以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 19:49:10.67 ID:mrRKkdv8o<>・微エロかもしれないシーンがあります。苦手な方は御注意ください。
・ちょっと長いです。全5章。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427885350
<>【ガルパン】沙織「眠い」麻子「やだもー」 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 19:50:14.80 ID:mrRKkdv8o<> 1  プロローグ



──W号車内


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


麻子「何をやってるんだ沙織。そうじゃないと何度言ったら分かるんだ」

沙織「う、うるさいな。わ、分かってるよ」

麻子「分かってないから言ってるんだ。どうして曲がる方向の操縦桿を動かすんだ」

沙織「だから分かってるって、い、い、言ってるでしょ」

麻子「曲がる方向とは逆の操縦桿を動かせと、何度言ったら分かるんだ」

華「沙織さんは思いのほか苦労しているようですね」

優花里「車両がどんどんあらぬ方向へ進んじゃってます」

麻子「西住さん。沙織に一度停車させるか?」

みほ「ううん。もうちょっと頑張ってもらおう」

麻子「いいのか?」

みほ「この広場は大きいから、少しくらいフラフラしても大丈夫だよ」

麻子「分かった。西住さんがそう言うなら」

みほ「動かし続けて、操縦する感覚にもっと慣れてもらおう」

沙織「あたしもみぽりんの言うとおり、こ、このままでいい。動かし続けていたい」

優花里「おっ? 武部殿、意欲的ですね」

華「少し余裕が出てきたんじゃないでしょうか」

沙織「だ、だって…」

麻子「何だ」

沙織「一度停めたら発進する時に、ま、またエンストさせちゃうから」

華「そういうことでしたか」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 19:51:23.80 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「沙織、とにかく態勢を立て直せ。右へ曲がって元の進路へ戻れ」

沙織「右……ってことは…」

麻子「どっちの操縦桿を動かせばいいんだ?」

沙織「……」

麻子「さっき私はどう言った? 右へ行くなら、どっちだ?」

沙織「こう、かな……」グイ


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


優花里「やりました! 元の進路へ復帰です!」

華「見事じゃありませんか、沙織さん」

麻子「やれやれ。ようやく憶えたか」

みほ「じゃあそろそろ、少し休んでもいいかな」

沙織「えっ」

みほ「沙織さん、この場で停車して」

沙織「でも、一回停めたら…」

みほ「うん。発車する時にまた、エンストさせちゃうかもしれない」

沙織「……」

みほ「だから発進の仕方も、もっと練習しなくちゃ」

沙織「了解……」


ガクン


沙織「……ふーっ……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 19:52:50.86 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「溜息ついてる暇なんかないぞ。停車したらその後、どうするんだ?」

沙織「あ、そうか。えーと……ギアをニュートラルにして…」グコン

麻子「そうだ」

沙織「ブレーキとクラッチのペダルから、足を離す」

みほ「とりあえずお疲れ様でした、沙織さん」

沙織「はぁー……ホントに疲れたあ……」

麻子「溜息が出るのはこっちの方だ」

華「何だか見ているわたくしたちまで疲れてしまいますね」

麻子「武部殿には申し訳ありませんが、同感です」

沙織「みんな、ごめん……」

みほ「気にしないで。最初からスムーズに操縦できる人なんて滅多にいないんだから」

沙織「ねえみぽりん。こんなこと、もうやめない?」

麻子「何を言ってるんだ」

華「わたくしたちだって皆、普段とは違う担当を経験したんですから」

優花里「最後は武部殿の番です」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 19:54:16.88 ID:mrRKkdv8o<> 沙織「だって、華が装填手をやって、ゆかりんが通信手、麻子が砲手をやって…」

みほ「うん」

沙織「あたしがやることになった操縦手が一番キツくない? 何だか不公平だよう」

麻子「不公平? 下らないことを言うな」

みほ「どの担当が一番楽とか、そういうのはないから」

華「全ての役割にそれぞれの大変さがあります。それをお互いに知るための今回の練習です」

優花里「一日だけ違う担当に挑戦する。そうすれば仲間の、普段の苦労が分かります」

麻子「今日は全チームがこの練習をやっている。私たちだけいい加減に済ますなんて許されない」

沙織「そんなの分かってるけどさ……」

華「それに、誰がどの担当をするかはみほさん以外の4人で、無作為に決めたんじゃありませんか」

優花里「全ての役割をできる西住殿を除いて、クジで決めただけです」

沙織「何だか、外れクジだったなあ……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 19:55:29.89 ID:mrRKkdv8o<> みほ「さあ、小休止を終了します」

沙織「え?」

みほ「沙織さん、発進してください」

沙織「もう…?」

みほ「うん」

沙織「……」

みほ「沙織さん。今までエンストさせるたびに、麻子さんから言われたことを思い出して」

沙織「うん……。クラッチをつなぐのが早過ぎる、って何度も注意された」

みほ「そう言われて、沙織さんはゆっくり操作するようにしてる。でもまだ早いの」

沙織「……」

みほ「今度は倍くらい遅くクラッチペダルを動かしてみて。今までの倍くらい」

沙織「倍、ね……」

麻子「おい沙織、よく聞け」

沙織「何よ」

麻子「今、車長が直々に指導してくれたんだぞ? 今度という今度はエンストさせるなよ?」

沙織「うう……プレッシャーかけないでよう」

みほ「大丈夫。落ち着いてゆっくり操作すればいいの」

沙織「分かった。よーし……じゃあ発進します!」

みほ「あっ、そんなに力まないで丁寧に…」


ガックン


華「あらあら」

麻子「またか」

優花里「今日、何回目でしょうね」

沙織「もーやだー! どうすればいいのよー!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 19:57:13.56 ID:mrRKkdv8o<> ──通学路 下校時


沙織「……はぁー……」

優花里「疲れ切ってますね、武部殿」

沙織「……あんな練習、もう二度とやりたくない……」

華「でも、ほかのチームの皆さんは楽しそうでしたね」

みほ「うん。練習後のミーティングで、良かったって感想があんなに出ると思わなかった」

麻子「新鮮な経験だと誰もが感じたんだろう」

沙織「……とにかく、この練習はこれで終わった……。もう懲り懲り……」

みほ「でも、沙織さん」

沙織「何?」

みほ「次の練習でも、またやろうと思うの」

沙織「ええっ!?」

みほ「だけど大丈夫、心配しないで」

沙織「大丈夫、って……?」

みほ「今度は、今日とは別の担当に挑戦してもらおうと思う」

優花里「好評だったから、今回と違う役割で同じ練習をするんですね」

みほ「うん。自分以外の担当がやってる内容を知れば知るほどいいから」

華「そうしておけば、万が一のときに代役をできるかもしれませんね」

沙織「……じゃあ、あたしはもう、操縦手は……」

みほ「今回だけ。次は砲手か装填手をやってみて」

沙織「……あー良かった……」

麻子「まあそう言うな、沙織」

沙織「何よ」

麻子「次も操縦手をやって、今日傷ついた名誉を挽回してもいいんだぞ?」

沙織「やるわけないでしょ! もう十分だよ!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 19:58:34.78 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「みんな。私と沙織は、今日はこの曲がり角で失礼する」

みほ「あ、そうなの?」

沙織「この後、麻子にあたしの部屋へ来てもらう約束をしてるの。英語の予習を手伝ってもらう」

華「沙織さん、それは…」

沙織「うん。あたしは英語、マジでヤバいから」

みほ「次の授業で沙織さん、当てられるのが確実だったね」

華「あの先生は名簿順で当てていきますものね」

沙織「だから予習を完璧にしといて、少しでもポイント稼がないと」

麻子「数学もやる予定だ」

優花里「2教科もみっちり予習ですか。でも武部殿、かなり疲れてますが…」

沙織「それどころじゃないの。そのくらいヤバいんだよ」

麻子「今まで勉強を疎かにしていた当然の結果だ。こんな奴はその報いを受けるべきなんだが」

沙織「麻子、そんなこと言わないで。頼りにしてるんだから」

麻子「とにかくこういうわけで、私と沙織はここで失礼する」

優花里「分かりました。お気を付けて」

沙織「うん。みんなもね」

みほ「じゃあね、二人とも」

華「ごきげんよう」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:00:57.20 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「沙織、ちょっと来い」

沙織「何よ。そっちは道が違うでしょ」

麻子「いい物がある」

沙織「いい物? ねえ、どこ行くのよ。こんな路地……」

麻子「これだ」

沙織「あっ。これ…」

麻子「どうだ」

沙織「自転車。麻子の物なの?」

麻子「この学園艦におばあの知り合いがいて、その人からもらった」

沙織「だって、あんたの住んでる所は…」

麻子「もうボロボロで処分されようとしていたのを、もったいないと言って譲ってもらった」

沙織「麻子の所は、自転車通学が許されてる区域じゃないでしょ?」

麻子「その人は新しい物を買うそうだ」

沙織「話を聞いてよ。見付かったら確実に取り上げられて、生活指導室でお説教だよ?」

麻子「そんなの分かってる。だから学校の近くへ乗ってきたりしない」

沙織「じゃあ家からここまで、自転車で来て…」

麻子「こうやって隠して、後は歩きだ」

沙織「でも、風紀委員の先輩にバレたら…」

麻子「そど子なんて恐れるに足りん。そもそも見付かるようなヘマなどするものか」

沙織「最近、麻子が遅刻しなくなったって聞いた。理由はこれだったんだね」

麻子「何を言う。戦車道を始めてから、今までより少しは早く起きられるようになったんだぞ」

沙織「じゃあそれと、この自転車のお陰で登校時間を守れてるのか」

麻子「そのとおりだ」

沙織「それにしても、これ……本当にボロボロだね」

麻子「さあ、乗れ」

沙織「えっ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:02:18.79 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「カバンを前カゴに入れて、後ろへ乗れ」

沙織「そんな……大丈夫? 二人も乗って壊れない?」

麻子「試したことはない。今が初めてだ」

沙織「平気かなあ。倒れないでね?」

麻子「保証はできない」

沙織「怖いこと言わないでよ。まあ、疲れてるから有難いけどさ」

麻子「しっかり掴まってろ。行くぞ」


キ〜コ キ〜コ


沙織「すごい音立ててるじゃない。ホントに大丈夫なの?」

麻子「だから保証できないと言ってるだろう。いい加減に“大丈夫”などと口にするものか」

沙織「ちょっと……ヨロヨロしないでよ。怖いよ」

麻子「思ってたよりもかなり重かったからな。後ろに乗せた荷物が」

沙織「失礼な奴だね」


キ〜コ キ〜コ


麻子「♪私が捧げたぁ、その人にぃぃ♪」

沙織「何の歌?」

麻子「ぴんからトリオの『女のみち』だ」

沙織「知らないなあ。いつの歌なのよ」

麻子「この名曲を知らないとは。宮史郎さんに謝れ」

沙織「誰よ。もっと知らないよ」

麻子「自転車でヨロヨロしながら歌う曲といえば、これしかないだろう」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:03:31.42 ID:mrRKkdv8o<> 沙織「ネタをやるなら、もうちょっと分かりやすいネタにしてくれる?」

麻子「どうもすんずれいしました」

沙織「もう黙って、しっかりペダル漕いでよ」

麻子「♪あなただけよとぉ、すがって泣いたぁぁ♪」


キ〜コ キ〜コ キ〜コ


沙織「ねえ、スピードが出てきてるんだからマジでしっかり運転してよ」

麻子「努力してる」

沙織「ちゃんとハンドル握って、フラつかないでよ。怖いなあ」

麻子「前カゴに二人分の荷物を入れて、後ろにもっと重い荷物を乗せてるんだ。無理言うな」

沙織「あっ、前に下り坂がある。そうか、ここって坂がある所だったんだ…!」

麻子「学園艦は平べったいから、その中では珍しい場所だな」

沙織「危ないよ、麻子! そんなにスピード出さないで!」

麻子「努力してると言ってるだろう」

沙織「さっきから言ってるだけじゃない! フラフラしないでよ!」

麻子「重さで逆に加速してるんだ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:05:00.41 ID:mrRKkdv8o<> 沙織「すごい勢いで坂を下ってる! 怖いよ! もう停めて!」

麻子「うっ?」

沙織「何!?」

麻子「まずい」

沙織「まずいって、何!? 何が!?」

麻子「ブレーキが古くなってて、こんなにスピードが出てると効きが弱い…!」

沙織「ちょっとやめてよ! 危ないよ!」

麻子「おい、暴れるな!」

沙織「もう停めて! もう停めろ!」

麻子「暴れるな沙織! ますます危ない!」

沙織「今すぐ停めろ!!」

麻子「暴れるなと言ってるんだ!」

沙織「あーっ!!」

麻子「うわっ!」


ドンガラガッシャーン!!


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:06:48.48 ID:mrRKkdv8o<> 沙織「……痛い……」

麻子「……あ痛たたた……」

沙織「大丈夫か」

麻子「うん……。あんたは?」

沙織「平気だ。……二人して、大コケしたな」

麻子「まったくもう……。だから停めてって言ったのに……」

沙織「起きられるか? ……ん?」

麻子「どうしたの?」

沙織「なぜこんな所に、鏡があるんだ……?」

麻子「鏡? あ、ホントだ。あたしが映ってる……」

沙織「どうして道の真ん中に、こんなに大きい鏡があるんだ?」

麻子「知らないよ……。それより麻子、あんたどこにいるの?」

沙織「沙織こそ、どこにいるんだ」

沙織・麻子「「……え?」」

沙織「どうして鏡の中の私が、沙織みたいな話し方をするんだ?」

麻子「それはこっちのセリフだよ。何であたしが麻子みたいに喋るの?」

沙織「違う。鏡なんかじゃない。私が触ってる自分自身の髪。これは…」

麻子「あたしも……。この髪、この黒い髪は…」

沙織「何だこれは。沙織じゃないか。私のこの体は、沙織の体だ」

麻子「あたしもだよ。何なのよこれ。これって麻子の体だよ」

沙織「おい沙織、お前の体は私の体だ。返せ! 今すぐだ!」

麻子「あんたも! あたしの体を返してよ!」

沙織「……何て、ことだ……」

麻子「……あたしたち、今の……転んだ、ショックで……」

沙織・麻子「「体が……人格が……」」

沙織・麻子「「入れ替わった……!?」」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:08:17.87 ID:mrRKkdv8o<> ──沙織の部屋


沙織(人格は麻子)「もう泣くな」

麻子(人格は沙織)「ぐすっ。だって…」

沙織「泣いたって何も解決しないぞ、多分」

麻子「何なのよ、これ……。何がどうなっちゃってるのよう」

沙織「それが分かれば苦労はない。とにかく今はもう泣くのをやめろ、さ……」

麻子「ぐすっ。……どうしたの?」

沙織「“沙織”と言おうとしたんだが…」

麻子「うん」

沙織「自分の姿に向かって“沙織”と呼びかけるのは妙な気分だな」

麻子「そんなのお互い様でしょ。あたしも、どうして自分へ“麻子”って言わなくちゃならないの」

沙織「それに、私の泣き顔を見るのは初めてだ。これも妙な気分だな」

麻子「……」

沙織「涙を流すと、私はそういう顔や声になるんだな」

麻子「ふざけないでよ、こんな時に……ぐすっ。何とかしなくちゃいけないのに……」

沙織「まあ、二人ともケガがなかったのは唯一の救いだな」

麻子「はあ? 救い…? ケガしなかったのが救いだって?」

沙織「ああ」

麻子「何言ってんのよ! こんなことになっちゃうなら、ケガした方がまだマシだよ!」

沙織「とりあえず落ち着け。泣いたり叫んだりしたって、おそらく何も解決しないぞ」

麻子「あんたはどうしてそんなに冷静なのよ。こんな目に遭ってるのに」

沙織「私だって動揺してる」

麻子「そうなの?」

沙織「正直に言うと、お前を宥めることで自分自身も落ち着かせようとしてるんだ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:09:57.15 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「きっと、今日の練習だよ……。あれが原因なんだよ」

