561: ◆Try7rHwMFw[saga]
2020/11/22(日) 14:09:09.65 ID:Y/Qr2n33O
子供の頃見たあの光景を、あたしは未だにハッキリと覚えている。
父さんと母さんは、家を空けることが多かった。
2人と過ごした時間より、ジャック先生やアリスさん、あるいはベーレン候の家族と一緒だった時間の方が長かったかもしれない。
それでも、寂しさは感じなかった。一緒にいる時は、できる限りの愛情を注いでくれたから。
どこかの遺跡に向かう2人を、精一杯手を振って送り出す。それがあたしとウィテカーにとっての1週間の始まりだった。
父さんたちは、冒険から帰る度に嘘みたいな土産話をしてくれた。
とてつもなく巨大で知恵のあるドラゴン。ひとりでに動く、機械の兵士。機械が勝手に掃除をしてくれる不思議な邸宅……
どこまで本当なのか、当時のあたしには分からなかった。でも、真偽なんてどうでもよかった。
世の中は謎に満ちていて、だからこそ面白い。
きっと、父さんと母さんはそれを伝えたかったんだと思う。
そんな2人が、冒険先にあたしたちを呼ぶことはほとんどなった。
ただ、一度だけ連れていってくれた場所がある。モリブス南西部の、サンターナ山地だ。
丸3日かけて、あたしたち一家は山地を探索した。巨狼や二角熊のような、獰猛な魔物にも出合った。
すごく怖かったけど、どこか安心してもいた。父さんたちが守ってくれたから。そして、山地の奥にそれはあった。
『……うわぁ』
そこにあったのは、一面の花畑。花は全て、虹色に輝いていた。
『きれいでしょ』
母さんが穏やかに言う。
『うんっ!!すごくきれい……何て花なの?』
『名前はないわ。私たちが見付けた。ね、リオネル』
父さんが頷く。
『ああ』
『これ、皆に見せてあげたいなあ。ジャック先生やアリスさんにも』
『そうだな。だが、彼らはともかく、世の中には知られてはいけない花でもある』
『どうして?』
母さんが、足元の小石を花畑に投げ入れた。その刹那。
石が落ちた辺りが、一瞬のうちに黒く染まった。
『……え』
『花が『攻撃された』と感じたの。そして、花は猛毒を放つ』
父さんが何かを呟く。すると、花は元の虹色に戻った。父さんは「すまなかったな」と足元の花を軽く撫でた。
『この花畑は生きている。もし、大勢の人がここに来れば、ここは荒らされてしまうだろう。
そして、大勢の人が死ぬ。この花の毒によって』
『そうね。……知られることが、必ずしもいいこととは限らない。世界は美しいけど、封じられた方がいい事実もあるの』
父さんと母さんが、一瞬悲しげな表情になった。
『どうして父さんたちは、あたしたちをここに連れてきたの?』
『そのことを教えるためだよ、デボラ、ウィテカー。お前たちにも、きっと分かる時が来る』
父さんたちが、何を伝えようとしたのかは未だにハッキリとは分からない。
ただ、あの花畑の美しさは、きっと一生忘れることはないだろう。
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