【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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379 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:27:29.26 ID:fbiOu5Nro
第23話〜それは、人形のような『傷だらけの少女』〜

―1―

 第七フロート第三層でのテロリストとの決戦から三日後、7月20日土曜日の正午前。
 メインフロート第一層、ギガンティック機関本部――


 門扉に横付けされたパトカーの後部ドアから、ロイヤルガードの制服に身を包んだ茜が現れる。

 茜は背筋を伸ばして軽く伸びをしてから前に進み出ると、その後に続いて背の高い男性が姿を現した。

 臣一郎だ。

臣一郎「ご苦労、このまま本庁まで戻ってくれ。迎えが必要な時には呼ぼう」

運転手「了解しました」

 臣一郎が運転手に指示を出すと、パトカーは兄妹に見送られて走り去って行く。

 茜はパトカーが見えなくなると、肩を竦めて兄に振り返った。

茜「兄さん……わざわざ付いて来なくてもいいじゃない」

臣一郎「ハハハ、そう言ってくれるなよ。
    伯母上宛に叔父上や母上からの言づてもあるんだ」

 どこか不満そうに唇を尖らせた茜の言に、臣一郎は笑い飛ばすように言うと、さらに続ける。

臣一郎「それに妹を心配するのは兄貴の特権だ。
    ……お前が大人になるまでは、たまには兄貴らしい事をさせてくれよ」

 臣一郎はそう言って茜の頭をぽんぽん、と軽く叩くと機関の本部庁舎に向けて歩き出した。

茜「あ、ちょっと、置いてかないでよ!」

 茜は恥ずかしさ七割と言った風で顔を真っ赤にすると、小走りで兄の後を追う。

 普段ならばギガンティック部隊では上司と部下と言う堅苦しい関係であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーと言う多忙さから自宅でも顔を合わせる事も少なく、
 公官庁の外で様々なしがらみから解放された二人は、実に兄妹らしく――
 どこか幼さを感じさせる――振る舞いながら、エントランスへと向かった。

 受付へと向かうと、そこには先日、テロリストの拠点からの脱出を支援してくれた美波と、
 彼女の後輩である木場順子が並んでいる。

 美波は茜に目配せし口元に人差し指を当てて“内緒”と言いたげなジェスチャーを見せた。

 さすがに一般職員の順子の前で、諜報部職員としての美波に礼をするワケにもいかないのだろう。

茜(礼の一つも言いたかったんだが……)

 茜は胸中で溜息を吐くと、普段通りの所作に出来る限りの感謝の意を籠めて会釈した。

順子「えっと、司令との面談ですね。話は通っています」

 思い出すように予定を確認した順子は、そう言ってインカムを取り出し、
 執務室にいる明日美に連絡を入れる。

 二人は案内されるまま受付から右にある司令執務室へと向かった。
380 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:28:11.31 ID:fbiOu5Nro
 ノックして入室すると、すぐに明日美が口を開く。

明日美「検査と査問が終わったようで何よりだわ、茜」

 茜に視線を向け、安堵混じりに呟いた明日美は目を細めて笑みを浮かべる。

茜「半分自宅謹慎のような物でしたが」

 茜は、この三日間の事を思い返して苦笑いを浮かべた。

 三日前の決戦直後、茜は即座に後方へと送られて一泊の検査入院と、
 そこから政府監査部の査問を受ける事となった。

 クレーストの整備状態も去ることながらが、
 本人の健康状態に何ら問題が無かった点が特に取り沙汰されたのだ。

 無論、フェイに預けた報告書も監査の対象となった。

 敵の……それも首魁を裏で操っていた黒幕であるユエに庇われていた、と言う事で監査は長引く物と思われたが、
 空がユエを討ち果たし、茜自身がホンの逮捕に最も貢献したと言う事もあり、
 監査部の態度も柔らかい物で、自宅での取り調べが主な物となったのである。

 加えて、茜が手に入れた資料も捜査資料として高い価値と影響力を持ち、
 今は連日のように政財界での捕り物が相次いでいるのが現状だ。

臣一郎「こちらが要求のあった逮捕者のリストと、容疑の固まっている支援企業の一覧です」

 臣一郎はそう言いながら進み出ると、明日美に端末を手渡す。

 明日美は“ありがとう”と言って端末を受け取ると、
 執務机の据え置き端末とリンクさせてリストを呼び出す。

明日美「見事に御三家や山路、それにウチの反対派閥ばかりね……」

アーネスト「与党議員にまで逮捕者がいるのは、さすがに予想外と言いたいですが……いやはや」

 明日美が確認したリストを、アーネストも情報共有で確認し、二人は嘆息混じりに呟いた。

 連ねられた名前には二人も覚えがある名前が大半だ。

 特に、予算委員会などでギガンティック機関やロイヤルガードの予算に対して、
 異議ばかりを申し立てていた議員などはすぐに顔と名前が一致した。

 お里が知れる、と言う言い方はかなりの語弊があるが、何を思って異議を申し立てていたのか一目瞭然である。

臣一郎「彼らの言い分も、一部は分からなくもないのですが……」

 臣一郎は僅かに躊躇いがちに漏らす。

 テロリストに出資して多くの人々を死に至らしめ、市民を恐怖のどん底に突き落としておきながら、
 その意見に正当性などあった物ではない。

 だが、彼らの中にはギガンティック機関とロイヤルガードにしか対イマジンの手段が無い事……、
 もっと言えばオリジナルギガンティックしか対抗手段が無い事を酷く憂慮しており、
 新たな対抗手段の模索としてユエ・ハクチャに出資していたのだと言う。

 事実、ハートビートエンジンほどでは無いにせよ、彼はエナジーブラッドエンジンと言う新たな可能性を見出したのだから、
 その選択肢を一概に間違いとして切り捨てるのも早計かもしれない。

明日美「ユエ・ハクチャ………日本語に直訳すれば月博士、ね」

アーネスト「未だに、彼の素性は分かっていないのかい?」

 思案げに漏らした明日美に続き、アーネストが臣一郎に尋ねた。

臣一郎「逮捕したホン・チョンスの証言によると、ユエ・ハクチャは月島勇悟の助手、だそうです。
    十五年前の60年事件の決行前日には、ホン・チャンスと会談する月島勇悟と共に目撃したとの証言もありました」

 臣一郎はそう言うと“ただ、酷く混乱している様子で、信憑性は定かではありませんが”と付け加える。

 茜も兄の口から語られる事件の真相の一部を、どこか険しい表情で聞き入っていた。

茜(月島とユエは別人……そうだな、それ以外はあり得ない)

 その一点に納得したように茜は頷く。

 だが、月島勇悟の助手であるユエ・ハクチャと言う人物はやはり存在せず、
 茜の証言を元に作られたモンタージュと符合する人物は、山路重工のリストにも存在していなかった。
381 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:28:57.77 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「ここからはあくまで推測ですが、
    月島の死後にユエ・ハクチャが研究の全てを引き継いだ、と考えるのが一番妥当だと思います」

明日美「……ええ、そうね」

 臣一郎の言葉に、明日美は複雑そうな表情で頷く。

 故人同士を繋ぐ線は幾つも予想する事が出来るが、それがユエ・ハクチャと言う人間の素性に繋がる物ではない。

 それは臣一郎にも分かっていた。

アーネスト「茜君、実際にユエと言う人間と相対していた君は、どう思う?」

 アーネストの質問に、茜は僅かに思案した後、口を開く。

茜「……掴み所の無い人物でした。

  芝居がかって飄々として、人間を駒か道具である事が当然のように振る舞っていて……、
  そこは典型的な人格破綻者、と言うような印象を受けましたが……」

 茜は思い出すと不気味さが背筋を駆け上がるような感覚を覚え、肩を震わせる。

 言葉を濁した茜に、明日美は眉間に皺を寄せて何事かを思案する。

明日美「仮に……逮捕できていたとしたら、捜査に関して進展があったと思う?」

茜「………身内の恥を晒すような言い方ですが、到底そうは思えません」

 明日美の質問に、茜はそう言って肩を竦めた。

 むしろ、逮捕した所ですぐに逃げ出されてしまう。

 或いは、取り調べの前に、あっさりと自ら命を絶ったかもしれない。

 そんな感想しか思い浮かばず、仮にそうなっていれば事件はさらに錯綜した物となっていただろう。

茜「朝霧副隊長が彼を討った判断は……概ね、正しい事だったと思います」

 頷きながらそう言った茜は、口ぶり以上に結果に納得しているようだった。

 関係者からユエに関する情報を洗いざらい調べ上げ、彼の素性と言う輪郭を作り上げる他無い。

 それが、最良の方法なのだろう。

 ユエが死んだと聞かされた茜は、三日の時を経てそう納得できるまでになっていた。

明日美「そう……」

 政府側で殆ど唯一と言える、ユエと直接話した事のある茜の言に、
 明日美もどこか納得したように頷き、目を伏せる。

 暫しの沈黙の後、明日美は茜に視線を向けた。

 茜は直れの姿勢に正し、言葉を待つ。

明日美「前置きが長くなったわね……。
    本條茜、原隊復帰を認めます」

茜「はい、本條茜、只今を持って任務に復帰します」

 明日美の言葉を受け、茜は敬礼する。

 その様子に明日美は嬉しそうに目を細め、口を開いた。

明日美「風華達も待っているわ。早く行ってあげなさい」

茜「はい。
  ……ではお兄様、先に失礼します」

 茜も笑顔で頷くと、一旦、兄に向き直ってからそう言って、執務室を後にする。
382 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:29:44.70 ID:fbiOu5Nro
 茜が行って暫くすると、明日美は目を細めたまま、安堵混じりの溜息を洩らした。

明日美「……憑き物が落ちたような顔をするようになったわね」

臣一郎「ええ……」

 明日美の言に臣一郎は感慨深く頷く。

 恨み辛みの全てが晴れたワケではないだろうが、あの決戦で茜にも得る物があったのだろう。

 査問の立ち会いもあってここ数日の茜を具に見ていた臣一郎は、
 その得る物が妹に良き変化をもたらした事を心から歓迎していた。

アーネスト「朝霧君との口論が原因なのか、それとも、彼方にいる頃に何らかの心境の変化があったのか……」

明日美「……両方、でしょうね」

 思案げに呟くアーネストに、明日美は何処か納得したように言って頷く。

 空との口論で狭まっていた価値観を広げ、テロの拠点で虜囚の身となっている間に何らかの変化があった。

 前者はともかく、後者は本人にしか分からない事だ。

 無論、査問ではその点も詳しく掘り下げて聴取されたし、前述の通り臣一郎も査問の場には立ち会っている。

 だが、彼女の身に何が起きたのかと、彼女の心境にどんな変化があったのかは、切り離せない事象ではあるが別問題だ。

 それでも、茜の気持ちが良い方向に向いているのも、また事実なのだ。

 明日美達は身内の少女がより良き方向に歩み出した嬉しさで表情を緩める。

 が、不意に臣一郎が表情を引き締めた事で、明日美とアーネストも気を取り直した。

臣一郎「……それで、おそらく妹に一番の影響を及ぼしたであろう件について、叔父上から幾つか言伝が……」

 二人の様子を見てから口を開いた臣一郎は、そう言って切り出す。

アーネスト「乙弐号計画四拾号……ミッドナイト1と呼ばれていた少女の事だね」

 アーネストが重苦しく口を開くと、臣一郎は無言で頷いた。

 乙弐号計画。

 悪名高い統合特殊労働力生産計画の中で、人工天才児育成計画と位置づけられたプロジェクトだ。

 瑠璃華を生み出した計画であり、瑠璃華自身が最終ナンバーである参拾九号の数字を与えられていた。

 人道に反した非道な計画は政府でも上層部や計画に深く携わった者達だけで秘匿され、秘密裏に進められていた。

 しかし、魔力観測によってレミィがハートビートエンジンに選ばれた事で七年前に計画が発覚し、
 瑠璃華もチェーロに選ばれるまでは政府研究機関に預けられていた、と言うのは以前までに語った事だ。

