他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
BBS2ch
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報VIP
更新
検索
全部
最新50
らき☆すたSSスレ 〜そろそろ二期の噂はでないのかね〜
Check
Tweet
51 :
ひよりの旅 87/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:14:10.93 ID:W145K4B60
佐々木さんの話し、それはこの日本に来た時の出来事だった。
すすむ「千年くらい前、私達がこの日本に来たのは……そう、夏、丁度このくらいの季節だった、大陸を離れ、この日本に流れ着いた……
追われて逃げて来た私達を当時の人々は手厚く迎えてくれた……そのお礼に私達は彼らに少々の知識と技術を教えた、すると彼らは私達を
お稲荷様と崇めてしまった、当時の仕来りだったのだろう、私達に生贄として生娘を私達に差し出した……私達は拒否したのだがな、
拒否をすると彼女達は人柱にとして埋められてしまうと分かった、だから彼女達を保護する目的で受け入れた……
その中に特に私の世話をしてくれた子がいてね……似ている……いや、容姿、声、仕草……性格までも同じだった……そして彼女は巫女だった……」
ひより「その似ている人っていのりさんですか?」
佐々木さんは頷いた。
千年前に会った人、勿論今生きているはずはないよね……その人といのりさんが瓜二つだった。ここまではよくあるお話。でも好きな人と瓜二つなら迷う必要はないような
気がするけど……
すすむ「いのりさんを見ると千年前が昨日のように思い出す……」
遠くを見ている様に居間の一番遠くを目が向いていた。
ひより「好きな人がいのりさんに似ているなら話しは早いっス、その人と同じように接すれば良いじゃないですか」
すすむ「彼女は柊いのり、千年前の巫女とは違う、偶然に遺伝的な一致が起きたに過ぎない……」
そうだろうね、千年も経てばそんな偶然は起きそう、かがみさんが言うようにお稲荷さんはややこしい。
ひより「私達人間ではそう言うのを生まれ変わりって言うのですよ」
佐々木さんは笑った。
すすむ「はは、生まれ変わりか、古典的で非科学的だな……」
なんだかその言い方が気に入らなかった。
ひより「非科学的、私から言わせて貰えば、呪いに錬金術、変身……挙げ句の果てには記憶消去まで、まるでファンタジーやゲームの世界に迷い込んだみたい、とても科学とは無縁っスよ」
すすむ「それは君がそれらを理解していなからだ」
ひより「だったら生まれ変わりも同じ、私達は何も理解していない、生まれて、死んでその先なんて分からない、理解出来ない、それともお稲荷さんは知っているの?」
佐々木さんの笑いが止まった。そして直ぐには答えなかった。
すすむ「私達もその答えを知らない……だから宇宙を旅してきた、その答えを探すために……君達も何れこの地球を飛び立つ時がくる、私達と同じ目的でな……」
気が付くつと佐々木さんの目が潤みだした。
すすむ「私は彼女を救えなかった……助ける方法を知っていても手段がなかった、あの時たかしは生まれたばかりだった、それでも私は必死で薬を作ろうとした……
彼女は日に日に衰弱して行くばかり、これほどもどかしい事はない、分かるだろう、君なら私の気持ちが……」
そうか。私がかがみさんを救おうとしたように千年前の佐々木さんも……分かる、分かり過ぎるくらいに……
ひより「佐々木さん、今、貴方の目に出ているのが涙ってやつですよ」
佐々木さんは目頭を手でつまみ、その手を広げた。指に付いている水滴、涙をじっと見つめていた。
ひより「それが涙を流すときの感情……大切な物を失った時と得た時に出るものです……私には分かります、佐々木さんが故郷に帰ったらもう一度涙を流しますよ、
大切な物を失う涙を、どうせ流すなら大切な物を得た涙の方がいいと思いませんか?」
佐々木さんは手についている涙を見たまま動かなかった。私もこれ以上何を言って良いのか分からない。
ひより「下らない話しなんてとんでない、とても素敵で悲しいな話でした……今度いのりさんを連れてきますね……私……失礼します、」
ただ自分の手を見ている佐々木さんに礼をして整体院を出た。
52 :
ひよりの旅 87/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:15:14.57 ID:W145K4B60
お稲荷さんが涙を流すのを初めて見た。つかさ先輩やかがみさんはもう見たのだろうか。でも見たと言っても人間の姿だから特段珍しい光景ではない。
千年前の恋人か……私に同意を求めていて悲壮に満ちていたあの姿は流石にもらい泣きしてしまった。いのりさんと逢う度に懐かしさと悲しさが同時に来たに違いない。
逢いたいけど逢えないか……拒み続けていた理由が分った……解決できるだろうか……それにはいのりさんに佐々木さんの全てを話す必要があるような気がする。
そうでないといのりさんは決められない……
そんな事をしたらまつりさんの二の舞になるかも……それとも受け入れてくれるかな……どちらにしろいのりさん次第か……
そういえばまなぶはまつりさんと会う約束をしたって言っていた。まさか……告白する気なのだろうか。佐々木さんとまなぶの会話だとそう取れる言い方だった。
佐々木さんとの話しで気にていなかったけど、これはこれで凄い事かもしれない……成功するのだろうか……失敗しても故郷には帰らないって言っていたっけ。
それなら失敗したら私が……あれ、失敗したらどうすると……私ったら何を考えている。失敗を前提にしているなんて……
『ブーン、ブーン』
ポケットから振動を感じた。携帯電話だ。私は考えるの止めて携帯電話を手に取った。ゆーちゃんの名前が出ている。出る前から用件は分かるような気がした。
ひより「もしもし……」
ゆたか『あ、ひよりちゃん、今何処にいるの?』
ひより「整体院を出て駅に向かっている所……」
ゆたか『丁度良かった、今から家に来られないかな、相談したい事があるのだけど』
ひより「それってワールドホテルの脱税事件の話しかな……」
ゆたか『テレビのニュース見たの……つかさ先輩達大丈夫かなと思って……私達が心配してもしょうがないけど……』
やっぱりこの話しか。ゆーちゃんの所までなら歩いて行ける距離だ。
ひより「いや、心配するだけで意味はあると思うよ、分かった、そっちに行くから」
ゆたか『ありがとう、待っているね』
私は駅から泉家に進路を変えた。
泉家に付くとゆーちゃんが出迎えてくれた。
ゆたか「いらっしゃい、待っていたよ、私の部屋で話そう、あっ、そうそう、みなみちゃんと高良先輩もこっちに向かっているから」
ひより「高良先輩……」
ゆたか「そうだよ、高良先輩が来ると頼もしく感じるよね……」
そうか、みなみちゃんが今までの事を話してくれたのか。高良先輩からもいろいろ聞けそうだし。もしかしたら何か解決策が見つかるかもしれない。
ひより「そうだね……」
ゆたか「後、宮本さんにも携帯電話をかけたのだけど……マナーモードになっていて連絡取れなかった、整体院に行っていたでしょ、留守だったの?」
マナーモード……さては勝負をしているのか、それとも既に勝負が付いているのか……
ひより「彼は今まつりさんと会っている、邪魔したら悪いよ……」
ゆーちゃんは驚いた顔で私を見た。
ひより「人間に長時間居られるようになったし、この前のような失敗はないと思うよ……どうしたの、そんなに驚いて……」
ゆたか「う、うんん、急な話しだったから……」
今度は心配そうな顔で私を見た。
ひより「……私も急な話しだった」
ゆたか「大丈夫なの?」
ひより「大丈夫って何か?」
ゆたか「え、えっと、その、ひよりちゃんは宮本さんの事を……」
ひより「それはこの前話したと思ったけど」
ゆたか「あ、そ、そうだったね、ごめんね、蒸し返しちゃって……そ、それより、大変な事になっちゃったね」
ゆーちゃんは慌てて話題を変えた。謝るなんて、そんなに私怒っていたかな……
ひより「佐々木さんから聞いた情報だと……」
みなみちゃんと高良先輩が来るのか……
ひより「二度手間になるから二人が来てから話すよ……」
ゆーちゃんはまた心配そうな顔になった。
そして二人が来るのを待って私は整体院で佐々木さんと会話した内容を説明した。
53 :
ひよりの旅 88/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:16:56.87 ID:W145K4B60
みゆき「故郷……本星に帰ると言われるのですか……いささかそれに関しては疑問もありますがそう言われる理由も納得できます……私達の計画は失敗したのですから」
みなみ「疑問?」
みゆき「いいえ、技術的な疑問なので気にしないで下さい」
ひより「失敗って、お稲荷さんとの共存ですか?」
高良先輩は頷いた
みゆき「はい、狐に成っている間を私達人間が保護する代わりにお稲荷さんの持てる知識の全てを私達に提供する……しかし提案者であるけいこさんがああなってしまっては」
肩を落とす高良先輩。
みゆき「私は知りたかった、彼等の持つ知識が……まだ何一つ教わっていません……せめて、かがみさんを救ったあの薬の調合だけでも……知りたかった……」
ひより「あれはつかさ先輩が作ったのですよね、調合と言うよりレシピではないでしょうか?」
高良先輩は微笑んだ。
みゆき「そうかも知れませんね……つかささんは覚えているでしょうか……」
ひより「メモとか残っていればある程度わかるのではないでしょうか、私のネタ帳みたいに」
みゆき「そうですね……今度聞いてみましょう」
みなみ「これからどういたら……」
みゆき「帰りたいと言うお稲荷さんがいれば協力するのが良いと思います、留まるお稲荷さん……そういえば宮本さんが残ると言われましたね、そちらも協力すべきでしょう、
しかし驚きました、かがみさんの婚約者、小林さんがお稲荷さんだったとは……彼は昨日、事務所の方に挨拶に行きました……恐らく彼も残るでしょう……」
ひより・みなみ・ゆたか「婚約ですか!!」
みゆき「はいそうですが……」
高良先輩は驚いて眼を丸くした。
みゆき「聞いていませんでしたか、とっくにご存知かとおもっていました」
恋人だったとは聞いているけど婚約したとまでは聞いていなかった。まったく……かがみさんは一番肝心な事を教えてくれないのだから……
ひより「するとあとは……佐々木さんをどうするか」
みゆき「そうですね、あとつかささんの恋人、ひろしさん……彼も意思をはっきりとしていません」
ひより「ひろしって真奈美さんの弟とか言っていましたよね……」
高良先輩は頷いた。
みゆき「つかささんのひろしさんの想いは確かです、出来れば彼には残って欲しい……いのりさんの方はまったく存じないですが……」
ひより「いのりさんもかがみさん同様奥手で……あまり表にだしません、つかさ先輩の方が積極的で驚きです……」
つかさ先輩はひろしに自分から告白したそうだ。もっとも高良先輩は直接本人から聞いたのではなく、泉先輩から聞いたと言っていた。その泉先輩も松本さんから聞いたらしい、
……ある意味恥かしがりやなのは柊姉妹の共通項なのかもしれない。だけど行動力からするとまつりさん、つかさ先輩、かがみさん、いのりさんの順番だろう。
最初に決まると思っていたいのりさんと佐々木さんが未だにぐずっているのはそのせいかもしれない。
みゆき「そうですね、人は見た目とは違いますね……私はつかささんとひろしさんのお手伝いを致します」
ひより「でも……人類の運命を変える計画が……柊四姉妹とお稲荷さんの恋愛手伝いになってしまったなんて……高良先輩も幻滅したのでは?」
高良先輩はにっこり微笑みながら話した。
みゆき「そうでもありません、誰かと誰かが好きなれば、その間に子供が生まれ、その子供が世界を変える……同じ事です」
ひより「物は考えようってことっスか……」
かがみさんに聖人君子と言わしめるだけのことはある。そんな考え方は私には出来ない……
みゆき「私はひろしさんの友人である小林さんと相談するつもりです、彼なら協力してくれるような気がします」
ひより「気をつけて下さい、今、かがみさんが小林さんの法律事務所に行っています、きっと頻繁に通うようになると思いますよ、かがみさんも法律でつかさ先輩達を助けようと
しているみたいですから……かがみさんはまだ小林さんの正体を知りません」
みゆき「そうですね、むやみに小林さんと接触すればかがみさんに気付かれてしまいますね、分かりました、私も注意します」
みなみ「ゆたか、さっきから何も話していない、大丈夫、顔色もあまり良くない」
ゆたか「え、うんん、大丈夫だよ、でも、今日はちょっと気分が良くないかも」
みなみちゃんの言うようにさっきからまったく話していない。私が来た時はあんなに元気だったのに。高良先輩とみなみちゃんが来た辺りから静かになったような……
みゆき「長居は小早川さんに負担がかかりますね、話しは煮詰まりました。各々持てる力を尽くしましょう、小早川さん、お大事に」
高良先輩は帰り支度をし始めた。
みなみ「本当に大丈夫?」
ゆたか「うん、後で例の呼吸法をするから大丈夫……ありがとう」
呼吸法か……
ひより「その呼吸法、少し見学していいかな、全然上手くならなくて……」
ゆたか「良いけど……参考になるかな」
みなみ「ひよりが一緒なら安心、私もみゆきさんと帰る……お大事に……」
みなみちゃんも帰り支度をした。
54 :
ひよりの旅 89/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:17:53.42 ID:W145K4B60
ゆたか「ゴホ、ゴホ……あ、あれ……おかしいな……」
皆が帰った後、ゆーちゃんの呼吸法が始まった。でも……私と同じようなミスを連発……集中できないのだろうか。
ひより「私が居るからかな、私も帰った方が良さそうだね」
私は帰り支度を始めた。
ゆたか「ひゆりちゃん……皆は話題にもしなかったけど……佐々木さんが帰る理由って千年前の恋人を助けられなかったから?」
私は帰り支度を止めた。
ひより「それが全てではないと思うけど……理由の一つだと思う」
ゆたか「私にはそんな話し一度もしなかった……」
ひより「そうかな、佐々木さんはゆーちゃんに整体術まで教えている、かがみさんにも教えなかったのだから……」
ゆたか「うんん、そんなんじゃなくて……」
何が言いたいのかな……
ひより「そんなんじゃなくて?」
復唱して言い返した。
ゆたか「千年越しの恋なんて……敵わない」
ひより「そうだろうね、彼を地球に残ってもらうのは至難の業かもね」
ゆたか「ひよりちゃん、もう良いよ、帰って……」
ひより「へ、?」
あれ、急にどうしたのかな……
ひより「あ、弱気になっていた、私とした事が、高良先輩が言っていたね、持てる力を尽くすって」
ゆたか「何も分かっていない」
何も……何もって。それは何って聞くともっと怒りそう……ここは一先ず退散としますか。
ひより「分かった、帰るけど……いのりさんを佐々木さんに会わす日を決めないと、あまり時間がないみたいだから急がないと……」
ゆたか「……私はもう何もしない、ひよりだけですれば……」
な、何があった。私がいけないの。何故。分からない。
ひより「ちょ、ちょっと、かがみさんだって手伝ってくれているだから今更……お、落ち着いて」
ゆたか「ひよりのバカー!!」
ゆーちゃんは私の荷物を持つと私の背中を押して部屋からだ押し出した。そして、荷物を廊下に放り投げるとドアを閉めてしまった。
私はドアをノックした。だけど何も反応は返ってこない。
ひより「帰るけどまた連絡するから……」
私は放り投げられた荷物、鞄を取ると玄関に向かった。
そうじろう「何かあったのかい、騒いでいたけど……」
心配そうな顔でおじさんが出てきた。
ひより「い、いいえ何でもないっス、ゆーちゃん、しばらくそっとしておいて下さい」
そうじろう「あ、ああ……」
おじさんはゆーちゃんの部屋の方を見ていた。
ひより「お邪魔しました」
私は泉家を出た……
55 :
ひよりの旅 90/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:18:53.25 ID:W145K4B60
追い出された理由が分からない。最後は呼び捨てにまでされてしまった。何も分かっていないって言われたって……それじゃ分からないよ……
私は歩きながらゆーちゃんが豹変してしまった原因を考えている。
いや、豹変したわけじゃない。気が付かなかっただけなのかもしれない。いつからだろう。思い当たらない。
それじゃゆーちゃんとの会話から読み取るしかない。どんな話しをしたかな……
みなみちゃんと高良先輩が来る前にまなぶの話しをした。それから二人が来てから佐々木さんの話しをした……佐々木さん……
ゆーちゃん千年前の恋人を教えてくれなかったって言ったな……あっ、前にもまなぶ、コンの話しをしなかったとか言っていた。そうか、佐々木さんが私ばかりに話すものだから
私に焼餅を焼いているのか。ふふ、やっぱりゆーちゃんだ。まだまだ子供だな〜焼餅なんて、佐々木さんが好きならそう言ってくれれば……あれ?
……
……好き?
佐々木さんが好き、ゆーちゃんが?
私の歩みが止まった。
ゆーちゃんは佐々木さんが好き……え、なんでこんな結論が出る。佐々木さんはいのりさんが好き……ゆーちゃんは佐々木さんが好き、いのりさんは佐々木さん……三角関係……の成立……
ひより「えー!!」
思わず声に出して奇声を発した。
そういえばかがみさんの病気が治って直後だったかな、ゆーちゃんが変な質問をしてきたのは。私がまなぶを好きじゃないかって。だからさっきも……
私がまなぶが好きならゆーちゃんの立場を理解出来ると思った。だから私に相談したかった。だけど私はまなぶの恋を否定して、ゆーちゃんの気持ちも気付かなかった。だとしたら……
だとしたら、あの態度は理解出来る。
私は振り返り泉家に引き返した。ゆーちゃんもバカだな、それならそうとハッキリ言わないと分からないよ。戻ってゆーちゃんと話さないと……
再び足が止まった。
話す……何を。ゆーちゃんに何を話す。佐々木さんが好きならどうすれば良い……
私はその答えを持っていない。
三角関係なんて……まだ恋愛もろくにした事のない私がそんな高度な恋愛の手解きなんぞできるわけがない……
今頃になって。こんな差し迫った時期に突然そんな事を言われても……何で佐々木さんなんか好きになるの。私達はお稲荷さんと柊家四姉妹をくっ付けるキューピット役じゃなかなったの。
私はさっさとまなぶをまつりさんに会わせて……違う……会わせたのではなくまなぶが会いに行った……自分の意思で。
正直羨ましかった……うそ……そんな事って
……
……
力が抜けて持っていた鞄を落とした。
私もまた……まなぶを好きになっていたって事なのか……そんなバカな……
その後の事はよく覚えていない。気が付くと自分の部屋のベッドに寝ていた。そして落としたはずの鞄が机の上に置いてあった。自分で拾ったのも覚えていないのか…
56 :
ひよりの旅 91/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:19:40.68 ID:W145K4B60
お稲荷さん……最初は好奇心から始まった。そして疑問は生じてそれが確認に変わった。私はそれらを遠目で見ていると思っていた。ゲームのプレーヤーで居ると思っていた。
気が付いた時、私はゲームのキャラクターになっていた。当事者になっていた。いつからだろう。
かがみさんの病気が分かった時辺りからか……いや、もっと前だったかもしれない。でも今それはどうでもいい。問題は私もゆーちゃんも柊姉妹と同じ立場になっている。
同じ位置なら持ち上げるられない。誰も助けられない、いや、自分を助けて欲しい。
私はいったいどうすれば……誰かに助けを求めるしかない。しかも当事者じゃない人に……そんな人は居るのか。
居る……それはみなみちゃんと高良先輩そして泉先輩……この三人は一連の話しを全て知っている。それでいて私やゆーちゃんみたに深く立ち入っていない。
でも泉先輩はレストランかえでの事で私達にかまっていられないし、距離が遠すぎる。する事は一つしかなかった。
私は岩崎家の玄関の前に立っていた。アポは取っていない、しかもあれから一日しか経っていないしまだ自分の心の整理がついていなかった。しかし時間がない。
高良先輩の家が向かいで助かったかもしれない。もし、彼女が留守でもそっちに行ける。
私は呼び鈴を押した。おばさんが出てきた。
ひより「こんにちは……」
ほのか「あら、田村さん……いらっしゃい、みなみね……」
私を玄関に入れてくれた。と言う事は、みなみちゃんは居る。
ほのか「今ね、みゆきちゃんも見えているの」
ひより「そうですか……」
高良先輩も……
私はおばさんに居間の入り口まで案内された。おばささんは入り口の前で振り返り人差し指を立てて口元に近づけた。
ほのか「静かにね……」
囁くような小声で言うとおばさんは静かにドアを開けた。
私の耳にピアノの音色が入ってきた……
私は音を立てないように静かに居間に入った。おばさんはそのままゆっくりとドアを閉めてくれた。ピアノの方を見るとそこにはみなみちゃんが演奏していた。
演奏に集中しているのか私には気付かず静かにピアノを弾いている。そして、ピアノの前に椅子に座っているのは……高良先輩……。
私の気配に気付いたのか高良先輩は後ろを振り向いた。そして私の顔を見るとにっこり微笑み手招きをした。高良先輩の座って居る所にゆっくり移動すると
高良先輩は横に体を移動して私の座るスペースをつくってくれた。私はそこに導かれるように腰を下ろした。
みなみちゃんは演奏を続けている。目を下に向けているのか目を閉じて瞑想しながら弾いている様に見えた。
静かな曲……だけど聴いたことがない。クラッシックかなにかだろう。こんな曲を聴いている場合ではない……逸る気持ちを抑えながら演奏が終わるのを待った。
57 :
ひよりの旅 92/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:20:51.92 ID:W145K4B60
『パチパチパチ』
演奏がおわると高良先輩が拍手をした。
みゆき「素晴らしい演奏でした」
みなみ「ふぅ……」
集中していたのがほぐれたのかみなみちゃんは息を吐いた。そして頭を上げ私達が座っている方を向いた。
みなみ「ひより……いつから……」
演奏しているのを見られて恥かしかったのか少し顔を赤らめていた。
みゆき「ついさっき、ですね、田村さん」
ひより「は、はい……」
みゆき「どうでしたか、みなみさんの演奏……」
ひより「え、ええ、良かったっス……」
みなみ「ありがとう」
みなみちゃんは立ち上がり私達の席に近づいた。
みなみ「連絡もしないで……どうして……」
私の表情を見て只事ではないのを察したのかみなみちゃんの表情も険しくなった。そんな私達を見た高良先輩は……
みゆき「何か大事なお話のようですね、分かりました」
高良先輩は立ち上がった。帰るつもりなのか……
ひより「……待ってください、高良先輩も聞いて欲しいっス……私、どうして良いか分からない……」
みなみちゃんと高良先輩は顔を見合わせた。
みゆき「どうしたのですか、昨日はあんなに元気でしたのに……今日の田村さんは……」
みなみ「今日のひよりは昨日のゆたかみたい……」
みなみちゃん、間違ってはいない、多分昨日のゆーちゃんも同じような心境だったに違いない。それなのに私は……
みなみちゃんはピアノに戻り椅子に腰を下ろした。
みなみ「いったい、どうしたの?」
何て言えば……誤解されるのは嫌だ。恥かしいけど、ありのままを話そう。
ひより「まなぶと一緒に行動していくうちに、笑ったり怒ったりしていくうちに、……私、まなぶの事が好きになってしまった……
何ででしょうね、こんなのは私も想像もしていなかった……昨日ゆーちゃんが怒り出して、その怒った理由を探っていたら気付いたのです……
昨日、まなぶはまつりさんに会いに行った、告白をしているのか、それとも……そんなのを考えていると苦しくなる……もうこれから先の事も考えられなくなってしまった」
みゆき「田村さん……」
高良先輩は悲しい目で私を見ている。
ひより「ゆーちゃんも同じです、ゆーちゃんはまなぶが現れる前から佐々木さんと会っていました……だから彼女も、ゆーちゃんも佐々木さんを好きに……」
みゆき「よく話してくれました……これは凄く大事な事……ですけど、時間はそんなにありません……」
ひより「だかから、だから此処に来ました……」
高良先輩は何も言わず私を悲しい目で見ていた。
みなみ「……まさかひよりがそうなるなんて……どうして、ひよりは遠目でいつでも観察していた、感情を入れるなんてなかった……」
ひより「分からない……分からないよ」
みなみちゃんは立ち上がった。
みなみ「私はゆたかに警告した、人と人を繋げるのは危険って、繋げようとすればするほど相手を意識して、何時しか相手を好きになってしまうって、
ラブレターの代書を依頼すると、書いた人が相手を好きになってしまう……そんな話しをして注意した、だから私はゆたかにあれほど……」
みゆき「みなみさん、もう過ぎてしまった事を言っても始まりません……それだけ田村さん達は真剣だったと言う事です……責められません」
興奮気味のみなみちゃんを諭すような優しい口調だった。
みなみ「は、はい……」
みなみちゃん……そんな警告をゆーちゃんにしていたのか……私はその警告を聞いていたら止めていただろうか……
みゆき「素晴らしいではありませんか、誰かを好きになるなんて……それは掛け替えない事です」
みなみ「でもそれは一対一の話し……人間は二人同時に愛するなんて……それはお稲荷さんでも同じはず……」
高良先輩は私を見ると眼鏡を掛けなおした。
みゆき「お稲荷さん達は一部を除いてこの地球を去ろうとしています、それもそんなに時間はありません、宮本さんが残るにしてもまつりさんと会っているのであれば時間はありません、
選択肢は二つです……自分の気持ちを宮本さんに伝えるか、このまままつりさんと宮本さんの縁組を続けるかです……
どちらも強い決断が必要になります……そしてその結果はどうなるか分かりません」
ひより「二つ……」
みなみ「みゆきさん、それならひよりも分かっていると思います、選べないから相談しにきた……」
みゆき「それではみなみさん、貴女が選んであげて下さい……」
みなみ「え……それは……」
みなみちゃんはおどおどするばかりで答えなかった。そんなみなみちゃんを見て高良先輩はにっこり微笑んだ。
みゆき「実は私もどちらが良いのか分かりません」
ひより・みなみ「え?」
みゆき「結果が分からないので私は責任はれません……困りました、これでは決める事は出来ませんね」
……まるで私の心を弄んでいるような……そんな風にすら感じる高良先輩の発言だった。でも何故か怒るような気持ちにはならなかった。
まさに他人事……これは私が今までしてきた事……高良先輩は知ってか知らずかそれを私にしている。
みなみ「ふ、ふざけないでもっと真剣になって下さい」
みなみちゃんは少し怒鳴り気味になっていた。
みゆき「私は真剣です、真剣だからこそ選べない……選ぶのは田村さん、貴女なのだから」
ひより「私?」
高良先輩は頷いた。
みゆき「恋愛は自由です、二人の関係に他人は一切口を挟めません……でも、もう田村さんは選んでいます、ですよね?」
高良先輩は微笑んだ。
ひより「私は……まだ……」
みゆき「そうでしょうか……目を閉じて自分に問うてください……」
58 :
ひよりの旅 93/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:21:53.58 ID:W145K4B60
ひより「自分に……問う……」
私は目を閉じた。
私はまなぶが好きだった……これは変えようのない事実。それは誤魔化しようがない。このまままなぶとまつりさんを手伝っても自分が惨めになるだけ……
いや、手伝うも何も……まなぶが告白してもう二人は既に……そうだよ、これが私の目的だった。
気付くのが遅すぎた。私には何かをする時間なんかない……
私は目を開けた。
ひより「もう、なにもかも遅すぎでした、終わりです……私の目的は達しました、私はもういいです、ゆーちゃんを助けてあげてください、ゆーちゃんにならまだ時間がありそうだから」
高良先輩はがっかりした顔になり首を横に振った。
みゆき「なぜ小早川さんが登場するのです、田村さんの問題なのですよ……さぁ、もう一度目を閉じて」
私は目を閉じなかった。そしてどうでも良くなった。もう全てが終わった。
ひより「お手数を掛けました、」
私は立ち上がり部屋を出ようとした。
ドアの前に高良先輩が立ち塞がった。
ひより「あの、出られないのですが……」
高良先輩は何も言わず首を横に振った
みなみ「み、みゆきさん……」
高良先輩の意外な行動にみなみちゃんは驚いている。
ひより「……帰りたいのですが……退いてください」
みゆき「だめです、そのまま帰ってはいけません」
さっきまでの笑顔が嘘のように必死になっている……これはどこかで見た光景だ……
あれは……小林さんを引きとめようとしたゆーちゃん……いや、もっと前に見たことがある。コミケ事件の時、つかさ先輩が泉先輩を庇った時だ。
みゆき「私は田村さんにまつりさんと争えとは言っていません、ただ、本当に好きならば伝えて欲しい……」
なんださっきとはまるで違う、二つの選択肢と言っておいて今度はもうこれしかないって言わんばかりの言い様だ。
ひより「争うも何も……結果は見えています、私がバカでした、相談するまでもなかった……」
みゆき「かがみさんが死期を知りながら婚約をしました……結果は分かっているはずなのに、なぜ分かりますか」
……知っている。私は本人と話した。
ひより「分かります、でも、かがみさんと私とでは比べても……」
みゆき「同じです……結果が分かっていても構わない、好きなら相手にそれを伝える……それだけ、それで良いではありませんか」
ひより「……伝えて、その先に何があるのかな……」
みゆき「その先にある物……奇跡です」
奇跡なんて言葉を平気でつかうなんて。
ひより「奇跡はこの前起きたばかりっス……何度も起きますか?」
みゆき「起きますとも、今私達がこうして話しているのも奇跡なのですから」
……それ、いのりさんに似たような事を言ったかな……
高良先輩はドアを開けた。
みゆき「止めてすみませんでした、もう私の言う事はありません……」
ひより「……それは伝えたい事を言えたからですか」
みゆき「はい!」
さっきの笑顔が戻った。
ひより「失礼します」
お辞儀をすると私はドアを出た。
59 :
ひよりの旅 94/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:22:49.70 ID:W145K4B60
みなみ「待って」
岩崎家を出てしばらくするとみなみちゃんが走って私を追いかけてきた。私は立ち止まった。
ひより「みなみちゃん、どうしたの?」
みなみ「さっきはすまなかった、ひよりの気持ちも知らずに……」
ひより「それって、警告の事……ラブレターの代書を例にするなんて……リアリティがあったよ」
みなみ「私が警告したら止めた?」
それを今考えていた。
ひより「ゆーちゃんは止めなかった、だとするとやっぱり私も止めなかったかな」
みなみ「そう……」
ひより「そんなのを聞くためにわざわざ追いかけてきたの?」
みなみ「ちがう……みゆきさんの言った事……正しいと思う」
相談しに行って二人が同じ結論を出した。
ひより「踊らされているような気がするけど……気付いたら携帯電話を持っていたよ……」
みなみちゃんに携帯電話を見せた。
みなみ「ひより……」
ひより「さっき会う約束をした……やってみるさ、九分九厘ダメだだろうけどね……」
みなみ「まさか、告白を……」
ひより「ふふ、まつりさんには悪いけど、本気で行かせてうらう」
みなみ「ふふ、ひよりをその気にさせるなんて、みゆきさんは凄い」
みなみちゃんの笑いをみて私は我に返った。そうか、そう言うことだったのか
ひより「高良先輩はかがみさんとつかささんの好いとこ取りをした……やられた……」
みなみ「冷静で客観的に考え、更にひより自身の身になって考えないとできない……」
他人事で考えても、ただその人の身になって考えただけでもダメだって事か……高良先輩は私とゆーちゃん、二人でしてきた事を一人でしてしまった。
高良みゆき、ここにもう一人、憧れの先輩が私に加わった。
みなみ「邪魔をしてしまった……最後に、宮本さんに、どうやって想いを伝える?」
ひより「素直に率直に、そして簡潔に……好きです……」
みなみちゃんの顔が赤くなった。
ひより「な、なんでみなみちゃんが赤くなるの、まったく、告白するのは私の方だよ」
みなみちゃんは頷いた。そして赤くなった顔を元にもどして改まった。
みなみ「結果は私からは聞かない、いってらっしゃい」
ひより「そうさせてもらうね……行ってきます……」
私は歩き出した。約束した場所に向かって。
約束の場所。それはそこしか考えられなかった。そう、彼と出会った町にある神社……
もちろんそこはまつりさんのテリトリーであるのは百も承知。でもそれはまつりさんに対しての当て付けでも宣戦布告でもない。そこが告白するに相応しいと思っただけだった。
移動時間を考慮したつもりだったけど約束の時間よりかなり早く来てしまった。日は西に傾いている。
風もなく人の気配もない。ここってこんなに静かだったかな……
一人で神社の倉庫なんて来るのは初めて、って言うよりゆーちゃんがまなぶを見つけなければ私はここに居なかった。
つかさ先輩の旅の話しを聞いたのはその後、切欠はつかさ先輩じゃない。私にとって、全てはここから始まった。
つかさ先輩は私達がしてきた事を知っているのだろうか。私がしよとしている事になんて言うのか。
四苦八苦したわりにはつかさ先輩に先を越されてしまったし、私もミイラ取りがミイラになってしまった。それに何一つ達成していない。
それどころか今までしてきた事を壊そうとしている。私っていったい何がしたかったのかな……
『ザッ、ザッ、ザッ……』
足音……こんな所に来るのは約束をしたまなぶ以外考えられない。慌てて時計を確認する。まだ時間ではない。
足音はどんどん私に近づいてきた。
ちょっと待って、まだ何も心の準備が出来ていない……
後ろを振り向いて確認する余裕すらない。身体が熱く成ってきた。胸の鼓動も速くなる、その鼓動が全身に伝わるのが分かるくらいに……こんな状況で告白出来るのか。
つかさ先輩はこんな状況で告白したと言うの。この場から逃げたくなってきた。
足音は私のすぐ後ろで止まった。
まなぶ「お、もう来ていたのか、私の方が早いと思ったのに……」
やっぱりまなぶだ。普段ならすぐに話すのになぜか後ろを振り返ることすら出来ない。
まなぶ「実は私も連絡を取ろうと思っていた、すすむの様子が少しおかしい、私と会おうとしない……言い合いをしたのがいけなかったのか、それとも私が出た後で
何かあったのか、それが知りたかった……」
あった、あったけど……今はそれを話している余裕はない。
ひより「私は個人的に用があって……それで呼んだの」
まなぶ「個人的に……珍しいな、そんなの今まで無かった……それで個人的な用って何?」
なんだ、どうして、言えない。このままでは何も言えないで終わってしまう。ただ言うだけじゃないか。簡単じゃないか。
まなぶ「それに、さっきから後ろを向いているけど……何かそこにあるのか?」
そう、みなみちゃんには言えた。あれが練習だと思えば……
私はゆっくり振り返った。そこにはまなぶが立っている。いままで普通に接してきた。まつりさんが好きなお稲荷さん……宮本まなぶ……今までとそう変わる訳はない。
まなぶは私に何か言いたかったのかか口を開けたが私の顔を見た瞬間口が閉じた。そして私が話しだすのをじっと待っている。
ひより「今更かもしれない、もう遅いかもしれない、だけどやっと私自身の気持ちに気付いた……私は……私は……」
頭では分かっていてもその先が声にならない。手を突っ込んで喉の奥から引っ張り出したい……
ひより「まなぶの事が好き」
60 :
ひよりの旅 95/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:23:50.15 ID:W145K4B60
力を振り絞って告白した。さぁ、もうあとは野となれ、山となれ!!
