らき☆すたSSスレ 〜そろそろ二期の噂はでないのかね〜

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25 :ひよりの旅 61/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:41:53.51 ID:W145K4B60
ゆたか「ねぇ、私達が来る前に弾いていた曲って何、今度聞いてみたいな……」
みなみ「いつでも来て、弾いてあげる」
ゆたか「ありがとう、今度聴きにいくから」
今頃に成ってそんなのを聞くなんて。
でも、もう完全に仲直りしたみたいだ。もっとも喧嘩と言うよりは意見の相違からくる意地の張り合いだったのかもしれない。それでお互い気まずくなってしまっていたに違いない。
ひより「さて、すっかり日も落ちたし、この辺りでお開きにしましょうか」
『ファ〜〜』
チェリーちゃんが大きな欠伸をし、前足を前に出して背伸びをした。公園を出るのを察知したみたい。
私達は辺りを見回し話しに夢中になっていたのに気が付いた。公園の街灯が点灯している。
みなみ「ゆたか、ひより、頑張って」
私とゆーちゃんは頷いた。みなみちゃんはチェリーちゃんを連れて公園を出た。私とゆーちゃんも公園を出て駅に向かう。
ゆーちゃんの決意が分った。みなみちゃんの想いも分った……いや、分っていない。みなみちゃんは私に何を忠告したかったのだろう。聞きそびれてしまった。
それにしてもつかさ先輩に憧れるなんて……私にはそれを完全に理解は出来なかった。
一人で旅をして、家を出て、全く新しい環境で、全く新しい人々の中でレストランを切り盛りしている。そこで出会った人達と共に……強さ、たくましさを感じる。
その辺りに憧れのだろうか。それとも……いや、今はまなぶとまつりさんの事を考えないと……
う〜ん。頭がいっぱいになった。
帰って、お風呂に入りながら頭を整理しよう。

 その日曜日が来た。頭を整理どころか何の対策も思い浮かばないまま時間がすぎてしまった。
ゆたか「おはよ〜」
待ち合わせの駅前に既にゆーちゃんは居た。私を見つけるとにっこり挨拶をした。
ひより「おはよ〜」
挨拶を返した。
ゆたか「コンちゃん来るかな」
心配そうに駅の改札口を見るゆーちゃんだった。
ひより「どうかな、あの時の感じからするとどっちとも言えない」
ゆたか「私、いろいろ考えたのだけど、何も思い浮かばなくて」
ひより「それはこっちも同じだよ、ただ言えるのは小手先の作戦じゃダメだね、かと言ってあまり深く掘りすぎてもダメかも」
ゆたか「それじゃ何も出来ないよ」
ひより「そうだね、何もできない……でも、それが一番良いのかもしれない、自然の流れに合わすしかないよ」
無策の策と言うのだろうか。我ながら情けない。

26 :ひよりの旅 62/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:43:06.29 ID:W145K4B60
 約束の時間を過ぎてもまなぶが現れる気配はなかった。
このまま待っていても仕方がない。
ひより「さて、行こうか」
ゆたか「え、待っていなくて良いの?」
私は頷いた。しかしゆーちゃんは納得出来ない様子だった。
ひより「まつりさんと会って、またまなぶさんが狐に戻った所を見られたらそれこそお仕舞いだよ、」
ゆたか「そうだよね、それだけは避けないとね」
ひより「だから来ないのも正解なのかもしれない」
ゆたか「それじゃ、私達だけで行こう……あ、あれ?」
ゆーちゃんは不意に建物の陰の方を向いた。
ひより「何?」
ゆたか「あれ、犬……うんん、狐だよ……さっき影が横切ったのが見えた」
私もゆーちゃんと同じ方向を見た。
ひより「何は見えないけど……」
ゆーちゃんはまた別の所に顔を向けた。
ゆたか「あ、まただ、きっとコンちゃんだよ」
ひより「どこ、どこ?」
私はキョロキョロと周りを見渡したが何も見つける事はできなった。
ゆーちゃんはゆっくりと歩き始めた。
ゆたか「今度はこっちだよ、私達を誘導しているのかも」
ひより「ゴメン、私にはさっぱり……」
私はゆーちゃんの後に付いていった。ゆーちゃんは影を追いながら歩いて行った。

27 :ひよりの旅 63/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:43:59.57 ID:W145K4B60
ひより・ゆたか「ここは……」
影に導かれて来た所は、神社の奥にある倉庫。それは私達が最初にコンを連れてきた場所だった。
まなぶ「ごめん、街中で、人前で話したくなかったから此処に連れてきた、人気の無いここなら話が出来る」
私達の後ろからまなぶの声がする。私達は振り返った。
ひより「まなぶ……さん」
ゆたか「え、この人が?」
そうか、ゆーちゃんは人間になったコンを見ていないのか。まなぶは私達に歩いてきた。
まなぶ「結論から先に言う、今日は柊家に行かない」
ゆたか「ど、どうしてですか、正体さえ知られなければ大丈夫ですよ」
まなぶ「その正体が問題なんだ、私はまだ1日も人間で居られない、そんな不安定な状態でまつりさんと会うなんて出来ない」
ゆたか「で、でも」
まなぶ「せめてすすむと同じくらい、一週間は人間で居られるようにする、そらからだよ……一ヵ月後か、一年後か」
ゆたか「それならコンちゃんの姿で……」
まなぶは首を横に振った。
まなぶ「やっぱり犬じゃだめなんだ、人間として彼女と会いたい、そう思うようになった、それがどう言う意味かもね、私は彼女、柊まつりが好きだってこと」
ひより「す……き」
その言葉を聞いた瞬間なんとも言えない感情が込み上げてきた。
ゆたか「そうなんだ、それじゃしかがないね、ちゃんと変身できるようになってからでも遅くないかも、その時になったら手伝いを……」
まなぶ「いや、もういいよ、田村さんはもう充分に協力してくれた、あとは私だけでしたい」
そうだった。これ以上私の出る幕はない。
ひより「その通り、もう私の出来る事はここまで、後は二人の問題だよ」
ゆたか「ひよりちゃん、そんな中途半端でいいの?」
私は頷いた。
ひより「中途半端どころか、目的はそれだよ、これ以上の介入はそれこそ余計なお節介になるからね」
ゆたか「う〜ん……」
ゆーちゃんは納得のいかないような表情をした。
まなぶ「それより、すすむが変な事を言い出して困っている」
ゆたか「変な事?」
まなぶ「ああ、整体院を閉めて遠くに引っ越すなんて言いだした」
私とゆーちゃんは顔を見合わせた。
ゆたか「どうして、いのりさんは諦めちゃうの」
まなぶは両手を広げてお手上げのポーズをした。
まなぶ「それは私も言った、だけどダンマリだったね、その代わりに、仕事をしすぎた様だって言っていた、そろそろ攻撃されるって……意味が分らん
    人間の君達なら何か分るのではないか?」
私とゆーちゃんはまた顔を見合わせた。分るはずもない。
まなぶ「すすむは大勢の人間を治してあげているのになぜ攻撃されなければならない、小早川さんなんか初診の時とは見違えるほど元気になったじゃないか」
その言葉にピンと来た。
ひより「それは、同業者とか、他の団体から圧力がかかるのかな、整体で出来る範囲を超えて治しちゃうと怪しまれるのかも、正当な治療をしなかった…違法な
    事をしたんじゃないかとか……」
まなぶ「それは、妬み、嫉妬って言いたいのか」
ひより「まぁ、そうとも言うね……」
まなぶ「人間って嫉妬深い生き物なんだな」
人間以外の人から言われると身につまされるような思いに駆りたたられる。何も言い返せなかった。
まなぶはメモ帳を取り出し書こうとしたけど止めた。
まなぶ「書き留める必要はないか、我々もまた嫉妬深いのかもしれないからな」
まなぶはメモ量を仕舞った。
まなぶ「さて、私は帰る、すすむには思い留まるよう説得してみるつもりだ、時間があったら君達も頼むよ、予定では二ヵ月後に引越しみたい」
ひより・ゆたか「はい」
28 :ひよりの旅 64/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:45:28.05 ID:W145K4B60
まなぶは後ろを向くと狐の姿になった。そしてそのまま草むらに消えていった。狐に戻っても気を失わなくなっている。思ったよりも早くまつりさんの再会ができそうだ。
ひより「さて、私達も行きましょうか」
ゆたか「行くって、何処に?」
ひより「柊家だよ、約束しているしね」
私が歩き出してもゆーちゃんはその場に留まったままだった。
ゆたか「でも、コンちゃん、宮本さんは居ないし……」
肩を落とし落胆している様子が私にも分る。
ひより「かがみ先輩の様子もみないといけないから、泉先輩のミッション……あ」
しまった。これは内緒の話しだった。
ゆたか「……ひよりちゃん、この状況で別の依頼まで出来るの……私はそんなに頭が回らない、いのりさんと佐々木さん……私じゃ力不足だった」
ゆーちゃんは佐々木さんが引っ越すのを気にしているのか。そのおかげでミッションはスルーだ。良かった。
ひより「いや、優先順位を見誤っただけだよ、まつりさんはコンの時に基本的なコミュニケーションが取れていたからまなぶさんになっても手を掛ける必要は無かった、
    私なんか必要ない位だよ、問題なのはいのりさんと佐々木さん、人間同士だけの付き合いだから手を焼く必要があった、それだけだよ、ゆーちゃんのせいじゃない」
それでもゆーちゃんは動こうとしなかった。
ゆたか「ひよりちゃんは凄いね、そんな分析まで直ぐにできるなんて、なんでそんなに切り替えが早いの……まるで図書館でいくつもの小説を代わる代わる読んでいるような、
    週刊誌の漫画を好きな順番で観ているような……楽しんでいる、そんな感じにさえ見える……これも他人事だからできるの?」
ひより「え、えっと、それは〜」
私ってそんなに気移りするように見えるのかな。私はまつりさんもいのりさんもかがみさんも別の物語だとは思っていない。
ひより「別の漫画とか小説とか、そんなんじゃないよ、この物語は一つ、全てはつかさ先輩の一人旅から始まった一つの物語、こう考えられない?」
ゆーちゃんは目を閉じて暫く考えた。そして目を開けて首を何度も横に振った。
ゆたか「だめ、ダメだよ、まつりさんはまつりさん、いのりさんはいのりさんだよ、それぞれ別だよ……ごめんなさい、少し考えたいの……ごめんなさい」
ゆーちゃんは走って倉庫を出て行ってしまった。そして私一人が残った。
私ってあまりに客観的に考えすぎるのだろうか。ネタを探すときとかは主観的に考えると詰まる場合が多い、だから一歩も二歩も引いて考える。
時には自分でさえも他人として考える……ゲームのプレーヤーとキャラクターと同じ関係、キャラクターを画面から操作しているからキャラクターがいくら危険な目に遭っても
悲しい出来事があっても進んでいける……泉先輩もそれに似ているように思っていたけど……従姉妹のゆーちゃんがあの反応じゃ違うのかな、やっぱり私は普通じゃないのかな……。
腕時計を見た。もう行かないと約束の時間に間に合わない。一回深呼吸をした。
それでも私は行くしかない。柊家に。

 柊家の玄関の前、ゆーちゃんは見当たらない。きっと帰ってしまったのだろう。気を取り直して私は呼び鈴を押した。出てきたのはかがみ先輩だった。
かがみ「いらっしゃい」
かがみ先輩は私を見てから周りを見渡した。
かがみ「ゆたかちゃんと宮本さんは、一緒だって聞いていたけど?」
ひより「はぁ、実は諸事情がありまして……」
かがみ先輩は溜め息をついた。
かがみ「そっちも大変ね、まつり姉さんも居なくてね、急に仕事が入ったとか言って出て行ったわ……連絡する時間もなくて、ごめんなさい」
これで私の目的は泉先輩のミッションだけになってしまった。これは今までの出来事に比べればお遊びみたいなもの。かがみ先輩は彼氏とうまく行っているいみたいだし、
私の出る幕はなさそうだ。ゆーちゃんも心配だし……
ひより「そうですか、それでは今日は無しと言う事で、お手数を掛けました」
私は会釈をして帰ろうとした。
かがみ「待って、興味があるわ諸事情に、良かったら聞かせて」
かがみ先輩はドアを開けた。かがみ先輩は笑顔で私を迎えた。
ひより「……お邪魔します……」
吸い込まれるように私は泉家に入った。そしてかがみ先輩の部屋に案内された。

29 :ひよりの旅 65/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:46:56.97 ID:W145K4B60
かがみ「宮本さんがまつり姉さんを好きだって?」
〇ッキーを食べながら驚くかがみ先輩だった。私は今までの出来事をかがみ先輩に話した。
ひより「はい」
かがみ「まぁ、分らないではないわね、宮本さんの正体がコンならばね……人間としてか……彼は本気みたいね、私はその気持ちを大事にしたい、問題はまつり姉さんが
    どう思っているか、それだけだわ、私から見た感じではまんざらでも無さそうよ、他に彼氏もいなさそうだし」
ひより「本当ですか!?」
私は少し声を高くして聞き返した。かがみ先輩は食べかけた〇ッキーをお皿に置いた。
かがみ「あくまで私が見た感じよ、本人に直接聞いたわけじゃない、確証はないわ」
ひより「そ、そうでした、軽率でした」
かがみ「それより、いのり姉さんと佐々木さんが心配ね」
ひより「あの、佐々木さんが整体院を辞めて、引越しするのは……」
かがみ「そうね、これも本人聞かないと真意は分らないけど、大筋、田村さんの推理で合っていると思う、確かにあの整体院は評判が良すぎたかもしれない、
    そこに利害が出てきて、いろいろな事を考える族(やから)が出てくるのも確かよ……考えてみれば私達人間の方もややこしいわね……」
かがみ先輩はまたお皿に盛った〇ッキーを食べだした。
かがみ「田村さんも遠慮なく食べなさいよ、お茶も入れたし」
かがみ先輩はお菓子の盛られたお皿を私に差し出した。私はお皿を掴んだ……あれ、かがみ先輩はお皿を放そうとしない。私は少し力を入れた。しかしかがみ先輩は放そうとしない。
ひより「いゃ〜、かがみ先輩、全部食べたいならそう言って下さいよ……」
かがみ先輩は何も言わなかった。しまった。禁句(タブー)を言ってしまったか。私は慌ててお皿を放した……
ひより「か、かがみ先輩?」
私の問い掛けにまったく反応しない。まるで人形の様に固まっている。
ひより「かがみ先輩、冗談はよしてください……」
全く反応がない。もっともかがみ先輩はこういった冗談はしないタイプだ。私はかがみ先輩の目の前で手を振った。反応なし。この時、事の重大さに気付いた。
ひより「かがみ先輩!!!」
ありったけの大声、そしてかがみ先輩の両肩を掴んで前後左右に激しく揺さぶった。かがみ先輩の全身が激しく揺れる。
ひより「しっかり、しっかりするっス、だめ、死んだらダメ、つかさ先輩が、ご両親が……私だって……私だって……」
なんだろう。目の前のかがみ先輩が歪んで見える。目頭が熱くなってきた。
こんな時は救急車を呼ぶのが先だっけ……
頭はそう思っていても手ははかがみ先輩から放れなかった。
泉先輩との漫才。時には怒って、時には笑って……そんな光景が頭の中を過ぎっていく。
冷静に。
早くかがみ先輩から離れて電話を……
別の私が私に語りかけてくる。私は我に返ってかがみ先輩を放した。そして携帯電話を取り出し119番に掛けようとした。
かがみ「ちょっと、お菓子が全部床に落ちちゃったじゃない……」
電話をする動作を止めてかがみ先輩の方を見た。かがみ先輩は何事も無かった様に床に落ちたお菓子を拾ってお皿に戻していた。
ひより「かがみ……先輩?」
かがみ先輩は私の方を見た。私の顔を見て驚いた。私の目から涙が出ていたのに気付いたのだろう。
かがみ「な、なによ、お菓子が落ちたくらいでそんな、泣くなんて……」
ひより「え、たった今、何が起きたのか分らなかったっスか?」
かがみ「何って、お皿からお菓子が落ちて……」
ひより「その前っス、よく思い出して下さい、かがみ先輩は人形みたいに動かなかった」
かがみ「あ、あぁ、そ、そうだったかしら、最近論文を書いていて徹夜続きだったから、疲れが出たのかも……」
思いついたような言い訳だった。私には嘘だと直ぐに分った。
ひより「そんな在り来りなもんじゃなかったっス、あれはどう見ても意識が飛んでいました」
かがみ先輩は残りのお菓子を全て拾うとお皿を机の上に置いた。
かがみ「田村さんには隠せないわ……最近、意識が飛ぶことがあってね……この前もゼミ途中で抗議の意味が分らなくなった……」
ひより「それは尋常じゃないっス、早くお医者さんに診てもらわないと……」
かがみ「大丈夫よ、高校受験の時もそんな事があったから、田村さん、もしかして心配して泣いてくれたの、嬉しいじゃない」
笑顔ではいるけど、いつもの笑顔とは違った。作っている。
ひより「以前、呪いにかかったって言っていましたけど、その後遺症とかじゃないっスか?」
かがみ「……そんなの、分るわけないじゃない、呪いの知識なんて全くないのよ」
やっと本音が出た。見栄っ張りもここまでくると頑固者って感じだ。皆に心配を掛けまいとしているのだろうか。
ひより「それは私も同じです」
かがみ「この事は、皆には内緒にして……」
力ない声だった。
やっぱりそう言う事だったのか。このまますんなり内緒にして良いのだろうか。呪いならお医者さんに診せても分らないだろう。仮に何かの病気だったら皆に分かってしまう。
皆に知られないように確認する方法……ある。あるじゃないか。
ひより「佐々木さんならそれが分かるかも、治療法も知っているいるかも」
かがみ「だから大丈夫だって、この話は止めましょう」
ここは折れてはだめだ。
ひより「他人の私ですら涙がでてしまった、これがつかさ先輩、ご家族、泉先輩、高良先輩だったらどうだっか想像できます?」
かがみ「つかさ……お母さん……こなた……」
さぁ、かがみ先輩、ここで想像力を使って下さい。かがみ先輩が亡くなったらどれだけの人が悲しむのか……
ひより「かがみ先輩の恋人はどうですか」
ここでダメ押しだ。
かがみ「わ、分かったわよ、白黒付けようじゃない、でも佐々木さんの所は休診中じゃないの」
やった。診てもらう気になってくれた。
ひより「それは問題ないっス」
私は携帯電話を取り出した。
かがみ「ま、まさか、今から?」
ひより「善は急げ、っス」
佐々木さんは快く引き受けてくれた。
私達はかがみ先輩の用意した車に乗って佐々木整体院に向かった。

30 :ひよりの旅 66/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:48:06.23 ID:W145K4B60
すすむ「診て欲しいのは田村さんではないのか?」
ひより「はい、かがみ先輩です」
私は頷いた。かがみ先輩は私の後ろでやや緊張気味な様子だった。
すすむ「とりあえず診療室へ」
私達は診療室に案内された。佐々木さんは椅子を二つ用意し、私とかがみ先輩はその椅子に座った。そして佐々木さんも向かい合う形で椅子に座った。
すすむ「それで、彼女の何を診て欲しいと言うのだ?」
ひより「呪いの後遺症が無いかどうかです」
すすむ「な、なんだと?」
佐々木さんはかがみ先輩の方を見た。
ひより「時々意識が飛ぶ事があるそうです、ついさっき、一時間くらい前にも……」
佐々木さんは腕を組んで険しい顔になった。
すすむ「私は呪術に関しては専門ではない、詳しくは判らん、見た所呪いは完全に解かれているみたいだが……良いだろう、私の分かる範囲で調べてみよう」
ひより「ありがとう」
かがみ「お願いします……」
佐々木さんは立ちありかがみ先輩の目の前に立った。
すすむ「いや、そのまま、座ったままで良い、リラックスして」
かがみ先輩は目を軽く閉じた。佐々木さんはかがみ先輩の額に触れるか触れないかくらいまで手を近づけてかざした。そして佐々木さんも目を静かに閉じた。

 3、4分くらい経っただろうか。自分にはちょっと長く感じた時間だった。佐々木さんは静かに目を開けた。
すすむ「……呪いは完全に消えている、問題ない」
かがみ先輩は立ち上がり得意満面の態度で私を見た。
かがみ「ふふ、だから言ったじゃない、ひより!!」
ひより「そ、そうですね、でも、良かったじゃないですか」
ひより、かがみ先輩は私をそう呼んだ。泉先輩や高良先輩を呼ぶように名前で呼んだ……
かがみ「当たり前じゃない、こんな時に病気なんかしてられない」
すすむ「ただし疲労が溜まっているのは確かだ、どうだ、私の整体を受けるが良い、休診中だから御代はいらない」
ひより「良いんじゃないですか、これを期に受けてみたら?」
かがみ「ちょっと、痛いのは……」
すすむ「私の整体はそんなものじゃない」
かがみ「それじゃ、お言葉に甘えまして……」
私は立ち上がり診療室を出て受付室でかがみ先輩を待つことにした。

 かがみ先輩……泉先輩、高良先輩の親友、つかさ先輩の双子の姉、いのりさん、まつりさん、二人の姉がいる。努力家で高校時代には高良先輩に匹敵する成績までになっている。
抜け目ない性格と思いきや、泉先輩によくいじられたりするし、つかさ先輩みないなボケもたまにしたりする。裏表がはっきりした性格だ。
それゆえ、ツンデレといわれているのかも知らない。
初めて会ったのは泉先輩の紹介だった。『先輩』だったからか私とかがみ先輩は泉先輩を通してしか交流がなかった。今回だって泉先輩のミッションがなければ頻繁に会うなんてなかった。
私は何でかがみ先輩の分析をしているの。それは高校時代に既にしている。昔のネタノートを見れば書いてあるじゃない。
私は一呼吸を置いて考えた。
『ひより』なんてそんなに親しくなったのだろうか。どうして。頻繁に会っているから。それだけなら日下部先輩はかがみ先輩と私以上に会っているのに名前で呼んでいない。
何故……私を……?
それとも私の考えすぎだろうか……

31 :ひよりの旅 67/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:48:59.19 ID:W145K4B60
かがみ「ありがとうございました」
診療室からかがみ先輩の声がした。整体が終わったみたいだった。あれこれ考えているうちに時間がすぎてしまったようだ。診療室からかがみ先輩が入ってきた。
かがみ先輩を見て驚いた。肌が艶々しているように見える。顔色も良いし、表情も温泉でも入っていたみたいにスッキリしていた。
かがみ「何だろう、体が軽くなったよう……ひよりもしてみたら、体の中か洗われた様よ」
笑顔で私に整体を勧めるかがみ先輩。
ひより「休診中なのに二人もしてもらったら佐々木さんに悪いような気が……」
診療室から佐々木さんも入ってきた。
すすむ「私は一向に構わない、田村さんも疲れが溜まっているぞ」
かがみ「ほらはら、遠慮しない、受けてきなさい」
私の手を取って引くかがみ先輩。あまり乗る気はしなかった。
まてよ、佐々木さんと話せるチャンスかもしれない。
ひより「それじゃ……お願いします……」
かがみ「終わるまで待っているから」
ひより「い、いえそんな、誘ったのは私なので待っていなくても良いです……」
かがみ「車だし、家まで送るわよ」
ひより「そこまでしてくれなくとも……」
すすむ「それなら私が送ろう、この後も特に用事はない、それに見たところかがみさんより疲れが酷い、時間が掛かる」
かがみ先輩は暫く考えている。
かがみ「分かりました、佐々木さん、済みませんが後をよろしくお願いします、今日はありがとうございました」
かがみ先輩は深々と頭を下げた。
かがみ「それじゃひより、またね」
私に手を振るとかがみ先輩は外へ出て行った。この前と違ってあっさりした感じがした。引越しの件で一言二言あるのかと思ったがそれはなかった。
でもそれはそれで良いのかもしれない。質問をする人が代わっただけ。それだけの話しだ。
すすむ「それでは田村さん、診療室へ……」
佐々木さんは診療室に体を向けた。
ひより「その前に一つ聞きたい事があります」
すすむ「何かね?」
佐々木さんは立ち止まり振り返った。
ひより「コン……いや、まなぶさんから聞きました、引越しされるようですね」
すすむ「あいつ……余計な事を……」
佐々木さんは私から目を逸らした。
ひより「この整体院は街にもやっと定着しようとしているのに、どうしてですか、評判を妬む人が居るからですか?」
佐々木さんは目を逸らしたまま黙っている。
ひより「いのりさんは……好きではなかったのですか、別れてもいいのですか?」
佐々木さんは何も言わない。そんな中途半端な態度に少し苛立ちを覚えた。
ひより「何故です、それだったら何故私をまなぶの講師役なんかさせたの、直ぐに引っ越しするなら最初から真奈美さん達の仲間と一緒に行動すればよかったじゃないですか」
私は少し声を荒げた。
すすむ「何も知らない小娘が、知った風に……好き嫌いで全てが決まるわけじゃない、もう良い、帰ってくれ」
ひより「だったら教えてください、それまで帰りません」
小娘だなんて、確かに彼等の十分の一も生きていないかもしらないけど。私はもう小娘じゃない。そんな言われ方をすれば怒りもする。
すすむ「全くどいつも、こいつも柊かがみのように強情なやつばかりだ」
かがみ先輩が強情ってどうゆう事?
ひより「何故かがみ先輩の名前をこんな場面でだすの、それに強情ってなんですか、佐々木さんはそんなにかがみ先輩と面識はないでしょ?」
すすむ「この前会った時、いろいろ言われたものでな……」
あの時は佐々木さんに意見を言っただけで強情とは違う。嘘を言っている。佐々木さんは何かを隠している。まさか。
ひより「まさか、かがみ先輩に何かあったの?」
そのとき佐々木さんの身体が少し揺れたように見えた。
ひより「診療室でかがみ先輩と何を話したの、私には会話が聞こえなかった、何を話話したの、呪いが完全に解けていなかったとか……」

32 :ひよりの旅 68/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:50:21.26 ID:W145K4B60
 佐々木さんは暫くしてからゆっくり私の方に向いた。
すすむ「さすが私達の正体を見破っただけのことはある、感情に任せて言った失言からそこまで分かるとは」
ひより「呪いは解けていなかった……」
すすむ「呪いならまだましだ、彼女の脳に悪性新生物がある……」
ひより「あくせいしんせいぶつ……まさかそれって」
すすむ「そう、脳腫瘍だ、それもかなりの悪性だろう、場所もおそらく外科的には取り除けまい」
目の前が急に真っ白になった。
ひより「そ、それで、さっきの整体で綺麗スッキリ治しちゃったのでしょ?」
佐々木さんは首を横に振った。
すすむ「私の整体は今まで人間から得た知識や技術を私なりに統合、改良をしたものだ、残念ながら悪性新生物には対応していない」
ひより「で、でも、かがみ先輩、あんなに肌艶も綺麗になって、健康その物だった」
佐々木さんはまた首を横に振った。
すすむ「免疫を強めるようにしたが気休めだ、進行を遅らすくらいしかできない……あともって半年くら……」
ひより「やめてー!!!」
私は両耳を手で押さえて叫んだ。この先は聞きたくなかった。
ひより「何故です、何故、かがみ先輩がそんな病気にならないといけない、呪い……呪いのセイでしょ、」
すすむ「あの呪いは脳に直接働きかけるもの、全く影響がなかったとは言えない、しかし呪われなくとも何れは発病しただろう」
身体が熱い、怒りが込み上げてきた。
ひより「だったら責任を取って、かがみ先輩がお稲荷さんに何をした、何もしていないでしょ、勝手に呪って、かがみ先輩を病気にして」
佐々木さんには何も責任は無い。それは分かっていた。だけどこう言うしかなかった。
佐々木さんは私の顔をじっと見た。
すすむ「目から水が出ているな……泣いているのか、残念ながら私達は泣くと言う心理状況を理解していない、人間になっても頭の中までは変わらないのでね、
    大事な物を失った時、得た時に泣くと聞いたが……柊かがみは田村さんにとってそう言う存在なのか、親でも姉妹でもない赤の他人ではないか」
ひより「……そんな事はどうでもいいから、早く治して……」
すすむ「……治す方法はある、だが人類の技術では合成できない物質がいくつかあって……無理だ……」
ひより「もういい、何処にでも引っ越して、二度と私達の前に現れないで」
私は立ち上がった。
すすむ「彼女は自分でも分かっていたのだろう、病気の事を言ってもあまり驚かなかった、只、内緒にしてくれと言っていた……私は約束を破ってしまったな、すまない」
私はそのまま診療室を出た。
別れの言葉も何も言わない。
所詮人間とお稲荷さんはそんな関係。分かり合えるはずも無い。

 何もする気がしない。気が重くなるばかりだった。大学に行っても上の空。家に帰ってもボーとしているだけ。
ときよりかがみ先輩の事を思い出しては涙を流すだけだった。
佐々木さんと別れてから一週間、そんな事の繰り返し。
自分の部屋で机に向かってペンを取っても何も描けなかった。
『ピピピーピー』
私の携帯電話に着信が入った。泉先輩からだ。いつもはメールのやりとりだけだったのに。珍しい。携帯電話を手に取った。
ひより「もしもし……」
こなた『やふ〜ひよりん』
まだ半年も経っていないのにとても懐かしい声に思えた。
ひより「先輩、久しぶりっス、どうしました」
こなた『いや〜最近めっきり報告が途絶えちゃっているからどうしたのかなと思ってね、かがみんのミッションは行き詰まったかな?』
そういえば最近になって何も報告していなかった。そうだ。こんなミッションなんか関係ない。もっと大事な事を言わなければ。
ひより「そんな事よりもっと大事な話があります」
こなた『なんだい改まって……』
ひより「かがみ先輩は……」
『内緒にして』
かがみ先輩の声が私の頭の中に響いた。
ひより「かがみ先輩は……」
こなた『かがみがどうしたの?』
ひより「かがみ先輩には彼氏がいるっス」
病気なんて言えない……何故、いつもの私なら話しているのに……
こなた『お、おお、その断定的な言葉、それ、それだよ、それを待っていたんだ、まぁ、だいたい想像はしていたけど、これは面白く成ってきたぞ』
声が弾んでいる。楽しんでいるようだ。
こなた『しかし、どこでその情報を仕入れたの、かがみ自らそんなのは言わないはず』
ひより「実はかがみ先輩から「ひより」って呼ばれているっス」
こなた『なるほどねぇ〜かがみの信頼を得たってことか、ひよりんもやるじゃん』
ひより「い、いえ、それほどでも……」
こなた『そうそう、かがみは親しくなると呼び捨てになるんだよね、高校時代初めて会った時なんかね……』
かがみ先輩の出会いの話しを長々話す泉先輩……ゲームの話しをしている時よりも活き活きとしていた。かがみ先輩が病気と分かったらどうなるのだろうか。
私と同じようになるのかな。いや、もっと悲しむかもしれない。つかさ先輩はどうなのだろう……ますます言えなくなってしまう。
やばい。また涙が出てきてしまった。これが電話でよかった……
こなた『ちょっと、ひよりん、聞いているの?』
やばい、上の空だった。
ひより「は、はい、聞いてるっス……それよりそっちの状況はどうなんですか、つかさ先輩達と上手くいっています、例の店長さんとは?」
こなた『ふ、ふ、ふ、聞いておどろけ、私はホール長になったのだよ』
ひより「え、それは凄いっすね、おめでとうございます」
こなた『声が棒読みだよ……まぁいいや、つかさとはシフト制になってからあまり会えなくてね、同じ部屋を借りているのにおかしいよね』
なぜか素直に喜びを表現できなかった。
こなた『最近松本店長とつかさが私達スタッフに内緒で何かしているみたいだけど、まぁ、つかさの腕も上がっているからもしかしたら副店長になる打ち合わせかもね』
ひより「二人揃って凄いですね、応援しています」
こなた『ありがとう……』
『ただいま〜』
携帯からつかさ先輩の声が聞こえたとても小さい声、遠くからのようだ。
こなた『お、つかさが帰ってきた、やばい、今日は私が夕食当番だった、それじゃまた連絡よろしくね』
ひより『は、はい……』
二人は私が思っていた以上に成功している。すごいな。
携帯電話を切って机に置いた。結局話せなかった……
33 :ひよりの旅 69/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:51:51.14 ID:W145K4B60
私は気が付いた。今までゆーちゃんに言っていたのは間違えだった。親しくなった人に対して
他人事なんて言えるはず無い。かがみ先輩の病気でそれが分かった。私はゆーちゃんの喜怒哀楽を観て弄んでいただけだった。
そう言われても反論できない。今までゆーちゃんに言ってどれほど傷ついたのだろう。バカ……私のバカ……コミケ事件からまったく私は変わっていない。

それから間もなく私は風邪をこじらせて寝込んでしまった。

もう私は何も出来ない……

『ピンポーン』
熱はは引いた。でもまだ体はダルイ。ここ数日大学にも行けなかった。たとえ私の風邪が治ってもかがみ先輩の病気は治らない。これからどうして良いかも分からない。
普段の私なら皆に事情を話してこれからどうするか決める。だけど……それすらも出来なくなってしまったなんて。
『コンコン』
ノックの音がした。お母さんかな……
ひより「は〜い」
ドアが開くとそこにはゆーちゃんが居た。私と目が合うとにっこり微笑んだ。さっきの呼び鈴はゆーちゃんだったのか。
ゆたか「おはよ〜風邪をこじらせたんだって?」
ひより「まぁね……それよりいいの、大学に行かなくて」
ゆたか「ふふ、今日は日曜日だよ」
そうか日曜日なのか。曜日の感覚がなくなってしまった。あの日以来時間がとってもゆっくりに進んでいるように感じる。
ゆたか「座ってもいい?」
ひより「良いけど、風邪……うつるかもよ?」
私の警告をよそにして私の寝ているベッドの横に腰を下ろした。そして私を優しく見下ろしてじっと見つめた。
ひより「な、何……私の顔に何か付いてる?」
ゆたか「うんん、昔からお見舞いをされてばっかりだったから、こうして誰かをお見舞いをしてみたいと思っていた、ひよりちゃんが初めてになったね」
もう少しすればもう一人お見舞いに行かなければならない人が居る……そして一度入院をすれば退院することはない。
ひより「それで、その初めてのお見舞いはどう?」
私をじっと見るゆーちゃん
ゆたか「ん〜どうかな、分からない、もっと時間が経てば分かるかも」
ひより「そう……」
私はそれ以上聞かなかった。それ以降私は何も話さなかった。ゆーちゃんも自分から話そうとはしなかった。
朝日が窓から入ってきて部屋の温度が上がった。心地よい温度だ。このまま眠ってもいいくらいだった。そんな私の心境を知ってか知らずか、ゆーちゃんはゆっくりと立ち上がった。
ゆたか「長居すると悪いから帰るね」
ひより「うん……お構いもしませんで、ごめんね」
ゆたか「うんん、お大事にね……」
ゆーちゃんは私に後ろを向いてドアの所まで移動して止まった。
ゆたか「ひよりちゃん、話してくれないの?」
話してくれない……何のことかな……
ひより「話すって……あぁ、お見舞いされた気分だね……なんだか上から覗かれて、恥かしいような……」
ゆたか「違うよ、もっと大事な事、何故黙っているの……かがみ先輩の事」
ま、まさか、どうしてゆーちゃんが知っている。そんな筈はない、かがみ先輩は内緒にするって言っていた。
ひより「な、なんの話しか分からない……」
ゆーちゃんはゆっくり振り返った。
ゆたか「取材の途中でひよりちゃんと別れて思った、ひよりちゃんは一人で柊家に行ったのに私は逃げてしまったって、だから、もう一度佐々木さんの所にに行ってみようと、
    そう思って、行ったの……佐々木さんの整体院に、そこに佐々木さんは居なかった、でも、コンちゃん……宮本さんがいてね……全て話してくれた」
まなぶが話したのか。余計な事を……もう一人悲しむ人が増えるだけなのに。
ひより「全て聞いたのなら私から話す必要はないよ……もう私に出来る事は何もない」
ゆたか「ひよりちゃんらしくない、こんな時は、私に、みなみちゃんに、場合によっては高良先輩や泉先輩にだって話して相談するでしょ?」
ひより「だって……だって、かがみ先輩は内緒にしろって言うし、先輩の気持ちにを考えるともう何も出来ない」
また涙が出てきた。ゆーちゃんに見られないように布団で顔を隠した。足音が私に近づいてきた。
ゆたか「ひよりちゃん、溺れちゃったね……そう思ったから此処に来たの、ひよりちゃんが私を救ってくれたように」
ひより「溺れる、私が?」
ゆたか「他人事じゃないと人は救えない、そう言ったのは誰だっけ?」
私は布団を取り上半身を起こした。
ひより「救う、どうやって、お稲荷さんにだって治せない病だよ、何も出来ないよ……」
ゆたか「そうかな、私はそうは思わない、だって他人事だもん、なんでも出来る」
ゆーちゃんはにっこり微笑んだ。
ひより「え……」
ゆたか「やれるだけやって、それでダメなら……悲しいけど諦めるよ、でも、それまでは……諦めない、他人事ってこうゆう事ででしょ、ひ・よ・り」
ゆーちゃんは人差し指で私の額を突いた。
ゆたか「一人だけ、ありふれた物で化学物質を合成できるお稲荷さんが居るらしいの、今ね、コンちゃんとみなみちゃんでそのお稲荷さんを探してもらっている」
ひより「ゆ、ゆーちゃん……」
ゆたか「溺れるのはまだ早いよ、ひよりちゃん、かがみ先輩が亡くなるまではね、うんん、絶対に死なせない、そうだよね?」
ひより「そんな事言ったって……」
ゆたか「コンちゃんもみなみちゃんもひよりちゃんのおかげで手伝ってくれていると思ってる、私たちに任せて風邪を治すのに専念して……それから、
    かがみ先輩の病気も治るように祈っていて……奇跡は滅多に起きないけどね、祈りや願いがないと起きないって誰かが言っていた、私もそう思う」
ゆーちゃんは腕時計をみた。
ゆたか「あっ、いけない、もう約束の時間、それじゃ、ひよりちゃんお大事に」
ひより「待ってゆーちゃん、わたし、私……佐々木さんと喧嘩してしまった……引越しを止められなかった」
ゆたか「しょうがないよ、あの状態じゃ私も同じ事をしてたかも、でもね、別れても生きてさえいれば何とかなるよ、今はかがみ先輩が優先だね」
ゆーちゃんはにっこり微笑むと部屋を出て行った。

 教えたゆーちゃんに教えられるなんて……それに私がするはずだった事を先にするなんて。
ひより「ふふふ……ははは」
なぜか笑った。そしてさっきよりも大粒の涙が出てきた。この涙は大事な物を得たのか失ったのか……
私は涙を拭かずそのまま床に就いた。何故か涙を拭きたくなった。
熱っぽいせいか頭が回らない。考えるのを止めた。
今はただかがみ先輩の回復を祈った。

34 :ひよりの旅 70/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:53:15.19 ID:W145K4B60
 私はゆーちゃんと待ち合わせをしていた。東京都内のとある駅前。
こんな所で待ち合わせは初めてだ。私もこの駅を降りるのは初めてだった。
風邪が治り私もかがみ先輩を救うために皆の手伝いに参加している。あれから何週間か経つけど目的のお稲荷さんは見つかっていない。まなぶは
以前住処だったつかさ先輩と泉先輩が住む町の神社に行ったがもぬけの殻だったと言う。お稲荷さん達は全員何処かに引っ越してしまったみたいだ。
そういえばつかさ先輩の彼氏もお稲荷さん。二人は別れたと聞いたがそれと関係あるのだろうか。
「おまたせ」
後ろから男性の声。まなぶの声。私は振り向いた。
ひより「まなぶさん……」
まなぶ「なんだい、私ではいけないような顔をして」
ひより「い、いや、ゆーちゃんと会う約束をしたものだから、意外だった」
まなぶ「小早川さんは岩崎さんと一緒に別行動してもっている、彼女達は彼の自宅に向かっている、私達は彼の仕事場に向かう、どちらかに居るはずだ」
ひより「彼って誰?」
まなぶ「もちろん私の仲間の……」
ひより「ほ、本当に、早く行こう……何処!?」
私はまなぶの手を掴み歩き出した。早くかがみ先輩の病気を治してもらいたった。逸る気持ちを抑えられなかった。

ひより「……法律事務所……」
まなぶ「そうだ、そこに私の仲間が居る、そこに居なければ小早川さんが向かっている自宅に居る」
私が思っていたのとはかけ離れた所に案内された。病院かどこかの研究所かと思っていた。
待てよ……法律事務所……って。確かかがみ先輩の彼氏も法律事務所で働いていたって言っていた。
ひより「ちょっと、かがみ先輩の彼氏も法律事務所で働いているって聞いたけど、これって偶然なのかな」
まなぶは法律事務所の玄関を見ながら答えた。
まなぶ「偶然もなにもない、かがみさんの彼氏だよ」
ひより「え……も、もしかして、かがみ先輩の彼氏もお稲荷さん……」
まなぶ「その様だな、すすむが彼女を呪いの診断をした時に微かに仲間を感じたそうだ」
かがみ先輩の彼氏もお稲荷さん……かがみ先輩はそれを知っているのだろうか。ややこしいとか言っている所から察するに知らないと考えた方がいいかもしれない。
まなぶ「かがみさんには悪いが尾行させてもらった、それでこの法律事務所と自宅を突き止めた」
まてよ、何故だ。何故そんなまどろっこしい事をする。
ひより「こんなコソコソしていないで直接頼めば済むでしょ、かがみ先輩の恋人なら直ぐにでも病気を治すはず」
まなぶ「いや、彼では病気は治せない、恐らく彼なら仲間の居場所を知っていると思ってね、かがみさんと一緒に居ない所を見計らって彼と会う作戦だ、
    事務所から出てきたら聞くつもりだから、しばらく張り込みをしよう」
ひより「え、あ、はい……分った」
そんなにうまい話はなかったか。

