【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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1 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/07/20(日) 21:02:56.74 ID:PGdg3XaSo
前々々スレ(1〜16話)
【魔法少女風】魔導機人戦姫【バトル物】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1316092046/

前々スレ(17〜33話)
【オリジナル】魔導機人戦姫 第14〜33話【と言い切れない】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1329393538/

前スレ(34〜35話、番外編2本、第二シリーズプロローグ〜14話)
【オリジナル】魔導機人戦姫 第34話〜【なのかもしれない】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1354532937/


夏休みの暇つぶしに、仕事サボりの合間に、眠れない夜のお供に
そんな時間潰しの一助になれば幸いです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405857766
2 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:04:49.80 ID:PGdg3XaSo
第14話〜それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』〜

―1―

 メインフロート第一層、外郭自然エリア――


 アルマジロ型イマジンを追い詰め、ロイヤルガードとの連携でこれを撃滅した空達は、
 コントロールスフィアのハッチを開き跪かせたエール・Sの掌に乗り、
 同じように機体の外に出ていた茜を見上げるのと同様に、茜もまた、空達を見下ろしていた。

茜「彼女が……朝霧空、か」

 茜は見上げてくる二人に向けて微かな笑顔を浮かべながら、消え入りそうな声で呟く。

 だが、誰にも聞こえないと思っていたその声は、彼女の相棒には聞こえていたらしい。

クレースト『どうされました、茜様?』

茜「……いや、何でもない。気にしないでくれ、クレースト」

 首に下げている銀十字のネックレス……クレーストのギア本体からの問いかけに、
 茜は空達に軽く手を振るような仕草をしてからスフィア内に戻った。

 再び機体を起動し、ハッチを閉じる。

茜「撤収準備だ、アルベルト、東雲、徳倉」

アルベルト『ウィっス、お嬢』

東雲『了解です、隊長』

徳倉『了解、撤収準備に入ります』

 通信機に向けて部下達に指示を出すと、彼らは口々に応えた。

茜「……だからお嬢はやめてくれ」

 だが、作戦中からずっと注意しているのにも拘わらず、
 未だに自分の事を“お嬢”と呼ぶ部下に、茜は肩を竦めながら呆れたように呟く。

 しかし、茜はすぐに気を取り直すと、機体に踵を返させ、
 後方に待機させているリニアキャリアへと向かった。

茜(まったく、アイツは子供の頃からずっとからかってくれて……)

 心中で溜息を漏らしながら、茜は歩を進める。

 アルベルト――レオン・アルベルト――とは旧い付き合いだ。

 元を辿れば祖父母の世代……彼に限れば曾祖父母にまで遡る。

 旧魔法倫理研究院の対テロ特務部隊の第二世代、
 その第三副隊長のセシリア・アルベルトが彼の祖母だ。

 つまる所、彼の曾祖父母はクライブ・ニューマンとキャスリン・ブルーノの二人である。

 茜の祖母・結の従姉であり、愛器の先々代ドライバーである奏・ユーリエフとは深い関係があり、
 またセシリアの養母であるレギーナともまた浅からぬ間柄だ。

 セシリアが結や奏を慕っていた事もあって、
 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家も家族ぐるみで付き合いがある。

 自分とレオンの付き合いも、その延長だ。

 曾祖父母に倣ってなのか、単なる悪ふざけなのか、
 彼は幼い頃から自分の事を“お嬢”と呼び慣らしていた。
3 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:05:30.28 ID:PGdg3XaSo
茜(腕は確かなんだがな……)

 そんな事を考えながら、茜は小さく溜息を漏らす。

 遺伝か才能か、彼の航空戦と狙撃の技術は確かだ。

 その才覚はオリジナルギガンティックに選ばれなかった事が惜しまれる程で、
 だからこそ202……クレーストの護衛である第二十六独立機動小隊の
 実質的隊長とも言える副隊長に二十三歳と言う若さで任じられていた。

 二機以上での運用が暗黙のルールとなっているオリジナルギガンティックだが、
 クルセイダーが皇居正門から動けない事もあってクレーストの運用は基本単機となってしまう。

 それを避けるための護衛部隊が生え抜きのエースドライバーで固められた、
 第二十六独立機動小隊と言う事だ。

 通常のギガンティックでは決して倒せないイマジンに、たった三機で立ち向かい、
 クレーストを援護するためだけのチームと言う事だけあって、
 他の二人……東雲紗樹【しののめ さき】と徳倉遼【とくら りょう】の腕も確かな物である。

茜(まったく……もう少し、副隊長らしくしてくれていると、
  私も肩の力が抜けるんだが……)

 茜はどこか遠くを見るような目をしながら、肩を竦めた。

クレースト『茜様、輸送部隊との合流まで残り三千。
      もしお疲れでしたら自動操縦で移動します』

茜「疲れてはいないよ。
  ……だが、そうしてくれ、これからの事も考えたい」

 クレーストの申し出に、茜はそう応えてから主導権を彼女に譲る。

 愛機が歩き続けている事を確認すると、
 茜は小さく息を吐いてコントロールスフィアの壁面に寄りかかった。

 茜は目を細め、床とも壁面に映る外の光景とも取れない微妙な高さに視線を向ける。

 クレーストにはこれからの事を考えたいと言ったが、
 彼女が考えているのは昔の……幼い頃の事だった。

茜(あの日が半月後に迫っているせいで、少しナーバスになっているのか……私は?)

 茜は幼い頃の事を思い浮かべながら、心の片隅で自嘲気味に独りごちる。

 その声ならぬ独り言を皮切りに、茜の意識は回想とも白昼夢とも取れぬ過去の記憶に沈んで行った。
4 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:06:22.80 ID:PGdg3XaSo
―2―

 本條茜と言う少女は、有り体に言って“お嬢様”だった。

 父方を遡ればどこまでも……
 それこそ日本と言う国家の開闢まで遡れてしまう程の、旧い旧い魔導の家。

 母方は華族でも貴族でも武家の出でも無いが、無名と言うには憚れる程の英雄の家柄。

 世界有数の魔導の家である本條と、魔導の杖の技師の中でも名門たるフィッツジェラルド家と、
 救世の英雄と謳われた閃虹の譲羽の血を継ぐ、魔導の家柄の中でも比肩する物の無い血統。

 父は名家の当主らしい厳しさと父親らしい優しさを併せ持ち、
 母はおっとりとしていながらも強く芯のある女性だった。

 八つ歳の離れた兄や、兄と同い年の従兄や、その妹である優しい従姉、
 その両親である父の妹夫婦、生ける現代の英雄と呼ばれる伯母、
 祖父母の代から付き合いのある様々な人々に囲まれて、二歳の茜は幸せの絶頂にいた。

 特に、父・勇一郎は彼女の誇りだった。


 2060年、晩春――

明日華「さあ、茜、お父様にいってらしゃいませは?」

茜「いってらっしゃいませ、おとーさま」

 茜は母・明日華の腕に抱かれたまま舌足らずな口調で言って、父に手を振る。

 まだ二歳になったばかりの、物心つくかどうかと言う頃の、茜の記憶に鮮明に残る姿。

 庭一面に植えられた桜はもう散って、青々とした葉を茂らせるソレを背に振り返る、
 優しい笑みを浮かべた父・勇一郎。

 ロイヤルガード長官の纏う、黒の中に僅かな装飾だけが施された
 簡素だが威厳に満ちた制服を纏ったその姿は、今も瞼に焼き付いている。

勇一郎「ああ、いってきます」

 勇一郎は手を振り返そうとして、だが少し逡巡してから、
 その手を愛娘の頭に優しく乗せて軽く撫でた。

勇一郎「良い子にしているんだぞ、茜」

茜「はーいっ!」

 大きくて暖かい手に頭を撫でられ、茜は父の言いつけに元気よく返事をする。

勇一郎「臣一郎も、今日は夕方までに勉強を終わりにしておきなさい。
    帰ってから稽古を付けてやろう」

臣一郎「はい、父上!」

 母の傍らに立っていた兄・臣一郎も、父の言葉に力強く応えた。

 勇一郎は本條本家の奥義である剣術だけでなく、分家の格闘術や槍術などにも精通し、
 当主となってからはそれらの統合と、分家にも剣術の教えを施し、広く伝えて行こうと励んでいた。

 まだ魔力覚醒を迎えていない茜は、当然の事ながら父に稽古を付けて貰えるハズもなく、
 自分よりも長く父と一緒にいられる兄を、彼女は少しだけ羨んだ。

 そして、笑みを浮かべて踵を返し、門を潜って行く勇一郎の背中を、茜は憧憬の視線で見つめる。

 広く、強い背中だったのを、今でも覚えている。

 最強と謳われるオリジナルギガンティックの中でも、特に最強の呼び声の高い210のドライバー。

 武芸百般に秀で、多くのテロリストやイマジンを、皇居の門に触れさせる事なく屠って来た最強の衛士。

 そんな父を、討ち倒せる者などいない。

 ずっと、そう、信じていた。
5 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:07:09.49 ID:PGdg3XaSo
 2060年、7月9日――

 その日は、ずっと以前から予定されていたパレードの日だった。

 このNASEANメガフロートに皇居が移設されて三十年の節目の日。

 各国の皇族や王族を載せた数百台のオープンカーと、百を越す軍と警察の最新鋭ギガンティック、
 パワーローダー、さらにGWF−210Xクルセイダーを加えた大規模な一団からなるパレードだ。

 正門を出立し、第一街区の市街地を回って、また正門へと帰って行く、
 都合十キロの道程を巡る二時間ほどの長丁場。

 その日の勇一郎の配置は、クルセイダーをパレード専用のキャリアトレーラーで膝立ちにさせ、
 その前を行くオープンカーにロイヤルガードの代表として乗る事だった。

 直前には皇族縁の人々が乗るオープンカー。

 いざと言う時には即座に護衛に入れる位置である。

 まあ、勇一郎の手を患わせるような“いざと言う時”など来ないだろう。

 それは警備関係者が口を揃えて言っていた事だった。

 クルセイダーはドライバーが降りているが、
 他のギガンティックやパワーローダーにはドライバーが搭乗済みだ。

 パレードの隊列以外の警備も、人もドローンもギガンティックもパワーローダーも万全。

 ルート上の観客の中にテロリストが紛れ込もうとも、一気呵成に制圧できるだけの準備がされていたのだ。

 慢心ではなかったのかもしれない。

 細心の注意を払って、最大規模のパレードを守るべく考え得る限り最高の警備を施したハズだった。

 だが、最高の警備と言う事実に作り上げられたその安心感が、大きな慢心に結実したと言って良い。

 その慢心が世界最大規模のテロを生み出す事に繋がったのである。


 そして、テロが起きようとしていたその時、茜は母や兄と共に、
 パレードのルート上に据えられた特別観客席であと数分後に通るパレードの車列を心待ちにしていた。

 特別観客席はルートに面した病院の第三駐車場の道路に面した側を間借りするカタチで作られ、
 一般の観客達のいる歩道よりも幾分か高い。

 茜達は特別観客席の右端で、兄妹が母を挟むように並んで座っていた。

明日華「もうすぐ、お父様がいらっしゃいますからね」

茜「はい!」

 優しく語りかけてくれた母に、茜は目を輝かせ、ソワソワとした様子で応える。

 あと少しで、父がやって来る。

 祭にも似た熱気が、そんな彼女の高揚感を後押ししていた。

 そして、車列が訪れる。

 軍用と警察用の当時最新鋭だった377改・エクスカリバーが並び立つキャリアトレーラーを先頭に、
 左右を小型パワーローダーと警備用ドローンに守られた皇族や王族の人々を載せたオープンカーが続く。

 次々に現れる高貴な人々や最新鋭の機体の姿に盛大な歓声が上がる中、
 遂に父を乗せたオープンカーが特別観客席の前に姿を現した。

 普段よりも幾分か煌びやかな礼服に身を包み、
 腰には本條家に古くから伝わる家宝の大小夫婦太刀の鬼百合・夜叉と鬼百合・般若。

 休めの姿勢で不動を貫く父の姿は、その後ろに傅くように続くクルセイダーの姿もあって、
 普段以上に凛々しく見えた。
6 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:07:55.88 ID:PGdg3XaSo
茜「おとぉさまぁっ!」

 茜は思わず観客席の手すりにまで身を乗り出し、大きく両手を振って父に呼び掛ける。

 しかし、少女の目一杯の声も、盛大な歓声の前には呆気なく掻き消されてしまう。

茜「おとぉさまぁ! おとぉぅさまぁぁっ!」

 それでも、茜は目一杯に父に呼び掛け続けた。

 それが通じたのかは分からない。

 だが、父を乗せたオープンカーが通り過ぎようとしたその時、父の視線が茜を捉えた。

茜「っ! おとおぉさまあぁっ!!」

 その瞬間、茜は嬉しそうに目を見開くと、その日一番の歓声を張り上げ、父を呼んだ。

 この時、父が視線を向けたのは何故だったのか?

 偶然か、盛大な歓声の中、愛娘の声を聞き分けたのか。

 それを確かめる術は無い。

 何故なら、直後に響いた歓声を掻き消すような爆音と共に、
 父の乗ったオープンカーは消し飛んだからだ。

 それも――

茜「……………………おとう……さま?」

 茜は、呆然と父を呼ぶ。

 ――茜の見ている、目の前で。

 それは、警備のために交差点毎に立てられているギガンティックからの砲撃だった。

 市街地中心地区。

 交差点が連続し、警備用ギガンティックが集中する最も安全と思われていた区画での出来事だ。

 外部からのハッキングを受けた五機のギガンティックが、一斉にパレードの車列に向けて発砲。

 ただ無差別に、真正面の地面に向けての発砲は、幸いにも皇族や王族への被害は免れた。

 しかし、運悪くその正面にいた父の乗るオープンカーは、その直撃を受ける事となった。

 最初から皇族や王族の命よりも、警備関係者の混乱を狙うのが目的の初撃だったのだろう。

 ハッキングを受けたギガンティックが、パレードの隊列にいたギガンティックやパワーローダー、
 他の警備用ギガンティックからの一斉攻撃で沈黙する中、上空に数十機のギガンティックが飛来。

 そして、周辺に向けて魔力弾による一斉爆撃が行われた。

明日華「臣一郎、茜!」

 混乱から無理矢理に立ち直った明日華は、汎用魔導装甲を展開し、
 我が子二人をその腕で掻き抱く。

 この頃の明日華は、二度の妊娠と出産を経て魔力波長が大きく変容し、
 クレーストのドライバーとしての資格を失っていた。

 だが、母・結から引き継いだ大魔力は健在であり、
 汎用魔導装甲が耐えきれるだけのギリギリの魔力で障壁を作り出し、
 ギガンティックによる一斉爆撃から我が子達を守る。
7 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:08:41.77 ID:PGdg3XaSo
 三十分にも及ぶ執拗な爆撃が終わると、辺りには濛々と粉塵や煙が立ちこめ、
 何かが焼ける焦げ臭い匂いと、噎せ返るほどの血の匂いが立ちこめていた。

明日華「臣一郎……茜……無事?」

 障壁に全魔力を傾けていた明日華が、絶え絶えの声で呟く。

 その時に名前を呼ばれていた事を、茜も覚えていた。

 だが、その声はとても遠く、別の世界の事のように聞こえたのも確かだった。

 ただ、爆撃の恐怖が止んだ。

 それだけは何となく理解できた。

 そして、理解と共に甦って来たのは、三十分前の光景。

 警備用ギガンティックの攻撃を受け、爆散するオープンカーに巻き込まれて飛び散る、父の姿。

 爆発に呑まれる中、唯一つ、道に転がった右腕。

 茜はガタガタと震えながら、父の腕が転がっていた道路に、反射的に目を向けていた。

 特別観客席は崩れ、倒れ伏す大勢の人々や遺体の向こうにある道路は舗装が剥げて焼け焦げ、
 先ほどの母のようにしてVIP達を守っていた警備の関係者が、混乱しながらも走り回っている姿が見える。

 そして、人々が行き交う中、瓦礫然とした道路の中央に、
 父が腰に差していた二刀の夫婦太刀だけが偶然にも突き刺さっていた。

 儀礼用の装飾鞘は砕け散り、剥き出しになった太刀は柄も鍔も焼け焦げ、
 だが、刀身だけは健在なまま。

 対して、父の姿は……転がっていたハズの右腕すら、無い。

茜「……ッ! …………ッ!」

 その光景に……父の墓標にすら見える夫婦太刀の姿に、
 茜は口を悲鳴のカタチに開けて、声ならぬ叫びを上げる。

明日華「あかね……? 茜!? どうしたの、茜!?」

 愕然としていた明日華も、娘の様子がおかしい事に気付き、必死に娘の身体を揺り動かす。

茜「……ッ、…………ッ!」

 だが、茜は目から一杯の涙を流しながら、声ならぬ叫びを上げ続ける。

 茜が声を失っていた事が分かったのは、全ての混乱が治まりを見せ、
 勇一郎の葬儀が終わった後の事だった。
8 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:09:18.89 ID:PGdg3XaSo
 2062年、初冬――
 茜が父と声を失ってから、二年と少しが経過した。


 あの日を境に、幸せの絶頂にいた彼女の全てが変わってしまった。

 優しく朗らかだった母は笑顔を見せる事が減り、
 兄は本條家の当主としてオリジナルギガンティックを駆る訓練に明け暮れている。

 幼い兄を当主に据える事に反対する分家の者達を押し留めるため、
 本家直系である叔母の藤枝百合華を当主名代に置く事となった。

 あの日、焼け焦げた二刀の鬼百合の拵えは直され、二年前から仏間に飾られている。

茜「………」

 四歳になった茜は、仏壇の前で膝を抱えて座ったまま、
 二刀の鬼百合と共に飾られている父の遺影を眺めていた。

 それは、茜の日課だった。

 読み書きの勉強を始めたばかりの茜は、それが終わると、
 食事や風呂、トイレの時間を除いて、仏間で父の遺影を眺め続ける。

 幼い少女の、その痛ましい姿に回りの大人達……特に母は胸を痛めたが、
 まだたった四歳の少女に他人を気遣う余裕など無い。

 その事を咎めようとする大人達も、敬愛する父だけでなく声ですら失った少女に、
 苦言を呈する事が憚られ、結局はその日課もずっと続いていた。

茜「………」

 茜は、父の遺影に向けて、無言で手を伸ばす。

 これも、最近の茜の日課だった。

 座ったままでは、決して遺影までは届かない手。

 もし、この手が届いたら?

 父の遺影をこの手に取る事が出来たら……、
 あの日の父に手を伸ばす事が出来たら、自分は父を救えただろうか?

 子供が考える“もしも”や“たら、れば”の話など、荒唐無稽な物だ。

 根拠のない万能感と、夢見がちな妄想に端を発する、本当に荒唐無稽な仮の話。

 まだ四歳半の少女なら、当然のように抱く可能性の話。

 だが、求める可能性は限りなく苦しく、それが叶うハズも無い事と、
 茜は幼いながらにして既に諦めの境地に達しようとしていた。

 それもその筈。

 あの爆撃の中、母の腕の中で震えているだけだった自分に、
 父を助けられる筈が無いのだから。

 ただ、それでも手を伸ばし続けるのは、まだ彼女自身が諦め切れていないからだ。

茜「………ッ」

 どんなに伸ばしても届かない手に、彼女は次第に目の端に涙を溜めていた。

 涙で霞む視界の中、茜は必死で手を伸ばし続ける。
9 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:10:01.71 ID:PGdg3XaSo
茜(届かない……届かないよ……お父様に……手が、届かない、よ……)

 泣きながら、諦めながらも、少女は手を伸ばし続けた。

 それだけしか、今の彼女には残されていなかった。

 魔法に……いや、マギアリヒトに溢れた現代社会において、動かずに物を取る方法は二つ。

 魔力でマギアリヒトに作用し、魔力そのもので対象を掴んで手元に引き寄せる方法。

 取りたい物を物体として捉え、対物操作の魔法で浮かせ、手元まで飛ばす方法。

 似ているようで違うこの二つの方法を、詳しく語るのはまたの機会としよう。

 何故なら、この時の茜には、まだ魔力が目覚めていなかったのだから。

 結・フィッツジェラルド・譲羽の血に連なる者に相応しく、
 茜の体内には多量のマギアリヒトが巡っている。

 覚醒さえすれば、それだけで一角の魔導師と言えるだけの魔力が約束された身体だ。

 そう考えれば、彼女が抱く“たら、れば”の万能感も、
 あながち荒唐無稽な物では無いのかもしれない。

 この手が父に届けば……父の手を掴めるだけの魔力さえあれば、
 父を助ける事が出来たかもしれない。

 だが、それは所詮、“かもしれない”の域を出ない“もしも”でしか無いのだ。

 あの頃の、そして、今の彼女も、未だ魔力には目覚めていない。

 だから彼女は、こうして大粒の涙を流しながら、諦めの中で、
 決して届かない手を伸ばし続けるしかなかった。

 いつしか泣き疲れて、眠ってしまう。

 それがこの日課の顛末だ。

 だが、今日は違った。

?????<――――――>

茜「ッ!?」

 不意に響いた音に、茜は手を伸ばしたままビクリと身体を震わせる。

 そして、思わず辺りを見渡す。

 しかし、この辺りで音を立てるような物は、
 目の前にある仏壇に置かれた、仏具の鈴くらいしか無い。

 だが、それも人知れず鳴るような物ではなかった。

(何……今の音……?)

 茜は辺りを見渡しながら、身を縮こまらせる。

 すると――

?????<――――っ>

茜「……ッ!?」

 再び、その音が聞こえ、茜はまた身体を震わせた。

 だが、そこで気付く。

 音は耳に響いたのではなく、まるで頭の中で直接意識に……
 幼い少女の感覚にして見れば、心に響いたのだ、と。

 そして、それは単なる音ではなく、どこか声のようにも感じられた。
10 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:11:01.87 ID:PGdg3XaSo
茜(……誰?)

