64:名無しNIPPER
2022/04/21(木) 15:33:04.48 ID:7xyORHV70
高天原に行こうという試みが恐ろしく困難であることは論を俟たない。その点に立脚すれば南極観測の道程すら霞むだろう。例えば歴々たる“ローマ信条”にはイエスの陰府下りの祈祷が記されているが、これは西暦で最も著名な“死後の世界”に対する言及であり、こうした聖なる神秘の持ち主さえ死せずして陰府に訪れない旨を示している。
高天原はそうした霊的な空間なので、霊的なアプローチを用いるしかないのだが、生きてそこに至ろうというのはダンテの“神曲”どころではない。
しかし聖人と天使なら叶うのだった。
……そういう度外れたことを思いながら、宣告者は蘭子を胸に抱くのだった。
この女に、私は何をしてやればいいのだろうか。
何がよいのだろうか。
そんな行き場のない疑問が衷心に木魂する。
「何かしてほしいことがあれば、遠慮せず言いなさい」
こうした経緯がありながら、かねて宣告者は紋切り型の同情を以て遇する他方法を知らないのだった。
それを声色を優しくして言うばかりなのだった。
「……じゃあ、私にキスしてよ」
そういう無力に対する忸怩たる情念が深甚と渦巻いていたので、かれは躊躇うことなく接吻を見舞った。蘭子の上気した豊頬に向けてである。
壊れ物にするような、それでいて、一切の躊躇が感じられない、しかしあらゆる劣情からも解放されたそれは、正しく聖なる接吻であった。
だから、その一瞬間が絵画のように美しくなったのは全く必然のことで、何ら驚くに値しない期待といってしかるべきだった。
かくして、主によってその御業は保障された。
幸福の奔流に耽溺する蘭子に霊的な予感が啓く。それは己が真に神に属したという確信であった。
彼女の神秘はこれまでにないほど高まって、魂は更なる階梯に呼び起される。
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