白雪千夜「アリババと四十人の盗賊?」
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188:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:19:52.49 ID:tRJaplXx0
「……過去に囚われない≠ニいうことだと思いました。あるいは未来へ歩むこと≠…… 未来を忘れない=Bそれがアリババの美徳なのだと。

 ロバを見捨てたのも、宝をくすねたのも、そして兄の死について、悼んだり驚いたりするばかりではなかったのも、アリババの精神の未来志向ゆえだ。それこそが、この物語の提唱する美徳≠ネのではないでしょうか。だからこそ、彼は富を手にしたし、命も守られた。それぞれの行動は、それによってもたらされる直接的な利益自体よりも、この物語独特の法則、見えざるものによる肯定、恩寵を呼ぶことでアリババを助けているのです。未来を忘れなかった=A危ういくわだての行きつく果てを見抜いた≠ゥら、富を得、命を救われた」



189:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:21:20.25 ID:tRJaplXx0
「そしてその逆、過去に囚われる≠ニいうことが…… その為に見抜けない≠ニいうことが、この物語の悪徳、裁かれるべき罪であり、《大きすぎる災厄》を引き起こす《ささいなきっかけ》なのですよ。

 より言うのなら、名誉≠ナす。プライド、自尊心…… 傷付けられた過去の名誉≠フ感情に拘泥し、それを回復することに囚われた者が、『アリババ』の世界では破滅するのです」



190:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:21:47.05 ID:tRJaplXx0
「アリババの兄カシムは、裕福な妻をもらったところから始め、街でも指折りの大商人として働いていました。貧乏な妻をもらったアリババとは比べものにならなかった。それが、升に残った一枚から推理したことで、アリババが大量の金貨を手にしたのだと知った時、彼は《どうしようもないほどの嫉妬にかられ》るのです。

 カシムはアリババを問い詰め、魔法の洞窟のこと、その入り口を開く呪文を聞き出し、宝を持ち出しに行きます。そして最期には、魔法の呪文、《開けゴマ》のことを忘れてしまった為、洞窟に閉じ込められ、帰って来た盗賊たちに殺されてしまいます。

 カシムは欲深いたちでした。しかし、その為に身を滅ぼしたのではありません。強欲には罰が下るという教訓話ならば、宝を載せすぎたあまり、牛が動かなくなったところへ盗賊がやって来る≠ニいったような最期の方が自然です。が、実際のところは、彼は洞窟を開く時には覚えていた呪文を、洞窟の中で忘れてしまった為に閉じ込められるのです。欲深いのが悪かったにしては、かえって奇妙な最期じゃないですか。そもそも、強欲なのはアリババも同じですよ。兄の亡骸を目の当たりにした直後でさえ、財宝に手を出すのですからね」
以下略 AAS



191:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:23:03.79 ID:tRJaplXx0
「ガラン版ではしっかり覚えていましたが、平凡社のヴァルシー写本の訳では、アリババも魔法の呪文を忘れてしまっています。救いを求めて神への信仰告白を唱えると、たちまち頭がすっきりして思い出すのですね。

 このあたり、対照的なようではありませんか。こちらの版だと、呪文など忘れてしまうのが当然で、神への祈りによってかろうじて取り戻されるものなのです。
 翻るならば原型といえるガラン版では、魔法の言葉は覚えているのが当然で、見えざるものの裁きによって忘れ去られてしまうもの、というところでしょう。

以下略 AAS



192:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:23:42.30 ID:tRJaplXx0
「盗賊たちは言うにも及ばない。奪われた宝に固執した。そして、これもまた自尊心です。盗賊たちはこの物語中、宝を集め、増やす事は考えていても、自分たちの欲の為に使う場面そのものは描かれていません。彼らにとって洞窟の金銀財宝は資産価値よりも、《先祖代々》《剣を手に勇士として》集めて来た、勇気や男気の証明、あるいは団としての絆、自負や誇りとしての意味を強く持ったのです。彼らは奪われた誇りの為にアリババを追い、踏みにじられた名誉≠取り戻す為に、彼への攻撃を試みた。

 だけれど、危ういくわだての行きつく果てを見抜けないものは、不幸になるのです」



193:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:24:09.06 ID:tRJaplXx0
「あらくれものの一人は尖兵として街へ出て、ムスタファ老の証言からアリババの家を突き止めます。しかし、近所に似た門を構えた家々があり見分けのつきにくい中、目的の家の門に襲撃の目印を付けて帰還した、それだけだったのがまずかった。印が消えてしまう可能性を見抜けなかったのですね。あるいは、モルジアナの知恵を。

