっとショック、かな。……」

提督は自己嫌悪で、瑞鳳は落胆で。二人はどちらともなくお互いにそっぽを向き、俯いた。
それから言葉を交わすことはなく、とぼとぼと家路へ向かっていった。提督はその後秋月の参加する宴会に出席したが、瑞鳳の姿は見られなかった。
698 :【13/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 11:38:04.09 ID:vtnBMafL0
自宅で荷物をまとめている提督。彼の手伝いをする瑞鳳。

提督(これでお別れか……呆気ないもんだな。今日で提督としての仕事はおしまい。明日には本島へ帰ることになる)

瑞鳳「ねえ提督。勲章はどこにやったの? 見つからないけど」

正月からあっという間に一ヶ月。提督はこの間、珍しく軍務に励んでいた。
瑞鳳に言われずとも進んで仕事をするようになり、その働きぶりから勲章を授与されることもあった。
だが彼はこれを取るに足らないものと思い、執務室の机にしまいっぱなしにしていた。

提督「あー。まああれのためだけに鎮守府に戻るのも面倒だし、いいよ、要らない」

瑞鳳「え、え〜……せっかく貰ったのに……。よその鎮守府でも、提督のこと評価してるって噂ですよ。遠征の子から聞きました」

正月のあの出来事の後、瑞鳳はしばらく落ち込んで塞ぎこんでしまうのだろう、と提督は考えていた。
しかし彼の予想に反して瑞鳳は気丈だった。提督の前でも他の艦娘の前でも特に変わらぬ様子を見せていた。

提督「どうだっていいさ。……褒められるためにやったわけじゃない」

瑞鳳「そうですか……」

瑞鳳「でも、じゃあどうして今月は頑張ってたんですか? 何か良いことでもあったんですか〜? らしくないですよ?」

瑞鳳の想いを台無しにしてしまったことに対する償い、とは口が裂けても言えず生返事をする提督。

提督「気まぐれさ」

瑞鳳「えへへ……なるほどなるほど。そうですか」

なんだか今日は瑞鳳の距離感が近い。いつにも増してニコニコしている。
そうまで明るくされると、かえってこちらがしょげてしまう。
意外と彼女は切り替えが早くて、自分のことなどもう気にしていないのかもしれない。
それはそれで虚しい気持ちになるが、悲しみに沈んでいるよりは何百倍もマシか。――そんなことを提督は考えていた。

要るものと要らないものとを仕分けして、スーツケースに荷物をしまう。

瑞鳳「あっ、軍服と軍帽が出てきましたね。そういえば結局一度も着ませんでしたね……。
っていうか、途中から存在を忘れちゃってましたよね皆。ここの提督は和服なんだみたいな認識になってませんでしたか?」

上機嫌な声で同意を求める瑞鳳に対して、複雑そうな表情を浮かべる提督。

提督「ま、僕は堅苦しい格好するのが好きじゃないからね。自堕落な人間だから服装にもルーズなのさ」

瑞鳳「けど、提督の服装って洒落てますよね。本当に自堕落な人だったら、そういう細かいところに美意識は持てないんじゃないかなあ」

瑞鳳「提督の演奏もそうよね。提督は楽しむことを一番大事にしてるって言ってるけど、ちゃんと聴く人のことを考えてる。
だから鎮守府や島のみんなの心に響く音が奏でられるんだと思うわ」

提督「やめてよ、照れるってば。前も言ったろう? 君に褒められすぎると調子が狂うんだよ」

自分の軽口に後悔する提督。“前”とはすなわち正月のことであり、提督が瑞鳳の告白を退けた日のことである。
瑞鳳が想いを打ち明け、それを提督は拒んでも、その日から二人の関係が大きく変わるということはなかった。
だが、提督にとっても瑞鳳にとってもこの日の出来事は暗黙のタブーと化していて、互いに言及しようとはしなかった。

瑞鳳「今もね……提督のことは好き。……大好き」

正座して提督の衣服を畳みながら感情の籠もった声でそう呟く瑞鳳。

提督「……」

予想だにしていなかった瑞鳳の言葉に絶句する提督。

提督「な、何を藪から棒に……」

瑞鳳「たしかに、ショックだった……今でも、悲しいけど。でも、気づいたの。提督は私のことを好きじゃないかもしれないけど……。
私はたぶん、これから先もずっと提督のことが好きなんだろうなって。提督が本島へ行ってしまっても、提督じゃなくなってしまっても、忘れられないんだろうって」

瑞鳳「ね。明日の朝で帰っちゃうんでしょ? だったら、わだかまったままサヨナラをするのは悲しすぎるわ。
てーとく、いつも言ってたじゃない。人生は楽しむことが大事だって! 明るい気持ちで、晴れがましい気持ちで別れましょう?」

提督「は、はは……そう、だね……。瑞鳳は、僕のことをよく分かってるなぁ……」

力なく笑う提督。この一ヶ月間、恐らく彼女は自分に出来うる最良の気遣いをしようとしていたことに感謝し、余計に辛い気持ちがこみ上げてくる。
ははと笑いながら、感情を悟られないように背を向ける提督。彼の肩が震えている後ろ姿を見て、畳んでいた服を投げ出して立ち上がり、後ろから抱き締める。

瑞鳳「泣かないでくださいよ……男の子なんですから……」

そう言いながら瑞鳳もつられて泣き出してしまう。提督の腰にぴたりと頭をくっつけて、縋るように強くすり寄せる。

瑞鳳「っ……提督が悲しそうにしてたら……私まで、悲しく、なっちゃいますから」

提督「あはは……ごめん、目にごみが入ってしまってね」

瑞鳳が泣き出すと、提督はすぐに泣き止んだ。振り向いてしゃがみ、瑞鳳の背丈の高さに目線を合わせる。彼女の目から零れる涙を手ぬぐいで拭き取ってやる提督。
拭いても拭いても瑞鳳の涙はぽろぽろと止まらない。この時、涙を流しながらもなぜ瑞鳳の口元が幸せそうに緩んでいるのか、提督には分からなかった。
699 :【14/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 12:05:03.91 ID:vtnBMafL0
島の人々への挨拶も早々に、輸送船に向かおうとする提督。
荷物はもう船に乗せ終えているため、腰に下げた巾着袋以外は何も持ち合わせていない。

人気のない通りを歩いていたところを、瑞鳳に呼び止められる。
ここは正月の初詣から帰ってきた時と同じ道だった。

瑞鳳「昨日はなんだかごめんね……。それでね。これ、作ったの……受け取って」

ハートの形をした箱を差し出される提督。

提督「君は……僕がこれを返すことが出来ないと知ってるのに、それでも渡すのかい?」

2月14日は世間では愛する者にチョコレートを贈る日、バレンタインデーとして認知されていた。

瑞鳳「いいの。提督にとって私はただのちんちくりんに見えるのかもしれないけど……私にとっては、瑞鳳にとっては!
世界で一番、大切な人だから……。精一杯の気持ちを込めて、作りました。……」

箱を受け取り、両腕で包み込むように瑞鳳を抱く提督。

瑞鳳「えっ……?」

瑞鳳の顎に手を添えてそっと持ち上げる提督。
引き寄せ合うかのようにそのまま唇が重なる。

瑞鳳の心拍数が跳ね上がる。
とくん、と胸が高鳴っているのが自覚できるほどに。

唇を離して、見つめ合う。
提督の真剣な眼差しで、全てを察する瑞鳳。

瑞鳳「提督ぅ……。奏、提督……」

それを踏まえた上で、気持ちを確かめるように名前を呼ぶ。
目を閉じ、せがむように唇を向ける瑞鳳。

提督は、何度でも瑞鳳の要望に応えてやった。

・・・・

綻びに綻んだ顔つきの瑞鳳と、冬の空を照らす太陽を見つめる提督。
二人は桟橋の上に立っていた。船は提督の隣に浮かんでおり、彼が乗れば間もなく出航するだろう。

提督「しかし君は……これでお別れだというのに、どうしてそんなに嬉しそうにしてるんだい?
別れ際に悲しまれるのは僕としても辛いが、まさか喜ばれるとまでは思っていなかったよ」

皮肉気味に笑う提督。もちろん提督は瑞鳳は自分が離れるのを望んでいないことなど知っている。

瑞鳳「今日は、提督が私のことを想ってくれているって分かったから、幸せな日なんです。
離れ離れになるのは悲しいけれど……それが分かっただけで、瑞鳳は幸せです」

提督(どうせ別れるならと思って、彼女をわざと傷つけるようなことを言ってしまったのに……。
こんな顛末になるなら、最初から僕も瑞鳳を好きだと伝えていれば良かったんだろうなあ……不用意に彼女に辛い思いをさせてしまった)

提督「そう……」

視点を天上から水平線へゆっくりと降ろし、目の前の瑞鳳を見据える提督。
いつになく摯実な面持ちで、自分自身に言い聞かせて決意するかのように一言。

提督「……必ず、瑞鳳に会いに来るよ。またいつか」

瑞鳳「約束ですよ?」

提督「ああ。約束」

勇ましい表情はすぐに打ち解けて、また平生のように目を細めて小さく微笑む提督。
彼を乗せた船は柱島を発った。

・・・・

乙川奏という男が去ってから二ヶ月経っても、新たに提督が配属されることはなかった。
どうにも諸般の事情により着任が遅れているようだ。その諸般の事情が何であるか、瑞鳳の耳に届くことはなかったが。
本島の桜はとっくに咲き終えて散ってしまったらしい。スマートフォンを介して提督が伝えてくる情報は、大概ロクなものではない。
その日の天気や食事、散歩の記録に薀蓄ばかりで、重要なことは何一つ教えてくれない。

今何をしていて、どういう人に囲まれていているのか。提督はそういう話を自分からしたがらない。
かといって、訊いたところでのらりくらりとはぐらかされてしまう。
だが、相変わらず飄々と立ち回っているようで失職はしていないらしかった。

三月に瑞鶴や大鳳は別の鎮守府に離れてしまい、つい先日秋月にも異動の命が届いた。
もちろん鎮守府には他にも艦娘がいるが、他は遠征に出ていたり哨戒の任務で出ずっぱりで、鎮守府に常駐する艦娘は瑞鳳だけとなってしまった。

それでも瑞鳳は孤独を感じることが無かった。提督が来た時に入れ違いで本島に行ってしまったが、瑞鳳には姉妹艦である祥鳳がいる。
瑞鶴や大鳳だって大事な友人だ。離れていても想いが変わることはない。それに、提督は今でも自分のことを好いていてくれる。
それでも寂しさを感じてしまう時は、チャットで提督に構ってもらったり、電話をかけたりすればいい。
瑞鳳は一人でも変わりなく過ごしていた。
700 :【15/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 12:45:53.14 ID:vtnBMafL0
対深海棲艦の戦線は常に進退を繰り返している。昨日まで平穏だった海が主戦場となることも少なくはなかった。
そしてその風雲急を告げる戦況の動きは、この柱島にも迫っていた。

瑞鳳「嘘でしょ……!? 近海に深海棲艦……! この島に向かっているなんて……」

哨戒任務に当たっていた駆逐艦、春雨から伝達。
敵艦隊には戦艦や正規空母も含まれているようで、瑞鶴や大鳳が居た時ならまだしも、今の柱島の戦力では到底勝ち目がない。
おまけにこの島には指揮官がいない。
このままでは統率が取れないまま艦娘を確固撃破されてしまい、朝日が昇る頃には鎮守府のみならず柱島も焦土と化すことだろう。

瑞鳳が代理で提督の真似事をすることも出来なくはない。
だが現状の柱島泊地では瑞鳳が最大戦力であり、彼女が戦場に出なければ全艦轟沈という事態だって起こり得る。

こうなることを覚悟していた。平和な柱島であっても、こういうことが起こる可能性はあった。
それがたまたま備えの足りない今日に起こったというだけのこと。瑞鳳は鉢巻を巻いて覚悟をする。
命を賭してこの難局を凌ごうという覚悟ではなく、生きて生きて生き抜いて、必ず提督との再会を果たそうという覚悟であった。

・・・・

ザアザアと雨が降っている。こんな天候だろうと、四の五の言っている場合ではない。
敵の艦載機は空を埋め尽くしているのだ。少しでも減らさなければならない。
力強く、それでいて繊細な一射一射。矢から飛び出て行く艦載機は粛々と敵機を撃ち落し、敵艦めがけて特攻していく。
しかし多勢に無勢。いかに善戦しようとも大局は覆らない。

依然として敵の砲火は止まず、こちらは反撃すらままならない。大破した艦娘から撤退するよう指示を出す瑞鳳。
しかしそうすれば一人当たりに集中する敵の攻撃密度を上がる一方だ。じりじりと追い詰められていく。

・・・・

他の駆逐艦は、どうやらみな撤退を果たしたらしい。大破状態でも、鎮守府まで逃げ延びれば入渠して回復することが出来る。
そうなれば一日分ぐらい延命にはなるだろう。それでもたった一日だ。それっぽっちしか守ることが出来なかった。

戦場に残ったのは自分一人。もう逃げ出す力も残っていない。
敵の手にかかるくらいなら、ここで終わりにしよう。
なんとなく、こうなる予感はしていた。
ちょうど提督と出会った頃あたりから、何かを直感していた。
いつかこうなるのだという風に思っていた。まさかここまで間近に迫っているとは思わなかったが。

瑞鳳(ついぞ提督には会えなかったわね……)

瑞鳳(でも、提督と両想いになれただけ、良かったかな……そこで運を使い果たしちゃったんだから、仕方ないよね)

最後の矢を放って、鉢巻を外す瑞鳳。もう後は次に来る一撃を待つのみである。

大鳳「瑞鳳さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

バチバチと艦載機が競り合う音。次々に敵の機体が海に叩き落されていく。
瑞鳳から離れた位置から探照灯の光が輝く。砲火は瑞鳳から光の方へと向けられる。

秋月「はぁ……はぁ……間に合ってよかった! 本当に良かった……! 退避しましょう。私が護衛しますッ!」

・・・・

執務室の隣にある仮眠室。ベッドの上に横たえている瑞鳳。

瑞鳳「生きて……るの……?」

目が覚めて最初に映ったのは、提督の姿だった。

瑞鳳「嘘……? 提督……! どうしてここに……」

提督「また会おうって約束したじゃないか。忘れたのかい?」

瑞鳳「嬉しい……! ね、提督……ぎゅってして?」

甘える瑞鳳をぎゅっと抱き締める提督。

提督「ちょっと色々あってね……これでも最短で来たつもりだったんだが。あと少し遅れていたらと思うとゾッとするよ」

提督「細かい経緯は後で説明するけど、柱島泊地に深海棲艦の新たな拠点が出現した。
次の大規模作戦ではここが守衛の要となる……で、僕はここの提督として正式に採用されたんだ」

