【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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5 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:07:09.49 ID:PGdg3XaSo
 2060年、7月9日――

 その日は、ずっと以前から予定されていたパレードの日だった。

 このNASEANメガフロートに皇居が移設されて三十年の節目の日。

 各国の皇族や王族を載せた数百台のオープンカーと、百を越す軍と警察の最新鋭ギガンティック、
 パワーローダー、さらにGWF−210Xクルセイダーを加えた大規模な一団からなるパレードだ。

 正門を出立し、第一街区の市街地を回って、また正門へと帰って行く、
 都合十キロの道程を巡る二時間ほどの長丁場。

 その日の勇一郎の配置は、クルセイダーをパレード専用のキャリアトレーラーで膝立ちにさせ、
 その前を行くオープンカーにロイヤルガードの代表として乗る事だった。

 直前には皇族縁の人々が乗るオープンカー。

 いざと言う時には即座に護衛に入れる位置である。

 まあ、勇一郎の手を患わせるような“いざと言う時”など来ないだろう。

 それは警備関係者が口を揃えて言っていた事だった。

 クルセイダーはドライバーが降りているが、
 他のギガンティックやパワーローダーにはドライバーが搭乗済みだ。

 パレードの隊列以外の警備も、人もドローンもギガンティックもパワーローダーも万全。

 ルート上の観客の中にテロリストが紛れ込もうとも、一気呵成に制圧できるだけの準備がされていたのだ。

 慢心ではなかったのかもしれない。

 細心の注意を払って、最大規模のパレードを守るべく考え得る限り最高の警備を施したハズだった。

 だが、最高の警備と言う事実に作り上げられたその安心感が、大きな慢心に結実したと言って良い。

 その慢心が世界最大規模のテロを生み出す事に繋がったのである。


 そして、テロが起きようとしていたその時、茜は母や兄と共に、
 パレードのルート上に据えられた特別観客席であと数分後に通るパレードの車列を心待ちにしていた。

 特別観客席はルートに面した病院の第三駐車場の道路に面した側を間借りするカタチで作られ、
 一般の観客達のいる歩道よりも幾分か高い。

 茜達は特別観客席の右端で、兄妹が母を挟むように並んで座っていた。

明日華「もうすぐ、お父様がいらっしゃいますからね」

茜「はい!」

 優しく語りかけてくれた母に、茜は目を輝かせ、ソワソワとした様子で応える。

 あと少しで、父がやって来る。

 祭にも似た熱気が、そんな彼女の高揚感を後押ししていた。

 そして、車列が訪れる。

 軍用と警察用の当時最新鋭だった377改・エクスカリバーが並び立つキャリアトレーラーを先頭に、
 左右を小型パワーローダーと警備用ドローンに守られた皇族や王族の人々を載せたオープンカーが続く。

 次々に現れる高貴な人々や最新鋭の機体の姿に盛大な歓声が上がる中、
 遂に父を乗せたオープンカーが特別観客席の前に姿を現した。

 普段よりも幾分か煌びやかな礼服に身を包み、
 腰には本條家に古くから伝わる家宝の大小夫婦太刀の鬼百合・夜叉と鬼百合・般若。

 休めの姿勢で不動を貫く父の姿は、その後ろに傅くように続くクルセイダーの姿もあって、
 普段以上に凛々しく見えた。
6 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:07:55.88 ID:PGdg3XaSo
茜「おとぉさまぁっ!」

 茜は思わず観客席の手すりにまで身を乗り出し、大きく両手を振って父に呼び掛ける。

 しかし、少女の目一杯の声も、盛大な歓声の前には呆気なく掻き消されてしまう。

茜「おとぉさまぁ! おとぉぅさまぁぁっ!」

 それでも、茜は目一杯に父に呼び掛け続けた。

 それが通じたのかは分からない。

 だが、父を乗せたオープンカーが通り過ぎようとしたその時、父の視線が茜を捉えた。

茜「っ! おとおぉさまあぁっ!!」

 その瞬間、茜は嬉しそうに目を見開くと、その日一番の歓声を張り上げ、父を呼んだ。

 この時、父が視線を向けたのは何故だったのか?

 偶然か、盛大な歓声の中、愛娘の声を聞き分けたのか。

 それを確かめる術は無い。

 何故なら、直後に響いた歓声を掻き消すような爆音と共に、
 父の乗ったオープンカーは消し飛んだからだ。

 それも――

茜「……………………おとう……さま?」

 茜は、呆然と父を呼ぶ。

 ――茜の見ている、目の前で。

 それは、警備のために交差点毎に立てられているギガンティックからの砲撃だった。

 市街地中心地区。

 交差点が連続し、警備用ギガンティックが集中する最も安全と思われていた区画での出来事だ。

 外部からのハッキングを受けた五機のギガンティックが、一斉にパレードの車列に向けて発砲。

 ただ無差別に、真正面の地面に向けての発砲は、幸いにも皇族や王族への被害は免れた。

 しかし、運悪くその正面にいた父の乗るオープンカーは、その直撃を受ける事となった。

 最初から皇族や王族の命よりも、警備関係者の混乱を狙うのが目的の初撃だったのだろう。

 ハッキングを受けたギガンティックが、パレードの隊列にいたギガンティックやパワーローダー、
 他の警備用ギガンティックからの一斉攻撃で沈黙する中、上空に数十機のギガンティックが飛来。

 そして、周辺に向けて魔力弾による一斉爆撃が行われた。

明日華「臣一郎、茜!」

 混乱から無理矢理に立ち直った明日華は、汎用魔導装甲を展開し、
 我が子二人をその腕で掻き抱く。

 この頃の明日華は、二度の妊娠と出産を経て魔力波長が大きく変容し、
 クレーストのドライバーとしての資格を失っていた。

 だが、母・結から引き継いだ大魔力は健在であり、
 汎用魔導装甲が耐えきれるだけのギリギリの魔力で障壁を作り出し、
 ギガンティックによる一斉爆撃から我が子達を守る。
7 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:08:41.77 ID:PGdg3XaSo
 三十分にも及ぶ執拗な爆撃が終わると、辺りには濛々と粉塵や煙が立ちこめ、
 何かが焼ける焦げ臭い匂いと、噎せ返るほどの血の匂いが立ちこめていた。

明日華「臣一郎……茜……無事?」

 障壁に全魔力を傾けていた明日華が、絶え絶えの声で呟く。

 その時に名前を呼ばれていた事を、茜も覚えていた。

 だが、その声はとても遠く、別の世界の事のように聞こえたのも確かだった。

 ただ、爆撃の恐怖が止んだ。

 それだけは何となく理解できた。

 そして、理解と共に甦って来たのは、三十分前の光景。

 警備用ギガンティックの攻撃を受け、爆散するオープンカーに巻き込まれて飛び散る、父の姿。

 爆発に呑まれる中、唯一つ、道に転がった右腕。

 茜はガタガタと震えながら、父の腕が転がっていた道路に、反射的に目を向けていた。

 特別観客席は崩れ、倒れ伏す大勢の人々や遺体の向こうにある道路は舗装が剥げて焼け焦げ、
 先ほどの母のようにしてVIP達を守っていた警備の関係者が、混乱しながらも走り回っている姿が見える。

 そして、人々が行き交う中、瓦礫然とした道路の中央に、
 父が腰に差していた二刀の夫婦太刀だけが偶然にも突き刺さっていた。

 儀礼用の装飾鞘は砕け散り、剥き出しになった太刀は柄も鍔も焼け焦げ、
 だが、刀身だけは健在なまま。

 対して、父の姿は……転がっていたハズの右腕すら、無い。

茜「……ッ! …………ッ!」

 その光景に……父の墓標にすら見える夫婦太刀の姿に、
 茜は口を悲鳴のカタチに開けて、声ならぬ叫びを上げる。

明日華「あかね……? 茜!? どうしたの、茜!?」

 愕然としていた明日華も、娘の様子がおかしい事に気付き、必死に娘の身体を揺り動かす。

茜「……ッ、…………ッ!」

 だが、茜は目から一杯の涙を流しながら、声ならぬ叫びを上げ続ける。

 茜が声を失っていた事が分かったのは、全ての混乱が治まりを見せ、
 勇一郎の葬儀が終わった後の事だった。
8 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:09:18.89 ID:PGdg3XaSo
 2062年、初冬――
 茜が父と声を失ってから、二年と少しが経過した。


 あの日を境に、幸せの絶頂にいた彼女の全てが変わってしまった。

 優しく朗らかだった母は笑顔を見せる事が減り、
 兄は本條家の当主としてオリジナルギガンティックを駆る訓練に明け暮れている。

 幼い兄を当主に据える事に反対する分家の者達を押し留めるため、
 本家直系である叔母の藤枝百合華を当主名代に置く事となった。

 あの日、焼け焦げた二刀の鬼百合の拵えは直され、二年前から仏間に飾られている。

茜「………」

 四歳になった茜は、仏壇の前で膝を抱えて座ったまま、
 二刀の鬼百合と共に飾られている父の遺影を眺めていた。

 それは、茜の日課だった。

 読み書きの勉強を始めたばかりの茜は、それが終わると、
 食事や風呂、トイレの時間を除いて、仏間で父の遺影を眺め続ける。

 幼い少女の、その痛ましい姿に回りの大人達……特に母は胸を痛めたが、
 まだたった四歳の少女に他人を気遣う余裕など無い。

 その事を咎めようとする大人達も、敬愛する父だけでなく声ですら失った少女に、
 苦言を呈する事が憚られ、結局はその日課もずっと続いていた。

茜「………」

 茜は、父の遺影に向けて、無言で手を伸ばす。

 これも、最近の茜の日課だった。

 座ったままでは、決して遺影までは届かない手。

 もし、この手が届いたら?

 父の遺影をこの手に取る事が出来たら……、
 あの日の父に手を伸ばす事が出来たら、自分は父を救えただろうか?

 子供が考える“もしも”や“たら、れば”の話など、荒唐無稽な物だ。

 根拠のない万能感と、夢見がちな妄想に端を発する、本当に荒唐無稽な仮の話。

 まだ四歳半の少女なら、当然のように抱く可能性の話。

 だが、求める可能性は限りなく苦しく、それが叶うハズも無い事と、
 茜は幼いながらにして既に諦めの境地に達しようとしていた。

 それもその筈。

 あの爆撃の中、母の腕の中で震えているだけだった自分に、
 父を助けられる筈が無いのだから。

 ただ、それでも手を伸ばし続けるのは、まだ彼女自身が諦め切れていないからだ。

茜「………ッ」

 どんなに伸ばしても届かない手に、彼女は次第に目の端に涙を溜めていた。

 涙で霞む視界の中、茜は必死で手を伸ばし続ける。
9 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:10:01.71 ID:PGdg3XaSo
茜(届かない……届かないよ……お父様に……手が、届かない、よ……)

 泣きながら、諦めながらも、少女は手を伸ばし続けた。

 それだけしか、今の彼女には残されていなかった。

 魔法に……いや、マギアリヒトに溢れた現代社会において、動かずに物を取る方法は二つ。

 魔力でマギアリヒトに作用し、魔力そのもので対象を掴んで手元に引き寄せる方法。

 取りたい物を物体として捉え、対物操作の魔法で浮かせ、手元まで飛ばす方法。

 似ているようで違うこの二つの方法を、詳しく語るのはまたの機会としよう。

 何故なら、この時の茜には、まだ魔力が目覚めていなかったのだから。

 結・フィッツジェラルド・譲羽の血に連なる者に相応しく、
 茜の体内には多量のマギアリヒトが巡っている。

 覚醒さえすれば、それだけで一角の魔導師と言えるだけの魔力が約束された身体だ。

 そう考えれば、彼女が抱く“たら、れば”の万能感も、
 あながち荒唐無稽な物では無いのかもしれない。

 この手が父に届けば……父の手を掴めるだけの魔力さえあれば、
 父を助ける事が出来たかもしれない。

 だが、それは所詮、“かもしれない”の域を出ない“もしも”でしか無いのだ。

 あの頃の、そして、今の彼女も、未だ魔力には目覚めていない。

 だから彼女は、こうして大粒の涙を流しながら、諦めの中で、
 決して届かない手を伸ばし続けるしかなかった。

 いつしか泣き疲れて、眠ってしまう。

 それがこの日課の顛末だ。

 だが、今日は違った。

?????<――――――>

茜「ッ!?」

 不意に響いた音に、茜は手を伸ばしたままビクリと身体を震わせる。

 そして、思わず辺りを見渡す。

 しかし、この辺りで音を立てるような物は、
 目の前にある仏壇に置かれた、仏具の鈴くらいしか無い。

 だが、それも人知れず鳴るような物ではなかった。

(何……今の音……?)

 茜は辺りを見渡しながら、身を縮こまらせる。

 すると――

?????<――――っ>

茜「……ッ!?」

 再び、その音が聞こえ、茜はまた身体を震わせた。

 だが、そこで気付く。

 音は耳に響いたのではなく、まるで頭の中で直接意識に……
 幼い少女の感覚にして見れば、心に響いたのだ、と。

 そして、それは単なる音ではなく、どこか声のようにも感じられた。
10 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:11:01.87 ID:PGdg3XaSo
茜(……誰?)

 茜は見渡しながら音の出所……いや、声の主を捜して辺りを見渡す。

 しかし、いくら見渡しても声の主らしき者はいない。

 だが、不意に一点、仏間と隣の部屋を繋ぐ襖に視線を奪われる。

 その先は明日華と茜の寝室だ。

 そして、かつては勇一郎も使っていた寝室である。

 父がいなくなって広くなった寝室を、茜はまだ受け入れ切れず、
 眠る時以外は好んで入ろうとは思わなかった。

 茜は襖に吸い寄せられるように、だが怖ず怖ずと四つん這いで近付き、
 膝立ちになって襖を開ける。

 誰か、いるのだろうか?

 今の時間は母も出払っており、寝室に入る者などいない。

茜(誰か……いるの?)

 茜は言葉に出来ぬ疑問を、小首を傾げるような仕草と共に投げ掛け、
 それと共に室内を見渡す。

 すると――

?????<―か――で――さい>

 襖を閉じていた時よりもハッキリと、その“声”は聞こえた。

茜(……誰……?)

 茜は驚いて身体を震わせながらも、立ち上がり、
 声の聞こえて来た方向に向けて歩き出す。

 そこには、母が亡き祖母・紗百合と大伯母の美百合から譲り受けた大きな鏡台があった。

?????<な―ない―くだ――>

 鏡台に歩み寄ると、さらに声はクリアに聞こえる。

 開けてはいけない。

 そう言われてきた鏡台の引き出しを、茜は躊躇わずに開けた。

 そして、すぐに目についた一つの黒いケース。

 宝石箱でも小物入れでもない、革製の質素な物だ。

茜(これ……)

?????<なかないで……ください……>

 茜がそれを手に取ると、ようやく声の内容を聞き取る事が出来た。

茜(なかないで………泣かないで?)

 茜はその言葉を心の中で反芻する。

 ケースの蓋は呆気なく開き、中から出て来たのは銀色の十字架だった。

 茜は僅かに躊躇いながら、その十字架を手に取る。
11 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:11:57.42 ID:PGdg3XaSo
 すると――

?????<泣かないで下さい……お嬢様……>

 懇願するかのような、哀しげな少女の声が十字架から響いた。

 それと同時に、茜は自らの身体から暖かい力が湧き上がるのを感じる。

 その力が自身の魔力だと気付いたのは、
 十字架の回りに赤みの強い橙色の……茜色の輝きが満ちているのが分かったからだった。

茜(クレぇ……スト?)

 茜はそこで、自分が手にしている十字架が、かつての母の、
 そして、亡き母方の祖母の親友である奏の愛器・クレーストだと気付く。

 まだ思念通話すら分からない茜の声は、クレーストに届ける事は出来なかった。

 つまり、声の出せない茜に、クレーストとの意志疎通の手段は無い。

 だが、クレーストは違った。

クレースト<申し訳ありません、お嬢様……。
      勝手ながら、魔力を使わせていただきます>

 彼女は哀しげな声で申し訳なさそう呟くと、茜の身体から僅かな魔力を吸い上げる。

 そして、茜から吸い上げた魔力はクレーストの導きによって寝室を抜け出し、
 仏壇に飾られた勇一郎の遺影を掴んだ。

 純粋な魔力だけで物体を掴むにはそれ相応の高い魔力量が要求されるが、
 茜には苦にもならない僅かな量に過ぎない。

 そして、クレーストが魔力で掴んだ遺影は、漂うように茜の目の前へと引き寄せられた。

クレースト<どうか、手を伸ばして下さい……。
      お嬢様ご自身の力で引き寄せた物です>

 クレーストに促されるように、茜はゆっくりと遺影に向けて手を伸ばす。

 これは後から知った事だったが、茜が件の日課を始めた頃から、
 明日華の残留魔力によって起動し続けていたクレーストは、
 ずっと以前から彼女の事とその意図に気付いていたらしい。

 そんなクレーストの協力もあって、決して届かなかった筈の手が、
 伸ばし続けた父の遺影に届いた。

茜「………ッ!」

 手が触れた瞬間、茜は声ならぬ叫びを上げてその遺影を、クレーストごと胸にかき抱く。
12 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:12:49.83 ID:PGdg3XaSo
 やっと、やっと手が届いた。

 だが、それと同時に突き付けられる現実。

 今更届いても遅い。

 あの時に、手が届いていなければならかったのに。

 その事実に、いつの間にか止まり掛けていた涙が、堰を切って溢れ出す。

 泣き声は上がらない。
 上げられない。

 筈だった。

茜「ぉ……ぉ……ぅ……ぁ……ぁ……っ!」

 二年以上、呼吸を吐き出すような音しか出せなかった口から、
 絞り出すような微かな音が響く。

クレースト<お嬢様!?>

 その音が茜の声である事に気付いたクレーストが、喜びとも驚きとも取れる声を上げた。

茜「おぉ……とぉ……ぅ……さぁ……まぁ……っ!」

 父の遺影を胸に抱いて泣きじゃくりながら、茜は一音一音、絞り出すように叫ぶ。

茜「ぅぁ……ぁぁぁ………っ!」

 茜はその場にへたり込み、絞り出すような声で泣いた。

『誰か! 誰か! お嬢様が……茜様が声を!』

 クレーストは共有回線を開き、屋敷中に向けて声を上げる。

 主と主の家族を見守って来たクレーストは、茜が声を失っていた事も知っていた。

 だからこそ、彼女は自分らしからぬほどに慌てた声で人を呼んだのだ。

 そして、クレーストの声に気付いた小間使いや、
 その頃は同居していた風華が駆け付けたのは、そのすぐ後だった。

 茜の声が戻った理由は、医師の診断でも定かではない。

 届かなかった手が届いた事による精神的な物とも、
 魔力覚醒によって自律神経が刺激された故の身体的な物とも……。

 ただ、茜は彼女が求めた力によって見出され、父と共に失った声を取り戻し、
 ようやく一つのスタートラインに立てたのだ。

 それは――
13 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:13:55.78 ID:PGdg3XaSo
クレースト『……ね様、茜様』

茜「ん……?」

 白昼夢にも似た回想に意識を委ねていた茜の意識は、
 クレーストの声によって呼び戻される。

 コントロールスフィアの壁に身体を預けていた茜は、目を開いて辺りを見渡す。

 そこはメインフロート第一層の外郭自然エリアから少し離れた位置にある、広い幹線道路だった。

 その端には自分達第二十六独立機動小隊の使うリニアキャリアが停留しており、
 クレーストも今まさに専用ハンガーの前に到着しようかと言う頃合いだ。

茜「すまない……少し呆けていた」

クレースト『いえ、問題ありません』

 嘆息混じりで申し訳なさそうに呟いた茜に、クレーストは淡々と返す。

 茜は機体の主導権を愛器から返して貰うと、機体をハンガーに固定し、動力を切る。

茜「ふぅ……」

 ゆっくりと寝かされて行くハンガーに合わせ、水平状態を保つように傾いて行く通路上で
 茜は手渡されたジャケットを羽織りながら小さく溜息を漏らす。

レオン「お疲れさん、お嬢」

 すると、既に自身の乗機をハンガーに固定し、
 外に出ていたレオンが気さくそうな仕草で手を振って来る。

 レオンは02ハンガーを牽引しているキャリアの下で、
 ドライバー向け汎用魔導防護服の上にジャケットを羽織っていた。

茜「だから出撃中はお嬢はやめてくれないか、アルベルト」

 茜はハンガーから降りると、呆れたような声音で漏らしながら彼の元に歩み寄る。

 すると、その場に遅れて紗樹と遼が現れた。

 二人とも何処か慌てた、と言うか困った様子が表情から窺える。

紗樹「いいんですか、隊長? 機関への出頭予定時刻は午後二時。
   あと二時間もありませんよ?」

遼「稼働時間も少なく、躯体へのダメージも一切ありませんが、
  一旦戻って整備と補給を受ける事を考えると、三時を回ってしまうと思われます」

 困惑する紗樹に続いて、遼も思案気味な様子で言った。

 確かに、お役所仕事は時間に煩い。
14 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:14:41.27 ID:PGdg3XaSo
 しかし、そんな部下達の様子を見かねて、レオンが口を開く。

レオン「いや、それは向こうさんも一緒だって」

 レオンはハンガーのフレームにもたれかかり、飄々とした様子で言った。

 全員の視線が集まると、レオンはさらに続ける。

レオン「これから何時間かは整備や何やらでゴタゴタして、
    俺らを受け入れる体勢どころじゃないだろ?

    体の良い言い訳作りさ。だろ、お嬢?」

茜「ハァ……その通りだ」

 まだ“お嬢”呼ばわりしてくるレオンに諦めの溜息を漏らしてから、
 茜は紗樹と遼に向き直って言った。

茜「既に本條隊長か藤枝副司令あたりが、
  遅延の書類を先方や政府に回して下さっている頃だろう」

 さらにそう付け加えながら、兄の臣一郎や叔父の尋也【ひろや】の事を思い浮かべる。

 二人ともそつなく事をこなす性格だ。

 今回も、きっと上手く事を運んでくれているだろう。

 そして、その事を聞いた紗樹と遼は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべる。

茜「気遣いの範疇とは言え、
  今回は“こちら側の勝手な都合で”遅れる事になるだろう。

  それだけに繰り下げた予定よりも遅れるワケにはいかないからな、
  手空きなら整備班の手伝いをして時間短縮に努めるぞ」

 茜は安堵しかけた部下二人に喝を入れるように、
 だが少しだけ悪戯っ子のような笑みを浮かべて指示を出すと、
 自らも整備班を手伝うために再びハンガー上へと向かった。

 茜が動き出した事で、一度は安堵しかけた紗樹と遼も慌てた様子で動き出す。

紗樹「りょ、了解しました!」

遼「直ちに撤収作業の補助に入ります!」

レオン「んじゃ、俺もちょっくら手伝って来ますかね、っと」

 三人の様子を見届けたレオンも、そう言って愛機の乗せられたキャリアに向けて、
 少し気怠そうな様子で歩き出した。
15 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:15:23.90 ID:PGdg3XaSo
―3―

 イマジン殲滅からおよそ三時間後、ギガンティック機関隊舎――


 中央――皇居方面――からやって来たリニアキャリアの一団が、
 隊舎前でゆっくりと停車する。

 ロイヤルガードのロゴが刻印されたそれらは、
 先ほども空達の援護をしてくれた第二十六独立機動小隊の物だ。

 そして、その中の一輌……人員輸送車と思しき車輌のハッチが開き、
 中から詰め襟の黒い制服を着た四人の男女が降りる。

 茜達、第二十六小隊のドライバー達だ。

茜「では、我々はこれから譲羽司令に挨拶に行って来ます。
  後から私も行きますが、整備責任者への挨拶はお任せします、班長」

班長「ええ、任されましたよ、小隊長」

 振り返った茜の言葉に、彼女に班長と呼ばれた男性――小隊の整備責任者――が力強く応えた。

 四人が見送る中、人員輸送車のハッチは閉じられ、
 リニアキャリアの一団はそのまま隊舎裏へと回り、そこから隊舎地下へと入って行く。

 茜はその様子を見届けると部下達に振り返る。

茜「よし。我々も着任の挨拶に行くぞ」

レオン「ウィっス、お嬢」

 茜の指示にレオンが代表して応えた。

 またもやの“お嬢”呼ばわりに茜は肩を竦めたが、さすがに作戦行動中では無いので注意はしない。

 それに、この後は“お嬢”呼ばわり程度は可愛いレベルの洗礼が待っているのだから。

 そんな思いと共に部下達と隊舎内へと入って行くと、すぐにロビー正面の受付に迎えられる。

美波「あかにゃん、おい〜ッス」

茜「市条さん、あかにゃんは辞めて下さい」

 二人並んだ受付職員の一人――市条美波に渾名で呼ばれ、茜はガックリと肩を竦めて疲れたように漏らした。

 機関きっての名物職員の頓狂なニックネームに比べれば、“お嬢”くらいは何でもない。

??「お待ちしておりました、本條小隊長。それに隊員の方々も」

 そんな様子を見かねてか、美波の隣に座るもう一人の受付職員……
 村居優子【むらい ゆうこ】が落ち着き払った様子で言った。

 ちなみに彼女は先日、臣一郎が来訪した際に受付にいた木場順子の先輩に当たる、
 美波のもう一人の後輩である。

優子「今、司令に確認を取りましたので、あちらの執務室へどうぞ」

 優子は隣の美波を気に掛けた様子もなく、丁寧に左手で司令執務室を指し示した。

茜「助かります、村居さん」

優子「いえ、業務ですので」

 軽く会釈した茜に、優子は微笑を浮かべながらも事も無げな声音で返す。

美波「ちぇ〜ッ、久しぶりのお客さんだって言うのに、ゆっちょんが真面目すぎてつまんな〜い」

 美波は口を尖らせ、不満げに漏らした。

優子「御崎先輩から、先輩のフォローをするように言付かっていますので」

美波「チッ、園子め……遊び心の分からないヤツ」

 淡々と語る優子に、美波は先ほどのようなわざとらしい物ではない本気の舌打ちを交えて呟く。

 ちなみに御崎園子【みさき そのこ】は、美波がニックネームで呼ばない数少ない同僚の一人であり、
 美波と彼女、そして現オペレーターチーフ陣は同期である。

 閑話休題。
16 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:16:47.87 ID:PGdg3XaSo
 茜達は優子に案内された通り、司令執務室に向かう。

紗樹「何だか、凄く独特な方ですね……受付の、その……背の低い方の女性は……」

 紗樹はチラリと横目で受付を振り返りながら、躊躇いがちに小声で漏らす。

 背後から“誰の背がちっちゃいんだー!?”と聞こえ、思わず肩を竦める。

 中々の地獄耳だ。

レオン「まあ、キャラがキョーレツなのはあの御仁に、
    オペレーターのクララと出張中のちびっ子主任さん、
    それにこっちも出張中のメリッサの姐さんくらいだ。

    すぐに慣れるさ」

 レオンはギガンティック機関に初めて顔を出して萎縮している部下に、
 指折り数えるように言ってから、軽く振り返り、
 受付で手を広げてバタバタとしている美波に、謝意を込めて軽く手を振り返した。

レオン「美波の姐さん、あのナリで子持ちだってんだからビックリだよな」

 レオンは向き直ると、噴き出しそうになりながら呟く。

紗樹「えっ!?」

遼「そんなっ!?」

 紗樹に続いて、努めて平静を装っていた遼も、さすがにこれには驚きの声を上げる。

 後ろから“二児の母で悪いかー!?”と叫び声が聞こえた気がするが、
 四人はさすがに無視をした。

茜「市条さんが結婚されたのは、私がここに研修で入る前の年だったそうだからな……。
  結婚六年目ともなれば、二人目の子供がいてもおかしくないだろう」

 茜は思案気味に当時の事を思い出しながら漏らす。

 茜が正ドライバーとしてロイヤルガード入りしたのは五年前の十二歳の頃だ。

 そして、ロイヤルガードに入隊する以前は、
 クァンやマリアの同期として機関で研修を受けていたのである。

紗樹「いや、年数よりも……」

遼「犯罪の匂いがするんですが……」

 しかし、そんな茜の言葉に、紗樹と遼は口を揃えて呟く。

レオン「ま、今でも小学生って言っても通用しそうだしな、姐さんは」

 レオンの言葉に、やはり“誰が美少女小学生だー!?”と言う叫び声が聞こえる。

 さりげなく“美少女”部分が見栄による恣意的改竄を受けている気がしないでもないが、
 確かに、美波の見た目は小学生と言って通じてしまいそうだ。

 十二歳以下の少女との姦通は、同意があっても犯罪なのは今の世も同じである。

 成る程、犯罪の匂いがしそうとの遼の言葉も分からないでもない。

茜「滅多なことを言うな。
  出向中とは言え、我々は警察の一組織だぞ」

 茜は溜息がちに言ってから、司令室の扉の前に立った。
17 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:17:29.38 ID:PGdg3XaSo
 素早くノックしてから中に向かって呼び掛ける。

茜「皇居防衛警察ロイヤルガード、
  ギガンティック部隊第二十六独立機動小隊隊長、本條茜です」

明日美「どうぞ」

 茜の呼び掛けに応えたのは明日美だった。

 扉越しにくぐもった明日美の声に応え、茜は“失礼します”とだけ言って扉を開く。

 一礼して室内に入ると、茜達は明日美とアーネストに迎えられた。

茜「本條茜、レオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、着任いたしました」

 敬礼した茜に続き、レオン達三人も茜の後ろに横並びになって敬礼する。

明日美「はい、ご苦労様」

 しっかりと敬礼する茜に、明日美は笑顔で頷く。

茜「こちらの勝手な都合で着任の時間が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません」

明日美「気にしなくていいわ。
    こちらとしても消耗が最低限で済んだのだから」

 申し訳なさそうに頭を下げる茜に、明日美は笑顔のまま応え、
 “もう、そちらの司令と副司令の連名で謝罪も受けている事だし”と付け加えた。

アーネスト「三時間前に出撃があったばかりで、そう畏まっているのも疲れるだろう。
      楽にしたまえ」

 アーネストもそう言って、茜達に敬礼の姿勢を崩すように促す。

レオン「そう言って貰えるとありがたいッス」

 アーネストに促され、休めの姿勢になったレオンは笑顔で漏らす。

明日美「久しぶりね、レオン。
    ご両親やお祖母様は元気かしら?」

レオン「まあまあッスね。
    さすがに藤枝の所のバーサマほど元気じゃないッスけど」

 明日美の問いかけに、レオンは苦笑い混じりに応えた。

 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家は家族ぐるみの付き合いで、
 その付き合いも長い。

 明日美もレオンの祖母・セシリアとは、
 旧研究院時代から年の離れた先輩後輩としても旧い付き合いだ。

茜「司令」

 明日美とレオンの世間話が途切れたタイミングを見計らい、
 茜は携帯端末を取り出して前に進み出ると、
 それを明日美の執務机の上にある卓上型端末に近づけた。

 すぐに通信回線が開き、書類が転送される。

明日美「はい、着任辞令、確かに受け取ったわ」

 明日美は横目で壁掛け時計の時間を確認しながら言う。

 時刻は三時五分前。

 遅延予定の午後三時に間に合っている。
18 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:18:12.90 ID:PGdg3XaSo
明日美「今日はレベル1注意報にまで下がっているし、
    一度出撃もあったから今日はもう休んでも構わないわ」