沙織「どういうことだ」

麻子「あたしが麻子の代わりなんてやったから、そのとおりになっちゃったんだよ……」

沙織「何を言ってるんだ」

麻子「だって…」

沙織「じゃあこうなったのは、あの練習を指示した西住さんの責任とでも言うのか?」

麻子「みぽりんのせいなんて、そんなこと言ってないよ……」

沙織「根拠もないのに人へ責任を押し付けるな。相手がお前でも怒るぞ」

麻子「それならあんた、何とかしてよ。学年主席、大洗女子学園始まって以来の天才なんだから」

沙織「成績がどんなに良くても、この異常事態を解決できるはずないだろう」

麻子「今日の練習のせいじゃなければ、あたしたち多分、頭がおかしくなっちゃったんだよ」

沙織「何を言い出すんだ」

麻子「だって、体が入れ替わるなんてあり得ない。そんなの小説とかマンガの中だけの話だよ」

沙織「そうだな」

麻子「だからこれは、頭が変になったんだよ。そのせいで体が入れ替わったなんて思うんだよ」

沙織「それこそあり得ない。二人が同時に、同じように頭がおかしくなったりするものか」

麻子「きっと転んだ時にあたしたち、同じ頭の打ち方をしちゃったんだよ」

沙織「自転車に二人乗りして転んだことは私の責任だ。それは謝る。すまなかった」

麻子「そんなの気にしなくていいよ」

沙織「沙織は私を責めないのか? 転んだからこうなってしまった、と言って」

麻子「そんなことより、今の状態を何とかする方法を考えようよ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:11:27.96 ID:mrRKkdv8o<> 沙織「沙織もさっき喋ったとおり、体や人格が入れ替わるなんて小説やマンガの中だけにある話だ」

麻子「うん」

沙織「そしてこれは、実にありふれた題材だ」

麻子「あたしだってそんな話を知ってるくらいだからね」

沙織「私はこれから、そういう内容の話を探して片っ端から読破する」

麻子「そうか……。小説やマンガの中に…」

沙織「ああ。元に戻るヒントが見付かるかもしれない」

麻子「分かった。頼んだよ、麻子」

沙織「努力しよう」

麻子「じゃあ問題は、それが見付かるまで…」

沙織「この状態でどう過ごせばいいのか。それを考える必要がある」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:13:06.91 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「ねえ、思ったんだけど。ここへ来るまで誰にも会わなかったのは運が良かったね」

沙織「そうだな。自転車も、転んだ場面も、二人で叫び合ってるのも見られていない」

麻子「パニクりながらこの部屋へ来たのも、誰にも見られなかった」

沙織「今の事態を知っているのは私たちだけだ」

麻子「こんなこと、あたしたち二人以外の人に知られたら…」

沙織「それこそ頭がおかしくなったと思われるだろう」

麻子「さっきはケガした方がまだマシなんて言ったけど、とにかくケガがなくて良かった」

沙織「もしケガをしていたら学校の保健室や、病院に行く必要があったかもしれない」

麻子「転んだ直後にそんな所へ行ったら、あたしは周りの人にこのことをわめき散らしてたと思う」

沙織「かなり混乱していたからな。ケガの治療だけじゃなく、精神の治療も受ける羽目になる」

麻子「学園艦じゃなくて、陸のもっと大きい病院へ送られちゃう。そうならなくて本当に良かった」

沙織「今の私たちはお互いに健康体のようだ」

麻子「……健康?」

沙織「ああ。私も沙織も体が無事、健康体のようだ」

麻子「……」

沙織「だから元へ戻ることに専念できる」

麻子「それなら、麻子」

沙織「何だ」

麻子「どうしてさっきから、床へ寝転がったままなの?」

沙織「……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:14:58.25 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「具合が悪いの?」

沙織「いや、そんなことない」

麻子「じゃあどうして?」

沙織「……何だか、だるい」

麻子「だるい? やっぱり体の具合が…」

沙織「違う。健康なのは確かだ。その証拠にお腹が空いてきた」

麻子「わけが分かんないんだけど」

沙織「何と言うか……重い」

麻子「重い? 何が?」

沙織「体が」

麻子「体が重い? ……あ。それ、ひょっとして…」

沙織「ああ。私も今、喋りながら気付いた。きっとまだ、この体の重さに慣れていないんだ」

麻子「そうか。入れ替わったってことは、頭の中は麻子なのに…」

沙織「体は沙織だ。元の私より大きい。その違いに頭が付いていっていないんだ」

麻子「でも健康なんだから、体は何ともないんだよね。慣れれば平気になるんじゃない?」

沙織「そうだな。この体を動かす力は、体自体に備わってるはずだ」

麻子「……ということは逆に、あたしは…」

沙織「体を動かしてみろ。私の体を」

麻子「……おお! 軽い! 何この体!?」ブンブン

沙織「腕を振り回してるだけだろう」

麻子「ううん、全然違う! 全然違うのが分かる! 全然軽い! 試しにジャンプしてみよう!」

沙織「おい、人の体をあまり乱暴に扱うな」

麻子「すごーい! 超軽い! 天井まで届くかもよ!?」ピョンピョン

沙織「さっきは二人とも動転してて、こういうことへ気が付かなかったな」

麻子「すごい! いいねこの体! 麻子、あんたいい体してるね!!」ピョンピョン

沙織「“お前いい体してるな”というセリフは、そういう場合に使うものじゃないと思うが」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:16:47.81 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「それに、ずっと違和感があったんだけど、今その正体が分かった!」

沙織「違和感?」

麻子「目だよ目! あたし今、コンタクトしてない! 眼鏡もかけてないんだよ!」

沙織「ああ、そうか。私は視力が2.0だからな」

麻子「これもすごい! 何も着けてないのにすっごく周りがよく見える!」

沙織「……」

麻子「♪見え過ぎちゃって〜困るのぉ〜♪」

沙織「いつのCMソングを歌ってるんだ。……私も、さっきから覚えてた違和感の正体が分かった」

麻子「どう? その目。麻子は当然、コンタクトレンズなんて着けたことないよね」

沙織「最悪だ。目の玉がゴロゴロする」

麻子「あー、あたしも最初そんな感じだった」

沙織「視界がボケてる。レンズを着けても視力が弱いんだな」

麻子「コンタクト、外す?」

沙織「ああ。これなら眼鏡の方がいい」

麻子「……ねえ、麻子」

沙織「何だ」

麻子「あたしたち、お互いの体についてじっくり話し合う必要があるんじゃない?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:19:06.28 ID:mrRKkdv8o<> 沙織「そうだな。元に戻るまで、どうしてもこの姿でいなくちゃならない」

麻子「だから二人の体の取扱方法を、お互いによく説明しとくんだよ」

沙織「体だけじゃない。生活習慣や癖、喋り方についても教え合わなければ駄目だ」

麻子「うん。元に戻るまでずっと、部屋の中に引きこもってるなんてできないから」

沙織「お互いになり切って学校へ行かなければ」

麻子「でもとりあえず明日は休もうよ。今から一晩話し合うだけじゃ多分、時間が足りない」

沙織「授業の予習どころじゃなくなったな」

麻子「今の自分にとって一番大事なのはそんなことじゃないよ」

沙織「常に最優先事項を考えて、臨機応変に行動する、か。まるで試合中の西住さんだ」

麻子「今こそみぽりんを見習う時なんだよ」

沙織「前向きになってきたようだな、沙織」

麻子「いつまでもメソメソなんかしてられないよ。元気はあたしの取り柄の一つなんだから!」

沙織「笑顔になったな」

麻子「だからあんたも笑え! そんな顔はあたしの顔じゃない!」

沙織「何のことだ」

麻子「“武部沙織”の顔をしてるくせに、“冷泉麻子”の表情をするな!」

沙織「どういうことだ」

麻子「だから、こうしろって言ってるの!」ムニュー

沙織「は、はにをふる。ほおおひっはるは(な、何をする。頬を引っ張るな)」

麻子「笑えって言ってんのよ!」ムニュムニュ

沙織「はおおほねふりはわふな(顔をこねくり回すな)」

麻子「だっていつもそんな不愛想な顔でいたら、同じクラスのみぽりんや華から変に思われるよ?」

沙織「うーむ、それはそうだが……。人にはできることとできないことが……」

麻子「逆にあたしは、あんまりニコニコしてたら変なんだよね?」

沙織「私へ話しかける奴など教室にあまりいない。大して気にすることないだろう」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:20:10.02 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「あ。もうこんな時間」

沙織「外がすっかり暗くなったな」

麻子「よし、御飯でも作るかあ」

沙織「御馳走してくれるのか」

麻子「もちろん。さっき麻子、お腹が空いてきたって言ってたじゃない」

沙織「じゃあ後で、自分が食べる食材の分についてはお金を出す」

麻子「腹が減っては何とやらだからね。その後話合いをして、今夜は泊まっていってね」

沙織「そうさせてもらえると有難い」

麻子「あ、そうだ。寝る前に二人で一緒にお風呂入ろうよ」

沙織「えっ」

麻子「どうしたの? お風呂でお互いの体について説明するんだよ」

沙織「……」

麻子「我ながら名案。裸になってれば説明をしやすいよね」

沙織「……沙織……」

麻子「何? どうしてビビったみたいな顔になるの?」

沙織「……私へ変なことを、しないだろうな……?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:21:27.59 ID:mrRKkdv8o<> 麻子「はあ? 何言ってんのあんた。あたしが自分の体にそんなことしても意味ないじゃん」

沙織「あ……そ、それもそうか……。これは沙織の体だったな……」

麻子「第一、あたしたち今まで何度も一緒にお風呂入ってるのに。チームのみんなとも」

沙織「そうだな……。何だか今さらのように頭が混乱して、妙な不安感が……」

麻子「おかしな麻子ね。何をブツブツ言ってるのよ」

沙織「今になって強烈な違和感が……。今、私へ話しかけてくるのは、私自身だ……」

麻子「さあ、晩御飯の支度するよ。あんたも少しは手伝ってね?」

沙織「うっ……私が沙織のエプロンをして、キッチンに立ってる……」

麻子「材料は何があったかな〜。何を作ろうかな〜」ゴソゴソ

沙織「私が沙織の部屋の戸棚を漁ってる……」

麻子「ああ、その前にコンタクトレンズの外し方を教えてあげなくちゃ。ごめんね、気付かなくて」

沙織「私が沙織のカバンから、手慣れた様子で眼鏡ケースを出した……」

麻子「変な顔して、どうしたの? やっぱり具合悪いんじゃない?」

沙織「アイデンティティーの危機だ……自我が崩壊する……」

麻子「だから、何をブツブツ言ってんのよ」

沙織「い、いや……これは多分お腹が空き過ぎてるからだ……。だから変な気がするだけだ……」

麻子「何よそれ。さっさと御飯を作れってこと?」

沙織「あなた作る人……私食べる人……」

麻子「さっきからネタが古過ぎるよ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2015/04/01(水) 20:27:36.33 ID:mrRKkdv8o<> 今日は以上です。
一日に1章ずつ、投下する予定です。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/01(水) 20:36:51.94 ID:j38HMw6l0<> 乙 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2015/04/02(木) 03:17:05.59 ID:SZLFqtUQO<> 期待 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:45:57.03 ID:ydPWlQWCo<> 2  生活



──通学路 登校時


麻子「麻子」

沙織「ああ」

麻子「前方を見て」

沙織「ああ。分かってる」

麻子「みぽりんと華だよ」

沙織「……」

麻子「麻子? まだ眠いの?」

沙織「普段どおりに眠い」

麻子「大丈夫? 今、当然あの二人へ話しかけるよね?」

沙織「ここは一本道で避けようがない。それに二人もそのうち、こっちへ気付く」

麻子「避けたってどうせ教室で会うしね。じゃあ麻子、復習しとこう」

沙織「何だ」

麻子「あたしが“西住みほ”を呼ぶときの言い方は?」

沙織「“みぽりん”」

麻子「“五十鈴華”を呼ぶときの言い方は?」

沙織「“華”」

麻子「よくできました」

沙織「当たり前だ」

麻子「じゃあ行くよ」

沙織「了解」

麻子「おはよう。西住さん、五十鈴さん」

沙織「おはよう」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:47:40.69 ID:ydPWlQWCo<> みほ「あ。沙織さん、麻子さん。おはよう」

華「おはようございます」

みほ「麻子さん。一緒に登校してるってことは、今日は沙織さんに起こしに来てもらったの?」

麻子「……」

みほ「麻子さん?」

沙織(何してる沙織、今の“麻子”はお前だ。西住さんに話しかけられてるんだぞ)ツンツン

麻子「えっ? あ、あたし!?」

みほ「どうしたの? 麻子さん」

麻子「あ、ご、ごめん。何だかボーッとしてて」

沙織(まったく、自分はこのザマか。さっきは“復習”なんて人を試すような真似をしたくせに)

麻子「う、うん、そう。沙織に起こしに来てもらった」

華「そうなんですか。だから…」

麻子「何?」

華「今朝はそんなに嬉しそうなんですね。幼馴染の大親友に家まで来てもらって」

麻子「嬉しそう?」

華「だって今の麻子さんはすごく、にこやかじゃありませんか」

みほ「そうだね。こんなに嬉しそうな麻子さん、初めて見た」

麻子(しまった…! いつもの調子で笑顔になっちゃってるんだ!)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:49:16.58 ID:ydPWlQWCo<> 麻子「ち、違う。そんなことない。私は普通だ。いつもどおりだ」キリッ

みほ「それに何だか、優しい感じがするね」

華「ええ。いつもより雰囲気が柔らかいというか」

みほ「あ、ごめんなさい麻子さん。いつもが優しくない、って意味じゃなくて」

麻子(外見は麻子でも、雰囲気があたしになっちゃってるんだ……)

麻子「ううん。いつもの私は優しくない。不愛想だ。無表情だ。で、今だっていつもどおりだ」キリッ

沙織(沙織の奴、言いたい放題だな)

みほ「でも今日の麻子さんは優しい感じだけどなあ。だからすっごく可愛いよ」

麻子「え……可愛い?」

みほ「優しい感じがして、可愛いよ」

麻子「あたしが?」

みほ「うん」

麻子「やだもー! そんなこと言われたら照れるじゃない!」

みほ「へ? 麻子さん?」

麻子「あっ!? いっ今のは気にしないで! あ、違う! 気にするな!」

沙織(やれやれ。先が思いやられるな)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:50:44.48 ID:ydPWlQWCo<> 華「沙織さん、昨日は休んでしまってよかったんですか?」

沙織「体調が悪かったから。欠席の理由は学校に伝えてある」

華「仕方ありませんけど、英語の先生はちょっと渋いお顔をされてましたよ」

沙織「これから挽回する。大丈夫」

沙織(予習を手伝うどころか、自分が沙織になって成績を上げてやることになってしまったな)

麻子(麻子、頼んだよ。完璧な訳とかテストが満点とかじゃなくていいから、うまくやってね)

みほ「沙織さん、まだちょっと具合悪いの?」

沙織「なぜ」

みほ「不機嫌そう、ってほどじゃないけど…」

華「ええ。普段よりもかなり大人しい雰囲気です」

沙織「普段といえば、普段どおり。眠い。……あ、いや、まあこんな時もある」

麻子(何言ってんの麻子。寝ぼけてるんじゃないの?)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:52:14.10 ID:ydPWlQWCo<> みほ「珍しく朝から眼鏡をかけてるし、こういう顔の沙織さんも初めて見たなぁ」

華「そうですね。沙織さんがすごく真剣な表情をするとこうなるんでしょうか」

麻子(何よ二人とも。まるであたしがいつもヘラヘラしてるみたいじゃない)

沙織(やっぱり少しは笑わないと、怪しまれるか……)

沙織「ねえみぽりん」ニヤ

みほ「…!!」ビクッ

沙織「どうしたの」ニヤニヤ

みほ「……だ、だって……」ガクガク

華「沙織さん。そんな意地悪をするなんて、みほさんに対して何か怒ったりしてるんですか?」

沙織「何のことなのか分からない」ニヤニヤ

華「沙織さんが妙な笑い方をするから、みほさんが怯えて、震えてるじゃありませんか」

麻子(麻子のバカ! そんな変な顔したら超キモくて、みぽりんがビビるに決まってるよ!)