提督「改めて、これからよろしくね。瑞鳳。……あー、それと」

薔薇の花束を渡して、小箱から指輪を取り出す提督。

提督「チョコレート、美味しかったよ。間に合わなかったけどお返し。
なんか、艦娘の中に眠る本来の力を超えた何かを引き出してくれる優れものらしいよ」

提督「というのは建前。これが僕の気持ち。受け取って」

提督から指輪を受け取って、瑞鳳はそれを自分の薬指に嵌める。

瑞鳳「……はい! これからも、末永く、よろしくお願いします!」
701 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 12:50:10.80 ID:vtnBMafL0
まずごめんなさい。
>次のキャラを決める安価募集レスは今回分投下の直後ではなく4/17(日)12:00頃に書くつもりなので、
>次の安価を狙ってる人はその辺の時間帯に待機しているとよいでしょう。
とか書いておきながらもう全然ダメやんけっていう。超すみません!
どんだけ1レス投下するのに苦戦してるねんっていう話ですよね本当申し訳ない……。
大幅に遅れてしまいましたが安価ですです。



/* 初期設定安価 */
登場させたい艦娘の名前を一人分記入してください(必須)。
また、任意で作品の舞台設定や作品傾向を指定することができます。
(参考:>>669->>671

>>+1〜5
※キャラ名未記入の無効レスや同一ID被りが起こった場合は>>+1シフト
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 16:38:38.74 ID:gr61aVv7O
朝潮
時間遡行もの
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 16:42:20.22 ID:BtyzgP2MO
不知火
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 16:49:47.26 ID:mAToirdTO
如月
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 16:59:32.34 ID:E439WTLUO
大和 ディストピア
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 17:01:20.11 ID:tttkVRpdO
五月雨
舞台 世紀末世界
707 : ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/04/17(日) 19:02:01.85 ID:vtnBMafL0
>>702より朝潮が登場するお話になります。
提督のスペックは以下の通り。

[提督ステータス]
勇気:74(勇猛)
知性:22(魯鈍)
魅力:26(やや近寄りがたい)
仁徳:34(あるとは言えない)
幸運:11(不幸だわ…)

世紀末なディストピアで朝潮と時間遡行したりしなかったりするお話になるかもしれません(ならないかもしれません)。
大丈夫かこれ……? あんまり明るいお話にはならなさそうな予感がしますね。
でも提督ダメそうだしかえってそうでもないかもしれない。
また1〜2ヶ月ぐらいはかかると思いますので気長にお待ちいただけると幸いです。



////第一章小ネタ////
第一章(今回投下したやつ)では結構甘ったるい感じにしようと思いました。なったかどうかはわかりません。
ちょっと凝りすぎて懲りる羽目になりました。15レスって思いのほか短い(でも長い)ですね。
ウダウダと書いてたらかなりエピソードを省略することになってしまったので、もうちょっとあっさりしたものにすればよかったと反省。

特に5W1Hとか何にも指定がなかったのでなんとなく艦これっぽい感じで書きました。
お前の艦これ観はどうなってんじゃいと言われれば閉口してしまいますが……自分の中ではオーソドックスに書いたつもりです。
柱島を舞台にしてるので、Google マップ上でぐりぐり動かしてみたり、インターネットアーカイブから柱島小中学校のサイトを覗いてたりしてました。
(作中では廃校とされていますが、現在は生徒がいないため休校になっているだけみたいです。サイトはもうリンク切れになってましたが)
取材に行って書くのが本筋なんでしょうが……さすがに厳しいんで……。

キャラに関しては……瑞鳳も自分の中のベーシックな瑞鳳観に基づいて描いたつもりです。
瑞鳳に「食べりゅ?」って台詞を言わせてなかったり、格納庫弄ってなかったりするんで、読む人が読めば私のことをモグリ認定されるかもしれません(笑)
個人的には(脳内鎮守府では)瑞鳳は卵生ということになってるんですが、作中での瑞鳳はもちろん普通に普通ですのでご安心を。
たぶん玉子料理が好きなだけとかそんな理由だと思う。

提督はなんかこうチャラい奴書きたいな〜とか思ってあんな風にしました。
瑞鳳は比較的ガードが甘そうだったのでこういう奴をぶつけてみたら面白いのかなあと。最終的にはなんか普通に丸まっちゃいましたが。
あとは、モチーフとして艦これはやってたけど3-2とか5-3あたりで半引退してるみたいなイメージで描いてます。
イメージを汲んで描いたってだけで実像からは多分めちゃくちゃ離れてますし、作中の提督は艦隊指揮に関してズブの素人ですが。
たった半年でなんかそれっぽい感じに調教してしまう瑞鳳すごいねという感じですな……。
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 19:26:34.07 ID:aFynKRBiO
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/11(水) 17:47:58.89 ID:2pIEpYRwO
710 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/05/18(水) 22:08:08.31 ID:Cc/KSRA80
保守感謝です。残念ながらまだ全然書けていません……。
一応目安ということで6/4(土)あたりに投下すると予告いたします。
あんまり忙しいわけでもないんですが……わりと今までで一番苦戦しているかもしれません。
時間かけちゃってる分期待値を超えられるよう頑張りたいと思います。
そもそも期待してない? それならそれでプレッシャーがかからないので良し。
どうあれ書き進めて完成させないことには何も始まらないので、予告日までには投下できるように努めます。

//// また余計なことを書くコーナー ////
春イベはE5甲が終わってE6を攻略中です。終わったらE7甲に挑戦する前に丙堀りですかね〜。
大規模作戦ではありますが『歴代最高難易度を用意したので死ぬがよい』的コールが無かったので本丸はまた夏に来るんじゃないかなーとか勝手な予想。
WG42がもう2〜3個欲しくなりますね〜……。

まだ書き途中なのでべらべら喋ってしまうとまずいんですが、一ヶ月放置していたわけですし少しくらいはなんか書いておきます。
読んだところで大した内容ではないので、暇な人向けです。



いやー……主役が朝潮で時間遡行っていうとあれですかね。奇跡も魔法もあるような気がしてきましたね。
まあ見当違いの察しなのかもしれませんが、個人的にはああそういう感じなのかなーと解釈しました。
えと、先に書いておきますが魔法的概念は出てこないと思います。奇跡はあるかもしれません、いや無いかな。
朝潮が時間を巻き戻したり巻き戻さなかったりするお話になる予定です。たぶん。

ただわりと鬱いものを書く勇気はないので、例によってご都合主義で行きます。あくまでお気楽お気軽なインスタント娯楽作品ですしね。
とか言いつつ実はドス黒なやつも挑戦してみたいなという気持ちはちょっとあったりもしますが(どっちだよ)。
二次創作という性質上よそ様のキャラクターを借りて陰鬱なことやるのもなあ……という抵抗があり、ある程度自重するよう心がけています。
なので、そういうオーダーが来ない限りは基本的にハッピーエンドっぽい終わり方をするんじゃあないかなあ。
とか書いてしまうとネタバレになってしまうんでしょうか、興を削いでしまうんでしょうか。
じゃあ撤回しておきます。油断させといてめっちゃエグい感じで攻めるかもしれないとか書いておきます。
実際にテキストが投下されるまでは何も信じてはいけない(ぇ

んまぁー、時間遡行っていうと(遡行するキャラクターにとっては)かなりの長期戦ですからね。
ループに巻き込まれて抜け出せないタイプにせよ変えたい未来があって自発的に巻き戻し続けるタイプにせよ、
気が狂うほど長い時の中で戦い続けようとする意志は生半可なものではないはず。
そうまでしても貫きたい信念や回避したい現実があるわけでして、そうでなければどこかで妥協すると思います。
そんなわけで朝潮が時を巻き戻し続けるのにもそれ相応に何かしら理由があるよねー……ってな感じですねはい。
安価が安価なのでわりと不穏当な世界観になりそうですが、そんな中でも何某かの想いを突き通していく情熱的なお話になればなーとか企んでます。
企んでるだけなんでひょっとするとアテにはならないかもしれません。

前情報はここまで。現段階ではそんなに書けてないのでぼやかした話しかできませんし、あとは内緒ということで……。
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/18(水) 22:16:16.83 ID:kwwn1MpzO
了解
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga ]:2016/05/19(木) 13:10:31.27 ID:ft6LnLW4O
乙 ドラえもんみたいなギャグもあると思うの時間ネタだと
713 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/06/04(土) 22:15:58.32 ID:hDtwsDLI0
ごめんなさいまだ時間かかりそうです。正直いつ投下出来るか見通しが立たないかも……。
書き終えたタイミングで投稿しますが、一ヶ月間音沙汰がなければこのスレはこれにて終了ということで……。
なるべく早く書き終えて投下できるよう努めます。



////見苦しい言い訳が読みたい方だけどうぞ////
春イベお疲れ様です(取ってつけたような季節の挨拶)。

お待たせしている以上何かしら説明責任があるような気がするのですが、それが実は今回はなんと言い訳できる要素すらなくですね……。
なんでこんなに時間がかかっているのか自分でも分からない始末であります。お題がキツいとかそういうわけでもないんですが。
そんなにカオスなオーダーでもないですし、実際お題周りの設定が原因で筆が進んでないというわけではないんです。
執筆に割ける時間だって前回と比べたらわりとあるはずなんですが……まーったく進まないんすよね。
わりと長くスレを続けてきましたが今回はわりと初めて「エターナルかもしんねえ……」ぐらいの覚悟をしています。
いやそんな覚悟決めんなとっとと書けって話なんですけども。。。
これがスランプってやつなんでしょうかね……でもスランプって言葉言い訳めいててあんま好きじゃないんすよね。

まぁここまで書いといてアレですがわりと毎回締め切り超過してる気がするので、今回もいつも通りの延長線上なのかも。
勿論それじゃダメなんですけども。毎回ヘラヘラしながら謝罪してるようですがこれでも申し訳ないという反省の念や忍びなさはあるんすよ……。
あってこのザマなんだよなあ情けない! ハアアァァァン!! 自分自身を変えたい!(突然駄々っ子のようなことを言い始める)
いや〜……んー……ま〜、冗談はさておきリアルは比較的落ち着いてるので、スローペースでもなんとか進めてこうと思います。

楽しみにしてる方ほんと申し訳ないです。そんなに楽しみにしてない方も申し訳ないです。どんな非難や罵倒の言葉も受け止める所存です。
頑張ってなんとかするつもりなので、あと一ヶ月ぐらいは希望を捨てずにお待ちください。
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 01:31:42.07 ID:etzNKyzJO
了解
待ってる
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/22(水) 12:31:30.05 ID:wh3/tTiXO
 
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2016/07/01(金) 21:01:51.07 ID:sga4INwx0
age
717 : ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/07/07(木) 19:22:48.36 ID:efOKEk130
朝潮改二が実装されました。めでたい! そんなめでたさに便乗して投下しようと企てていたのですが間に合いませんでした。
っていうか危うくスレッドが消滅しているところでしたね……ホントすみません。毎度すみません。
いや今回は本当難産でしてね……でしてっていうか現時点でまだ書ききれてないですし(泣)。
まだ待たせんのかよって話ですが、さすがにもう待つのも限界ですよね? ってなわけで

次回の投下は
7/10(日)22:00を予定しています。

投下が終わり次第、次の安価もやってしまおうかなと思うので、推しのキャラとか考えておくといいかもしれません。

((心の声:10日時点で完成まで書ききれてない可能性も……ぶっちゃけあります。恐ろしいことに40%ぐらいあります……。
それでもどうにかお見せ出来るかなという所までは進んでいるので、どうあれ投下は行ってしまいます。
遅筆に磨きがかかっており、わりと心折れそうですが、未だに100レス完走するつもりではいるので一応次の安価も併せて行ってしまおうかなと思います))
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/07(木) 20:14:59.86 ID:E3w5ojNsO
了解
719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/07(木) 20:43:53.85 ID:w/Ti3xc0o
待ってる
720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/07/07(木) 21:44:58.10 ID:MRcnLJMVO
まってる
721 :【16/100】 ◆Fy7e1QFAIM [sage saga]:2016/07/10(日) 22:05:09.40 ID:stR28eGh0
気を失っていた。ここがどこだか皆目検討がつかない。どうにも身体の様子がおかしい。
いいえ、おかしいのは体調ではない。体そのもの……? 信じられないことだけれど……身体が宙に浮いている!?
無重力空間だとでもいうの? 呼吸が出来るのは私が艦娘だからなのか、酸素自体は供給されているのか、どちらかは分からない。比喩ではなく、浮いている……。

手すりに掴まり、腕の力だけを使って前に進んでいく。プールの中にいるような感覚だ。
しかし、これなら地面を蹴って跳ねながら進んだ方が速いのでは……? 地面に着地、跳躍……ッ! おおっ……?
これはいい、かなり楽に前に進むことができる(そして、少し楽しい)。

・・・・

しばらく跳ねていると、窓のある大部屋に辿り着く。窓から見える景色は大宇宙であった。

宙に浮いている時点でなんとなくそうなのかもしれないとは思っていたものの……実際に目の当たりにすると圧巻だわ。
ふよふよと岩塊が漂っている。遠くで大小さまざまな星が煌きを放っている。

一体どうなっているのだろう。どうして私はこんな場所にいるのでしょうか。
ここに来た経緯を振り返ってみましょう。

・・・・

艤装の力で海の上を浮上することができる、これが私たち艦娘が持つ特長である。
しかしながら、司令官――芯玄 心紅(シンクロ シンク)は普通の人間だ。そのため彼の乗るボートごと綱で引き摺って海原を進んでいた。
私たちは“奇妙な噂”を聞いて、その真偽を確かめるべくある場所を目指していたのだった。