 明日美は書類にサインをしながらそう言った。

アーネスト「事前申請のあった必要人数分の部屋は寮に確保されている。
      荷物もそちらに運び入れるといいだろう」

茜「ありがとうございます、ベンパー副司令」

 アーネストの言葉に、茜は深々と頭を垂れると、部下達に向けて振り返る。

茜「お前達は先に荷物を持って隊員寮に向かっていてくれ。
  私はもう少しお二方に話がある」

レオン「ウィっス、お嬢。
    じゃあ、そう言うワケですんで、俺らは先に失礼させてもらいます」

 レオンは茜の指示に頷くと、明日美とアーネストに軽く会釈してから、
 丁寧にお辞儀をした紗樹と遼を引き連れて司令室を後にした。

 そして、三人が退室したのを見届けて、茜は肩を竦めて小さく溜息を漏らす。

茜「……申し訳ありません、伯母上、ベンパーさん……。
  部下がお見苦しい所を……」

 茜は溜息がちに申し訳なさそうに呟く。

アーネスト「そこまで気にしなくても良いよ。
      まあ、あれも彼の持ち味と言う事で」

明日美「政府直轄とは言え、ここはそこまで堅苦しい組織ではないわ。
    あなたも少しは肩の力を抜くと良いわ」

 笑みを浮かべながら言ったアーネストに続き、明日美も思案げに漏らす。

 そして、僅かな間を置いてから、明日美は改めて口を開く。

明日美「直接会うのは正月以来ね。
    ……誕生日プレゼントは気に入って貰えたかしら?」

茜「ええ、メールにも書きましたが、その節は本当にありがとうございました。
  大事に使わせていただいています。

  ……と言っても、あまり袖を通す機会に恵まれませんが……」

 嬉しそうに漏らす明日美に、茜は深々とお辞儀をして返してから、
 申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。

 明日美は先月に誕生日を迎えた茜のために、社交の場に顔を出すためにも良い頃合いだと、
 一着のイブニングドレスを贈っていた。

 だが、茜は普段から忙しくしている事もあり、また、社交の場にも礼服で赴くのが基本だった事もあり、
 試着を除けばまだ一度だけしか袖を通せていない事を心苦しく思っていたのだ。

明日美「次に機会があれば、その時に見せてくれるかしら?」

茜「ええ、喜んで」

 伯母からの提案に、茜は少しはにかんだような笑みを浮かべて頷く。
19 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:19:08.38 ID:PGdg3XaSo
アーネスト「しかし、本当に君がこちらに出向してくれるとは思わなかったよ。
      こちらとしては予備戦力でも構わなかったのだが……」

 二人の様子を見守っていたアーネストが、不意にそんな事を呟いた。

 ギガンティック機関側としては、空達三人には二班に分かれて貰い、
 出撃時の援護用に一小隊派遣して貰えればそれで良かったのだが、
 まさか大本命のオリジナルギガンティックが配属されている第二十六小隊が来るとは思ってもいなかったのだ。

 第二十六独立機動小隊の任務は皇居護衛よりも、遠隔地に出撃してのテロリスト対策が主任務だ。

 昨今はテロリストの使うギガンティックやパワーローダーも性能が上がって来ており、
 軍に比べて強力なギガンティックの配備数の少ない警察関連の組織にして見れば、
 より圧倒的な性能を誇るオリジナルギガンティックが必要とされるのは当然と言えた。

 強力な大型ギガンティックを持ち出したテロリストに対して迅速に出動し、
 これを鎮圧するのが第二十六独立機動小隊の任務なのである。

 そして、その足回りの良さを活かし、
 機関の手が足りない時はイマジン殲滅に協力する副次的な任務もあった。

 イマジン殲滅が主任務のギガンティック機関の任務とは基本的に逆なのである。

 茜はイマジン殲滅にも協力的だし、それは今日の態度からもよく分かっていた。

 だが、主任務はテロへの対処だ。

明日美「悪いわね……。
    こちらの仕事にかかり切りになってしまうかもしれないのに」

茜「いえ、構いません。
  連中が大規模攻勢を仕掛けるような事があれば、
  機関の手を借りなければならないのは、むしろこちらなのですから」

 少しだけ申し訳なさそうな様子の明日美に、茜は表情を引き締めて応える。

 現在のテロリストの中で最も厄介で大規模な戦力を有しているのは、
 第七フロート第三層を占拠し、反皇族を掲げている、
 件の60年事件の首謀者達とその流れを汲む者達だ。

 彼らの狙いは基本的に皇族や王族達のいる皇居や、
 皇族や王族に縁の深い者がいる場所であり、そう言った所の防備は固い。

 だが、一度テロリストに大攻勢を仕掛けられた場合、
 平時からイマジンへの警戒を厳としなければならない軍は多くの戦力を割けないのである。

 そうなれば、警察組織は少数精鋭であるギガンティック機関に頼る事になるのだ。

 無論、機関としてもイマジン出現時にはそちらへの対処が優先されるが、
 形式的にはそう言った取り決めで互恵関係が成り立っている。

 尤も、ここ数年間は機関側がテロ対策に駆り出される事は無かったのだが……。

明日美「今年は十五年の節目、ですものね……」

 明日美はその事を思い出して呟く。

 今年は2075年、あと半月もすれば7月9日……
 あの忌まわしい60年事件から丁度十五年となる。

 明日美にしてみれば、義弟が死んだ事件だ。

 色々と思うところもあるのだろう。

アーネスト「こちらとしても、諜報部に警戒させてはいるが……」

茜「……その件なのですが」

 アーネストが思案げに漏らしかけたその時、茜が意を決したようにその言葉を遮った。
20 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:19:59.95 ID:PGdg3XaSo
 茜は“ご無礼、失礼します”と言って、言葉を遮った事を謝罪すると、さらに続ける。

茜「こちらの諜報部に保管されている調査書類……
  月島レポートの閲覧を許可してはいただけないでしょうか?」

アーネスト「月島レポート……!?」

 どこか思い詰めた様子の茜の言葉……いや、
 “月島レポート”と言う名前に、アーネストは驚きの声を上げた。

 亡くなった勇一郎の事を考えて寂しげな表情を浮かべていた明日美も、途端に表情を険しくする。

明日美「……随分と、調べたようね?」

茜「……辿り着くのに四年かかりましたが……」

 責めるような、それでいて心配したような明日美の問いかけに、茜は感慨深く漏らした。

茜「私が知りたいのは、統合労働力生産計画の責任者であった頃の月島勇悟ではなく、
  あくまでギガンティック機関前々技術開発部主任の月島勇悟です」

 その名が茜の口から漏れた瞬間、明日美は不意に目を伏せてしまう。

 アーネストも、明日美の様子に何か思う所があるのか、視線を逸らす。

明日美「……月島……勇悟、ね」

 明日美は複雑な声音で、その名前を反芻する。

 月島勇悟【つきしま ゆうご】。

 茜の言葉通り、瑠璃華の二代前となる技術開発部主任だった男性だ。

 それ以前は山路重工の技術開発研究所――
 通称・山路技研――で副所長を務めた天才科学者。

 メカトロニクス、バイオテクノロジーなど様々な分野に精通し、
 その頭脳は明日美の父、アレクセイにも匹敵すると言われた。

 ギガンティック機関結成から暫くして山路技研から機関に出向し、
 ハートビートエンジンのブラックボックスの解析に努めていた。

 だが、解析は遅々として進まず、後に彼は政府に引き抜かれて、
 そこで禁忌とも言われた統合労働力生産計画に着手したのだ。

 つまり、レミィ、フェイ、そして瑠璃華達の創造主……生みの親である。

 政府の一部の者達の間で極秘裏に進められていた計画が発覚したのは七年前の事。

 そして、その責任を取らされる形で逮捕された月島勇悟は投獄された末、
 獄中で道半ばとも言える六十年足らずの生涯を自ら閉じた。

 死因は、左眼球から脳を抉るほど深い、フォークによる一突き。

 独居房での食事中、刑務官が目を離した一瞬の隙を突いての、
 鮮やかと言えば鮮やかな手際の自殺だった。

 それも鋭いが脆いプラスチック製の先端ではなく、それなりに強度のあった柄の側を使って、
 倒れる勢いを利用しての突きだったと、明日美達も聞かされていた。

 倒れた反動で脳を抉っていた部分が捩れて、そして、そのまま手遅れにと言うワケだ。

 ともあれ、茜が求めているのはそんな月島の素行調査書類である。

 ギガンティック機関はその性質上、隊員達にも潔白が求められるため、
 諜報部による素行調査が定期的に行われている。

 月島勇悟に関する素行調査も勿論行われており、ある理由――統合労働力生産計画ではない――により、
 その重要度が上がった事で、重要調査報告書として機関内で管理されていた。

 つまり、それこそが茜の求めている“月島レポート”なのだ。
21 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:21:05.03 ID:PGdg3XaSo
明日美「…………分かったわ。
    諜報部主任には私から話を通しておきます」

 暫く考え込んでいた様子だった明日美は、小さな溜息を一つ吐くと、
 そう言って執務机の引き出しから一枚のカードキーを取り出した。

 魔力認証が当たり前となったご時世に、カードキーと言うのも中々アナクロだ。

 だが、それ故に破りにくいと言う側面もある。

 旧世代の電子錠を破るためのクラッキング装備では、巨大な物理錠は壊せない。

 それと同じ理屈だ。

 明日美はそのカードキーと、カードキーを読み込ませるための端末を取り出す。

明日美「それを持って受付に行きなさい。
    彼女ならそれで分かってくれるわ。

    但し、キーと端末は今から二十分以内に必ず返却しなさい。
    ………いいわね?」

茜「…………はい」

 どことなく思い詰めた伯母の様子に怪訝そうな表情を浮かべた茜だったが、
 すぐに気を取り直し、神妙な様子で差し出されたキーと端末を受け取る。

明日美「会った諜報部の職員に関しては忘れなさい。
    誰かに口外した場合はあなたでも二十四時間監視を申請するわ」

茜「……分かりました」

 いつになく厳しい調子で言った明日美に、茜は緊張した面持ちで応えた。

 そして、深々と一礼してその場を辞す。

明日美「…………ハァ……」

 茜が立ち去った――魔力が遠のく――のを確認してから、明日美は深いため息を吐く。

 アーネストも僅かに目を伏せ、何かを考え込んでいる様子だったが、
 すぐに明日美に向き直って口を開いた。

アーネスト「茜君がこの任務を受けた理由は、月島レポートが目当てでしたか……」

明日美「母親に……明日華に悟られたくなかったのでしょうね……」

 明日美はアーネストの言葉に頷くと、天井を振り仰いで呟き、さらに続ける。

明日美「特一級の権限で60年事件の事を詳しく調べていれば、
    彼に当たりを付ける可能性はあるとは思っていたけれど……」

アーネスト「しかし、亡くなっている人間まで調べると言うのは……些か……」

明日美「あの子にしてみれば、少しでも事件の真相に繋がる情報を知りたいのでしょう……」

 言葉を濁したアーネストに、明日美は遠くを見るような目をしながら呟いた。

 事件の真実。

 それこそが、月島レポートが重要調査報告書として位置づけられる原因だった。

 生前の月島勇悟には、60年事件の首謀者と思われるテロリストとの繋がりがあったとされている。

 それが判明したのは彼が逮捕されてすぐの事。

 用意周到に抹消されていた痕跡の中に残った、僅かな数のアクセス記録。

 それは、当時は既にテロリストの手に落ちていた、
 第七フロート第三層にあったかつての山路技研へのアクセス記録だった。

 詳細なアクセス先はと言えば、厳重にブロックされ、
 現在もアクセス不可能となっている、技研のメインフレーム……中枢コンピューター。

 最終の日付は逮捕される直前の物。

 改めて尋問と言う、その直前になっての自決。

 確定情報ではないが、確定的と言っても間違いない繋がりだ。
22 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:21:50.96 ID:PGdg3XaSo
明日美「因果な物ね……。
    まさか、姪に昔の恋人の事を聞かれるなんて……」

 明日美が自嘲気味に呟くと、アーネストは複雑な表情を浮かべて目を伏せた。

 そう、昔の恋人。

 明日美は月島勇悟と関係を持っていた時期があった。

 終戦間近の頃から、父が亡くなってしばらくの間は、
 明日美にも恋人と呼べるだけの関係の男性がいたのだ。

 その頃の月島勇悟と言えば、まあ分かり易い技術屋と言った印象の男性で、
 どこか父に似た雰囲気を持った男性だったと、明日美は記憶している。

 父に似ていたから惹かれたのか、今となっては定かでない。

 ともあれ、父の死を境に明日美は勇悟とは疎遠になり、
 彼が亡き父の後釜として技術開発部の主任になった頃には、
 もう既に二人の関係は冷め切って終わっていた。

 明日美はそれ以後、新たな恋人を作るような事はなく、
 未婚のまま現在に至るワケである。

アーネスト「未練が……お有りですか?」

明日美「……っ」

 躊躇いがちなアーネストの質問に、明日美は驚いたように少し目を見開いた。

 そして、沈思する事、およそ十秒足らず。

明日美「……分からないわね……正直」

 自嘲の笑みと共に漏れたその言葉は、嘘偽り無く、明日美の本音だった。

 かつての恋人であった月島勇悟がテロに荷担していたとすれば、
 どこかであの真っ正直な技術屋がテロに傾倒するような事があったのだろう。

 関係が終わっていなければ、彼を止められたのかもしれない。

 そんな思いは確かにあった。

 だが、その頃に男性として彼を愛していたかと聞かれれば、
 テロや統合労働力生産計画の件を除いても、答はノーだ。

 公的機関の司令としての責任感と、かつての恋人への拒絶の思い。

 そんな複雑な感情が混ざり合った故の答だった。

アーネスト「……申し訳ありません、妙な事を聞きました」

 明日美の返答と、その言葉の裏にあるであろう思いを感じてか、
 アーネストは目を伏せたまま謝罪の言葉を口にする。

明日美「構わないわ……。
    ただ、少し驚いただけよ」

 そんなアーネストの様子に、明日美は笑みを浮かべ、
 気にするなと言いたげにそう告げた。
23 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:22:42.17 ID:PGdg3XaSo
 一方、司令執務室を辞した茜は、
 明日美の指示通り、カードキーと端末を持って受付へと向かった。

 そこで普段は一般職員として振る舞っている諜報部職員と合流し、
 受付右手にある階段を登り、踊り場の折り返しにあった隠し扉を抜けて、その先に向かう。

美波「いや、まさかアッカネーンからコレを見せられるとは思ってなかったよ」

 茜の先を行く諜報部職員――美波――は、
 そう言ってカードキーと端末を肩の高さに掲げ、“にゃはは”と珍妙な笑い声を上げた。

茜「アッカネーンもやめて下さい……」

 対する茜は、新たな素っ頓狂な渾名に溜息を漏らす。

 そして、“むぅ、コレも駄目か……”と次なる珍妙ネームを考え始めた美波の背を見る。

 昔からおかしな人だとは思っていたが、まさか諜報部職員だったとは思いも寄らなかった。

 そう言えば、大叔母の明風からは、
 “身体が小さい方が諜報任務に向く”と幼い頃から聞かされていた事を思い出す。

 茜は背の高い方だったが、自分より頭一つは低いだろう背の女性は、
 確かに遮蔽物の陰に隠れるには適した体型だろう。

美波「にゃはは、驚いてるでしょ?

   生活課広報二係受付職員市条美波とは仮の姿。
   実は私こそがギガンティック機関司令部直属、
   諜報部職員市条美波さんなのでした〜」

 振り返る事なく、戯けて自慢げに言った美波だったが、
 茜は思考を見透かされたような気がして、思わず身構えかけた。

美波「あ〜、そんなに固くなんなくたって良いって。

   アタシのコッチでの仕事は基本的に他の職員の監査と事務処理だし、
   万が一アッカーネンに本気で襲い掛かられたら五分も保たずに負けちゃうから」

茜「アッカーネンもやめて下さい……アッカネーンのと違いが分かりません」

 笑い声混じりの美波に溜息がちに返しながら、茜は内心で舌を巻く。

 五分も保たずに、と言う事は、その時間よりも短ければ保たせる事が出来ると言う事だ。

 彼女が言う“監査”とは、監査は監査でも、もしかしたら内偵の部類に入る監査では無いだろうか?

 この人が地獄耳なのも、案外、常に肉体強化で聴力を強化しているのかもしれない。

茜(……本当に、人は見かけに依らないな……)

 茜はそんな事を考えながら、美波の後に続いて、通路奥の扉を抜けて狭い部屋に入った。
24 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:23:30.48 ID:PGdg3XaSo
茜(ここは随分と寒いな……)

 部屋に入った瞬間、室温が五度は下がった感覚に、茜は思わず身震いした。

 空気も乾燥しており、高温を発する精密機器が置かれている場所だと推察できる。

美波「寒いでしょ? ここ司令室の真下ね。
   メインフレームの冷却パイプが剥き出しで通ってるから、
   特にその辺りの配管は触らない方が良いよ」

 美波はそう言って、壁にビッシリと通っている配管の一部を指差した。

 茜がそちらを見遣ると、確かに数本の配管に微かな霜が付着しているのが分かった。

 美波は部屋の奥にあるコンソール前に座ると、
 コンソールに端末を接続し、カードキーを読み込ませた。

美波「月島レポートでいいんだよね?
   かねかねの端末にダウンロードするから端末貸して」

茜「かねかねもやめて下さい。
  ……いいんですか、秘匿ファイルの類だと思いますけど?」

 後ろ手に手を差し出して来た美波に、茜は盛大な溜息を吐いてから、
 怪訝そうに端末を手渡す。

美波「うん、ここからのアクセスだと司令室にはアクセスログ残らないから。
   ファイルも時限式で十時間以内に消えるようになっているから安心して」

 美波は手慣れた様子でコンソールを操作すると、
 携帯端末に何某かのファイルがダウンロードされたようだ。

美波「はい、これが月島レポート。

   第三者への開示、提示は原則禁止。
   ここの端末以外からの複製は如何なる理由があろうとも厳禁。

   司令か副司令、若しくは三人以上の各部署主任の許可を得た上でなら、
   許可された人への開示は許されているわ。

   無許可の開示・提示と複製は査問と三年以上の監視だから注意してね」

茜「了解です……」

 口調はともかく、普段と違い、どこか落ち着き払った様子の美波から端末を返して貰い、
 茜は緊張した面持ちで頷く。

 似たようなやり取りを政府の公安局の職員ともしたが、
 普段が素っ頓狂な美波が相手と言う事もあって、それ以上の緊張感がある。

美波「今からだと今夜の一時半頃には消えちゃうから注意してね。
   まあ、あまり長くないレポートだから小一時間もあれば読み終わると思うけど」

茜「……はい」

 また“にゃはは”と笑った美波の言葉に、茜は僅かに緊張を解いて頷いた。

 二人はその場を辞し、気配を見計らって階段の踊り場に出ると、
 アリバイ工作と言う事で司令室への挨拶に付き合って貰ってから受付に戻って別れ、
 キーと端末の返却を自ら買って出た美波に任せた茜は、荷物を取りにハンガーへと向かった。
25 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:24:24.91 ID:PGdg3XaSo
―4―

 ハンガーに赴き、ギガンティック機関側の整備責任者への挨拶を終えた茜は、
 人員輸送車両に預けていた当面の着替えの入ったスーツケースと私物を入れたバックパックを回収し、
 一旦隊舎の外に出てから隊舎隣の寮へと向かう。

 明日美達や司令室への挨拶とレポートの回収をした事もあって、
 ロイヤルガードからの出向メンバーの手空きの人員で寮に向かうのは茜が最後だ。

茜「………」

クレースト<考え事ですか、茜様?>

 神妙な様子の主に、クレーストはどこか心配そうに尋ねる。

茜<ああ……。
  レポートを閲覧できるのは良いが、
  捜査の上でこれにどれほどの価値があるのかと思ってな……>

 茜は愛器に思念通話で返しながら、小さく溜息を漏らす。

 正直な話、月島レポートに60年事件に関してどれだけの関連性があるかなど分からない。

茜(それでも……少しでも事件の真相に辿り着けるなら……)

 茜はそんな強い気持ちを込めて、肩に提げたバックパックの紐を強く握り締めた。

 だが、寮に入った所で茜は驚いて目を見開く。

 茜が五年前に研修でギガンティック機関にいたのは、先に説明した通りだ。

 無論、その研修期間中はこの寮を使わせて貰っていたし、その頃の構造も覚えている。

 だが、以前なら男女共同のスペースを抜けて先に行けた筈の通路に、
 今は大量のパーテーションが置かれて仕切られており、先に進む事が出来ない。

茜(改装でもしたのか?)

 最初は驚いた様子の茜だったが、すぐに冷静にそう判断し、
 パーテーションの前で曲がってその先……食堂に入って行く。

 と、今度こそ驚きで目を見開いた。

 パンッ、パンッ、パンッと甲高い音が三度も響き渡り、茜は身を竦ませる。

茜「ひゃっ!?」

 身を竦ませて、驚いたような短い悲鳴を上げた茜は、だがすぐに立ち直って辺りを見渡す。

 どうやら甲高い音の正体はクラッカーだったらしく、細かな色紙や紙テープが宙を舞っている。

 そして、食堂内にはロイヤルガードの仲間達や、
 ギガンティック機関の職員達が入り乱れて談笑したいた。

 手作りの飾りで所狭しと飾られた広い食堂は、さながら立食パーティの会場となっている。

 先ほどの通路のパーテーションも、この会場に誘導するための仕掛けだったようだ。

 そして、両サイドと正面で固まっている三人の少女。

?「ご、ごめんなさい……。
  その……凄く、驚かしちゃいました?」

 特に正面にいる少女は、どこか申し訳なさそうな雰囲気で怖ず怖ずと尋ねて来る。

茜「あ、いや……いきなりだったから、つい。
  だ、大丈夫だ」

 目の前の少女が余りにも申し訳なさそうな雰囲気だったので、
 茜も恐縮気味に彼女をフォローした。

 そして、すぐに少女が誰だか気付く。

茜「ああ、君はさっきの……朝霧空さんだね」

 目の前にいた少女とは、空だった。
26 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:25:18.14 ID:PGdg3XaSo
空「はい!
  現在、前線部隊で副隊長を任せられている朝霧空です。

  ……って、三時間前にも自己紹介しましたよね」

 姿勢を正して丁寧にお辞儀をしながらの自己紹介をした空だったが、
 三時間前にも通信機越しに名乗っていたのを思い出して、照れ隠しの笑みを浮かべた。

茜「いや、しっかりとした自己紹介は必要だよ。

  今日から出向となった本條茜だ。
  よろしく頼む」

 茜がそう言って手を伸ばすと、空は破顔する。

空「はい、よろしくお願いします、本條小隊長」

茜「三ヶ月とは言え、寝食を共にするんだ。
  そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。

  ……茜で構わないよ」

空「はい、茜さん! 私の事も空で構いません」

 手を握り替えした空は、茜がそう言うと大きく頷いて微笑む。

茜「ああ、よろしく頼むよ空」

 そう言って笑みを返した茜は、改めて両サイドに視線を向ける。

茜「で、お前達は何か言う事は無いのか?
  レミィ、フェイ……」

 呆れ半分と言った風に呟いて、
 茜は両サイドの二人……レミィとフェイを交互に見遣った。

 フェイは普段通りに無表情無感情を装っているが、
 レミィは初対面の人間が多いせいか、頭には大きなベレー帽を被っており、
 普段は伸ばしている尻尾もスカートの中に隠していた。

レミィ「いや、思わぬ可愛らしい悲鳴が上がって、ちょっと思考停止が、な?」

フェイ「お久しぶりです、本條小隊長。三時間と十八分ぶりですね」

 対して、二人はやや視線を泳がせつつ、
 レミィは少し困ったように、フェイは淡々と返す。

茜「二人ともこっちを見ろ。
  そして、レミィは忘れろ、フェイは誤魔化すな」

 茜は先ほど、思わず上げてしまった悲鳴の事を思い出して頬を染めると、
 少し怒ったように言ってから、辺りを見渡した。

 幸い、他にこちらに気付いた様子もなく、部下達にも聞かれなかったようだ。

茜(全く……レオン辺りに聞かれた日には、
  後で何を言われたか分かった物じゃないからな……)

 レオンが離れた場所で談笑しているのを確認した茜は、安堵の溜息を漏らしてから口を開く。

茜「ふぅ………久しぶりだな、レミィ、フェイ。
  変わらない様子で何よりだ」

レミィ「お前もな。さっきは助かったよ、礼を言う」

フェイ「本條小隊長もご健勝のようで何よりです」

 正面に出揃った二人は、茜にそう返す。

 レミィも嬉しそうだが、フェイも淡々としながら心なしか嬉しそうに見える。
27 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:25:58.65 ID:PGdg3XaSo
茜「コレはうちの連中への歓迎会か?」

空「はい、クララさんが企画して下さって、
  一昨日から少しずつ準備をしていたんですけど……」

 茜の問いかけに答えていた空だったが、最後は苦笑い混じりに言葉を濁す。

茜「クララさん?
  ……ああ、そう言えば、彼女は司令室にいたようだが……」

 怪訝そうに首を傾げた茜は、思い出したように呟く。

 確かに、つい先ほど司令室に出向いた時は、クララは他のメンバーと共に、
 特に退屈そうな顔をして自分の席に座っていた。

レミィ「歓迎会も良いが、注意報レベル1発令中に司令室を空っぽにするワケにはいかないからな……。
    各部署、最低一人は留守番を残す事になったらしいんだが……」

フェイ「技術開発部で留守番役に選ばれたのがサイラスオペレーターだったそうです」

 どこか遠い目をして語り出したレミィに、フェイが淡々と続く。

 成る程、プランナー不在なのはそう言う事らしい。

茜「それは、まあ……ご愁傷様だな」

 ようやく司令室でぶーたれていたクララの真相を知って、茜は少し噴き出しそうになって呟く。

レミィ「まあ、折角クララさんが企画してくれたんだ、お前も楽しんで行ってくれ」

 レミィはそう言って、半ば強引に茜の荷物を預かった。

フェイ「本條小隊長、是非こちらへ」

 そして、荷物を預かられて身軽になった茜の背を、
 フェイがらしからぬほどの強引さで押して行く。

茜「なっ、お前ら、何だそのコンビネーションの良さは!?」

レミィ「最近はモードHのお陰でお互いの呼吸も分かるようになって来たからな」

フェイ「何ら問題を生じる事案では無いと思われます」

 レミィとフェイは、慌てふためく茜を半ば無視して会場の中央へと誘い、
 空も小走りでその後を追う。

 四人が会場の中央へと辿り着くと、軽食の載せられた皿やコップで埋められたテーブルのど真ん中に、
 縦横高さ三十センチほどのラッピングされた箱が置かれていた。

茜「コレは……何かのプレゼントか?」

 途中から半ば諦めて歩いていた茜は、その箱を眺めながら小首を傾げる。

空「はい、瑠璃華ちゃんからのプレゼントです」

茜「瑠璃華から?」

空「開けてみて下さい」

 空の言葉にまた首を傾げると、開けるように促され、
 茜は箱のリボンを解き、その蓋を開いた。

 すると――

茜「ひゃう!?」

 ――箱の中から小さな手が伸びて、茜は思わず悲鳴を上げてしまう。

 さすがにコレには周囲の人間達も気付いたらしく、何事かと視線を向けて来る。

茜「!? ……ん、コホンッ」

 茜は頬を染めながらも、大慌てでその場を取り繕うが、
 少し離れた場所ではレオンが腹を抱えて笑うのを堪えていた。
28 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:26:53.15 ID:PGdg3XaSo
?????「大丈夫ですか、茜様?」

 そして、そんな茜に、箱の中から伸びた手の主が声を掛ける。

 それはよく聞き慣れた声だった。

茜「まさか、クレーストか?」

 茜は驚いて箱の中を覗き込むと、そこには二十センチほどのサイズで
 二頭身にデフォルメされた姿のクレーストがいた。

 そう、空達のドローンと同じ仕様のデフォルメクレースト型クローンだ。

 クレーストは短い手足を器用に使って箱の外に飛び出すと、
 そのまま飛行魔法で浮遊して茜の元に行く。

空「瑠璃華ちゃんが作ったドローンです。
  勿論、私達の分もあります」

 空がそう言うと、いつの間にか彼女の肩にエール型ドローンが腰掛けていた。

 フェイの差し出した腕の上にはアルバトロス型ドローンがちょこんと止まり、
 レミィの頭の上……ベレー帽の上にはヴィクセン型ドローンが寝そべっている。

茜「ああ、コレが噂の瑠璃華謹製ドローンか……。
  ふーちゃんから聞かされてはいたが、これは確かに良いな」

空「ふーちゃん?」

 クレーストを抱き上げた茜が感心したように漏らすと、
 その中に聞き慣れない人名を聞きつけた空が首を傾げた。

レミィ「ああ、ウチの隊長の事だ。
    風華さんとコイツは親戚同士で幼馴染みだしな」

 そんな空の疑問に答えたのは、噴き出しそうになっているレミィだ。

フェイ「素が出てらっしゃいます、本條小隊長」

茜「あ……!?」

 フェイからの指摘を受けて、茜はまた顔を真っ赤に染める。

茜「んっ、コホンッ!