まなぶは一回溜め息を付いた。
まなぶ「……知っていた」
ひより「えっ!?」
思いもよらなかった返事……
ひより「……な、なんだ、知っていたの……か」
まなぶは頷いた。
私は苦笑いをするしかなかった。彼は知っていた……
まなぶ「私はすすむと違って人の感情を読める、強い感情ほど見つけるのは容易い……」
ひより「……何時から、何時から私は……」
まなぶ「それすらも気付かなかったのか……私が人間になって初めて会った時にそれを感じた」
そうだったのか……もう私はそんな時から……
まなぶ「君は自分の課した仕事のために自分の感情を抑えていたのかもしれない……何度か気付かせようとしたけど……気付かなかった」
ひより「はは、私って、自分の事になるとまるでダメダメだね……」
笑うしかない……
まなぶ「遅かった……」
ひより「……遅かった……の?」
まなぶ「私は彼女に、まつりさんに交際を申し込んだ……そこで彼女の気持ちが分かった……」
ひより「……あ、あ……まつりさん、受け入れた……」
まなぶは何も言わない……負けた……完全に負けてしまった……私はもう此処に居てはいけない。
ひより「そうですか、分かりました、幸せに成って下さいね……さようなら……」
まなぶ「待って、さようならって、まさか、二度と私と会わないつもりなのか……」
ひより「……私が居ると何かと誤解を生みますよ……今、こうして居るのを見つかったら……」
まなぶ「田村さんにはまだいろいろ教えてもらわないといけない……人間の事、先生だったでしょ……」
それに、好きな人が他の女性と会っている所なんか見たくない……
ひより「……先生……それは佐々木さんに頼まれて……それにならまつりさんだって教えられます」
まなぶ「……君じゃないと、田村ひよりじゃないとダメだよ、それにまだ君には最後の仕事が残っている、すすむを救ってくれ、帰るにしても、残るにしても、
あのままだと彼は救われない、私も協力させてもらう」
ひより「……最後の、仕事……」
まなぶは頷いた。
まなぶ「田村さん、君とは好き嫌い関係なくこれからも付き合わせてもらうよ、先生だからね」
微笑むとそのまま帰って行った。
静けさがまた戻った。もう日が暮れそう。
恋愛感情無しに異性と付き合えるだろうか……
出来るさ、ついこの間までそうだった。
そう思った時だった、僅かに涼しい風が私の頬を撫ぜた……もう夏が終わる…か。
なんだろう、思いっ切り深呼吸がしたくなった。失恋したはずなのにこの清清しさは……
まなぶの態度がよかったのもあったかもしれない。だけどそれだけじゃない。相手に想いを伝える……か
結果はどうでもよかったのかもしれない。高良先輩の言っていた奇跡ってこの事かな……
私はしばらく余韻に浸った。
さて、まなぶの言うように私にはまだ仕事、ミッションがある。ゆーちゃんと佐々木さんを救わないと……
二人の気持ちは痛いほど分かる。だけどその感情に溺れてはいけない……いや、分かるからこそ他人事でいないといけない。
出来る、私も高良先輩のようになれる。つかさ先輩そして、かがみさん……力を貸して、もう一回……奇跡を。
もう時間もない。急ごう……最後のミッションへ……
『ピンポーン』
呼び鈴を鳴らした。もう日はすっかり暮れている。遅いのは分かっているけど、それでもゆーちゃんに会いたかったから。
そうじろう「お、田村さん……」
ドアを開けたのはおじさんだった。
ひより「こんばんは……夜分失礼します……ゆーちゃん、小早川さんはいますか?」
おじさんは険しい顔をした。
そうじろう「昨日から部屋から一歩も出ていなくてね、食事も食べようとしない……」
ひより「会えますか?」
そうじろう「……会えるとは思うが話しをしてくれるかどうか、さっきまで岩崎さんが居てくれたのだが効果はなかった……すれ違わなかったかい?」
みなみちゃん……みなみちゃんが来ても何も効果ないなんて……かなりの重症だ。
ひより「いいえ、きっと駅ですれ違ってしまったのかもしれません」
そうじろう「そうか、とりあえず上がってくれ」
私は家に入ると真っ直ぐゆーちゃんの部屋に向かった。
そうじろう「いったい何があったのだろう、知っているなら話してくれないか」
おじさんは私を呼び止めた。
ひより「誰もが一度は経験する事ですよ、恥かしくて誰にも話せない……苦しくて、切なくて……ここまで言えば分かるでしょうか」
そうじろう「そうか、それじゃ私の出る幕はなさそうだ……遅くなるようなら車を出すから時間は気にしないでくれ」
ひより「ありがとうございます」
おじさんはゆーちゃんの部屋を一度見るとそのまま居間の方に向かって行った。
61 :
ひよりの旅 96/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:25:01.06 ID:W145K4B60
『コンコン』
ドアをノックしても反応はなかった。三回ノックしても反応がなかったので私はドアを開けた。
ひより「ゆーちゃん入るよ……」
部屋が暗い……私はスイッチを入れて部屋を明るくした。ベッドの布団が膨らんでいる。布団を頭から被って寝ているようだ。私は部屋に入りゆっくりドアを閉めた。
ひより「こんばんは……」
ゆーちゃんは返事をしない。まだ怒っているのだろうか。
さてどうする。いや、どうするもこうするもない。する事は一つしかない。それもう決めてきた。
ひより「聞いているでしょ……そのままで聞いて……昨日ゆーちゃんから追い出されてから考えてね、それで分かった、私はまなぶが好きだった……
ゆーちゃんの言った通りだったよ、自分自身に嘘を付いていた、だからその歪が一気に噴出した……それで……さっきまなぶに会って……告白した」
ゆたか「こ、こくはく……」
小さな声で言うと布団を払いゆっくり立ち上がった。私の目をじっとみつめるゆーちゃん。
ゆたか「そ、それで、どうなったの……」
ひより「いや〜見事に振られた、空振り三振っスね」
私の笑顔を見るとゆーちゃんの目が潤み始めた。
ゆたか「……みなみちゃんの言っていたひよりちゃんの覚悟ってその事だったの……でも、なんで、なぜ笑うの……振られたのに悲しくないの、悔しくないの、切なくないの……」
ひより「多分その全てが正解……だけど何故かスッキリしたよ」
ゆたか「スッキリ……分からない」
ひより「相手に私が好きだって伝えられたから」
ゆたか「伝えられたから……それだけで……それだけでいいの?」
ひより「いいとは言わないけど、しょうがないじゃん」
ゆたか「しょうがない……」
ゆーちゃんは肩を落としてベッドに座った。
ひより「このまま此処に居ても何も変わらない、時間がけが過ぎて佐々木さんは故郷に帰ってしまう、どうする?」
ゆたか「どうするって言われても……」
ひより「告白もお別れも言えなくなっちゃうよ」
ゆたか「でも佐々木さんは……」
ひより「そう、佐々木さんは千年前の恋人を忘れられない……それをいのりさんに重ねている、でも考えようによっては重ねているだけでいのりさんを好きな訳ではないかも」
ゆたか「そ、それは……」
ひより「一日の恋が千年の恋に負ける理由はないよ、断ち切ってあげようよ千年前の恋人はもう居ないってね……その後はゆーちゃん次第」
ゆたか「どうやって、断ち切るの」
ひより「私と同じ事をすればいいよ、その後……どうなるか私にも分からないだけど、後悔はしないと思う」
ゆーちゃんは私を見た。
ゆたか「ひよりちゃんのその表情を見ていると少し落ち着いた……」
ゆーちゃんの顔色が少し良くなった。
ひより「みなみちゃんが来ていたって聞いたけど」
ゆたか「うん……私、悪い事しちゃった、寝たまま話しを聞くなんて……ひよりちゃんも昨日は追い出してごめんなさい……」
ひより「うんん、別に構わないよ、そのおかげで私はまなぶの恋に気付いたのだから、それよりみなみちゃんは何を話したの?」
ゆたか「昔の話の話し」
ひより「昔の話し?」
ゆたか「うん……ひよりちゃんにも話すって言っていたから……話すね」
ひより「うん……」
ゆたか「みなみちゃんが中学生の頃、お友達にラブレターの代筆をたのまれた、最初は断ったのだけど親友の頼みとあって断りきれなくて
結局引き受けたって……文章を考える上で、恋人になったつもりで考えていくうちに……」
ひより「考えていくうちに、相手を好きになってしまった……私達と同じだ……」
ゆたか「うん……みなみちゃんは二通のラブレターを書いた、一通は代筆を頼まれた親友の分、もう一通は自分が書いた本当のラブレター……
出すつもりはなかった、だけど親友にその手紙が見つかってしまって、それからは親友と話すこともなくなって……ラブレターも渡される事はなかった……」
あの話は本当にあった話だったのか……みなみちゃんがあまりのめり込まないのは自分の経験があったからなのか。
ひより「友情も恋も失っちゃったね」
ゆたか「自分の経験が活かせなかったって悔やんでいた、私もなんて言って返していいのか分からなかった……」
ひより「……みなみちゃんの場合は私達に当てはまらない、みなみちゃんは頼まれて代筆した、私とゆーちゃんは誰からも頼まれなかった、同じようで違うよね」
ゆーちゃんは黙ってしまった。話しを元に戻さないと。
ひより「お稲荷さん達が故郷に帰る日はそんなに遠くないみたい……どうするの」
ゆーちゃんは黙ってままだった。だけどさっきまでのゆーちゃんとは違う、顔色はもう元に戻っている。ただ踏ん切りがつかないだけ。なら背中を押してあげるだけだ。
ひより「ゆーちゃんはもう決めているんでしょ、」
ゆたか「で、でもそれが正解かどうか……」
ひより「高良先輩が言っていたよ、恋愛に正解はないって、やってみるといいよ」
ゆーちゃんは私を見上げた。
ゆたか「ひよりちゃんもそうやって決断したんだ……」
私は頷いた。
ゆたか「そうなんだ……凄いね……私も出来るかな……」
ひより「出来ると思うよ、私も出来たのだから」
ゆーちゃんは立ち上がった。
ゆたか「私……やってみる……でもひよりちゃんに手伝って欲しい」
ひより「私に出来る事なら」
ゆたか「それじゃね……」
『グ〜〜〜』
私のお腹が鳴いた……
『グ〜〜〜』
続いてゆーちゃんのお腹も鳴いた……私達二人の動きが止まった。
ひより「そういえば昨日から何も食べていない……」
ゆたか「私も……」
ひより「と、取り敢えず腹ごしらえしようか、腹が減っては軍はできないって言うし……兵法の基本だね」
ゆたか「別に戦いに行く訳じゃ……」
ひより「いいや、恋愛は戦いだよ、ささ、戦闘準備」
ゆーちゃんは笑った。
ゆたか「ふふ、台所見てくるね、少ししたら来て」
ひより「うん」
笑顔で足取りも軽くゆーちゃんは部屋を出て行った。元に戻った。でもこれは元に戻っただけ。さてこれからが本番、気を引き締めないと。
62 :
ひよりの旅 97/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:26:02.29 ID:W145K4B60
軽食を食べて再びゆーちゃんの部屋に戻った。
ひより「話しの途中だったね、それで私は何を手伝えば?」
ゆたか「うん、神社の倉庫に佐々木さんを呼んでほしい……」
ひより「佐々木さんを呼ぶ……私が、何故、ゆーちゃんが呼べば良いじゃない?」
ゆたか「だって、恥かしいでしょ……」
顔を赤らめるるゆーちゃん。
ひより「恥かしいって……その先にもっと恥かしい事をするでしょ、それじゃ告白なんて出来ないよ」
ゆたか「……ひよりちゃん、私を手伝ってくれるって言ったでしょ、それとも手伝ってくれないの」
いつになく言い寄って来た。何かあるのだろうか。訳がありそうだけど……
ひより「分かった、手伝うよ……それで呼んだらどうするの」
ゆたか「呼んだら佐々木さんを置いてそのまま離れて……」
恥かしいからか……それなら最初から一人ですればいいような気がするけど……これが手伝いになるなのかな。
ひより「離れてもゆーちゃんと佐々木さんの行く末は見させてもらうよ」
ゆたか「分からないようにしていれば……いいよ」
いや、もう考えるのはよそう、ゆーちゃんはその気になったそれでよしとしよう。
ひより「OK、分かった、それで決行の日時は?」
ゆたか「今度の日曜、午後四時ぴったりで」
四日後か……
佐々木さんを確実に来てもらうようにしないといけない。明日整体院に行こう。私は帰り支度をした。
ひより「午後四時ね、分かった、食事ありがとう」
ゆたか「もう遅いよね、電車も少なくなるし車で送るね」
え、ま、またあの運転を……体験するのか……
ゆーちゃんは部屋を出た。
ゆたか「おじさん、車を貸して……」
結局、私の家はそんなに遠くないと言う事でおじさんに送って貰う事になった。
そうじろう「ありがとう……」
ひより「どうしてお礼なんか、何もしていませんけど」
車は私の家に向かっている。ドアを開けた時のおじさんの表情とはちがって明るい顔になっていた。
そうじろう「ゆーちゃんだよ、君が来てから明るくなった」
ひより「いえいえ、私の前にみなみちゃんが来てくれていましたから……」
そうじろう「どっちでもいい、良かった……」
ひより「いいえ、まだ終わってはいませんけどね」
車は赤信号で止まった。
そうじろう「ふふ、ゆーちゃんも、もう、そんな歳になったのか……早いものだな」
ひより「そ、そうかな、私達が遅いだけかも、他はもっと……」
おじさんは笑った。
そうじろう「ふふ、こなたにしてもそうだった、まさか友達の所に行くとは思わなかった、つかさちゃん……初めて見た時は一人で何かするような子には見えなかった、
こなたを誘ってレストラン経営か……しかも上手くやっている、驚いているよ」
ひより「そうですか……私もゆーちゃんも憧れの先輩の一人ですよ」
そうじろう「これは失礼した」
信号は青になり車は再び走り出した。
ひより「あの、おじさんの時はどうだったのですか」
そうじろう「私か……私は悩んだりしたりしなかった、対象は一人しか居なかったから……君に語って聞かせるほど経験は豊富ではない」
ひより「奥さん一筋って事ですよね、素晴らしいじゃないですか」
そうじろう「ふ、そのかなたは去った……こなたも、そして今度はゆーちゃんも、皆私から去っていく……」
しまった、余計な事を言ってしまったか。
ひより「す、すみません、悲しい事を思い出させてしまって……」
そうじろう「いや、楽しいかった事も同時に思い出したよ……こなたやゆーちゃんが居なければ田村さんにも会えなかった……確か漫画を描いていると聞いたが、
漫画で食べていく気はあるのかい?」
ひより「い、いえ……まだそこまでは考えていません……」
そうじろう「そうか……その信号を右だったな」
ひより「はい……」
63 :
ひよりの旅 98/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:26:57.44 ID:W145K4B60
それからおじさんは家に着くまで何も話さなかった。
おばさん……かなたさんはもう亡くなっていたのをつい忘れていた。
もし、お稲荷さんの薬があったら、おばさんは救えただろうか……
もう二十年以上前の話じゃないか、私も生まれていないのにそんな事できるわけない。
もし、佐々木さん達が帰るとき、お稲荷さんの仲間が迎えに来るならかなたさんや真奈美さんくらい生き返らせてもらいたい。
その時佐々木さんとの会話を思い出した。人が亡くなった後どうなるかと聞いたら分からないと答えが返ってきた。
つまり死んだ者を生き返らせた事なんか一度もなかったって言っている。
かがみさんの病気を治し、この宇宙を自由に飛び回れる力をもってしても生き返らせるって無理なのか……
そもそもそんな事って可能なの……
結局お稲荷さんも私達人間と同じ、私達より進んでいるれけど、どんぐりの背比べなのかもしれない。この宇宙の謎に比べたら……
次の日、私は整体院を訪れた。呼び鈴を押すとまなぶが出てきた。
まなぶ「いらっしゃい……すすむだね、診療室にいるからそのまま入って」
まなぶが居るのか、まなぶは知っているのだろうか、ゆーちゃんの恋を……ここなら佐々木さんに声は届かない。
ひより「一つ聞きたい事が……ゆーちゃんについて」
まなぶ「小早川さん……彼女がどうかしたの?」
ひより「い、いや、人の感情が分かるなら……何か読み取れるかなって」
まなぶ「大人しい子だけど、芯はしっかりしている……それがどうかした?」
ひより「い、いや、何でもない、佐々木さんに会わせて貰うね」
まなぶ「どうぞ」
まなぶはゆーちゃんの恋を知らない……あんなに悩んで苦しんでいるのに、私の場合は自分でも気付かなかった感情を読み取っていた。どうしてだろう……
かがみさんみたいに心を読み取られない方法を知っているのか……まさか。
『コンコン』
診療室のドアをノックする。
すすむ「どうぞ」
私の顔を見た佐々木さんはうんざりするような顔になっていた。私もこれ以上お節介を焼くつもりはない。これが最後。
ひより「こんにちは……実は折り入ってお願いがあって来ました、電話でもなんですので直接話したくて……」
すすむ「そろそろ来るとは思っていた……私の気持ちは変わらない」
あの時の涙は嘘だったの……そう言いたかったけどここは堪えた。
ひより「はい、ですから最後のお別れと言う事で……明後日の午後四時、神社の奥倉庫に来て頂けませんか」
すすむ「……それは私もしようと思っていた……分かったその時間に行くとしよう」
ひより「ありがとうございます、それでは失礼します」
そのまま診療室を出ようとした。
すすむ「そ、それだけなのか?」
ひより「はい、私の用は終わりました、佐々木さんは何かあるのですか?」
すすむ「い、いや、無い……いや、呼吸法を、最後に呼吸法を教えよう」
意外だなって感じだ。私が淡白だったから。それだけではないはず。
ひより「本当ですか、嬉しいです、ゆーちゃんも連れてくればよかったかな」
すすむ「いや、彼女はもうマスターしている、もう私の教える必要はない」
いのりさんではなくあえてゆーちゃんの名前を出したのに何の反応もない。恋愛は私同様かなり鈍い……でも、これは責められないか。
それから私は佐々木さんに一時間ほどの練習を受けた。
すすむ「今日は完璧だ……そのリズムを忘れないように」
ひより「はい……」
私は帰り支度をした。
すすむ「も、もう帰るのか……」
ひより「はい……」
すすむ「そうか……短い間だったが世話になった」
ひより「こちらこそ、この呼吸法は私達人間が見つけたって言いましたよね、でも、それを知っているのは、教えられるのは佐々木さんだけです、
残ってくれれば何人も助けられますね」
すすむ「……そう、そうかもしれない」
すこし肩を落とした。
やっぱり……全くこの地球に未練がないって訳じゃなさそう。
ひより「最後に質問いいですか、死んだ人間を生き返らす方法ってあります?」
すすむ「……なぜそんな質問をする」
ひより「私には二人ほど生き返らせたい人がいるので、方法があるのかどうかくらい聞いてもいいですよね」
すすむ「分からない、だが少なくとも私達の知識にはそれは無い……だがこの知識はここに来てから変わってない、あれから四万年経過している……」
ひより「故郷の仲間が見つけているかも?」
佐々木さんは少し考えた
すすむ「……いや、それはない、四万年程度で理解できるほど生命は単純じゃなさそうだ」
ひより「ですよね、だから佐々木さんも帰ると決め付けないで最後まで考えて……私達の寿命は短いのですから……私が言えるのはそれだけです、それでは明後日……」
私はそのまま整体院を出た。
64 :
ひよりの旅 99/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:27:57.30 ID:W145K4B60
日曜日の午後三時三十分。神社の入り口で待っていると佐々木さんがやってきた。
あれから誰とも連絡は取っていない。もう私の出来る事はし尽くした。
これで私の関わるミッションは全て終わる。小林さんとひろしさんは私が直接関わっていないから高良先輩にお任せだ。あとは時間が解決してくれる。
すすむ「場所は知っている……別に待っていなくても……」
ひより「もしもがありますからね……行きますか」
倉庫の広場に付いた。
ひより「私が居てはなにかとやり難いでしょ、私は帰りますね……」
すすむ「……何から何まで世話になったな……」
ひより「さよならは言いませんから……」
私は広場を出て茂みの中に入り回り道をして広場出口の反対側に出た。ここなら誰にも見つからない。
さて、ゆーちゃんの手伝いは終わった。この後の展開を見るだけ……そう、見るだけ……
午後三時五十九分……そろそろ時間。
『ザッ、ザッ、ザッ』
出入り口の方から足音が聞こえる……来た、ゆーちゃんが来る……
すすむ「いのりさん……」
いのり「佐々木さん……」
えっ……そ、そんな……
そこに来ていたのはゆーちゃんではなくいのりさんだった。
ば、ばかな、ゆーちゃんが来ないと、ゆーちゃんを先に会わすのが私の目的だった。私の様な失敗はさせまいと思ってゆーちゃんを最優先にしたんだ。
これは何かの間違えだ。私は茂みを掻き分けようと前に出た。
「邪魔したらだめ」
後ろから小声で私を止める人がいる。後ろから手が伸び私の腕を掴むとグイグイと茂みの奥に引っ張り込まれた。すごい力だ……いや、後ろから引かれているから力が出ない。
いのりさんと佐々木さんが見えなくなるまで移動すると手を放した。後ろを振り向くとゆーちゃんが立っていた。
ひより「ゆーちゃん!!」
ゆたか「やっぱりひよりちゃんはこうすると思った、来て良かった」
ひより「良かったって……ま、まさか、最初からいのりさんを会わすつもりだったの……どうして……」
ゆたか「だって、そう言ったらひよりちゃん反対するでしょ」
笑顔で話すゆーちゃん……
ひより「当たり前じゃない、これじゃ私と同じじゃないか、バカ、ゆーちゃんのバカ……お人好しすぎだ……」
ゆたか「まだ、二人が結ばれるなんて決まっていない……私は確かめるの」
ひより「確かめるって……何を?」
ゆたか「いのりさん佐々木さんの恋人の生まれ変わりかどうか……そうなら二人は結ばれる、違っていれば私にもチャンスがある……」
ひより「そんなおとぎ話みたいな話なんてないよ……」
ゆたか「だから確かめるの……生まれ変わりだったら素敵でしょ……」
ゆーちゃんは目を輝かせて広場の方に歩いてった。
ゆーちゃんは絵本を書いた事をあるのを思い出した。メルヘンやファンタジーはゆーちゃんの大好物。
ゆーちゃんに千年越しの恋話はしてはいけなかった……でも、あの時はまさかゆーちゃんが佐々木さんを好きになっているなんて知らなかった。
遅い……そう、遅い。たかしが私に言った言葉を思い出す……
先読みしていたつもりだった。だけど現実はその先を進んでいる。所詮恋愛の手助けなんて……
ゆーちゃんは自分を犠牲にしてまつりさんと佐々木さんをくっ付けようとしたのか。
違う。
……ゆーちゃんのあんなに喜んでいる姿なんて久しぶりに見た。犠牲になるような人があんな嬉しそうな顔になるのか……
ゆーちゃんはそれを選んだ……私はそれをただ見守るしかない……それなら見させてもらう、いのりさんが生まれ変わりかどうか。
私はゆーちゃんの後を追った。
65 :
ひよりの旅 100/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:29:14.47 ID:W145K4B60
ゆーちゃんの隣に並んだ。そしてゆーちゃんの目線を追った。そこには二人が居た。佐々木さんは立っている。いのりさんがしゃがんでいる。しゃがんでいる所は、
コンが入ったダインボールを置いた所だ。
すすむ「本当にあの時は助かりました、コンが行方不明になって、そのまま居なくなってしまったら……」
いのり「始めは私が世話をしました、途中から、コンの記憶が無くなっていたと分かった時からはまつりが主に世話をしました……まつりがあんなに世話焼きなんてすこし驚いた、
ところで今、コンはどうしています?」
コンの話しをしているのか……
すすむ「元気にしていますよ……」
いのりさんは立ち上がった。
いのり「そうですが、今度また会ってみたいですね、引越しされると聞きましが、どちらへ?」
すすむ「え、そ、それは……」
いえる筈はない。遠い星へ、故郷へ帰るなんて。
いのり「言えないのでしたら無理には……遠くに行くのですね」
すすむ「は、はい……」
小さな声で返事をした。
いのり「それなら一つ聞いていいですか、とても下らない質問です、笑っちゃうくらい……」
すすむ「それは何ですか……」
いのりさんは少し照れながら話し始めた。
いのり「私の妹が一人旅に出て不思議な体験をした……一匹の狐に化かされて、それを切欠に仲良くなった……そしてその狐に命を救われたと……自分の命を引き換えにね」
すすむ「……妹さんがそんな話しを……」
いのり「そんな話は誰も信じない、もちろん私も最初はそうだった……でもね、同じ話しを妹は田村さんにもしたらしく……田村さんご存知かしら……」
すすむ「知っています、私の患者でもありますから……確かあの時此処にも居ましたね……」
いのり「……その田村さんがコンをその狐に似ていると言い出しね……笑っちゃうでしょ」
すすむ「ふふ、大学生と言ってもまだまだ子供ですよ……」
いのり「そう、普通なら作り話で終わってしまう……でも、妹は、つかさは違う、今まで目で見た事、体験した事しか話さなかった、それに嘘を付いたり騙したりする様な事もしない」
これは……私が苦し紛れに言った話しをしている。
いのり「コンは賢かった……どこかの救助犬か警察犬と見間違うくらい、それ以上かもしれない……私も田村さん同様に私もつかさの会った狐と酷似していると思うのです」
この話は知らなかった。いのりさんもかがみさんと同じようにコンの正体を見抜いていた……
すすむ「只の賢い犬です……私が躾けましたから……」
いのり「それともう一つ、私のもう一人の妹が倒れて病院に担ぎ込まれた……検査の結果は脳腫瘍、それもかなり危険な種類のものと診断されました……
それがたった一晩で何事もなかったように退院、誤診となったようですが……私はその後、病院で確認しました、倒れた時に撮影されたCTスキャンに、かがみの脳には
しっかり病巣が移っていました……かがみが病気だったのは何となく分かっていた……奇跡が起きたとしか思えません」
いのりさんはそんな事まで調べたのか……いのりさんは気付き始めている。お稲荷さんの存在に……そのヒントを出したのは……私……
すすむ「それと、妹さんの狐の話しと何か関係あるのですか……私には荒唐無稽でさっぱりです」
いのり「かがみはコンに助けられた……」
すすむ「ふ、ふふ、はははは、い、いのりさん、傑作だ、お別れの余興にしては上手い話ですよ、一生忘れられそうにない……」
大笑いしている佐々木さんだった。
それにしても惜しい所までいっていた。でもいのりさんがたかしを知っている筈もない。それでホッとして佐々木さんは笑っているのか。
いのり「それとも、佐々木さん、貴方が治してくれた-」
すすむ「ふふ、治したのは私ではありませんよ……」
いのり「では誰ですか、お礼が言いたい……」
すすむ「それは、たか……」
佐々木さんの笑いが止まった。
『バカ!!』
心の中で私は叫んだ。ゆーちゃんはクスリと笑った。そしていのりさんもクスっと笑った。
ゆーちゃんは佐々木さんを好きじゃないのか。二人がああして仲良く話しているのを見ていて何とも思わないのかな。
私だったら……私ならそんな光景は見たくない。その場を離れてしまいたい気持ちになる。ゆーちゃんときたらまるでドラマを見ているように平然としている。
本当にゆーちゃんは佐々木なんが好きなのか……まなぶもゆーちゃんの感情を読み取っていないみたいだったし……
まさか、最初からゆーちゃんは佐々木さんが好きではなかった……
いのり「……今のはボケていない……ですよね」
いのりさんの声で現実に引き戻された。ゆーちゃんの気持ちはさて置き、この二人の動向に目が離せない。
佐々木さんはどう話そうか苦慮している。
いのり「かがみもつかさも助けられたようですね、最後に分かっただけでも良かったです」
すすむ「……君は何とも思わないのか……私がそうだったとして、恐れないのか……」
いのり「ふふ、これでも巫女のはしくれですよ、神社に祭られているものを恐れたりしません」
佐々木さんの目がやさしくいのりさんを見つめる。
すすむ「……その言葉、千年前にも聞いたことがある……」
いのり「はい?」
佐々木さんは三歩後ろに下がった。いのりさんは首を傾げて佐々木さんを見ている。
すすむ「これから起きる事を全て受けいれらるなら君に私の気持ちを全て話そう、拒絶するなら私は故郷に帰る」
いのり「な、何を?」
いのりさんは両手を口元に持ち上げて不安げな表情になった。
すすむ「その目で確かめて下さい、その後は君の好きなように……」
佐々木さんの体が淡い光に包まれた……
佐々木さんは狐になる姿をいのりさんに見せるつもりなのか。そんな事をしたら……そんな事をしたら。
私はその姿を見て逃げ出した。まつりさんは気を失って自らの記憶を変えてしまうほどのショックを受けた……
まさか、佐々木さんは自分が故郷の星に帰る理由をつける為に……
腕が熱い……
気付くと私の腕を力強くゆーちゃんの手が握っていた。ゆーちゃんを見ると瞬きをする間も惜しむように佐々木さんを見ている。
いのりさんは……いのりさんは佐々木さんを見ている。逃げることなく、気を失う事もなく……ただ狐に変わっていく様子を見ていた。私とゆーちゃんと同じように。
66 :
ひよりの旅 101/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:30:20.77 ID:W145K4B60
そこには狐の姿の佐々木さんが居た。この姿を見たのは記憶を消されたので覚えているのは夢の中だけ。その夢の中の狐と同じ姿がいのりさんの前に立っていた。
狐はゆっくり歩き出しいのりさんの目の前まで近づくとお座りをしていのりさんを見上げた。
いのりさんは狐を見ているだけだった。だけど逃げ出さない。そして気も失っていない。いや、そのどちらも出来ないほどの状態なのかも。
やはり早すぎた。もっと時間をかけてからこうすべきだった。ゆーちゃんの手が私の腕から放れた。ゆーちゃんも私と同じ様に考えているのかもしれない。
いのりさんと佐々木さんは数分間動かず沈黙が続いた。
『ク〜ン』
佐々木さんは一回悲しげな鳴き声を上げた。しかしいのりさんは何も反応を見せなかった。佐々木さんの頭が項垂れた。そしてそのままの状態で立ち上がりいのりさんに背を向けた。
ゆたか「そ、そんな……」
小さな声でゆーちゃんが呟いた。佐々木さんは諦めたと思っている……私もそう思った。終わりだ……
佐々木さんはゆっくりと歩き出していのりさんから離れていく。
あれ、いのりさんは離れて行く佐々木さんを目で追っている……いのりさんにはまだ意識がある。
いのり「ま、待って……」
しかし佐々木さんは止まらなかった。
いのり「待って、佐々木さん、佐々木……すすむさん」
ささきさんは立ち止まった。そして振り向いた。
佐々木さんの名前を呼んだ。いのりさんはあの狐を佐々木さんだと認識している……
いのり「その姿のままで帰ると危ないですよ、車やいたずらっ子がいますから」
いのりさんはにっこり微笑んだ。
佐々木さんはゆっくりといのりさんに戻っていく。いのりさんはしゃがんだ。そして佐々木さんはいのりさんの目の前で止まった。
いのり「……元に戻れるまで此処にいますから……貴方の気持ちを聞かせて……」
その言葉を聞くと伏せてゆっくりと目を閉じた。その姿をいのりさんは見守っている。
ゆたか「ふぅ〜」
ゆーちゃんは溜め息を付くとその場を離れて茂みの奥に行ってしまった。私もすぐにその後を追った。
ゆーちゃんは私を引っ張り込んだ所で止まっていた。
ひより「いいの、最後まで見届けなくて……」
ゆたか「もう、あの二人は大丈夫……だからもう私は要らない……」
ゆーちゃんは大丈夫には見えない。
ひより「いのりさんに全て話したみたいだね、だから今日まで四日も間を空けた」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「うんん、いのりさんには今日、此処に佐々木さんが来るって……それしか言っていない」
するといのりさんは私の話した情報だけで佐々木さんを理解したのか……
ゆーちゃんには酷だけど、確かめなければならない事がある。
ひより「佐々木さんを好きだったの?」
ゆたか「もう……知っていると思ったけど……何でそんな事聞くの」
少し不満げで口を尖らしていた。
ひより「まなぶがゆーちゃんの心をまるっきり知らなかったから……彼の能力は知っているかな?」
ゆたか「……かがみ先輩の病気を宮本さんから教えてもらった時、彼から直接私に話があった、佐々木さんを好きなんでしょって……彼には嘘は言えない、見透かされている、
だから彼と約束をした、佐々木さんには絶対に話さないようにって、私の気持ちは佐々木さんには知られないように……だからひよりちゃんに話さなかったと思う」
佐々木さんに知られないように、それだと余計にゆーちゃんの言っている事が矛盾する。
ひより「……それなら私を佐々木さんの出迎えをさせたのは何故、私が佐々木さんに言ってしまうって思わなかったの?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「それはないよ、私が佐々木さんに告白をするって思っていたから、そう思っているかぎりひよりちゃんは佐々木さんに言わない、そうでしょ、ひよりちゃん?」
ひより「最初から決めていたの……か」
悩んでいたのは選択ではなく方法だった。
ゆたか「ひよりちゃんの勘違いを利用させてもらちゃった……」
ゆーちゃんは申し訳なさそうに俯いた。今更そんな表情をされても私は困るだけだ。
ひより「どちらにしてももう私達のミッションは終わった、あとはかがみさんとつかさ先輩だけど、それは高良先輩に任せるしかない……すっきりしたよ
なんだかお腹減っちゃったね、何か食べに行こうよ」
私が行こうとした時だった。
ゆたか「まだ終わっていない……」
ひより「終わっていない……なんで、終わったでしょ……それとも未練ができちゃったなんて言うの……?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「私……ひよりちゃんに謝らないと」
ひより「……さっきの事なら気にしないよ」
ゆたか「違うの、私……ひよりちゃんの記憶を奪った本当の理由を言わないといけない、それを言うまで私のミッションは終わらない」
ひより「ふふ……それも、もう終わった事でしょ、それで私が態度を変えるなんてないから」
私は笑って返した。
ゆたか「秘密にしたかった訳でもない、一人で解決したかった訳でもない……そんな事じゃないの……本当はね……
ひよりちゃんが佐々木さんを好きになるのが嫌だったから……これ以上ライバルを増やしたくなかったから……だから記憶を消した、そうだとしても変わらない?」
笑いが止まった。そしてはゆーちゃんを見た。高校時代から変わらないその姿……まだまだ子供だと思っていた。
今までゆーちゃんがやってきた事を総合すると、彼女は目的の為には手段を選ばない……そんな感じだ。
子供のようなあどけなさの影に小悪魔的な冷酷さが潜んでいる……
ゆたか「彼との恋が実らなかったのはきっと罰が当たったからだね……ごめんね……ひよりちゃん……」
でも人間はそんなもの。だから人間は面白い……その程度で私の気持ちは変わらない。
ひより「ゆーちゃんと同じ人を好きになるのは止めた方が良さそうだね〜何をされるか分からないや……」
少し皮肉を込めて笑いながら話した。これが私の答え。
ゆーちゃんは私の顔を見ると目が潤み始めて、涙が零れだした。
ゆたか「何で、何でそんなに優しいの、もっと怒っていいのに、突き飛ばしてもいいのに……ひよりのバカ……ばか……」
ゆたかはその場に泣き崩れた。こんなに激しく泣く姿を見るのは初めて。
それもそのはず、ゆたかは大切な物を失い、同時に大切な物を得たのだから……
それは私も同じ……
同じだからゆたかの気持ちは分かる。分かるけど溺れない、溺れればきっとゆたかとの友情はなくなる、みなみちゃんの友人の時の様に。
落ち着いたら食事しに行こう、少しお酒も入れようか。
今は涙が涸れるまでゆたかを見守ろう。いのりさんの様に……
倉庫広場をいのりさん達が先に出たのか、私達が先に出たのかは分からない。だけど私達が神社を出たのはもう日が暮れて街灯が点く時間だった。
67 :
ひよりの旅 102/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:31:35.04 ID:W145K4B60
それから暫くしてワールドホテル秘書、木村めぐみが自首した。つかさ先輩の家に匿われていたそうだ。もう一人、柊けいこを助けるためにそうしたと聞いた。
その木村めぐみさんに全てのお稲荷さんを故郷に帰す計画を託された泉先輩。
いろいろ四苦八苦したみたいだったけど無事任務を終えた。
そして、残ったお稲荷さんは……まなぶ、佐々木さん、小林さん……そして、最後につかさ先輩の恋人、ひろしも残る事になったそうだ。
柊四姉妹全てがお稲荷さんと結ばれる……これも何かの縁か運命なのだろうか。
だとしたら私とゆたかがどんなにもがいても叶うはずはない。
私とゆたかは大学を卒業すると同時に引越しをすることになった。それはにまつりさんやいのりさんに遠慮した訳じゃない。私はまなぶや佐々木さんに何回も会っている。
ゆたかも会っているみたいだけど、さすがに佐々木さんには会い難いと言っていた。
私達と入れ替わるようにつかさ先輩と泉先輩が戻ってきた。店ごとの引越しだそうだ。それを一番喜んだのは泉先輩の父、そうじろうさんなのは言うまでもない。
つかさ先輩は引っ越した店、レストランかえでの隣に洋菓子店を開いた。
それから間もなくいのりさんが結婚、あとは順番につぎつぎと結婚をした。
私とゆたかは同居している。そして同じ仕事をしている。
始めは違う仕事をしていた。ゆたかがふと思いついた物語が面白かったのでそれを私が漫画に描いてみてコミケに出してみたらたら意外とうけてしまった。
これが切欠となり私とゆたかはコンビで漫画界にデビューすることになった。まさかゆたかとこんな形でコンビになるとはは夢にも思わなかった。
それからは目まぐるしく時間が過ぎていく。学生時代がスローモーションに感じるほどに……
68 :
ひよりの旅 103/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:32:56.52 ID:W145K4B60
十年後……
私はつかさ先輩に呼ばれて洋菓子店つかさに来ていた。もちろんゆたかやみなみも一緒、いや……陸桜学園祭のチアリーディングメンバー全員が呼ばれた。
何でもつかさ先輩がピアノの演奏を皆に聞かせると言うのだ。皆が集まるのはあの時以来かもしれない。
私は約束の時間よりもかなり早く店に来ていた。あの出来事を直接つかさ先輩に話したかったから。
つかさ「……そんな事があったの、そこまでは知らなかった……」
私の恋、ゆたかの恋、そしてかがみさんの病気……そこで私達がしてきた事、つかさ先輩にはどれも初めて聞く話だったようだ。
ひより「ゆたかは話さないでって言っていたけど、もう時間も経っているし……」
つかさ「そうだね、もうあれから十年くらいかな……時間が経つのは早いね……でも不思議、ひよりちゃんとゆたかちゃんがコンビを組んでいるなんて、ゆたかちゃんは
みなみちゃんと一緒に仕事をすると思っていたけど……」
ひより「それを言うなら私も同じですよ、泉先輩はかがみさんと一緒に何かすると思っていましたけど」
つかさ先輩は笑った。
つかさ「そうかもしれない、こなちゃんとお姉ちゃん、あんなに仲がよかったのに、私とと一緒に仕事をしているのはこなちゃんたよね、私の店と隣だし、
お菓子もレストランに提供しているから毎日のように会っているよ」
私は辺りを見回した。
ひより「あの、旦那さんは?」
つかさ「あ、ひろしね、ひろしはお休み、同性だけで会う方が気兼ねしなくていいでしょって、子供を連れて実家に行くって」
ひろしさんは結婚式に会っているだけだった。一度いろいろ話してみたかった。
ひより「そうですか……そういえばつかさ先輩だけ柊の姓なんですよね……」
つかさ「そうなの、だからひろしにお父さんの仕事を引き継いで欲しいって……ふふ、面白いでしょ、お稲荷さんが神主をするかもしれないって」
ひより「そうですね、ふふ……」
私達は笑った。
つかさ「それでね、まつりお姉ちゃんはね……」
その時、私の表情を見たつかさ先輩は話すのを止めた。
つかさ「ご、ゴメン、今の話は止めておくね」
私はまだ諦めていないなのだろうか。つかさ先輩でも分かるほど表情に出たのか。もっとも今のつかさ先輩は昔とは違う。結婚もしているし一児の母でもある。
細かい表情の変化を見逃さないのかもしれない
そうだった。私はつかさ先輩に一番に会いに来たのを思い出した。今そのチャンス。この期を逃すわけにはいかない。
ひより「つかさ先輩、一つ聞いて良いですか」
つかさ「どうしたの、改まっちゃって?」
ひより「実は、このお稲荷さんの話しを漫画にしたのですが……私の話しをつかさ先輩が知らなかったと同じように私もつかさ先輩の話しを詳しく知りません、
出来れば話して欲しいのですが……良いですか?」
つかさ「えっ、ま、漫画に……するの、私は構わないけど……皆が、特にお姉ちゃんが何て言うか、あの時の事、忘れていないでしょ?」
覚えている。
ひより「でも、この案を考えたのはゆたかです、」
つかさ「ゆたかちゃんが……」
ひより「それに事前に許可を得れば何も問題ない、皆が反対したら是非つかさ先輩に説得の手伝いをしてもらおうと思って……当事者の一人が賛成すれば説得力がでるでしょ?」
つかさ「でも……ひろしやすすむさん、ひとしさん、まなぶさんが何て言うか……だたでさえ正体を知られるのを嫌がっているし」
ひより「彼らはもう人間なのですよね、お稲荷さんじゃないでしょ」
つかさ「え、う、うん、そうだけど……」
困惑するつかさ先輩だった。
69 :
ひよりの旅 104/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:33:55.78 ID:W145K4B60
『ガチャ!!』
お店の玄関が開いた。今日は貸し切りって聞いていたけど……
