10: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/10/29(日) 23:14:56.41 ID:s1IKgLXf0
日を追うごとにレッスンは過酷になってきていた。
だけどそれは別にオーディションのために特訓している、というわけでもなくて、公演へ向けた、ありさの曲を歌い踊れるようになるためのレッスンに過ぎないのだ。
求められているものはとても高い水準だった。
指先まで意識を集中させて、なんて言葉は何度も聞いてきたけど、それがこんなに大変だってことを知ったのはごく最近だ。
歌だって、ありさの曲は歌唱力をアピールする曲ではないと思うけど、それでも気を抜いていいはずがない。
何より、ソロなのだ。隣に立って、ミスをカバーしあえる仲間のいない舞台。
ありさがどれだけちゃんとやれるかが試されることになる。
「ストップ! そこ、テンポが一つズレてる。それに、腕の高さが左右でバラバラになってるから、ちゃんと意識して!」
「は、はいっ!」
その、つまり。端的に言えば、うまくいっていなかった。
「お疲れ様、亜利沙ちゃん。どんどん良くなってきてるよ、この調子なら公演には十分間に合いそうね」
「あ、ありがとうございます……。っ、はぁ、けほ、けほっ……」
「……ちょっとハードだったかな。次のレッスンまで、ゆっくり身体を休めてね」
「だ、大丈夫ですぅ……次も、よろしくお願いします……」
トレーナーさんの言葉が胸にしみる。
上達はしている、はず。その実感がないわけではないけど、まだまだ全然足りていない。
きっと公演までには完成するだろう。でも、オーディションまでには?
オーディションでのパフォーマンスと公演でのパフォーマンスは別物だけど、求められるものの本質は変わらないはずだ。
それに、レッスン一つでここまで疲れ果てて、息が上がってしまうということ自体がありさの体力不足を物語っていると思うのだ。
レッスンルームの床にへたり込んで、壁に身体を預けて、ぼーっと姿見に映ったありさを眺める。
汗だくで、頬を火照らせて、髪もちょっと……いや、だいぶ乱れてしまっている。アンテナみたいでお気に入りのツインテールも、心なしか元気がない。
オフショットにしたって、もう少しまともな状態じゃないと絵にならないだろう。
なんだか可愛くないなって思ってしまった。
アイドルちゃんっぽく笑顔を浮かべてみても、どこか歪で、楽しくなさそう。意識しなくても簡単にできてたはずなのになぁ。
マイナス思考が働き始めたのを感じる。
振り払おうとして改めて立ち上がってみると、どうやら少し早足に歩いてもふらつかないくらいには回復したみたいだった。
自主レッスンのためにプロデューサーさんにお願いを……と思ったけれど、流石にこの有様じゃ怒られちゃうかな。
でも、何かできることがあるんじゃないか、やらなきゃいけないことが残っているんじゃないか、そんな言葉が聞こえてくるようで落ち着かなかった。
……いいや、やめよう。こんなに疲れているのに、どうしてもっとハードなことをしなきゃいけないんだ、なんて。
まるで疲れを言い訳にレッスンから逃げてるみたいだ。押しつぶされた声がもやもやとしたしこりになって、胸の奥に溜まっていく。
そんなもやもやをため息として無理矢理に吐き出して、ありさは帰り支度を始めた。
帰り際、すれちがった仲間とあいさつを交わす。
劇場でバレーボール大会をしよう、ネットはあそこを使って……そんなはしゃぎ声が届いた気がした。
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