朝潮「司令官御自ら出張るほどのことではなかったのでは……? 報告通り敵の気配は全くないようですが」

梅雨明けの日照りから逃れる術はなく、司令官は暑さに耐えかねてボートの上でうつ伏せに倒れていた。呻き声に似た気だるそうな声。

提督「そうかもしれねえが……オレらのナワバリで妙なことが起こったってんなら見過ごすわけにはいかねえ。
深海棲艦にやられたわけでもねえってのは一安心だが……だとしたらなおさら謎だ。自然現象にしたっておかしいだろうが」

司令官と私は、私たちの拠点とするラバウル泊地の近くに突如現れたブルーホールの調査に訪れていた。
ブルーホールとは、陸地が海没して浅瀬に穴が空いたような地形のことである。
パプアニューギニアの首都ポートモレスビー近海に発生した深い藍色の窪みは、前々からあったものではない。
それまで無かったはずのものが先日発見されたのだ。司令官のご指摘通り、自然現象で起こったにしては不自然だろう。

ああでもないこうでもないとブルーホールの原因について二人と話し込んでいると、四隻の艦娘がこちらに近づいてくる。
陽炎・不知火・黒潮・親潮の四名だ、これから輸送任務遂行のため遠征に出向くのであろう。

提督「不知火か。ご苦労……遠征だな」

旗艦の不知火に声をかける司令官。不知火は無言で頷いた。

陽炎「そういう司令は休日デート中だったかしら〜? 邪魔しちゃってゴメンね」

司令官はこの日休暇を取っていた。春に発令された大規模作戦が一段落着いたため、一週間有給を取っていたのである。
結局休まることもなくこうして調査に出向いてしまっているのだけれど……。

提督「サービス出勤ってとこだ。例のブルーホールについて気になっててな。ほら、あそこにあるだろ?」

陽炎のからかいを軽く受け流し、少し遠くにある青黒い海面を指さす。

陽炎「? なあにブルーホールって」

提督「おいおいおいおい……昨日鎮守府中で噂になってただろが。海に穴が空いたみたいだってみんな騒いでたじゃないか。アレだよ、見えるだろう?」

その通りだ、昨日の話題はその話で持ちきりだったと私も記憶している。司令官の指の先には周囲の海面の色とは異なる紺碧が広がっている。

黒潮「しれぇ〜は〜ん、暑さで頭やられたん……?」

不知火「お言葉ですが、私の目には何も……。電探にも敵の反応はありません、特に問題ないでしょう」

陽炎「ま〜、お話したいのは山々なんだけど……私たち見ての通りあんまり暇じゃないのよね。その都市伝説は今度聞かせて頂戴ね、司令」

不知火たちが去った後、私と司令官は顔を見合わせて困惑していた。

提督「なあ朝潮……あいつらにはアレが見えてねえってことだよな。一体どういうことなんだ……?」

分からない。しかし、現に私たちの目にはきちんと映っているのだ。どうしてあの四人は口を揃えて見えないと言っていたのか……。
謎を明かすには近づいて調べてみるほかない。そうすることで何かが分かるかもしれない。

――残念ながらそれから先のことはよく思い出せない。
ブルーホールに足を踏み入れるやいなや、渦潮のような強い力に引き寄せられて気がつけば意識を失っていたからだ。

・・・・

それが一体、この宇宙空間となんの関係があるというのだろう。ワープ? テレポーテーション?
理屈は分からないけれど、現実として目の前にある光景が銀河の星々である以上そういったものを信じざるを得ないでしょう。
まずは私と一緒にここに来たであろう司令官を捜すのが先決か。元の世界に帰る方法はそれから考えましょう。

部屋の出口へ向かって進んでいると、突然部屋中に明かりが灯り、猛烈な重圧が押し寄せる。
宙に浮いていた私の身体は地面に叩きつけられ大きな音を立てる。

提督「迎えに来た……ぜ」
722 :【18/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:08:55.92 ID:stR28eGh0
部屋に入ってきたのは司令官だった。普段とどこか様子が違うように見えるのは、服装が違うからだろうか。
そういえばさっきまでアロハシャツを着ていたはずだが……泊地での礼服に近い黒い衣装をしている。着替えたのだろうか。
司令官のもとへ駆け寄ろうとするも、急な重力の変化に対応出来ないのかうまく立ち上がれない。
もたもたしている私の様子を見て、司令官は私の艤装と膝を抱えて運ぶ。そしてそのまま部屋を出た。状況が飲み込めない……。

・・・・

何度かエレベーターを経由して施設の最下層まで到達、ここは宇宙飛行機の出入り口らしい。
司令官と共に艦上戦闘機に似た形をした小型機のコクピットに乗り込む。
本来一人乗りの乗り物なようで、私は司令官の膝の上に座せられた。

提督「時間切れか? いいや……ここは強引にでも通らせてもらうぜ」

警報機が作動したのか施設内の電灯が赤く点滅しサイレン音が鳴り響く。
機体の前方にあるシャッターが閉ざされ始める。構わず操縦桿を握り前方に押し倒す。
司令官の心音が背中から伝わってくる(狭いコクピットの中で艤装は邪魔になるので、この時は背中から外していた)。

シャッターが降下するよりも速く、機体は前へ前へとすり抜けていく!
難なく全てのシャッターを掻い潜り、施設の外へと脱出した。

先程の施設から見ていた景色と異なり、機体から見える宇宙の景色は思いのほか暗かった。
どこまでも広がる無限の闇の中に光を放つ星々がまばらに配置されているようだった。

提督「フゥ! 続いてこうか。追手を潰して完全勝利だ」

旋回してこちらの機体を追尾していた石塊に向けてレーザーを撃ち放つ。

朝潮「あの……よく見たらあの石、こっちに攻撃してきていませんか……?」

石塊がこちら目掛けて球状の光弾を放っているように見える。
……よく見ると顔がついている? モアイだ。モアイが口から光の弾を撃ってきている。

提督「その通り。岩に擬態してるがイオン砲という兵器を搭載した哨戒機だ。ゲームじゃないからな、喰らっちまったらそれでゲームオーバーだ」

右手の親指を下に突き立てて首元に持っていき、掻っ切るようなハンドサインをする。

提督「ま、やられる前にやる……これがオレの流儀ってな」

機体は次々にモアイを爆散させていきながら先刻の施設(スペースコロニーのような場所なのだろう)から距離を離していく。

・・・・

戦闘を終えてしばらくすると、白と黄色が混ざったような色の雲に覆われた星に着いた。
幼い頃に図鑑で見た金星とそっくりだった。商業星アルジャンという場所らしい。
この世界における宇宙は、その全域が統一国家に管理されていて、星の一つ一つが都市として扱われているのだという。
宇宙の全てが一つの国に統治されている……深海棲艦との戦いで国を守ることさえ必死な私たちからすれば想像もつかない話である。
司令官も私に説明しながら「パラレルワールドの一言で片付いてしまうのかもしれないが、オレたちの世界の未来ではこうならんだろう」と不思議がっていた。

提督「さ、何はともあれメシだメシ」

パンパンと両手を鳴らして上機嫌な様子の司令官。
高さの異なる直方体の建物が等間隔で立ち並んでいる。建物の色は全て白く、遠くから見ると紙で出来た建築模型のようだった。
白い壁面にはそれぞれ光が照射されていて、近くで見るとそれらの光によって煉瓦や木などの色合い・模様を再現していることが分かった。
この世界で何と言うのかは分からないが、私たちの世界にあるプロジェクションマッピングという技術に近いのかもしれない。
私と司令官は街の外れにある定食屋を訪れた。

提督「来てやったぜ、違法音楽家」

乙川「相変わらず君は口が悪いな……僕は遵法意識に満ち溢れた市民の鑑さ、もっとも僕の楽器から出る音もそうだとは限らないがね。
おっとそっちは見慣れない子だね。僕の名は乙川。よろしく」

瑞鳳「私は瑞鳳。今日のお昼は何にする?」

提督「おまかせでいい。……そこの二人はこの世界で出来た友人だ。表向きは定食屋、されど本質はこの世界に反旗を翻すアナーキストだ。
この世界は徹底した管理世界……音楽や絵画などの芸術でさえもその例外に漏れない。規定に満たない音楽は演奏してはいけないそうだ」

乙川「風営法が厳しいんですヨ。まあそういうのは関係なく芸術分野全般にうるさいんだけれども。
我々市民は必要以上に物を知ってはならないのです。それがこの国の掟! だそうでね」

乙川「僕みたいに音大卒じゃないと楽器を演奏してはいけない、歌を歌ってはいけない。それどころか聴く音楽にだって制限をかけられているんだ。
こんなふざけたことがこの国では罷り通ってしまうのだよ……ま、僕なんかは色々抜け道を使って誤魔化しているけどね」

提督「ほう、それは初耳だな。そんなに酷かったのか」

乙川「そうさ。情報統制・教育の偏向・歴史の歪曲……そういうごまかしや嘘の上塗りが数百年単位で続くと、もう誰も本当のことなんて分からなくなる。
今やこんなルール何のため・誰のためにあるかさえ分からない。誰も得をしていない。それでもルールだけが残っている。そしてそのことに誰も疑問を持たない……」

司令官と乙川さんが話を続けていると、少し経って瑞鳳が私と司令官の席に天津飯を運んできた。
乙川という名の和服を着た男性の話も気になるが、それ以上に気になっていたのは、さっきの女性が『瑞鳳』と名乗っていたことだ。
聞き覚えがある。確かどこかの泊地か鎮守府に在籍していた艦娘だった。見たところ艤装はつけていないように見えるが……。

瑞鳳「どうかしました? 私の顔、なんかついてるかな」

提督「朝潮、お前の言いたいことは分かる。瑞鳳というのは艦娘の名だ。乙川ってのも柱島で最近名を上げている提督の名前だった。
だが、俺らとは違う。俺らのように“やってきた”わけじゃない。どうにも元からこの世界の住人なようだ。この世界の瑞鳳は艦娘でもない普通の人間だ」 ひそひそと耳打ちする
723 :【19/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:15:43.86 ID:stR28eGh0
司令官の蓮華を持つ手は止まらず、黙々と食べ続けている。私もこの天津飯は気に入った。おいしいと思う。
私と司令官が料理を食べている間、乙川さんはトロンボーンを演奏していた。
私には音楽の心得がないので詳しいことは分からないが、自由奔放という言葉がよく似合っているような気がした。
自由ではあるものの、無秩序ではない。軽快だがそれでいて洗練された深みのある響きだ。

瑞鳳「二人はどういう仲なの? 恋人同士とかかしら」

朝潮「こ、恋人ですか!?」

提督「おいおい、お前さんとこの亭主と一緒にしてくれるな。こいつはちょっとした因縁深いツレさ」

にこにこと笑みを浮かべながら私たちに話しかけてきた瑞鳳。
演奏の音が生み出すリズムに合わせて小刻みに体を揺らしている。なんだかとても幸せそうに見える。
しかし、私はいったい司令官にどういう認識で見られているのだろう……。

乙川「人をただのロリコンみたいに言うもんじゃないよ。これから大輪の花を咲かせようとしている蕾の価値に気づけない、そんな奴らに瑞鳳は譲れない。
そう、つまり僕は義賊なんですよ。誇り高い理想と崇高ないしゅ、意志のもと……あーごめんもう一回言わせて」

和服の男は演奏をやめると私たちの席に寄ってきた。

提督「思ってもないことを口に出すから噛むんだよ。お前さんの変態性をバカにするつもりはないさ。
奴隷商から生娘を買って、立派なおべべを着させて全うな教育を受けさせる……なかなかの数奇者じゃねーの?」

朝潮「え……そういう人なんですか……」

提督「って言うとさすがに悪く言いすぎか。要は身分違いの恋ってことさ。さっきの演奏を聴けばわかる通り相当な変態ではあるけどな」

乙川「艶やかとか色っぽいだとかもっとマシな褒め方があるだろう。さておき、奴隷という言い方は悪いが……分かりやすさを尊重するとそういう言葉になってしまうね。
この世に生を受けた時点で市民か奴隷か選別されているんだよ。僕は市民で、瑞鳳は奴隷の側だった。本来ならお互いの存在を知ることだってなかったんだろう」

瑞鳳「奴隷といってもこき使われたりするわけじゃないの。機械化出来ないような作業をするだけ。
市民としての権利を持っていない、労働の義務が課せられている立場といえば聞こえは悪いけど……」

朝潮(そういう意味では艦娘と似たようなものなのかしら。艦娘に生まれた時点で、艦娘としての生を全うする役目を担う。
私はそれを悪いことだとは考えていない。……私が艦娘に生まれたからそう思うだけなのかもしれないけれど)

瑞鳳「毎日決まった時間に決まった仕事をこなせばある程度の自由が許されているわ。私は自分の置かれている立場に何も疑問を覚えていなかった」

乙川「一方、市民というのは働く必要がない。何かを望めば、全て国が満たしてくれる。お金はよほど散財でもしない限り無くならない、無くなってもまた与えてくれる。
音楽を聴きたいと頼めば電子化された音楽ファイルを無尽蔵に寄越してくれる。孤独を埋めたいと願えばいくらでも同じ思いを抱えた人間を紹介してくれる」

乙川「全てが供給される。全ては満たされるように出来ているはずだった。だけど僕は何も満たされなかった。
人と会って話しても、誰もかれもみな同じに思えた。中身がないように思えた。刹那的な快楽に身を委ねても、虚しさには勝てないことが分かった。
他の人間はその空虚さを感じていないようだった。空虚であることに気づいてすらいないようだった、それはそれで幸せそうだった」

乙川「誰も彼もみんな陳腐で滑稽な存在に思えてね。少し病んでいたんだ。
そんな時期に偶然瑞鳳と知り合ってそこから勢いで……まあ、恋は盲目というやつだね」

気恥ずかしそうに頭をかく乙川さん。よく見ると乙川さんと瑞鳳の薬指には同じ指輪が嵌めてある。

提督「勢いだけで国を欺けるなら大したもんじゃねえか。飄々としててもやる時はやる男ってことさ、お前さんもな」

乙川「いやいや……危うく終身刑になるところだったからね。君のおかげで今もこうしていられるわけで」

瑞鳳「その節はお世話になりました」

司令官にぺこりと頭を下げる瑞鳳。背丈で言えば私よりも少し高いぐらいだろうか。
……私にもいつか、瑞鳳のように誰かとこういう関係になる日が来るのでしょうか。私が艦娘じゃなかったら、こういう未来もあったのでしょうか。

いいえ、仮定の話に意味はない。

・・・・

この国の情報統制は厳しく、乙川さんと瑞鳳との関係が国に知れた際に二人とも投獄されることになったらしい。
全ての国民の体のどこかに不可視のバーコードが刻まれているようで、政府はその情報をもとに国民を管理しているようだ。
社会保障や福祉はこのバーコードを介して行われる。そのため、一度指名手配されてしまうと逃げ延びることはかなり難しいらしい。

提督「電子化電子化で機械に頼りすぎるとオレのようなイレギュラー相手には対応出来なくなるということだ。
驚いたことにこの国では司法も立法も行政も治安維持もぜーんぶ人工知能が行っているらしい。まあそこいら辺の欠陥を突いてオレがうまく誤魔化したわけだな」

提督「二人を助けた代わりにしばらくあそこでヒモさせてもらって、朝潮が来るのを待っていたんだ」

朝潮(待っていた……? 私と司令官はほぼ同じタイミングでこの世界に来たはずじゃないのかしら……)

二人と別れた後に、私を迎えに来た時とは異なる、外装がルビーのように紅く輝いている機体に乗り込んだ。
ファム・ファタールと名づけた特注品だそうで、司令官はこの宇宙飛行機を愛機だと自慢していた。コクピットもきちんと二人乗りだ。

提督「さて、これで元の世界に戻るための算段は整った。この世界の“時の終点”に辿り着く。それがオレたちの目的だ……」

そういえば元の世界に戻る方法を何も聞いていなかった。そこに辿り着ければ元の世界へ帰れるというの?