こなた「やふ〜、ひよりん、早いね……」
ひより「泉先輩……久しぶりです」
つかさ「いらっしゃい」
泉先輩は不機嫌な顔をした。
こなた「ひよりん、もう先輩は止そうよ、それにね、上の名前で呼ばれちゃ未婚だってバレちゃうでしょ」
ひより「へ〜先輩もそんな事気にするようになったんだ」
こなた「う、うるさ〜い、ひよりんには言われたくない!!」
今日呼ばれたメンバーで未婚なのは私、泉先輩…そしてゆたか……の三人だけ。
あのかえで店長も結婚をした。そのせいもあるのだろうか、最近は泉先輩も気にするようになったようだ。
つかさ「別に良いじゃない、結婚が全てじゃないよ」
こなた「結婚して幸せいっぱな人に言われても説得力ないよ……で、二人で何を話していたの?」
相変わらず切り替えの早い泉先輩。
つかさ「ひよりちゃんがね……お稲荷さんの話しを漫画にしたいって……プロになったのだし、あの時みたいな冗談じゃ済まないと思うの」
私よりも先に話されてしまった。つかさ先輩も切り替えが早くなったな……
泉先輩の目が輝き始めた。
こなた「私に内緒でそんな面白そうな企画をするなんて、つかさの話しなら私に聞くべきじゃないかな、つかさじゃ肝心な所が抜けるから」
つかさ「こ、こなちゃん……まだ決まった訳じゃなくて……」
『ガチャ!!』
ゆたか「こんにちは〜お久しぶりです……えっ!?」
店の扉が開いた。ゆたかが入るな否や泉先輩が駆け寄った。ゆたかは驚いて一歩下がった。
こなた「ずるい、私に内緒で漫画を描くなんて、何で私をスタッフにしないのさ、私の大活躍の場面をいっぱい、いっぱい入れようよ」
ゆたか「え、ひ、ひより、もしかして、もう話しちゃったの?」
ゆたかは驚いた顔で私を見た。
ひより「い、いや、何て言うのか、タイミングが悪かった……本当はつかさ先輩だけに……」
つかさ「ゆたかちゃん、ひよりちゃん本当に良いの、お稲荷さんの話しを物語にするには二人の失恋を……あっ!!!」
慌てて両手で口を塞いだ。しかしもう遅かった。泉先輩が聞き逃すはずはない。
こなた「しつれん……失恋だって……」
益々目を輝かせてゆたかと私に駆け寄った。
こなた「そんな話は初耳だな……どう言う事かな……お二人さん」
つかさ「ご、ごめんなさい……つ、つい……」
顔の前で両手を合わせて謝るつかさ先輩。
ゆたか「別に構いませんよ、内緒にするつもりはありませんから」
あっけらかんと答えた。私はゆたかのその表情を見て愕然とした。どう言う事……
ゆたか「私……五年前に彼に会って、その時の気持ちを話した、彼、全く気付いていなかったって驚いた……でもね……彼はそれでもやっぱりいのりさんを選んでいたって……」
微笑みながら、恥じらいも無く淡々と話す。あの時のゆたかが嘘のようだ。
こなた「彼って誰……いのりさんが好を選んでいたって……え、え……ま、まさかゆーちゃんの好きだった人って……」
ゆたか「そう、佐々木すすむさん」
泉先輩は絶句した。
つかさ「ゆたかちゃん……」
ゆたか「一時は落ち込んで……苦しくて、泣いて、もがいていたけど、初恋の殆どは実らない……どうにもならない事がこの世にはあるって、そう割り切れた……」
ゆたかにとってあの時の出来事はもう過去の話し。ただの思い出になったと言うのか。
私はゆたかが結婚しないのはまだ失恋を引き摺っているのだと思っていた。違う……ただ縁がなかっただけ……
十年も一緒に仕事をしていて、同居して気付かなかった……
こなた「それで、ひよりんは……どうなの?」
ひより「私?」
……私が好きだったのは宮本まなぶ……い、言えない。ゆたかのように言えない。何故……
こなた「なにもったいぶっっちゃって、ひよりんらしくない」
ひより「い、いや、なんて言うのか、その、あの……」
だめだ、やっぱり言えない……どうして、あの時、私だって割り切れた。そうだったはず。
70 :
ひよりの旅 105/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:34:49.52 ID:W145K4B60
『ガチャ』
かがみ「オース……」
みゆき「こんにちは」
かがみさんとみゆき先輩……
みゆきさんはあれからお稲荷さんの薬を作ろうと日夜研究している。ところがつかさ先輩は作った方法を記録に残していなかったので全く研究が進んでいない。
でも、最近はすすむさんが手伝ってくれている。すすむさんは薬の化学式を知っている。それをみゆきさんに教えたそうだ。でも答えは分かっていても
どうやって合成するのかが見当もつかないらしい。ただつかさ先輩はたかしから教えてもらった材料だけは覚えていたのでそれをヒントに試作をしていると聞いた。
もし、あの薬が完成すればノーベル賞は確実。ガンバレみゆき先輩。
みゆき先輩は研究所で知り合った人と結婚した。
つかさ「ゆきちゃん、今日は来られないって聞いたのに……ありがとう」
みゆき「つかささんの初演ですものね、行かない訳にはいけません」
こなた「やふーかがみ、おひさ」
泉先輩はかがみさんのお腹をじっと見ている。
かがみ「な、何だよ、会うなり失礼だろ!!」
こなた「……三人目……だったかな」
かがみ「四人目よ、そ、それがどうかしたか」
こなた「お盛んですこと……ねぇ、みゆきさん」
みゆき先輩はクスリと笑った。
みゆき「羨ましいかぎりです」
かがみ「盛んで悪いか……って、みゆきまで……」
こなた「まぁ、かがみがエロいのは最初から分かっていたけどね」
かがみ「なんだと、さっきから聞いていれば、私が妊娠する度に同じ事を言っているじゃない……もう許さない」
泉先輩はお手上げのポーズをした。
こなた「懲りないね〜」
かがみ「一回殴らないと気がすまない……」
かがみさんは拳を振り上げた。
こなた「あ、あ、そんなに怒ると、お腹の赤ちゃんに障るよ……」
かがみ「う・る・さ・い」
こなた「キャー」
ゆたか「かがみ先輩、危ないですよ」
みゆき「ふふ、泉さん……」
泉先輩は逃げ出した。それを追いかけるかがみさん。お店を所狭しと追いかけっこをし始めた。それを楽しそうにみゆき先輩とゆたかが見ている。
ふとつかさ先輩をみると目が潤んでいる。私が見ているに気付いたつかさ先輩は慌てて人差し指で目を拭った。
ひより「どうかしましたか?」
つかさ「うんん、何でもない……何時になっても私達って変わらないなって……真奈美さん……お稲荷さん達と出会っていなかったら、お姉ちゃんとこなちゃんは追いかけっこなんか
していなかった……そう思ったら自然に涙が」
かがみさんは自分の旦那がお稲荷さんであるとことをもう既に知っている。驚くことも無く、恐れることも無く、ただ自然に受け入れたと……。
つかさ「私、今思ったのだけど、ゆたかちゃんはひよりちゃんの為に漫画の企画をしたかもね」
皆はかがみさんと泉先輩の死闘に夢中になっている。私とつかさ先輩だけで話している状態になっていた。
ひより「私の……為に……ですか」
つかさ「まなぶさんの正体を知らないのはまつりお姉ちゃんだけなの……こなちゃんの言うように私では伝わらない、どうかな、
ひよりちゃんからまつりお姉ちゃんに全てを話してもらえないかな……コンは亡くなったって事になっているし……」
ひより「それならかがみさん、いのりさんでも……泉先輩でも」
私は透かさず帰した。
つかさ「うんん、身内の話しは親身に聞いてくれない……それにこなちゃんはコンに一切関わっていないでしょ……恋の話しは話す、話さないはひよりちゃんの自由だよ」
ひより「で、でも……」
何故か素直に引き受ける気になれない。
つかさ「無理にとは言わない、まだ時間はあるからゆっくり決めて……」
そう言うとかがみさんと泉先輩の方に駆け寄っていった。
つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、もういい加減にして!!」
笑いと、怒号が飛び交う、何が何だか分からない締りのゆるい光景……確かにあの時のまま、何も変わらない……そして、私も……
いや、私は変わってしまった。もうこのゆるい空間には入れない……
私は皆に気付かれないように店を出た。
71 :
ひよりの旅 106/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:35:50.87 ID:W145K4B60
ひより「ふぅ〜」
溜め息をついた。折角つかさ先輩が呼んでくれたけど、ピアノの演奏を聴ける状態じゃない。帰ろう。
「田村さん?」
駅に向かって歩き出して暫くして私を呼ぶ声がした。振り向くとかえでさんだった。
ひより「こ、こんにちは……お久しぶりです……」
かえで「久しぶりね、半年ぶりかしら……たまには私の店にも来てよね、っと言っても忙しそうね……漫画の連載をしているって聞いたわよ」
ひより「そんな事ないですよ、今度食べに来ますから……」
かえで「ところで、つかさに呼ばれたのよね、何故反対方向に?」
ひより「え、えっと……用事を思い出しましたので帰ろうかと……失礼します」
私はかえでさんに会釈をして立ち去ろうとした。
かえで「まちなさい……本当に失礼だわ」
叱り付ける様な厳しい声だった。背筋が伸びて立ち止まった。
かえで「貴女、つかさの友達でしょ、演奏を聞く前に帰るって……何の用事なの、親でも亡くなったか」
ひより「い、いいえ……」
かえで「それなら問題ない、戻りましょ」
ひより「……い、いいえ、戻れません、このまま帰ります……」
かえでさんは溜め息をついた。
かえで「つかさが何故演奏会をするのか知っているのか?」
ひより「知りません……」
かえで「別れた親友が好きだった曲……店を切り盛りして、しかも子育てをしながら練習した曲よ、それを聴かずに帰るのか?」
別れた親友……誰だろう。別れたって……少なくとも私の知っている人ではない。
ひより「親友って誰です、お店のスタッフの人ですか」
かえでさんは首を横に振った。そして空を見上げた。
かえで「彼女ははるか彼方……そしておそらくもう二度とつかさと会うことはない、生きている間はね……」
空を見つめて……はるか彼方……宇宙……そうか……
ひより「故郷に帰ったお稲荷さんですか……もう地球の事なんか忘れますよ……私達より遥かに進んだ世界、きっとパラダイスでしょうから」
かえでさんは首をまた横に振った。
かえで「彼等の故郷は災害に見舞われて危ないらしいわ……彼らは故郷を救おうと必死になっている」
ひより「まさか、お稲荷さんの知恵と技術があれば必死になる事なんかないですよ」
かえで「どんな災害かは聞いていない、例え聞いても私には理解できないかもしれない、それとも自らの過ちが招いた悲劇か、どちらにしても自然は計り知れないわ、
そして彼等も万能ではないって事……同じ災害が我々人類に来ない事をいのるばかりね……つかさはそんな友人を想いピアノを弾こうとしている……聴いてみる価値はあるわよ」
かえでさんってこんな感性を持っているのか……意外な一面を見た。料理人としてのかえでさんしか知らなかったので新鮮に感じた。
でも……答えは変わらない。
私は首を横に振った。
かえでさんは私をじっと見た。
かえで「よく似ている……私の古い友人もそうだった……その未練たっぷり表情がそっくりだわ……」
……私は顔を隠すように俯いた。
かえで「……その友人はもうこの世にはいない……自ら命を絶った」
辻さんの事を言っているのか
ひより「わ、私は……そんな事なんかしないです」
かえで「それなら行きましょう」
ひより「い、いいえ……」
かえでさんは店の方向を見た。
かえで「分からず屋ね、それじゃあの子に頼もうかしら」
私はかえでさんの見ている方向を見た。
ゆたか「ひより〜」
ゆたかが私の名前を呼びながら走ってきた。息を切らしている。ずっと此処まで走ってきたのか……
ゆたか「ハァ、ハァ……どうしたの、急に居なくなっちゃって……つかさ先輩も心配しているよ」
かえで「演奏も聴かないで帰るってさ……」
ゆたかはかえでさんを見て会釈した。そして直ぐに私の方を向いた。
ゆたか「ど、どうして……」
私は何も言わない。言えなかった。
かえで「私じゃ手に負えない、後は頼むわ、先に行ってるわよ」
ゆたか「はい……」
かえでさんはゆたかの肩を軽く叩くとそのままつかさ先輩の店に向かって行った。
72 :
ひよりの旅 107/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:36:51.93 ID:W145K4B60
ゆたかは直ぐ近くの公園に私を連れて行った。
ゆたか「どうして?」
同じ質問をしてきた。
ひより「それは私が聞きたい、もう忘れかけていたいたのに……蒸し返すなんて酷いよ」
ゆたか「私は……」
ひより「可笑しいよね、完全に振り切った筈なのに……笑い話には出来ない、あの場所にいると惨めなだけだよ」
ゆたかは何も言わなくなった。慰めの言葉は今の私には辛く苦しめるだけ。
ひより「帰る、そろそろ演奏始まるよ……ゆたかも戻った方がいい」
私はゆたかから離れた。
ゆたか「人一倍の好奇心、どんな危険を冒してでも自分の好奇心を満たすために探求する」
私は立ち止まった。ゆたかは更に話した。
ゆかた「遠目でただ観察しているようで気が付くと自分からのめり込んでしまって身動きが取れなくなってしまう不器用な子」
ひより「な、いきなり何?」
ゆたか「高校時代、ひよりはよくこんな事を言っていたよねキャラの分析……でもね、一人だけ言っていない人が居るのを知っている?」
ひより「……いや、ネタ帳に私の知人は全て書いた……最近会った人は忙しくて書いていない」
ゆたかは歩いて私に近づいた。そして人差し指を私の胸に向けた。
ゆたか「ひより、自分の事は一言も言わなかったね」
ひより「自分の事……書く必要なんかないよ、私は私だよ……」
ゆたかは私に顔を近づけにっこり笑った。
ゆたか「……二年前にアシスタントなった小島さん、好きなんじゃないの?」
ひより「な、何をこんな時に……好きじゃない……彼とは仕事で付き合っているだけ」
ゆたかは首を横に振った。
ゆたか「やっぱり、何も分かっていないね……だからまりさんに先を越されちゃうの」
カチンと来た。
ひより「勝手にそう思ってればいい、お稲荷さんの話しはゆたか一人でやれば……私はもう協力しないから」
ゆたか「そうやって気付かない、自分が傷ついているのさえ気付かない、人一倍傷つき易いのに……かがみ先輩の時も、いのりさんの時もそうだった、そんなに傷だらけになって……」
ゆたかの目に光るものが……
ゆたか「かがみ先輩を救ったのはつかさ先輩じゃない、ひよりだよ、いのりさんとすすむさんを結んだのも、まつりさんとまなぶさんも……そして私も救ってくれた」
ひより「ゆたかを救った……私が?」
ゆたか「うん……ひよりの好奇心は全部外に向けられちゃって、自分には全く関心ないみたい、だから人が出来ないような無茶をする、
普通は逆なのに、私にはそんな真似出来ない、うんん、つかさ先輩だってかがみ先輩だって出来ない……凄いよね、憧れの人は直ぐ側に、目の前に居た、
それに私に物語を作る才能があるのを見つけてくれたのもひより、私はひよりから沢山の物を貰った……」
私はそんな事をした覚えもつもりもない。でも、ゆたかの流している涙は嘘をついているようには見えなかった。
ゆたか「外に向けられた好奇心、それの十分の一、うんん、百分の一でも自分に向けてみて……そうすれば今、何をすべきかわかると思う」
自分に好奇心があるのは知っている。それに自分の分析は何度もしている……今更そんな事をしたって……
ひより「私はもう戻れない……」
ゆたかは目を拭うとにっこり微笑んだ。
ゆたか「そう、それも良いかもね」
ひより「それじゃ先に帰っているよ」
私は立ち上がった。
ゆたか「あっ、そうそう、つかさ先輩が演奏する音楽はラヴェル作曲、亡き王女のためのパヴァーヌ」
ひより「ラヴェル……クラッシック、難しそうだね」
ゆたか「うん、彼が若かった頃の作品……逸話があってね……彼は晩年、交通事故で記憶を失ってしまって作曲活動ができなくなってしまったの、ある日、たまたまこの曲を聴いた彼が
素晴らしい曲だね、誰が作曲したのか……そう言ったって……ネタかもしれないけど……でもその曲はこの話しを納得させるだけの力があるよ、
オーケストラ用にも編曲されているけど、私はピアノの方が好き」
ひより「……なんでそんな話しを?」
ゆたか「記憶を失っても自分の作曲した曲をすばらしいと言った……人の感性や好みや性格って記憶で決まるものじゃないって……私はひよりの記憶を奪った……だけどそれは
私の目的にはまったく意味のない行為だった……それが分かったから、ひよりも聴けば何か分かると思って……話した」
ゆたかは腕時計を見た。
ゆたか「もうシナリオは出来ているよ、主人公はつかさ先輩とひよりがモデル……ひよりが手伝わないのは残念、私の話しをイメージ化して漫画に出来るのは
ひよりだけだから……あ、もう戻らなきゃ」
ゆたかは走って公園を去っていった。もっと話しを聞きたかったのに……
公園を出て私は分かれ道で止まった。
駅へと続く道……家に帰る道。もう一方はつかさ先輩のお店へと続く道……
何故立ち止まる。私はもう帰るって言ったのに。駅に向かえばいいじゃないか。でも、私の中のもう一人の私が帰るなと言っている。
かえでさんとゆたかの言葉が頭の中で何回も繰り返して再生される。
私は……どうすればいい……いや、私ならどうする。
自分に問うか……そういえばみゆき先輩もそんな事いっていたっけ。
もちろん面白い方を選ぶに決まっている。とっちが面白い……
このまま帰れば締め切りが近い漫画の仕上げをすることになるか……
亡き王女のためのパヴァーヌ。どんな曲なのだろう。そしてつかさ先輩はちゃんと弾けるのだろうか。興味が湧く……それを確かめるだけも……
ひより「ふふ、分かった、悩む必要なんか無かった、こんな時、私なら行く場所は決まっている」
年甲斐も無く独り言を呟いた。まだ間に合うかな……
私は走り出した。
73 :
ひよりの旅 108/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:38:04.24 ID:W145K4B60
お店の入り口にゆたかが立っていた。
ひより「まだ……間に合うかな……」
ゆたか「待っていたよ、来ると思ってた」
笑顔で話すとゆたかはドアを開けた。
ゆたか「どうぞ、皆も待っているよ」
店に入るとテーブルは片付けられていた。そして椅子がピアノを囲むように並べられていた。そこに皆が座っている。そしてピアノの席にはつかさ先輩が座っている。
ピアノはこの日のために買ったそうだ。この演奏が終わった後はこのままこの店に置き定期的にみなみが来て演奏をするらしい。
みさお「これで全員だよな……早く始めようぜ」
気付くとみさお先輩、あやの先輩も来ている……私は空いている席をみつけて座った。かえでさんと目が合った。彼女は頷くとつかさ先輩の方を向いた。
ゆたかがつかさ先輩に合図を送った。
つかさ「今日は皆来てくれてありがとう……私がこの曲を弾くのは、別れた友人の為、亡くなった親友の為……そして、なによりひよりちゃんに聴いてもらいたい」
私……に
つかさ「まだ少しぎこちないかもしれないけど……聴いてください」
つかさ先輩はみなみ方を向いた。みなみはつかさ先輩に向かっておおきく頷いた。そしてつかさ先輩も頷く。
椅子に座って大きく深呼吸、そして目を閉じて精神集中……目を開けると両手をピアノの鍵盤に添えた……
この曲……メロディ……聴いたことがある……静かな曲だった……
私がみなみの家に行った時に聴いた曲じゃないか……あの時の状況が……思い出が蘇って来る。
つかさ先輩はみなみと違って目を大きく見開いて鍵盤から一時も離さずに見ている。目を閉じる余裕がない。身体もすこし強ばって緊張しているのが私にも伝わるほどだ。
必死に弾いている。みなみの時の様な優雅さは感じなかった。必死に……静かな曲とは対照的……
そう、あの時の私も同じだった。必死に考えて、考えて……行動していた。
でも……何だろう、あの時は静かな曲のイメージしかなかったのにメロディが私の心に染み込んでいくような……そんな感じがした。
私の目が自然に閉じていく……
真奈美さん、故郷に帰ったお稲荷さん達……もう二度と逢えない……そんな切なさが……つかさ先輩の想いが伝わってくる。
私は考えるのを止めて音楽に、陶酔したい。
つかさ「片付けまでさせちゃって……もう良いから皆帰って……」
演奏会が終わり私、ゆたか、かがみさん、泉先輩、かえでさん、あやの先輩が残って店の片付けをしていた。
こなた「良い音楽聴かせてもらったからこのくらいはしないとね」
かがみ「こなたにしてはまともな事言うじゃない」
こなた「この後のスィーツが楽しみだな〜」
つかさ「分かってる、ちゃんと皆の分もあるから」
かがみ「やっぱり、それが目当てだったか……あんたは昔から変わんないな」
呆れるかがみさんだった。
つかさ「お姉ちゃんももういいから、これ以上動くと赤ちゃんに障るから……」
かがみ「この位なら大丈夫、この後、佐々木さんの整体で体調を整えるから」
話しは遅れたが佐々木さんはお稲荷さんが故郷に帰った後、整体院を再開して今日に至っている。いのりさんはもちろんその助手として働いている。町でも評判のオシドリ夫婦だ。
秘術は普段見せないが、病気で苦しんでいる人を見ると惜しげもなく使っている。そのおかげで整体院は大盛況だ。
こなた「そんな事言って、かがみもつかさのスィーツが目当てなんでしょ?」
かがみ「な、何でそうなのよ」
泉先輩は笑った。
こなた「ふふ、その仕草、図星だね、かがみも昔から変わらないじゃん」
かがみ「か、変わらなくて悪かったな!!」
皆が笑った
あやの「でも……お稲荷さんだなんて……今でも信じられない」
かえで「そうね、夢の世界って感じ」
あやの先輩はワールドホテルに出店している喫茶店で働いていた。しかしけいこさんが逮捕、謎の失踪をしてからはレストランかえでで働くようになった。
泉先輩が引き抜いたそうだ。お稲荷さんの話しを最初は信じなかったが。すすむさんやひとしさんに会うと信じるようになった。
ひより「最後のテーブルの位置、ここでいいですか?」
つかさ「そこでいいよ……ありがとうこれで全部元通り、約束通りケーキをご馳走するね」
あやの「私はコーヒーを淹れる」
二人は厨房へ向かった。
74 :
ひよりの旅 109/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:39:17.26 ID:W145K4B60
ケーキとコーヒーが皆に振舞われた。
こなた「ひより、演奏会前と違って元気があるじゃん」
ひより「……そうですか、あまり変わりませんよ」
かがみ「そうね、なにか吹っ切れたような清清しさがあるわね……つかさのピアノで何か変わった?」
変わった、確かに変わった。十年間のもやもやしていた雲が晴れた。
ひより「つかさ先輩、私、まつりさんに話しますよ……全て」
つかさ「ほ、ほんとに……」
ゆたか「ひより……」
つかさ先輩とゆたかの二人の表情を見て泉先輩が首を傾げた。
こなた「まつりさんに何を話すの」
ひより「まつりさんに、お稲荷さんの話しをする、そしてまなぶの正体を話す、彼は昔コンだった……って」
さらに泉先輩は首を傾げた。
こなた「その話しをするのに何故つかさとゆーちゃんが驚かなきゃならないの?」
ひより「それは……私がまなぶを好きだったから」
こなた「な〜んだ、好きだったんだ……え」
かがみ「なっ!?」
かえで「え?」
あやの「うそ?」
四人は仰け反るように驚いた。
かがみ「ちょと、あの時言ったわよね、あれは間違いだって……なぜ、嘘をついたの……」
ひより「嘘はついていません、あの時点では……まつりさんとまなぶをくっ付けようとしているうちにまなぶの魅力に気付いてしまった、ミイラ取りがミイラっスね……
十年前、私は彼に告白をした……それで終わったと思っていた、でも、それは思っていただけ、私未だ心の整理がついていなかった……」
私はゆたかの方を向いた。
ひより「つかさ先輩の演奏を聴いて分かったよ、私は確かに小島さんが好き、だけどまなぶのミッションを終わらせないと先に進めない……まだ途中だった」
ゆたかは何度も頷いた。
こなた「ま、まさかひよりんが恋愛を語るなんて……」
泉先輩はあんぐり口を開けて呆然と私を見ていた。
かがみ「い、いや、私がもっと早く気付いていれば、もっと違った展開があったかもしれない」
ひより「かがみさん、タラレバはもう止めて下さい、私は私なりに全力だったのですから……」
そう全力だった……
ひより「ゆたか、私の最後ミッションが終わった後、小島さんにアタックするつもりだけど」
ゆたか「何で私にそんな話しを私に?」
泉先輩は私とゆたかを交互に見てオロオロしだした。
ひより「い、いや、もしかしてゆたかも好き……なんて事はないよね?」
もう三角関係は嫌だ、ここははっきりしておく。
ゆたかはにやりと笑った。
ゆたか「ふふ……私が本当に好きだったら、愛していたら黙っているよ……ひよりに先を越されないようにね」
……そうだった、ゆたかは恋の為なら手段を選ばないのを忘れていた。要らない心配だった。
ひより「ふふ、そうだったね」
私も笑って帰した。
こなた「……ゆ、ゆーちゃん、なんか恐い……ど、どうしたの……なんかすごく挑戦的だよ……そんなのゆーちゃんじゃない……」
かがみ「それだけゆたかとひよりが成長したって事よ……あんたもいつまでも二次元に逃げていないで少しは現実に帰ってらどうなのよ、そうしないと何時までも独り者よ」
こなた「う、うぅ……」
唸り声を上げる泉先輩、言い返せない。こうなったらかがみさんの独壇場だ。
かがみさんは横目で泉先輩をじっと見る。
かがみ「そうやって黙って座っていればまずまずなのにね……ふぅ」
溜め息を付くかがみさん。
かえで「いやいや、どう見てもまだお子様でしょ……」
追い討ちをかけるかえでさん。
かがみ「もう三十路を超えているのにお子様なんて……こなたってお稲荷さんじゃないの、本当は幾つなの?」
ここぞとばかりに畳み掛けるかがみさん。
こなた「……う、うるさ〜い、女は三十路からが良いんだよ!!」
叫ぶと目を潤ませて私とゆたかにに駆け寄ってきた。
こなた「私に彼氏を……愛のキューピット様……」
私とゆたかは顔を見合わせた。
ひより・ゆたか「お断りします!!」
こなた「そんな……」
かがみ「無理を言うな、彼氏が居ないのにどうやってくっつけるんだ」
皆、笑った……私も笑った。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。
75 :
ひよりの旅 110/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:40:37.61 ID:W145K4B60
110こなた「うぅ……ひよりん……ひよりんだけは仲間だとおもっていたのに……」
ひより「あ、あの、まだ告白もしていないのに……気が早過ぎますよ……」
泉先輩はゆたかの方を向いた。
こなた「ゆーちゃんは、ゆーちゃんは居るの?」
ゆたか「……はい、心に決めた人ならば……」
泉先輩は絶句して硬直してしまった。
あやの「誰なの……その人は?」
ゆたか「出版社のマネージャの……」
ひより「え、まさか田所さん?」
ゆたかは顔を赤くして頷いた。
ひより「……あの人苦手だな……締め切り厳しいし……」
ゆたか「そんな事ないよ、とってもいい人だよ」
かえでさんが急に立ち上がった。
かえで「田村さん、小早川さんの恋が実るように、そしてこなたに彼氏ができるように……はなむけにワインを持ってくるわ、丁度三十年物が手に入ったのよ、皆であけましょ」
つかさ「え、手に入るの大変だったて言っていたけど、いいの?」
かえで「今出さずして何時だすのよ、グラス用意しておいて」
かえでさんは店を出て行った。隣のレストランに取りに行ったにちがいない。
つかさ「あのワイン、店で出すためじゃないのに……」
ワイングラスの準備しながら話すつかさ先輩。
あやの「え、出すためじゃないのなら何の為のに、私はてっきりお得意様のためかと……」
つかさ「旦那さんと一緒に飲むために買ったの、かえでさん忙しくて結婚式していないから……」
ゆたか「そんな大事なワイン飲めないよ……」
かがみ「それなら私は飲まないわ、お腹の赤ちゃんも居るしね、こなた達は分けてもらいなさい、かえでさんの結婚を祝うワイン……三人のはなむけにピッタリよ」
あやの「そうね、私も止めておく、車だしね」
つかさ「それじゃ二人は葡萄ジュースにしておくね、乾杯の時用に」
つかさ先輩は冷蔵庫からジュースの瓶を取り出した。それと同時にかえでさんが戻ってきた。
かえで「フランス、ボルドー産の三十年物よ」
こなた「……そんな事言われても分かんないよ、早くちょうだい」
かえで「こらこら、慌てるな、コルク栓を開けるところが良いのよ、見ていなさい」
かえでさんはコルク栓に栓抜きを慣れた手つきで差し込むと引っ張った。
『キュー シュポン!!!』
綺麗な音と共にコルク栓が取れた。つかさ先輩がグラスを持って来た。
かえで「いい香りね……」
ワインをグラスに注ぐ。三分一くらいの量だった。
こなた「けち臭いな〜」
かえで「本来ワインは香りを楽しむものなのよ……足りなければまた注ぐわよ」
グラスをつかさ先輩が皆に配った。
かえで「つかさの演奏を聴いて思った事がある……私はつかさに会わなければ自分の店を持とうとは思わなかった、そしてこの町でまた店を開くなんて思いもしなかった、
そして……ここに居る皆は知っているようにお稲荷さんとの出会い……不思議ね、田村さんと小早川さんもそうでしょ」
ゆたか「はい、彼らとの出会いが無ければひよりと同じ仕事をするなんて無かったかもしれません」
こなた「私もつかさと同じ仕事をするとはね……」
かがみ「私はひとしと一緒にはならなかった……」
かえで「一つの出来事が与える影響は大きい、本人が自覚していなくても何かをすれば水面に投げた石の波紋の様に広がっていく、これからもきっとそうなるわ、
良い事も、悪い事もね……これまでの事に感謝しつつ、三人のこれからの門出に……乾杯」
皆『乾杯』
こなた「うげ〜何この味……しぶい……これならボジョレーヌーボの方が飲み易いや……」
泉先輩が今にも吐き出しそうな顔をしている。
かがみ「バカね、その渋みが良いんじゃないの……まだまだお子ちゃまには分からない味ね」
かえで「こなた、もう少し味覚を鍛えなさい、それじゃホール長としては落第よ」
こなた「かがみとかえでさんが居るとやり難いよ〜つかさ〜何とかして〜」
つかさ「ワインは料理にもお菓子にもつかうの……こなちゃん、私もそう思う……もう少し味覚を……」
こなた「えー」
泉先輩がいうように少し渋かった。大人の味と言われればそれまで。泉先輩は自分の気持ちに正直すぎる。それが子供と言われてしまうのかもしれない。
だけど……それが泉先輩の良い所でもある。同じ物が長所にも短所にもなるなんて。
面白い。やっぱり戻ってきて正解だった。私は久しぶりにネタ帳を手に取った。
シナリオはゆたかだけに書かせるのは勿体無い。私も参加させてもらう。
つかさ「それよりお姉ちゃん、独立するって聞いたけど」
かがみ「子供が生まれて落ち着いたら、ひとしが準備をしている」
かえで「それは初耳ね、よ〜し、今日は前祝だ、店からお酒もってくるから」
つかさ「ちょ、今日は飲み会じゃ……」
制止する間もなくかえでさんは出て行った。
つかさ「しょうがない、おつまみも用意しないと……」
ひより「演奏会、良かったです、私の中が変わりました」
つかさ「ありがとう」
つかさ先輩は厨房へと向かって行った。
それから夜遅くなるまで下ネタから宇宙論までまったく何を話しているのか分からなく程いろいろな話しをした。
76 :
ひよりの旅 111/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:41:35.81 ID:W145K4B60
数週間後……
まつりさんとまなぶ。まなぶは自分の能力を活かして通訳の仕事をしている。全世界を股に掛けて飛び回る……わけではなく、日本に来る外国人の通訳として働いている。
なんでもまつりさんが日本を出るのが好きじゃなかったらしい。彼らは何時も行動を共にしている。この時点で彼等の仲の良さがうかがい知ることが出来る。
実家の近くに住まいは在るけど在宅しているのは月に数日程度。二人を捕まえるのには一苦労した。
私は二人に会うために漫画の取材と言う事で約束をした。
ひより「すみません、お忙しい所を……」
まつり「別に構わないよ、それにしても久しぶりね、十年ぶりかしら……もしかしてコンの話し……もう亡くなって九年目かな……懐かしい……
あ、感傷に浸っている場合じゃないね、何処まで話したか忘れた、どこまで話したっけ?」
ひより「コンの記憶が戻ってすすむさんが引取りに来るところまでですが……」
まつり「あ、あぁ、思い出した、よく覚えているね、そういえばボイスレコーダーで記録していたのを思い出した、今日は持ってきていないの?」
ひより「あれは帰って編集するのが思いのほか時間がかかるのですよ、だから最近はネタ帳に書くようにしています」
まつり「へぇ〜プロになると色々大変ね……」
私は周りを見渡した。
ひより「あの、旦那さん、まなぶさんは……」
まつり「彼なら買い物に行った、直ぐに帰ってくると思うけど……何か用なの」
彼には事前に何を話すかを伝えてある。それでも居ないと言う事は……二人で話してくれと言う事か……。
ひより「いいえ、用はありません、話しを続けましょうか」
まつり「でもね〜もう田村さんに全て話してしまったような気がして……もう取り立てて話すような出来事はないように思えるのだけど……」
ひより「本当ですか、亡くなった時の話とかはないのですか?」
まつりさんは暫く考え込んだ。
まつり「すすむさんから急に亡くなったと連絡が入った……」
その先をなかなか言おうとしない。
ひより「それだけですか……」
まつり「葬式をした訳でもない、すすむさんの所に行ったわけでもない……たった二年間育てただけだったから……ペットのと死なんてそんなものじゃないの……」
ひより「そうでしょうか、みなみの飼っていたチェリー、私の実家でも犬を飼っていましたけど、亡くなった時の喪失感は身内が死んだ時の様に……」
まつり「そう、そうなる筈、僅か二年でも柊家の一員として育てたつもりだった……それなのに、なぜか悲しくなかった、どうしてか分からない、
失ったはずなのに、悲しくも淋しくもなかった……私って血も涙もないのかしら……」
まつりさんは理解していないだけで感じている。もう話しても大丈夫。そう確信した。
まつり「きっと子供が出来ないのはコンの呪いでもかかっているかもしれない……」
子供が出来ないって……まさかまなぶは人間になっていない……どうして……やっぱりお稲荷さんのままの方が長生きできるから……心底まつりさんを愛していない。
いや、人間になる事だけが愛じゃない……そんなのは分かっている。だけど……何故……
まつりさんのなんとも言えない表情を見て気付いた。
まなぶが人間にならないのは私のせいだ。私が告白して……でも私は未だに失恋を断ち切れていないから……だからまなぶが人間に成り切れない……
呪っているのは私だ……私は自分だけでなく二人の時間を止めてしまっていた。
その呪いを解くのは私でしか出来ない……ゆたか、つかさ先輩……そう言う事だったのか。
ひより「コンは亡くなっていませんよ」
まつり「私の心の中に生きているって言いたいの……そんなのは気休め……」
ひより「いいえ、コンは生きています、そして貴女の側にいつもいますよ」
まつり「え……な、何が言いたいの……」
ひより「思い出してください、まなぶさんと初めて会った時の事を、もうまつりさんは知っているはずです……心の奥底に封じてしまった記憶」
まつり「初めて会った時……記憶……」
まつりさんはじっと一点をみつめている。思い出そうとしている。
まつり「……あれは夢……夢だった……そんな事がある筈ない……おとぎ話じゃあるまいし……」
ひより「夢ではありません、まなぶさんが教えてくれますよ、もう真実を見ても倒れないですよね、そして今度ご家族に聞いてください、つかさ先輩、かがみさん、いのりさんのお話を」
まつり「つかさ、かがみ、姉さん……いったい何があると言うの……」
ひより「素晴らしい話ですよ……」
私は立ち上がった。
ひより「私の取材は終わりです、ありがとうございました」
私は礼をして部屋を出ようとした。
まつり「待って、……田村さん、もしかして貴女はまなぶを……」
まつりさんはそこで言うのを止めた。
ひより「もう十年も前ですよ、いままで私は何をしていたんでしょうね」
まつり「田村さん……」
ひより「止まっていた時間を動かしにきました……」
私は微笑んだ。
まつり「……ありがとう……」
私は礼をして部屋を出た。
77 :
ひよりの旅 112/112
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:42:47.92 ID:W145K4B60
玄関を出るとまなぶが立っていた。
ひより「ごめん、もっと早くこうすべきだった」
まなぶ「いや、私にはいくらでも時間はあるけど彼女にそんなに時間はなかった……私からは頼めるものじゃなかった、ありがとう」
ひより「まつりさんに真実を見せるの……」
まなぶは頷いた。
最後に一つ聞きたかった。
ひより「それで、人間になるつもりなの……」
再び頷いた。
ひより「それではお幸せに……」
私は去ろうとした。
まなぶ「君から私ではない親しい人の感情を感じる……もしかして誰かを?」
ひより「分かっています……もう自分の心を誤魔化すのは止めました」
まなぶ「余計な質問だった、それなら安心だ、後から来る君の親友と共に幸運を……」
まなぶは玄関のドアを開けて家に入って行った。
後から来る親友……誰だろう。
しばらく歩いていると向こうから人が近づいてきた。どんどん近づいてきた……ゆたか……
ゆたかは私の目の前で立ち止まった。
ゆたか「これで全てのミッションが終わったね」
笑顔で私に語りかけてきた。
急に目頭が熱くなってきた。涙が頬を伝わってきているのが分かる……この涙はあの時ゆたかが流した涙と同じもの……
私は十年も経ってやっとゆたかに追いついたというの……
結局私が一番鈍感で不器用だった……
ひより「いや、まだ終わっていない……ゆたかの企画、私も参加したい、いや、参加させて欲しい、演奏会の時は……手伝わないなんて言って……ゴメン……」
ゆたかは腕を組んで唸った。
ゆたか「どうしようかな〜この企画に泉先輩とかがみ先輩も参加したいって言っているのだけど……」
かがみさんが参加したいって言っている……もうこの企画は通ったのも同じじゃないか。
ひより「どうしようかなって、漫画を描けるのは私だけなんだけど……」
ゆたか「漫画だけが選択肢じゃないよ、小説にすることもできるしね〜かがみ先輩なら文章も上手だし、泉先輩は話しの展開が面白いよ」
ひより「い、意地悪……」
ニヤリと笑うゆたか。私にハンカチを差し出した。
ゆたか「取り敢えずその涙を拭いて、それから考えよう……連載を続けながらこの企画をこなすのはハードだよ、覚悟はいいの?」
ひより「二日や三日の徹夜ならいくらでも出来る……かな」
私はハンカチを受け取った。
ゆたか「それじゃ帰ろうか」
ひより「いやいや、このまま帰るなんて勿体無い、どこかで腹ごしらえしながら打ち合わせしようよ」
ゆたか「腹ごしらえって……どこが良いかな……」
ある。打ち合わせに打ってつけの場所が。
ひより・ゆたか「レストランかえで!!」
ゆたか「行こう、行こう、食べ終わったら隣のつかさ先輩の店でデザート……」
ひより「いいね……」
いつの間にか涙が止まっていた。
ゆたか「私ね、かえでさんの取材をしたかった」
私の失恋は過去の思い出の中に。
ひより「ちょっと、走らなくても」
さてこれからが私の本当の旅が始まる。
ゆたか「時間は待ってくれないからね、急ごう!!」
私達は駅まで走って向かった。
終
78 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:45:01.54 ID:W145K4B60
以上です。
2スレほど重複してしまいましたが本文は重複していないと思います。失礼しました。
ひよりとゆたか中心で書いてみました。恋愛のもつれを表現するのが難しく時間がかかってしまった。実は恋愛物は苦手で表現できたか疑問です。
それにつかさ編との辻褄合わせで無理矢理な所が多数あったかもしれない。
つかさ編の補足にならない様にはしたつもりです。毎度の事ですが誤字脱字は脳内修正お願いします……・
実はこの物語の続きがあるのです。あると言っても漠然としたイメージしかないので書くかどうかは分かりません。
この話しはらきすたを大きく逸脱しているので不評ならこれで終わります。
それでも読みたい人なんて居るのかな。もし居たらコメントして下さい。反響がよければもしかしたら書くかもしれません。
よろしくお願いします。
79 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/02/11(月) 21:50:08.42 ID:W145K4B60
>>78
は2レスの間違えですね。すみません。
遅れましたが新スレを立ち上げました。
>>1
随分前からあるスレです。今後ともよろしくお願いします。
2スレにまたがった作品があるので前スレを表示しておきます。
またシリーズ物なので過去作品を読みたい方はまとめサイトをご利用下さい。
前スレ↓
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1302405369/
過疎スレですが地道に活動しています。
今後ともよろしくお願いします。
80 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2013/02/11(月) 22:01:41.54 ID:C2hX0VMv0
投下お疲れ様
前作も読んでるし、いつ読み終わるか分からんけど頑張って読んでみる
81 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/02/11(月) 23:25:51.77 ID:W145K4B60
ここまでまとめた
今のところ避難所は要らないかな?
