双葉杏「透明のプリズム」
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8: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:03:58.10 ID:OJA0wgUK0


「まぁ、座って」


プロデューサーの様子は普段と変わりがなかった。
この四角形の部屋も、間取りや向きは私の記憶と寸分違わない。
異なるところを挙げるとすれば、棚のぶ厚いファイル群が外に運び出されていることや、とにかく大量のもので混沌としていたプロデューサーのデスクが、新品同然に片付いていること。
そんな何気ない現実が、私の心から熱を引き抜いていった。


「いつからなの」


私は平静を装って、俯いて言葉を切り出した。
――私はプロデューサーに動揺を悟られまいと、必死に立ち回った。
この期に及んで演技で場をやり過ごそうとすることは馬鹿らしいことだと思うかもしれない。今の私もそう思う。
それでも当時の私は、プロデューサーに頭の中を覗かれるのを、何よりも恐れていた。


「えっと、俺もよく分かってないんだけど――」


プロデューサーは手元の資料を参照しながら答える。
正式に担当が変わるのは明日からだけど、プロデューサーは三日ほど引継ぎとして私について回るらしい。


「ずいぶん急だね」

「俺も突然のことで混乱してるけど」


プロデューサーは情けなさそうに笑って、困ったように頭を掻いた。
それからプロデューサーは、相変わらず資料に目を落としたまま、書いてある事項を棒読みで私に伝達する。
眠気やら動揺やらのせいで、私の脳はプロデューサーの声を雑音程度にしか受け付けなかった。
プロデューサーも私が真面目に聞いていないことに気付いているのか、はたまた機械的な伝達に意味を見出していないのか、最後の方を適当にはぐらかしていた。




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