198:名無しのパー速民[sage saga]
2019/05/06(月) 01:57:47.93 ID:JqGEkMs70
>>197
【朔夜が席に付いても、なんら異変は起こらないだろう。ただ朔夜がもし、姿見の方を向いたならば】
【その鏡の中でだけ、白骨死体のある席にあの少年が居て、嬉しそうに朔夜へ笑いかけるのが見えたはずである】
【飲み食いを行っても体に異常はない。――黄泉路に囚われるなんてこともなく。ただ、甘さとほろ苦さが口腔を満たすだろうか】
【"さむかった"】 【"さみしかった"】 【"ごめんなさい"】
【――と。朔夜の優しい言葉を受け止めて、少年は音もなくそう云うのだ】
【目の前の女性が自分が本当に望んだ相手ではないのだと、果たしてわかっていたのかいないのか、】
【どちらにしても、鏡の中にしか存在し得ない悲しき亡霊はほんの少し俯いて、やがてこくりと頷くだろう】
【たっぷりと、ジャムと優しさが塗り込まれたスコーンの最後の一口を、少年は頬張って】
【"おいしかった"】
【と。小さく笑う。世にも恐ろしい人斬りの笑顔を楽しげに受け入れて、儚い涙と一緒に、鏡の中から消え失せる】
【少年を繋ぎ止めていた最期の幻想が、いままさに、朔夜によって"斬られた"瞬間だった】
【ゆらりと、部屋全体が銀色の靄に包まれる。――少し経って靄が消えると、そこにあるのは廃墟だけだ】
【綺麗なままだった机は、重ねてきた年月を追想するがごとく粉々に砕け散り、少年の白骨死体もバラバラになって崩れた】
【地面に転がるのはボロボロのお皿とティーカップ。お菓子も紅茶も消えていて、朔夜の口の中からも味が消失しているだろうか】
【――そう。その味だけが、明確に幻だった。孤独の中に死した子供が、終わりのまどろみに描いた光だった】
状況を鑑みるに――塔に幽閉されて、そのまま餓死したってところかな。
独りで寒くて寂しくて、近寄ったヒトを"家族"として取り込んでいたんだろう。……笑えない話だ。
なにはともあれ、迷惑をかけてごめんね、朔夜。
そしてありがとう。キミのおかげで、この悲しい"古塔の怪異"を終わらせることができた。
……塔の古さの割に、怪異性を帯びたのが"つい最近"っていうのは、少し気になるけどね。
【やがて、よろよろとイストが登ってきて、そんな推察を述べるだろう。彼女の身体を覆っていた銀色の靄も綺麗さっぱり消え去っている】
【周囲に漂っていた冷たい空気も無くなって、残るのは春の夜の少しだけ肌寒い風だけだった。どうやら、決着は付いたようだ】
【イストは朔夜に礼を述べると、――少しだけ。斬ってやると朔夜が少年に云ったその"下手人"の影を、イストも感じたようだったが】
まあ、ここでこれ以上考えても仕方がない。とにかく帰って休もう。
村に宿を借りているんだ。良ければわたしが口利きしてキミの部屋も用意してもらうけど、どうかな?
【ともあれ、イストはそう述べると塔の外へ出ていくだろう。思い出したかのように雲間から現れた月が、帰り道を照らしていた】
【もしイストの提案に乗ったのなら、今宵は村で共に過ごすことになるだろうか。遺体の処理などやることは沢山あるが、この夜だけは祝宴だ】
【村人からも揃って歓迎されるだろう。飲んで騒ぐにしても、旅立った彼に思いを馳せるにしても、イストは朔夜に最後まで付き合うはずである】
【そうでなくとも――別れの時が来たならば。イストは丁重に恩人を送り出すだろう】
【そして次に会えるその時を願って、冊子に記すのである。恐ろしくも暖かな"人斬りの怪異"のことを、物悲しき"古塔の怪異"のその隣に――】
【――最後に、付記するならば。イストが掌底で塔に叩き込まれたとき既に、この塔は少し傾いていたのであって】
【翌朝には、巨大な轟音が森中に響き渡るのだ。操っていたものが消えたなら、最早形を保つことはできなかったのだろう】
【その、跡形もなく崩れ去った古塔の跡で】
【あの女神像の残骸から何かを拾って去っていく人影を、誰も見ることはなかった】
/この辺でしょうかっ お付き合いありがとうございました!!
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