82 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2013/02/12(火) 07:21:27.93 ID:eQDAXt790
投下乙です!!
83 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2013/02/12(火) 08:14:09.11 ID:WvoAg7iSO
>>1
乙
84 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/02/15(金) 22:05:21.40 ID:HopGwBN+0
避難所は大丈夫でした。
私の勘違い。
85 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga ]:2013/02/16(土) 23:42:08.86 ID:eIk02h6s0
>>2
新スレが立ち上がって知ったのでしょうか。
どちらにしてもよろしくです。
初めて来た方も気軽にどうぞ。1レス作品から受け付けています。
86 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga ]:2013/03/27(水) 19:46:00.19 ID:2BcYWkhw0
久しぶりに投下します。
>>77
の続編 つかさの旅の終わり/ひよりの旅の続きです。
5レスほど使用します。
87 :
こなたの旅 1/5
[saga sage]:2013/03/27(水) 19:47:39.22 ID:2BcYWkhw0
これは「つかさの旅の終わり」「ひよりの旅」の続編です
レストランかえでが引越ししてから十年が過ぎた。
つかさ、かがみ……いのりさん、まつりさん……そしてひよりとゆーちゃん
お稲荷さんとの一件は四姉妹と結ばれることで終わった……
終わった……本当に終わったの。
私にはいまひとつ釈然としないものを感じていた。何かは分からないけど、このままでは終わらないようなそんな気がして成らなかった。
私自身もこの件に絡んだせいなのかもしれない。確かにあの頃はワクワクしていた。面白かった。楽しかった。
ゲームの様な感覚が現実に起こった
……もしかしたらそんな思いが再び起こるのを心の奥底で望んでいただけなのかもしれない。
あやの「おはよう」
こなた「おはよ〜」
あやのが私をじっと見ている。
こなた「顔に何か付いてる?」
あやの「うんん、最近ノリが悪いな……なんてね」
こなた「いやいや、いたって普通だよ……でもね〜」
あやの「でもね?」
首を傾げて言い返してきた。
こなた「最近刺激がなくて、張り合いがなくなってきた」
あやのは目を上に向けて少し考えた。
あやの「そうかな、かえで店長が結婚してからお客様も増えたし、忙しくなってきたし……新メニューも続々と……」
こなた「うんん、仕事じゃなくてね……なんか物足りないと言うのか……なんだろうね……分からない」
あやの「なんだろうねって言われても本人が分からないのに私が分かるわけないじゃない?」
こなた「ふふ、そうだった、もうこの話は止めよう、着替えてくるね」
私は更衣室に向かおうとした。
あやの「ちょっと待って、最近ひーちゃんのお店行っていないでしょ、すぐ隣なんだしたまに覗きにでもいってみたら、ひーちゃん淋しがっていたよ」
あやのは最近になってコーヒーや紅茶の淹れ方をつかさの店にレクチャーしに行っている。
仕事が忙しくなってから、いや、そんなのは理由にならないか、演奏会が終わってからつかさには会っていない。
こなた「そうなんだ、今日、仕事が終わったら行ってみるよ」
『ガチャッ!』
更衣室からかえでさんが出てきた。
かえで「おはよう、今日も気合入れていくわよ!!」
こなた「そんな毎日気合入れていたら身が持たないよ〜」
かえでさんは私を睨みつけた。
かえで「こなたは最近マンネリ化しているわよ、明日までに新しい企画を考えてくるように」
こなた「学生じゃあるまいし、宿題はお断りしますよ〜」
私はそのまま更衣室に向かった。
かえで「相変わらずね……こなたは……」
あやのはクスクスと笑っていた。
更衣室で着替えながら考えた。
店長は結婚してからテンションが上がりまくっている。振られる身にもなって欲しいよ、まったく……
新しい企画か……
ホール長としてじゃなくてたまには料理の企画もしてみたいな……そうだ、つかさに相談してみるか。
今日は早番、仕事は夕方には終わる……
88 :
こなたの旅 2/5
[saga sage]:2013/03/27(水) 19:48:34.73 ID:2BcYWkhw0
仕事が終わり店の外に出ると直ぐ隣につかさの店はある。実家に戻ってからはつかさと同居はしていない。つかさに会うのは久しぶりだな。
夕方になるとスィーツを買い求めてくる客で賑わってくる。私が入っても大丈夫かな。
窓から店内の様子を見る。席は空いているようだ。私はつかさの店の扉を開けた。
ひろし「いらしゃいま………なんだ、お前か……」
私の顔を見るなり態度が変わった。ひろしは私を毛嫌いしているようだ。あの時、キスを邪魔したのをよほど根に持っているのだろうか。
こなた「今日はお客としてきたのに……その態度はないよ?」
ひろし「……いらっしゃいませ、奥にどうぞ」
感情がはいっていない。棒読みだ。
つかさ「こら、ダメじゃない、知り合いでもお客さんだよ……ごめんね」
私に気付いたつかさが厨房から出てきた。
こなた「うんん、別に構わないよ……」
つかさ「今度はちゃんと言って聞かせるから」
つかさはひろしを睨みつけた。するとひろしは肩をつぼめて私を席に案内した。
へぇ〜つかさの方が強いのか……まぁそれだけ仲がいいって事なのかな。
つかさ「今日の分がもう少しで全部できるかちょっと待っていてね、そうすれば時間空くから」
つかさは忙しそうに厨房に戻って行った。
ひろし「どうぞ……」
注文もしていないのにコーヒーとケーキを持って来た。
こなた「頼んでいないよ?」
ひより「店長……つかさから、食べて待ってろってさ」
こなた「ありがとう」
ひろしはカウンターへ無愛想に戻って行った。
コーヒーを一口……この味は……スィーツに合う様に少し濃い目……それにコーヒーの温度……熱くもなく、温くもなく……丁度良い。
あやのの淹れるコーヒーと同じだった。なるほどね……スィーツは売れるけど喫茶店としては客が少ないのを気にしてあやのの技術を取り入れたのか……
ジャンルが違う店だからってこっちもうかうかして居られないか……
それにコーヒーを淹れたのはひろしか……
89 :
こなたの旅 3/5
[saga sage]:2013/03/27(水) 19:49:34.43 ID:2BcYWkhw0
ケーキを食べ終わる頃だったつかさが私の席に来た。私服に着替えている。仕事が終わったのか。
つかさ「おまたせ〜」
こなた「仕事はいいの?」
つかさ「うん、もう明日の仕込みも終わったし、あとはスタッフにお任せだよ」
こなた「そう……」
ひろしがつかさにコーヒーとケーキを持って来た。でもケーキはこの店では売られていないものだった。
つかさ「ふふ、試作品なんだけど、食べてみる?」
私は返事をしていないけどつかさはフォークでケーキを半分にして私の食べ終わった皿にケーキを乗せた。
こなた「繁盛してるのに、研究熱心だね……」
つかさ「かえでさんの助言だよ、研究を怠るなって」
こなた「それはそれは……」
気のない受け答えをしてしまった。そして、徐にケーキを口に入れた。
こなた「……美味しい……マンゴーがアクセントになってる」
つかさ「ありがとう……それよりこなちゃん」
急につかさの顔が険しくなった。私は身構えた。急にどうしたの言うのか。
つかさ「なんで最近来てくれないの、かえでさん、あやちゃん、ゆきちゃん、お姉ちゃん達、ひよりちゃんやゆたかちゃんまでよく来てくれるに……」
別に特段の理由はない……敢えて言えば……
私は人差し指を立ててつかさの目の前に出した。
こなた・ひろし「だって、ゴールデンタイムのアニメに間に合わないじゃん……」
私の真後ろで全く同じタイミングだった。ひろしはニヤリと笑うとまたカウンターの方に行ってしまった。
つかさ「あははは、こなちゃん、相変わらずだね……でもね、さっきのはお稲荷さんの力を使わなくても……」
こなた「どうせ私は単純ですよ〜」
少しすねた表情をみせるとつかさは大笑いをした。
こなた「どうもひろしと居ると調子狂うな〜 人間になってもお稲荷さんの力は無くならないのか……」
つかさ「うんん、徐々にだけどど力は弱くなっていくって……」
つかさの顔が悲しそうになった。
こなた「ご、ごめん、人間になったのはつかさが望んだわけじゃなかった……」
つかさ「うんん、これで良かったと思う……」
お稲荷さんの話しをするのはこのくらいにしておこうか。どのみちかがみと会っても同じような話しになる。
「こんにちは〜」
話題を変えようとした時だった。店のドアから女の子が入ってきてつかさの所に近寄った。
女の子「お母さん、一緒に帰ろう」
すこし遅れて店のドアからみきさんが入ってきた。私と目が合うとみきさんは会釈をした。わたしも座ったまま会釈をした。
女の子はつかさの子供。小学2年生になった。名前はまなみ……
つかさ「今日は私の友達と会っているからおばあちゃんと先に帰って……」
まなみ「あ、泉のお姉ちゃんだ、こんどまたゲームを一緒にしようね」
こなた「あ、うん、容赦しないからね」
つかさの子供は私をお姉ちゃんと呼んでくれる、それに引き換えかがみの子供は……おばさんだもんな……
みきさんはひろしと話している。
こなた「何か約束でもしていたかな、何なら私は帰ってもいいけど……」
つかさ「うんん、別に気にしないで、そんなんじゃないから」
みき「まなみ……帰るよ」
まなみ「は〜い それじゃお母さん、泉のお姉ちゃんバイバイ……」
まなみちゃんは私達に手を振るとみきさんと一緒に店を出て行った。
こなた「早いもんだ、もう小学生だよ……」
つかさ「そうだね……」
つかさは店のドアをじっと見ていた。
こなた「まなみって名前はやっぱり真奈美からとったの?」
つかさは黙って頷いた。
つかさ「今、私がこうしているのはみんなまなちゃんのおかげだから……」
こなた「それは私も同じ……直接会っていないけどね」
つかさ「私以外には誰も会っていない、かえでさんでさえ……」
つかさの目が潤み始めた。
たった数日の出来事だった。その数日がつかさの人生まで変えてしまった。それに影響されてつかさに関わる人物の人生までて変わった。
私の知らない所でひよりとゆたかまで……
90 :
こなたの旅 4/5
[saga sage]:2013/03/27(水) 19:50:46.36 ID:2BcYWkhw0
つかさは立ち上がりピアノの前に座りあの曲を弾き始めた。亡き王女のためのパヴァーヌ
喫茶店に居る客は動作を止めてつかさの演奏するピアノに耳を傾けた。あの時の演奏会よりも上手くなっている。
弾ける曲はこの曲だけだって言っていた。ピアノが勿体無いと思ったけど定期的にみなみがこの店に来てピアノを演奏する。
この店はレストランかえでとは少し違った方向に向かっているのかもしれない。
演奏が終わると客が一斉に拍手をした。つかさは少し顔を赤くして照れながらお辞儀をした。そして席に戻った。
こなた「曲はよく分からないけど上手くなったのは分かるよ」
つかさ「ありがとう……ところで新作のケーキなんだけど」
こなた「直ぐにでもメニューに加えたら、私的には合格だね」
つかさは立ち上がって喜んだ。
つかさ「早速明日から加えるよ……」
私も立ち上がった。
こなた「それじゃ私は帰るよ」
つかさ「え、もう帰っちゃうの、もう少しゆっくりしていいのに」
こなた「いやいや、仕事が終わったなら早く帰ってまなみちゃんと一緒に居た方がいいよ、私は独り身だから自由だけど、つかさは違うでしょ」
なんて柄にもない事を言ってみたりする。何時に無く淋しそうなつかさだった。
こなた「職場もすぐ隣だし……今度から早番の時は何時も来るから」
私は身支度をした。
つかさ「こなちゃん……」
こなた「ん?」
つかさ「うんん、なんでもない……またね……」
なんだろう、つかさは何かを言いかけたような気がしたけど。途中で話しをやめるなんてつかさらしくないな。
こなた「またね」
その内容を聞いても良かった。聞くべきだった。そう思ったのは家に帰ってからだった。職場が近いから。いつでも会えるから。そんな思いがあったのかもしれない。
でも、実際は会おうとしなければ会えない。今日だって私が会おうと思わなければ会えなかった。
一期一会ってそう言うことなのかな?
おっと、私らしくもない事を考えてしまった。今度会ったら聞いてみよう。
『それじゃ一期一会じゃないだろ』
ふふ、かがみそう言うだろうな。そういえばかがみにも最近会っていない。仕事が忙しいとか言っていたな……そうか。
なるほどね、つかさが淋しがっていたのは私だけじゃない。かがみとも会っていないからか。
仕事に家庭に子育てか……それは忙しいな。
子育ては私にはないからその分余裕がある。だから……
「ふぁ〜」
欠伸が出た。
こんな事考えていてもしょうがないや寝よう……
91 :
こなたの旅 5/5
[saga sage]:2013/03/27(水) 19:51:47.02 ID:2BcYWkhw0
そして数日後の事だった。遅番で出勤してきた私に突然の知らせが耳に入った。
こなた「え……雑誌の取材を受けるの?」
あやのの言葉に驚いた。あやのは頷くだけだった。
こなた「かえで店長が承知したの、どう言う気の変わり様だ」
あやの「私も今朝聞いたばかりだから……」
あやのは私の驚いた表情を見ると戸惑いはじめた。
こなた「取材を受けると客が増えて対応しきれなくなる、料理の質が落ちるから受けないって言っていたのに、最近は口コミで評判は上々のはずだよ、取材なんて要らないよ」
あやの「店長が取材を受けない理由ってそうだったの?」
こなた「うんん、直接聞いた訳じゃない、以前つかさから聞いた」
あやの「何か心境の変化でもあったんじゃないのかな、真相を知りたければ直接聞くしかないね……今事務室に居るから」
こなた「そうする」
私は事務室に向かった。
『コンコン』
ノックをして部屋に入った。
こなた「失礼します」
かえでさんは机に向かって何かの書類に目を通していた。私に気付いていないのか私の方を向かなかった。構わず話しかけた。
こなた「雑誌の取材を受けたって聞きましたけど、本当ですか?」
かえでさんは書類を見ながら答えた。
かえで「あやのから聞いたのか、その通り、来週の土曜日に決まった」
こなた「なぜです、取材拒否はポリシーじゃなかったの?」
かえでさんは書類を机に置いて私の方を向いた。
かえで「こなたは取材拒否については今まで何も言わなかったわね」
こなた「それはそうでしょ、記事を見てお客さんがいっぱい押し寄せたら忙しくてアニメやゲームが出来なくなる……」
かえで「ふふふ、こなたらしい、それで何も言わなかったのか、ふふふ」
しばらく笑った後、立ち上がって私に近づいた。
かえで「取材を受けると言っただけで記事を掲載するかどうかまでは許可していない、記者にはそう言ってあるわよ、それに、断りきれなかった……それだけよ」
こなた「断りきれなかった?」
かえで「確か来週の土曜、こなたは休暇だったわね、取材に参加しても良いわよ、それで、この話しはここまで」
かえでさんはそのまま更衣室に向かった。わたしも更衣室に向かった。
かえでさんが着替えを始めるのを見計らってから話しかけた。
こなた「かえでさん」
かえで「もう取材の話しは終わったはずよ」
少し怒り気味のかえでさん。まだ一度も聞いていなかった。この機会に聞こう。
こなた「いいえ、その話でなくて……」
かえで「なによ、急に改まって……」
私の表情を見てかえでさんは着替えるのを止めた。
こなた「つかさの洋菓子店を出している……かえでさんの夢はパテシエになる事って聞いたけど、独立して洋菓子店を出すのはかえでさんの方じゃなかったのかなって思って……」
かえでさんは一息深呼吸をすると着替えを始めながら話した。
かえで「そうよ、その通り、十年前、この町に引っ越す時にそう思った」
こなた「でも、そうなっていないよ?」
かえでさんは苦笑いをした。
かえで「私はつかさにこの店を全て譲るつもりだった……だけどつかさはそれを断った……それどころか独立したいと言いだした」
つかさに店を譲るつもりって……つかさってそこまで信頼されていたのか。今頃になって驚いてしまった。更にかえでさんの話しは続く。
かえで「つかさは思っていた以上に頑固ね、結局私が折れたわよ……それでつかさは洋菓子店を開いた、それも私の店の隣に……私の店もスィーツを出していると言うのに、
これは私に対する挑戦よ……」
かえでさんは少し興奮気味だった。
こなた「ふふ、かえでさん、つかさにそんな意図はないよ、つかさはただ私達と一緒に居たいから……」
かえで「だから余計に頭に来るのよ、こっちは本気になっているのに、向こうはその気すらない……新作のケーキを出しているのにつかさの店の方が流行ってる」
なんだ、かえでさんはつかさに嫉妬している。こんなかえでさんを見たのは初めてだ。
こなた「まぁ、スィーツに関していえばつかさに勝てないでしょうね」
かえで「な、なにぃ!!」
かえでさんは私に襲い掛かるような勢いで近づいた。
こなた「だってみゆきさんでも未に作れないお稲荷さんの秘薬を料理の技術だけで作ったのだからね、誰でも出来るとは思わない」
かえでさんは立ち止まった。
こなた「それにつかさはかえでさんを今でも師匠として慕っている、この前会った時も、かえでさんの言い付けを守っていたよ、これもなかなか出来ることじゃないよね」
かえでさんは立ち止まった。
かえで「……そうね……」
かえでさんはまた着替えを始めた。そして私も着替えた。
かえで「こなた、あんたも変わったわね」
こなた「へ?」
かえで「十年前ならそんな話しなんかしなかった、仕事以外の事もしなかったわよね……今になってはこなたを目当てにくる客もいる、あやのをスカウトしたのも
正解だった、コーヒーや紅茶のレベルが数段上がったわ……」
こなた「いやいや、そんなに褒めても何もでませんよ……」
かえで「……そうやってすぐ調子にのる所は変わらんな」
こなた「ははは……」
着替え終わったかえでさんが立っていた。料理長にしてレストランかえでの店長……コックの制服が映えてカッコいい……
かえで「さて、今日も頑張るわよ」
こなた「ほ〜い」
かえで「その気が抜ける返事は止めなさい」
かえでさんは更衣室を出て行った。
92 :
こなたの旅 6/5
[saga sage]:2013/03/27(水) 19:52:43.11 ID:2BcYWkhw0
かえでさんはつかさに嫉妬していた。いや、ライバルだと思っている。これは逆に言うとつかさを対等の立場と認めているって事。
まさかあのつかさがね〜
かがみもそれを幼い頃から知っていたからこそ学生時代は優等生でいなければならなかった……今になってそれが分かった……
それにしても何故急にかえでさんは取材を受け入れたのだろう。つかさに対抗して……いや、そんな感じではなかった。あやのの言うように心境の変化なのだろうか。
結婚すると考え方も変わるって聞くけど……考えてもしょうがないか。
まぁいいや、さてと仕事、仕事っと……
今日は私が最終退出者となった。いつものようにチェックシートに記入していた。
こなた「ガスの元栓OK、戸締りOK……っと」
最後に従業員用出入り口の扉を閉めて……
『ガチャ!!』
鍵の閉まる音、そしてノブを回して開かないのを確認。
これでやっと帰れる。
外は人通りも少なく夜も更けている。今日はちょっと遅かったな。
自分の車が停めてある駐車場に向かった。
自分の車のドアを開けようとした時だった。
こなた「ん?」
駐車場に停めてある向かい側の車の陰から何かが出てくるのが見えた。街灯と街灯の間で暗くて見えない。小さい……犬?
いや野良犬は最近見ていない。狸かな……私は車の陰に隠れて小さな物を目で追った。
小さい物は駐車場の出口に動いたそして街灯の光が小さい物を照らし出す……
あれは……狐……そう狐だ間違いない。こんな町に狐……狸なら何度も見た事はある。だけど狐なんて……ま、まさかお稲荷さん……
狐は辺りをきょろきょろ見回して警戒している様にみえる。私は車に乗るのを止めてゆっくり音を立てないように移動した。
お稲荷さんは柊四姉妹の夫になった四人を除いて全て故郷の星に帰った。そしてその残った者も全て人間になったはず。
つまり狐になれるお稲荷さんはこの地球には居ない。それじゃあそこに居る狐は何者。野生の狐が迷い込んだのか。いや。
引越しする前の町ならそれは在り得た。だけど此処はまがりなりにも都市郊外……だよね?
狐はゆっくり駐車場を出た。私もゆっくりその後を追った。狐は私の来た道を戻っていく……どこに行くつもりだろう。そして暫く付いて行くと狐は立ち止まった。
私は透かさず電信柱の陰に隠れた。狐は振り向いて私の隠れている電子柱の方を向いた。しまった、バレてしまったか?
狐は私の隠れている電信柱をじっと見ている。どうしよう。このまま駐車場に戻るか。
まてよ、もしあの狐が野生なら私が出て行けば逃げる。もしお稲荷さんなら何か別の反応をするかもしれない。私は電信柱の陰から出た。
こなた「や、やぁ」
狐は私と目が合うと後ろを向いて走り出した。
こなた「待って、お、お稲荷さんなんでしょ?」
狐は一瞬立ち止まったかと思うと直ぐに駆け出し暗闇に消えて行った。
この反応は……私の声に答えようとして止まったとも思えるし、声に驚いて止まったとも思える……微妙だ。暗くてよく見えなかったけどただの野犬なのかもしれないな……
こんな所で時間を食ってしまった。早く駐車場に戻るか……あれ、此処は……
気付くと私はつかさの店『洋菓子店つかさ』の目の前に立っていた……これって
偶然なのかそれとも……地球に残った五人目のお稲荷さん……
久しぶりに昔の興奮が蘇ってきた。
『こなたの旅』
つづく
93 :
こなたの旅 6/5
[saga sage]:2013/03/27(水) 19:58:59.26 ID:2BcYWkhw0
以上です。
今度はちまちまと連載形式で書いて行きたいと思います。
この続きは書いていないので次回の投下日は未定です。
このシリーズ。本当は「つかさの一人旅」で完結している話なのですが
何故か続きを書いてしまいました。
この作品に特に思い入れがあるわけじゃないのに不思議です。
この先どうなるか分かりませんが気長に付き合ってもらえると嬉しいです。
94 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/03/27(水) 20:20:57.30 ID:2BcYWkhw0
ここまでまとめた。
95 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/04/07(日) 14:29:05.45 ID:yZ1bxUxf0
投稿します。
>>92
の続きです。
6レスくらい使います。
よろしくです。
96 :
こなたの旅A 1/6
[saga sage]:2013/04/07(日) 14:30:42.05 ID:yZ1bxUxf0
つかさ「こなちゃん?」
突然、後ろからつかさの声、私は振り向いた。
こなた「つ、つかさ」
つかさ「どうしたの、そんな驚いた顔をして」
不思議そうに私の顔を見ている。
こなた「い、いや、さっきそこに……」
私はお稲荷さんが居た所を指差した。つかさは私の指の先を見た。
つかさ「そこに……何があるの?」
つかさは私の前に出て見回した。
こなた「きつね、狐だよ……」
つかさ「きつね?」
私は頷いた。
つかさ「……ふふ、こなちゃんったら、それは野良犬だよ」
つかさはクスリと笑う。
こなた「い、いや、野良犬じゃない、あの姿は間違えなく……」
つかさ「この町の自治会通信見なかったの、最近この町を徘徊している野良犬がいるからゴミ箱の管理をちゃんとしなさいって」
こなた「自治会……」
そういえば、かえでさんが朝礼でそんな事を言っていたっけ。野良犬対策でゴミ箱に鍵を付けたのを思い出した。
つかさ「それよりこんな遅い時間になにをしていたの?」
こなた「私……私は遅番で最終退出者だったから、つかさこそなんでこんな時間に?」
つかさ「私も最終退出者で、最後のゴミ捨てを終えて帰るところ」
お互い帰るところだったのか。
こなた「つかさの車も私と同じ駐車場だったよね」
つかさ「うん」
こなた「それじゃ一緒に帰ろうか」
つかさ「うん」
私達は駐車場にむかった。
歩きながらつかさが話しかけてきた。
つかさ「ねぇ、こなちゃん、夕方あやちゃんが来てねいろいろ話したのだけど……」
つかさは少し溜めてから再び話した。話し難い内容なのかな。
つかさ「取材を受けるって聞いたのだけど本当なの?」
こなた「本当だよ、あやのが嘘をつくわけないじゃん」
つかさ「……本当なんだ」
つかさは俯いている。そして歩くペースが遅くなった。不服なのだろうか。
こなた「意外だったかな、むしろ遅すぎかもしれない、それにもう取材をしなくても充分知れ渡っているしねその辺りを考慮したんじゃないの?」
つかさ「そんなんじゃなくて……」
こなた「何が言いたいの?」
ハッキリしないつかさの態度にイラついて少し声を強くした。つかさは立ち止まってしまった。
つかさ「かえでさん……私を誘ってくれなかった」
こなた「はぁ?」
つかさ「お店のレイアウトの時、イベントが会った時、新メニューの発表……みんな呼んでくれたのに」
そうか取材に誘ってくれなかったのを気にしていたのか。あやのもそんな事を気にもしていなかったから話してしまったのかな。もちろん私だって。
こなた「別にハブられたわけじゃないと思うけど」
つかさ「こなちゃんもあやちゃんと同じ事を言って……」
ふと出勤した時のかえでさんとのやりとりを思い出した。
こなた「そういえばかえでさんつかさの事を頭にくるって怒ってた」
つかさ「えっ!?」
つかさは今にも泣き出しそうな顔になった。
こなた「つかさには敵わない、それなのに隣に店を構えるなんて私に対する挑戦ね……ってね」
つかさ「わ、私はそんなつもりで……」
こなた「そう、つかさにそのつもりがなくても結果的にかえでさんにはそうなってる……つかさは自分の力を過小評価しすぎてからね」
つかさ「私は……何もしていないよ」
こなた「いいや、凄いことをしたよ、かがみを救った、かえでさんも救った、お稲荷さんも救った……そして人類も救った」
つかさは黙ってしまった。
こなた「大袈裟だと思ってるでしょ、少なくともあのままだったらたかしってお稲荷さんが暴走してとんでもない事になっていた、日本が消し飛んでいたかも」
つかさ「そ、そうかな……」
こなた「もうつかさ自身が自分で考えて行動しても良いと思う、誘われなかったから自分から聞けばいいじゃん」
私は歩き始めた。つかさもゆっくり付いてきた。
つかさ「で、でも、私はまなちゃんを救えなかった……」
これか、これがつかさに自信を失わせているのは。真奈美……これはどうする事もできない。お稲荷さんの話しをしたのがまずかったか。
こなた「それともう一つ……私もつかさに救われたその一人、あの時誘ってくれなかったらニート街道マッシグラだったよ」
つかさは立ち止まり私をじっと見つめた。私も立ち止まった。
こなた「さぁさぁ、もうそんな顔しないで、家に帰れば可愛い娘と愛する夫が居るんでしょ、早く帰ってあげないと」
つかさ「そうだね、早く帰らないと……ふふ、ありがとう、こなちゃん」
つかさは微笑むと早歩きで私を追い越して駐車場に向かった。やれやれ、この辺りはまったく変わっていないな〜
つかさ「こなちゃん、早く〜」
こなた「ほいほい」
私も足早につかさを追った。駐車場で別れるとそれぞれの車に乗りそれぞれの家路に向かった。
97 :
こなたの旅A 2/6
[saga sage]:2013/04/07(日) 14:31:28.07 ID:yZ1bxUxf0
つかさは未だ真奈美を救えなかった事を後悔している。あれはどうする事もできなかった。誰もがあの場面に遭遇しても結果は同じだった。皆がそう言っている。
私もそう思っている。そもそもつかさでなかったら真奈美に殺されていたかもしれない。あの時あの場面でつかさでなければ今はなかった……
信号が赤になって車を止める。ふと我に返った。
私ったら何を考えている。もうこんな話は昔から何度もしてきたじゃないか。もう考える余地なんかない。でも何故考えている。
何故って……そう、つかさは即答で否定した。私が狐を見たと言って直ぐに違うって言った。これは昔のつかさなら在りえなかった。
『え、本当、きっとお稲荷さんだよ』って言うと思った。私自身それを期待していたのかもしれない。でも実際は違った。リアルとバーチャルを行ったり来たりして遊んでいる私と
結婚、子育て、店の経営とリアルを生きているつかさの違いなのか。それともつかさは何かを隠しているのか……
こなた「ふ、ふふふ……」
信号が青になり車を進めた。
笑っちゃうね、それこそつかさらしくないや。つかさが隠し事なんて。それにもしあの時見付けたのがお稲荷さんなら……
そう、四人の元お稲荷さんがとっくに気付いている。私が見間違えた。なんだかもやもやしていたのが晴れた。さて……帰って寝よう……
そして数日後……
その取材の日が来た、私は休暇だったけどこれと言って用事もなかったので参加することにした。時間は午後1時、場所はレストランかえでの応接間。予約のお客様も
時折使う部屋だ。初めての取材……と言っていたが。取材という言葉だけで言えば初めてではなかった。
ひよりとゆたかが一度だけこのレストランの取材をしている。その時私とかがみも参加している。でもこれは店の紹介の取材じゃない。漫画を描くための取材だった。
商業用ではなくあくまで個人出版で出す。つまりコミケで少数出版する程度の作品の取材だ。これはかえでさんも快く受けてくれた。
でも今回は雑誌の記者が直々に出向く取材。一言一言が雑誌の記事に成りかねない。そしてその記事がどう評価されるかも未知数。スタッフ一同も緊張と不安で一杯だ。
もちろんかえでさんも例外ではない。取材を受けるのはかえでさん。そして副店長のあやの。見学でホール長の私。
こなた「スーツ姿のかえでさんも良いね……」
かえで「10年前のスーツだけど……なんとか着れたわ」
こなた「10年前……そんな昔?」
かえで「そうよ、あれは確かワールドホテルに呼ばれた時に……」
こなた「あぁ、あの時に着てたんだ……」
私は時計を見た。
あやの「まだ時間にはなっていないけど、どうしたの?」
こなた「い、いやね、つかさは来ないのかなって……」
かえでさんの顔が険しくなった。
かえで「あやの、彼女には言わないでって言ったのに」
あやの「ごめなさい、つい弾みで……」
こなた「え、何々」
あやのが珍しく謝っている。かえでさんは溜め息をつくと私の方を向いた。
かえで「昨日つかさから取材に参加したいって連絡が来た」
お、つかさが私の言うように自分から行動した。
こなた「つかさから聞いてくるなんて、よっぽど参加したかったんだね、早くしないと始まっちゃうよ」
かえで「いや、断った、来る必要はない」
こなた「断ったって、この店を出た時間の方がながいかもしれないけど、ちょっとそれは酷くない?」
かえでさんの表情がさらに険しくなった。
かえで「こなた、これは遊びじゃないのよ、内輪で和気藹々なんていかない、来られても迷惑なだけ」
こなた「う……う」
何時に無く厳しい態度だった。私がミスや間違いをしてもそこまで厳しくした事ないのに。その気迫に圧倒されて何も言えなかった。それだけこの取材に力を入れているって事なのか?