 茜は見渡しながら音の出所……いや、声の主を捜して辺りを見渡す。

 しかし、いくら見渡しても声の主らしき者はいない。

 だが、不意に一点、仏間と隣の部屋を繋ぐ襖に視線を奪われる。

 その先は明日華と茜の寝室だ。

 そして、かつては勇一郎も使っていた寝室である。

 父がいなくなって広くなった寝室を、茜はまだ受け入れ切れず、
 眠る時以外は好んで入ろうとは思わなかった。

 茜は襖に吸い寄せられるように、だが怖ず怖ずと四つん這いで近付き、
 膝立ちになって襖を開ける。

 誰か、いるのだろうか?

 今の時間は母も出払っており、寝室に入る者などいない。

茜(誰か……いるの?)

 茜は言葉に出来ぬ疑問を、小首を傾げるような仕草と共に投げ掛け、
 それと共に室内を見渡す。

 すると――

?????<―か――で――さい>

 襖を閉じていた時よりもハッキリと、その“声”は聞こえた。

茜(……誰……?)

 茜は驚いて身体を震わせながらも、立ち上がり、
 声の聞こえて来た方向に向けて歩き出す。

 そこには、母が亡き祖母・紗百合と大伯母の美百合から譲り受けた大きな鏡台があった。

?????<な―ない―くだ――>

 鏡台に歩み寄ると、さらに声はクリアに聞こえる。

 開けてはいけない。

 そう言われてきた鏡台の引き出しを、茜は躊躇わずに開けた。

 そして、すぐに目についた一つの黒いケース。

 宝石箱でも小物入れでもない、革製の質素な物だ。

茜(これ……)

?????<なかないで……ください……>

 茜がそれを手に取ると、ようやく声の内容を聞き取る事が出来た。

茜(なかないで………泣かないで?)

 茜はその言葉を心の中で反芻する。

 ケースの蓋は呆気なく開き、中から出て来たのは銀色の十字架だった。

 茜は僅かに躊躇いながら、その十字架を手に取る。
11 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:11:57.42 ID:PGdg3XaSo
 すると――

?????<泣かないで下さい……お嬢様……>

 懇願するかのような、哀しげな少女の声が十字架から響いた。

 それと同時に、茜は自らの身体から暖かい力が湧き上がるのを感じる。

 その力が自身の魔力だと気付いたのは、
 十字架の回りに赤みの強い橙色の……茜色の輝きが満ちているのが分かったからだった。

茜(クレぇ……スト?)

 茜はそこで、自分が手にしている十字架が、かつての母の、
 そして、亡き母方の祖母の親友である奏の愛器・クレーストだと気付く。

 まだ思念通話すら分からない茜の声は、クレーストに届ける事は出来なかった。

 つまり、声の出せない茜に、クレーストとの意志疎通の手段は無い。

 だが、クレーストは違った。

クレースト<申し訳ありません、お嬢様……。
      勝手ながら、魔力を使わせていただきます>

 彼女は哀しげな声で申し訳なさそう呟くと、茜の身体から僅かな魔力を吸い上げる。

 そして、茜から吸い上げた魔力はクレーストの導きによって寝室を抜け出し、
 仏壇に飾られた勇一郎の遺影を掴んだ。

 純粋な魔力だけで物体を掴むにはそれ相応の高い魔力量が要求されるが、
 茜には苦にもならない僅かな量に過ぎない。

 そして、クレーストが魔力で掴んだ遺影は、漂うように茜の目の前へと引き寄せられた。

クレースト<どうか、手を伸ばして下さい……。
      お嬢様ご自身の力で引き寄せた物です>

 クレーストに促されるように、茜はゆっくりと遺影に向けて手を伸ばす。

 これは後から知った事だったが、茜が件の日課を始めた頃から、
 明日華の残留魔力によって起動し続けていたクレーストは、
 ずっと以前から彼女の事とその意図に気付いていたらしい。

 そんなクレーストの協力もあって、決して届かなかった筈の手が、
 伸ばし続けた父の遺影に届いた。

茜「………ッ!」

 手が触れた瞬間、茜は声ならぬ叫びを上げてその遺影を、クレーストごと胸にかき抱く。
12 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:12:49.83 ID:PGdg3XaSo
 やっと、やっと手が届いた。

 だが、それと同時に突き付けられる現実。

 今更届いても遅い。

 あの時に、手が届いていなければならかったのに。

 その事実に、いつの間にか止まり掛けていた涙が、堰を切って溢れ出す。

 泣き声は上がらない。
 上げられない。

 筈だった。

茜「ぉ……ぉ……ぅ……ぁ……ぁ……っ!」

 二年以上、呼吸を吐き出すような音しか出せなかった口から、
 絞り出すような微かな音が響く。

クレースト<お嬢様!?>

 その音が茜の声である事に気付いたクレーストが、喜びとも驚きとも取れる声を上げた。

茜「おぉ……とぉ……ぅ……さぁ……まぁ……っ!」

 父の遺影を胸に抱いて泣きじゃくりながら、茜は一音一音、絞り出すように叫ぶ。

茜「ぅぁ……ぁぁぁ………っ!」

 茜はその場にへたり込み、絞り出すような声で泣いた。

『誰か! 誰か! お嬢様が……茜様が声を!』

 クレーストは共有回線を開き、屋敷中に向けて声を上げる。

 主と主の家族を見守って来たクレーストは、茜が声を失っていた事も知っていた。

 だからこそ、彼女は自分らしからぬほどに慌てた声で人を呼んだのだ。

 そして、クレーストの声に気付いた小間使いや、
 その頃は同居していた風華が駆け付けたのは、そのすぐ後だった。

 茜の声が戻った理由は、医師の診断でも定かではない。

 届かなかった手が届いた事による精神的な物とも、
 魔力覚醒によって自律神経が刺激された故の身体的な物とも……。

 ただ、茜は彼女が求めた力によって見出され、父と共に失った声を取り戻し、
 ようやく一つのスタートラインに立てたのだ。

 それは――
13 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:13:55.78 ID:PGdg3XaSo
クレースト『……ね様、茜様』

茜「ん……?」

 白昼夢にも似た回想に意識を委ねていた茜の意識は、
 クレーストの声によって呼び戻される。

 コントロールスフィアの壁に身体を預けていた茜は、目を開いて辺りを見渡す。

 そこはメインフロート第一層の外郭自然エリアから少し離れた位置にある、広い幹線道路だった。

 その端には自分達第二十六独立機動小隊の使うリニアキャリアが停留しており、
 クレーストも今まさに専用ハンガーの前に到着しようかと言う頃合いだ。

茜「すまない……少し呆けていた」

クレースト『いえ、問題ありません』

 嘆息混じりで申し訳なさそうに呟いた茜に、クレーストは淡々と返す。

 茜は機体の主導権を愛器から返して貰うと、機体をハンガーに固定し、動力を切る。

茜「ふぅ……」

 ゆっくりと寝かされて行くハンガーに合わせ、水平状態を保つように傾いて行く通路上で
 茜は手渡されたジャケットを羽織りながら小さく溜息を漏らす。

レオン「お疲れさん、お嬢」

 すると、既に自身の乗機をハンガーに固定し、
 外に出ていたレオンが気さくそうな仕草で手を振って来る。

 レオンは02ハンガーを牽引しているキャリアの下で、
 ドライバー向け汎用魔導防護服の上にジャケットを羽織っていた。

茜「だから出撃中はお嬢はやめてくれないか、アルベルト」

 茜はハンガーから降りると、呆れたような声音で漏らしながら彼の元に歩み寄る。

 すると、その場に遅れて紗樹と遼が現れた。

 二人とも何処か慌てた、と言うか困った様子が表情から窺える。

紗樹「いいんですか、隊長? 機関への出頭予定時刻は午後二時。
   あと二時間もありませんよ?」

遼「稼働時間も少なく、躯体へのダメージも一切ありませんが、
  一旦戻って整備と補給を受ける事を考えると、三時を回ってしまうと思われます」

 困惑する紗樹に続いて、遼も思案気味な様子で言った。

 確かに、お役所仕事は時間に煩い。
14 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:14:41.27 ID:PGdg3XaSo
 しかし、そんな部下達の様子を見かねて、レオンが口を開く。

レオン「いや、それは向こうさんも一緒だって」

 レオンはハンガーのフレームにもたれかかり、飄々とした様子で言った。

 全員の視線が集まると、レオンはさらに続ける。

レオン「これから何時間かは整備や何やらでゴタゴタして、
    俺らを受け入れる体勢どころじゃないだろ?

    体の良い言い訳作りさ。だろ、お嬢?」

茜「ハァ……その通りだ」

 まだ“お嬢”呼ばわりしてくるレオンに諦めの溜息を漏らしてから、
 茜は紗樹と遼に向き直って言った。

茜「既に本條隊長か藤枝副司令あたりが、
  遅延の書類を先方や政府に回して下さっている頃だろう」

 さらにそう付け加えながら、兄の臣一郎や叔父の尋也【ひろや】の事を思い浮かべる。

 二人ともそつなく事をこなす性格だ。

 今回も、きっと上手く事を運んでくれているだろう。

 そして、その事を聞いた紗樹と遼は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべる。

茜「気遣いの範疇とは言え、
  今回は“こちら側の勝手な都合で”遅れる事になるだろう。

  それだけに繰り下げた予定よりも遅れるワケにはいかないからな、
  手空きなら整備班の手伝いをして時間短縮に努めるぞ」

 茜は安堵しかけた部下二人に喝を入れるように、
 だが少しだけ悪戯っ子のような笑みを浮かべて指示を出すと、
 自らも整備班を手伝うために再びハンガー上へと向かった。

 茜が動き出した事で、一度は安堵しかけた紗樹と遼も慌てた様子で動き出す。

紗樹「りょ、了解しました!」

遼「直ちに撤収作業の補助に入ります!」

レオン「んじゃ、俺もちょっくら手伝って来ますかね、っと」

 三人の様子を見届けたレオンも、そう言って愛機の乗せられたキャリアに向けて、
 少し気怠そうな様子で歩き出した。
15 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:15:23.90 ID:PGdg3XaSo
―3―

 イマジン殲滅からおよそ三時間後、ギガンティック機関隊舎――


 中央――皇居方面――からやって来たリニアキャリアの一団が、
 隊舎前でゆっくりと停車する。

 ロイヤルガードのロゴが刻印されたそれらは、
 先ほども空達の援護をしてくれた第二十六独立機動小隊の物だ。

 そして、その中の一輌……人員輸送車と思しき車輌のハッチが開き、
 中から詰め襟の黒い制服を着た四人の男女が降りる。

 茜達、第二十六小隊のドライバー達だ。

茜「では、我々はこれから譲羽司令に挨拶に行って来ます。
  後から私も行きますが、整備責任者への挨拶はお任せします、班長」

班長「ええ、任されましたよ、小隊長」

 振り返った茜の言葉に、彼女に班長と呼ばれた男性――小隊の整備責任者――が力強く応えた。

 四人が見送る中、人員輸送車のハッチは閉じられ、
 リニアキャリアの一団はそのまま隊舎裏へと回り、そこから隊舎地下へと入って行く。

 茜はその様子を見届けると部下達に振り返る。

茜「よし。我々も着任の挨拶に行くぞ」

レオン「ウィっス、お嬢」

 茜の指示にレオンが代表して応えた。

 またもやの“お嬢”呼ばわりに茜は肩を竦めたが、さすがに作戦行動中では無いので注意はしない。

 それに、この後は“お嬢”呼ばわり程度は可愛いレベルの洗礼が待っているのだから。

 そんな思いと共に部下達と隊舎内へと入って行くと、すぐにロビー正面の受付に迎えられる。

美波「あかにゃん、おい〜ッス」

茜「市条さん、あかにゃんは辞めて下さい」

 二人並んだ受付職員の一人――市条美波に渾名で呼ばれ、茜はガックリと肩を竦めて疲れたように漏らした。

 機関きっての名物職員の頓狂なニックネームに比べれば、“お嬢”くらいは何でもない。

??「お待ちしておりました、本條小隊長。それに隊員の方々も」

 そんな様子を見かねてか、美波の隣に座るもう一人の受付職員……
 村居優子【むらい ゆうこ】が落ち着き払った様子で言った。

 ちなみに彼女は先日、臣一郎が来訪した際に受付にいた木場順子の先輩に当たる、
 美波のもう一人の後輩である。

優子「今、司令に確認を取りましたので、あちらの執務室へどうぞ」

 優子は隣の美波を気に掛けた様子もなく、丁寧に左手で司令執務室を指し示した。

茜「助かります、村居さん」

優子「いえ、業務ですので」

 軽く会釈した茜に、優子は微笑を浮かべながらも事も無げな声音で返す。

美波「ちぇ〜ッ、久しぶりのお客さんだって言うのに、ゆっちょんが真面目すぎてつまんな〜い」

 美波は口を尖らせ、不満げに漏らした。

優子「御崎先輩から、先輩のフォローをするように言付かっていますので」

美波「チッ、園子め……遊び心の分からないヤツ」

 淡々と語る優子に、美波は先ほどのようなわざとらしい物ではない本気の舌打ちを交えて呟く。

 ちなみに御崎園子【みさき そのこ】は、美波がニックネームで呼ばない数少ない同僚の一人であり、
 美波と彼女、そして現オペレーターチーフ陣は同期である。

 閑話休題。
16 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:16:47.87 ID:PGdg3XaSo
 茜達は優子に案内された通り、司令執務室に向かう。

紗樹「何だか、凄く独特な方ですね……受付の、その……背の低い方の女性は……」

 紗樹はチラリと横目で受付を振り返りながら、躊躇いがちに小声で漏らす。

 背後から“誰の背がちっちゃいんだー!?”と聞こえ、思わず肩を竦める。

 中々の地獄耳だ。

レオン「まあ、キャラがキョーレツなのはあの御仁に、
    オペレーターのクララと出張中のちびっ子主任さん、
    それにこっちも出張中のメリッサの姐さんくらいだ。

    すぐに慣れるさ」

 レオンはギガンティック機関に初めて顔を出して萎縮している部下に、
 指折り数えるように言ってから、軽く振り返り、
 受付で手を広げてバタバタとしている美波に、謝意を込めて軽く手を振り返した。

レオン「美波の姐さん、あのナリで子持ちだってんだからビックリだよな」

 レオンは向き直ると、噴き出しそうになりながら呟く。

紗樹「えっ!?」

遼「そんなっ!?」

 紗樹に続いて、努めて平静を装っていた遼も、さすがにこれには驚きの声を上げる。

 後ろから“二児の母で悪いかー!?”と叫び声が聞こえた気がするが、
 四人はさすがに無視をした。

茜「市条さんが結婚されたのは、私がここに研修で入る前の年だったそうだからな……。
  結婚六年目ともなれば、二人目の子供がいてもおかしくないだろう」

 茜は思案気味に当時の事を思い出しながら漏らす。

 茜が正ドライバーとしてロイヤルガード入りしたのは五年前の十二歳の頃だ。

 そして、ロイヤルガードに入隊する以前は、
 クァンやマリアの同期として機関で研修を受けていたのである。

紗樹「いや、年数よりも……」

遼「犯罪の匂いがするんですが……」

 しかし、そんな茜の言葉に、紗樹と遼は口を揃えて呟く。

レオン「ま、今でも小学生って言っても通用しそうだしな、姐さんは」

 レオンの言葉に、やはり“誰が美少女小学生だー!?”と言う叫び声が聞こえる。

 さりげなく“美少女”部分が見栄による恣意的改竄を受けている気がしないでもないが、
 確かに、美波の見た目は小学生と言って通じてしまいそうだ。

 十二歳以下の少女との姦通は、同意があっても犯罪なのは今の世も同じである。

 成る程、犯罪の匂いがしそうとの遼の言葉も分からないでもない。

茜「滅多なことを言うな。
  出向中とは言え、我々は警察の一組織だぞ」

 茜は溜息がちに言ってから、司令室の扉の前に立った。
17 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:17:29.38 ID:PGdg3XaSo
 素早くノックしてから中に向かって呼び掛ける。

茜「皇居防衛警察ロイヤルガード、
  ギガンティック部隊第二十六独立機動小隊隊長、本條茜です」

明日美「どうぞ」

 茜の呼び掛けに応えたのは明日美だった。

 扉越しにくぐもった明日美の声に応え、茜は“失礼します”とだけ言って扉を開く。

 一礼して室内に入ると、茜達は明日美とアーネストに迎えられた。

茜「本條茜、レオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、着任いたしました」

 敬礼した茜に続き、レオン達三人も茜の後ろに横並びになって敬礼する。

明日美「はい、ご苦労様」

 しっかりと敬礼する茜に、明日美は笑顔で頷く。

茜「こちらの勝手な都合で着任の時間が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません」

明日美「気にしなくていいわ。
    こちらとしても消耗が最低限で済んだのだから」

 申し訳なさそうに頭を下げる茜に、明日美は笑顔のまま応え、
 “もう、そちらの司令と副司令の連名で謝罪も受けている事だし”と付け加えた。

アーネスト「三時間前に出撃があったばかりで、そう畏まっているのも疲れるだろう。
      楽にしたまえ」

 アーネストもそう言って、茜達に敬礼の姿勢を崩すように促す。

レオン「そう言って貰えるとありがたいッス」

 アーネストに促され、休めの姿勢になったレオンは笑顔で漏らす。

明日美「久しぶりね、レオン。
    ご両親やお祖母様は元気かしら?」

レオン「まあまあッスね。
    さすがに藤枝の所のバーサマほど元気じゃないッスけど」

 明日美の問いかけに、レオンは苦笑い混じりに応えた。

 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家は家族ぐるみの付き合いで、
 その付き合いも長い。

 明日美もレオンの祖母・セシリアとは、
 旧研究院時代から年の離れた先輩後輩としても旧い付き合いだ。

茜「司令」

 明日美とレオンの世間話が途切れたタイミングを見計らい、
 茜は携帯端末を取り出して前に進み出ると、
 それを明日美の執務机の上にある卓上型端末に近づけた。

 すぐに通信回線が開き、書類が転送される。

明日美「はい、着任辞令、確かに受け取ったわ」

 明日美は横目で壁掛け時計の時間を確認しながら言う。

 時刻は三時五分前。

 遅延予定の午後三時に間に合っている。
18 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:18:12.90 ID:PGdg3XaSo
明日美「今日はレベル1注意報にまで下がっているし、
    一度出撃もあったから今日はもう休んでも構わないわ」

 明日美は書類にサインをしながらそう言った。

アーネスト「事前申請のあった必要人数分の部屋は寮に確保されている。
      荷物もそちらに運び入れるといいだろう」

茜「ありがとうございます、ベンパー副司令」

 アーネストの言葉に、茜は深々と頭を垂れると、部下達に向けて振り返る。

茜「お前達は先に荷物を持って隊員寮に向かっていてくれ。
  私はもう少しお二方に話がある」

レオン「ウィっス、お嬢。
    じゃあ、そう言うワケですんで、俺らは先に失礼させてもらいます」

 レオンは茜の指示に頷くと、明日美とアーネストに軽く会釈してから、
 丁寧にお辞儀をした紗樹と遼を引き連れて司令室を後にした。

 そして、三人が退室したのを見届けて、茜は肩を竦めて小さく溜息を漏らす。

茜「……申し訳ありません、伯母上、ベンパーさん……。
  部下がお見苦しい所を……」

 茜は溜息がちに申し訳なさそうに呟く。

アーネスト「そこまで気にしなくても良いよ。
      まあ、あれも彼の持ち味と言う事で」

明日美「政府直轄とは言え、ここはそこまで堅苦しい組織ではないわ。
    あなたも少しは肩の力を抜くと良いわ」

 笑みを浮かべながら言ったアーネストに続き、明日美も思案げに漏らす。

 そして、僅かな間を置いてから、明日美は改めて口を開く。

明日美「直接会うのは正月以来ね。
    ……誕生日プレゼントは気に入って貰えたかしら?」

茜「ええ、メールにも書きましたが、その節は本当にありがとうございました。
  大事に使わせていただいています。

  ……と言っても、あまり袖を通す機会に恵まれませんが……」

 嬉しそうに漏らす明日美に、茜は深々とお辞儀をして返してから、
 申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。

 明日美は先月に誕生日を迎えた茜のために、社交の場に顔を出すためにも良い頃合いだと、
 一着のイブニングドレスを贈っていた。

 だが、茜は普段から忙しくしている事もあり、また、社交の場にも礼服で赴くのが基本だった事もあり、
 試着を除けばまだ一度だけしか袖を通せていない事を心苦しく思っていたのだ。

明日美「次に機会があれば、その時に見せてくれるかしら?」

茜「ええ、喜んで」

 伯母からの提案に、茜は少しはにかんだような笑みを浮かべて頷く。
19 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:19:08.38 ID:PGdg3XaSo
アーネスト「しかし、本当に君がこちらに出向してくれるとは思わなかったよ。
      こちらとしては予備戦力でも構わなかったのだが……」

 二人の様子を見守っていたアーネストが、不意にそんな事を呟いた。

 ギガンティック機関側としては、空達三人には二班に分かれて貰い、
 出撃時の援護用に一小隊派遣して貰えればそれで良かったのだが、
 まさか大本命のオリジナルギガンティックが配属されている第二十六小隊が来るとは思ってもいなかったのだ。

