白雪千夜「アリババと四十人の盗賊?」
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200:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:27:35.31 ID:tRJaplXx0
「三十七の五右衛門風呂にペルシアの盗賊たちを処してしまうと、モルジアナは息を潜め、頭領の様子を伺います。温情や詰めの甘さからではありません。アリババが山で会ったらしい四十という人数から、まだ仲間が潜んでいる可能性を考慮し、差し引きの二人も誘き出し、一味を完全に一網打尽とする算段だったのです。

 結果的には、そこで頭領を始末してしまってもよかったのですね。全ての仲間を失い、たった一人で生き残ったことを察した頭領は、命からがらアリババ邸を逃げ出します」



201:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:28:03.93 ID:tRJaplXx0
「モルジアナは主人に盗賊たちの亡骸を見せつけ、自分がどれだけ働いたのかを示しました。アリババは感謝し、彼女を奴隷の身分から解放します。

 といっても当時の文化からして、解放されたらさようなら、とはならないのですね。解放されれば、社会身分上は自由人と同じく扱われるようになりますが、そのまま主人の元で解放奴隷として奉公を続ける場合も多かった。モルジアナもまた、台所を受け持つ料理人としてアリババの元に残ります」



202:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:28:38.99 ID:tRJaplXx0
「一方、頭領は独り生き残り、部下たちの無念を想って悲嘆にくれます。後継ぎを決めて宝を託すことにすると、アリババの命を奪うことをかたく誓い、今度は洞窟の財宝を利用して商いを始めます。そして、これはたまたまだったのですが、アリババの息子と知り合った。彼が仇敵の息子であるのを知ると計画の為、ますます懇意になるのです。やがて思惑通り、アリババの家に招待を受ける日がやって来た。

 ここまでは上手くいっている。神の同情的な手配といってもいいかもしれない。さすがに酷くやられすぎましたからね。
 それに彼は、洞窟でこう独白している。《二度と宝を盗まれないと安心出来たら、そのときは、後つぎを決めて宝を託そう。そうなれば、後につづく者たちが宝を守り増やしていくだろう》。……未来志向、といえるでしょう。復讐よりも、過去の名誉を回復するよりも、未来の為、後続の為に頭領としての最後の仕事を決意した。この時、彼は美徳を手にしていたのです。だから、再びアリババの家に潜入することが許された」



203:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:29:13.57 ID:tRJaplXx0
「しかし、そこは悪役でした。結局は悪徳が、過去への拘りが、彼を滅ぼすのですね。彼にはこの仕事を、復讐でなくすることは出来なかった。

 塩、です。ギリシャなどでもそうでしたが、ここでは塩は歓待や友情の象徴であり、共食したものとは争えないのだそうで。《仇と一緒に塩は食べない》のです。

 頭領は、アリババが敵である事を忘れられなかった。単に始末すべき、害虫のようなこそ泥とは思えなかった。仲間を失ってボロボロになっても、名誉ある剣士として戦わずにはいられなかった。だから彼の家に招待を受けた時も、料理から塩を抜いてくれるように頼んでしまったのです。
以下略 AAS



204:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:29:45.79 ID:tRJaplXx0
「アリババは、自分に出来る充分な感謝として、モルジアナを義理の娘、息子の嫁として迎え、厳粛かつ盛大な宴で祝います。それから暫くは近寄りませんでしたが、二人生き残っていると思われた盗賊たちに動きが見られないので、魔法の洞窟に向かってみます。洞窟に誰も立ち寄っていないのを確かめると、いよいよ財宝は全てアリババのものとなったのが分かりました。

 そして彼は息子に洞窟の存在と魔法の呪文を授け、一族は末永く栄えたのです。

 これが、未来志向のアリババと過去志向の盗賊たちの対比、美徳と悪徳、隆盛と滅亡の物語です」
以下略 AAS



205:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:30:13.18 ID:tRJaplXx0
「さて。なんだか、余計な屁理屈をこねたかも。要はモルジアナの話が出来れば十分だったのですが。

 幸せなのか、と思うのです。というのも最後、結婚の祝宴ですが、私が参加する演劇ではこの四行のシーンを膨らませ、《私は幸せでございます》と言う事になっている。こんなことを言わせて、いえ、言ってしまっていいものなのか。

 確かに、敵は倒しました。今の主人には奴隷の身分を解放され、正式に家族として迎え入れてもらった。しかもその家は多くの財宝を所有する、末永く栄えていく名家です。この上ない名誉であったでしょう。
以下略 AAS



206:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:30:58.13 ID:tRJaplXx0
「モルジアナがめざましい働きを見せ、実質的に物語を牽引しながらも主人公たり得なかったのは、何故でしょう? 彼女が奴隷だからでしょうか? イスラムの文化では、同じイスラム教徒は奴隷に出来ないようですが、すなわちモルジアナは敬虔な神のしもべでないのだから、題に引くのは相応しくないと?