かえで「あやの、こなた、取材の応答は全て私がするからそのつもりで」
こなた・あやの「は、はい」
私とあやのは顔を見合わせた。あやのも私と同じ気持ちだだろう。かえでさんの緊張感が私達にも伝わってきた。
98 :
こなたの旅A 3/6
[saga sage]:2013/04/07(日) 14:32:17.89 ID:yZ1bxUxf0
「店長、お客様がお見えです」
店内のインターホンから連絡が来た。時間ピッタリ午後1時だった。
かえで「応接間に通して」
私達は定位置に着いた。暫くするとドアがノックされた。
かえで「どうぞ」
ドアが開いた。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは女性だった。女性記者なのだろうか。歳は二十歳代後半位か……髪は長く下ろしている。
彼女は鞄から名刺入れを取り出した。
「私、〇〇雑誌編集部の神埼あやめともうします」
神崎さんはかえでさんに名刺を渡した。かえでさんも神崎さんに名刺を渡した。
かえで「レストランかえで店長、田中かえでです」
そうそう、かえでさんは結婚したから名前が変わったのだった。二人は名刺交換すると席に着いた。そしてあやのの淹れたコーヒーを私が二人に持っていった。
こなた「どうぞ」
私は二人の前にコーヒーを置いた。
あやめ「お構いなく」
私は一礼して低位置に戻った。神崎さんは私達の方を見ている。
かえで「二人は私の店のスタッフです、副店長の日下部あやの、コーヒーを持って来たのがホール長の泉こなた」
私とあやのは神崎さんにお辞儀をした。神崎さんも私達に礼をした。
なんだろう。この人、どこかで見た事あるような……初めて会った感じがしない。何故だろう。
あやめ「取材は初めてと聞いています、どうぞ気を楽にして下さい」
かえで「そ、そう出来れば良いのですが……」
わぁ、かえでさんガチガチに緊張している。神崎さんがそう言うのも分かる。
かえで「それでは早速取材に入らせてもらいます、連絡した様に私はある事件の真相を調べるために取材をしてきました」
え、え、え、お店の取材じゃないの……どうして……私は自分の耳を疑った。あやのも少し驚いている。
かえで「はい、それは聞いています、ですが私達の店と何の関係があるのでしょうか、さっぱり検討がつきません、それに十年前の事件だけでは分かりません」
神崎さんは鞄から何か取り出し机の中央に置いた。あれは……ボイスレコーダー……
あやめ「十年前で分かると思ったのだけど……正確に言うと十一年前の9月〇日、旧ワールドホテル会長、柊けいこ、同秘書、木村めぐみ連続失踪事件……これだけ言えば分かるかしら」
かえで「それは知っています……」
あやめ「それは良かった、ワールドホテル会長の巨額脱税事件の取調べのため拘置所に拘留されていた二人が同じ日、同じ時間に何の痕跡も残さずに失踪した」
かえで「……当時大々的に報道されてましたね、未だに二人は見つからない様ですね」
神崎さんは鞄からファイルを数冊取り出すと広げて見せた。そこには彼女が取材したメモや写真、新聞や雑誌の記事の切り貼りがあった。かなり調べている。
あやめ「巨額脱税とは言え、有罪になったとしても抗わなければ大した刑にはならなかったはず、拘置所脱走という大きなリスクを冒してまで何故二人は失踪したのか、
特に柊けいこはかなりの高齢、今生きていたとしたら90歳は超えている……見つからないのが不思議……そう思いませんか?」
かえで「……前置きはその位で、何が言いたいのですか?」
神崎さんはニヤリと笑った。
あやめ「私は二人が失踪前後に交流した人を取材して彼女達の足取りを追っているのです、確かこの店はホテルの店として出店契約を結んだ筈です」
この雰囲気、ボイスレコーダーを置く所、誰かに似ていると思ったけど、昔のひよりに似ているような気がする。容姿や話し方ではなく雰囲気が……そんな気がした。
かえで「確かに出店契約をしましたが白紙にしたはずです……彼女とはそれに関する事意外は話していませんが」
あやめ「そうでしょうか、レストランかえで……何故か日本全国数箇所で何度か会合をしていますね、逮捕前には本社で、この当時何店か同じ契約をしている記録があるのですが、
貴女の店は圧倒的に会合回数が多い……何か特別な契約でも結ぶつもりだったのでは?」
あの会合はつかさ達とお稲荷さんとの会合だ。そんな記録が残っていたなんて……突然な出来事でめぐみさんは情報を消しきれなかったのかもしれない。
会合内容までは知られていない、知られていたら大変な事になっていた。
かえで「……移転前の店の土地が買収されてしまい、それについて協議していただけです」
あやめ「その土地とは名前もない神社じゃないですか、その神社は現在町の私有財産になっていますね」
この人……なんだろう。鋭い……
かえで「……そうです」
あやめ「大企業が小さな店に対してこれほど優遇するなんて、よっぽど何かがなければしない……どんな魔法をつかったのです?」
この人……神社の事まで調べている……かえでさんが応答は全て自分でするって言ってた意味がやっと分かった。下手な事は言えない……
かえで「魔法……ふふ、そんな物使っていません、店の料理が全てです……あやの、こなた、彼女にコース料理を」
こなた・あやの「は、はい……」
私達は応接室を出て厨房に移動した。そしてコース料理をオーダした。
99 :
こなたの旅A 4/6
[saga sage]:2013/04/07(日) 14:33:15.51 ID:yZ1bxUxf0
あやの「私、お店の紹介の取材だと思っていた……」
あやのが少し震えている。
こなた「まるで取り調べみたいだった……さすがかえでさんしっかり受け答えしていたね」
あやの「ひいちゃんが来ていたら大変な事に成っていたかも」
そうか、かえでさんがつかさを来させなかったのはこの為か、つかさならお稲荷さんの話しをしてしまうかもしれない。
こなた「つかさもそうかもしれなけど私だったらおどおどして何も話せない」
あやの「そうだね……」
それにしても神埼あやめとか言う人。なんであの事件を調べているのだろうか。二人が消えた理由を知らない人にとってはミステリーなのは分かる。
でも、誰かが傷付いた訳じゃないし、亡くなった訳でもない。強いて言えばワールドホテルが買収された事くらい。それでワールドホテルの従業員が解雇されたとかって話しも
聞いていない。わかんないな〜
かがみの法律事務所に何人か訪問したって話は聞いたけど、この店にまで取材に来た人はあの人が初めてだ。
あやの「泉ちゃん、料理が出来たから持って行って、私は紅茶を淹れて持っていくから」
考えても始まらないか。今はかえでさんに任すしかない。
こなた「OK、持って行く」
私は神崎さんとかえでさんの料理を持って応接室に戻った。
こなた「どうぞ……」
神崎さんの目の前に料理を置いた。すると神崎さんは机に置いてあったボイスレコーダーを鞄に入れ、その替わりにスマホを取り出して目の前の料理を撮り始めた。
あやめ「ふ〜ん、私に料理の評価をさせようって魂胆ね、ワールドホテル会長に見込まれた味ってのを見せてもらいましょう」
神崎さんはスマホを机に置くとフォークとナイフを取った。
こなた「今日はロースとビーフの特製ソースです……」
神崎さんは料理を口に入れた。
あやめ「……なるほどね……」
そう言うと黙々と食事をし始めた。
かえで「あの事件に関しては先ほど話した事以外は知りません、それにこの店は食事を楽しむ所、料理の話題にして頂ければ幸いです」
あやめさんは食事を止めかえでさんをじっと見た。
あやめ「貴女、本当に取材を受けるの初めてなの……十年も前の話し、記憶だって曖昧になるし、緊張だってするでしょうに」
かえで「初めてです、それに、私達の料理を公に認めてくれた人ですから、忘れられる訳ないじゃないですか」
かえでさんは微笑んだ。
あやめ「それは、元会長、柊けいこの事を言っているの?」
かえでさんは頷いた。
あやめ「彼女は罪を犯した人ですよ、しかも逃げ出してしまった卑怯者」
かえで「全てにおいて完璧な人など居ませんよ……」
あやめ「……あの会長を悪く言わないなんて、貿易会社の取材と随分食い違う……これは収穫かもしれない……」
神崎さんは食事を再び撮り始めた。そしてかえでさんも食事をした。
かえで「質問されてばかりだから今度は私からの質問、失踪事件を何故調べているのですか?」
あやめ「何故……何故って……」
神崎さんは暫く考えている様子だった。
あやめ「貴女達が料理を作るように私は記事を書くのが仕事、そして真実を追い続けるのが宿命」
かえで「真実……」
かえでさんはポツリと復唱してそのまま用意した料理を口にした。
そして暫く時間が経つとあやのが入ってきて紅茶を二人の前に置いた。
あやめ「今日は挨拶程度って所かしら……なかなか興味をそそる店、料理も気に入ったし……また来ます」
かえで「それはありがとうございます、お客様として来てくださる分には一向に差し支えございません……しかし、先ほどの様な質問をされても我々としては何も申し上げられません」
かえでさんの言う事を聞いているのかいないのか、神崎さんは帰り支度をし始めた。
あやめ「最後に一つ、田中さんは料理を持って来いと言っただけのに何故二人分の料理を持って来たの」
かえでさんとあやのは私の方を見た。それに合わせる様にあやめさんも私を見た。そう、料理を二つ頼んだのは私。
私はかえでさんと目を合わせて発言の許可を取った。かえでさんは頷いた。
こなた「私の判断で二人分持って来ました。理由は……話し合うのに一方だけ食事をしていると何かと話し難いかなと思いまして、お昼、お弁当を食べて一人何も食べていない人が
居るとそれが気になってお喋りができませんから……」
あやめ「ホール長としての判断と言う事ね……素晴らしい、柊けいこがこの店を気に入った理由が解った様な気がします」
神崎さんは支度を終えると立ち上がると財布を取り出した。
かえで「今回の御代は結構です……」
あやめ「それではお言葉に甘えまして」
かえで「私も最後に、ボイスレコーダーのスイッチが入ったままになっていましたのでお伝えしておきます」
あやめさんはボイスレコーダーの入っている鞄を押さえて少し動揺した表情を見せた。
あやめ「そ、それでは……」
部屋を出ようとしたので私は扉を開けた。神崎さんは逃げるように部屋を出て行った。
100 :
こなたの旅A 5/6
[saga sage]:2013/04/07(日) 14:34:01.33 ID:yZ1bxUxf0
神崎さんが部屋を出ると私は扉を閉めた。
かえで「ふぅ〜」
かえでさんは深く深呼吸をした。
あやの「取材、お疲れ様でした、でも、取材って店の取材じゃなかったのですね……十年前の事件の取材だなんて」
かえで「そうよ、だから断れなかった、あの手の連中は断れば断る程付きまとうからね」
あやの「最後にボイスレコーダーのスイッチが入っていたって言われましたけど、それがどうかしたのですか?」
かえで「ちょっとけん制しただけよ、こなたが料理を持って来たとき彼女はボイスレコーダーを仕舞った、もう取材は終わった様な素振りを見せて私達を油断させたのよ、
でも電源は入ったままだから録音はされている、私達の本音を聞き出そうとしたのね」
違う。神崎さんはひよりと似ていない。ひよりはそんな卑怯な手を使わない。
あやの「それも取材のテクニックってものなの?」
かえで「さぁね、私も取材を受けたのは初めてだから何とも言えない、でも彼女はまたやってくるわ、そてとかがみさんも心配ね」
こなた「かがみがが、どうして?」
突然かがみの話が出てきて私は驚いた。
かえで「彼女は柊けいこと木村めぐみと接触していた人物を調べている、こんな店まで調べているのだから、かがみさんの所の法律事務所もターゲットされていているに違いない、
何せ二人の担当弁護を引き受けたのだから」
こなた「そうかな、でも、あの人の言っている事に間違えがあるよ、失踪した二人の罪状は脱税だけなんて言っていたけど、実際はいろいろな容疑が付いてきてとんでもない事に
なった、だから、二人を宇宙船で逃がすって決まったじゃん」
かえで「わざと間違えて私達の出方を見ているのかもしれない、どちらにしても侮れないのは確かよ」
こなた「それじゃかがみに今度聞いておく」
かえで「いや、直接私が彼女と話すわ、今後の対策もあるし」
かえでさんは立ち上がった。
かえで「二人ともありがとう、居てくれたおかげで何とか冷静に対処できたと思う、あやのは持ち場に戻っても良いわよ、こなたも良く来てくれた、今日は出勤扱いで良いわ」
こなた・あやの「はい」
私とあやのは部屋を出ようとした。
かえで「こなたは残って、少し話があります」
こなた「え?」
あやのは部屋を出て行った。
101 :
こなたの旅A 6/6
[saga sage]:2013/04/07(日) 14:34:44.40 ID:yZ1bxUxf0
こなた「あの、話って何ですか?」
かえでさんは心配そうな顔で私を見た。
かえで「こなたは神崎あやめをどう思う?」
改まった言い方。何故私にそんな事を聞くのだろう。
こなた「初めて会ったばかりで直接話していないから何とも……」
かえで「いや、第一印象でも構わない」
こなた「第一印象……強いて言えばひよりに似ていたような気がするけど、でもそれは私の間違え、ひよりと全然違う」
かえでさんは目を閉じた。
かえで「私もそう思った、性格は別にして感性は似ていると思う、そしてひよりは自分でお稲荷さんの存在に気付いた、これがどう言う意味かわかる?」
こなた「ん〜、神崎って人もお稲荷さんに気付いているって言いたいの?」
かえで「いや、そうは思わない、だけど私達と接触していけば何れ気付く、そんな気がする」
こなた「どうかな、でも、そんなにお稲荷さんの秘密を知られるのがまずい事なの?」
かえで「まずいかどうかは彼女が真実をどう捉えるかによるわね、彼女の本心がつかめないわ、それで、彼女の本心が分かるまで彼女からつかさを遠ざけて欲しい」
こなた「遠ざけるって……すぐ隣の店で働いているんですけど……」
かえで「そうね、それが気がかり、あやのやスタッフにも協力してもらうわ、幸いなこ事につかさも取材拒否しているからつかさが私の店の出身とは知られていない、
そう容易く彼女も調べられないはずよ」
こなた「それで、かえでさんはつかさに取材に来るなって言ったの?」
かえでさんは私から目を逸らした。
かえで「そうよ、ついカっとなって怒鳴ってしまった……理由を話せないから余計にイライラしちゃって」
こなた「あらら、つかさは末っ子で頭ごなしに怒られるのに慣れていないから今頃落ち込んじゃってるよ……」
かえで「だからフォロー頼むわ、こなたから私は怒っている訳じゃないって言ってくれるかな」
こなた「え、私が、かえでさんがすれば良いじゃん」
かえで「取材の内容を知らせずに収める方法を知らないのよ、こなたは学生時代からの親友でしょ、何とか出来るって」
こなた「私だってそれは同じだよ、そんな無茶振り……」
かえで「これは業務命令、くれぐれもつかさに取材の内容は話さないように、以上」
うぁ〜やっちゃったよかえでさん、最近無茶振りが多い。これも結婚をしたせいなのかな。
こなた「はいはい、分かりましたよ、失敗しても怒らないで下さいよ」
私は扉に歩いて行った。
かえで「待ちなさい!!」
強い口調だった。私の受け答えが気に入らなかったのかな。私は振り返った。
かえで「さっきまでの話はあやのにも話す、だけど、これから話すのはあやのにも話さない、こなた、つかさよりも気を付けないといけないのは貴女よ」
こなた「私?」
あやのにも話さないってどう言う事なのかな。
かえで「「げんきだま作戦」……忘れたわけではないでしょ」
こなた「げんきだま……」
あれはめぐみさんの技術を応用してお金を集めた作戦だ。なぜそんな事を今頃になって。
かえで「あれは社会システムの盲点を突いた反則行為よ、言わばテロみたいなもの、それも私達では知りえない高度な技術を用いてしまっている、そうよ、お稲荷さんの技術でね」
こなた「反則かもしれないけどそうしなかったらあの神社は守れなかった、かえでさんもつかさも喜んだでしょ、かがみだって何も言わなかったし」
かえで「私が恐れているのはお稲荷さんの存在の知られることじゃない、お稲荷さんの知識と技術の存在が知られるのがまずいのよ、それが世間にしられればどうなるか、
こなたになら分かるわよね」
それは柊けいこ会長を見れば分かる。私は頷いた。
こなた「それを欲しい人は沢山いるよね……良い人も、悪い人も」
かえで「せっかく残ってくれた四人の幸せが目茶目茶になるわよ、それだけは避けたい」
こなた「げんきだま作戦は十年前に停止しちゃってるからもう誰も分からない、心配ないよ、それに私は意外と口は堅いから」
私はウィンクをして親指を立てた。
かえで「私はこなたにげんきだま作戦をさせるべきじゃなかったかもしれない」
珍しく落ち込むかえでさん。
こなた「まるで私が犯罪者みたいな言い方、システムの脆弱を突くのはゲーマーとしての基本だから、集めたお金も私的には使ってないし、私は間違った事をしたとは思ってないから」
かえで「そう……それなら良いわ、ごめんなさい、十年も昔の話しを蒸し返して……」
あんな弱気なかえでさんを見るのは初めてだ。神崎あやめ。彼女がかえでさんを追い詰めたってことなのか。
……相当の食わせ者だ。
こなた「さてと、私はつかさの店に寄ってから帰りますよ」
かえで「あ、あぁ、よろしく、私も仕事に戻らないと……お疲れ様」
こなた「お疲れ様〜」
げんきだま作戦か。なんか久しぶりだな。十年前の光景が鮮明に思い出される。
おっと。感傷に浸っているばあじゃない。つかさの店に行かないと。
「泉さん」
突然後ろから聞き覚えるある声……ついさっき聞いたばかりの声だ。
私はゆっくり後ろを向いた。そこには神崎あやめが立っていた。
つづく
102 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/04/07(日) 14:35:46.27 ID:yZ1bxUxf0
以上です。
まとめはページを変えずにそのまま続けていきますのでよろしくです。
103 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/04/07(日) 14:41:31.11 ID:yZ1bxUxf0
ここまでまとめた。
104 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:04:41.64 ID:52lA7s3a0
このスレ、殆ど自分のレスで埋まってしまっている。
他の方も是非書き込んでくださいね。
ってことで「このたの旅」の続きを投下します。8レスくらい使用します。
105 :
こなたの旅B 1/8
[saga]:2013/04/27(土) 17:10:38.85 ID:52lA7s3a0
あやめ「やっぱり」
私が出てくるのを知っているような言い方だった。
あやめ「非番だったんでしょ、だから出てくるのを待ってた」
何故、何故私が今日休みだって知っていた。私は細めで彼女を見た。
あやめ「警戒しちゃって、もうボイスレコーダーのスイッチは切ってあるから安心して」
鞄を軽く叩きながらにっこり微笑む神崎さん。さっきまでの緊迫感とはまるで違う……とても穏やかな笑顔だった。
こなた「何で私が休みだったって……」
あやめ「知っていたか聞きたいんでしょ?」
私の聞きたい事を先に言われた。
あやめ「店を出るとき厨房を覗いてね、壁にシフト表が貼ってあるのを見たら今日は泉さんお休みのマークが付いていた、明日は遅番だった」
あの短い間でそんな所まで見ているなんて。かえでさんが言っていたのは間違えじゃなさそうだ。私じゃ手に負えない。
こなた「すみません、取材は店長にして下さい……」
私は歩き出して彼女を振り切ろうとした。神崎さんは素早く廻り込んで私の目の前に立ちはだかった。私は立ち止まった。
あやめ「まぁまぁ、そう堅い事言わないで、貴女には個人的な話があるの、取材とは関係ない」
こなた「個人的な話し?」
神崎さんは頷いた。取材とは関係ないって言っても信用できない。
こなた「これから用事があるので……」
あやめ「時間は取らせない、30分……いや15分でいいから」
これが取材って言うやつのか。ひよりやゆたかのは全く違う。ねっとりとからみつくようなしつこさ。このままだと家まで付いてきそうな勢いだ。
こなた「10分ならいいよ」
付きまとわれるならさっさと済ましちゃった方がいい。それともこれも彼女の手の内なのかな。でも、神崎さんが何を考えているのか分かるかもしれない。
あやめ「そうこなくっちゃ、それじゃ……」
神崎さんはつかさの店を見ながら話した。
あやめ「あの店で話しましょうか、また戻るのも何だしね、さっきスマホで調べたけど洋菓子店つかさだって、かなり評判はよさそう……ってすぐ隣の店だから泉さんは知ってるか」
こなた「たった10分なのに店に入るの」
あやめ「喫茶店でしょ、10分くらいなら丁度良いじゃない?」
それはまずい。つかさと会わすわけにはいかない。店に戻ってもらうか。
いや待て、ここで変に拒否すればつかさの店が怪しまれるかも。かえでさんに怒鳴られて落ち込んだつかさは家に帰っているかもしれない。
私の知っているつかさならそうするはず。でも結婚やお稲荷さんの件で成長したつかさだったら店に居るかもしれない。どうしよう……今それを確認することは出来ない。
あやめ「どうしたの、時間がないんじゃないの?」
やばい、考えている暇はない。こうなったらつかさの店に行くしかない。お願い、私の知っているつかさで居て……
私は心の中で祈った。そして神崎さんの後に付いて行った。
ひろし「いらっしゃいませ……」
店に入るとひろしが出迎えた。ひよりは神崎さんのすぐ後ろに私が居るのに気が付いた。まずい。彼が私に話しかければ店の関係が神崎さんに分かってしまうかもしれない。
ひろし「こちらへどうぞ」
しかしひろしは私達を普通の客としてテーブルに案内した。こんな事は初めての事だった。ひろしは私達にメニューを渡した。
あやめ「……このケーキとコーヒーを」
神崎さんはこの前つかさが考えた新メニューのケーキを指差した。この人は何の躊躇もなく初めて来た店で新メニューを頼むのか。私ならオーソドックスな物から攻めるけどね。
こなた「私はアイスコーヒーで……」
ひろし「少々お待ち下さい」
ひろしはそのまま厨房の方に向かって行った。助かった。これで私がこの店と関係があるのを知られなくて済んだ。つかさも来ない。いつもなら厨房から飛び出してくるのに。
これは私の思った通り落ち込んで帰ってしまったに違いない。そのおかげで何とかこの急場を凌げた。でもつかさはそれだけ落ち込んでしまっているって事。私に何とかできるかな〜
106 :
こなたの旅B 2/8
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:12:15.43 ID:52lA7s3a0
Aひろしがオーダしたケーキを持って来た。
あれこれ考え込んでいた。気付くと神崎さんは何も話しをしないで私を観察するようにじっと見ていた。今はこっちの方に集中しないと。
こなた「あ、あの〜何か私の顔に付いてます?」
あやめ「ふふ、貴女って歳は幾つなの?」
こなた「な、なんて失礼な!!」
あやめ「失礼なのは分かってる、見た目は高校生くらいかしら、でもお店で身に着けていた制服の着こなし方が少し古さを感じた、三十歳くらい?」
こなた「そんな話しをしにわざわざ私を呼び止めたの」
でもだいたい合っている。この人鋭いな。
あやめ「ごめんなさい、あの店で働いて随分永いように見えたけど、どうなの?」
こなた「その通りだけど……」
あやめ「この業界って人の出入りが激しいって聞いたけど、それでも貴女はあの店で働き続けている、多分廻りのスタッフや副店長さんの……」
こなた「日下部でしょ?」
あやめ「そうそう、日下部さんだった……永く勤められるなんて、店長の田中かえでさんの人柄がこれで分かった」
神崎さんは話しを止めるとコーヒーを飲んで間を空けた。
あやめ「ワールドホテルを潰した貿易会社、憎いとは思わない?」
突然何を言い出すと思ったら。
こなた「憎いも何もないかな、もう十年も昔の事だし……」
あやめ「その十年前、貴女の働く店以外にも同じような契約をした店がいくつもあった、その契約が無効になったせいで閉店しまった所もあるのに?」
こなた「私には関係ないかな」
神崎さんは少しがっかりしたような素振りを見せた。
あやめ「そう、残念、貴女だったら協力してくれると思ったのだけど……」
こなた「え、協力?」
『ピピー』
神崎さんの鞄から音がした。彼女は慌てて鞄をあけて中からスマホを取り出し画面を見た。
あやめ「バカ、まだ早いって言ったのに」
突然帰り支度を始めた。
こなた「どうしたの?」
あやめ「特種を他社に取られそうなの、悪いけど今日は終わりね」
神崎さんは鞄からメモ帳を取り出すと最後の頁を破りペンで何かを書き出した。
あやめ「これ、私のスマホと自宅の電話番号だから、何かあったら連絡して」
テーブルの上に紙を置くと小走りに店のレジの前に移動した。
あやめ「二人分の清算お願い」
ひろしがレジで清算をした。
あやめ「ケーキ、コーヒーとも凄く美味しかった」
ひろし「ありがとうございます」
清算が終わると神崎さんは走って店を出て行った。
神埼あやめ、全く分からない。けいこさんやめぐみさんを卑怯者呼ばわりしたのに今度は貿易会社を憎くないのかって……彼女の目的は何だろう……
テーブルの上に置かれた紙を財布の中に仕舞った。
ひろし「見かけない顔だった、おまえの友達なのか」
気が付くとひろしが私の直ぐ近くに来ていた。
こなた「うんにゃ、私も今日会ったばかり、雑誌の記者だよ」
ひろし「慌しいやつだったな……友達にしてはおかしいとは思った、そうか、つかさの言う通り、本当に取材をしたのか」
こなた「それよりこんな所で油売ってて良いの、他のお客さんの対応をしなくて……」
辺りを見回すと客は誰一人居なかった。
ひろし「おまえ達が最後のお客様だ、つかさが突然帰るって言い出して、今日はもう終わりにするつもりだ」
こなた「つかさが……帰った……」
ひろし「ああ、あの落ち込み様は初めて見た、おまえの店の店長に一言言いたくて早く閉めることにしたのさ」
少し怒り気味だった。そうりゃそうだよ。つかさを落ち込ませた張本人なのだから。
でも、ひろしには話しておいた方がいいかもしれない。でもそれは私が話すよりかえでさんに話してもらおう。一言言いたいのなら丁度言い。
こなた「話があるなら私も行くけど」
ひろし「そうしてくれると在り難い、どうもあの店長は苦手だ」
こなた「ふ〜ん、ひろしにも苦手があるんだ」
ひろし「おまえが一番苦手だ……泉こなた、つかさと親友なのが不思議なくらいだ」
こなた「そりゃどうも……」
こりゃ重症かな。でも嫌われるよりはましかな。もっとも好かれてもこまるからこの位で丁度良いくらいかもね。
107 :
こなたの旅B 3/8
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:13:18.89 ID:52lA7s3a0
ひろしは早々に店を閉めると私と共にレストランに向かった。
かえでさんはひろしを見ると今までの経緯を話した。
ひろし「けいことめぐみの失踪事件を調べている……だと?」
珍しくひろしは驚いた。
かえで「そうよ、この事件で私の店を取材に来たのは彼女が初めて、かなりのやり手であるのは間違いないわ、だから彼女をつかさに合わせなかった」
こなた「店を出たら私を待ち伏せしてた、つかさの店に行こうって言った時は冷や汗ものだったよ」
かえでさんは私を睨みつけた。
かえで「こなた、別の店に行くとか機転が利かなかったの、もしつかさが居たらどうするのよ!」
こなた「つかさは家に帰ったと思ったから……懸けだったけど……でも思った通りつかさは帰った、後のフォローが大変だけどね」
かえでさんはそれ以上何も言わなかった。
こなた「それにしてもひろしは私を普通の客として扱ってくれた、だから神崎さんはつかさの店とこの店の関係に気付いていない、そっちの方が凄いよ」
ひろし「おまえが妙に緊張して入ってきたからな、すぐにもう一人の客のせいだと解った」
こなた「それもお稲荷さんの力なのかな、それじゃ神崎さんがどんな人なのかも解ったの?」
ひろし「人間になる前なら解ったかもしれないが、どうやらおまえほど単純じゃない」
こなた「……一言多いよ……素直に解らないって言えば良いのに……」
かえでさんはクスリと笑った。ひろしは私からかえでさんに顔を向けた。
ひろし「しかしつかさも軽く見られたものだな……」
かえで「私の対処に不服かしら」
ひろし「あの記者が只者ではないのは分かる、だがそれだけでつかさを除け者にするのはどうかしている、つかさは我々をここまで導いてくれた、それだけじゃない、
人類も救った、それはおまえが一番知っている筈じゃないのか」
かえで「流石つかさの夫ね良く解ってるじゃない、でもそれは彼女の……神崎さんの意図がわかるまでの間よ、別に永遠に秘密にするつもりはない」
ひろし「それが分からん、説明しろ」
かえでさんは一回溜め息をついてから話し始めた。
かえで「神崎さんは策士よ、話術も巧みだわ、そんな人が話したらたちまちつかさは秘密を話してしまうわよ」
ひろし「話したって構わないじゃないか、どうせ誰も信じない、それに話せさせない用に僕がなんとかする」
かえで「それはどうかしらね、万が一それが真実だと分かった場合一番困るのは貴方達の方よ、それに話させないなんて出来るかしら」
ひろし「出来るさ」
かえで「それじゃあの記者を貴方の義理の兄、すすむさんに合わせてみようかしら」
ひろしは何も言わずかえでさんを見たままになった。
かえで「彼はいのりさんの簡単な誘導尋問に引っ掛かって自分の正体をバラした、そればかりかひよりにかがみさんの病気を話してしまった、さぞかしネタバレするでしょうね」
ひろし「そ、それは親しい人だからそうなった、見ず知らずの人に話す筈はない……」
かえでさんは人差し指をひろしに向けた。
かえで「それよ、それなのよ、つかさは誰とでも親しくなってしまう、だから心の内を直ぐに話すのよ、すすむさんと同じじゃない、だからまだ神崎さん会わす訳にはいかない」
ひろしはガックリと肩を落とした。
ひろし「そ、そうだな……僕も協力しよう……」
かえでさんはホッと胸を撫で下ろした。私は親指を立ててウインクをして『グッジョブ』のポーズを取った。かえでさんは苦笑いをした。
こなた「それじゃ私はつかさをフォローしに行ってくるから」
ひろし「ちょっと待ってくれ、僕も一緒に行こう、店の用事がまだ全て終わっていない少し待っていてくれ」
こなた「OK、待っているよ」
ひろしは店を出て行った。
108 :
こなたの旅B 4/8
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:14:04.53 ID:52lA7s3a0
窓越しからひろしがつかさの店に入って行くのを確認した。
こなた「策士ねぇ〜かえでさんも充分策士だと思うけど……すすむさんを引き合いに出すなんて……」
私はボソっと話した。
かえで「策士はあんたの方でしょ、ひろしの説得を私にさせるなんて……」
こなた「まっ、何とかなったから良いじゃん……後はつかさの機嫌がもどればとりあえず落ち着くね」
かえで「すまないわね、お願いするわ」
こなた「もう乗り掛かった船だし、それで、なぜつかさと話さないの」
覚悟を決めたように話すかえでさん。
かえで「私の言う事を聞かなかった、だから怒鳴ってしまった……初めてだった、今の私に彼女にかける言葉はない」
その台詞かがみもこの前言っていた様な気がする。
こなた「基本的にはつかさはつかさだよ、それは年齢とか状況は関係ないと思うけど、現につかさは私の思った通りに落ち込んで帰っちゃった」
かえで「学生の頃と同じって言いたいの……私は初めて会った頃のつかさが懐かしい……でも、そう言い切れるならやっぱりこなたに任せるわ」
つかさの店からひろしが出てきた。
こなた「さてと、それじゃ行って来ます」
かえで「待って……」
こなた「ん?」
私は立ち止まった。
かえで「お稲荷さんの話しはもう無かった事にしたい、他人に知られてはいけない、それだけは分かって欲しい」
こなた「大袈裟だな〜この十年間だれも知られてないから平気だよ、これからもずっと、私達がお稲荷さんを受け入れられるようになるまで、そうだったね?」
もっとも受け入れられるようになるまで私達は生きていそうにないけどね。
かえで「そうよ……行ってらっしゃい」
私は店を出た。
店を出て駐車場に入った時だった。
ひろし「ちょっと待て、僕達が揃って家に帰るのは不自然じゃないのか?」
こなた「ん、何が不自然なの……あぁ、私がひろしと仲良くつかさの前に現れたらそりゃ不自然だね、大丈夫、私、はそんな気は全くないし、つかさは鈍いから分からないよ」
ひろしは呆れ顔になった。
ひろし「バカかおまえは、閉店時間前なのに僕が居たらまずいだろって事だ、つかさには話していないからな」
こなた「……そうだね、それでどうしよう?」
しかしバカは余計だよ、バカは……冗談が通じないな、この辺りはつかさと同じだな。
ひろし「適当に時間をつぶしているからおまえは先に家に行ってつかさの相手をしてくれ」
こなた「あいよ」
私は車に乗り込もうとした。
ひろし「つかさが心配だ、くれぐれも頼む……」
私に「頼む」って言うなんて。
私は軽く返事をすると車に乗り柊家に向かった。
109 :
こなたの旅B 5/8
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:15:08.29 ID:52lA7s3a0
車を近くの駐車場に停め、柊家の玄関の前に立ち呼び鈴を押そうとした時だった。玄関の扉が開いた。
みき「あら、泉さん?」
こなた「こんにちは……つかさはいますか?」
みきさんが出てきた。そしてすぐにただおさんも出てきた。
みき「つかさなら帰ってきて……」
みきさんとただおさんはとても困った顔をしていた。
