´ω`)ノ こんぬづわ11
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199:安心・安定の赤旗[sage]
2019/08/22(木) 20:36:04.71 ID:W88d2eobo
C■~ *赤旗(8/22)
昭和天皇「拝謁記」公開
戦争責任 国民的議論を

〜同時に、手記は、戦争への「反省」を述べながらも、自己弁護を繰り返し、陸海軍の統帥者として侵略戦争に直接の責任を負っていたことへの自覚がまったく見られない昭和天皇の姿を示すものとなっています。
例えば日本軍による南京虐殺事件(1937年)について昭和天皇は「ウスウスきいてはゐた」が、「此事(このこと)を注意もしなかった」と、日本軍の蛮行を当初から知っていながら問題を放置していたことを語っています。
日米開戦(1941年)をめぐっても、自らが出席した「御前会議」で開戦が決定されたにもかかわらず、「平和を念じながら止められなかった」「東條内閣の時ハ既に病が進んで最早どうすることも出来ぬといふ事になつてた」(51年12月14日)と述べているばかりか、「太平洋戦争ハ近衛が始めたといつてよいよ」(52年4月5日)とこの文麿元首相に責任を全面転嫁しています。
さらに、戦局が絶望的になりながら無謀な戦争を継続したことについて「私ハ実ハ無条件降伏は矢張りいやで、どこかいい機会を見て早く平和ニ持つて行きたいと念願し、それには一寸(ちょっと)こちらが勝つたような時ニ其時を見付けたいといふ念もあつた」(52年3月14日)と告白していますが、その結果、東京大空襲や沖縄戦、広島・長崎への原爆投下など筆舌に尽くしがたい惨禍を招いたことへの反省はうかがえません。



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