  ………ふ、藤枝隊長から何度か話を聞いていたが、見るのは初めてだ。
  いや、中々可愛らしい物だな」

 茜は顔を真っ赤にしたまま咳払いすると、やや棒読み加減の早口でまくし立てる。

 だが、その声も肩も羞恥で震えており、ただでさえ誤魔化しきれる状況ではないと言うのに、
 その様子がさらに拍車を掛けていた。

 この場に英雄・閃虹の譲羽ではなく、
 普段の結と言う人物をよく知る者がいたら、おそらく口を揃えて言うだろう。

 “嗚呼、この娘……間違いなくあのオトボケ一級の孫だ”と。

レオン「お、お嬢、む、無理……すんな……ぶはっ」

 レオンは声を震わせて絶え絶えにフォローするが、耐えきれなくなったのか盛大に吹き出す。

茜「お、お嬢って言うにゃー!」

空(あ、噛んだ……)

 羞恥で顔を真っ赤にして叫んだ茜を見ながら、
 空はどうして良いか分からず、困ったような笑顔のままそんな事を思う。

 とても数時間前に颯爽とイマジンを倒して見せた人物とは思えない。

 だが、それが逆に“初対面”と言う僅かな距離感を感じさせる壁を打ち砕いて、
 親しみ深さのような物を感じさせた。

 口調も固く、颯爽としていた姿も凛々しく見えたせいか、
 今のギャップはとても新鮮だ。
29 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:27:51.54 ID:PGdg3XaSo
レミィ「アハハッ、災難だな、茜」

 その光景に、レミィも声を上げて笑っている。

 しかし、それが悪かった。

茜「うぅぅ……! お前も隠し事するなーっ!」

 茜は既に正常な判断を失っているのか、
 頭から湯気が出るのではないかと言うほどに顔を真っ赤に染めて叫び、
 レミィの被っている大きなベレー帽をヴィクセンごと取り去る。

 無論、茜に悪意は無い。

 彼女自身、レミィの秘密――人とキツネの混合クローンである事――は知っていた。

 これは、羞恥のあまりの暴走だ。

空「あ!?」

 空は慌てて茜の暴走を止めようとしたが、時既に遅く、
 レミィの頭頂に生えたキツネ耳は白日の元にさらけ出され、
 突然の事に驚いたせいか、スカートの中に隠していた尻尾も飛び出してしまう。

レミィ「うわぁぁっ!? み、見るなぁ!?」

 レミィは慌てた様子で尻尾と耳を押さえてその場に蹲るが、
 事情を知らぬロイヤルガードの隊員達は驚きに目を見開いている。

 片手ずつでは両耳を隠す事も、フサフサの尻尾を覆い隠す事も出来ず、
 手の隙間から溢れ出していた。

 特に耳はビクビクと震えている。

 そこでようやく茜は我に返った。

 レミィが初対面の人間には、打ち明けられるまでこの事を隠したがっている事を思い出したのだ。

茜「あ、す、スマ……」

 慌てて謝り、彼女を衆目から遮らんとする茜だったが――

??「か、カワイイ!」

 彼女の謝罪の言葉を遮って、歓声を上げたのは、誰あろう茜の部下の紗樹である。

 少し離れた場所にいた紗樹は、殆ど一足飛びの勢いで蹲るレミィに駆け寄ってしゃがみ込んだ。

紗樹「ね、ねぇ、コレ本物よね? 本物の耳よね!?
   それに、こっちの尻尾も……。

   触っていい? ねぇ、触ってもいい!?」

レミィ「え? あ……は、はい?」

 異様な勢いで紗樹に迫られたレミィは、思わず頷いてしまう。

 紗樹はしゃがんだ体勢のまま“ッしゃぁっ!”と叫んでガッツポーズを取ると、
 改めてレミィに向き直る。

紗樹「じゃ、じゃあ……さ、触るわね?」

レミィ「ひぅ……は、はぃ……」

 目の色を変えて昂奮しきりと言った風の紗樹に、レミィは思わず後ずさりかけたが、
 有無を言わさぬ迫力の前に再び頷いてしまった。
30 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:28:39.16 ID:PGdg3XaSo
 そして、期待と昂奮でワナワナと震える紗樹の手が、
 遂にレミィの頭頂……そこで怯えたように震える耳に触れる。

 その瞬間、紗樹は電撃が走ったかのようにビクリと身体を震わせ、レミィも全身を震わせた。

 僅かな……体感にして十数秒、現実にして二秒足らずの時間が経過する。

紗樹「や、やわらかぁい……モフモフしてる、モフモフしてるわ!

   あぁぁん、ぬいぐるみなんて目じゃないわ!
   嗚呼、これが夢にまで見たリアルモフモフ!」

 随喜の感激――と表現する以外の方法が思いつかない悦びよう――
 から立ち直った紗樹は、レミィを抱き寄せると、
 けたたましい歓声とは裏腹に、片耳に優しく頬ずりしながらもう片方の耳を撫でた。

 その光景に、歓迎会の会場は静止する。

レミィ「あぅ……ふぅ……」

 撫で慣れているとでも言えば良いのか、あまりの技巧派ぶりに、
 レミィも思わず安らいだ吐息を漏らしてしまい、
 尻尾もそれに倣うかのようにふにゃりと力なく垂れた。

紗樹「もう何なのこれ……!
   堪らないわ、あぁ……一生モフモフしていたい……」

 栄光ある皇居護衛警察の、それもオリジナルギガンティックを擁する小隊の
 隊員とは思えない言葉を吐きながら、紗樹は歓喜のあまり涙ぐんでしまう。

レミィ「はぅ……あ……んん……」

 最初は紗樹の異様さに警戒の色を浮かべていたレミィも、
 最早陥落寸前と言いたげな甘い声を漏らしている。

 その光景を遠目に見守っている面々も、ある者は唖然呆然とし、ある者は生唾を飲み込み、
 ある者は赤面して顔を覆いながら、指の隙間からその光景に見入っていた。

 ちなみに、空は三者目であり、茜は一者目、
 フェイは何れにも属さず、異様な光景を無表情で見遣っている。

 しかし、その光景も長続きはしない。

紗樹「嗚呼! カワイイ……ワンちゃんみたい……!」

 歓喜の叫びを上げた紗樹が、その禁忌の言葉を呟いてしまった。

 撫でられるに任せられていたレミィが、一瞬、ビクンッと痙攣したように身体を震わせる。

レミィ「ワンちゃん……だと……?」

 蕩けたような甘い声を漏らしていたレミィの口から、不意に怒気に満ちた声が響く。

紗樹「へ?」

 我を失っていた紗樹も、思わぬ怒声に首を傾げた。
31 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:29:33.37 ID:PGdg3XaSo
 その瞬間、紗樹の拘束が弱まり――と言っても、殆ど力など入れていなかったが――、
 レミィは立ち上がって、紗樹を見下ろす。

レミィ「私はキツネだぁっ!」

紗樹「き、キツネ!?」

 怒声で断言するレミィに、紗樹は愕然と叫ぶ。

 そう、レミィにとって、犬扱いは禁句である。

 どのくらい禁句かと言えば、彼女が普段から気にしている、
 年齢にそぐわないスレンダーな体型よりも優先度に勝る禁句だ。

 しかし――

紗樹「つまり、ワンちゃんの尻尾よりもモフモフ!」

 ――対して堪えた様子もなく、フサフサのレミィの尻尾を見遣って、
 また目の色を変えて輝かせた。

 だが、紗樹がふさふさの尻尾に飛び掛かろうとした瞬間、
 彼女は背後から遼によって羽交い締めにされてしまう。

遼「東雲先輩、これ以上、恥を上塗りしないで下さい!」

紗樹「は、離して徳倉君!?

   そ、そこに、そこにモフモフの尻尾があるのよっ!
   自然保護官の適性無しの私がモフモフの尻尾に触る機会なんて、
   この先、一生無いかもしれないのよ!?」

 羽交い締めした遼を必死に振り払おうとする紗樹だが、
 頭一つ違う身長差の前には、足が持ち上がってしまい、ジタバタと藻掻く事しか出来ない。

レミィ「うぅぅ〜……っ!」

 対するレミィも羞恥と怒りで顔を真っ赤にして紗樹を睨み付けているが、
 紗樹の目はレミィの頭頂……そこで怒りに震えているキツネ耳に釘付けだ。

紗樹「嗚呼……モフモフぅ……」

 転んでもただでは起きないとは、こう言う時にでも使える言葉だろう。

 そして、周囲が唖然呆然とする中、レオンは腹を抱えて笑っている。

空(何だか、もう……しっちゃかめっちゃかだ……)

 空はその光景を見遣りながら、心の中で呆然と呟いた。


 しかし、そんな騒ぎがあったにも拘わらず、歓迎会は再開され、
 機体の搬入作業を行っていた整備班や手空きの職員達も合流し、
 時折、レミィと紗樹が奇妙なおいかけっこを披露する一面を見せながら、賑やかに終わった。
32 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:30:19.36 ID:PGdg3XaSo
―5―

 三時間後、食堂――


 歓迎会は無事?、お開きとなり、今は生活課や有志による後片付けの最中である。

レミィ「もう今後は耳と尻尾は隠さない……隠すのが馬鹿らしくなって来た」

 歓迎会の間、終始、紗樹に追い回されていたレミィは、
 食器を運びながらげっそりとした表情で譫言のように呟いた。

 どうやら、追い掛けられ過ぎて、逆に吹っ切れてしまったらしい。

空「あ、アハハハ……」

 その傍らで、同じく食器を運んでいた空が乾いた苦笑いを浮かべる。

 追い回されていたレミィには気の毒だが、吹っ切れたのは何よりだ。

 二人は抱えていた大量の食器をカウンターに預けると、次の食器の回収に向かおうとする。

茜「すまない、ウチの東雲が迷惑をかけた……。
  ……あ、いや、元はと言えば私が原因か……すまなかった、レミィ」

 だが、そこに駆け寄って来た茜が、レミィの前で申し訳なさそうに頭を下げた。

 自分の事もだが、流石に部下の自制の無さに落胆している所もあるのだろう。

 実際、紗樹に大量のぬいぐるみコレクションの話をされた事はあったが、
 まさかあれほどとは思いも寄らなかったのだ。

レミィ「いや、隠していたのは私の責任だからな……。
    次から気を付けてくれたら、それでいいさ」

 レミィは一瞬驚いたように目を丸くしたが、小さな溜息を一つ吐いて気を取り直すと、
 やや疲れたような笑みを浮かべて言った。

茜「そう言って貰えると助かるよ……」

 茜も顔を上げると安堵の表情を浮かべる。

 その様子を見て、空も安堵した。

 最初はどうなる事かと思ったが、どうやら事なきを得たようだ。

空「何だか、茜さんって最初の印象と全然違いますね」

茜「あぅ……」

 空が微笑ましげに漏らすと、茜はがっくりと項垂れてしまう。

 まあ、先ほどが失態の連続だっただけに、印象が違うと言われたら、
 それはまあ幻滅したと言う意味に取れない事もないだろう。

 うっかりオトボケ同士が巻き起こす負の連鎖である。

空「あ、違います!」

 空も自分の言い様が言葉足らずであんまりだった事に気付いたのか、
 慌てた様子で言うと、さらに続けた。

空「その……最初に見た時は、颯爽として格好良くて……何だか近寄りがたい印象で、
  勝手に完璧超人みたいに思っていたんですけど、でも……うん、ほっとしたんです」

茜「……ほっとした?」

 言いながら自分で納得したような空の言葉に、茜は気を取り直して首を傾げる。

空「はい……。
  “ああ、この人は御伽噺に出てくるような完璧超人なんかじゃなくて、
  私達と同じで、格好良い所も情けない所もある普通の人間なんだ”って……。

  ……私も、あんまり褒められたような性格じゃありませんし」

 最初は感慨深く語っていた空だったが、最後は苦笑いを浮かべて呟くと、
 “なんで副隊長任せてもらえたのか、自分でも不思議なくらいで”と付け加えた。

 確かに、空自身、今は仲間達からの信頼も篤いが、入隊初日にレミィと悶着を起こした事もあり、
 挙げ句、半年前にはPTSDの果てに失踪するなどトラブルには事欠かない。
33 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:31:14.81 ID:PGdg3XaSo
茜「ああ、そう言う事か……」

レミィ「まあ、コイツは見た目のギャップがもの凄いからな」

 胸を撫で下ろした茜に、レミィが噴き出しそうになりながら言いうと、
 茜は呆れた調子で“そっくりそのまま返してやる”と呟いた。

 方や見た目お嬢様のうっかりオトボケ娘、方やキツネ耳の子犬系少女。

 どっちもどっちである。

 ともあれ、片付けには茜も加わり、
 三人は生活課を手伝って会場の粗方の片付けを終えた。

??「お客さんやドライバーの子にまで手伝わせて申し訳ないね。
   後はもうこっちで出来るから上がって貰っていいよ」

 任された範囲の作業を終えた頃、食堂を預かっている生活課食堂班の班長、
 潮田【うしおだ】が調理場の奥から顔を覗かせる。

 要はこの食堂のコック長だ。

 好々爺然とした、正に“おじいさん”と行った風の初老の男性だが、
 以前は一流ホテルに勤めていたとか噂されている。

空「いつも美味しい食事を作ってもらってるお礼ですよ」

潮田「そうかい? 嬉しい事を言ってくれるね」

 微笑み混じりの空に、潮田は嬉しそうに目を細めて返した。

茜「さて、と……」

 そんなやり取りを後目に、茜は元の食堂の姿を取り戻した歓迎会場を見渡す。

 既に他の出向メンバーも三々五々と寮の空き部屋を求めて散って行き、
 自分達が撤収すればお開きと行った具合だ。

茜<クレースト、レポート閲覧のタイムリミットは?>

クレースト<残り七時間二十分です>

 思念通話での質問に対するクレーストの返答に、茜は“ふむ……”と沈思する。

 今は午後六時を少し回った所だ。

 さすがに真夜中まで起きているつもりは無いが、十時前には読み終えたい。

 ただ、それでも八時頃から読み始めても十分に間に合う計算だ。
34 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:32:02.61 ID:PGdg3XaSo
茜(それにしても、軽食とは言え、少し摘み過ぎたか……。

  夕食は抜きにして夜食に携帯食でも摘めば良いとして、
  その前に軽く腹ごなしでもするべきだな)

 茜はそう思い立つと、壁際に置かれている荷物の元へと向かう。

 予定を先送りにするのも気が引けるが、
 腹の皮が突っ張ったままでは考え事には向かない。

茜「私はこれからトレーニングセンターで一汗流して来るが、君達はどうする?」

 茜は振り返りながら空とレミィに尋ねる。

 空はレミィと顔を見合わせて頷き合うと、
 “ちょっと待ってて下さいね”と茜に断ってから、
 少し離れた場所で作業を手伝い続けているフェイに向けて声を掛けた。

空「フェイさーん!
  私とレミィちゃん、これから茜さんと一緒にトレーニングするんですけど、
  フェイさんも一緒にどうですか?」

フェイ「申し訳ありません、朝霧副隊長。
    私はもう少しこちらの片付けを手伝ってから、
    本日分の調整を受けに技術開発部に出頭する予定です」

 空の呼び掛けに、フェイは淡々としながらも申し訳なさそうな雰囲気で返す。

空「分かりました。じゃあ、片付けの手伝い、お任せしますね」

 しかし、空は気にするなと言いたげな雰囲気でそう言った。

 そして、改めて茜に振り返る。

空「じゃあ、私とレミィちゃんだけですけど、ご一緒しますね」

レミィ「お前と一緒にトレーニングなんて何年ぶりだろうな」

 “よろしくお願いします”と頭を垂れた空に続き、レミィもどこか楽しげに漏らす。

茜「ああ、私も楽しませて貰うよ」

 茜も嬉しそう返し、二人と共に寮内のトレーニングセンターに向かった。
35 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:32:50.37 ID:PGdg3XaSo
―6―

 それからおよそ二時間後、八時半過ぎ。
 ギガンティック機関隊員寮、茜の私室――


 結局、乗って腹ごなしとは言えないほど熱の入った本格的な組み手を始めてしまった茜達三人は、
 たっぷりかいた汗をシャワー室で流し、シフト明けのデイシフト職員達と共に食事を摂ってから別れた。

茜「ふぅ……何だかんだで羽目を外してしまったな……」

 茜は小さく溜息を漏らすと、荷物をベッドサイドに置いてから、ベッドに腰を下ろす。

クレースト「茜様。ファイルの消滅期限まで、残り五時間を切りました」

 同じく、ベッドの上に乗ったクレーストに言われて、茜は端末の時計を確認する。

 確かに、期限の一時半まではもう五時間もない。

茜「そうだな、もう用事も無い事だし、今の内に確認しておこう。
  ありがとう、クレースト」

 茜はそう言ってクレーストの頭を撫でてから、端末に保存されたファイルを起動した。

 月島レポート。
 前述の通り、元技術開発部主任だった頃の月島勇悟に関するレポートだ。

茜(西暦2009年9月2日生まれ……2069年5月12日、享年は59歳。

  旧日本国立国際魔法学院在学期間中にアメリカに留学、
  飛び級で工科大学に入学、在学期間中に博士号を取得。

  大学卒業後に帰国し2029年、二十歳で山路重工に就職、
  旧魔法倫理研究院と山路重工の合同研究プロジェクトに所属……)

 茜は淡々と読み上げながら、月島の経歴を頭の中で反芻する。

茜(亡くなったアレックスお祖父様の研究チームにいたのは、やはり確定か……)

 それまでに読み漁って来た調査資料と同じ記述に、
 茜はそれまでに抱いて来た推測を確信に固めた。

 明記されている記述は見た事が無いが、
 旧研究院と山路重工の合同プロジェクトと言えば、
 ギガンティックウィザードの研究開発くらいしか無い。

 2029年頃と言うと、終戦前後でハートビートエンジンの研究が始まった頃だろう。

 それとどうやら、この頃の監査記録はギガンティック機関と言うより、
 旧魔法倫理研究院の物らしい。

 その証拠に、記録者の署名に諜報エージェントと言う記述があった。

 茜はさらにレポートを読み進める。

茜(イマジン事変後は技術者の腕を買われて整備班の陣頭指揮を任せられチームを異動、
  メガフロート籠城後は整備修繕の傍らに研究チームに復帰。

  ギガンティック機関結成後は同時期に結成された山路技研に配属、副所長に抜擢)

 頭の中で記述を読み上げながら、
 “なるほど、エリートらしい出世街道だ……”などと、頭の片隅で考えていた。

 留学して飛び級で大学を卒業、就職しては重要チームに配属され、
 一見して左遷先に思える異動先も当時は重要部署だ。

 そして、技研の副所長から――

茜(アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の死後、
  2035年から2049年までギガンティック機関技術開発部で主任を務める……と)

 ――人類防衛の最前線で、技術者の長を務める。

 本人が研究開発に没頭したいだけなら話は別だが、
 傍目には華々しいまでの出世街道だろう。

 そして、茜はレポートの全てを読み終える。

 その事で彼女は満足げにしていると言う事はなく、
 どこか疲れた様子でベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。
36 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:33:44.48 ID:PGdg3XaSo
茜「結局、書いてある事は粗方知っていたな……ハァ……」

 茜は溜息がちに呟き、最後に盛大な溜息を漏らす。

 月島が亡き祖父の研究チームに所属していたかもしれない、
 と言う推測を補強してくれた以外は、査問や監視の危険まで冒して読む程の物では無かった。

 骨折り損の草臥れ儲け、とはこう言う事だろう。

 茜は殆ど無駄に終わった一時間余りを後悔しつつも、気を取り直して考える。

 捜査の基本は情報収集と、得た情報を使って次の情報の手がかりを推測する事だ。

 月島勇悟と言う人物に辿り着いたのも、そう言った情報収集と推測の繰り返しなのだ。

茜(山路にいた頃も、機関で主任をしていた頃も、
  テロに傾倒していたような記述は無かった……。

  だとすると、テロとの繋がりが出来たのは、
  やはり政府に……統合労働力生産計画に移ってからなのか……?)

 茜は今までに得て来た情報を繋ぎながら、思案する。

 茜にとって見れば、テロリストと言うのは過度の愛国や売国のなれの果てだ。

 根底にあるのはどちらも不満。

 こんな国は自分の愛した国ではない。
 こんな国は自分の望んだ国ではない。

 或いは国家を宗教や経済に置き換えても良い。

 自分の愛した信仰を守るために他の信仰を冒し、
 自身の経済的安寧を守るために他の経済的安寧を崩す。

 暴力、弾圧、買収。

 それらが法によって正当化される範疇、
 つまり倫理の枠を越えた時に、忌むべきテロとなる。

茜(月島勇悟が60年事件のテロリストに関わっていた事……
  最低でも何らかの繋がりがあった事は、通信記録からも疑いようも無い……。

  だが、何が月島をそうさせた……?
  不満か、不安か……?)

 茜はさらに思考を続けた。

 不安など、現代の人々は大小あれど抱いている。

 その際たる物はイマジンだ。

 オリジナルギガンティック以外、何者も対抗し得ない絶対の暴力。

 だからこそ、人々はオリジナルギガンティックを擁する政府に信頼を置く。

 生活に階級による較差こそあれど、
 旧世界ではあり得ないほどの安定した衣食住を確約してくれる政府は、
 多くの無辜の市民にとって無くてはならない存在である。

 四級市民からして見ればそうでは無いかもしれないが、
 犯罪者に医療や就業が保証されているだけ有り難いと思って貰わなくてはならない。

 加えて、皇族と王族による人心掌握も、政府に対する信頼を補強するためのエッセンスだ。

 政府は全ての責任を負いながらも、
 権威や権力の一部を皇族や王族に任せる事で一歩引いた立場を演出している。

茜(あの馬鹿げた主張を掲げる連中に同調するような節が、コイツには見当たらない……。
  と言うよりも、同調するほど愚かとは思えない)

 行政の構造について考えていた茜は、不意に件のテロリスト達の主張を思い出し、
 その推察と共に盛大な溜息を漏らす。

 思い出しても頭の痛くなる主張を頭の片隅の、さらに最奥に押しやってから、思案を再開した。
37 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:34:20.64 ID:PGdg3XaSo
茜(だとすれば……月島と連中の関連は何だ?
  単に、あの階層……山路技研を占拠するためだけの協力者だったと言うのか?)

 第七フロートは元来、山路重工がテスト用に使っていた海上実験場を改装して作った物だ。

 それ故に大規模食料生産プラントも無ければ、丸ごと一層を使った自然保護区も存在しない。

 いや、存在しないと言うより、実験場だった構造の名残で、それらを後付け出来なかったのだ。

 元はNASEANメガフロートとは別のメガフロートであったため、
 専用の小規模な食料生産プラントはあるが、他のフロートに比べて大規模ではない。

 最低限の自給自足能力を持ち、
 十五年前の当時で最先端の技術を誇った山路技研を擁する第七フロート第三層の占拠。

 それには内部構造に詳しい者の協力が不可欠であり、
 かつて技研の副所長を務めていた事もある月島はその候補としては有力だろう。

 加えて、空襲直前のハッキングの手際も、月島クラスの技術者なら可能である。

 だが、繰り言のようになってしまうが、月島とテロリストの繋がりが已然として見えて来ない。

 テロリスト側が月島勇悟を協力者に選ぶ理由は分かる。

 だが、逆に月島勇悟がテロリスト側に協力する理由は何だと言うのだろう?

 同調するような思想的節も無く、社会に不満を感じるほど外様に追い遣られていたワケでもない。

 むしろ、彼がテロに傾倒するならば、
 七年前に統合労働力生産計画の責を押しつけられて逮捕された後の方が説明が付く。

クレースト「……月島勇悟自身の事は一旦、捜査から切り離した方が良いのでは無いでしょうか?」

 天井を睨んだまま考え続ける主を思ってか、クレーストが躊躇いがちに提案して来る。

茜「………………だろうな。
  捜査が混乱するばかりだ」

 しばらく考え込んでいた茜だったが、小さく息を吐くと吹っ切れたように呟いた。

茜(月島に辿り着いて以来、一年近く追って来たが、無駄骨だったな……)

 茜は目を瞑り、また一つ溜息を漏らす。

 パレード襲撃から第七フロート第三層の占拠までの手際の良さ。

 それを実行するに当たって協力者であったと考えられる、
 天才技術者である月島勇悟をテロリストと繋ぐ事が出来ない。

 60年事件の真相に迫ろうとする捜査も、これでまた振り出しだ。

茜(月島の端末に残されていたアクセス記録は、
  捜査を混乱させるための偽装だった、と言う線から洗った方が良いのか……?

  もしそうなら、それをやったのは誰だ……?
  そうする事で一番得をしたのは……?)

 茜は現状、手元にある情報を駆使して推測を続ける。

 だが、やはり有力な手がかり繋がりそうな推測には至らない。

 茜は苛立ちを感じながら、閉じた瞼の上に左手を乗せ、さらにその上に右腕を重ねる。

 苛立ちを抑えようと、真っ暗な瞼の裏に、敬愛する父の姿を思い描く。

 葉桜を背に振り返る、力強く、優しい父の姿を……。

茜(お父様………茜は、きっと見付けて見せます………。
  お父様を殺した犯人を……。
  それを裏から操っていた者を……必ず………)

 色褪せない記憶の中の父の姿に、その決意を再確認する。

 いつか必ず、事件の真相に辿り着く。

 そして、首謀者を――――

 茜は、そんな決意を抱きながら、
 不意に押し寄せた疲労感に身を任せるまま、眠りに落ちて行った。
38 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:34:55.95 ID:PGdg3XaSo
―7―

 茜が60年事件の真相解決への決意を新たにしていた頃。
 件の第七フロート第三層、旧山路技研――


 高台のようになった広大な敷地に林立する、煌々と照らし出されるビルと倉庫の群。

 その中でも一際巨大な倉庫の二階。

 吹き抜け構造の倉庫内壁に這うように作り付けられた、広く頑丈な通路は、
 それに沿うように大きな窓が並んでいる。

 その窓から、一人の男が遠くに臨む街を眺めていた。

 半年前の皇居襲撃の際、臣一郎とテロリストの一団の戦闘を観察していた、
 “博士”と呼ばれていた人物だ。

博士「全ての用意が十五年と言う節目に間に合ったのは、
   因果と言うべきか……何と言うべきか……」

 博士は消え入りそうな声で呟く。

男「どうされました?」

 偶然に近くを通りかかった男性が、博士の声を聞きつけて尋ねる。

博士「ん?
   いや、贅沢と言うのはこう言う事だろう、と感慨に耽っていただけさ。
   街を見ながらね」

 対して、博士は怪しい素振りを見せる事なく、
 先ほど呟いた言葉とはまるで違う言葉を返した。

 旧技研の一帯は、天蓋からの照明が無いと言うのに、
 真夜中でも昼間のように明るく、正に不夜城と言った雰囲気だ。

 それに引き換え、やや高くなった技研から見下ろす街は暗闇に閉ざされ、
 目を凝らしても点々と灯る微かな光が見えるか見えないかと言う有様である。

男「お言葉ですが贅沢などではありません。

  城に住む我らは管理する側、街に住む者は管理される側。
  管理される側が管理する側よりも劣るのは当然の事でしょう。

  現状は我々が享受するべき当然の権利であり、贅沢とはほど遠い物です」

博士「まあ、そうだろうね……」

 さも当然と言いたげな男の言に、博士は小さな溜息を交えて呟く。

 その心の中で“君達の考えならば、ね”と嘲るように付け加えられたのは、
 男には悟られていないだろう。

 城……彼らは十五年前に占拠した山路技研を、そう呼んでいた。

 かき集めた魔力を技研と周辺施設の運用に注ぎ込み、
 街にはその恩恵を預かる事を許可していない。

 食料生産プラントから作り出される合成食品も、
 殆どが城の中で消費され、街に出回るのは僅かばかり。

 街の人々は結託してこの構造を崩そうにも、
 魔力の搾り取られてその余力は無く、逆に城には多数のギガンティック。

 力で不満と不平を押し潰す、正に恐怖政治の在り方そのものだ。

 だが、時世が非常時と言うならば、効率的な手段の一つとも言える。

 城と街と言う表現は、その効率的手段を体現した象徴だった。
39 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:35:31.60 ID:PGdg3XaSo
博士(虚栄心の権化……)

 博士は、城と言う表現をそう評していた。

 王が人々から吸い上げた力を、
 吸い上げられた人々に自らの力として誇示、行使する。

 旧世紀……いや、それ以前ならば国の一つの在り方としてはあり得るモデルケースだが、
 現代においては実に非文明的で未開人のような考え方だ。

 しかし、傲慢にも彼らはその未開人のような有り様を受け入れてしまっている。

 まあ、虐げられる側と虐げる側に別れるに当たって、
 虐げる側にいられるならば、そうなってしまうのもやむを得ない。

博士(だからこそ、御し易い……)

 博士はそんな事を考えながら、
 どこか呆れたような視線を、城と街とを隔てる境界線の辺りに向ける。

 先程の男は、もう既に何処かへと立ち去ってしまったらしかった。

 と、その時である。

軍人「ユエ博士!」

 少し離れた場所から、先ほどの男とは違う男――軍人のような格好だ
 ――から声を掛けられ、博士は振り返った。

 ユエ。

 それが博士の名だった。

ユエ「何かね?」

軍人「皇帝陛下がお呼びです。謁見の間においで下さい」

 博士……ユエが振り返り様に尋ねると、軍人のような男は敬礼しつつ報告する。

ユエ「……そうか、陛下がお呼びか。
   では、謁見の間に行くとしよう」

 ユエは一瞬の逡巡の後、普段からそうしているように、
 芝居がかったような大仰な仕草で言って、足早に歩き出した。

 カツカツ、と甲高い足音が倉庫内に谺する。

 向かうのは、この倉庫の一階奥。

 玉座の置かれた、“謁見の間”と呼ばれる場所。

 内心でその名を小馬鹿にしながら、ユエは通路の眼下に広がる倉庫を見遣った。

 そこには、三十メートルから四十メートルの巨大な鋼の巨人――
 ギガンティックウィザードの大群が並ぶ光景が広がっていた。

 五十機を越える機体の各部には鈍色の輝きが灯り、
 主が乗り込む時を今か今かと待っている。

ユエ「さあ……コンペディションの、開幕だ……」

 また消え入りそうな声で漏らしたユエの呟きは、
 彼自身の足音に掻き消され、今度こそ誰の耳に届く事も無かった。


第14話〜それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』〜・了
40 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/07/20(日) 21:37:58.14 ID:PGdg3XaSo
今回はここまでとなります。
前スレはエタらせてしまい、申し訳ありませんでしたorz
今スレはエタらないように注意しながら投下して行きたいものです……。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/25(金) 22:59:33.09 ID:nns70kPz0
乙ですたー!
ようやく見つけましたよ〜。と言うか、見つかって安心しました。
アッカネーンの”おとぼけ一級”振りも見れましたし、奏とはまた別の意味での背負ったものの重さも分かった事ですし。
さて、テロリストとその存在理由。
不安、不満は確かに大きな理由です。現実世界でも日本以外の国、特に未だ発展途上にあったり、経済、宗教などの理由で社会が不安定な国では殊に。
が、日本や一部の国ではまた別の理由に拠るテロも存在していますね。即ち”レジャー目的”および”金目当て”。
後者はともかく、前者は安保反対の学生運動華やかなりし頃から、学生がいわゆる活動家と化す大きな理由だったようです。
今の様々な”反対運動”や”反日活動”も何らその頃と変わりはありません。明確な思想、意思があるように見せかけた"反対のための反対”。
その為に、無用な不安を煽り、真面目だからこそ現状に不安、不満を持つ人々を巻き込んでいく…成田闘争でもそうですが、そうした連中はそんなやり方で、他人の戦いを自分たちの”思想を弄ぶ為の遊び”に変えていくわけです。
その状況に、真摯に戦っていた人々は嫌気が指し、真面目に自分たちの権利を守ろうとした人は唖然とし…まあ、嫌な話ではありますね。
物語上の社会構造からすると、フロートでの生活には理由ある不安や不満もあるわけですから、いかにテロとは言えそうした不真面目な輩は少ないのでしょうが…それでもテロの犠牲となった人には、いかなる理由があってもその行為は正当化できません。
アッカネーンの捜査が実を結ぶ時、どんな”絵”が浮かび上がるのか、それはどんな"色”で描かれたものなのか…次回も楽しみにさせて頂きます!
42 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/26(土) 20:29:08.79 ID:ifrDFRYRo
お読み下さり、ありがとうございます。

>ようやく
エタってから二ヶ月音信不通でしたからねorz
ともあれ、お手数、ご心配をおかけしました。

>アッカネーン
迂闊さは母方譲り、気性の強さは父方譲りです。
イメージとしては紗百合ベースに結の信条って感じなので、基本、容赦と言う物がありませんw
背負っている物に関しては、そう言う輩が許せないと言うのも祖母譲りですね。

