12: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:38:46.33 ID:RvB9VQpu0
「それは……まだ、慣れていないだけです」
「僕が白石さんと、白石さんのご両親に伺うことがあるとすれば」
仕掛け人さまの視線は、紬さんの『目』に真っ直ぐ衝突した。
13: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:43:11.30 ID:RvB9VQpu0
「嫌な方向に吹っ切れましたね。
僕には、白石さんが今回の公演にそこまで拘る理由が分かりません」
紬さんは口をつぐんで、ただ立っている。
14: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:44:02.07 ID:RvB9VQpu0
「スチュアートさん」
仕掛け人さまが、突然私の方を向いた。
「あなたの目から見て、白石さんはステージに立てる状態だと思いますか」
15: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:44:59.56 ID:RvB9VQpu0
「エミリーさん、ありがとうございます」
紬さんは練習着に着替えて、軽く喉を鳴らしながら微笑んだ。
「エミリーさんからいただいた、このチャンスを無駄にはしません」
16: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:46:02.83 ID:RvB9VQpu0
それから紬さんは、鏡面が奥行きを映し出す部屋の、ほぼ中心の座標に立って、ひとつ大きく息を吐いた。
「では、いきます」
スピーカーから音楽が流れる。
17: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:46:59.63 ID:RvB9VQpu0
26秒の間、紬さんの表現は完璧だった。
もしかすると、過去最高の地点を跨いだかもしれなかった。けれど。
私にとって、その瞬間は驚くほどゆっくりと訪れた。
18: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:48:10.93 ID:RvB9VQpu0
紬さんは、まるで目の前に足場が存在すること自体が、
信じ難い異常であるかのような顔をしていた。
床に横たわるような状態になってようやく、自分が転倒したことに気付いたのだ。
19: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:49:04.69 ID:RvB9VQpu0
無責任な私は、ただ紬さんの手を握るしかなかった。
「紬さん。紬さん、私はここです」
強く、強く、握って、願う。
20: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:50:20.52 ID:RvB9VQpu0
だから、私は同じような声量で尋ねた。
「紬さんは、どうして……」
続く言葉を吐き出すことができたなら、誠実さを失わずに済むかもしれない。
21: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:51:25.52 ID:RvB9VQpu0
「うちは、まだ何も残してない」
頭の中はもうぐちゃぐちゃで、私は胸に溢れるうねりを制御できなかった。
紬さんに何か大事なことを言わなくてはならないのに、
その言葉が何なのか、どうしても、分からないのだ。
22: ◆u/54BSBlPw[sage saga]
2020/02/08(土) 19:53:06.87 ID:RvB9VQpu0
仕掛け人さまが怒らなかったのは、叱らなかったのは、
紬さんの言葉を知っていたからなのだろうか。
「できません」
48Res/27.33 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20