それにしても、つかさ先輩、かがみ先輩、いのりさんにまつりさん。ものの見事に四姉妹がお稲荷さんと関係している。良い意味でも、悪い意味でも。
偶然かもしれない。だけどそれだけでは片付けられない運命的な何かを感じてならい。
その運命の一端に参加している私、これもまた運命なのだろうか。
そもそも私は漫画のネタ探しから始まったのが切欠だ。それだったら……つかさ先輩にしても一人旅が切欠。どちらも世間一般に珍しいものじゃない。
不思議だな……私はまなぶを見ながら考えていた。
まなぶ「……私の顔に何か付いているのか?」
まなぶは事務所の出入り口を見ながら話した。私の目線に気付いたようだ。この状況なら聞けるかもしれない。前から聞きたい質問があった。
ひより「ちょっと二つ質問いいかな?」
まなぶ「なんだい?」
彼は事務所から目を離さなかった。
ひより「何故まなぶさんは真奈美さん達ではなく佐々木さんと住むのを選んだの」
まなぶ「……人間に興味があったから……と言っておこうかな、詳しく知るには人間と暮らすしかない……人間と共に暮らしている仲間は三人いるけど、すすむが一番
    一般の人間と接している人数が多いと聞いて、それで決めた、答えになったかな?」
私は頷いた。
ひより「うん……それで人間に接した感想はどうだった?」
その答えを聞くのが少し恐かった。
まなぶ「まだ調べ足りないけど……よく似ているよ私達に」
ひより「そ、そうなんだ……」
似ている……これはまた微妙な答えだな。そう言えば前にも同じような事を言っていた。
まなぶ「……それで、もう一つの質問って?」
ひより「え、ああ、まなぶさんは何故私達の手伝いをしてくれているの、嬉しいけど、そんなにかがみ先輩と親しかった訳じゃないのでは?」
まなぶ「好きな人の妹が死に瀕している……助けたいと思うのは当然じゃないのか?」
ひより「それは、そうだけど、それだけじゃないと思って」
好きな人……またこの言葉を聞くとは思わなかった。なぜかその言葉はあまり聞きたくなかった。
まなぶ「記憶を失って、コンとして飼われていた頃だった、まつりさんが仕事で散歩に行けない時などはかがみさんが代わりに散歩に連れて行ってくれた、
    私を擬人化してよく愚痴を言って面白かった、それにまつりさんとは違う道を行ってくれてね、飽きさせなかった、とても他人事じゃいられないよ」
かがみ先輩の愚痴の内容も聞きたかったけど、今はそんな雰囲気ではなかった。
まなぶ「それじゃ私から質問、何故君はかがみさんを助けようとする」
ひより「へ?」
まなぶ「見るからに私よりも動機は薄いような気がするが、出身高校が同じと言うだけで血縁関係もない」
ひより「う〜ん」
そう言われると……なんて表現していいのだろうか。
まなぶ「なんだ、答えられないのか、好きだからじゃないのか」
わ、え、どう言う事……
ひより「す、好きって……わ、私もかがみ先輩も同姓だし……そ、そんな百合的な展開はな……」
まなぶ「ふ、ふふ……はははは」
まなぶは事務所の方を見たまま笑った。
まなぶ「君は自分の事になると何も答えられないみたいだな、分かったよ、多分田村さんも私と同じ理由だな」
彼はは百合って意味を知っているのかな。そんなのを確認なんかできっこない。
『ピピピ』
まなぶはポケットからスマホを取り出し操作しだ。
まなぶ「君の友人からメールだ、自宅は留守なのでこっちに向かうそうだ、合流しよう……すまない、事務所の入り口を見張っていて欲しい」
ひより「はい……」
まなぶがスマホを操作している間、私が事務所の入り口を見た。
時がゆっくりと流れているように思えた。
35 :ひよりの旅 71/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:54:23.58 ID:W145K4B60
まなぶ「彼の名は小林ひとし、彼との交渉は全て私に任せて欲しい、かがみさんの意思を尊重して病状は伏せることになった」
ひより「ゆーちゃんとみなみちゃんもそれで良いのなら……」
まなぶ「もう既に打ち合わせ済」
私が風邪をひいている間に話しは進んでいたようだ。
確かにお稲荷さんとの交渉はお稲荷さんに任せた方が良いのかもしれない。
それに最初はあんなに反対していたみなみちゃんも手伝ってくれている。なによりあのゆーちゃんがあれほど積極的になるとは思わなかった。
その時、事務所の近くをゆーちゃんとみなみちゃんが通りかかった。私は携帯電話で二人を呼んだ。
みなみ「ここで張っていたの?」
私とまなぶは頷いた。
ゆたか「自宅は留守だったから多分この事務所だよ」
まなぶ「そろそろお昼だ、出てくると思う」
ゆたか「小林さん、コンちゃんは会ったことあるの?」
まなぶ「いや、会った事はない、向こうの仲間は真奈美さん以外殆ど知らない」
ゆーちゃんはまなぶをまだコンと呼んでいるのか。最初に狐の彼を見つけたのはゆーちゃんだった。あの時のイメージが強かったのか。
それにまなぶも否定していない。人間のときくらいは
みなみ「何人か事務所を出入りしているけど見逃したりしない?」
まなぶ「人間になっていようが、狐になっていようが、他のに化けて居ようが、仲間ならすぐに分かる……ん?」
まなぶの目が鋭く光った。
まなぶ「彼だ!!」
私達は学ぶの目線を追った。事務所の玄関を出てきた男性。その人だろうか??
まなぶ「私と彼が会っている時は出てこないように」
そう言い残すと小走りに彼の元に走っていった。私達はその場に留まりまなぶと男性の動向を見守った。
まなぶが話しかけると彼は立ち止まりしばらく何かを話してから二人は歩き出した。私達は彼等の後を気が付かれないように追いかけた。

36 :ひよりの旅 72/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:55:20.58 ID:W145K4B60
ひより「こっち、こっち」
小声で二人を呼んだ。
ゆたか「で、でもこれ以上近づいたら……」
ゆーちゃんは更に小さな声で答える。
ひより「大丈夫だって、それに近づかないと会話が聞こえない」
まなぶと小林さんは近くの公園の隅で立ち止まった。私達はぎりぎりまで近づいて物陰から様子を覗う。
ひとし「まさかこんな所で仲間に会えるとは思わなかった……しかし君には一度も会った覚えが無い……」
まなぶ「私は宮本なまぶ」
ひとし「あぁ、思い出した、最近生まれた子じゃないか……大きくなったものだ」
二人の会話がよく聞こえる。小林さんはまなぶを知っているのか……
まなぶ「私より若い仲間は居ないと聞いた」
ひとし「そんな事より用事とはなんだ」
まなぶ「人を探している、化学物質を合成できる人」
ひとし「回りくどい言い方だな……たかしの事を言っているのか、呪術と錬金術で彼の右に出る者は……真奈美くらいだ」
たかし、たかしと言うお稲荷さんが薬を作れるみたいだ。
まなぶ「今何処に居る?」
ひとし「……会ってどうする?」
まなぶ「合成して欲しい物がある」
ひとし「……合成して欲しい物、我々にそんな物は必要ない筈だ、何に使う、人間に復讐でもするのか、武器や毒と言うのなら止めておけ……」
まなぶ「いや……薬を作ってもらおうと……」
ひとし「薬だと……」
まなぶ「治したい病気が……」
ひとし「病気……我々は病気にはならない筈だ」
まなぶ「助けたい……人間が居る」
不味いな、このままだと薬を誰に使うのか分かっていまうかもしれない。
ひとし「そうか……助けたい人間が居るのか、それは君にとって大事な人なのか」
まなぶ「そうだ」
小林さんは暫くまなぶを見て首を振った。
ひとし「彼にそれを頼むのは難しいだろう、彼の人間嫌いは仲間の中でも一、二を争う」
まなぶ「それでもしなければ、何処にいます?」
ひとし「住み慣れた地を離れしまったらしくてね、私でも彼等の住処は分からない……残念だが力にはなれない、それでは失礼させてもらうよ」
小林さんはまなぶに会釈をすると公園を出ようとした。
ゆたか「待ってください!!」
ゆーちゃんが飛び出した。その声に反応して小林さんが振り向いた。
まなぶ「ば、バカ……来たらダメって……」
ひより「まずい、みなみちゃん、ゆーちゃんを止めないと……」
あれ……みなみちゃんの反応がなかった。私は後ろを振り向いた……でも彼女の姿は見えなかった。
再びゆーちゃんに目線を戻すと……あろうことかゆーちゃんの隣にみなみちゃんも立っていた。
ひとし「な、なんだ君達は……何処かで見た顔だな……」
ゆたか「お願いです、どうしても助けたい人が居るの、居場所だけでも教えて頂けませんか」
ゆーちゃんが頭を下げるとみなみちゃんも頭を下げた。こうなったら自棄だ。私も物陰から出て二人の横に並び頭を下げた。
小林さんは私達を見ていた。
ひとし「この人間達はおまえの仲間なのか」
まなぶ「……そうです」
小林さんは私達に向かって話しだした。
ひとし「その様子から見ると私達の正体を知っているみたいだな……さっきも言ったように仲間は住処を離れてしまった、随時移動しているみたいで私でも
    把握しきれないのだよ……それに、本来人間を救うのは人間で行うべきだ、私達が介入する問題ではない」
その言葉は冷たく私達を貫いた。
まなぶ「それを承知で頼んでいるのが分からないのか……」
ひとし「悪いが時間がない」
小林さんは公園の出口に向かって歩き出した。ゆーちゃんは小走りで小林さんを追い抜き公園の出口に立ち塞がった。
ひとし「すまないがそこを退いてくれ……」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「……本当に……本当に助ける気はないの……貴方の愛ってそんなものなの?」
ひとし「藪から棒に何を言っている……」
ゆたか「私達が誰を助けたいのか知りたくないですか、知っても同じ事が言えますか……」
まさかゆーちゃんはかがみ先輩の名前を言うつもりなのか。
みなみ「ゆたか……」
みなみちゃんはゆーちゃんを見て首を横に振った。ゆーちゃんはみなみちゃんを見て躊躇したようだ。その後の言葉が出てこなかった。
ひとし「……助けたい人とは私の知っている人なのか……」
小林さんはゆーちゃんを見た後、振り返り私とみなみちゃんを見た。
ひとし「……君達は……私の知人と一緒に居た時があるな……まさか……」
ゆーちゃんの言葉で分かってしまったようだ。もう秘密にしている意味はない。
ひより「私達は、かがみ先輩、柊かがみの友人です」
ひとし「かがみ……かがみの何を助けようとしている、彼女に何があった、なぜ我々の力を必要とする……」
小林さんが急に動揺しだした。私はある意味これで少しホッとした気分になった。同じ態度であったならかがみ先輩の恋は終わっていたのかもしれない。
小林さんは辺りを見回した。
ひとし「話しを詳しく聞きたい、ここでは落ち着かないだろう、事務所に戻ろう……来てくれ」
まなぶ、小林さんとみなみちゃん達は公園を出た。
ひより「ゆーちゃん、小林さんにかがみ先輩の話しは内緒にするんじゃなかったの?」
私はゆーちゃんを呼び止めた。ゆーちゃんは立ち止まった。
ゆたか「うん……そう決めたし、かがみ先輩もそれを望んでいた」
ひより「でもそれを破った、どうして?」
ゆたか「かがみ先輩を助けたかったから……それだけしか頭になかった……それで助かるならかがみ先輩に怒られても良い、皆から責められても構わない……」
ひより「かがみ先輩は怒るかもしれないけど、私は責めたりはしないよ、みなみちゃんもね」
ゆたか「えっ?」
ひより「さて、行きますか、皆、先に行っちゃったよ、たかしってお稲荷さんに頼まないといけないからね、まだまだ困難はこれからだよ」
ゆたか「う、うん」
私とゆーちゃんは皆に追いつくために走った。

37 :ひよりの旅 73/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:56:19.59 ID:W145K4B60
 小林さんの勤める法律事務所の会議室に通された。そこで私達は今まで経緯を小林さんに話した。
まなぶとの出会い、佐々木さんとの出会い、柊家との関係……そしてかがみ先輩の病気の事……
ひとし「脳腫瘍だと……」
私は頷いた。
ひとし「ば、ばかな、そんな気配は微塵も感じなかった」
ひより「秘密にしていたようです、多分家族や親友には知られたくなかったと思います、もちろん恋人の貴方にも……」
ひとし「彼女の心を読めなかったと言うのか、それは在り得ない」
まなぶ「かがみさんは以前呪われている、その時に呪術者と何度も接触しているはずだ、そうこうしているうちに心を読まれない術を身につけたのかもしれないな」
小林さんは何も言わず考え込んでしまった。
ゆたか「そんな事より公園で話していたたかしってお稲荷さんを探さないと、かがみ先輩の病気を治す薬を作れるのでしょ?」
小林さんは目を閉じて腕を組んた。
ゆたか「どこに居るのですか、協力して下さい……」
ひとし「……まなぶはたかしを知らないのか……」
まなぶ「初めて聞く名前……すすむも何も言わなかった……極度の人間嫌いだって言っていたね……」
小林さんは目を開け腕組みを解いた。
ひとし「幼かったまなぶでは覚えていなかったか……人間嫌いだけならまだ希望もあるがな……」
まなぶ「何が言いたい、こっちは急いでいる、こうしている間にも……」
小林さんはもったいぶった様に少し間を空けてから話した。
ひとし「かがみに禁呪をしたのが……そのたかしだ……」
まなぶは何も言い返せなかった。私たち三人は顔を見合わせて驚いた。
私達はかがみ先輩に呪いを掛けたおいなりさんにかがみ先輩の病気を治してもらわなければならない……気が遠くなるような事だった。
でも諦められない。諦めたらかがみ先輩はあと半年後には亡くなってしまう。
ひより「そのたかしってお稲荷さんは何故かがみ先輩に呪いをかけたのです?」
それならばたかしってお稲荷さんの情報をなるべく詳しく知る必要がある。
ひとし「私も直接彼から聞いたわけじゃないから真意はわからん……真奈美が亡くなったのをかがみの妹が原因と思っているらしい、
    その妹に彼と同じ境遇を味合わせてやりと思ったのだろう」
違う……確かにつかさ先輩が関係しているかもしれないけど、真奈美さんが亡くなったのはつかさ先輩のせいじゃない。誤解だ。
ひより「たかしって真奈美さんを好きだったのですか?」
ひとし「好きもなにも婚約者だった……」
ひより「こ、婚約者……」
好きな人……愛する人が亡くなれば何かのせいにしたくもなる。それはなんとなく理解できる。
ゆたか「でも、真奈美さんが亡くなったのはつかさ先輩のせいではありません」
珍しく断定的に言うゆーちゃんだった。それも私が思っていたのと同じ内容だった。
ひとし「……そうだな、そうの通り、真奈美が死んだのはむしろ我々側の問題だ……族に言う逆恨みと言うやつだろう」
ゆたか「お願いです、なんとかたかしさんを探し出せませんか……」
祈るように手を合わせて懇願するゆーちゃんだった。
ひとし「君達に頼まれるまでもない、私が直接彼に頼む……いや助けさせる、それが彼の責任だ」
小林さんは席を立ち上がった。そして会議室を出ようとした。
みなみ「何処に行くの?」
小林さんは立ち止まった。会議室に入って初めてみなみちゃんが口を開いた。
ひとし「たかしの所に会いに行く……」
みなみ「会う……何処に居るのか知っている?」
ひとし「草の根分けてでも探し出すまでだ……」
みなみ「会ってたかしさんが拒んだらどうする?」
ひとし「拒むだと、そんな事をすれば彼の命はない、悪いが急いでいる話はこれまでだ」
また小林さんは部屋を出ようとした。
みなみ「……かがみ先輩を第二の真奈美さんにしたいの?」
ドアのノブに手を掛けた所で小林さんは止まった。
ひとし「第二の真奈美……どう言う意味だ」
みなみ「怒りで話しかければ怒りで返ってくるだけ、誰も助からない、誰も救えない……」
小林さんは暫くノブを持ったまま動かなかった。そしてノブから手を放してから大きく深呼吸をした。
ひとし「……そうだな、その通りだ、岩崎さんと言ったな、私は危うく同じ過ちを仕出かすところだった」
小林さんはさっき座っていた椅子に戻り座った。
ひとし「私がたかしに会うとお互いに感情的になってしまう……どうしたものか……」
みなみ「たかしさんとの交渉は私達がします、だから彼を探し出して欲しい……」
そんな話は聞いていない。私には荷が重過ぎる。
ひより「ちょっと……」
ゆーちゃんと目が合った。そしてゆーちゃんは頷いた。その決意に私はその先の言葉を言えなかった。
ひとし「そうか……やってみるが良い、そのくらいの時間はまだある、しかし君達が失敗したら私が直接出向く、それで良いな?」
ゆたか・みなみ「はい!!」
ひより「は、はい……」
急に振って湧いたミッション。自信なんかない。でもやるしかないのか……

38 :ひよりの旅 74/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:57:19.49 ID:W145K4B60
 さっきからゆーちゃんはモジモジして何かを言いたそうにしていた。少し間があったので決心がついたの小林さんに向かって話しだした。
ゆたか「あ、あの〜、質問いいですか?」
ひとし「何か?」
ゆたか「かがみ先輩とはどうして知り合ったのですか、かがみ先輩は小林さんの正体を知っているの?」
ひとし「彼女に私からは話していない、多分私の正体は知らないだろう……彼女とどうして出会ったか……それは、
    たかしが再び彼女を呪うのを監視してくれ……そう友人に頼まれてね、それが切欠だ」
頼まれた……同じだ。私が泉先輩からかがみ先輩の様子を見てくれって言われたのと同じじゃないか。
ゆたか「その友人もお稲荷さんなんですね……」
小林さんは頷いた。
ひとし「……結局たかしは一度もかがみの前に現れていない、しばらくして友人がたかしを保護したと連絡があった、それで私の仕事は終わるはずだった」
ゆたか「筈だった?」
ひとし「たかしは何時現れるか分からない、彼女の監視は四六時中続いた……そういえば君達三人も何度かかがみと会っていたな……
監視していて、そのうちに、一度くらい直接会ってみたくなってね……声を掛けた……」
ひより「それでかがみ先輩を好きになった……ですか?」
小林さんは何も言わず、何も反応しなかった。でもそれが答えだった。
ひとし「さて、身の上話しはここまでだ、約束通り彼を、たかしを探しに行かないとな」
小林さんは立ち上がった。
ひとし「この事務所は好きなように使うと良い、所長には私から言っておく」
そう言うと小林さんは会議室を出て行った。

私は溜め息を一回つくとみなみちゃんに向かって話した。
ひより「たかしと交渉ね……そんな無茶振りをアドリブでしちゃうなんて……失敗は許されないよ……私、自信なんかない……」
みなみ「ご、ごめん……」
みなみちゃんは俯いてしまった。
ゆたか「で、でも、あの時みなみちゃんが小林さんを止めなかったら大変な事になっていたよ、私なんかあの時どうして良いか分からなかった……」
それは私も同じか。小林さんが出て行こうとした時、ただの傍観者になっていたのは事実だった。
ひより「こうなるのは必然だったのかな……それはそうとみなみちゃんは何故急に私達を手伝うようになったの」
みなみ「それは、みゆきさんがお稲荷さんを許したから……お稲荷さんの知識を知りたいって……」
ひより「みなみちゃんが説得したんだね、それは良かった」
みなみちゃんは首を横に振った。
ひより「え、それじゃどうして高良先輩はお稲荷さんを許したの?」
私はゆーちゃんの方を向いた。ゆーちゃんは慌てて首を横に振った。
みなみ「つかさ先輩は人間とお稲荷さんが一緒に暮らせるように何かしている、それに賛同するようになったと聞いた……」
ここでもつかさ先輩が出てきた。私の知らない所で、しらないうちに……何故……私の一歩も二歩も先に行っているような気がする。
ゆたか「流石だね……」
当然の事の様に言うゆーちゃん。つかさ先輩はそんな人だったのか。高校時代のつかさ先輩はもっと……もっとボーとしていて、いつも皆の後に付いている様な……
まなぶ「ところで、たかしとの交渉はどうするつもりなんだ?」
まなぶの声に一気に現実に戻された。私達は顔を見合わせるだけだった。
まなぶ「一度はかがみさんを呪った人だ、そんな人にかがみさんの病気を治す薬を作ってもらうように頼むなんて……出来るのか?」
ゆたか「出来る出来ないじゃない、しないとダメだよ……」
まなぶ「どうやって、行き当たりバッタリが通用する相手とも思えないが」
ゆーちゃんは言葉に詰まった。私もみなみちゃんも何も言えない。
ゆたか「頼むしかないよ、頼んで頼んで命乞いするの」
みなみ「私も頼む……」
ひより「それしかない……」
まなぶ「無策の策か、それも良いだろう」
まなぶは席を立った。
まなぶ「ひとし一人より二人で探したほうが早い、手伝ってくる」
まなぶは会議室を出て行った。
ゆーちゃんはまなぶの出たドアを見ていた。
ゆたか「コンちゃん……少し変わったかな」
ひより「変わった?」
ゆたか「うん、なんか少し頼もしくなった、それに人間になっているのに苦しそうじゃなくなってる」
ひより「人間としてまつりさんに会いたいって言ってからね……」
ゆかた「そ、そうだった、もうコンちゃんなんて言えないね……」
みなみちゃんは立ち上がった。
みなみ「こうして居ても仕方がない帰ろう、それで、それぞれがたかしに何を言うのか考えよう、宮本さんが言うように今の私達は無策、
    このままだとたかしはかがみ先輩を救ってくれない……」
ゆたか「そうだね……今はそれしか出来ないよね、帰ろう」
ゆーちゃんも立ち上がった。そして私も立ち上がった。
事務所を出るとき、所長さんに私達の携帯電話の番号と家の電話番号を小林さんに伝えて貰うように頼んでから帰宅した。

39 :ひよりの旅 75/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:58:19.54 ID:W145K4B60
 帰宅して椅子に座る。
普段ならネタをまとめる作業をしている所。でもネタ帳もボイスレコーダーも最近は使っていない。かがみ先輩の病気の事で頭がいっぱいだ。私が悩んだ所で
先輩の病気が良くなる訳じゃない。そんなのは分かっている。分かっているけど悩まずには居られなかった。
たかしと会って何を言う。
『かがみ先輩を助けて下さい』
これじゃ何の捻りもない。
『貴方の呪ったかがみ先輩が死にそう、だから病気を治して……』
これじゃ当て付けがましい。
『お願いです……』
違う、違う……どんな言葉を繋げたって彼が人間を憎んでいる限りかがみ先輩を助けるなんて在り得ない。まずは彼の人間に対する憎しみを解くのが先……どうやって。
何千年も溜まりに溜まった恨みや憎しみをどうやって。それこそかがみ先輩の病気を治してもらうより難しいかもしれない。
そういえばつかさ先輩は真奈美さんと友達になった……とうやって。
一緒に泊まって一緒に話しただけ……たったそれだけ……それだけで……分からない。今更ながら分からない。つかさ先輩は何をしたのかな……
それならいっそのことつかさ先輩に頼んでしまおうか。かがみ先輩の一大事だから真っ先に駆けつけてくれる……つかさ先輩ならたかしの恨みも解いてくれるかも……
『内緒にして……』
また頭の中にかがみ先輩の声が響いた。
家族には教えたくないだろうな……特につかさ先輩には……
結局何も解決策は出てこなかった。

ふと携帯電話を見る。もしかしたら小林さん達がたかしを探したのかもしれない。
なんだ……何もないか……あれ、着信履歴がある。
履歴にかがみ先輩の携帯電話番号が載っていた。ここ数時間前の時間だ。なんの用だろう?
時計を見ると午後十時、電話をするにもそんなに迷惑のかかる時間ではなかった。私はそのままボタンを押して電話をかけた。
かがみ『もしもしひより?』
ひより「こ、こんばんは〜」
そうだ。かがみ先輩に許可をとればなんの問題もない。
ひより「かがみ先輩、実ははつかさ先輩に……」
しまった。私はまだかがみ先輩の病気を知らない事になっている。佐々木さんとの口喧嘩で思わず佐々木さんが言ってしまったので分かった。
今ここで言ってしまったら佐々木さんが秘密を破ったのを教えるようなもの。言えない……
かがみ『つかさ、つかさがどうかしたのよ?』
ひより「い、いや、何でもないっス……」
かがみ『それより、佐々木さんといのり姉さんはどうなったのよ?』
ひより「それは……」
今は何も出来ない。その余裕がない。
かがみ『実ね、いのり姉さん、最近元気が無くて……整体院が休みになっているのと関係があると思って電話した、何か心当たりはないかしら?』
ひより「あるような、ないような……」
かがみ『何だ、その中途半端な回答は!!』
本当にかがみ先輩は病気なの。そう疑ってしまう程元気な声だった。
かがみ『電話じゃ埒が明かないわね、明日、時間空いていない、よければ相談に乗って欲しい』
後回しにするはずだった問題をかがみ先輩から依頼されるとは思わなかった。でも、断る理由は無いか……
ひより「空いていますけど……ゆーちゃんやみなみちゃんも呼びましょうか、人数が多い方がいろいろな意見が聞けますよ」
かがみ『いや、ひよりだけで来て』
ひより「は、はい……」
かがみ『時間は午後からなら何時でも良いわ』
ひより「わかりました……おやすみなさい」
かがみ『おやすみ』
電話を切った。
私一人で……何だろう?……。
ひより「ふわ〜」
欠伸が出た。元気なかがみ先輩の声を聞いたせいなのか。急に眠くなった。今は眠るしかない。気が紛れる。少なくとも眠っている間は……

40 :ひよりの旅 76/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 20:59:22.92 ID:W145K4B60
 次の日、私は午後一番でかがみ先輩の家に行った。
かがみ「いらっしゃい、待ってたわ、入って」
家に入り私は辺りを見回した。
かがみ「今日は私以外誰も居ないわよ、まつり姉さんは仕事、いのり姉さんはお父さんと地鎮祭、お母さんは遠くにお買い物……」
ひより「そ、そうですか……」
かがみ「何心配そうな顔してるのよ、別に襲ったりねじ伏せたりなんかしなから安心しなさい」
ひより「え、あ、心配な訳では……」
かがみ「ふふ、ささ、居間にぞうぞ」
かがみ先輩があんな冗談を言うのを初めて見た。普段と違うと対応に苦慮するもの。
居間に行くと既に飲み物とお菓子が用意されていた。
ひより「こんなにしてくれなくても」
かがみ「いいから、いいから」
私の背中を押して居間の中央まで進みかがみ先輩は腰を落とした。私も席に座った。
ひより「相変わらずお菓子が好きっスね」
かがみ「まぁね、否定はしない……さて、早速いのり姉さんについて話しましょ……」
ひより「……その前に一つ聞きたい事があります」
そう、双子の姉なら分かるかもしれない。それがヒントになるかもしれない。そして、この質問なら私がかがみ先輩の病気を知っているの悟らせない。
かがみ「聞きたい事……何よ改まって……」
お菓子をつまみながら私の質問を待つかがみ先輩だった。
ひより「つかさ先輩はどうやって真奈美さんと仲良くなったのかなって、お稲荷さんと人間の因縁を断ち切るなんてそう簡単に出来るとは思えない、
    つかさ先輩の話を聞いただけでは分からなくて……是非かがみ先輩の意見を聞きたいっス、佐々木さんといのりさんの今後の対応にも参考になるかな……」
かがみ先輩はお菓子を食べるのを止めてしばらく私の後ろ上の方をじっと見つめながら考えていた。
かがみ「真奈美さんね……彼女とは一度会ってみたかった……」
またしばらくかがみ先輩は私の後ろ上を見ながら考えた。
かがみ「真奈美さんが亡くなった今、当事者から話を聞けない、ただ言えるのはつかさの何かに真奈美さんは魅かれた」
ひより「そ、そうですか……」
かがみさん、貴女もそのお稲荷さんを魅了させる何かをもっている。心の中でそう突っ込みを入れた。
かがみ「その何かに一緒に暮らしていて気付かないなんて、私も相当鈍いわ……」
ひより「そうですね」
かがみ「そうそう、私は鈍い……ってこんな時だけ納得するな!」
私は笑った。少し遅れてかがみ先輩も笑った。へぇ、かがみさんってこんなノリツッコミもするのか……
その何かが分かれば全てが解決できるような気がする。
かがみ「ただ一ついえる事は、佐々木さんにしろコン、宮本さんにしろ真奈美さん達みたいに深い憎しみは人間に対して持っていない」
それは私も思っていた。彼らは人間と一体になって暮らしている。それは小林さんも同じなのかもしれない。
かがみ「最近、整体院が休診しているみたいだけど、何か心当たりはないの?」
ひより「引越しをするって言っていました……」
かがみ「なっ!! そう言うのは早く言いなさい」
どうも調子が狂う。普段通りに対応できない。かがみさんを怒らせてばかりいる。
ひより「す、すみません……お稲荷さんは百年に一回、自分の正体を隠すために引越しするって言っていましたけど……」
かがみ「あの整体院は百年も経っていないわよ、それが理由ではない……わね……」
かがみさんは腕組みをして考え込んだ。本来なら私もここでいろいろ考えるところ、でもそこまで深く考えられない。
かがみ「一度、いのり姉さんと佐々木さんを会わす必要があるわね……」
ひより「……はい……」
かがみさんは私をじっと見た。
かがみ「どうしたの、さっきから、いつもなら色々な意見を言うのに……らしくないわよ」
そんな、かがみさんを目の前にして普段通りにしろって言うのは無理があり過ぎる。
ひより「……はぁ、まぁ、頑張ります……」
かがみさんは立ち上がった。
かがみ「人と話すときは目を見るもの、あんた何か隠しているわね」
やばい、こんな時に限ってかがみさんの勘が冴えるなんて。やっぱり来るべきじゃ無かったか。私は慌ててかがみさんの目を見た。
ひより「何も隠してなんかいませんよ……」
かがみ「そうかしら」

41 :ひよりの旅 77/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:00:43.29 ID:W145K4B60
 かがみさんが私に一歩近づいた時、急にかがみさんの体がふらついて私に向かって倒れかかってきた。私は中腰になり慌ててかがみさんを支えた。
ひより「だ、大丈夫っスか?」
かがみ「……大丈夫よ……ありがとう……」
またかがみさんが固まってしまったあの時の状況が頭に浮かんだ。かがみさんは姿勢を戻した。私は手を放すと自分の席に戻った。
ひより「また調子が悪くなったのですか?」
こんな質問しか出来ないなんて……
かがみ「大丈夫、なんて言えないわね」
ひより「言えない?」
これはもしかしたら病気を告白するかもしれない。私はグッとお腹に力を入れて聞く準備をした。
かがみ「そう、私……妊娠しているから……これはお母さんしか知らない……」
ひより「それはおめでたいですね……えぇっ?!!!」
私は慌ててかがみさんのお腹を見た。全然膨らんでいない。って事はまだ三ヶ月を越えていないと考えるのが……
まてまて、かがみさんの命は後半年……確か妊娠期間は……間に合わない……かがみさんは赤ちゃんが生まれる前に……すると赤ちゃんも……
かがみ「頭の中で計算しているわね、ひより……」
その言葉に私の思考は止まった。そのままかがみさんの目を見た。
かがみ「あんたの計算は正しいわよ、私は出産する前に亡くなる……」
かがみさんの顔は思いのほか冷静だった。むしろ微笑んで見えるくらいだった。
ひより「……な、何故です、どうして……」
かがみさんは俯いた。
かがみ「そうよね、ひよりもそう思うわね、余命幾許もない私が赤ちゃんなんて……一時の快楽の為に命を弄ぶと思って……」
私は立ち上がった。そして両手で強く机を叩いた。
ひより「違う、そんなんじゃない、何故そんな話を私にするの、他にもっと言わなきゃならない人が居るでしょ、泉先輩、高良先輩、日下部先輩、峰岸先輩……私よりも
    親しい人が居るでしょ……何故私なの、そんな……そんな話をいきなり聞かされて……私にどうしろと……」
かがみ「……峰岸は名前、変っているわよ……」
こんな時に突っ込みを入れるなんて……興奮している私とは対照に冷静すぎるかがみさんだった。私は返事をせずそのままかがみさんを見た。
かがみ「ごめん……ごめんなさい……話を聞いてもらいたかった……それだけ、理由はそれだけ」
「ごめんなさい」初めてかがみさんから聞いた言葉だった。泉先輩と喧嘩をした時でも自分からは謝らない人なのに。気持ちが冷静になっていくのを感じた。
私はゆっくり座った。
ひより「私がかがみさんの病気を知っているの、分かっていたのですね……」
かがみ「……ひよりには話しておきたかった、だから呼んだ……一方的なのは百も承知、それでも聞いて欲しかった……気に障るならこのまま帰っても良いわよ」
別に追い出す感じではなかった。口調は穏やか、私が感情任せに怒鳴ったのに反応していない。さっき怒鳴った私が恥かしくなった。
ひより「……さっきは怒鳴ってすみません……あまりにショッキングだったもので……先輩に対して失礼でした」
かがみ「先輩、後輩なんて関係ない……ありがとう、取り敢えず座って」
かがみさんはにっこり微笑んだ
ひより「はい」
私は座った。
ひより「でも……どうして……私なんか……」
かがみ「もう知っていると思った……あんた泣いてくれたじゃない、それともあの涙は嘘だったの?」
泣いた……かがみさんが固まってしまった時の事を言っているのか。
ひより「い、いいえ、嘘泣き出来る程器用でないです……」
かがみさんはまた微笑んだ。
かがみ「安心したわ……嬉しかった、嘘泣きだったとしても嬉しかった」
ひより「泉先輩達だって泣きますよ、私でなくても……」
かがみ「こなた、みさおがねぇ……あいつらが泣くかしら、みゆきくらいしか想像できない」
ひより「そうかなぁ〜私なんか大泣きする泉先輩の姿が頭に浮かびますよ」
かがみさんは私の後ろを見ながら答えた。
かがみ「だから内緒にしてって言った」
ひより「どう言う事です?」
かがみ「私があと半年で死ぬなんて分かったらあいつら絶対に普段通りじゃなくなる」
それはそうだ普通で居られるはずは無い。
ひより「そうですよ、親しければあたりまえじゃないっスか」
かがみ「……私は普段通りのあいつらが良いのよ……急に優しくされたり、泣かれたりしてもそれは本当のあいつらじゃない……それは家族にしても同じ、
    普段通り、話して、笑って、喧嘩して……」
普段通り……か。私にはよく分らない。
ひより「病気が悪くなれば何れバレますよ?」
かがみ「その時までで良いわよ……」
それなら……
ひより「実は、ゆーちゃん、みなみちゃんも知っていますよ」
かがみさんは私の目を見た。
ひより「い、いや、私でなくて……まなぶさんが教えてしまったらしいっス」
かがみ「……別に怒ってなんかいないわよ、知られてしまったのはしょうがないわよ……ひよりも佐々木さんが口を滑らせてしまったって聞いたわよ……」
そうか、かがみさんは佐々木さんの所に行って整体治療をしてもらっているのか。だから私の事も知っているのか。
かがみ「記憶を消す事だって出来るのに、佐々木さんはしなかった、技術に頼らないのは評価に値する」
ひより「みなみちゃん……高良先輩に教えるんじゃないかって少し心配なんです」
かがみ「いまの所それは無いわね、みゆきはつかさの手伝いに夢中だし、かえって良かったわよ」
なんか少し肩の荷が下りた感じだ。でも小林さんが病気を知ってしまったのはかがみさんに教える気にはなれなかった。なぜなら小林さんの正体も知ってしまうから。

42 :ひよりの旅 78/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:01:48.48 ID:W145K4B60
ひより「あの、妊娠の件なんですが……御相手は?」
かがみ「そう、この前言っていた彼、恋人、小林ひとしさん……」
すんなりだった。顔を赤らめる事もなくはっきりと言った。小林ひとし、初めて聞く名前ではない。もう既に会っている。
ひより「どうして……」
かがみ「私は彼が好き……だから彼を受け入れた、それだけよ、他に何か必要なの?」
そう正々堂々と言われると言い返せない。もうこの二人は恋人じゃない、愛し合っている。夫婦といってもいいくらい。あの時の小林さんの態度を見ても明らかだ。
ひより「い、いや、それだけで充分だと思います、だけど……」
かがみ「……だけど私には時間がない、私のした事は間違っている……そう言いたそうね」
いちいち私の先回りをするかがみさん。いや、まだ時間がないと決まった訳ではない。
ひより「私達はまなぶさんの協力を得てかがみさんの病気を治す方法を探しています、まだ諦めないで……」
かがみ「お稲荷さんの秘術、それとも知識を使うと言うの……嬉しいじゃない……その気持ちだけでおなか一杯」
ひより「絶対に成功させますから……」
かがみ先輩は目を閉じた。
かがみ「ひよりは後何年生きる、十年、二十年、五十年……もっとかしら、私は後何年生きる、半年、一年……もう少しかしら……期間の違いはあるけど必ず私達は
    死ぬのよ、どんな技術か秘術かしらなけれど、命を救うなんてそう簡単には出来ないわ、絶対なんて言わない方がいい」
かがみさんはもう諦めている……そんな気がしてきた。
ひより「そんな悲観的な……」
かがみ「ふふ、ひより達がしようとしている計画が失敗しても私は怒ったりしないわよ、てか、死んだら怒りようがないわね」
ひより「こんな時になにを冗談なんか……」
かがみ「私は何も特別な事を望んでなんかいない、只、普段通りにしたいだけ……食べて、飲んで、笑って、怒ってそして愛するだけ、一つ心残りなのは私が死ねばお腹の
    赤ちゃんも亡くなる……これくらいね」
私ににっこり微笑みかける。私は何も言えずにた。そしてかがみさんは目を開けた。
かがみ「私のつまらない話しを聞いてくれてありがとう、さて、これからいのり姉さんと佐々木さんをくっ付ける計画を話しましょ……」
ひより「は、はい……」
かがみ「私ね、いのり姉さんはささきさんの事が好きなのは確かだと思うの……それでね」
……
……
 かがみさんの話はいつもと同じ口調、ときより冗談を交えながら話していた。
かがみさんは諦めている。そう、もう自分は助からないと覚悟を決めている。だけど……何故だろう。そこからは悲しみや怒りとかは出てこない。
そして希望や絶望も感じさせない。
かがみさんを呪ったお稲荷さん、たかしは憎くないのだろうか。友達や家族と別れるのは辛くないのだろうか。
死ぬ前になにか遣り残した事はないのだろうか。何か欲しい物は……
幾らでも出てくる未練や無念……でもかがみさんからはそんなのは感じない。それでいて自分が死ぬと言う事実から逃避しようとしている訳でもない。
そう、まるで私達が普段何気なく暮らしている日々と一緒にの様な……
普段……かがみさんはそう言った。
そうか、かがみさん病気が治るのを諦めているけど生きるのは諦めていない。だから冗談を言ってふざけもするし、恋愛だってする。赤ちゃんだってその中の過程に過ぎない……
周りの人がかがみさんを気遣いするのは返ってかがみさんにとっては鬱陶しいだけ……だから内緒にする……そう言う事なのか。
……
……
かがみ「それでね、ひよりには佐々木さんの引越しを止めてもらいたい、いや、思い滞めさせるだけでも良いわ……方法は任せる、お稲荷さんの扱いはひよりの方が慣れているでしょ」
いやいや、かがみさん、貴女はそのお稲荷さんを恋人……いや、夫にしていますよ。心の中でそう呟いた。
もしかしたら、彼がお稲荷さんでも人間でもどちらでも関係ないのかもしれない。もう私が二人に関して何かする事はもうない。二人で解決するに違いない。
ひより「はい、任せて下さい」
かがみ「お、いつものひよりに戻ったわね」
ひより「私は何時でも私ですよ、かがみさんと同じです」
私はウィンクをして笑った。そして家族が誰も居ない日に私を呼んだ意味も分かった。
かがみ「……ひより、分かってくれた……うぅ」
かがみさんの目から光るものが零れ落ちた。
ひより「どうして泣くのですか、私はかがみさんを理解しましたよ」
かがみ「ひよりが大声で怒鳴った時、正直もうダメだって思った、理解者が一人も居なかったら私……もう……」
その場に泣き崩れてしまった。この時私も一緒に泣くところ。でもまだ泣けない。ゆーちゃんが言ったようにまだ助かる可能性があるのなら私はまだ諦めない……
私はかがみさんが泣き止むまで席を立たなかった。

かがみ「今日はありがとう、最後に醜態を見せてしまったわ」
ひより「いいえ、私もいろいろ至らぬ点もあったと思います……」
私達は両手でしっかりと握手をした。
かがみ「つかさとみゆきがしようとしている事が成功すれば私達人間の世界観や価値観を根底から変えてしまうような大きな事、羨ましい、私もその一員に入りたかった、
    だけど私には時間がない、せめて……いのり姉さんの手伝いくらいはしてやりたい……」
ひより「それは普段からしているじゃないですか」
かがみ「そうかしら」
ひより「はい」
私は微笑んだ。
かがみ「……それじゃまたね」
ひより「また……」
別れ際のかがみさんがとても淋しそうに見えた。

43 :ひよりの旅 79/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:03:08.38 ID:W145K4B60
 かがみさん無理しちゃって……
帰り道心の中でそう呟いた。
でも、死期が近い身でありながら普段通りなんて誰でも出来る事じゃない。私だったらどうなんだろう……その時になってみないと分からないかな……
それにしてもかがみさんと小林さん……二人は愛し合っている……私もあんな恋愛をしてみたい…これが……憧れ……か。
ゆーちゃんがつかさ先輩なら私はかがみさんに憧れる。あんな生き様を見せ付けられたら……
「田村さん?」
後ろから声がした。私は振り向いた。
いのり「やっぱり田村さんだ、すれ違ったの気付かなかった?」
そこには巫女服姿のいのりさんが立っていた。その横に神主姿のおじさんも居た。
ひより「あ、こんにちは、す、すみません、気付きませんでした」
私は二人に向かって会釈した。
いのり「この姿で気付かなかったなんて、よっぽどな考え事をしていたみたいね」
確かに二人は巫女と神主姿、普通なら直ぐに目に付く。そう、よっぽどな考え事だったかもしれない。でもこの二人には話す訳にはいかない。
いのり「かがみと会っていたのかな、その帰り道ね」
ひより「はい……」
いのり「あ、丁度良かった、これから神社に持って行く物があるから手伝ってくれる?」
ひより「あ、良いですよ」
いのりさんはおじさんの方を向いた。
いのり「お父さん、神社にお払いもって行くから先に帰って」
だたお「だめじゃないか、かがみのお友達を利用するなんて失礼だろう」
私の顔を見て申し訳なさそうに礼をした。
ひより「いいえ、お構いなく、ここで会ったのも何かの縁ですよ、喜んで手伝わせていただきます」
なんだろう、ここでいのりさんに会うのは何か偶然では片付けられない何かを感じる。
ただお「すまないね、それじゃよろしく頼むよ」
おじさんはいのりさんにお払いを渡した。
いのり「それじゃ、行こうか」
私はおじさんに礼をするといのりさんと神社に向かった。

いのり「これでよしっと!!」
神社奥の倉庫、その中にいのりさんは恭しくお払いを納めた。いのりさんを巫女さんなんだなって思った瞬間だった。いのりさんは倉庫の鍵を閉めた。
いのり「ありがとう」
ひより「あの〜私、何もしていませんが……」
私は何も渡させていなかった。持ち物は全ていのりさんが持っていた。私と一緒に行く必要は全く無い。そんな私を見ながらいのりさんは咳払いを一回すると真剣な顔になった。
いのり「私達に気付かないような考え事、それはかがみに関係することかしら、かがみと家で何を話したの?」
す、鋭い、流石は柊家の長女、私の表情で只事ではない何かを感じたのか。それでわざわざこんな所まで連れてきたのか。
どうする。「なんでもありません」で帰してくれるほど簡単ではなさそうだ。私が返答に困っていると透かさず話してきた。
いのり「話したくない、話せない……どっちにしても気になる、最近かがみの様子がおかしいから、何か知っていたら話して欲しい」
なんてこった。かがみさんと別れてすぐに秘密を暴かれる危機がくるなんて。安請け合いなんかするんじゃなかった。どうする。中途半端な嘘は通用しないしすぐにバレる。
いのり「田村さんが話せないならかがみに直接聞くか、ごめんなさい、こんな所まで連れてきて」
ま、まずい、直接なんて聞かれたらかがみさんは本当の事を言うしかなくなる。ここでなんとかしないと。考えろ、考えるんだ、ひより!!
ひより「此処、覚えています?」
いのり「え?」
いのりさんは周りを見回した。
いのり「覚えてるって……何?」
いのりさんは首を傾げた。
ひより「ここにコンを連れてきましたよね」
いのり「……あ、あぁ、そう、そうだった、最初は私が見つけたのにまつりに取られてしまった」
本当はゆーちゃんが最初に見つけたのだけどね。あ、そんな事考えている暇はなかった……
ひより「あの犬、狐にすごく似ていませんでしたか?」
いのり「似ている、私が狐に間違えるくらいだった、鳴き声も狐そっくり、だからコンって名付けた」
いいぞいいぞ、こっちの方に話題を掏り替える。
ひより「私、思ったのですよ、つかさ先輩の一人旅の出来事に似ているなって」
いのり「似ている……?」
いのりさんはまた首を傾げた。
ひより「実はつかさ先輩も旅先で狐に会っているのですよ」
暫く考え込んでいたいのりさんだが、急に手を叩いた。
いのり「あ、そういえば思い出した、つかさは夕食の度に度の話しをしていた、狐が、お稲荷さんがどうのこうのって……あんなの話し、作っているだけの絵空事だと思っていたから
    かがみ以外は聞き流していた……そ、それがどうかしたの?」
やっぱりつかさ先輩は家族に話していた。あまりに現実離れしているから普通なら聞き流してしまうのは当たり前。
ひより「つかさ先輩が今まで嘘を付いたり、作り話をしたりした事ってあります?」
いのり「……な、ない……」
ひより「でしょ」
私は微笑んだ。
いのり「つかさが嘘をつかないとしたら……あの話は……ちょっと、田村さん、詳しく教えて!!」
食いついた……このままやり過ごせるかもしれない。真実を話して核心を隠す……また使うとは思わなかった。
私はつかさ先輩の一人旅で起きた出来事を話した。