 木を隠すなら森の中ですか、周囲の家々にも同じものを書き込むという彼女の工作によって、印という差異、情報は失われました。盗賊たちは街へ潜入しますが、結局アリババの家は分からずじまいです。仲間たちに無駄足を運ばせ、無闇な危険に晒したということで、尖兵役は取り決め通り処刑を宣告され、これを潔く受け入れます。

 次いで、もう一人の盗賊が同じ失敗を犯します。印の色を変えてみても、モルジアナには通用しないのでした」
以下略 AAS



194:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:24:38.16 ID:tRJaplXx0
「単なる怒り、処罰感情に任せて、ではありません。盗賊団としてやっていくために、仲間を破滅させかねない過ちを犯した者を許しておくわけにいかないのです。過ちを犯した方も、それを甘んじて受け入れないわけにいきませんでした。それは《男気》だとか《勇気》…… いわば、名誉の為に」



195:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:25:06.76 ID:tRJaplXx0
「そうやって二人の仲間を失ったところで、今度は頭領が街へ出向き、結局家の様子をよく見て覚えるという力技で、モルジアナに欺かれることなくアリババの所在を突き止めます。

 十九頭のラバに二つずつ、計三十八の袋を背負わせ、その内一つに油を、残りに三十七人の仲間たちを。そうして油商人に成り済ました頭領は、アリババ邸の扉を叩き、一晩の宿を請うのです。

 愚かなりや、あるいは鷹揚、ですけれど。命を狙われる身である事は重々承知の筈が、しかしアリババは客人の求めを快諾します。
以下略 AAS



196:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:25:32.55 ID:tRJaplXx0
「アリババの美徳は未来志向だと言いましたが、気前のよさもまた、ここでは功を奏したのかもしれません。

 未来志向は、森で顔を見、声を聞いた筈の頭領のことを――ともすれば、自分が命を狙われる身である事さえも――すっかり忘れ、突然訪ねて来た客人を招き入れた事。断っていたら、安全で時間を掛けられる方法を諦めさせ、正面からの攻撃を強行されてしまったかもしれません。

 気前のよさは、にせの油商人を心からもてなし、中庭で休もうとしていた彼に、強く客間を勧めた事。そうして頭領が部下たちと分かれて休んでいなければ、モルジアナがすることも阻まれていたでしょうからね」
以下略 AAS



197:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:26:02.04 ID:tRJaplXx0
「これも神の救いでしょう、たまたま油が切れたので、後で代金を払えばいいやという大らかさは主人譲りか、同じ奴隷アブダッラーの助言を受け、モルジアナは中庭へ拝借しに向かいます。

 そこで、頭領がやって来たと勘違いし、袋の盗賊がモルジアナに声を掛けました。彼女は驚きますが、咄嗟の機転で頭領を装い、盗賊を待機させておきます。

 彼らが顔を出せなかったのは作戦の瑕疵でしたね。袋は中身がバレないよう、息の出来る程度に締めておき、頭領から小石を投げつけるという合図があれば、ナイフで内から切り裂き、飛び出す計画だったのです。一度出るとなれば隠れ蓑を台無しにするしかない以上、いざ襲撃という折までは外の様子を確認することも出来なかった。だからモルジアナに騙され、三十七人の盗賊が身動きの取れないままで主人を狙っているという情報を、一方的に与えることになった。
以下略 AAS



198:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 02:26:34.39 ID:tRJaplXx0
「しかし、モルジアナは骨を折ったでしょう。大勢の盗賊たちを、袋に小石が当たる以上の異変に気付かせないまま始末しなければならなかったんですから。長刀で首を、というならともかく、熱した油を注ぐというやり方では、いくらか悲鳴を上げられてしまいそうですが。

 トリックのオンパレードともいわれるロジカルな筋書きにおいて、しかしガランはこの油攻撃のあたりを詳述していません。聞かされなかったのか、考えつかなかったのか、あるいは彼がいう所の《礼儀に反する》内容だったので記載を避けたのか。

 ……ひとつ考えてみたのですが、モルジアナは再び頭領を真似たのではないでしょうか。《見つかりそうだ、一度隠すぞ》とでも囁いて、盗賊の入った袋を力一杯に締めてしまうのです。《誤魔化しの為だ》と言い添えて、ラバの糞を滑り込ませるなどしてやれば、なお結構です。中の者が酸素の欠乏に、また臭いに我慢ならなくなるのを見計らって、《もういいぞ》と袋を開けてやれば……
以下略 AAS



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