 だが、計画は水面下……それもテロリストの根拠地で続けられていた。

 その証拠が四拾号の数字を与えられたミッドナイト1である。

臣一郎「ミッドナイト1の基礎を作り上げたのは計画責任者の月島で、
    その後を引き継いだのがユエではないのか、と、我々は睨んでいます」

アーネスト「つまり、ユエ・ハクチャは月島勇悟の……言葉通りの後継者だった、と言う事かい?」

 ロイヤルガード上層部の出した推測を語る臣一郎は、アーネストの問いに“おそらく”と応え、さらに続けた。

臣一郎「ユエ・ハクチャは存在しない人間でした……、あり得なくない話だと思います」

明日美「存在しない人間が存在する、ね」

 臣一郎の話を聞きながら、明日美は不意に空の事を思い出していた。

 空も60年事件のゴタゴタで九年前までは“存在しない人間”だったのだ。
383 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:30:24.01 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「ユエ・ハクチャは推定で四十代から五十代。
    肉体強化による細胞活性で老化が停滞していた時期が長いなら、五十代後半と言う事は十分に考えられます」

 臣一郎が何故、そんな事を言い出したのかと言えば、茜の証言に依る物だろう。

 茜はユエが“エージェントだった”と言ったと証言した。

 虚言か、妄言か、しかし、それが真実であった場合、ユエの年齢に齟齬が出る。

 エージェントだったと言う事は、魔法倫理研究院が解体、
 再編成される以前から魔導師であったと言う事になるからだ。

 研究院が解体されたのはメガフロートでの籠城が始まった翌年……四十三年前の2032年の夏。

 その時点で最低でも十四歳でなければエージェントを名乗る事は出来ない。

 つまり、単純計算でもユエは五十七歳以上。

 仮に五十七歳であった場合、旧Aカテゴリクラスのような上位訓練校出身者でなければならない。

 明日美もアーネストも上位訓練校出身者であり、
 七年間の在学期間を考えればどちらとも面識がある可能性がある年齢だ。

 だが、二人にユエの正体と思える相手との面識は無い。

 二人の在学期間を合わせても同窓生は三十名余り。

 その内、アメリカ・ヨーロッパ連合の地球外脱出計画で別れたり、
 長く続いた第三次世界大戦やイマジン事変、病気や寿命などで死別した人数を除けば十数名。

 その全員の所在は分かっているのだから、間違いようが無い。

明日美「少なくとも、知り合いの中には該当する人間はいないわね……」

 明日美がそう言うと、臣一郎は僅かに肩を竦めて見せた。

 予感はあったのだろう。

臣一郎「大叔母のように極端に成長が遅かった例もあるとは言え、
    さすがに六十代半ば以上と言うのは考えにくいと思います」

アーネスト「そこまでの肉体強化の使い手が身分を隠し、存在せずにいられる、
      と言うのは、かなり無理があるだろうね」

 臣一郎の言葉を受けて、アーネストは“存在せずにいられる”の部分を強調して言った。

 強力な肉体強化は細胞の成長を抑制する事もあれば、逆に成長を活性化させる事もある。

 臣一郎の大叔父と大叔母である藤枝一真と明風は、二十代頃まではそれぞれに後者と前者の特性が顕著だった。

 そんな二人は一角以上の格闘戦技の使い手としても名を馳せている。

 話がやや横にズレたが、成長に多大な影響を及ぼすほどの使い手ならば、それだけ身を隠すのは難しい。

 魔力を検知し、魔力の納税にも深く関わっている端末が無ければ生きていけない世界なのだから、
 それだけの使い手を四十年以上も隠し通すのがどれだけ難しいのかは、推して知るべし、だろう。

 だが、そうなってしまうと……。

明日美「存在しない人間が存在できない、わね……」

 明日美はその結論に辿り着き、はたと気付いたように漏らした。

 臣一郎も“やはり、そうなりますよね”と呟いて肩を竦める。
384 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:31:17.82 ID:fbiOu5Nro
アーネスト「存在しない人間として隠し通す事は不可能ではない………。
      がしかし、十五年以上前からユエ・ハクチャが月島勇悟と行動していた所を見たと言う証言は多い……」

明日美「考えれば考えるほど矛盾が多くなって来るわね……」

 思案を続けるアーネストの言葉を聞きながら、明日美は眉間を手で押さえながら溜息がちに呟いた。

 幾つも確実性の高い推測が出来るだけの条件があるが、それらを統合しようと思うと必ず矛盾が生じるのだ。

 まるで、予めそうなるように仕向けられていたかのような感覚さえ覚える。

 死して尚、人を嘲笑うような行為は、呆れを通り越して不気味さを感じずにはいられない。

臣一郎「数々の証言や証拠を吟味した結果、ロイヤルガードの捜査部として出せる推論は、
    “ユエ・ハクチャの年齢は五十前後から五十代後半”、
    “月島勇悟かホン・チャンス、或いはその両名によってその存在を隠匿されていた”、
    “Bランクエージェント相当の魔導師、或いはBランクエージェント”、
    “ユエ・ハクチャは月島勇悟の後継者である可能性が高い”と言う事くらいです」

 幾つかの推論を列挙する臣一郎は、どこか歯痒そうだ。

 傍目にはホンの逮捕や第七フロート第三層の解放、人質にされていた市民の解放、
 テロリスト達の逮捕で事件そのものは解決したように見えるが、その真相は闇の中……いや黄泉の彼方である。

明日美「気持ちは分からないでもないわ……」

 臣一郎の悔しさを慮ってか、明日美は僅かに項垂れて呟いた。

 自分とは男女の付き合いであった月島勇悟。

 彼の意志を引き継いだ人間が彼からどんな思惑を受け継ぎ、何を思ってテロへの協力を続けていたのか。

 個人的な感傷ではあったが、それを知る術はもう残されていない。

 だが、テロ事件としてはコレで解決だ。

臣一郎「致し方ない、と思うしかありません」

 臣一郎は肩を竦めながらそう言った後、気を取り直して笑顔を見せた。

 明日美も“そうね……”と言って自嘲気味に笑うと、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 黒幕は死に、その背後関係も明らかになり、事件は終わったのだ。

 真相を知りたかった者達からすれば“終わってしまった”とも言い換えられるが、
 少しでも平和を取り戻せたのだから、差し引きで有り余る物を得たと思わねば罰が当たる。

 アーネストも二人の様子に、もの悲しいとも戸惑いとも取れる複雑な表情を浮かべた。

 だが、臣一郎はすぐに気を取り直す。

臣一郎「あと、こちらは母上からですが……
    “大きな仕事が片付いたのなら、暇を見て来て欲しい”との事です」

明日美「そう……ええ、近い内に休暇を取ろうと思っているから、
    その時にアリスと一緒にお邪魔しようかしら」

 臣一郎から伝えられた妹・明日華の言葉に、明日美は思案げに言ってから微笑んだ。

 アリスとはマリアの母だが、明日美にとっては母が命がけで救ったもう一人の妹、
 明日華にとっては姉に代わって面倒を見てくれたもう一人の姉とも言える人物。

 フィッツジェラルド・譲羽姉妹にとっては掛け替えのないもう一人の姉妹なのである。

臣一郎「それは……母も喜びます」

 臣一郎も微かな驚きに大きな喜びを以て応えた。

 明日美、明日華、アリスの三人が揃う事は少ない。

 三人ともそれぞれに――特に明日美は、だが――多忙で、揃って顔を合わせる機会は年々減っていた。

 母が二人のどちらかと顔を合わせる場に居合わす度に“三人揃ったら”と言う言葉を聞かされていたせいか、
 三人が揃うのは臣一郎としても喜ばしいのだろう。
385 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:31:59.19 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「……あ、それはそうと、風華とカズを伝って耳に入ったのですが、
    伯母上は朝霧副隊長と手合わせされた、とか?」

 が、不意にその事を思い出したように尋ねた瞬間、臣一郎の表情が微かに強張った。

 その言葉に、アーネストはジロリと咎めるような視線を明日美に向けた。

明日美「……手合わせ、と言うワケではないわ。
    クライノートに手を貸して貰う前に軽く手ほどきした程度よ」

 明日美はそう言うと、申し訳なさそうに宥めるような視線をアーネストに向ける。

 実際はシミュレーターの制限を解除し、自らも血反吐を吐く程に苛烈な短期訓練を空に施したが、
 その辺りの事を知っているのは彼女の主治医であり、医療部主任の笹森雄嗣だけだ。

 ともあれ、臣一郎は伯母の返答を受けてさらに続ける。

臣一郎「朝霧副隊長の腕前……茜からも聞かされましたが、
    訓練期間を含めてもドライバー歴がたったの一年三ヶ月とは言い切れない物だと」

 臣一郎は微かに興奮した様子で言った。

 アルフに師事し、半年でドライバーとして一線級の力を身に付け、
 さらに入隊から二ヶ月と言う短い期間で副隊長として推薦され、明日美から直々の指導を受ける。

 列挙すれば朝霧空と言う少女がどれだけの有望株か一目瞭然だ。

 しかも、アルフに師事する以前はまるっきりの一般人だったのだから……。

明日美「朝霧副隊長と手合わせ、してみたいの?」

 何処か期待に胸を膨らませている様子の臣一郎に、明日美は思案げに問い返した。

臣一郎「可能なら、是非」

 自分の声が思わず弾んでいた事に気付き、臣一郎ははたと気付いてバツの悪そうな表情を浮かべる。

 こう言う、やや間の抜けた部分は、やはり妹と同様に祖母譲りなのだろう。

明日美「ふふふ……そうね良い機会だから近い内に合同訓練でも予定してみようかしら」

 甥っ子の様子に微笑ましそうな表情を浮かべた明日美は、そう思案げに呟いた。

 そうと決まれば、先方との折衝や各ドライバーや人員のスケジュール調整など、やる事は山積みだ。

 アーネストは僅かに肩を竦めて溜息を洩らしたが、
 笑みを浮かべる明日美と期待している様子の臣一郎を交互に見遣ると、新たに増えた仕事に取りかかり始めた。
386 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:32:47.55 ID:fbiOu5Nro
―2―

 臣一郎が明日美達と捜査状況を話し合っている頃、茜は待機室へと顔を出していた。

風華「茜ちゃん!」

レオン「お嬢!」

 茜が入室するなり、風華とレオンが喜びと驚きに満ちた声を上げる。

 今日で復帰するのは知っていたが、やはり実際に相対すると喜びが違う物だ。

マリア「やほー、元気そうで安心したよ」

クァン「お疲れ様、茜君」

 書架の前で本を選んでいたらしいマリアとクァンも、振り返って声をかけて来る。

茜「ああ、みんなには心配をかけたな……。で、そこの塊はなんだ?」

 茜は仲間達に向けてにこやかに応えた後、
 コの字型ソファーの中央で一塊になった三人に視線を向けて呆れたように呟いた。

フェイ「本條小隊長、救助を要請します」

 塊の中央……空と瑠璃華に両側から抱きすくめられたフェイが、
 淡々としながらも困った様子で、茜に向けて手を差し出す。

空「ん〜……」

 が、不機嫌そうに呻いた空によって、その手はすぐに絡め取られてしまう。

レミィ「向こうから帰って来るなりこんな状態でな……。
    まあ、さすがに今日は度が過ぎているとは思うが」

 レオンと遼を挟み、紗樹から距離を取った位置でコーヒーを飲んでいたレミィが、
 呆れたように肩を竦めて言った。

 茜は“お前も警戒し過ぎだろう”と言う言葉を飲み込んで、心当たりを思い出して成る程と頷く。

茜「自業自得だな……暫く抱きつかれていろ」

 茜は嘆息を漏らすと、三人の傍らに腰を下ろした。

 茜が自業自得と言ったのは、テロと本格的に戦争が再開したあの日、
 フェイがアルバトロス諸共に撃墜された際の事だ。

フェイ「ですが、私は確かに“この身体で最後までお役に立てて”と断りを入れた筈ですが」

 フェイは無表情で身を捩りながら抗弁する。

 だが――

空「普通、あんなタイミングでそんな事言われても分かりません!」

 空はフェイを抱きすくめたまま、微かに涙声になりつつも声を荒げた。

瑠璃華「生きていたなら、ちゃんと連絡するのが筋だぞ!」

 瑠璃華も怒ったように言うが、やはりコチラも涙で声が微かに震えている。

 そう、フェイはあの大爆発の中、偶然で助かったワケではなかったのだ。

風華「う〜ん………ギア同士でコアを共有させて生き残る、なんて思いつかないものねぇ」

 何とかして仲裁しようと考え込んだ風華だが、暫く考え込んだ上で苦笑い混じりに言った。

 フェイが助かった手法と言うのは、風華の言葉通りである。

 フェイは咄嗟に機体を犠牲にしてでも空を守るため、
 自身のコアに試作型ハートビートエンジンのコアからアルバトロスを引き上げ、
 二つのAIでコアを共有する事で処理能力を向上させ、自らの躯体を構成する
 膨大な量のマギアリヒトで瞬間的にコアを守る高密度外殻を形成、爆発の衝撃から身を守ったのだ。

 言って見れば対魔力物理障壁だ。

 ただ爆発の威力は凄まじく、形成した高密度外殻は消失し、
 フェイのコアは戦闘区域から大きく外れた場所へと投げ出されてしまったのである。

 その後、フェイとアルバトロスは魔力の回復と躯体の再構成をしつつ、
 自らの死を知った彼女達は、茜の救出とエールとクレーストの奪還に向けて独自に動き続けていた。

 そして、決戦当日、騒ぎに乗じて旧技研内に潜入したフェイは、
 遅れて突入していた諜報部よりも先に茜の所在を掴み、後はご存知通り、と言うワケだ。
387 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:33:30.49 ID:fbiOu5Nro
レミィ「そろそろ許して……と言うか、放してやったらどうだ?」

空「ん〜……」

瑠璃華「むぅぅ……」

 呆れたように漏らすレミィに、空と瑠璃華は不満そうである。

 そして、瑠璃華が口を開く。

瑠璃華「確かに! 確かに、計算上は上手く行く方法だし、最善策だったかもしれないぞ!
    だけど、それと心配かけたのは別だからな!」

空「そうですよ、フェイさん!