沙織「そんなつもりはない。ごめん」

みほ「……ううん……だ、大丈夫……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:54:00.59 ID:ydPWlQWCo<> 沙織「ねえみぽりん。今度の練習はやっぱり、もう一度担当の交換?」

みほ「う、うん。でも元々は整備の予定だったから、前半はその練習で…」

華「後半は予定どおり、整備ですか」

みほ「うん。その次の練習で紅白戦をするつもりだから、整備をしておかないと」

華「そういえば整備についてしばらく、まとまった時間がありませんでしたね」

みほ「実戦形式の練習は、ちゃんと整備をした上でやろうと思う」

沙織「実戦形式……」

みほ「何? ほかの内容の方がいい?」

沙織「いや、何でもない。練習内容を決めるのはみぽりん。あたしたちはそれに従う」

華「沙織さん、本当に大丈夫ですか? いつもとかなり様子が違いますけど」

みほ「きっとまだ、体調が完全に元どおりじゃないんだよ」

華「それなのに今朝は、麻子さんを起こしに行ったりして…」

沙織「平気。心配しないでほしい。体には何の問題もない」

華「まあ、本人がそう言うなら……」

みほ「学校に着いたよ」

華「今日は風紀委員長の園先輩が自ら、校門で遅刻者や服装のチェックをする日ですか」

麻子「あっ……」

そど子「おはよう冷泉さん。最近はきちんと時間を守って登校できてるようね」

麻子「園先輩……」

沙織(そうじゃない! “そど子”だ!)ツンツン

麻子「あ。そ、そど子」

沙織(早速この機会がやってきたか。うまくやるんだぞ、沙織)

麻子(麻子になった今のあたしには多分、この人と話すのが一番ムズいよね……)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:55:41.31 ID:ydPWlQWCo<> みほ「おはようございます、園先輩」

そど子「おはよう、西住さん」

沙織・華「「おはようございます」」

そど子「おはよう皆さん。……さて、冷泉さん」

麻子「な、何ですか?」

沙織(何やってる沙織! 敬語で話すなとあれほど言ったろう!)

そど子「“ですか”? 私へ敬語を使うなんて、珍しく殊勝じゃないの」

麻子「あ…」

そど子「急にどうしたのかしら。何か後ろ暗いことでもあるのかしらね」

麻子「……」

そど子「成績のいい冷泉さんなら“天網恢恢疎にして漏らさず”って言葉、知ってるわね?」

麻子(は? テンモウカイカイソニ……何かの呪文?)

そど子「どうして最近、あなたは遅刻していないのか。何か理由があるのかしらね」

麻子「えっ…!?」

沙織(……ふん、さすがそど子だな。自転車のことを感付いていたか)

そど子「自分の行ないについて、胸に手を当ててよく考えてみることね」

沙織(誰かに見られて、風紀委員会に密告されたか。現場を押さえられるのは時間の問題だな)

そど子「もういいから行きなさい」

麻子「は、はい……」

みほ「……何かあったの? 麻子さん」

華「……園先輩、すごい迫力でしたね」

麻子(麻子、ヤバいんじゃない? バレちゃってるよ)

沙織「大丈夫? 麻子」

麻子「う、うん」

麻子(まあ、それはとにかく……この場を何とか切り抜けた。これを過ぎれば、後は何とか……)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:57:03.13 ID:ydPWlQWCo<> ──数日後 麻子の家


プルルルルル プルルルルル

ピッ


麻子「もしもし」

沙織『私だ。こんばんは』

麻子「うん。こんばんは」

沙織『今、電話してて平気か?』

麻子「大丈夫だよ」

沙織『そっちはどうだ。変わったことはないか?』

麻子「今のところ問題ないよ。すっかり慣れたよ」

沙織『そうか』

麻子「麻子の方はどう?」

沙織『こっちも特に変わったことはない』

麻子「そう」

沙織『それを確認するために電話した』

麻子「うん」

沙織『何もないならいい。それ以外、特に用事はない』

麻子「……でも」

沙織『どうした?』

麻子「あんたのことだから、どうだかなあ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 19:58:37.72 ID:ydPWlQWCo<> 沙織『何が』

麻子「平気な顔して、とんでもないことをしてるんじゃないかと思って」

沙織『とんでもないこと?』

麻子「麻子は成績が超優秀でスポーツ万能。一方あたしは、どっちも中の下くらい」

沙織『……』

麻子「あたしが急に麻子みたいなことをやり始めたら、どうなると思う?」

沙織『……』

麻子「周りの子たちがドン引きしちゃうんだからね?」

沙織『そういえば今日、体育はバスケだったんだが』

麻子「……嫌な予感がする」

沙織『何のことだ』

麻子「何でもない。それで?」

沙織『3ポイントシュートを10本連続で成功させたら、何だか周りが静かになった』

麻子「ちょっとやめてよ! やっぱりとんでもないことしてるじゃない!」

沙織『私の入ったチームが劣勢だったからだ。でもなぜか、あまり喜んでもらえなかった』

麻子「まったくもう、ほどほどにしといてよう」

沙織『この体へ完全に慣れた証拠だ。不自由なのは眼鏡をかける必要がある点だけだ』

麻子「あんたがすごいことをやり過ぎると、元へ戻った時にあたしが困るんだよ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 20:00:10.39 ID:ydPWlQWCo<> 沙織『そう言う沙織はどうなんだ』

麻子「何よ」

沙織『私がいたクラスで特技を発揮してしまってるんじゃないか?』

麻子「特技?」

沙織『私はクラスに友達などほとんどいない』

麻子「あ、そういうことか。それなら心配しないで」

沙織『何だと? その“心配しないで”はどういう意味だ。まさか新たな友達など…』

麻子「今のあたし、ていうか麻子は教室の人気者だよ」

沙織『おいやめろ! やっぱり特技を発揮してるじゃないか!』

麻子「だって、クラスのほとんど全員が話しかけてきたんだよ? 麻子が言ってたのと逆じゃん」

沙織『どういう状況なんだ、それは』

麻子「みんな“冷泉さんって話してみたらすごくいい人ね”って言ってくれた」

沙織『今後は、元から友達だった奴以外とは距離を置くようにしろ』

麻子「何てこと言うのよ。せっかく仲が良くなったのに」

沙織『さっきお前が口にしたセリフをそのまま返してやる』

麻子「どう喋ったっけ? あたし」

沙織『元へ戻った時に困るのは私なんだ』

麻子「友達が多くて困ることなんてないでしょ」

沙織『お前と私とではコミュニケーション能力に雲泥の違いがあるのが分からないのか?』

麻子「そう言われてもなあ。あたしは普通にしてるだけだし」

沙織『お前の“普通”はこれに関して、他人とかなり違うんだ』
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 20:02:47.07 ID:ydPWlQWCo<> 麻子「逆にあたしが勉強や運動で、麻子みたいな活躍をできないのは許してね」

沙織『つまらないことを気にするな』

麻子「友達が増えたのは、急に麻子が天才じゃなくなったから、っていうこともあるみたい」

沙織『どういう意味だ』

麻子「あたし、授業で当てられて慌てたり、体育でみんなの足を引っ張っちゃったりしてるの」

沙織『……』

麻子「“あの冷泉さんも意外とドジっ子だったりするのね”って、親しみを感じてくれたんだよ」

沙織『今まで会話したことのない奴まで話しかけてきたのは、そういう理由か』

麻子「そっちはどう? クラスの中の、今のあたしは」

沙織『いろいろな人がひっきりなしに机の周りへ来て、うるさくてたまらなかった』

麻子「麻子の性格ならそう思うだろうね」

沙織『その人たちは私が興味のないことばかり話す。男性アイドル、占い、テレビ番組 …』

麻子「適当に付き合ってあげなよ」

沙織『ああ。いい加減な返事をし続けた。そのうち誰からも話しかけられなくなった。清々した』

麻子「ちょっと、何てこと……まあいいけど。体が元に戻ったらみんなと仲直りするから」

沙織『今、まともに話をするのは西住さんと五十鈴さんだけだ』

麻子「……みぽりんと、華……」

沙織『どうした?』
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 20:05:13.43 ID:ydPWlQWCo<> 麻子「“武部沙織”がいつも眼鏡をかけてるのを、二人は変に思ってない?」

沙織『大丈夫だ。最近コンタクトレンズの調子が悪い、と言ってある』

麻子「それから、あたしと麻子の携帯については?」

沙織『私たちの携帯が同時に使用不能なことか。怪しまれてる様子はない』

麻子「でも、いつまでも故障中って嘘をついていられないね」

沙織『今、沙織が住んでいるのは私の家で、私がいるのは沙織の部屋だ』

麻子「うん」

沙織『こうして住む場所を交換したように、携帯も交換した方がいいのか…』

麻子「あの時、話し合っても結論が出なかったね」

沙織『複雑な問題だ。私は人格が“冷泉麻子”だが、体は“武部沙織”』

麻子「あたしは人格が“武部沙織”だけど、体は“冷泉麻子”」

沙織『だから二人とも、話す内容は人格に沿ったもの。だがその声は体から出ているもの』

麻子「それなら携帯電話はどうするか。結局、分からなかった」

沙織『霊肉二元論と現代科学との関係。私たちに分かるはずがない』

麻子「は? 何言ってるか全然…」

沙織『何でもない。気にするな』

麻子「この問題は結局、話し合っても結論が出なかったね」

沙織『だがおそらくこれでいいんだろう。人格の方に合わせて携帯を持つことで』

麻子「そうだね。第一、あたしたち以外の人と電話で話さなければいいんだし」

沙織『メールにも返信しない。この二人以外に対してはあくまで“故障中”だ』
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 20:07:11.31 ID:ydPWlQWCo<> 麻子「あたしの部屋を綺麗に使ってくれてる?」

沙織『汚すようなことなどしていない。普通に風呂やトイレを使うだけだ』

麻子「それならいいけど」

沙織『退屈な部屋だな、ここは』

麻子「はっきり言ってくれるじゃん」

沙織『私が暇潰しをできるのはパソコンくらいだな』

麻子「変な物をダウンロードしたり、おかしな履歴を残したりしないでね?」

沙織『そんなことするものか。著作権の切れた昔の小説をネットで読んでいる』

麻子「麻子の、この家なんだけど」

沙織『ああ』

麻子「冷蔵庫の中にあるのがお醤油とマヨネーズだけってのはどうなのよ」

沙織『私もそれを遺憾に思っている』

麻子「自覚があるなら何とかしたら?」

沙織『調味料を保存するだけの目的で電気を使っているんだからな』

麻子「はあ? そういう問題じゃないでしょ?」

沙織『醤油とマヨネーズを使わなければ、冷蔵庫なんて要らないんだが』

麻子「女なんだから料理くらいしろって言ってんの!」

沙織『冷凍庫も必要ない。アイスは店で買ったらすぐ食べる主義だ』

麻子「もう何を言っても駄目だわコイツ」

沙織『お互いに不自由なことはあるが、これが最善のやり方だ』

麻子「それは分かってる。携帯と違って、住む場所は人格じゃなく体に合わせるってことだね」

沙織『今までと違う人間が部屋へ住み始めたら近所の人が不審に思う』

麻子「最悪、通報されちゃう」

沙織『それに、体へ合わせないとその体にとって都合が悪い。私たちは着る物のサイズが違うから』

麻子「体に合った服のある部屋に住む方がいいに決まってる」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 20:08:34.27 ID:ydPWlQWCo<> 沙織『服のサイズといえば、この体についてもう一つ不自由なことがあったな』

麻子「何?」

沙織『胸にある脂肪の塊だ。こいつのせいで私は生まれて初めて、肩が凝るという経験をした』

麻子「あれ? ナイスバディになって喜んでると思ったのに」

沙織『以前は胸が大きいのを羨ましいと感じることもあった』

麻子「今は違うの?」

沙織『いろいろと不便だ。特に、下着をつける時にその中へ肉を詰め込む作業が面倒臭い』

麻子「“肉を詰め込む”って……せめて“お肉を寄せる”とか言ってよ」

沙織『肩凝りや肉詰めの苦労をしても、得られるのは大きさの優越感だけ。これじゃ釣り合わない』

麻子「あの日、体の説明と一緒にブラの正しいつけ方も教えたよね? ちゃんとやってる?」

沙織『心配するな』

麻子「あれをやらなかったら形が悪くなっちゃうんだよ?」

沙織『胸が大きいとそんなことまで気にする必要がある。ますます不便だな』

麻子「胸かあ。今の話で思い出したんだけど、この体になってから何だかいつも寒いんだよね」

沙織『寒い? いつも?』

麻子「今の話で理由が分かった。脂肪が少ないんだよ、この体は」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 20:09:50.17 ID:ydPWlQWCo<> 沙織『贅肉がないお陰で今の沙織は身軽に動けるんだ』

麻子「お肉が少な過ぎるよ。特に胸の部分」

沙織『……』

麻子「ぺったんこだから、何だかいつもスカスカでスースーする」

沙織『……』

麻子「あるべき物があるべき所にないから、寒い感じがするんだよ。まな板に干しぶどうだから」

沙織『……だんだん腹が立ってきた』

麻子「さっきと言ってることが違うじゃん。胸が大きくても不便なだけなんでしょ?」

沙織『大体、“干しぶどう”とは何だ。失礼な』

麻子「何よ」

沙織『私のはそんなに黒くない。綺麗なピンク色だ』

麻子「じゃあこれからいじり倒して、黒くしてやろうか」

沙織『そういうことを口にしていいのか?』

麻子「文句あるの?」

沙織『今、お前の体は私のものなんだぞ? この体を完全に支配している』

麻子「何を今さら。そんなのお互い様でしょ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 20:10:53.25 ID:ydPWlQWCo<> 沙織『そっちがその気なら、私もこの乳首をさんざん弄んでやる』

