【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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1 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/07/20(日) 21:02:56.74 ID:PGdg3XaSo
前々々スレ(1〜16話)
【魔法少女風】魔導機人戦姫【バトル物】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1316092046/

前々スレ(17〜33話)
【オリジナル】魔導機人戦姫 第14〜33話【と言い切れない】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1329393538/

前スレ(34〜35話、番外編2本、第二シリーズプロローグ〜14話)
【オリジナル】魔導機人戦姫 第34話〜【なのかもしれない】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1354532937/


夏休みの暇つぶしに、仕事サボりの合間に、眠れない夜のお供に
そんな時間潰しの一助になれば幸いです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405857766
2 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:04:49.80 ID:PGdg3XaSo
第14話〜それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』〜

―1―

 メインフロート第一層、外郭自然エリア――


 アルマジロ型イマジンを追い詰め、ロイヤルガードとの連携でこれを撃滅した空達は、
 コントロールスフィアのハッチを開き跪かせたエール・Sの掌に乗り、
 同じように機体の外に出ていた茜を見上げるのと同様に、茜もまた、空達を見下ろしていた。

茜「彼女が……朝霧空、か」

 茜は見上げてくる二人に向けて微かな笑顔を浮かべながら、消え入りそうな声で呟く。

 だが、誰にも聞こえないと思っていたその声は、彼女の相棒には聞こえていたらしい。

クレースト『どうされました、茜様?』

茜「……いや、何でもない。気にしないでくれ、クレースト」

 首に下げている銀十字のネックレス……クレーストのギア本体からの問いかけに、
 茜は空達に軽く手を振るような仕草をしてからスフィア内に戻った。

 再び機体を起動し、ハッチを閉じる。

茜「撤収準備だ、アルベルト、東雲、徳倉」

アルベルト『ウィっス、お嬢』

東雲『了解です、隊長』

徳倉『了解、撤収準備に入ります』

 通信機に向けて部下達に指示を出すと、彼らは口々に応えた。

茜「……だからお嬢はやめてくれ」

 だが、作戦中からずっと注意しているのにも拘わらず、
 未だに自分の事を“お嬢”と呼ぶ部下に、茜は肩を竦めながら呆れたように呟く。

 しかし、茜はすぐに気を取り直すと、機体に踵を返させ、
 後方に待機させているリニアキャリアへと向かった。

茜(まったく、アイツは子供の頃からずっとからかってくれて……)

 心中で溜息を漏らしながら、茜は歩を進める。

 アルベルト――レオン・アルベルト――とは旧い付き合いだ。

 元を辿れば祖父母の世代……彼に限れば曾祖父母にまで遡る。

 旧魔法倫理研究院の対テロ特務部隊の第二世代、
 その第三副隊長のセシリア・アルベルトが彼の祖母だ。

 つまる所、彼の曾祖父母はクライブ・ニューマンとキャスリン・ブルーノの二人である。

 茜の祖母・結の従姉であり、愛器の先々代ドライバーである奏・ユーリエフとは深い関係があり、
 またセシリアの養母であるレギーナともまた浅からぬ間柄だ。

 セシリアが結や奏を慕っていた事もあって、
 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家も家族ぐるみで付き合いがある。

 自分とレオンの付き合いも、その延長だ。

 曾祖父母に倣ってなのか、単なる悪ふざけなのか、
 彼は幼い頃から自分の事を“お嬢”と呼び慣らしていた。
3 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:05:30.28 ID:PGdg3XaSo
茜(腕は確かなんだがな……)

 そんな事を考えながら、茜は小さく溜息を漏らす。

 遺伝か才能か、彼の航空戦と狙撃の技術は確かだ。

 その才覚はオリジナルギガンティックに選ばれなかった事が惜しまれる程で、
 だからこそ202……クレーストの護衛である第二十六独立機動小隊の
 実質的隊長とも言える副隊長に二十三歳と言う若さで任じられていた。

 二機以上での運用が暗黙のルールとなっているオリジナルギガンティックだが、
 クルセイダーが皇居正門から動けない事もあってクレーストの運用は基本単機となってしまう。

 それを避けるための護衛部隊が生え抜きのエースドライバーで固められた、
 第二十六独立機動小隊と言う事だ。

 通常のギガンティックでは決して倒せないイマジンに、たった三機で立ち向かい、
 クレーストを援護するためだけのチームと言う事だけあって、
 他の二人……東雲紗樹【しののめ さき】と徳倉遼【とくら りょう】の腕も確かな物である。