44 :ひよりの旅 80/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:04:33.23 ID:W145K4B60
いのり「ま、真奈美さん……」
話が終わるといのりさんは袖で目を隠した。涙を拭っているように見えた。
ひより「もし、コンが真奈美さんの一族だとしたら……って考えいたらいのりさん達とすれ違った……」
いのり「かがみとそんな話しをしていた訳ね……ちょっと待って、もし、もしコンがお稲荷さんだとしたらその飼い主である佐々木さんはどうなの……」
私は両手を広げてお手上げのポーズをした。話すのはここまで。
ひより「そうなんです、想像だけが膨らむのですよ……」
いのり「……分かった、ごめんなさいね、変な疑惑をしてしまって」
ひより「いいえ、それでは帰らせてもらいますね、さようなら」
私は歩き始めた。
いのり「ちょっと待って」
ギクリとした。まだ何かあるのだろうか。私は振り向いた。
いのり「この話はあまり他言すべきでないと思う、つかさは喋り捲っているみたいだけど……大丈夫かしら?」
ひより「つかさ先輩もその辺りは分かっているみたいですよ、気の許した人にしか話していないみたいですから……」
私は内心ホッと胸を撫で下ろした。
いのり「そうね、私も話さないようにする……」
いのりさんは少し心配そうな顔をしていた。
ひより「いのりさん……佐々木さん、気になりますか?」
しまった。何を言っているのだ。さっさと帰ればいいものを。
いのり「……気にならない、なんて言えない、彼の整体院が連日休診しているから……」
もし、本当にいのりさんが佐々木さんを好きならばいつかは通る道。でもそれは私ではどうする事もできない。
ひより「私……まだ異性を本気に好きになった事がないから分からない、でも特別な人で無い限り誰もが一度は誰かを好きになるものでしょ?」
いのり「……まぁ、そうね……」
ひより「生まれて、成長して、誰かを好きになって、次に命を繋ぐ……そして亡くなる……生きているなら当たり前、生命が生まれてからずっと続いてきた営み……
    こんな当たり前な事なのに何故祝ったり悔やんだりするのが不思議に思っていました」
いのり「冠婚葬祭ね、私も巫女をやっていると何度もそう言う場面に出あうわね」
ひより「でも実は、当たり前の様でどれもが奇跡に近い出来事だったって……」
いのり「そうね、そうかもしれない……なぜそんな話しを?」
かがみさんを見てそう思った。何て言えない……
ひより「いえ、そう思っただけです……」
私は会釈をしてその場を離れた。いのりさんはこれ以上私を引き止めなかった。

 神社の入り口に差し掛かるとかがみさんが走って向かって来た。いのりさんの帰宅が遅いので心配になったのだろうか。かがみさんは私に気が付いて駆け寄ってきた。
かがみ「はぁ、はぁ、いのり姉さんは一緒じゃなかった?」
息が切れている。全速力だったみたい。
ひより「さっきまで一緒でした、まだ倉庫に居るかもしれません、それよりそんなに走って大丈夫なのですか?」
かがみ「ま、まさかひより、私の事を言ってしまったんじゃないでしょうね?」
私は首を横に振った。かがみさんがホッとした表情で中腰になった。
ひより「でも、いのりさんはかがみさんの異変に気付いていますよ、誤魔化すためにつかさ先輩の一人旅の話しをしました……ですから、まなぶさんや佐々木さんを
    お稲荷さんかもしれないと思っているかもしれません」
かがみ「私の異変に気付いているだって、そうか、それじゃ私はこのまま戻った方がよさそう……」
ひより「行ってあげて下さい、いのろさんも悩んでいるみたいだし……佐々木さんの事で」
かがみ「私が行っても姉さんの悩みなんか解決できっこないわよ」
ひより「それでも良いじゃないっスか、二人で話す機会なんてそうそう無いですよ」
かがみさんは暫く神社の奥を見ていた。
かがみ「……そうね、そうするわ」
ひより「それでは、私は帰ります」
かがみ「あんた、急に変わったわね……いつも外から覗き込んでいて介入なんかしない感じだった、こなたと一緒にいても行動するのはこなたの方だったでしょ、
    でも、今のひよりは……まぁ、良いわ、また会いましょ」
かがみさんは私の肩をポンと叩くと早歩きで神社の奥に入っていった。
二人は倉庫で何を話すのかな……お稲荷さん、佐々木さん、コン……それとも自分の病気を明かすのか……それはないか……戻ってみるのも良いけど二人の邪魔はしない方がいい。
ここは私、ひより流の想像で済ますとするか。
私は家路に向かった。

 私はかがみさんの言うように佐々木さんの整体院に行き引越しを止めてもらうように頼んだ。だけど答えはノーだった。
それでも私は時間があれば佐々木さんの所に行き続けた。佐々木さんの答えは変わらなかったけど私が来るのは拒まなかった。そして。
かがみさんが生きている間は整体の治療をしなければならないので居てくれると約束してくれた。また、私とかがみさんにゆーちゃんと同じ呼吸法を教えてくれると言った。
ゆーちゃんやみなみちゃん、まなぶの協力があったのは言うまでもない。それで、ここまで漕ぎ付けたのに一ヶ月近く掛かってしまった
それから間もなくだった。小林さんから連絡があったのは……

45 :ひよりの旅 81/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:05:39.31 ID:W145K4B60
ひより「ワールドホテル本社……」
東京の一等地に聳えるビル。高級ホテルだ。私はビルを見上げた。
ひより「このビルにたかしが来るって……間違いないの?」
まなぶ「そうひとしは言った、私も仲間の気配を感じる……もうこのビルに居る」
ひより「間違いはない……だけど……どうしてこんな東京のど真ん中で……このビルなんだろう?」
私達三人とまなぶは小林さんの言った通りの日と場所に待ち合わせをして合流をした。小林さんはたかしがこのビルに用事があるのと分かったので私達に教えてくれた。
これが彼の行方を知る数少ないチャンスと言う事だ。
みなみ「ワールドホテル……会長は柊けいこ、ホテル以外に幾つも工場も経営している、しかも特許申請が数千に及びその全てを会長が申請したと……」
ひより「柊……」
何だろうこれは偶然なのかな……
ゆたか「……こなたお姉ちゃんから聞いたのだけど、レストランかえでがこのホテルの傘下に入るって聞いたの……なんか偶然にしては出来すぎているような……」
ひより「……そうだね、その通り出来すぎている……」
まなぶ「いや、偶然じゃない、もう一人仲間の気配を感じる……きっとこのホテルの関係者の中に我々の仲間が居る」
ここにもつかさ先輩が関係していると言うのだろうか?
ひより「それって、佐々木さんや小林さんみたいに人間と一緒に暮らしているお稲荷って事だよね、あと何人いるの?」
まなぶ「……それは分からない、すすむはそんなに詳しくは教えてくれない、只、その一人がこのホテルに居るのは確かだな」
ゆたか「小林さんも来れば良かったのに……」
ひより「それはダメだよ、私達がたかしと交渉しないといけないから……」
ゆたか「そ、そうだったね……」
まなぶ「たかしは真奈美さんの婚約者だった、だとすれば幼い頃の私を知っているかもしれない、最初に私が彼を呼び止める、その後は君達に任せるよ」
ゆーちゃんは俯いてしまった。
ゆたか「今日までに彼にどんな交渉をするか……皆、考えて来たの……私、何も思いつかなかった……ごめんなさい……」
みなみ「一ヶ月もあったのに、何故……真剣に考えたの?」
ゆたか「一ヶ月なんて短すぎる……そう言うみなみちゃんはどうなの」
みなみ「私は……」
みなみちゃんはおどおどし始めた。
ゆたか「みなみちゃんだって同じでしょ、自分が言い出したのだからもうとっくに案が出ていると思った」
まなぶ「おいおい……この期に及んで喧嘩かよ……もう計画は実行されている、後戻りは出来ない……それだけは忘れるな」
ゆたか・みなみ「あ、う、ごめんなさい……」
まなぶの一活で二人は静かになった。でも、二人の喧嘩はそれだけたかしとの交渉が難しい事を物語っている。はっきり言って私も二人同様になにか決め手を持っているわけじゃない。
だけど私はかがみさんと会った。話した……それだけはゆーちゃんとみなみちゃんと違う……
ひより「この東京のど真ん中、人間の住む世界の首都と呼ばれている場所にたかしが来た、これは私達に少しは都合がいいかもしれない」
ゆたか「何故?」
ひより「たかしは人間が嫌い、そんな人がわざわざこんな所に来るってことは彼の人間に対する考え方が変わったのかなって思う、だから話せば分かってくれるような気がする」
その考え方を変えたのは何だろうか。自然に変わるとは思えない。でも、今それを考えている余裕はない。
ゆたか・みなみ「それで……どうすれば……」
ひより「下手な芝居や、感情的に訴えるのは逆効果……単刀直入に私達の想いを伝える……」
ゆたか「それだと、私が最初に言った方法とそんなに変わらないよ……」
ひより「え、ははは……そうだね」
私は苦笑いをした。まさかゆーちゃんに突っ込まれるとは……
まなぶ「しかしそれが一番シンプルで良いのでは、それならたかしがどう出てきても柔軟に対応が取れる」
まなぶは私達三人を見回した。
まなぶ「三人一斉に出て来られると相手も警戒する、ここは一番冷静なひよりに担当してもらってはどうだ?」
うげ、まなぶは何を宣わっていらっしゃるのですか、いきなりそんな大役を……
私が断ろうとすると、ゆーちゃんとみなみちゃんは目を輝かせて私の手を取った。
ゆたか「そうだよ、ひよりちゃん、お願いします」
みなみ「私では多分何も言えないと思う、ひよりなら……」
皆は私を買い被り過ぎている。私だって何も出来ない……
ひより「私……そんなに自信ないよ、失敗するかもしれない、それでも良いの?」
ゆたか「そうかな、佐々木さんを取り敢えずでも留まらせたのはひよりちゃんだよ、大丈夫だよ」
みなみ「私をここまで連れて来たのはひより、大丈夫」
ひより「で、でも、人の命が懸かっているし……」
まなぶ「誰もひよりを責めたりはしない」
皆が私を励ましている……それにかがみさんも言っていたっけ、助けたいと思ってくれるだけで嬉しいって……それならば……
私は手の平に人の字を三度書いて飲んだ……
ひより「結果はどうなってもそれを受け止める、それで良いなら」
三人は頷いた。そしてこの言葉は自分自身にも言い聞かせた。
まなぶ「さて、彼を何処に呼ぶかが問題だ。飲食店だと騒がしくて話しに集中できない」
みなみ「皇居外苑の公園はどう、ここから歩いて行ける距離……」
まなぶ「分かった……彼が動いた……ひより達は公園に向かってくれ、私が彼を連れて行く」
ゆたか「私はここに残る、ひよりちゃん達と合流できるようにしないと」
まなぶ「そうしてくれ」
まなぶはワールドホテルの入り口に向かった。ゆーちゃんは此処に留まり、私とみなみちゃんは公園に向かった。
いよいよ本番だ……

46 :ひよりの旅 82/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:06:51.17 ID:W145K4B60
 公園の一角に私達とみなみちゃんは場所を確保した。人通りが少なく思いのほか静かだったからだ。
ひより「此処なら問題なさそう」
みなみ「ごめん……私、ひよりに全部押し付けてしまった……」
みなみちゃんは私に深く頭を下げた。
ひより「ふふ、今更そんな事言われてもね……でも、今ならまだ代われるよ、代わってくれるなら喜んで代わるよ」
みなみちゃんは慌てて頭を上げ、驚いた表情をした。
ひより「ははは、じょうだん、冗談だってば」
みなみ「……こんな時に冗談が言えるなんて、やっぱりひよりが適任……」
みなみちゃんは驚いた表情のまま答えた。
ひより「冗談でも言わなきゃこんな事出来ないよ、かがみさんは覚悟を決めているみたいだけど、やっぱりそれでも生きたいと思っているに違いない、
    一人の体じゃないからね……」
みなみ「……ひより、今、何て……」
みなみちゃんの携帯電話が鳴った。私を見ながら携帯電話を手に持った。
みなみ「……そう、橋を抜けて暫く歩くと私達がいる……」
みなみちゃんは私に向かって頷いた。合図だ。彼が、たかしが来る……みなみちゃんは携帯体電話を耳に当てながら私から離れて迎えに行った。

私一人広い公園に立っている。
みなみちゃんにかがみさんの赤ちゃんの話しをするのは少しフライングだったかな。結果がどうであれたかしと会った後にみんなに話すつもりだった。
空を見上げると夏の青空が広がっている。さて、覚悟を決めるか……私の覚悟なんてかがみさんに比べたら取るに足らないものかもしれないけど……
みなみちゃんは随分遠くに迎えに行った。小さく見える。どんどんみなみちゃんが近づいてくるのが分かった。そのすぐ後ろにゆーちゃん。またその後ろにまなぶが居た。
まなぶの後ろに男性が付いて来ている。彼がたかしだろうか。人間と距離を置いて住んでいるお稲荷さんの一人。はたして彼はどんなお稲荷さんなのだろう。
まなぶや佐々木さん以外のお稲荷さんは話しに聞いた真奈美さんしか知らない。緊張とプレッシャーが私を襲う。
彼はまなぶと一緒にどんどん私に近づいてきた。ゆーちゃんとみなみちゃんは途中で止まり私を見ている。
男「……彼女か、俺に用があると言う人間は」
ぶっきらぼうな話し方、ここに来るのが余り良く思っていないみたい。
まなぶ「そうだ」
男「あまり時間がない、手短に頼む……俺はたかしだ」
まなぶは私達から離れてゆーちゃん達の所に移動した。自己紹介か。それなら私も。ただの自己紹介じゃ私が誰か分からない。
ひより「わ、私は田村ひより、柊かがみの友人と言えば分かってもらえるでしょうか……」
たかしは少し驚いた顔になった。
たかし「柊かがみの友人、それで、その友人が俺に何の用だ?」
ここからが勝負、お願い。うまく行って……
ひより「い、今、柊かがみは不治の病に侵されています……残念ながら私達人間の力では彼女を治す事ができません、はるか彼方の惑星の、進んだ文明の知識を貸していただけませんか、
    私にとって彼女は掛け替えのない友人です……お願いです」
私は深々と頭を下げた。たかしは暫く私を見て大きく息を吐いた。
たかし「……まなぶが居たとは言え、よく俺を探し当てたな……俺が彼女、柊かがみにした事を知っていて、それでも俺に救えと頼むのか……」
ひより「はい、救えるお稲荷さんは貴方しかいないと伺っています……」
たかし「彼女の病名は何だ」
ひより「悪性脳腫瘍……」
たかし「そうか、それは残念だ……その病気を治す薬に必要な物質はトカゲの尻尾……野草……更に二年の発酵期間が必要だ……」
ひより「に、二年……」
私の頭の中が真っ白になった。
ひより「かがみさんの余命はあと半年……間に合いません、ど、どうすれば良いですか、何でもします、お願いです……なんとかなりませんか……」
私の目から涙が出てきた。わたしはたかしの目を見ながら懇願した。たかしは私の目をじっとみていた。
たかし「不思議だな、ホテルの会議室で君と同じように頼んだ人間が二人いた……」
ひより「えっ?」
たかし「ふ、ふふふ、はははは、これは傑作だはははは……田村ひより、遅い、遅すぎるぞ……」
急に笑い出した……何故、それに私と同じって……誰……理解出来ない……
たかしは笑い終わると真面目な顔になった。
たかし「二年前……柊つかさと言う人間が既に薬を作っている……昨夜、もう柊かがみに飲ませた、もうその話は終わっている」
ひより「へ、あれ……ど、ど、どう言う事ですか……」
まさに狐につままれるとはこの事なのか。何がなんだか分からない。
たかし「二年前、俺は人間の銃に撃たれた、その時通りかかった柊つかさに助けられた……彼女は俺を恋人のひろしと勘違いしていたがな……俺は彼女を試した、
    彼女は寸分狂わず俺の指示通り薬を調合した、薬を俺に使いたいが為に……俺がたかしと分かっていても彼女は同じ事をした、違うか、田村ひより」
ひより「あ、は、はい……つかさ先輩ならしたと思います」
たかしは微笑んだ。
たかし「俺はもう必要ないだろう、帰るぞ……」
ひより「待ってください、ホテルに居た二人って、柊つかさと高良みゆきですか?」
たかし「……そんな名前だったか」
ひより「あ、ありがとうございます」
たかし「何故礼を言う、薬を作ったのも飲ませたのも柊つかさだ、礼は彼女に言え……」
ひより「でも、その方法を教えたのは……」
たかし「教えさせたのも柊つかさだ……」
たかしは私に背を向けてきた道を戻って行った。

47 :ひよりの旅 83/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:09:00.10 ID:W145K4B60
 ゆーちゃん達が私に駆け寄ってきた。
ゆたか「いまのたかしさんの言った事本当かな……」
みなみ「もし嘘を言っていたらどうする、もう彼を探せなくなるかもしれない」
ひより「いや、嘘は言っていない、近くで話した感じでは嘘は言っていない」
まなぶ「私も態度や仕草からは嘘を感じなかった……」
そう、つかさ先輩を語るときのたかしの表情に嘘はない。ゆーちゃんは携帯電話を取り出してボタンを操作し始めた。
ゆたか「話していても何も分からない、確かめよう……こなたお姉ちゃんに……」
ゆーちゃんは携帯電話を耳に当てた。
ゆかた「もしもしお姉ちゃん……え今何処なの……え……そ、それでどうしたの……」
始めは驚いた表情だった。だけど次第に笑顔になってくゆーちゃんだった。内容は分からないけど結果はだいたい理解できた。
ゆーちゃんは満面の笑みで携帯電話をしまった。
ゆたか「昨日……かがみ先輩が倒れて緊急入院したって……それで、お姉ちゃんとつかさ先輩が病院に駆けつけると、柊家の家族がいて……病気がみんなにわかってしまった、
    今日、精密検査のはずだった、だけど……」
ひより・みなみ・まなぶ「だけど?」
思わず復唱した。ゆーちゃんは笑いながら言った。
ゆたか「何も無かった、誤診として退院したって!!!」
ひより・ゆたか・みなみ・まなぶ「やったー!!!!!」
私達は手を取り合って喜んだ。
つかさ先輩。柊つかさ。ゆーちゃんが憧れている先輩。高校時代ではいつもかがみさんと一緒に居て目立たない存在だった。自分から積極的に何かするような人ではなかった。
ただ、いつも笑顔でその場を和やかにしていただけの存在……そう思っていた。ゆーちゃんの過大評価だと思っていた。コミケ事件のつかさ先輩を見ても憧れの対象にはならなかった。
でもそれは私の過小評価だった。私や、ゆーちゃん、みなみちゃん、お稲荷さんのまなぶまでも動員しても出来なかった事をつかさ先輩はたった一人でしてしまった……
数値では表現できないって……この事なのかな……憧れのの対象がまた一人私の心に刻まれた。
お稲荷さんと人間と共存か……つかさ先輩なら出来るかもしれない。
ひより「これでお腹の赤ちゃんも安心だ……」
みなみ「それはどう言う意味、たかしさんが来る前にも言っていた」
皆が私に注目した。
ひより「じ、実ね、かがみさんには子供が……」
みなみちゃんは驚いた。
ゆたか「あっ、その事なんだけど……おばさん、みきさんの勘違いだって、病院で検査したけど妊娠はしていなかったって……」
ひより「へ、うそ……私はそれで……それで……」
それで何度泣いた事か。勘違いじゃ済まないよ……でも、さすがかがみさん、つかさ先輩のお母さんだ、勘違いもスケールが大きい。
まなぶ「妊娠はありえない、我々は変身しても卵巣、精巣とも変わる事はない、人間の子供ができるわけがない……完全に人間になれば別だ、ひとしは人間になっていない」
ひより「ふ〜ん、避妊の必要がないわけだ……生でし放題だね……」
ゆたか「ひ、ひよりちゃんのエッチ!!」
みなみ「ひより、下品すぎる……」
まなぶ「私はそんな意味で言ってはいない……」
ぬぇ、みんな全否定ですか。
ひより「そんな、私はこの場を和やかにしようと……」
一瞬周りが凍りついたと思った。
ゆたか・みなみ・まなぶ「ぷっ、は、ははは、うははは」
三人は爆笑し始めた。私が浮いてしまった形になってしまった。三人の笑い顔を見て私も笑った。いままで圧し掛かった岩のような重いものが取れたような瞬間だった。

まなぶ「私は帰るとしよう、すすむが結果を気にしている……」
みなみ「私も帰る、みゆきさんに今までの事を話すつもり、ひより、ゆたか、構わないでしょ?」
私とゆーちゃんは頷いた。
ひより「さて、あとはまつりさんといのりさんだけだな……あっ、そういえば忘れていた、まつりさん、わたしとまなぶさんが付き合っていると思ったままだった……」
まなぶ「そんな誤解はすぐに解けるさ……もう私は自分の力でで解決する、いのりさんとすすむに集中してくれ」
ひより「う、うんそうだったね……」
誤解か……そうだ、誤解だった……
ゆたか「それじゃ、ここで解散だね」
ひより「そうしようか……お疲れ様」
みなみちゃんとまなぶは東京駅の方に歩いて行った。さて、私も帰るとするかな。
ゆたか「ひよりちゃん……」
後ろから私を呼ぶ声がした。私は振り向いた。
ひより「ゆーちゃん、そういえば帰り道が同じだったね、一緒に帰る?」
ゆたか「ひよりちゃん、宮本さんの事どう思っているの?」
ひより「どう思っている……彼はお稲荷さんで、私の弟子……みたいなものだけどそれがどうかしたの」
ゆたか「……さっき宮本さんが「誤解」って言った時、ひよりちゃんすごく淋しそうな顔になった」
私が淋しそうな顔に……まさか。
ひより「え……そうかな、そんな事無いよ」
ゆたか「宮本さんと一緒にいる時、ひよりちゃん凄く楽しそうだった、名前も下の方で呼んでいるし、いのりさんやかがみ先輩が誤解するのも分かるようなきがするの、
ひよりちゃんの気持ちは、好きじゃないの?」
ゆーちゃんの目が真剣だ。お稲荷さんはもともと苗字なんかないから名前で呼んでいるだけなんだけだけど……
ひより「彼はお稲荷さんだし、彼はまつさんが好きだから……」
ゆたか「違う、宮本さんやまつりさんは関係ない、ひよりちゃんの気持ちを聞いているの」
ひより「彼は友達でそれ以上でもそれ以下でもないよ……」
ゆーちゃんはガッカリしたような顔になり溜め息をついた。
ゆたか「そうなんだ……そうなんだね」
ひより「そうだよ、それがどうかしたの?」
ゆたか「あ、うん、何でもない、何でもないよ、ちょっと気になったから聞いただけ……なんでもない、一緒に帰ろう……」
ゆーちゃんは小走りに走っていった……ゆーちゃん何を知りたかったのだろう?
私は首を傾げた。
少し遅れてゆーちゃんの後を追った。
ゆたか「ねぇ、せっかく東京まで出てきたのだし、皆を呼び戻して食事でも食べていかない、かがみ先輩に会いたいけど、お姉ちゃん達が先に会っているから押し掛けるのも悪いし」
ひより「私は別に良いけど、みなみちゃんとまんぶさんは……」
ゆたか「私、みなみちゃんに連絡するね」
ゆーちゃんは携帯電話を取り出した。私も携帯電話を取り出した。当然のように携帯電話のメモリからまなぶの携帯電話の番号を選ぶ……そういえば
男性の携帯番号を登録しているなんて……友達なら当然だ。ゆーちゃんが変な事を言いだすものだから変に意識してしまう。
二人はまだ東京駅に居たので呼び戻すのはそんなに時間は掛からなかった。
ワールドホテルのレストランで私達四人は食事をした。そこで私達はかがみさんの無事を祝った……
48 :ひよりの旅 84/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:10:10.65 ID:W145K4B60
 精神を集中させて……ゆっくりと、慌てず時間を忘れて、ゆっくりと……吸って……吐いて……静かな海の波のように……
ひより「ゴホ、ゴホ……」
すすむ「はい、止め……どうした、この前はうまくいったのに、今日は全然ダメだな」
ひより「……すみません、なんか調子が乗らなくて」
かがみ「確かにその呼吸法は難しいわね、私もこの前出来るようになったばかりよ、ゆたかちゃんがわずか一週間で一通りできるようになったのは驚きだわ」
かがみさんの病気が治って一週間を越えた頃、私は整体院でゆーちゃんと同じ呼吸法を学んでいた。ゆーちゃんが出来るくらいだから直ぐに物になると思ったがそれは大きな間違えだった。
一ヶ月以上経っても基本が出来ていないと言われる始末。
それでも呼吸法が成功すると身体が軽くなったような感じになり、頭もスッキリする、疲れも取れて何日でも徹夜で漫画を描けるような気になる位調子が良くなる。
ひより「でもこの呼吸法凄いですね、流石はお稲荷さんの秘術、知識ですね」
すすむ「いいや、前にも言ったかもしれないがこれは我々の物ではない、人間が独自に見つけ出したものだ」
ひより「そ、そうですか……こんな凄いのに……どうして広まらなかったのかな」
すすむ「確かに悪性新生物や感染症には効果が無いがそれ以外には絶大な効果を発揮する……物には適材適所があるものだ、そうした人間の捨てた技術や知識を私は
    拾って歩いた……その技術だけでも今の医術に引けを取らない、人間はこうした物を平気で捨てていく……」
なんか重い話しになってしまった。私はそこまで深く考えなんかいないのに。
かがみ「平気で捨てるのは進歩するからよ、貴方達の故郷でも同じ様にして来たんじゃないの、それが文明と言うものよ、それが良いか悪いかなんて今は分からない、
    失って初めてその価値に気付く、いや、捨てた事すら気付かない、違うかしら」
すすむ「……そうかもしれないな……」
ぬぅ、話しに入っていけない。あんな話しに突っ込むなんて。泉先輩の時の突っ込みとは大違いだ。かがみさんって人に合わせる事が出来るみたい。
かがみ「私の病気がこんなに容易く治るなんて、何故たかしと言うお稲荷さんにしか調合が出来ないのよ」
すすむ「我々はは母星での知識は全て共有で出来るようになっている、しかし、この地球に来てからの知識や技術は各々独自に身につけていて共有できないのだよ、
    たかしはこの地球の物から我々が使用する物を作れないかと日夜研究していた……」
かがみ「……それでトカゲの尻尾を使うのは納得がいかない、つかさのやつ、そんなのを平気で飲ませるのよ、まったく頭に来るわ」
すすむ「トカゲの尻尾……そんな物を使うのか、初めて聞いた」
佐々木さんは笑いながら答えた。
ひより「彼がそう言っていましたから……でも治ったから良かったじゃないですか、私達は何も出来ませんでしたけど」
やっぱり言わない方が良かったかな……でも、そう言うのも面白いでしょ、かがみさん。
かがみ「うんん、そんなこと無いわよ、あんた達が動いたからこそつかさの薬が成功したのよ……まだお礼を言っていなかったね、ありがとう」
ひより「そう言ってもらえると嬉しいっス」
かがみさんは真面目な顔になって佐々木さんの方を向いた。
かがみ「ところで、佐々木さん、いつまでこの整体院を休むつもりなの、引越しもいいけどせめてその時までは再開してもいんじゃない、
    男性の家に未婚の女性が何度も出入りすると何かと悪い噂が出るわよ」
すすむ「……またその話しか……」
うんざりする佐々木さん。
かがみ「いのり姉さんと会うのがそんなに辛いの、何がそうさせるの、私達に話せないの?」
ひより「微力ながら手伝いますよ」
すすむ「そう言ってくれるのは嬉しいが……もうその話は止してくれ……」
かがみさんは溜め息を付いた。
『ドンドンドン』
居間の入り口の扉から叩く音がした。
ひより「私が行くっス」
私は扉を開いた。あれ、誰も居ないと思って下を向くと狐の姿になったまなぶが立っていた。こんな状況にも全く驚かなくなった私……慣れすぎちゃっているな……
ひより「まなぶさん……そんな姿で何か用?」
まなぶ「フン、フン、フン!!」
興奮している息づかい。だけど彼が何を言いたいの理解出来ない。
ひより「どうしたの、人間にならないと分からないよ……」
すすむ「居間に来て欲しいと言っている……田村さん、かがみさんも……」
かがみ「私も……ですか」
私達は居間に移動した。

49 :ひよりの旅 85/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:11:33.62 ID:W145K4B60
 居間に移動するとまなぶは居間の中央にお座りの姿勢になった。学ぶの視線を追うとテレビを見ている……テレビが映っている。ニュース番組か……あれ、
見た事ある風景……建物……それも極最近のはず……建物のエンブレムを見て直ぐに思い出した。ワールドホテル本社ビル……
その出入り口に警察の捜査員が入っていく様子が映されていた。
ひより「ワールドホテル……巨額の脱税容疑……なんですかこれは……」
まなぶ「フン、コン……ゥワン」
まなぶは興奮している。
かがみ「……な、何よ、これ、こんな事があって良いの……つかさ……こなた……みゆき……松本さん……」
急にかがみさんも動揺し始めた。
『柊けいこ容疑者が搬送さましたが共犯の木村めぐみの行方は一向につかめていません、これに対して国税局は特別手配を警視庁に……』
テレビのアナウンスが居間に響き渡る。
すすむ「一流企業の不祥事か……よくあることだな」
佐々木さんは冷静だった。
ひより「ワールドホテル……かがみさん何か知っているのですか、そういえばたかしに会ったのもあの場所、つかさ先輩、高良先輩もそこに居たみたいだし……なんでも
    そのホテルの傘下になるとか言っていましたけど……」
かがみ「佐々木さん、ひより、話しの途中で悪いわね、私……行かなきゃ……事務所に、法律事務所に行かないと……ダメよ、こんなのを許したら絶対にダメ」
かがみさんは急いで身支度をすると飛び出すように玄関を出て行った。
佐々木さんはテレビの電源を切ると近くの椅子に腰をおろして溜め息を付いた。まなぶは半開きになっていた扉を抜けて診療室の方に行ってしまった。
ひより「佐々木さん、かがみさんのあの慌て様、動揺していたし、何かご存知ですか?」
佐々木さんは座ったまま話しだした。
すすむ「彼女が何故動揺しているのかまでは分からない、だが一つ言えるのは捕まったホテルの会長、柊けいこ、逃走中の木村めぐみは我々の仲間だ」
ひより「仲間……お稲荷さん、それはまなぶさんから聞いた、だけど、あの時は一人だって……」
すすむ「けいこは人間になった、だからまなぶは分からなかったのだろう……人間にならなければこんな事はしなかっただろうに……」
ひより「どう言う事ですか……」
すすむ「知りたいのか……」
佐々木さんは悔しそうに両手に握り力を込めていた。
すすむ「けいこはあのホテルの前会長と結婚をして一緒になった」
ひより「……柊……けいこさんはその為に人間になったのですか……」
すすむ「……そうだ、そして彼女の夢が人間と我々の共存」
ひより「共存……それって、つかさ先輩と高良先輩がしようとしているのと同じ……」
すすむ「つかさんと利害が一致したのだろう、けいこがつかささんを利用したようなものだな」
ひより「……でも、それと脱税とどう関係するのか分からない……」
すすむ「……けいこの経営する工場や特許に目がくらんで事件を捏造したとしたらどうだ」
ひより「まさか、ありもしない犯罪を捏造なんか出来ない、ここは日本っスよ」
すすむ「けいこはホテルを、会社を大きくするために我々の知識を使いすぎた……人間の短すぎる寿命で焦ったのだろう、早過ぎる、早過ぎたのだ……あと百年いや千年……」
佐々木さんの拳に力が更に籠もった。
まさか、そんな事があって良いのか。かがみさんはそれを見抜いて外に出たのかな。
すすむ「たかしの憎しみを解いたつかささんは良くやった、それだけで仲間の殆どはつかささんの意見に賛成するだろう、問題は我々でなく人間側の方だ、けいこが捕まった
    時点で人間と共存に賛成する仲間は居ないだろう……私もその一人だ」
ひより「そ、そんな……」
すすむ「逃亡しているめぐみはこの地球を去る計画をしている、けいこに止められていたが、このままではめぐみの計画が実行されるかもしれないな」
ひより「そ、そんな事が出来るの、だったら何故もっと早く、一万年前でも千年前にでも出来たじゃないですか、何故今になって……」
すすむ「少なくとも高度な電波通信が出来る技術が必要だった……そう言えば分かるかな」
電波通信技術……なるほどね。
ひより「それで、佐々木さんは帰るつもりですか……」
すすむ「……そうなるだろう、知恵の付いてきた人間とこれ以上住むのは危険だ……」
一番聞きたくない答えだった。
ひより「本当に、いのりさんは諦めるの?」
すすむ「……彼女は別に好きでも何でもない」
ひより「佐々木さん……それは本心で言っているの?」
するとまなぶや小林さんも帰ってしまうのだろうか……
佐々木さんは黙ったままだった。帰る計画があったなんて、ここに来て全てが終わってまうのか。私が、皆がやってきた事が全て徒労に終わるとうのか。
まなぶ「なぜ今まで黙っていた……」
診療室から人間になったまなぶが入ってきた。
50 :ひよりの旅 86/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:12:43.04 ID:W145K4B60
すすむ「……聞いていたのか、どうした、急に人間になって……」
まなぶ「……まつりさんと会う約束をしたからこれから出かける所だった」
すすむ「そうか……」
まなぶ「私は本星には行かない、ここに残る」
すすむ「おまえはこの星の生物ではない……」
まなぶ「いいや、この星で生まれてこの星で育った、見たこともない故郷に帰るつもりはない」
すすむ「まつりさんがおまえを受け入れるとは限らないぞ」
まなぶ「その為だけに残るわけじゃない……」
まなぶはそのまま飛び出すように玄関を出て行った。
すすむ「ふっ、今日はやけに慌しいな……二人も飛び出すように出て行った……」
苦笑いともとれるような微笑だった。
すすむ「田村さん、君に呼吸法を完全に伝授するのは出来そうにない……小早川さんやかがみさんから教わるといいだろう、特に小早川さんには呼吸法の他に
    いくつか整体法も教えてある……役に立ててくれ……」
ひより「……帰るのは何時になるのです、気が早いですね……」
佐々木さんは何も言い返してこなかった。皮肉のつもりで言ったのに。
ひより「でも、ちょっと嬉しいかな、少なくともお稲荷さんの一人はこの星を気に入ってくれたのだから、他に残るお稲荷さんもいるといいな……」
すすむ「まなぶは君の教育で完全に人間に染まってしまった……」
ひより「そうするように言ったのは佐々木さんでしょ?」
すすむ「そこまでしろとは言ってはいない……」
ひより「それに私はまなぶさんにそんな大した事は教えていませんよ、逆に彼から教えてもらった方が多いかも」
私は笑った。
すすむ「埒もない……」
呆れたような顔だった。
埒もないって、めちゃくちゃって意味だっけな、今じゃ余り使わなくなった言葉を言うなんて、改めて彼は永い間生きていたのを実感した。
佐々木さんは私を睨みつけてきた。
すすむ「もう私達を放っておいてくれ……お節介だ」
ひより「もう何度もその言葉聞いています、今更そんな事言っても放っておけない、コンの時もそうだったように……仲間じゃないっスか」
すすむ「仲間……か」
佐々木さんは私をみたけど何も言ってこない。やっぱり私じゃダメなのだな……今度いのりさんを連れてこないと。
ひより「すみません、お邪魔しました、ホテルの不祥事ともなれば「レストランかえで」も何らかの影響があるかもしれません、心配なので私も帰らせてもらいますね」
私は立ち上がった。
すすむ「仲間……我々をそう言うのか……君に時間のないのは分かっている……私の下らない話を聞いてくれるか……聞いて欲しい……」
何だろう、急に私を引き止めるなんて……
どうせ私が行っても何も出来ないし……話を聞く位なら私でも……私は席に着いた。
ひより「時間はあります……なんですか、その話って」

51 :ひよりの旅 87/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:14:10.93 ID:W145K4B60
 佐々木さんの話し、それはこの日本に来た時の出来事だった。
すすむ「千年くらい前、私達がこの日本に来たのは……そう、夏、丁度このくらいの季節だった、大陸を離れ、この日本に流れ着いた……
    追われて逃げて来た私達を当時の人々は手厚く迎えてくれた……そのお礼に私達は彼らに少々の知識と技術を教えた、すると彼らは私達を
    お稲荷様と崇めてしまった、当時の仕来りだったのだろう、私達に生贄として生娘を私達に差し出した……私達は拒否したのだがな、
    拒否をすると彼女達は人柱にとして埋められてしまうと分かった、だから彼女達を保護する目的で受け入れた……
    その中に特に私の世話をしてくれた子がいてね……似ている……いや、容姿、声、仕草……性格までも同じだった……そして彼女は巫女だった……」
ひより「その似ている人っていのりさんですか?」
佐々木さんは頷いた。
千年前に会った人、勿論今生きているはずはないよね……その人といのりさんが瓜二つだった。ここまではよくあるお話。でも好きな人と瓜二つなら迷う必要はないような
気がするけど……
すすむ「いのりさんを見ると千年前が昨日のように思い出す……」
遠くを見ている様に居間の一番遠くを目が向いていた。
ひより「好きな人がいのりさんに似ているなら話しは早いっス、その人と同じように接すれば良いじゃないですか」
すすむ「彼女は柊いのり、千年前の巫女とは違う、偶然に遺伝的な一致が起きたに過ぎない……」
そうだろうね、千年も経てばそんな偶然は起きそう、かがみさんが言うようにお稲荷さんはややこしい。
ひより「私達人間ではそう言うのを生まれ変わりって言うのですよ」
佐々木さんは笑った。
すすむ「はは、生まれ変わりか、古典的で非科学的だな……」
なんだかその言い方が気に入らなかった。
ひより「非科学的、私から言わせて貰えば、呪いに錬金術、変身……挙げ句の果てには記憶消去まで、まるでファンタジーやゲームの世界に迷い込んだみたい、とても科学とは無縁っスよ」
すすむ「それは君がそれらを理解していなからだ」
ひより「だったら生まれ変わりも同じ、私達は何も理解していない、生まれて、死んでその先なんて分からない、理解出来ない、それともお稲荷さんは知っているの?」
佐々木さんの笑いが止まった。そして直ぐには答えなかった。
すすむ「私達もその答えを知らない……だから宇宙を旅してきた、その答えを探すために……君達も何れこの地球を飛び立つ時がくる、私達と同じ目的でな……」
気が付くつと佐々木さんの目が潤みだした。
すすむ「私は彼女を救えなかった……助ける方法を知っていても手段がなかった、あの時たかしは生まれたばかりだった、それでも私は必死で薬を作ろうとした……
    彼女は日に日に衰弱して行くばかり、これほどもどかしい事はない、分かるだろう、君なら私の気持ちが……」
そうか。私がかがみさんを救おうとしたように千年前の佐々木さんも……分かる、分かり過ぎるくらいに……
ひより「佐々木さん、今、貴方の目に出ているのが涙ってやつですよ」
佐々木さんは目頭を手でつまみ、その手を広げた。指に付いている水滴、涙をじっと見つめていた。
ひより「それが涙を流すときの感情……大切な物を失った時と得た時に出るものです……私には分かります、佐々木さんが故郷に帰ったらもう一度涙を流しますよ、
    大切な物を失う涙を、どうせ流すなら大切な物を得た涙の方がいいと思いませんか?」
佐々木さんは手についている涙を見たまま動かなかった。私もこれ以上何を言って良いのか分からない。
ひより「下らない話しなんてとんでない、とても素敵で悲しいな話でした……今度いのりさんを連れてきますね……私……失礼します、」
ただ自分の手を見ている佐々木さんに礼をして整体院を出た。

52 :ひよりの旅 87/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:15:14.57 ID:W145K4B60
 お稲荷さんが涙を流すのを初めて見た。つかさ先輩やかがみさんはもう見たのだろうか。でも見たと言っても人間の姿だから特段珍しい光景ではない。
千年前の恋人か……私に同意を求めていて悲壮に満ちていたあの姿は流石にもらい泣きしてしまった。いのりさんと逢う度に懐かしさと悲しさが同時に来たに違いない。
逢いたいけど逢えないか……拒み続けていた理由が分った……解決できるだろうか……それにはいのりさんに佐々木さんの全てを話す必要があるような気がする。
そうでないといのりさんは決められない……
そんな事をしたらまつりさんの二の舞になるかも……それとも受け入れてくれるかな……どちらにしろいのりさん次第か……
そういえばまなぶはまつりさんと会う約束をしたって言っていた。まさか……告白する気なのだろうか。佐々木さんとまなぶの会話だとそう取れる言い方だった。
佐々木さんとの話しで気にていなかったけど、これはこれで凄い事かもしれない……成功するのだろうか……失敗しても故郷には帰らないって言っていたっけ。
それなら失敗したら私が……あれ、失敗したらどうすると……私ったら何を考えている。失敗を前提にしているなんて……
『ブーン、ブーン』
ポケットから振動を感じた。携帯電話だ。私は考えるの止めて携帯電話を手に取った。ゆーちゃんの名前が出ている。出る前から用件は分かるような気がした。
ひより「もしもし……」
ゆたか『あ、ひよりちゃん、今何処にいるの?』
ひより「整体院を出て駅に向かっている所……」
ゆたか『丁度良かった、今から家に来られないかな、相談したい事があるのだけど』
ひより「それってワールドホテルの脱税事件の話しかな……」
ゆたか『テレビのニュース見たの……つかさ先輩達大丈夫かなと思って……私達が心配してもしょうがないけど……』
やっぱりこの話しか。ゆーちゃんの所までなら歩いて行ける距離だ。
ひより「いや、心配するだけで意味はあると思うよ、分かった、そっちに行くから」
ゆたか『ありがとう、待っているね』
私は駅から泉家に進路を変えた。

泉家に付くとゆーちゃんが出迎えてくれた。
ゆたか「いらっしゃい、待っていたよ、私の部屋で話そう、あっ、そうそう、みなみちゃんと高良先輩もこっちに向かっているから」
ひより「高良先輩……」
ゆたか「そうだよ、高良先輩が来ると頼もしく感じるよね……」
そうか、みなみちゃんが今までの事を話してくれたのか。高良先輩からもいろいろ聞けそうだし。もしかしたら何か解決策が見つかるかもしれない。
ひより「そうだね……」
ゆたか「後、宮本さんにも携帯電話をかけたのだけど……マナーモードになっていて連絡取れなかった、整体院に行っていたでしょ、留守だったの?」
マナーモード……さては勝負をしているのか、それとも既に勝負が付いているのか……
ひより「彼は今まつりさんと会っている、邪魔したら悪いよ……」
ゆーちゃんは驚いた顔で私を見た。
ひより「人間に長時間居られるようになったし、この前のような失敗はないと思うよ……どうしたの、そんなに驚いて……」
ゆたか「う、うんん、急な話しだったから……」
今度は心配そうな顔で私を見た。
ひより「……私も急な話しだった」
ゆたか「大丈夫なの?」
ひより「大丈夫って何か?」
ゆたか「え、えっと、その、ひよりちゃんは宮本さんの事を……」
ひより「それはこの前話したと思ったけど」
ゆたか「あ、そ、そうだったね、ごめんね、蒸し返しちゃって……そ、それより、大変な事になっちゃったね」
ゆーちゃんは慌てて話題を変えた。謝るなんて、そんなに私怒っていたかな……
ひより「佐々木さんから聞いた情報だと……」
みなみちゃんと高良先輩が来るのか……
ひより「二度手間になるから二人が来てから話すよ……」
ゆーちゃんはまた心配そうな顔になった。
そして二人が来るのを待って私は整体院で佐々木さんと会話した内容を説明した。