麻子「じゃあ、あたしは下の方もいじり倒してやろうか」

沙織『私もキュウリやナスを使ってやる』

麻子「あたしも同じことしてやるよ。いいの? 初体験がそんな物で」

沙織『究極の手段がある』

麻子「何を言い出すのよ」

沙織『元に戻らず、このままでずっといてやろうか』

麻子「……」

沙織『元に戻らないでずっとこのままだったら、体に何をされようが痛くも痒くもない』

麻子「……」

沙織『それは、沙織だって同じだろう』
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/02(木) 20:15:52.12 ID:ydPWlQWCo<> 麻子「ねえ麻子。お願いだから、冗談でもそんなこと言わないで」

沙織『お前が私を煽るようなことを喋るからだ』

麻子「分かった、あたしが悪かったよ。ごめん」

沙織『分かればいいんだ。私の方こそ言い過ぎた』

麻子「麻子。大体あんた、元に戻る方法をしっかり調べてくれてるの?」

沙織『無論だ』

麻子「さっき“暇潰し”なんて言ってたけど、調べるのに忙しくて暇なんかないはずだよ」

沙織『沙織は私が本を読む早さを知ってるはずだ』

麻子「分かってるけど……。とにかく麻子だけが頼りなんだから、お願いだよ」

沙織『努力している』

麻子「多分、自然と元に戻るってことはないみたいだから」

沙織『最初のうちは、朝、目が覚めたら元どおりになってるのを期待したが…』

麻子「いつまでたってもそんなことは起きなかった」

沙織『結局、自分たちで何とかするしかないようだ』

麻子「ただ待ってるだけじゃ駄目なんだよ」

沙織『ああ。私たち自身が行動を起こす』

麻子「だから麻子、早く元に戻る方法を見付けてよ」

沙織『待っていろ。必ず見付けてやる』

麻子「あたしの頭じゃ絶対そんなことできないんだから。頼んだよ」

沙織『ああ。……じゃあ、そろそろ切るぞ』

麻子「そうだね。長電話になっちゃってごめんね」

沙織『いや、こちらこそ。じゃあおやすみ』

麻子「うん。おやすみなさい」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:40:50.86 ID:VbGzBsTuo<> 3  危機



──戦車倉庫前


みほ「ではこれで、今日の練習を終了します」

一同「お疲れ様でしたー!」

麻子(ふう。何とか今回の練習を乗り切ったよ……)

沙織(沙織も私も無難にこなせたようだな)

麻子(今日やった装填手は、前の操縦手よりずっとうまくやれた)

沙織(操縦手を担当した秋山さんは事前にかなり知識を持っていた。沙織は楽だったろう)

麻子(教える側になった時は、ゆかりんが自分でどんどんやってくれて、助かった)

沙織(一方の私は、この体が本来やってる通信手の役割を教えることになったが…)

麻子(麻子の方はさすがだね。通信機を触ったこともないのに、すぐ操作方法が分かった)

沙織(自信満々に講義してる振りをしていれば何とかなるものだ)

麻子(でも砲手を担当した“武部沙織”が、いきなり百発百中の腕前だったのはどうなのよ)

沙織(砲手は人格が入れ替わる前の練習で経験済みだったし、今回もなかなか楽しかったな)

麻子(まあとにかく練習を乗り切った。うまくいった)

沙織(今日は練習内容が担当交換と整備だったから何とかなった。だが次は…)

華「あの、皆さん」

沙織「ん?」

みほ「何? 華さん」

華「よろしければ皆さんで、これからわたくしの部屋へいらっしゃいませんか?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:42:17.10 ID:VbGzBsTuo<> 優花里「五十鈴殿のお部屋ですか。お招きいただいて光栄です」

みほ「嬉しいけど、急にどうしたの?」

華「実家から仕送りと称して、食材が大量に送られてきてしまいまして…」

優花里「あ。じゃあ、チームでごはん会ですか?」

華「はい。その材料を料理していただいて、皆さんに召し上がってもらえればと」

みほ「華さんの奢りってこと? いいの?」

華「もちろんです」

優花里「感激です。ありがとうございます!」

華「それで、沙織さん」

沙織「何」

華「沙織さんに是非、お料理を作っていただきたいんです」

沙織「えっ」

麻子(麻子が料理? そんなのできるはずない。どうするの!?)

華「わたくしの部屋の台所は使いやすいかどうか分かりませんけど」

沙織(しまった……こんな事態は想定していなかった!)

華「調理の道具は一通りそろっていますので」

沙織「そ、そう……。でも……」

華「でも?」

沙織(どうする……どう断る……?)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:43:52.34 ID:VbGzBsTuo<> 沙織「あ、そうだ…。あたしは最近、目のコンタクトレンズと同じで…」

華「コンタクトレンズ? 同じ?」

沙織「最近は料理も、調子が悪くて…」

華「は? 料理の調子が悪い?」

麻子(麻子ったら、何をわけの分かんないこと言ってるのよ!)

華「うちへ来て、料理をしていただけませんか?」

みほ「私も沙織さんのお料理、また食べたいなぁ」

優花里「武部殿、いつもの腕前を振るってください!」

沙織「う……」

華「駄目でしょうか。お願いすれば、普段と同じように作ってくださるとばかり……」

沙織「そ……それは……」

華「はい」

沙織「今日じゃ、なくても……また違う日に……」

麻子(おっ、いいぞ! 引き延ばし作戦だ!)

華「実は食材の中にあまり日持ちのしない物があるんです。できれば5人そろっている今日……」

沙織「そ、そう……」

麻子(ありゃ? もう作戦失敗か)

沙織(助けてくれ、沙織……)チラ
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:45:18.06 ID:VbGzBsTuo<> 麻子(どうしてこっち見るの! 今のあたしに何ができるってのよ!)

沙織(お前に頼るしか、ないんだ……)チラチラ

麻子(しょうがないなあ……! もう、どうなっても知らないからね!?)

麻子「みんな、聞いて」

みほ「え? 麻子さん?」

麻子「それなら私が料理をする」

優花里「ええっ?」

華「麻子さんが?」

みほ「麻子さんってお料理できたの? あ、ごめんなさい。失礼なこと言っちゃった」

麻子「ううん。みんなそう思って当たり前」

優花里「じゃあ実は、冷泉殿は…」

麻子「最近、沙織に料理を教わってる。だから私が作る」

優花里「これは予想外の展開です……!」

みほ「驚いたなぁ。お料理なんていつの間に」

華「麻子さん、ありがとうございます。是非お願いします」

沙織(助かった……)

麻子(まったくもう。こんなことになるなんて)

優花里「どんな料理を食べさせてもらえるのか、すごく楽しみです!」

みほ「麻子さんが作るんだものね」

優花里「五十鈴殿、良かったですね」

華「ええ。では皆さん、参りましょう」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:47:00.10 ID:VbGzBsTuo<> ──華の部屋


華「どうぞ皆さん。散らかっていますけど」

みほ「そんなことないよ、すごく綺麗なお部屋。お邪魔しまーす」

沙織「お邪魔します。和風の部屋か」

優花里「五十鈴殿らしいですね。お邪魔します」

麻子「どんな食材があるのか見せて、五十鈴さん」

華「あら、早速ですか。着いたばかりですし、くつろいでからにしては…」

麻子「駄目。食材を見て、何を作るかすぐ決めなくちゃ」

華「分かりました。ではこちらなんですけど」

優花里「冷泉殿、意気込みがすごいですね」

みほ「やる気まんまんって感じ」

麻子「だって全員、お腹が空いてるはず」

優花里「そうですね」

麻子「食べる人を長く待たせちゃ駄目。料理をする人はそういうことも考えなくちゃ」

華「なるほど」

みほ「そうかぁ。それもお料理の段取りの一部なんだね」

麻子「基本だよ……いや、基本だ。みんなも憶えといた方がいいと思う」

優花里「へー」

麻子(ゆかりん、全然興味なさそうね)

優花里「そーなんですかー」

麻子(何その棒読み口調。ゆかりんのお母さんは戦車のキャラ弁を作ってくれるほどの人なのに)

華「麻子さんはすごく手際がいいですね」

みほ「うん。何だか沙織さんみたい」

麻子(ドキッ)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:48:49.23 ID:VbGzBsTuo<> 麻子「そ、そんなことは……」

優花里「今の冷泉殿はまるで、武部殿がのりうつったみたいです」

華「二人の言うとおりですね。ほら、食材を扱う手つきまで似ています」

みほ「お料理については沙織さんが先生だから」

華「やはり教え子は、先生に似るんでしょうか」

みほ「ね、沙織さん。麻子さんが沙織さんにそっくりだよ?」

沙織「え? そ、そんなことは……」

優花里「これで逆に、武部殿が冷泉殿そっくりになったら面白いですね」

沙織(ドキッ)

麻子「……沙織。こっち来て、手伝え」

沙織「う、うん。分かった」

華「麻子さんと沙織さんが二人でお台所へ立ちました。共同戦線を張るようです」

みほ「師弟タッグチームだね」

優花里「いやが上にも期待が高まります!」

沙織「格闘技じゃあるまいし。…おい、とにかく助かった。礼を言う」ボソ

麻子「しーっ。いいからそのニンニクの皮剥いてよ」ボソ

みほ「ねぇ二人とも、私たちに何か手伝うことってある?」

麻子「えっ? みぽ……西住さんたちは座ってればいい」

沙織「あたしたちだけでやる」

華「そうですか。では全面的にお願いすることにしましょう」

優花里「お手伝いをしても邪魔になるだけかもしれませんからね」

沙織「いい気なものだな」ボソ

麻子「あんたがそんなこと言うの? いつもあたしへ任せっ切りのくせに」ボソ

沙織「それより、あまり本気出すな。料理の完成度を初心者レベルに落とせ」ボソ

麻子「分かってるよ。あんたはあたしへいろいろ教えるような振りしてくれる?」ボソ

沙織「了解」ボソ
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:53:30.06 ID:VbGzBsTuo<> ──数十分後


麻子「じゃあ食べようか」

一同「はい! いただきまーす!」

みほ・華・優花里「「「……」」」モグモグ

みほ・華・優花里「「「おいしい!」」」

麻子「そう。良かった」

みほ「すごくおいしいよ、麻子さん」

華「おいしいですね」

優花里「冷泉殿は料理の才能もあるんですね」

麻子「そんなことは…」

みほ「それに、お料理の達人の沙織さんから教わってるんだし」

華「おいしくないはずがありません。これは沙織さん仕込みのおいしさです」

優花里「はい、一口食べただけで分かりますね。味がそっくりです」

麻子(ドキッ)

麻子「い、いや、私はまだ沙織からいろいろ教わってる途中で…」

みほ「あ、そうなんだ」

麻子「だから、似てるなんて…」

みほ「まだ教えてもらってる途中なのに、こんなにおいしく作れるんだね」

麻子(うっ。しまった)

華「それに、食材を見てすぐにメニューを決めました」

優花里「さすが冷泉殿です。調理も決断の早さも、天才的です」

麻子(うう……)

沙織(だから本気出すなと言ったんだ、沙織!)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:56:17.20 ID:VbGzBsTuo<> 麻子「……い、今も、沙織から教わりながら作った。だから、うまくいった……」

みほ「そういえば沙織さんは、たまに何かを指示するだけだった」

華「自分はあまり手を出さず、麻子さんをずっと見守っていました」

優花里「教え子に必要な助言だけして、後は自主性に任せる。素晴らしい先生です!」

みほ「師弟の息が合っておいしく作れたんだね」

優花里「最強のタッグチームです! もう撃破したも同然です!」

沙織「何と戦ってると言うんだ」ボソ

麻子(うう……みんな、あんまりツッコまないでよう……)

沙織(これ以上料理のことを話題にされたら、まずい)

沙織「ねえみぽりん」ニヤ

みほ「何?」

沙織「あたしは今日の練習で砲手を担当した」ニヤニヤ

みほ「うん」

沙織「感想を聞きたい。操縦手をやった前回の汚名を返上したつもり」ニヤニヤ

みほ「うん。すごく上手だったよ、沙織さん」

麻子(あれ? あの顔の“武部沙織”と、みぽりんが普通に喋ってる)

麻子(きっとみぽりん、あのキモさにもう慣れたんだね。慣れって怖いね)

華「沙織さんは特に、距離の計算が猛烈に早いと思いました」

優花里「武部殿の意外な一面を見た気がします」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 19:58:11.51 ID:VbGzBsTuo<> みほ「今日は、沙織さんが砲手で…」

優花里「五十鈴殿が通信手、冷泉殿が装填手、そして私が操縦手でした」

華「これで、初めて戦車へ乗った日の練習試合から考えると…」

優花里「今回で全員が全ての担当を経験しました」

華「はい。みほさん以外の4人についてはそうなります」

みほ「えーと……そうだっけ?」

優花里「あ、違いましたか? 西住殿からそう言われると自信がありません」

華「わたくしは車長以外を全て経験しましたけど」

優花里「私もです。今日で車長を除く全部の役割をやりました」

沙織(西住さんが正しい)

麻子(あたしも何だか違うような気がするなあ)

沙織(この沙織の体が装填手を、私の体が通信手をやっていないんだ)

麻子(でも体が入れ替わってるから話がややこしくなってる)

沙織(指摘すべきか……それとも沙織が先に言うか?)

麻子(まあいいや。あたしはどこがどう違うのか説明できないし)

華「ともかく、ほかの役割を担当できた経験は貴重でした」

優花里「今日も、ほかのチームの皆さんは楽しそうでしたね」

みほ「喜んでもらえたなら、練習スケジュールを変更して良かったなぁ」

優花里「これで、更に充実して次の紅白戦に臨めます」

華「そうですね。お互いの役割について理解が深まりましたから」

優花里「どのチームも結束が強まったんじゃないでしょうか」

麻子「……え?」

みほ「麻子さん、どうかした?」

麻子「紅白戦……?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 20:00:53.78 ID:VbGzBsTuo<> みほ「あれ? 憶えてない?」

華「何日か前の朝、話題になりましたけど」

みほ「次は実戦形式の練習を予定してるの」

華「今日の整備はそれへ向けてのものでしたね」

優花里「はい。久し振りにきちんと、戦車の手入れをしてあげられました」

みほ「戦車も嬉しがってると思う」

優花里「久々の試合です。腕が鳴ります!」

麻子「試合……? 実戦、形式……?」

みほ「どうしたの?」


ダン!