朝潮「“時の終点”……?」

提督「そう、この世界の因果律を破壊するんだ。そうすることで時の終点に到達できる」
724 :【20/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:27:27.03 ID:stR28eGh0
進めば進むほどに目に見える星の光は減っていき、しばらくして窓には宇宙の暗闇以外に何も映らなくなった。レーダーを頼りに進んでいる。
司令官の話によると……この世界の中枢を担うオーロージュという星に、“時の歯車”なるアイテムがあるそうだ。
“時の歯車”には、任意の時間に巻き戻せる……つまり、時間を過去に戻す力があるらしい。

提督「時間を巻き戻して出来事や行動を変えたとしてもある程度は辻褄が合うように働くようだ、歴史の修正力とでも言うべきか。
だが、この世界に本来起こるはずだった重大な事象なんかを改変すると話は変わってくる」

提督「本来あるはずだった事象がなかったことになる。あるいは本来起こるはずのなかった異変がもたらされる。
過去改変によって歴史の根幹を揺るがすようなことをしでかすと、因果律の崩壊が起こって“時の終点”へと辿り着く」

朝潮「そ、そんなことをしてしまっていいのでしょうか……」

提督「さあな、良い悪いはオレには分からん。だがこの世界に留まるわけにもいかないだろ。さっきも言ったがここはパラレルワールドだ。
この世界がどうなろうと本来の世界へと戻ることが先決なんじゃあないのか? ……さっきのあいつらには悪いがな」

確かにそうだ、私たちは元の世界に戻らなくてはならない。私たちが居ない間も元の世界の時間は流れ続けていることだろう。

朝潮「分かりました……司令官のご判断に従います」

提督「……」

それから私たちは、しばらく無言のままでいた。司令官は私と二人きりの時に世間話をほとんどしない。
彼の秘書艦として泊地で働いている間も、作戦の話や任務の話ばかりだった。秘書艦とは、提督の補佐として雑務をこなす役である。
明確にそういう役職が定められているわけではないのだが、大抵の鎮守府や泊地には秘書役を担う艦娘がいるものだ。
顔を合わせる頻度で言えば、艦娘の中で私が一番多いはずなのだが……このように、無言の時間だけが積み重なっていく。

私は、司令官にこの場に居ない者として認識されているのではないか。そんな疎外感を覚えることが少なくなかった。今もそうだった。
自動操縦に切り替えていて、司令官は手持ち無沙汰らしかった。顎に手を当てて何やら考え事をしている様子だった。
ギラギラとした赤色の瞳は、じっと宇宙の闇を見据えていた。前方の景色には何も映っていないはずだが、司令官には何かが見えているようだった。

ふと、視線が合った。気恥ずかしさから目を逸らしたくなったが、私から逸らすのは失礼に当たるような気がして、そのまま成り行きに任せることにした。
見つめられている。司令官とこんなに長い時間目を合わせているのは初めてだ。彼はあまり人と目を合わせようとしない。珍しいことだ。
二度、三度瞬きをすると、私から視線を外して再び前を向いた。表情に変化はなく、特に何を思うことも無かったようである。

私の方を向くことはなく、独り言のようにぼそりと呟く。

提督「なぁ……朝潮には元の世界に戻りたい理由があるか?」

戻りたい明確な理由があるわけではないが、ここに残りたい理由など当然ない。そう思ったが私が口を開く前に司令官は言葉を続けた。

提督「オレは戻りたい。オレにはまだ果たせていない夢があるから。やり残したことがあるから」

声量こそ小さいが、熱の籠もった力強い意志のある声。

提督「……恐らくだが、ここから先は今までみたいになんでも予定通りという風にはいかねえ。朝潮にも辛い思いをさせることになる」

提督「だから聞いておきたかった。オレにはお前の力が必要だ。けど、今のお前にとってはそうでもない、かもしれねえ。
お前が元の世界に執着がねえってんなら、無理に付き合わすことになるような気がしててな。
オレの都合でお前だけが苦しむことになるのかもしれないと、そう思ったんだ」

朝潮「お心遣いには感謝しますが……心配はご無用です。この朝潮、必ずや司令官のお役に立ってみせます!」

提督「……そうだな、お前はそういうヤツだった」

え……? 肩透かしを食らったようだった。見透かしていたかのような呆気ない態度。
自分なりの意気込みを伝えたつもりだったのだが、どうにも上手く伝わらなかったらしい。言葉足らずだったのでしょうか……。

またも沈黙。モヤモヤとした言葉に出来ない感情が膨れ上がってもどかしい。ただ、言葉の意味を知りたかった。
ああ、そうだ。『元の世界に戻りたい理由』の回答を求められていたんだった。司令官からの質問に答えられなかったから、か。
元の世界に戻りたい理由……。挙げようと思えばいくらでもある。泊地に仲間がいる、そこでの生活もある。
深海棲艦から人々を守らなければならないという使命もある。何から言おうか、何から言うべきか悩んでいた。

朝潮「! ……? どう、しましたか……?」

身体をこちらに向けた司令官。彼の手が私の顎をくいと持ち上げる。そして私の顔を覗き込む。再び視線が合わさる。

提督「なあ朝潮。お前は、オレの役に立ちたいと、本心からそう言っているのか……? お前にとって、それは本当に大切なことなのか?
オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい」

言葉の意図が分からない。司令官は私に何を求めている? さっき視線が合った時とは違う、何かを物語り訴えかけるような鋭い眼光。

朝潮「私、は……」

言葉が出てこない。司令官は、私を威圧するつもりはないのだろう。しかし……。
この人が怖いと思ってしまった。どうして今そんなことを言うのだろうと、思った。こんな感情は初めてだ。心がざわつく。

提督「……悪い。脅すつもりは、なかった。……そういうつもりでは、なかった」

私の顎から手を離し、正面を向き、帽子を目元まで深く被り直す司令官。

こんな感情は初めてだった。理由も分からないまま泪が零れそうだった。司令官を、普段から恐れているわけではない。むしろ尊敬すらしている。
けれど……底知れない重みのある語気や振る舞い、今まで私に向けることのなかった感情の籠もった表情や言葉。今までとは違う……不安になる。
気づかぬ間に司令官の失望を買うようなことをしてしまったのだろうか……ひどく落ち着かない気分だ。

司令官の前で泣くところなど見せたくはない。そんな情けない真似はしたくなかった。私はじっとこらえていた。
725 :【21/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:40:18.65 ID:stR28eGh0
提督「フゥ……。ようやく……、着いたな……。悪いな、ちょっと休憩させてくれ」 座り込んでいる

……後になって気づいたことだが、あの時の司令官はかなり集中していて、精神状態も極限に近かったのだと思う。
だから、言動や様子が少し普段と違っていたとしてもそれは無理のないことなのだ。そんなことにも気づけなかった私が悪かったのだ。
動揺するほどのことではなかった。考えれば分かることだった。

たった単機で数百もの哨戒機と数隻の空母(否、宙母と言うべきか。宇宙に浮かぶ巨大な艦のことだ)を相手にすることが、どれだけ困難か。
それでも司令官は不安や恐れを態度に出すことはしなかった。呼吸も乱れていなかった。震えてもいなかった。
一言も言葉を発することはなく、瞬きをほとんどしていなかった。赤い瞳はギラギラと静かに燃えているかのようだった。
圧倒的な敵の数を前にしてもただ淡々と前へ進んでいった。進む先に何が待っていようと動じることなく光の束を撃ち続けた。
曲がることなく、揺らぐことなく、ただ自分のやり方を貫き通していく。この機体そのものが司令官のあり方を体現しているようだった。

オーロージュの地に降り立った。宇宙から見たこの星の外観は環に覆われていて土星のようだった。
ガスに覆われた星の内部を進み、今は星の中央にある小さなコロニーの内部に潜入している。

提督「星の外見とは裏腹に小さな星だ……ほとんどはガスで出来ていて中央にコロニーが建ってるのか。
しかし内装は殺風景だな。朝潮のいた収容所に似たようなものか。何もない」

この星そのものが一つの巨大な人工知能で出来ていて、他の星から送られてくる全ての情報を管理・統合しているとのことだった。

・・・・

無機質な鋼の壁。壁と同じ色の天井と床。延々続く廊下を歩き続けた。やがて広間に辿り着く。ここで行き止まりのようだ。
部屋の中央には筒型の装置が置かれている。装置の内部は黄緑色の液体で満たされていて、歯車の形をした青色の物体が浮かんでいた。

提督「ここが最深部のはずだが……正面から堂々と侵入しても警備ロボットが出てくる気配もない。かえって不安になるな……」

??「ここに警備は必要ないもの。ここに辿り着ける“人間”はもう、この世界には存在しないのよ」

一つ多い足音。私に似た声質だが、私のものではない。異常に気づく。艤装を展開して戦いに備え、振り返る。

??「見事ねイレギュラー。最初はバグ以外の可能性を疑わなかったわ。いえ……ある意味あなたたちの存在そのものがバグなのかもしれないわね」

司令官の背後に声の主は居た、もう遅かった。その場に倒れ込む司令官。首に注射針を突き刺されていた。
目の前に現れる私と全く同じ姿をした存在。深海棲艦ではないようだが、敵であることに変わりはない。

??「私の名前はグランギニョール・システム。GSと略されて呼ばれることの方が多かったかしら。この世界の管理者……神様のようなものね。
時の歯車は渡さないし、この世界も壊させないわ。ここで諦めてもらうことになるけれど……」

GS「一つ不可解なのはあなた……細胞の動きが人間のそれではない。電光刀でも光線銃でもあなたにダメージを与えることは出来ないみたいね。
この世界ではかつて存在を否定された理論上・仮説上の物質で肉体が構成されているとはね……世界線が変わるとこうも違うものなのかしら。
私の常識が通用しない存在としてあなたを認識したわ」

GS「あなたをシミュレートしてこの身体を生成してみたけれど、真似できるのは見た目だけのようね。不思議だわ」

私は女に飛びかかり、首を締め上げる。

朝潮「司令官に何をした!? 私たちの邪魔をするな……!」

GS「バカね……言ったでしょう。この身体は作り物、私の本体ではない。ゆえに傷つけたところで意味がない。
どちらの立場が上なのか理解した方がいいわ、大事な“司令官”様を人質に取られているのよ? あなたは」

首から手を離し、女を解放する。攻撃してくる気配は見られない。何が目的だ……?

GS「ひとつ、提案をしてあげましょう。あなたに時の歯車は渡せない。元の世界へ帰してやることもできない。
けれど……あなたの望みは叶えてあげられるわ。あなたが心に抱いていた、本当の望みを叶えてあげる」

・・・・

頭の中で声がする。

GS「あなたの肉体を真似ることは出来ずとも、あなたの脳内を見透かすことぐらいはできる。私があなたの本心を暴いてあげるわ」

忌々しい声、憎むべき敵の、声、の、はずなのだが……少しずつ怒りや苛立ちが収まっていく。意識がぼうっとする。

『太陽はなぜか透明であたたかく、退屈な午後は妙に私にやわらかい』……。そう、かつて、どこかであったような、そんな記憶。
ここはどこなのだろう、心地よい気だるさと眠気に襲われる。シロツメクサの咲く丘だった。

私を優しく撫でる、大きな手。私は寝転がっているのだろうか、後頭部に枕のような感触がある。
どうやら人の膝のようだ。目を開くと、見覚えのある顔。照れくさそうに微笑んでいる。

朝潮「しれー……かん?」

私の身体を起こしてぎゅっと胸元に抱き寄せてくれる。両腕から伝わる、確かな温もり。

提督「泣いているじゃないか。怖い夢でも見てたのか? 心配するなって」

私も両腕を司令官の腰に回して、抱きつく。
さっきこらえていたはずの、さっき収まったはずの涙が、堰を切ったようにぽろぽろと零れてくる。

提督「オレがずっと、一緒にいてやるから」

司令官の言葉が染み渡るように、私の心にある不安を消し去ってくれる。
幸せな気持ちがこみ上げてくる。愛しい気持ちが止め処なく溢れて、どうしようもなくなる。
726 :【22/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 22:53:14.75 ID:stR28eGh0
……ああ。分かっているはずなのに。気づかないフリを、していたはずなのに。
傍に居られるだけで、十分だった。尊敬していたからだ。
それ以上のことは望もうとはしていなかったはずだったのに。
それ以上のことは望んではいけなかったはずだったのに。

司令官に、こんなふうに愛されたかった……。これまでずっと抑えてきた感情が、目の端から流れていく。
強く、力強く、自らの意志で司令官を抱き寄せる。傍に居たかった、役に立ちたかった、それだけじゃなかった……!
本当は愛されたかった。愛したかった。恋人のように手を繋ぎあって、並んで歩きたかった。
娘のように甘えたかった、頭を撫でてもらいたかった。幸せになりたかった。司令官と、結ばれたかった。
ひとたび解き放たれた渇望は際限なく膨れ上がり、膨れ上がった分だけ目の前の司令官が、私の餓えを満たしてくれる。