>レジャー目的、金目当て
反対のための反対運動と言えば、先日、北海道でのオスプレイ反対の集会で16人も集まったそうですね。
プラカードを掲げたり提げたり、夏の炎天下の中、さぞ愉快なレジャーだったでしょうなw

冗談はさておき、テロも反対運動もビジネスになりますからね。
兵器の売り買い、情報の売り買い、人員の売り買い。
一回のテロでどれだけ私腹が肥える連中がいるのかと思うと、呆れと恐れを抱かずにはいられません。
そう言う輩の私腹が肥えると、また新しいテロの準備が始まっているような物だけに……。
あと、あまり言いたくない事実ですが、テロがあるからこそ軍に必要性があると言うのが、また……。

>不安と不満
人類最強のギガンティックの稼働率が90%、しかもその内一機は皇居前の置物ですからねぇ……。
市民の間に不安が無いと言えば嘘になりますが、撃退率100%なのが救いです。
また、不満の殆どが階級制に関する物でしょうね。
社会貢献度で生活のグレードが変わるのは、出来る人間にとっては有り難いですが、出来ない人間にとっては不平等にしかなりませんから。
特に魔力で決まる初期階級は、殆ど血統で決まっているような物ですし……。
まあ、それでも四級……犯罪者にでもならない限り、最低限の生活が保障されている点で表出する不満も少ないワケですが……。
正直、豪華過ぎる社会保障制度だとは思いましたが、閉鎖環境で不満を爆発される恐ろしさに比べたら、と……。
この社会保障制度を保てるんですから、文字通りに“魔法”ですよねぇ。

>アッカネーンの捜査
茜も既に辿り着いている点ではありますが、黒幕を示唆していますからね。
因みに月島勇悟は嘘偽り無く死んでおります。
結編第一部のグンナーのように偽物が死んだと言う事はありませんので、悪しからず。

次回からは、また一続きのお話がスタートとなります。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/11(月) 22:07:30.12 ID:If63ol7a0
ほ・しゅ・
44 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:22:04.99 ID:ibyFM1MOo
>>43
保守、ありがとうございます。


先日、念のために今の酉が被ってないか検索かけたら、某まとめの酉検索がヒットして、
検索結果でこのスレのカテゴリが“バカとテストと召喚獣”になっていて変な笑いが出ました

ともあれ、最新話を投下します
45 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:22:48.57 ID:ibyFM1MOo
第15話〜それは、開かれる『災厄の扉』〜

―1―

 第七フロート第三層、旧山路技研……通称“城”――

 反皇族を掲げるテロリスト達によって占拠され、
 彼らの根拠地となった高台で市街地と区分けされた工業施設は、
 微かな灯りだけがぽつぽつとだけ点在する麓の市街地に比べ、
 眩いほどに煌々と照らし出された、正に不夜城の如き様を見せていた。


 そして、その城の中枢……元々は研究室や開発室の集中していた一角、
 その外縁にある倉庫区画の廊下を歩く痩躯の中年男性が一人。

 以前、臣一郎とクルセイダーを観察していた男――ユエ――だ。

ユエ「………」

 ユエは僅かに気怠そうな視線を行く先に向けながら、無言のまま歩を進めていた。

 侵入者対策に広狭の道が交差して曲がりくねり、
 長短様々な階段で上下を繰り返させられる通路を、ユエは迷う事なく歩く。

 占拠後に改築を行ったワケではなく、以前からこの構造である。

 ギガンティック、パワーローダーからドローンのような小型の工作・作業機械まで、
 現在の種々の基幹的重工系産業を牛耳る山路重工の技術開発研究所は、
 侵入者対策と構造の複合化で迷路然とした構造になってしまったのだ。

 そして、ユエは数枚の防護隔壁を越え、最重要区画に足を踏み入れる。

 二十年ほど前までは、試作型ハートビートエンジンも置かれていたが、
 今はユエの研究室と彼の開発した物が置かれている区画だ。

 そのさらに最奥。

 行き止まりに作られた両開きの扉を、ユエはゆっくりと押し開いた。

 そこは重要資材用倉庫で、広大な倉庫に積み上げられた無数のコンテナと、
 そのコンテナ群の左右を守るように片膝を付いて鎮座する四機の大型ギガンティック。

 高く積み上げられたコンテナには長い長い階段が据え付けられ、上に登る事が出来た。

 ユエは僅かに肩を竦めて小さな溜息を漏らすと、
 楽にしていた姿勢も気怠そうにしていた視線も正し、その階段を登って行く。

ユエ(五日見なかった間に、また一段、コンテナを高く積んだか……)

 階段を登りながら、ユエは心中で深く長い溜息を漏らす。

 この数年、五、六ヶ月に一度、以前よりも高く積み上げられるコンテナは、
 この部屋の主の性質そのものだと、ユエは感じていた。

 どんなに高く積み上げても、分厚い天井に遮られ、彼のいる場所は決して天には届きはしない。
46 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:23:47.22 ID:ibyFM1MOo
 そんな内心の呆れを隠しながら一番上のコンテナまで上り詰めると、
 そこには反射素材で作られた他よりも一回り小さなコンテナがあった。

 反射素材は所謂マジックミラーのようになっており、
 外部からは鏡にしか見えないが、内部からは外部の様子が窺えるようになっている。

 内部は探り難く、外部は窺い易く。

 それだけでも実に慎重だが、それだけではない。

 反射素材は防弾防魔力仕様になっており、
 さらに周囲には反射術式と属性変換無効化術式の多重結界が張り巡らされ、
 並の魔力砲ではビクともしない防備で固められている。

 さらに四方のギガンティックは高性能のGWF378・エクスカリバー改で、
 コックピットブロックを完全に排除した無人のリモートコントロール仕様。

 何かあれば、この内部からの操作で襲撃者を撃退可能である。

 主の臆病さを顕在化したかのような防備を誇るこの倉庫。

 この場……いや、このコンテナの内部が、ユエの呼び出された謁見の間であった。

 因みに、この倉庫内の防備を設えたのはユエだ。

 無論、謁見の間の主の要望に添った物ではあったが……。

 ともあれ、百段近くはあろう階段を上り詰めたユエは、
 しかし、息一つ乱した様子も無く、反射素材で出来たコンテナに手を触れる。

 すると、触れた部分が開かれ、壁面から迫り出すように認証用の端末が現れた。

 ユエがその端末に自身の魔力を読み込ませると、コンテナ外壁の一角がスライドし、内部への道が開く。

 彼がコンテナ内部に入り込むと、即座にコンテナの外壁は再びスライドし、固く閉ざされる。

 最早、ここまで来ると過剰を通り越して異常とも言える程の臆病ぶりだ。

 しかも、傍目には魔力認証だけにしか見えなかった端末は、
 網膜認証と指紋認証に加えて、内部では手動認証も行っている。

 マジックミラー構造を活かした、この四段階もの認証は実に効果的だ。

 仮に魔力、指紋、網膜の三種全てを用意できても、内側にいる人間が許可を出さなければ入れないのである。

 そして、仮にそうして侵入しようとした者は、四方から378改の斉射を受ける事となるのだ。

 襲撃の対策は万全と言えた。

ユエ(注文通りに作ったとは言え、毎回毎回やるとなると驚きの面倒臭さだな……)

 ユエは内心で深いため息を漏らす。

 このコンテナの設計者、結界の施術者はユエ本人だ。

 どれもギガンティックのセキュリティやマンマシンインターフェース――操縦系統――技術の応用で、
 別段、難しい機構や新開発のシステムを搭載しているワケではない。

ユエ(まあ、こんな無駄な物に労力をかけるつもりはなかったが……)

 ユエはそんな考えと共に気を取り直すと、
 目の前にある階段を使って階下――コンテナ内に埋め込まれている――に向かった。
47 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:24:38.43 ID:ibyFM1MOo
 階段を降りると、奥から噎せ返るような体臭……
 いや、性臭と言い換えた方が良いような匂いが漂って来る。

ユエ(また、か……)

 ユエは心中で呟きながら、
 “この部屋の主は、たった一度の謁見が始まるまでに、何度呆れさせてくれれば気が済むのか”
 と言いたげに肩を竦めた。

 そして、コンテナの最奥……謁見の間へと足を踏み入れる。

 巨大コンテナを活かした広く高い謁見の間は、金刺繍の施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁にも洒落た紋様の描かれた天幕が下げられており、飾られた豪華な調度品の数々は、
 成る程、謁見の間と呼ぶのに相応しい内装だ。

 そして、その最奥に、座椅子を何十倍も豪華にしたような玉座と、
 そこにふんぞり返る二十代そこそこの、半裸の若い男がいた。

 彼の周囲には十代から三十代ほどの見目麗しい女性達が傅き、
 その内の数人が彼にしなだれかかるようにして、彼の肌に浮いた汗を拭っている。

 女性達の服装は裸同然で、局部を布で纏って隠すだけと言う、実に淫靡な格好だった。

 彼女達は、この若い男の身の回りの世話――
 それこそ、家事全般から性欲の処理に至るまで――を行う世話係だ。

ユエ「皇帝陛下。
   ユエ・ハクチャ、お呼びにより参上仕りました」

 謁見の間の中ほどまで進み出たユエは、恭しく跪いて深く頭を垂れた。

 ユエ・ハクチャ。

 それがユエのフルネームのようだ。

??「そう畏まるな、ユエ。
   俺とお前の仲だ、もっと楽にしていいぞ」

 一方、ユエに皇帝陛下と呼ばれた男は、
 自分の汗を拭っている女性を少し気怠げに押しやってから、ニヤリとほくそ笑む。

 そう、この男こそがこのコンテナの主。

 反皇族派のテロリストを纏める首魁であった。

 名をホン・チョンスと言う。

 しかし、60年事件のテロリストの首魁にしては若い。

 事件当時の年齢はまだローティーンにも届かないのではないかと言う程の若さだ。

 それもその筈、彼は若くして逝去した先代の首魁である父の跡を継いだ、謂わば二代目だった。

 ともあれ、ユエはホンに言われた通りに楽にすべく、その場に腰を下ろして胡座をかく。

ユエ「………少々、着くのが早かったようですね?」

 ユエは傅く女性達を見渡して呟く。

 ほぼ全員が肌を紅潮させ、数人は乱れた息を整えようと必死だ。

 それは、ほんの少し前まで情事が……それも、
 酒池肉林とでも言うような爛れた行為が行われていた事を示していた。

ホン「いや、呼んだのは俺の方だ、気にする事はない」

 一人、既に十分に休んだと言いたげな様子でホンは言い切ると、さらに続ける。
48 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:25:32.30 ID:ibyFM1MOo
ホン「で、例の物の進捗はどうなっている?」

ユエ「400シリーズは滞りなく……。
   現在は戦闘運用に向けた最終テストの段階です」

 ホンの質問にユエは淡々と返す。

ホン「半月以内に仕上がるか?」

ユエ「十分に……。
   ただ、陛下の404に関しては今暫くの時間を戴きたく……」

 ユエはホンの質問に答えてから、
 どことなく申し訳なさを漂わせる声音で言って再度、深々と頭を垂れた。

 他人から見れば慇懃に見えるその態度も、彼の内心の呆れ様や、
 京都での物言いを知っていれば、そこに欠片の忠誠心も無い事は明白だ。

ホン「ああ、構わんぞ。
   404は俺の乗機……俺専用のギガンティックだ、
   下手に完成を急いで不完全な物を作らせる気は無い。

   資材と時間、そして、お前の才能を存分に使い、世界最強の究極のギガンティックを作れ」

ユエ「仰せのままに」

 期待の籠もった視線と声音で言ったホンに、ユエは姿勢を正して深々と頭を垂れる。

ホン「それと……謁見の間の護衛に使っている無人ギガンティックだが、
   アレは401か402に交換できんのか?」

 ホンはそう言いながら手元の端末を操作し、壁面の天幕を上げさせた。

 すると、四方の壁面に外の光景――反射素材のコンテナから見える光景が映し出される。

 GW378は、エクスカリバーシリーズでは三機種目となる大型ギガンティックの中でも、
 特に高性能でコストのかかるハイエンドモデルだ。

 以前、ユエ達がクルセイダーの当て馬に使った377よりも僅かに高性能の機体である。

 本来ならば、こんな場所の護衛に四機もの数を割くのは愚の骨頂と言えた。

 それに400シリーズ……もう隠し立てする理由も無かろう、
 ユエが中心となって開発中の新型ギガンティックも、この一角だけを護衛するには過剰すぎる戦力だ。

ユエ「申し訳ありません。
   現状のエナジーブラッドエンジンは有人が前提ですので、
   陛下の望まれるような無人機としては使い難く……。

   お望みならば、ヒューマノイドウィザードギアの人格層を停止させた物を乗せて使う事は可能です」

 ユエが顔を上げて説明すると、ホンは満足そうに頷き、口を開く。

ホン「ならそれで構わん。
   人形の操作は全て俺の端末にリンクするように設計しろ」

ユエ「畏まりました」

 ホンの指示にユエは三度、深々と頭を垂れる。

 技術の結晶とも言えるヒューマノイドウィザードギアを人形呼ばわりされるのは、
 さすがに技術屋としての彼のプライドに障るのか、ホンからは見えないユエの顔は、
 どこか冷め切った……能面のような無表情に変わっていた。
49 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:26:20.44 ID:ibyFM1MOo
 しかし、ユエはすぐに温厚そうな表情を浮かべると、顔を上げる。

ユエ「それでは、402と403、それにミッドナイト1用の378改の最終調整が残っていますので、
   私はこれで失礼させていただきます」

ホン「む、そうか……?
   まあ、貴様のお陰で我が国の戦力拡充が進んでいるのだからな……。

   良ければ一人、貴様にくれてやろうか?
   欲しいなら、好みのを選ぶといい」

 退室の旨を告げて立ち上がったユエに、ホンはそう言って、傅く女性達を見渡した。

 その瞬間、傅く女性達に緊張が走る。

 しかし、緊張の内容は人それぞれだ。

 世話係とは名ばかりの性の奴隷とも言える、この環境から解放されるかもしれないと言う希望。

 性欲の処理にさえ目を瞑れば、衣食住の不安を抱かずに済む場所から引き離されるかもしれないと言う絶望。

 しかし、彼女達は瞬間、ピクリと肩を震わせる程度以外の変化を生まない。

 主の不興を買った仲間が、どのような目に合わされるかは知っている。

 今は自分が選ばれる事、或いは選ばれない事だけを必死に願い、
 ホンの思い付きで始まったこの嵐のような運命のルーレットが止まるのを待つ。

 一方、そんな女性達の気持ちを知ってか知らずか、ユエは傅く彼女達を見渡す。

 彼女達にとって、ユエの視線は正に前述の運命のルーレットの針だった。

 そして――

ユエ「……慎んで辞退させていただきます」

 ユエは僅かな溜息と共に、そう漏らす。

 ――ルーレットの針は、誰を選ぶ事も無く折れた。

ホン「つまらんな……まあいい」

 ホンは残念そうに言って肩を竦める。

 女性達の間に失意と安堵の気配が漂うが、ホンはそれに気付いた様子は無いようだ。

 だからこそ、このように女性の尊厳を無視した享楽に講じていられるのだろうが……。

ユエ「陛下のお心遣いを無碍にしてしまい、申し訳ありません。
   ですが、何故、技術屋な物でして……今は陛下のための駒を完成させる事を優先したく思います」

ホン「そうか……クククッ、親父の代から世話になっていたお前だ。
   親父もきっと、お前のそう言う欲の無い所を気に入って重用していたのだろうな」

 慇懃に謝意と謝罪を告げるユエに、ホンは思い出すように言って笑う。

 そのホンの表情には、誰の目に見ても明らかな嘲りが浮かんでいる。

 事実、彼は内心でユエを“自分の欲すらさらけ出せない臆病者”と嘲笑っていた。

 自らは、完全防備のシェルターで肉欲を貪るだけの、怠惰な臆病者である事を棚に上げて……。

 いや、或いは自身が臆病者と言う自覚すら無いのかもしれない。

ユエ「では、私はこれで失礼します」

ホン「ああ、404の完成を待っているぞ」

 ユエは立ち上がって四度、深々と頭を垂れると、ホンの返事を聞いてから踵を返した。
50 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:27:24.10 ID:ibyFM1MOo
 再び面倒な手順を踏んでシェルター然とした倉庫から外に出ると、ユエは溜息混じりに肩を竦める。

 が、すぐに気を引き締め直し、姿勢を正した。

ユエ(意外なほど、400シリーズにご執心だな……。
   カタログスペックとは言え、211や212に匹敵し、390型を上回るからか……)

 ユエは研究室に向けて歩きながら、そんな事を考えていた。

 実を言えば、一年半前までのホンは400シリーズの開発に、それほど乗り気では無かった。

 新型機など作らなくとも、数を揃えれば戦争には勝てる。

 物量に頼るのは、戦争の真理だ。

 何せ、地続きのメガフロートの話、十対十よりも百対十や千対十の方が戦争をする上では有利になる。

 ユエは一部のエース用の機体として400シリーズの開発を続けていたが、
 試作機が完成した頃になってホンの態度も大きく変化を迎えた。

 それは、ユエの開発していたGWF400Xの性能が、
 当時の最新鋭機であったGWF387・フルンティングを大きく上回ったのだ。

 豊富な研究資料、市民から搾り取った潤沢な魔力、誰に制限される事も無い研究環境、
 そして、ユエ・ハクチャと言う希代の天才がいて完成を見た400シリーズは、
 確かに傑作機と言って良い名機だった。

 そう、憚る事なく言えば、ユエは自身が天才であると自負していた。

 おそらく、今、世界で最もハートビートエンジンの秘密を解き明かし、
 その構造の究明に辿り着こうとしているのが誰あろう、このユエなのだ。

ユエ(参拾九号……今は天道瑠璃華か。
   アレがギガンティックの開発だけに注力していれば、こうはならなかっただろうが……。
   アレを機関に押し込めてくれた無能共に感謝だな)

 ユエは内心でほくそ笑みながら、また同時に冷や汗を流していた。

 放置されていた試作型エンジンと、幾らかのオプションを寄せ集めて
 驚異的性能の支援機を作り上げるだけの技術を持っている天才、瑠璃華。

 彼女がギガンティック機関に閉じこもってハートビートエンジンの構造究明と、
 オリジナルギガンティックの整備にかかり切りになっていなければ、
 おそらくは最新鋭の390・アメノハバキリシリーズももっと高性能な物になっていただろう。

 行政府としてはギガンティックの平均的な強化よりも、対イマジンに比重を置くべきと判断したのだろうが、
 テロリスト相手とは言え戦時下にその判断は誤りだったと言う他ない。

 お陰で、今年になって山路重工が満を持して発表した最新ギガンティックですら、
 ユエの作り出した400シリーズの敵では無いのだから。
51 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:27:56.24 ID:ibyFM1MOo
 そして、それがだめ押しになった。

 従来機では相手にすらならないオリジナルギガンティックに加え、物量でも圧倒的に勝る軍と警察。

 勝つためには、質で勝る機体を数多く生産する事。

 そんな事情に合致したのが、ユエの開発していた400シリーズだったのだ。

ユエ「……まあ、都合良く事態が進行している事は、望ましいがね」

 ユエは消え入りそうな声で呟いて、謁見の間のある倉庫と同区画に存在する、自身の研究室の前に立つ。

 スライド式シャッターを開き室内に入ると、そこは整然と整えられた空間だった。

 必要な物が最適な距離に集められた、研究者の城。

 ユエは椅子に腰を下ろすと、据え付けられた端末の電源を入れた。

 すると、研究室内の全てのディスプレイに様々な図面や数値が映し出される。

 ユエはその中の一つ、自身の正面にあるディスプレイに一つの図面を映し出した。

ユエ「………美しい機体だ……」

 それは一つの図面だ。

 GWF001XXXと銘打たれた、大型ギガンティックの内部図面。

 その図面を見ながら、溜息がちに漏らすユエの言葉には、ある種の情念めいた物が宿っていた。

 そして、ディスプレイに手を触れ、指を滑らせると別の内部図面が顔を出す。

 折り重なる二つの図面。

 部分々々ではかなり異なるようだが、そのフレームの全体像はどことなく同じ物を感じさせる。

 その様を見て、ユエの目に狂気じみた執念が宿って行く。

ユエ「もっとだ……もっと強いギガンティックを……。
   トリプルエックスを超える、最強のギガンティックを……」

 ユエは冷静さも、普段の芝居がかった雰囲気すらかなぐり捨てて、どこか熱に魘されたような声音で呟いた。
52 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:28:50.17 ID:ibyFM1MOo
―2―

 茜達の着任から十日後、7月4日木曜日の正午前。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー用トレーニングルーム――


 トレーニングルームでは魔導防護服を身に纏った空と茜が向かい合っており、
 時折、手に持った長杖と双刀がぶつかり合う、カンッ、カンッと言う乾いた音が室内に響き渡っていた。

 使っている装備は魔導ギアの物で、武器に魔力は込めていないため、
 魔導防護服を貫いてダメージを与える事は無い。

 いわゆる組み手だ。

茜(技術も筋力も申し分ないな……本当に鍛え始めてから一年強なのか疑いたくなるくらいだ)

 もう十何合と空と切っ先を交えた茜は、不意にそんな事を考えていた。

 交互に相手の攻撃に切っ先を合わせるだけの単純なトレーニングだったが、
 目つぶしや喉への突き等の急所狙い以外は特に禁じ手を設定していない。

 それだけに丁寧な実力と言うべきか、地力の高さが出るのだが、魔力覚醒から十三年を経て、
 五年前からはドライバーとしても訓練や実戦に明け暮れて来た茜から見ても、
 朝霧空と言う少女の実力は確かな物だった。

 人並み以上に体幹が整っているのか天性のバランス感覚があり、
 前後左右、どの方向に跳んでも一瞬で体勢を立て直してしまう。

 アルフの下で訓練していた頃は、様々な武器を使っていただけあって、
 腕回りの筋力も相当な物で、長杖のリーチも自由自在だ。

 それだけに、どんな体勢、どんな距離からでもあの長杖の切っ先が飛んでくる恐ろしさがある。

 足を絡め取りでもしなければ、空のバランスを崩すのは難しい。

茜(成る程、あのゴチャゴチャとしたモードHを使いこなせる筈だ……)

 茜は空の大上段からの一撃を受け止めながら、舌を巻く。

 モードHは空専用にチューニングされているが、
 上半身に殆どの大型パーツが集中したトップヘビー仕様だ。

 しかも、二機のパーツ中、最大重量を誇るパーツは背面と腰の二箇所と言うバックヘビー仕様でもある。

 シールドスタビライザーの浮遊魔法でかなりバランスは矯正されているが、
 それでも重心位置の悪さが解決されるワケでもない。

 それを空は事も無げに使いこなし、むしろ使い易いとまで言っているのだ。

 機体との相性と言ってしまえば簡単な事かもしれないが、
 その状態の機体を扱える相性――繰り言だが、体幹の良さだ――の持ち主と言う部分が大きいだろう。

茜(ふーちゃんが本気を出しかけた、って言うのも、あながち冗談ではないみたいだ……)

 茜はそんな事を考えながら気を引き締め直すと、自身の手番で両手に構えた双刀を握り直す。

 これが最後の一合だ。

茜「空、最後は二刀で掛かるが大丈夫か?」

空「大丈夫です! お願いします!」

 茜の質問に空は即答した。

 空としては、問題なく受けられると言うより、受けてみたいと言う気持ちが強かったのだろう。

茜「なら……驚いてくれるなよ」

 茜はそう言うと、両腰の鞘にそれぞれの太刀を収める。

 さすがに伝家の宝刀・鬼百合では無いが、それでも扱いやすいサイズの太刀と小太刀だ。

 本條流魔導剣術を使うのに、何ら無理を生じる物ではない。
53 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:29:31.72 ID:ibyFM1MOo
茜「行くぞっ!」

 茜は合図の一声を放つと、一足飛びに空に向かって跳んだ。

 逆手で抜き放たれた二刀の太刀が、両側から袈裟懸けに空に向かって放たれる。

 逆手袈裟懸け……つまり、二之型だ。

 天の型の“轟天”と舞の型の“旋舞”からなる奥義、天舞・轟旋に至る二段袈裟斬りの型である。

 しかし、ただの訓練で本気を出すワケでもなく、威力も速度も奥義に比べれば格段に劣っていた。

 それでも、初太刀の小太刀と二の太刀の太刀のタイミングが微妙に異なるため、初見では見切るのが難しい。

茜(これなら、少しはバランスを崩せるか……!?)

 茜は心中でそんな予想を立てていた。

 受け止めるなら、小太刀と太刀の時間差攻撃を受けて多少は仰け反らざるを得ない。

 回避ならば出来るかもしれないが、受ける事が前提のルールで避けると言う選択肢は無いだろう。

 だが、次の瞬間、茜は目を見開く事となった。

空「ッ、せいっ!」

 一瞬、息を飲んだ空は、迷うことなく長杖の柄で振り下ろされる小太刀を受け止め、
 それを一気に滑らせて小太刀を大きく横に弾き、長杖のエッジで太刀を受け止める。

 茜にして見れば、受け止められた小太刀を大きく外に逃がされ、そのまま太刀を切り結ばれた格好だ。

茜「ッ!?」

 茜は愕然と目を見開いたまま、大きく飛び退いた。

 そして、そのまま構えを解く。

 訓練のワンセット終了だ。

茜「凄いな……本気を出していないとは言え、抜刀からの二之型を止められるとは思っていなかったよ」

 茜は小さな溜息混じりに呟くと、“いや、参った……”と漏らしながら二刀を鞘に収める。

茜「二之型は初見だったと思うが、よく止められたな?」

空「いえ……実は初見じゃないんですよ」

 感心したように漏らした茜に、空は苦笑いを浮かべて返すと、さらに続けた。

空「サンダース教官の所にあった教導VTRで、
  フィリーネ・ウェルナーさんと茜さんのお祖母さん達の試合を見た事があって、
  そこでフィリーネさんがやっていたのを真似ただけです」

茜「フィリーネ・ウェルナーさんと私のお祖母様達?
  ………ああ、六十年くらい前にやったらしいタッグ戦の戦技披露試合か……」

 照れたような苦笑いで申し訳なさそうに語る空に、茜は一瞬、首を傾げたが、思い出したように納得する。

 今から五十八年前……第三次世界大戦の前年に行われた、
 結とリーネ、美百合と紗百合のタッグによる魔導戦技披露試合だ。

 確かに、フィリーネ・ウェルナーと茜の祖母達と言って問題ない組み合わせだろう。

 若い魔導師向けに空戦対陸戦のタッグ戦の何たるかを見せるための戦技披露試合だったらしいのだが、
 あまりに高度過ぎて若年者向け教導VTRとしては使い物にならず、お蔵入りになったと言う曰く品である。

 方や救世の英雄と千年に一度の天才魔導師、方やタッグならば並ぶ物無しの本條姉妹と言う好カード。

 戦技教導隊としては適度に手を抜いてくれる算段だったのだが、
 四人の興が乗るに連れて、次第に試合どころでは無い大熱戦となってしまったのである。

 お蔵入りになってしまったため、教導隊で保存される事になったのだが、
 それが回り回って今はアルフの手元にあると言うワケだ。
54 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:30:06.20 ID:ibyFM1MOo
茜「…………君は末恐ろしいな」

 茜はどこか戯けた様子で、だが、内心で冷や汗を流しながら呟く。

 彼女も件の教導VTRはアルフに見せて貰った事があったが、
 空が見せた技も、そこで集中攻撃を受けたリーネが見せた起死回生の一手である。

 リーネはリーチの短い双杖でやった技だが、
 空は“長杖ならばどうすれば良いか?”と思案を凝らしてアレンジしていたのだ。

茜「………本当に海晴さんと血が繋がっていないのか、疑わしいとさえ思えるよ……」

空「そうですか?」

 何処か言いづらそうに漏らした茜に、空はどこか嬉しそうに返す。

 茜にしてみれば、空の育て親である朝霧海晴も天才と言われる側に属する人種だ。

 茜が海晴と初めて手合わせしたのは研修時代の五年前。

 キャリア四年と言えば聞こえが良いが、それ以前は三級市民だった海晴はまともな魔導の訓練を受けていなかったため、
 魔導師として訓練を始めてまだ四年目に過ぎず、その時点で十年近く訓練して来た茜に比べてみれば素人だったが、
 結局、彼女は生前の海晴を相手に一太刀も浴びせる事が出来なかった。

 風華とクァンと言う、御三家に連なる次代候補がいる中で隊長を張っていたのは伊達ではないと言う事だ。

 既に茜自身、空の身の上に関しては彼女の口から聞かされていた。

 希代の魔導師としての才を持っていた海晴と、ここまでの才覚を持ち合わせた空の血が繋がっていないと言う事は、
 瓜二つの顔立ちや声を除いても信じられなかった。

 彼女達の父母や祖父母の世代は、戦中戦後、さらにイマジン事変と世界中が大混乱だった時期の生まれも多い。

 無論、戸籍は全て再発行されているが、再発行時に手違いが起きている可能性も否めないのだ。

茜「案外、本当に親戚か何かかもしれないな……」

空「そうだったら……ちょっと嬉しいです」

 思わず漏らした茜の呟きに、空は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 と、その時だ。

『PiPiッ、PiPiッ』

 不意に小刻みな電子音が鳴り響く。

空「緊急招集みたいですね」

茜「イマジン出現、と言うワケではないようだが……。
  仕方ない、訓練はここで一旦切り上げだな」

 驚いたように漏らした空に、茜はそう返して軽く肩を竦めた。

 流石に、今からではシャワーを浴びている余裕は無さそうだ。

 二人はそれぞれの制服に姿を転じると、トレーニングルームを後にした。
55 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:30:46.27 ID:ibyFM1MOo
 廊下でレミィとフェイ、第二十六小隊の面々と合流した二人は、
 駆け足気味にブリーフィングルームへと向かった。

 七人がブリーフィングルームに入ると、既にオペレーター達も待機していた。

 オペレーターチーフのタチアナと、部門チーフの春樹とメリッサが不在のため、
 現在はそれぞれの代行としてほのか、雪菜、セリーヌの三人がおり、
 さらにチーフ代行となったほのかの代行としてサクラがいる。

 そして、全員が揃った事を確認し、ブリーフィングルームの片隅で何事かを話し合っていた明日美とアーネストが、
 会議用スクリーンの前に進み出た。

 空達も椅子に腰を下ろし、そちらに向き直る。

 明日美とアーネストの表情は曇っており、何かが起きた事は明白だった。

明日美「派遣任務を計画した時点で想定はしていたけど、最悪の部類の事態が発生したわ」

 そして、明日美自身の言葉とその声音が、どれ程の事態が起きたかを物語っている。

 イマジン出現の警報は鳴っていないので、
 派遣されたメンバーの負傷や何かの悲報で無い事は分かるが、それだけに不安が募った。

アーネスト「現在、第三フロート第一層を警戒巡回中の二班から連絡で、
      外郭通路付近にイマジンの卵嚢の群生が確認された。

      数は大凡で百前後。
      孵化の兆候こそ見られないが、群生は広範囲に及んでおり一斉除去は不可能との事だ」

 明日美の言葉を引き継いで、アーネストが努めて淡々と説明する。

 だが、そのあまりの状況にブリーフィングルームは一斉にザワめく。

 百。
 あの連続出現の際に現れたイマジンの総数を上回る数だ。

 孵化前の卵嚢――平たく言えば卵の塊だ――の状態とは言え、さすがに戦慄が走る数と言えよう。

セリーヌ「あ、あの卵嚢と言うと………」

フェイ「クモやカマキリなどが作る卵の群体ですね。
    多量の卵が糸などで作られた強靱な袋に包まれた状態を言います」

 怖ず怖ずと手を挙げたセリーヌの質問に、フェイが淡々と答える。

 ちなみに、巻き貝なども卵嚢を作る事では有名だが、分かり易いのはやはりカマキリの卵だろう。

レミィ「うぇ……」

 間近でフェイの説明を聞いていたレミィは、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 大方、想像してしまったのだろう。