 第二十六独立機動小隊の任務は皇居護衛よりも、遠隔地に出撃してのテロリスト対策が主任務だ。

 昨今はテロリストの使うギガンティックやパワーローダーも性能が上がって来ており、
 軍に比べて強力なギガンティックの配備数の少ない警察関連の組織にして見れば、
 より圧倒的な性能を誇るオリジナルギガンティックが必要とされるのは当然と言えた。

 強力な大型ギガンティックを持ち出したテロリストに対して迅速に出動し、
 これを鎮圧するのが第二十六独立機動小隊の任務なのである。

 そして、その足回りの良さを活かし、
 機関の手が足りない時はイマジン殲滅に協力する副次的な任務もあった。

 イマジン殲滅が主任務のギガンティック機関の任務とは基本的に逆なのである。

 茜はイマジン殲滅にも協力的だし、それは今日の態度からもよく分かっていた。

 だが、主任務はテロへの対処だ。

明日美「悪いわね……。
    こちらの仕事にかかり切りになってしまうかもしれないのに」

茜「いえ、構いません。
  連中が大規模攻勢を仕掛けるような事があれば、
  機関の手を借りなければならないのは、むしろこちらなのですから」

 少しだけ申し訳なさそうな様子の明日美に、茜は表情を引き締めて応える。

 現在のテロリストの中で最も厄介で大規模な戦力を有しているのは、
 第七フロート第三層を占拠し、反皇族を掲げている、
 件の60年事件の首謀者達とその流れを汲む者達だ。

 彼らの狙いは基本的に皇族や王族達のいる皇居や、
 皇族や王族に縁の深い者がいる場所であり、そう言った所の防備は固い。

 だが、一度テロリストに大攻勢を仕掛けられた場合、
 平時からイマジンへの警戒を厳としなければならない軍は多くの戦力を割けないのである。

 そうなれば、警察組織は少数精鋭であるギガンティック機関に頼る事になるのだ。

 無論、機関としてもイマジン出現時にはそちらへの対処が優先されるが、
 形式的にはそう言った取り決めで互恵関係が成り立っている。

 尤も、ここ数年間は機関側がテロ対策に駆り出される事は無かったのだが……。

明日美「今年は十五年の節目、ですものね……」

 明日美はその事を思い出して呟く。

 今年は2075年、あと半月もすれば7月9日……
 あの忌まわしい60年事件から丁度十五年となる。

 明日美にしてみれば、義弟が死んだ事件だ。

 色々と思うところもあるのだろう。

アーネスト「こちらとしても、諜報部に警戒させてはいるが……」

茜「……その件なのですが」

 アーネストが思案げに漏らしかけたその時、茜が意を決したようにその言葉を遮った。
20 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:19:59.95 ID:PGdg3XaSo
 茜は“ご無礼、失礼します”と言って、言葉を遮った事を謝罪すると、さらに続ける。

茜「こちらの諜報部に保管されている調査書類……
  月島レポートの閲覧を許可してはいただけないでしょうか?」

アーネスト「月島レポート……!?」

 どこか思い詰めた様子の茜の言葉……いや、
 “月島レポート”と言う名前に、アーネストは驚きの声を上げた。

 亡くなった勇一郎の事を考えて寂しげな表情を浮かべていた明日美も、途端に表情を険しくする。

明日美「……随分と、調べたようね?」

茜「……辿り着くのに四年かかりましたが……」

 責めるような、それでいて心配したような明日美の問いかけに、茜は感慨深く漏らした。

茜「私が知りたいのは、統合労働力生産計画の責任者であった頃の月島勇悟ではなく、
  あくまでギガンティック機関前々技術開発部主任の月島勇悟です」

 その名が茜の口から漏れた瞬間、明日美は不意に目を伏せてしまう。

 アーネストも、明日美の様子に何か思う所があるのか、視線を逸らす。

明日美「……月島……勇悟、ね」

 明日美は複雑な声音で、その名前を反芻する。

 月島勇悟【つきしま ゆうご】。

 茜の言葉通り、瑠璃華の二代前となる技術開発部主任だった男性だ。

 それ以前は山路重工の技術開発研究所――
 通称・山路技研――で副所長を務めた天才科学者。

 メカトロニクス、バイオテクノロジーなど様々な分野に精通し、
 その頭脳は明日美の父、アレクセイにも匹敵すると言われた。

 ギガンティック機関結成から暫くして山路技研から機関に出向し、
 ハートビートエンジンのブラックボックスの解析に努めていた。

 だが、解析は遅々として進まず、後に彼は政府に引き抜かれて、
 そこで禁忌とも言われた統合労働力生産計画に着手したのだ。

 つまり、レミィ、フェイ、そして瑠璃華達の創造主……生みの親である。

 政府の一部の者達の間で極秘裏に進められていた計画が発覚したのは七年前の事。

 そして、その責任を取らされる形で逮捕された月島勇悟は投獄された末、
 獄中で道半ばとも言える六十年足らずの生涯を自ら閉じた。

 死因は、左眼球から脳を抉るほど深い、フォークによる一突き。

 独居房での食事中、刑務官が目を離した一瞬の隙を突いての、
 鮮やかと言えば鮮やかな手際の自殺だった。

 それも鋭いが脆いプラスチック製の先端ではなく、それなりに強度のあった柄の側を使って、
 倒れる勢いを利用しての突きだったと、明日美達も聞かされていた。

 倒れた反動で脳を抉っていた部分が捩れて、そして、そのまま手遅れにと言うワケだ。

 ともあれ、茜が求めているのはそんな月島の素行調査書類である。

 ギガンティック機関はその性質上、隊員達にも潔白が求められるため、
 諜報部による素行調査が定期的に行われている。

 月島勇悟に関する素行調査も勿論行われており、ある理由――統合労働力生産計画ではない――により、
 その重要度が上がった事で、重要調査報告書として機関内で管理されていた。

 つまり、それこそが茜の求めている“月島レポート”なのだ。
21 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:21:05.03 ID:PGdg3XaSo
明日美「…………分かったわ。
    諜報部主任には私から話を通しておきます」

 暫く考え込んでいた様子だった明日美は、小さな溜息を一つ吐くと、
 そう言って執務机の引き出しから一枚のカードキーを取り出した。

 魔力認証が当たり前となったご時世に、カードキーと言うのも中々アナクロだ。

 だが、それ故に破りにくいと言う側面もある。

 旧世代の電子錠を破るためのクラッキング装備では、巨大な物理錠は壊せない。

 それと同じ理屈だ。

 明日美はそのカードキーと、カードキーを読み込ませるための端末を取り出す。

明日美「それを持って受付に行きなさい。
    彼女ならそれで分かってくれるわ。

    但し、キーと端末は今から二十分以内に必ず返却しなさい。
    ………いいわね?」

茜「…………はい」

 どことなく思い詰めた伯母の様子に怪訝そうな表情を浮かべた茜だったが、
 すぐに気を取り直し、神妙な様子で差し出されたキーと端末を受け取る。

明日美「会った諜報部の職員に関しては忘れなさい。
    誰かに口外した場合はあなたでも二十四時間監視を申請するわ」

茜「……分かりました」

 いつになく厳しい調子で言った明日美に、茜は緊張した面持ちで応えた。

 そして、深々と一礼してその場を辞す。

明日美「…………ハァ……」

 茜が立ち去った――魔力が遠のく――のを確認してから、明日美は深いため息を吐く。

 アーネストも僅かに目を伏せ、何かを考え込んでいる様子だったが、
 すぐに明日美に向き直って口を開いた。

アーネスト「茜君がこの任務を受けた理由は、月島レポートが目当てでしたか……」

明日美「母親に……明日華に悟られたくなかったのでしょうね……」

 明日美はアーネストの言葉に頷くと、天井を振り仰いで呟き、さらに続ける。

明日美「特一級の権限で60年事件の事を詳しく調べていれば、
    彼に当たりを付ける可能性はあるとは思っていたけれど……」

アーネスト「しかし、亡くなっている人間まで調べると言うのは……些か……」

明日美「あの子にしてみれば、少しでも事件の真相に繋がる情報を知りたいのでしょう……」

 言葉を濁したアーネストに、明日美は遠くを見るような目をしながら呟いた。

 事件の真実。

 それこそが、月島レポートが重要調査報告書として位置づけられる原因だった。

 生前の月島勇悟には、60年事件の首謀者と思われるテロリストとの繋がりがあったとされている。

 それが判明したのは彼が逮捕されてすぐの事。

 用意周到に抹消されていた痕跡の中に残った、僅かな数のアクセス記録。

 それは、当時は既にテロリストの手に落ちていた、
 第七フロート第三層にあったかつての山路技研へのアクセス記録だった。

 詳細なアクセス先はと言えば、厳重にブロックされ、
 現在もアクセス不可能となっている、技研のメインフレーム……中枢コンピューター。

 最終の日付は逮捕される直前の物。

 改めて尋問と言う、その直前になっての自決。

 確定情報ではないが、確定的と言っても間違いない繋がりだ。
22 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:21:50.96 ID:PGdg3XaSo
明日美「因果な物ね……。
    まさか、姪に昔の恋人の事を聞かれるなんて……」

 明日美が自嘲気味に呟くと、アーネストは複雑な表情を浮かべて目を伏せた。

 そう、昔の恋人。

 明日美は月島勇悟と関係を持っていた時期があった。

 終戦間近の頃から、父が亡くなってしばらくの間は、
 明日美にも恋人と呼べるだけの関係の男性がいたのだ。

 その頃の月島勇悟と言えば、まあ分かり易い技術屋と言った印象の男性で、
 どこか父に似た雰囲気を持った男性だったと、明日美は記憶している。

 父に似ていたから惹かれたのか、今となっては定かでない。

 ともあれ、父の死を境に明日美は勇悟とは疎遠になり、
 彼が亡き父の後釜として技術開発部の主任になった頃には、
 もう既に二人の関係は冷め切って終わっていた。

 明日美はそれ以後、新たな恋人を作るような事はなく、
 未婚のまま現在に至るワケである。

アーネスト「未練が……お有りですか?」

明日美「……っ」

 躊躇いがちなアーネストの質問に、明日美は驚いたように少し目を見開いた。

 そして、沈思する事、およそ十秒足らず。

明日美「……分からないわね……正直」

 自嘲の笑みと共に漏れたその言葉は、嘘偽り無く、明日美の本音だった。

 かつての恋人であった月島勇悟がテロに荷担していたとすれば、
 どこかであの真っ正直な技術屋がテロに傾倒するような事があったのだろう。

 関係が終わっていなければ、彼を止められたのかもしれない。

 そんな思いは確かにあった。

 だが、その頃に男性として彼を愛していたかと聞かれれば、
 テロや統合労働力生産計画の件を除いても、答はノーだ。

 公的機関の司令としての責任感と、かつての恋人への拒絶の思い。

 そんな複雑な感情が混ざり合った故の答だった。

アーネスト「……申し訳ありません、妙な事を聞きました」

 明日美の返答と、その言葉の裏にあるであろう思いを感じてか、
 アーネストは目を伏せたまま謝罪の言葉を口にする。

明日美「構わないわ……。
    ただ、少し驚いただけよ」

 そんなアーネストの様子に、明日美は笑みを浮かべ、
 気にするなと言いたげにそう告げた。
23 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:22:42.17 ID:PGdg3XaSo
 一方、司令執務室を辞した茜は、
 明日美の指示通り、カードキーと端末を持って受付へと向かった。

 そこで普段は一般職員として振る舞っている諜報部職員と合流し、
 受付右手にある階段を登り、踊り場の折り返しにあった隠し扉を抜けて、その先に向かう。

美波「いや、まさかアッカネーンからコレを見せられるとは思ってなかったよ」

 茜の先を行く諜報部職員――美波――は、
 そう言ってカードキーと端末を肩の高さに掲げ、“にゃはは”と珍妙な笑い声を上げた。

茜「アッカネーンもやめて下さい……」

 対する茜は、新たな素っ頓狂な渾名に溜息を漏らす。

 そして、“むぅ、コレも駄目か……”と次なる珍妙ネームを考え始めた美波の背を見る。

 昔からおかしな人だとは思っていたが、まさか諜報部職員だったとは思いも寄らなかった。

 そう言えば、大叔母の明風からは、
 “身体が小さい方が諜報任務に向く”と幼い頃から聞かされていた事を思い出す。

 茜は背の高い方だったが、自分より頭一つは低いだろう背の女性は、
 確かに遮蔽物の陰に隠れるには適した体型だろう。

美波「にゃはは、驚いてるでしょ?

   生活課広報二係受付職員市条美波とは仮の姿。
   実は私こそがギガンティック機関司令部直属、
   諜報部職員市条美波さんなのでした〜」

 振り返る事なく、戯けて自慢げに言った美波だったが、
 茜は思考を見透かされたような気がして、思わず身構えかけた。

美波「あ〜、そんなに固くなんなくたって良いって。

   アタシのコッチでの仕事は基本的に他の職員の監査と事務処理だし、
   万が一アッカーネンに本気で襲い掛かられたら五分も保たずに負けちゃうから」

茜「アッカーネンもやめて下さい……アッカネーンのと違いが分かりません」

 笑い声混じりの美波に溜息がちに返しながら、茜は内心で舌を巻く。

 五分も保たずに、と言う事は、その時間よりも短ければ保たせる事が出来ると言う事だ。

 彼女が言う“監査”とは、監査は監査でも、もしかしたら内偵の部類に入る監査では無いだろうか?

 この人が地獄耳なのも、案外、常に肉体強化で聴力を強化しているのかもしれない。

茜(……本当に、人は見かけに依らないな……)

 茜はそんな事を考えながら、美波の後に続いて、通路奥の扉を抜けて狭い部屋に入った。
24 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:23:30.48 ID:PGdg3XaSo
茜(ここは随分と寒いな……)

 部屋に入った瞬間、室温が五度は下がった感覚に、茜は思わず身震いした。

 空気も乾燥しており、高温を発する精密機器が置かれている場所だと推察できる。

美波「寒いでしょ? ここ司令室の真下ね。
   メインフレームの冷却パイプが剥き出しで通ってるから、
   特にその辺りの配管は触らない方が良いよ」

 美波はそう言って、壁にビッシリと通っている配管の一部を指差した。

 茜がそちらを見遣ると、確かに数本の配管に微かな霜が付着しているのが分かった。

 美波は部屋の奥にあるコンソール前に座ると、
 コンソールに端末を接続し、カードキーを読み込ませた。

美波「月島レポートでいいんだよね?
   かねかねの端末にダウンロードするから端末貸して」

茜「かねかねもやめて下さい。
  ……いいんですか、秘匿ファイルの類だと思いますけど?」

 後ろ手に手を差し出して来た美波に、茜は盛大な溜息を吐いてから、
 怪訝そうに端末を手渡す。

美波「うん、ここからのアクセスだと司令室にはアクセスログ残らないから。
   ファイルも時限式で十時間以内に消えるようになっているから安心して」

 美波は手慣れた様子でコンソールを操作すると、
 携帯端末に何某かのファイルがダウンロードされたようだ。

美波「はい、これが月島レポート。

   第三者への開示、提示は原則禁止。
   ここの端末以外からの複製は如何なる理由があろうとも厳禁。

   司令か副司令、若しくは三人以上の各部署主任の許可を得た上でなら、
   許可された人への開示は許されているわ。

   無許可の開示・提示と複製は査問と三年以上の監視だから注意してね」

茜「了解です……」

 口調はともかく、普段と違い、どこか落ち着き払った様子の美波から端末を返して貰い、
 茜は緊張した面持ちで頷く。

 似たようなやり取りを政府の公安局の職員ともしたが、
 普段が素っ頓狂な美波が相手と言う事もあって、それ以上の緊張感がある。

美波「今からだと今夜の一時半頃には消えちゃうから注意してね。
   まあ、あまり長くないレポートだから小一時間もあれば読み終わると思うけど」

茜「……はい」

 また“にゃはは”と笑った美波の言葉に、茜は僅かに緊張を解いて頷いた。

 二人はその場を辞し、気配を見計らって階段の踊り場に出ると、
 アリバイ工作と言う事で司令室への挨拶に付き合って貰ってから受付に戻って別れ、
 キーと端末の返却を自ら買って出た美波に任せた茜は、荷物を取りにハンガーへと向かった。
25 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:24:24.91 ID:PGdg3XaSo
―4―

 ハンガーに赴き、ギガンティック機関側の整備責任者への挨拶を終えた茜は、
 人員輸送車両に預けていた当面の着替えの入ったスーツケースと私物を入れたバックパックを回収し、
 一旦隊舎の外に出てから隊舎隣の寮へと向かう。

 明日美達や司令室への挨拶とレポートの回収をした事もあって、
 ロイヤルガードからの出向メンバーの手空きの人員で寮に向かうのは茜が最後だ。

茜「………」

クレースト<考え事ですか、茜様?>

 神妙な様子の主に、クレーストはどこか心配そうに尋ねる。

茜<ああ……。
  レポートを閲覧できるのは良いが、
  捜査の上でこれにどれほどの価値があるのかと思ってな……>

 茜は愛器に思念通話で返しながら、小さく溜息を漏らす。

 正直な話、月島レポートに60年事件に関してどれだけの関連性があるかなど分からない。

茜(それでも……少しでも事件の真相に辿り着けるなら……)

 茜はそんな強い気持ちを込めて、肩に提げたバックパックの紐を強く握り締めた。

 だが、寮に入った所で茜は驚いて目を見開く。

 茜が五年前に研修でギガンティック機関にいたのは、先に説明した通りだ。

 無論、その研修期間中はこの寮を使わせて貰っていたし、その頃の構造も覚えている。

 だが、以前なら男女共同のスペースを抜けて先に行けた筈の通路に、
 今は大量のパーテーションが置かれて仕切られており、先に進む事が出来ない。

茜(改装でもしたのか?)

 最初は驚いた様子の茜だったが、すぐに冷静にそう判断し、
 パーテーションの前で曲がってその先……食堂に入って行く。

 と、今度こそ驚きで目を見開いた。

 パンッ、パンッ、パンッと甲高い音が三度も響き渡り、茜は身を竦ませる。

茜「ひゃっ!?」

 身を竦ませて、驚いたような短い悲鳴を上げた茜は、だがすぐに立ち直って辺りを見渡す。

 どうやら甲高い音の正体はクラッカーだったらしく、細かな色紙や紙テープが宙を舞っている。

 そして、食堂内にはロイヤルガードの仲間達や、
 ギガンティック機関の職員達が入り乱れて談笑したいた。

 手作りの飾りで所狭しと飾られた広い食堂は、さながら立食パーティの会場となっている。

 先ほどの通路のパーテーションも、この会場に誘導するための仕掛けだったようだ。

 そして、両サイドと正面で固まっている三人の少女。

?「ご、ごめんなさい……。
  その……凄く、驚かしちゃいました?」

 特に正面にいる少女は、どこか申し訳なさそうな雰囲気で怖ず怖ずと尋ねて来る。

茜「あ、いや……いきなりだったから、つい。
  だ、大丈夫だ」

 目の前の少女が余りにも申し訳なさそうな雰囲気だったので、
 茜も恐縮気味に彼女をフォローした。

 そして、すぐに少女が誰だか気付く。

茜「ああ、君はさっきの……朝霧空さんだね」

 目の前にいた少女とは、空だった。
26 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:25:18.14 ID:PGdg3XaSo
空「はい!
  現在、前線部隊で副隊長を任せられている朝霧空です。

  ……って、三時間前にも自己紹介しましたよね」

 姿勢を正して丁寧にお辞儀をしながらの自己紹介をした空だったが、
 三時間前にも通信機越しに名乗っていたのを思い出して、照れ隠しの笑みを浮かべた。

茜「いや、しっかりとした自己紹介は必要だよ。

  今日から出向となった本條茜だ。
  よろしく頼む」

 茜がそう言って手を伸ばすと、空は破顔する。

空「はい、よろしくお願いします、本條小隊長」

茜「三ヶ月とは言え、寝食を共にするんだ。
  そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。

  ……茜で構わないよ」

空「はい、茜さん! 私の事も空で構いません」

 手を握り替えした空は、茜がそう言うと大きく頷いて微笑む。

茜「ああ、よろしく頼むよ空」

 そう言って笑みを返した茜は、改めて両サイドに視線を向ける。

茜「で、お前達は何か言う事は無いのか?
  レミィ、フェイ……」

 呆れ半分と言った風に呟いて、
 茜は両サイドの二人……レミィとフェイを交互に見遣った。

 フェイは普段通りに無表情無感情を装っているが、
 レミィは初対面の人間が多いせいか、頭には大きなベレー帽を被っており、
 普段は伸ばしている尻尾もスカートの中に隠していた。

レミィ「いや、思わぬ可愛らしい悲鳴が上がって、ちょっと思考停止が、な?」

フェイ「お久しぶりです、本條小隊長。三時間と十八分ぶりですね」

 対して、二人はやや視線を泳がせつつ、
 レミィは少し困ったように、フェイは淡々と返す。

茜「二人ともこっちを見ろ。
  そして、レミィは忘れろ、フェイは誤魔化すな」

 茜は先ほど、思わず上げてしまった悲鳴の事を思い出して頬を染めると、
 少し怒ったように言ってから、辺りを見渡した。

 幸い、他にこちらに気付いた様子もなく、部下達にも聞かれなかったようだ。

茜(全く……レオン辺りに聞かれた日には、
  後で何を言われたか分かった物じゃないからな……)

 レオンが離れた場所で談笑しているのを確認した茜は、安堵の溜息を漏らしてから口を開く。

茜「ふぅ………久しぶりだな、レミィ、フェイ。
  変わらない様子で何よりだ」

レミィ「お前もな。さっきは助かったよ、礼を言う」

フェイ「本條小隊長もご健勝のようで何よりです」

 正面に出揃った二人は、茜にそう返す。

 レミィも嬉しそうだが、フェイも淡々としながら心なしか嬉しそうに見える。
27 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:25:58.65 ID:PGdg3XaSo
茜「コレはうちの連中への歓迎会か?」

