10:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:04:24.02 ID:FRtckmfc0
「明日の朝までには乾くようにしておくから」と、着てきた服をいつのまにかすべて洗濯されていたひとりは、郁代の私服を貸してもらうことになり、着せ替え人形としてさんざん弄ばれた。
パシャパシャと写真を撮られながら、今日という日の感謝に比べればこれくらい耐えてしかるべきと何とかふんばっていたひとりだが、その後に開かれた夕餉の席では喜多家の全力のおもてなしを受け、「郁代がいつも話していたひとりちゃん」に興味津々なご家族による質問攻めに合い、最終的には喜多家の面々によるリクエストを受けて「もうどうにでもなれ」とヤケになりながらギター演奏まで披露してしまい、アットホームな拍手喝采を浴びた。
上手く演奏できたかどうかもまったく記憶にないまま、この家で唯一の避難場所である郁代の部屋に逃げ込み、その隅にへたりこむ。凍死よりはマシ、凍死よりはマシと自分に言い聞かせ、深呼吸しながら緊張で縮み上がっていた心を少しずつ落ち着かせる。
郁代に借りた充電器に繋いでおいた自分のスマートフォンを手に取る。いつの間にかすっかりフル充電されており、親からのメッセージも入っていた。
ふたりの熱が一旦落ち着いて今は眠っていること、そして自分がちゃんと宿泊先にありつけたかを心配する文面を、ゆっくりとスクロールする。様々なイベントが短時間で一気に押し寄せ、ここ最近でもっとも目まぐるしく一日が過ぎていった気がするが、振り返ってみればある意味一番理想的な展開だったとも言える。少なくとも、親に対していい報告ができるのは確かだ。
単純に、自分がこういったもてなしに慣れていないだけ、喜多家の圧倒的な「陽」のオーラに慣れていないだけであり、郁代の家族は本当に良い人たちだった。
親に送るメッセージを打っていると部屋のドアが開き、両手に敷布団を抱えた郁代がのそのそと入ってきた。ひとりは慌てて立ち上がり、郁代のベッドのすぐ隣に敷くのを手伝う。
「ごめんなさいね、ひとりちゃん」
「へっ……? なにがですか」
「ひとりちゃんがああいうことに慣れてないの、わかってたんだけど……ちょっと私でもびっくりするくらい今日は盛り上がっちゃってたというか、勢いを止められなくて」
「いっ、いえいえ全然っ。喜多ちゃんのご家族みんな、ほんといい人たちでっ」
「あ、ちなみになんだけど、今日はベッドと布団どっちがいい? 私が布団でひとりちゃんがベッドでも……」
「ふっふとんで! ふとんでお願いします!」
「ええ〜、遠慮しなくてもいいのに♪」
「ふとんがいいです! ふとんが好きなんです!」
どこまでも自分をもてなそうとしてくれる郁代にぺこぺこと頭を下げる。郁代の可愛い服に身を包んでいるだけでもドキドキが抑えられないのに、ベッドにまで入ったら翌朝まで完徹してしまうことは必至である。
「もっと遊びたいのはやまやまなんだけど、もう結構遅い時間になっちゃったし、ひとりちゃんも疲れてるだろうし……今日のところはおとなしく寝ましょうか」
「は、はいっ!」
「あははっ、嬉しそう。ひとりちゃんほんと顔に出ちゃうのね」
「……す、すみません」
「いいのいいの。さすがに今日は私も眠いし。明日も普通に学校だしね」
今日が平日であることが未だに信じられない。これまで自堕落に過ごしてきた週末をいくつかけ合わせれば今日という日の充実度に勝てるだろうか。
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