215:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:36:16.14 ID:tRJaplXx0
「泣き叫んだのは《しきたりなのです》とありました。だから一読、モルジアナは悲しんだわけではないのか、との印象を受けました。あくまでアリババに頼まれた仕事、盗賊の追跡を振り切る作戦として、カシムの葬儀を取りなし、しきたりの為に泣いて見せたのか、と。
ですが、やはりモルジアナは、心から泣き叫んだのではないでしょうか。内に抱えた悲嘆の発露として、主人との離別を受容するプロセスとして。
深い悲しみに際し、しっかりと感情を表した。泣いて、喚いて、髪を掻き毟って、それでようやく、別れを乗り越える為に、踏み出すことが出来た。……時を、動かした」
216:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:36:44.69 ID:tRJaplXx0
「そして、今度はアリババを守ることに全てを捧げると誓った。未来へ向き直ったのです。彼女は悲しみを受け入れた。悲しみに抗うことを辞めたのです。そうやって美徳を手に入れた。主人を守れなかった自責、過去の名誉への拘りを乗り越えた。
だから、モルジアナは盗賊たちに打ち勝ったのです。彼女は悲嘆を受け入れ、しっかり向き合った。だから、本当の名誉を手に入れた。
この物語のハッピーエンドは、そういう仕掛けだったのです」
217:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:37:17.61 ID:tRJaplXx0
「冗長だったようですが、それが私の考えです。
この物語では、過去の名誉という感情に拘ることは重い罪となる悪徳だった。カシムも盗賊も、その呪いに抗えなかった。
モルジアナさえ囚われた。だけど、彼女は生き残った。きちんと泣いて、振り切ったから。
だから、――
218:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:37:43.49 ID:tRJaplXx0
だからモルジアナは、幸せだったと思います。幸せになっていいんです。
だってこれは、きっと、自分が幸せになることを許す為の物語なんだから」
219:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:38:12.35 ID:tRJaplXx0
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
220:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:40:11.95 ID:tRJaplXx0
文香は安心したように目を細め、深く頷いた。耳に掛かった髪が滑り、落ちる。まるで絹だ。
彼女はゆっくりと、囁く準備のように首を突き出し、しかし千夜の耳には程遠い空に、夢見心地の言葉を紡ぐ。
「私は…… 自分で言うのも、ですけれど…… はい、読書家、だと。
ですが、どれだけの書を読み耽っても、今、千夜さんが仰ったような結論には、辿り着けなかったと思います。それは、千夜さんが見つけた、千夜さんだからこそ辿り着けた答え、だと。……とても愉しく、愛おしい物語でした。
221:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:40:37.64 ID:tRJaplXx0
「昔、焼いたクッキーを落として割りました。それを見ていると、どうしてだか気味悪くなって、虚しくなりました。だけど、本当の気持ちは他にありました。……お嬢様が笑ってくれたんです。《増えたね》と。
その時、私は許されました。悲しくなれました。
私は悲しかったんです。頑張って焼いたクッキーを落としてしまって、悲しかったんです。
私は愚かにも、自分の失敗に立ち向かおうとしていました。緊張しながら、折れたクッキーをじっと睨んでいたんです。それを、お嬢様が笑ってくれて、ようやく許されたんです。お嬢様のおかげでようやく、否認を奪われ、私は悲しい思いがある事と、向き合うことが出来たんです」
222:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:41:21.01 ID:tRJaplXx0
空気がしん、と澄み渡った。声は静かな世界に放りだされて、その跳ね返りもなく、なんだか独り言のようだと思った。隣に顔を向ければ、そうでない事が分かった。
そこに居ますね、と眼で認めてくれていた。
ここに居ますよ、と笑って返した。
223:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:41:49.12 ID:tRJaplXx0
Epilogue――
一ノ瀬志希を捕まえた。志希が捕まってくれた、の方が正しいのだと思う。どっちであろうと構わない。眼目はこうだ、今までのらりくらりと躱されてきたが、
「ようやく話が出来そうですね」
224:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:42:22.43 ID:tRJaplXx0
「舞台のですね。くすねたのですか?」
「にゃはは」
都の提案で、記念に二人で片割れずつ持っておくことにした。だが、そうするべきだったのか、志希の真意を今日まで聞きそびれていた。
「幾つもの暗号の先、貴女はこの金貨にどんな意味を込めたのですか」
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