52:名無しNIPPER
2021/11/27(土) 22:29:00.13 ID:u50g9+A20
「主役に?」
「そうです。煌びやかな、まるで本に書かれた小説の主人公みたいに、なりたいんです。そんなこと、私はずっと無縁だと思っていました。
私は静かに本を読んでいる読者でいいと。様々な素敵な物語を、見ているだけでいいと。でも」
文香は、チラリと私に目を向けた。それも束の間で、また文香はコーヒーに目線を落とした。
その黒い清水の中に、自分の言葉を見つけているかのように。
「私は……図らずもアイドルになれて、物語の向こう側に来ることができたんです。でも、このままでは主役にはなれないです。
主役は、色々な苦労をして、頑張って、主役になれるのですから。私では……もっと頑張らないといけないんです」
とつとつとしながら、どこか熱のこもった口調。そんな文香に、私は内心驚いていた。あの文香が、ここまではっきりと、主役になりたいというなんて。
「すごいな、文香は」
私は、自然とそう言葉にしていた。
「すごくないです、私なんて」
「うんうん。凄いよ、文香はとても。そうやって自分が目指している場所を明確にして、そこに進めるなんて」
私なんて、とても。
文香は、褒められたことは嬉しいとは思わないらしい、どこか表情を暗くしながら、コーヒーを口にした。
中身は気づけばなくなっていて、ズズ、と吸い出す音がした。
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