茜(まったく……もう少し、副隊長らしくしてくれていると、
  私も肩の力が抜けるんだが……)

 茜はどこか遠くを見るような目をしながら、肩を竦めた。

クレースト『茜様、輸送部隊との合流まで残り三千。
      もしお疲れでしたら自動操縦で移動します』

茜「疲れてはいないよ。
  ……だが、そうしてくれ、これからの事も考えたい」

 クレーストの申し出に、茜はそう応えてから主導権を彼女に譲る。

 愛機が歩き続けている事を確認すると、
 茜は小さく息を吐いてコントロールスフィアの壁面に寄りかかった。

 茜は目を細め、床とも壁面に映る外の光景とも取れない微妙な高さに視線を向ける。

 クレーストにはこれからの事を考えたいと言ったが、
 彼女が考えているのは昔の……幼い頃の事だった。

茜(あの日が半月後に迫っているせいで、少しナーバスになっているのか……私は?)

 茜は幼い頃の事を思い浮かべながら、心の片隅で自嘲気味に独りごちる。

 その声ならぬ独り言を皮切りに、茜の意識は回想とも白昼夢とも取れぬ過去の記憶に沈んで行った。
4 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:06:22.80 ID:PGdg3XaSo
―2―

 本條茜と言う少女は、有り体に言って“お嬢様”だった。

 父方を遡ればどこまでも……
 それこそ日本と言う国家の開闢まで遡れてしまう程の、旧い旧い魔導の家。

 母方は華族でも貴族でも武家の出でも無いが、無名と言うには憚れる程の英雄の家柄。

 世界有数の魔導の家である本條と、魔導の杖の技師の中でも名門たるフィッツジェラルド家と、
 救世の英雄と謳われた閃虹の譲羽の血を継ぐ、魔導の家柄の中でも比肩する物の無い血統。

 父は名家の当主らしい厳しさと父親らしい優しさを併せ持ち、
 母はおっとりとしていながらも強く芯のある女性だった。

 八つ歳の離れた兄や、兄と同い年の従兄や、その妹である優しい従姉、
 その両親である父の妹夫婦、生ける現代の英雄と呼ばれる伯母、
 祖父母の代から付き合いのある様々な人々に囲まれて、二歳の茜は幸せの絶頂にいた。

 特に、父・勇一郎は彼女の誇りだった。


 2060年、晩春――

明日華「さあ、茜、お父様にいってらしゃいませは?」

茜「いってらっしゃいませ、おとーさま」

 茜は母・明日華の腕に抱かれたまま舌足らずな口調で言って、父に手を振る。

 まだ二歳になったばかりの、物心つくかどうかと言う頃の、茜の記憶に鮮明に残る姿。

 庭一面に植えられた桜はもう散って、青々とした葉を茂らせるソレを背に振り返る、
 優しい笑みを浮かべた父・勇一郎。

 ロイヤルガード長官の纏う、黒の中に僅かな装飾だけが施された
 簡素だが威厳に満ちた制服を纏ったその姿は、今も瞼に焼き付いている。

勇一郎「ああ、いってきます」

 勇一郎は手を振り返そうとして、だが少し逡巡してから、
 その手を愛娘の頭に優しく乗せて軽く撫でた。

勇一郎「良い子にしているんだぞ、茜」

茜「はーいっ!」

 大きくて暖かい手に頭を撫でられ、茜は父の言いつけに元気よく返事をする。

勇一郎「臣一郎も、今日は夕方までに勉強を終わりにしておきなさい。
    帰ってから稽古を付けてやろう」

臣一郎「はい、父上!」

 母の傍らに立っていた兄・臣一郎も、父の言葉に力強く応えた。

 勇一郎は本條本家の奥義である剣術だけでなく、分家の格闘術や槍術などにも精通し、
 当主となってからはそれらの統合と、分家にも剣術の教えを施し、広く伝えて行こうと励んでいた。

 まだ魔力覚醒を迎えていない茜は、当然の事ながら父に稽古を付けて貰えるハズもなく、
 自分よりも長く父と一緒にいられる兄を、彼女は少しだけ羨んだ。

 そして、笑みを浮かべて踵を返し、門を潜って行く勇一郎の背中を、茜は憧憬の視線で見つめる。

 広く、強い背中だったのを、今でも覚えている。

 最強と謳われるオリジナルギガンティックの中でも、特に最強の呼び声の高い210のドライバー。

 武芸百般に秀で、多くのテロリストやイマジンを、皇居の門に触れさせる事なく屠って来た最強の衛士。

 そんな父を、討ち倒せる者などいない。

 ずっと、そう、信じていた。
5 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:07:09.49 ID:PGdg3XaSo
 2060年、7月9日――