みき「帰ってくるなり自分の部屋に入ったまま出て来なくて、もしかしてひろしさんと喧嘩でもしたのかしら……」
みきさんとただおさんは顔を見合わせていた。
こなた「つかさに会えますか?」
みき「どうぞ入って、私達はこれから買い物に出かけてしまうからおもてなしはできないけど……」
こなた「いいえ、お構いなく……」
私は家の中に入ろうとした。
みき「泉さん、つかさをよろしくお願いします……」
こなた「え、あ、はい」
みきさんはつかさの部屋の方を見ながらそう行った。そしてただおさんと駅の方に歩いて行った。
みきさんはつかさを心配している。幾つになってもつかさはみきさんにとって子供なのか……母と子か……羨ましいな……
って、私はこんな気持ちになるために来た訳じゃない。こんな歳になって……
家に入り二階のつかさの部屋に向かった。姉たち三人は全てこの家を出て行った。つかさだけがこの家に残っている。高校時代からつかさの部屋の位置は変わっていない。
かさの部屋の扉が人の入れる位の隙間があって半開きのままになっていた。廊下からつかさの部屋を見た。
カーテンを閉めて薄暗いままの部屋につかさが椅子に座っている。片手に何かを持ってそれをじっと見つめていた。よく見るとそれは木の葉っぱだった。
葉っぱの付け根を摘んで人差し指と親指をゆっくり動かしながら葉っぱをくるくる回転させてそれをじっと見ていた。なんで葉っぱなんか持っているのかな……
それに葉っぱを見つめるつかさの目ががこれまで見た事ないような悲しげな表情をしている。
つかさは私に気付いていない。私は一歩つかさの部屋に入り半開きの扉をノックした。
つかさ「はぅ!!」
音に驚いたつかさは慌てて葉っぱを財布に仕舞い私の方を向いた。
つかさ「こ、こなちゃん!?」
こなた「驚いちゃったかな、私に気付いていなかったみたいだから」
私は窓まで移動してカーテンを開けた。午後の日差しが入ってきてつかさに当たった。つかさは眩しそうに目を細めた。明るくなって気付いた。つかさの目が少し赤い。泣いていたのか。
つかさ「あ、い、いらっしゃい……気付かなかった、お母さんなんで教えてくれなかったのかな……」
こなた「おじさんもおばさんも買い物に出かけたよ、私と入れ替わりにね」
つかさ「そ、そうなんだ……こなちゃん、仕事はどうしたの?」
こなた「今日はおやすみ、つかさの方こそどうしたのさ、お店をほったらかしにして帰っちゃうなんて」
つかさ「う、うん……」
つかさは言葉を詰まらせて項垂れた。
まぁその理由は知っている。だけどつかさは落ち込んでいるからいきなり本題にはいると話し難いな。
こなた「さっき持ってた葉っぱは、何?」
つかさはゆっくり首を上げて私を見た。
つかさ「見てたんだ……こなちゃんはあれが葉っぱに見えたの?」
こなた「見えたも何も葉っぱ以外にには見えないよ」
つかさ「それなら前に一度見た事があるよ……覚えていない?」
こなた「一度見ているって……」
つかさ「最初見た時は一万円札に見えた……だけど一日経つと……」
……思い出した。それはお稲荷さんの真奈美がした悪戯の葉っぱだ。
こなた「まだ持っていたんだ……」
つかさ「まなちゃんの形見だから……婚約者のたかしさんが言ってくれた、これは私が持っていろって……辛いとき、悲しいとき、これを見ているとまなちゃんの事を思い出すの」
こなた「知らなかった……」
つかさと同居していた時もそうだったのかな。全く知らなかった。同居していたと言っても食事以外はそれぞれ自分の部屋で過ごしていたから細かい所までは分からない。
つかさ「こなちゃんは取材に参加したの?」
つかさの方から話しを持ってくるとは思わなかった。
こなた「うん、そりゃ店のスタッフだし、ホール長だから」
つかさ「そうだよね、うん、分かってる、私なんかもうレストランかえでのメンバーじゃない、関係者じゃない……だから怒られた……」
こなた「そ、そうだよ、分かってるジャン、それが分かっているならもう大丈夫だよ」
本当は違うけどね。
つかさ「こなちゃんはかえでさんが何故取材拒否してるか知ってるの?」
こなた「もちろん、店が混雑してお客様へのサービスが低下するのを防ぐため……」
つかさは私をじっと見ている。何か言いたげにしている。
つかさ「かえでさんね、ずっと昔取材を受けたことがあって……」
私は驚いた。かえでさんが取材を受けた事があるのに驚いた訳じゃない。神崎あやめがかえでさんに取材を受けるのが初めてなのかって聞いていた事に驚いた。
彼女はかえでさんの嘘を見破っていたのか。受け答えが慣れていたから。仕草からなのか。事前に調べていたのか……どちらにせよ彼女の洞察力は侮れない。
つかさは私の表情を見てからまた話し出した。
つかさ「知らなかったの?……辻さんが亡くなって、その一番の親友であるかえでさんに自殺した原因があるのではってしつこく嗅ぎ回れたの、辻さんの死を悼んでいる余裕もなかった
って言ってた、かえでさんの心の中に土足で入ってくるような嫌らしさがあったって、だから記者を嫌いになったって……」
こなた「知らなかった……」
そっちの方が理由としては強かったのかもしれない。
つかさ「そんなかえでさんが何故急に取材を受けるなんて……私、分からないよ、こなちゃんなら何か聞いているでしょ」
理由は只一つ、つかさの側ににその記者を行かせない為、つかさを守る為。それは言えない。
こなた「え、えっと」
潤んだ目で訴えている。教えてくれって。だけどなんて言えば良いんだ。
こなた「昔の取材の話し、私は知らなかった、もしかしてかえでさんに内緒って言われていなかった?」
つかさ「えっ、うん、言われていたけど……」
こなた「つかさ、内緒って意味知ってる?」
つかさはおろおろし始めた。
つかさ「知ってる……よ」
こなた「それじゃどうして私に話したの」
110 :
こなたの旅B 6/8
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:15:51.26 ID:52lA7s3a0
つかさ「え、だって、こなちゃんは友達だし……」
理由になっていない。私の中の何かがプッっと切れた。
こなた「結婚もして子供もいるんだからもう少しその辺分かろうよ、それだからかえでさんに怒鳴られちゃうんだよ!!」
しまった。そう思った時には遅かった。私はつかさの目の前でかえでさんと同じように怒鳴っていた。
つかさ「ぐす……えぐっ、」
つかさの目から大粒の涙が出てきた。まずい。これじゃフォローどころか追い討ちを掛けてしまった。
こなた「ご、ごめん、これは……」
もう何を言ってもダメだった。つかさは机に顔を押し付けて泣きじゃくってしまった。なんてこった……思いの外つかさのダメージは大きかった。私は何も出来ないまま
泣きじゃくるつかさの前で立ち尽くしてしまった。
「つかさ、帰ったぞ」
後ろから声がした。この声はひろしだ。まだ帰ってくるには少し早いような気がする。不思議に思いつつ私は振り返った。
ひろし「やっぱりこうなっていたか……」
私にだけ聞こえるような小さな声だった。私は何も言えなかった。
ひろし「つかさ」
優しくつかさを呼んだ。
つかさはゆっくり立ち上がるとひろしに向かって跳びあがって抱きついた。そしてさらに激しく泣いた。
ひろし「僕は今のままのつかさで良いから……そんなつかさが好きだから」
ひろしはそっと両手をそえてつかさを支えた。
こなた「わ、私……」
ひろし「何も言うな、こうなったのも僕のせいだ……僕が先にくるべきだった……」
返す言葉がなかった。
ひろし「悪いが今日はそっとしといてくれないか」
こなた「う、うん……」
私はゆっくり部屋を出てそのまま家を出た。
111 :
こなたの旅B 7/8
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:16:42.65 ID:52lA7s3a0
自信があった。これまでも高校時代からつかさを笑わせたり励ましたりを何度もしてきた。最後はいつも笑顔に戻っていた。でも……
蓋を開けてみればこの大失態。なんであんな事に……
つかさがひろしに抱きついた時にひろしが言った言葉……そのままのつかさが良い……その通りだ。
知らないうちに私も涙が出ていた。ひろしの取った態度に胸が熱くなった……これが愛ってやつなのか……
「泣いているの?」
はっと声のする方を見た。まなみちゃんが玄関の前に立っていた。ランドセルを背負っている。下校してきたのか。まなみちゃんはハンカチを私の前に差し出していた。
まなみ「どうしたの、お母さんと喧嘩したの?」
心配そうに私を見ている。
こなた「うんん、ちがうよ、大丈夫だよ」
私は自分のハンカチで涙を拭うと微笑んで見せた。
なまみ「お母さんまだお店だよ……」
まなみちゃんは玄関の扉を開けようとした。
こなた「ちょっと待って」
まなみ「な〜に?」
まなみちゃんは開けるのを止めて私を見た。そういえばひろしはそっとしておいてと言っていた。もしかしたら……今まなみちゃんを家に入れるのはまずいかもしれない。
こなた「お母さんとお父さんは家で大事な仕事をしているから……邪魔しないように私の家でゲームでもしよう、ね?」
まなみ「うんいいよ……お父さんとお母さん……居るの?」
なんとか止めないと……子供の扱いは難しいな……
こなた「う、うん、」
まなみ「それじゃ、ランドセル置いてくるね」
あらら……止める間もなくドアを開けて入ってしまった……っと思ったら10秒もしないで開けて戻ってきた。ランドセルは背負ったままだった。すこし顔が青くなっている。
まなみ「……お母さんが変な声出してるの…」
まなみちゃんの声が震えていた。……やっぱり。
こなた「だ、大丈夫、問題ない……」
まだ本当の事を言うのは早過ぎる。
まなみ「……病気じゃないの?」
こなた「違うよ、お父さんと愛し合ってるから」
まなみ「ふ〜ん」
まなみちゃんはじっと玄関を見たまま首を傾げていた。
こなた「それじゃ一緒に駐車場まで行こう」
まなみ「うん」
何とか誤魔化せたかな……
家に帰ると自分の部屋でまなみちゃんとゲームをして遊んだ。
しかしまなみちゃんはつかさと違ってゲームの上達が早い。コツをすぐ掴んでしまう。格闘ゲームとかだと気を抜くと一気に畳み込まれるほどだった。
こなた「ふぅ……喉が渇いたね、ちょっと飲み物とって来るよ」
まなみ「うん」
台所に行くとお父さんが入ってきた。
そうじろう「まなみちゃんだったね……つかささんのお子さんだろう?」
こなた「そうだよ」
そうじろう「いいのか勝手に連れてきて……」
こなた「確かに黙って連れてきたけど、ちゃんとつかさにメール送っておいたし、大丈夫だよ」
そうじろう「いったい何があった、夫婦喧嘩でもしたのか?」
お父さんにはお稲荷さんの話しは一切していない。お父さんにとって二人は極普通の夫婦だろう。
こなた「違うよ、その逆だよ」
お父さんは笑った。
そうじろう「そうか……それでこなたは何時孫をみせてくれる?」
こなた「……何時だろうね、その前に相手を見つけないとね……」
そうじろう「居ないのか、職場にも男性の一人や二人居るだろう?」
こなた「職場結婚する気はないよ……」
お父さんはそれ以上何も言わなかった。
こなた「それじゃ部屋に戻るよ」
そうじろう「うむ……」
嫁には絶対にやらないなんて言っていたのに。いざとなると今度は孫の顔がみたいだなんて、どっちが本心なのか分からん。
112 :
こなたの旅B 8/8
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:17:41.97 ID:52lA7s3a0
こなた「ジュース持って来たよ、ついでにお菓子も」
まなみ「ありがとう……」
こなた「そういえばまだ宿題やってなかったね」
まなみ「……もう終わっちゃった……」
こなた「えっ!?」
終わったって、さっき台所に行ってお父さんと話して10分も経っていないのに。テーブルにノートが置いてあったのに気付いた。
私はそのノートを手にとって見てみた……全部終わっている……
こなた「す、凄いね……」
まなみ「学校のお勉強はつまんない……お父さんの方がいろいろ教えてくれる……」
まなみちゃんはジュースをおいしそうに飲み始めた。
こなた「それじゃ、何が一番楽しい?」
なまみちゃんはジュースを飲むのを止めて暫く考え込んだ。
まなみ「ん〜と、佐藤先生が教えてくれるピアノかな〜」
佐藤さんは旧姓岩崎みなみの事。まさかひよりとゆたかよりも先に結婚するとは思わなかった。
こなた「ピアノのお稽古してるんだ、今度私も聴いてみたいな」
まなみ「え〜はずかしいよ」
まなみちゃんがピアノを習っているのは初めて聞いた。ゲームの上達の早さから推察するにつかさよりは上手な様な気がする。
まなみ「こなたお姉ちゃんもいろいろ教えてくれるから好き……」
こなた「そ、そりゃどうも……」
おべっかもするなんて、つかさとは随分ちがうな……これはお稲荷さんの血が入っているからなのかな。お稲荷さんの力も使えるとか。まさか……
まなみ「どうしたの?」
こなた「うんん、なんでもない、ゲームの続きやろうか」
まなみ「うん」
私達は夕方までゲームで遊んだ。
日が完全に落ちた頃だった。
そうじろう「おーいこなた、つかささんがお見えだぞ」
まなみちゃんを迎えにきたか。私は玄関に向かうとつかさが立っていた。あの時の様な暗く落ち込んだ雰囲気は一切ない。私の知っているつかさそのものだった。
こなた「さっきはゴメン……」
つかさ「うんんこっちこそ、泣いちゃったりして、もう取材の事は聞かないから」
こなた「それなら良いけど……」
まなみ「お母さん、お父さんとあいしあっていたんだよね?」
つかさ「えっ!?」
つかさは目を大きく見開いてまなみちゃんを見た。あらら、笑顔であっさり言う……あからさますぎ……子供は恐れをしらないな。
こなた「まなみちゃんランドセル取ってこないと」
まなみ「あ、忘れちゃった」
まなみちゃんは慌てて私の部屋の方に走っていった。
こなた「ノートと筆箱もちゃんと仕舞いなさいよ」
まなみ「はーい」
私は溜め息をついた。
つかさ「こ、こなちゃん、どう言うこと?」
つかさは動揺している。
こなた「慰めてもらうのは良いけど、もう少し時間を考えないとね、私が家を出てからすぐにまなみちゃんが帰ってきたんだよ……始まっちゃうとなかなか途中で止められないよね……
だから適当に誤魔化して私の家に連れてきたって訳、まなみちゃんは意味を知らないで言っているだけだと思うから、でもね、子供は見ていない様で見てるから気をつけないと」
つかさは顔を真っ赤にして俯いた。
こなた「ふふ、何照れてるの、夫婦なんだから気にしない、気にしない」
つかさ「うん……ありがとう」
こなた「ありがとうはつかさの旦那に言って……私の出来る事はこんなことくらいだから」
まなみちゃんがランドセルを背負って走ってきた。
こなた「これから食事の用意をするけど、どう?」
つかさ「うんん、家で皆が待ってるから」
こなた「今度かがみの家族も連れて遊びにきなよ」
つかさ「うん、そうする……それじゃ帰ろうか」
まなみ「うん、バイバイ」
まなみちゃんは手を振った。私もそれに答えて手を振った。そして二人は家を出て行った。
つかさが元に戻って良かった。
さてと……いつまでもこんな状態が続くと何かとやり難い。多分何度も取材に来るに違いない。
あの記者を追い出すことは出来ないかな。
それにはあの神崎あやめの目的を知らないとならない。なんでレストランかえでを取材にきたのか。
普通に考えればこの店はけいこさんとめぐみさんの失踪事件とあまりにもかけ離れているのに。私達が何を知っていると思っているのか。
それになぜ私に個人的な話しがあるとか言って近づいてきたのか。
わたしの秘密があるように向こうも何かを隠しているに違いない。それを突き止めてやる。
『グ〜〜』
腹の虫が鳴いた。
まぁ、ご飯を食べてからにしようっと。
つづく
113 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:18:31.90 ID:52lA7s3a0
以上です。
114 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/04/27(土) 17:25:00.60 ID:52lA7s3a0
ここまでまとめた
115 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga ]:2013/05/03(金) 13:41:59.98 ID:B8DJo7a70
こなたの旅の続きです。
7レスくらい使います。
116 :
こなたの旅C 1/7
[saga sage]:2013/05/03(金) 13:44:27.04 ID:B8DJo7a70
ご飯を食べて落ち着いた私は自分のパソコンに電源を入れた。神崎あやめ。まずは基本情報を知らないと話しにならない。
『神崎あやめ』と入力しした……
一発でヒットした。この人は業界では有名な人らしい。
〇〇雑誌の記者。〇〇年四月に入社……新卒なのか……ってことは私と同じ歳じゃないか。
出身大学はは〇〇県の〇〇大学……ん。この県って、まさか。
財布の中に仕舞ったメモ帳の切れ端を取り出した。彼女の携帯番号と自宅の電話番号が書かれている。この自宅の電話番号の市外局番……
レストランかえでがここに引っ越す前の町と同じ市外局番。この記者はあの町で生まれ育った……のかな。
でもこの記者はあんな遠くから雑誌社まで通っているのかな。いや、そんな筈はない。考えられるのは自宅勤務を許されているって事。だとしたら大した待遇だ。
どんな記事を書いているのかな。更に調べようとした時だった。
『ピピピ〜』
携帯電話の着信音が鳴った。かがみからだ。直接電話してくるなんて珍しい。でもどんな内容なのかだいたい解った。
こなた「ハローかがみん」
かがみ『おっす、こなた、相変わらず間の抜けた声ね……』
第一声がこれかよ。
こなた「……そんな事を言う為に電話してきたの……」
かがみ『ごめん、そんな用じゃないわよ、ちょっと遅いから明日にしようかと思ったけど、こなたなら起きていると思って……かえでさんから聞いたわよ』
こなた「神崎あやめ……」
かがみ『そうよ、厄介な記者に目を付けられたわね』
かがみは彼女を知っているのか。
こなた「その記者を知ってるの?」
かがみ『いや、直接は会っていない』
こなた「あれ、取材を受けた事ないの……彼女はけいこさんとめぐみさんの失踪事件を調べている、だとしたら真っ先にかがみの所に行くんじゃないの?」
かがみ『私もかえでさんから聞くまで彼女がそんなのを調べているなんて知らなかった』
こなた「なんで私の店に取材に来たのかな……」
かがみ『私もさっぱり分からん、だけど、十年前、私達は散々取調べを受けたし、数多くの記者からも取材を受けた……それで何も出なかったから彼女も取材対象から外したのかも
しれないわね、そうとしか考えられない』
こなた「どうしたらいいかな?」
かがみは暫く黙っていた。
かがみ『私にも分からないわ、下手な事をすれば勘繰られるし、私が出て行けば余計怪しまれるわよ』
こなた「そうだよね〜」
かがみ『昔私も少し彼女を調べたた事があってね、彼女は刑事事件を中心活動している記者ね、彼女の記事を切欠に解決した事件は多数、それに多くの冤罪事件も手掛けている、
一目置いた人物ではあるわね、弱きを助け、強きを挫く……そんな感じよ』
かがみのおかげでこれ以上調べなくても彼女の仕事ぶりは分かった。
こなた「それじゃ私なんかじゃ太刀打ちできないよ、かえでさんですらやっとだったのに……」
かがみ『私が言える事は只一つ、嘘はつかない事、それだけよ』
こなた「でも、もし、彼女がお稲荷さんの事に触れてきたらどうするの……」
かがみ『そ、それは……多分平気よ、そこまで分かるはずない』
声に自信がない。
こなた「私も少し調べたんだけど……彼女の出身が店を引っ越す前の町みたいだよ……卒業大学が同じ県だったからね、あの町ならお稲荷さんの伝説とか聞いているかもしれないし、 ちょっと心配……」
かがみ『お、同じ町……』
かがみも私も何も言わず沈黙が続いた。
かがみ『と、取り敢えず今は様子を見るしかないわ』
流石のかがみも打つ手なしか……
こなた「まだ一回しか会っていないのに大変だよ……」
かがみ『くれぐれもつかさをよろしくね、つかさを彼女に会わせたらとんでもない事になるわ』
かがみも同じ事を思っている……
こなた「かがみも同じなんだね」
かがみ『何よその言い草、あんたも同じだって聞いたわよ、これは皆の総意じゃなかったの、お稲荷さんの知識と技術の隠蔽、それこそあの記者にとっては格好のネタよ、
私達が何故隠しているなんかお構い無しに決まってる』
こなた「う、うん……そうだけど」
かがみ『そうだけど?』
強い口調で言い返してきた。今の私にかがみの意見に反対するほどの正当性をもった反論は出来ない。
でもそのつかさがお稲荷さんの心を開いたのも事実。悲しげに葉っぱを見つめるつかさの顔が頭の中に浮かんだ。どうすればいいのかな……何も出てこない。
こなた「い、いや、かがみの言う通りだよ」
かがみ『頼むわよ……それじゃまた今度会いましょう』
こなた「ちょっと待って」
かがみ『何よ、他に何かあるの?』
つかさの話しになってちょっと思い出したことがあった。
こなた「かがみの子供って成績優秀なのかなって……」
かがみ『なにを急に……』
こなた「確か一番上の子が小4だったよね?」
かがみ『そうだけど……何故そんな事を聞くのよ』
こなた「いやね、まなみちゃんが頭よくってね、もしかしたらお稲荷さんの血が混ざってるんじゃないかなって……」
かがみ『私の子供達は普通よ……まつり姉さんは生まれたばかりで分からない、いのり姉さんはまだ子供は居ない……私の夫を含む皆は人間になった、お稲荷さんの遺伝を捨てた、
その能力や知能は遺伝しないわよ……もっともつかさは小学校低学年の時は私よりも成績良かったからまなみちゃんの成績が良いのもつかさの遺伝じゃない』
こなた「ふ〜ん、それでかがみは焦って一所懸命に勉強したんだね、なるほど」
かがみ『納得する所が違うぞ!!』
お、久々のかがみの突っ込みを聞けた。そうでないとね。
こなた「ふふ、それじゃまたね」
かがみ『おやすみ……』
電話を切った。
こなた「ふぅ〜」
溜め息を一回。
そして時間を見る。寝るにはまだ少し早い……たまにはネトゲでもするかな……
117 :
こなたの旅C 2/7
[saga sage]:2013/05/03(金) 13:45:41.65 ID:B8DJo7a70
それから一ヶ月が経った。
彼女は週に2回から3回必ずお昼を食べにこのレストランを訪れていた。私達に何かインタビューする訳でもない。ただのお客として来ている。
つかさの店にもたまに行っているみたいだ。それはひろしが対応しているので特に問題があるわけではなかった。
でも問題はこの店。お客として来ているから無理に来るなとは言えない。それどころか友達なのか、同僚なのか分からないけど数人必ず連れてくるのだ。
その中には俳優やテレビでお馴染みの人なんかも混じっていた。
それでも店を出ると神崎さん一人だけ残り観察するような目つきで暫くレストランを見てから帰る。そんな日々が続いた。
あやの「また来てる……でも、あの隣に居る人……俳優の〇〇さんじゃないかな……サイン貰っちゃおうかな……」
厨房の陰からあやのが様子を伺っていた。
こなた「止めておきなよ、何を言い出すが分かったもんじゃないよ」
あやの「……こんなのが一ヶ月……何時まで続くの?」
こなた「分からない……」
あやの「ちょっと行ってくる……」
厨房を出ようとするあやのの腕を掴んで止めた。
こなた「だからダメだって……」
あやの「もう我慢できない……放して」
かえで「止めなさい、まったく見苦しいわよ」
私達の間にかえでさんが割って入ってきた。私は手を放し、あやのは冷静さを取り戻した。
あやの「あの記者……どうにかならないの、見えないプレッシャーがかかって仕事になりません……あれから全く進展がないじゃない」
かえでさんは何も言わず首を横に振った。何もするなとの指示だろう。
でもハッキリ言ってあやの言っているのは私の代弁でもあった。正直いってウザイの一言だ。
かえで「かがみさんが言っていた、彼女の取材は必ず話し手の方から真実を話すってね、そう言う事だったのか、彼女はああやって精神的に追い詰めて白状させるのよ、
最初の取材で普通じゃ口を割らないと判断したに違いない、厄介だわ……何か迷惑を掛けている訳じゃないから追い返せない」
あやの「誰かが音を上げるのを待っている……」
待っている……私は財布に入っているメモ帳の切れ端を思い出した。まさか彼女は私の連絡を待っているんじゃ……
そうか……ホール長の私が接客をしているから客として来ている……彼女の目的は私なのかもしれない……
神崎さんが手を上げて呼んだ。
かえで「呼んでいるわよ、こなた」
こなた「あいよ……」
私は彼女の座っている席に近づいた。冷静に、冷静にっと。
こなた「はい、何でしょうか?」
あやめ「今日のおすすめランチは何?」
こなた「豚肉のしょうが焼きです……」
隣に座っている俳優さんと耳打ちで暫く何かを話した。
あやめ「それじゃそれを2つ」
こなた「はい……」
わたしが去ろうとした時だった。
あやめ「そろそろ分かってもいい頃じゃない?」
私は立ち止まり神崎さんの方を向いた。
こなた「メモ帳の事ですか?」
あやめ「察しが良いじゃない、どう?」
やっぱり……でも私一人でなんとか出来るだろうか。私の返事を待って神崎さんがじっと私を見ている。他のお客さんが私の方を見て手を上げた。ここで留まっている時間はない。
こなた「今晩、自宅に電話します……」
しまった。なんて事を言ってしまったのだ……
あやめ「待ってる……ほら、お客様が呼んでいる」
私は考える間もなくお客様の方に向かった。こんな所で交渉をしてくるなんて……これも彼女の作戦なのか……まずい。どんどん彼女のペースに乗ってしまいそうだ……
こなた「お昼のおすすめ2つに、ワイン2つ……」
あやの「どうしたの、顔色がよくない……」
こなた「な、なんでもないよ……」
私と神崎さんのやりとりを見ていなかったのかな。かえでさんも別の仕事をしていた。これも神崎さんの狙いなのか……
また別のお客様が手を上げた。
こなた「はい、只今伺います……」
今日はやけに忙しい……考える暇がないまま時間は過ぎていった。
118 :
こなたの旅C 3/7
[saga sage]:2013/05/03(金) 13:47:35.40 ID:B8DJo7a70
家に帰って自分の部屋で考えていた。
結局誰にも言わずに仕事が終わってしまった。このまま彼女と連絡して良いのであろうか。これからかえでさんに電話をして……いや、だめだ。
きっと電話するなって言われるに決まっている。でももし、電話をしなかったらどうなる。また新たな手を使って揺さぶりをかけてくるに違いない。
電話をするかなさそうだな。こうなった自棄だ。私は受話器を取ってメモの電話番号を押した。
あやめ『こんばんは、泉さんね、待っていた』
こなた「こんばんは……私に用事って何ですか……あの事件は何も知りません……」
あやめ『まぁ、まぁ、結論を急ぎなさるな、厨房のシフト表は見えない所に移したでしょ、なかなかやるじゃない、これで貴女の予定が分からなくなった』
こなた「ネタバレするから……誰でも注意されれば気をつけますよ……」
あやめ『ふふ、そうね、でも貴女達、私が来ると緊張している、何を恐れているの?』
やっぱり私から何かを聞き出そうとしている。
こなた「べつに……神崎さんがいろいろ有名なお客さんを連れてくるから……」
あやめ『あれは貴女の店が出す料理が美味しいから誘ったまで……さてと、もう腹の探りあいは止めましょう、私の家に来ない?』
こなた「家に……なんで私が……店長や副店長の方が……」
あやめ『いいえ、貴女でいい、泉こなたさん、それとも私の家が遠くて嫌かしら』
なんで私なんだろう。
こなた「そんな事は、そこは店が元にあった場所だから、でもなんで私なの?」
あやめ『それも来てくれれば話します、来てくれればもう貴女の店に頻繁に行く事はない』
交換条件ってやつか。これって交渉なのか……でも主導権は向こうが持っている。
こなた「約束は守ってもらうよ……」
あやめ『そうこなくっちゃ……で、何時にする?』
私は壁に掛けられているカレンダーを見た。来週の金曜がこの前の取材の振替休暇になっている、その次の日も休み……ならば
こなた「次の土曜日はどう?」
あやめ『分かった、電車でくる、車でくる?』
こなた「車で……」
あやめ『食事はアルコール抜きにしておくから』
こなた「……それはどうも」
あやめ『住所は〇〇町〇丁目〇番地だから』
こなた「分かった……」
あやめ『それじゃ楽しみにしているから』
電話を切った。何が楽しみなもんか……半ば強制的なくせに……
でも、わざわざ二連休の最後にしたのは訳がある。彼女の家に行く前に行きたい所があった。それはひよりの所だ。彼女はひよりと似たところがある。かえでさんもそう言っていた。
毒には毒を……何か対策が立てられるかもしれない。さて、そうと決まったらひよりに連絡だ。
119 :
こなたの旅C 4/7
[saga sage]:2013/05/03(金) 13:48:39.82 ID:B8DJo7a70
ひより「とんでもない記者ですねそれは……」
こなた「かがみに言わせれば弱気を助け強きを挫く……だってさ、私に言わせればただの弱いものいじめだよ……」
土曜日、私はひよりの家に居る。家と言ってもマンションでゆたかと同居していて漫画の事務所も兼ねている。普段ならアシスタントも居て作業をしているはずだが今日は
仕事が休みでひよりとゆたかしか居なかった。かえって好都合だった。私は事の経緯を二人に話した。
ひより「それで、毒には毒をって……先輩そりゃないっスよ……」
こなた「まぁ、まぁ、そう言わずに助けてよ」
両手を前に出してひよりを落ち着かせた。
ひより「先輩が助けてなんて言うのですからよっぽどですね……」
ひよりは両手を組んで考え込んだ。
こなた「それで、神崎あやめをどう思う?」
ひより「う〜ん、直接会った訳じゃないからなんとも言えないっス、それに私に似ているって……私……鋭い感性なんかもっていませんし……頭の回転も遅いし……
かえでさんや先輩を翻弄させるような話術もありません」
こなた「またまた謙遜しちゃって、現にひよりはコンやすすむさんの正体を見抜いたじゃん?」
ひよりは暫く溜めてから話した。
ひより「それはつかさ先輩の話しを聞いたからっス……真奈美さんの話を聞かなければただの賢い犬で終わっていました」
つかさの話しを聞いて……ここでもつかさか。
こなた「でも、つかさの話しからコンやすすむさんを結び付けるなんて誰でもできることじゃないよ、でも多分あの記者なら出来ると思う」
私とひよりは腕を組んで考え込んだ。
その時ゆたかがお茶とお茶菓子を持って席に着いた。
ゆたか「神崎あやめ……私、以前に会ったことがある……」
こなた・ひより「えっ!?、い、いつ!!?」
私達はゆたかに詰め寄った。
ゆたか「は、半年くらい前かな……漫画の取材って言って、インタビューをね……」
こなた「漫画の取材って、ジャンルが全然ちがうのに……」
ひより「ど、どうしてゆたかだけ……」
ゆたか「……ご、ごめんなさい、ストーリ担当の私に取材を申し込まれたから、それに半年前のひよりは取材を受ける状態じゃなかったでしょ、4日連続の徹夜……」
ひより「……」
ひよりは黙って頷いた。顔色が少し青くなった。よっぽど過酷な仕事をしていたのだろう。
こなた「どんな取材だったの?」
ゆたか「う、うん……この作品についてなんだけど……」
ゆたかが見せたのは……私とかがみ、ひより、ゆたか共同で作った物語……つかさをモデルした漫画じゃないか。でもその漫画はひよりの出版社でボツになって、
自費出版にしてコミケで20冊しか出さなかった。人間と宇宙人の愛をテーマにしたんだっけな……でも内容はかがみの提案で実際とは大きく変えたのは覚えている。
こなた「い、いや、あの記者がコミケに参加しているなんて……」
ひより「そ、それで?」
ゆたか「う、うん……この物語の中で宇宙の過酷さがすごくリアルに描かれているって言われて……どうやってそこに至ったかを聞かれてね……」
ひより「宇宙の過酷さって……あれはすすむさんから聞いたやつかな」
ゆたかは頷いた。
こなた「何を聞いたって?」
ひより「宇宙戦争をするほど宇宙は優しくないって、それに地球の資源を狙うなら他の小さな惑星から発掘した方が良いって……」
こなた「なんでそれがリアルなの……」
ゆたか「どんなに進んでも地球の環境を完全に再現するのは難しいって、それは地球外文明も同じ、私達と同じ遺伝子で構成されている生命は宇宙空間では生きていけないから
宇宙戦争なんかしたら共倒れだよ」
そいう物なのかな……確かに今まで見てきた漫画とは違うけど……憎ければ殴りたいのが心情ってもの、宇宙ってそれすら許されない所なのかな……
ひより「それで記者にはなんて答えたの?」
ゆたか「地球の大切さを表現したって言ったら……なんか妙に納得してくれた……」
ひより「流石ゆたか」
こなた「で、私が作ったギャグの所は何か言ってた?」
ひより「わ、私の画風はどうだった」
ゆたかは首を横に振った。ひよりは残念そうに指を鳴らしていた。
私は何を期待していたの。この記者の評価なんか私にとってはたいした意味はないのに。
ゆたか「何も言ってなかった、でも、複数の人員が関与しているって見抜いてた……でもね、雑誌社から掲載をボツにされちゃって……だから私、何も言わなかった」
ひより「そうなのか……わざわざ掲載ボツを知らせてくるなんて律儀だな」
こなた「それでね、明日の件なんだけど、どう振舞えばいいのかな」
120 :
こなたの旅C 5/7
[saga sage]:2013/05/03(金) 13:49:55.38 ID:B8DJo7a70
何も対策が出ないまま1時間が経過した。
ひより「彼女の最終的な目的ってなんですかね」
こなた「さぁね、それが分かれば苦労しないよ、私達が何かを隠してるってのはもう気付いているみたいだから厄介なんだよ」
ひより「全てを話したの時、彼女はどうするかですよね、普通に考えれば世間一般に公表するでしょうね、でも、頭が切れるならその後どうなるかって解る様な気がするけどな〜