・・・・

残酷なことに、これは虚構だ。こんな記憶など、ありはしない。
幸せな幻想だった、願わくば永遠に醒めないで欲しい夢だった。
しかし……これはしょせん絵空事なのだ。そう強く念じることで、現実へと意識を戻す。
目の前は無機質な鋼の壁。倒れたまま起き上がらない司令官。

こんな空想をしている場合ではない! グランギニョール・システムと自称する私と同じ姿の女を突き飛ばし、司令官に駆け寄る。
指で無理矢理閉じた瞼を開く。部屋の明かりに反応して瞳孔が収縮する。心音も聞こえる。呼吸もしている。
命の心配はないと判断していいのだろうが……私の呼びかけには答えようとしない、揺さぶっても起きる気配が見られない。

朝潮「司令官を元に戻しなさいッ! あなたの目的は何なの!?」

GS「ふふっ……この情動こそが『感情的』というものだったわね。随分久し振りに見せてもらったわ。彼は幸せな夢を見て眠っているだけだから安心して頂戴」

GS「私はこの宇宙で生きる人間の全ての記憶を保有している。といっても、短期的・日常的な表層の記憶じゃないわ。
子供の頃の幸せだった思い出。大切な人と交わした約束。そういう、人間の性質を決定づける重要な記憶……」

GS「知識を規制し、感情に上限を設け、意志を削いでしまえば……人は思い出をなぞらえるだけの影法師になる……。
クスクス……模造品なのよ。人工子宮で生まれた肉体に偽りの記憶を植えつけて、さも当然のように自分が自分であるかのように振舞う人形。
だから、そういう意味ではもうこの世界にはオリジナルの“人間”など存在していないの。滑稽でしょう?」

背筋に悪寒が走る。目の前の敵は、今まで対峙したどんな深海棲艦よりもおぞましい邪悪さを抱えていると感じた。

GS「全ては過去の歴史の繰り返し……あなたがさっき会っていた二人も、どこかであったラブロマンスの再放送なのでしょう」

朝潮「なんてことを……。まさか、司令官にも何か……!?」

GS「“まだ”何もしていないわ。けれど……あなたにとってはそっちの方が都合が良いんじゃないかしら」

朝潮(どういうこと? 自信ありげに何を言っている……?)

GS「さっき見せた光景は、あなたが自覚している通り、もちろん現実ではない……あなたの持つ願望を見せただけだもの。
そして未来に実現することもないでしょう。あなた自身で無意識のうちに諦め、捨て去ってしまった望みだもの」

GS「私ならあなたの悲願を叶えてあげられるわ。あなたの世界でなら実現し得ないかもしれない。
自分の心の中に封じ込めてしまわなければならないような、禁忌だったかもしれない。けれどこの世界ならそれも許される」

身振り手振りを交え、大袈裟な口ぶりで、感情を込めて私を説得しようとする。説得しようとする意図が露骨に透けて見えてかえって不気味だ。

GS「ふふ……そんなに怖い顔をしてはいけないわ。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃない。もう一度さっきの幻想を見て幸せになりなさいな。一度と言わず何度でも」

やめて、それだけは……! 声は届かず、また、あの景色に戻る。

・・・・

白昼夢の中では不思議と嫌なことを全て忘れる。しばらくして冷静になると、また現実に引き戻される。それを何度か繰り返す。
もう、自分の意志で現実に戻れているのか、幸せな気持ちになったところであいつに現実を戻されているのか、判断がつかない。
回を増すごとに多幸感や中毒性は高まっていき、意識が現実に戻った時の絶望感や喪失感も増していく。気が狂いそうになる。

朝潮「もう、やめて……やめてください……。これ以上は、やめて……」

精神の疲弊が凄まじく、もう自分の意志で立ち上がることすら出来そうにない。幸せという毒で蹂躙されて、私が私でなくなっていくのを強く感じる。
私と同じ姿の存在に、情けなくもしがみついて、やめてくれと懇願する。もはや意地も矜持もあったものではない。この場から逃れたかった。

GS「あの人の記憶を書き換えてしまえばいいのよ。人格を改変してしまえばいいの。そうすればあなたの見る幻想は、現実のものとなる……!」

悪魔の囁き。きっと、私の人生の中では二度と訪れることはない、千載一遇の機会。司令官と愛し合う、この上なく幸せな未来。
心が傾いている。欲望の充足を求めている。何を迷うことがある、何を躊躇うことがある。祈りはもう届いている。一歩踏み出せば、願いは実現する。

『オレは、朝潮の言葉が聞きたいんだ。お前なりの言葉を聞かせてくれ。それを信じたい』

司令官の言葉が頭を過ぎり、逡巡する。私の言葉……私なりの言葉……。
そう、司令官を私の思い通りに、私の意のままの存在にしてしまうのは……あるべき形じゃない。
そんなことをしたら、私の想いを司令官に伝える機会は永遠に失われる。
たとえ届かなかったとしても、叶わなかったとしても……!

眠っている司令官の手を握る。微かな熱量。抱き締めてもらった時のあたたかさに比べたら、僅かな温もりだった。それでもいい。今はそれでいい。
はっきり言ってやるんだ。たとえ未来永劫、司令官に愛されることはなくとも……そうだったとしても。打ち砕いてやる!

朝潮(司令官……ほんの少しだけ、私に勇気をください!)

――違うッ!

私は声高に叫んだ。全霊の力を込めて、砲を撃ち放す!
727 :【23/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 23:16:18.81 ID:stR28eGh0
GS「莫迦な真似を……! おのれ……」

硝煙が部屋を覆い尽くす。破壊した装置から時の歯車を取り出そうとしたその時。

GS「ぐぐぐッ……ダメよ……。それを許すわけにはいかない! 私は、この世界を維持しなければならない! それが私に与えられた使命……」

艦娘の私が、力負けしている……? 猛烈な力で腕を掴まれている。振り払うことさえできない……ッ!

GS「なぜなの? あなたには寿命が存在しない。永遠に自分の意志で動くことができる、人間を超越した存在なのよ? 永遠の支配者になる資格がある。
そこの男だけじゃない……私はあなたにこの世界の全てを手に入れる力を与えてやると言っているの。全てを満たしてあげると言っているの!」

バキッと骨が軋む音。私の骨じゃない。女の指の骨だ。肉が裂けて骨が折れてもなお私を食い止めようとしている。鬼のような形相で私を睨みつける。

朝潮「そんなものに興味はない……私は私の正しいと信じたものにのみ従う。あなたは間違っている!」

GS「分かり合えないようね。なら仕方ない……彼には死んでもらう」

朝潮(無駄な足掻きを……時間を巻き戻せば司令官の死を無効化できる。このまま力で押し切って、時の歯車を手に入れさえすれば……!)

刹那、視界が暗転する。こいつ……血で目潰しを……! 理解した時には二手遅れていた。

GS「さようなら。そこの男はもう息を吹き返すことはないでしょう。本質的に人工知能である私にこの歯車の力を運用することは出来ない……」

女が部屋の外に時の歯車を投げると、投げた先にはもう一体の私と同じ姿をした女がいた。歯車を受け取って走り去る。

GS「ふふ……破壊もできない、利用もできない。けれど危険な力を持っている。そんなものは宇宙の果てに捨ててしまえばいい。
そうすればもう回収する術はないでしょう? 私の勝ちね……朝潮……」

女は口から血を吹き出してニヤリと笑みを浮かべ、前のめりに倒れた。肉体の力を使い果たしたのだろう。

朝潮「まずい、もう一体のあいつを追わなくては……!」

提督「その必要はないぜ……」

部屋の隅に倒れていたはずの司令官。しかし、どういうわけか部屋の入口に立っていた。手には時の歯車が握られていた。

朝潮「しれい、かん……?」

提督「迷惑かけちまったな。よくやってくれたよ……お前はな……」

ゆっくりと私に歩み寄る司令官。時の歯車を中心に、景色が変わっていく。無機質な白銀の景色が光に包まれていく。

・・・・

白い光の中に私と司令官は居た。天と地の境はなく、垂直に立っているはずなのにお互いの身体が浮いているように見える。
さっきの施設に居た時のような閉塞感や息苦しさは感じられない。幻想の世界で味わったような、心地よい感覚。
しかしこの時私の胸中は困惑と疑念でいっぱいだった。“また”無理矢理幸福感を味わうことになるのか、と内心恐怖していた。

提督「ようこそ、“時の終点”へ。朝潮の奮闘がなければ、ここまで辿り着けなかった……よく頑張ってくれたな」

提督「そして……オレがやってきたことも、間違いではなかったことが証明されたんだ……やっと」

状況がうまく掴めていないけれど、どうやら上手くいったのかしら……?
けれど、どうして時の歯車を司令官が持っていたのだろう。いつどうやって奪い取ったというの?
そもそも司令官は倒れていたはずだし、女は『もう息を吹き返すことはない』と言っていた……どういうこと?

提督「オレが生きてるのが不思議かって? 時の歯車は二つあった。これがトリックさ。二回の賭けに勝ったから生きている」

司令官が右手に持っている青色の“時の歯車”とは異なる、赤色の歯車をポケットから取り出す。

提督「さっきの世界の“青い”時の歯車は、過去への時間遡行ができる。一方この“赤い”歯車は時間を先送りすることができる」

提督「時間を加速させてさっきの世界を終焉へと向かわせ、この“時の終点”へ辿り着いたってことだ。
そして、時間の先送りってのは、ただ単に時間を加速させるだけじゃない。任意の事象をスキップして無かったことにもできる」

提督「二つの賭けの内容はこうだ。あの施設に入った時点で、オレたちの記憶がスキャンされようとしていることに気がついた。
スキャンそのものを防ぐのは無理そうだった。だからこの“赤い”歯車に関する記憶情報のスキャンの時だけをスキップした」

提督「次に、グランギニョール・システムによって眠らされていたオレは、朝潮の『違うッ!』の声で目が覚めた。
奴がオレの身体に埋め込んだマイクロチップで脳に死を命令しようとした、だから奴は勝ったつもりでいたというわけだ。けどそいつはカットさせてもらった。
そこから先は自分の身体の時間だけを加速させて青い歯車を奪い返し、世界全体の時を加速させて時の終点へ到達したという顛末さ」

朝潮「最初から全部司令官の掌の上だった……ということですか。なんにせよ、これで元の世界に戻れるようで安心です」

提督「いーや……そのことなんだが……このままではまだ問題がある。かなり朝潮に迷惑かけることになるが……先に謝っておくぜ」

私の背後に、赤い扉が現れる。バタンと音を立てて開き、中から無数の手が伸びる。私の身体を引きずって行く。

朝潮「司令官ッ!!」

提督「説明している時間はないか……これを受け取ってくれ。簡潔にだがそっちの世界の説明を書いておいた。
あとは頼んだぜ。……またここで会おう、約束だ」

青い歯車と一通の手紙の渡される。扉の向こうへと私を引きずる力が強まる。
ブルーホールの時と同じだ、強い力に引き寄せられている。やがて私の意識は途切れた。
728 :【24/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 23:37:12.72 ID:stR28eGh0
どうやら生きているらしい。気分は最悪だが。

ええと……あれだ。オレはある噂が気になって直接出向くことにしたんだ。そう、ブルーホールだ。
洞窟や鍾乳洞みたいな地形が海没すると、そこだけ周りの海の色よりも暗い色になるんだと。
だが、そんな自然現象がたった一日で起こるはずはねえ。そもそもブルーホールが確認された位置には元々陸地自体なかったし、浅瀬だったってわけでもない。
あの場所にかつて海蝕洞みたいなもんがあったなんて話も聞いたことがないしな。
だから秘書艦の朝潮にボートを曳航してもらって、それに乗って確認しに行ったんだ。

で、朝潮はそのブルーホールに呑まれて消えた。オレも巻き込まれて気がついたらここにいた。
体中砂まみれで、おまけにボートの下敷きになってた。なんだってこんなことになってる。

提督「ペェッ、オフェッフッ。ガハッ」

口の中の入り込んだ少量の砂を吐き捨て、立ち上がる。着ているアロハシャツについた砂を払いながら周りを見渡す。
倒壊したビル郡、ひび割れたアスファルト、打ち捨てられたガラクタの山。太陽はオレをあざ笑うかのようにギラギラと輝いている。
わけわかんねえことが起きてるってのは理解できた。つまり何も理解できてねぇ。せっかくの休みが台無しだ。

とりあえずツレの朝潮を探さねえと。

・・・・

この近くに朝潮も居ることだろうとは思ったが、ジッとしているのは性に合わねえ。
とりあえずその辺をうろついてみるが、ビーチサンダルで歩き回るのは結構しんどい。足元から地平線の果てまで砂と瓦礫とゴミで満ち満ちている。
ゴミ山をよく見ると生ゴミから金属片、果ては注射針に壊れた機銃……なんでもありのひどい有様だ。
もっとひどいのは、そのゴミ山の上をよじ登って何かを探してる子供が何人もいることだ。見覚えがある光景だ、こいつらは高く売れる貴金属を探してるんだろう。

提督「おいガキども。お前らぐらいの背丈の女を見なかったか? 黒くて長い髪をしてる女の子だ」

子供たちにギロリと睨まれる。餓鬼相手にガン飛ばされてもなんとも思わねーが、揃いも揃って餓えた目をしてんな。猿みてえだ。

提督「っと……」

背後に気配。咄嗟に身をかわして相手の腕を掴む。感触から察するにこれも子供の腕か。

提督「おいおい……そいつは玩具じゃねえんだ。没収するぜ」

か細い腕を捻って、手に掴んでいたナイフを奪い取る。薄汚れたタンクトップに半ズボン、みすぼらしい格好のガキだ。

少年の膝はガクガク震えていて、その場にへたり込む。俺を恐れているのか? だったら最初からこんなことをするなと言いたいが……。
顛末を見守っていたゴミ山の子供たちは、オレがナイフを奪い取った瞬間に目を離してまた自分の作業に向かうようになっていた。
こいつを助けようと加勢したりするつもりはないらしい。薄情だが貧困ってのはそういうもんだよな。
オレがこのガキに刺されて死んだら機会に乗じて遺品の剥ぎ取りでもしてやろうと企んでいたんだろう。

提督「取って食うわけじゃねえから安心しな。まあこれは返してやらんがな。質問1、オレがさっき言ってた女の子を見かけなかったか? 朝潮って名前だ」

少年1「いいや……見かけてねえ……」

提督「質問2、ここはどこだ? 言葉が通じるあたり日本であることは確かなようだが……。
オレは海の上にあったブルーホールに呑まれてここに来たんだ、何か分かるか?」

少年1「ブルーホール? わからない。ここは昔、渋谷っていう名前の街だった。けど、このザマだ……戦争の後はどこもこんなだ……」

提督(戦争、かあ……? 深海棲艦との戦いでどこの国もそんなことやれるほどの余裕は絶対ねえ。
それに、渋谷といえば都会の繁華街だろ? こんなに荒れ果ててるはずもない……パラレルワールドってやつなのか?)