 その日は、ずっと以前から予定されていたパレードの日だった。

 このNASEANメガフロートに皇居が移設されて三十年の節目の日。

 各国の皇族や王族を載せた数百台のオープンカーと、百を越す軍と警察の最新鋭ギガンティック、
 パワーローダー、さらにGWF−210Xクルセイダーを加えた大規模な一団からなるパレードだ。

 正門を出立し、第一街区の市街地を回って、また正門へと帰って行く、
 都合十キロの道程を巡る二時間ほどの長丁場。

 その日の勇一郎の配置は、クルセイダーをパレード専用のキャリアトレーラーで膝立ちにさせ、
 その前を行くオープンカーにロイヤルガードの代表として乗る事だった。

 直前には皇族縁の人々が乗るオープンカー。

 いざと言う時には即座に護衛に入れる位置である。

 まあ、勇一郎の手を患わせるような“いざと言う時”など来ないだろう。

 それは警備関係者が口を揃えて言っていた事だった。

 クルセイダーはドライバーが降りているが、
 他のギガンティックやパワーローダーにはドライバーが搭乗済みだ。

 パレードの隊列以外の警備も、人もドローンもギガンティックもパワーローダーも万全。

 ルート上の観客の中にテロリストが紛れ込もうとも、一気呵成に制圧できるだけの準備がされていたのだ。

 慢心ではなかったのかもしれない。

 細心の注意を払って、最大規模のパレードを守るべく考え得る限り最高の警備を施したハズだった。

 だが、最高の警備と言う事実に作り上げられたその安心感が、大きな慢心に結実したと言って良い。

 その慢心が世界最大規模のテロを生み出す事に繋がったのである。


 そして、テロが起きようとしていたその時、茜は母や兄と共に、
 パレードのルート上に据えられた特別観客席であと数分後に通るパレードの車列を心待ちにしていた。

 特別観客席はルートに面した病院の第三駐車場の道路に面した側を間借りするカタチで作られ、
 一般の観客達のいる歩道よりも幾分か高い。

 茜達は特別観客席の右端で、兄妹が母を挟むように並んで座っていた。

明日華「もうすぐ、お父様がいらっしゃいますからね」

茜「はい!」

 優しく語りかけてくれた母に、茜は目を輝かせ、ソワソワとした様子で応える。

 あと少しで、父がやって来る。

 祭にも似た熱気が、そんな彼女の高揚感を後押ししていた。

 そして、車列が訪れる。

 軍用と警察用の当時最新鋭だった377改・エクスカリバーが並び立つキャリアトレーラーを先頭に、
 左右を小型パワーローダーと警備用ドローンに守られた皇族や王族の人々を載せたオープンカーが続く。

 次々に現れる高貴な人々や最新鋭の機体の姿に盛大な歓声が上がる中、
 遂に父を乗せたオープンカーが特別観客席の前に姿を現した。

 普段よりも幾分か煌びやかな礼服に身を包み、
 腰には本條家に古くから伝わる家宝の大小夫婦太刀の鬼百合・夜叉と鬼百合・般若。

 休めの姿勢で不動を貫く父の姿は、その後ろに傅くように続くクルセイダーの姿もあって、
 普段以上に凛々しく見えた。
6 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:07:55.88 ID:PGdg3XaSo
茜「おとぉさまぁっ!」

 茜は思わず観客席の手すりにまで身を乗り出し、大きく両手を振って父に呼び掛ける。

 しかし、少女の目一杯の声も、盛大な歓声の前には呆気なく掻き消されてしまう。

茜「おとぉさまぁ! おとぉぅさまぁぁっ!」

 それでも、茜は目一杯に父に呼び掛け続けた。

 それが通じたのかは分からない。

 だが、父を乗せたオープンカーが通り過ぎようとしたその時、父の視線が茜を捉えた。

茜「っ! おとおぉさまあぁっ!!」

 その瞬間、茜は嬉しそうに目を見開くと、その日一番の歓声を張り上げ、父を呼んだ。

 この時、父が視線を向けたのは何故だったのか?