  助けてくれた事には凄く……どうやって恩返ししたらいいか分からないくらい感謝してますけど!
  でも、だからってあんな危険な真似………もう二度としないで下さい!」

 空も瑠璃華に続いてまくし立てた。

 思わず何度か言い淀んだのは、責める気持ちよりも感謝の念が勝っていたためだろう。

茜「難儀だな……」

 茜もその事を察してか苦笑い半分の表情で呟いた。

 ともあれ、二人はさらに続ける。

瑠璃華「空の言う通りだぞ!
    今後は報告、連絡、相談……ホウレンソウはしっかりだからな!」

空「生きてて良かったけど……生きててくれて嬉しいけど……!
  私、怒ってるんですからね!」

 どちらも、抱きつきながら言っていては説得力にかけるお叱りの言葉だ。

 だが、二人の思いはフェイに届いたようである。

フェイ「……朝霧副隊長、天童隊員……」

 流石のフェイも無表情を保てないのか、どこか神妙な色を顔に滲ませて二人の名を呟く。

 空と瑠璃華が顔を上げると、フェイは二人の顔を交互に見遣り、そして、改めて仲間達を見渡す。

フェイ「……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 そして、申し訳なさそうに頭を垂れた。

 茜達は顔を見合わせ合ったが、すぐにフェイに向き直って笑みを浮かべる。

マリア「ま、生きて返って来てくれたんだから、いいんじゃない?」

 マリアはそうあっけらかんと言って、
 フェイにしがみついていた瑠璃華を抱き上げるようにして引き離すと、自分の傍らに座らせた。

茜「そうだな……お陰で私も助けられた口だ。
  泣くほど怒りたい気持ちは分からないでもないが、そろそろ許してやってもいいんじゃないか?」

 茜もそう言って、空の肩に手をかけて離れるように促す。

 空は促されるままフェイから離れると、
 何とも言い難い申し訳なさと哀しさとごく僅かな怒りの入り交じった複雑な視線を向ける。

 フェイも、空の瞳を見つめ返す。

空「もう……二度とあんな真似しないって、約束してくれます?」

フェイ「……勿論です」

 どこか拗ねた様子で尋ねる空に、フェイは頷いて応えた。

 僅かな沈黙。

 だが、それはすぐに破られた。

空「……絶対に、約束ですからね!」

 小指を突き出した、空の声と共に。

フェイ「はい、約束です」

 フェイも頷きながら小指を差し出し、絡め合う。

 指切りげんまんだ。
388 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:34:42.92 ID:fbiOu5Nro
クァン「空君に一万発殴られたら針千本飲まされるよりもキツいだろうな」

マリア「何言っちゃってんの、アンタ?」

 その光景を見ながらぽつりと呟いたクァンに、マリアは思わずツッコミを入れた。

 “指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます”とは言うが、本当にやったらただ事ではない拷問だ。

 確かに、魔力量十万超かつ無限回復する空が一万発も“全力”で拳骨など放った日には、
 大概の建造物が粉々になってしまう。

 ギガンティックは無理かもしれないが、
 パワーローダーくらいはスクラップに出来る可能性は十分にある。

 ちなみに、空の先代ドライバーである結はアルク・アン・シエルで
 “殴る”事――リュミエール・コルノ――が出来た。

 正直、アルク・アン・シエルで一万発殴られたら、
 マギアリヒト全盛の今のご時世、大概の物が消え去ってしまうだろう。

レミィ「しかし、本当に一万発殴られたら、いくらフェイでも耐えられないんじゃないか?」

風華「ど、どうなのかしら〜?」

 思わず神妙な表情を浮かべたレミィに、風華は困ったように首を傾げて返す。

瑠璃華「同じ所ばかり狙われなければ、多分……形くらいは残ると思いたいが……」

フェイ「………朝霧副隊長、申し訳ありませんが、罰則の軽減を進言させていただいても宜しいでしょうか?」

空「指切りは物の喩えですよ!?」

 思案げな瑠璃華、淡々としながらも内心は戦々恐々とした様子のフェイに、
 最初は苦笑いを浮かべているだけだった空も、思わず声を荒げた。

 重くなった場の空気を和ませるための冗談だったのだろうが、さすがに調子に乗りすぎである。

茜「ッ、アハハハッ!」

 その様子に、ついに耐えきれなくなったのか、噴き出して大笑いを始める茜。

 少しでも口元を隠そうとしている所に育ちの良さは感じるが、笑い声は少々、はしたない。

空「茜さんまで……もう、酷いですよっ!」

茜「すまない……はぁ……けれど久しぶりに腹の底から笑えたよ」

 恥ずかしそうに抗議の声を上げた空に、茜は笑いすぎて目元に滲んだ涙を指先で拭う。

 ホンの逮捕劇を通じてしっかりと前を見据えていられるようにもなったが、
 だからと言って心底から心晴れやかとは行かなかった。

 だが、腹の底から笑えた事で気が晴れた部分も多い。

茜「お陰で幾らか気分が楽になった」

 茜がそう言って微笑むと、空は最初こそやや納得できなそうな表情を浮かべていたが、
 だが次第に笑顔を浮かべて納得したようだった。

 からかわれはしたが、茜の気が晴れたならそれはそれで良い。

 それに三日もフェイに粘着していたのは大人げなかったし、気まずかった。

 雰囲気を切り替えるいい機会だったと割り切ろう。
389 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:35:48.55 ID:fbiOu5Nro
 空がそう自らに言い聞かせている、その時だ。

レミィ「ん……すまん、そろそろウェンディの所に顔を出して来る」

 端末で時刻を確認したレミィがそう言って立ち上がった。

茜「ウェンディ?」

 茜は聞き慣れない名前に小首を傾げる。

レミィ「ああ、そうか茜は知らなかったか……私の妹の事だよ」

 レミィは思い出したように言って、そう告げた。

 ウェンディ・ヴォルピ。

 それが助ける事が出来たレミィの妹……弐拾参号に与えられた名前だった。

 狼の遺伝子と特性を持つ彼女に、伊語でキツネを意味するヴォルピはどうかとも思われたが、
 そこは姉妹としての戸籍登録の理由もあっての事だ。

 ちなみに、ウェンディと言う名前は、姉がアルファベットで十二番目のLを頭文字としていたので、
 妹もそれに因んで二十三番目のWを当てたのである。

空「じゃあ私も一緒に……あの子の所に行って来ないと」

 レミィに続いて空も立ち上がると、再び茜が怪訝そうな表情を浮かべた。

 どうやらこの二週間にも満たない日々の間に、色々な事が起きているようだ。

 茜自身は半自宅謹慎の査問で外部との接触を極力禁じられていた事もあり、
 軟禁状態だった九日間も合わせて、ここ数日の変化に疎い。

 無論、ニュースなどは確認していたが、身の回りの変化となると情報が足りないのである。

 だが、直感と言うべきか、茜は空の言う“あの子”に僅かながら心当たりがあった。

茜「空、あの子、と言うのは……もしかしてエールに乗っていた十歳くらいの子供の事か?」

空「え? はい、そうですけど」

 神妙な表情で尋ねる茜に、空は驚いたように答える。

 よくよく考えれば、クレーストと共に囚われた茜は、
 機体越しとは言え少女……ミッドナイト1と接触しているのだ。

 その事に思い至り、空も冷静になる。

 だが、実際は機体越しの接触どころか、
 茜にとってみればミッドナイト1は軟禁生活の間の唯一の話し相手だった。

 しかし、まだ捜査情報が公開されていない部分も多く、
 空達が特一級と言えどもその事実は知らされていない。

茜「そうか……こちらで保護されていたんだな」

 茜は安堵の声と共に胸を撫で下ろす。

 空と……仲間と争い続ける彼女の無事を祈り、願った。

 どうやら、その願いは最も良いカタチで聞き届けられたようだ。

茜「すまないが、私もついて行っていいだろうか?」

空「? ……えっと、多分、大丈夫だと思います」

 茜の申し出に思わず首を傾げた空だったが、戸惑い気味に頷く。

 空の様子に怪訝そうな物を感じたものの、
 茜は“ありがとう”と言って立ち上がり、空達と共に医療部局へと向かった。
390 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:36:40.01 ID:fbiOu5Nro
 三人が医療部局の特別病室区画に足を踏み入れるとすぐに、
 たどたどしい足取りで走って来る幼い少女の姿が見えた。

?????「お姉ちゃんっ!」

レミィ「っと!?」

 満面の笑みを浮かべて胸に飛び込んで来た幼い少女を、レミィが驚いたように受け止める。

 弐拾参号……ウェンディだ。

レミィ「病院で走っちゃ駄目じゃないか、ウェンディ」

 抱きついた妹を引き離して立たせると、レミィは膝を折ってその場に屈むと、彼女を窘めた。

 だが、嬉しさ九割と言った様子の表情では、叱っているのか喜んでいるのか分からない。

ウェンディ「でも、せんせーはお部屋の外に出てもいいって言ったよ?」

レミィ「部屋の外に出てもいいけど、走って誰かとぶつかったら危ないだろう?
    それでぶつかった相手が怪我をしたら、お前まで嫌な気持ちになっちゃうだろう?」

 不満そうなウェンディに、レミィはどこか哀しそうな顔をして窘める。

 テンプレートな“人に迷惑をかけてはいけません”と言った叱り文句だ。

ウェンディ「……うん」

 だが、その思いはしっかりと妹に届いたようで、ウェンディは姉同様に哀しそうな顔で頷いた。

 おそらく、誰かを怪我させてしまった所を思い浮かべてしまったのだろう。

 哀しそう、と言うよりも僅かな罪悪感が見える。

レミィ「分かってくれたか……。偉いぞ、ウェンディ」

 素直な妹をレミィは優しく抱き締め、ワシャワシャと頭を撫でた。

 すると哀しそうな顔をしていたウェンディも、
 途端に嬉しそうな満面の笑みを浮かべて“エヘヘ……”と照れたような声を漏らす。

茜「しっかりと“お姉さん”が出来てるじゃないか」

レミィ「当然だ。
    ……これでも、この子の最後のお姉ちゃんだからな……」

 戯けた様子で言った茜に、レミィは誇らしさ半分哀しさ半分と行った風な笑顔で返した。

 姉……伍号の死を知ってまだ丸三日も経っていない。

 だが、哀しくても、弐拾参号のために自分は前を向かなければいけない。

 そんな強く、悲壮な覚悟がレミィの笑みの中に見て取れて、茜は胸を打たれ、言葉を失う。
391 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:37:10.63 ID:fbiOu5Nro
レミィ「じゃあ、私はウェンディの義肢の調子を笹森主任に診てもらって来るから、一旦、ここでな」

 レミィはそう言うと妹の手を取り、一歩ずつゆっくりと診察室へと向かった。

 義肢……そう、両腕と両足の全てを切除され、402・スコヴヌングの中枢に埋め込まれていたウェンディは、
 救出されるなりすぐにギガンティック機関医療部局へと搬送され、一定の回復を待ってから、
 医療部主任であり医療義肢関連技術の第一人者でもある笹森の手で手術を受けたのだ。