みほ「きゃっ」

優花里「わっ、冷泉殿!?」

華「麻子さん、どうしたんですか!?」

優花里「いきなりテーブルへ、手をついて…」

華「びっくりするじゃありませんか」

麻子「試合!? 試合なの!?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 20:03:57.10 ID:VbGzBsTuo<> みほ「そ、そうだけど」

華「皆さん、お味噌汁がこぼれてませんか?」

優花里「無事です。どのお椀も被害ありません」

麻子「試合をするの!?」

みほ「だから、そうだけど……」

華「それがどうかしましたか? 麻子さん」

優花里「普段どおりの練習試合です。そうですよね、西住殿?」

みほ「うん。しばらく紅白戦をやってなかったし…」

華「実戦形式の練習なんて、今まで何回もやってるじゃありませんか」

麻子「……」ガクガク

みほ「ちょっと……麻子さん?」

華「様子が、変です……」

優花里「震えだしてしまいました。急に具合が悪くなったんでしょうか」

麻子「……試合……」ガクガク

みほ「ね、麻子さん。一体どうしたの?」

華「寒気がするんですか?」

優花里「それとも、お腹が痛い?」

麻子「……あたし、が……試合を、する……」ブツブツ

みほ「麻子さんが何か言ってる……」

華「いきなり、どうしたんでしょうか……」

優花里「さっぱり分かりません」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 20:05:25.21 ID:VbGzBsTuo<> 沙織「みんな」

みほ「沙織さん?」

華「沙織さん。麻子さんの幼馴染の沙織さんなら…」

優花里「冷泉殿が今、こうなってる原因を分かりますか?」

沙織「みんな。これからあたしは麻子を家へ送っていく」

みほ「えっ」

沙織「みんなはこのまま、ごはん会を続けて」

優花里「そんな……」

麻子「……」ガクガク

華「でも、今の麻子さんは…」

優花里「大丈夫でしょうか。立たせたり、歩かせたりしても」

沙織「自分の家で休ませた方がいい。これじゃみんなに迷惑。特に華」

華「わたくしなら全く構いません。すぐお布団を敷きますから、横になっていただいて…」

麻子「……」ガクガク

みほ「沙織さん」

沙織「何」

みほ「沙織さんも麻子さんと一緒に、そのまま帰っちゃうってこと?」

沙織「そのとおり」

みほ「そう……」

沙織「みんなは食事を続けて」

みほ「うん……分かった」

麻子「……」ガクガク

華「では……気を付けて、送ってさしあげてください」

優花里「残念ですが。せっかくのごはん会だったのに」

みほ「何だか、今日って…」

優花里「予想外のことばかり、起こりますね……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 20:07:25.78 ID:VbGzBsTuo<> ──麻子の家


麻子「ごめん……」

沙織「もういい」

麻子「……」

沙織「謝るのは私へじゃない。みんなへ、だ」

麻子「うん……」

沙織「今まで全然、気付かなかったのか?」

麻子「うん……。そうだよ……」

沙織「……」

麻子「あたし、いつも……目の前にあることを乗り切るのに、精一杯で……」

沙織「この状態が続けば、いつかそんな日がやってくる。分かっていると思ってたが」

麻子「ごめん……」

沙織「謝るならほかの3人へ謝れ。何度も同じことを言わせるな」

麻子「……駄目だよ……試合なんて……」

沙織「……」

麻子「試合で、あたしが…」

沙織「……」

麻子「麻子の代わりなんて、できないよ……」

沙織「……」

麻子「ただ操縦するだけでも、すごく怖いのに……」

沙織「この前の練習ではひどい有様だったな」

麻子「あんなふうに、なっちゃう……」

沙織「……」

麻子「ううん……もっとひどいことに、なっちゃうよ……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 20:10:25.46 ID:VbGzBsTuo<> 沙織「今まで、勉強や運動は誤魔化せてきた」

麻子「でも戦車道は、誤魔化せない……」

沙織「私の方はまだ何とかなるだろう」

麻子「うん……。麻子ならすぐ通信手をできると思う」

沙織「私はその役割の経験はないが、今日の練習で大体のことは分かった」

麻子「いきなり華へ通信機の操作方法を教えられたくらいだもん。試合で使うのだって簡単だよ」

沙織「沙織。いっそ、今度の練習を休むか?」

麻子「……」

沙織「操縦手は五十鈴さんがやるだろう。秋山さんも今日の練習で、操縦ができるようになった」

麻子「ううん……」

沙織「……」

麻子「そんなの、ただの気休めだよ」

沙織「……そうだな」

麻子「そんなことしたって必ずいつか、操縦をやる時が来る」

沙織「それを先延ばしにするだけだな」

麻子「……さっきのことで、きっと…」

沙織「……」

麻子「みんなに思いっ切り、怪しまれたね……」

沙織「私もまさか、お前があんなふうになるとは考えていなかった」

麻子「あたしと麻子のことがバレたら、どうなっちゃうんだろう……」

沙織「チームの私たち5人は仲間で、親友だ」

麻子「……」

沙織「しかしだからこそ、説明しても全然信じてもらえない。その代わりにものすごく心配される」

麻子「そうだね……。心配、されるのは…」

沙織「頭だ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 20:11:44.76 ID:VbGzBsTuo<> 麻子「うん……。あたしたちの頭がおかしくなっちゃったって、心配される」

沙織「間違いないな」

麻子「そんなこと、ないのに……」

沙織「……」

麻子「あたしも麻子も全然、頭がおかしいなんてこと、ないのに……」

沙織「大抵の異常者は自分を異常だと認めたがらない。自分は正常だと言い張る」

麻子「いくら大丈夫って言っても、そう思われるだけなんだね……」

沙織「そして私たちがその後、周りからどういう扱いを受けるか」

麻子「……」

沙織「そんなことは、考えたくもないな」

麻子「どうしよう……」

沙織「……」

麻子「麻子……あたしたち二人、どうすればいいの?」

沙織「沙織」

麻子「うん」

沙織「私たちはそろそろ限界かもしれない」

麻子「……」

沙織「もう少し先でもいい、もっと情報を集めてからと思っていたが…」

麻子「何のこと?」

沙織「やるぞ」

麻子「え? 何を?」

沙織「元に戻るための作業だ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 20:13:06.46 ID:VbGzBsTuo<> 麻子「えっ、見付かったの!? その方法が!?」

沙織「ただし、それをやる前に言っておく」

麻子「何?」

沙織「その方法で、必ず元に戻れるとは限らない」

麻子「……」

沙織「成功する保証はどこにもない」

麻子「……」

沙織「私はただ、成功の可能性があるかもしれない方法を見付けただけだ」

麻子「うん……」

沙織「それを提案しているだけだ。このことを分かっておけ」

麻子「うん。麻子は、いい加減に“大丈夫”なんて言わないもんね……」

沙織「明日の夕方」

麻子「夕方…?」

沙織「一緒に例の坂道へ行くぞ」

麻子「あ。それって…」

沙織「そうだ。今、沙織が考えてるとおりだ」

麻子「あの時の…」

沙織「ああ、再現だ。あれをもう一度やる」

麻子「……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/03(金) 20:14:39.26 ID:VbGzBsTuo<> 沙織「私は今まで、人格の入れ替わりについていろいろな情報を集めてきた」

麻子「そうやって分かったのが、この方法…」

沙織「おそらくこれが一番、成功する可能性が高い」

麻子「あの時と同じショックを、あたしたち自身へ与えるんだね」

沙織「そのとおりだ。あの時と同じ衝撃、人格が入れ替わるほどのショック」

麻子「……」

沙織「それをもう一度、私たち二人へ与えるんだ」

麻子「……」

沙織「沙織」

麻子「うん」

沙織「怖いか?」

麻子「……」

沙織「あの時は二人とも、体は無事で済んだ」

麻子「でも、今度こそ……ケガするかもしれない」

沙織「これも保証できない。ケガをしないという保証はどこにもない」

麻子「……」

沙織「沙織」

麻子「うん……」

沙織「やるか? それとも、やめるか?」

麻子「麻子? 何言ってるの?」

沙織「……」

麻子「やるよ」

沙織「……」

麻子「やるよ。やるしかないじゃん。今のあたしたちにはそれ以外の選択肢なんてないんだよ」 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:23:09.23 ID:EmdUGSEIo<> 4  方舟



──坂道


沙織「おい」

麻子「うん」

沙織「心の準備はいいか?」

麻子「もちろんだよ。それより、周りに人がいない? 誰かに見られたら…」

沙織「それについても調べてある。この辺りは平日の夕方、人通りがなくなるんだ」

麻子「そうなの? そういえばここって今、すごく静かだけど」

沙織「私はこの方法を見付けてから、毎日この時間帯にここへ来た」

麻子「……」

沙織「平日に人と会うことは全然なかった。詳しい理由は分からないが」

麻子「住んでる人がみんな、お仕事とか買物とかに行っちゃってるのかな」

沙織「そういう様々な理由が重なって、この辺りが無人になる時間帯があるんだろう」

麻子「何だかそれって危ないね。こんなことを泥棒が知ったら…」

沙織「格好の仕事場になるな」

麻子「あたしたちはあの日、ちょうどそのタイミングでここへ来たのか」

沙織「だから人格が入れ替わった現場を、誰にも見られなかったんだ」

麻子「そろそろ時間だよ」

沙織「分かってる。あの時と同じ時刻」

麻子「同じ場所。同じ服。同じ荷物」

沙織「そしてこの同じ自転車。天気もあの日と同じ、晴れだ」

麻子「違うのは、日付と曜日だけ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:25:29.92 ID:EmdUGSEIo<> 沙織「沙織」

麻子「何?」

沙織「私たちは奇妙な体験をしたな」

麻子「こんな目になんて、二度と遭いたくないよ」

沙織「そうだな」

麻子「でも…」

沙織「何だ」

麻子「あたしは体が入れ替わった相手が、麻子で良かったって思ってるの」

沙織「……」

麻子「ほかの人だったら、今よりもっと困ったことになってたかもしれない」

沙織「私も…」

麻子「うん」

沙織「同じだ。沙織で良かった」

麻子「うん」

沙織「入れ替わったのが幼馴染で親友の沙織だったから、何とかやってこられた」

麻子「あたしも相手が麻子だったから、体のこと、普段の生活のこと……何でも話せた」

沙織「でも、これで終わりだ」

麻子「うん。こんなことはもうお終い。もう懲り懲り」

沙織「カバンを前カゴに入れろ」

麻子「あたしが運転するよ」

沙織「後ろへ乗るぞ」

麻子「漕ぐよ」


キ〜コ キ〜コ


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:27:10.98 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「ねえ」

沙織「何だ」

麻子「あたし、あの歌も歌った方がいいの?」

沙織「あの歌?」

麻子「麻子があの時に歌ってた、あれだよ」

沙織「そんなものはどうでもいい。マジメにやれ」


キ〜コ キ〜コ


麻子「何よ。そんなこと言ったって…」

沙織「何だ」

麻子「麻子は“可能な限りあの時の状況を再現する”って言ってたでしょ」

沙織「じゃあ沙織、あれを歌えるのか?」

麻子「歌えるはずないじゃん」

沙織「だったらそんなこと気にするな。それよりもっとスピード出せ」

麻子「これくらいじゃなかった?」

沙織「このままだと坂を下りた時に加速しない」

麻子「そうか。分かった」


キ〜コ キ〜コ キ〜コ


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:28:45.42 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「坂を下り始めるよ」

沙織「いいぞ。もっとフラフラしろ」

麻子「怖い……けど、やるしかない!」

沙織「後ろで暴れるぞ」

麻子「わっ…危ない! 本当に怖い、マジ怖い!」

沙織「もっと暴れるぞ。もっとフラつけ!」

麻子「本当に倒れるよ! もう駄目!」

沙織「まだだ! あの時に倒れた場所まで持ちこたえろ!」

麻子「分かった…!」

沙織「もう少し!」

麻子「マジで危ない! もうやだ! ホントに倒れる!」

沙織「いいぞ! 今だ!」

麻子「ここだね!? 行くよ!!」

沙織「うわっ!」

麻子「あーっ!!」


ガッシャーン!!


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:30:11.25 ID:EmdUGSEIo<> 沙織「……痛い……」

麻子「……あ痛たたた……」

沙織「大丈夫か」

麻子「うん……。あんたは?」

沙織「平気だ」

麻子「……あ。目の前に……あたしがいる……」

沙織「……私が、いる……」

麻子「……」

沙織「……」

麻子「……あたしの髪、黒いまま……」

沙織「……沙織の髪の、まま……」

麻子「元に戻って、ない……」

沙織「変わっていない……」

麻子「……失敗……」

沙織「……ああ……」

麻子「麻子……ケガは?」

沙織「ない。沙織はどうだ」

麻子「平気。何ともないよ」

沙織「そうか」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:32:30.86 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「もっと、ケガするくらい…」

沙織「……」

麻子「派手に転べば、良かったのかな……」

沙織「……どうだろうな……」

麻子「……」

沙織「分からない……」

麻子「……もう、一回……」

沙織「……」

麻子「やろうよ。もう一回」

沙織「……」

麻子「成功するまでやるんだよ。何回でも」

沙織「いや…」

麻子「え?」

沙織「それは、できない」

麻子「どうして? あたし、ケガなんて怖くないよ?」

沙織「……」

麻子「今は日付と曜日以外、全部あの時と同じ。しかも周りに人がいない」

沙織「……」

麻子「何回やっても誰にも見られない。再現するなら今しかないよ。今が一番のチャンスなんだよ」

沙織「……」

麻子「やろうよ。ケガくらい何でもないよ」

沙織「あれを見ろ、沙織」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:34:01.78 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「あ。自転車…」

沙織「……」

麻子「壊れちゃった……」

沙織「……元々、ボロボロだったからな」

麻子「……」

沙織「そして2回も、大コケした」

麻子「……」

沙織「今、転んだのが……致命打だったんだろう」

麻子「この壊れ方じゃ、もう…」

沙織「直すことは不可能だ……。とうとう処分するしかなくなった」

麻子「何だか、可哀想……」

沙織「……」

麻子「……じゃあ、これで…」

沙織「ああ。あの時の、再現は…」

麻子「できなく、なっちゃった……」

沙織「……」

麻子「……帰ろうか」

沙織「……ああ」

麻子「もうここにいても、仕方ないし」

沙織「そうだな」

麻子「あの時みたいに、あたしの部屋へ行こう」

沙織「ああ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:36:03.83 ID:EmdUGSEIo<>

にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


麻子「あ。この着信音…」

沙織「しまった。携帯の電源を切っていなかった」

麻子「何やってるのよ、麻子らしくない。誰かに聞かれたらどうするの?」

沙織「ああ、すまんな。うっかりしてた」

麻子「“故障中”って嘘をついてるのに」

沙織「なぜ故障してる携帯の着信音が鳴るんだ、と思われてしまうな。今すぐ電源を切る」スチャ


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


沙織「まったく、こんな時に誰……うっ!?」

麻子「どうしたの?」

沙織「……」

麻子「何なの? 誰から?」

沙織「おばあ、だ……」

麻子「えっ!?」


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


沙織「しまった…“故障中”と伝えたのは、パソコンのメールだったから…」

麻子「おばあちゃんへ言ってないの?」

沙織「ああ……」

麻子「あたしも……家族へは言ってない。学園艦にいる人にしか、伝えてない」


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:37:14.16 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「でも麻子、出ちゃ駄目だよ? 放っとけばそのうち留守電に切り換わ…」

沙織「……」

麻子「あっ、何してるの!?」

沙織「……」

麻子「通話のボタン押しちゃ駄目! どうして押そうとするのよ!」


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


沙織「わ、分かって…」

麻子「分かってないじゃん!」

沙織「……」

麻子「今、麻子の声は誰の声?」

沙織「……」

麻子「それってあたしの体から出てる、あたしの声なんだよ!?」


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


沙織「ああ……分かってる……」チラ

麻子「何よ! どうしてこっち見るの!?」

沙織「沙織……」

麻子「あたしだって駄目だよ! こっちへ携帯を渡そうとするな!」


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:38:31.50 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「あたしの声が麻子の声だからって、おばあちゃんと話なんてできないよ!」

沙織「……」

麻子「話の中身があんたとおばあちゃん、二人しか知らないことだったらどうするの!?」

沙織「う……」


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


麻子「あたしにそんな話なんてできない! バレないようにするなんてできない!」

沙織「……」

麻子「完全に麻子の振りするなんて、できないんだから!!」


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


沙織「早く、鳴り止め……留守電に切り換われ……!」


にゃーん♪ にゃーん♪ にゃーん♪


沙織「早く……!!」


ピッ


『発信音の後にメッセージを──』


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:40:04.33 ID:EmdUGSEIo<> おばあ『何だい、これ? このまま用件を喋ればいいのかい?』