空「はい、クララさんが企画して下さって、
  一昨日から少しずつ準備をしていたんですけど……」

 茜の問いかけに答えていた空だったが、最後は苦笑い混じりに言葉を濁す。

茜「クララさん?
  ……ああ、そう言えば、彼女は司令室にいたようだが……」

 怪訝そうに首を傾げた茜は、思い出したように呟く。

 確かに、つい先ほど司令室に出向いた時は、クララは他のメンバーと共に、
 特に退屈そうな顔をして自分の席に座っていた。

レミィ「歓迎会も良いが、注意報レベル1発令中に司令室を空っぽにするワケにはいかないからな……。
    各部署、最低一人は留守番を残す事になったらしいんだが……」

フェイ「技術開発部で留守番役に選ばれたのがサイラスオペレーターだったそうです」

 どこか遠い目をして語り出したレミィに、フェイが淡々と続く。

 成る程、プランナー不在なのはそう言う事らしい。

茜「それは、まあ……ご愁傷様だな」

 ようやく司令室でぶーたれていたクララの真相を知って、茜は少し噴き出しそうになって呟く。

レミィ「まあ、折角クララさんが企画してくれたんだ、お前も楽しんで行ってくれ」

 レミィはそう言って、半ば強引に茜の荷物を預かった。

フェイ「本條小隊長、是非こちらへ」

 そして、荷物を預かられて身軽になった茜の背を、
 フェイがらしからぬほどの強引さで押して行く。

茜「なっ、お前ら、何だそのコンビネーションの良さは!?」

レミィ「最近はモードHのお陰でお互いの呼吸も分かるようになって来たからな」

フェイ「何ら問題を生じる事案では無いと思われます」

 レミィとフェイは、慌てふためく茜を半ば無視して会場の中央へと誘い、
 空も小走りでその後を追う。

 四人が会場の中央へと辿り着くと、軽食の載せられた皿やコップで埋められたテーブルのど真ん中に、
 縦横高さ三十センチほどのラッピングされた箱が置かれていた。

茜「コレは……何かのプレゼントか?」

 途中から半ば諦めて歩いていた茜は、その箱を眺めながら小首を傾げる。

空「はい、瑠璃華ちゃんからのプレゼントです」

茜「瑠璃華から?」

空「開けてみて下さい」

 空の言葉にまた首を傾げると、開けるように促され、
 茜は箱のリボンを解き、その蓋を開いた。

 すると――

茜「ひゃう!?」

 ――箱の中から小さな手が伸びて、茜は思わず悲鳴を上げてしまう。

 さすがにコレには周囲の人間達も気付いたらしく、何事かと視線を向けて来る。

茜「!? ……ん、コホンッ」

 茜は頬を染めながらも、大慌てでその場を取り繕うが、
 少し離れた場所ではレオンが腹を抱えて笑うのを堪えていた。
28 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:26:53.15 ID:PGdg3XaSo
?????「大丈夫ですか、茜様?」

 そして、そんな茜に、箱の中から伸びた手の主が声を掛ける。

 それはよく聞き慣れた声だった。

茜「まさか、クレーストか?」

 茜は驚いて箱の中を覗き込むと、そこには二十センチほどのサイズで
 二頭身にデフォルメされた姿のクレーストがいた。

 そう、空達のドローンと同じ仕様のデフォルメクレースト型クローンだ。

 クレーストは短い手足を器用に使って箱の外に飛び出すと、
 そのまま飛行魔法で浮遊して茜の元に行く。

空「瑠璃華ちゃんが作ったドローンです。
  勿論、私達の分もあります」

 空がそう言うと、いつの間にか彼女の肩にエール型ドローンが腰掛けていた。

 フェイの差し出した腕の上にはアルバトロス型ドローンがちょこんと止まり、
 レミィの頭の上……ベレー帽の上にはヴィクセン型ドローンが寝そべっている。

茜「ああ、コレが噂の瑠璃華謹製ドローンか……。
  ふーちゃんから聞かされてはいたが、これは確かに良いな」

空「ふーちゃん?」

 クレーストを抱き上げた茜が感心したように漏らすと、
 その中に聞き慣れない人名を聞きつけた空が首を傾げた。

レミィ「ああ、ウチの隊長の事だ。
    風華さんとコイツは親戚同士で幼馴染みだしな」

 そんな空の疑問に答えたのは、噴き出しそうになっているレミィだ。

フェイ「素が出てらっしゃいます、本條小隊長」

茜「あ……!?」

 フェイからの指摘を受けて、茜はまた顔を真っ赤に染める。

茜「んっ、コホンッ!

  ………ふ、藤枝隊長から何度か話を聞いていたが、見るのは初めてだ。
  いや、中々可愛らしい物だな」

 茜は顔を真っ赤にしたまま咳払いすると、やや棒読み加減の早口でまくし立てる。

 だが、その声も肩も羞恥で震えており、ただでさえ誤魔化しきれる状況ではないと言うのに、
 その様子がさらに拍車を掛けていた。

 この場に英雄・閃虹の譲羽ではなく、
 普段の結と言う人物をよく知る者がいたら、おそらく口を揃えて言うだろう。

 “嗚呼、この娘……間違いなくあのオトボケ一級の孫だ”と。

レオン「お、お嬢、む、無理……すんな……ぶはっ」

 レオンは声を震わせて絶え絶えにフォローするが、耐えきれなくなったのか盛大に吹き出す。

茜「お、お嬢って言うにゃー!」

空(あ、噛んだ……)

 羞恥で顔を真っ赤にして叫んだ茜を見ながら、
 空はどうして良いか分からず、困ったような笑顔のままそんな事を思う。

 とても数時間前に颯爽とイマジンを倒して見せた人物とは思えない。

 だが、それが逆に“初対面”と言う僅かな距離感を感じさせる壁を打ち砕いて、
 親しみ深さのような物を感じさせた。

 口調も固く、颯爽としていた姿も凛々しく見えたせいか、
 今のギャップはとても新鮮だ。
29 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:27:51.54 ID:PGdg3XaSo
レミィ「アハハッ、災難だな、茜」

 その光景に、レミィも声を上げて笑っている。

 しかし、それが悪かった。

茜「うぅぅ……! お前も隠し事するなーっ!」

 茜は既に正常な判断を失っているのか、
 頭から湯気が出るのではないかと言うほどに顔を真っ赤に染めて叫び、
 レミィの被っている大きなベレー帽をヴィクセンごと取り去る。

 無論、茜に悪意は無い。

 彼女自身、レミィの秘密――人とキツネの混合クローンである事――は知っていた。

 これは、羞恥のあまりの暴走だ。

空「あ!?」

 空は慌てて茜の暴走を止めようとしたが、時既に遅く、
 レミィの頭頂に生えたキツネ耳は白日の元にさらけ出され、
 突然の事に驚いたせいか、スカートの中に隠していた尻尾も飛び出してしまう。

レミィ「うわぁぁっ!? み、見るなぁ!?」

 レミィは慌てた様子で尻尾と耳を押さえてその場に蹲るが、
 事情を知らぬロイヤルガードの隊員達は驚きに目を見開いている。

 片手ずつでは両耳を隠す事も、フサフサの尻尾を覆い隠す事も出来ず、
 手の隙間から溢れ出していた。

 特に耳はビクビクと震えている。

 そこでようやく茜は我に返った。

 レミィが初対面の人間には、打ち明けられるまでこの事を隠したがっている事を思い出したのだ。

茜「あ、す、スマ……」

 慌てて謝り、彼女を衆目から遮らんとする茜だったが――

??「か、カワイイ!」

 彼女の謝罪の言葉を遮って、歓声を上げたのは、誰あろう茜の部下の紗樹である。

 少し離れた場所にいた紗樹は、殆ど一足飛びの勢いで蹲るレミィに駆け寄ってしゃがみ込んだ。

紗樹「ね、ねぇ、コレ本物よね? 本物の耳よね!?
   それに、こっちの尻尾も……。

   触っていい? ねぇ、触ってもいい!?」

レミィ「え? あ……は、はい?」

 異様な勢いで紗樹に迫られたレミィは、思わず頷いてしまう。

 紗樹はしゃがんだ体勢のまま“ッしゃぁっ!”と叫んでガッツポーズを取ると、
 改めてレミィに向き直る。

紗樹「じゃ、じゃあ……さ、触るわね?」

レミィ「ひぅ……は、はぃ……」

 目の色を変えて昂奮しきりと言った風の紗樹に、レミィは思わず後ずさりかけたが、
 有無を言わさぬ迫力の前に再び頷いてしまった。
30 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:28:39.16 ID:PGdg3XaSo
 そして、期待と昂奮でワナワナと震える紗樹の手が、
 遂にレミィの頭頂……そこで怯えたように震える耳に触れる。

 その瞬間、紗樹は電撃が走ったかのようにビクリと身体を震わせ、レミィも全身を震わせた。

 僅かな……体感にして十数秒、現実にして二秒足らずの時間が経過する。

紗樹「や、やわらかぁい……モフモフしてる、モフモフしてるわ!

   あぁぁん、ぬいぐるみなんて目じゃないわ!
   嗚呼、これが夢にまで見たリアルモフモフ!」

 随喜の感激――と表現する以外の方法が思いつかない悦びよう――
 から立ち直った紗樹は、レミィを抱き寄せると、
 けたたましい歓声とは裏腹に、片耳に優しく頬ずりしながらもう片方の耳を撫でた。

 その光景に、歓迎会の会場は静止する。

レミィ「あぅ……ふぅ……」

 撫で慣れているとでも言えば良いのか、あまりの技巧派ぶりに、
 レミィも思わず安らいだ吐息を漏らしてしまい、
 尻尾もそれに倣うかのようにふにゃりと力なく垂れた。

紗樹「もう何なのこれ……!
   堪らないわ、あぁ……一生モフモフしていたい……」

 栄光ある皇居護衛警察の、それもオリジナルギガンティックを擁する小隊の
 隊員とは思えない言葉を吐きながら、紗樹は歓喜のあまり涙ぐんでしまう。

レミィ「はぅ……あ……んん……」

 最初は紗樹の異様さに警戒の色を浮かべていたレミィも、
 最早陥落寸前と言いたげな甘い声を漏らしている。

 その光景を遠目に見守っている面々も、ある者は唖然呆然とし、ある者は生唾を飲み込み、
 ある者は赤面して顔を覆いながら、指の隙間からその光景に見入っていた。

 ちなみに、空は三者目であり、茜は一者目、
 フェイは何れにも属さず、異様な光景を無表情で見遣っている。

 しかし、その光景も長続きはしない。

紗樹「嗚呼! カワイイ……ワンちゃんみたい……!」

 歓喜の叫びを上げた紗樹が、その禁忌の言葉を呟いてしまった。

 撫でられるに任せられていたレミィが、一瞬、ビクンッと痙攣したように身体を震わせる。

レミィ「ワンちゃん……だと……?」

 蕩けたような甘い声を漏らしていたレミィの口から、不意に怒気に満ちた声が響く。

紗樹「へ?」

 我を失っていた紗樹も、思わぬ怒声に首を傾げた。
31 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:29:33.37 ID:PGdg3XaSo
 その瞬間、紗樹の拘束が弱まり――と言っても、殆ど力など入れていなかったが――、
 レミィは立ち上がって、紗樹を見下ろす。

レミィ「私はキツネだぁっ!」

紗樹「き、キツネ!?」

 怒声で断言するレミィに、紗樹は愕然と叫ぶ。

 そう、レミィにとって、犬扱いは禁句である。

 どのくらい禁句かと言えば、彼女が普段から気にしている、
 年齢にそぐわないスレンダーな体型よりも優先度に勝る禁句だ。

 しかし――

紗樹「つまり、ワンちゃんの尻尾よりもモフモフ!」

 ――対して堪えた様子もなく、フサフサのレミィの尻尾を見遣って、
 また目の色を変えて輝かせた。

 だが、紗樹がふさふさの尻尾に飛び掛かろうとした瞬間、
 彼女は背後から遼によって羽交い締めにされてしまう。

遼「東雲先輩、これ以上、恥を上塗りしないで下さい!」

紗樹「は、離して徳倉君!?

   そ、そこに、そこにモフモフの尻尾があるのよっ!
   自然保護官の適性無しの私がモフモフの尻尾に触る機会なんて、
   この先、一生無いかもしれないのよ!?」

 羽交い締めした遼を必死に振り払おうとする紗樹だが、
 頭一つ違う身長差の前には、足が持ち上がってしまい、ジタバタと藻掻く事しか出来ない。

レミィ「うぅぅ〜……っ!」

 対するレミィも羞恥と怒りで顔を真っ赤にして紗樹を睨み付けているが、
 紗樹の目はレミィの頭頂……そこで怒りに震えているキツネ耳に釘付けだ。

紗樹「嗚呼……モフモフぅ……」

 転んでもただでは起きないとは、こう言う時にでも使える言葉だろう。

 そして、周囲が唖然呆然とする中、レオンは腹を抱えて笑っている。

空(何だか、もう……しっちゃかめっちゃかだ……)

 空はその光景を見遣りながら、心の中で呆然と呟いた。


 しかし、そんな騒ぎがあったにも拘わらず、歓迎会は再開され、
 機体の搬入作業を行っていた整備班や手空きの職員達も合流し、
 時折、レミィと紗樹が奇妙なおいかけっこを披露する一面を見せながら、賑やかに終わった。
32 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:30:19.36 ID:PGdg3XaSo
―5―

 三時間後、食堂――


 歓迎会は無事?、お開きとなり、今は生活課や有志による後片付けの最中である。

レミィ「もう今後は耳と尻尾は隠さない……隠すのが馬鹿らしくなって来た」

 歓迎会の間、終始、紗樹に追い回されていたレミィは、
 食器を運びながらげっそりとした表情で譫言のように呟いた。

 どうやら、追い掛けられ過ぎて、逆に吹っ切れてしまったらしい。

空「あ、アハハハ……」

 その傍らで、同じく食器を運んでいた空が乾いた苦笑いを浮かべる。

 追い回されていたレミィには気の毒だが、吹っ切れたのは何よりだ。

 二人は抱えていた大量の食器をカウンターに預けると、次の食器の回収に向かおうとする。

茜「すまない、ウチの東雲が迷惑をかけた……。
  ……あ、いや、元はと言えば私が原因か……すまなかった、レミィ」

 だが、そこに駆け寄って来た茜が、レミィの前で申し訳なさそうに頭を下げた。

 自分の事もだが、流石に部下の自制の無さに落胆している所もあるのだろう。

 実際、紗樹に大量のぬいぐるみコレクションの話をされた事はあったが、
 まさかあれほどとは思いも寄らなかったのだ。

レミィ「いや、隠していたのは私の責任だからな……。
    次から気を付けてくれたら、それでいいさ」

 レミィは一瞬驚いたように目を丸くしたが、小さな溜息を一つ吐いて気を取り直すと、
 やや疲れたような笑みを浮かべて言った。

茜「そう言って貰えると助かるよ……」

 茜も顔を上げると安堵の表情を浮かべる。

 その様子を見て、空も安堵した。

 最初はどうなる事かと思ったが、どうやら事なきを得たようだ。

空「何だか、茜さんって最初の印象と全然違いますね」

茜「あぅ……」

 空が微笑ましげに漏らすと、茜はがっくりと項垂れてしまう。

 まあ、先ほどが失態の連続だっただけに、印象が違うと言われたら、
 それはまあ幻滅したと言う意味に取れない事もないだろう。

 うっかりオトボケ同士が巻き起こす負の連鎖である。

空「あ、違います!」

 空も自分の言い様が言葉足らずであんまりだった事に気付いたのか、
 慌てた様子で言うと、さらに続けた。

空「その……最初に見た時は、颯爽として格好良くて……何だか近寄りがたい印象で、
  勝手に完璧超人みたいに思っていたんですけど、でも……うん、ほっとしたんです」

茜「……ほっとした?」

 言いながら自分で納得したような空の言葉に、茜は気を取り直して首を傾げる。

空「はい……。
  “ああ、この人は御伽噺に出てくるような完璧超人なんかじゃなくて、
  私達と同じで、格好良い所も情けない所もある普通の人間なんだ”って……。

  ……私も、あんまり褒められたような性格じゃありませんし」

 最初は感慨深く語っていた空だったが、最後は苦笑いを浮かべて呟くと、
 “なんで副隊長任せてもらえたのか、自分でも不思議なくらいで”と付け加えた。

 確かに、空自身、今は仲間達からの信頼も篤いが、入隊初日にレミィと悶着を起こした事もあり、
 挙げ句、半年前にはPTSDの果てに失踪するなどトラブルには事欠かない。
33 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:31:14.81 ID:PGdg3XaSo
茜「ああ、そう言う事か……」

レミィ「まあ、コイツは見た目のギャップがもの凄いからな」

 胸を撫で下ろした茜に、レミィが噴き出しそうになりながら言いうと、
 茜は呆れた調子で“そっくりそのまま返してやる”と呟いた。

 方や見た目お嬢様のうっかりオトボケ娘、方やキツネ耳の子犬系少女。

 どっちもどっちである。

 ともあれ、片付けには茜も加わり、
 三人は生活課を手伝って会場の粗方の片付けを終えた。

??「お客さんやドライバーの子にまで手伝わせて申し訳ないね。
   後はもうこっちで出来るから上がって貰っていいよ」

 任された範囲の作業を終えた頃、食堂を預かっている生活課食堂班の班長、
 潮田【うしおだ】が調理場の奥から顔を覗かせる。

 要はこの食堂のコック長だ。

 好々爺然とした、正に“おじいさん”と行った風の初老の男性だが、
 以前は一流ホテルに勤めていたとか噂されている。

空「いつも美味しい食事を作ってもらってるお礼ですよ」

潮田「そうかい? 嬉しい事を言ってくれるね」

 微笑み混じりの空に、潮田は嬉しそうに目を細めて返した。

茜「さて、と……」

 そんなやり取りを後目に、茜は元の食堂の姿を取り戻した歓迎会場を見渡す。

 既に他の出向メンバーも三々五々と寮の空き部屋を求めて散って行き、
 自分達が撤収すればお開きと行った具合だ。

茜<クレースト、レポート閲覧のタイムリミットは?>

クレースト<残り七時間二十分です>

 思念通話での質問に対するクレーストの返答に、茜は“ふむ……”と沈思する。

 今は午後六時を少し回った所だ。

 さすがに真夜中まで起きているつもりは無いが、十時前には読み終えたい。

 ただ、それでも八時頃から読み始めても十分に間に合う計算だ。
34 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:32:02.61 ID:PGdg3XaSo
茜(それにしても、軽食とは言え、少し摘み過ぎたか……。

  夕食は抜きにして夜食に携帯食でも摘めば良いとして、
  その前に軽く腹ごなしでもするべきだな)

 茜はそう思い立つと、壁際に置かれている荷物の元へと向かう。

 予定を先送りにするのも気が引けるが、
 腹の皮が突っ張ったままでは考え事には向かない。

茜「私はこれからトレーニングセンターで一汗流して来るが、君達はどうする?」

 茜は振り返りながら空とレミィに尋ねる。

 空はレミィと顔を見合わせて頷き合うと、
 “ちょっと待ってて下さいね”と茜に断ってから、
 少し離れた場所で作業を手伝い続けているフェイに向けて声を掛けた。

空「フェイさーん!
  私とレミィちゃん、これから茜さんと一緒にトレーニングするんですけど、
  フェイさんも一緒にどうですか?」

フェイ「申し訳ありません、朝霧副隊長。
    私はもう少しこちらの片付けを手伝ってから、
    本日分の調整を受けに技術開発部に出頭する予定です」

 空の呼び掛けに、フェイは淡々としながらも申し訳なさそうな雰囲気で返す。

空「分かりました。じゃあ、片付けの手伝い、お任せしますね」

 しかし、空は気にするなと言いたげな雰囲気でそう言った。

 そして、改めて茜に振り返る。

空「じゃあ、私とレミィちゃんだけですけど、ご一緒しますね」

レミィ「お前と一緒にトレーニングなんて何年ぶりだろうな」

 “よろしくお願いします”と頭を垂れた空に続き、レミィもどこか楽しげに漏らす。

茜「ああ、私も楽しませて貰うよ」

 茜も嬉しそう返し、二人と共に寮内のトレーニングセンターに向かった。
35 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:32:50.37 ID:PGdg3XaSo
―6―

 それからおよそ二時間後、八時半過ぎ。
 ギガンティック機関隊員寮、茜の私室――


 結局、乗って腹ごなしとは言えないほど熱の入った本格的な組み手を始めてしまった茜達三人は、
 たっぷりかいた汗をシャワー室で流し、シフト明けのデイシフト職員達と共に食事を摂ってから別れた。

茜「ふぅ……何だかんだで羽目を外してしまったな……」

 茜は小さく溜息を漏らすと、荷物をベッドサイドに置いてから、ベッドに腰を下ろす。

クレースト「茜様。ファイルの消滅期限まで、残り五時間を切りました」

 同じく、ベッドの上に乗ったクレーストに言われて、茜は端末の時計を確認する。

 確かに、期限の一時半まではもう五時間もない。

茜「そうだな、もう用事も無い事だし、今の内に確認しておこう。
  ありがとう、クレースト」

 茜はそう言ってクレーストの頭を撫でてから、端末に保存されたファイルを起動した。

 月島レポート。
 前述の通り、元技術開発部主任だった頃の月島勇悟に関するレポートだ。

茜(西暦2009年9月2日生まれ……2069年5月12日、享年は59歳。

  旧日本国立国際魔法学院在学期間中にアメリカに留学、
  飛び級で工科大学に入学、在学期間中に博士号を取得。

  大学卒業後に帰国し2029年、二十歳で山路重工に就職、
  旧魔法倫理研究院と山路重工の合同研究プロジェクトに所属……)

 茜は淡々と読み上げながら、月島の経歴を頭の中で反芻する。

茜(亡くなったアレックスお祖父様の研究チームにいたのは、やはり確定か……)

 それまでに読み漁って来た調査資料と同じ記述に、
 茜はそれまでに抱いて来た推測を確信に固めた。

 明記されている記述は見た事が無いが、
 旧研究院と山路重工の合同プロジェクトと言えば、
 ギガンティックウィザードの研究開発くらいしか無い。

 2029年頃と言うと、終戦前後でハートビートエンジンの研究が始まった頃だろう。

 それとどうやら、この頃の監査記録はギガンティック機関と言うより、
 旧魔法倫理研究院の物らしい。

 その証拠に、記録者の署名に諜報エージェントと言う記述があった。

 茜はさらにレポートを読み進める。

茜(イマジン事変後は技術者の腕を買われて整備班の陣頭指揮を任せられチームを異動、
  メガフロート籠城後は整備修繕の傍らに研究チームに復帰。

  ギガンティック機関結成後は同時期に結成された山路技研に配属、副所長に抜擢)

 頭の中で記述を読み上げながら、
 “なるほど、エリートらしい出世街道だ……”などと、頭の片隅で考えていた。

 留学して飛び級で大学を卒業、就職しては重要チームに配属され、
 一見して左遷先に思える異動先も当時は重要部署だ。

 そして、技研の副所長から――

茜(アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の死後、
  2035年から2049年までギガンティック機関技術開発部で主任を務める……と)

 ――人類防衛の最前線で、技術者の長を務める。

 本人が研究開発に没頭したいだけなら話は別だが、
 傍目には華々しいまでの出世街道だろう。

 そして、茜はレポートの全てを読み終える。

 その事で彼女は満足げにしていると言う事はなく、
 どこか疲れた様子でベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。
36 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:33:44.48 ID:PGdg3XaSo
茜「結局、書いてある事は粗方知っていたな……ハァ……」

 茜は溜息がちに呟き、最後に盛大な溜息を漏らす。

 月島が亡き祖父の研究チームに所属していたかもしれない、
 と言う推測を補強してくれた以外は、査問や監視の危険まで冒して読む程の物では無かった。

 骨折り損の草臥れ儲け、とはこう言う事だろう。

 茜は殆ど無駄に終わった一時間余りを後悔しつつも、気を取り直して考える。

 捜査の基本は情報収集と、得た情報を使って次の情報の手がかりを推測する事だ。

 月島勇悟と言う人物に辿り着いたのも、そう言った情報収集と推測の繰り返しなのだ。

茜(山路にいた頃も、機関で主任をしていた頃も、
  テロに傾倒していたような記述は無かった……。

  だとすると、テロとの繋がりが出来たのは、
  やはり政府に……統合労働力生産計画に移ってからなのか……?)