 主任の笹森雄嗣は、閃光の譲羽の右腕の義手を作り上げ、
 彼女の希望通りにロケットパンチまで仕込んだ笹森貴祢の孫だ。

 手足全てを義肢にするサイバネティクス手術など朝飯前である。

 ただ、それとウェンディ自身が四本の義肢に慣れるかどうかは別問題だ。

 施術から日の浅いウェンディは、魔力で自在に操作可能とは言え、義肢の扱いにはまだ慣れていない。

 レミィの元に駆け込んで来た時の、あのたどたどしい足取りがその証拠だ。

 今も時折、足を引き摺るようにして歩いており、何とかこちらに振り返って、不器用に手を振っている。

 空と茜は、思わずどんな表情をすれば良いか分からずに張り付いたような笑顔を浮かべてしまいながらも、
 小さく手を振って応えた。

茜「……自己紹介を、忘れてしまったな」

空「まだ何度だって機会がありますよ」

 二人が特別病室区画から出て行った後、思い出したように言って肩を竦めた茜に、
 空は笑みを浮かべてフォローする。

 ウェンディの足は日に日に快方へ向かっていた。

 いつか、自分の足で姉の元に来る事もあるだろう。

 自己紹介はその時でも遅くはない。

 それに、今はミッドナイト1との面会もある。

茜「……そうだな」

 茜は改めて気を取り直すと、空に案内されて特別病室区画のさらに奥へと歩を進めた。

 そして、区画の最奥……厳重なロックがされた隔離区画へと足を踏み入れる。
392 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:38:00.61 ID:fbiOu5Nro
 端末で個人を認証し、スライド式の分厚い強化ガラスの扉を抜けると、
 そこにはやはり強化ガラス張りにされた隔離病室があった。

 しかし、隔離病室と呼ぶには、些か赴きが違う。

 クリーム色のクッション性の高い素材の床と、
 薄桃色のやはりこれもクッション性の高い素材で作られた壁と言う内装。

 ガラスも内側は防護用のエアクッションのカバーがかけられ、
 身体を叩き付けて自傷する事が出来ないようにされている。

 絵本やぬいぐるみが整然と置かれた棚も、やはり怪我をしないようにカバーがかけられていた。

 娯楽は他にも大小のボールやモニターが置かれているが、
 それらが動かされた様子はなく、モニターにも何かが映された様子は無い。

 そして、その部屋の中央、やや低めのベッドの上に人形のように佇んでいたのは、一人の少女……ミッドナイト1であった。

 微動だにせず、目には光すら宿らぬとさえ思えるほど焦点を失い、何処でもない虚空を見ている様は、
 彼女が人間である事を知らなければ、本当に精巧に作られた人形か何かにしか見えなかっただろう。

茜「……これは……」

 茜は驚いたように漏らす。

 保護されていると知った時は安堵したが、どうやら想像していた以上に厚遇されているようだ。

空「あの子……エールと魔力リンクが出来た、って事で、
  司令が無理を言ってこっちに引っ張ってくれたんです。

  それで、軍と警察、それに政府の立ち会いの検査の結果、色んな薬を使われたり、
  傷を治した痕が幾つも見付かって、すぐにこう言う形になったそうなんです」

 空はそう言って、哀しそうな視線をミッドナイト1に向けた。

 空はあの決戦から戻って三日、毎日のようにこうして彼女の元に足を運んでいた。

 それは、彼女に対する僅かな罪悪感があったからかもしれない。

 自分が彼女に勝ち、エールを救い出した事で、彼女を利用していたユエにとって彼女の利用価値を失わせたからだ。

 無論、エールを救い出せた事は喜ぶべき事だが、それと彼女に対する罪悪感は別であった。

 投薬や傷害の痕跡が見付かった事でこうして隔離病棟とは言え保護されてはいるが、
 ユエに捨てられた事でへし折られ、壊れた彼女の心は、未だに癒える兆候を見せない。

空「ねぇ、また来たよ」

 空は内部のスピーカーのスイッチを入れ、ミッドナイト1に優しく語りかける。

 しかし、ミッドナイト1は一瞬だけ、ピクリと微かに身体を震わせただけだ。

 外界からの刺激に対して何らかの反射は出来るようだが、反応は出来ない。

 先日、医療部局のスタッフに聞いた話だが、睡眠を取る際にはしっかりと身体を横たえ、
 起きるといつの間にか身体を起こしていると言う状態だと言う。

 笹森の話では“自発的に僅かでも動けるだけ、
 まだカウンセリングの余地はある”らしいが、保護されてそろそろ六日。

 まだ一言も言葉らしい言葉を発しない所か、日に二度の点滴以外の栄養を摂取していない。

 このままでは心身が衰弱する一方だ。

空「今日はね……フェイさんとようやく仲直りできたんだ」

 空は泣きそうな顔をしながら、必死にミッドナイト1に語りかける。

 しかし、答えを強要はしない。

 あくまで語りかけるだけだ。
393 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:38:48.97 ID:fbiOu5Nro
茜「それとね、今日は一緒に来てくれた人もいるだ。
  本條茜さんって言って、私達の大切な仲間の一人だよ」

 空はそう言って茜に視線を向けた。

 その時だ。

 今までにないほど大きく、ミッドナイト1はビクリと肩を震わせた。

茜「ッ、私だ! 本條茜だ! 聞こえているか!?」

 その瞬間、茜は堪えきれずに大きな声を上げてしまう。

 また、ミッドナイト1の肩が大きく震える。

空「あ、茜さん!?」

 突然の茜の行動に空は驚きの声を上げ、彼女とミッドナイト1とを交互に見遣った。

 すると、微かに俯くような姿勢のままだったミッドナイト1が、微かにその顎を上げているではないか?

 まだ焦点こそ合っていないものの、視線をこちらに向けているようにも見える。

 茜は少しでも彼女との距離を縮めようと、ガラス張りの隔壁に身体を押しつけるように張り付く。

 そこで、ようやく冷静さを取り戻した空も気付いた。

 ミッドナイト1は、茜の名前と声に反応しているのだ。

 そして――

M1『あ……あ……ぁ……あぁ……』

 この六日間、一言も言葉を発していなかった少女が、絞り出すような声を漏らした。

空「!? さ、笹森主任を呼んで来ます!」

 空はこの場で自分と茜、どちらが彼女にとって重要かをいち早く判断すると、来た道を慌てて引き返す。

 茜は空の背中に向かって“頼む!”とだけ言うと、またミッドナイト1に向き直った。

茜「ここだ! 私は、ここにいるぞ!」

M1『ぅ、ぁ……ぁぁあ……』

 茜が幾度も呼び掛けると、ミッドナイト1は声を絞り出しながらようやく焦点を合わせ始める。

 ぼんやりとした視界が次第に像を結び始め、懐かしい姿を捉えた。

 だが、すぐにその視界が歪み、霞んで行く。

M1『……ほ、ん、じ、よ、う、あ、か、ね……?』

 一言一言、絞り出すように呟いた少女は、自分が大粒の涙を零している事に気付いてはいない。

 ただ、道具としての自分以外で、もう一つの拠り所となってくれた少女との再会に、
 ワケも分からずにその反応を示していたのだ。

茜「ああ、そうだ……そうだよ……」

 茜も目を潤ませ、声を震わせて、少女との本当の再開を喜ぶのだった。
394 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:39:27.43 ID:fbiOu5Nro
―3―

 茜とミッドナイト1が六日ぶりの再開を果たした、その日の夜。
 医療部局内、医療部オフィス――


 最低限の人払いを済ませた室内には、主任である雄嗣の他、
 メディカルオペレーター・チーフであるメリッサと、明日美とアーネスト、それに風華と空の六人がいた。

明日美「茜がテロリストに軟禁されていた際の世話役が、あの子……」

 明日美は監視モニターに映る隔離病室の様子を見ながら、どこか唖然とした様子で呟く。

 十歳ほどと思しき少女に実戦部隊の主力だけでなく、拉致したドライバーの世話役までさせるとは、
 随分と人材に恵まれていないテロ集団もいたものだ。

 が、そこはユエの都合と思惑が幾分も入り込んでいたと推測できる。

雄嗣「しかし、医療部としては助かりました……。
   心のケアと言う物はいつの時代でも難しい物ですから」

 雄嗣は安堵の溜息混じりに言うと、茜と会話しながら食事をしている少女を見て、
 嬉しさと優しさの入り交じった笑みを浮かべた。

 マギアリヒトによる発展は医療分野においても目覚ましい物だったが、
 それはあくまで内科・外科的な物であって遺伝分野を除いた心療内科にまでは及んでいない。

 雄嗣の言葉通り、傷付いた心のケアはいつの時代も難しく、時間が必要とされている。

 心を開くキッカケ……その第一段階を茜がやってくれたのは、医療部としてみれば大助かりだろう。

メリッサ「食事もスープのような流動食なら胃が受け付けてくれるようですしね……。
     本條から“コーンポタージュ大至急”の要請が来た時は噴き出しかけましたが」

 メリッサもそう言ってその時の様子を思い出し、噴き出しそうになる。

 この場の面々も微笑ましそうな表情を浮かべているが、ただ一人、空だけはどこか浮かない様子だ。

空「それで……あの子はどうなるんですか?」

 空はこの場に集まった本題を切り出す。

 明日美とアーネストは上層部として、雄嗣とメリッサは医療部の人間として、
 風華と空は前線部隊隊長格として、ミッドナイト1の処遇を決めるために集められたのである。

アーネスト「会話が出来る状態まで回復したのだから、最低限の事情聴取と言う事になるな」

 アーネストが思案気味に言った。

 彼が“最低限”と言ったのは“ミッドナイト1は被害者的側面が大きい”と言うのが、
 政府、軍、警察、ギガンティック機関の統一見解だからだ。

 エールを操るために結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力と同調可能と言う、
 あまりに優れた点を持ちながら、捨て駒としてアッサリ切り捨てられた点からもそれは言えた。

 前述の通り、頻繁な投薬をされた形跡や急速治癒促進が幾度も行われた痕跡に加え、
 捕縛したテロリストや月島とユエに出資していた者達からの証言も有り、彼女が実験動物扱いをされていたのは間違いなく、
 “側面が大きい”などと言う曖昧な言い回しを撤回して“被害者”と言い切ってしまっても問題ない程である。

 ともあれ、事実確認程度の聴取は行われるが、後は基本的に戦災孤児のような扱いになるか、
 統合労働力生産計画の被害者として政府から手厚く保護されるかの二択、と言う形だ。

風華「瑠璃華ちゃんやレミィちゃんの時のようにウチで面倒を見る、
   って事にはならないんでしょうか?」

 風華が挙手と共に発言する。

明日美「現時点では難しいわね……。
    ドライバーも枠は全て埋まっている状態ですし」

 だが、すぐに明日美が溜息がちに答えた。
395 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:40:22.50 ID:fbiOu5Nro
 クライノートを除いた条件の限られるギガンティックのドライバーは全て埋まっており、
 残るクライノートもエールが整備中の場合に空が使う代替機と言う現状、
 レミィ、フェイ、瑠璃華の時のような方法は不可能だ。

 ウェンディに関してはレミィの本籍が明日美が経営する孤児院にあるため、
 義肢の最終調整が終わればそちらに引き取られる予定となっている。

 だが、さすがにミッドナイト1の場合は対イマジン特例法を適用するのは難しい。

 空の魔力を大量に接収したり、レミィ達を機関で保護したりと、
 色々な無茶を合法として通す事の出来る特例法だが、
 それもあくまでオリジナルギガンティック運用に必要な範囲まで。