53 :ひよりの旅 88/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:16:56.87 ID:W145K4B60
みゆき「故郷……本星に帰ると言われるのですか……いささかそれに関しては疑問もありますがそう言われる理由も納得できます……私達の計画は失敗したのですから」
みなみ「疑問?」
みゆき「いいえ、技術的な疑問なので気にしないで下さい」
ひより「失敗って、お稲荷さんとの共存ですか?」
高良先輩は頷いた
みゆき「はい、狐に成っている間を私達人間が保護する代わりにお稲荷さんの持てる知識の全てを私達に提供する……しかし提案者であるけいこさんがああなってしまっては」
肩を落とす高良先輩。
みゆき「私は知りたかった、彼等の持つ知識が……まだ何一つ教わっていません……せめて、かがみさんを救ったあの薬の調合だけでも……知りたかった……」
ひより「あれはつかさ先輩が作ったのですよね、調合と言うよりレシピではないでしょうか?」
高良先輩は微笑んだ。
みゆき「そうかも知れませんね……つかささんは覚えているでしょうか……」
ひより「メモとか残っていればある程度わかるのではないでしょうか、私のネタ帳みたいに」
みゆき「そうですね……今度聞いてみましょう」
みなみ「これからどういたら……」
みゆき「帰りたいと言うお稲荷さんがいれば協力するのが良いと思います、留まるお稲荷さん……そういえば宮本さんが残ると言われましたね、そちらも協力すべきでしょう、
    しかし驚きました、かがみさんの婚約者、小林さんがお稲荷さんだったとは……彼は昨日、事務所の方に挨拶に行きました……恐らく彼も残るでしょう……」
ひより・みなみ・ゆたか「婚約ですか!!」
みゆき「はいそうですが……」
高良先輩は驚いて眼を丸くした。
みゆき「聞いていませんでしたか、とっくにご存知かとおもっていました」
恋人だったとは聞いているけど婚約したとまでは聞いていなかった。まったく……かがみさんは一番肝心な事を教えてくれないのだから……
ひより「するとあとは……佐々木さんをどうするか」
みゆき「そうですね、あとつかささんの恋人、ひろしさん……彼も意思をはっきりとしていません」
ひより「ひろしって真奈美さんの弟とか言っていましたよね……」
高良先輩は頷いた。
みゆき「つかささんのひろしさんの想いは確かです、出来れば彼には残って欲しい……いのりさんの方はまったく存じないですが……」
ひより「いのりさんもかがみさん同様奥手で……あまり表にだしません、つかさ先輩の方が積極的で驚きです……」
つかさ先輩はひろしに自分から告白したそうだ。もっとも高良先輩は直接本人から聞いたのではなく、泉先輩から聞いたと言っていた。その泉先輩も松本さんから聞いたらしい、
……ある意味恥かしがりやなのは柊姉妹の共通項なのかもしれない。だけど行動力からするとまつりさん、つかさ先輩、かがみさん、いのりさんの順番だろう。
最初に決まると思っていたいのりさんと佐々木さんが未だにぐずっているのはそのせいかもしれない。
みゆき「そうですね、人は見た目とは違いますね……私はつかささんとひろしさんのお手伝いを致します」
ひより「でも……人類の運命を変える計画が……柊四姉妹とお稲荷さんの恋愛手伝いになってしまったなんて……高良先輩も幻滅したのでは?」
高良先輩はにっこり微笑みながら話した。
みゆき「そうでもありません、誰かと誰かが好きなれば、その間に子供が生まれ、その子供が世界を変える……同じ事です」
ひより「物は考えようってことっスか……」
かがみさんに聖人君子と言わしめるだけのことはある。そんな考え方は私には出来ない……
みゆき「私はひろしさんの友人である小林さんと相談するつもりです、彼なら協力してくれるような気がします」
ひより「気をつけて下さい、今、かがみさんが小林さんの法律事務所に行っています、きっと頻繁に通うようになると思いますよ、かがみさんも法律でつかさ先輩達を助けようと
    しているみたいですから……かがみさんはまだ小林さんの正体を知りません」
みゆき「そうですね、むやみに小林さんと接触すればかがみさんに気付かれてしまいますね、分かりました、私も注意します」
みなみ「ゆたか、さっきから何も話していない、大丈夫、顔色もあまり良くない」
ゆたか「え、うんん、大丈夫だよ、でも、今日はちょっと気分が良くないかも」
みなみちゃんの言うようにさっきからまったく話していない。私が来た時はあんなに元気だったのに。高良先輩とみなみちゃんが来た辺りから静かになったような……
みゆき「長居は小早川さんに負担がかかりますね、話しは煮詰まりました。各々持てる力を尽くしましょう、小早川さん、お大事に」
高良先輩は帰り支度をし始めた。
みなみ「本当に大丈夫?」
ゆたか「うん、後で例の呼吸法をするから大丈夫……ありがとう」
呼吸法か……
ひより「その呼吸法、少し見学していいかな、全然上手くならなくて……」
ゆたか「良いけど……参考になるかな」
みなみ「ひよりが一緒なら安心、私もみゆきさんと帰る……お大事に……」
みなみちゃんも帰り支度をした。

54 :ひよりの旅 89/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:17:53.42 ID:W145K4B60
ゆたか「ゴホ、ゴホ……あ、あれ……おかしいな……」
皆が帰った後、ゆーちゃんの呼吸法が始まった。でも……私と同じようなミスを連発……集中できないのだろうか。
ひより「私が居るからかな、私も帰った方が良さそうだね」
私は帰り支度を始めた。
ゆたか「ひゆりちゃん……皆は話題にもしなかったけど……佐々木さんが帰る理由って千年前の恋人を助けられなかったから?」
私は帰り支度を止めた。
ひより「それが全てではないと思うけど……理由の一つだと思う」
ゆたか「私にはそんな話し一度もしなかった……」
ひより「そうかな、佐々木さんはゆーちゃんに整体術まで教えている、かがみさんにも教えなかったのだから……」
ゆたか「うんん、そんなんじゃなくて……」
何が言いたいのかな……
ひより「そんなんじゃなくて?」
復唱して言い返した。
ゆたか「千年越しの恋なんて……敵わない」
ひより「そうだろうね、彼を地球に残ってもらうのは至難の業かもね」
ゆたか「ひよりちゃん、もう良いよ、帰って……」
ひより「へ、?」
あれ、急にどうしたのかな……
ひより「あ、弱気になっていた、私とした事が、高良先輩が言っていたね、持てる力を尽くすって」
ゆたか「何も分かっていない」
何も……何もって。それは何って聞くともっと怒りそう……ここは一先ず退散としますか。
ひより「分かった、帰るけど……いのりさんを佐々木さんに会わす日を決めないと、あまり時間がないみたいだから急がないと……」
ゆたか「……私はもう何もしない、ひよりだけですれば……」
な、何があった。私がいけないの。何故。分からない。
ひより「ちょ、ちょっと、かがみさんだって手伝ってくれているだから今更……お、落ち着いて」
ゆたか「ひよりのバカー!!」
ゆーちゃんは私の荷物を持つと私の背中を押して部屋からだ押し出した。そして、荷物を廊下に放り投げるとドアを閉めてしまった。
私はドアをノックした。だけど何も反応は返ってこない。
ひより「帰るけどまた連絡するから……」
私は放り投げられた荷物、鞄を取ると玄関に向かった。
そうじろう「何かあったのかい、騒いでいたけど……」
心配そうな顔でおじさんが出てきた。
ひより「い、いいえ何でもないっス、ゆーちゃん、しばらくそっとしておいて下さい」
そうじろう「あ、ああ……」
おじさんはゆーちゃんの部屋の方を見ていた。
ひより「お邪魔しました」
私は泉家を出た……

55 :ひよりの旅 90/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:18:53.25 ID:W145K4B60
 追い出された理由が分からない。最後は呼び捨てにまでされてしまった。何も分かっていないって言われたって……それじゃ分からないよ……
私は歩きながらゆーちゃんが豹変してしまった原因を考えている。
いや、豹変したわけじゃない。気が付かなかっただけなのかもしれない。いつからだろう。思い当たらない。
それじゃゆーちゃんとの会話から読み取るしかない。どんな話しをしたかな……
みなみちゃんと高良先輩が来る前にまなぶの話しをした。それから二人が来てから佐々木さんの話しをした……佐々木さん……
ゆーちゃん千年前の恋人を教えてくれなかったって言ったな……あっ、前にもまなぶ、コンの話しをしなかったとか言っていた。そうか、佐々木さんが私ばかりに話すものだから
私に焼餅を焼いているのか。ふふ、やっぱりゆーちゃんだ。まだまだ子供だな〜焼餅なんて、佐々木さんが好きならそう言ってくれれば……あれ?
……
……好き?
佐々木さんが好き、ゆーちゃんが?
私の歩みが止まった。
ゆーちゃんは佐々木さんが好き……え、なんでこんな結論が出る。佐々木さんはいのりさんが好き……ゆーちゃんは佐々木さんが好き、いのりさんは佐々木さん……三角関係……の成立……
ひより「えー!!」
思わず声に出して奇声を発した。
そういえばかがみさんの病気が治って直後だったかな、ゆーちゃんが変な質問をしてきたのは。私がまなぶを好きじゃないかって。だからさっきも……
私がまなぶが好きならゆーちゃんの立場を理解出来ると思った。だから私に相談したかった。だけど私はまなぶの恋を否定して、ゆーちゃんの気持ちも気付かなかった。だとしたら……
だとしたら、あの態度は理解出来る。
私は振り返り泉家に引き返した。ゆーちゃんもバカだな、それならそうとハッキリ言わないと分からないよ。戻ってゆーちゃんと話さないと……
再び足が止まった。
話す……何を。ゆーちゃんに何を話す。佐々木さんが好きならどうすれば良い……
私はその答えを持っていない。
三角関係なんて……まだ恋愛もろくにした事のない私がそんな高度な恋愛の手解きなんぞできるわけがない……
今頃になって。こんな差し迫った時期に突然そんな事を言われても……何で佐々木さんなんか好きになるの。私達はお稲荷さんと柊家四姉妹をくっ付けるキューピット役じゃなかなったの。
私はさっさとまなぶをまつりさんに会わせて……違う……会わせたのではなくまなぶが会いに行った……自分の意思で。
正直羨ましかった……うそ……そんな事って
……
……
力が抜けて持っていた鞄を落とした。
私もまた……まなぶを好きになっていたって事なのか……そんなバカな……

その後の事はよく覚えていない。気が付くと自分の部屋のベッドに寝ていた。そして落としたはずの鞄が机の上に置いてあった。自分で拾ったのも覚えていないのか…

56 :ひよりの旅 91/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:19:40.68 ID:W145K4B60
 お稲荷さん……最初は好奇心から始まった。そして疑問は生じてそれが確認に変わった。私はそれらを遠目で見ていると思っていた。ゲームのプレーヤーで居ると思っていた。
気が付いた時、私はゲームのキャラクターになっていた。当事者になっていた。いつからだろう。
かがみさんの病気が分かった時辺りからか……いや、もっと前だったかもしれない。でも今それはどうでもいい。問題は私もゆーちゃんも柊姉妹と同じ立場になっている。
同じ位置なら持ち上げるられない。誰も助けられない、いや、自分を助けて欲しい。
私はいったいどうすれば……誰かに助けを求めるしかない。しかも当事者じゃない人に……そんな人は居るのか。
居る……それはみなみちゃんと高良先輩そして泉先輩……この三人は一連の話しを全て知っている。それでいて私やゆーちゃんみたに深く立ち入っていない。
でも泉先輩はレストランかえでの事で私達にかまっていられないし、距離が遠すぎる。する事は一つしかなかった。

 私は岩崎家の玄関の前に立っていた。アポは取っていない、しかもあれから一日しか経っていないしまだ自分の心の整理がついていなかった。しかし時間がない。
高良先輩の家が向かいで助かったかもしれない。もし、彼女が留守でもそっちに行ける。
私は呼び鈴を押した。おばさんが出てきた。
ひより「こんにちは……」
ほのか「あら、田村さん……いらっしゃい、みなみね……」
私を玄関に入れてくれた。と言う事は、みなみちゃんは居る。
ほのか「今ね、みゆきちゃんも見えているの」
ひより「そうですか……」
高良先輩も……
私はおばさんに居間の入り口まで案内された。おばささんは入り口の前で振り返り人差し指を立てて口元に近づけた。
ほのか「静かにね……」
囁くような小声で言うとおばさんは静かにドアを開けた。
私の耳にピアノの音色が入ってきた……
私は音を立てないように静かに居間に入った。おばさんはそのままゆっくりとドアを閉めてくれた。ピアノの方を見るとそこにはみなみちゃんが演奏していた。
演奏に集中しているのか私には気付かず静かにピアノを弾いている。そして、ピアノの前に椅子に座っているのは……高良先輩……。
私の気配に気付いたのか高良先輩は後ろを振り向いた。そして私の顔を見るとにっこり微笑み手招きをした。高良先輩の座って居る所にゆっくり移動すると
高良先輩は横に体を移動して私の座るスペースをつくってくれた。私はそこに導かれるように腰を下ろした。
みなみちゃんは演奏を続けている。目を下に向けているのか目を閉じて瞑想しながら弾いている様に見えた。
静かな曲……だけど聴いたことがない。クラッシックかなにかだろう。こんな曲を聴いている場合ではない……逸る気持ちを抑えながら演奏が終わるのを待った。

57 :ひよりの旅 92/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:20:51.92 ID:W145K4B60
『パチパチパチ』
演奏がおわると高良先輩が拍手をした。
みゆき「素晴らしい演奏でした」
みなみ「ふぅ……」
集中していたのがほぐれたのかみなみちゃんは息を吐いた。そして頭を上げ私達が座っている方を向いた。
みなみ「ひより……いつから……」
演奏しているのを見られて恥かしかったのか少し顔を赤らめていた。
みゆき「ついさっき、ですね、田村さん」
ひより「は、はい……」
みゆき「どうでしたか、みなみさんの演奏……」
ひより「え、ええ、良かったっス……」
みなみ「ありがとう」
みなみちゃんは立ち上がり私達の席に近づいた。
みなみ「連絡もしないで……どうして……」
私の表情を見て只事ではないのを察したのかみなみちゃんの表情も険しくなった。そんな私達を見た高良先輩は……
みゆき「何か大事なお話のようですね、分かりました」
高良先輩は立ち上がった。帰るつもりなのか……
ひより「……待ってください、高良先輩も聞いて欲しいっス……私、どうして良いか分からない……」
みなみちゃんと高良先輩は顔を見合わせた。
みゆき「どうしたのですか、昨日はあんなに元気でしたのに……今日の田村さんは……」
みなみ「今日のひよりは昨日のゆたかみたい……」
みなみちゃん、間違ってはいない、多分昨日のゆーちゃんも同じような心境だったに違いない。それなのに私は……
みなみちゃんはピアノに戻り椅子に腰を下ろした。
みなみ「いったい、どうしたの?」
何て言えば……誤解されるのは嫌だ。恥かしいけど、ありのままを話そう。
ひより「まなぶと一緒に行動していくうちに、笑ったり怒ったりしていくうちに、……私、まなぶの事が好きになってしまった……
    何ででしょうね、こんなのは私も想像もしていなかった……昨日ゆーちゃんが怒り出して、その怒った理由を探っていたら気付いたのです……
    昨日、まなぶはまつりさんに会いに行った、告白をしているのか、それとも……そんなのを考えていると苦しくなる……もうこれから先の事も考えられなくなってしまった」
みゆき「田村さん……」
高良先輩は悲しい目で私を見ている。
ひより「ゆーちゃんも同じです、ゆーちゃんはまなぶが現れる前から佐々木さんと会っていました……だから彼女も、ゆーちゃんも佐々木さんを好きに……」
みゆき「よく話してくれました……これは凄く大事な事……ですけど、時間はそんなにありません……」
ひより「だかから、だから此処に来ました……」
高良先輩は何も言わず私を悲しい目で見ていた。
みなみ「……まさかひよりがそうなるなんて……どうして、ひよりは遠目でいつでも観察していた、感情を入れるなんてなかった……」
ひより「分からない……分からないよ」
みなみちゃんは立ち上がった。
みなみ「私はゆたかに警告した、人と人を繋げるのは危険って、繋げようとすればするほど相手を意識して、何時しか相手を好きになってしまうって、
    ラブレターの代書を依頼すると、書いた人が相手を好きになってしまう……そんな話しをして注意した、だから私はゆたかにあれほど……」
みゆき「みなみさん、もう過ぎてしまった事を言っても始まりません……それだけ田村さん達は真剣だったと言う事です……責められません」
興奮気味のみなみちゃんを諭すような優しい口調だった。
みなみ「は、はい……」
みなみちゃん……そんな警告をゆーちゃんにしていたのか……私はその警告を聞いていたら止めていただろうか……
みゆき「素晴らしいではありませんか、誰かを好きになるなんて……それは掛け替えない事です」
みなみ「でもそれは一対一の話し……人間は二人同時に愛するなんて……それはお稲荷さんでも同じはず……」
高良先輩は私を見ると眼鏡を掛けなおした。
みゆき「お稲荷さん達は一部を除いてこの地球を去ろうとしています、それもそんなに時間はありません、宮本さんが残るにしてもまつりさんと会っているのであれば時間はありません、
    選択肢は二つです……自分の気持ちを宮本さんに伝えるか、このまままつりさんと宮本さんの縁組を続けるかです……
どちらも強い決断が必要になります……そしてその結果はどうなるか分かりません」
ひより「二つ……」
みなみ「みゆきさん、それならひよりも分かっていると思います、選べないから相談しにきた……」
みゆき「それではみなみさん、貴女が選んであげて下さい……」
みなみ「え……それは……」
みなみちゃんはおどおどするばかりで答えなかった。そんなみなみちゃんを見て高良先輩はにっこり微笑んだ。
みゆき「実は私もどちらが良いのか分かりません」
ひより・みなみ「え?」
みゆき「結果が分からないので私は責任はれません……困りました、これでは決める事は出来ませんね」
……まるで私の心を弄んでいるような……そんな風にすら感じる高良先輩の発言だった。でも何故か怒るような気持ちにはならなかった。
まさに他人事……これは私が今までしてきた事……高良先輩は知ってか知らずかそれを私にしている。
みなみ「ふ、ふざけないでもっと真剣になって下さい」
みなみちゃんは少し怒鳴り気味になっていた。
みゆき「私は真剣です、真剣だからこそ選べない……選ぶのは田村さん、貴女なのだから」
ひより「私?」
高良先輩は頷いた。
みゆき「恋愛は自由です、二人の関係に他人は一切口を挟めません……でも、もう田村さんは選んでいます、ですよね?」
高良先輩は微笑んだ。
ひより「私は……まだ……」
みゆき「そうでしょうか……目を閉じて自分に問うてください……」

58 :ひよりの旅 93/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:21:53.58 ID:W145K4B60
ひより「自分に……問う……」
私は目を閉じた。
私はまなぶが好きだった……これは変えようのない事実。それは誤魔化しようがない。このまままなぶとまつりさんを手伝っても自分が惨めになるだけ……
いや、手伝うも何も……まなぶが告白してもう二人は既に……そうだよ、これが私の目的だった。
気付くのが遅すぎた。私には何かをする時間なんかない……
私は目を開けた。
ひより「もう、なにもかも遅すぎでした、終わりです……私の目的は達しました、私はもういいです、ゆーちゃんを助けてあげてください、ゆーちゃんにならまだ時間がありそうだから」
高良先輩はがっかりした顔になり首を横に振った。
みゆき「なぜ小早川さんが登場するのです、田村さんの問題なのですよ……さぁ、もう一度目を閉じて」
私は目を閉じなかった。そしてどうでも良くなった。もう全てが終わった。
ひより「お手数を掛けました、」
私は立ち上がり部屋を出ようとした。
ドアの前に高良先輩が立ち塞がった。
ひより「あの、出られないのですが……」
高良先輩は何も言わず首を横に振った
みなみ「み、みゆきさん……」
高良先輩の意外な行動にみなみちゃんは驚いている。
ひより「……帰りたいのですが……退いてください」
みゆき「だめです、そのまま帰ってはいけません」
さっきまでの笑顔が嘘のように必死になっている……これはどこかで見た光景だ……
あれは……小林さんを引きとめようとしたゆーちゃん……いや、もっと前に見たことがある。コミケ事件の時、つかさ先輩が泉先輩を庇った時だ。
みゆき「私は田村さんにまつりさんと争えとは言っていません、ただ、本当に好きならば伝えて欲しい……」
なんださっきとはまるで違う、二つの選択肢と言っておいて今度はもうこれしかないって言わんばかりの言い様だ。
ひより「争うも何も……結果は見えています、私がバカでした、相談するまでもなかった……」
みゆき「かがみさんが死期を知りながら婚約をしました……結果は分かっているはずなのに、なぜ分かりますか」
……知っている。私は本人と話した。
ひより「分かります、でも、かがみさんと私とでは比べても……」
みゆき「同じです……結果が分かっていても構わない、好きなら相手にそれを伝える……それだけ、それで良いではありませんか」
ひより「……伝えて、その先に何があるのかな……」
みゆき「その先にある物……奇跡です」
奇跡なんて言葉を平気でつかうなんて。
ひより「奇跡はこの前起きたばかりっス……何度も起きますか?」
みゆき「起きますとも、今私達がこうして話しているのも奇跡なのですから」
……それ、いのりさんに似たような事を言ったかな……
高良先輩はドアを開けた。
みゆき「止めてすみませんでした、もう私の言う事はありません……」
ひより「……それは伝えたい事を言えたからですか」
みゆき「はい!」
さっきの笑顔が戻った。
ひより「失礼します」
お辞儀をすると私はドアを出た。

59 :ひよりの旅 94/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:22:49.70 ID:W145K4B60
みなみ「待って」
岩崎家を出てしばらくするとみなみちゃんが走って私を追いかけてきた。私は立ち止まった。
ひより「みなみちゃん、どうしたの?」
みなみ「さっきはすまなかった、ひよりの気持ちも知らずに……」
ひより「それって、警告の事……ラブレターの代書を例にするなんて……リアリティがあったよ」
みなみ「私が警告したら止めた?」
それを今考えていた。
ひより「ゆーちゃんは止めなかった、だとするとやっぱり私も止めなかったかな」
みなみ「そう……」
ひより「そんなのを聞くためにわざわざ追いかけてきたの?」
みなみ「ちがう……みゆきさんの言った事……正しいと思う」
相談しに行って二人が同じ結論を出した。
ひより「踊らされているような気がするけど……気付いたら携帯電話を持っていたよ……」
みなみちゃんに携帯電話を見せた。
みなみ「ひより……」
ひより「さっき会う約束をした……やってみるさ、九分九厘ダメだだろうけどね……」
みなみ「まさか、告白を……」
ひより「ふふ、まつりさんには悪いけど、本気で行かせてうらう」
みなみ「ふふ、ひよりをその気にさせるなんて、みゆきさんは凄い」
みなみちゃんの笑いをみて私は我に返った。そうか、そう言うことだったのか
ひより「高良先輩はかがみさんとつかささんの好いとこ取りをした……やられた……」
みなみ「冷静で客観的に考え、更にひより自身の身になって考えないとできない……」
他人事で考えても、ただその人の身になって考えただけでもダメだって事か……高良先輩は私とゆーちゃん、二人でしてきた事を一人でしてしまった。
高良みゆき、ここにもう一人、憧れの先輩が私に加わった。
みなみ「邪魔をしてしまった……最後に、宮本さんに、どうやって想いを伝える?」
ひより「素直に率直に、そして簡潔に……好きです……」
みなみちゃんの顔が赤くなった。
ひより「な、なんでみなみちゃんが赤くなるの、まったく、告白するのは私の方だよ」
みなみちゃんは頷いた。そして赤くなった顔を元にもどして改まった。
みなみ「結果は私からは聞かない、いってらっしゃい」
ひより「そうさせてもらうね……行ってきます……」
私は歩き出した。約束した場所に向かって。

 約束の場所。それはそこしか考えられなかった。そう、彼と出会った町にある神社……
もちろんそこはまつりさんのテリトリーであるのは百も承知。でもそれはまつりさんに対しての当て付けでも宣戦布告でもない。そこが告白するに相応しいと思っただけだった。
移動時間を考慮したつもりだったけど約束の時間よりかなり早く来てしまった。日は西に傾いている。
風もなく人の気配もない。ここってこんなに静かだったかな……
一人で神社の倉庫なんて来るのは初めて、って言うよりゆーちゃんがまなぶを見つけなければ私はここに居なかった。
つかさ先輩の旅の話しを聞いたのはその後、切欠はつかさ先輩じゃない。私にとって、全てはここから始まった。
つかさ先輩は私達がしてきた事を知っているのだろうか。私がしよとしている事になんて言うのか。
四苦八苦したわりにはつかさ先輩に先を越されてしまったし、私もミイラ取りがミイラになってしまった。それに何一つ達成していない。
それどころか今までしてきた事を壊そうとしている。私っていったい何がしたかったのかな……
『ザッ、ザッ、ザッ……』
足音……こんな所に来るのは約束をしたまなぶ以外考えられない。慌てて時計を確認する。まだ時間ではない。
足音はどんどん私に近づいてきた。
ちょっと待って、まだ何も心の準備が出来ていない……
後ろを振り向いて確認する余裕すらない。身体が熱く成ってきた。胸の鼓動も速くなる、その鼓動が全身に伝わるのが分かるくらいに……こんな状況で告白出来るのか。
つかさ先輩はこんな状況で告白したと言うの。この場から逃げたくなってきた。
足音は私のすぐ後ろで止まった。
まなぶ「お、もう来ていたのか、私の方が早いと思ったのに……」
やっぱりまなぶだ。普段ならすぐに話すのになぜか後ろを振り返ることすら出来ない。
まなぶ「実は私も連絡を取ろうと思っていた、すすむの様子が少しおかしい、私と会おうとしない……言い合いをしたのがいけなかったのか、それとも私が出た後で
    何かあったのか、それが知りたかった……」
あった、あったけど……今はそれを話している余裕はない。
ひより「私は個人的に用があって……それで呼んだの」
まなぶ「個人的に……珍しいな、そんなの今まで無かった……それで個人的な用って何?」
なんだ、どうして、言えない。このままでは何も言えないで終わってしまう。ただ言うだけじゃないか。簡単じゃないか。
まなぶ「それに、さっきから後ろを向いているけど……何かそこにあるのか?」
そう、みなみちゃんには言えた。あれが練習だと思えば……
私はゆっくり振り返った。そこにはまなぶが立っている。いままで普通に接してきた。まつりさんが好きなお稲荷さん……宮本まなぶ……今までとそう変わる訳はない。
まなぶは私に何か言いたかったのかか口を開けたが私の顔を見た瞬間口が閉じた。そして私が話しだすのをじっと待っている。
ひより「今更かもしれない、もう遅いかもしれない、だけどやっと私自身の気持ちに気付いた……私は……私は……」
頭では分かっていてもその先が声にならない。手を突っ込んで喉の奥から引っ張り出したい……
ひより「まなぶの事が好き」

60 :ひよりの旅 95/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:23:50.15 ID:W145K4B60
 力を振り絞って告白した。さぁ、もうあとは野となれ、山となれ!!
まなぶは一回溜め息を付いた。
まなぶ「……知っていた」
ひより「えっ!?」
思いもよらなかった返事……
ひより「……な、なんだ、知っていたの……か」
まなぶは頷いた。
私は苦笑いをするしかなかった。彼は知っていた……
まなぶ「私はすすむと違って人の感情を読める、強い感情ほど見つけるのは容易い……」
ひより「……何時から、何時から私は……」
まなぶ「それすらも気付かなかったのか……私が人間になって初めて会った時にそれを感じた」
そうだったのか……もう私はそんな時から……
まなぶ「君は自分の課した仕事のために自分の感情を抑えていたのかもしれない……何度か気付かせようとしたけど……気付かなかった」
ひより「はは、私って、自分の事になるとまるでダメダメだね……」
笑うしかない……
まなぶ「遅かった……」
ひより「……遅かった……の?」
まなぶ「私は彼女に、まつりさんに交際を申し込んだ……そこで彼女の気持ちが分かった……」
ひより「……あ、あ……まつりさん、受け入れた……」
まなぶは何も言わない……負けた……完全に負けてしまった……私はもう此処に居てはいけない。
ひより「そうですか、分かりました、幸せに成って下さいね……さようなら……」
まなぶ「待って、さようならって、まさか、二度と私と会わないつもりなのか……」
ひより「……私が居ると何かと誤解を生みますよ……今、こうして居るのを見つかったら……」
まなぶ「田村さんにはまだいろいろ教えてもらわないといけない……人間の事、先生だったでしょ……」
それに、好きな人が他の女性と会っている所なんか見たくない……
ひより「……先生……それは佐々木さんに頼まれて……それにならまつりさんだって教えられます」
まなぶ「……君じゃないと、田村ひよりじゃないとダメだよ、それにまだ君には最後の仕事が残っている、すすむを救ってくれ、帰るにしても、残るにしても、
    あのままだと彼は救われない、私も協力させてもらう」
ひより「……最後の、仕事……」
まなぶは頷いた。
まなぶ「田村さん、君とは好き嫌い関係なくこれからも付き合わせてもらうよ、先生だからね」
微笑むとそのまま帰って行った。

 静けさがまた戻った。もう日が暮れそう。
恋愛感情無しに異性と付き合えるだろうか……
出来るさ、ついこの間までそうだった。
そう思った時だった、僅かに涼しい風が私の頬を撫ぜた……もう夏が終わる…か。
なんだろう、思いっ切り深呼吸がしたくなった。失恋したはずなのにこの清清しさは……
まなぶの態度がよかったのもあったかもしれない。だけどそれだけじゃない。相手に想いを伝える……か
結果はどうでもよかったのかもしれない。高良先輩の言っていた奇跡ってこの事かな……
私はしばらく余韻に浸った。

 さて、まなぶの言うように私にはまだ仕事、ミッションがある。ゆーちゃんと佐々木さんを救わないと……
二人の気持ちは痛いほど分かる。だけどその感情に溺れてはいけない……いや、分かるからこそ他人事でいないといけない。
出来る、私も高良先輩のようになれる。つかさ先輩そして、かがみさん……力を貸して、もう一回……奇跡を。

もう時間もない。急ごう……最後のミッションへ……

『ピンポーン』
呼び鈴を鳴らした。もう日はすっかり暮れている。遅いのは分かっているけど、それでもゆーちゃんに会いたかったから。
そうじろう「お、田村さん……」
ドアを開けたのはおじさんだった。
ひより「こんばんは……夜分失礼します……ゆーちゃん、小早川さんはいますか?」
おじさんは険しい顔をした。
そうじろう「昨日から部屋から一歩も出ていなくてね、食事も食べようとしない……」
ひより「会えますか?」
そうじろう「……会えるとは思うが話しをしてくれるかどうか、さっきまで岩崎さんが居てくれたのだが効果はなかった……すれ違わなかったかい?」
みなみちゃん……みなみちゃんが来ても何も効果ないなんて……かなりの重症だ。
ひより「いいえ、きっと駅ですれ違ってしまったのかもしれません」
そうじろう「そうか、とりあえず上がってくれ」
私は家に入ると真っ直ぐゆーちゃんの部屋に向かった。
そうじろう「いったい何があったのだろう、知っているなら話してくれないか」
おじさんは私を呼び止めた。
ひより「誰もが一度は経験する事ですよ、恥かしくて誰にも話せない……苦しくて、切なくて……ここまで言えば分かるでしょうか」
そうじろう「そうか、それじゃ私の出る幕はなさそうだ……遅くなるようなら車を出すから時間は気にしないでくれ」
ひより「ありがとうございます」
おじさんはゆーちゃんの部屋を一度見るとそのまま居間の方に向かって行った。

61 :ひよりの旅 96/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:25:01.06 ID:W145K4B60
『コンコン』
ドアをノックしても反応はなかった。三回ノックしても反応がなかったので私はドアを開けた。
ひより「ゆーちゃん入るよ……」
部屋が暗い……私はスイッチを入れて部屋を明るくした。ベッドの布団が膨らんでいる。布団を頭から被って寝ているようだ。私は部屋に入りゆっくりドアを閉めた。
ひより「こんばんは……」
ゆーちゃんは返事をしない。まだ怒っているのだろうか。
さてどうする。いや、どうするもこうするもない。する事は一つしかない。それもう決めてきた。
ひより「聞いているでしょ……そのままで聞いて……昨日ゆーちゃんから追い出されてから考えてね、それで分かった、私はまなぶが好きだった……
    ゆーちゃんの言った通りだったよ、自分自身に嘘を付いていた、だからその歪が一気に噴出した……それで……さっきまなぶに会って……告白した」
ゆたか「こ、こくはく……」
小さな声で言うと布団を払いゆっくり立ち上がった。私の目をじっとみつめるゆーちゃん。
ゆたか「そ、それで、どうなったの……」
ひより「いや〜見事に振られた、空振り三振っスね」
私の笑顔を見るとゆーちゃんの目が潤み始めた。
ゆたか「……みなみちゃんの言っていたひよりちゃんの覚悟ってその事だったの……でも、なんで、なぜ笑うの……振られたのに悲しくないの、悔しくないの、切なくないの……」
ひより「多分その全てが正解……だけど何故かスッキリしたよ」
ゆたか「スッキリ……分からない」
ひより「相手に私が好きだって伝えられたから」
ゆたか「伝えられたから……それだけで……それだけでいいの?」
ひより「いいとは言わないけど、しょうがないじゃん」
ゆたか「しょうがない……」
ゆーちゃんは肩を落としてベッドに座った。
ひより「このまま此処に居ても何も変わらない、時間がけが過ぎて佐々木さんは故郷に帰ってしまう、どうする?」
ゆたか「どうするって言われても……」
ひより「告白もお別れも言えなくなっちゃうよ」
ゆたか「でも佐々木さんは……」
ひより「そう、佐々木さんは千年前の恋人を忘れられない……それをいのりさんに重ねている、でも考えようによっては重ねているだけでいのりさんを好きな訳ではないかも」
ゆたか「そ、それは……」
ひより「一日の恋が千年の恋に負ける理由はないよ、断ち切ってあげようよ千年前の恋人はもう居ないってね……その後はゆーちゃん次第」
ゆたか「どうやって、断ち切るの」
ひより「私と同じ事をすればいいよ、その後……どうなるか私にも分からないだけど、後悔はしないと思う」
ゆーちゃんは私を見た。
ゆたか「ひよりちゃんのその表情を見ていると少し落ち着いた……」
ゆーちゃんの顔色が少し良くなった。
ひより「みなみちゃんが来ていたって聞いたけど」
ゆたか「うん……私、悪い事しちゃった、寝たまま話しを聞くなんて……ひよりちゃんも昨日は追い出してごめんなさい……」
ひより「うんん、別に構わないよ、そのおかげで私はまなぶの恋に気付いたのだから、それよりみなみちゃんは何を話したの?」
ゆたか「昔の話の話し」
ひより「昔の話し?」
ゆたか「うん……ひよりちゃんにも話すって言っていたから……話すね」
ひより「うん……」
ゆたか「みなみちゃんが中学生の頃、お友達にラブレターの代筆をたのまれた、最初は断ったのだけど親友の頼みとあって断りきれなくて
    結局引き受けたって……文章を考える上で、恋人になったつもりで考えていくうちに……」
ひより「考えていくうちに、相手を好きになってしまった……私達と同じだ……」
ゆたか「うん……みなみちゃんは二通のラブレターを書いた、一通は代筆を頼まれた親友の分、もう一通は自分が書いた本当のラブレター……
    出すつもりはなかった、だけど親友にその手紙が見つかってしまって、それからは親友と話すこともなくなって……ラブレターも渡される事はなかった……」
あの話は本当にあった話だったのか……みなみちゃんがあまりのめり込まないのは自分の経験があったからなのか。
ひより「友情も恋も失っちゃったね」
ゆたか「自分の経験が活かせなかったって悔やんでいた、私もなんて言って返していいのか分からなかった……」
ひより「……みなみちゃんの場合は私達に当てはまらない、みなみちゃんは頼まれて代筆した、私とゆーちゃんは誰からも頼まれなかった、同じようで違うよね」
ゆーちゃんは黙ってしまった。話しを元に戻さないと。
ひより「お稲荷さん達が故郷に帰る日はそんなに遠くないみたい……どうするの」
ゆーちゃんは黙ってままだった。だけどさっきまでのゆーちゃんとは違う、顔色はもう元に戻っている。ただ踏ん切りがつかないだけ。なら背中を押してあげるだけだ。
ひより「ゆーちゃんはもう決めているんでしょ、」
ゆたか「で、でもそれが正解かどうか……」
ひより「高良先輩が言っていたよ、恋愛に正解はないって、やってみるといいよ」
ゆーちゃんは私を見上げた。
ゆたか「ひよりちゃんもそうやって決断したんだ……」
私は頷いた。
ゆたか「そうなんだ……凄いね……私も出来るかな……」
ひより「出来ると思うよ、私も出来たのだから」
ゆーちゃんは立ち上がった。
ゆたか「私……やってみる……でもひよりちゃんに手伝って欲しい」
ひより「私に出来る事なら」
ゆたか「それじゃね……」
『グ〜〜〜』
私のお腹が鳴いた……
『グ〜〜〜』
続いてゆーちゃんのお腹も鳴いた……私達二人の動きが止まった。
ひより「そういえば昨日から何も食べていない……」
ゆたか「私も……」
ひより「と、取り敢えず腹ごしらえしようか、腹が減っては軍はできないって言うし……兵法の基本だね」
ゆたか「別に戦いに行く訳じゃ……」
ひより「いいや、恋愛は戦いだよ、ささ、戦闘準備」
ゆーちゃんは笑った。
ゆたか「ふふ、台所見てくるね、少ししたら来て」
ひより「うん」
笑顔で足取りも軽くゆーちゃんは部屋を出て行った。元に戻った。でもこれは元に戻っただけ。さてこれからが本番、気を引き締めないと。

62 :ひよりの旅 97/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:26:02.29 ID:W145K4B60
 軽食を食べて再びゆーちゃんの部屋に戻った。
ひより「話しの途中だったね、それで私は何を手伝えば?」
ゆたか「うん、神社の倉庫に佐々木さんを呼んでほしい……」
ひより「佐々木さんを呼ぶ……私が、何故、ゆーちゃんが呼べば良いじゃない?」
ゆたか「だって、恥かしいでしょ……」
顔を赤らめるるゆーちゃん。
ひより「恥かしいって……その先にもっと恥かしい事をするでしょ、それじゃ告白なんて出来ないよ」
ゆたか「……ひよりちゃん、私を手伝ってくれるって言ったでしょ、それとも手伝ってくれないの」
いつになく言い寄って来た。何かあるのだろうか。訳がありそうだけど……
ひより「分かった、手伝うよ……それで呼んだらどうするの」
ゆたか「呼んだら佐々木さんを置いてそのまま離れて……」
恥かしいからか……それなら最初から一人ですればいいような気がするけど……これが手伝いになるなのかな。
ひより「離れてもゆーちゃんと佐々木さんの行く末は見させてもらうよ」
ゆたか「分からないようにしていれば……いいよ」
いや、もう考えるのはよそう、ゆーちゃんはその気になったそれでよしとしよう。
ひより「OK、分かった、それで決行の日時は?」
ゆたか「今度の日曜、午後四時ぴったりで」
四日後か……
佐々木さんを確実に来てもらうようにしないといけない。明日整体院に行こう。私は帰り支度をした。
ひより「午後四時ね、分かった、食事ありがとう」
ゆたか「もう遅いよね、電車も少なくなるし車で送るね」
え、ま、またあの運転を……体験するのか……
ゆーちゃんは部屋を出た。
ゆたか「おじさん、車を貸して……」
結局、私の家はそんなに遠くないと言う事でおじさんに送って貰う事になった。

そうじろう「ありがとう……」
ひより「どうしてお礼なんか、何もしていませんけど」
車は私の家に向かっている。ドアを開けた時のおじさんの表情とはちがって明るい顔になっていた。
そうじろう「ゆーちゃんだよ、君が来てから明るくなった」
ひより「いえいえ、私の前にみなみちゃんが来てくれていましたから……」
そうじろう「どっちでもいい、良かった……」
ひより「いいえ、まだ終わってはいませんけどね」
車は赤信号で止まった。
そうじろう「ふふ、ゆーちゃんも、もう、そんな歳になったのか……早いものだな」
ひより「そ、そうかな、私達が遅いだけかも、他はもっと……」
おじさんは笑った。
そうじろう「ふふ、こなたにしてもそうだった、まさか友達の所に行くとは思わなかった、つかさちゃん……初めて見た時は一人で何かするような子には見えなかった、
      こなたを誘ってレストラン経営か……しかも上手くやっている、驚いているよ」
ひより「そうですか……私もゆーちゃんも憧れの先輩の一人ですよ」
そうじろう「これは失礼した」
信号は青になり車は再び走り出した。
ひより「あの、おじさんの時はどうだったのですか」
そうじろう「私か……私は悩んだりしたりしなかった、対象は一人しか居なかったから……君に語って聞かせるほど経験は豊富ではない」
ひより「奥さん一筋って事ですよね、素晴らしいじゃないですか」
そうじろう「ふ、そのかなたは去った……こなたも、そして今度はゆーちゃんも、皆私から去っていく……」
しまった、余計な事を言ってしまったか。
ひより「す、すみません、悲しい事を思い出させてしまって……」
そうじろう「いや、楽しいかった事も同時に思い出したよ……こなたやゆーちゃんが居なければ田村さんにも会えなかった……確か漫画を描いていると聞いたが、
      漫画で食べていく気はあるのかい?」
ひより「い、いえ……まだそこまでは考えていません……」
そうじろう「そうか……その信号を右だったな」
ひより「はい……」

63 :ひよりの旅 98/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:26:57.44 ID:W145K4B60
 それからおじさんは家に着くまで何も話さなかった。
おばさん……かなたさんはもう亡くなっていたのをつい忘れていた。
もし、お稲荷さんの薬があったら、おばさんは救えただろうか……
もう二十年以上前の話じゃないか、私も生まれていないのにそんな事できるわけない。
もし、佐々木さん達が帰るとき、お稲荷さんの仲間が迎えに来るならかなたさんや真奈美さんくらい生き返らせてもらいたい。
その時佐々木さんとの会話を思い出した。人が亡くなった後どうなるかと聞いたら分からないと答えが返ってきた。
つまり死んだ者を生き返らせた事なんか一度もなかったって言っている。
かがみさんの病気を治し、この宇宙を自由に飛び回れる力をもってしても生き返らせるって無理なのか……
そもそもそんな事って可能なの……
結局お稲荷さんも私達人間と同じ、私達より進んでいるれけど、どんぐりの背比べなのかもしれない。この宇宙の謎に比べたら……

 次の日、私は整体院を訪れた。呼び鈴を押すとまなぶが出てきた。
まなぶ「いらっしゃい……すすむだね、診療室にいるからそのまま入って」
まなぶが居るのか、まなぶは知っているのだろうか、ゆーちゃんの恋を……ここなら佐々木さんに声は届かない。
ひより「一つ聞きたい事が……ゆーちゃんについて」
まなぶ「小早川さん……彼女がどうかしたの?」
ひより「い、いや、人の感情が分かるなら……何か読み取れるかなって」
まなぶ「大人しい子だけど、芯はしっかりしている……それがどうかした?」
ひより「い、いや、何でもない、佐々木さんに会わせて貰うね」
まなぶ「どうぞ」
まなぶはゆーちゃんの恋を知らない……あんなに悩んで苦しんでいるのに、私の場合は自分でも気付かなかった感情を読み取っていた。どうしてだろう……
かがみさんみたいに心を読み取られない方法を知っているのか……まさか。
『コンコン』
診療室のドアをノックする。
すすむ「どうぞ」
私の顔を見た佐々木さんはうんざりするような顔になっていた。私もこれ以上お節介を焼くつもりはない。これが最後。
ひより「こんにちは……実は折り入ってお願いがあって来ました、電話でもなんですので直接話したくて……」
すすむ「そろそろ来るとは思っていた……私の気持ちは変わらない」
あの時の涙は嘘だったの……そう言いたかったけどここは堪えた。
ひより「はい、ですから最後のお別れと言う事で……明後日の午後四時、神社の奥倉庫に来て頂けませんか」
すすむ「……それは私もしようと思っていた……分かったその時間に行くとしよう」
ひより「ありがとうございます、それでは失礼します」
そのまま診療室を出ようとした。
すすむ「そ、それだけなのか?」
ひより「はい、私の用は終わりました、佐々木さんは何かあるのですか?」
すすむ「い、いや、無い……いや、呼吸法を、最後に呼吸法を教えよう」
意外だなって感じだ。私が淡白だったから。それだけではないはず。
ひより「本当ですか、嬉しいです、ゆーちゃんも連れてくればよかったかな」
すすむ「いや、彼女はもうマスターしている、もう私の教える必要はない」
いのりさんではなくあえてゆーちゃんの名前を出したのに何の反応もない。恋愛は私同様かなり鈍い……でも、これは責められないか。
それから私は佐々木さんに一時間ほどの練習を受けた。

