4:名無しNIPPER[sage saga]
2022/04/03(日) 22:39:45.11 ID:1uAMHkV5O
「ま、待っ」
「待ったは無しだ」
追い縋る私を振り返らずに八一は告げた。
その意味がわからなくて。納得出来なくて。なんとか引き留めようと気がついたら八一の腰回りに私はしがみついていた。
(せっかく勝てそうだったのに。劣勢になったからって自分の女を言い訳に席を立つなんて、クズッ! クズクズクズクズクズッ!!)
そんな罵倒を口に出さずに飲み込んで私は泣いた。離したくない。離れたくない。見捨てないで欲しい。その感情が涙となって零れ落ちる。
「……行かないで」
「天衣」
非力な私の抱擁は容易く振り払われるかに思えたが、八一は足を止めて振り返り、こう諭した。
「もっともっと強くなれ……また来るよ」
「あっ……」
それだけ言い残して九頭竜八一は去った。
まだ対局中なのに。最後だけ優しくされた。
頭に乗せられた手のひらの温もりが熱い。
(それなら最初から優しくしなさいよ)
そんな文句を呟きながら再び盤の前に座ると景色は一変していて。ついさっき自分が好手だと思っていた一手が大悪手であることを理解した。
「だったらせめて、叱りなさいよ……」
この悔しさと怒りをあえて背負う師匠の背中。
やり場のない憤りは、全て自分自身の責任で。
優しくされたらきっと弱いまま強くなれない。
だから鋼の仮面外さずそれでもやはり優しい。
優しくせざるを得ないほど、私はまだ弱くて。
不甲斐なさと弱さに震えながら駒を仕舞った。
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