 偶然か、盛大な歓声の中、愛娘の声を聞き分けたのか。

 それを確かめる術は無い。

 何故なら、直後に響いた歓声を掻き消すような爆音と共に、
 父の乗ったオープンカーは消し飛んだからだ。

 それも――

茜「……………………おとう……さま?」

 茜は、呆然と父を呼ぶ。

 ――茜の見ている、目の前で。

 それは、警備のために交差点毎に立てられているギガンティックからの砲撃だった。

 市街地中心地区。

 交差点が連続し、警備用ギガンティックが集中する最も安全と思われていた区画での出来事だ。

 外部からのハッキングを受けた五機のギガンティックが、一斉にパレードの車列に向けて発砲。

 ただ無差別に、真正面の地面に向けての発砲は、幸いにも皇族や王族への被害は免れた。

 しかし、運悪くその正面にいた父の乗るオープンカーは、その直撃を受ける事となった。

 最初から皇族や王族の命よりも、警備関係者の混乱を狙うのが目的の初撃だったのだろう。

 ハッキングを受けたギガンティックが、パレードの隊列にいたギガンティックやパワーローダー、
 他の警備用ギガンティックからの一斉攻撃で沈黙する中、上空に数十機のギガンティックが飛来。

 そして、周辺に向けて魔力弾による一斉爆撃が行われた。

明日華「臣一郎、茜!」

 混乱から無理矢理に立ち直った明日華は、汎用魔導装甲を展開し、
 我が子二人をその腕で掻き抱く。

 この頃の明日華は、二度の妊娠と出産を経て魔力波長が大きく変容し、
 クレーストのドライバーとしての資格を失っていた。

 だが、母・結から引き継いだ大魔力は健在であり、
 汎用魔導装甲が耐えきれるだけのギリギリの魔力で障壁を作り出し、
 ギガンティックによる一斉爆撃から我が子達を守る。
7 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:08:41.77 ID:PGdg3XaSo
 三十分にも及ぶ執拗な爆撃が終わると、辺りには濛々と粉塵や煙が立ちこめ、
 何かが焼ける焦げ臭い匂いと、噎せ返るほどの血の匂いが立ちこめていた。

明日華「臣一郎……茜……無事?」

 障壁に全魔力を傾けていた明日華が、絶え絶えの声で呟く。

 その時に名前を呼ばれていた事を、茜も覚えていた。

 だが、その声はとても遠く、別の世界の事のように聞こえたのも確かだった。

 ただ、爆撃の恐怖が止んだ。

 それだけは何となく理解できた。

 そして、理解と共に甦って来たのは、三十分前の光景。

 警備用ギガンティックの攻撃を受け、爆散するオープンカーに巻き込まれて飛び散る、父の姿。

 爆発に呑まれる中、唯一つ、道に転がった右腕。

 茜はガタガタと震えながら、父の腕が転がっていた道路に、反射的に目を向けていた。

 特別観客席は崩れ、倒れ伏す大勢の人々や遺体の向こうにある道路は舗装が剥げて焼け焦げ、
 先ほどの母のようにしてVIP達を守っていた警備の関係者が、混乱しながらも走り回っている姿が見える。

 そして、人々が行き交う中、瓦礫然とした道路の中央に、
 父が腰に差していた二刀の夫婦太刀だけが偶然にも突き刺さっていた。

 儀礼用の装飾鞘は砕け散り、剥き出しになった太刀は柄も鍔も焼け焦げ、
 だが、刀身だけは健在なまま。

 対して、父の姿は……転がっていたハズの右腕すら、無い。

茜「……ッ! …………ッ!」

 その光景に……父の墓標にすら見える夫婦太刀の姿に、
 茜は口を悲鳴のカタチに開けて、声ならぬ叫びを上げる。

明日華「あかね……? 茜!? どうしたの、茜!?」

 愕然としていた明日華も、娘の様子がおかしい事に気付き、必死に娘の身体を揺り動かす。

茜「……ッ、…………ッ!」

 だが、茜は目から一杯の涙を流しながら、声ならぬ叫びを上げ続ける。

 茜が声を失っていた事が分かったのは、全ての混乱が治まりを見せ、
 勇一郎の葬儀が終わった後の事だった。
8 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:09:18.89 ID:PGdg3XaSo
 2062年、初冬――
 茜が父と声を失ってから、二年と少しが経過した。