すすむ「今日は完璧だ……そのリズムを忘れないように」
ひより「はい……」
私は帰り支度をした。
すすむ「も、もう帰るのか……」
ひより「はい……」
すすむ「そうか……短い間だったが世話になった」
ひより「こちらこそ、この呼吸法は私達人間が見つけたって言いましたよね、でも、それを知っているのは、教えられるのは佐々木さんだけです、
    残ってくれれば何人も助けられますね」
すすむ「……そう、そうかもしれない」
すこし肩を落とした。
やっぱり……全くこの地球に未練がないって訳じゃなさそう。
ひより「最後に質問いいですか、死んだ人間を生き返らす方法ってあります?」
すすむ「……なぜそんな質問をする」
ひより「私には二人ほど生き返らせたい人がいるので、方法があるのかどうかくらい聞いてもいいですよね」
すすむ「分からない、だが少なくとも私達の知識にはそれは無い……だがこの知識はここに来てから変わってない、あれから四万年経過している……」
ひより「故郷の仲間が見つけているかも?」
佐々木さんは少し考えた
すすむ「……いや、それはない、四万年程度で理解できるほど生命は単純じゃなさそうだ」
ひより「ですよね、だから佐々木さんも帰ると決め付けないで最後まで考えて……私達の寿命は短いのですから……私が言えるのはそれだけです、それでは明後日……」
私はそのまま整体院を出た。

64 :ひよりの旅 99/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:27:57.30 ID:W145K4B60
 日曜日の午後三時三十分。神社の入り口で待っていると佐々木さんがやってきた。
あれから誰とも連絡は取っていない。もう私の出来る事はし尽くした。
これで私の関わるミッションは全て終わる。小林さんとひろしさんは私が直接関わっていないから高良先輩にお任せだ。あとは時間が解決してくれる。
すすむ「場所は知っている……別に待っていなくても……」
ひより「もしもがありますからね……行きますか」
倉庫の広場に付いた。
ひより「私が居てはなにかとやり難いでしょ、私は帰りますね……」
すすむ「……何から何まで世話になったな……」
ひより「さよならは言いませんから……」
私は広場を出て茂みの中に入り回り道をして広場出口の反対側に出た。ここなら誰にも見つからない。
さて、ゆーちゃんの手伝いは終わった。この後の展開を見るだけ……そう、見るだけ……

 午後三時五十九分……そろそろ時間。
『ザッ、ザッ、ザッ』
出入り口の方から足音が聞こえる……来た、ゆーちゃんが来る……
すすむ「いのりさん……」
いのり「佐々木さん……」
えっ……そ、そんな……
そこに来ていたのはゆーちゃんではなくいのりさんだった。
ば、ばかな、ゆーちゃんが来ないと、ゆーちゃんを先に会わすのが私の目的だった。私の様な失敗はさせまいと思ってゆーちゃんを最優先にしたんだ。
これは何かの間違えだ。私は茂みを掻き分けようと前に出た。
「邪魔したらだめ」
後ろから小声で私を止める人がいる。後ろから手が伸び私の腕を掴むとグイグイと茂みの奥に引っ張り込まれた。すごい力だ……いや、後ろから引かれているから力が出ない。
いのりさんと佐々木さんが見えなくなるまで移動すると手を放した。後ろを振り向くとゆーちゃんが立っていた。
ひより「ゆーちゃん!!」
ゆたか「やっぱりひよりちゃんはこうすると思った、来て良かった」
ひより「良かったって……ま、まさか、最初からいのりさんを会わすつもりだったの……どうして……」
ゆたか「だって、そう言ったらひよりちゃん反対するでしょ」
笑顔で話すゆーちゃん……
ひより「当たり前じゃない、これじゃ私と同じじゃないか、バカ、ゆーちゃんのバカ……お人好しすぎだ……」
ゆたか「まだ、二人が結ばれるなんて決まっていない……私は確かめるの」
ひより「確かめるって……何を?」
ゆたか「いのりさん佐々木さんの恋人の生まれ変わりかどうか……そうなら二人は結ばれる、違っていれば私にもチャンスがある……」
ひより「そんなおとぎ話みたいな話なんてないよ……」
ゆたか「だから確かめるの……生まれ変わりだったら素敵でしょ……」
ゆーちゃんは目を輝かせて広場の方に歩いてった。

 ゆーちゃんは絵本を書いた事をあるのを思い出した。メルヘンやファンタジーはゆーちゃんの大好物。 
ゆーちゃんに千年越しの恋話はしてはいけなかった……でも、あの時はまさかゆーちゃんが佐々木さんを好きになっているなんて知らなかった。
遅い……そう、遅い。たかしが私に言った言葉を思い出す……
先読みしていたつもりだった。だけど現実はその先を進んでいる。所詮恋愛の手助けなんて……
ゆーちゃんは自分を犠牲にしてまつりさんと佐々木さんをくっ付けようとしたのか。
違う。
……ゆーちゃんのあんなに喜んでいる姿なんて久しぶりに見た。犠牲になるような人があんな嬉しそうな顔になるのか……
ゆーちゃんはそれを選んだ……私はそれをただ見守るしかない……それなら見させてもらう、いのりさんが生まれ変わりかどうか。
私はゆーちゃんの後を追った。

65 :ひよりの旅 100/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:29:14.47 ID:W145K4B60
 ゆーちゃんの隣に並んだ。そしてゆーちゃんの目線を追った。そこには二人が居た。佐々木さんは立っている。いのりさんがしゃがんでいる。しゃがんでいる所は、
コンが入ったダインボールを置いた所だ。
すすむ「本当にあの時は助かりました、コンが行方不明になって、そのまま居なくなってしまったら……」
いのり「始めは私が世話をしました、途中から、コンの記憶が無くなっていたと分かった時からはまつりが主に世話をしました……まつりがあんなに世話焼きなんてすこし驚いた、
ところで今、コンはどうしています?」
コンの話しをしているのか……
すすむ「元気にしていますよ……」
いのりさんは立ち上がった。
いのり「そうですが、今度また会ってみたいですね、引越しされると聞きましが、どちらへ?」
すすむ「え、そ、それは……」
いえる筈はない。遠い星へ、故郷へ帰るなんて。
いのり「言えないのでしたら無理には……遠くに行くのですね」
すすむ「は、はい……」
小さな声で返事をした。
いのり「それなら一つ聞いていいですか、とても下らない質問です、笑っちゃうくらい……」
すすむ「それは何ですか……」
いのりさんは少し照れながら話し始めた。
いのり「私の妹が一人旅に出て不思議な体験をした……一匹の狐に化かされて、それを切欠に仲良くなった……そしてその狐に命を救われたと……自分の命を引き換えにね」
すすむ「……妹さんがそんな話しを……」
いのり「そんな話は誰も信じない、もちろん私も最初はそうだった……でもね、同じ話しを妹は田村さんにもしたらしく……田村さんご存知かしら……」
すすむ「知っています、私の患者でもありますから……確かあの時此処にも居ましたね……」
いのり「……その田村さんがコンをその狐に似ていると言い出しね……笑っちゃうでしょ」
すすむ「ふふ、大学生と言ってもまだまだ子供ですよ……」
いのり「そう、普通なら作り話で終わってしまう……でも、妹は、つかさは違う、今まで目で見た事、体験した事しか話さなかった、それに嘘を付いたり騙したりする様な事もしない」
これは……私が苦し紛れに言った話しをしている。
いのり「コンは賢かった……どこかの救助犬か警察犬と見間違うくらい、それ以上かもしれない……私も田村さん同様に私もつかさの会った狐と酷似していると思うのです」
この話は知らなかった。いのりさんもかがみさんと同じようにコンの正体を見抜いていた……
すすむ「只の賢い犬です……私が躾けましたから……」
いのり「それともう一つ、私のもう一人の妹が倒れて病院に担ぎ込まれた……検査の結果は脳腫瘍、それもかなり危険な種類のものと診断されました……
    それがたった一晩で何事もなかったように退院、誤診となったようですが……私はその後、病院で確認しました、倒れた時に撮影されたCTスキャンに、かがみの脳には
    しっかり病巣が移っていました……かがみが病気だったのは何となく分かっていた……奇跡が起きたとしか思えません」
いのりさんはそんな事まで調べたのか……いのりさんは気付き始めている。お稲荷さんの存在に……そのヒントを出したのは……私……
すすむ「それと、妹さんの狐の話しと何か関係あるのですか……私には荒唐無稽でさっぱりです」
いのり「かがみはコンに助けられた……」
すすむ「ふ、ふふ、はははは、い、いのりさん、傑作だ、お別れの余興にしては上手い話ですよ、一生忘れられそうにない……」
大笑いしている佐々木さんだった。
それにしても惜しい所までいっていた。でもいのりさんがたかしを知っている筈もない。それでホッとして佐々木さんは笑っているのか。
いのり「それとも、佐々木さん、貴方が治してくれた-」
すすむ「ふふ、治したのは私ではありませんよ……」
いのり「では誰ですか、お礼が言いたい……」
すすむ「それは、たか……」
佐々木さんの笑いが止まった。
『バカ!!』
心の中で私は叫んだ。ゆーちゃんはクスリと笑った。そしていのりさんもクスっと笑った。
ゆーちゃんは佐々木さんを好きじゃないのか。二人がああして仲良く話しているのを見ていて何とも思わないのかな。
私だったら……私ならそんな光景は見たくない。その場を離れてしまいたい気持ちになる。ゆーちゃんときたらまるでドラマを見ているように平然としている。
本当にゆーちゃんは佐々木なんが好きなのか……まなぶもゆーちゃんの感情を読み取っていないみたいだったし……
まさか、最初からゆーちゃんは佐々木さんが好きではなかった……
いのり「……今のはボケていない……ですよね」
いのりさんの声で現実に引き戻された。ゆーちゃんの気持ちはさて置き、この二人の動向に目が離せない。
佐々木さんはどう話そうか苦慮している。
いのり「かがみもつかさも助けられたようですね、最後に分かっただけでも良かったです」
すすむ「……君は何とも思わないのか……私がそうだったとして、恐れないのか……」
いのり「ふふ、これでも巫女のはしくれですよ、神社に祭られているものを恐れたりしません」
佐々木さんの目がやさしくいのりさんを見つめる。
すすむ「……その言葉、千年前にも聞いたことがある……」
いのり「はい?」
佐々木さんは三歩後ろに下がった。いのりさんは首を傾げて佐々木さんを見ている。
すすむ「これから起きる事を全て受けいれらるなら君に私の気持ちを全て話そう、拒絶するなら私は故郷に帰る」
いのり「な、何を?」
いのりさんは両手を口元に持ち上げて不安げな表情になった。
すすむ「その目で確かめて下さい、その後は君の好きなように……」

 佐々木さんの体が淡い光に包まれた……
佐々木さんは狐になる姿をいのりさんに見せるつもりなのか。そんな事をしたら……そんな事をしたら。
私はその姿を見て逃げ出した。まつりさんは気を失って自らの記憶を変えてしまうほどのショックを受けた……
まさか、佐々木さんは自分が故郷の星に帰る理由をつける為に……
腕が熱い……
気付くと私の腕を力強くゆーちゃんの手が握っていた。ゆーちゃんを見ると瞬きをする間も惜しむように佐々木さんを見ている。
いのりさんは……いのりさんは佐々木さんを見ている。逃げることなく、気を失う事もなく……ただ狐に変わっていく様子を見ていた。私とゆーちゃんと同じように。

66 :ひよりの旅 101/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:30:20.77 ID:W145K4B60
 そこには狐の姿の佐々木さんが居た。この姿を見たのは記憶を消されたので覚えているのは夢の中だけ。その夢の中の狐と同じ姿がいのりさんの前に立っていた。
狐はゆっくり歩き出しいのりさんの目の前まで近づくとお座りをしていのりさんを見上げた。
いのりさんは狐を見ているだけだった。だけど逃げ出さない。そして気も失っていない。いや、そのどちらも出来ないほどの状態なのかも。
やはり早すぎた。もっと時間をかけてからこうすべきだった。ゆーちゃんの手が私の腕から放れた。ゆーちゃんも私と同じ様に考えているのかもしれない。
いのりさんと佐々木さんは数分間動かず沈黙が続いた。

『ク〜ン』
佐々木さんは一回悲しげな鳴き声を上げた。しかしいのりさんは何も反応を見せなかった。佐々木さんの頭が項垂れた。そしてそのままの状態で立ち上がりいのりさんに背を向けた。
ゆたか「そ、そんな……」
小さな声でゆーちゃんが呟いた。佐々木さんは諦めたと思っている……私もそう思った。終わりだ……
佐々木さんはゆっくりと歩き出していのりさんから離れていく。
あれ、いのりさんは離れて行く佐々木さんを目で追っている……いのりさんにはまだ意識がある。
いのり「ま、待って……」
しかし佐々木さんは止まらなかった。
いのり「待って、佐々木さん、佐々木……すすむさん」
ささきさんは立ち止まった。そして振り向いた。
佐々木さんの名前を呼んだ。いのりさんはあの狐を佐々木さんだと認識している……
いのり「その姿のままで帰ると危ないですよ、車やいたずらっ子がいますから」
いのりさんはにっこり微笑んだ。
佐々木さんはゆっくりといのりさんに戻っていく。いのりさんはしゃがんだ。そして佐々木さんはいのりさんの目の前で止まった。
いのり「……元に戻れるまで此処にいますから……貴方の気持ちを聞かせて……」
その言葉を聞くと伏せてゆっくりと目を閉じた。その姿をいのりさんは見守っている。
ゆたか「ふぅ〜」
ゆーちゃんは溜め息を付くとその場を離れて茂みの奥に行ってしまった。私もすぐにその後を追った。

 ゆーちゃんは私を引っ張り込んだ所で止まっていた。
ひより「いいの、最後まで見届けなくて……」
ゆたか「もう、あの二人は大丈夫……だからもう私は要らない……」
ゆーちゃんは大丈夫には見えない。
ひより「いのりさんに全て話したみたいだね、だから今日まで四日も間を空けた」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「うんん、いのりさんには今日、此処に佐々木さんが来るって……それしか言っていない」
するといのりさんは私の話した情報だけで佐々木さんを理解したのか……
ゆーちゃんには酷だけど、確かめなければならない事がある。
ひより「佐々木さんを好きだったの?」
ゆたか「もう……知っていると思ったけど……何でそんな事聞くの」
少し不満げで口を尖らしていた。
ひより「まなぶがゆーちゃんの心をまるっきり知らなかったから……彼の能力は知っているかな?」
ゆたか「……かがみ先輩の病気を宮本さんから教えてもらった時、彼から直接私に話があった、佐々木さんを好きなんでしょって……彼には嘘は言えない、見透かされている、
    だから彼と約束をした、佐々木さんには絶対に話さないようにって、私の気持ちは佐々木さんには知られないように……だからひよりちゃんに話さなかったと思う」
佐々木さんに知られないように、それだと余計にゆーちゃんの言っている事が矛盾する。
ひより「……それなら私を佐々木さんの出迎えをさせたのは何故、私が佐々木さんに言ってしまうって思わなかったの?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「それはないよ、私が佐々木さんに告白をするって思っていたから、そう思っているかぎりひよりちゃんは佐々木さんに言わない、そうでしょ、ひよりちゃん?」
ひより「最初から決めていたの……か」
悩んでいたのは選択ではなく方法だった。
ゆたか「ひよりちゃんの勘違いを利用させてもらちゃった……」
ゆーちゃんは申し訳なさそうに俯いた。今更そんな表情をされても私は困るだけだ。
ひより「どちらにしてももう私達のミッションは終わった、あとはかがみさんとつかさ先輩だけど、それは高良先輩に任せるしかない……すっきりしたよ
    なんだかお腹減っちゃったね、何か食べに行こうよ」
私が行こうとした時だった。
ゆたか「まだ終わっていない……」
ひより「終わっていない……なんで、終わったでしょ……それとも未練ができちゃったなんて言うの……?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「私……ひよりちゃんに謝らないと」
ひより「……さっきの事なら気にしないよ」
ゆたか「違うの、私……ひよりちゃんの記憶を奪った本当の理由を言わないといけない、それを言うまで私のミッションは終わらない」
ひより「ふふ……それも、もう終わった事でしょ、それで私が態度を変えるなんてないから」
私は笑って返した。
ゆたか「秘密にしたかった訳でもない、一人で解決したかった訳でもない……そんな事じゃないの……本当はね……
ひよりちゃんが佐々木さんを好きになるのが嫌だったから……これ以上ライバルを増やしたくなかったから……だから記憶を消した、そうだとしても変わらない?」
笑いが止まった。そしてはゆーちゃんを見た。高校時代から変わらないその姿……まだまだ子供だと思っていた。
今までゆーちゃんがやってきた事を総合すると、彼女は目的の為には手段を選ばない……そんな感じだ。
子供のようなあどけなさの影に小悪魔的な冷酷さが潜んでいる……
ゆたか「彼との恋が実らなかったのはきっと罰が当たったからだね……ごめんね……ひよりちゃん……」
でも人間はそんなもの。だから人間は面白い……その程度で私の気持ちは変わらない。
ひより「ゆーちゃんと同じ人を好きになるのは止めた方が良さそうだね〜何をされるか分からないや……」
少し皮肉を込めて笑いながら話した。これが私の答え。
ゆーちゃんは私の顔を見ると目が潤み始めて、涙が零れだした。
ゆたか「何で、何でそんなに優しいの、もっと怒っていいのに、突き飛ばしてもいいのに……ひよりのバカ……ばか……」
ゆたかはその場に泣き崩れた。こんなに激しく泣く姿を見るのは初めて。
それもそのはず、ゆたかは大切な物を失い、同時に大切な物を得たのだから……
それは私も同じ……
同じだからゆたかの気持ちは分かる。分かるけど溺れない、溺れればきっとゆたかとの友情はなくなる、みなみちゃんの友人の時の様に。
落ち着いたら食事しに行こう、少しお酒も入れようか。
今は涙が涸れるまでゆたかを見守ろう。いのりさんの様に……
倉庫広場をいのりさん達が先に出たのか、私達が先に出たのかは分からない。だけど私達が神社を出たのはもう日が暮れて街灯が点く時間だった。

67 :ひよりの旅 102/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:31:35.04 ID:W145K4B60
 それから暫くしてワールドホテル秘書、木村めぐみが自首した。つかさ先輩の家に匿われていたそうだ。もう一人、柊けいこを助けるためにそうしたと聞いた。
その木村めぐみさんに全てのお稲荷さんを故郷に帰す計画を託された泉先輩。
いろいろ四苦八苦したみたいだったけど無事任務を終えた。
そして、残ったお稲荷さんは……まなぶ、佐々木さん、小林さん……そして、最後につかさ先輩の恋人、ひろしも残る事になったそうだ。
柊四姉妹全てがお稲荷さんと結ばれる……これも何かの縁か運命なのだろうか。
だとしたら私とゆたかがどんなにもがいても叶うはずはない。

私とゆたかは大学を卒業すると同時に引越しをすることになった。それはにまつりさんやいのりさんに遠慮した訳じゃない。私はまなぶや佐々木さんに何回も会っている。
ゆたかも会っているみたいだけど、さすがに佐々木さんには会い難いと言っていた。
私達と入れ替わるようにつかさ先輩と泉先輩が戻ってきた。店ごとの引越しだそうだ。それを一番喜んだのは泉先輩の父、そうじろうさんなのは言うまでもない。
つかさ先輩は引っ越した店、レストランかえでの隣に洋菓子店を開いた。
それから間もなくいのりさんが結婚、あとは順番につぎつぎと結婚をした。

私とゆたかは同居している。そして同じ仕事をしている。
始めは違う仕事をしていた。ゆたかがふと思いついた物語が面白かったのでそれを私が漫画に描いてみてコミケに出してみたらたら意外とうけてしまった。
これが切欠となり私とゆたかはコンビで漫画界にデビューすることになった。まさかゆたかとこんな形でコンビになるとはは夢にも思わなかった。
それからは目まぐるしく時間が過ぎていく。学生時代がスローモーションに感じるほどに……


68 :ひよりの旅 103/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:32:56.52 ID:W145K4B60


 十年後……

 私はつかさ先輩に呼ばれて洋菓子店つかさに来ていた。もちろんゆたかやみなみも一緒、いや……陸桜学園祭のチアリーディングメンバー全員が呼ばれた。
何でもつかさ先輩がピアノの演奏を皆に聞かせると言うのだ。皆が集まるのはあの時以来かもしれない。
私は約束の時間よりもかなり早く店に来ていた。あの出来事を直接つかさ先輩に話したかったから。
つかさ「……そんな事があったの、そこまでは知らなかった……」
私の恋、ゆたかの恋、そしてかがみさんの病気……そこで私達がしてきた事、つかさ先輩にはどれも初めて聞く話だったようだ。
ひより「ゆたかは話さないでって言っていたけど、もう時間も経っているし……」
つかさ「そうだね、もうあれから十年くらいかな……時間が経つのは早いね……でも不思議、ひよりちゃんとゆたかちゃんがコンビを組んでいるなんて、ゆたかちゃんは
    みなみちゃんと一緒に仕事をすると思っていたけど……」
ひより「それを言うなら私も同じですよ、泉先輩はかがみさんと一緒に何かすると思っていましたけど」
つかさ先輩は笑った。
つかさ「そうかもしれない、こなちゃんとお姉ちゃん、あんなに仲がよかったのに、私とと一緒に仕事をしているのはこなちゃんたよね、私の店と隣だし、
    お菓子もレストランに提供しているから毎日のように会っているよ」
私は辺りを見回した。
ひより「あの、旦那さんは?」
つかさ「あ、ひろしね、ひろしはお休み、同性だけで会う方が気兼ねしなくていいでしょって、子供を連れて実家に行くって」
ひろしさんは結婚式に会っているだけだった。一度いろいろ話してみたかった。
ひより「そうですか……そういえばつかさ先輩だけ柊の姓なんですよね……」
つかさ「そうなの、だからひろしにお父さんの仕事を引き継いで欲しいって……ふふ、面白いでしょ、お稲荷さんが神主をするかもしれないって」
ひより「そうですね、ふふ……」
私達は笑った。
つかさ「それでね、まつりお姉ちゃんはね……」
その時、私の表情を見たつかさ先輩は話すのを止めた。
つかさ「ご、ゴメン、今の話は止めておくね」
私はまだ諦めていないなのだろうか。つかさ先輩でも分かるほど表情に出たのか。もっとも今のつかさ先輩は昔とは違う。結婚もしているし一児の母でもある。
細かい表情の変化を見逃さないのかもしれない
そうだった。私はつかさ先輩に一番に会いに来たのを思い出した。今そのチャンス。この期を逃すわけにはいかない。
ひより「つかさ先輩、一つ聞いて良いですか」
つかさ「どうしたの、改まっちゃって?」
ひより「実は、このお稲荷さんの話しを漫画にしたのですが……私の話しをつかさ先輩が知らなかったと同じように私もつかさ先輩の話しを詳しく知りません、
    出来れば話して欲しいのですが……良いですか?」
つかさ「えっ、ま、漫画に……するの、私は構わないけど……皆が、特にお姉ちゃんが何て言うか、あの時の事、忘れていないでしょ?」
覚えている。
ひより「でも、この案を考えたのはゆたかです、」
つかさ「ゆたかちゃんが……」
ひより「それに事前に許可を得れば何も問題ない、皆が反対したら是非つかさ先輩に説得の手伝いをしてもらおうと思って……当事者の一人が賛成すれば説得力がでるでしょ?」
つかさ「でも……ひろしやすすむさん、ひとしさん、まなぶさんが何て言うか……だたでさえ正体を知られるのを嫌がっているし」
ひより「彼らはもう人間なのですよね、お稲荷さんじゃないでしょ」
つかさ「え、う、うん、そうだけど……」
困惑するつかさ先輩だった。

69 :ひよりの旅 104/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:33:55.78 ID:W145K4B60
『ガチャ!!』
お店の玄関が開いた。今日は貸し切りって聞いていたけど……
こなた「やふ〜、ひよりん、早いね……」
ひより「泉先輩……久しぶりです」
つかさ「いらっしゃい」
泉先輩は不機嫌な顔をした。
こなた「ひよりん、もう先輩は止そうよ、それにね、上の名前で呼ばれちゃ未婚だってバレちゃうでしょ」
ひより「へ〜先輩もそんな事気にするようになったんだ」
こなた「う、うるさ〜い、ひよりんには言われたくない!!」
今日呼ばれたメンバーで未婚なのは私、泉先輩…そしてゆたか……の三人だけ。
あのかえで店長も結婚をした。そのせいもあるのだろうか、最近は泉先輩も気にするようになったようだ。
つかさ「別に良いじゃない、結婚が全てじゃないよ」
こなた「結婚して幸せいっぱな人に言われても説得力ないよ……で、二人で何を話していたの?」
相変わらず切り替えの早い泉先輩。
つかさ「ひよりちゃんがね……お稲荷さんの話しを漫画にしたいって……プロになったのだし、あの時みたいな冗談じゃ済まないと思うの」
私よりも先に話されてしまった。つかさ先輩も切り替えが早くなったな……
泉先輩の目が輝き始めた。
こなた「私に内緒でそんな面白そうな企画をするなんて、つかさの話しなら私に聞くべきじゃないかな、つかさじゃ肝心な所が抜けるから」
つかさ「こ、こなちゃん……まだ決まった訳じゃなくて……」

『ガチャ!!』
ゆたか「こんにちは〜お久しぶりです……えっ!?」
店の扉が開いた。ゆたかが入るな否や泉先輩が駆け寄った。ゆたかは驚いて一歩下がった。
こなた「ずるい、私に内緒で漫画を描くなんて、何で私をスタッフにしないのさ、私の大活躍の場面をいっぱい、いっぱい入れようよ」
ゆたか「え、ひ、ひより、もしかして、もう話しちゃったの?」
ゆたかは驚いた顔で私を見た。
ひより「い、いや、何て言うのか、タイミングが悪かった……本当はつかさ先輩だけに……」
つかさ「ゆたかちゃん、ひよりちゃん本当に良いの、お稲荷さんの話しを物語にするには二人の失恋を……あっ!!!」
慌てて両手で口を塞いだ。しかしもう遅かった。泉先輩が聞き逃すはずはない。
こなた「しつれん……失恋だって……」
益々目を輝かせてゆたかと私に駆け寄った。
こなた「そんな話は初耳だな……どう言う事かな……お二人さん」
つかさ「ご、ごめんなさい……つ、つい……」
顔の前で両手を合わせて謝るつかさ先輩。
ゆたか「別に構いませんよ、内緒にするつもりはありませんから」
あっけらかんと答えた。私はゆたかのその表情を見て愕然とした。どう言う事……
ゆたか「私……五年前に彼に会って、その時の気持ちを話した、彼、全く気付いていなかったって驚いた……でもね……彼はそれでもやっぱりいのりさんを選んでいたって……」
微笑みながら、恥じらいも無く淡々と話す。あの時のゆたかが嘘のようだ。
こなた「彼って誰……いのりさんが好を選んでいたって……え、え……ま、まさかゆーちゃんの好きだった人って……」
ゆたか「そう、佐々木すすむさん」
泉先輩は絶句した。
つかさ「ゆたかちゃん……」
ゆたか「一時は落ち込んで……苦しくて、泣いて、もがいていたけど、初恋の殆どは実らない……どうにもならない事がこの世にはあるって、そう割り切れた……」
ゆたかにとってあの時の出来事はもう過去の話し。ただの思い出になったと言うのか。
私はゆたかが結婚しないのはまだ失恋を引き摺っているのだと思っていた。違う……ただ縁がなかっただけ……
十年も一緒に仕事をしていて、同居して気付かなかった……
こなた「それで、ひよりんは……どうなの?」
ひより「私?」
……私が好きだったのは宮本まなぶ……い、言えない。ゆたかのように言えない。何故……
こなた「なにもったいぶっっちゃって、ひよりんらしくない」
ひより「い、いや、なんて言うのか、その、あの……」
だめだ、やっぱり言えない……どうして、あの時、私だって割り切れた。そうだったはず。

70 :ひよりの旅 105/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:34:49.52 ID:W145K4B60
『ガチャ』
かがみ「オース……」
みゆき「こんにちは」
かがみさんとみゆき先輩……
みゆきさんはあれからお稲荷さんの薬を作ろうと日夜研究している。ところがつかさ先輩は作った方法を記録に残していなかったので全く研究が進んでいない。
でも、最近はすすむさんが手伝ってくれている。すすむさんは薬の化学式を知っている。それをみゆきさんに教えたそうだ。でも答えは分かっていても
どうやって合成するのかが見当もつかないらしい。ただつかさ先輩はたかしから教えてもらった材料だけは覚えていたのでそれをヒントに試作をしていると聞いた。
もし、あの薬が完成すればノーベル賞は確実。ガンバレみゆき先輩。
みゆき先輩は研究所で知り合った人と結婚した。
つかさ「ゆきちゃん、今日は来られないって聞いたのに……ありがとう」
みゆき「つかささんの初演ですものね、行かない訳にはいけません」
こなた「やふーかがみ、おひさ」
泉先輩はかがみさんのお腹をじっと見ている。
かがみ「な、何だよ、会うなり失礼だろ!!」
こなた「……三人目……だったかな」
かがみ「四人目よ、そ、それがどうかしたか」
こなた「お盛んですこと……ねぇ、みゆきさん」
みゆき先輩はクスリと笑った。
みゆき「羨ましいかぎりです」
かがみ「盛んで悪いか……って、みゆきまで……」
こなた「まぁ、かがみがエロいのは最初から分かっていたけどね」
かがみ「なんだと、さっきから聞いていれば、私が妊娠する度に同じ事を言っているじゃない……もう許さない」
泉先輩はお手上げのポーズをした。
こなた「懲りないね〜」
かがみ「一回殴らないと気がすまない……」
かがみさんは拳を振り上げた。
こなた「あ、あ、そんなに怒ると、お腹の赤ちゃんに障るよ……」
かがみ「う・る・さ・い」
こなた「キャー」
ゆたか「かがみ先輩、危ないですよ」
みゆき「ふふ、泉さん……」
泉先輩は逃げ出した。それを追いかけるかがみさん。お店を所狭しと追いかけっこをし始めた。それを楽しそうにみゆき先輩とゆたかが見ている。
ふとつかさ先輩をみると目が潤んでいる。私が見ているに気付いたつかさ先輩は慌てて人差し指で目を拭った。
ひより「どうかしましたか?」
つかさ「うんん、何でもない……何時になっても私達って変わらないなって……真奈美さん……お稲荷さん達と出会っていなかったら、お姉ちゃんとこなちゃんは追いかけっこなんか
    していなかった……そう思ったら自然に涙が」
かがみさんは自分の旦那がお稲荷さんであるとことをもう既に知っている。驚くことも無く、恐れることも無く、ただ自然に受け入れたと……。
つかさ「私、今思ったのだけど、ゆたかちゃんはひよりちゃんの為に漫画の企画をしたかもね」
皆はかがみさんと泉先輩の死闘に夢中になっている。私とつかさ先輩だけで話している状態になっていた。
ひより「私の……為に……ですか」
つかさ「まなぶさんの正体を知らないのはまつりお姉ちゃんだけなの……こなちゃんの言うように私では伝わらない、どうかな、
ひよりちゃんからまつりお姉ちゃんに全てを話してもらえないかな……コンは亡くなったって事になっているし……」
ひより「それならかがみさん、いのりさんでも……泉先輩でも」
私は透かさず帰した。
つかさ「うんん、身内の話しは親身に聞いてくれない……それにこなちゃんはコンに一切関わっていないでしょ……恋の話しは話す、話さないはひよりちゃんの自由だよ」
ひより「で、でも……」
何故か素直に引き受ける気になれない。
つかさ「無理にとは言わない、まだ時間はあるからゆっくり決めて……」
そう言うとかがみさんと泉先輩の方に駆け寄っていった。
つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、もういい加減にして!!」
笑いと、怒号が飛び交う、何が何だか分からない締りのゆるい光景……確かにあの時のまま、何も変わらない……そして、私も……
いや、私は変わってしまった。もうこのゆるい空間には入れない……
私は皆に気付かれないように店を出た。

71 :ひよりの旅 106/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:35:50.87 ID:W145K4B60
ひより「ふぅ〜」
溜め息をついた。折角つかさ先輩が呼んでくれたけど、ピアノの演奏を聴ける状態じゃない。帰ろう。
「田村さん?」
駅に向かって歩き出して暫くして私を呼ぶ声がした。振り向くとかえでさんだった。
ひより「こ、こんにちは……お久しぶりです……」
かえで「久しぶりね、半年ぶりかしら……たまには私の店にも来てよね、っと言っても忙しそうね……漫画の連載をしているって聞いたわよ」
ひより「そんな事ないですよ、今度食べに来ますから……」
かえで「ところで、つかさに呼ばれたのよね、何故反対方向に?」
ひより「え、えっと……用事を思い出しましたので帰ろうかと……失礼します」
私はかえでさんに会釈をして立ち去ろうとした。
かえで「まちなさい……本当に失礼だわ」
叱り付ける様な厳しい声だった。背筋が伸びて立ち止まった。
かえで「貴女、つかさの友達でしょ、演奏を聞く前に帰るって……何の用事なの、親でも亡くなったか」
ひより「い、いいえ……」
かえで「それなら問題ない、戻りましょ」
ひより「……い、いいえ、戻れません、このまま帰ります……」
かえでさんは溜め息をついた。
かえで「つかさが何故演奏会をするのか知っているのか?」
ひより「知りません……」
かえで「別れた親友が好きだった曲……店を切り盛りして、しかも子育てをしながら練習した曲よ、それを聴かずに帰るのか?」
別れた親友……誰だろう。別れたって……少なくとも私の知っている人ではない。
ひより「親友って誰です、お店のスタッフの人ですか」
かえでさんは首を横に振った。そして空を見上げた。
かえで「彼女ははるか彼方……そしておそらくもう二度とつかさと会うことはない、生きている間はね……」
空を見つめて……はるか彼方……宇宙……そうか……
ひより「故郷に帰ったお稲荷さんですか……もう地球の事なんか忘れますよ……私達より遥かに進んだ世界、きっとパラダイスでしょうから」
かえでさんは首をまた横に振った。
かえで「彼等の故郷は災害に見舞われて危ないらしいわ……彼らは故郷を救おうと必死になっている」
ひより「まさか、お稲荷さんの知恵と技術があれば必死になる事なんかないですよ」
かえで「どんな災害かは聞いていない、例え聞いても私には理解できないかもしれない、それとも自らの過ちが招いた悲劇か、どちらにしても自然は計り知れないわ、
そして彼等も万能ではないって事……同じ災害が我々人類に来ない事をいのるばかりね……つかさはそんな友人を想いピアノを弾こうとしている……聴いてみる価値はあるわよ」
かえでさんってこんな感性を持っているのか……意外な一面を見た。料理人としてのかえでさんしか知らなかったので新鮮に感じた。
でも……答えは変わらない。
私は首を横に振った。
かえでさんは私をじっと見た。
かえで「よく似ている……私の古い友人もそうだった……その未練たっぷり表情がそっくりだわ……」
……私は顔を隠すように俯いた。
かえで「……その友人はもうこの世にはいない……自ら命を絶った」
辻さんの事を言っているのか
ひより「わ、私は……そんな事なんかしないです」
かえで「それなら行きましょう」
ひより「い、いいえ……」
かえでさんは店の方向を見た。
かえで「分からず屋ね、それじゃあの子に頼もうかしら」
私はかえでさんの見ている方向を見た。
ゆたか「ひより〜」
ゆたかが私の名前を呼びながら走ってきた。息を切らしている。ずっと此処まで走ってきたのか……
ゆたか「ハァ、ハァ……どうしたの、急に居なくなっちゃって……つかさ先輩も心配しているよ」
かえで「演奏も聴かないで帰るってさ……」
ゆたかはかえでさんを見て会釈した。そして直ぐに私の方を向いた。
ゆたか「ど、どうして……」
私は何も言わない。言えなかった。
かえで「私じゃ手に負えない、後は頼むわ、先に行ってるわよ」
ゆたか「はい……」
かえでさんはゆたかの肩を軽く叩くとそのままつかさ先輩の店に向かって行った。

72 :ひよりの旅 107/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:36:51.93 ID:W145K4B60
ゆたかは直ぐ近くの公園に私を連れて行った。
ゆたか「どうして?」
同じ質問をしてきた。
ひより「それは私が聞きたい、もう忘れかけていたいたのに……蒸し返すなんて酷いよ」
ゆたか「私は……」
ひより「可笑しいよね、完全に振り切った筈なのに……笑い話には出来ない、あの場所にいると惨めなだけだよ」
ゆたかは何も言わなくなった。慰めの言葉は今の私には辛く苦しめるだけ。
ひより「帰る、そろそろ演奏始まるよ……ゆたかも戻った方がいい」
私はゆたかから離れた。
ゆたか「人一倍の好奇心、どんな危険を冒してでも自分の好奇心を満たすために探求する」
私は立ち止まった。ゆたかは更に話した。
ゆかた「遠目でただ観察しているようで気が付くと自分からのめり込んでしまって身動きが取れなくなってしまう不器用な子」
ひより「な、いきなり何?」
ゆたか「高校時代、ひよりはよくこんな事を言っていたよねキャラの分析……でもね、一人だけ言っていない人が居るのを知っている?」
ひより「……いや、ネタ帳に私の知人は全て書いた……最近会った人は忙しくて書いていない」
ゆたかは歩いて私に近づいた。そして人差し指を私の胸に向けた。
ゆたか「ひより、自分の事は一言も言わなかったね」
ひより「自分の事……書く必要なんかないよ、私は私だよ……」
ゆたかは私に顔を近づけにっこり笑った。
ゆたか「……二年前にアシスタントなった小島さん、好きなんじゃないの?」
ひより「な、何をこんな時に……好きじゃない……彼とは仕事で付き合っているだけ」
ゆたかは首を横に振った。
ゆたか「やっぱり、何も分かっていないね……だからまりさんに先を越されちゃうの」
カチンと来た。
ひより「勝手にそう思ってればいい、お稲荷さんの話しはゆたか一人でやれば……私はもう協力しないから」
ゆたか「そうやって気付かない、自分が傷ついているのさえ気付かない、人一倍傷つき易いのに……かがみ先輩の時も、いのりさんの時もそうだった、そんなに傷だらけになって……」
ゆたかの目に光るものが……
ゆたか「かがみ先輩を救ったのはつかさ先輩じゃない、ひよりだよ、いのりさんとすすむさんを結んだのも、まつりさんとまなぶさんも……そして私も救ってくれた」
ひより「ゆたかを救った……私が?」
ゆたか「うん……ひよりの好奇心は全部外に向けられちゃって、自分には全く関心ないみたい、だから人が出来ないような無茶をする、
    普通は逆なのに、私にはそんな真似出来ない、うんん、つかさ先輩だってかがみ先輩だって出来ない……凄いよね、憧れの人は直ぐ側に、目の前に居た、
それに私に物語を作る才能があるのを見つけてくれたのもひより、私はひよりから沢山の物を貰った……」
私はそんな事をした覚えもつもりもない。でも、ゆたかの流している涙は嘘をついているようには見えなかった。
ゆたか「外に向けられた好奇心、それの十分の一、うんん、百分の一でも自分に向けてみて……そうすれば今、何をすべきかわかると思う」
自分に好奇心があるのは知っている。それに自分の分析は何度もしている……今更そんな事をしたって……
ひより「私はもう戻れない……」
ゆたかは目を拭うとにっこり微笑んだ。
ゆたか「そう、それも良いかもね」
ひより「それじゃ先に帰っているよ」
私は立ち上がった。
ゆたか「あっ、そうそう、つかさ先輩が演奏する音楽はラヴェル作曲、亡き王女のためのパヴァーヌ」
ひより「ラヴェル……クラッシック、難しそうだね」
ゆたか「うん、彼が若かった頃の作品……逸話があってね……彼は晩年、交通事故で記憶を失ってしまって作曲活動ができなくなってしまったの、ある日、たまたまこの曲を聴いた彼が
    素晴らしい曲だね、誰が作曲したのか……そう言ったって……ネタかもしれないけど……でもその曲はこの話しを納得させるだけの力があるよ、
    オーケストラ用にも編曲されているけど、私はピアノの方が好き」
ひより「……なんでそんな話しを?」
ゆたか「記憶を失っても自分の作曲した曲をすばらしいと言った……人の感性や好みや性格って記憶で決まるものじゃないって……私はひよりの記憶を奪った……だけどそれは
    私の目的にはまったく意味のない行為だった……それが分かったから、ひよりも聴けば何か分かると思って……話した」
ゆたかは腕時計を見た。
ゆたか「もうシナリオは出来ているよ、主人公はつかさ先輩とひよりがモデル……ひよりが手伝わないのは残念、私の話しをイメージ化して漫画に出来るのは
    ひよりだけだから……あ、もう戻らなきゃ」
ゆたかは走って公園を去っていった。もっと話しを聞きたかったのに……

 公園を出て私は分かれ道で止まった。
駅へと続く道……家に帰る道。もう一方はつかさ先輩のお店へと続く道……
何故立ち止まる。私はもう帰るって言ったのに。駅に向かえばいいじゃないか。でも、私の中のもう一人の私が帰るなと言っている。
かえでさんとゆたかの言葉が頭の中で何回も繰り返して再生される。
私は……どうすればいい……いや、私ならどうする。
自分に問うか……そういえばみゆき先輩もそんな事いっていたっけ。
もちろん面白い方を選ぶに決まっている。とっちが面白い……
このまま帰れば締め切りが近い漫画の仕上げをすることになるか……
亡き王女のためのパヴァーヌ。どんな曲なのだろう。そしてつかさ先輩はちゃんと弾けるのだろうか。興味が湧く……それを確かめるだけも……
ひより「ふふ、分かった、悩む必要なんか無かった、こんな時、私なら行く場所は決まっている」
年甲斐も無く独り言を呟いた。まだ間に合うかな……
私は走り出した。

73 :ひよりの旅 108/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:38:04.24 ID:W145K4B60
 お店の入り口にゆたかが立っていた。
ひより「まだ……間に合うかな……」
ゆたか「待っていたよ、来ると思ってた」
笑顔で話すとゆたかはドアを開けた。
ゆたか「どうぞ、皆も待っているよ」
店に入るとテーブルは片付けられていた。そして椅子がピアノを囲むように並べられていた。そこに皆が座っている。そしてピアノの席にはつかさ先輩が座っている。
ピアノはこの日のために買ったそうだ。この演奏が終わった後はこのままこの店に置き定期的にみなみが来て演奏をするらしい。
みさお「これで全員だよな……早く始めようぜ」
気付くとみさお先輩、あやの先輩も来ている……私は空いている席をみつけて座った。かえでさんと目が合った。彼女は頷くとつかさ先輩の方を向いた。
ゆたかがつかさ先輩に合図を送った。
つかさ「今日は皆来てくれてありがとう……私がこの曲を弾くのは、別れた友人の為、亡くなった親友の為……そして、なによりひよりちゃんに聴いてもらいたい」
私……に
つかさ「まだ少しぎこちないかもしれないけど……聴いてください」
つかさ先輩はみなみ方を向いた。みなみはつかさ先輩に向かっておおきく頷いた。そしてつかさ先輩も頷く。
椅子に座って大きく深呼吸、そして目を閉じて精神集中……目を開けると両手をピアノの鍵盤に添えた……

