29:名無しNIPPER[saga]
2022/04/09(土) 09:09:25.32 ID:MLTq+wt20
既に賽は投げられている。後方に無数のゾンビ。前方に少数のゾンビとなれば、どちらに生還の望みがあるかは天秤にかけるまでもない。今から速度を殺して別の道に進もうとすれば、その隙に追いつかれるかもわからない。
私は腰に佩いたマチェットの柄を握り込む。
ハイカーボン鋼バロンマチェット。500グラム。切っ先片刃、鋭い。
重さが足りないかも知れなかった。
女性の細腕にも扱えて、取り回しの易さに殺傷能力まで備わっている。確かに逸品には違いないが、終末の世でゾンビ相手に一騎駆けるには些か心もとないだろう。元より致命傷を負って動き回っている個体も存在するのだ。
痛みに怯むとは思い難かった。
そんな後悔も、逡巡も、今や意味を為さない。
私は全ての謎を振り切って進んだ。
正面に1匹のゾンビが臨まれる。
杖でもついていそうな老人のゾンビだった。
非力そうな外見とは裏腹に、機敏な動作でこちらへ跳びかかってくる。
私は体を低くたわめると、地面を力強く蹴り、ゾンビの懐に飛び込んだ。
重心をずらされ、転倒してもなお伸ばされる両腕を振り払って走る。
アドレナリンの奔流が身を焼くようだった。
全身の細胞が太古の狩猟を思い出している。
心臓は狂ったように早鐘を打ち鳴らす。
両脇に2匹のゾンビがいた。
私は通りすがりに右手のマチェットを振り抜く。
ぼおっと天を仰ぐ青年ゾンビの首が奇妙な方向に折れ曲がった。
血漿が間欠泉のように噴出する。
……もはや私を阻む者は誰もいなかった。
後方ではゾンビは遥か遠くなっており、一部は諦めたのか、引き返して去ってゆく。見渡す限りゾンビの姿は認められない。
生き延びたのだ。
凄まじいアドレナリンの奔流に圧倒された私は映画“プラトーン”の有名なポスターのように、麗らかな陽ざしに身を晒す。
雲一つない晴天だった。
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