タイトルを書くと誰かがストーリーを書いてくれるスレ part8
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574:名無しNIPPER[saga]
2024/07/06(土) 14:34:08.38 ID:N5cCTXJ20
>>569「診察薄幸」

「つまんないみたいですね」
 白髪が汚く混じった、眼鏡の茶釜みたいな医者が、手元のカルテに何かを片手で記入しながら言った。左手は白衣のポケットにしまったままだ。
「ええ、ほんとに」
 女は頬に左手を添え、うつむきながら返した。センターで分けた髪が揺れる。その陰で、切れ長の目が瞬いた。その目は医者を捉えてはいない。「どうしても、私だけみんなと一緒じゃない気がするんです。いや、仲間外れとか、そういうんじゃなくて」
 医者は何も言わなかった。同じ姿勢で、カルテに視線を落としている。彼は女が続きを言うのを待っていた。だが女はそこで話を止めてしまうつもりだった。だから、しばらくの間、診察室には沈黙が漂った。「で?」医者がしびれを切らして声を出した。眼玉だけを動かして女を見た。
「いえ、あの、」女はどぎまぎしつつ、「みんな、楽しそうで、いいなあって。月に1回くらい昔の友達と会ってお茶するんですけど、そこでみんないいニュースを持ってくるんですよ。結婚したとか、彼氏と同棲はじめたとか、NISAで元手の6倍くらいに増やせたとか、お母さん元気だとか」
「へえ」
 医者はもう女には興味がなかった。この女、周りのことばっかりじゃないか。もっと自分に目を向けやがれ、医者はまたねじのような目で女の様子をうかがった。女は目だけを医者に向け、あとは全体的に前傾して訴えていた。上目遣いだが、恨みがましい。
「そんなに周りがうらやましいなら、周りとおんなじようにやろうとしたらどうですか」
 医者はつっけんどんに言った。それは女を怒らせたらしく、
「できたらしてますが。彼氏だって作ろうとしましたよ、もちろん結婚も考えて。でも、何回か会って、ホテルにいったら、それっきりです。投資もしたし、自己研鑽もしたし、服とかお化粧とか、その辺も頑張りましたよ。でもこうなんですよ。いまじゃついに保証人になってた人が蒸発して、借金の最速までされて、しかも会社は保険料とか年金を払ってない。誰のせいですか、これは」
「知りませんよ」
 医者はもうカルテしか見ていなかった。「不幸を訴えられても、私はどうにもできませんからね。胸が詰まるっていうから見てあげたのに、あなた関係ないじゃないですか」
 女は目を瞠った。なんです、と医者は面倒そうに言った。「いくら精神科でもね、あなたが悪くなきゃどうにもならないんですよ。私医者ですからね。じゃあ、そこに入って」
 医者は臙脂色のスクラブの袖がのぞく右手で、コンクリートの独房のような部屋の、医療用ベッドを指した。


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