 この曲……メロディ……聴いたことがある……静かな曲だった……
私がみなみの家に行った時に聴いた曲じゃないか……あの時の状況が……思い出が蘇って来る。
つかさ先輩はみなみと違って目を大きく見開いて鍵盤から一時も離さずに見ている。目を閉じる余裕がない。身体もすこし強ばって緊張しているのが私にも伝わるほどだ。
必死に弾いている。みなみの時の様な優雅さは感じなかった。必死に……静かな曲とは対照的……
そう、あの時の私も同じだった。必死に考えて、考えて……行動していた。
でも……何だろう、あの時は静かな曲のイメージしかなかったのにメロディが私の心に染み込んでいくような……そんな感じがした。
私の目が自然に閉じていく……
真奈美さん、故郷に帰ったお稲荷さん達……もう二度と逢えない……そんな切なさが……つかさ先輩の想いが伝わってくる。
私は考えるのを止めて音楽に、陶酔したい。

つかさ「片付けまでさせちゃって……もう良いから皆帰って……」
演奏会が終わり私、ゆたか、かがみさん、泉先輩、かえでさん、あやの先輩が残って店の片付けをしていた。
こなた「良い音楽聴かせてもらったからこのくらいはしないとね」
かがみ「こなたにしてはまともな事言うじゃない」
こなた「この後のスィーツが楽しみだな〜」
つかさ「分かってる、ちゃんと皆の分もあるから」
かがみ「やっぱり、それが目当てだったか……あんたは昔から変わんないな」
呆れるかがみさんだった。
つかさ「お姉ちゃんももういいから、これ以上動くと赤ちゃんに障るから……」
かがみ「この位なら大丈夫、この後、佐々木さんの整体で体調を整えるから」
話しは遅れたが佐々木さんはお稲荷さんが故郷に帰った後、整体院を再開して今日に至っている。いのりさんはもちろんその助手として働いている。町でも評判のオシドリ夫婦だ。
秘術は普段見せないが、病気で苦しんでいる人を見ると惜しげもなく使っている。そのおかげで整体院は大盛況だ。
こなた「そんな事言って、かがみもつかさのスィーツが目当てなんでしょ?」
かがみ「な、何でそうなのよ」
泉先輩は笑った。
こなた「ふふ、その仕草、図星だね、かがみも昔から変わらないじゃん」
かがみ「か、変わらなくて悪かったな!!」
皆が笑った
あやの「でも……お稲荷さんだなんて……今でも信じられない」
かえで「そうね、夢の世界って感じ」
あやの先輩はワールドホテルに出店している喫茶店で働いていた。しかしけいこさんが逮捕、謎の失踪をしてからはレストランかえでで働くようになった。
泉先輩が引き抜いたそうだ。お稲荷さんの話しを最初は信じなかったが。すすむさんやひとしさんに会うと信じるようになった。
ひより「最後のテーブルの位置、ここでいいですか?」
つかさ「そこでいいよ……ありがとうこれで全部元通り、約束通りケーキをご馳走するね」
あやの「私はコーヒーを淹れる」
二人は厨房へ向かった。

74 :ひよりの旅 109/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:39:17.26 ID:W145K4B60
 ケーキとコーヒーが皆に振舞われた。
こなた「ひより、演奏会前と違って元気があるじゃん」
ひより「……そうですか、あまり変わりませんよ」
かがみ「そうね、なにか吹っ切れたような清清しさがあるわね……つかさのピアノで何か変わった?」
変わった、確かに変わった。十年間のもやもやしていた雲が晴れた。
ひより「つかさ先輩、私、まつりさんに話しますよ……全て」
つかさ「ほ、ほんとに……」
ゆたか「ひより……」
つかさ先輩とゆたかの二人の表情を見て泉先輩が首を傾げた。
こなた「まつりさんに何を話すの」
ひより「まつりさんに、お稲荷さんの話しをする、そしてまなぶの正体を話す、彼は昔コンだった……って」
さらに泉先輩は首を傾げた。
こなた「その話しをするのに何故つかさとゆーちゃんが驚かなきゃならないの?」
ひより「それは……私がまなぶを好きだったから」
こなた「な〜んだ、好きだったんだ……え」
かがみ「なっ!?」
かえで「え?」
あやの「うそ?」
四人は仰け反るように驚いた。
かがみ「ちょと、あの時言ったわよね、あれは間違いだって……なぜ、嘘をついたの……」
ひより「嘘はついていません、あの時点では……まつりさんとまなぶをくっ付けようとしているうちにまなぶの魅力に気付いてしまった、ミイラ取りがミイラっスね……
    十年前、私は彼に告白をした……それで終わったと思っていた、でも、それは思っていただけ、私未だ心の整理がついていなかった……」
私はゆたかの方を向いた。
ひより「つかさ先輩の演奏を聴いて分かったよ、私は確かに小島さんが好き、だけどまなぶのミッションを終わらせないと先に進めない……まだ途中だった」
ゆたかは何度も頷いた。
こなた「ま、まさかひよりんが恋愛を語るなんて……」
泉先輩はあんぐり口を開けて呆然と私を見ていた。
かがみ「い、いや、私がもっと早く気付いていれば、もっと違った展開があったかもしれない」
ひより「かがみさん、タラレバはもう止めて下さい、私は私なりに全力だったのですから……」
そう全力だった……
ひより「ゆたか、私の最後ミッションが終わった後、小島さんにアタックするつもりだけど」
ゆたか「何で私にそんな話しを私に?」
泉先輩は私とゆたかを交互に見てオロオロしだした。
ひより「い、いや、もしかしてゆたかも好き……なんて事はないよね?」
もう三角関係は嫌だ、ここははっきりしておく。
ゆたかはにやりと笑った。
ゆたか「ふふ……私が本当に好きだったら、愛していたら黙っているよ……ひよりに先を越されないようにね」
……そうだった、ゆたかは恋の為なら手段を選ばないのを忘れていた。要らない心配だった。
ひより「ふふ、そうだったね」
私も笑って帰した。
こなた「……ゆ、ゆーちゃん、なんか恐い……ど、どうしたの……なんかすごく挑戦的だよ……そんなのゆーちゃんじゃない……」
かがみ「それだけゆたかとひよりが成長したって事よ……あんたもいつまでも二次元に逃げていないで少しは現実に帰ってらどうなのよ、そうしないと何時までも独り者よ」
こなた「う、うぅ……」
唸り声を上げる泉先輩、言い返せない。こうなったらかがみさんの独壇場だ。
かがみさんは横目で泉先輩をじっと見る。
かがみ「そうやって黙って座っていればまずまずなのにね……ふぅ」
溜め息を付くかがみさん。
かえで「いやいや、どう見てもまだお子様でしょ……」
追い討ちをかけるかえでさん。
かがみ「もう三十路を超えているのにお子様なんて……こなたってお稲荷さんじゃないの、本当は幾つなの?」
ここぞとばかりに畳み掛けるかがみさん。
こなた「……う、うるさ〜い、女は三十路からが良いんだよ!!」
叫ぶと目を潤ませて私とゆたかにに駆け寄ってきた。
こなた「私に彼氏を……愛のキューピット様……」
私とゆたかは顔を見合わせた。
ひより・ゆたか「お断りします!!」
こなた「そんな……」
かがみ「無理を言うな、彼氏が居ないのにどうやってくっつけるんだ」
皆、笑った……私も笑った。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。

75 :ひよりの旅 110/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:40:37.61 ID:W145K4B60
110こなた「うぅ……ひよりん……ひよりんだけは仲間だとおもっていたのに……」
ひより「あ、あの、まだ告白もしていないのに……気が早過ぎますよ……」
泉先輩はゆたかの方を向いた。
こなた「ゆーちゃんは、ゆーちゃんは居るの?」
ゆたか「……はい、心に決めた人ならば……」
泉先輩は絶句して硬直してしまった。
あやの「誰なの……その人は?」
ゆたか「出版社のマネージャの……」
ひより「え、まさか田所さん?」
ゆたかは顔を赤くして頷いた。
ひより「……あの人苦手だな……締め切り厳しいし……」
ゆたか「そんな事ないよ、とってもいい人だよ」
かえでさんが急に立ち上がった。
かえで「田村さん、小早川さんの恋が実るように、そしてこなたに彼氏ができるように……はなむけにワインを持ってくるわ、丁度三十年物が手に入ったのよ、皆であけましょ」
つかさ「え、手に入るの大変だったて言っていたけど、いいの?」
かえで「今出さずして何時だすのよ、グラス用意しておいて」
かえでさんは店を出て行った。隣のレストランに取りに行ったにちがいない。
つかさ「あのワイン、店で出すためじゃないのに……」
ワイングラスの準備しながら話すつかさ先輩。
あやの「え、出すためじゃないのなら何の為のに、私はてっきりお得意様のためかと……」
つかさ「旦那さんと一緒に飲むために買ったの、かえでさん忙しくて結婚式していないから……」
ゆたか「そんな大事なワイン飲めないよ……」
かがみ「それなら私は飲まないわ、お腹の赤ちゃんも居るしね、こなた達は分けてもらいなさい、かえでさんの結婚を祝うワイン……三人のはなむけにピッタリよ」
あやの「そうね、私も止めておく、車だしね」
つかさ「それじゃ二人は葡萄ジュースにしておくね、乾杯の時用に」
つかさ先輩は冷蔵庫からジュースの瓶を取り出した。それと同時にかえでさんが戻ってきた。
かえで「フランス、ボルドー産の三十年物よ」
こなた「……そんな事言われても分かんないよ、早くちょうだい」
かえで「こらこら、慌てるな、コルク栓を開けるところが良いのよ、見ていなさい」
かえでさんはコルク栓に栓抜きを慣れた手つきで差し込むと引っ張った。
『キュー シュポン!!!』
綺麗な音と共にコルク栓が取れた。つかさ先輩がグラスを持って来た。
かえで「いい香りね……」
ワインをグラスに注ぐ。三分一くらいの量だった。
こなた「けち臭いな〜」
かえで「本来ワインは香りを楽しむものなのよ……足りなければまた注ぐわよ」
グラスをつかさ先輩が皆に配った。
かえで「つかさの演奏を聴いて思った事がある……私はつかさに会わなければ自分の店を持とうとは思わなかった、そしてこの町でまた店を開くなんて思いもしなかった、
    そして……ここに居る皆は知っているようにお稲荷さんとの出会い……不思議ね、田村さんと小早川さんもそうでしょ」
ゆたか「はい、彼らとの出会いが無ければひよりと同じ仕事をするなんて無かったかもしれません」
こなた「私もつかさと同じ仕事をするとはね……」
かがみ「私はひとしと一緒にはならなかった……」
かえで「一つの出来事が与える影響は大きい、本人が自覚していなくても何かをすれば水面に投げた石の波紋の様に広がっていく、これからもきっとそうなるわ、
    良い事も、悪い事もね……これまでの事に感謝しつつ、三人のこれからの門出に……乾杯」
皆『乾杯』
こなた「うげ〜何この味……しぶい……これならボジョレーヌーボの方が飲み易いや……」
泉先輩が今にも吐き出しそうな顔をしている。
かがみ「バカね、その渋みが良いんじゃないの……まだまだお子ちゃまには分からない味ね」
かえで「こなた、もう少し味覚を鍛えなさい、それじゃホール長としては落第よ」
こなた「かがみとかえでさんが居るとやり難いよ〜つかさ〜何とかして〜」
つかさ「ワインは料理にもお菓子にもつかうの……こなちゃん、私もそう思う……もう少し味覚を……」
こなた「えー」
泉先輩がいうように少し渋かった。大人の味と言われればそれまで。泉先輩は自分の気持ちに正直すぎる。それが子供と言われてしまうのかもしれない。
だけど……それが泉先輩の良い所でもある。同じ物が長所にも短所にもなるなんて。
面白い。やっぱり戻ってきて正解だった。私は久しぶりにネタ帳を手に取った。
シナリオはゆたかだけに書かせるのは勿体無い。私も参加させてもらう。
つかさ「それよりお姉ちゃん、独立するって聞いたけど」
かがみ「子供が生まれて落ち着いたら、ひとしが準備をしている」
かえで「それは初耳ね、よ〜し、今日は前祝だ、店からお酒もってくるから」
つかさ「ちょ、今日は飲み会じゃ……」
制止する間もなくかえでさんは出て行った。
つかさ「しょうがない、おつまみも用意しないと……」
ひより「演奏会、良かったです、私の中が変わりました」
つかさ「ありがとう」
つかさ先輩は厨房へと向かって行った。
それから夜遅くなるまで下ネタから宇宙論までまったく何を話しているのか分からなく程いろいろな話しをした。

76 :ひよりの旅 111/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:41:35.81 ID:W145K4B60
 数週間後……
まつりさんとまなぶ。まなぶは自分の能力を活かして通訳の仕事をしている。全世界を股に掛けて飛び回る……わけではなく、日本に来る外国人の通訳として働いている。
なんでもまつりさんが日本を出るのが好きじゃなかったらしい。彼らは何時も行動を共にしている。この時点で彼等の仲の良さがうかがい知ることが出来る。
実家の近くに住まいは在るけど在宅しているのは月に数日程度。二人を捕まえるのには一苦労した。
私は二人に会うために漫画の取材と言う事で約束をした。
ひより「すみません、お忙しい所を……」
まつり「別に構わないよ、それにしても久しぶりね、十年ぶりかしら……もしかしてコンの話し……もう亡くなって九年目かな……懐かしい……
    あ、感傷に浸っている場合じゃないね、何処まで話したか忘れた、どこまで話したっけ?」
ひより「コンの記憶が戻ってすすむさんが引取りに来るところまでですが……」
まつり「あ、あぁ、思い出した、よく覚えているね、そういえばボイスレコーダーで記録していたのを思い出した、今日は持ってきていないの?」
ひより「あれは帰って編集するのが思いのほか時間がかかるのですよ、だから最近はネタ帳に書くようにしています」
まつり「へぇ〜プロになると色々大変ね……」
私は周りを見渡した。
ひより「あの、旦那さん、まなぶさんは……」
まつり「彼なら買い物に行った、直ぐに帰ってくると思うけど……何か用なの」
彼には事前に何を話すかを伝えてある。それでも居ないと言う事は……二人で話してくれと言う事か……。
ひより「いいえ、用はありません、話しを続けましょうか」
まつり「でもね〜もう田村さんに全て話してしまったような気がして……もう取り立てて話すような出来事はないように思えるのだけど……」
ひより「本当ですか、亡くなった時の話とかはないのですか?」
まつりさんは暫く考え込んだ。
まつり「すすむさんから急に亡くなったと連絡が入った……」
その先をなかなか言おうとしない。
ひより「それだけですか……」
まつり「葬式をした訳でもない、すすむさんの所に行ったわけでもない……たった二年間育てただけだったから……ペットのと死なんてそんなものじゃないの……」
ひより「そうでしょうか、みなみの飼っていたチェリー、私の実家でも犬を飼っていましたけど、亡くなった時の喪失感は身内が死んだ時の様に……」
まつり「そう、そうなる筈、僅か二年でも柊家の一員として育てたつもりだった……それなのに、なぜか悲しくなかった、どうしてか分からない、
    失ったはずなのに、悲しくも淋しくもなかった……私って血も涙もないのかしら……」
まつりさんは理解していないだけで感じている。もう話しても大丈夫。そう確信した。
まつり「きっと子供が出来ないのはコンの呪いでもかかっているかもしれない……」
子供が出来ないって……まさかまなぶは人間になっていない……どうして……やっぱりお稲荷さんのままの方が長生きできるから……心底まつりさんを愛していない。
いや、人間になる事だけが愛じゃない……そんなのは分かっている。だけど……何故……
まつりさんのなんとも言えない表情を見て気付いた。
まなぶが人間にならないのは私のせいだ。私が告白して……でも私は未だに失恋を断ち切れていないから……だからまなぶが人間に成り切れない……
呪っているのは私だ……私は自分だけでなく二人の時間を止めてしまっていた。
その呪いを解くのは私でしか出来ない……ゆたか、つかさ先輩……そう言う事だったのか。
ひより「コンは亡くなっていませんよ」
まつり「私の心の中に生きているって言いたいの……そんなのは気休め……」
ひより「いいえ、コンは生きています、そして貴女の側にいつもいますよ」
まつり「え……な、何が言いたいの……」
ひより「思い出してください、まなぶさんと初めて会った時の事を、もうまつりさんは知っているはずです……心の奥底に封じてしまった記憶」
まつり「初めて会った時……記憶……」
まつりさんはじっと一点をみつめている。思い出そうとしている。
まつり「……あれは夢……夢だった……そんな事がある筈ない……おとぎ話じゃあるまいし……」
ひより「夢ではありません、まなぶさんが教えてくれますよ、もう真実を見ても倒れないですよね、そして今度ご家族に聞いてください、つかさ先輩、かがみさん、いのりさんのお話を」
まつり「つかさ、かがみ、姉さん……いったい何があると言うの……」
ひより「素晴らしい話ですよ……」
私は立ち上がった。
ひより「私の取材は終わりです、ありがとうございました」
私は礼をして部屋を出ようとした。
まつり「待って、……田村さん、もしかして貴女はまなぶを……」
まつりさんはそこで言うのを止めた。
ひより「もう十年も前ですよ、いままで私は何をしていたんでしょうね」
まつり「田村さん……」
ひより「止まっていた時間を動かしにきました……」
私は微笑んだ。
まつり「……ありがとう……」
私は礼をして部屋を出た。

77 :ひよりの旅 112/112 [saga sage]:2013/02/11(月) 21:42:47.92 ID:W145K4B60
 玄関を出るとまなぶが立っていた。
ひより「ごめん、もっと早くこうすべきだった」
まなぶ「いや、私にはいくらでも時間はあるけど彼女にそんなに時間はなかった……私からは頼めるものじゃなかった、ありがとう」
ひより「まつりさんに真実を見せるの……」
まなぶは頷いた。
最後に一つ聞きたかった。
ひより「それで、人間になるつもりなの……」
再び頷いた。
ひより「それではお幸せに……」
私は去ろうとした。
まなぶ「君から私ではない親しい人の感情を感じる……もしかして誰かを?」
ひより「分かっています……もう自分の心を誤魔化すのは止めました」
まなぶ「余計な質問だった、それなら安心だ、後から来る君の親友と共に幸運を……」
まなぶは玄関のドアを開けて家に入って行った。
後から来る親友……誰だろう。

 しばらく歩いていると向こうから人が近づいてきた。どんどん近づいてきた……ゆたか……
ゆたかは私の目の前で立ち止まった。
ゆたか「これで全てのミッションが終わったね」
笑顔で私に語りかけてきた。
急に目頭が熱くなってきた。涙が頬を伝わってきているのが分かる……この涙はあの時ゆたかが流した涙と同じもの……
私は十年も経ってやっとゆたかに追いついたというの……
結局私が一番鈍感で不器用だった……
ひより「いや、まだ終わっていない……ゆたかの企画、私も参加したい、いや、参加させて欲しい、演奏会の時は……手伝わないなんて言って……ゴメン……」
ゆたかは腕を組んで唸った。
ゆたか「どうしようかな〜この企画に泉先輩とかがみ先輩も参加したいって言っているのだけど……」
かがみさんが参加したいって言っている……もうこの企画は通ったのも同じじゃないか。
ひより「どうしようかなって、漫画を描けるのは私だけなんだけど……」
ゆたか「漫画だけが選択肢じゃないよ、小説にすることもできるしね〜かがみ先輩なら文章も上手だし、泉先輩は話しの展開が面白いよ」
ひより「い、意地悪……」
ニヤリと笑うゆたか。私にハンカチを差し出した。
ゆたか「取り敢えずその涙を拭いて、それから考えよう……連載を続けながらこの企画をこなすのはハードだよ、覚悟はいいの?」
ひより「二日や三日の徹夜ならいくらでも出来る……かな」
私はハンカチを受け取った。
ゆたか「それじゃ帰ろうか」
ひより「いやいや、このまま帰るなんて勿体無い、どこかで腹ごしらえしながら打ち合わせしようよ」
ゆたか「腹ごしらえって……どこが良いかな……」
ある。打ち合わせに打ってつけの場所が。
ひより・ゆたか「レストランかえで!!」
ゆたか「行こう、行こう、食べ終わったら隣のつかさ先輩の店でデザート……」
ひより「いいね……」
いつの間にか涙が止まっていた。
ゆたか「私ね、かえでさんの取材をしたかった」
私の失恋は過去の思い出の中に。
ひより「ちょっと、走らなくても」
さてこれからが私の本当の旅が始まる。
ゆたか「時間は待ってくれないからね、急ごう!!」
私達は駅まで走って向かった。




 終
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/02/11(月) 21:45:01.54 ID:W145K4B60
 以上です。
2スレほど重複してしまいましたが本文は重複していないと思います。失礼しました。

ひよりとゆたか中心で書いてみました。恋愛のもつれを表現するのが難しく時間がかかってしまった。実は恋愛物は苦手で表現できたか疑問です。
それにつかさ編との辻褄合わせで無理矢理な所が多数あったかもしれない。
つかさ編の補足にならない様にはしたつもりです。毎度の事ですが誤字脱字は脳内修正お願いします……・

実はこの物語の続きがあるのです。あると言っても漠然としたイメージしかないので書くかどうかは分かりません。
この話しはらきすたを大きく逸脱しているので不評ならこれで終わります。
それでも読みたい人なんて居るのかな。もし居たらコメントして下さい。反響がよければもしかしたら書くかもしれません。

よろしくお願いします。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/02/11(月) 21:50:08.42 ID:W145K4B60
>>78は2レスの間違えですね。すみません。



遅れましたが新スレを立ち上げました。

>>1
随分前からあるスレです。今後ともよろしくお願いします。

2スレにまたがった作品があるので前スレを表示しておきます。
またシリーズ物なので過去作品を読みたい方はまとめサイトをご利用下さい。

前スレ↓
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1302405369/

過疎スレですが地道に活動しています。
今後ともよろしくお願いします。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/11(月) 22:01:41.54 ID:C2hX0VMv0
投下お疲れ様
前作も読んでるし、いつ読み終わるか分からんけど頑張って読んでみる
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/02/11(月) 23:25:51.77 ID:W145K4B60

ここまでまとめた

今のところ避難所は要らないかな?
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/12(火) 07:21:27.93 ID:eQDAXt790
投下乙です!!
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/12(火) 08:14:09.11 ID:WvoAg7iSO
>>1
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/02/15(金) 22:05:21.40 ID:HopGwBN+0
避難所は大丈夫でした。
私の勘違い。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/02/16(土) 23:42:08.86 ID:eIk02h6s0
>>2
新スレが立ち上がって知ったのでしょうか。
どちらにしてもよろしくです。

初めて来た方も気軽にどうぞ。1レス作品から受け付けています。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/03/27(水) 19:46:00.19 ID:2BcYWkhw0
久しぶりに投下します。

>>77の続編 つかさの旅の終わり/ひよりの旅の続きです。

5レスほど使用します。



87 :こなたの旅 1/5 [saga sage]:2013/03/27(水) 19:47:39.22 ID:2BcYWkhw0
これは「つかさの旅の終わり」「ひよりの旅」の続編です

 レストランかえでが引越ししてから十年が過ぎた。
つかさ、かがみ……いのりさん、まつりさん……そしてひよりとゆーちゃん
お稲荷さんとの一件は四姉妹と結ばれることで終わった……

 終わった……本当に終わったの。
私にはいまひとつ釈然としないものを感じていた。何かは分からないけど、このままでは終わらないようなそんな気がして成らなかった。
私自身もこの件に絡んだせいなのかもしれない。確かにあの頃はワクワクしていた。面白かった。楽しかった。
ゲームの様な感覚が現実に起こった

……もしかしたらそんな思いが再び起こるのを心の奥底で望んでいただけなのかもしれない。


あやの「おはよう」
こなた「おはよ〜」
あやのが私をじっと見ている。
こなた「顔に何か付いてる?」
あやの「うんん、最近ノリが悪いな……なんてね」
こなた「いやいや、いたって普通だよ……でもね〜」
あやの「でもね?」
首を傾げて言い返してきた。
こなた「最近刺激がなくて、張り合いがなくなってきた」
あやのは目を上に向けて少し考えた。
あやの「そうかな、かえで店長が結婚してからお客様も増えたし、忙しくなってきたし……新メニューも続々と……」
こなた「うんん、仕事じゃなくてね……なんか物足りないと言うのか……なんだろうね……分からない」
あやの「なんだろうねって言われても本人が分からないのに私が分かるわけないじゃない?」
こなた「ふふ、そうだった、もうこの話は止めよう、着替えてくるね」
私は更衣室に向かおうとした。
あやの「ちょっと待って、最近ひーちゃんのお店行っていないでしょ、すぐ隣なんだしたまに覗きにでもいってみたら、ひーちゃん淋しがっていたよ」
あやのは最近になってコーヒーや紅茶の淹れ方をつかさの店にレクチャーしに行っている。
仕事が忙しくなってから、いや、そんなのは理由にならないか、演奏会が終わってからつかさには会っていない。
こなた「そうなんだ、今日、仕事が終わったら行ってみるよ」
『ガチャッ!』
更衣室からかえでさんが出てきた。
かえで「おはよう、今日も気合入れていくわよ!!」
こなた「そんな毎日気合入れていたら身が持たないよ〜」
かえでさんは私を睨みつけた。
かえで「こなたは最近マンネリ化しているわよ、明日までに新しい企画を考えてくるように」
こなた「学生じゃあるまいし、宿題はお断りしますよ〜」
私はそのまま更衣室に向かった。
かえで「相変わらずね……こなたは……」
あやのはクスクスと笑っていた。

更衣室で着替えながら考えた。
店長は結婚してからテンションが上がりまくっている。振られる身にもなって欲しいよ、まったく……
新しい企画か……
ホール長としてじゃなくてたまには料理の企画もしてみたいな……そうだ、つかさに相談してみるか。
今日は早番、仕事は夕方には終わる……

 
88 :こなたの旅 2/5 [saga sage]:2013/03/27(水) 19:48:34.73 ID:2BcYWkhw0
 仕事が終わり店の外に出ると直ぐ隣につかさの店はある。実家に戻ってからはつかさと同居はしていない。つかさに会うのは久しぶりだな。
夕方になるとスィーツを買い求めてくる客で賑わってくる。私が入っても大丈夫かな。
窓から店内の様子を見る。席は空いているようだ。私はつかさの店の扉を開けた。
ひろし「いらしゃいま………なんだ、お前か……」
私の顔を見るなり態度が変わった。ひろしは私を毛嫌いしているようだ。あの時、キスを邪魔したのをよほど根に持っているのだろうか。
こなた「今日はお客としてきたのに……その態度はないよ?」
ひろし「……いらっしゃいませ、奥にどうぞ」
感情がはいっていない。棒読みだ。
つかさ「こら、ダメじゃない、知り合いでもお客さんだよ……ごめんね」
私に気付いたつかさが厨房から出てきた。
こなた「うんん、別に構わないよ……」
つかさ「今度はちゃんと言って聞かせるから」
つかさはひろしを睨みつけた。するとひろしは肩をつぼめて私を席に案内した。
へぇ〜つかさの方が強いのか……まぁそれだけ仲がいいって事なのかな。
つかさ「今日の分がもう少しで全部できるかちょっと待っていてね、そうすれば時間空くから」
つかさは忙しそうに厨房に戻って行った。

ひろし「どうぞ……」
注文もしていないのにコーヒーとケーキを持って来た。
こなた「頼んでいないよ?」
ひより「店長……つかさから、食べて待ってろってさ」
こなた「ありがとう」
ひろしはカウンターへ無愛想に戻って行った。
コーヒーを一口……この味は……スィーツに合う様に少し濃い目……それにコーヒーの温度……熱くもなく、温くもなく……丁度良い。
あやのの淹れるコーヒーと同じだった。なるほどね……スィーツは売れるけど喫茶店としては客が少ないのを気にしてあやのの技術を取り入れたのか……
ジャンルが違う店だからってこっちもうかうかして居られないか……
それにコーヒーを淹れたのはひろしか……

89 :こなたの旅 3/5 [saga sage]:2013/03/27(水) 19:49:34.43 ID:2BcYWkhw0
 ケーキを食べ終わる頃だったつかさが私の席に来た。私服に着替えている。仕事が終わったのか。
つかさ「おまたせ〜」
こなた「仕事はいいの?」
つかさ「うん、もう明日の仕込みも終わったし、あとはスタッフにお任せだよ」
こなた「そう……」
ひろしがつかさにコーヒーとケーキを持って来た。でもケーキはこの店では売られていないものだった。
つかさ「ふふ、試作品なんだけど、食べてみる?」
私は返事をしていないけどつかさはフォークでケーキを半分にして私の食べ終わった皿にケーキを乗せた。
こなた「繁盛してるのに、研究熱心だね……」
つかさ「かえでさんの助言だよ、研究を怠るなって」
こなた「それはそれは……」
気のない受け答えをしてしまった。そして、徐にケーキを口に入れた。
こなた「……美味しい……マンゴーがアクセントになってる」
つかさ「ありがとう……それよりこなちゃん」
急につかさの顔が険しくなった。私は身構えた。急にどうしたの言うのか。
つかさ「なんで最近来てくれないの、かえでさん、あやちゃん、ゆきちゃん、お姉ちゃん達、ひよりちゃんやゆたかちゃんまでよく来てくれるに……」
別に特段の理由はない……敢えて言えば……
私は人差し指を立ててつかさの目の前に出した。
こなた・ひろし「だって、ゴールデンタイムのアニメに間に合わないじゃん……」
私の真後ろで全く同じタイミングだった。ひろしはニヤリと笑うとまたカウンターの方に行ってしまった。
つかさ「あははは、こなちゃん、相変わらずだね……でもね、さっきのはお稲荷さんの力を使わなくても……」
こなた「どうせ私は単純ですよ〜」
少しすねた表情をみせるとつかさは大笑いをした。
こなた「どうもひろしと居ると調子狂うな〜 人間になってもお稲荷さんの力は無くならないのか……」
つかさ「うんん、徐々にだけどど力は弱くなっていくって……」
つかさの顔が悲しそうになった。
こなた「ご、ごめん、人間になったのはつかさが望んだわけじゃなかった……」
つかさ「うんん、これで良かったと思う……」
お稲荷さんの話しをするのはこのくらいにしておこうか。どのみちかがみと会っても同じような話しになる。
「こんにちは〜」
話題を変えようとした時だった。店のドアから女の子が入ってきてつかさの所に近寄った。
女の子「お母さん、一緒に帰ろう」
すこし遅れて店のドアからみきさんが入ってきた。私と目が合うとみきさんは会釈をした。わたしも座ったまま会釈をした。
女の子はつかさの子供。小学2年生になった。名前はまなみ……
つかさ「今日は私の友達と会っているからおばあちゃんと先に帰って……」
まなみ「あ、泉のお姉ちゃんだ、こんどまたゲームを一緒にしようね」
こなた「あ、うん、容赦しないからね」
つかさの子供は私をお姉ちゃんと呼んでくれる、それに引き換えかがみの子供は……おばさんだもんな……
みきさんはひろしと話している。
こなた「何か約束でもしていたかな、何なら私は帰ってもいいけど……」
つかさ「うんん、別に気にしないで、そんなんじゃないから」
みき「まなみ……帰るよ」
まなみ「は〜い それじゃお母さん、泉のお姉ちゃんバイバイ……」
まなみちゃんは私達に手を振るとみきさんと一緒に店を出て行った。
こなた「早いもんだ、もう小学生だよ……」
つかさ「そうだね……」
つかさは店のドアをじっと見ていた。
こなた「まなみって名前はやっぱり真奈美からとったの?」
つかさは黙って頷いた。
つかさ「今、私がこうしているのはみんなまなちゃんのおかげだから……」
こなた「それは私も同じ……直接会っていないけどね」
つかさ「私以外には誰も会っていない、かえでさんでさえ……」
つかさの目が潤み始めた。
 たった数日の出来事だった。その数日がつかさの人生まで変えてしまった。それに影響されてつかさに関わる人物の人生までて変わった。
私の知らない所でひよりとゆたかまで……

90 :こなたの旅 4/5 [saga sage]:2013/03/27(水) 19:50:46.36 ID:2BcYWkhw0
 つかさは立ち上がりピアノの前に座りあの曲を弾き始めた。亡き王女のためのパヴァーヌ
喫茶店に居る客は動作を止めてつかさの演奏するピアノに耳を傾けた。あの時の演奏会よりも上手くなっている。
弾ける曲はこの曲だけだって言っていた。ピアノが勿体無いと思ったけど定期的にみなみがこの店に来てピアノを演奏する。
この店はレストランかえでとは少し違った方向に向かっているのかもしれない。
演奏が終わると客が一斉に拍手をした。つかさは少し顔を赤くして照れながらお辞儀をした。そして席に戻った。
 
こなた「曲はよく分からないけど上手くなったのは分かるよ」
つかさ「ありがとう……ところで新作のケーキなんだけど」
こなた「直ぐにでもメニューに加えたら、私的には合格だね」
つかさは立ち上がって喜んだ。
つかさ「早速明日から加えるよ……」
私も立ち上がった。
こなた「それじゃ私は帰るよ」
つかさ「え、もう帰っちゃうの、もう少しゆっくりしていいのに」
こなた「いやいや、仕事が終わったなら早く帰ってまなみちゃんと一緒に居た方がいいよ、私は独り身だから自由だけど、つかさは違うでしょ」
なんて柄にもない事を言ってみたりする。何時に無く淋しそうなつかさだった。
こなた「職場もすぐ隣だし……今度から早番の時は何時も来るから」
私は身支度をした。
つかさ「こなちゃん……」
こなた「ん?」
つかさ「うんん、なんでもない……またね……」
なんだろう、つかさは何かを言いかけたような気がしたけど。途中で話しをやめるなんてつかさらしくないな。
こなた「またね」
その内容を聞いても良かった。聞くべきだった。そう思ったのは家に帰ってからだった。職場が近いから。いつでも会えるから。そんな思いがあったのかもしれない。
でも、実際は会おうとしなければ会えない。今日だって私が会おうと思わなければ会えなかった。
一期一会ってそう言うことなのかな?
おっと、私らしくもない事を考えてしまった。今度会ったら聞いてみよう。
『それじゃ一期一会じゃないだろ』
ふふ、かがみそう言うだろうな。そういえばかがみにも最近会っていない。仕事が忙しいとか言っていたな……そうか。
なるほどね、つかさが淋しがっていたのは私だけじゃない。かがみとも会っていないからか。
仕事に家庭に子育てか……それは忙しいな。
子育ては私にはないからその分余裕がある。だから……
「ふぁ〜」
欠伸が出た。
こんな事考えていてもしょうがないや寝よう……


91 :こなたの旅 5/5 [saga sage]:2013/03/27(水) 19:51:47.02 ID:2BcYWkhw0
 そして数日後の事だった。遅番で出勤してきた私に突然の知らせが耳に入った。
こなた「え……雑誌の取材を受けるの?」
あやのの言葉に驚いた。あやのは頷くだけだった。
こなた「かえで店長が承知したの、どう言う気の変わり様だ」
あやの「私も今朝聞いたばかりだから……」
あやのは私の驚いた表情を見ると戸惑いはじめた。
こなた「取材を受けると客が増えて対応しきれなくなる、料理の質が落ちるから受けないって言っていたのに、最近は口コミで評判は上々のはずだよ、取材なんて要らないよ」
あやの「店長が取材を受けない理由ってそうだったの?」
こなた「うんん、直接聞いた訳じゃない、以前つかさから聞いた」
あやの「何か心境の変化でもあったんじゃないのかな、真相を知りたければ直接聞くしかないね……今事務室に居るから」
こなた「そうする」
私は事務室に向かった。
『コンコン』
ノックをして部屋に入った。
こなた「失礼します」
かえでさんは机に向かって何かの書類に目を通していた。私に気付いていないのか私の方を向かなかった。構わず話しかけた。
こなた「雑誌の取材を受けたって聞きましたけど、本当ですか?」
かえでさんは書類を見ながら答えた。
かえで「あやのから聞いたのか、その通り、来週の土曜日に決まった」
こなた「なぜです、取材拒否はポリシーじゃなかったの?」
かえでさんは書類を机に置いて私の方を向いた。
かえで「こなたは取材拒否については今まで何も言わなかったわね」
こなた「それはそうでしょ、記事を見てお客さんがいっぱい押し寄せたら忙しくてアニメやゲームが出来なくなる……」
かえで「ふふふ、こなたらしい、それで何も言わなかったのか、ふふふ」
しばらく笑った後、立ち上がって私に近づいた。
かえで「取材を受けると言っただけで記事を掲載するかどうかまでは許可していない、記者にはそう言ってあるわよ、それに、断りきれなかった……それだけよ」
こなた「断りきれなかった?」
かえで「確か来週の土曜、こなたは休暇だったわね、取材に参加しても良いわよ、それで、この話しはここまで」
かえでさんはそのまま更衣室に向かった。わたしも更衣室に向かった。
かえでさんが着替えを始めるのを見計らってから話しかけた。
こなた「かえでさん」
かえで「もう取材の話しは終わったはずよ」
少し怒り気味のかえでさん。まだ一度も聞いていなかった。この機会に聞こう。
こなた「いいえ、その話でなくて……」
かえで「なによ、急に改まって……」
私の表情を見てかえでさんは着替えるのを止めた。
こなた「つかさの洋菓子店を出している……かえでさんの夢はパテシエになる事って聞いたけど、独立して洋菓子店を出すのはかえでさんの方じゃなかったのかなって思って……」
かえでさんは一息深呼吸をすると着替えを始めながら話した。
かえで「そうよ、その通り、十年前、この町に引っ越す時にそう思った」
こなた「でも、そうなっていないよ?」
かえでさんは苦笑いをした。
かえで「私はつかさにこの店を全て譲るつもりだった……だけどつかさはそれを断った……それどころか独立したいと言いだした」
つかさに店を譲るつもりって……つかさってそこまで信頼されていたのか。今頃になって驚いてしまった。更にかえでさんの話しは続く。
かえで「つかさは思っていた以上に頑固ね、結局私が折れたわよ……それでつかさは洋菓子店を開いた、それも私の店の隣に……私の店もスィーツを出していると言うのに、
    これは私に対する挑戦よ……」
かえでさんは少し興奮気味だった。
こなた「ふふ、かえでさん、つかさにそんな意図はないよ、つかさはただ私達と一緒に居たいから……」
かえで「だから余計に頭に来るのよ、こっちは本気になっているのに、向こうはその気すらない……新作のケーキを出しているのにつかさの店の方が流行ってる」
なんだ、かえでさんはつかさに嫉妬している。こんなかえでさんを見たのは初めてだ。
こなた「まぁ、スィーツに関していえばつかさに勝てないでしょうね」
かえで「な、なにぃ!!」
かえでさんは私に襲い掛かるような勢いで近づいた。
こなた「だってみゆきさんでも未に作れないお稲荷さんの秘薬を料理の技術だけで作ったのだからね、誰でも出来るとは思わない」
かえでさんは立ち止まった。
こなた「それにつかさはかえでさんを今でも師匠として慕っている、この前会った時も、かえでさんの言い付けを守っていたよ、これもなかなか出来ることじゃないよね」
かえでさんは立ち止まった。
かえで「……そうね……」
かえでさんはまた着替えを始めた。そして私も着替えた。
かえで「こなた、あんたも変わったわね」
こなた「へ?」
かえで「十年前ならそんな話しなんかしなかった、仕事以外の事もしなかったわよね……今になってはこなたを目当てにくる客もいる、あやのをスカウトしたのも
    正解だった、コーヒーや紅茶のレベルが数段上がったわ……」
こなた「いやいや、そんなに褒めても何もでませんよ……」
かえで「……そうやってすぐ調子にのる所は変わらんな」
こなた「ははは……」
着替え終わったかえでさんが立っていた。料理長にしてレストランかえでの店長……コックの制服が映えてカッコいい……
かえで「さて、今日も頑張るわよ」
こなた「ほ〜い」
かえで「その気が抜ける返事は止めなさい」
かえでさんは更衣室を出て行った。

92 :こなたの旅 6/5 [saga sage]:2013/03/27(水) 19:52:43.11 ID:2BcYWkhw0
 かえでさんはつかさに嫉妬していた。いや、ライバルだと思っている。これは逆に言うとつかさを対等の立場と認めているって事。
まさかあのつかさがね〜
かがみもそれを幼い頃から知っていたからこそ学生時代は優等生でいなければならなかった……今になってそれが分かった……

 それにしても何故急にかえでさんは取材を受け入れたのだろう。つかさに対抗して……いや、そんな感じではなかった。あやのの言うように心境の変化なのだろうか。
結婚すると考え方も変わるって聞くけど……考えてもしょうがないか。
まぁいいや、さてと仕事、仕事っと……

 今日は私が最終退出者となった。いつものようにチェックシートに記入していた。
こなた「ガスの元栓OK、戸締りOK……っと」
最後に従業員用出入り口の扉を閉めて……
『ガチャ!!』
鍵の閉まる音、そしてノブを回して開かないのを確認。
これでやっと帰れる。
外は人通りも少なく夜も更けている。今日はちょっと遅かったな。
自分の車が停めてある駐車場に向かった。

 自分の車のドアを開けようとした時だった。
こなた「ん?」
駐車場に停めてある向かい側の車の陰から何かが出てくるのが見えた。街灯と街灯の間で暗くて見えない。小さい……犬?
いや野良犬は最近見ていない。狸かな……私は車の陰に隠れて小さな物を目で追った。
小さい物は駐車場の出口に動いたそして街灯の光が小さい物を照らし出す……
あれは……狐……そう狐だ間違いない。こんな町に狐……狸なら何度も見た事はある。だけど狐なんて……ま、まさかお稲荷さん……
狐は辺りをきょろきょろ見回して警戒している様にみえる。私は車に乗るのを止めてゆっくり音を立てないように移動した。

 お稲荷さんは柊四姉妹の夫になった四人を除いて全て故郷の星に帰った。そしてその残った者も全て人間になったはず。
つまり狐になれるお稲荷さんはこの地球には居ない。それじゃあそこに居る狐は何者。野生の狐が迷い込んだのか。いや。
引越しする前の町ならそれは在り得た。だけど此処はまがりなりにも都市郊外……だよね?
狐はゆっくり駐車場を出た。私もゆっくりその後を追った。狐は私の来た道を戻っていく……どこに行くつもりだろう。そして暫く付いて行くと狐は立ち止まった。
私は透かさず電信柱の陰に隠れた。狐は振り向いて私の隠れている電子柱の方を向いた。しまった、バレてしまったか?
狐は私の隠れている電信柱をじっと見ている。どうしよう。このまま駐車場に戻るか。
まてよ、もしあの狐が野生なら私が出て行けば逃げる。もしお稲荷さんなら何か別の反応をするかもしれない。私は電信柱の陰から出た。
こなた「や、やぁ」
狐は私と目が合うと後ろを向いて走り出した。
こなた「待って、お、お稲荷さんなんでしょ?」
狐は一瞬立ち止まったかと思うと直ぐに駆け出し暗闇に消えて行った。
この反応は……私の声に答えようとして止まったとも思えるし、声に驚いて止まったとも思える……微妙だ。暗くてよく見えなかったけどただの野犬なのかもしれないな……
こんな所で時間を食ってしまった。早く駐車場に戻るか……あれ、此処は……

 気付くと私はつかさの店『洋菓子店つかさ』の目の前に立っていた……これって
偶然なのかそれとも……地球に残った五人目のお稲荷さん……
久しぶりに昔の興奮が蘇ってきた。

『こなたの旅』


つづく
93 :こなたの旅 6/5 [saga sage]:2013/03/27(水) 19:58:59.26 ID:2BcYWkhw0
以上です。

今度はちまちまと連載形式で書いて行きたいと思います。
この続きは書いていないので次回の投下日は未定です。

このシリーズ。本当は「つかさの一人旅」で完結している話なのですが
何故か続きを書いてしまいました。
この作品に特に思い入れがあるわけじゃないのに不思議です。

この先どうなるか分かりませんが気長に付き合ってもらえると嬉しいです。

94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/03/27(水) 20:20:57.30 ID:2BcYWkhw0


ここまでまとめた。


95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/07(日) 14:29:05.45 ID:yZ1bxUxf0
投稿します。>>92の続きです。