 乗れるオリジナルギガンティックが無いのだから、ミッドナイト1には特例法を適用できないのだ。

 明日美の言葉で誰もがその点に思い至り、難しそうな表情を浮かべる。

アーネスト「実際問題として、最終的には公営・私営を問わず、
      孤児院で引き取る可能性が高いだろうね……現状では」

空「可能性が高い、って言う事はそれ以外の選択肢もあるって事でしょうか?」

 アーネストの言に、空が怪訝そうに尋ねた。

雄嗣「検査の結果、彼女の魔力は五万六千超。
   重要人物保護プログラムを適用した上で正一級として独立して暮らす方法もある。

   勿論、未成年である以上は後見人を立てる、と言う大前提はあるがね」

明日美「………」

 溜息がちにアーネストへの質問を代理で答えた雄嗣の言葉に、
 明日美はどこか哀しみと苛立ちの入り交じった色を目に浮かべる。

 旧魔法倫理研究院時代、母・結と共に保護エージェントとして尽力した彼女だ。

 孤児の扱いに思う所があるのだろう。

空「あの、以前見た特一級の権限の中に、
  特一級だったら未成年でも十五歳以上から後見人になれるって書いてあったんですけど……」

 躊躇いがちに空が挙手と共に発言すると、
 メリッサが“よくそんな細かい所を覚えているな”と感心半分呆れ半分と言った様子で呟く。

 記憶力の良さ……と言うよりは思い出す能力の高さの賜である。

風華「空ちゃん、確かに後見人にはなれるけど早まっちゃ駄目よ」

明日美「そうね……“なれる”と“出来る”は違うわ」

 オロオロと空を窘める風華に続いて、明日美も神妙な様子で呟く。

 空自身はまだ“後見人になる”とは言っていないが、話題に出している時点で言っているも同然だ。

雄嗣「後見人は被後見人の成人まで様々な責任を背負う事になるからね……。
   君の思いがどうあれ、生半可な重責ではないよ」

 雄嗣もそう言って、逸りがちな空を窘めた。

 浅はかな考えを見透かされているようで、空は気落ち気味に“はい……”とだけ言って頷く。

雄嗣「それに、まだ後見人制度に頼ると決まったワケでもないからね」

 そんな空の様子に苦笑いを浮かべた雄嗣は、そう言って手元の端末を操作すると、
 モニターに何かのグラフを表示した。
396 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:41:00.05 ID:fbiOu5Nro
明日美「これが検査結果?」

雄嗣「ええ……DNAには確かに結・フィッツジェラルド・譲羽、奏・ユーリエフ、
   クリスティーナ・ユーリエフに近似する物が見受けられましたが、
   魔力波長は03に最も近い数値が出ていますね。

   朝霧副隊長の物とも比較しましたが、同波長との近似で言えば彼女の方が圧倒的に近いですね」

 明日美の質問に、雄嗣はそう言って指でモニターを指し示す。

 どうやらミッドナイト1の検査結果らしい。

明日美「朝霧副隊長、それにエール。
    彼女は確かにギアの補助無しにプティエトワールとグランリュヌを使っていたのね?」

空「え? あ、はい」

 唐突な明日美からの質問に、空は怪訝そうに答え、さらにエールが続ける。

エール『僕が補助を始めたのは空と再リンクしてからだよ。
    ログを取って貰えば分かるけど、彼女が保護される直前まで着けていたギアも動作補助は行っていないよ』

 共有回線を通したエールの返答に、明日美はアーネストや雄嗣と顔を見合わせ、頷き会う。

 だが、アーネストはやや不承不承と言った風だ。

アーネスト「でっち上げ、と言う事にはなりませんか?」

明日美「でも、朝霧副隊長よりもクライノートの適性が高いのは事実でしょう」

 困ったように漏らしたアーネストに、明日美はどこか割り切ったような様子で返す。

風華「えっと……それってつまり、あの子をオリジナルギガンティックの……
   クライノートのドライバーとして迎え入れる、って事ですか!?」

 風華は何故、前線部隊責任者とは言え、自分と空がこの場に呼ばれていたのかを察し、
 合点が行ったのが二割、驚き八割と言った狼狽の声を上げた。

 空は副隊長としてだけではなく事実確認のために呼ばれたようだが、
 風華は前線部隊の隊長として意見を求められていたのだ。

 確かに、モニターに映し出された数値を見れば、高い同調率を誇っているようである。

 加えて、クライノートは本体よりも付随するヴァッフェントレーガーの操作が枷となる機体だが、
 ギアの補助無しに十六基もの浮遊砲台を自在に使いこなしたとなれば、その点でも申し分ない。

 エールの完全復活、二基のハートビートエンジンの起動、
 ヴィクセンとアルバトロスの強化とギガンティック機関も力を付けている。

 オリジナルギガンティックのドライバーを増やす事が急務と言うほど切迫はしていなが、
 それでも、イマジンからこの世界を守るために、力を扱える者は多いに越したことは無い。
397 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:41:55.66 ID:fbiOu5Nro
明日美「あまり堅苦しい事は言わないわ。
    感じた通りに言って頂戴」

 激しく狼狽していた風華だが、明日美に促されて何とかして落ち着きを取り戻すと、
 視線を監視モニター越しにミッドナイト1へと向け、思案する。

 その表情には次第に哀しげな色が浮かんで行く。

風華「……正直、ドライバーとして迎え入れる事が正解になるかは、私には分かりません」

 風華は、ミッドナイト1が正気を取り戻し、茜と再度面会できるようになるまで、
 空と茜の二人から聞かされた話を思い返しながら答え、さらに続ける。

風華「あの子が60年事件や統合労働力生産計画に端を発する、一連の事件の被害者なら、
   瑠璃華ちゃん達の時のように彼女の意志を確認して、それを尊重すべきだと思います」

 風華は隊長らしい毅然とした態度で言い切った。

 瑠璃華達……瑠璃華、レミィの二人は、自らの境遇や望みよってドライバーとなる事を選んだ。

 フェイも最初こそ戸惑いもあったが、今は望んでドライバーとして機関に籍を置いている。

 だが、ミッドナイト1は戦ってデータを得るための道具として作り、育てられた。

 ドライバーとしての道を彼女に提示するのは、未だ早計なように風華には感じられたのだ。

 故に“事件の被害者”と言う言葉を使ったのである。

空「私も風華さんと……藤枝隊長と同じ意見です」

 そして、それは空も同じだった。

 オリジナルギガンティックに乗れるからと言って乗せるのでは、彼女を道具のように扱っている気がしてならない。

 無論、自分たちにそのつもりがなくても、だ。

 幾つかの道を彼女に示して、彼女が望む道を彼女自身に選んで貰う。

 それこそが彼女の心のリハビリ、その第一歩になる。

 二人のその思いは他の四人にも伝わったのだろう。

 メリッサは納得したように深く頷き、明日美達三人も顔を見合わせた。

明日美「……ならば、この件は一旦保留として、
    彼女はドライバー適格者の保護の名目でギガンティック機関預かりとします」

 明日美はそう言って、アーネストの無言の首肯で確認を取ると、さらに続ける。

明日美「今回上がった案に関しては、彼女の肉体的、精神的な回復を待ってから順次、
    全て伝えて行こうと思っています」

雄嗣「ええ、それが最善手でしょう」

 明日美の言葉を聞き、雄嗣は深々と頷いて答えると、監視モニターに目を向けた。

 空達もそれに倣って監視モニターを見遣る。

 茜とミッドナイト1は先ほどから変わらずベッドの上に並んで座り、
 談笑――と言っても本当に笑っているワケではないが――しているようだ。

雄嗣「その間の彼女の世話役として本條小隊長をお借りしたいですが……よろしいでしょうか?」

 雄嗣はその様子に申し分無いと確信した様子で、明日美に問い掛ける。

アーネスト「天童主任の申し出で各ギガンティックはオーバーホール中です。
      遠征任務が再開されるのは再来週からになりますし、暫くは待機任務の名目上このままで良いかと」

明日美「そうね……現状、彼女が一番心を開いているのは茜のようだし、そうしましょう。

    それと自傷行為に類する挙動が見られないようなら、
    早い内に隔離区画から出す方向で検討して行きましょう」

 アーネストからの提案もあって承認した明日美は、そう言って場を締めくくった。
398 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:42:51.98 ID:fbiOu5Nro
 一方、監視モニターの向こう……ミッドナイト1の隔離病室では、
 茜が食事を終えたミッドナイト1と、自分たちの身にあれから何があったのかを話し合っていた。

 空との闘いに敗れユエに用済みとして捨てられ、ギガンティック機関の手で保護された事。

 仲間に助けられ、復讐を乗り越えて事件を解決した事。

 そして、自分たちの共通項とも言える、ユエの死。

M1「……そう、ですか……」

 創造主の死の事実を聞かされたミッドナイト1は、
 一瞬、戸惑ったような哀しげな表情を見せた後、無表情で頷いた。

 自分を縛る者が亡くなった事……自分を道具として定義する存在が居なくなった事は、
 少なからずミッドナイト1の胸の内に波紋を投げ掛けたようだ。

 だが――

M1「よく……分かりません……」

 ミッドナイト1は俯いたまま、怪訝そうな雰囲気を漂わせた声音で漏らした。

 彼女には自分の胸の内に生まれた波紋が何であるか定義できないのだ。

 解放の悦びか、喪失の哀しみか、それとも全く別の何かなのか。

 自我と言える物を自覚できるようになって、まだ一週間足らず。

 自分の胸の内にある物……心が何であるかを言葉に出来るだけの経験が、彼女には欠けていたのだ。

茜「そうか……」

 茜もそれを察してか、少し寂しそうな表情を浮かべて頷く。

茜「少しずつでいい……気持ちをゆっくりと整理していこう?」

 茜は昔、声を失った頃に医者に言われた言葉を思い出し、ミッドナイト1に語りかけた。

 そして、その肩に手を添えようとして、僅かな躊躇いの後、添えようとしていた手を引く。

 彼女も連中に利用されていた被害者。

 そうは言っても、あの旧技研は彼女の帰る場所だったのだ。

 それを壊した自分が、彼女を慰めるのはどこか筋違いのように思えた。

 そして、自分は一時とは言え、彼女を脱出の手段として利用しようとしていた。

 彼女が心を開いてくれている相手が自分だけ、と言うのはこの上なく嬉しい。

 だが、それ以上の罪悪感が、茜の心に細く、長い針を打ち込む。

茜(私は……悪い人間だな……)

 慰めてあげたいのに、それを拒まざるを得ない罪悪感を感じながら、茜は心中で自嘲した。

茜「……もう夜も遅い。また明日も顔を出そう」

M1「はい……ありがとうございます」

 言いながら立ち上がった茜に、ミッドナイト1はようやく顔を上げて浅く頷いた。

 感謝された、と言う事は、やはり自分が来る事を彼女も望んでくれているようだ。

茜(私は……本当にそんな資格があるのか……?)

 ミッドナイト1の目を覗き込みながら、茜は自問し、“じゃあ、また明日”とだけ言って病室を後にした。

 この時に覚えた罪悪感と戸惑いが、後に大きな騒ぎの引き金となる事を、未だ知らずに……。


 そして、それから瞬く間に四日が過ぎた――
399 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:43:31.76 ID:fbiOu5Nro
―4―

 7月24日、午前九時。
 医療部局病棟、ミッドナイト1の個室――


 ミッドナイト1は病室内の書架に置かれた紙製の絵本や図鑑を引っ張り出し、眺めていた。

 紙製と言ってもマギアリヒトの合成紙で製本された、安価な物だ。

 本物の紙製の本など高級品すぎて早々に手が出る物ではないが、
 こう言った合成紙の本も電子書籍全盛の世の中であっても、
 絵本や図鑑のような子供向けの書籍には好まれていた。

 親子が並んで読める、と言った風情や情操教育目的もあるが、
 子供が何を読んでいるか分かり易いと言う利便性もあっての事である。

 ミッドナイト1は旧世界……メガフロートの外の世界が描かれた図鑑を好んで読んでいた。

 世の常識であっても知る必要の無い事として、様々な知識をそぎ落とされて育った彼女には、
 常識の全てが驚きと戸惑いに満ちた物ばかり。

 世界に触れる事さえ初めてだらけで戸惑う彼女にとって、
 一番の驚きはこの天蓋の向こうにもっと広い世界がある事だったのだ。

 自らに与えられたコードネーム・ミッドナイト……深夜にも関わりが深い、
 夜空に浮かぶ月、満点の星空の写真が載ったページを見渡しながら、
 彼女は感慨深げな表情を浮かべていた。

 そう、彼女はようやく表情らしい表情を浮かべられるようになった。

 他の人間を見て学び、吸収する。

 彼女個人の人格や存在を否定しているようで語弊のある言い方かもしれないが、
 やはりそこは結の遺伝子がそうさせるのだろう。

 要は飲み込みや覚えが早いのだ。

 ともあれ、ミッドナイト1は図鑑の月や星を眺めながら、食後の一人きりの時を過ごしていた。

 すると、不意にコンコンとドアをノックする音が響き、
 ミッドナイト1は僅かに喜色の入り交じった顔を上げる。

 すぐに“どうぞ”と言って促すとドアが開かれ、茜とその後ろから空が顔を出す。
400 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:44:10.70 ID:fbiOu5Nro
M1「アカネ、ソラ……おはようございます」