どこの国といつ戦争したのかを尋ねようとしたのだが、突然少年が震え出したため質問を中断する。
濁った呻き声をあげてうずくまり、ぶるぶると震えている。少年の身体から汗が吹き出る。

提督「おい、大丈夫か?」

……とてもじゃないが大丈夫そうには見えねえ。

提督「なあお前たち! 誰か病院を知ってるか!? 教えてくれ!」

大声で叫ぶと、山の上の子供たちはこちらの方を振り向いたが、何かを教えてくれそうな気配は見せない。
一人だけ声を返す子供がいた。が、よく聞き取れない。しばらくすると山から降りてオレらの方に歩いてきた。

少年2「こんなところに病院なんてあるわけねえ。それぐらい分かるだろ……こいつはもうだめだ」

よれた半袖のTシャツを着て、傷ついて穴が空いているジーンズを履いている裸足の少年。
うずくまっているタンクトップの少年ほどではないが、彼もひどく痩せ細っている。

少年2「見覚えがあるんだ。こうなったやつはもう、そう長くは持たない。震えが止まらなくなって、最後には寝たきりになって死んじまうんだ」

提督「なら、日の光を避けられて、砂埃の入ってこなさそうな場所はないか? ここじゃ余計な体力を消耗しちまう。せめてもっとマシな場所に連れてってやりてえ」

少年2「おれの住処へ案内するよ。こいつはおれの古い友達だったんだ……こんな場所で死なせるのは忍びねえ」

・・・・

地面や壁面に描かれたペンキ跡から、ここはかつて地下駐車場だったのだろうと推測できる。天井はひび割れていて、ところどころ崩落してしまっている。
硬いアスファルトの床の上に砂まみれの布を敷き、タンクトップの少年を寝かせる。もう一人の少年は用事があると言ってすぐに去って行った。

タンクトップの少年が、ぼそぼそと口を動かしている。よく聞き取れない。
何かをオレに伝えようとしているのか? じっと耳を澄ます。
729 :【25/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/10(日) 23:53:35.30 ID:stR28eGh0
少年1「ヒ……ハッ、ハハッ……戦争があったのは、八年前、ヒッ……。どこの国がやったのかは、分からない……。
そこら中でテロが起こって、国としての機能が果たせなくなった……テレビで見てた、関係ないと思ってた出来事だった」

少年1「あいつらは……何もかも滅茶苦茶にしていった。ハァーッ、ハァ……もっと早く、手を打っておく必要があったんだ……ィヒッ……」

提督「まさか、深海棲艦か!? しかし、テロだと……?」

返事することもできず、少年は力尽きて気を失ってしまった。

提督「身体の震え、もう一人の子供が言っていた“寝たきり”、そして異常な笑い……。オレの思い違いであって欲しいが……」

この奇妙な症状に一つだけ思い当たる節がある。ニューギニア島の風土病……クールー病だ。またの名をクロイツフェルト・ヤコブ病、その症状と一致している。
実際に目にするのは始めてだが……オレの前にラバウルに着任してた提督が書き残してた手記にあった。
ニューギニア東部高地のワネビンチ山、その北にある降雨林に住んでる少数民族であるフォレ族に伝播した病のことだ。

その原因は……食人。人が人の肉を喰らうことだ。フォレ族には、かつて死亡した者をばらばらにして食する習慣があった。
前の提督が着任した頃にその風習は既に廃れて行われなくなっていたそうだが……病の潜伏期間は五年から二十年。
さっきの子供は言っていた、戦争があったのは八年前だと。……その可能性はある。

・・・・

オレは鼓動を抑えながら、地下の建物内を歩き回っていた。Tシャツの少年がここを拠点にしていると言うのなら、どこかに食糧を保管しているはず。
ん……? 火が灯っているのか、妙に明るい個室を見つける。いや個室じゃない、エレベーターだ。扉は壊れていた。明かりが気になって覗いてみた。

天井が壊れていて、空からは太陽の光が差し込んでいる。そして、一つ下の階から煙が立ち上っていた。やはり火が灯っている。肉の焼ける臭いがする。
下の階には、Tシャツの少年。焼けた肉を食っている。オレは疑問を投げかけずにはいられなかった。

提督「おい……お前……それは、“何の肉”だ? そこに転がってる骨は、“何の動物の骨”だ……?」

少年2「……人の肉だよ。見るからに健康そうなアンタには分からないかもしれないが、これしか食うものがないんだ。
土壌は汚染されきって作物は育たない。動物も死に絶えてる。山奥や海沿いももう人で溢れかえってて何も食えやしない。
ここで廃品に紛れ込んだ貴金属を集めて、水や食べ物を買う。子供のおれたちにはそれしかできない。それすらまともにできないんだ」

少年は躊躇いなく答えた。倫理的な葛藤などとうに忘れた様子だった。そんなことを考えていては生きていけないのだろうが。

提督「…………」

言葉が出てこなかった。ここで綺麗ごとを言うのは簡単だ。人は何のために生きているのか、お前は他人の肉を食ってまで生き永らえたいのかと。
そうは思った、だが。オレが同じ立場になった時、自制できるだろうか。他に生き残る術がなかった時、どうするだろうか。
オレは、まだ死ぬわけにはいかない。誇りと自分の命を天秤にかけたら、恐らく後者を取る。
極限まで餓えに苦しんでいたら……同じことをするかもしれない。

提督「わかった。もう、それを食うのは……やめろ。オレが、お前に協力する。もう、そういうことはしなくていいように、オレが助けてやる。
一緒に生き延びる方法を考えよう。オレがどうにかする……」

少年2「アンタ、変わってるな……今までそんなこと言うやつに会った事がなかった。けど、無理だ……もう何も変わらない。
きっと、戦争が始まる前から……おれらが生まれる前からずっと手遅れだったんだ。おれらの親やその前の世代からずっと手遅れだったんだろう」

提督「何言ってんだ。お前、人の肉を食ってでも生き永らえてるじゃないか。それでも生きていたいんだろ、執着があるんだろ?
だったら、大丈夫だ。オレだってお前と同じだ。生き残るために、自分の望みを叶えるために生きてる。悲観的になるなよ、現状を変えたいんだろう。
その意志があるから死ねないでいるんだろ? 苦しくても諦めきれないんだろ? 違うか?」

真っ直ぐな瞳で、こちらを見上げる少年。

少年2「分かった。あんたを信じるよ……。これを片付けたら、そっちに行くよ。アンタの考えを聞かせて欲しい、先にあいつのところへ戻っていてくれ」

促されたとおりに、オレはタンクトップの少年のところへ戻った。

少年2「アンタみたいなやつにもっと早く会えてたら、おれの人生は変わっていたのかな……」

・・・・

戻ると朝潮が立っていた。悲しそうな顔つきでこちらを見ていた。

朝潮「司令官……気の毒ですが、この子はもう……」

タンクトップの少年は何も語らない。さっきまで苦しみ呻き声をあげていたとは思えないほど安らかな表情をしている。

朝潮「衰弱しきってしまって……自分の力ではもう呼吸することも、心臓を動かすこともできないようです。何か機材があれば、助かったのかもしれないのですが……」

提督「……。そうか……」

オレは、不思議と悲しみの念が湧いてくることはなかった。というよりも、見ず知らずのオレが勝手に悲しんだところで、こいつが救われるはずもない。
だから、出来事として受け入れるしかない。それ以上の感情を抱くことは、こいつの命に対して失礼なような気がしていた。

ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! 鈍い落下音が何度か聞こえる。地上から何かが落とされているらしい。さっきのエレベーターの方からの音だ。
落下音とともに悲鳴が聞こえた。Tシャツの少年の声だ。慌ててエレベーターへ駆け寄り、下の階を覗いた。上から落とされたゴミで満たされていて何も様子が分からない。
穴の開いた天井を見上げると、トラックが去っていく姿が一瞬見えた。叫んでもTシャツの少年の声が返ってくることはなかった。

・・・・

下の階に行って探したが、結局Tシャツの少年の姿は見つからないままだった。ゴミの下敷きになってしまった可能性が高い。
見つけたところで、これだけ時間が経過したらもう助からないだろう……。

提督「この世界は……オレたちの居る世界とは違うみたいだな。どうしてこんなことになってるんだ……? どうしたってこいつらがこんな目に遭わなきゃならねえ!」
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 00:05:27.79 ID:fXJC48ZzO
ヤコブ病か
似たような病気で牛も肉骨粉で共食いさせると狂牛病になるんだよな
厳密には共食い云々が原因というよりも何万分の1の確率で起こる異常プリオンってタンパク質が原因なんだが
本来ならそのタンパク質が生まれたところでその一頭が[ピーーー]ば伝染せずにそれでお終いだが共食いで他の異常のない動物が食らうと伝染してこの有様よ
つまり狂牛病の人間バージョンがヤコブ病って言われてるな
原因も両方とも異常プリオンだし
まあ共食いじゃなくて他の動物が食べても狂牛病が人間に感染るように普通に伝染するんだがな
731 :【26/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 00:10:24.68 ID:du8xjrVn0
朝潮「司令官……」

提督「悪い……朝潮の前で言っても仕方ないことだよな。声を荒げて驚かせちまった。元の世界へ帰る方法を考えなきゃあな……」

朝潮「司令官……この世界を、救いましょう。私の手を握ってください」

何を言ってるんだ……? 手をこちらに差し出す朝潮。わけもわからず、言われた通りに手を握る。

ブン! と風を切るような音がした。目の前の景色が一瞬灰色に歪んだ。すると、ゴミだらけだった廃墟の景色から一変、車が並ぶ駐車場に一瞬で移動した。

提督「一体お前、何をした……? ここが元の世界、なのか?」

朝潮「いいえ。“この世界の”時間を八年前に巻き戻しました。この世界でこれから起こる悲劇を食い止めることが出来れば、元の世界へ帰ることができるでしょう」

時間を戻した? 八年前に? これから起こる悲劇……ってのはタンクトップの少年が言ってた戦争ってやつか。しかし状況が飲み込めねえ。

提督「朝潮……お前、何か知っているな? 一体全体何がどうなってやがんだ、お前は何を知っているんだ?」

朝潮「順を追って説明しますね。私たちの居た世界を“基本世界”……つまり基準となる世界線としましょう。この世界はその基準となる世界線から外れた、異なる世界線。
ここでは“異世界A”と呼びます。ここ異世界Aから基本世界に戻るのが私たちの目的となります」

朝潮「基本世界に戻るためには、既存の因果律を破壊することによって発生する“時の終点”に到達する必要があります。
既存の因果律を破壊するということは即ち、過去を改変して歴史的な重大事件の顛末を変えるなど大規模な過去改変を行うこと……あるいは。
世界に流れる時間を極限まで加速して、この世界で起こるであろう全ての因子と結果を収束させてしまえば、“時の終点”へ辿り着くことが出来ます」

提督「時間を巻き戻して本来あるべき未来と矛盾を起こすか、時間をひたすら早送りすることで“時の終点”へ辿り着けるのか。そうすれば元の“基本世界”へ戻れる、と。
だがちょっと待て……オレたちはブルーホールに呑まれてここに来た、そうだよな? どうしてお前はそんなことを知っている? どうやって時間を巻き戻す能力を手に入れた?」

朝潮「ここが“異世界A”だったとして……ブルーホールに呑まれて私が最初に辿り着いた世界は“異世界B”でした。つまりこの世界線とも異なる世界。
異世界Bの中で私はこの青色の“時の歯車”を入手し、時間を巻き戻す能力を手に入れました。異世界Bから時の終点を経てこの異世界Aにやって来たのです」

青色の歯車を見せる朝潮。朝潮の掌でふよふよと浮いている。

提督「? えっと……朝潮は“異世界B”から“時の終点”へ辿り着いた。だったらどうして“基本世界”にそのまま帰らずに、わざわざこの“異世界A”に来たんだ……?
オレを捜すためか? そんなことをするなら基本世界に戻ってから時間を戻せばよかったんじゃないか? ブルーホールに足を踏み入れる前にな」

朝潮「私が“異世界B”からこの“異世界A”に来たように、司令官も私が居た“異世界B”へと行くことになるんです。未来の話ですが。
この“異世界A”での全ての顛末を経験した司令官と、基本世界からやってきた直後の私が邂逅したのです」

提督「? 未来のオレが最初のお前と会って、それからオレと会ってきたお前が今の何も知らないオレとこうして会っている。
これからオレは“時の終点”に辿り着いて何も知らない過去の朝潮と会う……。なんとなく、理屈の上では分かったがような気がするが……」

??「陛下!? やはり陛下は生きておられた!」

へいか……? 何のことだ? 駐車場に響き渡る女の大声。背の高い、黒いスーツを着た女がこちらへ駆け寄ってくる。

提督「あれは……大和じゃないか!? 大和型戦艦一番艦、大和! 艦隊決戦の切り札であり、オレらの世界における最重要戦力の艦娘。なんで奴がこんなところに……」

大和「大和をご存知ですか、光栄です。ですが今はそれどころではありません……一刻も早く陛下のご無事を報せなければ」

大和は慌てた様子でオレと朝潮を高級そうな車に乗せると、とんでもないスピードで車道を駆け抜けていく。隣に座る朝潮がオレに耳打ちをする。
朝潮曰く、この大和はオレらの知る戦艦大和という艦娘によく似た普通の人間らしい。どうにもこの世界には艦娘や深海棲艦というものが存在していないようだ。

・・・・

巨大なビルの最上階まで連れられた。ビルの中で会った人々はオレにひれ伏して頭を下げていた。アロハシャツ姿のオレを相手に。

提督「なんだってこんなに厚遇されてるんだオレは……? それに、陛下って……?」

朝潮「私も詳しいことは分かりません。ただ、この世界での司令官は、“やんごとない血筋の”人に似た見た目をしているそうですが……」

提督「オレたちの世界で言う菊の御紋の一族として扱われてるってことか……? しかし、この畏れられ方はどちらかと言えば“将軍様”だ。
第二次世界大戦の再現って具合か? なんだかよく分からねぇが……」

あれよあれよという間に勝手に話は進んでいき、オレは華美で派手な衣装を着せられた。大和は壁掛けのモニターの電源をつけ、映像を見せた。

大和「陛下……よくぞご無事で。国民もみな陛下の存命を心から喜んでおります」

モニターに移る映像は、渋谷のスクランブル交差点で熱狂する人々の姿だった。

提督(ワールドカップでもあったのかよ……)

しかし映像内の人々が食い入るように見つめているのは、オレの姿だった。建物に設置された巨大な液晶に映る今のオレの姿だった。どうやら放映されているらしい。

大和「陛下がおられる限り、この国が滅ぶことはありません! 我が国を襲う悪鬼を討ち払い、勝利を掴むのです!」

・・・・

迂闊に口を出せないなと思い、黙っていた。放映が終わり大和が部屋から出て行った後、オレは朝潮に相談しようとした。
しかし、いつの間にか姿を消していた。一緒に最上階までは来ていた、大和に退室を命じられた様子もなかった。
となると、自分の意思でどこかへ行ってしまったのだろうが……一体どこへ? 何かアテがあるというのか?

