魔王と魔法使いと失われた記憶
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320: ◆Try7rHwMFw[saga]
2020/09/28(月) 20:00:42.82 ID:YA6smyVZO

気が付いた時、私は彼を抱き寄せていた。何でこんなことをしたのか、自分でもよく分からない。ただ、なぜかこうするしかないように思えた。

「むっ……なっ、何をするっ!?」

その間数秒。我に返った魔王が、力で私を押し返した。

「ご、ごめんなさい!!ど、どうしたんだろう、私……」

沈黙が流れる。それを破ったのは、彼の方だ。

「……すまん。もう一度、抱いてくれないか」

「……えっ」

「嫌ならいい。二度と、我儘は言わん」

私より小さい彼が、さらに小さく見えた。それが悲しく、愛おしく見えて……私はもう一度、彼を胸に抱いた。
気が付くと、私は彼の頭を撫でていた。……本当に私、どうしちゃったんだろう?


どのぐらいそうしていただろうか。今度は優しく、彼が私から身体を離す。


「……ありがとう。臭くはなかったか」

「えっ、その、何も感じなかったけど」

本当のことだ。というより、そんなことに気が回らなかった。

魔王がフッと笑う。

「変わった趣味だな。……今から、風呂に入る。先に、寝てていいぞ」

「え、でもあなたは」

「俺もすぐに寝るから安心しろ」

そう言う彼の顔は心なしか穏やかに見えた。タオルを持って、魔王が部屋を出ようとする。ドアを開けた時、彼は不意に私に振り向いた。

「小娘。俺のことを『エリック』と呼ぶことを許す」

「……?」

「魔王じゃ言いにくかろう。何より、俺が魔王であるのが知れたら不都合もいいところだ。まあ、もう何回か呼んでいたようだが」

「そうだけど……」

魔王が穏やかに微笑んだ。



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