タイトルを書くと誰かがストーリーを書いてくれるスレ part8
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576:名無しNIPPER[saga]
2024/07/08(月) 00:12:31.71 ID:UdB39gfM0
>>528「溶解ウォッチ」

 叔母が小包をくれた。とにかく開けてみんしゃい、とせかすので包みを解くと、なかには時計があった。
銀色に輝く、ピカピカの新しい腕時計。少し重いが、文字盤には精密に螺鈿細工のような加工がされていた。
後ろでせんべいを食べていた父がいいじゃないか、と言った。トイレから戻ってきた母も時計を誉めた。
 お礼を言った後僕は、
「でも叔母さんこれどうしたんですか、誕生日でもないし、就職したのでもないですよ」
「もらったのよ」
 間髪入れずに叔母が言った。
「もらった?」
 僕は訊ねた。
「そうだよ」
 叔母さんは続けた。「息子夫婦が近くに住んでてね、そこに嫁さんのいとこが一緒に住んでるのよ。
そのいとこが作ったんだって。いろんなもの作ってるみたい」
「でもそれをどうして僕に」
「だって時計はあるんだもの、これ以上あっても、ねえ? 隆くんなら使うかもしれないし、あげちゃおうと思って」
「ありがたく頂戴します」
 そう返して箱に時計を収め、元どおりに包みを結びなおした。

 帰ってから時計をとり出し、ベルト部分を持って文字盤を改めて確かめた。
天の川のような模様が、金色や銀色、結晶型の小さな部品で表現され、なるほど確かに見事だった。
角度を変えると、砂丘の朝のようにきらめいた。個人がこれを作りあげたかと思うと、実に見事なことに思えた。
 手首に巻いて、感触を確かめる。金属らしく、ひんやりしている。手工業の腕前とは思えない精巧さだ。
僕は安心しきって腕を下ろし、しばしぼんやり仰向けに寝転んでいた。
するといつの間にかうとうとしていたらしい、記憶がすこし飛んでいた。
 僕の目がさえたのは、太ももから股関節にかけて明らかな違和感を覚えたからだった。驚いて下半身のほうを見た。
感触でいえば液体の流れる感じだ。おねしょか? とあわててもいたものだ。
 だが決して洩らしてはいなかった。服の鼠径部のあたりから、銀色の液体が垂れていた。
それがマットレスにもついているようなのではね起きると、やはりベッドに銀色のたまりができ、一部は皮膚にもついていた。
どうしたことだ、どうしたことだとうろたえていた。その最中、左手首にさっきとは異なる違和があることに僕は気づいた。
左手首を確認すると、腕時計はまだそこにあった。しかしそれは、ベルトや文字盤のフレームなどの大部分が融け、
底の抜けた製氷皿のようになった残骸でしかなかった。肌には銀色の染みもついてしまっていた。
 僕は起きあがったまま固まっていた。信じがたい現実と、突如降ってきた出来事への対処の必要とが、
次に僕は何をすべきかを、考えられないようにしてしまっていたのである。


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