一人取り残されたオレは、部屋にあった本棚を片っ端から飛ばし読みすることにした。この世界はどういう経緯でこういう状態になったのかを調べようと考えていた。
朝潮の言っていることも大和の言っていることも分からねえ。だが、人間の肉を食わなきゃ子供が生き残れないような未来になるってんなら、食い止めるしかねえ。
事態はまるで把握できていないが、それでもオレなりに出来る最善を尽くそうと思った。
732 :【27/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 00:41:23.58 ID:du8xjrVn0
世界恐慌レベルの経済不況が起こり、戦争が起こった。これが第二次世界大戦。ここまではオレたちの生きていた世界の歴史と同じ。けどそこからが違う。
オレたちの世界では、それからしばらくして深海棲艦という人類に危機を及ぼす明確な敵となる存在が襲来してきた。
どうやって奴らが生まれたのかは分からない。けれど今も深海の底で増え続けていることは確かだ。
その深海棲艦の登場と同時期に現れた艦娘という人型兵器を運用することで奴らに対抗しているものの……戦況は芳しくない。国同士で戦っている余裕など当然ない。
今でこそ各地に鎮守府や泊地などの拠点が建っていてある程度の戦果も上がっているが、今日に至るまでの犠牲者の数は計り知れない。

一方で、この世界……“異世界A”は違っていた。深海棲艦など現れることはなかった。
平和が長い間続いていた。社会保障が充実し、国民一人一人の権利が守られている民主主義国家……だった。
しかしある時、先の大戦と同じ流れが起こった。それから戦争へと突入してしまった。恐ろしいことに、今回の戦争は敵国が存在しない。
引き鉄となる出来事は中南米で発達したマフィアが起こしたとも、自らの影響力の低下を恐れた石油財閥がけしかけたとも言われている。
いや、この際どこの誰がきっかけはどうでもいい。問題なのは、この戦争によって誰が得をしているかだ。

大和「残念なことに、この国にも反政府組織と内通している者が紛れ込んでいるようです。検閲を強化して、通信を傍受することにしました。
秘密警察も各地に配属しています。既に幾つかの大国では暴動やテロ、侵略が横行して国家としての機能が破綻しているとのこと……。
陛下が居なくなれば、我が国も同じ末路を辿ることになるでしょう。それだけ陛下はこの国にとって大切なお方なのです、必ずお守りします」

提督(まるで警察国家だな……民主主義が聞いて呆れる。しかし……)

こうなったのもまた民主主義のせいなのだ。政治家は己の腹を肥やすことしか考えない、声の大きい扇動家が不安だけを煽り、国民も国家への希望を失う。
不況とテロリズムの脅威がその恐怖感を後押しして、絶対的な権威者を擁立させようとする運動が盛んになった。結果として今のようにオレが祭り上げられている。
もっとも、オレは異世界から来た人間なのだが。全く無関係な人間が、容姿が似ているというだけこうなるとは奇妙な話だ。まあこれにはどうにも事情があるらしい。

大和「陛下がテロリストに刺殺されたと聞いた時は、この国の落日かと思いました。不謹慎ですが、影武者で良かったと安心しています」

恐らく、オレがこの世界にやって来ずとも、代わりの陛下ってやつが無理矢理擁立されていたのだろう。
どうあれオレはその陛下というやつに成り代わってこの状況を打開する必要があるが、疑問なのは……。

提督(一体オレに何が出来るというのだろう。不満を持った人間たちが各々暴動を起こしている。そしてその者たちの不満を全て解消してやることは不可能だ。
だから、警察国家のように監視網を敷いて力づくで従わせ、国家としての結束を保つ。……理には適っているが)

提督(これじゃまるで全体主義国家だ。ヒトラーの独裁政治、そしてその末路と同じことを辿るか? バカ言え……)

提督「不安や対立を煽っているやつがいるはずだ……と言っても、単に恐怖心で行動している連中じゃない。人々の恐怖を煽ることで利益を得ている奴らだ。
それを知りたい。たぶん……情報統制に意味はない。テロリズムという過激な形で発露されるもの以外の不満は放っておけ」

提督(未来の様子から、貨幣経済は一応残っていると考えられる。金のためにやる戦争なら、全世界でテロを起こす理由が分からない。
なんだってそんなことをする? どこかの国と国を競わせて代理戦争でもさせれば良いんじゃないのか?)

・・・・

三日が経った。未だに朝潮の姿は見つからない、艦娘だから人間が束になったところで傷つけられるようなものではないはずだが……一体どこへ行ったんだあいつは。
朝、反政府組織のアジトの殲滅に成功したと大和が報告してきた。テレビのニュースでも大々的に報道されていた。

提督「どこの報道局も、まるで巨悪を討ち滅ぼしたかのような口振りだ。こんなものは氷山の一角だというのに」

大和「ええ。母体となる組織が存在しているようです。調査を続けています」

提督(そんなことは分かりきっている……誰が得をしているんだ? 国家がわやくちゃになって、人々の暮らしが成り立たなくなる。
既得権益にしがみついてその勢力を伸ばすか、それを打ち破って新たな権益を得ようとするにしても、全世界を滅茶苦茶にしようって考えには至らねえはずだ……)

提督(テロってのが厄介だ……敵として倒そうにも実体がない。和解しようにも姿が見えない相手とどうやって協調すればいい。
永遠に後手後手の対応を迫られ続ける……。国家転覆を企むにしても、国家そのものが瓦解しちゃあ意味がない。そのぐらいのことは相手だって分かるはずだろう)

窓から地上を見遣ると、街宣車とそれに続いて行進する人々が見える。人々は単一の服の色を着ている。
『陛下万歳』……なるほど、マスゲームか。上空から見て文字に見えるように行進しているようだ。

提督「大和……あれ、近くで見れるか」

大和「いえ、陛下の身に何かあったら危険です。映像でよろしければ構いませんが……」

提督「(事実上の軟禁だなこれは……)だったらそれでいい、見せてくれ」

五分ほどして、壁掛けのモニターから映像が中継された。行進の様子を見に来た道路脇の人々は、陛下万歳! と口々に叫んでいる。
また、「テロリストを殺せ!」「異邦人を殺せ!」などと、聞きたくもないような幼稚な音声も紛れていた。

提督(狂信。盲従。排斥。こいつら揃いも揃って異常者だ……オレを唯一神かなんかだと思ってるに違いねえ)

提督「悪い……もういい、映像を止めてくれ。ハァー……」

大和「テロを恐れるあまり行き過ぎた差別主義に走る者も居るようでして……お気を悪くさせてしまいましたか。すみません」

慌てて映像を消し、気まずそうに頭を深く下げる大和。

提督「いや、オレから頼んだことだからお前が謝る必要はない。だが……」

提督(この世界に来てからというもの、日に日に嫌悪感が増していく。早く元の世界に戻らないと頭がおかしくなりそうだ)

提督「それでも……中途半端で逃げ出すわけにはいかねぇ。あんな未来は起こさせねえ……」

結局オレはここに座って、大和が伝える情報を受け取ってるだけだ。「調査するように」と指示してるだけで、何も成果を上げてねえ。
あのガキ共に……正しい未来ってもんを用意してやりてえ。こんな狂った世界でも、オレは絶対投げ出したりなんかしたくねえ。
733 : ◆Fy7e1QFAIM [saga sage]:2016/07/11(月) 00:55:34.10 ID:du8xjrVn0
番組(?)の途中ですが、安価待機勢に連絡です。
ご覧の通り全部投下しきるまでにまだまだ時間がかかりそうなので、安価は本日の22:00からにします。
明日は月曜……というかもう今日が月曜なんで、早く寝なければという方も多いでしょう。安心してお休みくださいませ。というか私も一旦寝ます。ゴメンナサイ。
なんでこんなに投下が時間がかかるかって……? 行数&バイト数制限で引っかかりまくって削りながら投下してるからっす……。

あとヤコブ病のくだりは>>730さんが補足してくれた通りで、作中では触れてませんがプリオンってやつを経口摂取したりすると起こりますです。
必ずしも食人で起こる病気とは限らないのでクロイツフェルト・ヤコブ病の人を見てもカニバだー!とか思っちゃダメです。
身近にそういう人は滅多にいないと思いますが。
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 01:02:44.68 ID:dO6DcvSJO

せっかく長めの文章書いたのに削るなんて勿体無いのな
735 :【28/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 20:48:56.57 ID:du8xjrVn0
一ヶ月が経った。その間、オレはずっとビルから外へ出ることが出来なかった。抜け出そうとしても必ず誰かが護衛についている。
一人になれるのは自分の部屋だけだった。耳に入ってくるのは気分を悪くするようなニュースばかり。
状況を改善したいと心では思っていても、抜本的にどうにかする方法などまるで浮かんでこない。
タンクトップの少年の話が本当なら、今年中にこの国は焦土と化す。そうなってからじゃもう手遅れだ。焦りだけが募っていく。

ノックの音。誰も部屋に入れたい気分ではなかったが、拒む理由はない。招き入れる。

朝潮「司令官! お久しぶりです!」

ボロボロの格好で敬礼を向ける朝潮。中破状態といったところだろうか。服やスカートが破けてしまっている……。
鎮守府的にはよくある光景だが、この姿のままここに来たのだとしたら……ちょっとまずいんじゃないか。
あとで服は用意してやるとして……詳しい話を聞くべきだろう。この一ヶ月間、何をしていたのかを。

朝潮「申し訳ありません……本当はもっと早く突き止めるつもりだったのですが……。これを手に入れるのに、少々時間がかかってしまいました」

提督「錠前付き鉄製の小箱……? 中に何が入っているんだ?」

朝潮「“時の歯車”です。私が持っている、時間を過去に巻き戻す“青い”時の歯車とは異なり、時間を未来へと早送りする力を持つ“赤色の”時の歯車です。
ですが……このままでは使えません。この箱の鍵を開けないといけませんから」

提督「箱を手に入れた状態でそれより前に時間だけを巻き戻せばいいんじゃないのか? それは出来ないのか?」

朝潮「そうすると箱は私の手の中から消えて、元の場所へ戻ってしまいます。一ヶ月前に司令官とこの八年前の時代に来ましたよね。
手を繋いだ人間の意識や状態を引き継いだまま時間を戻すことは出来るのですが……物はその限りではないようで。意識の有無によって差があるようです」

提督「あまりよくわからんが……そうか。……ま、なにより、無事で良かった、安心したぜ。次離れる時はちゃんと伝えてくれ、心配するだろ」

・・・・

朝潮のために用意されている部屋はなかった(どころか、朝潮の存在自体オレの近侍またはメイドとして周囲に認識されているようだ)。
だから自分の部屋に朝潮を泊めることにした。とりあえず服は着せた。

提督「情勢は最悪だ……いや、最悪の度合いを日に日に更新していく。街じゃ魔女狩りならぬテロリスト狩りが流行ってる。
勝手な言いがかりで罪のない人を逆賊に仕立て上げて集団リンチを行う……。情報統制のためでなく、テロリスト狩り対策のために秘密警察を配備しなきゃならない始末だ」

提督「オレは、一ヶ月間ずっと何も出来ないでいる……ただ座して話を聞いているだけの盆暗だ」

うっかり漏れ出た弱音。聞き逃してくれれば良いのものを、朝潮にしっかり拾われてしまう。

朝潮「それは間違いです。『卒に将たるは易く、将に将たるは難し』……故事からの引用ですが。卒とは兵士のこと。
兵を束ねる将官は、人より突出した才覚を持つ者がなるべきです。ですが、諸将を束ねる将に求められる資質は、技術や才能ではありません」

朝潮「確かに今、司令官一人のお力でこの状況を覆すのは不可能でしょう。ですが、ご自分を責めるべきではありません。
司令官は将の将になればよいのです。才気や智謀はなくとも……司令官には、人を引き寄せる何かがあると私は思っています」

朝潮「少なくとも私は……朝潮は、司令官のお陰で成長することが出来ました」

晴れがましい笑顔で微笑みを向ける朝潮。今まで彼女がこんな風に微笑みかけたことがあっただろうか?

提督(オレは朝潮に何かしてやったことがあったか? 普段は仕事の話しかしていた覚えがないぞ……。それに、朝潮はこんなことを言うやつだったか?)

オレは、正直のところ……朝潮のことを自分にとって都合の良い存在だとしか思っていなかった。
嫌な顔一つ見せずオレの指示に従う。干渉もしてこない。まるで道具のように便利だった。しかし、そんなことはもちろん口には出来ない。

朝潮「朝潮は、司令官にとって道具のように便利だったでしょう。私もそうあり続けることを望んでいました」

背筋に寒気が走る。こいつは何を言ってるんだ。今考えていることを未来のオレが打ち明けでもしたのか? いやそんなことはするはずがない。
そんなことをする意味がない。朝潮は何を考えているんだ? 何をオレに伝えたい?