 レミィの真後ろにいる紗樹は顔面蒼白になって、
 “モフモフちゃんが一匹、モフモフちゃんが二匹……”と譫言のように呟いてる。

 虫が苦手な人間にはおぞましい図だろう。
56 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:32:30.07 ID:ibyFM1MOo
 しかし、アーネストの説明はさらに続く。

アーネスト「二班の調査によれば、調査のために解体した卵嚢にくるまれていた卵の数は十個。
      大きさに差違が見られない事から、他の卵嚢も内部に十個程度の卵が存在していると見られる」

遼「つまり、最低でも千、か……」

レオン「一斉に孵化したら人類終わるな、さすがに……」

 震える声で漏らした遼に続き、レオンはどこか他人事のように言って乾いた笑いを漏らす。

 件の連続出現で現れたイマジンの数の十倍以上である。

 例の四種のイマジンがオリジナルギガンティックより遥かに劣るとは言え、戦力比は九対一〇〇〇。

 最大戦力を発揮するために合体してしまえば六対一〇〇〇……戦力差一六〇倍以上だ。

 数十体は押し留められるかもしれないが、小揺るぎもしない桁違いの数で一瞬にして押し切られてしまうだろう。

 なるほど、明日美が“最悪の部類に属する事態”と言ったのも納得だ。

 そして、そんな明日美が口を開く。

明日美「現在、一班を二班と合流させ、第三フロート方面軍の全面協力の下、
    該当ブロックを完全隔離し、卵嚢の除去と処分が行われていますが、
    作業には最低でも一週間以上かかると思われています」

 卵を不用意に刺激して一斉孵化を避けるためだろうが、それでも卵嚢一つを除去するのにかかる時間は長い。

 慎重な作業で一日に十五個も除去できれば、それはそれで早いと言うべきだ。

明日美「状況次第では一、二班と早期に交代する事態もあり得ます。
    各員はいつでも交代できるよう準備を怠らないように」

 明日美はどこか重苦しい雰囲気でそう伝える。

アーネスト「質問が無ければ解散とする」

 どうやら伝達事項はこれで全てのようで、アーネストが全員を見渡しながら質問を促す。

 だが、不安はあっても質問は無いのか、ブリーフィングはその場でお開きとなった。

 オペレーター達が先に退室し、他のドライバー達が出て行ったのを見計らい、
 空と茜は最後に残った沈痛な面持ちの明日美とアーネストに“お先に失礼します”とだけ伝えて退出した。

茜「………大変な事になったな」

空「まあ、今の所は大丈夫みたいですけど……。風華さん達が心配ですね」

 溜息がちに漏らした茜をフォローするべく、空も努めて楽観的に言おうとしたが、
 現地の風華達の事を考えると気が気ではない。

 思い出してみれば、エール型イマジンは海晴の声を使って、軟体生物型イマジンは貪欲だと語っていた。

 恐らく、千を超えるイマジンは一斉に人類を食い尽くすための尖兵だったのだろう。

 オリジナルギガンティックを殲滅後に孵化させれば、
 人類は対抗する間も無くあっと言う間に平らげられてしまっていたかもしれない。

 そう考えると、オリジナルギガンティックを狙う事を優先してくれたのは、
 不幸中の幸いだったと言うべきだ。

 手段と目的と、それらの優先度がまだ上手く判断できない、発展途上のイマジンだったとも言える。
57 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:33:07.21 ID:ibyFM1MOo
茜「何にせよ、動ける準備は進めていた方が良いだろうな……」

空「今日に明日に、って事は無いと思いますけど、
  今晩中に派遣任務に行けるような準備は整えるべきかもしれませんね」

 気を取り直して思案気味に漏らした茜に、空も頷きながら応えた。

 明日美達の様子は緊迫していたが、事態はそこまで切迫している様子ではなかった。

 空の言葉通り、今日に明日に交代しろと言われる状況ではないと言う事だろう。

 大問題である事には変わりないが、立場上、明日美達は自分達よりも考えなければならない事が多い。

 要は心労だ。

 そして、その心労を軽くするのが、彼女達のような中間管理職……隊長格の仕事と言うワケである。

茜「いや、早いに越した事は無いだろう。
  私達はいつでも荷造り出来るからな、昼休みの間は私達が待機室に詰めているから、
  簡単な準備だけでも昼休みにしておくと良い」

 茜自身にもそんな自覚はあるのか、そう言って頼もしげな笑みを浮かべた。

空「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」

 空も茜の配慮を慮って、僅かな思案の後に頭を垂れる。

 最初――風華不在の間の隊長代理を任せられると知った時――はどうなる事かと思ったが、
 茜がフォロー上手なお陰で、空も随分と助けられていた。

 書類仕事は慣れの問題もあるし、やはり勝手を知っている人がいると言うのは助かる物だ。

空「とりあえず、一旦、汗を流して来ましょう」

茜「ん……そう、だな」

 空の提案に、茜は襟元の匂いを嗅いでから頷く。


 ブリーフィングで伝えられた余りにも緊迫した情報に、
 一時は不安に包まれたギガンティック機関だったが、その後は滞りなく一日は進んだ。
58 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:34:09.39 ID:ibyFM1MOo
―3―

 卵嚢群の発見から四日後。

 ギガンティック機関が卵嚢群を発見したと言う情報は、発見の翌日には政府を通じて市民にも報じられた。

 パニックが起きるかと思われていたが、そこは少々の印象操作が加えられる事となり、
 市民の混乱は最小限に抑えられていた。

 要は、卵嚢内のイマジンが中型で、それほど強力でないと言う内容で報じられたのだ。

 その事は、確かに事実だった。

 実際に孵化実験を行って誕生したイマジンは、連続出現時に現れた四種のイマジン達と同種で、
 しかもその能力はそれらよりも若干劣っていた。

 恐らく、一度に多量の卵を産み出した弊害だろう、と言うのが、
 その筋の専門家が報道時に加えた推測であり、蓄積されたデータから出された結論でもある。

 一体一体ならば対処が容易でそれほど強力ではない、と言うのは、
 市民を安堵させる上で大きなウェイトを占める。

 要は、何かの拍子に二、三体のイマジンが孵化してしまったとしても、
 現場にいる四機のオリジナルギガンティックで対処可能だからだ。

 ともあれ、それらの情報が速やかに発表された事と、
 軍とギガンティック機関が連携して対処中と言う事もあって、市民の混乱を最小限に収める事が出来た。

 現在は第三フロート全域と、隣接する各フロートの外周街区に避難準備警報が発令されており、
 市民は緊急時にいつでもシェルター内に避難できる態勢が整えられている。

 まあ、それも殆ど気休め程度の物でしかない。

 軍と機関の連携で、今の所、除去できた卵嚢の数は半分超の七十七個。

 残り二十八個の卵嚢が一斉孵化すれば三百に迫る数のイマジンが一斉に動き出すのだ。

 状況はかなり好転しているように見えるが、
 それでもギガンティック機関総出で押し留められるのは四十体ほどが限度である。

 残り二百以上のイマジンは押し留める術も無く第三フロートを、
 そしてメガフロート全域を食い尽くすだろう。

 未だ、人類は剣が峰の如き危うい状況に立たされている事に変わりない。

 そして、今の所、空達も緊急でそちらに出向く、と言う事もなく、待機室で過ごしていた。


 午後。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー待機室――

紗樹「待つだけ、って言うのも、意外と大変なのね……」

 フェイの煎れたコーヒーを飲み終えた紗樹が、小さな溜息混じりに漏らす。

レミィ「慣れですよ、慣れ。
    それに、訓練をしたりシミュレーターでデータを取ったりと、
    他に何もしていないワケでもありませんから」

 そんな紗樹に、レミィが丁寧に返した。

 確かに、ギガンティック機関のドライバーは基本的に待機室に詰めているのが基本的な業務だ。

 イマジンの出現に際して、いつでも迅速に出撃できる体勢を整えるためだが、
 まあ基本的に隊舎内か隊舎の敷地内にいれば十分である。

 でなければ、日がな一日中こんな狭い待機室にいては身体も鈍ってしまう。

 訓練でベストなコンディションを維持するのもまた、ドライバーに欠かせない義務の一つだ。

紗樹「それもそっか……まあ、私達の場合はあっちのシミュレーターが使えないんだけどね」

 納得したように漏らした紗樹だったが、最後は苦笑い混じりに付け加える。
59 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:34:58.02 ID:ibyFM1MOo
 しかし、レミィはそんな紗樹の様子……と言うか視線の位置に、ジト目気味な不満顔を浮かべ、口を開く。

レミィ「………出来たら耳じゃなくて目を見て会話してくれませんか?」

紗樹「え〜……ちゃんと目も見てるよ?」

 不満げなレミィの言に、紗樹は彼女の耳と目をウズウズとした様子で交互に見ながら答える。

 確かに目も見ているが、割合にして八対二程度で耳の方を多く見ているようでは、その言葉に説得力など欠片も無い。

レオン「ったく、そろそろ慣れてやれよ……お互いにな」

 その二人の様子に呆れたような言葉を漏らすレオンだが、笑いを堪えているようではこちらも説得力は無かった。

 ここ数日のお決まりのパターンだ。

 ちなみに、お馴染みのコの字型に配置されたソファーの並びは、
 左端から順にフェイ、レミィ、空、茜、紗樹、遼、レオンとなっており、
 フェイがいつでも立ち上がり易く、かつ紗樹がレミィに飛びかかれないように配慮されていた。

 紗樹曰く“目の前にモフモフちゃんがいるのに我慢できるワケがない”との事らしく、
 この並びはそれも考慮した配置なのだ。

空「ほら……レミィちゃんは可愛いから?」

レミィ「むぅ……釈然としない」

 空のフォローの言葉に、レミィはどこか釈然としない様子で応えた。

 だが、満更でも無さそうなのは、尻尾が忙しなくパタパタと動いている様子で丸わかりである。

紗樹「嗚呼、尻尾がパタパタ……嗚呼……」

 紗樹も、その様子にもどかしげに手を伸ばそうとしていた。

茜「……徳倉、東雲を抑えておけ」

遼「りょ、了解です……」

 だが、溜息がちな茜の指示で、紗樹は遼によって羽交い締めにされてしまう。

紗樹「あぁうぅぅ〜、しっぽぉ〜」

 座った体勢のまま大柄な体格の遼に羽交い締めにされた紗樹は、
 その場でジタバタと藻掻きながら手を伸ばすが、その手は虚しく空を掴むばかりだ。

ヴィクセン「尻尾だったらアタシの尻尾もあるんだけど、こっちじゃダメなのかしら?」

 と、不意にドローンのヴィクセンがテーブルの上に飛び乗り、
 羽交い締めにされた紗樹の目の前で、柔らかそうな素材で出来た尻尾を振って見せた。

紗樹「あ……うん、しばらく前の私なら、これでも満足できたんだろうけど……。
   何というか、ヴィクセンちゃんの尻尾はぬいぐるみっぽいのよねぇ」

 途端、冷静に返った紗樹は、思案げな様子で呟く。

 当のヴィクセンにしてみれば失礼な態度かもしれないが、紗樹の考えも分からなくも無い。

 実際、瑠璃華がヴィクセンの尻尾に使ったのは、市販のキツネのぬいぐるみの尻尾だ。

 内部に魔力で自在に稼働する針金のような物を仕込み、リアルな動きを生み出しているが、
 それはやはり“リアルな動きをするぬいぐるみの尻尾”であって、レミィのような本物の尻尾とは違うのである。

ヴィクセン「う〜ん、申し訳ないけど、アタシじゃ身代わりになれないみたいねぇ」

 ヴィクセンは申し訳なさ半分と言った感じで、戯けたように漏らすと、
 “生殺しも可哀相だし、たまには触らせてあげたら?”と付け加えた。

 その提案に紗樹は目を爛々と輝かせ、レミィは全身をビクリと震わせ“ご免被る!”と叫んで、
 紗樹から身を隠すように、座ったまま空の背に回る。

 そんなレミィの様子に、人間の盾と化した空は“アハハハ……”と困ったような苦笑いを漏らした。
60 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:35:49.13 ID:ibyFM1MOo
茜「……まったく、それだとどちらが年上か分からないな」

 呆れながらその様子を見守っていた茜は、噴き出しそうになりながら微笑ましそうに呟く。

空「明日から九月末までは、私とレミィちゃんは同い年ですから」

 空もよく分からない理屈のフォローを入れる。

 確かに、空の誕生日は明日の7月9日、レミィの誕生日は9月30日だ。

 だから何だ、と言う、本当によく分からない理屈の話である。

 だが、茜はそんな理屈とは別の部分に食いついた。

茜「そうか……君の誕生日は、明日なのか」

空「……はい」

 驚いた様子の茜に、空は僅かな逡巡の後に頷く。

 十五年前の7月9日。

 それは、空が今は亡き海晴によって拾われた日だ。

 そして、それは同時に、
 かつては七月九日事件とも呼ばれていた事もある60年事件が起きた当日の日付でもある。

 お互いに色々と思う所のある日だろう。

 空にとっては掛け替えのない家族と出会った日だが、それと同時に家族が両親を喪った日でもあるのだ。

 そして、茜にとっては父親と、一時期ではあるが言葉を失った日である。

茜「アルベルト……。
  すまないが、東雲と徳倉を連れて、少し席を外してくれないか?」

レオン「……ウィっス、隊長。行くぞ、紗樹、遼」

 茜の指示を受け、珍しく彼女の事を“隊長”と呼んだレオンに目を丸くしながら、
 紗樹と遼は彼に続いてハンガー側出入り口から待機室を後にした。

 茜は部下達の背を、少し申し訳なさそうに見送る。

レミィ「私とフェイも席を外した方が良いか?」

フェイ「…………」

 レミィがそう漏らすと、それまで省魔力モードで黙り込んでいたフェイが、無言のまま目を開く。

茜「……いや、いい……。
  ただ、部下がいる場では話し辛かっただけなんだ」

 茜がレミィの気遣いに、どこか弱々しさを感じる笑みを浮かべて答えた。

 茜も幼馴染みの兄貴分のようなレオンはともかくとして、紗樹や遼にも仲間意識は感じている。

 だが、彼女達はあくまで部下なのだ。

 ギガンティック機関も大きな組織だが、ロイヤルガードのように組織図は煩雑ではなく、
 上下の関係も比較的緩やかな物である。

 しかし、そうでないロイヤルガード所属の茜にしてみれば、
 部下に対する示しには気を配らなくてはならないのだろう。

 まだ十七才になったばかりの少女には難儀な話である。
61 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:36:36.36 ID:ibyFM1MOo
茜「それで……空。
  君は、テロと言う物をどう見る?」

空「テロ、ですか……?」

 意を決したような茜の質問に、空は怪訝そうな表情を浮かべた。

 テロ……つまり、テロリズムやテロリストなどを総じてどう思うか、と言う事だろうか?

 一瞬考え込んだ空は、不意に口を開く。

空「……何でだろう、って思います」

茜「何でだろう?」

 空の感覚的な返答に、茜は要領を得ずに首を傾げた。

 空は“はい”と頷いてから、改めて茜に身体ごと向き直る。

空「今、人類が戦わなきゃいけない相手はイマジンです。
  でも、イマジンと正面から戦えるのはエール達に乗れる私達だけで、
  とても人間同士で戦っている余裕なんて無いじゃないですか?

  それなのに、何で自分達の主張のために力を使おうとするのか、
  私にはよく分かりません。

  ……私がテロリストの人達と同じ立場なら、
  何か見えて来る物もあるかもしれませんけど……」

茜「つまり、連中のやりようが正しくない事は分かるが、
  連中がそんな手段を講じようとする理由を知りたい、と言った所か?」

 空の説明に、茜は思案気味に返した。

空「……はい、自分でもあまり考えた事は無いんですけどね」

 空はそう言って、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。

 そんな空の様子に、茜は小さく肩を竦めて息を漏らす。

 そして――

茜「君は……優しいんだな」

 と、感慨深げに呟いた。

空「優しい、ですか? ……そんな事、初めて言われました」

 茜の言葉に驚いた空だったが、すぐに照れ隠しに困ったような笑みを浮かべる。

茜「相手の立場に立とうとする事……先ずは相手を理解しようと努める事は、
  優しいって事だよ……きっと」

 茜は寂しげな笑みを浮べて呟くと、さらに続けた。

茜「私は……連中を許せないからな」

 どこか自嘲気味にも聞こえる言葉を、消え入りそうな声音で呟く。

空「……」

 茜の様子に戸惑いながらも、空は心の中でどこか納得していた。

 茜自身の口から詳しく語られてはいないが、
 彼の兄・本條臣一郎を新たな英雄に仕立てようとする一部の報道のお陰で、
 60年事件のあらましくらいは、空も改めて調べるでもなく知る事が出来た。

 明日美から自身の生い立ちの事を聞かされて詳しく調べた事もあって、
 茜と臣一郎の父、本條勇一郎が二人の目の前で亡くなっている事も知っている。

 その様子は、何処か自分の体験と被るのだ。

 そう、目の前で、イマジンに姉を食い殺された自分と……。

空「……私も、そうですよ」

 空は目を伏せ、僅かに躊躇った後でそう呟いた。

 全員の視線が空に集まり、いつの間にかエールも目の前……テーブルの上に立っている。
62 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:37:22.03 ID:ibyFM1MOo
空「来て、エール……」

 空はエールを抱き上げると、彼の身体をぎゅっと抱きしめ、改めて口を開く。

空「今の私の戦う理由は、誰かの力になる事です……」

 どこか感慨深く、その事を再確認するように空は漏らす。

 大切な人を守りたいと思う人の盾。
 大切な人のために戦いたいと思う人の矛。
 力なき人々の力。

空「でも、根っこの所は、まだイマジンへの憎しみがあるんだと思います……。

  イマジンから誰かを守る盾に、
  誰かのためにイマジンを倒す矛に、
  誰かの代わりにイマジンと戦う力になりたい……。

  多分、建前を無くしたら本音はそんな感じです」

 空はそう言うと、どこか力ない苦笑いを浮かべる。

 空は少しオーバーに言ったつもりだったが、改めて思い返せばその通りだと、自ら納得していた。

 気持ちを偽るつもりは毛頭無いし、自分が誰かの力になれれば良いと思っているのは、嘘偽り無き本音だ。

 だが、やはりイマジンに対する憎しみや恐れの全てを捨て切れるとは、空自身も思っていなかった。

 言ってみれば、空の戦う理由は彼女の望みであり、願いだ。

 そして、イマジンに対する憎しみは、最初の動機と言う事になるだろう。

 だが、それと同時に“イマジンを放っておけば、また誰かが犠牲になるかもしれない”と言う思いがあり、
 自分の事を深く愛してくれた姉への恩返しもあって、それが今の戦う理由にも繋がっている。

 イマジンに対する憎しみと、名も知らない誰かを守る事。

 相容れない個別の思想に見えて、空の中でこの二つは不可分なのだ。

 ただ、まとめて“憎く恐ろしいイマジンから、名も知らない誰かを守る”と言い切ってしまうのも、
 また違う気がするのも確かだった。

 イマジンに対する憎悪と恐怖と、姉への恩返しの思い。

 こちらは相容れないのだ。

 いや、相容れるべきではないと、空は考えていた。

 話の最初に立ち返れば、そこが空の建前の部分なのだろう。

 長々と語ってみたが、要は複雑なのだ。

空「結さん……茜さんのお祖母さんや、私のお姉ちゃんから受け継いだエールですから。
  もっと正しく使うべきだとは思うんですけど……」

 そう呟く空は、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている。

茜「君は……清濁併せ呑む度量があるのか清廉潔癖たらんとしているのか、
  今一つ分からない所が凄いな」

 だが、茜はそんな空の様子に噴き出しそうになりながら言った。

空「それって、褒めてます?」

 一方、空は、噴き出してしまった茜に釈然としない様子で問いかける。

 まあ、前半を聞くだけなら褒められている気がしないでもないが、後半を付け加えると些か判断に困る所だ。

 それにしても、“清濁併せ呑む”と“清廉潔白”では並び立たない。

 辞書通りならば、善人――善性――も悪人――悪性――も受け入れる度量と、
 心清らかで後ろ暗い所が無いと言う意味だ。

 確かに、この二つはそのままでは並び立たない。

 しかし、茜の言う通りに“清廉潔白たらんとする”のならば、
 “清濁併せ呑む”とも並び立とう。

 悪人までも受け入れておきながら後ろ暗い事が無いと言うのは、
 開き直っているようにも聞こえるが、要は堂々としていれば良いのである。
63 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:37:59.87 ID:ibyFM1MOo
茜「褒めている……と言うよりは、尊敬に値すると思うよ、君は。
  ……そうだな、天空海闊の方が正しいかな?」

空「てんくうかいかつ?」

 感慨深く語る茜の口から漏れた聞き慣れぬ言葉に、空は小首を傾げた。

フェイ「空や海のように度量が広いと言う意味の言葉です」

 そんな空に、フェイが助け船を出す。

 成る程と、空は頷き、茜はさらに続ける。

茜「話を振り出しに戻すようだが、私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……。
  だから、君のように強い人間は尊敬に値するよ」

空「私が……強い、ですか?」

 悔しさと尊敬と、そして憧れにも似た物が入り交じった複雑な表情を浮かべた茜の言に、
 空は怪訝そうに首を傾げた。

 力が強い、などと分かり易い天然ボケを宣うほど、空も間抜けではない。

 茜の言う“強さ”が、心の強さだと言う事は彼女も分かっている。

空「そんな……強くなんて、ないですよ」

 空は恐縮した様子で慌てて否定するが、言いながら自身を省みて言葉を濁してしまう。

 自身を省みれば、やはり自分が胸を張れるような人間でない事を思い知らされるばかりだ。

レミィ「ああ、コイツは強いとかそう言うのじゃないからな」

 しかし、そんな空を慮ってか、レミィが戯けた調子で言って、空の両肩に後ろから手を置く。

レミィ「単に、何でもかんでも背負い込み過ぎなだけだ。
    ……まあ、私も人の事をとやかく言えた物じゃないが、コイツと比べるとさすがに、な」

 レミィは途中までは心配そうに言っていたが、次第に呆れ半分恥ずかしさ半分と言った風に漏らす。

 レミィも一旦背負い込んでしまうと背負い込み続ける質だが、
 何でもかんでも背負い込んでしまう空ほどではない。

フェイ「朝霧副隊長は責任感が強いため、自身で受け止め切れる以上の物を背負い込み、
    張り詰めた緊張の糸が切れると、途端に全ての重みに押し潰されてしまう傾向があります」

空「あぅ……」

 続くフェイの言葉にも思い当たる節が多く、
 空は反論する事も出来ずにガックリと肩を落として項垂れる。

茜「………そこまでと分かっていながら、よく副隊長に推薦したな。
  ふぅ……んっ、藤枝隊長からは、殆ど満場一致だったと聞かされていたが……」

 茜は思わず素を出してしまいそうなほど呆れながら、
 以前に風華から聞かされていた、空を副隊長に推した時の経緯を思い出しながら呟く。

レミィ「ん〜……こう言うとコイツが気にするんだが……。
    海晴さんとそっくりなんだよ、叱り方とか、諭し方とか、な……」

 茜の言葉を受けて、レミィは僅かに戸惑った後、感慨深げな視線を空に向けながら言った。

 そこに、さらにフェイが続く。

フェイ「朝霧副隊長の責任感の強さ、何でも背負い込んでしまう気概は、
    それだけ誰かを気遣ってくれている事の裏返しでもあります。

    我々は、そう言った朝霧副隊長の在り方を信頼しているのです」

レミィ「背負い込み過ぎるのは頂けないが、仲間思いなのはコイツの良いところだ。
    基本的にはいいヤツなんだよ……空は」

空「あぁ、うぅ……」

 先程は図星を突かれて落ち込んでいた空だが、二人から素直に褒められて、
 嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 普段からこう言った事を口にされる事は稀にあった事だが、
 さすがにまだ知り合ってから間もない茜の前で言われると、いつになく気恥ずかしい物だ。
64 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:38:47.07 ID:ibyFM1MOo
 その様子に、茜は少し面食らったように目を見開いてから、優しそうな笑みを浮かべる。

茜「……愛されているな、君は……」

空「ぁうぅぅぅ〜」

 茜の言葉に、空は耳まで真っ赤にしてさらに俯いてしまう。

空「は、話が脱線しちゃいましたねっ!」

 そして、すぐに真っ赤に染まったままの顔を上げ、無理に話題を元に戻そうとする。

茜「……ああ」

 茜は優しげな笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。

 レミィも空の様子に満足げな笑みを浮かべ、
 フェイも淡々としながらもどこかすましたような表情を浮かべている。

空「むぅ〜」

 空は、どこか一杯食わされたような釈然としない思いに苛まれつつも、何とか気を取り直す。

レミィ「それで、テロをどう思うか、だったか? ……私やフェイも答えた方がいいのか?」

茜「ああ、頼む」

 茜が質問に頷くと、レミィは僅かに思案した後に口を開いた。

レミィ「……まあ、さすがに犯罪者だからな。
    連中なりの言い分もあるだろうが、その辺は捕まえてから聞けば良いだろう。
    それを受け入れるかどうかは別問題としてな」

 レミィは思案げに呟くと、テロリスト達への僅かな呆れを込めて溜息を漏らす。

 タカ派ともハト派とも取れない、公職に就く者として実に妥当な意見だ。

茜「………普通だな」

レミィ「悪かったな」

 拍子抜けした様子で感想を呟いた茜に、レミィは不満そうに返す。

フェイ「この場合、公人として回答するべきでしょうか?
    それとも、個人として回答するべきでしょうか?」

 そして、そんなレミィを後目に、フェイが思案げ漏らした。

茜「どちらでも構わないが……出来たらフェイ個人の意見が聞かせてもらいたい」

フェイ「私、個人の……」

 一瞬だけ思案してからの茜の言に、フェイは珍しく戸惑ったような声音で呟く。

 そして、僅かな逡巡の後、ゆっくりと口を開いた。

フェイ「………テロリズムとは、大多数の意見によって棄却された少数意見による歪みだと、私は考えます」

茜「それは……大多数側にも責任があると言う意味か?」

 フェイの出した意見に、茜は少しだけ表情を険しくする。

 テロを憎んでいると公言している茜に取って見れば、フェイの冷静な意見は相容れない物なのだろう。

フェイ「そう捉えていただいても構いません」

 フェイは敢えて首肯した。

 それが返って茜に冷静さを取り戻させる。

 むしろ、フェイの堂々とした様子に呆気に取られてしまったのだろう。

 茜が落ち着いたのを感じ取り、フェイはさらに続ける。
65 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:39:25.72 ID:ibyFM1MOo
フェイ「……ですが、少数派が多数派に対し暴力によって意見を受け入れされ、
    目的を達成しようとした時点で、意見の大義や正当性は失われています。

    政略的目的達成のためと綺麗事を並べ立てても、
    その過程から大義が失われてはならないと考えます」

 いつになく饒舌な様子のフェイの言葉を、空達は無言のまま何度も頷きながら聞き続けた。

 他の仲間達も静聴を続ける中、フェイはさらに続ける。

フェイ「多数派は少数派の意見全てをくみ取る必要はありません。
    それでは行動が定まらず、多くは迷走を招く要因となります。

    ですが、少数派の意見を聞き入れ、十分な議論と検討、検証をする必要は有ると考えます。
    無論、それによって行動の停滞を招く事も十分にあり得るでしょう。

    しかし、迷走と停滞を最低限に抑える仕組みを整える努力を怠り、
    少数派の意見を棄却するばかりだった結果がテロリズムに繋がった、と考える事は出来ます」

 フェイはそこまで少し早口で言ってから、呼吸を整えるように一拍の休みを置き、再び口を開く。

フェイ「多数派にも少数派にテロを起こさせない努力は必要と考えます。
    ですが、それでもテロが起きてしまった場合は、素早く鎮圧すべきである。

    それが私のテロに対する考えです」

 語り終えたフェイは、最後に“ご清聴、ありがとうございます”と付け加えた。

茜「テロを起こさせない環境の整備か……考えても見なかったな」

 全てを聞き終えた茜は、目から鱗が落ちたと言わんばかりに感心した様子で呟く。

 テロリズムを擁護しているとも取れる言い方だったが、
 大半のテロが少数派の意見を通すための行動であるのは、フェイの言葉の通りだ。

 そして、彼女の言葉通り、意見を通すために暴力を振るってしまったのでは、
 その意見の正当性すら失われる。

 要はそう言った悲劇を起こさないための社会的構造再編は必要だが、
 それでも尚起こってしまうテロに対しては反撃も辞さない。

 それがフェイの意見の要旨であった。

茜「けれど……」

 感心していた様子の茜だったが、ある事に気付いて、すぐにその表情を曇らせる。

 フェイも茜の気付いた事に察しが付いているのか、浅く頷いて口を開く。

フェイ「はい、これはあくまで理想論でしかありません。

    社会の構造を再編した程度でテロが減少する確証も、
    そうする事で世の中が上手く行く確証もありません」

空「あ……」

 黙って聞いていた空も、フェイの言葉でその事実を突き付けられ、
 どこか残念そうな吐息を漏らした。

 空にも、フェイの意見は正しい物だと感じる事が出来た。

 それは傍らで神妙な表情を浮かべているレミィも同様だ。

 だが、正しい事、正論が常に正解とは限らない。

 社会の構造を変革するとなれば、それは長い時間と多くの労力を強いられる。

 それが正しい事であっても、その正論は“理想論”だと切り捨てられるのだ。

 フェイが最初に見せた戸惑いは、自分の意見が理想論に過ぎないと分かっていたからなのだろう。
66 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:40:20.59 ID:ibyFM1MOo
 しかし、無表情で淡々としながらも、フェイ自身から諦めは感じられない。