つかさ先輩、みゆき先輩がそれで失敗して大半のお稲荷さんが帰る破目になってしまったのだから、説得して私達の仲間に引き入れるってできないかな?」
こなた「そうなれば良いけど、そうじゃなかったらもう取り返しがつかない……」
ゆたか「一つだけ方法があるよ……」
いままで黙っていたゆたかが急に割って入った。
こなた「それはどんな方法?」
ゆたか「神崎さんがもし、私達の制止を振り切って秘密を公表するのであれば、彼女の記憶を消してしまえば良いよ」
背筋が凍りついた。可愛い顔をしてそんな恐ろしい事を平然と言えるなんて……いや、もう既にゆたかはひよりの記憶を奪っている……
ひより「ゆ、ゆたか……」
ゆたか「確証はないけど人間成ったすすむさんはまだその術は使えると思うの、あくまで私達の意思に背くなら、選択肢の一つじゃない?」
こなた「そ、そうだけど……ちょっと、そこまでは……」
ゆたか「お姉ちゃん、言っておくけど私達の知っている秘密は大国の国家機密に匹敵する物だよ、かがみさんの病気を治せるし、その気になれば大量破壊兵器だって……
もう一人の記者の意思とか私達の気持ちなんか超えているの、今は誰にも知られちゃいけない、お稲荷さんの本音はきっと私達の記憶だって消したいくらい……だよ」
目を潤ませて訴えるように話すゆたかだった。今の状況を一番理解しているのはもしかしたらゆたかなのかもしれない。
ひより「もういいよ、ゆたか……」
ゆたか「ご、ごめんなさい……ちょっと頭冷やしてくるね」
ゆたかは自分の部屋に入っていった。
ひより「先輩、実は私もゆたかと同じように記憶を消してしまえばって思っていたっス、だけど……これはあくまで最後の手段……先に言われてしまいました」
苦笑いをしている。
こなた「いいよ、ゆたかを庇うのは」
ひより「あれ、ばれちゃいましたか……」
手を頭に当てていた。
こなた「記憶を奪われた本人だもんね、ゆーちゃんって呼んでいた頃がなつかしいな……」
私はゆたかが入った部屋を見ながら話した。
ひより「すすむさんは絶対に記憶を奪わないって知っていて言っていると思うので、本心じゃないと思います……」
こなた「だと良いんだけどね……だけど、神崎さんの今後の行動によっては本当に考えないといけないかもしれない」
ひよりは一回大きく深呼吸をした。
ひより「ちょっと重い話になりましたね、ゆたかが戻ってくるまで小休止にしませんか」
こなた「いいね、そうしようか」
私達はゆたかの用意したお茶と菓子に手をつけた。
121 :
こなたの旅C 6/7
[saga sage]:2013/05/03(金) 13:50:53.15 ID:B8DJo7a70
こなた「もしつかさが一人旅に出ていなかったらどうなっていたかな……少なくともかえでさんには出会っていないから私は未だにニートだったかもしれない」
ひより「……なんですか急に?」
ふと思った事を言ったのでひよりはお菓子を食べているのを止めて聞き返した。
こなた「つかさが一人旅に出る切欠になったのは多分私とつかさの言い合いだよ、私が出来っこないって言って、つかさがムキになって……絶対に行くなんて言ってね、
まさか本当に行くとは思わなかった、」
ひより「へぇ〜そんな事があったっスか……」
こなた「お稲荷さん……そう言われるの本人達は嫌がっていたね、宇宙人でいいのかな、彼らとも会っていないからかがみはこの世に居なかったかもしれない」
ひより「……そう言えばそうかもしれませんね、つかさ先輩との言い合いが私達の運命を変えた……っスか……」
ひよりは腕を組んで目を閉じた。
こなた「どうしたの、そんな意味深な事言ったかな?」
ひより「今思ったけど、ゆたかはつかさ先輩が一人旅に行く前に既にすすむさんに会っていましたよね、つかさ先輩が一人旅に行かなくてもお稲荷さんと何らかの関係は出来たかも
しれませんよ?」
こなた「ゆたかはつかさと違って秘密は守る方だからね、どうなっていたか……」
ひより「あっ、そうでした……」
こなた「ゆたかは一人で抱え込むタイプだからね、ゆたかの暴走をつかさが止めたようなものかもしれない、あっ、止めたのはひよりか」
ひより「いいえ、つかさ先輩ですよ……いつでもつかさ先輩は私の前にいましたから……」
こんな台詞、高校時代のつかさなら絶対に言われなかっただろうな。
でも、私が怒って怒鳴りつけた時のあのつかさは紛れも無く高校時代のつかさそのものだった。だから今もこうやって友達で居られるのかもしれない。
ひより「どうしたんです、急に微笑んだりして……」
わたしの顔を覗き込んで首をかしげいた。
こなた「ちょっと昔を思い出してね、そういえばさ高校時代ゲーセンで何度も私に挑戦してきた後輩がいたけど……確かひよりの先輩だったよね?」
ひより「えっと……漫研の部長こーちゃん先輩のことっスか?」
こなた「今どうしてる?」
ひより「え、えっと〜どうしてるかな〜」
ひよりは天を仰いでいる。
こなた「卒業してから交流ないの?」
ひより「えっ、ま、まぁ、部活動では私、漫画家なんてならないよって言ってたもんで……なんて言うのか、会い難いというか……あはは、はははは」
こなた「……そりゃそうだ……」
ひよりはごそごそと机の裏から本を出した。
ひより「それより、先輩見てください、今度のコミケで出す予定の作品ッス」
こなた「なんで隠してなんか……あぁ、さては例のやつ?」
ひよりは目を輝かせて頷いた。
ひより「時間を見つけては書いていました、先輩のご希望に添えるように書きました」
私は頁を捲った。
こなた「……いいね……たまにはこういった物も描かないとね」
ひより「そうでしょ、自作ながら良くできたと……あ、あ、あ、」
こなた「だめだよひより、興奮してあえぎ声だしちゃ……」
ひよりの目線を追うとそこにはゆたかが仁王立ちで立っていた。ゆたかは透かさず私から本を取った。
ゆたか「お姉ちゃん、ひより、まだ懲りていないみたいだね……こいうの描くと出版社から仕事もらえなくなるでしょ……」
ひより「だ、だから内緒で……」
ゆたかの目が鋭くひよりを睨んだ。
ゆたか「これは没収するから……お姉ちゃんも、今度ここに来るときは持ち物検査するかね……」
私とひよりの暴走を止めるのはゆたかだった。
122 :
こなたの旅C 7/7
[saga sage]:2013/05/03(金) 13:52:02.71 ID:B8DJo7a70
明日、神崎さんの家に行くのにここからの方が近いので二人の勧めで泊まる事になった。
女性三人で話す事と言えば一つしかないだろう。
ひより「さすがレストランかえでのホール長っスね、味付けが違います」
せっかくなので夕ご飯は私が作った。
こなた「まぁ、泊めてもらうのにこのくらいしないとね、それに私が作るのは賄いくらいだよ、腕はあやの方が遥かに上だから」
ゆたか「それでも美味しいよね」
ゆたか「うん」
こなた「ところでお二人さん、つかさの演奏会の時に言ってた告白とらやらはもう済んだのかい、ご報告はまだ聞いていないよ」
二人の動作が止まった。
あらら、聞かなかった方が良かったかな……あの時やけに自信ありげだったけど……まぁここは私が気を紛らわせてあげるか。
そう思った時、ひよりがにやりと笑ってゆたかの方を見た。
ゆたか「そういえば一昨日もお泊りだったよね〜」
ゆたか「えっ、あ、あれは実家に帰って……」
顔を赤くして首を激しく横に振った。
ひより「あれれ、昨日はみなみの家に遊びに行ったって言ってなかたっけ……」
ゆたか「ひ、ひよりこそ帰りの時間が遅くなる日が随分多くなったよね」
ひより「あ、あれはネタを考えていてね……公園で考え込んで……」
ゆたか「ふ〜ん、ネタはお風呂に入って考えるって言わなかったっけ」
ひよりも顔を赤くしながら話している。なんだ。うまくいっているみたい。心配して損した。
こなた「はいはい、そこまで、それで式はいつになるのかな……」
ひより「……それは……」
こなた「二人は忙しいからね、かえでさんみたいに籍だけ入れるって方法もあるからさ」
二人は黙って俯いている。少しからかってやるか。
こなた「おやおや、恥かしがる歳じゃないでしょ……」
二人は黙ったままだった。かがみだったらもう少し面白い反応するのだけど……
ゆたか「お、お姉ちゃんは誰か好きな人居ないの……」
ゆたたが反撃に出たか。
こなた「残念でした、私の恋人はゲームの中なのだよ、私に死角はないよ」
ひより「先輩の初恋はいつごろでしたか」
こなた「え、は、初恋……」
ひより「あ、聞きたいなお姉ちゃんの初恋の話し、まだ一度も聞いてない」
こなた「さてと、明日は日が昇る前に出ないいけないから早く寝ないと」
私は席を立った。
ゆたか「あ、ずるい、お姉ちゃんが振ったはなしだよ、逃げないで」
まさかそんな話しになってしまうとは思わなかった。そんな話し……恥かしくて話せない。私はそのまま寝室に入って寝た。
未だ日が昇る前の薄暗い早朝、携帯のタイマーで私は目覚めた。身支度をして居間に入るとゆたかが居た。
こなた「起きてたの?」
ゆたか「うん、眠れなくて……」
こなた「私が寝てからひよりとエッチな話しでもしてたとか、」
ゆたか「うんん……」
私のジョークに何も反応をしなかった。ゆたかは机に置いてある本を見ている。あれは没収された本だ。
こなた「その本は……」
ゆたか「……私のした事に比べればこんなのは軽いジョークだよ」
こなた「なんの話しを?」
ゆたかの言っている事がさっぱり解らない。
ゆたか「私はひよりの目の前で記憶を奪うなんて言ってしまった……懲りていないのは私の方だった」
こなた「昨夜の事を言っているの……本人はあまり気にしていないみたいだけど、変わったところも見当たらないし」
ゆたか「うんん、取材でボイスレコーダーを使わなくなったでしょ、あれは私のせい、必要以上の記憶が消えてしまったから」
こなた「そうかな……」
ゆたか「そうだよ、私には解るの、だから今でもこうして眠れない時が……どうしてあんな事をしたって……なんでまた同じ事をさせようとするのかって……」
こなた「……難しい事は分からない……よ」
ゆたか「そうだったね、これは私の問題だった、ごめんなさい」
こなた「でもひよりはゆたかを赦した、ゆたかが部屋に頭を冷やしに行った時もゆたかを庇っていたからね、それは私にも分かる」
ゆたか「ひより……」
ゆたかは机に置いてあった本をひよりが隠していた場所に戻した。
こなた「良いの?」
ゆたか「うん」
その時のゆたかの笑顔は印象に残った。
こなた「さてと、そろそろ行かないと」
ゆたか「あ、そうだ、眠れないからお弁当作っておいたよ、休憩の時に食べて」
こなた「ありがとう」
お弁当を受け取った。
ゆたか「確か、お姉ちゃんのお店が引っ越す前の町だよね……」
私はは頷いた。
ゆたか「これも何かの運命なのかな……」
こなた「つかさは一人旅に出る時、かがみからお弁当を受け取った……」
ゆたか「あっ……同じ……」
こなた「ははは、偶然だよ……それじゃ行って来ます」
ゆたか「行ってらっしゃい」
私は神崎めぐみの自宅へと向かった。
つづく
123 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/03(金) 13:55:10.97 ID:B8DJo7a70
以上です。
さて、この記者、神崎あやめの本当の目的はなんでしょうか。
次回にご期待下さい。
このスレ自分の独占状態になってしまった。
いつもなら1レス物が入ってくるのだが。
それに読んでくれている人が居るのかどうかも心配。
124 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/03(金) 14:11:02.94 ID:B8DJo7a70
ここまでまとめた
@WIKIモードがワープロモードと同じ容量で書き込めるようになったようですね。
予定ではこなたの旅Dはページ2で編集します。
125 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/12(日) 12:33:42.03 ID:viSuFd2o0
それでは投下します こなたの旅の続きです。
今回は短めで5レスほど使用します。
126 :
こなたの旅D 1/5
[saga sage]:2013/05/12(日) 12:36:29.98 ID:viSuFd2o0
車を走らせて数時間。もう目的地に着こうとしている。
結局ゆたかとひよりに会ったけどあの記者の対策はこれといって出なかったな〜
こなた「ふぅ〜」
思わず溜め息。
それにしても、あの町へ行くのは引っ越してから初めてかもしれない。つかさはあの神社に思い出がある。かえでさんは生まれ育った故郷。この二人は何度も行っている。
私は仕事であの町に引っ越して住んだだけ。特に思い入れもなければ親しい人が居るわけでもない。遠いし田舎だし……こんな事を言えばかえでさんが怒ってしまう。
そんな私がその町に行こうとしているなんて。
私の思い出と言えばお稲荷さんの出来事くらいか。
ふと車の時計を見た。約束の時間よりかなり前に到着しそうだった。そんなに飛ばして運転はしていないのに。
最近になって高速道路が整備されて近くにインターチェンジが出来た。それを計算に入れていなかったせいかもしれない。
みゆきさんが言っていたっけな。仕事関係以外で家を訪問する時は約束の時間より少し遅れて訪ねるのがエチケットだって。
まぁ、向こうもいろいろ準備があるだろうし。どうしたものかな……
こうなるのだったらもう少し遅く出ても良かった。そうすればゆたかからお弁当を受け取らなくても……あ、そうだったお弁当まだ食べてないや。
折角作ってくれたのだから食べないと悪いな……どこで食べよう。車の中で食べちゃおうか……
それだと時間が余りすぎちゃう。食べて一休みすると眠ってしまって今度は遅れ過ぎてしまうかもしれない。
あれこれ考えて……車を止めた所はあの神社の入り口の前だった。
あの時と変わっていない。それもそうだ。。それが条件で町に譲渡したのだったのだから。変わったといえばお参り用に駐車スペースが確保された所くかいかな。
その駐車スペースに停めて車から降りた。
こなた「う〜ん」
背伸びをして座って固まっていた身体を伸ばした。
ここまで来たからには……
神社の入り口を見上げた。
やっぱり頂上で食べないと意味ないかな……つかさもあの時同じように思って登ったに違いない。
『わっ!!!』
こなた「ひぃ!!」
突然後ろから声を掛けられた。私は跳びあがって驚いた。振り向くとフルフェイスのヘルメットを被った人が立っていた。
「驚いちゃった?」
この声は……その人はヘルメットを取った。ヘルメットから長い髪がふわっと零れ出た。彼女はその髪を手でさっと梳かした。
神崎あやめ……
あやめ「どうしたの、こんな所で」
こなた「そ、そっちこそなんでこんな所に……」
まだ驚いて心臓がドキドキしている。
あやめ「私? 私は買い物の帰り、それにしてもバイクで近づいたのに全く気付かなかったから……どうしたの物思いに耽っちゃって……」
こなた「べ、別に何でもない……」
神崎さんは私をじっと見た。
あやめ「その手に持っているのは……お弁当?」
こなた「そうだけど」
神崎さんは私の見ていた神社の入り口を見た。
あやめ「……あぁ、なるほど、神社の頂上でお弁当を食べようとしていたのか……そうそう、この神社の頂上はねとっても景色が良いからね……」
神崎さんはバイクを私が停めた車の横に置いた。
あやめ「案内するよ、絶景のポイントがあるから」
彼女は微笑んで神社の入り口に歩き出した。
こなた「え、い、良いよ、私は一人で……」
あやめ「いいから、いいから」
私の腕を掴むと神社の入り口まで引っ張った。
こなた「分かった、案内してもらうからその手を放して……」
手を放した。
あやめ「そうこなくっちゃ……ちょっと頂上までは体力要るから覚悟して」
神崎さんは神社の入り口に入り階段を登り始めた。
まぁいいか。どうせ私も登るつもりだったし。私は彼女の後を追った。
でも何だろう。さっきの彼女の笑顔……
取材に来た時や店に客として来た時だってあんな爽やかな笑顔は見た事ない。
どうもさっきから彼女のペースに押され気味。よーし、私がただのオタクじゃい所をみせてやる。一回大きく深呼吸した。
「3、2、1……」
こなた「ゴー!!」
全速力で階段を駆け登った。あっと言う間に神崎さんを追い抜いた。追ってくる気配はない。でも私はペースを落とさず頂上まで登った。
127 :
こなたの旅D 2/5
[saga sage]:2013/05/12(日) 12:37:54.04 ID:viSuFd2o0
こなた「はぁ、はぁ、はぁ……」
さすがに息が切れた。両膝に手を掛けて休んだ。そして階段を見下ろした。はるか小さく彼女が登ってくるのが見える。彼女がどんな反応をするか楽しみだ。
彼女は数分遅れて頂上に着いた。彼女も少し息を切らせていた。
あやめ「……凄い……まるで陸上選手みたい」
私を見上げて驚きの表情を見せた……あれ?
思った反応とは違った態度を取った。負け惜しみの一つでも言うのかと思った。そうしたら私も透かさずドヤ顔で返してやったのに。拍子抜けだな。
彼女は呼吸を整えると階段から少し歩いて私を手招きした。
あやめ「お弁当を食べるなら此処が良い」
私は彼女の指差す切り株に腰を落とした。そしてお弁当と広げた。
ゆたかの作ったお弁当か……高校時代以来か。盛り付けが上手くなっている。あれだけ全力で走って振ったのに具が崩れていない。それに彩りも鮮やかだ。
一口食べた……味付けはあの時とあまり変わっていない。懐かしい味だった……
あ、そういえば神崎さんは何処だ……
神崎さんは階段から景色を見下ろしていた。もしかしてそこが絶景なのか。別に教えてくれるもなにも頂上に着けば誰でも見れらる景色じゃないか……
もしかして私が食べ終わるのを待っているのかな……しょうがないな……私だけ食べているのも気が引けるし……
私は食べるのを止めて神崎さんの立っている所に向かった。
こなた「もしかして、これが絶景?」
神崎さんは遠い目をして眺めている。私の声が聞こえていないみたい。それならそれでいいや、残りのお弁当を食べちゃおう。
あやめ「泉さん、貴女はこの町に住んでいる時、この神社を登った事はあるの?」
戻ろうとしたその時だった。私は立ち止まった。
こなた「あるけど……」
あやめ「町内の住民ですら滅多に来ないこの神社なのに、あの店長さんに付き合わされたのかしら?」
そうじゃない、そうじゃないけど……なんて言えば……
神崎さんは景色を見ながら話した。
あやめ「ふふ、話したくないなら、無理には聞かない」
引いた……ますますこの人がどんな人なのか分からなくなった。これも取材の一環なのか?
あやめ「私の住んでいる家、そしてこの神社、十年前の計画で取り壊される計画だった」
こなた「家が、壊される?」
あやめ「そう、この神社の一帯が都市計画になったのは貴女も知っているでしょ、私の家の廻りもその区画だったの」
さらに話しは続いた。
あやめ「確かにワールドホテルからの補償金額は家と土地を足しても余りあるものだった……私達家族は反対した、そうしたら向こう側から交渉しようと持ちかけてきてね、
交渉は順調に進んで私達の区画を計画から外すと決まり掛けた時だった、あの事件が起きたのは……」
こなた「事件って、ワールドホテル会長の逮捕?」
神崎さんは頷いた。
あやめ「その後の交渉についたのは貿易会社、今までの交渉を無視して彼等は区画を変更しないで私達に退去を迫った、しかも保証金は半分にされてね……
でも私達にはそれを覆す手段も力も無かった、私はまだ駆け出しの記者にすぎなかった……」
そんな過去があったのか。しかし重い話しだ。私はこう言う話は苦手だな。
あやめ「それが一変した、匿名の誰かが計画区画を全て買い上げて無償で寄贈した、匿名でそんな事をしても得にはならない、会社や組織ではないのは直ぐに分かる、
ワールド会社から私達家族に示された保証金から換算して土地買収に数十億、それを上回る金額……私の計算では数百億のお金が動いたと思う、
でも個人でそんな金額を動かせる人物は限られる、一体誰がそんな事をしたのか……政治家か資産家か……分からない」
誰かって……私の事じゃないか……まさか本人を目の前にそんな話しをしているなんて彼女は判って言っているのか……ま、まさか、あれは全部ネットでやった事、
足跡は残らないようにしたし分かるはずはない。
あやめ「それが私の追い続ける真実」
こなた「そ、それで私を呼び出してどうしろって……私はしがないレストランのウエートレスですよ」
神崎さんは振り返り私の方を向いた。そして手に持っているお弁当を見ると手掴みで卵焼きをつまみ自分の口に入れた。
あやめ「もぐもぐ……それは私の家で話す」
こなた「あっ!! そ、それは……」
それは私の一番好きな卵焼き、楽しみに取っておいたのに……
あやめ「お弁当を食べるときは一人で食べるとつまらないでしょ、そう言ってたじゃない?」
こなた「そ、それは……」
神崎さんはにっこり微笑んだ。
あやめ「ふふ、貴女の無事を祈り込めて作っている、美味しかった」
そう言うと神崎さんはハンカチを取り出した。
あやめ「私は幼少からこの神社で遊んでいてね、この階段を速く下りる方法があって……」
神崎さんは階段の手摺にハンカチを巻くとそこに腰を下ろし両足を上げた。体と足でバランスを取りながら滑ってく、みるみる速度が増していく。
あやめ「下で待ってから〜」
あっと言う間に小さくなってしまった。
128 :
こなたの旅D 3/5
[saga sage]:2013/05/12(日) 12:38:49.16 ID:viSuFd2o0
登りのお返しか。それなら私だって……急いでお弁当を片付けて……ゆたかの作った卵焼きを食べるなんて信じられない……何が無事を祈ってだよ……あ、あれ?
神崎さんはなんでこのお弁当を私が作っていないのを知っていたのだろう……
私の無事を祈ってって……確かにゆたかならそうしたかもしれない。
こんな事が出来るのは……お稲荷さん……
ん〜、結論を急ぎすぎたかな。。彼女はかえでさんに策士と言わしめた人だ。お稲荷さんっぽく感じただけかもしれない。
地球に残ったのは四人だけ……もし彼女がお稲荷さんならひろしが気付くはず。
それにけいこさんやめぐみさんの失踪ならその真相を知っているはずだ。こんな回りくどいことをする必要はない。そう考えるとやっぱり神崎あやめは人間だ。
それじゃ彼女はこの神社を寄付した人を探してどうするつもりなのかな。
お礼をするつもり……
それだけなら私達は秘密にしている必要はない。彼女がつかさに会おうが会うまうが関係なくなる。そして私もこんなに悩まなくてもよくなる……
こなた「ふぅ〜」
溜め息をついた。そんな単純じゃないよね……
気付くともう神崎さんの姿は見えない。もう下りてしまったのか。
あの記者はこの神社を寄付した本人に何を話すつもりなのか。少しそれも興味があるな。
ポケットからハンカチを出した。そして神崎さんと同じように手摺に巻きつけてその上に腰を下ろした。バランスを取りながら滑る……
こなた「うわ〜」
落ちそうになった。だめだ。これは直ぐに出来ようなものじゃない。くやしいけど歩いて下りよう。
神社の入り口に戻ると彼女はバイクに跨り私を待っていた。親指を立てて向かう方向を指している。私を案内してくれるのか。
私は車に乗りエンジンをかけた。彼女はゆっくりとすすみ始めた。そして私は彼女の後を付いていった。
129 :
こなたの旅D 4/5
[saga sage]:2013/05/12(日) 12:41:12.91 ID:viSuFd2o0
神社で5分もかからない所に彼女の家があった。なるほどこれなら駅も近いから電車でも苦にはならない。あの時電車か車って聞いたのはそのためだったのか。
あやめ「適当な場所に停めていいから」
彼女はバイクを降りた。私も彼女の言うように適当な場所に車を停めて降りた。
あやめ「家に入って待っていて、バイクを置いてから向かうから」
こなた「うん……」
彼女は家の裏の方にバイクを引いて入って行った。家に入るって家の鍵なんか持っていないのに……
玄関の前で待っているかな。
『ガチャ』
扉が開いた。
「あら、あやめの友達ね」
女性が中から出てきた。見た目の歳から判断すると神崎さんのお母さんかな。
こなた「こ、こんにちは……」
「あやめの母、正子と申します……」
正子さんは深々と頭を下げた。やっぱり思った通りだ。
こなた「あ、泉こなたと言います……」
私も思わず釣られて頭を下げた。
正子「どうぞ中へ」
こなた「お邪魔します……」
中に入り靴を脱いだときだった。
正子「あやめはまたオートバイにに乗って……幾つだと思っているのかしら」
心配そうに玄関を見ている。
こなた「買い物って言っていましたけど……」
正子「もうとっくに結婚して子供の一人や二人居てもいい頃なのに、仕事やオートバイばっかりで、事故でも起こされたら……」
正子さんの姿が早退したつかさを心配していたみきさんの姿と被って見えた。お母さんか……
正子さんは居間に私を通した。
正子「そこで待っていてね」
こなた「はい」
間もなく神崎さんが帰ってきた。
正子さんは玄関に向かった。
あやめ「ただいま、泉さんが来てるでしょ?」
正子「あやめ、オートバイは危ないって何度も言っているでしょ」
あやめ「別に良いじゃない、私の勝手でしょ」
正子「勝手って……あやめ」
あやめ「お客さんが来てるでしょ、みっともないから止めて、それに大事な話があるから部屋には来ないで」
玄関から怒鳴り合いの大声が私の耳に入ってくる。
どたどたと足音が近づいてきた。
あやめ「ごめんお待たせ、私の部屋で話しましょ」
こなた「う、うん」
あやめさんの後を付いて部屋に向かった。
130 :
こなたの旅D 5/5
[saga sage]:2013/05/12(日) 12:42:15.04 ID:viSuFd2o0
私が部屋に入ると神崎さんは扉を閉めた。
あやめ「ふぅ、まったく、煩くてしょうがない」
うんざりしたような表情だった。
こなた「帰ってくるなり親子喧嘩なんて……」
あやめ「恥かしい所を見られた、でも、悪いのは向こうの方だから」
こなた「うんん、正子さんは神崎さんを心配して」
あやめ「何が心配だ、知った風に、貴女も親子喧嘩くらいしてるでしょ、分からないの」
少し興奮気味だった。私は普段通りの口調で答えた。
こなた「お母さんは生まれて直ぐに亡くなった……喧嘩どころか話しすらした事ない」
あやめ「え……ご、ごめんなさい……」
驚いた。すぐに謝ってくるとは思わなかった。この人、見栄は張らないタイプなのか。かがみとは違うな。
こなた「別に気にしていないから、それより話しを聞きたいな、明日は仕事だから手短に」
あやめ「えっ、あっ、そ、そうだった」
神崎さんは私を椅子に座らすと立ったまま話し始めた。
あやめ「二人の失踪事件、未だに二人の消息は分かっていない、私も個人的に調べた限りでは拘置所から消えてからの足取りは全く分からない、まさに蒸発の文字通り
気体にになって消えたとしか思えないほど見事に証拠がない、ここからは私の推測なんだけど、これはそうとう大きな組織が絡んでいる」
あらら、話が大きくなってしまっている。でも記者らしい推測かもしれない。
あやめ「これを見て」
本棚からA4サイズの数枚の紙を私に渡した。そこには表があり数字が書き込まれている。私にはさっぱり分からない。
こなた「何これ?」
あやめ「貿易会社で過去十年に取得した特許の数……もう一方はワールドホテルの会長が取得した十年分の特許数……
どう、数がほぼ同じでしょ」
こなた「うん……」
あやめ「ワールドホテルの従業員は殆ど解雇されているのにも関わらずこの高水準を維持できるのは不自然、、私はね二人は貿易会社に誘拐されたと思っている、
あのくらい大きな組織なら証拠を残さずに拉致することくらい簡単に出来ると思う」
私は書類を彼女に返した。
こなた「大胆な推理だね、でも……飛躍しすぎだよ……」
あやめ「そうかしら、あの会社は最近あまり良くない噂があってね、闇の商売……兵器の開発や売買に関与していると言う、それが明るみにできれば二人を救出できる
私は二人を救い出したい、貴女もそう思うでしょ?」
まるで映画の世界のような話だ。
こなた「……それで、私にどうしろって言うの」
あやめ「貿易会社に潜入取材をする、それを手伝って欲しい」
こなた「ほぇ?」
何を言い出すと思えば私にスパイをしろってか。しかし彼女目は真剣そのものだった。
こなた「ちょ、ちょっと待って、いきなり潜入だななて、神崎さんはあの神社を取り戻した人を探しているんじゃないの?」
あやめ「そう、だからあの二人がそれをしたと思う、あの会社が簡単に一度取得した土地を手放すとは思えない、何か交渉したに違いない」
こなた「わ、私はスパイなんか出来ないよ」
あやめ「安心して、取材は全て私がする、貴女はサポートしてくれるだけで良いから」
私の手を握って来た。目がマジになっている。
この人本気だ、本気で私を巻き込もうとしている。ダメだよそんな事をしても意味ないよ……
こなた「実はね、あの神社を買収したのは私だから……」
あやめ「ん、なに?」
あっ、しまった。彼女の迫力に押されてつい言ってしまった。神崎さんは私をじっと観察するような目つきで見ている。
どうしよう。もうおしまいだ。バレてしまった
つづく
131 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/12(日) 12:44:10.34 ID:viSuFd2o0
以上です。
こなたのピンチ。彼女はこの危機を乗り越えられるのでしょうか?
次回にご期待下さい。
132 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/12(日) 13:00:01.63 ID:viSuFd2o0
ここまでまとめた。
133 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga ]:2013/05/18(土) 22:45:15.26 ID:e8omPb0q0
それでは「こなたの旅」の続きです。
5レスくらい使います。
134 :
こなたの旅E 1/5
[saga sage]:2013/05/18(土) 22:47:28.57 ID:e8omPb0q0
神崎さんは黙って私を見ている。もう何を言ってもダメだろう。素直になるしかない。
あやめ「貴女が、神社を買収した?」
こなた「う、うん……」
私はもう頷くしかなかった。
あやめ「数百億のお金を動かし、貿易会社から土地を買ったって……」
こなた「う、うん……」
あやめ「プッ!! ぎゃはははは、ふははははは〜」
腹を抱えて笑い出した。私は呆然と彼女を見ていた。
あやめ「はははは、いくら手伝いが嫌でももっと上手な嘘を付きなよ、はは〜」
彼女の笑いは数分間続いた。なんかこんなに笑われるとちょっと腹立たしい。私はちょっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
あやめ「……貴女は大富豪や政治家の娘じゃないよね、見たところ普通の女性、貴女のどこにそんな金額を動かせる力があるの、そんな方法があるなら私が聞きたいくらい、
もし、万が一、貴女がしたというなら魔法を使ったとしか考えられない……」
そう、私はその魔法を使った。お稲荷さんの知識を使った。優秀な記者でさえ私がそんな事をしたなんて見抜けない。
こなた「は、はは、そうだよね……ははは」
笑って誤魔化すしかなかった。
あまりにも現実離れしているからバレないで済んだ。これはラッキーだった。それと同時に激しい自己嫌悪を感じた。
私はつかさに怒鳴って怒った。内緒の意味を知っているのかって。意味を知らないは私の方だった。
ただ迫力に圧倒されただけで秘密を話してしまうなんて。秘密を守るのってこんなに難しいとは思わなかった。つかさに対して本当にすまないと思った。
あやめ「嫌なのは分かるけど、話は最後まで聞いて欲しい」
神崎さんが真剣な顔になった。今は反省している時じゃない。ここは話しを聞こう。
こなた「うん、此処まで来たのだし……」
神崎さんも腰を下ろし話し始めた。
あやめ「旧ワールドホテル本社改め、貿易会社日本総本店、そこにあるレストランに臨時求人があるの、そこに一ヶ月間働いてもらう、
そこで、資料室から資料をいくつか写す、もちろんそれは私がする、貴女はその資料室の場所を探してもらいたい、私は少し有名になり過ぎて自由に行き来できない」
こなた「臨時って、それでも私はレストランかえでを辞めないといけないって事じゃん」
あやめ「まぁ、そうなる」
こなた「ちょ……簡単に言ってもらっちゃ困るよ、私は雇われの身、勝手にそんな事できないよ、それにホテルのレストランなんて……私……一回も働いた事ない、
それに何で私なの?」
神崎さんはニヤリと笑った。
あやめ「初めての取材の時のあの発言は素晴らしかった、それに一ヶ月間、貴女を見てきたけど接客態度は賞賛に値する、一流のホテルでも充分通用する、問題ない、
私はね柊けいこにスカウトされたレストランを全て見た、その中で貴女が一番適任だと判断した」
この人の言っている事は本当なのかな。私をおだててその気にさせる話術なのかもしれない。しかしそんな考えをする暇もく更に彼女は話し続けた。
あやめ「あの店長は……そうね、私が直接交渉しよう、取材が終わったらちゃんと復職できるようにする、それなら文句はないでしょ?」
こなた「……文句はないけど、そんな交渉できるの?」
あやめ「確かに難しい、だけどするしかない」
神崎さんも必死ってわけか。
こなた「で、そのレストランってどんな店なの?」
あやめ「コスプレ喫茶」
こなた「……こ、コスプレ……?」
あやめ「別に如何わしい店じゃない、貴女の経歴に傷がつくような事はないから、見た目は十代だから絶対に採用される」
成る程、コミケに参加しているだけあって私がその手の経験者だって見抜いたのか……適任か……
そういえば今の店じゃコスプレなんてできない。クリスマスの時サンタっぽい格好をするくらいだった。
あやめ「どう、興味でてきた?」
こなた「え、え〜、ま、まぁ少し」
神崎さんの口車に乗るのも良いかな?