 二人の姿を見るなり、ミッドナイト1はどことなく嬉しそうな表情を浮かべた。

 アカネ、ソラ……ミッドナイト1は二人の事を名前で呼ぶようになっていた。

 二人……特に懐いている茜に倣っての事だったが、
 一々フルネームで呼んで来る彼女をそれとなく促しての事だ。

空「今日も図鑑を見ていたんだ?」

M1「はい」

 ベッドの傍らに歩み寄って来た空の問い掛けに、ミッドナイト1は頷いて答える。

 空もベッドの縁に腰掛け、図鑑を覗き込む。

空「まん丸の満月と綺麗な星空だね」

M1「はい、満月と星空です。……綺麗です」

 空の言葉に同意して、ミッドナイト1はどことなく声を弾ませる。

茜「夜空が好きなんだな……」

 茜は優しそうな笑みを浮かべてそう言うと、
 ミッドナイト1を挟んで空とは反対側のベッドの縁に腰掛け、三人で並ぶ。

M1「夜空……夜の空……はい、夜空は落ち着きます」

 ミッドナイト1は言葉を反芻し、ややあってから答えた。

 ここ数日で見上げた夜空を思い出し、その光景に思いを馳せながら答えたのだ。

 遠くに見える街や家々の灯りと、天蓋に整然と並んだ小さな照明が作り出す偽物の星。

 第七フロート第三層では決して見る事の出来なかった光景。

 決して暗闇だけでない夜の世界は、見ていると穏やかな気分になる。

茜「生前のお祖母様や大叔母様に聞いた星空は、本当に綺麗だったと聞いた事があるな……。
  映像技術も昔よりも進歩したと言うが、生で見るのとは違うのだろう」

 茜はふと思い出したように呟く。

M1「これは本当にあった世界なんですね……」

 茜の言葉に、ミッドナイト1は失われた旧世界の夜空に思いを馳せる。

空「……いつか見てみたいよね、本当の空……」

 思いを同じくするミッドナイト1に、空も感慨深く呟く。

 ミッドナイト1も“はい”とだけ答えて深く頷いた。
401 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:44:53.43 ID:fbiOu5Nro
 そして、ようやく気が済んだのか、
 ミッドナイト1は図鑑を閉じると、二人をゆっくりと交互に見遣る。

空「今日は何か知りたい事はある?」

M1「……昨日聞いた、空達が通っていた学校の事について教えて下さい」

 空が促すと、ミッドナイト1は僅かに考え込んだ後、即座に答えた。

空「学校……学校かぁ……」

 空は何事か思案すると、ベッドの縁から立ち上がると、反対側に回り込んで窓際へと歩いて行く。

 そして、少しだけ目を凝らすと官庁舎の向こうに目当ての建物が見えた。

空「ほら、こっちに来て」

 空はミッドナイト1を手招きすると、目当ての建物を指差す。

M1「……あの建物、学校だったんですね」

空「うん、京都第二小中学校、一級市民向けの小中学校だね」

 感慨深げに漏らすミッドナイト1に、空は説明を続ける。

 そんな二人の様子を、茜はベッドの縁に腰掛けたまま肩越しに見ていた。

茜(あの子も、随分と空に慣れて来たな……)

 茜はここ数日のやり取りを思い返し、胸中で独りごちる。

 あの子。

 自分達の事を名前で呼んでくれるようになったミッドナイト1に比べて、
 空も茜も彼女の事を名前では呼べなかった。

 ミッドナイト1と言う名前に、彼女なりの矜持があるかどうかも分からないが、
 記号と数字の組み合わせのような名前で呼ぶのに抵抗があったからだ。

 ともあれ、最初は自分以外の人間に距離を置いていたミッドナイト1だったが、
 空が自分に危害を加えるような人間でないと分かると、すぐに心を開いた。

 それは、この医療部局にいるスタッフ達に対しても言えた事で、
 昨日、問診に来た雄嗣の回診に居合わせた時にも、問題無く受け答え出来ていたと思う。

茜(私だけに拘らなくてもやっていけそうだな……)

 その結論に達した時、茜はズキリ、と胸が痛むのを感じた。

 ああ、敢えて思い返すまでもなく、これは罪悪感の表れだ。

 一時でも、利己的な目的のために彼女を利用しようとした。

 道具として育てられた人間に対して、最もやってはいけない事。

 茜は今にも泣き出しそうな哀しげな表情を浮かべ、
 笑顔で説明を続ける空と彼女の話を熱心に聞き続けるミッドナイト1を見つめた。

 そして、胸に突き刺さる罪悪感の痛みに、顔をしかめる。

 再会の晩に感じた微かな痛みは、もう無視できない激痛へと発展していた。

茜(このままではいけないな……私だけじゃなく、彼女のためにも)

 茜は胸に手を当て、改めてその決意を確認する。
402 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:45:40.89 ID:fbiOu5Nro
 暫くそうしていると、ようやく学校の説明が終わったらしい。

M1「同じ年頃の子供が集まって勉強する場所……」

 ミッドナイト1はその言葉を反芻しながら、感心したように何度も頷く。

M1「……合理的で、便利な場所です」

空「うん、それに友達も出来ると、学校に行くのも楽しくなるからね」

 子供らしくない感想を述べるミッドナイト1に、空は困ったような笑みを浮かべた後、そう言った。

 だが、今度はその“友達”と言う言葉にミッドナイト1が反応する。

M1「ソラ、ともだち、とは何ですか?」

空「え? えっと……」

 ミッドナイト1の質問に、空は思わずたじろいでしまう。

 感覚として理解している事柄や言葉ほど、口で説明するのは難しい物だ。

空「えっと……私達、みたいな関係の事かな?」

 空は困った末に、苦し紛れにそんな曖昧な答を返した。

 無論、この場で言う私達とは、茜を含めたこの三人の関係の事だ。

 確かに、友達、友人と言うのに憚られる関係で無い事は客観的にも明らかだろう。

 だが――

M1「その説明では曖昧に感じます」

 ミッドナイト1にはやはり苦し紛れの言葉に聞こえたのか、少し不満そうに呟いた。

空「あ、茜さ〜ん!」

 空は思わず茜に助けを求める。

茜「……まったく、普段の君は妙な所で締まらないな」

 一方、助けを求められた茜は肩を竦めて返した。

 友人の定義。

 個々人によって線引きも程度も違うであろうソレを説明するのは難しい。

茜(けれど、いい機会かもしれないな……)

 しかし、茜はそう思い直すと、意を決してミッドナイト1を手招きする。

茜「空、君は何か飲み物を買って来てくれないか?」

空「はい、そうします……」

 予期せぬ失態を演じてしまった空は、項垂れた様子で茜の提案を受け入れた。

 インターバルを入れて気持ちを整えて来いと言う、茜の思いやりだ。

 だが、茜自身にはそれ以外の思惑もあったが……。

茜「私は烏龍茶を頼む、メーカーはどこでもいい」

M1「オレンジジュースをお願いします」

空「は〜い……」

 空は二人の要望を聞くと、そそくさとその場を後にした。

 空の背を見送った茜は、一度、天井を振り仰ぐ。
403 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:46:22.53 ID:fbiOu5Nro
茜(友達か……そうだな、これは……私と彼女が、本当の友人になるための第一歩だ……)

 そして、その思いと共に視線をミッドナイト1へと向けた。

 一見して無表情のように見える少女だが、
 その視線には期待の眼差しと言って差し支えない好奇心のような物が見える。

茜「友達と言うのは、空も言ったように私達の関係を一言で言い表す言葉だな……。

  時には嘘をついたり、喧嘩をしたりもするが、
  一緒に遊んだり、勉強や運動を競ったり、
  そうやってお互いを高め合えるような関係が理想だ」

M1「嘘や喧嘩は、いけない事ではないでしょうか?」

 茜の説明に、ミッドナイト1はそれまでに教えられて来た言葉を思い返し、怪訝そうに首を傾げた。

茜「確かに、嘘や喧嘩はいけない事だな……。

  でも、友達を守るために必要になる嘘も中にはあるし、
  いくら友達でも譲れない一線を守るためには時には喧嘩する事もある。

  だけど、そうやって色々な物を乗り越えていけないようでは、本当の友達にはなれないんだ」

 茜は二週間以上前の事を思い返して、不意に遠くを見るような目をする。

 あの日、自分と空は言葉をぶつけ合った。

 復讐にかられる事は間違っていると、自らの経験を持って自分を諭してくれた、年下の少女。

 大人達が気遣って踏み込まない一線を踏み越え、心の声をぶつけて自分の凶行を止めてくれた空を、
 茜は掛け替えのない友人として認識していた。

茜「軽口を叩き合ったり、巫山戯合ったり、笑い合ったり……
  そうやって楽しく過ごせる相手が友達だ」

M1「楽しく過ごせる……私は、ソラやアカネと一緒だと、楽しいです……。
   これは、二人が私の友達だと言う事なのでしょうか?」

 茜の説明を聞きながら、ミッドナイト1は胸に手を当てて自らを思い返す。

 楽しい。

 喜怒哀楽だけで人の感情は計れないし分類もし切れないが、
 それだけはミッドナイト1にも分かるようになって来たらしい。

茜「………」

 しかし、茜は問い掛けるようなミッドナイト1の言葉に、すぐに頷く事が出来なかった。

 そして、小さく深呼吸し、改めて口を開く。

茜「……友達との間で、絶対にやってはいけない事が幾つかある……。
  それは、友達を傷つけ、裏切る事と、友達を利用する事だ。

  ……それは、友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……」

 茜は苦しそうな表情で、絞り出すように呟いた。

M1「裏切り……利用……」

 ミッドナイト1は、その言葉を反芻しながら哀しげな色を目に浮かべる。

 それはかつての自分が身を置いていた世界で身近な物。

 指導者の不興を買いたくなくてお互いの足を引っ張り合って裏切り、自らもユエに利用され続けて来た。

 友達と言う言葉が、かつての自分の境遇とは真逆にある物だと感じて、ミッドナイト1は哀しそうに目を伏せる。

 そこで、限界だった。

茜「私は! ……私は、お前に謝らなければいけないな……」

 思わず大きな声を上げそうになった茜は、悔しそうに言葉を吐き出す。

M1「アカネ……?」

 茜の言葉に、ミッドナイト1はキョトンとした様子で首を傾げた。
404 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:47:10.80 ID:fbiOu5Nro
 茜が自分に謝る事など一つもない。

 むしろ、自分は幾つも茜にお礼を言わなければならない立場だ。

 色々な事を教えてくれて、ありがとう。
 いつも会いに来てくれて、ありがとう。
 世界の事を教えてくれて、ありがとう。

 ミッドナイト1の胸の内は、茜と、そして、空への感謝で溢れそうな程だった。

 そして、茜への感謝は、あのユエの研究室にいた頃からひっくるめて続いている。

 だが――

茜「……私は……ユエに軟禁されていた時、脱出のために、君を利用しようと、した……」

 ――苦しそうに茜が紡いだ言葉が、ミッドナイト1の思考を、一瞬、吹き飛ばした。

M1「……?」

 一瞬、理解できずに首を傾げたミッドナイト1は、だが、次第に小刻みに震える。

 友達だと思っていた。


――友達を利用する事だ……――


 感謝を捧げる、優しい人だと思っていた。


――友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……――


M1「うそです……友達は嘘もつきます……」

 茜の言葉を思い返して、ミッドナイト1は茫然としながら呟く。


――友達を守るために必要な嘘も中にはあるし――


 守るための嘘ではない。

 むしろ……――


――友達を傷つけ、裏切る事と――


 ――絶対にやってはいけない、もう一つの事。

M1「嘘……です!」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら、叫ぶ。

茜「嘘じゃない……私は……君に魔力抑制装置を外して貰おうと、
  君を懐柔しようと……利用しようとしたんだ!」

 だが、茜は意固地になって、自らの罪を告白する。

 そうしなければならない。

 そうでなければ、いけない。

 赦されなければ、彼女の友人だと、胸を張れない。

 茜は耐えきれずに項垂れ、目を伏せた。
405 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:47:57.43 ID:fbiOu5Nro
M1「私は……私はアカネを友達だと思っていました……。
   それも私が一人で思い込んでいただけなんですか……?」