おばあ『電話に出ないで何やってるんだい? いつでも連絡取れるようにしときな!』

おばあ『お前が言ってたあの話だけどね、お前のやりたいようにやりな』

おばあ『その大学へ行けばお前の頭が将来、人様のお役に立つようになるかもしれないんだろ?』

おばあ『結構な話じゃないか。それに学費がロハだなんて、願ったり叶ったりだね』

おばあ『○○さんに相談してみたよ。そしたら、お前の好きにさせるのが一番だとさ』

おばあ『とにかく私ゃ、お前が早く一人前におまんま食べられるようになればそれでいいよ』

おばあ『じゃあ用件はこれだけだから。返事の電話はかけてこなくていいよ』

おばあ『もう一回言うけどね、いつでも連絡取れるようにしときな!!』


ピッ


沙織「……」

麻子「麻子……」

沙織「……」

麻子「麻子……帰ろう」

沙織「ああ……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:44:59.57 ID:EmdUGSEIo<> ──沙織の部屋


沙織「今度は泣かないんだな」

麻子「もう涙も出ないよ」

沙織「……」

麻子「麻子」

沙織「何だ」

麻子「ほかの方法はないの?」

沙織「ない」

麻子「……」

沙織「自分たちができる方法は、あれだけだ」

麻子「……」

沙織「私が調べた限り……自力で元に戻れる手段は、あれだけだった」

麻子「そう……」

沙織「沙織。私がどんなことを調べたか、説明した方がいいか?」

麻子「ううん……。そんな必要、ないよ」

沙織「……」

麻子「あたしは麻子へ“調べた中身を説明しろ”とか、“もっと調べろ”とか…」

沙織「……」

麻子「“もっとほかの方法を見付けろ”なんて、言わないよ」

沙織「……そうか」

麻子「だってあたしは麻子を信じて、麻子に全部任せたんだから」

沙織「……」

麻子「麻子の調べてくれたことが、全て。あたしにとって、それが全てだよ」

沙織「そうか」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:46:56.55 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「……自転車……」

沙織「……」

麻子「自転車、壊れちゃったね……」

沙織「……まだ言ってるのか」

麻子「だって……」

沙織「あれも、私たちと同じだ」

麻子「同じ…?」

沙織「もう、限界だったんだ」

麻子「……」

沙織「元々、もう処分されようとしていた」

麻子「……」

沙織「それが、私に引き取られた」

麻子「でもどうして、それが限界…」

沙織「もう、そど子に感付かれていた」

麻子「あ。そっか……」

沙織「自転車に乗って来ている現場を押さえられて、没収されるのは時間の問題だった」

麻子「無許可でそんなことしてるのが、バレたら…」

沙織「学校に取り上げられて、なかなか返してもらえない。諦めるしかない」

麻子「あの自転車は、もう…」

沙織「運命は、決まっていたんだ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:48:18.63 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「あれは、あたしたちにとって…」

沙織「……」

麻子「方舟、だった……」

沙織「方舟?」

麻子「うん……」

沙織「……ふーん。今、少し感心したぞ」

麻子「何よ……」

沙織「“ノアの方舟”か」

麻子「うん……」

沙織「沙織でもそんな表現を使うんだな」

麻子「だって、そうだったじゃん……」

沙織「……」

麻子「あの自転車は、二人が乗れる最後の舟だった」

沙織「だからあれが、“ノアの方舟”だった」

麻子「あたしたちは、あれに乗るしかなかった」

沙織「それしか、この二人が救われる道はなかった」

麻子「でも、自転車は…」

沙織「もう、壊れてしまった」

麻子「方舟は、壊れちゃった……」

沙織「……」

麻子「あたしたち二人を救ってくれる、舟は…」

沙織「……」

麻子「もう乗れなく、なっちゃった……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:50:40.25 ID:EmdUGSEIo<> 沙織「それに、さっきの電話…」

麻子「うん」

沙織「あれで、分かってしまったな」

麻子「うん……」

沙織「家族には、私たちのことを秘密にできない」

麻子「家族にはいつか必ずバレる。家族と会ったら絶対にバレる」

沙織「仲間や、友達……他人へは、努力すれば何とか隠しておける」

麻子「頑張れば秘密を守り通せる。今度の紅白戦だって、ひょっとしたら誤魔化せるかもしれない」

沙織「でも家族には隠せない。家族にしか分からないことが絶対あるからだ」

麻子「そういうところから、怪しまれて…」

沙織「最後に、必ず発覚する」

麻子「家族は他人と違って、生まれた時からそばにいる人たちなんだもの」

沙織「今まで一緒に経験してきたこと、一緒に持ってる記憶…」

麻子「その量は他人なんかとは全然違う。全然多い。比べられない」

沙織「私たちは、体や生活のことはお互いに教えられる」

麻子「でも、今まで家族としてきたこと…」

沙織「家族としている、話…」

麻子「そういうものを全部教えるなんて、絶対に無理」

沙織「……さっきの、おばあの話は…」

麻子「……」

沙織「あれは私の進路について、アメリカの大学から特待制度の話が…」

麻子「いいよ、説明なんかしなくても」

沙織「……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:53:09.73 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「あたしは完全に麻子になり切ることなんて、できないんだから」

沙織「……」

麻子「さっきの電話で、それが分かった。もう、話の中身を聞いたりしたって意味ないよ」

沙織「……そうだな」

麻子「限界、だね……」

沙織「……」

麻子「今日が、最初で最後…」

沙織「……」

麻子「最大の、チャンスだったんだね……」

沙織「ああ……」

麻子「あたしたちは、それを逃した」

沙織「自転車は、壊れてしまった」

麻子「二人にとっての方舟は、壊れちゃった」

沙織「最後の手段は、なくなってしまった」

麻子「そして……あたしたちのことが、バレるのも…」

沙織「時間の問題だ。いつか必ず発覚する。間違いなく」

麻子「いよいよ、限界だね……」

沙織「ああ……。万事、休した……」

麻子「ねえ……麻子」

沙織「……」

麻子「あたしたち、このまま……入れ替わったままで……」

沙織「……」

麻子「ずっとこのままで、一生いるの……?」

沙織「……」

麻子「死ぬまでこのままで、一生いるの……?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:55:30.27 ID:EmdUGSEIo<> ──夜


麻子「麻子の体、温かい……」

沙織「これは、私の体じゃない」

麻子「……」

沙織「これは、沙織の体だ」

麻子「ねえ、麻子」

沙織「何だ」

麻子「あたしたち、何やってるんだろうね」

沙織「……」

麻子「二人とも裸で、ベッドの中で…」

沙織「……」

麻子「ぴったりくっついてるなんて。抱き合ってるなんて」

沙織「ああ、何をやってるんだろうな。女同士で」

麻子「でも二人で、自然にこうしたよね。何にも言わなくても」

沙織「沙織が服を脱ぎだしたから、私も脱いだんだ」

麻子「あたしは麻子が脱いだから、脱いだんだよ?」

沙織「それなら同時に、二人で裸になったんだ」

麻子「恥ずかしくなんか、ないよね」

沙織「ああ。お前の体は、私の体だ」

麻子「あんたの体は、あたしの体」

沙織「お互いに、お互いの体を知っている」

麻子「二人の体は、二人のもの」

沙織「恥ずかしくなんか、ない」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:57:40.10 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「ねえ。逆に、麻子のこの体はどう?」

沙織「沙織の体ほど温かくないと思う」

麻子「そうかな」

沙織「でも、こうしてみると…」

麻子「何?」

沙織「私もそんなに可愛くないわけじゃないんだな……と、思った」

麻子「何それ」

沙織「自分の体をこうして抱いていると、可愛いと思う気持ちが起こってきた」

麻子「麻子は可愛いよ」

沙織「こんなちんちくりんの胸が小さい女なんて、可愛いはずないと思ってた」

麻子「自分じゃ自分の可愛さが分からないんだね」

沙織「だがこうしてみると、自分だって捨てたもんじゃない……と思えてきた」

麻子「麻子は可愛いし、頭がいいし、運動神経はいいし、欠点がないじゃん」

沙織「不愛想という欠点がある。おばあからよく言われる」

麻子「そんなの欠点のうちに入らないよ。人と付き合うのがほんのちょっと苦手なだけだよ」

沙織「こんな私でも、将来…」

麻子「何?」

沙織「好きな男ができるんだろうか。私を好きになってくれる男が、現れるんだろうか」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 19:59:41.26 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「当然でしょ。こんなに可愛い女の子を男が放っとくはずない」

沙織「私は…」

麻子「うん」

沙織「頭なんか別に良くなくていいんだ。運動もできなくていいんだ」

麻子「何を言い出すのよ」

沙織「私の将来の夢は、たった一つだけなんだ」

麻子「夢?」

沙織「私は、家庭を持ちたいんだ」

麻子「……」

沙織「旦那と私がいて、子供がいる。普通の家庭」

麻子「……」

沙織「どこにでもある、当たり前の家庭。それを持ちたいんだ」

麻子「それって、やっぱり……お父さんとお母さんが…」

沙織「ああ。あんなに早く、いなくなってしまった。私から消えてしまった」

沙織「だから私は、私自身が早く、お母さんになりたいんだ」

沙織「自分の子供がいてほしいんだ。その子供のお母さんになりたいんだ」

沙織「私はもう、誰かを“お母さん”と呼ぶのは永久にできない」

沙織「だから自分が“お母さん”と呼ばれたいんだ」

沙織「将来、好きな男ができてほしい。私を好きになってくれる男が、現れてほしい」

沙織「その人に、子供のお父さんになってほしいんだ。その人と一緒に家庭を作りたいんだ」

沙織「その人がお父さんで、私がお母さん。そして私たちの子供がいる」

沙織「そういう普通の、どこにでもある当たり前の家庭。それを作ることだけが夢なんだ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 20:02:12.59 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「麻子なら、きっとできるよ」

沙織「沙織は?」

麻子「夢? あたしも同じかな」

沙織「そうか」

麻子「あたしの夢は、旦那様に思いっ切り尽くす、可愛い奥さんになることなの」

麻子「旦那様においしいお料理を作ってあげて、家事をしてあげて…」

麻子「お仕事から帰ってきたら、いつも笑顔で“おかえりなさい。お疲れ様”って言ってあげるの」

麻子「あたしがそうやって尽くして、支えてあげることで、喜んでくれる男の人…」

麻子「そういう男の人が、旦那様になってほしいの」

麻子「その男の人は、別にイケメンじゃなくてもいいの」

麻子「別に、カッコいいお仕事をしてたり、すごい年収の人だったりしなくてもいい」

麻子「もちろんそうなら嬉しいけど、そんなのは大事なことじゃないの」

麻子「自分が尽くすことで、喜んでくれる。それが一番大事なの」

麻子「あたしがしてあげることを喜んでくれて、あたしを必要としてくれる人」

麻子「そういう男の人が、旦那様になってくれたらいいな」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 20:04:25.28 ID:EmdUGSEIo<> 沙織「そうだな。そうなるといいな」

麻子「ねえ、麻子」

沙織「何だ」

麻子「キスしてみようか」

沙織「……」

麻子「どうしたの?」

沙織「いきなり何を言い出すんだ」

麻子「ひょっとして麻子、ファーストキス?」

沙織「そうだ。沙織だって同じだろう」

麻子「うん。でも気にすることなんて、別にないんじゃないの?」

沙織「……」

麻子「だってお互いに、相手は自分の体なんだよ?」

沙織「……」

麻子「自分の体に自分がキスするんだから、こんなのノーカンだよ」

沙織「どういう理屈なんだ、それ」

麻子「今の話で、二人とも将来は旦那様が欲しいって分かった」

沙織「ああ」

麻子「だから今、自分の体でキスを練習しとくんだよ」

沙織「言ってることが理解できない」

麻子「だから、気にすることなんて何もないって言ってるの」

沙織「もういい、好きにしろ。何だかわけが分からなくなってきた」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 20:05:50.55 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「じゃあ行くよ?」

沙織「…待て」

麻子「何よ」

沙織「舌、入れるなよ?」

麻子「はあ? 何言ってんのあんた」

沙織「……」

麻子「入れるに決まってるじゃん」

沙織「やっぱり入れるのか」

麻子「麻子の考えてることなんてお見通しなんだから」

沙織「何のことだ」

麻子「ホントは自分が入れようと思ってたんでしょ?」

沙織「よく分かったな」

麻子「バレバレだよ」

沙織「こう訊いておいてからいきなり入れて、驚かせようと考えてた」

麻子「ごちゃごちゃ言ってないで、行くよ?」チュ

沙織「……ん」

麻子「んん……」レロ

沙織「んむ……」チュプ

麻子「……んふ」

沙織「ふう」

麻子「……ああ良かった」

沙織「何が」

麻子「ちゃんと、あたしの口だった」

沙織「この口が、か? 当たり前だ」

麻子「口の中がちゃんとあたしの物だった。歯の並び方とか」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 20:07:21.20 ID:EmdUGSEIo<> 沙織「まったく、人の口の中を舌先でかき回して……」

麻子「麻子もやったじゃん」

沙織「当然だ。沙織の口は私のものだ」

麻子「ねえ……」

沙織「もう一回?」

麻子「うん」

沙織「ん……」チュ

麻子「……」レロ

沙織「……」チュパ

麻子「……」

沙織「……何だか」

麻子「何?」

沙織「気持ちいい」

麻子「うん」

沙織「キスって、気持ちいいんだな」

麻子「そうだね」

沙織「私に、将来…」

麻子「……」

沙織「こんなに気持ちいいキスをしてくれる男が、現れてほしい……」

麻子「あたしにも…」

沙織「……」

麻子「キスして、こうやって抱き締めてくれる旦那様が、現れたらいいな……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2015/04/04(土) 20:09:28.46 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「あたしの体って、こんなに温かくて、柔らかいんだもん」

麻子「将来、あたしの体を気持ちいいって言ってくれる男の人」

麻子「あたしに“可愛い”とか“好き”って、たくさん言ってくれる男の人」

麻子「そういう人が、現れるといいな……」

沙織「私も…」

沙織「こんな私でも、好きになってくれる男」

沙織「私と一緒に家庭を作ってくれる男。私の家族になってくれる男」

沙織「私に、家族を作ってくれる男」

沙織「そういう男が、いてほしい……」

麻子「あたしたち、きっとできるよ」

沙織「……」

麻子「あたしたち二人、きっと大丈夫だよ」

沙織「……だが……」

麻子「何?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 20:12:20.47 ID:EmdUGSEIo<> 沙織「……むなしいな……」

麻子「……」

沙織「こんな話を、しても…」

麻子「……」

沙織「むなしい、だけだな……」

麻子「……やめてよ……」

沙織「沙織だって、分かってるだろう……」

麻子「当たり前だよ……」

沙織「……」

麻子「今のあたしたちがこんな話をしても、全然、意味なんてない」

沙織「……」

麻子「そんなの、分かってるよ……。でも、言わないでよ……」

沙織「だが……事実だ」

麻子「だから、分かってるよ……」

沙織「元に戻る手段が、なくなった今…」

麻子「こんな話をしても、むなしいだけ……そんなの、分かってるよ……」

沙織「……」

麻子「……」

沙織「……沙織」

麻子「何…?」

沙織「お願いが、あるんだ……」

麻子「お願い?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 20:14:14.99 ID:EmdUGSEIo<> 沙織「私から、いなくならないでほしい……」

