文才ないけど小説かく 7
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378:孤独の味(お題:酒)6/7[sage]
2017/01/08(日) 16:37:51.72 ID:eqTV8GGAo
「あいつらと仲よかったっけ」
「いいや、仲がいいってほどじゃないけど、何度か話したことがあったからね」
 訊くと、サイトウはゼミのほぼ全員と交友があるということだった。それも、いつも一対一で話す関係を作っ
ている。しかし複数人で遊んだことは一度もないという。
「ゼミに限らない。僕は、あんまり大勢で行動するのが億劫だから、一対一で話せるときだけ誘ったり誘いを受
けたりするんだ。大学一年の頃から……いや、もっとずっと前からかもしれないけどね」
 私は彼が交友関係の少ない人間だと勝手に思い込んでいたので、少なからず驚いた。
「僕は人の話を聞くのが好きなんだ。人の表層的な部分はどうでもいいんだ。人の話にはその人の人生の一部分
が姿を現していて、それは無価値なものじゃない。それを一つ一つ聞いて、頭の中にしまっておくのは良いこと
だ。……でも本当はそうじゃないのかもしれないと、つい最近になって思い始めた」
 バーの暗い照明の下で、彼は瞳に悲しい光を宿らせていることに私は気がついた。彼は今、ヴェールの外に出
ている。
「つまりこういうことなんだ。人生には形も色もない。ただ何もせずとも時間は流れすぎていく。人々はその中
で様々な体験をする。『体験』それ自体は中立的に存在しないんだ。それは自らが綴る物語の形をとって個々人
の人生に内包される。わかるだろ? 君は君のパースペクティブでしか物事を経験できない。もちろん僕も」
 彼はアイリッシュコーヒーを飲んだ。私は続きを促した。
「人間は時間を、体験を切り取って生きているんだよ。無数の、おびただしい数の物語を書いてみんな暮らして
いる。それは、無意識のうちに行われる。その中の一部は物語と言わず『思い出』と言い換えることもできるだ
ろう。大切な思い出、辛い思い出……」
 私は、彼がもう酔ってしまったのではないかと疑った。これほど自分の考えを話すのを見るのは初めてだった
し、それは彼らしくない。彼らしい行為ではないと思った。
「話が下手ごめん。話すのは苦手なんだ。実は就職も決まってない。面接で不利だろう。話す練習をしておくん
だったよ。なんだっけ、そう、物語だ。原稿用紙を想像してみてくれ。君はある出来事についての物語を書く。
そしてファイリングする。しかし中には、ファイリングしたくないものがある。君はその原稿用紙をどうすれば
いいだろう。そうだ、丸めて、捨ててしまえば良い」


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