213:何事もなき夏の出来事(お題:ラムネ)4/8[sage]
2016/07/03(日) 22:17:05.72 ID:vx65kHWzo
と兄はボロボロに擦り切れた帆布の財布を手渡して四人の輪の中に入って行ってしまった。その時ちょうど、
前のカップルが買い物を終えた。仕方がないので、僕は一人で焼き鳥を注文しなくてはならなかった。店員のお
じさんは肌が真っ黒で、顔は汗でびっしょりだった。
「ボウズ」とおじさんは言った。「ボウズ」なんて呼ばれたのは初めてかもしれなかった。「どれがいい? い
まこれが焼きたてで、ウマいよ」
と、一切れ一切れがごろりとした大きさの牛串を手に取った。僕は言われるがまま「それください。二本」と
指を二本立てて見せた。
おじさんは舟皿に串を乗せて「八百円ね」と言った。僕は財布から千円札を出した。お釣りの二百円を、ちょ
っと考えてから、ポケットにしまった。
ビニルの暖簾をくぐって通りに出ると、兄の姿がなかった。僕は左手に皿、右手に財布をもって辺りを見回し
た。人の流れの向こうに、赤い帽子が見えた。ほっとして、人の間を抜けながら、早足に歩いた。僕は買い物を
突然任せておいて、勝手に遠くに移動している兄に腹が立った。財布をポケットにしまって、牛串を一口かじっ
た。肉は硬く、味がなく、かんでもかんでも、塊のまま口の中に居座った。何故、牛串なんて買ったのだろう。
その時、人混みの向こうに見える赤い帽子のマークが「C」なのに気がついた。僕はその瞬間、はっとその場
に立ち止まった。腹が立ったのも何もかもみんなスポーンと出て行った。
さっきよりも速い足取りで元の焼き鳥屋に戻った。しかしやっぱり兄の姿はなかった。
僕はしばらくの間歩き回った。歩いてきた通りを戻ったり、路地に入ってみたりした。そうしているうちに、
だんだん人通りが増えて、ほとんど流れに乗って歩くしかできなくなった。
男たちの掛け声が響いた。みな、声の方を向いた。カメラを構えている人もいる。和太鼓がドンドンと打ち鳴
らされ、神輿が立ち上がった。ワッと声が上がって、神輿が動きだす。神輿の上で、髪をまとめ上げたサラシ姿
の若い女性が提灯を掲げて声を上げている。熱気がだんだんと高まっていくように見えた。しかし僕だけがひど
く孤独だった。ちっとも興味が湧かなかった。突然よそ者になったような疎外感を覚えた。
僕は押しのけるようにして人混みを抜けた。
すっかり冷えた牛串をみんな口にほうばって皿と串を設置されていたゴミ箱に入れた。湿った分厚い段ボール
を食べているようだった。
+
とうとう提灯が飾られていないところまで歩いてきてしまった。人通りは疎らで、屋台も並んでいない。祭り
の外までやってきたのだ。
僕は小さい居酒屋の入り口で、水を張った大きなバケツの中に飲み物を冷やして売っているのを見つけた。バ
ケツの横に兄と同い年くらいの子供が座っていた。バケツの店番をやっているらしい。ぼうっとしながらうちわ
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