朝潮「でも……もう、司令官の道具ではいられません。私は、自らの意志で司令官に従うのです。司令官の意志と信念に共鳴して、お傍に居たいと思うのです」

澄み切った迷いのない眼差し。こいつは、こんなに綺麗な目をしていたのか……。
その目は口よりも力強く彼女の想念の大きさを物語る。オレの知る朝潮とは何かが違う。今までの朝潮とはどこかが違っている。

朝潮「司令官には、朝潮がついています。……どんな時でも、どこに居ても。心は司令官と共にあります」

朝潮の、絶対的な信頼。妄信しているわけでもないらしい。オレという存在を理解した上で、心から信頼している。
だがその信頼の発生源がオレには分からなくて……誰にも言うまいとしていたことを話し出してしまう。
自白剤でも打たれたかのように、打ち明けずにはいられない気持ちになった。

提督「オレの年齢は、今年で24歳になる。オレの両親が今のオレと同い年の頃に、オレは朝潮と同じぐらいの背丈をしていた。
今のオレに、朝潮と同じぐらいの子供が居るようなもんだぜ? 笑っちゃうだろ? ……」

提督「両親は祖父母や親戚から見放され、とにかく金がなかった。母親は毎日風俗で働いてた。父親は仕事のストレスから酒に溺れてアルコール中毒になった。
望まれずに生まれたオレは毎晩のように虐待を受けてた。ランドセルだって買ってもらえなかった。
手提げ袋で学校に通うオレは変わり者だって皆に笑われて、クラスメイトに石を投げられながら家に帰った」

提督「生まれてきたくて生まれてきたわけじゃない、こんな苦しいなら死んだ方がマシだと何度も呪った。けど、オレはまだ生きることを諦め切れなかった。
だから誓った。絶対に復讐してやるってな。誰よりも上に立ってやるって、底辺からでも這い上がれることを証明してやるって誓ったんだ」

歯を食いしばり、息を吐き出す。今でも恨みは忘れねえ。憎しみを抱えながらここまでずっと歩いてきた。

提督「海軍少将の地位まで上り詰めて、誰もオレを馬鹿にする奴は居なくなった。そして気づいたんだ……オレには才能がないってな。
結局、まともな教育も受けずロクな仲間も持てず、一人で突っ走ってきたオレには、自分が持ってる小さな脳味噌の中で物を考えることしか出来なかった」
736 :【29/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 21:10:22.18 ID:du8xjrVn0
ベッドの上に座っているオレの肩に寄り添うように身を寄せる朝潮。彼女なりの気遣いなのかもしれないが、余計に自分が情けなく思えてくる。

提督「だからここから上には昇れない。最近になって自分で気づいたのさ……一週間の休暇も、実は退役する相談をしに本土へ向かうつもりだった」

朝潮は何も言わず、ただオレを抱き締めた。オレは振りほどくこともなく、何を言うこともなく、そのままでいた。そしていつしか眠りに落ちていた。

・・・・

翌朝、朝潮が異変に気づく。

朝潮「司令官! 敵襲です! 東の空からやってきたあの武装ヘリ……十数機はありますね。撃ち落すことも可能ですが……」

朝潮「あのヘリの中に“時の歯車”が入っているこの箱の鍵を持っている人間が居ます。鍵の破壊は避けなければなりません……。
しかし、裏を返せば奴らも迂闊に地上を爆撃したりすることは出来ないということ。地上戦になるでしょう。敵は恐らくこのビルに向かってくるはずです」

提督「(まるでこうなることが分かっていたみたいだな……)大和に言って、他の者を退避させよう。朝潮一人で十分か?」

朝潮「戦車の砲弾でも中破で済んだので、問題ないかと!」

提督(その箱を手に入れるためにどんな戦いをしてきたんだ……?)

・・・・

最上階。朝潮によって気絶させられた屈強な男たちが次々と山のように積み上げられていく。
最後に入ってきた男は、それまでの男たちと比べると小柄な体格だった。そいつは、この国で“陛下”と呼ばれている人間と同じ顔をしていた。

謎の男「おぉ……オレの影武者か。道理でこの国がしぶとく続いてると思ったよ。一度壊れてくれた方が都合が良かったんだが」

提督「オレはオレだぜ。国を捨てた陛下様の影武者なんかじゃねえ。お前の方こそオレと同じ顔しやがって……気持ち悪ぃ」

オレと全く同じ体形・顔つきをした男。まさか、ドッペルゲンガー……? 大和たちが誤解するのも頷けるぐらいこいつとオレは似ている。いや、こいつにオレが似てるのか。

謎の男「一端の口を叩くんじゃねえ、偽者。お前、知ってるんだろ? “時の歯車”ってやつが入ってる箱の在り処を」

男はオレに銃をつきつけた。オレも銃をつきつける。

提督「まあそう慌てるなよ……自分が死んだらボカン! 鍵や箱も巻き添えなんて仕込みをしていたらお互い面倒だろ。勝った方が総取りのルールで行こう。
一旦銃をしまえ。3・2・1・0の合図でお互いの目当ての品を机に置く。次の3カウントで銃を引き抜いて撃つ。簡単なゲームだろ? お前は鍵を出せ」

男は頷き、銃をしまった。オレも銃をしまって、カウントをする。

提督「3・2・1……」

提督「ゼロ」

オレは机の上に箱を置いた。男も机の上に鍵を置いた。と、同時に銃声。しかし弾丸は放たれない。朝潮が時間を戻して細工しているのだ、当然そうなる。
机の上に飛び乗って男に飛び掛り、鍵を奪い取る。反撃しようと殴りかかってきたが、身をかわして跳び退る。
男は朝潮に拘束され身動きが取れないでいる。オレは鍵を開けて歯車を取り出した。

男「チッ……謀られたか……。歯車さえ手に入れればどうにでもなると思っていたが、考えが甘かった……」

提督「違ぇな。確かに“時の歯車”を手に入れれば、都合が悪い出来事の起こる時間だけを取り除けばいい。
だが、お前が自らここに来た理由はそうじゃねえ。お前は誰も信用できなかった。信用できる味方がいなかった。だから最後の最後で自分で決着をつけようとした」

男「何が言いたい? オレにはもう反撃する手段が残ってない。お前に敗れたんだ、そのピストルで心臓を撃ち抜いて殺せよ。
“時の歯車”を手に入れた今、お前はこの世界の全てを牛耳る力を手に入れたんだ。お前がオレに代わって支配するといい」

提督「どうせ死ぬって覚悟決めてんだったら……一つ教えてくれねえか。なんだってこんなふうに世界中でテロを起こしてる?」

男「オレ一人が黒幕ってのは勘違いだな。人口を減らそうって企んでるヤツらが居る。事実、このまま行けばこの星の資源はもう百年持たないと言われている。
だから自分たち以外は旧石器時代のおサルに戻しちまおうなんて考えてる奴らがいるのさ。これが第三次世界大戦の答え」

男「だが……その“時の歯車”があれば、時間と資源の消費という過程をすっ飛ばして成果物だけを手に入れることが出来る。それが無限に行える。
もはや永久機関だ、そいつがあれば全ての問題は解消する。オレはその歯車を手に入れて……新たな国を作ろうとしていた」

提督「悪いが……こいつは渡せない。お前がこいつを手に入れたところで、未来はお前の理想通りにはならないことをオレは知っているからだ。
けどな……オレはお前を殺さない。お前の今の話を聞いて、お前を信じたくなった。だから生かしておく。お前がこの国の本物の陛下ってヤツなんだろ?」

朝潮とオレの体が光に包まれていく。景色が変わっていく。これが“時の終点”……?

提督「だったら国は捨てんな。未来に生まれた子供が悲しまねえような世界にしてくれ……じゃあな」

・・・・

朝潮「司令官……ようこそ、“時の終点”へ。因果律の改変が起きたようです」

提督「あれで良かったのか……? オレは本当にちゃんとあの世界を救えたのか? 最初にあったガキ共が、惨めな思いをしてないと良いんだが……」

朝潮「きっと、あの世界は変わりました。……未来は変わったのでしょう。だからここに辿り着けた」

提督「あー……これからまだ、オレは……最初の朝潮がいた世界に行かなきゃなんねえんだよな? 大丈夫だったか、オレは。上手くやれてたか?」

朝潮「はい! 司令官の言葉のおかげで、私は自分なりの気持ちに向き合うことが出来ました。もう、迷いはありません……」

青色の扉が目の前に現れた。朝潮から赤い歯車と手紙を手渡される。二つを受け取ると扉が開き、開いた扉から伸びてきた無数の手がオレを中に引きずり込んでいった。
737 :【30/100】 ◆Fy7e1QFAIM [saga]:2016/07/11(月) 21:35:22.87 ID:du8xjrVn0
扉が消えるのを見送った二人は、すぐに再会することになった。

朝潮「終わったのですね……」

提督「そっちもな。お疲れさん」

提督「手紙……読んだか? 読んだよな、でなきゃ先に起こることが分からなかったはずだしな」

朝潮「司令官も……大変でしたよね……。読み取られてしまうと大変だから、断片的にしか書けなくて……」

提督「手紙では褒めてもらってたが、オレは戦闘機なんて操縦したことが無かったんでな。手紙読んだ後必死こいて練習したけど付け焼刃だなありゃあ。
朝潮の前ではカッコいいとこ見せるつもりで気張ってたけど、実はちょくちょく被弾したタイミングで時間を飛ばしてたんだぜ。だせぇよな」

朝潮「それを言うなら、私も一ヶ月連絡もなく司令官をすっぽかしたままにしてしまいました。心配かけてすみません……」

二人は笑い合って、向き合った。お互いに伝えたいことがあるようで、神妙な顔をしている。

提督「手紙……の話なんだけどな。最後の行……」

朝潮「読みました……」

提督「これは、命令じゃない。お前の気持ちに委ねたいと思ってるから、強制はしない。オレは、お前の言っていた通り、『将の将』を目指す。
……けど、そうなるためには朝潮の力が必要だと思ってる。だから……オレの傍に居てくれよ、オレと一緒に居るって約束してくれよ」

提督「大の男が、こんなところで震えてら……みっともねえ。けど、朝潮みたいに、オレを心から認めてくれる存在は初めてだったんだ。
だから……少しだけビビッてんだ。ハッハッハッ。オレ、やっぱよえーな。無頼気取ってるだけで、ホントはビビリなんだ」

提督「けど……やっぱりオレはまだ諦めきれねえ。未だに上を目指したいと思ってる。そのために、朝潮が必要なんだ」

朝潮「司令官は……強い人ですよ。憎しみや苦しみに苛まれながら、それでも上昇志向を貫き通してきたじゃないですか。
そして今……閉ざしていた心を開いて、人と向き合おうとしている。そんな立派な人のお願いを、断れるはずないじゃないですか」

朝潮「司令官のお傍に居ますよ。約束します」

提督「ありがとう。お前は最高の相棒だよ……いや、最高の相棒として頼るのはこれからだな。よろしく」

朝潮「あの、司令官……? それで、私の手紙の最後の行なんですが……」

提督「言ったよな? オレと朝潮は……その、見るからに外見年齢が釣り合ってないって」

朝潮「はい。それでも……私の本心です。伝わらなくても、及ばなかったとしてもいいんです。それでも、言葉にせずには居られなかったんです」

朝潮「司令官とケッコンしたいんです。あわよくば……法が許すなら、正式な婚姻関係も結びたいと思っています」

提督は、息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それからしゃがみ込んで朝潮と目線を合わせ、彼女の右手を両手で握る提督。

提督「分かった……覚悟は、した。いいぜ……オレも誓おう」

提督「しかしだな……朝潮、お前も案外考えなしなやつだな。オレと違って朝潮には将来ってもんがあるだろう。
艦娘だから艤装を解体でもしない限り老化したりするわけじゃねえ。かたやオレの時間は……」

提督から手を離してポケットから“青い”時の歯車を取り出し、それを真っ二つにする朝潮。

提督「は!? 何やってんだお前……。二つに割った歯車を、身体に……?」

朝潮は、青い歯車を提督の胸元に押し付けた。歯車は溶けていくかのように彼の身体に染み込んでいく。
朝潮もまた半分になった青い歯車の片方を自分の心臓部の上に押し当てた。

朝潮「一ヶ月間、時間を戻しては繰り返してを続けていて……こういう使い方も出来ると知ったんです。私と司令官の時間を共有しました」

朝潮「艦娘と人間とでは、轟沈する可能性を考慮しなければ寿命のある人間の方が短命でしょう。
だから健やかなる時も病める時も共に……というわけにはいきません。そこで……」

朝潮「私が生きている間中ずっと、司令官も老化しないという魔法をかけました。
身体に危機が及ぶと肉体の時間が巻き戻って再生するので、溶鉱炉に飛び込みでもしない限り死ぬこともないでしょう」

ニコニコ顔の朝潮を見て、頭を抱える提督。

提督「んぁ〜……それは嬉しいんだが……。予想以上にぶっ飛んだ愛情表現で、脳が混乱してるぜ。結婚指輪よりも断然強烈だなこれは……」

朝潮「ええ。これだけ強い想いを抱いてしまったのは司令官のせいなんですから、責任は取ってもらいます」

提督「やれやれ……これじゃ乙川のやつを笑えんな。しかし……どうやったら“基本世界”に戻れるんだ?」

提督が疑問を口にした瞬間に、彼の持っていた赤色だった歯車は七色に輝き始め、色とりどりの光を放つ。

・・・・

執務室のソファの上で提督と朝潮は目覚めた。ソファから立ち上がり、眠気覚ましにストレッチをする朝潮。
ソファに寝転がったまま拳を上に掲げ、無意味にグーとパーを繰り返している提督。

朝潮「結局あれは夢だったのでしょうか……。ようやく普段の泊地に戻ってきましたが……」

提督「赤い歯車は無くなった。オレたち二人を元の世界に戻すための動力となって消えたのか? けど青い歯車はオレたちの身体に残ったままだ」

陽炎「司令ったらこんなところで居眠りして! よりによってこんな大事な日に……ずいぶん図太い神経してるわね」
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