キスショット「これも、また、戯言か」
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6:名無しNIPPER[saga]
2016/05/14(土) 01:54:09.29 ID:I+fdqcufo


 入れ替わろう。と、そのとき彼は言った。

 別にそれは特段おかしなことではなかった。彼は研究熱心なのか、時折ぼくと実験を代

わってほしいと言ってくるのだ。別にこの日が特別だったわけではない、いつもどおり。

ただの日常。

 異常が日常であるぼくらにとっては、これが普通であり、また普遍であった。

 しかし、このときぼくは気付かなければならなかったのだと思う。いつもの彼とこの日

の彼との違いに。

 この日の彼はやけに食い下がってきた。どうしてもこの実験だけは僕が参加したいのだ

と、それと……そう、これが最後だから、と。

 このとき彼は何を思ったのか、ERプログラムの中途脱退の要請をしていたのだ。こんな

に研究熱心なのにどうしてやめてしまうのかが、ぼくにはまったくわからなかった。

 そうだ、あんなにも研究を楽しんでいた奴が、そんな『つまらなくなったから』なんて、

普通の言い訳をするはずがないのに。

 あんな異常なやつが、普通のことを言う訳がないのに。

 結局、ぼくはその「実験中に入れ替わる」という交渉に応じた。

 応じて――しまった。

 無論このことについてぼくが責任を感じなくてはならないような要素はどこにもない。

彼が選択したこと、彼の責任だ。自業自得。彼のおかげでぼくが助かった。というのもま

た、あの事件の側面であるので、このような言い方は冷たいと思われるかもしれないが、

しかし、ぼくはこの事件で何もしなかったのだし、何もする余地がなかったのだからその

反応はお門違いというやつだ。だから、ぼくは彼に対して何も思う必要はないし、何も語

る必要はないし、何もする必要はないし、何も後悔する必要もない。

 だけど。

 いや、だけれども。

 ぼくは彼について何か思ってやりたいし、何か語ってやりたいし、何かしてやりたいし、

何より――

 何より――後悔している。

 彼と代わったことを。

 彼と替わったことを。

 彼に実験内容を知らせてしまったことを。

 だから、僕は、彼に哀悼の意を捧げる。彼の代わりに生きる。彼を――

 彼を、忘れない。



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