 茜は今までに得て来た情報を繋ぎながら、思案する。

 茜にとって見れば、テロリストと言うのは過度の愛国や売国のなれの果てだ。

 根底にあるのはどちらも不満。

 こんな国は自分の愛した国ではない。
 こんな国は自分の望んだ国ではない。

 或いは国家を宗教や経済に置き換えても良い。

 自分の愛した信仰を守るために他の信仰を冒し、
 自身の経済的安寧を守るために他の経済的安寧を崩す。

 暴力、弾圧、買収。

 それらが法によって正当化される範疇、
 つまり倫理の枠を越えた時に、忌むべきテロとなる。

茜(月島勇悟が60年事件のテロリストに関わっていた事……
  最低でも何らかの繋がりがあった事は、通信記録からも疑いようも無い……。

  だが、何が月島をそうさせた……?
  不満か、不安か……?)

 茜はさらに思考を続けた。

 不安など、現代の人々は大小あれど抱いている。

 その際たる物はイマジンだ。

 オリジナルギガンティック以外、何者も対抗し得ない絶対の暴力。

 だからこそ、人々はオリジナルギガンティックを擁する政府に信頼を置く。

 生活に階級による較差こそあれど、
 旧世界ではあり得ないほどの安定した衣食住を確約してくれる政府は、
 多くの無辜の市民にとって無くてはならない存在である。

 四級市民からして見ればそうでは無いかもしれないが、
 犯罪者に医療や就業が保証されているだけ有り難いと思って貰わなくてはならない。

 加えて、皇族と王族による人心掌握も、政府に対する信頼を補強するためのエッセンスだ。

 政府は全ての責任を負いながらも、
 権威や権力の一部を皇族や王族に任せる事で一歩引いた立場を演出している。

茜(あの馬鹿げた主張を掲げる連中に同調するような節が、コイツには見当たらない……。
  と言うよりも、同調するほど愚かとは思えない)

 行政の構造について考えていた茜は、不意に件のテロリスト達の主張を思い出し、
 その推察と共に盛大な溜息を漏らす。

 思い出しても頭の痛くなる主張を頭の片隅の、さらに最奥に押しやってから、思案を再開した。
37 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:34:20.64 ID:PGdg3XaSo
茜(だとすれば……月島と連中の関連は何だ?
  単に、あの階層……山路技研を占拠するためだけの協力者だったと言うのか?)

 第七フロートは元来、山路重工がテスト用に使っていた海上実験場を改装して作った物だ。

 それ故に大規模食料生産プラントも無ければ、丸ごと一層を使った自然保護区も存在しない。

 いや、存在しないと言うより、実験場だった構造の名残で、それらを後付け出来なかったのだ。

 元はNASEANメガフロートとは別のメガフロートであったため、
 専用の小規模な食料生産プラントはあるが、他のフロートに比べて大規模ではない。

 最低限の自給自足能力を持ち、
 十五年前の当時で最先端の技術を誇った山路技研を擁する第七フロート第三層の占拠。

 それには内部構造に詳しい者の協力が不可欠であり、
 かつて技研の副所長を務めていた事もある月島はその候補としては有力だろう。

 加えて、空襲直前のハッキングの手際も、月島クラスの技術者なら可能である。

 だが、繰り言のようになってしまうが、月島とテロリストの繋がりが已然として見えて来ない。

 テロリスト側が月島勇悟を協力者に選ぶ理由は分かる。

 だが、逆に月島勇悟がテロリスト側に協力する理由は何だと言うのだろう?

 同調するような思想的節も無く、社会に不満を感じるほど外様に追い遣られていたワケでもない。

 むしろ、彼がテロに傾倒するならば、
 七年前に統合労働力生産計画の責を押しつけられて逮捕された後の方が説明が付く。

クレースト「……月島勇悟自身の事は一旦、捜査から切り離した方が良いのでは無いでしょうか?」

 天井を睨んだまま考え続ける主を思ってか、クレーストが躊躇いがちに提案して来る。

茜「………………だろうな。
  捜査が混乱するばかりだ」

 しばらく考え込んでいた茜だったが、小さく息を吐くと吹っ切れたように呟いた。

茜(月島に辿り着いて以来、一年近く追って来たが、無駄骨だったな……)

 茜は目を瞑り、また一つ溜息を漏らす。

 パレード襲撃から第七フロート第三層の占拠までの手際の良さ。

 それを実行するに当たって協力者であったと考えられる、
 天才技術者である月島勇悟をテロリストと繋ぐ事が出来ない。

 60年事件の真相に迫ろうとする捜査も、これでまた振り出しだ。

茜(月島の端末に残されていたアクセス記録は、
  捜査を混乱させるための偽装だった、と言う線から洗った方が良いのか……?

  もしそうなら、それをやったのは誰だ……?
  そうする事で一番得をしたのは……?)

 茜は現状、手元にある情報を駆使して推測を続ける。

 だが、やはり有力な手がかり繋がりそうな推測には至らない。

 茜は苛立ちを感じながら、閉じた瞼の上に左手を乗せ、さらにその上に右腕を重ねる。

 苛立ちを抑えようと、真っ暗な瞼の裏に、敬愛する父の姿を思い描く。

 葉桜を背に振り返る、力強く、優しい父の姿を……。

茜(お父様………茜は、きっと見付けて見せます………。
  お父様を殺した犯人を……。
  それを裏から操っていた者を……必ず………)

 色褪せない記憶の中の父の姿に、その決意を再確認する。

 いつか必ず、事件の真相に辿り着く。

 そして、首謀者を――――

 茜は、そんな決意を抱きながら、
 不意に押し寄せた疲労感に身を任せるまま、眠りに落ちて行った。
38 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:34:55.95 ID:PGdg3XaSo
―7―

 茜が60年事件の真相解決への決意を新たにしていた頃。
 件の第七フロート第三層、旧山路技研――


 高台のようになった広大な敷地に林立する、煌々と照らし出されるビルと倉庫の群。

 その中でも一際巨大な倉庫の二階。

 吹き抜け構造の倉庫内壁に這うように作り付けられた、広く頑丈な通路は、
 それに沿うように大きな窓が並んでいる。

 その窓から、一人の男が遠くに臨む街を眺めていた。

 半年前の皇居襲撃の際、臣一郎とテロリストの一団の戦闘を観察していた、
 “博士”と呼ばれていた人物だ。

博士「全ての用意が十五年と言う節目に間に合ったのは、
   因果と言うべきか……何と言うべきか……」

 博士は消え入りそうな声で呟く。

男「どうされました?」

 偶然に近くを通りかかった男性が、博士の声を聞きつけて尋ねる。

博士「ん?
   いや、贅沢と言うのはこう言う事だろう、と感慨に耽っていただけさ。
   街を見ながらね」

 対して、博士は怪しい素振りを見せる事なく、
 先ほど呟いた言葉とはまるで違う言葉を返した。

 旧技研の一帯は、天蓋からの照明が無いと言うのに、
 真夜中でも昼間のように明るく、正に不夜城と言った雰囲気だ。

 それに引き換え、やや高くなった技研から見下ろす街は暗闇に閉ざされ、
 目を凝らしても点々と灯る微かな光が見えるか見えないかと言う有様である。

男「お言葉ですが贅沢などではありません。

  城に住む我らは管理する側、街に住む者は管理される側。
  管理される側が管理する側よりも劣るのは当然の事でしょう。

  現状は我々が享受するべき当然の権利であり、贅沢とはほど遠い物です」

博士「まあ、そうだろうね……」

 さも当然と言いたげな男の言に、博士は小さな溜息を交えて呟く。

 その心の中で“君達の考えならば、ね”と嘲るように付け加えられたのは、
 男には悟られていないだろう。

 城……彼らは十五年前に占拠した山路技研を、そう呼んでいた。

 かき集めた魔力を技研と周辺施設の運用に注ぎ込み、
 街にはその恩恵を預かる事を許可していない。

 食料生産プラントから作り出される合成食品も、
 殆どが城の中で消費され、街に出回るのは僅かばかり。

 街の人々は結託してこの構造を崩そうにも、
 魔力の搾り取られてその余力は無く、逆に城には多数のギガンティック。

 力で不満と不平を押し潰す、正に恐怖政治の在り方そのものだ。

 だが、時世が非常時と言うならば、効率的な手段の一つとも言える。

 城と街と言う表現は、その効率的手段を体現した象徴だった。
39 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:35:31.60 ID:PGdg3XaSo
博士(虚栄心の権化……)

 博士は、城と言う表現をそう評していた。

 王が人々から吸い上げた力を、
 吸い上げられた人々に自らの力として誇示、行使する。

 旧世紀……いや、それ以前ならば国の一つの在り方としてはあり得るモデルケースだが、
 現代においては実に非文明的で未開人のような考え方だ。

 しかし、傲慢にも彼らはその未開人のような有り様を受け入れてしまっている。

 まあ、虐げられる側と虐げる側に別れるに当たって、
 虐げる側にいられるならば、そうなってしまうのもやむを得ない。

博士(だからこそ、御し易い……)

 博士はそんな事を考えながら、
 どこか呆れたような視線を、城と街とを隔てる境界線の辺りに向ける。

 先程の男は、もう既に何処かへと立ち去ってしまったらしかった。

 と、その時である。

軍人「ユエ博士!」

 少し離れた場所から、先ほどの男とは違う男――軍人のような格好だ
 ――から声を掛けられ、博士は振り返った。

 ユエ。

 それが博士の名だった。

ユエ「何かね?」

軍人「皇帝陛下がお呼びです。謁見の間においで下さい」

 博士……ユエが振り返り様に尋ねると、軍人のような男は敬礼しつつ報告する。

ユエ「……そうか、陛下がお呼びか。
   では、謁見の間に行くとしよう」

 ユエは一瞬の逡巡の後、普段からそうしているように、
 芝居がかったような大仰な仕草で言って、足早に歩き出した。

 カツカツ、と甲高い足音が倉庫内に谺する。

 向かうのは、この倉庫の一階奥。

 玉座の置かれた、“謁見の間”と呼ばれる場所。

 内心でその名を小馬鹿にしながら、ユエは通路の眼下に広がる倉庫を見遣った。

 そこには、三十メートルから四十メートルの巨大な鋼の巨人――
 ギガンティックウィザードの大群が並ぶ光景が広がっていた。

 五十機を越える機体の各部には鈍色の輝きが灯り、
 主が乗り込む時を今か今かと待っている。

ユエ「さあ……コンペディションの、開幕だ……」

 また消え入りそうな声で漏らしたユエの呟きは、
 彼自身の足音に掻き消され、今度こそ誰の耳に届く事も無かった。


第14話〜それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』〜・了
40 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/07/20(日) 21:37:58.14 ID:PGdg3XaSo
今回はここまでとなります。
前スレはエタらせてしまい、申し訳ありませんでしたorz
今スレはエタらないように注意しながら投下して行きたいものです……。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/25(金) 22:59:33.09 ID:nns70kPz0
乙ですたー!
ようやく見つけましたよ〜。と言うか、見つかって安心しました。
アッカネーンの”おとぼけ一級”振りも見れましたし、奏とはまた別の意味での背負ったものの重さも分かった事ですし。
さて、テロリストとその存在理由。
不安、不満は確かに大きな理由です。現実世界でも日本以外の国、特に未だ発展途上にあったり、経済、宗教などの理由で社会が不安定な国では殊に。
が、日本や一部の国ではまた別の理由に拠るテロも存在していますね。即ち”レジャー目的”および”金目当て”。
後者はともかく、前者は安保反対の学生運動華やかなりし頃から、学生がいわゆる活動家と化す大きな理由だったようです。
今の様々な”反対運動”や”反日活動”も何らその頃と変わりはありません。明確な思想、意思があるように見せかけた"反対のための反対”。
その為に、無用な不安を煽り、真面目だからこそ現状に不安、不満を持つ人々を巻き込んでいく…成田闘争でもそうですが、そうした連中はそんなやり方で、他人の戦いを自分たちの”思想を弄ぶ為の遊び”に変えていくわけです。
その状況に、真摯に戦っていた人々は嫌気が指し、真面目に自分たちの権利を守ろうとした人は唖然とし…まあ、嫌な話ではありますね。
物語上の社会構造からすると、フロートでの生活には理由ある不安や不満もあるわけですから、いかにテロとは言えそうした不真面目な輩は少ないのでしょうが…それでもテロの犠牲となった人には、いかなる理由があってもその行為は正当化できません。
アッカネーンの捜査が実を結ぶ時、どんな”絵”が浮かび上がるのか、それはどんな"色”で描かれたものなのか…次回も楽しみにさせて頂きます!
42 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/26(土) 20:29:08.79 ID:ifrDFRYRo
お読み下さり、ありがとうございます。

>ようやく
エタってから二ヶ月音信不通でしたからねorz
ともあれ、お手数、ご心配をおかけしました。

>アッカネーン
迂闊さは母方譲り、気性の強さは父方譲りです。
イメージとしては紗百合ベースに結の信条って感じなので、基本、容赦と言う物がありませんw
背負っている物に関しては、そう言う輩が許せないと言うのも祖母譲りですね。

>レジャー目的、金目当て
反対のための反対運動と言えば、先日、北海道でのオスプレイ反対の集会で16人も集まったそうですね。
プラカードを掲げたり提げたり、夏の炎天下の中、さぞ愉快なレジャーだったでしょうなw

冗談はさておき、テロも反対運動もビジネスになりますからね。
兵器の売り買い、情報の売り買い、人員の売り買い。
一回のテロでどれだけ私腹が肥える連中がいるのかと思うと、呆れと恐れを抱かずにはいられません。
そう言う輩の私腹が肥えると、また新しいテロの準備が始まっているような物だけに……。
あと、あまり言いたくない事実ですが、テロがあるからこそ軍に必要性があると言うのが、また……。

>不安と不満
人類最強のギガンティックの稼働率が90%、しかもその内一機は皇居前の置物ですからねぇ……。
市民の間に不安が無いと言えば嘘になりますが、撃退率100%なのが救いです。
また、不満の殆どが階級制に関する物でしょうね。
社会貢献度で生活のグレードが変わるのは、出来る人間にとっては有り難いですが、出来ない人間にとっては不平等にしかなりませんから。
特に魔力で決まる初期階級は、殆ど血統で決まっているような物ですし……。
まあ、それでも四級……犯罪者にでもならない限り、最低限の生活が保障されている点で表出する不満も少ないワケですが……。
正直、豪華過ぎる社会保障制度だとは思いましたが、閉鎖環境で不満を爆発される恐ろしさに比べたら、と……。
この社会保障制度を保てるんですから、文字通りに“魔法”ですよねぇ。

>アッカネーンの捜査
茜も既に辿り着いている点ではありますが、黒幕を示唆していますからね。
因みに月島勇悟は嘘偽り無く死んでおります。
結編第一部のグンナーのように偽物が死んだと言う事はありませんので、悪しからず。

次回からは、また一続きのお話がスタートとなります。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/11(月) 22:07:30.12 ID:If63ol7a0
ほ・しゅ・
44 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:22:04.99 ID:ibyFM1MOo
>>43
保守、ありがとうございます。


先日、念のために今の酉が被ってないか検索かけたら、某まとめの酉検索がヒットして、
検索結果でこのスレのカテゴリが“バカとテストと召喚獣”になっていて変な笑いが出ました

ともあれ、最新話を投下します
45 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:22:48.57 ID:ibyFM1MOo
第15話〜それは、開かれる『災厄の扉』〜

―1―

 第七フロート第三層、旧山路技研……通称“城”――

 反皇族を掲げるテロリスト達によって占拠され、
 彼らの根拠地となった高台で市街地と区分けされた工業施設は、
 微かな灯りだけがぽつぽつとだけ点在する麓の市街地に比べ、
 眩いほどに煌々と照らし出された、正に不夜城の如き様を見せていた。


 そして、その城の中枢……元々は研究室や開発室の集中していた一角、
 その外縁にある倉庫区画の廊下を歩く痩躯の中年男性が一人。

 以前、臣一郎とクルセイダーを観察していた男――ユエ――だ。

ユエ「………」

 ユエは僅かに気怠そうな視線を行く先に向けながら、無言のまま歩を進めていた。

 侵入者対策に広狭の道が交差して曲がりくねり、
 長短様々な階段で上下を繰り返させられる通路を、ユエは迷う事なく歩く。

 占拠後に改築を行ったワケではなく、以前からこの構造である。

 ギガンティック、パワーローダーからドローンのような小型の工作・作業機械まで、
 現在の種々の基幹的重工系産業を牛耳る山路重工の技術開発研究所は、
 侵入者対策と構造の複合化で迷路然とした構造になってしまったのだ。

 そして、ユエは数枚の防護隔壁を越え、最重要区画に足を踏み入れる。

 二十年ほど前までは、試作型ハートビートエンジンも置かれていたが、
 今はユエの研究室と彼の開発した物が置かれている区画だ。

 そのさらに最奥。

 行き止まりに作られた両開きの扉を、ユエはゆっくりと押し開いた。

 そこは重要資材用倉庫で、広大な倉庫に積み上げられた無数のコンテナと、
 そのコンテナ群の左右を守るように片膝を付いて鎮座する四機の大型ギガンティック。

 高く積み上げられたコンテナには長い長い階段が据え付けられ、上に登る事が出来た。

 ユエは僅かに肩を竦めて小さな溜息を漏らすと、
 楽にしていた姿勢も気怠そうにしていた視線も正し、その階段を登って行く。

ユエ(五日見なかった間に、また一段、コンテナを高く積んだか……)

 階段を登りながら、ユエは心中で深く長い溜息を漏らす。

 この数年、五、六ヶ月に一度、以前よりも高く積み上げられるコンテナは、
 この部屋の主の性質そのものだと、ユエは感じていた。

 どんなに高く積み上げても、分厚い天井に遮られ、彼のいる場所は決して天には届きはしない。
46 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:23:47.22 ID:ibyFM1MOo
 そんな内心の呆れを隠しながら一番上のコンテナまで上り詰めると、
 そこには反射素材で作られた他よりも一回り小さなコンテナがあった。

 反射素材は所謂マジックミラーのようになっており、
 外部からは鏡にしか見えないが、内部からは外部の様子が窺えるようになっている。

 内部は探り難く、外部は窺い易く。

 それだけでも実に慎重だが、それだけではない。

 反射素材は防弾防魔力仕様になっており、
 さらに周囲には反射術式と属性変換無効化術式の多重結界が張り巡らされ、
 並の魔力砲ではビクともしない防備で固められている。