 それは、彼女が自身の言葉を理想論と断じながらも、
 その理想を切り捨ていない……諦めていない事の現れだった。

 言葉だけに気を取られていた空は、フェイの表情の機微に気付いて気を取り直す。

空「フェイさんは、諦めていないんですね」

フェイ「勿論です。
    確証が無いとは言え、実証を踏まえずに棄却すべき案ではないと確信しています」

 改めて空がその事を尋ねると、フェイは無表情ながらにどこか自信ありげに頷いた。

 普段ならば“判断”と言っていたであろう部分を、
 敢えて“確信”と言っているだけあって、その自信は文字通りに確かな物だ。

 確信とは伝播する物なのか、それとも単なる仲間への共感なのか、
 空にもフェイの確信は理解できた。

 元より、相手の立場を鑑みようとしていた事もあるだろう。

空「そう、ですよね……。
  何事も試してみないと、変えられる物も変えられませんよね」

 空は最初は怖ず怖ずと、だが自分の中にあった考えがハッキリとして行くにつれて、
 僅かずつ声を弾ませて行く。

 そして、自身を顧みる。

 姉を殺された事に対する復讐だけで戦いを決意した自分も、
 いつしか仲間のため、そして、名も知らぬ誰かのために戦えるようになった。

 個人と社会を比べるのは間違っているだろう。

 だが、社会も多くの個人が作り上げている物だ。

 個人が……一人一人が変わって行く事で、ゆっくりと、だが確実に社会は変えて行けるかもしれない。

 そんな思いが、空の中で大きくなる。

レミィ「まあ、そう言う小難しい事をやるのは政治家だからな。
    同じような考えを持っている政治家を見付けて応援する以外無いな」

 レミィはどことなく空が昂奮しているのを感じ取ったのか、頭を冷やせと言わんばかりにそう言った。

空「あ、そっか……」

 一方、頭から冷や水をかけられた空は、残念そうに肩を竦めて顔を俯けてしまう。

茜「あまり気落ちする物でも無いぞ。
  実際、そう言う活動をしている真っ当な政治家も少なくは無い。

  テロのせいで情勢不安定な今は無理でも、
  将来的に彼らがの意見が採用されるような世論が形成される日が来るかもしれない」

 そんな空に、茜はフォローするように言った。

 が、内心では半信半疑で、その言葉には空とフェイのフォロー以上の意味は無かった。

 空やフェイの気持ちも分かるし、それが良い事だと理解する事は出来るが、
 気持ちの上で納得できない部分も多いのだろう。

空「じゃあ、いつか世界が良い方向に変えられる時が来るまで、頑張らないといけませんね」

 しかし、そんな茜の内心を知ってか知らずか、気を取り直した空は微かな決意を声音に込めて呟く。
67 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:40:51.13 ID:ibyFM1MOo
 すると、その言葉に反応するかのように、空の膝の上で抱きしめられていたエールがピクリと反応した。

空「エール?」

 不意に動いたエールに、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな空の傍ら……彼女と茜の間にクレーストが立つ。

クレースト「明日美様から聞き及んでいましたが……今日の事で得心が行きました。
      エールは確かに、あなたの全てを見越してあなたを選んだようですね、朝霧空」

空「私の全て?」

 どこか懐しい者を思うような口調で呟くクレーストに、空は小首を傾げた。

 クレーストは僅かに俯いてから、意を決したように顔を上げる。

クレースト「エールは、かつての主を思わせる人を探していたのですよ……。

      名前も知らない誰かのために戦う事の出来る、
      世界がより良く変わる日を信じて戦い続けられる、
      そんな強く、清らかな心の持ち主を……」

 そして、小首を傾げたままの空に、かつての主の親友であり、
 当代と先代の主の血縁である女性を思い出しながら語った。

 しかし、それだけでは要領を得ないのか、空はさらに首を傾げる。

 だが、褒められた事は分かったので、さすがに恐縮してしまう。

空「え、えっと……その、流石に清らかって事は無いと思います」

 空は恐縮気味に漏らす。

 散々と繰り返して来たが、志を新たにした空だが、彼女の根底にはまだイマジンへの憎悪が渦巻いている。

 それをしっかりと理解しているからこそ、
 “強く、清らかなな心の持ち主”などと評されるのは烏滸がましいとさえ感じてしまう。

クレースト「人の心とは複雑な物です。
      一面だけで語る物ではありませんが、
      あまり多くを一纏めにして語る物でもありません……」

 そう感慨深く呟くクレーストに、
 空はどう返して良いか分からず困ったような表情を浮かべ、押し黙ってしまった。
68 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:41:29.47 ID:ibyFM1MOo
 クレーストの言は彼女の体験に基づいた、実に彼女らしい言葉と言える。

 自身の予備として娘を作り出し、後に改心した祈・ユーリエフの願いにより、
 その娘……奏を守る刃として生を受け、様々な者達と相対した。

 世界と人間の善性を愛しながら人間の悪性に絶望し、
 人間に対する憎悪に塗れたグンナー・フォーゲルクロウ。

 創造主のもう一人の予備であり、長らく生き別れていた主の妹であり、
 母と姉への愛故に二人を恨んだ湊・ユーリエフ。

 レオノーラ・ヴェルナーの記憶を植え付けられ、優しさ故に彼女のため暴走してしまった、
 主の愛娘たるクリスティーナ・ユーリエフ。

 罪と悪を憎悪しながらも、それでも誰かのために真っ直ぐに戦い続けた、
 主の親友たる結・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな人々と触れ合って来た故の言葉だろう。

 ある一面があれば、その人間の全てを否定する材料と成り得る事も、
 だが、それとは逆に軽んじて全否定すべきでは無い事を、彼女は自身の経験として悟っていた。

 空の在り方を、彼女の憎悪の心を知るが故に否定する者もいるだろう。

 しかし、それと同時に、その憎悪を押し殺して誰かのために戦う空の姿勢を、
 クレーストは尊い物と思っていた。

 そして、そんな空の在り方は、結を彷彿とさせるのだ。

クレースト「あなたはまだ若い……。
      そう性急に理解しようとする事も無いと思います。

      ただ、あなたの在り方を清い物と感じている者がいる事を、
      どうか心に留め置いて下さい」

空「は、はい!」

 相手はギガンティック……それも、そのAIだと言うのに、
 優しくも強い語り口に、空は思わず姿勢を正して返事を返していた。

 さすがに八十年以上を生きた年の功だろう。

 見た目はデフォルメされた二頭身ロボットだが、
 中身は空にとっては曾祖母か曾々祖母と言った年齢のAIだ。

 そんな相手から丁寧に諭されたら、空の反応も納得である。
69 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:42:11.92 ID:ibyFM1MOo
茜「……ん、そろそろ三人を呼び戻すか」

 このままでは話にキリが着かないと思ったのか、茜はそう言って時計を見遣った。

 時間はレオン達に席を外させてから小一時間ほど経過している。

 話題を振って置きながら、と内心で思ってもいたが、
 自分の我が儘で他所に追い遣っていた部下達をそのままにしておくのも忍びないと思ったのだろう。

 そして、丁寧に答えてくれた三人に向き直って、感謝の言葉を述べようと口を開く。

茜「今日は色々な意見が聞けて良かった……。本当に――」

 ――ありがとう。

 茜がそう言いかけた、その時だった。

『PiPiPi――ッ!』

ルーシィ『メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!

     繰り返す、メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!』

雪菜『01、11、12ハンガーのリニアキャリア一号への連結作業開始。
   二次出撃に備え、第二十六小隊各機ハンガーの専用リニアキャリアへの連結作業開始』

 イマジン出現を告げる電子音に続いて、ルーシィと雪菜のアナウンスが響き渡る。

空「前回からまだ二週間しか経ってないのに!?」

 空は驚きの声を上げながらも立ち上がり、
 膝の上で抱きかかえていたエールをテーブルの上に下ろすと、三人と共に走り出す。

フェイ「正確には前回から十三日……。
    通常のイマジンならば、出現スパンとしては最短でもありません」

レミィ「状況が状況だけに、記録更新してくれなくて良かったと言うべきか、
    それならそれで、もっと遅く出ろと言うべきか……」

 淡々と日数をカウントしたフェイの言葉に、レミィはゲンナリとしつつ呟く。

 ちなみに連続出現を勘定に入れなければ、最短記録は十日である。

茜「緊急時には我々もすぐ動けるように待機している。安心して出撃してくれ」

空「はい、よろしくお願いします!」

 併走する茜の頼もしい言に、空は深々と頷く。

 先日は急遽、一足早い共同戦線となったが、出向後の正式な出撃は今日が初めてだ。

 多数のイマジンや強敵の登場はご免被りたいが、茜やクレーストと肩を並べて戦う事を思わず期待してしまう。
70 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:42:57.01 ID:ibyFM1MOo
空(……不謹慎過ぎるかな……)

 空は高鳴る胸の鼓動を押し留めるように、脳裏にそんな考えを巡らせる。

 まあ、議論の余地も無く不謹慎だろう。

 しかし、空は自責から必要以上に落ち込まぬようにと、前を見据えて走る速度を上げた。

 通路の終端に置かれたロッカーに脱いだ制服を放り込み、各々の愛機に向かって走る。

 先にハンガーにいたレオン達も早々にパイロットスーツに着替え、
 それぞれの乗機に乗り込もうとしている最中だ。

 そんな光景を横目に、空もエールに乗り込む。

サクラ『01、11、12、261、262、263、264。各機搭乗確認。
    戦況確認に入りますが宜しいですか、朝霧副隊長?』

 空がコントロールスフィアに入った途端、そんな風に堅苦しい口調で聞いて来たのは、
 ほのかがオペレーターチーフを務める中、代役でタクティカルオペレーターチーフを務める事となったサクラだ。

 先日の出撃の際には、緊急でそのままほのかがチーフだったので、今回が初のチーフ業務と言う事になる。

 訓練はしていたが、初のチーフ業務で緊張しているのと、彼女らしい生真面目さ故だろう。

空「お願いします、マクフィールドオペレーター」

 空も彼女に習って返すと、サクラは一呼吸置いてから説明を始めた。

サクラ『確認されたイマジンはクモ型……虫の方のクモね。
    前に現れたアルマジロ型とは丁度反対側に当たる外郭自然エリアと
    居住区の間にある運河で巣を展開しつつ、軍のギガンティック部隊と交戦中よ』

 一呼吸置いた事で緊張が解れたのか、サクラは普段通りの口調で戦況を説明する。

空「巣、ですか?」

??『はい、クモの巣です。

   戦闘フィールドを形成しているのか、それとも本来のクモと同様、餌を捕獲するためのネットなのかは、
   ライブラリに照合して似たような行動を取ったイマジンがいないか検索中です』

 怪訝そうに尋ねた空に、サクラの補佐で司令室入りしたタクティカルオペレーターの加賀彩花【かが あやか】が、
 少しだけ強張った声で返した。

 ロイヤルガードからの出向組である彩花は、サクラ以上に緊張しているようだ。

 そうこうしている間に、リニアキャリアは戦場に向けて走り出していた。
71 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:43:37.83 ID:ibyFM1MOo
―4―

 メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 軍のギガンティック部隊が展開している干渉地帯の後方に到着した機関のリニアキャリアから、
 空達は愛機を発進させた。

サクラ『01、12はモードDに合体後、上空からイマジンへ攻撃を。
    11は地上で撹乱、及び01の支援を』

空「了解です。フェイさん!」

 サクラの指示を受けた空はフェイに合図を送る。

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

 フェイの返答と共にシステムを切り替えてモードDへと合体すると、運河を見渡せる高度まで上昇した。

 軍のギガンティック部隊は、外郭自然エリアと運河を半円を描くような陣形で取り囲んでいるようだ。

 その半円の中心には、サクラから説明を受けたクモの巣が見える。

 どうやらクモ型イマジンは今も巣を拡大中らしい。

 軍のギガンティック部隊も威嚇射撃を続けているが、
 低火力の魔力弾による射撃は脅威でも無いと言いたげに、クモ型イマジンは悠然と巣作りに集中していた。

 しかし、それ以上に空の目を引いたのは、イマジンのサイズだ。

空「かなり、大きいですね……」

フェイ「以前に戦闘したバッタ型と同等のサイズでしょうか」

 愕然と漏らした空に、フェイが淡々と応える。

 市民街区と外郭自然エリアを隔てる運河は、決して狭くはない。

 大型の貨物船が最大で三隻まで余裕を持ってすれ違えるように、三百メートルの広さがある。

 イマジンの全長は目測でも運河の幅の二割強……七十メートルはあるようだ。

空「こんな大型イマジンにここまで侵入されるまで気付かないなんて……」

 空はそんな当然の疑問を口にする。

 これだけ大型のイマジンだ。

 メガフロート内に侵入できるルートはかなり少ない。

 四十年以上前に閉ざされたままの空港の大型隔壁か、
 こちらも閉ざされたままになっている外部の港湾施設の隔壁を破壊しなければならないだろう。

 だが、そんな情報は入って来ていない。

フェイ「排水口や排気口から出入り出来るサイズではありませんね。
    以前の軟体生物型のように隠密性の高いイマジンか、或いは……」

空「それって……」

 どこか思案気味な様子で漏らしたフェイに、空も思い当たる節があるのか何かに気付いたように口を開く。

 だが、その瞬間――

レミィ『イマジンが動くぞ!』

 地上で河岸に達しようとしていたレミィが、その気配を察して叫んだ。

空「ッ!?」

 空は息を飲んで驚きながらも長杖を構え、両腰の魔導ランチャーを展開する。
72 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:44:21.76 ID:ibyFM1MOo
 それとほぼ同時に、巨大なクモ型イマジンの頭部が飛んだ。

 胴体と泣き別れになった頭部は、そのまま溶けるように変態して十五メートルほどのクモ型となる。

空「分離した!? それならっ!」

 しかし、空はそれに一瞬だけ驚きながらも、すぐに立て直し、長杖から魔力砲を放つ。

 狙ったのは分離した頭部ではなく、そのまま残っていた胴体……中でも一際大きな腹だ。

 空の魔力砲は呆気なくイマジンの腹を貫通し、川面に当たって乱拡散して巣を一気に散り散りにした。

フェイ「初弾命中確認」

 フェイが冷静に状況を伝えるが、その声音には僅かな歓喜すらない。

 まだ状況が好転していない事を、彼女は察知していたのだ。

 その証拠に、腹に巨大な貫通痕を穿たれたクモ型イマジンは、
 僅かに貫通痕の周辺が霧散を始めたものの、残る部位は健在だ。

 だが、すぐに変化が訪れる。

 残った身体の部位が細かく千切れ飛び、
 頭よりも小さな十メートル程度のクモ型となって外郭自然エリアへと散って行く。

空「やっぱり! 該当イマジンは集合型です!」

 空は予感的中と言わんばかりに、通信機越しに司令室に向けて叫んだ。

 集合型イマジン。

 ごく稀に出現するイマジンで、その構造は見ての通り、
 無数の同型イマジンの群が寄り集まって出来た大型イマジンだ。

 司令塔となるイマジンが頭部や心臓部などに位置し、
 身体を形成した群の他個体を先導する形で行動する。

 個体としては弱いが集合体となった場合は、
 個体全ての魔力が積算されるため相応に強力なイマジンとなるのが特徴だ。

 集合型がこのような行動を取るのは、自分達がより大型のイマジンに捕食されないためとも、
 小型イマジンへの威嚇行動とも言われているが、本当の理由は定かではない。

 今回の場合、一回り大きな頭部が司令塔で、それ意外が群と言う事だろう。

 集合型ならば、分離してしまえば排水口や小さな隔壁を破って侵入する事も可能だ。

 膨大な魔力を放つオリジナルギガンティックの接近を察知して、
 いち早く司令塔が分離した事と、的が大き過ぎた事もあって大した被害は与えられていない。

 だが、それなりの数を減らす事が出来た。

 また、司令塔が残っているためか、群の統率も失われていないようだ。

 そのお陰で、てんでバラバラに動かれて包囲網を突破される事も無くなった。
73 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:45:14.72 ID:ibyFM1MOo
 そして、その戦況は司令室にも伝わっていた。

彩花「集合型イマジン、全体総数の約八十パーセントまで減少。
   魔力平均十二万。最大は司令塔と思われる個体の四十五万です!」

 リズ達からの観測情報を受けた彩花が、まくし立てるように情報を読み上げる。

 その報告を受けて、明日美は僅かに考え込んでから口を開く。

明日美「第二十六小隊は現場に急行。

    朝霧班は第二十六小隊到着までイマジンを牽制、再集合を防ぎなさい。
    増援が到着次第、司令塔を撃破してから各個撃破へ!」

ほのか「司令、副司令。
    01用に追加の大推力ブースターと予備のシールドスタビライザーの使用を進言します」

 明日美の指示で各オペレーターが動き出す中、
 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかがそんな案を持ち掛ける。

 その提案にに応えたのはアーネストだった。

アーネスト「許可する。

      柊チーフ代行、整備班に指示を。
      リニアキャリアは予備の四号を使いたまえ」

雪菜「了解です。
   リニアキャリア四号に整備用パワーローダー、
   及び、01用高機動空戦コンテナを積載開始。
   積載完了次第、発進体勢へ!」

 アーネストの指示を受けて、雪菜が整備班に通達を行う。

 その状況を見ながら、明日美は深く息を吐く。

明日美「ハァ……まさか、この状況で九年ぶりの集合型とは……」

アーネスト「例の軟体生物型の時ほど危急ではありませんが、あまり歓迎したくは無い状況ですね……」

 溜息混じりの明日美の言に、アーネストも小声で応えてから肩を竦めた。

 ドライバー達には十分にシミュレーターで訓練させているが、
 現在のドライバーの中で集合型イマジンとの実戦を行った者はいない。

 加えて、件の卵嚢騒ぎで頭数も少ないと言う苦境である。

明日美「これ以上の面同事は………あ、いえ、言うべきでは無いわね」

アーネスト「噂をすると、ですからね」

 言いかけて口を噤んだ明日美に、アーネストも微かな苦笑いを浮かべて呟く。

 そうこうしている間に、リニアキャリアへの積載が完了したようだ。

クララ「第二十六小隊専用リニアキャリア発進に続けて、四号発進どうぞ!」

 クララが指示を出すと、司令室側面のモニターに二編成のリニアキャリアが発進して行く様が見えた。
74 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:45:54.02 ID:ibyFM1MOo
 リニアキャリア発進から五分ほど経過した頃。
 再び、メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 空達は三機が分離状態で三方向から魔力弾を放ちつつ、
 集合型イマジンを一つ所に留まらせないように牽制を続けていた。

 隙を見せればまた合体されるので、それを避けるためだ。

レミィ『まったく……ちょこまかと跳ね回るな!』

 レミィが苛ついたように叫び、ヴィクセンの口腔部から魔力弾を放つ。

 胴体に魔力弾を掠めた兵隊クモは、のたうち回りながら霧散して行く。

イマジン『KaTiッ! KaTiKaTiッ!!』

 だが、司令塔イマジンは牙を鳴らして部下達に指示を送り、すぐに隊列を整えさせる。

 その指示の下、兵隊クモ達は仲間を失った事に動揺する素振りも見せず、
 整然と機械のように動き続けるのだ。

 空達が隙を窺いつつ兵隊の数を減らしても、正に“焼け石に水”と言うレベルだった。

茜『待たせたな!』

 背後から茜の声が響き、長杖を構えて砲撃を続けるエール……空の隣に、クレーストが降り立つ。

 さらに、レミィの元にはレオン、フェイの元には紗樹と遼の機体が後方支援に付いている。

空「茜さん! レオンさん達も!」

 予想以上に素早い仲間達の到着に空は驚きの声を上げつつ、
 不謹慎とは思ったものの、早くも叶ってしまった茜との共闘に、内心で歓喜する。

茜『空、君は後方に下がって装備の換装を!』

空「ハイッ!」

 空は声を弾ませ、茜の言葉通りに後方に下がる。

 止まって砲台になっている分にはあまり不便を感じる事は無いが、
 こうやって動くと相変わらず挙動が重い機体だ。

 空は十分な距離を取ってから機体を反転させると、
 ブースターを噴かしてリニアキャリアとの合流地点へと向かう。

 空が合流地点へとたどり着いた時には換装準備は既に始まっており、
 リニアキャリアから発進した三台の大型作業用パワーローダーが、
 展開したコンテナから装備を取り出している途中だった。

 整備班も気付いたのか、誘導灯を装備した小型パワーローダーが
 空の到着に合わせて着地地点へと誘導を開始する。

 空が誘導通りに広い交差点へと降り立つと、
 背後と左右から装備を保持したパワーローダーが滑り込むように進み出た。

空「お願いします!」

整備班1『あいよ、副隊長さん! 超特急で済ませまさぁ!』

 空の声に景気よく応えたパワーローダーのドライバーは、
 手早く背面の小型ブースターを取り外し、大型の大推力ブースターへと換装させる。

 左右のパワーローダーも、既に取り外されている肩のドッキングコネクターに合わせ、
 シールドスタビライザーを装着させた。

空「システムリンク確認……簡易OSS接続……完了!
  換装作業、ありがとうございます!」

 空はディスプレイを見ながら換装が完了した事を確認すると、感謝の言葉を残して飛び立つ。

整備班2『どう致しまして!』

整備班3『大暴れしておいでよ!』

 先程とは別の整備班達の言葉に背を押されるようにして、空は戦場へと舞い戻る。
75 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:46:42.50 ID:ibyFM1MOo
空(ブースターの推力もさっきよりは高いし、
  シールドスタビライザーの浮遊魔法のお陰で機体も軽い……。

  シミュレーション通りモードDほどじゃないけど、
  これなら合体しなくても、いつもぐらいには戦える!)

 空がそんな感想を抱いた頃には、彼女は戦闘空域に到達していた。

空「お待たせしました!」

 空は上空で静止すると、長杖をカノンモードに切り替えて牽制弾を敵のただ中へと向けて放つ。

イマジン『Kaッ! TiTiTiTiTiッ!』

 対する司令塔イマジンは兵隊クモに指示を飛ばし、十数体で防壁を作り上げた。

 砲撃の射線上に合わせてみっちりと敷き詰められたタイルのようになったイマジン達は、
 空の放った砲撃を相殺するのと引き換えに霧散して消えて行く。

 これで二割方の兵隊を消し飛ばしたが、まだ司令塔は無傷だ。

 最初に兵隊から自身を切り離して逃げる算段を立てたり、
 今のように防壁を作り出したりと、かなり慎重な動きを見せる司令塔だった。

 だが――

?『そこぉっ!』

 空の砲撃が掻き消され、防壁となった兵隊イマジンが消え去ろうとする瞬間、
 濃霧のようなマギアリヒトの空間を切り裂いて、茜色の魔力を纏った黒騎士が突進する。

 茜とクレーストだ。

 右手に構えた大太刀に、身に纏う魔力と同じ茜色をした電撃が走る。

茜『天ノ型が参・改! 破天・雷刃ッ!!』

 雷電変換された魔力を纏った、全体重をかけた超高速の突き。

 本来ならば左の小太刀による陣舞と合わせた、高速二段突きの天舞・破陣がその真骨頂だが、
 敵の防御を突き崩す陣舞の役割は空の砲撃が果たしてくれた。

 部下の犠牲で自身の身を守れたと思い、次なる指示のために動き出そうとしていた司令塔イマジンは、
 目隠しのマギアリヒトの霧の向こうから突進して来るクレーストの姿に驚愕する。

イマジン『Kaッ――』

 慌てて指示を出そうと顎を鳴らした瞬間には、クレーストの突きは口から腹までを正確に刺し貫いていた。

茜『空、止めだっ!』

 茜は振り返る事なく、太刀の切っ先を後方上空に振り払うようにして放り投げる。

 一方、空も油断無く次弾を放つ手筈を整えていた事もあり、驚きながらも茜とのコンビネーションに応える事が出来た。

空「了解ッ! 出力ハーフマキシマム……ファイヤッ!!」

 カノンモードのままの長杖から、巨大な魔力砲弾が放たれる。

 フルチャージでは無いが、魔力の弱い個体相手ならばこれで十二分だ。

 空の放った一撃は、上空高くで藻掻く司令塔イマジンを瞬く間に消し飛ばした。

レオン『おっ、急拵えの割にいい感じに合わせて来るな』

 後方で間断なく牽制射撃を続けていたレオンが、その様子に歓声を上げる。

 シミュレーターや組み手で少しはお互いの呼吸を掴んではいたが、
 レオンの言葉通り、急造とは思えないほど整ったコンビネーションだ。
76 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:47:36.25 ID:ibyFM1MOo
空(凄い……レミィちゃんやフェイさんとのコンビネーションとも違う……。
  身体に馴染むような、不思議な感覚だ……!)

 急造コンビネーションの成功には、空自身も驚いていた。

 打ち合わせなど一切無く、茜が自分に合わせ、その茜に自分が合わせると言う、
 実に行き当たりばったりのコンビネーションだったにも拘わらず、この結果だ。

 オリジナルドライバー同士が幼馴染みであり親友同士でもあり、連携能力も高かったが故に、
 二機に選ばれた現在のドライバー同士でも通じ合う部分があるのだろう。

 阿吽の呼吸と言っても過言では無い能力だ。

空(これで……エールが完全だったら……)

 空は昂奮と同時に、そんな思いを抱く。

 もしも、エールが完璧な状態だったら……。

 せめて、AIが完全に起動していたら……。

 自分と茜は、どこまでのコンビネーションを見せる事が出来るのだろうか?

 そんな思いを抱かずにはいられなかった。

フェイ『隊列の瓦解を確認。各個撃破に移行します』

 だが、そんな空の思考の翳りを、フェイの冷静な声が振り払う。

空(戦闘中に何を考えてるんだろう、私……!)

 空は慌てて頭を振ると、副隊長としての任を果たすべく、仲間達に向けて回線を開く。

空「レミィちゃん、フェイさん!
  二十六小隊の皆さんと連携して一体一体、確実に倒して下さい!
  前衛は私と本條小隊長が務めます!」

サクラ『朝霧副隊長の現場判断に任せます。

    敵を残したら、その個体が司令塔になって増殖する危険があるわ。
    一体でも逃がさないように十分注意して!』

 空が指示を出すと、司令室のサクラからも注意の声が飛ぶ。

 集合型イマジンの一番厄介な所は、サクラの注意の通りである。

 一体でも残しておくと、周囲のマギアリヒトを吸収して司令塔と化し、新たな兵隊を作り出す。

 これまたサクラの言葉通り、一体残らず倒さなければならないのだ。

 そして、サクラの言葉を皮切りに、空の指示で全員が一斉に動き出す。
77 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:48:14.18 ID:ibyFM1MOo
茜『アルベルト、私と01の援護に着け!
  東雲、徳倉はそれぞれ12、11の後方支援だ!』

レオン『ウィっす、お嬢!』

紗樹『……東雲、了解しました』

遼『徳倉、了解』

 茜が指示を出すと、第二十六小隊の面々は返答と共にそれぞれの配置に回った。

 紗樹の返答が僅かに鈍かったのは、おそらくレミィの援護に付けなかったためだろう。

 そんな部下の様子に、茜は情けないやら微笑ましいやらで複雑な表情を浮かべて肩を竦めた。

 一方、イマジンにも動きがあった。

 いや、それは“動き”などと言える整然とした物ではなかった。

 司令塔を失ってバラバラに逃げ惑う、正に潰走だ。

 空達はそれらを追い掛け、一体一体、確実に処理して行く。

 中には錯乱して向かって来る者もいたが、それらも慌てずに撃破する。

 こうなってしまえば、後は作業だ。

 逃げ惑う兵隊イマジン達を追い掛けて、徐々に戦域も拡大しつつあるが、
 軍のギガンティック部隊が作る防衛ラインからの牽制射撃で追い返される。

空「何て言うか……こうなって来ると害虫駆除みたいだね……」

レミィ『相手も蜘蛛だしな……っと、少し離れた場所に動いたヤツがいる。
    私は徳倉さんとそっちを叩きに行く』

 苦笑い気味に漏らした空の言葉に応えたレミィは、そう言って戦列を離れて行く。

 空は横目でレミィのヴィクセンを見送りながら、
 正面から向かって来た兵隊イマジンを長杖のエッジで大上段から叩き斬る。

 確かに、戦況は空の言葉通り、害虫駆除の様相を呈していた。

空(嫌なタイミングで出現されたけれど、これなら何とかなりそう……)

 戦闘を続けながら、空は胸を撫で下ろす。

 この調子ならば、あと数分で全てのカタが付くだろう。
78 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:49:06.73 ID:ibyFM1MOo
 そんな戦場の雰囲気は司令室にも伝わっていた。

ほのか「今回は無事に終わりそうですね……。
    発見が早かった事と、イマジンが巣作りに注力していたお陰で、
    現状、人的被害も伝えられていませんし……」

 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかは、
 ディスプレイに次々と映し出されるデータを確認しながら呟いた。

明日美「ええ……。
    朝霧副隊長と本條小隊長の連携の練度も確認できたし、戦果としても十分ね」

 明日美も頷いてから、感慨深げに返す。

 実際、明日美の目から見ても空と茜の連携は見事だった。

明日美(流石に母さんと奏さん程ではないけれど……、
    それでもここまでの連携を見せてくれるとは思わなかったわ……)

 砲撃直後の突撃、ほぼ間隔を開けず上空への投擲に砲撃を合わせる。

 急造でここまでのコンビネーションを見せられたら、納得せざるを得ない。

明日美(派遣期間が終わってロイヤルガードに返すのが惜しいくらいね……)

 明日美は不意にそんな事を思う。

 あの二人を同じチームに所属させる事が出来たら……。

明日美(………出来れば、クライノートの適格者がいてくれたら、
    さらに良かったのだけれど……。まあ、無理ね……どちらも)

 と、そこまで考えて、明日美は溜息と共にその考えを否定した。

 これでも一組織の長だ。

 無茶を承知で通さなければならない事もあるが、コレはさすがに無茶をしてまで通すべき事ではない。

 ロイヤルガード上層部が納得し、軍部が黙認しようとも、茜自身が異動に納得しないだろう。

 彼女の目的は、あくまで警察の構成員としてオリジナルギガンティックのドライバーを務める事だ。

 ギガンティック機関に所属していてもテロと戦う事は出来るが、優先度は低くなってしまう。

 それは彼女にとって都合の良い事ではない。

明日美(あの子の頑なさは、どう考えても母さん譲りね……隔世遺伝かしら?)