6レスくらい使います。

よろしくです。
96 :こなたの旅A 1/6 [saga sage]:2013/04/07(日) 14:30:42.05 ID:yZ1bxUxf0
つかさ「こなちゃん?」
突然、後ろからつかさの声、私は振り向いた。
こなた「つ、つかさ」
つかさ「どうしたの、そんな驚いた顔をして」
不思議そうに私の顔を見ている。
こなた「い、いや、さっきそこに……」
私はお稲荷さんが居た所を指差した。つかさは私の指の先を見た。
つかさ「そこに……何があるの?」
つかさは私の前に出て見回した。
こなた「きつね、狐だよ……」
つかさ「きつね?」
私は頷いた。
つかさ「……ふふ、こなちゃんったら、それは野良犬だよ」
つかさはクスリと笑う。
こなた「い、いや、野良犬じゃない、あの姿は間違えなく……」
つかさ「この町の自治会通信見なかったの、最近この町を徘徊している野良犬がいるからゴミ箱の管理をちゃんとしなさいって」
こなた「自治会……」
そういえば、かえでさんが朝礼でそんな事を言っていたっけ。野良犬対策でゴミ箱に鍵を付けたのを思い出した。
つかさ「それよりこんな遅い時間になにをしていたの?」
こなた「私……私は遅番で最終退出者だったから、つかさこそなんでこんな時間に?」
つかさ「私も最終退出者で、最後のゴミ捨てを終えて帰るところ」
お互い帰るところだったのか。
こなた「つかさの車も私と同じ駐車場だったよね」
つかさ「うん」
こなた「それじゃ一緒に帰ろうか」
つかさ「うん」
私達は駐車場にむかった。

 歩きながらつかさが話しかけてきた。
つかさ「ねぇ、こなちゃん、夕方あやちゃんが来てねいろいろ話したのだけど……」
つかさは少し溜めてから再び話した。話し難い内容なのかな。
つかさ「取材を受けるって聞いたのだけど本当なの?」
こなた「本当だよ、あやのが嘘をつくわけないじゃん」
つかさ「……本当なんだ」
つかさは俯いている。そして歩くペースが遅くなった。不服なのだろうか。
こなた「意外だったかな、むしろ遅すぎかもしれない、それにもう取材をしなくても充分知れ渡っているしねその辺りを考慮したんじゃないの?」
つかさ「そんなんじゃなくて……」
こなた「何が言いたいの?」
ハッキリしないつかさの態度にイラついて少し声を強くした。つかさは立ち止まってしまった。
つかさ「かえでさん……私を誘ってくれなかった」
こなた「はぁ?」
つかさ「お店のレイアウトの時、イベントが会った時、新メニューの発表……みんな呼んでくれたのに」
そうか取材に誘ってくれなかったのを気にしていたのか。あやのもそんな事を気にもしていなかったから話してしまったのかな。もちろん私だって。
こなた「別にハブられたわけじゃないと思うけど」
つかさ「こなちゃんもあやちゃんと同じ事を言って……」
ふと出勤した時のかえでさんとのやりとりを思い出した。
こなた「そういえばかえでさんつかさの事を頭にくるって怒ってた」
つかさ「えっ!?」
つかさは今にも泣き出しそうな顔になった。
こなた「つかさには敵わない、それなのに隣に店を構えるなんて私に対する挑戦ね……ってね」
つかさ「わ、私はそんなつもりで……」
こなた「そう、つかさにそのつもりがなくても結果的にかえでさんにはそうなってる……つかさは自分の力を過小評価しすぎてからね」
つかさ「私は……何もしていないよ」
こなた「いいや、凄いことをしたよ、かがみを救った、かえでさんも救った、お稲荷さんも救った……そして人類も救った」
つかさは黙ってしまった。
こなた「大袈裟だと思ってるでしょ、少なくともあのままだったらたかしってお稲荷さんが暴走してとんでもない事になっていた、日本が消し飛んでいたかも」
つかさ「そ、そうかな……」
こなた「もうつかさ自身が自分で考えて行動しても良いと思う、誘われなかったから自分から聞けばいいじゃん」
私は歩き始めた。つかさもゆっくり付いてきた。
つかさ「で、でも、私はまなちゃんを救えなかった……」
これか、これがつかさに自信を失わせているのは。真奈美……これはどうする事もできない。お稲荷さんの話しをしたのがまずかったか。
こなた「それともう一つ……私もつかさに救われたその一人、あの時誘ってくれなかったらニート街道マッシグラだったよ」
つかさは立ち止まり私をじっと見つめた。私も立ち止まった。
こなた「さぁさぁ、もうそんな顔しないで、家に帰れば可愛い娘と愛する夫が居るんでしょ、早く帰ってあげないと」
つかさ「そうだね、早く帰らないと……ふふ、ありがとう、こなちゃん」
つかさは微笑むと早歩きで私を追い越して駐車場に向かった。やれやれ、この辺りはまったく変わっていないな〜
つかさ「こなちゃん、早く〜」
こなた「ほいほい」
私も足早につかさを追った。駐車場で別れるとそれぞれの車に乗りそれぞれの家路に向かった。

97 :こなたの旅A 2/6 [saga sage]:2013/04/07(日) 14:31:28.07 ID:yZ1bxUxf0
 つかさは未だ真奈美を救えなかった事を後悔している。あれはどうする事もできなかった。誰もがあの場面に遭遇しても結果は同じだった。皆がそう言っている。
私もそう思っている。そもそもつかさでなかったら真奈美に殺されていたかもしれない。あの時あの場面でつかさでなければ今はなかった……
信号が赤になって車を止める。ふと我に返った。
私ったら何を考えている。もうこんな話は昔から何度もしてきたじゃないか。もう考える余地なんかない。でも何故考えている。
何故って……そう、つかさは即答で否定した。私が狐を見たと言って直ぐに違うって言った。これは昔のつかさなら在りえなかった。
『え、本当、きっとお稲荷さんだよ』って言うと思った。私自身それを期待していたのかもしれない。でも実際は違った。リアルとバーチャルを行ったり来たりして遊んでいる私と
結婚、子育て、店の経営とリアルを生きているつかさの違いなのか。それともつかさは何かを隠しているのか……
こなた「ふ、ふふふ……」
信号が青になり車を進めた。
笑っちゃうね、それこそつかさらしくないや。つかさが隠し事なんて。それにもしあの時見付けたのがお稲荷さんなら……
そう、四人の元お稲荷さんがとっくに気付いている。私が見間違えた。なんだかもやもやしていたのが晴れた。さて……帰って寝よう……

 そして数日後……
その取材の日が来た、私は休暇だったけどこれと言って用事もなかったので参加することにした。時間は午後1時、場所はレストランかえでの応接間。予約のお客様も
時折使う部屋だ。初めての取材……と言っていたが。取材という言葉だけで言えば初めてではなかった。
ひよりとゆたかが一度だけこのレストランの取材をしている。その時私とかがみも参加している。でもこれは店の紹介の取材じゃない。漫画を描くための取材だった。
商業用ではなくあくまで個人出版で出す。つまりコミケで少数出版する程度の作品の取材だ。これはかえでさんも快く受けてくれた。
でも今回は雑誌の記者が直々に出向く取材。一言一言が雑誌の記事に成りかねない。そしてその記事がどう評価されるかも未知数。スタッフ一同も緊張と不安で一杯だ。
もちろんかえでさんも例外ではない。取材を受けるのはかえでさん。そして副店長のあやの。見学でホール長の私。
こなた「スーツ姿のかえでさんも良いね……」
かえで「10年前のスーツだけど……なんとか着れたわ」
こなた「10年前……そんな昔?」
かえで「そうよ、あれは確かワールドホテルに呼ばれた時に……」
こなた「あぁ、あの時に着てたんだ……」
私は時計を見た。
あやの「まだ時間にはなっていないけど、どうしたの?」
こなた「い、いやね、つかさは来ないのかなって……」
かえでさんの顔が険しくなった。
かえで「あやの、彼女には言わないでって言ったのに」
あやの「ごめなさい、つい弾みで……」
こなた「え、何々」
あやのが珍しく謝っている。かえでさんは溜め息をつくと私の方を向いた。
かえで「昨日つかさから取材に参加したいって連絡が来た」
お、つかさが私の言うように自分から行動した。
こなた「つかさから聞いてくるなんて、よっぽど参加したかったんだね、早くしないと始まっちゃうよ」
かえで「いや、断った、来る必要はない」
こなた「断ったって、この店を出た時間の方がながいかもしれないけど、ちょっとそれは酷くない?」
かえでさんの表情がさらに険しくなった。
かえで「こなた、これは遊びじゃないのよ、内輪で和気藹々なんていかない、来られても迷惑なだけ」
こなた「う……う」
何時に無く厳しい態度だった。私がミスや間違いをしてもそこまで厳しくした事ないのに。その気迫に圧倒されて何も言えなかった。それだけこの取材に力を入れているって事なのか?
かえで「あやの、こなた、取材の応答は全て私がするからそのつもりで」
こなた・あやの「は、はい」
私とあやのは顔を見合わせた。あやのも私と同じ気持ちだだろう。かえでさんの緊張感が私達にも伝わってきた。

98 :こなたの旅A 3/6 [saga sage]:2013/04/07(日) 14:32:17.89 ID:yZ1bxUxf0
「店長、お客様がお見えです」
店内のインターホンから連絡が来た。時間ピッタリ午後1時だった。
かえで「応接間に通して」
私達は定位置に着いた。暫くするとドアがノックされた。
かえで「どうぞ」
ドアが開いた。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは女性だった。女性記者なのだろうか。歳は二十歳代後半位か……髪は長く下ろしている。
彼女は鞄から名刺入れを取り出した。
「私、〇〇雑誌編集部の神埼あやめともうします」
神崎さんはかえでさんに名刺を渡した。かえでさんも神崎さんに名刺を渡した。
かえで「レストランかえで店長、田中かえでです」
そうそう、かえでさんは結婚したから名前が変わったのだった。二人は名刺交換すると席に着いた。そしてあやのの淹れたコーヒーを私が二人に持っていった。
こなた「どうぞ」
私は二人の前にコーヒーを置いた。
あやめ「お構いなく」
私は一礼して低位置に戻った。神崎さんは私達の方を見ている。
かえで「二人は私の店のスタッフです、副店長の日下部あやの、コーヒーを持って来たのがホール長の泉こなた」
私とあやのは神崎さんにお辞儀をした。神崎さんも私達に礼をした。
なんだろう。この人、どこかで見た事あるような……初めて会った感じがしない。何故だろう。
あやめ「取材は初めてと聞いています、どうぞ気を楽にして下さい」
かえで「そ、そう出来れば良いのですが……」
わぁ、かえでさんガチガチに緊張している。神崎さんがそう言うのも分かる。
かえで「それでは早速取材に入らせてもらいます、連絡した様に私はある事件の真相を調べるために取材をしてきました」
え、え、え、お店の取材じゃないの……どうして……私は自分の耳を疑った。あやのも少し驚いている。
かえで「はい、それは聞いています、ですが私達の店と何の関係があるのでしょうか、さっぱり検討がつきません、それに十年前の事件だけでは分かりません」
神崎さんは鞄から何か取り出し机の中央に置いた。あれは……ボイスレコーダー……
あやめ「十年前で分かると思ったのだけど……正確に言うと十一年前の9月〇日、旧ワールドホテル会長、柊けいこ、同秘書、木村めぐみ連続失踪事件……これだけ言えば分かるかしら」
かえで「それは知っています……」
あやめ「それは良かった、ワールドホテル会長の巨額脱税事件の取調べのため拘置所に拘留されていた二人が同じ日、同じ時間に何の痕跡も残さずに失踪した」
かえで「……当時大々的に報道されてましたね、未だに二人は見つからない様ですね」
神崎さんは鞄からファイルを数冊取り出すと広げて見せた。そこには彼女が取材したメモや写真、新聞や雑誌の記事の切り貼りがあった。かなり調べている。
あやめ「巨額脱税とは言え、有罪になったとしても抗わなければ大した刑にはならなかったはず、拘置所脱走という大きなリスクを冒してまで何故二人は失踪したのか、
    特に柊けいこはかなりの高齢、今生きていたとしたら90歳は超えている……見つからないのが不思議……そう思いませんか?」
かえで「……前置きはその位で、何が言いたいのですか?」
神崎さんはニヤリと笑った。
あやめ「私は二人が失踪前後に交流した人を取材して彼女達の足取りを追っているのです、確かこの店はホテルの店として出店契約を結んだ筈です」
この雰囲気、ボイスレコーダーを置く所、誰かに似ていると思ったけど、昔のひよりに似ているような気がする。容姿や話し方ではなく雰囲気が……そんな気がした。
かえで「確かに出店契約をしましたが白紙にしたはずです……彼女とはそれに関する事意外は話していませんが」
あやめ「そうでしょうか、レストランかえで……何故か日本全国数箇所で何度か会合をしていますね、逮捕前には本社で、この当時何店か同じ契約をしている記録があるのですが、
    貴女の店は圧倒的に会合回数が多い……何か特別な契約でも結ぶつもりだったのでは?」
あの会合はつかさ達とお稲荷さんとの会合だ。そんな記録が残っていたなんて……突然な出来事でめぐみさんは情報を消しきれなかったのかもしれない。
会合内容までは知られていない、知られていたら大変な事になっていた。
かえで「……移転前の店の土地が買収されてしまい、それについて協議していただけです」
あやめ「その土地とは名前もない神社じゃないですか、その神社は現在町の私有財産になっていますね」
この人……なんだろう。鋭い……
かえで「……そうです」
あやめ「大企業が小さな店に対してこれほど優遇するなんて、よっぽど何かがなければしない……どんな魔法をつかったのです?」
この人……神社の事まで調べている……かえでさんが応答は全て自分でするって言ってた意味がやっと分かった。下手な事は言えない……
かえで「魔法……ふふ、そんな物使っていません、店の料理が全てです……あやの、こなた、彼女にコース料理を」
こなた・あやの「は、はい……」
私達は応接室を出て厨房に移動した。そしてコース料理をオーダした。

99 :こなたの旅A 4/6 [saga sage]:2013/04/07(日) 14:33:15.51 ID:yZ1bxUxf0
あやの「私、お店の紹介の取材だと思っていた……」
あやのが少し震えている。
こなた「まるで取り調べみたいだった……さすがかえでさんしっかり受け答えしていたね」
あやの「ひいちゃんが来ていたら大変な事に成っていたかも」
そうか、かえでさんがつかさを来させなかったのはこの為か、つかさならお稲荷さんの話しをしてしまうかもしれない。
こなた「つかさもそうかもしれなけど私だったらおどおどして何も話せない」
あやの「そうだね……」
それにしても神埼あやめとか言う人。なんであの事件を調べているのだろうか。二人が消えた理由を知らない人にとってはミステリーなのは分かる。
でも、誰かが傷付いた訳じゃないし、亡くなった訳でもない。強いて言えばワールドホテルが買収された事くらい。それでワールドホテルの従業員が解雇されたとかって話しも
聞いていない。わかんないな〜
かがみの法律事務所に何人か訪問したって話は聞いたけど、この店にまで取材に来た人はあの人が初めてだ。
あやの「泉ちゃん、料理が出来たから持って行って、私は紅茶を淹れて持っていくから」
考えても始まらないか。今はかえでさんに任すしかない。
こなた「OK、持って行く」
私は神崎さんとかえでさんの料理を持って応接室に戻った。

こなた「どうぞ……」
神崎さんの目の前に料理を置いた。すると神崎さんは机に置いてあったボイスレコーダーを鞄に入れ、その替わりにスマホを取り出して目の前の料理を撮り始めた。
あやめ「ふ〜ん、私に料理の評価をさせようって魂胆ね、ワールドホテル会長に見込まれた味ってのを見せてもらいましょう」
神崎さんはスマホを机に置くとフォークとナイフを取った。
こなた「今日はロースとビーフの特製ソースです……」
神崎さんは料理を口に入れた。
あやめ「……なるほどね……」
そう言うと黙々と食事をし始めた。
かえで「あの事件に関しては先ほど話した事以外は知りません、それにこの店は食事を楽しむ所、料理の話題にして頂ければ幸いです」
あやめさんは食事を止めかえでさんをじっと見た。
あやめ「貴女、本当に取材を受けるの初めてなの……十年も前の話し、記憶だって曖昧になるし、緊張だってするでしょうに」
かえで「初めてです、それに、私達の料理を公に認めてくれた人ですから、忘れられる訳ないじゃないですか」
かえでさんは微笑んだ。
あやめ「それは、元会長、柊けいこの事を言っているの?」
かえでさんは頷いた。
あやめ「彼女は罪を犯した人ですよ、しかも逃げ出してしまった卑怯者」
かえで「全てにおいて完璧な人など居ませんよ……」
あやめ「……あの会長を悪く言わないなんて、貿易会社の取材と随分食い違う……これは収穫かもしれない……」
神崎さんは食事を再び撮り始めた。そしてかえでさんも食事をした。
かえで「質問されてばかりだから今度は私からの質問、失踪事件を何故調べているのですか?」
あやめ「何故……何故って……」
神崎さんは暫く考えている様子だった。
あやめ「貴女達が料理を作るように私は記事を書くのが仕事、そして真実を追い続けるのが宿命」
かえで「真実……」
かえでさんはポツリと復唱してそのまま用意した料理を口にした。
そして暫く時間が経つとあやのが入ってきて紅茶を二人の前に置いた。
あやめ「今日は挨拶程度って所かしら……なかなか興味をそそる店、料理も気に入ったし……また来ます」
かえで「それはありがとうございます、お客様として来てくださる分には一向に差し支えございません……しかし、先ほどの様な質問をされても我々としては何も申し上げられません」
かえでさんの言う事を聞いているのかいないのか、神崎さんは帰り支度をし始めた。
あやめ「最後に一つ、田中さんは料理を持って来いと言っただけのに何故二人分の料理を持って来たの」
かえでさんとあやのは私の方を見た。それに合わせる様にあやめさんも私を見た。そう、料理を二つ頼んだのは私。
私はかえでさんと目を合わせて発言の許可を取った。かえでさんは頷いた。
こなた「私の判断で二人分持って来ました。理由は……話し合うのに一方だけ食事をしていると何かと話し難いかなと思いまして、お昼、お弁当を食べて一人何も食べていない人が
    居るとそれが気になってお喋りができませんから……」
あやめ「ホール長としての判断と言う事ね……素晴らしい、柊けいこがこの店を気に入った理由が解った様な気がします」
神崎さんは支度を終えると立ち上がると財布を取り出した。
かえで「今回の御代は結構です……」
あやめ「それではお言葉に甘えまして」
かえで「私も最後に、ボイスレコーダーのスイッチが入ったままになっていましたのでお伝えしておきます」
あやめさんはボイスレコーダーの入っている鞄を押さえて少し動揺した表情を見せた。
あやめ「そ、それでは……」
部屋を出ようとしたので私は扉を開けた。神崎さんは逃げるように部屋を出て行った。

100 :こなたの旅A 5/6 [saga sage]:2013/04/07(日) 14:34:01.33 ID:yZ1bxUxf0
 神崎さんが部屋を出ると私は扉を閉めた。
かえで「ふぅ〜」
かえでさんは深く深呼吸をした。
あやの「取材、お疲れ様でした、でも、取材って店の取材じゃなかったのですね……十年前の事件の取材だなんて」
かえで「そうよ、だから断れなかった、あの手の連中は断れば断る程付きまとうからね」
あやの「最後にボイスレコーダーのスイッチが入っていたって言われましたけど、それがどうかしたのですか?」
かえで「ちょっとけん制しただけよ、こなたが料理を持って来たとき彼女はボイスレコーダーを仕舞った、もう取材は終わった様な素振りを見せて私達を油断させたのよ、
    でも電源は入ったままだから録音はされている、私達の本音を聞き出そうとしたのね」
違う。神崎さんはひよりと似ていない。ひよりはそんな卑怯な手を使わない。
あやの「それも取材のテクニックってものなの?」
かえで「さぁね、私も取材を受けたのは初めてだから何とも言えない、でも彼女はまたやってくるわ、そてとかがみさんも心配ね」
こなた「かがみがが、どうして?」
突然かがみの話が出てきて私は驚いた。
かえで「彼女は柊けいこと木村めぐみと接触していた人物を調べている、こんな店まで調べているのだから、かがみさんの所の法律事務所もターゲットされていているに違いない、
    何せ二人の担当弁護を引き受けたのだから」
こなた「そうかな、でも、あの人の言っている事に間違えがあるよ、失踪した二人の罪状は脱税だけなんて言っていたけど、実際はいろいろな容疑が付いてきてとんでもない事に
    なった、だから、二人を宇宙船で逃がすって決まったじゃん」
かえで「わざと間違えて私達の出方を見ているのかもしれない、どちらにしても侮れないのは確かよ」
こなた「それじゃかがみに今度聞いておく」
かえで「いや、直接私が彼女と話すわ、今後の対策もあるし」
かえでさんは立ち上がった。
かえで「二人ともありがとう、居てくれたおかげで何とか冷静に対処できたと思う、あやのは持ち場に戻っても良いわよ、こなたも良く来てくれた、今日は出勤扱いで良いわ」
こなた・あやの「はい」
私とあやのは部屋を出ようとした。
かえで「こなたは残って、少し話があります」
こなた「え?」
あやのは部屋を出て行った。

101 :こなたの旅A 6/6 [saga sage]:2013/04/07(日) 14:34:44.40 ID:yZ1bxUxf0
こなた「あの、話って何ですか?」
かえでさんは心配そうな顔で私を見た。
かえで「こなたは神崎あやめをどう思う?」
改まった言い方。何故私にそんな事を聞くのだろう。
こなた「初めて会ったばかりで直接話していないから何とも……」
かえで「いや、第一印象でも構わない」
こなた「第一印象……強いて言えばひよりに似ていたような気がするけど、でもそれは私の間違え、ひよりと全然違う」
かえでさんは目を閉じた。
かえで「私もそう思った、性格は別にして感性は似ていると思う、そしてひよりは自分でお稲荷さんの存在に気付いた、これがどう言う意味かわかる?」
こなた「ん〜、神崎って人もお稲荷さんに気付いているって言いたいの?」
かえで「いや、そうは思わない、だけど私達と接触していけば何れ気付く、そんな気がする」
こなた「どうかな、でも、そんなにお稲荷さんの秘密を知られるのがまずい事なの?」
かえで「まずいかどうかは彼女が真実をどう捉えるかによるわね、彼女の本心がつかめないわ、それで、彼女の本心が分かるまで彼女からつかさを遠ざけて欲しい」
こなた「遠ざけるって……すぐ隣の店で働いているんですけど……」
かえで「そうね、それが気がかり、あやのやスタッフにも協力してもらうわ、幸いなこ事につかさも取材拒否しているからつかさが私の店の出身とは知られていない、
    そう容易く彼女も調べられないはずよ」
こなた「それで、かえでさんはつかさに取材に来るなって言ったの?」
かえでさんは私から目を逸らした。
かえで「そうよ、ついカっとなって怒鳴ってしまった……理由を話せないから余計にイライラしちゃって」
こなた「あらら、つかさは末っ子で頭ごなしに怒られるのに慣れていないから今頃落ち込んじゃってるよ……」
かえで「だからフォロー頼むわ、こなたから私は怒っている訳じゃないって言ってくれるかな」
こなた「え、私が、かえでさんがすれば良いじゃん」
かえで「取材の内容を知らせずに収める方法を知らないのよ、こなたは学生時代からの親友でしょ、何とか出来るって」
こなた「私だってそれは同じだよ、そんな無茶振り……」
かえで「これは業務命令、くれぐれもつかさに取材の内容は話さないように、以上」
うぁ〜やっちゃったよかえでさん、最近無茶振りが多い。これも結婚をしたせいなのかな。
こなた「はいはい、分かりましたよ、失敗しても怒らないで下さいよ」
私は扉に歩いて行った。
かえで「待ちなさい!!」
強い口調だった。私の受け答えが気に入らなかったのかな。私は振り返った。
かえで「さっきまでの話はあやのにも話す、だけど、これから話すのはあやのにも話さない、こなた、つかさよりも気を付けないといけないのは貴女よ」
こなた「私?」
あやのにも話さないってどう言う事なのかな。
かえで「「げんきだま作戦」……忘れたわけではないでしょ」
こなた「げんきだま……」
あれはめぐみさんの技術を応用してお金を集めた作戦だ。なぜそんな事を今頃になって。
かえで「あれは社会システムの盲点を突いた反則行為よ、言わばテロみたいなもの、それも私達では知りえない高度な技術を用いてしまっている、そうよ、お稲荷さんの技術でね」
こなた「反則かもしれないけどそうしなかったらあの神社は守れなかった、かえでさんもつかさも喜んだでしょ、かがみだって何も言わなかったし」
かえで「私が恐れているのはお稲荷さんの存在の知られることじゃない、お稲荷さんの知識と技術の存在が知られるのがまずいのよ、それが世間にしられればどうなるか、
    こなたになら分かるわよね」
それは柊けいこ会長を見れば分かる。私は頷いた。
こなた「それを欲しい人は沢山いるよね……良い人も、悪い人も」
かえで「せっかく残ってくれた四人の幸せが目茶目茶になるわよ、それだけは避けたい」
こなた「げんきだま作戦は十年前に停止しちゃってるからもう誰も分からない、心配ないよ、それに私は意外と口は堅いから」
私はウィンクをして親指を立てた。
かえで「私はこなたにげんきだま作戦をさせるべきじゃなかったかもしれない」
珍しく落ち込むかえでさん。
こなた「まるで私が犯罪者みたいな言い方、システムの脆弱を突くのはゲーマーとしての基本だから、集めたお金も私的には使ってないし、私は間違った事をしたとは思ってないから」
かえで「そう……それなら良いわ、ごめんなさい、十年も昔の話しを蒸し返して……」
あんな弱気なかえでさんを見るのは初めてだ。神崎あやめ。彼女がかえでさんを追い詰めたってことなのか。
……相当の食わせ者だ。
こなた「さてと、私はつかさの店に寄ってから帰りますよ」
かえで「あ、あぁ、よろしく、私も仕事に戻らないと……お疲れ様」
こなた「お疲れ様〜」
 
げんきだま作戦か。なんか久しぶりだな。十年前の光景が鮮明に思い出される。
おっと。感傷に浸っているばあじゃない。つかさの店に行かないと。
「泉さん」
突然後ろから聞き覚えるある声……ついさっき聞いたばかりの声だ。
私はゆっくり後ろを向いた。そこには神崎あやめが立っていた。

つづく

102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/04/07(日) 14:35:46.27 ID:yZ1bxUxf0
以上です。

まとめはページを変えずにそのまま続けていきますのでよろしくです。

103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/04/07(日) 14:41:31.11 ID:yZ1bxUxf0
ここまでまとめた。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/04/27(土) 17:04:41.64 ID:52lA7s3a0
このスレ、殆ど自分のレスで埋まってしまっている。

他の方も是非書き込んでくださいね。

ってことで「このたの旅」の続きを投下します。8レスくらい使用します。
105 :こなたの旅B 1/8 [saga]:2013/04/27(土) 17:10:38.85 ID:52lA7s3a0
あやめ「やっぱり」
私が出てくるのを知っているような言い方だった。
あやめ「非番だったんでしょ、だから出てくるのを待ってた」
何故、何故私が今日休みだって知っていた。私は細めで彼女を見た。
あやめ「警戒しちゃって、もうボイスレコーダーのスイッチは切ってあるから安心して」
鞄を軽く叩きながらにっこり微笑む神崎さん。さっきまでの緊迫感とはまるで違う……とても穏やかな笑顔だった。
こなた「何で私が休みだったって……」
あやめ「知っていたか聞きたいんでしょ?」
私の聞きたい事を先に言われた。
あやめ「店を出るとき厨房を覗いてね、壁にシフト表が貼ってあるのを見たら今日は泉さんお休みのマークが付いていた、明日は遅番だった」
あの短い間でそんな所まで見ているなんて。かえでさんが言っていたのは間違えじゃなさそうだ。私じゃ手に負えない。
こなた「すみません、取材は店長にして下さい……」
私は歩き出して彼女を振り切ろうとした。神崎さんは素早く廻り込んで私の目の前に立ちはだかった。私は立ち止まった。
あやめ「まぁまぁ、そう堅い事言わないで、貴女には個人的な話があるの、取材とは関係ない」
こなた「個人的な話し?」
神崎さんは頷いた。取材とは関係ないって言っても信用できない。
こなた「これから用事があるので……」
あやめ「時間は取らせない、30分……いや15分でいいから」
これが取材って言うやつのか。ひよりやゆたかのは全く違う。ねっとりとからみつくようなしつこさ。このままだと家まで付いてきそうな勢いだ。
こなた「10分ならいいよ」
付きまとわれるならさっさと済ましちゃった方がいい。それともこれも彼女の手の内なのかな。でも、神崎さんが何を考えているのか分かるかもしれない。
あやめ「そうこなくっちゃ、それじゃ……」
神崎さんはつかさの店を見ながら話した。
あやめ「あの店で話しましょうか、また戻るのも何だしね、さっきスマホで調べたけど洋菓子店つかさだって、かなり評判はよさそう……ってすぐ隣の店だから泉さんは知ってるか」
こなた「たった10分なのに店に入るの」
あやめ「喫茶店でしょ、10分くらいなら丁度良いじゃない?」
それはまずい。つかさと会わすわけにはいかない。店に戻ってもらうか。
いや待て、ここで変に拒否すればつかさの店が怪しまれるかも。かえでさんに怒鳴られて落ち込んだつかさは家に帰っているかもしれない。
私の知っているつかさならそうするはず。でも結婚やお稲荷さんの件で成長したつかさだったら店に居るかもしれない。どうしよう……今それを確認することは出来ない。
あやめ「どうしたの、時間がないんじゃないの?」
やばい、考えている暇はない。こうなったらつかさの店に行くしかない。お願い、私の知っているつかさで居て……
私は心の中で祈った。そして神崎さんの後に付いて行った。

ひろし「いらっしゃいませ……」
店に入るとひろしが出迎えた。ひよりは神崎さんのすぐ後ろに私が居るのに気が付いた。まずい。彼が私に話しかければ店の関係が神崎さんに分かってしまうかもしれない。
ひろし「こちらへどうぞ」
しかしひろしは私達を普通の客としてテーブルに案内した。こんな事は初めての事だった。ひろしは私達にメニューを渡した。
あやめ「……このケーキとコーヒーを」
神崎さんはこの前つかさが考えた新メニューのケーキを指差した。この人は何の躊躇もなく初めて来た店で新メニューを頼むのか。私ならオーソドックスな物から攻めるけどね。
こなた「私はアイスコーヒーで……」
ひろし「少々お待ち下さい」
ひろしはそのまま厨房の方に向かって行った。助かった。これで私がこの店と関係があるのを知られなくて済んだ。つかさも来ない。いつもなら厨房から飛び出してくるのに。
これは私の思った通り落ち込んで帰ってしまったに違いない。そのおかげで何とかこの急場を凌げた。でもつかさはそれだけ落ち込んでしまっているって事。私に何とかできるかな〜

106 :こなたの旅B 2/8 [saga sage]:2013/04/27(土) 17:12:15.43 ID:52lA7s3a0
Aひろしがオーダしたケーキを持って来た。
あれこれ考え込んでいた。気付くと神崎さんは何も話しをしないで私を観察するようにじっと見ていた。今はこっちの方に集中しないと。
こなた「あ、あの〜何か私の顔に付いてます?」
あやめ「ふふ、貴女って歳は幾つなの?」
こなた「な、なんて失礼な!!」
あやめ「失礼なのは分かってる、見た目は高校生くらいかしら、でもお店で身に着けていた制服の着こなし方が少し古さを感じた、三十歳くらい?」
こなた「そんな話しをしにわざわざ私を呼び止めたの」
でもだいたい合っている。この人鋭いな。
あやめ「ごめんなさい、あの店で働いて随分永いように見えたけど、どうなの?」
こなた「その通りだけど……」
あやめ「この業界って人の出入りが激しいって聞いたけど、それでも貴女はあの店で働き続けている、多分廻りのスタッフや副店長さんの……」
こなた「日下部でしょ?」
あやめ「そうそう、日下部さんだった……永く勤められるなんて、店長の田中かえでさんの人柄がこれで分かった」
神崎さんは話しを止めるとコーヒーを飲んで間を空けた。
あやめ「ワールドホテルを潰した貿易会社、憎いとは思わない?」
突然何を言い出すと思ったら。
こなた「憎いも何もないかな、もう十年も昔の事だし……」
あやめ「その十年前、貴女の働く店以外にも同じような契約をした店がいくつもあった、その契約が無効になったせいで閉店しまった所もあるのに?」
こなた「私には関係ないかな」
神崎さんは少しがっかりしたような素振りを見せた。
あやめ「そう、残念、貴女だったら協力してくれると思ったのだけど……」
こなた「え、協力?」
『ピピー』
神崎さんの鞄から音がした。彼女は慌てて鞄をあけて中からスマホを取り出し画面を見た。
あやめ「バカ、まだ早いって言ったのに」
突然帰り支度を始めた。
こなた「どうしたの?」
あやめ「特種を他社に取られそうなの、悪いけど今日は終わりね」
神崎さんは鞄からメモ帳を取り出すと最後の頁を破りペンで何かを書き出した。
あやめ「これ、私のスマホと自宅の電話番号だから、何かあったら連絡して」
テーブルの上に紙を置くと小走りに店のレジの前に移動した。
あやめ「二人分の清算お願い」
ひろしがレジで清算をした。
あやめ「ケーキ、コーヒーとも凄く美味しかった」
ひろし「ありがとうございます」
清算が終わると神崎さんは走って店を出て行った。

 神埼あやめ、全く分からない。けいこさんやめぐみさんを卑怯者呼ばわりしたのに今度は貿易会社を憎くないのかって……彼女の目的は何だろう……
テーブルの上に置かれた紙を財布の中に仕舞った。
ひろし「見かけない顔だった、おまえの友達なのか」
気が付くとひろしが私の直ぐ近くに来ていた。
こなた「うんにゃ、私も今日会ったばかり、雑誌の記者だよ」
ひろし「慌しいやつだったな……友達にしてはおかしいとは思った、そうか、つかさの言う通り、本当に取材をしたのか」
こなた「それよりこんな所で油売ってて良いの、他のお客さんの対応をしなくて……」
辺りを見回すと客は誰一人居なかった。
ひろし「おまえ達が最後のお客様だ、つかさが突然帰るって言い出して、今日はもう終わりにするつもりだ」
こなた「つかさが……帰った……」
ひろし「ああ、あの落ち込み様は初めて見た、おまえの店の店長に一言言いたくて早く閉めることにしたのさ」
少し怒り気味だった。そうりゃそうだよ。つかさを落ち込ませた張本人なのだから。
でも、ひろしには話しておいた方がいいかもしれない。でもそれは私が話すよりかえでさんに話してもらおう。一言言いたいのなら丁度言い。
こなた「話があるなら私も行くけど」
ひろし「そうしてくれると在り難い、どうもあの店長は苦手だ」
こなた「ふ〜ん、ひろしにも苦手があるんだ」
ひろし「おまえが一番苦手だ……泉こなた、つかさと親友なのが不思議なくらいだ」
こなた「そりゃどうも……」
こりゃ重症かな。でも嫌われるよりはましかな。もっとも好かれてもこまるからこの位で丁度良いくらいかもね。
107 :こなたの旅B 3/8 [saga sage]:2013/04/27(土) 17:13:18.89 ID:52lA7s3a0
 ひろしは早々に店を閉めると私と共にレストランに向かった。
かえでさんはひろしを見ると今までの経緯を話した。
ひろし「けいことめぐみの失踪事件を調べている……だと?」
珍しくひろしは驚いた。
かえで「そうよ、この事件で私の店を取材に来たのは彼女が初めて、かなりのやり手であるのは間違いないわ、だから彼女をつかさに合わせなかった」
こなた「店を出たら私を待ち伏せしてた、つかさの店に行こうって言った時は冷や汗ものだったよ」
かえでさんは私を睨みつけた。
かえで「こなた、別の店に行くとか機転が利かなかったの、もしつかさが居たらどうするのよ!」
こなた「つかさは家に帰ったと思ったから……懸けだったけど……でも思った通りつかさは帰った、後のフォローが大変だけどね」
かえでさんはそれ以上何も言わなかった。
こなた「それにしてもひろしは私を普通の客として扱ってくれた、だから神崎さんはつかさの店とこの店の関係に気付いていない、そっちの方が凄いよ」
ひろし「おまえが妙に緊張して入ってきたからな、すぐにもう一人の客のせいだと解った」
こなた「それもお稲荷さんの力なのかな、それじゃ神崎さんがどんな人なのかも解ったの?」
ひろし「人間になる前なら解ったかもしれないが、どうやらおまえほど単純じゃない」
こなた「……一言多いよ……素直に解らないって言えば良いのに……」
かえでさんはクスリと笑った。ひろしは私からかえでさんに顔を向けた。
ひろし「しかしつかさも軽く見られたものだな……」
かえで「私の対処に不服かしら」
ひろし「あの記者が只者ではないのは分かる、だがそれだけでつかさを除け者にするのはどうかしている、つかさは我々をここまで導いてくれた、それだけじゃない、
    人類も救った、それはおまえが一番知っている筈じゃないのか」
かえで「流石つかさの夫ね良く解ってるじゃない、でもそれは彼女の……神崎さんの意図がわかるまでの間よ、別に永遠に秘密にするつもりはない」
ひろし「それが分からん、説明しろ」
かえでさんは一回溜め息をついてから話し始めた。
かえで「神崎さんは策士よ、話術も巧みだわ、そんな人が話したらたちまちつかさは秘密を話してしまうわよ」
ひろし「話したって構わないじゃないか、どうせ誰も信じない、それに話せさせない用に僕がなんとかする」
かえで「それはどうかしらね、万が一それが真実だと分かった場合一番困るのは貴方達の方よ、それに話させないなんて出来るかしら」
ひろし「出来るさ」
かえで「それじゃあの記者を貴方の義理の兄、すすむさんに合わせてみようかしら」
ひろしは何も言わずかえでさんを見たままになった。
かえで「彼はいのりさんの簡単な誘導尋問に引っ掛かって自分の正体をバラした、そればかりかひよりにかがみさんの病気を話してしまった、さぞかしネタバレするでしょうね」
ひろし「そ、それは親しい人だからそうなった、見ず知らずの人に話す筈はない……」
かえでさんは人差し指をひろしに向けた。
かえで「それよ、それなのよ、つかさは誰とでも親しくなってしまう、だから心の内を直ぐに話すのよ、すすむさんと同じじゃない、だからまだ神崎さん会わす訳にはいかない」
ひろしはガックリと肩を落とした。
ひろし「そ、そうだな……僕も協力しよう……」
かえでさんはホッと胸を撫で下ろした。私は親指を立ててウインクをして『グッジョブ』のポーズを取った。かえでさんは苦笑いをした。
こなた「それじゃ私はつかさをフォローしに行ってくるから」
ひろし「ちょっと待ってくれ、僕も一緒に行こう、店の用事がまだ全て終わっていない少し待っていてくれ」
こなた「OK、待っているよ」
ひろしは店を出て行った。

108 :こなたの旅B 4/8 [saga sage]:2013/04/27(土) 17:14:04.53 ID:52lA7s3a0
 窓越しからひろしがつかさの店に入って行くのを確認した。
こなた「策士ねぇ〜かえでさんも充分策士だと思うけど……すすむさんを引き合いに出すなんて……」
私はボソっと話した。
かえで「策士はあんたの方でしょ、ひろしの説得を私にさせるなんて……」
こなた「まっ、何とかなったから良いじゃん……後はつかさの機嫌がもどればとりあえず落ち着くね」
かえで「すまないわね、お願いするわ」
こなた「もう乗り掛かった船だし、それで、なぜつかさと話さないの」
覚悟を決めたように話すかえでさん。
かえで「私の言う事を聞かなかった、だから怒鳴ってしまった……初めてだった、今の私に彼女にかける言葉はない」
その台詞かがみもこの前言っていた様な気がする。
こなた「基本的にはつかさはつかさだよ、それは年齢とか状況は関係ないと思うけど、現につかさは私の思った通りに落ち込んで帰っちゃった」
かえで「学生の頃と同じって言いたいの……私は初めて会った頃のつかさが懐かしい……でも、そう言い切れるならやっぱりこなたに任せるわ」
つかさの店からひろしが出てきた。
こなた「さてと、それじゃ行って来ます」
かえで「待って……」
こなた「ん?」
私は立ち止まった。
かえで「お稲荷さんの話しはもう無かった事にしたい、他人に知られてはいけない、それだけは分かって欲しい」
こなた「大袈裟だな〜この十年間だれも知られてないから平気だよ、これからもずっと、私達がお稲荷さんを受け入れられるようになるまで、そうだったね?」
もっとも受け入れられるようになるまで私達は生きていそうにないけどね。
かえで「そうよ……行ってらっしゃい」
私は店を出た。

 店を出て駐車場に入った時だった。
ひろし「ちょっと待て、僕達が揃って家に帰るのは不自然じゃないのか?」
こなた「ん、何が不自然なの……あぁ、私がひろしと仲良くつかさの前に現れたらそりゃ不自然だね、大丈夫、私、はそんな気は全くないし、つかさは鈍いから分からないよ」
ひろしは呆れ顔になった。
ひろし「バカかおまえは、閉店時間前なのに僕が居たらまずいだろって事だ、つかさには話していないからな」
こなた「……そうだね、それでどうしよう?」
しかしバカは余計だよ、バカは……冗談が通じないな、この辺りはつかさと同じだな。
ひろし「適当に時間をつぶしているからおまえは先に家に行ってつかさの相手をしてくれ」
こなた「あいよ」
私は車に乗り込もうとした。
ひろし「つかさが心配だ、くれぐれも頼む……」
私に「頼む」って言うなんて。
私は軽く返事をすると車に乗り柊家に向かった。