 あの日を境に、幸せの絶頂にいた彼女の全てが変わってしまった。

 優しく朗らかだった母は笑顔を見せる事が減り、
 兄は本條家の当主としてオリジナルギガンティックを駆る訓練に明け暮れている。

 幼い兄を当主に据える事に反対する分家の者達を押し留めるため、
 本家直系である叔母の藤枝百合華を当主名代に置く事となった。

 あの日、焼け焦げた二刀の鬼百合の拵えは直され、二年前から仏間に飾られている。

茜「………」

 四歳になった茜は、仏壇の前で膝を抱えて座ったまま、
 二刀の鬼百合と共に飾られている父の遺影を眺めていた。

 それは、茜の日課だった。

 読み書きの勉強を始めたばかりの茜は、それが終わると、
 食事や風呂、トイレの時間を除いて、仏間で父の遺影を眺め続ける。

 幼い少女の、その痛ましい姿に回りの大人達……特に母は胸を痛めたが、
 まだたった四歳の少女に他人を気遣う余裕など無い。

 その事を咎めようとする大人達も、敬愛する父だけでなく声ですら失った少女に、
 苦言を呈する事が憚られ、結局はその日課もずっと続いていた。

茜「………」

 茜は、父の遺影に向けて、無言で手を伸ばす。

 これも、最近の茜の日課だった。

 座ったままでは、決して遺影までは届かない手。

 もし、この手が届いたら?

 父の遺影をこの手に取る事が出来たら……、
 あの日の父に手を伸ばす事が出来たら、自分は父を救えただろうか?

 子供が考える“もしも”や“たら、れば”の話など、荒唐無稽な物だ。

 根拠のない万能感と、夢見がちな妄想に端を発する、本当に荒唐無稽な仮の話。

 まだ四歳半の少女なら、当然のように抱く可能性の話。

 だが、求める可能性は限りなく苦しく、それが叶うハズも無い事と、
 茜は幼いながらにして既に諦めの境地に達しようとしていた。

 それもその筈。

 あの爆撃の中、母の腕の中で震えているだけだった自分に、
 父を助けられる筈が無いのだから。

 ただ、それでも手を伸ばし続けるのは、まだ彼女自身が諦め切れていないからだ。

茜「………ッ」

 どんなに伸ばしても届かない手に、彼女は次第に目の端に涙を溜めていた。

 涙で霞む視界の中、茜は必死で手を伸ばし続ける。
9 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:10:01.71 ID:PGdg3XaSo
茜(届かない……届かないよ……お父様に……手が、届かない、よ……)

 泣きながら、諦めながらも、少女は手を伸ばし続けた。

 それだけしか、今の彼女には残されていなかった。

 魔法に……いや、マギアリヒトに溢れた現代社会において、動かずに物を取る方法は二つ。

 魔力でマギアリヒトに作用し、魔力そのもので対象を掴んで手元に引き寄せる方法。

 取りたい物を物体として捉え、対物操作の魔法で浮かせ、手元まで飛ばす方法。

 似ているようで違うこの二つの方法を、詳しく語るのはまたの機会としよう。

 何故なら、この時の茜には、まだ魔力が目覚めていなかったのだから。

 結・フィッツジェラルド・譲羽の血に連なる者に相応しく、
 茜の体内には多量のマギアリヒトが巡っている。

 覚醒さえすれば、それだけで一角の魔導師と言えるだけの魔力が約束された身体だ。

 そう考えれば、彼女が抱く“たら、れば”の万能感も、
 あながち荒唐無稽な物では無いのかもしれない。

 この手が父に届けば……父の手を掴めるだけの魔力さえあれば、
 父を助ける事が出来たかもしれない。

 だが、それは所詮、“かもしれない”の域を出ない“もしも”でしか無いのだ。

 あの頃の、そして、今の彼女も、未だ魔力には目覚めていない。

 だから彼女は、こうして大粒の涙を流しながら、諦めの中で、
 決して届かない手を伸ばし続けるしかなかった。

 いつしか泣き疲れて、眠ってしまう。

 それがこの日課の顛末だ。

 だが、今日は違った。

?????<――――――>

茜「ッ!?」

 不意に響いた音に、茜は手を伸ばしたままビクリと身体を震わせる。

 そして、思わず辺りを見渡す。

 しかし、この辺りで音を立てるような物は、
 目の前にある仏壇に置かれた、仏具の鈴くらいしか無い。

 だが、それも人知れず鳴るような物ではなかった。

(何……今の音……?)

 茜は辺りを見渡しながら、身を縮こまらせる。

 すると――

?????<――――っ>

茜「……ッ!?」

 再び、その音が聞こえ、茜はまた身体を震わせた。

 だが、そこで気付く。

 音は耳に響いたのではなく、まるで頭の中で直接意識に……
 幼い少女の感覚にして見れば、心に響いたのだ、と。

 そして、それは単なる音ではなく、どこか声のようにも感じられた。
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