 明日美がそんな事を考えていると、不意に傍らのアーネストが口を開く。

アーネスト「何かお悩みですか?」

明日美「ええ……あの子達の連携を見ていて、ふと、ね」

 小声で話しかけて来たアーネストに、明日美はどこか自嘲気味に呟く。

アーネスト「ああ……それは確かに」

 明日美の口調から察したのか、アーネストも納得したように頷き、さらに続ける。

アーネスト「……茜君が、納得しないでしょうね」

明日美「ええ……」

 思わず噴き出しそうになるのを堪えて、明日美は溜息混じりに頷いた。

 どうやら、彼の考えも行き着く先は同じようだ。

明日美「それに、仮に逆の場合は朝霧君も……。理由は茜君とは正反対でしょうが」

明日美「ああ……そう言うパターンもあり得るのね」

 アーネストの意見に、明日美は思い出したように漏らす。

 空がロイヤルガードに出向すると言う選択肢も、有るには有った。

 空は副隊長として部隊に欠かす事の出来ない人材になりつつあるので、
 無意識の内にその選択肢を除外していたようだ。
79 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:50:01.46 ID:ibyFM1MOo
明日美「まあ、しばらくはこの編成でしょうし、束の間の夢みたいな物よ……」

 明日美は小さく頷いてから、感慨深く漏らす。

明日美「………」

 無言のまま軽く握った拳を、胸元に翳す。

 四十四年前、人類がイマジンに敗北し、
 地球外に脱出した人々の護衛として師や師の母達が去って行ったその日以来、
 あの二機が連携して戦う様を再び見られるようになるとは明日美自身も思っていなかった。

 ほんの数ヶ月の間とは言え、甦ったその姿は、
 明日美にとっては正に束の間の夢のような光景なのだろう。

 若かりし日に、その背を追って強くなろうと邁進し続けた、
 瞼の裏に焼き付いた残光のような記憶が、目を見開いた先で繰り広げられている。

 これ程、嬉しい事は無い。

アーネスト「明日美さん?」

 一方、黙り込んでしまった明日美を心配してか、アーネストが不安げに呼ぶ。

明日美「ん、ああ……ごめんなさい。
    年甲斐も無くドキドキしてしまったわ……」

 明日美は照れ隠しに笑みを浮かべて、しっかりとメインスクリーンを見据えた。

 戦闘も佳境で、残りの兵隊イマジンも十数体と言った所だ。

 しかし、その時である。

リズ「? ……戦闘区域のセンサーが魔力異常増大を察知!
   該当識別コードありません!」

 不意に入って来た情報に、リズが驚いたような声で報告する。

ほのか「サクラ、リズと連携して状況確認、戦況マップ構築急いで!
    加賀さんはそれを各ドライバーに逐次転送!」

 ほのかは慌てた様子で指示を出し、背後の明日美とアーネストに視線で確認を取る。

アーネスト「コンタクトペレーター各員、魔力の異常増大が起きているポイントの特定を急げ」

 アーネストは足りない部分の指示を出し、明日美と目を合わせる。

アーネスト「状況は、また芳しいとは言い切れなくなって来ましたね……」

明日美「ええ……。ただ、第三フロートと正反対だったのが不幸中の幸いかしら……」

 苦々しげなアーネストの言に、明日美は思案気味に呟く。

 第三フロートにはまだ四十個近い卵嚢が未処理のまま残っている。

 魔力の異常増大のような刺激が卵嚢群の付近で起きたとしたら、それこそ大惨事に直結しかねない。

 そして、こちらは丁度、正反対の第七フロート側だ。

 状況の確認は未だ正確ではないが、現時点では不幸中の幸いであった。

 そう、“現時点”では。
80 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:51:15.99 ID:ibyFM1MOo
エミリー「メイン・第七フロート連絡通路隔壁が異常を検知しました!
     周辺カメラの映像から大量の魔力による爆発と思われます!」

ルーシィ「兵隊イマジン、魔力反応に向けて移動開始!」

 エミリーとルーシィの報告を聞きながら、明日美は沈思する。

 イマジンが引き寄せられていると言う事は、純粋な魔力による爆発の可能性が高い。

明日美(つまり……魔導弾のような魔力爆弾による爆発?
    イマジンでは無いと言う事……第七フロートとの連絡通路で?

    …………まさか!?)

 頭の中で情報を整理しながら、明日美はある推測に行き当たり、驚きで目を見開いた。

明日美「至急、隔壁付近の映像をメインスクリーンに!」

 明日美が慌てた様子で指示を出すと、すぐにメインスクリーンに現場の映像が映る。

 どうやら、情報収集の間に準備がされていたようだ。

 確かに、エミリーの報告通りに魔力爆発が起きたようで、隔壁周辺が円形に消し飛んでいる。

 砕け散ったマギアリヒトが粉塵のように舞って輝いている様は、通常の爆発や火災とは違う事を現していた。

 しかし、事態はそれだけでは終わらない。

 マギアリヒトの粉塵の向こうから、巨大な影が幾つも姿を現す。

 ギガンティックだ。

ほのか「機種と所属の特定急いで! 警察庁と行政庁に緊急通達!」

 ほのかは愕然としながらも仲間達に指示を飛ばす。

 機種はともかく、状況証拠だけでも所属は一目瞭然だ。

 そう、第七フロートから現れる所属不明の機体など、60年事件の実行犯達以外にあり得ない。

アーネスト「………こんなタイミングで、連中が動くとは」

 アーネストは自分たちの見通しが甘かった事を思い知らされ、歯噛みするように呟く。

明日美「っ………!」

 明日美も両手を額の前で組み、顔を俯けさせて苦悶の表情を浮かべた。

 しかし、いつまでも俯いていられない。

 同じ戦闘区域にイマジンとテロリストが現れるなど、前代未聞の状況だ。

 早急に対処出来る者が、これに対処しなければならない。

明日美「各機に伝達! これよりイマジン、テロリストの両面殲滅作戦に移行します!」

 明日美は決断と共に顔を上げ、そう宣言する。

 明日美からの指示に、司令室にかつてない緊張が走った。


 西暦2075年7月8日。
 十五年前に閉ざされた第七フロート第三層と繋がる扉の一つが、今、再び開かれたのだった。


第15話〜それは、開かれる『災厄の扉』〜・了
81 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/08/14(木) 20:53:13.15 ID:ibyFM1MOo
今回はここまでとなります。
次回からはようやくテロリスト編本番……
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/16(土) 21:15:46.63 ID:1bxLXynQ0
蒸し暑さの中、乙ですた!
テロに対するそれぞれの考え、読むうちに自然に背筋が伸びる思いでした。
中でもフェイさんのそれは、今の色々な状況を踏まえて読むと考えさせられます。
ここ数日の間にも、色々とありすぎましたからねぇ……
そのテロリスト……うん、名前と言い、警備から垣間見える性質といい、多くは口にしませんが”アレ”ですなww
ユエさん謹製の新型専用ギガンティックは、きっとマンホールが弱点ではないかとゲスパーしてしまいましたww
そしてクモ型イマジン。
いやぁ……クモではありませんが、卵からワラワラと……は一度体験していまして……カマキリでしたけどね。
アレは、別段昆虫もクモも嫌いではない身からしても、キモいですわぁ……反面、クモイマジンが司令塔を潰されてからの
群体が逃げ惑う様は正に「クモの子を散らす」で、ちょっと笑いと共に可哀相、という気もしましたがww
そんな騒然とした場へのテロ襲来。確実に狙ってた動きですね……いかにも、と言う動きではありますが、どうなる事か……
次回も楽しみにさせて頂きます!
83 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/17(日) 16:47:00.62 ID:zeDB7eqXo
お読み下さり、ありがとうございます。

>蒸し暑さ
37〜9℃の酷暑を味わうよりマシと思っていますが、それで耐えられたらクーラーとかいらないですorz

>テロに対するそれぞれの考え
一人、“テロは死すべし、慈悲はない”の極右ッ娘がいますが、
概ね、みんな中道右派から中道左派です。
ただ、フェイの場合は理想論より過ぎるきらいもあるのですが……。
それでも、単なるお花畑にならないよう、中道左派程度に収められるよう、
ならどうすべきか、と言う、改革的よりも改善的な流れにしてみました。
余談ですが、個人的な意見はレミィが一番近いです。

>“アレ”
結編のヨハンといい、今回のホンといい、イメージを一定方向に煮詰めるとこんな感じですよね(目逸らし
ちなみに、ホン・チョンスの漢字表記は洪・天守となります。
この偽名臭さと中二臭さが漂う名前ですが……天守【チョンス】氏は普通に実在します。
何の事件かは忘れましたが、国内の事件で捕まった人の“本名”がコレだったかと。

>マンホールが弱点
あと、湾内に漂流している木材や急な雨天、
兵士に聞かせるBGMに「ジングルベル」を選ばない辺りにも注意すべきかと思いますw

冗談はさておき、その発想はありませんでしたw

>卵からワラワラ
なんで一個の卵からあんな数がうじゃうじゃとわいて来るのかと……TKG信者がしばらく卵食えませんでしたよ。
それでも、貴重な体験をしたと思えば、多少は良い記憶に………………………………………なりませんなorz

この展開を考えた途端に自宅の庭にクモの卵嚢(孵化済み)を十数年ぶり見付けました。
卵嚢と無関係に出現したイマジンがクモ型になったのはこのせいですw

>クモの子を散らす
“わ〜おやびんやられた〜”“にげろ〜”ですからねぇw
空がPTSDの完治に向かっている事に合わせて、前回のアルマジロも含め、
多少、イマジンの行動パターンが可愛くなっているかもしれませんw

>テロ襲来
騒ぎに便乗 さっさと登場 そしたら早くも惨状(日本語ラップ
はい、センスの欠片もありませんねorz
やはり騒ぎに託けて暴れるのが一番楽で、一番目立ちますからねぇ……。
ただ、犯行声明はもうちょっと後になるかと思います。

>次回
現状、決まっているサブタイトルは、変更が無ければ、
“それは、守るべき『正義の在処』”
となっております。
どんな展開になるかは、ご想像にお任せします。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/08(月) 22:59:12.16 ID:fhz9RO/P0
保守るよ
85 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/09/16(火) 19:40:14.65 ID:PlNK1o9mo
>>84
保守ありがとうございます。

では、最新話を投下します。
86 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:41:09.47 ID:PlNK1o9mo
第16話〜それは、守るべき『正義の在処』〜

―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、夕刻前。
 第三フロート第一層、外郭通路――


 内壁と外壁の間に存在する無数の作業溝の中でも一際広い空間は、
 かつては航空機の格納庫に使われていた場所……駐機場だった。

 近隣にはかつて空港として使われていた施設もあり、三十機以上の大型航空機を格納できる広さを誇るその場所。

 かつての人類の繁栄を思わせるその空間は、イマジンの卵嚢が群生する魔境と化していた。

 駐機場から三方向に伸びる出入り口の内、
 内部に通じる二つは巨大なシールドを構えた軍のギガンティック部隊が封鎖しており、
 卵嚢の除去作業はその半ば閉鎖された空間の内側で行われていた。

 マギアリヒトで構成されていない旧世代の重機を用い、
 そのクレーンで直径二十メートルほどの卵嚢を引っかけ、解体作業場まで牽引した後、
 オリジナルギガンティックが卵嚢の外郭を解体、内部にある十個前後の卵を一つずつ破壊すると言う地道な作業だ。

 今も丁度、ゆっくりとした動きで一つの卵嚢が、
 膝立ちの姿勢で待つプレリー……マリアの元へと運ばれて来た所だ。

マリア「これで、えっと……丁度、八十個目か。
    残り三十個を切ったって言っても、先は長いわ……」

 目の前に運ばれて来た卵嚢を見下ろしながら、マリアは辟易とした様子で漏らす。

 口を動かしながらも、彼女の手は休むことなく動き続けていた。

 固定された卵嚢をオプション装備のナイフで切り裂き、内部から卵を一つ一つ取りだしては、
 掌にだけ魔力を込めて押し潰し、ゆっくりと霧散させる。

 最早、手慣れた物だ。

 但し――

マリア「………っふぅぅぁぁ………」

 十個の卵を潰し終えたマリアは、長く深いため息を漏らす。

 ――その十分足らずの作業で、マリアは神経をかなりすり減らしていた。

 それもその筈。

 動かぬ卵嚢とは言え、イマジン十体を同時に相手にしているような物なのだ。

 しかも、魔力を込めて結界装甲を展開せねばならないのに、
 卵嚢には強い魔力的な影響を及ぼす事は厳禁と来ている。

 最小限度の魔力と結界装甲で卵嚢を切り裂き、掌にだけ集中した魔力で卵を握りつぶす。

 他に影響を及ぼさないようにするだけでも大変だと言うのに、
 そんな細かな作業を要求されるのでは神経がすり減るのも無理は無い。

マリア「っと……お……!?」

 膝立ちの体勢から立ち上がろうとしたマリアは、
 立ちくらみを起こしたかのようにその場でフラついてしまう。

クァン『お疲れ、マリア……』

 だが、そのマリア……プレリーの背を、カーネル……クァンが支えた。

マリア「ん……サンキュ……悪いね」

クァン『気にするな。
    ………今日はお前の分も終わったし、先に上がって休むといい』

 照れくささ半分と言った風な感謝の言葉を述べるマリアに、
 クァンはそう言って入れ替わるように、先程までマリアの使っていた解体作業場に入った。

マリア「ったく……心配性なんだからさ……。
    警戒態勢は続けておくよ」

 そんなクァン……カーネルの背中を見送りながら、
 マリアは少しだけ不満そうに言い残して後方へと下がる。
87 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:41:45.66 ID:PlNK1o9mo
 マリアがプレリーと共に作業場から離れると、
 軍のギガンティックによって閉ざされていた巨大シールドのバリケードが開かれた。

風華『お疲れ様、マリアちゃん』

マリア「ただいま、隊長」

 そこで、ローテーションの休憩を終えた風華と入れ替わる。

 先に休んでいたメンバーが、現在作業中のメンバーのサポート――
 要は、万が一に孵化した際の援護要員だ――に就く。

 作業を終了したばかりのメンバーは休息と機体のメンテを行い、次の作業に備えるのだ。

 ちなみに、ローテーションは風華、瑠璃華、マリア、クァンの順となっていた。

 つまり現在は、解体作業中のクァンの援護を風華が務める番、と言うワケだ。

 マリアは愛機を専用ハンガー車輌まで移動させて固定すると、ハッチを開いて外に出た。

プレリー「お疲れ様でした、お嬢様」

 すると、ハッチ近くのコンソールの上に待機していたプレリー型ドローンが、そんな彼女を迎える。

マリア「おう、プレリーもお疲れ!」

 マリアはプレリーを抱えながらそう応えると、ハンガーの下に降りて、横付けされている宿舎車輌に向かう。

 早速整備を始めてくれた整備員達に礼を言いながら、途中で受け取ったジャケットに袖を通す。

 ふと目を向けると、既にチェーロの整備は終わっているのか、ハンガーは倒されている。

マリア(そっか……今の時間じゃ瑠璃華も上がりか……)

 その様子を見て、ふとそんな事を思う。

プレリー「今は五時を回った所ですから、風華さんと突風さんの番は回って来ませんね」

マリア「みたいだね……」

 自分の考えを察してくれたようなプレリーの言に、マリアも思案気味に返す。

 一日も早く処理したいのは山々だが、文字通りの二十四時間作業と言うワケにもいかない。

 作業の時間帯は早朝の四時から夕刻の十八時まで。

 クァンの作業が終わるのは、どんなに短く見積もっても四十分程度。

 卵嚢の処理自体は個体差はあっても十分前後だが、
 解体作業場まで牽引して来るクレーンの性能に問題があるのだ。

 クレーン自体が旧式で卵嚢をアームに固定するのに手間が掛かってしまう事と、
 卵嚢を刺激しないよう慎重に移動させるには長時間を要するため、
 どうしても準備の時間が長くなってしまうのである。

 そんな理由もあって、これからクァンの行う卵嚢の解体作業が終われば、今日の所は作業終了が妥当だ。

 おそらく、指揮車輌にいるタチアナも同じ判断を下すだろう。

 初日の頃よりは作業スピードも上がり、想定していた日程よりも早く作業が終わりそうな事も手伝っての事だ。

 事実、これまでに解体した卵嚢群は八十個……クァンがこれから解体する物を含めれば八十一個。

 最初の三日間は日に十五個が限界だったが、この二日間は十八個は解体できている。

 そして、残る卵嚢は二十五個。

 この調子ならば明後日の午前中には全て解体できるだろう。 

 マリアがそんな事を考えながらレストスペースに入ると、その片隅で瑠璃華が何事か作業をしているようだった。
88 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:42:25.97 ID:PlNK1o9mo
マリア「瑠璃華、休まなくていいのか?」

瑠璃華「ん? マリアか……。

    もう少しで213の細かい詰めが終わるからな、
    今日中に最後の設計データを山路の技研に送っておきたいんだ」

 驚いたように尋ねたマリアに、瑠璃華は作業を続けながら応えた。

マリア「213……新型のレミィ用の方か」

瑠璃華「ああ、ただまあ、仮称213と言う所だな」

 思い出すように呟いたマリアの言に小さく頷いて応えてから、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「……結局は211に使ってるヴィクセンの試作型ハートビートエンジンを使うからな。
    あくまでフレームの開発コードが213ってだけで、扱いは211のままだぞ。

    ついでにアルバトロスもフレームは214だが、基本的に212のままだな」

マリア「……何だか面倒だな」

瑠璃華「曲がりなりにも区分はオリジナルギガンティックだからな。
    誤解を生まないようにエンジンの数以上に増えるのはアウトなんだ」

 自分の説明にガックリと肩を落としたマリアに、
 瑠璃華は苦笑い混じりに応えて、作業を続けながら再び口を開く。

瑠璃華「正直、所在不明の5号エンジンの204と6号エンジンの205の番号を使わせて貰いたいぞ……」

マリア「204と205か……。
    アレってどうなってるんだっけか?」

 瑠璃華が愚痴っぽく漏らすと、マリアは不意に思い浮かんだ疑問に首を傾げた。

瑠璃華「205は改装開始以前……イマジン事変の初期にドライバー死亡と一緒に機体が大破して欠番だ。

    204はばーちゃん本来の機体を改装する予定だったが、
    ばーちゃんが改装試作前から改装試作機の200を使えたから他を優先してお蔵入り。

    資材的には十一個作った形跡があるが、ばーちゃんのお父さん……
    フィッツジェラルド・譲羽博士が亡くなった38年当時に確認できたのは、
    200から210までの内、204と205を除いた九つだけだったそうだ」

マリア「ああ、そうだ、そうそう」

 淡々と語る瑠璃華に、マリアはアルフの訓練所で教えて貰った事を思い出しながら頷く。

 だが、不意に納得がいかない、と言いたげな表情を浮かべる。

マリア「って言うか、十一個分の資材使ったなら十一個無けりゃおかしいだろう?
    どうなってんだ?」

瑠璃華「私に言うな。

    ……まあ、設計製作全部一人で、作った本人の頭の中にしか
    設計図が存在しないんじゃないかってオーパーツだからな。
    ………それで、どうしても見付からない204と205のエンジンが、
    今も所在不明扱いと言うワケだ」

 マリアの言に、瑠璃華は溜息がちに応えてから作業を終えた。
89 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:43:18.15 ID:PlNK1o9mo
マリア「もう終わったのか?」

瑠璃華「基本設計は他の機体を叩き台にして七割型は完成していたし、
    さっきも言ったが細かい詰めだけだったからな。

    空達が本部でやってくれていたシミュレーターのデータに合わせて微調整しただけだぞ」

 驚いた様子のマリアに、瑠璃華は広げていた各種の端末や資料を整頓しつつ応える。

瑠璃華「あとはコレを山路の技研に転送すれば、まあ遅くとも二週間程度で完成品が届くな」

マリア「そんなに早く作れる物なのか?」

 思案気味に漏らした瑠璃華に、マリアはさらに驚く。

 ギガンティックを一から作るのにどれだけの時間がかかるかは知らないが、
 それでもそんなに短い時間で作れる物なのだろうか?

瑠璃華「ん? ああ、ヴィクセンのエンジンも乗せ換える必要があるから、
    最終的な組み立てや微調整はウチの技術開発部でやるんだ。

    それに、パーツの作成に関しては技研にも高速成型システムがあるからな」

 マリアの疑問に応えた瑠璃華は、どこか得意げである。

 それもその筈、山路技研――
 無論、テロリストが根城にしいている旧技研ではなく、メインフロートに存在する新たな技研だ
 ――にある高速成型システムとは、瑠璃華の発明品だからだ。

 ちなみに、その高速成型システムと言うのが、瑠璃華が春樹の実家である
 現M.J.CRAFTに譲渡した特許を使用した発明品でもある。

 簡単に言えば、マギアリヒトを設計図通りに分子単位から固着・成型する装置で、
 その気になれば複雑な構造物や機構すらシステム内部で組み上げてしまえる程だ。

瑠璃華「やる気になれば半日で組み上げられるだろうが、
    向こうも390シリーズの量産中だからな。

    空いたラインを間借りしてボチボチとなると、やっぱり一週間から二週間だぞ」

マリア「へぇ……ギガンティックって、そんな早く作れる物だったんだ」

 瑠璃華の説明が終わると、マリアは感心しきりと言った風に漏らす。

瑠璃華「まあ、私の発明のお陰だな」

 マリアの様子を受け、瑠璃華はさらに得意げに胸を張る。

 実際、瑠璃華の高速成型システムが開発される以前は、どれだけ急いで製作しても、
 パーツから製作した場合の工期は半月から一ヶ月ほどかかるのが常だった。

 それだけマギアリヒトをギガンティック用に成型するのは時間と人手、
 そして高い技術を要する分野だったのだ。

 工程の簡略化に加えて、精度とコストパフォーマンスの向上を同時に成し遂げた瑠璃華の発明は、
 正に革新的な物だった、と言う事である。

 瑠璃華が鼻高々なのも無理からぬ事だ。
90 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:44:09.99 ID:PlNK1o9mo
 だが――

マリア「けど、一から作るのがそんなに早いのに、何でプレリー達の修理は時間がかかるんだ?」

瑠璃華「ああ……」

 マリアのふとした疑問に、先程まで胸を張っていた瑠璃華も、
 何処からか“ずぅん”と言う音が聞こえて来そうなほど気落ちして肩を落とす。

瑠璃華「成型システムで一気に直せないのは、エンジンの解析が不完全なせいだぞ……。

    解析困難なエンジンと密接に絡むパーツがどこに使われているか分からないから、
    とりあえず、破損したり滑落した部位からまだ使えそうな純正パーツを回収して、
    それに合わせて必要なパーツを成型し直すんだ……」

マリア「うわぁ……」

 半ばどころか完全に愚痴気味な瑠璃華の様子に、
 マリアは“やべぇ、地雷踏み抜いた!?”と言いたげな表情で漏らした。

 そして、瑠璃華の愚痴はさらに続く。

瑠璃華「いつぞ、チェーロの手足やカーネルの下半身が丸々ダメになった時は、
    三日三晩かけて無事なパーツを探り当てて、残ったフレームに歪みが無いか確認して、
    それからようやく山路の本社にパーツを発注してな……」

 朗々と愚痴を呟き続ける瑠璃華の瞳は、次第に遥か彼方を見るように遠くなって行った。

 瑠璃華が言っているのは、半年ほど前のイマジン連続出現事件の最後、
 エール型イマジンから受けた損傷を修理した時の事だろう。

 カーネルは合体状態で両腕……下半身を斬り飛ばされ、
 チェーロも合体状態で背面を吹き飛ばされて、本体の手足を失う事となった。

 カーネルの場合は斬り飛ばされた下半身そのものがある程度原型を留めていたが、
 手足を吹き飛ばされて黒こげになったチェーロは大破同然の状態。

 それこそ、燃えた立体ジグソーパズルから無事なピースを探すような不毛な作業を強いられたのだ。

 凄まじいダメージを受けた事もあって、最早、トラウマである。

マリア「む、無理するな? な?」

 さすがに自分の失言が原因で始まった発作と言う事もあって、マリアは慌てた様子でフォローした。

 そのフォローが効いたのか、瑠璃華はすぐに立ち直る。

瑠璃華「だが、213と214が完成したら、そんな悩みとも縁を切れるかもしれんぞ」

 そう言って、瑠璃華はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

瑠璃華「211や212のフレームはオプションを寄せ集めて作った物だったが、
    213と214は私の完全オリジナルだ。

    フレームを換えても性能が落ちない、或いは性能が以前よりも上がるようならば、
    これまでのような修理方法ではなくパーツを一から作り直したり、
    或いは機体の一部を改修する事だって出来るようになるぞ!」

 遥か彼方を望んでいた瑠璃華の瞳には、次第に覇気と輝きが宿る。

マリア「お、おぅ」

 一方、マイナスからプラスに振り切れた瑠璃華のテンションに置き去りにされたマリアは、
 何と言って良いか分からずに適当な相槌を返す。
91 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:44:57.22 ID:PlNK1o9mo
 その相槌で、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「手始めにOSSの改良と強化だぞ。
    ギガンティック本体は手を付けにくい部分が多いからな、外付けの外装から強化だ。

    いや、それならいっそ長期プランで新型OSSを開発するのも良いな……。

    現ドライバーの特性に合わせて作った新OSSが機能するなら、
    戦力と一緒に運用性強化も見込めて一石二鳥だ」

マリア(それだと、プレリーとカーネルの強化はどうなるんだ?)

 瑠璃華の独白を聞きながら、ふと生まれた疑問をマリアは飲み込んだ。

 そんな事を言ったら最後、この場で新しい図面を引きながら長時間の説明をされかねない。

 まあ、互いをOSSの代わりとして上下を入れ替えて合体する自分とクァンの愛機がどのように強化されるのかは、
 少々ならずとも気になる物だが……。

 ともあれ、マリアのそんな複雑な心の内を知ってか知らずか、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「そうだな……飛行出来ない機体を飛行可能にするのも面白そうだぞ。
    ついでに――」

 興奮しきりの瑠璃華がそこまで言いかけた時だった。

オペレーター『待機中のドライバー各員に緊急通達します!
       直ちに機体に搭乗後、別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!

       繰り返します、待機中のドライバー各員は直ちに機体へ搭乗、
       別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!』

 どこか慌てた様子の緊急放送が辺りに響き渡る。

 アナウンスを行っているのはナイトシフトのコンタクトオペレーターだ。

瑠璃華「ん? またぞろ新しいイマジンか?」

 乗っていた興を削がれた瑠璃華が怪訝そうに首を傾げた。

 イマジン――空達が戦っている集合型イマジンだ――出現の報せは聞いていたが、
 新たなイマジンが出現したのだろうか?

マリア「それにしてはウチの警報が鳴らなかったな」

 マリアも疑問半分呆れ半分と言った風に呟く。

 慌て過ぎて警報を鳴らし忘れたのだろうか?

瑠璃華「まあ、とにかく向こうに戻るか」

 瑠璃華はそう言って立ち上がる。

 白衣を纏っていて気付かなかったが、彼女もまだインナースーツのままだったようだ。

マリア「ったく、シャワー浴びる前で助かったよ……」

 マリアは厭味混じりに呟くが、自分たちの仕事の重要性は理解している。

 口ではそう言いながらも、瑠璃華と共にハンガーへと向かった。
92 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:45:49.10 ID:PlNK1o9mo
 駆け足気味にハンガーに戻ると、チェーロもプレリーも寝かされたまま、まだ整備は続いていた。

 どうやら、今すぐに出撃と言うワケでも無いようだ。

 マリアは手近なコンソールの上にプレリー型ドローンを置くと愛機へと乗り込む。

 すると、すぐに指揮車輌との通信回線が開いた。

マリア「警報無しで呼び出しとか、何があったの、アリスさん?」

 マリアは早速、通信相手であるアリスに尋ねる。

アリス『マリアちゃん、それに天童主任も揃ってますね。
    クァン君と風華さんも作業を一旦中断して下さい。
    パブロヴァチーフから通達があります』

クァン『ふぅぅぅ……大丈夫です、作業開始直前でした』

 アリスからの指示に、クァンは長い溜息を漏らしながら呟く。

 どうやら、今からナイフで卵嚢の解体をしようとしていたのだろう。

 一旦集中してしまった意識と身体を、溜息で緊張ごと解きほぐしたのだ。

タチアナ『では、作業中の二人は警戒を続けながら聞いて下さい』

 と、そこでタチアナとの通信回線が開いた。

 マリアが姿勢を正すと、他の三人も通信に意識を集中させる。

 その気配を察し、タチアナはごく短い深呼吸の後で口を開く。

タチアナ『本日一七〇五、メインフロート第二層と第七フロート第三層を繋ぐ
     連絡通路の隔壁が爆破されたとの情報が、本部からもたらされました』

 緊張した様子のタチアナの言葉に、ドライバー達の間にも彼女と同等以上の緊張と、そして動揺が走る。

風華『隔壁の爆破……つまり、テロリストに占拠された階層と繋がったって言う事ですか!?』

 風華が慌てた様子で叫ぶ。

タチアナ『今は本部からの情報を待っている状態ですが、
     状況証拠だけで十中八九間違いなく、爆破もテロリストによる物と推測されます』

 タチアナの言葉は、風華の質問に対して暗に肯定の意を含んでいた。

 つまり、十五年も小競り合いだけで長い沈黙を保って来たテロリスト達が、
 何の因果か十五年目の節目を明日に控えた今日、ついに攻勢に出たと言う事だ。

タチアナ『現在、朝霧副隊長達とロイヤルガードの第二十六小隊が、
     イマジンとテロリストの二面殲滅作戦に当たっています。

     我々は緊急時に備えて現場に急行できるよう、待機に移ります。

     作業場にいる06と08はすぐに作業を切り上げ、
     機体をハンガーに固定後、待機任務に移行して下さい』

 タチアナからの指示はそこで終わった。

 全員が短い溜息と共に、全身の力を抜く。

クァン『……嫌な風向きになって来たな』

 不意に、クァンがぽつりと、そんな事を漏らす。

マリア「十五年ぶりってのがまた嫌な感じだね……」

 マリアも同意するように呟く。

 イマジンの出現と同時なのはともかく、自分たちが派遣任務で遠征に出払っている時期を見計らった攻勢。

 これは、ギガンティック機関が手薄なタイミングを狙っていたと考えて間違いないだろう。

 加えて、何らかの準備を調えているとも考えられる。

 クァンの言葉通り、確かに嫌な風向きだ。
93 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:46:33.22 ID:PlNK1o9mo
風華『空ちゃん達に茜ちゃん達もいるからもしもの事態は無いでしょうけれど、
   万が一に備えて、いつでも動けるよう身体を休めておきましょう』

 話を聞かされた時は慌てた様子だった風華も、落ち着きを取り戻したのか冷静にそう言った。

瑠璃華『そうだな……作業を中断してまでの待機命令だ。
    今は出来る限り身体を休める事に集中するべきだぞ』

 瑠璃華も風華に同意して続ける。

 そう言うと、瑠璃華は早々に回線を切ってしまった。

 言葉通りに身体を休める事に集中するのだろう。

 彼女の場合、休憩中もヴィクセンとアルバトロスの新フレームの設計をしていた事もあって、
 疲労も限界だったのだ。

マリア「んじゃ、アタシも仮眠取りますかね」

 マリアはそう呟いて、回線を切る。

 そうは言ったものの、妙な胸騒ぎがして気は休まらない。

マリア「…………」

 無言のまま薄暗いコントロールスフィアの内壁を眺めていると、
 不意に小さな電子音が“Piッ”と鳴り響き、プライベート回線が開く。

クァン『……大丈夫か?』

 相手はクァンだった。

マリア「何だよ……?」

 マリアは驚き半分と言った風に応える。

クァン『いや……回線を切る直前、普段と声の調子が違ったのが気になったんだ。
    ………俺の思い過ごしだったら、すまなかった』

 微かな憂いと申し訳なさの入り交じった声で呟くクァンに、
 マリアは“ったく、だから過保護過ぎだっての”と消え入りそうな声で漏らす。

 だが、すぐに気を取り直し、安心したような笑みを浮かべて続ける。

マリア「……ああ、お前の思い過ごしだよ、安心しろ」

 マリアは笑みを浮かべて、どこか嬉しそうに応えた。

 別に無理をしていたワケではなく、自然とこうなってしまっただけだ。

クァン『いや、そこまで急にテンションを上げられると、逆に心配になるんだが……』

マリア「てっ、テンションとか上がってないからな!」

 今度は呆れ半分心配半分と言った様子のクァンに、マリアは慌てた様子で返す。

 殆ど無意識の事だったので、指摘されたマリアは頬を紅潮させてしまう。

 早い話、クァンが声音だけで自分の不安を察してくれた事が、嬉しくて堪らないのである。

 しかも、声音など疲れで元から違っていたにも拘わらず、だ。

マリア「お前こそ、さっきまで作業まっただ中で緊張してたんだから、さっさと休め!」

 マリアは照れ隠しに早口に言うと、乱暴に回線を切り、プライベート回線を閉鎖する。

 一応、通常回線は受け付けているから問題は無いだろう。

マリア「ったく……アイツは……。
    ストーカーか何かかよ……」

 マリアは唇を尖らせて不満を漏らすが、
 頬を紅潮させて唇を嬉しそうに緩めていては説得の欠片もあった物ではない。

 だが、しばらくする内に落ち着きを取り戻すと、それと同時に件の胸騒ぎも鎌首をもたげる。

マリア「………何も無けりゃいいけど……」

 胸の奥で次第に膨らむ胸騒ぎに押し出されるように、マリアはぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。
94 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:47:20.46 ID:PlNK1o9mo
―2―

