239: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/06/10(土) 21:48:00.17 ID:7K73HWKCO
5.けっこう旨かっただろ?
けれども、エバンドロ・マノロ・トーレスは、たったの五歳で、そうれはもう一点の曇りもなく、自分が死ぬことを悟ったのだ。おそらく今日死ぬわけではないが。いや、今日死ぬこともありうる。ーーデニス・ルヘイン『ザ・ドロップ』
しかしそれは石で始まって、石で片がついた。ーーレイモンド・カーヴァー「出かけるって女たちに言ってくるよ」
送迎用のミニバンのハンドルを右に切ってかすかな遠心力の作用を肩で感じたとき、プロデューサーの頭から一瞬だけ成長中の竜巻のような苦悩が去っていった。交差点を右に折れ、ゆるやかにミニバンを進める。フロントガラスから真っ直ぐに射し込んでくる日光に街の風景が奪われかけるが、白い光のなかにかろうじて赤い点灯が瞬いたのを見分けることができ、ブレーキを踏む。いつもよりもブレーキが強かった。後部席の白坂小梅が停止時の慣性で上半身がシートベルトに絞められ、息をはくようにちいさく呻いたことからそれがわかる。小梅の右側の顔にかかる前髪が、疾走する二歳馬の尻尾のように跳ねて宙に持ち上がったとき、彼女の髪は光を反射して白銀のように輝いていた。
送迎の際の運転はいつも慎重ににおこなってきたが、とくにここ最近は神経を尖らせて運転するようになっていた。ハンドブレーキを解除するときや、カーブ前に左右の安全確認をするとき、バックで駐車するとき、あるいは発車するとき。そういったときどきに緊張が、鋭い錐かなにかのようにこめかみのあたりを走り抜け必要以上の力が入り、仕事が終わったときには疲弊している。今朝など、指の関節が石のように固くなっていて起きてからしばらく手を開くことができなかったくらいだ。
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20