【ミリマス】帰省できなかったシアター上京組の年末年始
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2:帰省できなかった年末年始 1/9[sage saga]
2021/01/05(火) 22:30:28.79 ID:1nFF4fw90
【2020年12月31日】


 暖房が効いて暖かい自室の中で、木下ひなたはまどろんでいた。突っ伏していた炬燵から頬を引き剥がして壁の時計を見ると、時刻は午後4時だった。仕方が無いことであるとはいえ、大晦日を独りで過ごしたことの無いひなたは、何をしようか、あるいは何をしたいのかも分からないまま、中学校の宿題を卓上に放り出したままにしていた。

 全世界的にウイルス性の伝染病が流行し、あらゆるものが大きな打撃を受けた一年だった。社会の仕組みそのものも変容してしまった。感染拡大を抑止するためにニュースでも新聞でも盛んに叫ばれていたのは、狭い空間で密になることや、大声を張り上げること、あるいは集まって会食をすることだった。人口の密集する都市部で生活する人間は、自らが病を持ち帰ることを恐れて故郷に帰ることもできないまま盆を過ごし、そして今、年末年始を迎えようとしていた。

 師走を迎えるずっと前の段階で、クリスマスの公演は無観客のネット配信となることが決まっていた。カウントダウンから続く元日ライブも今年は実施見送りとなり、年末年始は事務所に所属する全アイドルに休暇が出ることが言い渡されていた。クラスターの発生や、通勤途中での感染を避けるため、年始の数日間が過ぎるまでは、劇場も一時立ち入り禁止となるほどだった。

 去年までのひなたは、冬休みの間北海道に帰ることができていた。地方からやってきて東京で一人暮らしをしている者は、優先的に帰省の機会を与えられていたからだ。しかし、日々感染者の増加が報じられる都市部から田舎へ帰ることによってもたらされる災禍や、懇意にしている近所付き合いの悪影響を鑑みて、東京に残ったまま年を越すことをひなたは家族へ告げたばかりだった。家族の生命と社会的立場を守るための決断であることを、北海道の両親は尊重してくれた。愛してやまない祖父母も、ひなたの選択を笑って受け入れてくれた。だからこそ、東京で一人、顔を曇らせているのはきっと自分だけなのだと思えば、不甲斐なさに目尻が熱くなるのを感じた。そんなことで涙を流しそうになる自分を責めたくなって、まだ洗い物を済ませていない台所や、卓上に散らばったプリントのことを考えようとした。暖かいのは足元だけだった。

 乱れた心を鎮めるには、乱れたものを整えることだ。ひなたは頬を叩きながらそう念じて、炬燵から足を抜いた。窓の外に見えた空は、灰色の雲に覆われていた。

 昼食の後片づけを丁寧に終えた時、ひなたのスマートフォンが鳴った。彼女のプロデューサーからの連絡であることを、設定した着信音が告げていた。

「もしもし、おつかれさまです」
「お疲れ様、ひなた。今、時間大丈夫か?」
「うん、平気だよぉ」

 通話の向こう側で、固定電話の呼び出し音が聞こえてきた。劇場の事務室に設置された電話機とは違う音だった。

「まぁ、大した用件があるわけでもなかったんだ。ひなた、年末は帰省しないで東京に残るって言ってたから、どうしてるのかと思ってな」
「あっ……」

 ひなたの胸中にズキンとした痛みが走った。平気だよ、と言おうとしたのに、喉の奥でつっかえて、気道が塞がれてしまったかのようだった。

「あっ、あの……プロデューサー」



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