 そんな茜に、ミッドナイト1は抑揚のない声で問い掛ける。

茜「ッ!?」

 茜は肩を震わせ、それを否定しようと顔を上げた。

 だが、否定の言葉を発するよりも先に、茜は息を飲んでしまう。

 ミッドナイト1は涙を流しながらも、
 まるで凍り付いたような無表情の仮面を、その顔に貼り付けていた。

 表情以上に感情を表していた目にも、何の感情の色も宿っていない。

茜(嗚呼……)

 茜は悟った。

 罪に耐えかねた自分の告白が、彼女の心を、また壊したのだ、と。

 感謝で溢れそうだったミッドナイト1の心を、
 黙し、嘘を突き通してでも守るべきだった彼女の心を、砕いたのだ。

M1「ッ!」

 ミッドナイト1は踵を返し、走り出してしまう。

 無表情の仮面の縁から、溢れた涙が散る。

茜「ミッ……!?」

 その名を叫び、呼び止めようとした茜は、思わず躊躇い、口を噤んでしまう。

 止めなければいけなかった。

 だが、記号のような名を叫ぶ事が躊躇われ、茜は呼び止める事が出来なかった。

空「あ、茜さん!? あの子、走って行っちゃいましたよ!?」

 入れ替わりで、空が病室に駆け込んで来る。

 その手には三本のボトル飲料。

 それを買いに行ったものの五分足らずの出来事だった。

茜「…………私は……私は、何をやっているんだっ!」

 茜は自らの不甲斐なさと残酷な行いに、握り締めた拳で自らの膝を叩いた。
406 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:48:43.26 ID:fbiOu5Nro
 一方、病室を飛び出したミッドナイト1は深く俯き、
 無表情のまま滂沱の涙を溢れさせ、行く当てもなくフラフラと走り惑っていた。

 既に病室外への外出が許可されていた彼女は、
 自分よりも背の高い大人ばかりの医療部局で表情を悟られる事なく、人波を縫って走る。

M1(友達……じゃ、なかった……友達だと……思っていた……)

 その思考だけを、頭の中で反芻するミッドナイト1。

 友達だと思い込んでいたのは自分だけで、茜はそうではなかった。

 混乱したミッドナイト1は、茜と行き違ったまま最悪の結論に達してしまったのだ。

 無論、茜はそうではなかった。

 改めて友人として付き合って行くため、罪を告白したに過ぎない。

 だが、言うべき瞬間に、言葉を発せなかった。

 たった一つ、時間にして二秒程度の時間で、完膚無きまでに行き違ってしまったのである。

 俯いて走り続けていたミッドナイト1は、足をもつれさせて転ぶ。

M1「あ……っ!?」

 痛みの悲鳴を堪え、倒れる。

 何とか、受け身は取れた。

 だが――

M1(痛い……)

 激しい痛みに、ミッドナイト1は倒れたまま立ち上がれずにいた。

 身体の痛みではなかった。

 胸の奥から湧き上がる、痛み。

M1(マスターに捨てられた時は……真っ暗になっただけだった……)

 ユエに切り捨てられ、自分の存在意義を見失った時は、何も感じなかった、何も感じられなくなった。

 だが、今は……茜に突き付けられた言葉は、真実は、痛かった。

M1「痛い……痛い……」

 ミッドナイト1は倒れ伏しながら、譫言のように呟く。

 肉体的な痛みは、治癒促進や身体強化でいくらでも我慢する事が出来た。

 だが、この痛みは、到底、我慢できる類の物ではなかった。

 存在意義を失って空っぽになるよりも、友達を失った痛みの方が、ミッドナイト1には耐えられなかったのだ。

M1「いたい……いたい、よぉ……」

 生まれて初めて、誰かに痛みを訴えかけるように弱音を吐いた。
407 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:49:18.58 ID:fbiOu5Nro
 胸が痛い。

 張り裂けるように、痛い。

 こんなに痛いのなら――

M1(友達なんて……)

 こんなに苦しいのなら――

M1(欲しく……なかった……)

 失うと言う事が、こんなにも胸を穿つなら――

M1(最初から……)

 ――生の実感など……命など、欲しくなかった。

M1「………ぅ、ぅっぁぁぁぁ……っ」

 俯せのまま、張り裂けるように軋む胸を掻きむしりながら、ミッドナイト1は長い嗚咽を漏らす。

 生きている事が楽しいと、空と茜に会うのが楽しいと、ようやく思えて来たのだ。

 友達と言う言葉の意味を知り、二人が友達だと、心から思えたのだ。

 だが、その全てが、茜自身によって否定された。

 存在意義ではなく、存在理由を失ったように、ミッドナイト1は感じていた。

 生きて良いのではなく、生きていたい。

 そんな存在理由すら失ってしまった。

 まだ幼い身体に比べてすら未熟な心は、そんな悲鳴を上げ続ける。

 死にたい。

 そんな短絡的な思考が脳裏を過ぎった時、ミッドナイト1はふらふらと立ち上がる。

 行き止まりだと思っていた場所は、何かの隔壁のようだった。

 決して厳重でないその隔壁は、医療部局と格納庫を結ぶ負傷者搬送用直通エレベーターの扉。

 ミッドナイト1が歩み寄ると、自然とその扉は開かれた。

 彼女の魔力は登録コード03……クリスティーナ・ユーリエフに近い波長を持っていたため、
 その魔力を感知して開いてしまったのだろう。

 だが、そんな理屈とは関係なく、ミッドナイト1にはそれが大きく口を開けた黄泉の門に見えていた。

 エレベーターに足を踏み入れると、直通エレベーターは自動で降下を始める。

 高速エレベーターだが加速によるGは感じない。

 二分と経たずに最下層……格納庫に辿り着いたエレベーターは、音もなく開かれた。

 整備班の喧騒と機械の作動音が身体に降り掛かり、俯いていたミッドナイト1は一瞬だけ身体を震わせる。

 だが、すぐにフラフラと歩き出し、僅かに首を動かして後は視線だけで辺りを見渡した。
408 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:50:06.87 ID:fbiOu5Nro
 オーバーホール中のオリジナルギガンティック達が並ぶ中、
 修繕とテスト起動を終えたばかりのアメノハバキリがハンガーに戻されていた。

紗樹「エンジンはこのまま暫く運転続けた方がいいんでしたよね?」

班長「ああ! お前さんの機体はエンジンを新品に乗せ換えたから、しばらく機関部の慣らし運転だ!
   慣らしと最終チェックを終えたら、こっちで止めておく!」

 コックピットハッチから顔を覗かせ、足もとの整備班長と大声で話し合っていたのは紗樹だが、
 ミッドナイト1は誰が誰かなど知らないし、知ろうとも思わない。

 紗樹は整備班長と二、三、言葉を交わすと待機室へと戻って行く。

 整備班長もハンガー脇のモニターを覗き込んでいる整備員に指示を出すと、自身は他の機体の整備へと向かう。

 ミッドナイト1は火の落とされていない、起動状態のままのアメノハバキリを見上げる。

 混迷を続ける彼女の思考は、そこで確実に死ねる方法を思いつく。

 ギガンティックで自身を握り潰す、と言う方法を、だ。

 下手にビルの屋上から飛び降りたり、刃物で急所を斬り付けるよりも確実な方法だろう。

 万が一、死の寸前に反射的に身体強化を行っても、ギガンティックの攻撃を防御できる筈が無い。

 自身の操縦するギガンティックの腕で、コックピットを貫けば、エンジンの爆発もあってより確実に死ねる。

 生身の人間では絶対に助からない方法だ。

M1(そうだ……そうしよう……)

 ミッドナイト1はフラフラと歩き出す。

 普段よりも沢山の人間で溢れかえっていた格納庫だが、先日からのオーバーホール作業に忙殺され、
 病衣を纏った小柄な少女の存在には誰も気付いていない。

 ミッドナイト1はリフトなどは使わず、身体強化した足でふわりと跳び上がり、
 開かれたままのハッチからコックピットに潜り込む。

 少々、シートは大きいが、問題なく扱えるようだ。

M1(……あの人、誰だったんだろうな……?)

 直前までこのシートに座っていたドライバーに、ミッドナイト1は少しだけ思いを馳せた。

 だが、すぐにその思いも消え去る。

 これから死ぬ自分には、もう何の関係も無い事だ。

 少女は何の感情も宿らない瞳で、統一規格の機械を動かして行く。

 以前に使っていたエクスカリバーよりもずっと扱いやすい構造だ。

 コックピットハッチは敢えて閉じない。

 その方が、死ねる確率も高くなる。

 ミッドナイト1は少しだけ、穏やかな表情を浮かべると、アメノハバキリの右腕を掲げさせた。

整備員A「お、おい! 263号機が動いてるぞ!?」

整備員B「何だ!? 動作異常……コックピットに生体反応……?
     ど、ドライバーが乗ってる!?」

 足もとの整備員達もようやく気付いたのか、慌てた声が聞こえて来るが、もう遅い。

 外部から緊急停止されるよりも先に、ミッドナイト1は外部との接続を遮断する。

 そして、掲げさせた右手を手刀の形にして、コックピットに向けて突き込む。

 目前まで迫る手刀に、死の恐怖は感じない。

 ただ、この胸の痛みから逃れられると思うと、僅かに安らいだ、だが哀しそうな表情を浮かべた。

 まだ知り合ってから半月ほどしか経っていない人達の顔が、次々と脳裏を過ぎる。

 空と茜の笑顔が脳裏を過ぎり、反射的に目を瞑った瞼の裏に鮮やかに浮かぶ。

 痛い。
 苦しい。

 そんな思いと共に。

 だが――
409 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:50:45.94 ID:fbiOu5Nro
?「エエェェェルゥゥッ!!」

 絶叫にも似た砲声が轟き、身体が、機体が激しく揺れた。

M1「ッ……!?」

 一瞬、手刀が自分を貫いた衝撃と勘違いしたミッドナイト1だったが、
 まだ自らの感覚がハッキリとしている事に気付き、彼女は慌てて目を開く。

 すると、開かれたままのハッチから見えたのは、
 他のギガンティックに腕を掴まれたアメノハバキリの手刀だった。

 エールだ。

 ブラッドラインが鈍色のままの緊急起動状態だったが、
 それでも体格と出力ではアメノハバキリよりも勝っており、
 手刀が触れる直前の、本当にギリギリの所でアメノハバキリを静止できたのである。

 視線を走らせると、空がハッチを開いてコントロールスフィアに転がり込もうとしている所だった。

 空は病室に戻った直後、茜から事情を聞き、茜と共にミッドナイト1を探していた。

 ミッドナイト1の魔力を探り、大回りで彼女よりも数分遅れて格納庫へとたどり着いた空は、
 そこでアメノハバキリに乗り込むミッドナイト1を見付け、
 嫌な予感に突き動かされるように愛機を緊急遠隔起動させ、
 エールの自律制御に任せて兎に角、アメノハバキリの静止を優先したのだ。

 結果はギリギリ、あとコンマ1秒でも遅れていれば間に合わなかっただろう。

 しかし、間に合った。

 そして、ドライバーが搭乗した事で、ようやく全身に空色の輝きが灯る。

空「こんな事……しちゃ駄目だよ!」

 空はハッチを開いたまま、ミッドナイト1に向かって叫ぶ。

 咎めるような口調だが、哀しそうな声は心底から自分を心配してくれる声だと、
 ミッドナイト1は感じた。

 だが、それだけに胸が、また張り裂けそうに痛む。

M1「だって……だって……いたい……いたいです……!
   こんなに痛いなら! 生きてなんていたくない! 死んでしまいたい!」

空「ッ!? 死にたいなんて、言わないでっ!!」

 空は、泣き叫ぶミッドナイト1の言葉に息を飲むと、怒声を張り上げた。

 自らの死を望む言葉は、痛く、苦しく、
 そして、姉の死を、フェイを喪いかけた一瞬を思い起こさせ、胸を締め付ける。

 知り合ってからまだ日も浅い、一度はエールを奪われ、矛すら交えた少女。

 だが、彼女の辛く哀しい身の上を知り、茜と共に親身に彼女と関わる内に、
 空にも同情だけではない親愛の情が芽生えていた。

 彼女の様々な質問に答え、話しをするのが楽しかった。

 そんな友人とも呼べる少女が自ら死のうなど、見過ごせる筈が無い。

空「あなたが死んだら哀しいよっ!
  あなたが死んだら……そんな事、考えるだけで苦しいよ……!」

 空は泣きそうな顔で懇願するように叫ぶ。

 その声に宿る感情に、ミッドナイト1は少しだけ胸の痛みが治まるのを感じる。

 だが、茜に拒まれたと勘違いしたままの心は、再び痛み、疼き始めた。

M1「でも……でも、もう嫌ぁ……っ!」

 愛されて、拒まれて、愛されて……。

 そんな繰り返しで錯乱した少女は、乗機の左手を掲げ、今度こそ自らの命を絶とうとする。

 しかし、その左手も、エールのもう一方の腕で押さえつけられてしまう。

M1「放して……放して下さい!」

 ミッドナイト1はエールの腕を振り払おうとするが、出力の差で振り払う事が出来ない。

空「茜さんっ! 今です!」

 空は振り回されないように踏ん張りながら、足もとに向かって叫んだ。
410 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:51:24.29 ID:fbiOu5Nro
 するとその直後、エールとアメノハバキリの間……
 二機のハッチの中間点に魔導装甲を纏った茜が姿を現した。