 この命題は、ガラン版ひとつにおいても『ヌールッディーン・アリーとペルシアの美姫の話』という反例から偽であると分かります。イスラムの文化において、少なくともその教義において、奴隷は蔑まれる存在ではありませんし、物語の主役であればその名は打ち出されるものなのです。

 やはり、これは美徳の問題ではないかと。『アリババと、女奴隷に殺された四十人の盗賊』は、最も優れた美徳を持つ者と、対置して悪徳を持つ者を題にとっているのです。モルジアナは誰から見ても素晴らしい才女でしたが、この物語においては、美徳という点でアリババに譲るのです。
以下略 AAS



207:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:31:35.51 ID:tRJaplXx0
「アリババは、魔法の洞窟からカシムのバラバラにされた遺体を持ち帰ると、彼の死因を隠蔽する必要がある事をモルジアナに告げます。もちろん、事実が噂になれば、すぐ盗賊に自分の存在を突き止められてしまいますからね。

 モルジアナは知恵を絞り、数日をかけて主人が病に伏せっているという噂を流すと、次いで朝早く、一番に店を開ける靴屋へ向かいます。年老いた店主に金貨を握らせ、目隠しを施し、何処に行くのか分からないよう連れ出すと、カシムの亡骸を縫わせるのです。そうして形を整えて誤魔化し、病気で亡くなった事にして、イスラム教のやり方でその遺骸を清めると、葬儀を行いました。計画は思ったように立ち行き、もう足も付かなくなったものと思われました。

 そこからの騒動は、まさに神懸かり的な悪運か、落とし穴だといってもいい」
以下略 AAS



208:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:32:08.64 ID:tRJaplXx0
「念には念を入れていたのです。朝一番、誰にも見られぬように連れ出し、目隠しをし、口止めをした。家に送り返した時には、後を付けられないよう暫く見張った。年老いた靴屋からアリババの家が割れる心配のないように。

 ところがこのお調子者のババ・ムスタファは、変装した盗賊が街へやって来ると、死体を縫った仕事について喋ってしまいます。それをやった家までは目隠しをしていたので教えられないと断るも、もう一度目隠しをすることで、なんと、歩いた道を再現してしまうのです。しかも三回同じことを、全て正確に。もはや必然的に、ムスタファ老によって、盗賊たちはアリババを襲う足掛かりを得た。

 もちろんモルジアナにとっても、誰にとっても予想出来ない事でしょう。一方はゴマ≠フ一言をすっかり忘れてしまう物語で、他方は目隠しをされて一度、せいぜい一往復歩いただけの道を、完全に記憶してしまうなどというのは。
以下略 AAS



209:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:32:52.92 ID:tRJaplXx0
「先程、カシムが悪徳によって魔法の言葉を奪われた、としました。ヴァルシー写本のアリババが信仰で言葉を取り戻した事に照らして、これは美徳によって見えざるものの肯定を、悪徳によって否定を受ける物語なのだ、と。ムスタファ老にも同じことが行われたのではないでしょうか。

 ムスタファ老は少なくとも、並外れた記憶力の持ち主として物語に登場したわけではありません。ですから、元々それを持っていたわけではなく、悪徳を持った者へ下る裁きの為に、経路≠ノついてのみ盤石の記憶を与えられた、と考えることも可能です。それが彼の奇跡のような記憶力の正体だったと。

 カシムが嫉妬の為に、盗賊たちが誇りの為に、総じて傷付けられた名誉への固執という悪徳の為に滅んだように、この筋書きにおいて、悪因が悪果をもたらすならば、悪果は悪因がもたらすものと前提するならば、そしてこの物語の悪因≠ニは悪徳を抱くこと≠セとするならば、ムスタファ老が盗賊を導くという悪果は、アリババやモルジアナの側で、誰かが悪徳を抱いたという悪因が導いたものだといえるでしょう。そしてアリババは一貫して美徳の象徴であり、彼が考えを変えるような場面はこの物語にはありません。
以下略 AAS



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