 その頃、メインフロート第二層、第七フロート連絡通路隔壁前――

 テロリストの仕業と思われる……いや、間違いなくテロリストの仕業で破壊された隔壁の周辺では、
 ロイヤルガードの支援を受けたギガンティック機関、潰走中の集合型イマジン、
 そして、その二勢力と鉢合わせしたテロリストが入り交じり、混沌としていた。


テロリストA『何でイマジンがこんなにいるんだよ!?』

テロリストB『ぎ、ギガンティック機関やロイヤルガードもいるぞ!?
       な、何だ、これ……何だってんだ!?』

テロリストC『聞いてない、聞いてないぞ、こんなの!?』

 テロリスト達は外部スピーカーを起動しているのか、口々に悲鳴じみた声で叫ぶ。

 おそらく、隔壁破壊後に犯行声明でも出そうとしていたのだろう。

空「……テロリストの人達、混乱しているみたい」

 その様子を観察しながら、空はふと思案げに呟いた。

 見紛う事もなく、テロリスト達は混乱している。

 テロリスト達の編成は七機。

 377改大型エクスカリバーが二機、352改バルムンクが四機、
 残る一機は特殊装備が可能な338改デュランダルだ。

 338改は数十年前に作られた、
 戦術魔導弾を装填できるバズーカを装備可能な特化型ギガンティックウィザードである。

 対イマジンを想定して開発されたものの、
 やはり結界装甲以上の効果は望めずに少数生産に留まったカスタム機だ。

 バズーカは発射後らしく、足もとにうち捨てられていた。

 どうやら、この338改が放った魔導弾で隔壁は破壊されたようだ。

茜『混乱しているなら丁度いい!
  イマジンもテロリストも、一気に押し潰すぞ!』

 茜はそう言うと、両手に太刀と小太刀を構えて突進する。

 茜色の電撃を伴った太刀が、真っ向からイマジンごと一機の352改を両断した。

 イマジンは真っ二つに叩き斬られて霧散し、
 352改は頭部の左付け根から右脇までを切り裂かれて沈黙し、その場に崩れ落ちる。

空「す、凄い……イマジンごとギガンティックを切り裂くなんて……!?」

 空も、自分達とテロリスト達に挟まれて困惑しているイマジンの一体をエッジで切り倒しながら、
 茜の神業的太刀筋に愕然と呟く。

 イマジンを切り裂きながらも、コックピットへの直撃を避けてギガンティックを無力化する。

 空も二つの目標を同時に撃破しろと言われたら、長杖のエッジを使って何とかする事は出来るだろう。

 だが、茜のように意図的に一方だけを倒し、もう一方を無力化までに止めると言うのは難しい。

テロリストD『戻るぞ! 後退しろ!』

テロリストE『も、戻ったら処刑されるんだぞ!?』

テロリストF『投降した方が……』

テロリストC『イマジンがいる中で暢気に投降なんて出来るかよ!
       どっかに隠れちまえばいいんだよ! もう、あんなクズ野郎にこき使われて堪るか!』

テロリストG『俺は……俺は任務を遂行しないと家族が……うわあぁぁぁっ!?』

 混乱しながら口々に叫ぶ中で、338改が数匹のイマジンに群がられて全身を食い破られて行く。

 イマジン達は338改のパイロットの絶叫をBGMに、
 338改を構成していたマギアリヒトを吸収して一回りも大きくなる。
95 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:48:12.68 ID:PlNK1o9mo
テロリストC『うわあぁぁっ!?』

 テロリスト達の中では最大戦力だった377改の一機――最も消極的だったパイロットの乗機だ――が、
 悲鳴と共にシールドとライフルをイマジンに投げつけ、背を向けて逃げ出した。

 仲間がイマジンに機体ごと食われている様を見せつけられては、さすがに平静ではいられない。

テロリストB『し、死にたくねぇよぉっ!?』

テロリストE『逃げろ……逃げろぉぉ!?』

 他のパイロット達もイマジンに向けて武器を投げ捨て、潰走を始める。

 連絡通路を引き返し、第七フロート第三層へと逃げ帰るつもりなのだろう。

 クモ型の集合型イマジン達も武器に含まれるマギアリヒトや魔力を吸収し、
 僅かに大型化すると、さらなる餌を求め、テロリスト達の後を追って駆け出した。

レミィ『あのまま放っておけば、連中を食って新しい司令塔が生まれるぞ!?』

 レミィが驚きを込めて叫ぶ。

 フロートの壁は力任せに破壊する事は出来たり、同化して内部を進む事が出来るイマジンはいても、
 結界の施術によって吸収する事は難しいのだ。

 だが、結界施術が出来ていないギガンティックならば、
 イマジンは先程の338改やテロリスト達の武装のように吸収する事が出来る。

 高密度のマギアリヒトを取り込めば、イマジンはさらに大型になって行く。

 そうなれば、先程は圧勝できた集合型イマジンも、より強力なイマジンとなってしまう可能性があった。

茜『空、この場は任せる! 我々はテロリストとイマジンを追撃する!』

 言うが早いか、茜はそう言い残すと前方のイマジンを切り捨て、開いた隔壁から連絡通路へと飛び込んで行く。

レオン『ちょ、お嬢!? ったく、支援する身にもなれっての……!』

 我先に駆け出した隊長に、レオンは苛立ちと呆れに心配の入り交じった複雑な声音で漏らし、その後を追った。

レオン『紗樹、遼! お前らは後方警戒しながら俺の後から着いて来い!
    朝霧の嬢ちゃん、悪いがこっちに残ったイマジンは任せたぜ!』

空「はい! 皆さんも気を付けて下さい!」

 紗樹と遼を引き連れて行くレオンに返事をしながら、
 空は残ったイマジン達と連絡通路の間に入り、足止めをしながら殲滅を続ける。

 レミィとフェイも空の左右前方に陣取り、
 三方向から挟み撃ちするようにしてイマジンをその場に釘付けにした。

明日美『第七フロートに向かったイマジンの数は少なくとも、彼方はテロリストの本拠地です。
    その場のイマジンの殲滅を確認次第、すぐに増援に向かいなさい』

空「了解です!」

 通信機越しの明日美の指示に応え、空は深々と頷く。

 残るイマジンは八体。

 どれも先程の騒ぎで獲物を食いっぱぐれた小物ばかりだ。

空「みんな、油断せずに一気に片付けよう!」

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

レミィ『一体一体、確実にな!』

 フェイとレミィは空の指示に深く頷くと言葉通りに一体一体、砲撃や格闘で確実にイマジンを倒し、霧散させて行く。
96 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:48:53.87 ID:PlNK1o9mo
 それから五分と掛からずに残ったイマジンの掃討を終えた空達は、すぐに周辺の警戒を行う。

フェイ『イマジン、反応ゼロ……。このエリアの掃討完了です』

 フェイの淡々とした声が、掃討が完了した事を告げる。

クララ『はいはい、機体コンディションのチェックも完了しましたよ、っと。

    ブラッドの損耗率はエールが十八パーセント、
    ヴィクセンが四十二パーセント、アルバトロスが四十四パーセントね。

    機体ダメージはほぼ無し、全機ハーフグリーンって所ね。

    戦闘が長時間になるなら、レミィちゃんとフェイはブラッドを半分だけでも交換をしたいけれど……』

 直後、クララは機体コンディションを伝えた後に、そんな提案をして来た。

 確かに、あちらの状況が判然としない以上、万全な準備を整えるべきだ。

 だが、茜を始めとする第二十六小隊の面々が先行している以上、早急に援護に向かうべきでもある。

空「………私が先行します! 二人は後方でブラッドを交換してから合流して!」

 空は短い思案の後にそんな指示を出す。

レミィ『一人で大丈夫か?』

空「うん、ハイペリオンほどじゃないけれど、この状態なら少しは戦えるから」

 心配そうに尋ねるレミィに空はそう返して、視線だけを背中に回す。

 自分自身の背中には無いが、今のエールの背と肩には大型ブースターとシールドスタビライザーがある。

 モードS、D、Hのどれにも敵わないかもしれないが、それでも鈍重なエールを必要な分だけ動かせる装備だ。

 不安は無いと言えば嘘になるが、それでも第二十六小隊の面々と合流できれば、
 何が起こってもレミィ達が合流するまでは耐え切れるだろう。

明日美『その作戦を許可します。
    整備班は予備ブラッドと通信アンテナの準備を!』

 すぐに納得した様子の明日美の指示が聞こえて来る。

 通信アンテナは、おそらく現状、内部の様子が判然としない第七フロート内での用心だ。

 彼方に出た途端に通信途絶では堪った物ではない。

雪菜『11、12の予備ブラッド交換作業に入ります。回収地点にまで移動して下さい』

レミィ『了解です。……空、少しの間、待っていてくれ!』

フェイ『ブラッド交換が終了次第、早急に合流します』

 雪菜の指示に応え、レミィとフェイは愛機を後退させた。

 先程、空がエールの装備を交換した地点まで戻るためだ。

 空は仲間達の後ろ姿を見送ると、破壊されて開かれたままの隔壁に向き直る。

クララ『さっきも言ったけど、機体コンディションに問題は無いよ。
    空ちゃんの平均戦闘時間なら、全力でもあと五十分は戦える計算だよ』

空「なら、上手にセーブしながら戦えば二時間は行けますね」

 クララからの通信に、空は思案げに返した。

 最悪、撤退戦になった場合の殿は十分に務められるだろう。

リズ『第二十六小隊はまだ第七フロートに突入していないけれど、
   一時的に通信精度が格段に下がるか、最悪、通信が途絶する可能性もあり得るわ。
   十分に注意して』

空「了解です、ブランシェチーフ」

 リズからのアドバイスに空は頷いて応えると、ブースターを噴かして連絡通路内部へと突入する。
97 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:49:25.59 ID:PlNK1o9mo
 元より主幹道路として機能していた連絡通路は広く、
 シールドスタビライザーを広げたままでも十分に飛行する事が出来た。

 古い瓦礫に交じって真新しい戦闘痕があるのは、
 おそらく、追撃して行った茜達とイマジンの戦闘の影響だろう。

 幸いにも構内リニア用のレールは生きているようで、リニアキャリアで乗り入れる事も可能なようだ。

 途中でイマジンに捕まったのか、ボロボロの穴だらけにされた377改の残骸も転がっている。

 これで鉢合わせしたテロリスト達の機体も、残すところ377改が一機と352改が三機だ。

 と、そんな事を考えていると、352改の残骸が見えた。

空「……?」

 だが、先程の377改と違う残骸の状態に、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 転がっている352改は、鋭利な刃物によって切り裂かれていた。

 右脚と右腕が離れた場所に転がり、残る本体は胴体で上下真っ二つに両断されている。

 こんな芸当が出来るのは茜に他ならないと、空は直感した。

空(やっぱり、イマジンごと斬ったのかな?)

 先程の光景を思い出し、ごく自然にそんな事を考えた空だったが、
 不意に奇妙な違和感を覚え、思わず頭を振る。

空(何だろう……胸が、ざわざわする……)

 妙な感覚だ。

 不安とも不快感とも取れない、胸騒ぎにも似た何か。


――私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……――


 その胸騒ぎにも似た何かと共に、出撃前、待機室で茜から聞かされた言葉が脳裏を過ぎった。

空「茜さん……!」

 空は不安と、僅かな恐れにも似た声音で、彼女の名を呼んだ。

 そして、五分ほどかけて、長い長い連絡通路を抜け、上空へと舞い上がる。
98 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:50:09.85 ID:PlNK1o9mo
 するとそこは、真っ暗な夜の世界だった。

 現在時刻は十七時四十分。

 夏の予定時間では、天蓋の照明が落とされるまでにはまだ一時間近い猶予がある筈だ。

 そろそろ段階的に照明が暗くなる頃ではあるが、こんな急激に暗くなる筈がない。

空(照明が落とされている?
  でも、照明は中央で管理されている各フロートから独立したシステムの筈だから……)

 空は困惑しながらも、学生時代の頃に教わった照明の仕組みについて思い出す。

 制御系は中央――メインフロートの管理センター――に集中しているが、
 エネルギーの供給元は各フロートに蓄えられた魔力だ。

 つまり、この第七フロート第三層の照明にはエネルギーが供給されていない事になる。

空(魔力切れ? それとも……)

サクラ『…らちゃん、照明だ…を使…て!』

 空が思案を続けていると、ノイズ混じりの通信が聞こえた。

 サクラの声だ。

空「サクラさん? 照明弾ですね?」

 微かなノイズだったが、空は念のため指示を復唱してから長杖を構え、
 その先端から閃光変換された魔力弾を放つ。

 天蓋近くまで打ち上げられた魔力弾は、天蓋に衝突する瞬間に拡散して発光体へと転じた。

 拡散魔力弾を応用した照明魔力弾である。

 広大なメガフロート内では照らし出される範囲も微々たる物だったが、
 それでも周囲一キロほどは問題なく見渡せる程度になった。

 待ち伏せの敵もイマジンの姿も無かったが、空は周囲の光景に思わず息を飲む。

 第七フロートは、古くは山路重工が所有していた実験場をフロートとした物であるため、
 他のフロートと構造上、異なる点も多い。

 それ故に外郭エリアに自然エリアは存在せず、
 内壁の内側はすぐに街や実験場となっている場合が殆どだった。

 だが、今、目の前に広がっているのは、見渡す限りの廃墟と瓦礫の山だ。

 市民街区のある階層は、基本的に外郭に行くほど田舎になるのが常だが、
 連絡通路周辺は流通や交通の拠点としてそれなりに栄えている。

 だが、照らし出された一帯は殆どの建造物が崩れ落ち、完全な廃墟と化していた。

空「ひ、酷い……」

 イマジンの襲撃があった様子は無い。

 公式で、この第七フロート第三層にイマジンが出現した記録も無かったが、その理由はすぐに分かった。

空(空気中のマギアリヒトの濃度が低い……これじゃあ、イマジンは近寄らない……)

 センサーの感知した情報を確認し、空は心中で独りごちる。

 魔法文明全盛の現代において、マギアリヒトと生活は切っても切れない関係だ。

 外部に魔力を作用させるためにはマギアリヒトを媒介にしなければならず、
 現代文明はその利便性と万能性故にマギアリヒトを捨てる事が出来ない。

 だが、同時にイマジンの身体を構成している物質もマギアリヒトなのだ。

 生物化した魔法現象がイマジンは、マギアリヒトの濃い空間や豊富な魔力を好む傾向にある。

 だからこそ、イマジンの活動圏は大量の魔力によって汚染されたメガフロート外部だが、
 マギアリヒトで構成される物質や人間の発する魔力に溢れるメガフロート内にも及ぶのだ。

 だが、この周辺のマギアリヒト濃度はグンナーショック以前――七十年近く前の濃度を下回っている。

 これではイマジンも寄りつくまい。
99 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:50:50.81 ID:PlNK1o9mo
 だが、それ以前の問題として、
 こんな低濃度マギアリヒトでは、人々は十全に魔法を扱う事も出来ないだろう。

 照明に回す魔力どころか、
 階層内のマギアリヒト濃度を保つための魔力も供給されていない事は一目瞭然だ。

 通信に乱れが生じるのも、回線の中継地点が無い事に加えて、
 魔力的通信網を媒介するマギアリヒトが薄いためだろう。

 荒れ果てた市街地と不便な環境、そして、真っ暗な空間。

 視認範囲は、エールのセンサーと合わせても十五キロほどだろうか?

 そこまで見渡しても街の灯りは見えない。

 天蓋の照明さえ点かない程の魔力不足では、街灯さえ点ける余裕も無いハズだ。

空(いつから、こんな状態だったんだろう……?)

 空はふと湧いた自らの疑問に、ぞくり、と背筋が震えるのを感じた。

 しかし、すぐに頭を振って、その考えを意識の隅に追い遣る。

 自分が交戦中でなくとも今は作戦中だ。

 先行して敵を追っていた茜達と早く合流すべきだろう。

 空はそう思い直し、辺りを見渡し直す。

空(近くに戦闘の反応は無い……離れた位置で戦ってるのかな?)

 空は反応の乱れたセンサーを確認しながら思案する。

 出来れば当てずっぽうで動きたくは無い。

 そんな事を考えた瞬間、前方に茜色の光が立ち上り、直後に轟音が轟いた。

空「あれは……茜さん!?」

 間違いない。

 電撃を……雷電変換された魔力を帯びた茜の攻撃だ。

 照明弾の範囲外だったが、電撃の放つ光量と大音響のお陰で気付く事が出来た。

空「261の物と思われる攻撃を視認しました。確認のため該当地点まで移動します!」

彩花『了か…! ちゅ…いしながら、低空…行で進んで下さい!』

 応えてくれたのは彩花だろうか?

空(多分、“注意しながら、低空飛行で進んで下さい”、だよね?)

 まだノイズ混じりの彩花の指示の内容を僅かに考えた後、
 空は高度を落として戦場と思しき地点へと向かった。
100 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:51:31.91 ID:PlNK1o9mo
―3―

 空が茜達のいると思われる地点まで近付くと、確かにそこには茜達第二十六小隊の姿があった。

 レオン達の駆る三機のアメノハバキリの援護射撃を受けながら、
 茜のクレーストがテロリスト達の駆る352改を切り捨てる。

 残るテロリストのギガンティックは477改が一機だけだ。

 テロリスト達よりも先に撃破したのか、イマジンの反応はもう何処にも無い。

空(あれ……あの人達、確か、武器なんか持って無いんじゃあ……?)

 空は違和感にも似た感覚に胸をザワつかせながら、先程の光景を思い出す。

 そう、テロリスト達は武器を投げ捨て、我先へと逃げ出したハズだ。

空(テロリストは残す事になっちゃうけど、これだけ優勢なら一旦、
  フロートの外郭まで後退してから体勢を立て直した方がいいかな?

  あのテロリストも逃げようとしているみたいだし……)

 空がそんな事を考えている内に、レオン達の援護射撃も止む。

 残り一機ならば必要無いと言う事だろう。

空「茜さん! 一旦、後方に下がってレミィちゃん達と合流しましょう!
  レオンさん達も……」

 射撃が止んだ間隙を縫って、空は茜達に呼び掛けた。

レオン『わりぃ、朝霧の嬢ちゃん。もうちょっと待ってくれや』

 さすがに近距離通信ではノイズも入らないのか、そう返すレオンの声はクリアだ。

 だが、彼の声音はクリアな通信音声に比べて、どこか曇っているように感じられた。

 直後――

茜『貴様で最後だっ!』

 まるで激昂したかのような怒りの籠もった茜の一声と共に、
 クレーストは二振りの太刀で477改の手足を斬り裂く。

 雷撃を纏った太刀で切り裂かれた左手足の付け根は高熱で溶け落ち、
 凍気を纏った小太刀で切り裂かれた右手足の付け根は凍り付いて砕け散る。

 そして、手足を失った477改はその場に崩れ落ち、クレーストの足もとへ轟音と共に転がった。

 最後の一機だったのだ。

 茜は、後退するにも後顧の憂いを断った方が良いと判断したのだろう。

 空もそう思っていた――

空「茜さん、後退を……」

 空がそう言いかけた瞬間、ガンッと言う大きな音と共に、クレーストが477改の胴体を踏み付けにした。

 ――その瞬間までは……。

空「茜……さん?」

 空は愕然としながらも、再度、茜に呼び掛ける。
101 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:52:07.96 ID:PlNK1o9mo
 だが、茜の耳には空の声は届いていないようだ。

茜『分かるか……踏みにじられる恐怖が……?
  貴様らが十五年前にやった事がどれだけの物か!』

 絞り出すような怨嗟の声に合わせて、茜は何度も何度も477改の胴体を踏み付けた。

 そして、最後はぞんざいに蹴り飛ばし、廃墟の中に叩き付ける。

 だが、茜の動きは止まらない。

 同じように手足を切り裂かれて動きを封じた352改に歩み寄ると、渾身の力を込めて蹴り上げる。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音と立てて蹴り上げられた352改は、
 そのまま弧を描いて遠くの廃墟の中に没した。

 悲鳴は一言も上がらない。

 既に外部スピーカーのスイッチが切られているのか、それとも中のパイロットが気絶しているのか。

 どちらにせよ――

空(あんな状態で、衝撃吸収装置って働くのかな……?)

 ――そんな想像を抱いた空は、結論を思い浮かべると、さあっ、と血の気が引くのを感じた。

空「茜さ――」

茜『恐ろしいか!? 恐ろしいだろうな……!
  それが、貴様らが奪った数多の命が感じながら死んでいった……恐怖だっ!』

 呼び止めようとする空の声を遮って、茜は残る一機の352改の頭を踏み潰す。

 すると、軽い爆発が起こり、コックピットハッチ周辺からも煙が上がる。

空「あ、茜さん、止めて下さいっ!」

 空は慌てた様子で地上に降り立ち、エールでクレーストを押しやるようにしてその機体から遠ざけた。

 そして、その場で片膝立ちになって352改のコックピットハッチを引き剥がす。

 そのまま内部の様子を確認しようとすると、
 途端に内部から這々の体でテロリストらしき中年の男性が飛び出して来る。

テロリストB「ひ、ひぇ、ひゃぁ……!?」

 幸いにも防護服を纏っていたらしく、声ならぬ悲鳴を上げながら、
 転がるように足をもつれさせて廃墟の中に消えて行った。

 どうやら、頭部を破壊された衝撃でハッチ周辺のシステムに負荷が生じ、
 それによって煙を噴いていただけのようだ。

空「良かった……コックピットの中が火事になっていなくて……」

 空は一瞬だけ過ぎった最悪の事態を呟きながら、胸を撫で下ろす。

 結果的にテロリストを逃がしてしまったが、さすがにあのまま放置してはいられなかった。

 他の機体の搭乗者の安否も確認したいが、あんな状態になった茜も放ってはおけない。

 空は僅かに逡巡した後、意を決して立ち上がり、先程、自分が押しやったクレースト――茜に向き直る。

空「……テロリストに対しても殲滅指示は出てしましたけど、さすがにアレはやり過ぎです……!」

 空は努めて平静に言おうとしたが、その声音には僅かばかりの険が交じっていた。

 いくら犯罪者が相手とは言え、無抵抗の相手にあれだけ執拗な攻撃は褒められた物ではない。

 だが――
102 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:52:55.93 ID:PlNK1o9mo
茜『君は……邪魔するのか……?』

 通信機から、消え入りそうな茜の声が響き、彼女はさらに続ける。

茜『分かるだろう……?
  アイツらは……仇なんだ……お父様の……大勢の人の命を奪った……!
  君のお姉さんの家族も殺した、憎い仇なんだよ!』

 次第に大きく、怒りで震えて行く茜の声に、空は息を飲む。

 そして、連絡通路から感じていた胸騒ぎのような物に、空はようやく合点が行った。

 無抵抗な相手を背中からであろうと、戦う力が無かろうと斬る。

 それは、正に復讐者の所行だと。

 そして、気付く。

空(嗚呼……そう、だったんだ……)

 空は胸中で独りごちながら、奇妙な眩暈を覚える。

 久しく忘れていた……忘れようと努めていた、あの感覚。


――コロシテヤル………オマエエェェェェェッ!!――


 憤怒と憎悪に身を任せ、怨嗟の叫びを上げながら凶行に走った自分。

 今、目の前にいるのはかつての自分自身だった。

 似ているのだ、自分達は。

 空は直感でそれを感じた。

 目の前で憎い仇に大切な家族の命を奪われ、それに蓋をして澄ましたフリをして過ごし、
 いざ仇を目の前にすれば怒りと憎しみを抑える事が出来ない。

 自分は義憤と、仲間達を思う心でそれを乗り越えた。

 だが、目の前の年上の少女は……茜は、まだそれを乗り越えられていないのだ。

 十五年かけてドロドロに煮詰められた暗い感情が、心の底にべったりと張り付き、
 今も怨嗟の炎を伴って真っ黒に心を焦がしている。

茜『君なら分かってくれるだろう……?
  殺したいほど憎い相手が目の前にいたら、正気でなんていられる筈がない!』

空「………それは……!」

 言葉通りに正気を失ったような茜の声に、空は僅かな間を置いてから答えようとした。

 それは、自らの思いを再確認するための時間だった。

 だが、その僅かな間は、茜には迷いと取られたようで、彼女は空の声を遮って続ける。

茜『こんな光景を作り出しておきながら、
  あんな破廉恥な要求をいけしゃあしゃあと宣い続ける連中を……、
  自らを正義と騙る悪を野放しにして良い筈がない!』

 それだけを聞けば憎しみを正当化する建前にも思える言葉は、
 だが、茜の怨嗟に火を点けた物の正体だった。

 一面に広がる廃墟。

 それは正に、彼女の憎しみの原風景……目の前で殺された父を思い出さずにはいられない光景だ。

空「……気持ちは分かります……分かるつもりです」

 その事を理解した上で、空は遮られた言葉を改めて紡ぐ。

 同じ思いを味わった者同士、気持ちは理解できる。

 だが――

空「でも……それだからって、
  茜さんがそんな事をしている所を見過ごすワケにはいきません!」

 空は毅然とした態度で言い切った。
103 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:53:35.63 ID:PlNK1o9mo
レオン「こりゃ、まぁ……耳の痛いこって……」

 一方、アメノハバキリ一番機のコックピットでは、
 レオンが苦虫を噛み潰したような表情で、軽口のように漏らしていた。

 レオンの本音は、言葉よりも表情の方から窺った方が良いだろう。

 実際、空が言った事を茜に言うべきは自分であった。

 だが、四つ年下の妹分でもあり、また自分の直属の上司でもある少女の気持ちを、
 レオンは慮ろうとしていた。

 彼女の気が済むなら、一時の激情に身を任せてでも、
 彼女が彼女らしくあれるなら、彼女の思うとおりにさせるべき。

 そう、レオン・アルベルトと言う男は考えていたのだ。

 両親が健在で、誰かを激しく憎悪をすると言う事を知らないレオンには、
 所詮、茜の本当の気持ちなど理解できる筈もなく、
 また、彼女の兄がそう言った素振りを見せない事もあり、
 その問題を無意識の内に先送りにしていた。

 それは紗樹や遼も似たような物で、二人も心苦しそうな表情を浮かべている。

茜『正論だな……けれど正論だけで……耳障りの良い言葉だけで、
  感情まで納得できるワケが無いだろう!』

空「……っ!」

 怒声にも似た茜の言葉を、空は真っ向から受け止めていた。

 息を飲んだのは、茜の迫力に対してであり、彼女の言葉に驚きは無かった。

 当たり前だ。

 逆の立場なら、自分もそう返していた。

 そんな思いがあった。

茜『……そうだな……君は相手がイマジンだからな!
  どんなに残虐な手段を使おうとも、どれだけ残酷な仕返しをしようとも、
  褒められこそすれ、誰も止めはしないだろうさ……!

  だがな、私が憎んでいるのはテロリストだ、同じ人間だ!
  バケモノ相手の君とは違うんだ!』

 だからこそ、そう続いた茜の言葉は、空の胸に刺さる。

 これも、まあ多少は予想していた。

 正気を失えば、自分がどんな事を言ってしまっていたか、
 自分が言った事と同じ言葉を叩き付けられたら、どう相手を罵っていたか……。

 実際に突き付けられた言葉は想像以上の痛みを伴う、
 切れ味の鋭さに比べて錆びたノコギリに斬られたようだった。
104 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:54:19.10 ID:PlNK1o9mo
 だが――

空「ええ……そうですね……」

 空は必死に、その言葉を受け止める。

 そして、本音を絞り出す。

空「でも……だからなんです!
  バケモノ相手でも……そんな暗い物に身も心も任せたら、後が苦しいんです!

  自分が悪人みたいで……悪人になってでも復讐してしまいたいなんて、
  苦しくて、苦しくて、どうしようもない事なんです!」

 それは、とても直感的な言葉で、理路整然と正論を述べているのとは違った。

 有り体に言えば、考えた事を整理もせずに口から吐いているだけの感情論だ。

 実際、空は感情論をぶつけていた。

 自分が憎しみと恐れに塗れていた頃を思い出してしまう。

 それだけで頭の中をグチャグチャに掻き回されてしまったようだ。

 だが、想いを告げなければ、茜を止める事は出来ない。

空「そんな事をすれば、自分の心が傷付くんですよ!?
  そんな事を続けていたら、バケモノと同じになっちゃうんですよ!?」

 復讐心だけの戦いは、いつか自分の身を滅ぼす事を、空は痛いほど分かっていた。

空「無抵抗の人間をいたぶるなんて、
  それじゃあ、茜さんが一番憎んでいるテロリストと一緒じゃないですか!」

 そして、ようやく、一番言いたかった言葉を……一番言わなければならなかった言葉を吐き出す。

 一方、その言葉を聞かされた茜は、鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を覚える。

茜「私が……テロリスト共と……同……じ……?」

 目を見開き、絶え絶えに絞り出すように空の言葉を反芻する茜。

 ワナワナと震える手を、焦点の定まらない目で見遣る。

 先程、テロリストの機体を蹴り上げた、踏み付けた足を見遣る。

茜(私は……無抵抗の……抵抗できなくなった相手を……)

 そして、先程の行為が……その時に胸の奥から沸き立った感情が、脳裏を過ぎった。

 どろりとした質感を伴う、そんな快楽を、自分は感じていたのではないか?

 憎い相手を粉砕し、嬲る快感に、身も心も任せていたのではないか?

茜「違う……私は……!」

 必死に頭を振って、その感情を……抱いてしまった快楽と快感を否定する。

 だが、いくら茜が否定しても、空にはお見通しだった。

空『一緒なんですよ! あんな暗くて恐ろしい物に身も心も任せてしまったら!』

茜「っ……!?」

 空の言葉が、茜を押し黙らせる。

 目の前で姉を食い散らかすように貪った軟体生物型イマジン。

 あの仇敵を、憎悪と憤怒に任せるままにいたぶった。

 あの時の自分とイマジンに、どれだけの差があっただろうか?

 強いから弱い者をいたぶるのでは、復讐心に任せて獣のように振る舞うのでは、バケモノを一緒なのだ。

空「自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!」

 空は目の端に涙を浮かべながら必死に語りかける。
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