430: ◆GmHi5G5d.E[saga]
2017/12/12(火) 00:54:07.60 ID:R49UtULq0
上等な絨毯を踏みしめ、荊軻は円を描くようにジリジリとすり足で移動する。
ブルースは動かず、向き合った姿勢を維持したまま、じっと相手の動きを見詰め、全ての一撃を想定する。
荊軻はなおも動き続け、動かないブルースの構えを見る。
その時、地下から轟音が響いた。
(地下牢。マシュ)
その瞬間、マスターは無防備になった。気付いた時には、暗殺者は踏み込み、懐から抜いた隠し刀を一閃させていた。
ブルースは肘で荊軻の腕をブロック、手首を掴んで舞うように放り投げる。だが彼女は軽やかな身のこなしで着地、絨毯のたわみを足にかけ、蹴り上げた。
腕で絨毯を払う……その先に居たハズの暗殺者は既に消えている。
(いや)
絨毯の下だ。勘をフル活用し、ブルースはストンプを繰り出す。絨毯に出来ていた不自然な膨らみが移動し、ブルースから数メートルの場所で布を切り裂いて荊軻が飛び出した。
「成程、やる」
荊軻は不敵な笑みを浮かべ、手に手に小刀を持ち替え始める。次の一撃の方向を悟らせないためのフェイントだ。
(……あまり刺激してはこちらが殺される……だが本気で向かわなければ、それも殺される。マシュ達は何らかの妨害にあっていると見ていいだろう。独力で切り抜ける……それが可能か?)
一方の騎士は、自身の生死に際して異常なほど冷静に思考を回す。
(荊軻。単独で始皇帝を暗殺しようとし、失敗。斬殺。……伝説では、脚をまず斬られ……身動きが出来なくなったところを斬り殺されたハズ)
狙うべきは脚。ブルースもまた暗殺者の目になり、冷徹な足運びで距離を詰める。荊軻も相手の雰囲気が変わったことを悟り、腰を落として構える。
荊軻がまず仕掛けた。匕首を高速で持ち替え、目にもとまらぬ突きを繰り出した。
だがいくら素早かろうとも、予測済みでは意味がない。ブルースは既に数センチ横にずれ、突きを躱して拳を繰り出している。
荊軻はステップで躱した……
「っぐぅ!?」
予想外の部分から伸びた打撃が荊軻の脚を打った。暗殺者は拳の勢いを利用し、身体を捻って足払いを繰り出していたのだ。堪え切れず倒れるそこへ、ブルースは更に蹴りを放つ。
だがたおれた暗殺者も伊達ではない。蹴りを両手で弾き、脚を庇いながらもスムーズに立ち上がる。
ブルースも反動を利用し、するりと立ち上がる。二人の暗殺者が見合う。身体能力を除けば、二人の力は拮抗しているといえる。
(……次はどう来る)
過熱した頭で考えるのは荊軻だ。熱中ともいえるほどに没頭し、荊軻は舌なめずりすらしかねないほど興奮している。恐怖などない。生前、単身で皇帝の暗殺に挑んだ彼女に、恐怖など。笑わせる。
目の前の男にも恐怖は無い。見れば分かる。分かるのだ。彼はずっと考えている。次の手を。自分はあくまで彼を取り巻く世界に過ぎず、所詮は脅威のひとつでしかない。
(最高じゃないか。ようやく分かって来たぞ)
この男が嘘など吐くはずがない。何故ならば、私を見た時に既に気付いていたからだ。嘘は通じないと。そして利用しようとしていたのだ。ネロの信用を得るための装置として。
そこまで気付き、荊軻はふとうすら寒い心地を覚えた。
(ならば)
生唾を嚥下し、彼女は男を見た。ここまで賢しいのならば。
(この男は……世界と別離してしまっているのか?)
ぞわり。最悪の孤独を想像してしまった彼女の身体が震えた。
そこへ、踏み込んだ掌底が叩き込まれた。
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