あやめ「よし、交渉成立!!」
私の手を握って握手をした。
こなた「ちょ、ちょっと、まだ早いよ」
あやめ「そうかな、さっきの貴女の顔、その気になった顔だった」
くっ、いちいち人の心を読む人だ……
こなた「やってみるよ……かえでさんの許可が出ないとどっちにしろダメだよ」
あやめ「そうこなくっちゃ!!、交渉は任せて」
自信ありげな口調だった。そして神崎さんは立ち上がった。
あやめ「それじゃ、私の手料理をご馳走してあげる、もちろん貴女の店よりは劣るけどね」
こなた「別にそんなことまでしなくたって……」
神崎さんは上着を脱ぎ始めた。どうやら着替えるようだ。確かにバイク用の服じゃ料理はし難い。
あやめ「取材の成功を願って祈りを込めて作る、いつもやっている事だし」
こなた「それじゃ、言葉に甘えようかな……」
神崎さんの動きが止まった。
こなた「どうしたの?」
あやめ「どうしたのって、これから着替えるから……」
顔が赤くなっている。まかか。
こなた「着替えるって、私女だよ、店じゃみんな更衣室でこうやって話しながら着替えている、同性だし恥かしくなんかないよ?」
あやめ「……いいからちょっと居間で待っていてくれるかな」
あらら、この人すごく恥かしがりやだな。だとしたらかがみ以上だ。まぁそこまで言われていたら出ないわけにはいかないか。
こなた「それじゃ出ますよ」
部屋を出て居間に向かった。
135 :
こなたの旅E 2/5
[saga sage]:2013/05/18(土) 22:48:38.08 ID:e8omPb0q0
居間に入ると正子さんが居た。私に気付くと席を立った。
こなた「神崎さんが此処で待って欲しいと言われまして……」
正子「そうですか、どうぞ座ってください」
こなた「はい……」
席に座った。なんか緊張するな。正子さんはそのまま台所の方に向かった。
正子「お茶を入れましょうね」
こなた「あ、ありがとうございます……」
正子「……部屋から聞こえましたよ、あの子があんなに笑うなんて……暫く聞いていなかった、あやめの笑い声」
お茶を入れながら話す正子さんだった。居間と台所は仕切りがないので様子が見える。
こなた「そんなに毎回喧嘩しているの?」
正子「ふふ、喧嘩も久しぶり、滅多に喧嘩なんかしない、よほど貴女が来るのが嬉しかったようね、子供の頃からそうだった、あやめは親しい友達がくると
気持ちが高ぶるみたい」
こなた「そうなんですか〜」
あんな喧嘩を毎回やっていたら大変だ。少し安心した。でも、神崎さんの話しをしている正子さんのあの顔はなんだろう。微笑んでいるようにも見えるし。安らかにも見える。
喧嘩していた時と違う。お母さん……か。
正子「どうぞ」
お茶を私の目の前に置いた。
こなた「あ、どうも……」
正子さんは私の目の前に座り私をじっと見つめた。ちょっと恥かしかった。
正子「ふふ、可愛らしいわね、こんな年下の友達なんて珍しい」
こなた「可愛らしいって、私、神崎さんと同じ歳です」
正子「え、あ、そうだったの、ごめんなさいね、あまりに……その、若く見えるものですから」
驚いて私を見ている。普通ならあまり良い気はしないのだけど。でも、何故か正子さんの言葉が自然に受け入れられる。
こなた「いいですよ、背も低いし、子供体形ですし、童顔ですし」
正子「本当にごめんなさい」
頭を深く下げてしまった。あ、少ししつこかったかな。
こなた「あ、あ、そそれより、あやめさんってどんな人なんですか、実は会ってからそんなに経っていなくて」
正子「あやめ……見たままの子ですよ、正義感が強いのか、あんな職業に就くなんて、何度か危険な目にも遭っているみたいで」
正子さんの顔が曇った。
こなた「……それは心配ですよね……」
正子「まさか、泉さんにも何か強要していないかしら」
私を心配そうに見ている。何だろうそんな目で見られるとこっちが心配になってしまう。
あやめ「おまたせ……母さん、泉さん、な、何を話していたの」
正子「さて、何かしらね」
私を見てにっこり微笑んだ。
こなた「さて」
これは正子さんに合わせよう。それしか思い浮かばなかった。
あやめ「まったく、二人して……話している内容は想像がついたよ」
呆れ顔で台所に向かう神崎さん。正子さんが立ち上がり台所に向かおうとした。
あやめ「私一人でするからいいよ、泉さんの相手をしていて」
正子さんは席に戻った。
正子「そういえばこの町は初めてではないって聞きましたけど」
こなた「はい、以前この近くに住んでいました、レストランかえでって知っています?」
正子「……あ、ああ、ありましたね、温泉宿と一緒だった」
こなた「はい、そうです、そこのホール長を務めてます」
正子「一度は行こうとしていたのですが……」
……
……
神崎さんのお母さんか……
お母さんが生きていたらこの位の歳になっていたかもしれない。容姿も多分性格も違うのに何故かとても親近感が湧く。もちろん今までも他人の母親を見てきている。
つかさやかがみの母親みきさん。みゆきさんの母親ゆかりさん。みなみの母親ほのかさん……
その中でもみきさんが一番会う機会が多いかもしれない。それでもこんな感じになった事なんかなかった。
もしかして正子さんはお母さんに似ている所があるのかもしれない。そんな気がしてきた。幼い頃の僅かな記憶がそうさせているのかも……
こうしているうちに神崎さんの料理が出来た。
136 :
こなたの旅E 3/5
[saga sage]:2013/05/18(土) 22:49:52.48 ID:e8omPb0q0
あやめ「そろそろご感想を聞きたいな……」
こなた「え、あ、ああ、美味しいよ、うん、凄くおいしい」
神崎さんの料理が出来上がってもう殆ど食べ終わった頃だった。
あやめ「もっとプロらしい意見が欲しいね、それじゃだれでも言える感想」
こなた「プロって言ったって私は直接料理を作って出したりしないから……」
神崎さんはじっと私を見ている。もっと意見を聞きたそうにしている。
こなた「う〜と、盛り付けが綺麗で心が籠もっている感じがよく出ていると思う……こんな感じでいい?」
あやめ「盛り付けね……まさかそっちの感想が出るとは思わなかった」
神崎さんは立ち上がった。
あやめ「それじゃそろそろ行きましょうか」
こなた「え、行くって何処に?」
あやめ「もちろん貴女のお店に決まってるでしょ、店長さんと交渉しないといけないし」
こなた「今から?」
あやめ「早くしないと向こうのレストランが募集を締め切るかもしれない、決まったら即実行」
正子「もう少し休んでからでも、ご飯を食べたばかりで」
こなた「今から行っても店の閉店時間を過ぎちゃうね……」
神崎さんは時計を見ながら考え込んだ。
あやめ「店長さんの自宅に行く手もあるけど……それだと流石に失礼かもね……それじゃ日が変わった頃此処を出ましょうか、そうすれば開店前に着くでしょ」
こなた「うんん、それだと忙しいからお昼を越えた頃が良いかも、私も遅番だし丁度いい」
あやめ「分かった、そうしましょう、それじゃそれまで休憩」
正子「またオートバイで……」
正子さんが心配そうな顔で神崎さんを見た。
あやめ「……それじゃ泉さんの車で同行する……」
こなた「うん、それで良いよ」
私は頷いた。
137 :
こなたの旅E 4/5
[saga sage]:2013/05/18(土) 22:50:44.61 ID:e8omPb0q0
車で移動中彼女とは何も話さないつもりでいた。あまり話すとお稲荷さんの話しをしてしまいそうだったから。だけど向こうの方から話しかけてきた。
あやめ「泉さんは母の肩を持つってばかりいる」
こなた「別にそんなつもりはなかったけど……不服?」
あやめ「不服って訳じゃないけど……本当はバイクで行きたかったのに」
こなた「そうやって喧嘩したり話したり出来るのだからいいじゃん、私は羨ましいよ」
成る程ね、意識したつもりはなかったけど神崎さんにはとう思ってしまうのか。
こなた「それよりさ、潜入取材だけど、神崎さん単独じゃできないの?」
あやめ「言わなかった、私は有名になりすぎたって……取材がバレたら意味ないでしょ」
こなた「コスプレだって神崎さんの体形なら問題ないよ、バイクを運転している時に来ていたぴっちりの服さ、ボン、キュッ、ボンってなかなかグラマーだった」
あやめ「いやらしい……表現がエロオヤジだ……」
目を細めて私を見た。
こなた「そうかな」
あやめ「同性とは思えない、どうやったらそんな表現が出来るんだ?」
こなた「う〜ん、ギャルゲーとかしてるし、そのせいかな〜」
あやめ「ギャルゲーって、あれは男性向けじゃないの、どうやったらそんなゲームをする気になるのか分からない」
こなた「そんな風には感じない……でも、まぁ男性視点かもしれないけどね……お父さんの影響かな」
あやめ「お父さん……」
急に神崎さんが黙ってしまった。これで少しは運転に集中できるかな……
あやめ「泉さんのお父さんって仕事は何かしているの?」
こなた「一応作家やってるけど……」
あやめ「作家……凄いじゃない」
こなた「凄いって、別に人気作家じゃないし……ね」
あやめ「同じ物書きとして尊敬する……今度会わせてよ」
こなた「あまり会わない方がいいと思うけど……」
あやめ「どうして?」
こなた「私と同じ趣味だよ、さっきエロオヤジとか言ってたじゃん」
あやめ「娘にそんな影響を与える父なんてそんなに居ない……それにね、私の父は生まれて直ぐに亡くなってしまったから父親がどんなものなのか知らない」
やっぱり、そんな気がしていた。家でも神崎さんのお父さんの話が一度も出なかったからおかしいと思っていた。
こなた「……なんか切なくなった」
あやめ「別に悲観することじゃない、お互い片親だったって分かった事だし、泉さんとならこれからうまくやっていけそうな気がする」
こなた「これからって、もう潜入取材なんてこれっきりだから……」
あやめ「そうかな、レストランの店員にしておくには惜しいと思うけど?」
こなた「まだかえでさんの承認ももらえていないし、承認がもらえたとしても採用してもらえるかどうかだって……」
あやめ「私に任せなさい……でもね、私達の取材の内容は他言無用だからそれは最初に言っておく」
こなた「う、うん……」
こんな会話が延々と続いた。
138 :
こなたの旅E 5/5
[saga sage]:2013/05/18(土) 22:52:11.14 ID:e8omPb0q0
何度か休憩を挟み私達はレストランかえでの駐車場に着いた。そしてレストランに入った。
こなた「こんちは〜」
あやの「こんにち……え、ど、どうしたの?」
私の後ろに居る神崎さんを見て驚いたようだ。
こなた「ちょっとね、いろいろ訳があって、かえでさん居るかな」
あやの「事務室に居るけど……一体どう言う事なの……」
こなた「とりあえず店長のところへ」
あやのは私と神崎さんを事務室に案内した。さすがのかえでさんも神崎さんの姿を見ると驚きを隠せなかった。神崎さんは私の前に出て話しだした。そして話しをし出した。
かえで「こなたを一ヶ月間貸してくれだと」
あやめ「そう、是非とも協力していただいたい」
あやの「私は反対です、取材の内容も話さないで、そんなの承知できると思っているの」
かえでさん、あやの顔が一瞬のうちに曇った。
あやめ「機密事項なので内容は話せません、ですが泉さんの力がどうしても必要なのです、一ヶ月以上の期間は無いと思って頂いて結構です」
かえで「私の店の店員を引き抜くなんて、こなたも随分高く見られたわね」
かえでさんは私を見た。
かえで「それで、こなたはどうなの、あんたはその取材とやらに行く気はあるの?」
こなた「私は……」
かえでさんは手を前に差し出して私の話しを止めた。
かえで「話さなくて良いわ、行く気がないなら神崎さんをここまで連れて来る訳ない」
今度は神崎さんの方を見た。
かえで「一ヶ月と言えど大事なスタッフが抜ける、私の店のダメージは免れない、それはどう補償してくれるの」
あやめ「取材の成功、不成功に関わらず対価として500万円補償します、それと一ヶ月分の泉さんの給料も私が支払います」
ちょ、ちょっと、そんな大金を平気で言ってくるなんて……
かえで「一ヶ月で500万とは大きく出たわね……まだあるわよ、どんな取材か知らないけど、こなたを危険に曝すことは許さないわよ」
あやめ「この件に関して責任は全て私が持ちます……それと私からも一言、一ヶ月後は元の役職で復職が私の条件です」
かえで「う〜ん」
かえでさんは腕を組んで考え込んだ。
あやの「店長、私は反対です、泉ちゃ……泉さんが抜けたらお客様の対応をだれがするの」
今度は目を閉じて考え込んだ。そして……目を開けた。
かえで「良いでしょう、許可します、こなた、行くからにはちゃんと成功させなさい」
あやめ「ありがとうございます、それではこれを……」
鞄から封筒をかえでさんに渡した。その封筒は分厚くなっている。かえでさんはそれを受け取った。
かえで「これは?」
あやめ「さっき言った500万です、受け取ってください」
かえで「最初から用意していたのか……ふふ」
神崎さんは私を見た。
あやめ「さて、これで交渉成立、準備して、私は貴女の車で待っているから」
こなた「え、もう?」
あやめ「早くしないと間に合わないかもしれない、出来るだけ急いで」
神崎さんは事務所を出て行った。
あやのがかえでさんに詰め寄った。
あやの「どうして承知なんか、私は反対です」
かえでさんは封筒を金庫に仕舞うと立ち上がった。
かえで「そうね、実は私も心配、だけどこなたには私の店以外の世界を見て欲しい」
あやの「泉ちゃんの仕事は誰が引き継ぐの……」
かえで「あやのに頼むしかないわね、私も出来るだけ手伝う、一ヶ月の辛抱よ……さて、午後からの準備をするわよ」
かえでさんは事務室を出て行った。
あやのはじっと私を見ている。
こなた「どうしたの?」
あやの「私……泉ちゃんのように出来る自信がない……」
こなた「簡単だよ、あやのだって前の店でホールの仕事してたじゃん」
あやの「そうだけど……」
自信なさげな声だった。
こなた「そうだ、こっち来て」
私は更衣室に向かった。
あやの「更衣室なんか連れてきてどうしたの」
更衣室の自分のロッカーからメモ帳を取り出してあやのに渡した。
あやの「なにこれ?」
こなた「私のマル秘お客様帳だよ」
あやのはメモ帳を受け取って開いた。
あやの「これは……」
こなた「お客さんはいろいろ居るからね、今まで来たお客さんの中で特に注意する人を書いておいたメモ帳、付箋が付いているのが特に注意する人、
クレーマーに近い人、その次は店の味に文句を言ってきた人、その次が料理を褒めてくれた人、もちろん名前を聞くことなんか出来ないから
お客さんの特徴を書いておいた、対応方法も書いておいたよ、料理に文句つけてきた人はね油の量を減らすように注文するといいよ……」
あやのはまじまじとメモ帳を見ていた。
あやの「こ、こんなのを作っていたの……」
こなた「私ってバカだから記憶力ないでしょ、だからこうやっておかないとね……取材中は要らないから持っていて良いよ」
あやの「……今までかえで店長が泉ちゃんを手放さなかった理由が分かったような気がする……」
こなた「……そうかな?」
あやのは手帳を見ながら話した。
あやの「長髪の黒い髪の女性、歳は私と同じくらい、なにかとしつこく付きまとう…………これってあの神崎さんじゃ?」
こなた「そうだよ」
あやの「ちゃんとチェックしてある、ありがとう、取材頑張って……」
あやのは笑った。さてとこっちもいろいろ忙しくなりそうだ。
こなた「あ、そうだ、準備しないと……」
私物を整理した。
つづく
139 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/18(土) 22:54:33.73 ID:e8omPb0q0
以上です。
次回はこなたの潜入取材です。お楽しみに
次回投下は少し時間を下さい。もしかしたら一ヶ月以上かかるかも?
140 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/18(土) 23:06:51.01 ID:e8omPb0q0
ここまでまとめた。
141 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/18(土) 23:18:50.69 ID:e8omPb0q0
この辺りで投下を止めた方がいいかな
つかさの旅シリーズの打ち切りを考えています。
読んでいる人が居なさそうだし……投下する人も居ない。
なんか一人ではしゃいでいるだけの様な虚無感を最近感じ始めてきた。
142 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/05/27(月) 22:06:03.27 ID:poQK37ra0
>>141
読まれていないのが分かった。
これでスッキリしたので続きを書かせてもらいます。
>>139
で書いた通りで時間がかかりますのでご了承を。
まとめサイトの「つかさの一人旅」のコメントに「面白くない」
と書かれたのを切欠に続きを作ろうと思ったので最初からこのシリーズは面白くないのかもしれない。
天の邪鬼かなw
作品の投下やお題の提供、過去作品の感想などもお気軽に書き込んで下さい。
コンクールの主催者も募集しています。
以上
143 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga ]:2013/05/28(火) 20:01:35.80 ID:he4aJn/H0
今更感はあるのだが……
このサイトの避難所におすすめ推奨スレがあり、
「耳そうじ」
http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/77.html
が二票入っています。
もし特段の反対がなければおすすめリストの中に加えたいと思うのですが
よろしいでしょうか?
週末まで特段の反対がなければ加えます。
沈黙も賛成とみなします。
この機会におすすめリストに加えたい作品がありましたらどうぞ。
管理者より
144 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga ]:2013/05/31(金) 23:11:50.49 ID:gcmDUFB10
それでは「こなたの旅」の続きを投下します。5レス使用します。
145 :
こなたの旅7 1/5
[saga sage]:2013/05/31(金) 23:14:18.63 ID:gcmDUFB10
私が私物を整理して店を出ようとした時だった。
かえで「あやのにアドバイスした様ね」
かえでさんが出口に居た。私を待っていたのだろうか。
こなた「アドバイスなのかなあれは……」
かえで「あやのは接客を全部こなたに任せてしまったからね、これで少しは気合をいれてくれると思う」
こなた「任せたのかな、私は結構面白かったかな」
かえで「トラブルを楽しんでいる……そういう所、ひよりに似ている、あんた気を付けなさい、余計なところまで首を突っ込むと怪我をするわよ」
こなた「ん〜今度はそんな簡単じゃなさそうだから余計な事をする余裕ないかも……」
かえで「そう願うわ……神崎あやめか……こなたを使うなんて、さっき貰った補償金は使わないつもりだから安心しなさい」
こなた「そうだよね、多すぎだよ、まさか本当に渡すとは思わなかった」
かえで「こなた、あんたは自分を知らなさ過ぎだ、それはつかさに似ている」
こなた「へ?」
かえでさんは溜め息をついた。
かえで「ふぅ、私も私なりに神崎さんの事をいろいろ調べたわ、かがみさんに聞いたり、彼女の記事を読んだりしたね……思っていたほど分らず屋でもなさそうね、
道理を弁えている、私達の秘密を話しても大丈夫なような気がする」
こなた「……げんき玉作戦をちょっと話してしまったけど……信じてくれなかった……」
かえでさんは目を大きくして驚いた。
かえで「話した……そんな話しをしたって事は、今しようとしている事ってそれに関係しているのか?」
それは言えない……私は黙って俯いた。
かえで「……口止めされているみたいね、それ以上聞くのは止めるわ……彼女が信じないのは彼女の常識や固定観念が邪魔しているからかもしれない、こなたに大金を動かせる
力は常識じゃ考えられない、多分お稲荷さんの話しをしても同じ、彼女は作り話と考える、それならそれで私達には好都合よ、無理に秘密にする必要はない」
こなた「……そう言われると少し気が楽になった」
かえで「さぁ、神埼さんが待っているわよ、一ヶ月間、私達の事は忘れなさい」
こなた「う、うん」
私は店を出た。
駐車場に行く途中つかさの店の横を通る。なんでもなければ挨拶をしに店に入る。だけど……それは出来ない。今つかさに会ったら神崎さんの取材の事を話してしまいそうだから。
秘密、内緒……か、
つかさ「こなちゃん?」
こなた「ひぃ〜」
跳びあがって驚いた。
こなた「つ、つかさ、驚かさないで……ふぅ」
つかさ「え、普通に声を掛けただけど?」
不思議そうに首を傾げていた。
こなた「あ、そ、そうなの、で、でもね、後ろから急に声を掛けると驚くでしょ」
つかさ「ふふ、そうかも、ゴメンね」
まなみ「こんにちは〜」
直ぐ後ろにまなみちゃんが居た。
こなた「今日はまなみちゃんと、何かあったっけ?」
つかさ「うん、近々ピアノの発表会があってね、まなみは上がり性だから私の店のピアノで克服しようってみなみちゃんが……」
こなた「ふ〜ん、店のお客さんに聞かせてなるべく実際に近い状態で練習するって訳か」
私がまなみちゃんを見るとつかさの陰に隠れてしまう。あらら、普段はそんな子じゃないのに……この辺りはつかさの娘って感じがする。。
こなた「って、事はみなみも来るのかな?」
つかさ「うんそうだよ、こなちゃん、寄って行かない……あ、何か用事がありそう?」
私の姿を見てそう思ったのか。それもそのはず。私はスーツを着ているから。私は頷いた。
つかさ「それじゃ悪いね、まなみ、行こう、こなちゃんまたね」
つかさはまなみちゃんの手を引いた。私がまなみちゃんに手を振ると恥かしそうに小さく手を振った。
この件がなければ私はつかさの店に行っていたな……
146 :
こなたの旅F 2/5
[saga sage]:2013/05/31(金) 23:15:57.21 ID:gcmDUFB10
駐車場に着くと神崎さんが首を長くして待っていた。
あやめ「おそい!!……キー貸してくれるかな、私が運転するから」
こなた「私だって急ぐなら急ぐなりの運転できるけど……」
あやめ「泉さんには車で書いてもらいたい書類があるから、移動中に書いて」
こなた「書類?」
あやめ「履歴書、レストランかえでに就職する前の履歴を書いて欲しい」
神崎さんに車のキーを渡した。そして私は助手席に座った。。
あやめ「それじゃ行くよ」
神崎さんはゆっくりと車を走らせた。制限速度を守った模範的な運転だった。実はこれが結局一番早く着く、わかっているなこの人……
履歴書を書いている時だった。運転しながら話しかけてきた。
あやめ「駐車場に来る前、子連れの女性と話していたでしょ、随分親しそうだったけど誰なの?」
つかさと話していたのを見られていた。さすがにそつがない。
こなた「柊つかさ、高校時代からの親友」
なんの躊躇もなく答えた。かえでさんのアドバイスもあったかもしれない。それ以前につかさは私の友達だから……
あやめ「柊……つかさ……つかさ、貴女の店の隣にある洋菓子店の名前は確か……」
こなた「うん、洋菓子店つかさ、彼女が店主だよ」
あやめ「そ、そうだったの、私はてっきり店主は男性だとばかり思っていた、店の名と不一致でおかしいとは思っていたけど……」
こなた「彼はつかさの旦那でひろし」
神崎さんは暫く考え込んだ。
あやめ「最初あの店に行ったらやけに他人行儀だった、そんなに親しい仲なのに……不自然」
やっぱりこう来たか。いちいち勘が鋭いな。
こなた「そうそう、ひろしはその前まで私に無愛想だった、つかさがそれを注意したから、例え親しいくてもお客さんだよってね」
あやめ「ふふ、そ言う事なの、羨ましい、高校時代からの友人が近くに居て、店も競合していていいライバルじゃないの?」
こなた「まぁね、ちなみに副店長も高校時代の友達だよ」
あやめ「そうなの……」
何の疑いを抱いていない。自然な会話になった。実際に言っている事は本当だからかもしれない。かがみに嘘はつくなって言われたけどその通りだな。
暫く履歴書を書いていて疑問が出てきた。
こなた「レストランかえでの私の履歴以外は何故空白なの、私の出身大学、生年月日、住所くらいなら調べられるんじゃないの?」
あやめ「私が他人のプライベートを調べる時はその人が大罪を犯したかその疑いがある人だけ、貴女はそんな疑いはない、自分のプライベートを覗かれるのは気持ち良いものじゃない、
貴女もそう思うでしょ?」
こなた「う、うん、そうだね……履歴書全部書いたよ……」
あやめ「ありがとう、封筒に入れておいて……もう少しで着く、これから店の面接試験を受けてもらう、もちろん普段通りの泉さんで良い、結果は即日解るから、それとね……」
神崎さんは面接の中尉時点を話した。短期採用とは言えかえでさんの店以外で働くのはアルバイトの時以来になる。もちろん受かればの話しだけど。
神崎さんは私を調べていないのに意外だと思った。この人は何でも徹底的に調べる人かと思ったけどプライベートに関しては慎重だった。
そういえば私がギャルゲーをしているのも否定していなかった。なんだかんだ言って私が彼女の言う事を聞いているのはそんな態度があったからかもしれない。
すると彼女はゆたかと私が従姉妹関係あるのを知らないのかもしれない。私を目当てに店に来た訳じゃないのか。
私の様な人を探していたのか。余計この記者が分からななった。
……でも悪い人じゃないってのは分かった。
147 :
こなたの旅F 3/5
[saga sage]:2013/05/31(金) 23:17:04.43 ID:gcmDUFB10
あれから一週間が経った。私は喫茶店のホール長をしている。
コスプレ喫茶と言っても店員がコスプレをしているだけで内容は普通の喫茶店だった。コスプレの内容は店員の趣味で自由に決めて良い。ただし、露出度の高いものは厳禁だ。
スタッフは私より若いのが殆ど。私は普段と同じようにしているつもりだったけどあっと言う間にホール長になってしまった。私自身も驚いてしまったほどだ。
正直言って面接試験で落とされると思っていたのに……
店で働くのは別にたいした事じゃなかった。それより難しいのがこのビルにあると言う貿易会社の資料室を探すこと。
このビルで働く人は全てIDカードを渡されて入退場を厳しくチェックされている。無闇に動き回れない。
幸いな事に私は材料の入庫管理も任されていたのでビルの倉庫までの通路なら何の制限もなく移動する事ができた。それでも各部屋の扉は部屋番号しか書いていないので
どんな部屋なのかは全く分からない。私が調べただけでも20の部屋があった。
私は自宅から通勤した。だってわざわざ一ヶ月のために引っ越したくなかったから。
神崎さんは近くビルの近くのホテルに泊まり私の報告を待っている。
仕事が終わると神崎さんの泊まっているホテルで待ち合わせをしている。報告のために。
彼女の部屋で作戦会議だ。
あやめ「番号だけの部屋が20……」
こなた「うん、扉の造りはみんな同じだし、中は覗けないし、もう調べようがないかな……」
あやめ「何言っているの、まだ一週間しか経っていないのに音を上げるのはまだ早い、それにこの期間でこれだけ調べられたのは評価に値する」
こなた「そうかな、部屋を数えただけなんだけど……」
神崎さんは腕を組んで考え込んだ。私は考えてもしょうがないのでテレビのスイッチを入れてテレビを見た。丁度夕方のアニメをやっていた。あ、懐かしいのをやっている。
暫くすると神崎さんはリモコンでテレビを消した。
こなた「あっ、いまいいところだったに〜」
あやめ「泉さん、部屋に出入りする人物の特徴とか分からない?」
私の言う事なんてまったく聞いていない。目を輝かせている。何か思いついたのかな。
こなた「特徴って?」
あやめ「例えば貴女みたいに作業服を着ているとか、スーツ姿だったとか」
こなた「……スーツ姿の人なら何箇所が出入りしているのを見かけたけど……」
『バン!!』
両手で机を叩くと身を乗り出して私に近づいた。
あやめ「それ、それ、それだ……凄いじゃない、もう絞り込めたじゃない」
こなた「へ、意味が分からない、教えて?」
あやめ「泉さんの用な従業員の控え室なら作業服や制服を着た人が出入りする、資料室ならホワイトカラーが多く出入りする、そう思わない?」
こなた「え、でもずっとその扉で張っていた訳じゃないし……それに作業服を着た人だって資料室に入るじゃん、掃除とか……メンテナンスとか……」
神崎さんは微笑んだ。
あやめ「そうそう、そうやって注意深く考えながら観察して、例えば防犯カメラの数が多い所とかね」
こなた「そんな事出来ないよ」
あやめ「その調子で今後ともお願いって事、わずかか一週間でここまで進展するとは思わなかった」
こなた「明日は休みだけど……」
あやめ「そうだった……明日は何も出来ない……」
神崎さんは立ち上がった。
こなた「どうするの?」
あやめ「明日はビルの周りを調べる……その前に下準備をする」
この人は休むことを知らないのかな。
こなた「そんな事しても何も分からないよ、それより違うことをしたら?」
あやめ「違うこと、違うことって何?」
こなた「例えば家に帰るとか、もう一週間帰っていないでしょ」
あやめ「一週間くらい帰らないなんてザラ、珍しくもない」
こなた「それなら尚更帰らなきゃ」
あやめ「だから、どうして」
なんだ分からないのかな。洞察力と観察力が凄いと思ったのに。こう言うのはさっぱりだな。
こなた「神崎さんのお母さん、正子さんが心配してる」
あやめ「な、何を言い出すと思えば……子供じゃあるまいし、そんなんでいちいち帰って……」
私はちょっと悲しい顔をして見せた。
あやめ「……分かった、分かったからそんな顔をしないで」
こなた「そうそう、そうこなくちゃ」
あやめ「そのセリフは……ふふ、やられた……」
私達は笑った。
あやめ「泉さんはどうするの」
こなた「私はちょっと用があるから」
あやめ「そう、それなら明後日、同じ時間にここで会いましょう」
こなた「うん」
明日はみゆきさんと会う約束をしている。本当は神崎さんと一緒に正子さんに会いたかったけど……
148 :
こなたの旅F 4/5
[saga sage]:2013/05/31(金) 23:18:40.35 ID:gcmDUFB10
次の日、私はみゆきさんの家を訪ねた。みゆきさんは結婚しても実家から出ていない。つかさと同じように婿養子みたい。と言っても近藤と姓を変えている。
何でも研究所が近いからと言う理由で家を出ていない。夫婦二人で研究に没頭している。もちろんその研究はつかさが作った万能薬の再現。
みゆきさんと会うのはつかさの演奏会以来。何年ぶりにかな〜
久しぶりに電話をしたらすぐにOKを出してくれた。
みゆき「本当にひさしぶりですね、泉さんお変わり無いようですね」
こなた「みゆきさんこそ、全然変わっていないジャン」
私はみゆきさんのお腹をじっと見た。
みゆき「あ、あの、何か?」
こなた「赤ちゃんは未だなの?」
みゆきさんは首を横に振った。
こなた「研究も良いけど、たまには愛し合わないと……折角結婚したのに……」
みゆき「そうですね……でも、今までの苦労がそろそろ実が結びそうです」
こなた「もしかして、薬?」
みゆき「はい」
みゆきさんはにっこり微笑んだ。
こなた「凄い、いつ発表するの?」
みゆき「まだその段階ではないですけど……臨床試験とかいたしませんと……」
こなた「そうなんだ、ややこしいね」
みゆき「致し方ありません、それが現実です」
こなた「しかしつかさも罪だよ、作り方くらいメモっておけば良かったのにね」
みゆき「いいえ、つかささんはヒントを沢山頂きました……それにこれはお稲荷さんの知識、私達にとっては遥か未来の技術です、それを横取りするのですから……」
こなた「堅い事は言わない、言わない」
みゆきさんは笑いながら立ち上がった。
みゆき「所で、先日頼まれた件なのですが……」
こなた「どう、思い出せそう?」
私はみゆきさんに旧ワールドホテル本社ビルで資料室がありそうな場所がないかどうか前以て聞いていた。みゆきさんは以前あのビルに入ったことがある。
もちろんつかさやかえでさんもも入っている。つかさに聞くのも良いだろう。でもつかさは地図を読めるようにはなったけど一度や二度で場所を覚えられるまでには至っていない。
それにそんな質問をしたらつかさに取材の話しをしてしまいそうで恐かった。もちろんみゆきさんにも言ってしまうかもしれない。
只、みゆきさんは他の誰よりも口が堅い。それでみゆきさんを選んだ。
なんか私って二重スパイをしているみたい……お稲荷さんの秘密、げんき玉作戦、そして神崎さんの取材の秘密か、つかさと同じように旅をしたいなんて思っていたけど
149 :
こなたの旅F 5/5
[saga sage]:2013/05/31(金) 23:22:22.36 ID:gcmDUFB10
Dこれじゃ冒険だな……
みゆき「……旧ワールドホテルの会長室くらいしか覚えていません……すみません」
会長室か、今はどんな部屋になっているのかな。もしかしたら……
こなた「うんん、謝らなくてもいいよ、10年以上前の事を思い出せなんてのが無茶だった……その会長室って何階なの?」
みゆき「……ごめんなさい……」
そうだよね。階数を覚えていたらもっと細かい所まで覚えているよね。
こなた「無理言っちゃったね、もういいや、折角久しぶりに会ったのだかからもっと楽しい話題にしよう」
みゆきさんは目を閉じて両手で頭を押さえて考えていた。
みゆき「ちょっと待って下さい……35……確か35階だったような気がします」
35階……働いている店のすぐ上、それによく通る階だ。これは調べてみる価値がありそう。
こなた「流石みゆきさん、ありがとう」
みゆきさんは私を不思議そうな顔をして見ていた。
みゆき「いったい何があったのですか、何故今になって旧ワールド本社ビルを調べているのですか?」
そう言われるとそうだ。どうやって言い訳するかな……考えているのになにも出てこない……これは予想できた事なのに、まったく……つくづくバカだな私って……
こなた「え、えっと、まぁ、なんて言うのか……ひよりが新しいネタをだね……」
ますますドツボにはまっていく……
みゆき「神崎あやめ記者と何か関係あるのですか?」
こなた「うぐ!!」
な、なぜ知っている。私は目を見開いて驚いた。
みゆき「……かがみさんから伺っています、取材に来られた様ですね」
かがみが教えたのか。
こなた「ご、ごめん……詳細は話せない……」
みゆき「話せない深い事情があるのですか……私に何か手伝いができれば良いのですが……」
こなた「あ、もう充分に役に立ったよ、うんうん、ありがとう……なんかお邪魔しちゃったからもう帰るね……」
私は帰りの支度をし始めた。
みゆき「待って下さい……」
帰り支度を止めた。
みゆき「今まで黙っていましたけど……そろそろ話しても良い頃だと思います」
急に厳しい顔つきになったみゆきさん。こんな表情を見るのは初めてだ。
こなた「急に改まってどうしたの?」
みゆき「旧ワールドホテル……今は貿易会社のビルになっています……数年前から私は独自に調べていました……どうも腑に落ちない点がありまして……」
こなた「腑に落ちない点?」
みゆきさんは立ち上がると本棚からファイルを取り出しA4サイズの紙を取り出し私に渡した。
そこには表が書いてある。これってどこかで見た事あるような……この数字は……数字自体は覚えていなけどなんとなく分かった。
こなた「貿易会社における過去十年間の特許取得数……」
みゆき「タイトルを書いて居ないのに……分かるのですか?」
こなた「あ……なんだろうね、今日はとっても勘がいいみたい……ははは」
まさか本当にその表だったとは。みゆきさんも神崎さんと同じように貿易会社を調べていたのか。何で?……
みゆき「その通りです……おかしいとは思いませんか、ワールドホテルと同じペースで特許を出し続けられるなんて……」
神崎さんと同じ所を調べている。みゆきさんは何故おかしいと思うのかな……さっぱりだ。
こなた「私に聞かれても……どこが変なの?」
みゆき「ワールドホテルはけいこさんがお稲荷さんの知識を小出しにして特許を得ていました……それと同じ事を貿易会社がしています」
こなた「貿易会社がお稲荷さんの知識を小出しに……って、え?」
みゆきさんは頷いた。
みゆき「貿易会社にお稲荷さんが居るとは思いませんか?」
こなた「ちょ、ちょっと待って、お稲荷さんは四人しか地球に居ないよ、まさか、あの四人があの会社に秘密を教えてるって言いたいの?」
みゆきさんは首を振った。
みゆき「いいえ、それは無いでしょう」
150 :
こなたの旅F 6/5
[saga sage]:2013/05/31(金) 23:23:26.54 ID:gcmDUFB10
こなた「それじゃ五人目のお稲荷さんが居るって言いたいの、それはないよ、あの時私はめぐみさんに確認した、三人地球に残るって……パソコンにそう登録した
最後に一人、ひろしが戻ってきて四人……残りの十六人はみんな故郷の星に帰った」
みゆき「……あの時の総数が間違えていたとしたらしたら、地球に二十一人のお稲荷さんが居たとしたら」
こなた「間違え?」
みゆきさんは頷いた。
みゆき「お稲荷さんは十数年前まで総数二十一人でした、つかささんが一人旅をする前までは……」
こなた「何が言いたいの、分からないよ、もったいぶらないで教えて」
みゆきさんはゆっくり口を開いた。
みゆき「真奈美さんです、真奈美さんが生きているのではないか、私はそう思っています、何らかの理由で彼女は貿易会社に囚われているのではないかと」
囚われている……神埼さんも同じ事を言っていた。
こなた「みゆきさん、推理が飛躍しすぎだよ、死んだ人を出したらだめだよ……」
みゆき「私もそう思います、でも本当に彼女は亡くなったのでしょうか、つかさんをはじめ誰一人彼女の遺体を見ていません、それにつかささんの財布に大切に仕舞ってあるあの
葉っぱ……今でも術が施され衰えていません……私はそれをずっと頭の中で引っ掛かっていました」
こなた「で、でもね、ひろしはその真奈美さんの実の弟だよ、いくらなんでも生きていればその存在に気付くと思うけど……それにまなぶさんはつい最近までお稲荷さんだった、
その力は現役そのもの、生きていれば分かりそうだけど……」
みゆき「そうですね……私もその矛盾がどうしても克服出来ません……私の心の中に生きていて欲しいと言う願望が抱いた空想にすぎないのかもしれません」
項垂れてしまった。
こなた「今の話しはつかさに絶対に言っちゃだめだよ、つかさは今でも真奈美が死んだのは自分のせいだと責めているから……
話していい加減な期待をさせたらつかさが可愛そうだよ……結局死んでいるのが分かったら今度こそ再起不能になっちゃうかもしれない」
みゆき「は、はい……そうですね、確かにつかささんには酷な話しです……」
みゆきさんがまさか神崎さんと同じように貿易会社を調べていたなんて。それでほぼ同じような推理をしている。
貿易会社の特許の内容なんて私には難しすぎて分からない。でも、みゆきさんがお稲荷さんの知識と考えたのであれば……もしかしたら……真奈美じゃないとしても本当に
五人目のお稲荷さんが居るって事なのかな……私の見たあの狐に似た野良犬……これって偶然?
だとしたら何故ひろし達は気付かない。五人目のお稲荷さんが勘違いだとしたら、
お稲荷さんじゃないとしたら貿易会社に知識を提供している人って誰?
みゆき「どうか致しましたか?」
こなた「え、あ、ああ、なんでもない……」
私の足りない頭じゃ何も分からない……
みゆき「その件についてはもう少し深く調べてみます」
こなた「え、う、うん……」
私達はいったい何を調べようとしているのだろうか?
つつく
1149.70 KB
Speed:0.1
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報VIP
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
続きを読む
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!
(http://fsmから始まる
ひらめアップローダ
からの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)
スポンサードリンク
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)