 さらに四方のギガンティックは高性能のGWF378・エクスカリバー改で、
 コックピットブロックを完全に排除した無人のリモートコントロール仕様。

 何かあれば、この内部からの操作で襲撃者を撃退可能である。

 主の臆病さを顕在化したかのような防備を誇るこの倉庫。

 この場……いや、このコンテナの内部が、ユエの呼び出された謁見の間であった。

 因みに、この倉庫内の防備を設えたのはユエだ。

 無論、謁見の間の主の要望に添った物ではあったが……。

 ともあれ、百段近くはあろう階段を上り詰めたユエは、
 しかし、息一つ乱した様子も無く、反射素材で出来たコンテナに手を触れる。

 すると、触れた部分が開かれ、壁面から迫り出すように認証用の端末が現れた。

 ユエがその端末に自身の魔力を読み込ませると、コンテナ外壁の一角がスライドし、内部への道が開く。

 彼がコンテナ内部に入り込むと、即座にコンテナの外壁は再びスライドし、固く閉ざされる。

 最早、ここまで来ると過剰を通り越して異常とも言える程の臆病ぶりだ。

 しかも、傍目には魔力認証だけにしか見えなかった端末は、
 網膜認証と指紋認証に加えて、内部では手動認証も行っている。

 マジックミラー構造を活かした、この四段階もの認証は実に効果的だ。

 仮に魔力、指紋、網膜の三種全てを用意できても、内側にいる人間が許可を出さなければ入れないのである。

 そして、仮にそうして侵入しようとした者は、四方から378改の斉射を受ける事となるのだ。

 襲撃の対策は万全と言えた。

ユエ(注文通りに作ったとは言え、毎回毎回やるとなると驚きの面倒臭さだな……)

 ユエは内心で深いため息を漏らす。

 このコンテナの設計者、結界の施術者はユエ本人だ。

 どれもギガンティックのセキュリティやマンマシンインターフェース――操縦系統――技術の応用で、
 別段、難しい機構や新開発のシステムを搭載しているワケではない。

ユエ(まあ、こんな無駄な物に労力をかけるつもりはなかったが……)

 ユエはそんな考えと共に気を取り直すと、
 目の前にある階段を使って階下――コンテナ内に埋め込まれている――に向かった。
47 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:24:38.43 ID:ibyFM1MOo
 階段を降りると、奥から噎せ返るような体臭……
 いや、性臭と言い換えた方が良いような匂いが漂って来る。

ユエ(また、か……)

 ユエは心中で呟きながら、
 “この部屋の主は、たった一度の謁見が始まるまでに、何度呆れさせてくれれば気が済むのか”
 と言いたげに肩を竦めた。

 そして、コンテナの最奥……謁見の間へと足を踏み入れる。

 巨大コンテナを活かした広く高い謁見の間は、金刺繍の施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁にも洒落た紋様の描かれた天幕が下げられており、飾られた豪華な調度品の数々は、
 成る程、謁見の間と呼ぶのに相応しい内装だ。

 そして、その最奥に、座椅子を何十倍も豪華にしたような玉座と、
 そこにふんぞり返る二十代そこそこの、半裸の若い男がいた。

 彼の周囲には十代から三十代ほどの見目麗しい女性達が傅き、
 その内の数人が彼にしなだれかかるようにして、彼の肌に浮いた汗を拭っている。

 女性達の服装は裸同然で、局部を布で纏って隠すだけと言う、実に淫靡な格好だった。

 彼女達は、この若い男の身の回りの世話――
 それこそ、家事全般から性欲の処理に至るまで――を行う世話係だ。

ユエ「皇帝陛下。
   ユエ・ハクチャ、お呼びにより参上仕りました」

 謁見の間の中ほどまで進み出たユエは、恭しく跪いて深く頭を垂れた。

 ユエ・ハクチャ。

 それがユエのフルネームのようだ。

??「そう畏まるな、ユエ。
   俺とお前の仲だ、もっと楽にしていいぞ」

 一方、ユエに皇帝陛下と呼ばれた男は、
 自分の汗を拭っている女性を少し気怠げに押しやってから、ニヤリとほくそ笑む。

 そう、この男こそがこのコンテナの主。

 反皇族派のテロリストを纏める首魁であった。

 名をホン・チョンスと言う。

 しかし、60年事件のテロリストの首魁にしては若い。

 事件当時の年齢はまだローティーンにも届かないのではないかと言う程の若さだ。

 それもその筈、彼は若くして逝去した先代の首魁である父の跡を継いだ、謂わば二代目だった。

 ともあれ、ユエはホンに言われた通りに楽にすべく、その場に腰を下ろして胡座をかく。

ユエ「………少々、着くのが早かったようですね?」

 ユエは傅く女性達を見渡して呟く。

 ほぼ全員が肌を紅潮させ、数人は乱れた息を整えようと必死だ。

 それは、ほんの少し前まで情事が……それも、
 酒池肉林とでも言うような爛れた行為が行われていた事を示していた。

ホン「いや、呼んだのは俺の方だ、気にする事はない」

 一人、既に十分に休んだと言いたげな様子でホンは言い切ると、さらに続ける。
48 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:25:32.30 ID:ibyFM1MOo
ホン「で、例の物の進捗はどうなっている?」

ユエ「400シリーズは滞りなく……。
   現在は戦闘運用に向けた最終テストの段階です」

 ホンの質問にユエは淡々と返す。

ホン「半月以内に仕上がるか?」

ユエ「十分に……。
   ただ、陛下の404に関しては今暫くの時間を戴きたく……」

 ユエはホンの質問に答えてから、
 どことなく申し訳なさを漂わせる声音で言って再度、深々と頭を垂れた。

 他人から見れば慇懃に見えるその態度も、彼の内心の呆れ様や、
 京都での物言いを知っていれば、そこに欠片の忠誠心も無い事は明白だ。

ホン「ああ、構わんぞ。
   404は俺の乗機……俺専用のギガンティックだ、
   下手に完成を急いで不完全な物を作らせる気は無い。

   資材と時間、そして、お前の才能を存分に使い、世界最強の究極のギガンティックを作れ」

ユエ「仰せのままに」

 期待の籠もった視線と声音で言ったホンに、ユエは姿勢を正して深々と頭を垂れる。

ホン「それと……謁見の間の護衛に使っている無人ギガンティックだが、
   アレは401か402に交換できんのか?」

 ホンはそう言いながら手元の端末を操作し、壁面の天幕を上げさせた。

 すると、四方の壁面に外の光景――反射素材のコンテナから見える光景が映し出される。

 GW378は、エクスカリバーシリーズでは三機種目となる大型ギガンティックの中でも、
 特に高性能でコストのかかるハイエンドモデルだ。

 以前、ユエ達がクルセイダーの当て馬に使った377よりも僅かに高性能の機体である。

 本来ならば、こんな場所の護衛に四機もの数を割くのは愚の骨頂と言えた。

 それに400シリーズ……もう隠し立てする理由も無かろう、
 ユエが中心となって開発中の新型ギガンティックも、この一角だけを護衛するには過剰すぎる戦力だ。

ユエ「申し訳ありません。
   現状のエナジーブラッドエンジンは有人が前提ですので、
   陛下の望まれるような無人機としては使い難く……。

   お望みならば、ヒューマノイドウィザードギアの人格層を停止させた物を乗せて使う事は可能です」

 ユエが顔を上げて説明すると、ホンは満足そうに頷き、口を開く。

ホン「ならそれで構わん。
   人形の操作は全て俺の端末にリンクするように設計しろ」

ユエ「畏まりました」

 ホンの指示にユエは三度、深々と頭を垂れる。

 技術の結晶とも言えるヒューマノイドウィザードギアを人形呼ばわりされるのは、
 さすがに技術屋としての彼のプライドに障るのか、ホンからは見えないユエの顔は、
 どこか冷め切った……能面のような無表情に変わっていた。
49 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:26:20.44 ID:ibyFM1MOo
 しかし、ユエはすぐに温厚そうな表情を浮かべると、顔を上げる。

ユエ「それでは、402と403、それにミッドナイト1用の378改の最終調整が残っていますので、
   私はこれで失礼させていただきます」

ホン「む、そうか……?
   まあ、貴様のお陰で我が国の戦力拡充が進んでいるのだからな……。

   良ければ一人、貴様にくれてやろうか?
   欲しいなら、好みのを選ぶといい」

 退室の旨を告げて立ち上がったユエに、ホンはそう言って、傅く女性達を見渡した。

 その瞬間、傅く女性達に緊張が走る。

 しかし、緊張の内容は人それぞれだ。

 世話係とは名ばかりの性の奴隷とも言える、この環境から解放されるかもしれないと言う希望。

 性欲の処理にさえ目を瞑れば、衣食住の不安を抱かずに済む場所から引き離されるかもしれないと言う絶望。

 しかし、彼女達は瞬間、ピクリと肩を震わせる程度以外の変化を生まない。

 主の不興を買った仲間が、どのような目に合わされるかは知っている。

 今は自分が選ばれる事、或いは選ばれない事だけを必死に願い、
 ホンの思い付きで始まったこの嵐のような運命のルーレットが止まるのを待つ。

 一方、そんな女性達の気持ちを知ってか知らずか、ユエは傅く彼女達を見渡す。

 彼女達にとって、ユエの視線は正に前述の運命のルーレットの針だった。

 そして――

ユエ「……慎んで辞退させていただきます」

 ユエは僅かな溜息と共に、そう漏らす。

 ――ルーレットの針は、誰を選ぶ事も無く折れた。

ホン「つまらんな……まあいい」

 ホンは残念そうに言って肩を竦める。

 女性達の間に失意と安堵の気配が漂うが、ホンはそれに気付いた様子は無いようだ。

 だからこそ、このように女性の尊厳を無視した享楽に講じていられるのだろうが……。

ユエ「陛下のお心遣いを無碍にしてしまい、申し訳ありません。
   ですが、何故、技術屋な物でして……今は陛下のための駒を完成させる事を優先したく思います」

ホン「そうか……クククッ、親父の代から世話になっていたお前だ。
   親父もきっと、お前のそう言う欲の無い所を気に入って重用していたのだろうな」

 慇懃に謝意と謝罪を告げるユエに、ホンは思い出すように言って笑う。

 そのホンの表情には、誰の目に見ても明らかな嘲りが浮かんでいる。

 事実、彼は内心でユエを“自分の欲すらさらけ出せない臆病者”と嘲笑っていた。

 自らは、完全防備のシェルターで肉欲を貪るだけの、怠惰な臆病者である事を棚に上げて……。

 いや、或いは自身が臆病者と言う自覚すら無いのかもしれない。

ユエ「では、私はこれで失礼します」

ホン「ああ、404の完成を待っているぞ」

 ユエは立ち上がって四度、深々と頭を垂れると、ホンの返事を聞いてから踵を返した。
50 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:27:24.10 ID:ibyFM1MOo
 再び面倒な手順を踏んでシェルター然とした倉庫から外に出ると、ユエは溜息混じりに肩を竦める。

 が、すぐに気を引き締め直し、姿勢を正した。

ユエ(意外なほど、400シリーズにご執心だな……。
   カタログスペックとは言え、211や212に匹敵し、390型を上回るからか……)

 ユエは研究室に向けて歩きながら、そんな事を考えていた。

 実を言えば、一年半前までのホンは400シリーズの開発に、それほど乗り気では無かった。

 新型機など作らなくとも、数を揃えれば戦争には勝てる。

 物量に頼るのは、戦争の真理だ。

 何せ、地続きのメガフロートの話、十対十よりも百対十や千対十の方が戦争をする上では有利になる。

 ユエは一部のエース用の機体として400シリーズの開発を続けていたが、
 試作機が完成した頃になってホンの態度も大きく変化を迎えた。

 それは、ユエの開発していたGWF400Xの性能が、
 当時の最新鋭機であったGWF387・フルンティングを大きく上回ったのだ。

 豊富な研究資料、市民から搾り取った潤沢な魔力、誰に制限される事も無い研究環境、
 そして、ユエ・ハクチャと言う希代の天才がいて完成を見た400シリーズは、
 確かに傑作機と言って良い名機だった。

 そう、憚る事なく言えば、ユエは自身が天才であると自負していた。

 おそらく、今、世界で最もハートビートエンジンの秘密を解き明かし、
 その構造の究明に辿り着こうとしているのが誰あろう、このユエなのだ。

ユエ(参拾九号……今は天道瑠璃華か。
   アレがギガンティックの開発だけに注力していれば、こうはならなかっただろうが……。
   アレを機関に押し込めてくれた無能共に感謝だな)

 ユエは内心でほくそ笑みながら、また同時に冷や汗を流していた。

 放置されていた試作型エンジンと、幾らかのオプションを寄せ集めて
 驚異的性能の支援機を作り上げるだけの技術を持っている天才、瑠璃華。

 彼女がギガンティック機関に閉じこもってハートビートエンジンの構造究明と、
 オリジナルギガンティックの整備にかかり切りになっていなければ、
 おそらくは最新鋭の390・アメノハバキリシリーズももっと高性能な物になっていただろう。

 行政府としてはギガンティックの平均的な強化よりも、対イマジンに比重を置くべきと判断したのだろうが、
 テロリスト相手とは言え戦時下にその判断は誤りだったと言う他ない。

 お陰で、今年になって山路重工が満を持して発表した最新ギガンティックですら、
 ユエの作り出した400シリーズの敵では無いのだから。
51 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:27:56.24 ID:ibyFM1MOo
 そして、それがだめ押しになった。

 従来機では相手にすらならないオリジナルギガンティックに加え、物量でも圧倒的に勝る軍と警察。

 勝つためには、質で勝る機体を数多く生産する事。

 そんな事情に合致したのが、ユエの開発していた400シリーズだったのだ。

ユエ「……まあ、都合良く事態が進行している事は、望ましいがね」

 ユエは消え入りそうな声で呟いて、謁見の間のある倉庫と同区画に存在する、自身の研究室の前に立つ。

 スライド式シャッターを開き室内に入ると、そこは整然と整えられた空間だった。

 必要な物が最適な距離に集められた、研究者の城。

 ユエは椅子に腰を下ろすと、据え付けられた端末の電源を入れた。

 すると、研究室内の全てのディスプレイに様々な図面や数値が映し出される。

 ユエはその中の一つ、自身の正面にあるディスプレイに一つの図面を映し出した。

ユエ「………美しい機体だ……」

 それは一つの図面だ。

 GWF001XXXと銘打たれた、大型ギガンティックの内部図面。

 その図面を見ながら、溜息がちに漏らすユエの言葉には、ある種の情念めいた物が宿っていた。

 そして、ディスプレイに手を触れ、指を滑らせると別の内部図面が顔を出す。

 折り重なる二つの図面。

 部分々々ではかなり異なるようだが、そのフレームの全体像はどことなく同じ物を感じさせる。

 その様を見て、ユエの目に狂気じみた執念が宿って行く。

ユエ「もっとだ……もっと強いギガンティックを……。
   トリプルエックスを超える、最強のギガンティックを……」

 ユエは冷静さも、普段の芝居がかった雰囲気すらかなぐり捨てて、どこか熱に魘されたような声音で呟いた。
52 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:28:50.17 ID:ibyFM1MOo
―2―

 茜達の着任から十日後、7月4日木曜日の正午前。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー用トレーニングルーム――


 トレーニングルームでは魔導防護服を身に纏った空と茜が向かい合っており、
 時折、手に持った長杖と双刀がぶつかり合う、カンッ、カンッと言う乾いた音が室内に響き渡っていた。

 使っている装備は魔導ギアの物で、武器に魔力は込めていないため、
 魔導防護服を貫いてダメージを与える事は無い。

 いわゆる組み手だ。

茜(技術も筋力も申し分ないな……本当に鍛え始めてから一年強なのか疑いたくなるくらいだ)

 もう十何合と空と切っ先を交えた茜は、不意にそんな事を考えていた。

 交互に相手の攻撃に切っ先を合わせるだけの単純なトレーニングだったが、
 目つぶしや喉への突き等の急所狙い以外は特に禁じ手を設定していない。

 それだけに丁寧な実力と言うべきか、地力の高さが出るのだが、魔力覚醒から十三年を経て、
 五年前からはドライバーとしても訓練や実戦に明け暮れて来た茜から見ても、
 朝霧空と言う少女の実力は確かな物だった。

 人並み以上に体幹が整っているのか天性のバランス感覚があり、
 前後左右、どの方向に跳んでも一瞬で体勢を立て直してしまう。

 アルフの下で訓練していた頃は、様々な武器を使っていただけあって、
 腕回りの筋力も相当な物で、長杖のリーチも自由自在だ。

 それだけに、どんな体勢、どんな距離からでもあの長杖の切っ先が飛んでくる恐ろしさがある。

 足を絡め取りでもしなければ、空のバランスを崩すのは難しい。

茜(成る程、あのゴチャゴチャとしたモードHを使いこなせる筈だ……)

 茜は空の大上段からの一撃を受け止めながら、舌を巻く。

 モードHは空専用にチューニングされているが、
 上半身に殆どの大型パーツが集中したトップヘビー仕様だ。

 しかも、二機のパーツ中、最大重量を誇るパーツは背面と腰の二箇所と言うバックヘビー仕様でもある。

 シールドスタビライザーの浮遊魔法でかなりバランスは矯正されているが、
 それでも重心位置の悪さが解決されるワケでもない。

 それを空は事も無げに使いこなし、むしろ使い易いとまで言っているのだ。

 機体との相性と言ってしまえば簡単な事かもしれないが、
 その状態の機体を扱える相性――繰り言だが、体幹の良さだ――の持ち主と言う部分が大きいだろう。

茜(ふーちゃんが本気を出しかけた、って言うのも、あながち冗談ではないみたいだ……)

 茜はそんな事を考えながら気を引き締め直すと、自身の手番で両手に構えた双刀を握り直す。

 これが最後の一合だ。

茜「空、最後は二刀で掛かるが大丈夫か?」

空「大丈夫です! お願いします!」

 茜の質問に空は即答した。

 空としては、問題なく受けられると言うより、受けてみたいと言う気持ちが強かったのだろう。

茜「なら……驚いてくれるなよ」

 茜はそう言うと、両腰の鞘にそれぞれの太刀を収める。

 さすがに伝家の宝刀・鬼百合では無いが、それでも扱いやすいサイズの太刀と小太刀だ。

 本條流魔導剣術を使うのに、何ら無理を生じる物ではない。
53 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:29:31.72 ID:ibyFM1MOo
茜「行くぞっ!」

 茜は合図の一声を放つと、一足飛びに空に向かって跳んだ。

 逆手で抜き放たれた二刀の太刀が、両側から袈裟懸けに空に向かって放たれる。

 逆手袈裟懸け……つまり、二之型だ。

 天の型の“轟天”と舞の型の“旋舞”からなる奥義、天舞・轟旋に至る二段袈裟斬りの型である。

 しかし、ただの訓練で本気を出すワケでもなく、威力も速度も奥義に比べれば格段に劣っていた。

 それでも、初太刀の小太刀と二の太刀の太刀のタイミングが微妙に異なるため、初見では見切るのが難しい。

茜(これなら、少しはバランスを崩せるか……!?)