109 :こなたの旅B 5/8 [saga sage]:2013/04/27(土) 17:15:08.29 ID:52lA7s3a0
 車を近くの駐車場に停め、柊家の玄関の前に立ち呼び鈴を押そうとした時だった。玄関の扉が開いた。
みき「あら、泉さん?」
こなた「こんにちは……つかさはいますか?」
みきさんが出てきた。そしてすぐにただおさんも出てきた。
みき「つかさなら帰ってきて……」
みきさんとただおさんはとても困った顔をしていた。
みき「帰ってくるなり自分の部屋に入ったまま出て来なくて、もしかしてひろしさんと喧嘩でもしたのかしら……」
みきさんとただおさんは顔を見合わせていた。
こなた「つかさに会えますか?」
みき「どうぞ入って、私達はこれから買い物に出かけてしまうからおもてなしはできないけど……」
こなた「いいえ、お構いなく……」
私は家の中に入ろうとした。
みき「泉さん、つかさをよろしくお願いします……」
こなた「え、あ、はい」
みきさんはつかさの部屋の方を見ながらそう行った。そしてただおさんと駅の方に歩いて行った。
みきさんはつかさを心配している。幾つになってもつかさはみきさんにとって子供なのか……母と子か……羨ましいな……
って、私はこんな気持ちになるために来た訳じゃない。こんな歳になって……
家に入り二階のつかさの部屋に向かった。姉たち三人は全てこの家を出て行った。つかさだけがこの家に残っている。高校時代からつかさの部屋の位置は変わっていない。
かさの部屋の扉が人の入れる位の隙間があって半開きのままになっていた。廊下からつかさの部屋を見た。
カーテンを閉めて薄暗いままの部屋につかさが椅子に座っている。片手に何かを持ってそれをじっと見つめていた。よく見るとそれは木の葉っぱだった。
葉っぱの付け根を摘んで人差し指と親指をゆっくり動かしながら葉っぱをくるくる回転させてそれをじっと見ていた。なんで葉っぱなんか持っているのかな……
それに葉っぱを見つめるつかさの目ががこれまで見た事ないような悲しげな表情をしている。
つかさは私に気付いていない。私は一歩つかさの部屋に入り半開きの扉をノックした。
つかさ「はぅ!!」
音に驚いたつかさは慌てて葉っぱを財布に仕舞い私の方を向いた。
つかさ「こ、こなちゃん!?」
こなた「驚いちゃったかな、私に気付いていなかったみたいだから」
私は窓まで移動してカーテンを開けた。午後の日差しが入ってきてつかさに当たった。つかさは眩しそうに目を細めた。明るくなって気付いた。つかさの目が少し赤い。泣いていたのか。
つかさ「あ、い、いらっしゃい……気付かなかった、お母さんなんで教えてくれなかったのかな……」
こなた「おじさんもおばさんも買い物に出かけたよ、私と入れ替わりにね」
つかさ「そ、そうなんだ……こなちゃん、仕事はどうしたの?」
こなた「今日はおやすみ、つかさの方こそどうしたのさ、お店をほったらかしにして帰っちゃうなんて」
つかさ「う、うん……」
つかさは言葉を詰まらせて項垂れた。
まぁその理由は知っている。だけどつかさは落ち込んでいるからいきなり本題にはいると話し難いな。
こなた「さっき持ってた葉っぱは、何?」
つかさはゆっくり首を上げて私を見た。
つかさ「見てたんだ……こなちゃんはあれが葉っぱに見えたの?」
こなた「見えたも何も葉っぱ以外にには見えないよ」
つかさ「それなら前に一度見た事があるよ……覚えていない?」
こなた「一度見ているって……」
つかさ「最初見た時は一万円札に見えた……だけど一日経つと……」
……思い出した。それはお稲荷さんの真奈美がした悪戯の葉っぱだ。
こなた「まだ持っていたんだ……」
つかさ「まなちゃんの形見だから……婚約者のたかしさんが言ってくれた、これは私が持っていろって……辛いとき、悲しいとき、これを見ているとまなちゃんの事を思い出すの」
こなた「知らなかった……」
つかさと同居していた時もそうだったのかな。全く知らなかった。同居していたと言っても食事以外はそれぞれ自分の部屋で過ごしていたから細かい所までは分からない。
つかさ「こなちゃんは取材に参加したの?」
つかさの方から話しを持ってくるとは思わなかった。
こなた「うん、そりゃ店のスタッフだし、ホール長だから」
つかさ「そうだよね、うん、分かってる、私なんかもうレストランかえでのメンバーじゃない、関係者じゃない……だから怒られた……」
こなた「そ、そうだよ、分かってるジャン、それが分かっているならもう大丈夫だよ」
本当は違うけどね。
つかさ「こなちゃんはかえでさんが何故取材拒否してるか知ってるの?」
こなた「もちろん、店が混雑してお客様へのサービスが低下するのを防ぐため……」
つかさは私をじっと見ている。何か言いたげにしている。
つかさ「かえでさんね、ずっと昔取材を受けたことがあって……」
私は驚いた。かえでさんが取材を受けた事があるのに驚いた訳じゃない。神崎あやめがかえでさんに取材を受けるのが初めてなのかって聞いていた事に驚いた。
彼女はかえでさんの嘘を見破っていたのか。受け答えが慣れていたから。仕草からなのか。事前に調べていたのか……どちらにせよ彼女の洞察力は侮れない。
つかさは私の表情を見てからまた話し出した。
つかさ「知らなかったの?……辻さんが亡くなって、その一番の親友であるかえでさんに自殺した原因があるのではってしつこく嗅ぎ回れたの、辻さんの死を悼んでいる余裕もなかった
    って言ってた、かえでさんの心の中に土足で入ってくるような嫌らしさがあったって、だから記者を嫌いになったって……」
こなた「知らなかった……」
そっちの方が理由としては強かったのかもしれない。
つかさ「そんなかえでさんが何故急に取材を受けるなんて……私、分からないよ、こなちゃんなら何か聞いているでしょ」
理由は只一つ、つかさの側ににその記者を行かせない為、つかさを守る為。それは言えない。
こなた「え、えっと」
潤んだ目で訴えている。教えてくれって。だけどなんて言えば良いんだ。
こなた「昔の取材の話し、私は知らなかった、もしかしてかえでさんに内緒って言われていなかった?」
つかさ「えっ、うん、言われていたけど……」
こなた「つかさ、内緒って意味知ってる?」
つかさはおろおろし始めた。
つかさ「知ってる……よ」
こなた「それじゃどうして私に話したの」
110 :こなたの旅B 6/8 [saga sage]:2013/04/27(土) 17:15:51.26 ID:52lA7s3a0
つかさ「え、だって、こなちゃんは友達だし……」
理由になっていない。私の中の何かがプッっと切れた。
こなた「結婚もして子供もいるんだからもう少しその辺分かろうよ、それだからかえでさんに怒鳴られちゃうんだよ!!」
しまった。そう思った時には遅かった。私はつかさの目の前でかえでさんと同じように怒鳴っていた。
つかさ「ぐす……えぐっ、」
つかさの目から大粒の涙が出てきた。まずい。これじゃフォローどころか追い討ちを掛けてしまった。
こなた「ご、ごめん、これは……」
もう何を言ってもダメだった。つかさは机に顔を押し付けて泣きじゃくってしまった。なんてこった……思いの外つかさのダメージは大きかった。私は何も出来ないまま
泣きじゃくるつかさの前で立ち尽くしてしまった。
「つかさ、帰ったぞ」
後ろから声がした。この声はひろしだ。まだ帰ってくるには少し早いような気がする。不思議に思いつつ私は振り返った。
ひろし「やっぱりこうなっていたか……」
私にだけ聞こえるような小さな声だった。私は何も言えなかった。
ひろし「つかさ」
優しくつかさを呼んだ。
つかさはゆっくり立ち上がるとひろしに向かって跳びあがって抱きついた。そしてさらに激しく泣いた。
ひろし「僕は今のままのつかさで良いから……そんなつかさが好きだから」
ひろしはそっと両手をそえてつかさを支えた。
こなた「わ、私……」
ひろし「何も言うな、こうなったのも僕のせいだ……僕が先にくるべきだった……」
返す言葉がなかった。
ひろし「悪いが今日はそっとしといてくれないか」
こなた「う、うん……」
私はゆっくり部屋を出てそのまま家を出た。

111 :こなたの旅B 7/8 [saga sage]:2013/04/27(土) 17:16:42.65 ID:52lA7s3a0
 自信があった。これまでも高校時代からつかさを笑わせたり励ましたりを何度もしてきた。最後はいつも笑顔に戻っていた。でも……
蓋を開けてみればこの大失態。なんであんな事に……
つかさがひろしに抱きついた時にひろしが言った言葉……そのままのつかさが良い……その通りだ。
知らないうちに私も涙が出ていた。ひろしの取った態度に胸が熱くなった……これが愛ってやつなのか……
「泣いているの?」
はっと声のする方を見た。まなみちゃんが玄関の前に立っていた。ランドセルを背負っている。下校してきたのか。まなみちゃんはハンカチを私の前に差し出していた。
まなみ「どうしたの、お母さんと喧嘩したの?」
心配そうに私を見ている。
こなた「うんん、ちがうよ、大丈夫だよ」
私は自分のハンカチで涙を拭うと微笑んで見せた。
なまみ「お母さんまだお店だよ……」
まなみちゃんは玄関の扉を開けようとした。
こなた「ちょっと待って」
まなみ「な〜に?」
まなみちゃんは開けるのを止めて私を見た。そういえばひろしはそっとしておいてと言っていた。もしかしたら……今まなみちゃんを家に入れるのはまずいかもしれない。
こなた「お母さんとお父さんは家で大事な仕事をしているから……邪魔しないように私の家でゲームでもしよう、ね?」
まなみ「うんいいよ……お父さんとお母さん……居るの?」
なんとか止めないと……子供の扱いは難しいな……
こなた「う、うん、」
まなみ「それじゃ、ランドセル置いてくるね」
あらら……止める間もなくドアを開けて入ってしまった……っと思ったら10秒もしないで開けて戻ってきた。ランドセルは背負ったままだった。すこし顔が青くなっている。
まなみ「……お母さんが変な声出してるの…」
まなみちゃんの声が震えていた。……やっぱり。
こなた「だ、大丈夫、問題ない……」
まだ本当の事を言うのは早過ぎる。
まなみ「……病気じゃないの?」
こなた「違うよ、お父さんと愛し合ってるから」
まなみ「ふ〜ん」
まなみちゃんはじっと玄関を見たまま首を傾げていた。
こなた「それじゃ一緒に駐車場まで行こう」
まなみ「うん」
何とか誤魔化せたかな……

 家に帰ると自分の部屋でまなみちゃんとゲームをして遊んだ。
しかしまなみちゃんはつかさと違ってゲームの上達が早い。コツをすぐ掴んでしまう。格闘ゲームとかだと気を抜くと一気に畳み込まれるほどだった。
こなた「ふぅ……喉が渇いたね、ちょっと飲み物とって来るよ」
まなみ「うん」
台所に行くとお父さんが入ってきた。
そうじろう「まなみちゃんだったね……つかささんのお子さんだろう?」
こなた「そうだよ」
そうじろう「いいのか勝手に連れてきて……」
こなた「確かに黙って連れてきたけど、ちゃんとつかさにメール送っておいたし、大丈夫だよ」
そうじろう「いったい何があった、夫婦喧嘩でもしたのか?」
お父さんにはお稲荷さんの話しは一切していない。お父さんにとって二人は極普通の夫婦だろう。
こなた「違うよ、その逆だよ」
お父さんは笑った。
そうじろう「そうか……それでこなたは何時孫をみせてくれる?」
こなた「……何時だろうね、その前に相手を見つけないとね……」
そうじろう「居ないのか、職場にも男性の一人や二人居るだろう?」
こなた「職場結婚する気はないよ……」
お父さんはそれ以上何も言わなかった。
こなた「それじゃ部屋に戻るよ」
そうじろう「うむ……」
嫁には絶対にやらないなんて言っていたのに。いざとなると今度は孫の顔がみたいだなんて、どっちが本心なのか分からん。

112 :こなたの旅B 8/8 [saga sage]:2013/04/27(土) 17:17:41.97 ID:52lA7s3a0
こなた「ジュース持って来たよ、ついでにお菓子も」
まなみ「ありがとう……」
こなた「そういえばまだ宿題やってなかったね」
まなみ「……もう終わっちゃった……」
こなた「えっ!?」
終わったって、さっき台所に行ってお父さんと話して10分も経っていないのに。テーブルにノートが置いてあったのに気付いた。
私はそのノートを手にとって見てみた……全部終わっている……
こなた「す、凄いね……」
まなみ「学校のお勉強はつまんない……お父さんの方がいろいろ教えてくれる……」
まなみちゃんはジュースをおいしそうに飲み始めた。
こなた「それじゃ、何が一番楽しい?」
なまみちゃんはジュースを飲むのを止めて暫く考え込んだ。
まなみ「ん〜と、佐藤先生が教えてくれるピアノかな〜」
佐藤さんは旧姓岩崎みなみの事。まさかひよりとゆたかよりも先に結婚するとは思わなかった。
こなた「ピアノのお稽古してるんだ、今度私も聴いてみたいな」
まなみ「え〜はずかしいよ」
まなみちゃんがピアノを習っているのは初めて聞いた。ゲームの上達の早さから推察するにつかさよりは上手な様な気がする。
まなみ「こなたお姉ちゃんもいろいろ教えてくれるから好き……」
こなた「そ、そりゃどうも……」
おべっかもするなんて、つかさとは随分ちがうな……これはお稲荷さんの血が入っているからなのかな。お稲荷さんの力も使えるとか。まさか……
まなみ「どうしたの?」
こなた「うんん、なんでもない、ゲームの続きやろうか」
まなみ「うん」
私達は夕方までゲームで遊んだ。

日が完全に落ちた頃だった。
そうじろう「おーいこなた、つかささんがお見えだぞ」
まなみちゃんを迎えにきたか。私は玄関に向かうとつかさが立っていた。あの時の様な暗く落ち込んだ雰囲気は一切ない。私の知っているつかさそのものだった。
こなた「さっきはゴメン……」
つかさ「うんんこっちこそ、泣いちゃったりして、もう取材の事は聞かないから」
こなた「それなら良いけど……」
まなみ「お母さん、お父さんとあいしあっていたんだよね?」
つかさ「えっ!?」
つかさは目を大きく見開いてまなみちゃんを見た。あらら、笑顔であっさり言う……あからさますぎ……子供は恐れをしらないな。
こなた「まなみちゃんランドセル取ってこないと」
まなみ「あ、忘れちゃった」
まなみちゃんは慌てて私の部屋の方に走っていった。
こなた「ノートと筆箱もちゃんと仕舞いなさいよ」
まなみ「はーい」
私は溜め息をついた。
つかさ「こ、こなちゃん、どう言うこと?」
つかさは動揺している。
こなた「慰めてもらうのは良いけど、もう少し時間を考えないとね、私が家を出てからすぐにまなみちゃんが帰ってきたんだよ……始まっちゃうとなかなか途中で止められないよね……
    だから適当に誤魔化して私の家に連れてきたって訳、まなみちゃんは意味を知らないで言っているだけだと思うから、でもね、子供は見ていない様で見てるから気をつけないと」
つかさは顔を真っ赤にして俯いた。
こなた「ふふ、何照れてるの、夫婦なんだから気にしない、気にしない」
つかさ「うん……ありがとう」
こなた「ありがとうはつかさの旦那に言って……私の出来る事はこんなことくらいだから」
まなみちゃんがランドセルを背負って走ってきた。
こなた「これから食事の用意をするけど、どう?」
つかさ「うんん、家で皆が待ってるから」
こなた「今度かがみの家族も連れて遊びにきなよ」
つかさ「うん、そうする……それじゃ帰ろうか」
まなみ「うん、バイバイ」
まなみちゃんは手を振った。私もそれに答えて手を振った。そして二人は家を出て行った。

 つかさが元に戻って良かった。
さてと……いつまでもこんな状態が続くと何かとやり難い。多分何度も取材に来るに違いない。
あの記者を追い出すことは出来ないかな。
それにはあの神崎あやめの目的を知らないとならない。なんでレストランかえでを取材にきたのか。
普通に考えればこの店はけいこさんとめぐみさんの失踪事件とあまりにもかけ離れているのに。私達が何を知っていると思っているのか。
それになぜ私に個人的な話しがあるとか言って近づいてきたのか。
わたしの秘密があるように向こうも何かを隠しているに違いない。それを突き止めてやる。
『グ〜〜』
腹の虫が鳴いた。
まぁ、ご飯を食べてからにしようっと。

つづく


113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/04/27(土) 17:18:31.90 ID:52lA7s3a0
以上です。

114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/04/27(土) 17:25:00.60 ID:52lA7s3a0

ここまでまとめた

115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/03(金) 13:41:59.98 ID:B8DJo7a70
こなたの旅の続きです。

7レスくらい使います。
116 :こなたの旅C 1/7 [saga sage]:2013/05/03(金) 13:44:27.04 ID:B8DJo7a70
 ご飯を食べて落ち着いた私は自分のパソコンに電源を入れた。神崎あやめ。まずは基本情報を知らないと話しにならない。
『神崎あやめ』と入力しした……
一発でヒットした。この人は業界では有名な人らしい。
〇〇雑誌の記者。〇〇年四月に入社……新卒なのか……ってことは私と同じ歳じゃないか。
出身大学はは〇〇県の〇〇大学……ん。この県って、まさか。
財布の中に仕舞ったメモ帳の切れ端を取り出した。彼女の携帯番号と自宅の電話番号が書かれている。この自宅の電話番号の市外局番……
レストランかえでがここに引っ越す前の町と同じ市外局番。この記者はあの町で生まれ育った……のかな。
でもこの記者はあんな遠くから雑誌社まで通っているのかな。いや、そんな筈はない。考えられるのは自宅勤務を許されているって事。だとしたら大した待遇だ。
どんな記事を書いているのかな。更に調べようとした時だった。
『ピピピ〜』
携帯電話の着信音が鳴った。かがみからだ。直接電話してくるなんて珍しい。でもどんな内容なのかだいたい解った。
こなた「ハローかがみん」
かがみ『おっす、こなた、相変わらず間の抜けた声ね……』
第一声がこれかよ。
こなた「……そんな事を言う為に電話してきたの……」
かがみ『ごめん、そんな用じゃないわよ、ちょっと遅いから明日にしようかと思ったけど、こなたなら起きていると思って……かえでさんから聞いたわよ』
こなた「神崎あやめ……」
かがみ『そうよ、厄介な記者に目を付けられたわね』
かがみは彼女を知っているのか。
こなた「その記者を知ってるの?」
かがみ『いや、直接は会っていない』
こなた「あれ、取材を受けた事ないの……彼女はけいこさんとめぐみさんの失踪事件を調べている、だとしたら真っ先にかがみの所に行くんじゃないの?」
かがみ『私もかえでさんから聞くまで彼女がそんなのを調べているなんて知らなかった』
こなた「なんで私の店に取材に来たのかな……」
かがみ『私もさっぱり分からん、だけど、十年前、私達は散々取調べを受けたし、数多くの記者からも取材を受けた……それで何も出なかったから彼女も取材対象から外したのかも
    しれないわね、そうとしか考えられない』
こなた「どうしたらいいかな?」
かがみは暫く黙っていた。
かがみ『私にも分からないわ、下手な事をすれば勘繰られるし、私が出て行けば余計怪しまれるわよ』
こなた「そうだよね〜」
かがみ『昔私も少し彼女を調べたた事があってね、彼女は刑事事件を中心活動している記者ね、彼女の記事を切欠に解決した事件は多数、それに多くの冤罪事件も手掛けている、
    一目置いた人物ではあるわね、弱きを助け、強きを挫く……そんな感じよ』
かがみのおかげでこれ以上調べなくても彼女の仕事ぶりは分かった。
こなた「それじゃ私なんかじゃ太刀打ちできないよ、かえでさんですらやっとだったのに……」
かがみ『私が言える事は只一つ、嘘はつかない事、それだけよ』
こなた「でも、もし、彼女がお稲荷さんの事に触れてきたらどうするの……」
かがみ『そ、それは……多分平気よ、そこまで分かるはずない』
声に自信がない。
こなた「私も少し調べたんだけど……彼女の出身が店を引っ越す前の町みたいだよ……卒業大学が同じ県だったからね、あの町ならお稲荷さんの伝説とか聞いているかもしれないし、  ちょっと心配……」
かがみ『お、同じ町……』
かがみも私も何も言わず沈黙が続いた。
かがみ『と、取り敢えず今は様子を見るしかないわ』
流石のかがみも打つ手なしか……
こなた「まだ一回しか会っていないのに大変だよ……」
かがみ『くれぐれもつかさをよろしくね、つかさを彼女に会わせたらとんでもない事になるわ』
かがみも同じ事を思っている……
こなた「かがみも同じなんだね」
かがみ『何よその言い草、あんたも同じだって聞いたわよ、これは皆の総意じゃなかったの、お稲荷さんの知識と技術の隠蔽、それこそあの記者にとっては格好のネタよ、
    私達が何故隠しているなんかお構い無しに決まってる』
こなた「う、うん……そうだけど」
かがみ『そうだけど?』
強い口調で言い返してきた。今の私にかがみの意見に反対するほどの正当性をもった反論は出来ない。
でもそのつかさがお稲荷さんの心を開いたのも事実。悲しげに葉っぱを見つめるつかさの顔が頭の中に浮かんだ。どうすればいいのかな……何も出てこない。
こなた「い、いや、かがみの言う通りだよ」
かがみ『頼むわよ……それじゃまた今度会いましょう』
こなた「ちょっと待って」
かがみ『何よ、他に何かあるの?』
つかさの話しになってちょっと思い出したことがあった。
こなた「かがみの子供って成績優秀なのかなって……」
かがみ『なにを急に……』
こなた「確か一番上の子が小4だったよね?」
かがみ『そうだけど……何故そんな事を聞くのよ』
こなた「いやね、まなみちゃんが頭よくってね、もしかしたらお稲荷さんの血が混ざってるんじゃないかなって……」
かがみ『私の子供達は普通よ……まつり姉さんは生まれたばかりで分からない、いのり姉さんはまだ子供は居ない……私の夫を含む皆は人間になった、お稲荷さんの遺伝を捨てた、
   その能力や知能は遺伝しないわよ……もっともつかさは小学校低学年の時は私よりも成績良かったからまなみちゃんの成績が良いのもつかさの遺伝じゃない』
こなた「ふ〜ん、それでかがみは焦って一所懸命に勉強したんだね、なるほど」
かがみ『納得する所が違うぞ!!』
お、久々のかがみの突っ込みを聞けた。そうでないとね。
こなた「ふふ、それじゃまたね」
かがみ『おやすみ……』
電話を切った。
こなた「ふぅ〜」
溜め息を一回。
そして時間を見る。寝るにはまだ少し早い……たまにはネトゲでもするかな……

117 :こなたの旅C 2/7 [saga sage]:2013/05/03(金) 13:45:41.65 ID:B8DJo7a70
 それから一ヶ月が経った。
彼女は週に2回から3回必ずお昼を食べにこのレストランを訪れていた。私達に何かインタビューする訳でもない。ただのお客として来ている。
つかさの店にもたまに行っているみたいだ。それはひろしが対応しているので特に問題があるわけではなかった。
でも問題はこの店。お客として来ているから無理に来るなとは言えない。それどころか友達なのか、同僚なのか分からないけど数人必ず連れてくるのだ。
その中には俳優やテレビでお馴染みの人なんかも混じっていた。
それでも店を出ると神崎さん一人だけ残り観察するような目つきで暫くレストランを見てから帰る。そんな日々が続いた。
あやの「また来てる……でも、あの隣に居る人……俳優の〇〇さんじゃないかな……サイン貰っちゃおうかな……」
厨房の陰からあやのが様子を伺っていた。
こなた「止めておきなよ、何を言い出すが分かったもんじゃないよ」
あやの「……こんなのが一ヶ月……何時まで続くの?」
こなた「分からない……」
あやの「ちょっと行ってくる……」
厨房を出ようとするあやのの腕を掴んで止めた。
こなた「だからダメだって……」
あやの「もう我慢できない……放して」
かえで「止めなさい、まったく見苦しいわよ」
私達の間にかえでさんが割って入ってきた。私は手を放し、あやのは冷静さを取り戻した。
あやの「あの記者……どうにかならないの、見えないプレッシャーがかかって仕事になりません……あれから全く進展がないじゃない」
かえでさんは何も言わず首を横に振った。何もするなとの指示だろう。
でもハッキリ言ってあやの言っているのは私の代弁でもあった。正直いってウザイの一言だ。
かえで「かがみさんが言っていた、彼女の取材は必ず話し手の方から真実を話すってね、そう言う事だったのか、彼女はああやって精神的に追い詰めて白状させるのよ、
    最初の取材で普通じゃ口を割らないと判断したに違いない、厄介だわ……何か迷惑を掛けている訳じゃないから追い返せない」
あやの「誰かが音を上げるのを待っている……」
待っている……私は財布に入っているメモ帳の切れ端を思い出した。まさか彼女は私の連絡を待っているんじゃ……
そうか……ホール長の私が接客をしているから客として来ている……彼女の目的は私なのかもしれない……
神崎さんが手を上げて呼んだ。
かえで「呼んでいるわよ、こなた」
こなた「あいよ……」
私は彼女の座っている席に近づいた。冷静に、冷静にっと。
こなた「はい、何でしょうか?」
あやめ「今日のおすすめランチは何?」
こなた「豚肉のしょうが焼きです……」
隣に座っている俳優さんと耳打ちで暫く何かを話した。
あやめ「それじゃそれを2つ」
こなた「はい……」
わたしが去ろうとした時だった。
あやめ「そろそろ分かってもいい頃じゃない?」
私は立ち止まり神崎さんの方を向いた。
こなた「メモ帳の事ですか?」
あやめ「察しが良いじゃない、どう?」
やっぱり……でも私一人でなんとか出来るだろうか。私の返事を待って神崎さんがじっと私を見ている。他のお客さんが私の方を見て手を上げた。ここで留まっている時間はない。
こなた「今晩、自宅に電話します……」
しまった。なんて事を言ってしまったのだ……
あやめ「待ってる……ほら、お客様が呼んでいる」
私は考える間もなくお客様の方に向かった。こんな所で交渉をしてくるなんて……これも彼女の作戦なのか……まずい。どんどん彼女のペースに乗ってしまいそうだ……
こなた「お昼のおすすめ2つに、ワイン2つ……」
あやの「どうしたの、顔色がよくない……」
こなた「な、なんでもないよ……」
私と神崎さんのやりとりを見ていなかったのかな。かえでさんも別の仕事をしていた。これも神崎さんの狙いなのか……
また別のお客様が手を上げた。
こなた「はい、只今伺います……」
今日はやけに忙しい……考える暇がないまま時間は過ぎていった。

118 :こなたの旅C 3/7 [saga sage]:2013/05/03(金) 13:47:35.40 ID:B8DJo7a70
 家に帰って自分の部屋で考えていた。
結局誰にも言わずに仕事が終わってしまった。このまま彼女と連絡して良いのであろうか。これからかえでさんに電話をして……いや、だめだ。
きっと電話するなって言われるに決まっている。でももし、電話をしなかったらどうなる。また新たな手を使って揺さぶりをかけてくるに違いない。
電話をするかなさそうだな。こうなった自棄だ。私は受話器を取ってメモの電話番号を押した。
あやめ『こんばんは、泉さんね、待っていた』
こなた「こんばんは……私に用事って何ですか……あの事件は何も知りません……」
あやめ『まぁ、まぁ、結論を急ぎなさるな、厨房のシフト表は見えない所に移したでしょ、なかなかやるじゃない、これで貴女の予定が分からなくなった』
こなた「ネタバレするから……誰でも注意されれば気をつけますよ……」
あやめ『ふふ、そうね、でも貴女達、私が来ると緊張している、何を恐れているの?』
やっぱり私から何かを聞き出そうとしている。
こなた「べつに……神崎さんがいろいろ有名なお客さんを連れてくるから……」
あやめ『あれは貴女の店が出す料理が美味しいから誘ったまで……さてと、もう腹の探りあいは止めましょう、私の家に来ない?』
こなた「家に……なんで私が……店長や副店長の方が……」
あやめ『いいえ、貴女でいい、泉こなたさん、それとも私の家が遠くて嫌かしら』
なんで私なんだろう。
こなた「そんな事は、そこは店が元にあった場所だから、でもなんで私なの?」
あやめ『それも来てくれれば話します、来てくれればもう貴女の店に頻繁に行く事はない』
交換条件ってやつか。これって交渉なのか……でも主導権は向こうが持っている。
こなた「約束は守ってもらうよ……」
あやめ『そうこなくっちゃ……で、何時にする?』
私は壁に掛けられているカレンダーを見た。来週の金曜がこの前の取材の振替休暇になっている、その次の日も休み……ならば
こなた「次の土曜日はどう?」
あやめ『分かった、電車でくる、車でくる?』
こなた「車で……」
あやめ『食事はアルコール抜きにしておくから』
こなた「……それはどうも」
あやめ『住所は〇〇町〇丁目〇番地だから』
こなた「分かった……」
あやめ『それじゃ楽しみにしているから』
電話を切った。何が楽しみなもんか……半ば強制的なくせに……
でも、わざわざ二連休の最後にしたのは訳がある。彼女の家に行く前に行きたい所があった。それはひよりの所だ。彼女はひよりと似たところがある。かえでさんもそう言っていた。
毒には毒を……何か対策が立てられるかもしれない。さて、そうと決まったらひよりに連絡だ。

119 :こなたの旅C 4/7 [saga sage]:2013/05/03(金) 13:48:39.82 ID:B8DJo7a70
ひより「とんでもない記者ですねそれは……」
こなた「かがみに言わせれば弱気を助け強きを挫く……だってさ、私に言わせればただの弱いものいじめだよ……」
土曜日、私はひよりの家に居る。家と言ってもマンションでゆたかと同居していて漫画の事務所も兼ねている。普段ならアシスタントも居て作業をしているはずだが今日は
仕事が休みでひよりとゆたかしか居なかった。かえって好都合だった。私は事の経緯を二人に話した。
ひより「それで、毒には毒をって……先輩そりゃないっスよ……」
こなた「まぁ、まぁ、そう言わずに助けてよ」
両手を前に出してひよりを落ち着かせた。
ひより「先輩が助けてなんて言うのですからよっぽどですね……」
ひよりは両手を組んで考え込んだ。
こなた「それで、神崎あやめをどう思う?」
ひより「う〜ん、直接会った訳じゃないからなんとも言えないっス、それに私に似ているって……私……鋭い感性なんかもっていませんし……頭の回転も遅いし……
    かえでさんや先輩を翻弄させるような話術もありません」
こなた「またまた謙遜しちゃって、現にひよりはコンやすすむさんの正体を見抜いたじゃん?」
ひよりは暫く溜めてから話した。
ひより「それはつかさ先輩の話しを聞いたからっス……真奈美さんの話を聞かなければただの賢い犬で終わっていました」
つかさの話しを聞いて……ここでもつかさか。
こなた「でも、つかさの話しからコンやすすむさんを結び付けるなんて誰でもできることじゃないよ、でも多分あの記者なら出来ると思う」
私とひよりは腕を組んで考え込んだ。
その時ゆたかがお茶とお茶菓子を持って席に着いた。
ゆたか「神崎あやめ……私、以前に会ったことがある……」
こなた・ひより「えっ!?、い、いつ!!?」
私達はゆたかに詰め寄った。
ゆたか「は、半年くらい前かな……漫画の取材って言って、インタビューをね……」
こなた「漫画の取材って、ジャンルが全然ちがうのに……」
ひより「ど、どうしてゆたかだけ……」
ゆたか「……ご、ごめんなさい、ストーリ担当の私に取材を申し込まれたから、それに半年前のひよりは取材を受ける状態じゃなかったでしょ、4日連続の徹夜……」
ひより「……」
ひよりは黙って頷いた。顔色が少し青くなった。よっぽど過酷な仕事をしていたのだろう。
こなた「どんな取材だったの?」
ゆたか「う、うん……この作品についてなんだけど……」
ゆたかが見せたのは……私とかがみ、ひより、ゆたか共同で作った物語……つかさをモデルした漫画じゃないか。でもその漫画はひよりの出版社でボツになって、
自費出版にしてコミケで20冊しか出さなかった。人間と宇宙人の愛をテーマにしたんだっけな……でも内容はかがみの提案で実際とは大きく変えたのは覚えている。
こなた「い、いや、あの記者がコミケに参加しているなんて……」
ひより「そ、それで?」
ゆたか「う、うん……この物語の中で宇宙の過酷さがすごくリアルに描かれているって言われて……どうやってそこに至ったかを聞かれてね……」
ひより「宇宙の過酷さって……あれはすすむさんから聞いたやつかな」
ゆたかは頷いた。
こなた「何を聞いたって?」
ひより「宇宙戦争をするほど宇宙は優しくないって、それに地球の資源を狙うなら他の小さな惑星から発掘した方が良いって……」
こなた「なんでそれがリアルなの……」
ゆたか「どんなに進んでも地球の環境を完全に再現するのは難しいって、それは地球外文明も同じ、私達と同じ遺伝子で構成されている生命は宇宙空間では生きていけないから
    宇宙戦争なんかしたら共倒れだよ」
そいう物なのかな……確かに今まで見てきた漫画とは違うけど……憎ければ殴りたいのが心情ってもの、宇宙ってそれすら許されない所なのかな……
ひより「それで記者にはなんて答えたの?」
ゆたか「地球の大切さを表現したって言ったら……なんか妙に納得してくれた……」
ひより「流石ゆたか」
こなた「で、私が作ったギャグの所は何か言ってた?」
ひより「わ、私の画風はどうだった」
ゆたかは首を横に振った。ひよりは残念そうに指を鳴らしていた。
私は何を期待していたの。この記者の評価なんか私にとってはたいした意味はないのに。
ゆたか「何も言ってなかった、でも、複数の人員が関与しているって見抜いてた……でもね、雑誌社から掲載をボツにされちゃって……だから私、何も言わなかった」
ひより「そうなのか……わざわざ掲載ボツを知らせてくるなんて律儀だな」
こなた「それでね、明日の件なんだけど、どう振舞えばいいのかな」

120 :こなたの旅C 5/7 [saga sage]:2013/05/03(金) 13:49:55.38 ID:B8DJo7a70
 何も対策が出ないまま1時間が経過した。
ひより「彼女の最終的な目的ってなんですかね」
こなた「さぁね、それが分かれば苦労しないよ、私達が何かを隠してるってのはもう気付いているみたいだから厄介なんだよ」
ひより「全てを話したの時、彼女はどうするかですよね、普通に考えれば世間一般に公表するでしょうね、でも、頭が切れるならその後どうなるかって解る様な気がするけどな〜
    つかさ先輩、みゆき先輩がそれで失敗して大半のお稲荷さんが帰る破目になってしまったのだから、説得して私達の仲間に引き入れるってできないかな?」
こなた「そうなれば良いけど、そうじゃなかったらもう取り返しがつかない……」
ゆたか「一つだけ方法があるよ……」
いままで黙っていたゆたかが急に割って入った。
こなた「それはどんな方法?」
ゆたか「神崎さんがもし、私達の制止を振り切って秘密を公表するのであれば、彼女の記憶を消してしまえば良いよ」
背筋が凍りついた。可愛い顔をしてそんな恐ろしい事を平然と言えるなんて……いや、もう既にゆたかはひよりの記憶を奪っている……
ひより「ゆ、ゆたか……」
ゆたか「確証はないけど人間成ったすすむさんはまだその術は使えると思うの、あくまで私達の意思に背くなら、選択肢の一つじゃない?」
こなた「そ、そうだけど……ちょっと、そこまでは……」
ゆたか「お姉ちゃん、言っておくけど私達の知っている秘密は大国の国家機密に匹敵する物だよ、かがみさんの病気を治せるし、その気になれば大量破壊兵器だって……
    もう一人の記者の意思とか私達の気持ちなんか超えているの、今は誰にも知られちゃいけない、お稲荷さんの本音はきっと私達の記憶だって消したいくらい……だよ」
目を潤ませて訴えるように話すゆたかだった。今の状況を一番理解しているのはもしかしたらゆたかなのかもしれない。
ひより「もういいよ、ゆたか……」
ゆたか「ご、ごめんなさい……ちょっと頭冷やしてくるね」
ゆたかは自分の部屋に入っていった。
ひより「先輩、実は私もゆたかと同じように記憶を消してしまえばって思っていたっス、だけど……これはあくまで最後の手段……先に言われてしまいました」
苦笑いをしている。
こなた「いいよ、ゆたかを庇うのは」
ひより「あれ、ばれちゃいましたか……」
手を頭に当てていた。
こなた「記憶を奪われた本人だもんね、ゆーちゃんって呼んでいた頃がなつかしいな……」
私はゆたかが入った部屋を見ながら話した。
ひより「すすむさんは絶対に記憶を奪わないって知っていて言っていると思うので、本心じゃないと思います……」
こなた「だと良いんだけどね……だけど、神崎さんの今後の行動によっては本当に考えないといけないかもしれない」
ひよりは一回大きく深呼吸をした。
ひより「ちょっと重い話になりましたね、ゆたかが戻ってくるまで小休止にしませんか」
こなた「いいね、そうしようか」
私達はゆたかの用意したお茶と菓子に手をつけた。

121 :こなたの旅C 6/7 [saga sage]:2013/05/03(金) 13:50:53.15 ID:B8DJo7a70
こなた「もしつかさが一人旅に出ていなかったらどうなっていたかな……少なくともかえでさんには出会っていないから私は未だにニートだったかもしれない」
ひより「……なんですか急に?」
ふと思った事を言ったのでひよりはお菓子を食べているのを止めて聞き返した。
こなた「つかさが一人旅に出る切欠になったのは多分私とつかさの言い合いだよ、私が出来っこないって言って、つかさがムキになって……絶対に行くなんて言ってね、
    まさか本当に行くとは思わなかった、」
ひより「へぇ〜そんな事があったっスか……」
こなた「お稲荷さん……そう言われるの本人達は嫌がっていたね、宇宙人でいいのかな、彼らとも会っていないからかがみはこの世に居なかったかもしれない」
ひより「……そう言えばそうかもしれませんね、つかさ先輩との言い合いが私達の運命を変えた……っスか……」
ひよりは腕を組んで目を閉じた。
こなた「どうしたの、そんな意味深な事言ったかな?」
ひより「今思ったけど、ゆたかはつかさ先輩が一人旅に行く前に既にすすむさんに会っていましたよね、つかさ先輩が一人旅に行かなくてもお稲荷さんと何らかの関係は出来たかも
    しれませんよ?」
こなた「ゆたかはつかさと違って秘密は守る方だからね、どうなっていたか……」
ひより「あっ、そうでした……」
こなた「ゆたかは一人で抱え込むタイプだからね、ゆたかの暴走をつかさが止めたようなものかもしれない、あっ、止めたのはひよりか」
ひより「いいえ、つかさ先輩ですよ……いつでもつかさ先輩は私の前にいましたから……」
こんな台詞、高校時代のつかさなら絶対に言われなかっただろうな。
でも、私が怒って怒鳴りつけた時のあのつかさは紛れも無く高校時代のつかさそのものだった。だから今もこうやって友達で居られるのかもしれない。
ひより「どうしたんです、急に微笑んだりして……」
わたしの顔を覗き込んで首をかしげいた。
こなた「ちょっと昔を思い出してね、そういえばさ高校時代ゲーセンで何度も私に挑戦してきた後輩がいたけど……確かひよりの先輩だったよね?」
ひより「えっと……漫研の部長こーちゃん先輩のことっスか?」
こなた「今どうしてる?」
ひより「え、えっと〜どうしてるかな〜」
ひよりは天を仰いでいる。
こなた「卒業してから交流ないの?」
ひより「えっ、ま、まぁ、部活動では私、漫画家なんてならないよって言ってたもんで……なんて言うのか、会い難いというか……あはは、はははは」
こなた「……そりゃそうだ……」
ひよりはごそごそと机の裏から本を出した。
ひより「それより、先輩見てください、今度のコミケで出す予定の作品ッス」
こなた「なんで隠してなんか……あぁ、さては例のやつ?」
ひよりは目を輝かせて頷いた。
ひより「時間を見つけては書いていました、先輩のご希望に添えるように書きました」
私は頁を捲った。
こなた「……いいね……たまにはこういった物も描かないとね」
ひより「そうでしょ、自作ながら良くできたと……あ、あ、あ、」
こなた「だめだよひより、興奮してあえぎ声だしちゃ……」
ひよりの目線を追うとそこにはゆたかが仁王立ちで立っていた。ゆたかは透かさず私から本を取った。
ゆたか「お姉ちゃん、ひより、まだ懲りていないみたいだね……こいうの描くと出版社から仕事もらえなくなるでしょ……」
ひより「だ、だから内緒で……」
ゆたかの目が鋭くひよりを睨んだ。
ゆたか「これは没収するから……お姉ちゃんも、今度ここに来るときは持ち物検査するかね……」
私とひよりの暴走を止めるのはゆたかだった。

122 :こなたの旅C 7/7 [saga sage]:2013/05/03(金) 13:52:02.71 ID:B8DJo7a70
 明日、神崎さんの家に行くのにここからの方が近いので二人の勧めで泊まる事になった。
女性三人で話す事と言えば一つしかないだろう。
ひより「さすがレストランかえでのホール長っスね、味付けが違います」
せっかくなので夕ご飯は私が作った。
こなた「まぁ、泊めてもらうのにこのくらいしないとね、それに私が作るのは賄いくらいだよ、腕はあやの方が遥かに上だから」
ゆたか「それでも美味しいよね」
ゆたか「うん」
こなた「ところでお二人さん、つかさの演奏会の時に言ってた告白とらやらはもう済んだのかい、ご報告はまだ聞いていないよ」
二人の動作が止まった。
あらら、聞かなかった方が良かったかな……あの時やけに自信ありげだったけど……まぁここは私が気を紛らわせてあげるか。
そう思った時、ひよりがにやりと笑ってゆたかの方を見た。
ゆたか「そういえば一昨日もお泊りだったよね〜」
ゆたか「えっ、あ、あれは実家に帰って……」
顔を赤くして首を激しく横に振った。
ひより「あれれ、昨日はみなみの家に遊びに行ったって言ってなかたっけ……」
ゆたか「ひ、ひよりこそ帰りの時間が遅くなる日が随分多くなったよね」
ひより「あ、あれはネタを考えていてね……公園で考え込んで……」
ゆたか「ふ〜ん、ネタはお風呂に入って考えるって言わなかったっけ」
ひよりも顔を赤くしながら話している。なんだ。うまくいっているみたい。心配して損した。
こなた「はいはい、そこまで、それで式はいつになるのかな……」
ひより「……それは……」
こなた「二人は忙しいからね、かえでさんみたいに籍だけ入れるって方法もあるからさ」
二人は黙って俯いている。少しからかってやるか。
こなた「おやおや、恥かしがる歳じゃないでしょ……」
二人は黙ったままだった。かがみだったらもう少し面白い反応するのだけど……
ゆたか「お、お姉ちゃんは誰か好きな人居ないの……」
ゆたたが反撃に出たか。
こなた「残念でした、私の恋人はゲームの中なのだよ、私に死角はないよ」
ひより「先輩の初恋はいつごろでしたか」
こなた「え、は、初恋……」
ひより「あ、聞きたいなお姉ちゃんの初恋の話し、まだ一度も聞いてない」
こなた「さてと、明日は日が昇る前に出ないいけないから早く寝ないと」
私は席を立った。
ゆたか「あ、ずるい、お姉ちゃんが振ったはなしだよ、逃げないで」
まさかそんな話しになってしまうとは思わなかった。そんな話し……恥かしくて話せない。私はそのまま寝室に入って寝た。

 未だ日が昇る前の薄暗い早朝、携帯のタイマーで私は目覚めた。身支度をして居間に入るとゆたかが居た。
こなた「起きてたの?」
ゆたか「うん、眠れなくて……」
こなた「私が寝てからひよりとエッチな話しでもしてたとか、」
ゆたか「うんん……」
私のジョークに何も反応をしなかった。ゆたかは机に置いてある本を見ている。あれは没収された本だ。
こなた「その本は……」
ゆたか「……私のした事に比べればこんなのは軽いジョークだよ」
こなた「なんの話しを?」
ゆたかの言っている事がさっぱり解らない。
ゆたか「私はひよりの目の前で記憶を奪うなんて言ってしまった……懲りていないのは私の方だった」
こなた「昨夜の事を言っているの……本人はあまり気にしていないみたいだけど、変わったところも見当たらないし」
ゆたか「うんん、取材でボイスレコーダーを使わなくなったでしょ、あれは私のせい、必要以上の記憶が消えてしまったから」
こなた「そうかな……」
ゆたか「そうだよ、私には解るの、だから今でもこうして眠れない時が……どうしてあんな事をしたって……なんでまた同じ事をさせようとするのかって……」
こなた「……難しい事は分からない……よ」
ゆたか「そうだったね、これは私の問題だった、ごめんなさい」
こなた「でもひよりはゆたかを赦した、ゆたかが部屋に頭を冷やしに行った時もゆたかを庇っていたからね、それは私にも分かる」
ゆたか「ひより……」
ゆたかは机に置いてあった本をひよりが隠していた場所に戻した。
こなた「良いの?」
ゆたか「うん」
その時のゆたかの笑顔は印象に残った。
こなた「さてと、そろそろ行かないと」
ゆたか「あ、そうだ、眠れないからお弁当作っておいたよ、休憩の時に食べて」
こなた「ありがとう」
お弁当を受け取った。
ゆたか「確か、お姉ちゃんのお店が引っ越す前の町だよね……」
私はは頷いた。
ゆたか「これも何かの運命なのかな……」
こなた「つかさは一人旅に出る時、かがみからお弁当を受け取った……」
ゆたか「あっ……同じ……」
こなた「ははは、偶然だよ……それじゃ行って来ます」
ゆたか「行ってらっしゃい」
私は神崎めぐみの自宅へと向かった。

つづく
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/05/03(金) 13:55:10.97 ID:B8DJo7a70
以上です。

さて、この記者、神崎あやめの本当の目的はなんでしょうか。
次回にご期待下さい。


このスレ自分の独占状態になってしまった。
いつもなら1レス物が入ってくるのだが。

それに読んでくれている人が居るのかどうかも心配。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/05/03(金) 14:11:02.94 ID:B8DJo7a70


ここまでまとめた

@WIKIモードがワープロモードと同じ容量で書き込めるようになったようですね。
予定ではこなたの旅Dはページ2で編集します。
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