麻子「……」

沙織「ずっと私の、そばにいてほしい……」

麻子「……」

沙織「私はもうこれ以上、耐えられない」

麻子「何を…?」

沙織「私から誰かが、いなくなってしまうのを……」

麻子「……」

沙織「私の、親は……二人ともあんなに早く、いなくなってしまった」

麻子「……」

沙織「だから、私は……もうこれ以上、誰にもいなくなってほしくない」

麻子「……でも……」

沙織「おばあのことなら、分かってる」

麻子「うん……」

沙織「おばあがこの世からいなくなるのは、確実に私より早い」

麻子「……」

沙織「でも、それ以上…」

麻子「うん……。誰にも、いなくなってほしくないんだね」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 20:19:10.45 ID:EmdUGSEIo<> 沙織「ああ」

麻子「心配しないで」

沙織「……」

麻子「あたしにとって麻子が一番、大事な人なの」

沙織「……」

麻子「だから、心配しないで。絶対に麻子からいなくなったりなんてしない」

沙織「私だって、同じだ。私にとって一番大事なのは、沙織だ」

麻子「うん」

沙織「いつでも、いつまでもそばにいてやる」

麻子「うん。ありがとう……」

沙織「私と沙織は、同じなんだ」

麻子「うん……。あたしたちは、お互いがいないと生きられない」

沙織「もし引き離されたら、どうなってしまうか分からない」

麻子「だってあたしは、あんただから」

沙織「そして私は、お前だから」

麻子「……」

沙織「……」

麻子「……ねえ……」

沙織「ああ」

麻子「二人で、こうしてると…」

沙織「……」

麻子「何だか、世界に…」

沙織「……」

麻子「あたしたち二人っきりで、いるみたいだね……」

沙織「……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/04(土) 20:20:29.85 ID:EmdUGSEIo<> 麻子「もし……もしも、さ」

沙織「ああ」

麻子「もし、この世界にいるのが、あたしたちだけだったら…」

沙織「……」

麻子「もし、この世界にあたしたち、二人っきりでいるんだったら…」

沙織「……」

麻子「もう、このままでも、いいよね……」

沙織「……そうだな」

麻子「どうして、あたしたち…」

沙織「……」

麻子「この世界に、二人っきりじゃないんだろ……」

沙織「……沙織」

麻子「うん」

沙織「もう、眠ろう……」

麻子「うん……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:24:15.42 ID:tl37GxWNo<> 5  エピローグ



──戦車倉庫前


みほ「……以上が、今回の紅白戦のルールです」

一同「……」

みほ「最後にもう一度繰り返しますけど、今回は殲滅戦です。何か質問はありますか?」

一同「……」

みほ「何もなければ練習を開始します。では全員、各車両へ搭乗してください!」

一同「はい!」ダダッ

沙織「……おい、ちょっと待て」

麻子「うん」

沙織「とにかく落ち着いて操縦しろ」

麻子「うん。分かってるよ」

沙織「以前の練習を思い出せ」

麻子「うん」

沙織「プラス方向に考えろ。お前は操縦の経験がゼロじゃない。あの練習が役に立つんだ」

麻子「分かってるよ。もう根性決めてるよ」

沙織「“根性”か」

麻子「根性なんて、アヒルさんチームの磯辺キャプテンじゃないけどね。とっくに根性決めてるよ」

沙織「そうか」

麻子「今日、あたしは初めてみぽりんの命令に逆らうつもり」

沙織「そうか。やっぱりそう考えたか」

麻子「うん。あんたも同じこと考えてた?」

沙織「ああ。この場を乗り切る方法はそれ以外にない」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:25:38.26 ID:tl37GxWNo<> 麻子「あたしたちのチームはこの試合で真っ先に撃破される」

沙織「お前は西住さんの命令に背いて、撃破されるように操縦する」

麻子「そうすれば、この試合からさっさと降りることができる」

沙織「これが今の状況を切り抜ける、一番冴えたやり方だ」

麻子「うん」

沙織「このチームは撃破された経験がほとんどない。たまにはいいんじゃないか」

麻子「はあ? 何てこと言うのよ。わざとそうするなんて本当は…」

優花里「武部殿!? 冷泉殿!?」

華「二人とも何をしてるんですか? ほかの車両は全て行ってしまいましたよ!?」

優花里「残ってるのは私たちだけです!」

沙織「行こう。怪しまれる」タッ

麻子「うん」タタッ

麻子(落ち着け、あたし……)

麻子(車内に入るのは通信手のハッチじゃなくて、操縦席の方から……)カチャ

麻子(椅子へ、深く座って…)

麻子(イグニッション。エンジン始動)カチ


ドルルルルル……


麻子(最初に燃料計、水温計、油圧計をチェック……うん、大丈夫)

麻子(よし、行くぞ!)

麻子「西住さん。発進する」

みほ「……」

麻子「西住さん? 発進する」

みほ「麻子さん、どうしたの?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:26:54.36 ID:tl37GxWNo<> 麻子(え? どうしたの、って?)

麻子(何が? 何か変だったのかな)

麻子(あたし早速、何か変なことやっちゃったのかな…?)

みほ「いつもそんなこと訊かないで、黙って発車するのに」

麻子(あっ、そうか…!)

麻子「と、とにかく、急ぐ」

麻子(操縦桿、ギアのシフトレバー、アクセル、ブレーキペダル)

麻子(そしてこれが、クラッチペダル。これを踏んでから…)グッ

麻子(ギアを1速に入れて…)グコン

麻子(クラッチを…)


ガックン


優花里「えっ!?」

華「まさか…?」

優花里「エンスト!?」

みほ「麻子さんが?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:28:13.39 ID:tl37GxWNo<> 麻子(ああっ!? またやっちゃった…!)

麻子(やっぱり、無理……あたしが試合なんて、無理……)ガクガク

麻子(もうやだ……やめたい……今すぐ車内から出たい……)ガクガク

沙織「おい、聞こえるか」ボソ

麻子「え……な、何……?」ガクガク

沙織「倍。思い出せ、倍だ」ボソ

麻子「あ…そうか。分かった……」ボソ

麻子(分かったよ……やるよ。やるしかない。あたしは根性決めたんだ!)

麻子(もう一回、イグニッション)

麻子(今度はクラッチペダルを、倍、遅く…)


グオオォォオン


麻子(やった! 発進できた!)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:30:11.12 ID:tl37GxWNo<>

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


澤『こちらウサギチーム。試合開始位置へ到着しました』

沙織「みぽりん、M3から位置へついたとの報告」

優花里「あ。先を越されちゃいました」

華「あのチームの皆さんは出発前、すごく張り切っていましたから」

みほ「白組で残ってるのは私たちだけだね」

澤『こっちへの合流予定時間はいつですか?』

沙織「時刻1505(じこくひとごまるご)」

澤『間もなくですね。待ってます』

みほ「沙織さん、今いる位置を白組各車へ伝えてください」

沙織「了解。…こちら白組指揮車あんこうチーム。6412地点(ろくよんひとふたちてん)を移動中」

華「今日の沙織さん、すごくきびきびしていますね」

優花里「本当に必要なことしか喋ってません。敬語まで省いちゃってます」

みほ「試合開始時刻1510へ間に合うかな」

麻子「だ、大丈夫。な、何とかする」

エルヴィン『こちら紅組指揮車カバチーム。西住隊長と話したい』

沙織「みぽりん、V突の車長から通信」

みほ「うん。…西住です」

エルヴィン『紅組は今、全車が試合開始位置へついた』

みほ「はい」

エルヴィン『予定どおり時刻1510に作戦行動を開始する』

みほ「了解です。お互いにベストを尽くしましょう」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:31:38.28 ID:tl37GxWNo<> エルヴィン『悪いが勝つのは我々だ。相手が西住隊長でも容赦しないぞ』

みほ「あ、怖いなぁ。私たち気を付けなくっちゃ」

エルヴィン『ふざけていられるのも今のうちだ。試合から最初に脱落するのはそのW号だ』

みほ「それって予告撃破ですか? 野球の予告ホームランみたいな」

エルヴィン『そのとおりだ。覚悟しておいてほしい』

みほ「受けて立ちます。こちらも手加減しません」

エルヴィン『では交信を終了する』

みほ「はい。以後は緊急時以外、試合終了まで紅組・白組間の通信はありません」

エルヴィン『了解。我々紅組の車両が周波数を変えるんだったな。各車へ伝える』

麻子「つ、着いた。試合開始地点」

みほ「北北西へ向けて停車。予定の時刻まで待機」

沙織・華・優花里「「「了解!」」」

麻子(えーと、停車。クラッチを踏んでブレーキ…)


ガクン


麻子「……ふーっ……」

麻子(あ、溜息ついてる暇なんかない。ギアをニュートラルにして…)グコン

麻子(ブレーキとクラッチのペダルから、足を離す)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:32:57.53 ID:tl37GxWNo<> 優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「さっき通信で“怖い”って喋ってましたけど」

みほ「うん」

優花里「エルヴィン殿は何を言ってきたんですか?」

みほ「一番先に私たちを撃破する、だって」

優花里「へー」

華「あらあら、それは確かに怖いですねえ」

優花里「気を付けなくっちゃーいけませんねー」

華「くわばらくわばら」

沙織(3人とも余裕だな。“やれるものならやってみろ”という態度)

沙織(西住さんはもちろん、ほかの二人もすっかり戦車乗りの風格だ)

麻子(みんな、どうしてそんなに人が変わっちゃうのよう……)

麻子(特に、みぽりん)

麻子(普段のあわあわしてる可愛いみぽりんは、戦車に乗るとどこ行っちゃうのよう)

麻子(いつもはすごく頼りになるけど、今だけは……)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:34:11.17 ID:tl37GxWNo<> 華「士気が高いようですね、皆さん」

優花里「実戦の感覚に全員が飢えてるんですよ」

みほ「うん。久々の試合でウズウズしてるんだと思う」

華「面白い紅白戦になりそうです」

みほ「少しくらい無茶でもいいから、各チームにはいろいろな戦い方を試してほしいな」

沙織「時間になった」

みほ「試合開始! 白組各車、前進!」


グオオォォオン


麻子(始まっちゃった……。でもやるしかない)

麻子(みんな、ごめん……)

沙織(西住さんたちは余裕を見せたことを後悔するだろう)

沙織(真っ先に撃破されるのは本当に、私たちになるんだ)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:35:59.36 ID:tl37GxWNo<> ──15分経過


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


みほ「……」

華「……」

優花里「……仕掛けてきませんね」

華「そろそろ会敵してもいいはずですけど」

優花里「待ち伏せてるんでしょうか」

華「みほさん、どう考えますか?」

みほ「……」

優花里「西住殿?」

みほ「……ちょっと待って」

華・優花里「「……」」

みほ「麻子さん」

麻子「な、何?」

みほ「今日、調子が悪そうだね」

麻子「……そ、そんなこと、ない」

みほ「体の具合が良くなかったりするの?」

麻子「だ、大丈夫。心配いらない」

みほ「でも今日、操縦がいつもと違う」

麻子「……」

みほ「いつもみたいな速度を出さないし、カーブを曲がる時なんてすごくゆっくり」

麻子「……」

みほ「調子が悪いなら早目に、正直に言ってね?」

麻子「……だ、大丈夫。平気。心配しないでほしい」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:37:39.68 ID:tl37GxWNo<> 沙織(沙織の奴、まずい状態だな。極度に緊張してる)

沙織(早く試合から解放してやらないと、どんなことになるか分からない)

沙織(でもそのためには、相手車両と交戦して撃破されなければ)

沙織(今のあいつがそんな局面に耐えられるか……?)

華「みほさん。紅組の車両は待ち伏せでもしているんでしょうか」

みほ「可能性はある。もしV突がそうしてたら危ない」

優花里「でも今回は殲滅戦です。戦わなければ、相手を全て撃破しなければ試合は終わりません」

みほ「うん。あえて術中にはまってみる、っていう手もある」

華「そうして相手をおびき出して、反撃するんですね」

みほ「罠にかかった振りをする。リスクが高いけどやってみる価値はある」

優花里「“虎穴に入らずんば虎児を得ず”です」

みほ「無茶でもいい、各チームにはいろいろなことを試してほしいから…」

華「わたくしたちが見本になってさしあげましょうか」

みほ「麻子さん、停車してください」

麻子「りょ、了解」


ガクン


華「この先は長い一本道です」

優花里「右手に森。左は急斜面で、その下にはほかの道がしばらく並行して走ってますね」

華「斜面の高低差はそれほどありませんけど、転落は当然、避けなければ」

みほ「もしここで急襲されたら逃げ場がない」

優花里「別のルートへ行きますか?」

みほ「ううん。早く会敵するにはこの道を進んだ方がいい」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:40:03.10 ID:tl37GxWNo<> 華「では、わたくしたちの後方を進んでいるほかの車両が到着するのを待って…」

優花里「互いに援護できる態勢で前進、ですか」

みほ「ううん。それもやらない」

華「それなら、みほさん…」

みほ「うん。単独でここを進む。沙織さん、白組のみんなへ通信」

沙織「了解。…こちらあんこうチーム。白組各車へこれより指揮車車長から指示」

みほ「皆さん、W号の現在地は3481地点。各車は今までどおり私たちへ追随し続けてください」

みほ「W号は今から、ここより北西へ延びる一本道を前進します」

みほ「紅組の罠が仕掛けられてる可能性がありますけど、あえて前進します」

みほ「もし会敵したら状況を逐一伝えます。皆さんはその情報を基に行動してください」

澤『こちらウサギチーム、澤です。西住隊長、1両だけだと危険では…』

みほ「単身で相手の罠にかかってしまうという状況は、どの車両にも起こり得ます」

澤『それじゃ…』

みほ「はい。私たちはこれからそういう状況へ、自ら突入することになるかもしれません」

澤『……』

みほ「でもその局面を、自ら突破します」

澤『……』

みほ「もしW号が撃破されたら、皆さんは次の指揮車の下で反撃を行なってください」

澤『……了解しました』

みほ「指揮車が倒されても、試合は続いている。そんな状況だって起こり得ますから」

澤『西住隊長、無事を祈ってます』

みほ「交信を終了します。…麻子さん」

麻子「うん」

みほ「Panzer vor!」


グオオォォオン


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:41:39.75 ID:tl37GxWNo<> 華「みほさん」

みほ「うん」

華「今の指揮、御立派でした」

みほ「え……そんなことないよ」

優花里「いえ、最高にカッコ良かったです。“俺の屍を越えてゆけ”って感じでした」

華「みほさんは試合中でもお手本を示して、皆さんを指導しているんですね」

みほ「みんなには、いろいろな状況へ対処できる力もつけてほしいから」

優花里「W号がいない状況も経験してもらいたいんですね」

華「ではみほさん、これからひょっとして…」

みほ「何?」

華「わざと撃破されますか?」

麻子「…!」

みほ「まさかぁ。そんなことしないよ」

沙織「……」

優花里「そうですよね。あり得ません」

華「失礼いたしました。今のは冗談で訊いてみただけです」

みほ「いくら指導のためでも、わざと負けるなんてことはない」

優花里「そうです。私たちには常に、勝利以外の選択肢はないんです!」

麻子「……」

沙織「……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:44:21.21 ID:tl37GxWNo<>

ズバァァアアアッ


麻子「えっ!? な、何!?」

沙織「来たな」

優花里「付近に着弾!」

華「やっと仕掛けてきましたね」

みほ「…後方五時、森の中に紅組の八九式がいる」

麻子「ど、どうするの!?」

みほ「そのまま前進を続けて。少し速度を上げて」

華「森に隠れていましたか」

優花里「あの戦車の大きさだから可能なんですね」

華「木の間をぬって移動できます」

みほ「八九式が道へ出た。私たちへの追撃を開始」

優花里「後ろを取られました」

華「みほさん、こちらも反撃を…」

みほ「まだ様子を見る。あの戦車とはまだ距離があるから」

華「分かりました。罠だとしたらこれだけじゃないでしょうし」

みほ「沙織さん、各車へ戦況を伝えて」

沙織「了解。…こちらあんこうチーム。3480地点で紅組の八九式を確認、交戦中」

麻子(来ちゃた……怖い……)

沙織(よし、これが撃破されるチャンスだ)

麻子(怖い……あたし今、戦車に追っかけられてる……)

沙織(停車して八九式に後部を狙わせるんだ)

麻子(ただ操縦するだけでも怖いのに、あり得ない……!)