 茜は心中でそんな予想を立てていた。

 受け止めるなら、小太刀と太刀の時間差攻撃を受けて多少は仰け反らざるを得ない。

 回避ならば出来るかもしれないが、受ける事が前提のルールで避けると言う選択肢は無いだろう。

 だが、次の瞬間、茜は目を見開く事となった。

空「ッ、せいっ!」

 一瞬、息を飲んだ空は、迷うことなく長杖の柄で振り下ろされる小太刀を受け止め、
 それを一気に滑らせて小太刀を大きく横に弾き、長杖のエッジで太刀を受け止める。

 茜にして見れば、受け止められた小太刀を大きく外に逃がされ、そのまま太刀を切り結ばれた格好だ。

茜「ッ!?」

 茜は愕然と目を見開いたまま、大きく飛び退いた。

 そして、そのまま構えを解く。

 訓練のワンセット終了だ。

茜「凄いな……本気を出していないとは言え、抜刀からの二之型を止められるとは思っていなかったよ」

 茜は小さな溜息混じりに呟くと、“いや、参った……”と漏らしながら二刀を鞘に収める。

茜「二之型は初見だったと思うが、よく止められたな?」

空「いえ……実は初見じゃないんですよ」

 感心したように漏らした茜に、空は苦笑いを浮かべて返すと、さらに続けた。

空「サンダース教官の所にあった教導VTRで、
  フィリーネ・ウェルナーさんと茜さんのお祖母さん達の試合を見た事があって、
  そこでフィリーネさんがやっていたのを真似ただけです」

茜「フィリーネ・ウェルナーさんと私のお祖母様達?
  ………ああ、六十年くらい前にやったらしいタッグ戦の戦技披露試合か……」

 照れたような苦笑いで申し訳なさそうに語る空に、茜は一瞬、首を傾げたが、思い出したように納得する。

 今から五十八年前……第三次世界大戦の前年に行われた、
 結とリーネ、美百合と紗百合のタッグによる魔導戦技披露試合だ。

 確かに、フィリーネ・ウェルナーと茜の祖母達と言って問題ない組み合わせだろう。

 若い魔導師向けに空戦対陸戦のタッグ戦の何たるかを見せるための戦技披露試合だったらしいのだが、
 あまりに高度過ぎて若年者向け教導VTRとしては使い物にならず、お蔵入りになったと言う曰く品である。

 方や救世の英雄と千年に一度の天才魔導師、方やタッグならば並ぶ物無しの本條姉妹と言う好カード。

 戦技教導隊としては適度に手を抜いてくれる算段だったのだが、
 四人の興が乗るに連れて、次第に試合どころでは無い大熱戦となってしまったのである。

 お蔵入りになってしまったため、教導隊で保存される事になったのだが、
 それが回り回って今はアルフの手元にあると言うワケだ。
54 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:30:06.20 ID:ibyFM1MOo
茜「…………君は末恐ろしいな」

 茜はどこか戯けた様子で、だが、内心で冷や汗を流しながら呟く。

 彼女も件の教導VTRはアルフに見せて貰った事があったが、
 空が見せた技も、そこで集中攻撃を受けたリーネが見せた起死回生の一手である。

 リーネはリーチの短い双杖でやった技だが、
 空は“長杖ならばどうすれば良いか?”と思案を凝らしてアレンジしていたのだ。

茜「………本当に海晴さんと血が繋がっていないのか、疑わしいとさえ思えるよ……」

空「そうですか?」

 何処か言いづらそうに漏らした茜に、空はどこか嬉しそうに返す。

 茜にしてみれば、空の育て親である朝霧海晴も天才と言われる側に属する人種だ。

 茜が海晴と初めて手合わせしたのは研修時代の五年前。

 キャリア四年と言えば聞こえが良いが、それ以前は三級市民だった海晴はまともな魔導の訓練を受けていなかったため、
 魔導師として訓練を始めてまだ四年目に過ぎず、その時点で十年近く訓練して来た茜に比べてみれば素人だったが、
 結局、彼女は生前の海晴を相手に一太刀も浴びせる事が出来なかった。

 風華とクァンと言う、御三家に連なる次代候補がいる中で隊長を張っていたのは伊達ではないと言う事だ。

 既に茜自身、空の身の上に関しては彼女の口から聞かされていた。

 希代の魔導師としての才を持っていた海晴と、ここまでの才覚を持ち合わせた空の血が繋がっていないと言う事は、
 瓜二つの顔立ちや声を除いても信じられなかった。

 彼女達の父母や祖父母の世代は、戦中戦後、さらにイマジン事変と世界中が大混乱だった時期の生まれも多い。

 無論、戸籍は全て再発行されているが、再発行時に手違いが起きている可能性も否めないのだ。

茜「案外、本当に親戚か何かかもしれないな……」

空「そうだったら……ちょっと嬉しいです」

 思わず漏らした茜の呟きに、空は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 と、その時だ。

『PiPiッ、PiPiッ』

 不意に小刻みな電子音が鳴り響く。

空「緊急招集みたいですね」

茜「イマジン出現、と言うワケではないようだが……。
  仕方ない、訓練はここで一旦切り上げだな」

 驚いたように漏らした空に、茜はそう返して軽く肩を竦めた。

 流石に、今からではシャワーを浴びている余裕は無さそうだ。

 二人はそれぞれの制服に姿を転じると、トレーニングルームを後にした。
55 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:30:46.27 ID:ibyFM1MOo
 廊下でレミィとフェイ、第二十六小隊の面々と合流した二人は、
 駆け足気味にブリーフィングルームへと向かった。

 七人がブリーフィングルームに入ると、既にオペレーター達も待機していた。

 オペレーターチーフのタチアナと、部門チーフの春樹とメリッサが不在のため、
 現在はそれぞれの代行としてほのか、雪菜、セリーヌの三人がおり、
 さらにチーフ代行となったほのかの代行としてサクラがいる。

 そして、全員が揃った事を確認し、ブリーフィングルームの片隅で何事かを話し合っていた明日美とアーネストが、
 会議用スクリーンの前に進み出た。

 空達も椅子に腰を下ろし、そちらに向き直る。

 明日美とアーネストの表情は曇っており、何かが起きた事は明白だった。

明日美「派遣任務を計画した時点で想定はしていたけど、最悪の部類の事態が発生したわ」

 そして、明日美自身の言葉とその声音が、どれ程の事態が起きたかを物語っている。

 イマジン出現の警報は鳴っていないので、
 派遣されたメンバーの負傷や何かの悲報で無い事は分かるが、それだけに不安が募った。

アーネスト「現在、第三フロート第一層を警戒巡回中の二班から連絡で、
      外郭通路付近にイマジンの卵嚢の群生が確認された。

      数は大凡で百前後。
      孵化の兆候こそ見られないが、群生は広範囲に及んでおり一斉除去は不可能との事だ」

 明日美の言葉を引き継いで、アーネストが努めて淡々と説明する。

 だが、そのあまりの状況にブリーフィングルームは一斉にザワめく。

 百。
 あの連続出現の際に現れたイマジンの総数を上回る数だ。

 孵化前の卵嚢――平たく言えば卵の塊だ――の状態とは言え、さすがに戦慄が走る数と言えよう。

セリーヌ「あ、あの卵嚢と言うと………」

フェイ「クモやカマキリなどが作る卵の群体ですね。
    多量の卵が糸などで作られた強靱な袋に包まれた状態を言います」

 怖ず怖ずと手を挙げたセリーヌの質問に、フェイが淡々と答える。

 ちなみに、巻き貝なども卵嚢を作る事では有名だが、分かり易いのはやはりカマキリの卵だろう。

レミィ「うぇ……」

 間近でフェイの説明を聞いていたレミィは、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 大方、想像してしまったのだろう。

 レミィの真後ろにいる紗樹は顔面蒼白になって、
 “モフモフちゃんが一匹、モフモフちゃんが二匹……”と譫言のように呟いてる。

 虫が苦手な人間にはおぞましい図だろう。
56 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:32:30.07 ID:ibyFM1MOo
 しかし、アーネストの説明はさらに続く。

アーネスト「二班の調査によれば、調査のために解体した卵嚢にくるまれていた卵の数は十個。
      大きさに差違が見られない事から、他の卵嚢も内部に十個程度の卵が存在していると見られる」

遼「つまり、最低でも千、か……」

レオン「一斉に孵化したら人類終わるな、さすがに……」

 震える声で漏らした遼に続き、レオンはどこか他人事のように言って乾いた笑いを漏らす。

 件の連続出現で現れたイマジンの数の十倍以上である。

 例の四種のイマジンがオリジナルギガンティックより遥かに劣るとは言え、戦力比は九対一〇〇〇。

 最大戦力を発揮するために合体してしまえば六対一〇〇〇……戦力差一六〇倍以上だ。

 数十体は押し留められるかもしれないが、小揺るぎもしない桁違いの数で一瞬にして押し切られてしまうだろう。

 なるほど、明日美が“最悪の部類に属する事態”と言ったのも納得だ。

 そして、そんな明日美が口を開く。

明日美「現在、一班を二班と合流させ、第三フロート方面軍の全面協力の下、
    該当ブロックを完全隔離し、卵嚢の除去と処分が行われていますが、
    作業には最低でも一週間以上かかると思われています」

 卵を不用意に刺激して一斉孵化を避けるためだろうが、それでも卵嚢一つを除去するのにかかる時間は長い。

 慎重な作業で一日に十五個も除去できれば、それはそれで早いと言うべきだ。

明日美「状況次第では一、二班と早期に交代する事態もあり得ます。
    各員はいつでも交代できるよう準備を怠らないように」

 明日美はどこか重苦しい雰囲気でそう伝える。

アーネスト「質問が無ければ解散とする」

 どうやら伝達事項はこれで全てのようで、アーネストが全員を見渡しながら質問を促す。

 だが、不安はあっても質問は無いのか、ブリーフィングはその場でお開きとなった。

 オペレーター達が先に退室し、他のドライバー達が出て行ったのを見計らい、
 空と茜は最後に残った沈痛な面持ちの明日美とアーネストに“お先に失礼します”とだけ伝えて退出した。

茜「………大変な事になったな」

空「まあ、今の所は大丈夫みたいですけど……。風華さん達が心配ですね」

 溜息がちに漏らした茜をフォローするべく、空も努めて楽観的に言おうとしたが、
 現地の風華達の事を考えると気が気ではない。

 思い出してみれば、エール型イマジンは海晴の声を使って、軟体生物型イマジンは貪欲だと語っていた。

 恐らく、千を超えるイマジンは一斉に人類を食い尽くすための尖兵だったのだろう。

 オリジナルギガンティックを殲滅後に孵化させれば、
 人類は対抗する間も無くあっと言う間に平らげられてしまっていたかもしれない。

 そう考えると、オリジナルギガンティックを狙う事を優先してくれたのは、
 不幸中の幸いだったと言うべきだ。

 手段と目的と、それらの優先度がまだ上手く判断できない、発展途上のイマジンだったとも言える。
57 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:33:07.21 ID:ibyFM1MOo
茜「何にせよ、動ける準備は進めていた方が良いだろうな……」

空「今日に明日に、って事は無いと思いますけど、
  今晩中に派遣任務に行けるような準備は整えるべきかもしれませんね」

 気を取り直して思案気味に漏らした茜に、空も頷きながら応えた。

 明日美達の様子は緊迫していたが、事態はそこまで切迫している様子ではなかった。

 空の言葉通り、今日に明日に交代しろと言われる状況ではないと言う事だろう。

 大問題である事には変わりないが、立場上、明日美達は自分達よりも考えなければならない事が多い。

 要は心労だ。

 そして、その心労を軽くするのが、彼女達のような中間管理職……隊長格の仕事と言うワケである。

茜「いや、早いに越した事は無いだろう。
  私達はいつでも荷造り出来るからな、昼休みの間は私達が待機室に詰めているから、
  簡単な準備だけでも昼休みにしておくと良い」

 茜自身にもそんな自覚はあるのか、そう言って頼もしげな笑みを浮かべた。

空「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」

 空も茜の配慮を慮って、僅かな思案の後に頭を垂れる。

 最初――風華不在の間の隊長代理を任せられると知った時――はどうなる事かと思ったが、
 茜がフォロー上手なお陰で、空も随分と助けられていた。

 書類仕事は慣れの問題もあるし、やはり勝手を知っている人がいると言うのは助かる物だ。

空「とりあえず、一旦、汗を流して来ましょう」

茜「ん……そう、だな」

 空の提案に、茜は襟元の匂いを嗅いでから頷く。


 ブリーフィングで伝えられた余りにも緊迫した情報に、
 一時は不安に包まれたギガンティック機関だったが、その後は滞りなく一日は進んだ。
58 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:34:09.39 ID:ibyFM1MOo
―3―

 卵嚢群の発見から四日後。

 ギガンティック機関が卵嚢群を発見したと言う情報は、発見の翌日には政府を通じて市民にも報じられた。

 パニックが起きるかと思われていたが、そこは少々の印象操作が加えられる事となり、
 市民の混乱は最小限に抑えられていた。

 要は、卵嚢内のイマジンが中型で、それほど強力でないと言う内容で報じられたのだ。

 その事は、確かに事実だった。

 実際に孵化実験を行って誕生したイマジンは、連続出現時に現れた四種のイマジン達と同種で、
 しかもその能力はそれらよりも若干劣っていた。

 恐らく、一度に多量の卵を産み出した弊害だろう、と言うのが、
 その筋の専門家が報道時に加えた推測であり、蓄積されたデータから出された結論でもある。

 一体一体ならば対処が容易でそれほど強力ではない、と言うのは、
 市民を安堵させる上で大きなウェイトを占める。

 要は、何かの拍子に二、三体のイマジンが孵化してしまったとしても、
 現場にいる四機のオリジナルギガンティックで対処可能だからだ。

 ともあれ、それらの情報が速やかに発表された事と、
 軍とギガンティック機関が連携して対処中と言う事もあって、市民の混乱を最小限に収める事が出来た。

 現在は第三フロート全域と、隣接する各フロートの外周街区に避難準備警報が発令されており、
 市民は緊急時にいつでもシェルター内に避難できる態勢が整えられている。

 まあ、それも殆ど気休め程度の物でしかない。

 軍と機関の連携で、今の所、除去できた卵嚢の数は半分超の七十七個。

 残り二十八個の卵嚢が一斉孵化すれば三百に迫る数のイマジンが一斉に動き出すのだ。

 状況はかなり好転しているように見えるが、
 それでもギガンティック機関総出で押し留められるのは四十体ほどが限度である。

 残り二百以上のイマジンは押し留める術も無く第三フロートを、
 そしてメガフロート全域を食い尽くすだろう。

 未だ、人類は剣が峰の如き危うい状況に立たされている事に変わりない。

 そして、今の所、空達も緊急でそちらに出向く、と言う事もなく、待機室で過ごしていた。


 午後。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー待機室――

紗樹「待つだけ、って言うのも、意外と大変なのね……」

 フェイの煎れたコーヒーを飲み終えた紗樹が、小さな溜息混じりに漏らす。

レミィ「慣れですよ、慣れ。
    それに、訓練をしたりシミュレーターでデータを取ったりと、
    他に何もしていないワケでもありませんから」

 そんな紗樹に、レミィが丁寧に返した。

 確かに、ギガンティック機関のドライバーは基本的に待機室に詰めているのが基本的な業務だ。

 イマジンの出現に際して、いつでも迅速に出撃できる体勢を整えるためだが、
 まあ基本的に隊舎内か隊舎の敷地内にいれば十分である。

 でなければ、日がな一日中こんな狭い待機室にいては身体も鈍ってしまう。

 訓練でベストなコンディションを維持するのもまた、ドライバーに欠かせない義務の一つだ。

紗樹「それもそっか……まあ、私達の場合はあっちのシミュレーターが使えないんだけどね」

 納得したように漏らした紗樹だったが、最後は苦笑い混じりに付け加える。
59 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:34:58.02 ID:ibyFM1MOo
 しかし、レミィはそんな紗樹の様子……と言うか視線の位置に、ジト目気味な不満顔を浮かべ、口を開く。

レミィ「………出来たら耳じゃなくて目を見て会話してくれませんか?」

紗樹「え〜……ちゃんと目も見てるよ?」

 不満げなレミィの言に、紗樹は彼女の耳と目をウズウズとした様子で交互に見ながら答える。

 確かに目も見ているが、割合にして八対二程度で耳の方を多く見ているようでは、その言葉に説得力など欠片も無い。

レオン「ったく、そろそろ慣れてやれよ……お互いにな」

 その二人の様子に呆れたような言葉を漏らすレオンだが、笑いを堪えているようではこちらも説得力は無かった。

 ここ数日のお決まりのパターンだ。

 ちなみに、お馴染みのコの字型に配置されたソファーの並びは、
 左端から順にフェイ、レミィ、空、茜、紗樹、遼、レオンとなっており、
 フェイがいつでも立ち上がり易く、かつ紗樹がレミィに飛びかかれないように配慮されていた。

 紗樹曰く“目の前にモフモフちゃんがいるのに我慢できるワケがない”との事らしく、
 この並びはそれも考慮した配置なのだ。

空「ほら……レミィちゃんは可愛いから?」

レミィ「むぅ……釈然としない」

 空のフォローの言葉に、レミィはどこか釈然としない様子で応えた。

 だが、満更でも無さそうなのは、尻尾が忙しなくパタパタと動いている様子で丸わかりである。

紗樹「嗚呼、尻尾がパタパタ……嗚呼……」

 紗樹も、その様子にもどかしげに手を伸ばそうとしていた。

茜「……徳倉、東雲を抑えておけ」

遼「りょ、了解です……」

 だが、溜息がちな茜の指示で、紗樹は遼によって羽交い締めにされてしまう。

紗樹「あぁうぅぅ〜、しっぽぉ〜」

 座った体勢のまま大柄な体格の遼に羽交い締めにされた紗樹は、
 その場でジタバタと藻掻きながら手を伸ばすが、その手は虚しく空を掴むばかりだ。

ヴィクセン「尻尾だったらアタシの尻尾もあるんだけど、こっちじゃダメなのかしら?」

 と、不意にドローンのヴィクセンがテーブルの上に飛び乗り、
 羽交い締めにされた紗樹の目の前で、柔らかそうな素材で出来た尻尾を振って見せた。

紗樹「あ……うん、しばらく前の私なら、これでも満足できたんだろうけど……。
   何というか、ヴィクセンちゃんの尻尾はぬいぐるみっぽいのよねぇ」

 途端、冷静に返った紗樹は、思案げな様子で呟く。

 当のヴィクセンにしてみれば失礼な態度かもしれないが、紗樹の考えも分からなくも無い。

 実際、瑠璃華がヴィクセンの尻尾に使ったのは、市販のキツネのぬいぐるみの尻尾だ。

 内部に魔力で自在に稼働する針金のような物を仕込み、リアルな動きを生み出しているが、
 それはやはり“リアルな動きをするぬいぐるみの尻尾”であって、レミィのような本物の尻尾とは違うのである。

ヴィクセン「う〜ん、申し訳ないけど、アタシじゃ身代わりになれないみたいねぇ」

 ヴィクセンは申し訳なさ半分と言った感じで、戯けたように漏らすと、
 “生殺しも可哀相だし、たまには触らせてあげたら?”と付け加えた。

 その提案に紗樹は目を爛々と輝かせ、レミィは全身をビクリと震わせ“ご免被る!”と叫んで、
 紗樹から身を隠すように、座ったまま空の背に回る。

 そんなレミィの様子に、人間の盾と化した空は“アハハハ……”と困ったような苦笑いを漏らした。
60 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:35:49.13 ID:ibyFM1MOo
茜「……まったく、それだとどちらが年上か分からないな」

 呆れながらその様子を見守っていた茜は、噴き出しそうになりながら微笑ましそうに呟く。

空「明日から九月末までは、私とレミィちゃんは同い年ですから」

 空もよく分からない理屈のフォローを入れる。

 確かに、空の誕生日は明日の7月9日、レミィの誕生日は9月30日だ。

 だから何だ、と言う、本当によく分からない理屈の話である。

 だが、茜はそんな理屈とは別の部分に食いついた。

茜「そうか……君の誕生日は、明日なのか」

空「……はい」

 驚いた様子の茜に、空は僅かな逡巡の後に頷く。

 十五年前の7月9日。

 それは、空が今は亡き海晴によって拾われた日だ。

 そして、それは同時に、
 かつては七月九日事件とも呼ばれていた事もある60年事件が起きた当日の日付でもある。

 お互いに色々と思う所のある日だろう。

 空にとっては掛け替えのない家族と出会った日だが、それと同時に家族が両親を喪った日でもあるのだ。

 そして、茜にとっては父親と、一時期ではあるが言葉を失った日である。

茜「アルベルト……。
  すまないが、東雲と徳倉を連れて、少し席を外してくれないか?」

レオン「……ウィっス、隊長。行くぞ、紗樹、遼」

 茜の指示を受け、珍しく彼女の事を“隊長”と呼んだレオンに目を丸くしながら、
 紗樹と遼は彼に続いてハンガー側出入り口から待機室を後にした。

 茜は部下達の背を、少し申し訳なさそうに見送る。

レミィ「私とフェイも席を外した方が良いか?」

フェイ「…………」

 レミィがそう漏らすと、それまで省魔力モードで黙り込んでいたフェイが、無言のまま目を開く。

茜「……いや、いい……。
  ただ、部下がいる場では話し辛かっただけなんだ」

 茜がレミィの気遣いに、どこか弱々しさを感じる笑みを浮かべて答えた。

 茜も幼馴染みの兄貴分のようなレオンはともかくとして、紗樹や遼にも仲間意識は感じている。

 だが、彼女達はあくまで部下なのだ。

 ギガンティック機関も大きな組織だが、ロイヤルガードのように組織図は煩雑ではなく、
 上下の関係も比較的緩やかな物である。

 しかし、そうでないロイヤルガード所属の茜にしてみれば、
 部下に対する示しには気を配らなくてはならないのだろう。

 まだ十七才になったばかりの少女には難儀な話である。
61 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:36:36.36 ID:ibyFM1MOo
茜「それで……空。
  君は、テロと言う物をどう見る?」

空「テロ、ですか……?」

 意を決したような茜の質問に、空は怪訝そうな表情を浮かべた。

 テロ……つまり、テロリズムやテロリストなどを総じてどう思うか、と言う事だろうか?

 一瞬考え込んだ空は、不意に口を開く。

空「……何でだろう、って思います」

茜「何でだろう?」

 空の感覚的な返答に、茜は要領を得ずに首を傾げた。

 空は“はい”と頷いてから、改めて茜に身体ごと向き直る。

空「今、人類が戦わなきゃいけない相手はイマジンです。
  でも、イマジンと正面から戦えるのはエール達に乗れる私達だけで、
  とても人間同士で戦っている余裕なんて無いじゃないですか?