M1「あ、アカネ……!?」

 ミッドナイト1は愕然と叫び、身を震わせる。

 茜もまた、空と共にこの場に来ていたのだ。

 そして、跳び上がった茜はアメノハバキリのコックピットハッチに取り付く。

 ミッドナイト1は慌ててハッチを閉じようとするが、ハッチが閉じられるよりも先に、
 茜がコックピット内に転がり込む。

茜「やっと……追い付けた……!」

 茜は息を切らして声を吐き出す。

 息を切らせるほど走ったワケではないが、
 さすがに組み合った二機のギガンティックの間を跳び上がるのは肝を冷やした。

M1「来ない……で、下さい……」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら声を絞り出し、
 自らの肩を掻き抱くようにしてシートに身体を押し付け、少しでも茜から離れようとする。

 そのミッドナイト1の態度に、茜は哀しそうな顔を浮かべた。

茜「……空君に怒られたよ。
  ちゃんと説明しないから誤解される、って………。

  当然だな……感情任せに一方的に言えば、誤解させるに決まってる……」

 茜は泣きそうな顔で自嘲気味に言うと、
 コントロールパネルを乗り越え、ミッドナイト1に身体を密着させた。

 そして、震えるミッドナイト1を優しく抱き締める。

 また、痛みが増し、だが、それと同時に痛みが和らごうとする。

M1「……あ、アカネ……?」

 不思議な感覚に、ミッドナイト1は茫然自失気味に茜の名を呼んだ。

茜「私は……お前に、ずっと謝りたかったんだ……」

 そして、その呼び掛けに応えるように、茜はミッドナイト1の耳元で呟く。

 涙ぐんで震える声には、優しさと、慈しみと、そして、後悔の響きがあった。

茜「お前を利用しようとして……すまなかった……。

  でも、信じてくれ……私は、お前を助けたかった……!
  あんな……あんな酷い場所からお前を助けたかった……!

  でも、私はお前を助けられなかった……!」

 強く、強く抱き締めながら、茜は悔恨の声を漏らす。

 助けたいと願い、決意しながらも、それを行動に移す事が出来なかった。

 ユエの呪縛からミッドナイト1を解き放ったのは、彼女を倒し、ユエすらも討ち果たした空だ。

 だが、ミッドナイト1にとっては、
 存在意義を失って空っぽになった自分を救ってくれたのは、茜であった。

 そして、また、空っぽになりかけた心に、注がれる――

茜「わたしは……私は、お前と本当の友達に……なりたかった……!」

M1「ッ!?」

 ミッドナイト1は目を見開き、身体を震わせる。

 ――その、暖かな言葉が。
411 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:51:58.25 ID:fbiOu5Nro
 抱き締めてくる茜の腕の力が増し、痛いほどだ。

 だが、不思議と胸の痛みが和らいで行く。

 そして、悟る。

 罪を告白した茜の苦しそうな表情の意味を……。

 茜も、痛かったのだ。

 ずっと、ずっと痛くて、苦しかった。

M1「う……ぅぅ……っ」

 茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はさらなる涙を溢れさせる。

茜「死にたいなんて、言わないでくれ………!
  お前が死んだら……私は……私はぁ……!」

 それ以上は言葉にならず、茜の口からも押し殺した嗚咽が漏れた。

 抱き締める力の強さは……茜の心の痛みの顕れ。

 そして、その強さはミッドナイト1の砕けた心を……友人との行き違いでひび割れた心に、
 暖かい物を注ぎ、満たして行く。

M1「アカネ……アカネ……あかねぇ……うぅぅ、ぁぁぁぁぁ……っ!」

 ミッドナイト1は茜の肩に自分の頭を預け、泣きじゃくった。

 ひび割れた心に染み渡る暖かさが嬉しくて、茜が自分の思った通りの人だった事が嬉しくて、
 そんな茜を疑ってしまった自分が申し訳なくて……。

 ミッドナイト1も、震える手で茜を抱き締める。

 謝罪と、赦しと、感謝と、そんな全てが混じり合った思いで……。

 すると、不意に閉じられていたハッチが外部から開かれ、機体の手を通じて空が顔を覗かせる。

空「……良かった、二人とも……」

 空は泣きじゃくりながら抱き締め合う二人の様子から全てを察すると、
 胸を撫で下ろし、安堵と嬉しさで涙を滲ませた。

M1「ソラぁ………そらぁぁ……」

空「うん……ここにいるよ……」

 ミッドナイト1が泣きじゃくりながら空の名前を呼ぶと、空は涙で濡れた目で優しく微笑んだ。

 友達がいた。

 自分の事を本気で心配して、こうしてぶつかり合ってくれる友達が。

 本当の友達になるために、自らの罪に押し潰される苦しみと立ち向かってくれた友達が。

 自分が一人じゃない、そう思えた時、ミッドナイト1の胸の痛みは消えていた。

M1「ぁぁああぁぁぁぁ、うぅぁぁぁ……っ!」

 空に見守られ、茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はいつまでも泣きじゃくり続けた。


 茜の罪悪感と、二人の行き違いから始まった大事件は、そうして終わりを告げた。

 迷惑をかけた医療部や整備班、機体を勝手に使って傷つけた紗樹への謝罪などの一幕もあったが、
 空や茜も当事者として謝罪に同行した事は、逆に三人の繋がりを強めたと言えるだろう。


 そうして、また、三日の日々が過ぎた――
412 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:52:38.97 ID:fbiOu5Nro
―5―

 7月27日土曜、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 小さなテーブル付きの椅子に座る空達ギガンティック機関所属ドライバー七人に、
 ロイヤルガードから出向している茜達四人、そして、オペレーターチーフ達五人が左右に並び、
 中央に明日美とアーネストが並ぶ場に、一人の少女が緊張した足取りで入って来る。

 不安と期待と、大きな喜びの入り交じった微かな笑みを浮かべ、空達の前に立つ。

 そう、その少女とはミッドナイト1だ。

 ギガンティック機関ドライバーに支給される白い制服を身に纏い、
 小さな身体でしっかりと立ち、仲間達に一礼する。

明日美「自己紹介……は、全員済んでいるわね」

 明日美は視線で部下達を見渡すと、ここ数日の事を思い返して微笑ましそうな表情を浮かべた。

 ミッドナイト1がギガンティック機関への入隊を自ら申し出たのは、二日前の夜。

 彼女から今後の身の振り方について相談を受けた空と茜が、
 隠しきれずに話してしまった直後の事である。

 ミッドナイト1は二人の側にいられる事、
 そして、自らの力を活かせる仕事と言う事で、ドライバーの道を強く望んだ。

 無論、空と茜も危険な仕事である事、強い意志がなければ続けていけない仕事だと説得もした。

 だが、彼女は頑として譲らず、友達を……空と茜を支えるために戦う事を望んだのである。

 それ以来、すぐに会いに行けると言う理由で、
 ひっきりなしのお見舞いにかこつけた自己紹介が行われたのだ。

 そして、彼女の右手首には、空から譲り受けたクライノートのギア本体。

 クライノートもまた、仮の主ではなく、
 大切な仲間のために戦う意志を示した少女を、新たな主として認めたのだ。

クライノート<さあ、挨拶を……マスター>

M1<分かりました……クライノート>

 クライノートに思念通話で促され、ミッドナイト1は姿勢を正した。

M1「203ドライバー、美月・フィッツジェラルド・譲羽です」

 そして、深々と頭を垂れる。

 美月・フィッツジェラルド・譲羽――美月【みつき】。

 それが、彼女の新たな名前。

 記号と数字の組み合わせのような名前ではなく、大好きな夜空に浮かぶ“月”の一字を持った名前。

 そして、後見人である明日美から貰った、フィッツジェラルド・譲羽の名。

美月「どうぞ、よろしくお願いします」

 顔を上げたミッドナイト1……いや、美月は、やっと表せるようになった微笑みを浮かべて言った。

 かつて、ミッドナイト1と呼ばれた少女は、
 新たな愛機と名を授かり、大切な友達のために今、新たな道を歩み始めたのであった……。
413 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:53:48.70 ID:fbiOu5Nro
 同じ頃。
 第四フロート外殻部、旧第四フロート第三空港施設――


 使う者もいない外界との緩衝地帯にしか過ぎない空港に、幾人もの人の声と作業音が響き続ける。

 かつては航空機の並べられていた格納庫に並ぶのは複数体の大型と、それらを上回る超弩級ギガンティック。

 そして、それらのギガンティックが並べられた最奥……研究者達が集う区画に、そのカプセルはあった。

 人間一人が余裕で入れるほど大きなカプセルの回りに並び、カプセルの様子を見守る研究者達。

男「八……七……六……五……四……三……二……一……ゼロ!」

 その中にいた一人の男がカウントダウンを終えると同時に、カプセルは空気を吐き出すような音と共に開かれた。

 カプセルの中から現れたのは、黒いボディスーツに身を包んだ、三十代半ばほどの男。

男「覚醒まで百三十五時間……予定通りです。主任」

 その男の元に、カウントダウンをしていたのとは別の研究者が歩み寄り、彼に白衣を手渡す。

 その研究者は、かつて、テロリスト達の拠点となっていた旧技研で、
 ユエに403と404の最終調整の進捗報告を行った男だった。

 そして、彼が主任と呼んだカプセルの中から現れた男は、どこか死んだ筈のユエ・ハクチャに似ている。

 ユエににた謎の男は白衣を羽織り、研究者達を見渡す。

??「出迎えご苦労、諸君……。さあ、各自、作業に戻りたまえ」

 謎の男がそう言って労い、促すと、研究者達はそれぞれの作業へと戻って行く。

 研究者達は口々にお互いを鼓舞し合い、その士気は非常に高いようだ。

 それもこれも、彼がカプセルから姿を現した事が関係しているようだった。

男「早速ですが、進捗状況を報告させていただきます。
  量産型は現状、二機が完成。405も各駆動部の最終点検に入っています」

??「ふむ……ここまでは予定通りか」

 進捗報告を聞きながら、謎の男は満足そうに何度も頷く。

男「403、404の戦闘データも解析は九割完了。
  現在は全体の八割の人員を投入し、主任から……いえ、AIユエ・ハクチャからの最終指示通り、
  大型トリプルエンジンをトリプル・バイ・トリプルエンジンに改造、換装する作業を続けています」

??「実用化は間に合いそうかね?」

男「現在は難航しています。そちらの進捗は予定の三割も進行していません」

 進捗報告を続けていた科学者は、謎の男の質問に申し訳なさそうに答えた。

??「では、そちらは私が受け持とう……」

 謎の男はそう言って“言い出したのは私だからな”と付け加えた。

 まるで、自分がユエであるかのような物言い。

 だが、ユエは空達との闘いで木っ端微塵に破裂し、スクレップと共に消えた筈だ。

 それは間違いない。

 では、ここにいる男は一体、何者なのか?

 そして、研究者が口にしたAIユエ・ハクチャとは?

??「……さあ、始めよう。
   コンペディション……その最終段階に向けた準備をね」

男「はい、月島主任!」

 大仰に言い放った男を、研究者は確かにそう呼んだ。

 月島、と。


第23話〜それは、人形のような『傷だらけの少女』〜・了
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