タイトルを書くと誰かがストーリーを書いてくれるスレ part7
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名無しNIPPER
[sage saga]
2020/03/31(火) 22:07:28.42 ID:UxSSfY4l0
>>189
の続き
とけーちゃんは家の並びを指さし、町の縁の斜面に沿うようにして示した。窓の中身は真っ黒く、ガラスが破れているのもちらほら見える。
あるいは外壁を蔓が這って覆い、玄関わきの柱が濃緑色に隠されてしまっている。
「見えたやろ。どうや、そう思わんか。あれが悲しうてたまらんのや、ちっさいころに可愛がってもろたかもわからんのに、いつの間にかいなくなってもうとんねん。お礼も何も言われへんねやぞ!」
「そないに空いてるんばっかやったか? そのうち帰ってきよるかも知らんで」
「帰ってくるもんか! 年々人が減っとるのに気づかへんの、カッツン? 現実見い」
カッツンは黙り込んだ。現実見い、この言葉が引っかかって考えざるを得なかったのだ。
俺がおったんは、現実ちゃうかったんか?――けーちゃんのオヤジさんにアイスクリームおごってもらったんとか、ヤッちゃん家の漁船の排気のうるさい響きとか、また今度な、と言ってサヨナラした矢壁の秀おじさんとか、あれはみんな嘘やったん? ……やや、混乱が来ていた。現実と現状とをない交ぜにしてしまったのが原因ではあるが、それをきっぱり見分けることができるほど彼は諦めがよい性格ではなかった。できる限り自分が抱く感触と近いように、現実を認識する質だったのである。
「カッツン」けーちゃんはウミネコが鳴く沖のほうを見て、
「俺は高校を出たら、もうこの島には戻って来ん。外で億万長者になれるような人間でないんはわかっとるけどな、ここにずっといるほうがあかん、というのはほとんど確信しとる」
なにゆうとん、と言おうとしたが出てこなかった。カッツン自身は高校卒業後に島に戻って漁師になるつもりでいた。そしていつでもけーちゃんに会うことができると、いかにも当然のように思っていたから、けーちゃんと将来顔を合わせることが二度となくなるかもしれないという、たった今告げられた告白が明らかにした事実をうまく自分の発言と紐つけることができなかったのである。数拍待って、彼はなして、と絞り出した。
「なして、ってな、今ここで物買えるとこがどんだけある? おれは田端さんとこの八百屋と楡おばちゃんのお店しか知らんで。ほんであとは工事屋の行木さんやろ。こんなとこで、どうやって生きて行けばええんや!」
「魚や、魚を取るんや! それを冷やしたり干したりしてな、山ほど売ってやるんよ。それでな、いいもん食ってな、それで十分やんか」
「いや、」とけーちゃんは頑強な、断固とした声音で、
「それじゃあかん。魚じゃあ今どきどうにもならへん。いくらうちが漁師町やというてもな、そもそも規模がちっさいもんで、懐が潤ってしゃあないということにはならへんのよ。悲しいけどな。それに、外に出てって帰ってきたんは何人おるん? おれは二、三人しか知らんで。毎年二人くらい外に出ていくのを、十年近く見とったんによ!」
カッツンは驚きつつけーちゃんの顔に見入っていた。彼はけーちゃんがこれほど強く自分の気持ちを述べることを見たことがなかった。いつも彼が訊かれもしないうちに自分からべらべらと公開して、その流れでけーちゃんに言わせていた。それが自然であった。常にけーちゃんが彼の後ろについてくるような状態だったので、彼が自分の影響下から外れてしまった気分になっていたのかもしれない。それをわかってはおらずに呆然と反論を探している。
「わかったか、カッツン? おれが戻っても、ここじゃいかんのや。いくら勉強ができたって、体を動かせなここでは生きてけん。はっきり言って、もう二度と船には乗りたないし、かといってそれを助ける裏方の役も勉強がまったく意味ないもんや。せっかく効率いい方法探しても聞き入れてもらえんような気がするしな」
「気がするだけやろ、そんなことないで」
けーちゃんはカッツンの無邪気な顔を見た。「そんなことないで」明るく、無垢な希望の言葉。彼は根本的にカッツンと違うことを再度思い知らされた。
おれはこいつにはかなわない、この街の論理にはカッツンの方があっている。おれとは違って……。
「なあカッツン、降りようよ」感じた劣等感を完全に隠してけーちゃんは言った。かまへんけど早ないか、とカッツンは少し不服そうだ。
「早やないで」噛みしめる表情を見せないようにして、カッツンに止められる前に階段を一段一弾降り始めた。
ちょい待ってな、まだ降りるとか言ってへんやろ、と抵抗するような言葉を口にしながらもカッツンはけーちゃんの後をついて行った。
沖に出る漁船はなく、帰ってくる漁船も当然なかった。止まっている船は水揚げを全て済ませ、海水に使った網の絡まった部分をほどきながら点検している最中であった。
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