  それなのに、何で自分達の主張のために力を使おうとするのか、
  私にはよく分かりません。

  ……私がテロリストの人達と同じ立場なら、
  何か見えて来る物もあるかもしれませんけど……」

茜「つまり、連中のやりようが正しくない事は分かるが、
  連中がそんな手段を講じようとする理由を知りたい、と言った所か?」

 空の説明に、茜は思案気味に返した。

空「……はい、自分でもあまり考えた事は無いんですけどね」

 空はそう言って、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。

 そんな空の様子に、茜は小さく肩を竦めて息を漏らす。

 そして――

茜「君は……優しいんだな」

 と、感慨深げに呟いた。

空「優しい、ですか? ……そんな事、初めて言われました」

 茜の言葉に驚いた空だったが、すぐに照れ隠しに困ったような笑みを浮かべる。

茜「相手の立場に立とうとする事……先ずは相手を理解しようと努める事は、
  優しいって事だよ……きっと」

 茜は寂しげな笑みを浮べて呟くと、さらに続けた。

茜「私は……連中を許せないからな」

 どこか自嘲気味にも聞こえる言葉を、消え入りそうな声音で呟く。

空「……」

 茜の様子に戸惑いながらも、空は心の中でどこか納得していた。

 茜自身の口から詳しく語られてはいないが、
 彼の兄・本條臣一郎を新たな英雄に仕立てようとする一部の報道のお陰で、
 60年事件のあらましくらいは、空も改めて調べるでもなく知る事が出来た。

 明日美から自身の生い立ちの事を聞かされて詳しく調べた事もあって、
 茜と臣一郎の父、本條勇一郎が二人の目の前で亡くなっている事も知っている。

 その様子は、何処か自分の体験と被るのだ。

 そう、目の前で、イマジンに姉を食い殺された自分と……。

空「……私も、そうですよ」

 空は目を伏せ、僅かに躊躇った後でそう呟いた。

 全員の視線が空に集まり、いつの間にかエールも目の前……テーブルの上に立っている。
62 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:37:22.03 ID:ibyFM1MOo
空「来て、エール……」

 空はエールを抱き上げると、彼の身体をぎゅっと抱きしめ、改めて口を開く。

空「今の私の戦う理由は、誰かの力になる事です……」

 どこか感慨深く、その事を再確認するように空は漏らす。

 大切な人を守りたいと思う人の盾。
 大切な人のために戦いたいと思う人の矛。
 力なき人々の力。

空「でも、根っこの所は、まだイマジンへの憎しみがあるんだと思います……。

  イマジンから誰かを守る盾に、
  誰かのためにイマジンを倒す矛に、
  誰かの代わりにイマジンと戦う力になりたい……。

  多分、建前を無くしたら本音はそんな感じです」

 空はそう言うと、どこか力ない苦笑いを浮かべる。

 空は少しオーバーに言ったつもりだったが、改めて思い返せばその通りだと、自ら納得していた。

 気持ちを偽るつもりは毛頭無いし、自分が誰かの力になれれば良いと思っているのは、嘘偽り無き本音だ。

 だが、やはりイマジンに対する憎しみや恐れの全てを捨て切れるとは、空自身も思っていなかった。

 言ってみれば、空の戦う理由は彼女の望みであり、願いだ。

 そして、イマジンに対する憎しみは、最初の動機と言う事になるだろう。

 だが、それと同時に“イマジンを放っておけば、また誰かが犠牲になるかもしれない”と言う思いがあり、
 自分の事を深く愛してくれた姉への恩返しもあって、それが今の戦う理由にも繋がっている。

 イマジンに対する憎しみと、名も知らない誰かを守る事。

 相容れない個別の思想に見えて、空の中でこの二つは不可分なのだ。

 ただ、まとめて“憎く恐ろしいイマジンから、名も知らない誰かを守る”と言い切ってしまうのも、
 また違う気がするのも確かだった。

 イマジンに対する憎悪と恐怖と、姉への恩返しの思い。

 こちらは相容れないのだ。

 いや、相容れるべきではないと、空は考えていた。

 話の最初に立ち返れば、そこが空の建前の部分なのだろう。

 長々と語ってみたが、要は複雑なのだ。

空「結さん……茜さんのお祖母さんや、私のお姉ちゃんから受け継いだエールですから。
  もっと正しく使うべきだとは思うんですけど……」

 そう呟く空は、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている。

茜「君は……清濁併せ呑む度量があるのか清廉潔癖たらんとしているのか、
  今一つ分からない所が凄いな」

 だが、茜はそんな空の様子に噴き出しそうになりながら言った。

空「それって、褒めてます?」

 一方、空は、噴き出してしまった茜に釈然としない様子で問いかける。

 まあ、前半を聞くだけなら褒められている気がしないでもないが、後半を付け加えると些か判断に困る所だ。

 それにしても、“清濁併せ呑む”と“清廉潔白”では並び立たない。

 辞書通りならば、善人――善性――も悪人――悪性――も受け入れる度量と、
 心清らかで後ろ暗い所が無いと言う意味だ。

 確かに、この二つはそのままでは並び立たない。

 しかし、茜の言う通りに“清廉潔白たらんとする”のならば、
 “清濁併せ呑む”とも並び立とう。

 悪人までも受け入れておきながら後ろ暗い事が無いと言うのは、
 開き直っているようにも聞こえるが、要は堂々としていれば良いのである。
63 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:37:59.87 ID:ibyFM1MOo
茜「褒めている……と言うよりは、尊敬に値すると思うよ、君は。
  ……そうだな、天空海闊の方が正しいかな?」

空「てんくうかいかつ?」

 感慨深く語る茜の口から漏れた聞き慣れぬ言葉に、空は小首を傾げた。

フェイ「空や海のように度量が広いと言う意味の言葉です」

 そんな空に、フェイが助け船を出す。

 成る程と、空は頷き、茜はさらに続ける。

茜「話を振り出しに戻すようだが、私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……。
  だから、君のように強い人間は尊敬に値するよ」

空「私が……強い、ですか?」

 悔しさと尊敬と、そして憧れにも似た物が入り交じった複雑な表情を浮かべた茜の言に、
 空は怪訝そうに首を傾げた。

 力が強い、などと分かり易い天然ボケを宣うほど、空も間抜けではない。

 茜の言う“強さ”が、心の強さだと言う事は彼女も分かっている。

空「そんな……強くなんて、ないですよ」

 空は恐縮した様子で慌てて否定するが、言いながら自身を省みて言葉を濁してしまう。

 自身を省みれば、やはり自分が胸を張れるような人間でない事を思い知らされるばかりだ。

レミィ「ああ、コイツは強いとかそう言うのじゃないからな」

 しかし、そんな空を慮ってか、レミィが戯けた調子で言って、空の両肩に後ろから手を置く。

レミィ「単に、何でもかんでも背負い込み過ぎなだけだ。
    ……まあ、私も人の事をとやかく言えた物じゃないが、コイツと比べるとさすがに、な」

 レミィは途中までは心配そうに言っていたが、次第に呆れ半分恥ずかしさ半分と言った風に漏らす。

 レミィも一旦背負い込んでしまうと背負い込み続ける質だが、
 何でもかんでも背負い込んでしまう空ほどではない。

フェイ「朝霧副隊長は責任感が強いため、自身で受け止め切れる以上の物を背負い込み、
    張り詰めた緊張の糸が切れると、途端に全ての重みに押し潰されてしまう傾向があります」

空「あぅ……」

 続くフェイの言葉にも思い当たる節が多く、
 空は反論する事も出来ずにガックリと肩を落として項垂れる。

茜「………そこまでと分かっていながら、よく副隊長に推薦したな。
  ふぅ……んっ、藤枝隊長からは、殆ど満場一致だったと聞かされていたが……」

 茜は思わず素を出してしまいそうなほど呆れながら、
 以前に風華から聞かされていた、空を副隊長に推した時の経緯を思い出しながら呟く。

レミィ「ん〜……こう言うとコイツが気にするんだが……。
    海晴さんとそっくりなんだよ、叱り方とか、諭し方とか、な……」

 茜の言葉を受けて、レミィは僅かに戸惑った後、感慨深げな視線を空に向けながら言った。

 そこに、さらにフェイが続く。

フェイ「朝霧副隊長の責任感の強さ、何でも背負い込んでしまう気概は、
    それだけ誰かを気遣ってくれている事の裏返しでもあります。

    我々は、そう言った朝霧副隊長の在り方を信頼しているのです」

レミィ「背負い込み過ぎるのは頂けないが、仲間思いなのはコイツの良いところだ。
    基本的にはいいヤツなんだよ……空は」

空「あぁ、うぅ……」

 先程は図星を突かれて落ち込んでいた空だが、二人から素直に褒められて、
 嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 普段からこう言った事を口にされる事は稀にあった事だが、
 さすがにまだ知り合ってから間もない茜の前で言われると、いつになく気恥ずかしい物だ。
64 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:38:47.07 ID:ibyFM1MOo
 その様子に、茜は少し面食らったように目を見開いてから、優しそうな笑みを浮かべる。

茜「……愛されているな、君は……」

空「ぁうぅぅぅ〜」

 茜の言葉に、空は耳まで真っ赤にしてさらに俯いてしまう。

空「は、話が脱線しちゃいましたねっ!」

 そして、すぐに真っ赤に染まったままの顔を上げ、無理に話題を元に戻そうとする。

茜「……ああ」

 茜は優しげな笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。

 レミィも空の様子に満足げな笑みを浮かべ、
 フェイも淡々としながらもどこかすましたような表情を浮かべている。

空「むぅ〜」

 空は、どこか一杯食わされたような釈然としない思いに苛まれつつも、何とか気を取り直す。

レミィ「それで、テロをどう思うか、だったか? ……私やフェイも答えた方がいいのか?」

茜「ああ、頼む」

 茜が質問に頷くと、レミィは僅かに思案した後に口を開いた。

レミィ「……まあ、さすがに犯罪者だからな。
    連中なりの言い分もあるだろうが、その辺は捕まえてから聞けば良いだろう。
    それを受け入れるかどうかは別問題としてな」

 レミィは思案げに呟くと、テロリスト達への僅かな呆れを込めて溜息を漏らす。

 タカ派ともハト派とも取れない、公職に就く者として実に妥当な意見だ。

茜「………普通だな」

レミィ「悪かったな」

 拍子抜けした様子で感想を呟いた茜に、レミィは不満そうに返す。

フェイ「この場合、公人として回答するべきでしょうか?
    それとも、個人として回答するべきでしょうか?」

 そして、そんなレミィを後目に、フェイが思案げ漏らした。

茜「どちらでも構わないが……出来たらフェイ個人の意見が聞かせてもらいたい」

フェイ「私、個人の……」

 一瞬だけ思案してからの茜の言に、フェイは珍しく戸惑ったような声音で呟く。

 そして、僅かな逡巡の後、ゆっくりと口を開いた。

フェイ「………テロリズムとは、大多数の意見によって棄却された少数意見による歪みだと、私は考えます」

茜「それは……大多数側にも責任があると言う意味か?」

 フェイの出した意見に、茜は少しだけ表情を険しくする。

 テロを憎んでいると公言している茜に取って見れば、フェイの冷静な意見は相容れない物なのだろう。

フェイ「そう捉えていただいても構いません」

 フェイは敢えて首肯した。

 それが返って茜に冷静さを取り戻させる。

 むしろ、フェイの堂々とした様子に呆気に取られてしまったのだろう。

 茜が落ち着いたのを感じ取り、フェイはさらに続ける。
65 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:39:25.72 ID:ibyFM1MOo
フェイ「……ですが、少数派が多数派に対し暴力によって意見を受け入れされ、
    目的を達成しようとした時点で、意見の大義や正当性は失われています。

    政略的目的達成のためと綺麗事を並べ立てても、
    その過程から大義が失われてはならないと考えます」

 いつになく饒舌な様子のフェイの言葉を、空達は無言のまま何度も頷きながら聞き続けた。

 他の仲間達も静聴を続ける中、フェイはさらに続ける。

フェイ「多数派は少数派の意見全てをくみ取る必要はありません。
    それでは行動が定まらず、多くは迷走を招く要因となります。

    ですが、少数派の意見を聞き入れ、十分な議論と検討、検証をする必要は有ると考えます。
    無論、それによって行動の停滞を招く事も十分にあり得るでしょう。

    しかし、迷走と停滞を最低限に抑える仕組みを整える努力を怠り、
    少数派の意見を棄却するばかりだった結果がテロリズムに繋がった、と考える事は出来ます」

 フェイはそこまで少し早口で言ってから、呼吸を整えるように一拍の休みを置き、再び口を開く。

フェイ「多数派にも少数派にテロを起こさせない努力は必要と考えます。
    ですが、それでもテロが起きてしまった場合は、素早く鎮圧すべきである。

    それが私のテロに対する考えです」

 語り終えたフェイは、最後に“ご清聴、ありがとうございます”と付け加えた。

茜「テロを起こさせない環境の整備か……考えても見なかったな」

 全てを聞き終えた茜は、目から鱗が落ちたと言わんばかりに感心した様子で呟く。

 テロリズムを擁護しているとも取れる言い方だったが、
 大半のテロが少数派の意見を通すための行動であるのは、フェイの言葉の通りだ。

 そして、彼女の言葉通り、意見を通すために暴力を振るってしまったのでは、
 その意見の正当性すら失われる。

 要はそう言った悲劇を起こさないための社会的構造再編は必要だが、
 それでも尚起こってしまうテロに対しては反撃も辞さない。

 それがフェイの意見の要旨であった。

茜「けれど……」

 感心していた様子の茜だったが、ある事に気付いて、すぐにその表情を曇らせる。

 フェイも茜の気付いた事に察しが付いているのか、浅く頷いて口を開く。

フェイ「はい、これはあくまで理想論でしかありません。

    社会の構造を再編した程度でテロが減少する確証も、
    そうする事で世の中が上手く行く確証もありません」

空「あ……」

 黙って聞いていた空も、フェイの言葉でその事実を突き付けられ、
 どこか残念そうな吐息を漏らした。

 空にも、フェイの意見は正しい物だと感じる事が出来た。

 それは傍らで神妙な表情を浮かべているレミィも同様だ。

 だが、正しい事、正論が常に正解とは限らない。

 社会の構造を変革するとなれば、それは長い時間と多くの労力を強いられる。

 それが正しい事であっても、その正論は“理想論”だと切り捨てられるのだ。

 フェイが最初に見せた戸惑いは、自分の意見が理想論に過ぎないと分かっていたからなのだろう。
66 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:40:20.59 ID:ibyFM1MOo
 しかし、無表情で淡々としながらも、フェイ自身から諦めは感じられない。

 それは、彼女が自身の言葉を理想論と断じながらも、
 その理想を切り捨ていない……諦めていない事の現れだった。

 言葉だけに気を取られていた空は、フェイの表情の機微に気付いて気を取り直す。

空「フェイさんは、諦めていないんですね」

フェイ「勿論です。
    確証が無いとは言え、実証を踏まえずに棄却すべき案ではないと確信しています」

 改めて空がその事を尋ねると、フェイは無表情ながらにどこか自信ありげに頷いた。

 普段ならば“判断”と言っていたであろう部分を、
 敢えて“確信”と言っているだけあって、その自信は文字通りに確かな物だ。

 確信とは伝播する物なのか、それとも単なる仲間への共感なのか、
 空にもフェイの確信は理解できた。

 元より、相手の立場を鑑みようとしていた事もあるだろう。

空「そう、ですよね……。
  何事も試してみないと、変えられる物も変えられませんよね」

 空は最初は怖ず怖ずと、だが自分の中にあった考えがハッキリとして行くにつれて、
 僅かずつ声を弾ませて行く。

 そして、自身を顧みる。

 姉を殺された事に対する復讐だけで戦いを決意した自分も、
 いつしか仲間のため、そして、名も知らぬ誰かのために戦えるようになった。

 個人と社会を比べるのは間違っているだろう。

 だが、社会も多くの個人が作り上げている物だ。

 個人が……一人一人が変わって行く事で、ゆっくりと、だが確実に社会は変えて行けるかもしれない。

 そんな思いが、空の中で大きくなる。

レミィ「まあ、そう言う小難しい事をやるのは政治家だからな。
    同じような考えを持っている政治家を見付けて応援する以外無いな」

 レミィはどことなく空が昂奮しているのを感じ取ったのか、頭を冷やせと言わんばかりにそう言った。

空「あ、そっか……」

 一方、頭から冷や水をかけられた空は、残念そうに肩を竦めて顔を俯けてしまう。

茜「あまり気落ちする物でも無いぞ。
  実際、そう言う活動をしている真っ当な政治家も少なくは無い。

  テロのせいで情勢不安定な今は無理でも、
  将来的に彼らがの意見が採用されるような世論が形成される日が来るかもしれない」

 そんな空に、茜はフォローするように言った。

 が、内心では半信半疑で、その言葉には空とフェイのフォロー以上の意味は無かった。

 空やフェイの気持ちも分かるし、それが良い事だと理解する事は出来るが、
 気持ちの上で納得できない部分も多いのだろう。

空「じゃあ、いつか世界が良い方向に変えられる時が来るまで、頑張らないといけませんね」

 しかし、そんな茜の内心を知ってか知らずか、気を取り直した空は微かな決意を声音に込めて呟く。
67 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:40:51.13 ID:ibyFM1MOo
 すると、その言葉に反応するかのように、空の膝の上で抱きしめられていたエールがピクリと反応した。

空「エール?」

 不意に動いたエールに、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな空の傍ら……彼女と茜の間にクレーストが立つ。

クレースト「明日美様から聞き及んでいましたが……今日の事で得心が行きました。
      エールは確かに、あなたの全てを見越してあなたを選んだようですね、朝霧空」

空「私の全て?」

 どこか懐しい者を思うような口調で呟くクレーストに、空は小首を傾げた。

 クレーストは僅かに俯いてから、意を決したように顔を上げる。

クレースト「エールは、かつての主を思わせる人を探していたのですよ……。

      名前も知らない誰かのために戦う事の出来る、
      世界がより良く変わる日を信じて戦い続けられる、
      そんな強く、清らかな心の持ち主を……」

 そして、小首を傾げたままの空に、かつての主の親友であり、
 当代と先代の主の血縁である女性を思い出しながら語った。

 しかし、それだけでは要領を得ないのか、空はさらに首を傾げる。

 だが、褒められた事は分かったので、さすがに恐縮してしまう。

空「え、えっと……その、流石に清らかって事は無いと思います」

 空は恐縮気味に漏らす。

 散々と繰り返して来たが、志を新たにした空だが、彼女の根底にはまだイマジンへの憎悪が渦巻いている。

 それをしっかりと理解しているからこそ、
 “強く、清らかなな心の持ち主”などと評されるのは烏滸がましいとさえ感じてしまう。

クレースト「人の心とは複雑な物です。
      一面だけで語る物ではありませんが、
      あまり多くを一纏めにして語る物でもありません……」

 そう感慨深く呟くクレーストに、
 空はどう返して良いか分からず困ったような表情を浮かべ、押し黙ってしまった。
68 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:41:29.47 ID:ibyFM1MOo
 クレーストの言は彼女の体験に基づいた、実に彼女らしい言葉と言える。

 自身の予備として娘を作り出し、後に改心した祈・ユーリエフの願いにより、
 その娘……奏を守る刃として生を受け、様々な者達と相対した。

 世界と人間の善性を愛しながら人間の悪性に絶望し、
 人間に対する憎悪に塗れたグンナー・フォーゲルクロウ。

 創造主のもう一人の予備であり、長らく生き別れていた主の妹であり、
 母と姉への愛故に二人を恨んだ湊・ユーリエフ。

 レオノーラ・ヴェルナーの記憶を植え付けられ、優しさ故に彼女のため暴走してしまった、
 主の愛娘たるクリスティーナ・ユーリエフ。

 罪と悪を憎悪しながらも、それでも誰かのために真っ直ぐに戦い続けた、
 主の親友たる結・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな人々と触れ合って来た故の言葉だろう。

 ある一面があれば、その人間の全てを否定する材料と成り得る事も、
 だが、それとは逆に軽んじて全否定すべきでは無い事を、彼女は自身の経験として悟っていた。

 空の在り方を、彼女の憎悪の心を知るが故に否定する者もいるだろう。

 しかし、それと同時に、その憎悪を押し殺して誰かのために戦う空の姿勢を、
 クレーストは尊い物と思っていた。

 そして、そんな空の在り方は、結を彷彿とさせるのだ。

クレースト「あなたはまだ若い……。
      そう性急に理解しようとする事も無いと思います。

      ただ、あなたの在り方を清い物と感じている者がいる事を、
      どうか心に留め置いて下さい」

空「は、はい!」

 相手はギガンティック……それも、そのAIだと言うのに、
 優しくも強い語り口に、空は思わず姿勢を正して返事を返していた。

 さすがに八十年以上を生きた年の功だろう。

 見た目はデフォルメされた二頭身ロボットだが、
 中身は空にとっては曾祖母か曾々祖母と言った年齢のAIだ。

 そんな相手から丁寧に諭されたら、空の反応も納得である。
69 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:42:11.92 ID:ibyFM1MOo
茜「……ん、そろそろ三人を呼び戻すか」

 このままでは話にキリが着かないと思ったのか、茜はそう言って時計を見遣った。

 時間はレオン達に席を外させてから小一時間ほど経過している。

 話題を振って置きながら、と内心で思ってもいたが、
 自分の我が儘で他所に追い遣っていた部下達をそのままにしておくのも忍びないと思ったのだろう。

 そして、丁寧に答えてくれた三人に向き直って、感謝の言葉を述べようと口を開く。

茜「今日は色々な意見が聞けて良かった……。本当に――」

 ――ありがとう。

 茜がそう言いかけた、その時だった。

『PiPiPi――ッ!』

ルーシィ『メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!

     繰り返す、メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!』

雪菜『01、11、12ハンガーのリニアキャリア一号への連結作業開始。
   二次出撃に備え、第二十六小隊各機ハンガーの専用リニアキャリアへの連結作業開始』

 イマジン出現を告げる電子音に続いて、ルーシィと雪菜のアナウンスが響き渡る。

空「前回からまだ二週間しか経ってないのに!?」

 空は驚きの声を上げながらも立ち上がり、
 膝の上で抱きかかえていたエールをテーブルの上に下ろすと、三人と共に走り出す。

フェイ「正確には前回から十三日……。
    通常のイマジンならば、出現スパンとしては最短でもありません」

レミィ「状況が状況だけに、記録更新してくれなくて良かったと言うべきか、
    それならそれで、もっと遅く出ろと言うべきか……」

 淡々と日数をカウントしたフェイの言葉に、レミィはゲンナリとしつつ呟く。

 ちなみに連続出現を勘定に入れなければ、最短記録は十日である。

茜「緊急時には我々もすぐ動けるように待機している。安心して出撃してくれ」

空「はい、よろしくお願いします!」

 併走する茜の頼もしい言に、空は深々と頷く。

 先日は急遽、一足早い共同戦線となったが、出向後の正式な出撃は今日が初めてだ。

 多数のイマジンや強敵の登場はご免被りたいが、茜やクレーストと肩を並べて戦う事を思わず期待してしまう。
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