タイトルを書くと誰かがストーリーを書いてくれるスレ part8
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名無しNIPPER
[saga]
2024/07/11(木) 00:20:27.78 ID:BQ/58idc0
>>30
「僕が望んだ未来」
パパ、パパ、これ焼けたよ、と娘が、ししとうをトングで指しながら言った。
娘はししとうを僕の紙皿に載せてあげようと手を伸ばしたが、網に手を乗せようとしたので僕は娘を制止して、
「大丈夫だよ、教えてくれてありがとう」
とトングを渡し受けてししとうを取った。まだ硬いところが残っているが、そんなのはどうだってよかった。
息子はずっと肉ばかり食べている。
妻はナス美味しいよ、かぼちゃ美味しいよ、と野菜に誘っているが、ぜんぜん見向きもされていない。
せっかく焼いたんだから食べてよー、と僕は息子に声をかけるが、息子は生返事をするばかりで、
特に言うことを聞く気はなさそうだ。
とても幸せだった。職場で出会った妻とは、結婚してもう15年近くなる。息子は今年で小学校を卒業する。
10年前、リビングのカーペットの上でおねしょをした赤ちゃんが、こんなに大きくなったのかと思うと、
なかなか感慨深い。今年小学校に入った娘も、1歳のときに罹ったインフルエンザで入院したとき、
妻と一緒にその生死を考えたときと較べれば、なんて健康に育っただろう。
きっと、何となくでもあり、確信でもあるが、子どもたちはすくすくと育って、しっかり自立してゆくだろう。
そして彼らが巣立ったあと、僕らは25年越しに、青春をやり直すことだろう。
こんな未来が見えているのに、妻と結婚した時点でこうなってほしかっただろうに、どうしてだろう、
心底からこれをこいねがったように感じられないのだ。そんなはずがないのは僕が一番わかっていることだ。
このいまを、そしてその先にのびる未来を信じずに、どうして子育てなんかできるだろう?
これが理想的な生活でないわけがないのだ。
炭はもうくすぶるのをやめ、灰になって一部は宙を舞っていた。子どもたちは家の中に戻り、僕はひとりで、
バーベキューの後始末をしている。完全に火が消えるのを待ちつつ、大学のとき、たった3週間だけだが、
懇ろな関係だった女のことを思いだしていた。その女は、本人の言うことを信じるのなら、大学の同期だった。
というのは、僕は他の場所でその女をただの一度も見たことがないし、噂も聞いたことがなかったからだ。
その女とは喫煙所ではじめて会った。6限のはじまる時間帯で、当初僕のほかには誰もいなかった。
しばらくして、女がやってきて、たばこを吸いはじめた。会話はなかった。
僕が3本目を吸おうか悩んで、女が2本目を灰にしたとき、唐突に、僕は女が気になり始めた。
その黄昏れ方がいやに様になっていたからだ。それに顔もよかった。
「飲みにいきませんか」
僕は口に出していた。もちろん意識なんてしていない。
「んあ?」
と女は言った。「私に?」
「そうそう、あなたに」
平然と僕は返した。「仲良くなれそうな気がして」
「まあ、こんな時間に喫煙所に来る人は多くないからね」
女は煙草をジャケットのポケットにしまい、「じゃあ行く? まだ早い?」
「早くないです」
僕は答えた。「行きましょう」
女はファッションと、渋谷系と、クラブと、学生ローンの話をした。
僕はプレゼミの話と、ロックと、アルバイトと、貧乏自炊の話をした。
直接にかみ合いはしなかったが、間接的な互いのつながりを僕らは感じた。
そのまま2軒目に向かい、ハイボールとツマだけを頼んでまた話した。
ここでも、お互いをちょびっとだけ掠め続ける会話をした。
そうしているうちに、僕らはずっとくすぐり合っているような気持ちになった。べったりとは重ねないが、ずっと肌には触れている感覚。
宴もたけなわになって、僕はいい気になり女に言った。
「家行っていいですか」
「いいよ」
女は即答した。その言葉に甘え、僕は女の家に行った。その晩、僕らは性交した。
次の木曜日(前のときは火曜日だった)、同じような時間帯に喫煙所にいくと、また女がいた。
今度は他にも人がいたが、同じように声をかけ、そして同じように飲みにいき、同じようにセックスをした。
翌週も、そのまた翌週も同様に過ごした。互いの産毛を触りあうような関係性は、堕落したようで、気持がよかった。
向こうも、僕の人格の敏感なところをわかっていたし、僕も女の触れられるとくすぐったい部分を知っていた。
これ以上かみ合う人はそういないと思っていた。
その翌週に喫煙所にいくと、女はいなかった。あれ、いつもならいるのに、そう思いつつ2時間待ったが、女は姿を見せなかった。
木曜日にもいなかった。次の週の火曜日、木曜日、さらに次の火曜と待ってみたが、女はいない。
そしてついに、僕は卒業まで、その女を見ることはなかった。唐突に、快感をもたらす3週間の付き合いを残して、忽然と姿を消してしまったのだ。
そうだ、僕はいまでも、一瞬ではあるが、あの女が脳裏をよぎることがある。あのまま付き合っていたら、どこまで行けただろう?
相性はどんな他人よりも、よかったはずなのだ。ふたりでひとつになれていたらよかったのかなあ、と思える。
あの女といたかったんだ、そうに違いないんだ。そして人格を愛撫する関係になるのが、一番よかったんじゃないか。
しかし、僕はその道には行かず、こうして妻と二人の子どもを健全に、きちんと養う人生に乗っている。
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