沙織(至近距離ならあの戦車でも私たちの装甲を抜ける)

麻子(試合中の操縦が、こんなに怖いなんて!)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:45:28.20 ID:tl37GxWNo<> 沙織(減速しろ、沙織)

麻子(……あ、あれ?)

沙織(八九式にもっと接近させろ)

麻子(何だろ……あれは?)

沙織(そして停車して、撃たれるんだ)

麻子(一本道の突き当たり……道が右へ曲がってる所)

沙織(今がチャンスだ。撃破されるチャンスなんだ)

麻子(突き当たり正面の、藪の向こう)

沙織(沙織、何してる)

麻子(何だろう。何かがいる……)

沙織(西住さんの命令に逆らうんじゃなかったのか?)

麻子(麻子の、この目なら分かる。間違いなく何かいる)

沙織(さっさと停車しろ)

麻子(あっ! あ、あれ、あれって…)

麻子「V突だ!!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:46:56.66 ID:tl37GxWNo<> みほ「えっ!?」

麻子「V突がいる! 道の突き当たり、藪の向こう!」

みほ「双眼鏡で確認します」カチャ

優花里「西住殿、危ないです! キューポラから出ないでください!」

華「みほさん、わたくしが照準器で見ます」

みほ「分かった。お願い」

華「…確認しました。麻子さんの言うとおりです。V突が藪に隠れています」

みほ「私たちを狙ってる?」

華「はい。砲口をこちらへ向けています」

みほ「優花里さん、徹甲榴弾装填。華さん、射撃用意」

華・優花里「「了解!」」

沙織(何だと? 後ろから八九式に追われて、前にはV突)

沙織(挟み撃ち。何てことになってしまったんだ……)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:48:37.06 ID:tl37GxWNo<> 麻子「どっどうする!?」

みほ「そのまま前進して。速度をもっと上げてください」

麻子「そんな…」

みほ「ギアをトップまで入れて、アクセル踏んで。全速前進!」

麻子「うう…」グコンッ グッ


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


みほ「沙織さん、各車へ戦況報告」

沙織「こちらあんこうチーム。3479地点に紅組指揮車を確認。これより接近して交戦の予定」

澤『澤です! 西住隊長!』

みほ「西住です」

澤『援護します! 私たちが行くまで待ってください!』

みほ「不可能です。一本道で挟み撃ち。右手は森、左は急斜面だから援軍を待つ場所がない」

澤『そんな…どうするんですか? 私たちはどうすればいいですか?』

みほ「さっきの指示のとおりです。あんこうチームは今からこの状況を突破します」

澤『……』

みほ「各車はこの地点へ集合。もしW号が撃破されたら反撃を展開してください」

澤『……了解』

みほ「華さん、常にV突へ照準を合わせ続けて。停止射撃はしません」

華「分かりました。いつでも発射を指示してください」

優花里「次弾装填の準備はできています!」

みほ「あんこう、突撃します! 八九式を振り切りつつ、あの藪へ至近距離まで接近!」

華・優花里「「了解!」」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:50:18.41 ID:tl37GxWNo<> 沙織「みぽりん」

みほ「うん、何?」

沙織「なぜ突撃?」

みほ「こういう時に沙織さんが何か訊いてくるなんて、珍しいね」

沙織「理由を知りたいだけ」

みほ「私たちはV突から、とっくに撃たれてるはず」

沙織「……」

みほ「あの車両はとっくに私たちへ照準を合わせてるはず」

沙織「……」

みほ「でもV突は撃ってこない。今もまだ撃ってこない」

沙織「なぜ」

みほ「あのチームのみんなは今、迷ってるの」

沙織「……」

みほ「車長のエルヴィンさんも砲手の左衛門佐さんも迷ってる」

沙織「……」

みほ「全速で向かってくるW号を見て、驚いてる。そして迷ってるの」

沙織「発射を…」

みほ「うん、発射を迷ってる。今はもう、突進してくるW号から逃げることにも迷ってるはず」

沙織「……」

みほ「勝負は、迷ったら負ける」

沙織「……」

みほ「私たちは迷わない。迷わず突撃する。V突との距離をどんどん詰める」

沙織「そして、至近距離から射撃…」

みほ「うん。そうして私たちはV突を撃破する!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:51:44.09 ID:tl37GxWNo<> 麻子(何言ってるのよみぽりん! やめてよう!)

麻子(何考えてるのよう! いつ撃たれるか分からないのに!)

麻子(それなのに全速で突っ込むなんて!)

麻子(怖い怖い怖い! 後ろから追われて、前からも狙われてる!)

麻子(このままだと両方から撃たれる! どうしてこんなことするのよう!)

麻子(やっぱり無理! あたしが試合なんて、無理!)ガクガク

麻子(もうやだ! やめたい! 今すぐ車内から出たい!!)ガクガク

麻子(もうここから逃げたい!!)グイ


ゴガガガガガガガガガガガ


沙織「えっ?」グラ

華「車体が…!?」

優花里「左へ…斜面の方へ向かいます!」

沙織(何やってるんだ、沙織?)

みほ「ちょ、ちょっと麻子さん!?」

沙織(あいつ、とうとう限界を越えてしまったか!?)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:53:45.61 ID:tl37GxWNo<> 麻子(えっ!? 何!?)ガクガク

麻子(あたし今、何しちゃったの!?)ガクガク

麻子(そ、操縦桿を、動かしちゃった!?)ガクガク

みほ「麻子さん、そっちは危ない! そっちへ進まないで!」

麻子(え!?)

みほ「態勢を立て直して!」

麻子(そっち…!?)ガクガク

麻子(そっちって、どっち!?)ガクガク

華「危険です! このままでは…」

優花里「斜面から下の道へ転落します!」


ゴガガガガガガガガガガガ


華「麻子さん! 右です! 右へ行ってください!」

麻子(右!?)

沙織「反対側の操縦桿! 早く!」

麻子(反対!?)

麻子(だって今、右って…反対側って何!?)ガクガク

麻子(何の反対側!?)ガクガク

麻子(反対側って、どっち!?)ガクガク

麻子(どっちにすればいいの!?)

麻子(どっちなのよ!!)

麻子「もうやだ!! もう分かんない!! もう無理だよ!!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 19:55:04.23 ID:tl37GxWNo<> 優花里「冷泉殿!?」

麻子「あたしには無理なんだよ!!」

みほ「落ち着いて、麻子さん!」

麻子「もうやめる! こんな分かんないこともうやめる!」

沙織「落ち着け! パニックになるな!」

麻子「こんなことあたしには無理なんだよ!!」

華「もう、車体のバランスが…!」

優花里「限界です! 斜面から落ちます!!」

みほ「全員、何かに掴まって! 体を支えて!!」

華「きゃああっ!」グラ

優花里「うわああっ!」グラ

麻子「あーっ!!」

沙織「うわっ!」


ドンガラガッシャーン!!


<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:00:23.82 ID:tl37GxWNo<> 沙織「……」

華「……」

優花里「……」

麻子「……」

みほ「……みんな!! 大丈夫ですかっ!?」

優花里「は、はい……! 西住殿は!?」

みほ「大丈夫、ケガはありません! みんなは!?」

華「五十鈴華、無事です…!」

優花里「秋山優花里、問題ありません!」

沙織「武部沙織、元気だよ!」

沙織(えっ……!?)

麻子「冷泉麻子、普段どおりだ」

麻子(あっ……!?)

沙織(ここは……通信手の席! この髪……手に触ってる髪は、あたしの髪!)

麻子(私が座ってるのは、操縦席。この髪は私の髪だ!)
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:02:01.08 ID:tl37GxWNo<> みほ「良かった……! みんな大丈夫ですね!」

華「わたくしたち、今…」

優花里「はい。私、普通に立ってます。皆さんは普通に椅子へ座ってます」

みほ「何も引っくり返ってない。元のまま」

華「でも、戦車が斜面を転げ落ちたのに…」

みほ「360度、横転した。戦車が横に回転しちゃった」

優花里「そしてこの、一本道と並行して走ってる…」

みほ「下の道へ、履帯から着地した」

華「こんなことになったのに、全員が無傷」

優花里「奇跡です……!」

華「信じられません」

みほ「きっとすごく勢い良く、綺麗に回転して…」

華「遠心力で、車内が何も被害を受けなかったんでしょうか」

優花里「何もかも元のままです。元どおりです!」

沙織(元どおり……)

麻子(元どおり、だ……)

沙織(あたしたち、今の…)

麻子(転落した、ショックで…)

沙織・麻子((体が……人格が……))

沙織・麻子((元に、戻ったんだ……!!))
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:03:58.48 ID:tl37GxWNo<> 沙織(人格も沙織)「麻子……」ボソ

麻子(人格も麻子)「沙織……」ボソ

沙織「元に、戻ったね……」ボソ

麻子「ああ……」ボソ

沙織「元どおり……」ボソ

麻子「ああ…。だから、そのとおりにしてろ」ボソ

沙織「うん、分かってる…。入れ替わる前の、元のとおりだね」ボソ

華「みほさん、わたくしたちに撃破判定は?」

みほ「出てない。白旗は上がってない」

麻子「西住さん」

みほ「うん」

麻子「操縦手から報告する。エンジンは停止していない。アイドリング音、正常」

みほ「はい」

麻子「水温と油圧も共に正常。燃料計異常無し。今の衝撃でギアがニュートラルになっただけだ」

沙織「みぽりん、通信手からも報告」

みほ「どうぞ」

沙織「通信機は正常に作動。送受信共に可能だよ」

みほ「ということは動力も電気系統も、異常無しですね」

優花里「試合続行が可能。ますます奇跡です……!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:06:12.92 ID:tl37GxWNo<> 沙織「あ。みぽりん、待って…」

みほ「……」

沙織「全車から通信が殺到してる。澤ちゃんなんて泣きそうな声」

麻子「V突か八九式がこの横転事故を各車へ伝えたんだろう」

華「皆さん、心配してくださってるんですね」

沙織「みぽりん…ううん、西住隊長」

みほ「はい」

沙織「隊長がみんなへ声をかけてあげて」

みほ「分かりました。沙織さん、試合を一時中断して全車へ通信します」

沙織「了解。…こちらあんこうチーム。全車へ隊長の緊急指示を伝えます。全車、試合を一時中断」

沙織「繰り返します。全車、試合を一時中断。その場で停止、待機してください」

沙織「今から隊長の発言があります」

みほ「皆さん、西住です」

みほ「あんこうチームが試合中に事故を起こしました。心配をかけてごめんなさい」

みほ「チームの5人は全員、無事です。誰もケガしてません」

みほ「車両も特に損傷がないようです。撃破判定も出ていません」

みほ「皆さん、心配をかけてごめんなさい」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:08:02.35 ID:tl37GxWNo<> エルヴィン『西住隊長。紅組指揮車、エルヴィンだ』

みほ「はい」

エルヴィン『とにかく無事で良かった』

みほ「ごめんなさい」

エルヴィン『何度も謝らなくていい。それで、試合はどうするんだ?』

みほ「……」

エルヴィン『無事なら、このまま…』

みほ「……それはできません」

エルヴィン『何?』

みほ「……」

澤『澤です。どういうことですか?』

みほ「W号は車両が横転、360度回転してしまいました」

みほ「でも奇跡的に撃破の判定が下されませんでした」

みほ「だけど普通なら、こんなことはあり得ません」

みほ「こんな事故を起こした車両の競技続行は不可能です」

みほ「だから私たちは、この試合から離脱します」

みほ「W号は行動不能になったものとしてください」

みほ「そして皆さんはこれまでどおり、今回の紅白戦を続けてください」

澤『そんな……』

エルヴィン『西住隊長、どうしてそんな必要がある?』

みほ「え?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:09:50.68 ID:tl37GxWNo<> エルヴィン『どうして隊長たちが離脱する必要がある?』

みほ「……」

エルヴィン『撃破判定が出てないのに、なぜ撃破されたのと同じことにしてしまう?』

みほ「だって…」

エルヴィン『どうしてそんな必要がある? 隊長たちは今までどおり試合を続けてくれ』

みほ「……」

エルヴィン『各車のみんな、どう思う?』

『そうですよ、西住隊長!』

『隊長たちは撃破されてません!』

『私たちを指揮し続けてください〜』

『撃破にならなかったのは隊長たちに根性があったからです! これからも根性です!!』

みほ「……」

エルヴィン『聞こえたか? みんなもこう言ってる』

みほ「……」

エルヴィン『紅組も白組も、全車が隊長たちの競技続行を望んでる』

みほ「じゃあ…」

エルヴィン『ああ。W号はこれまでどおり試合に参加してくれ』

みほ「でも…」

沙織「やろうよ、みぽりん!」

華「わたくしたちはその準備ができています」

優花里「戦車隊のみんなが、いいって言ってくれてます!」

麻子「自分で自分を見限ってしまうこともあるまい」

みほ「みんな……。分かりました」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:11:09.42 ID:tl37GxWNo<> みほ「皆さん、西住です」

みほ「私たちの試合続行を認めてくれて、ありがとうございます」

みほ「でも、少し聞いてください」

みほ「チームのメンバーは全員、ケガをしていません。戦車も無傷のようです」

みほ「だけど車両は斜面を転落、横に回転してしまいました」

みほ「どこにどんな損傷があるか分かりません」

みほ「これから私が外へ出て、目視で点検します」

みほ「そして戦車を動かしてみて、異常がないかを更に確認します」

みほ「その後で、試合に復帰するかどうか決めたいと思います」

みほ「申し訳ありませんけど、皆さんはその間、今の位置で待機してください」

沙織「みぽりん、全車両からの了解を確認」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:12:51.62 ID:tl37GxWNo<> みほ「みんな、ちょっと待っててください」カチャ

華「わたくしはその間、照準器に異常がないかを確認します」

優花里「私は格納してある砲弾をチェックしましょう」

麻子「沙織」ボソ

沙織「何?」ボソ

麻子「元に戻れたのは沙織のお陰だな」ボソ

沙織「はあ? 何言ってんのよ」ボソ

麻子「……」

沙織「こんな、こんな……」ボソ

麻子「どうした?」ボソ

沙織「こんなことが、元に戻る方法だったなんて……」ボソ

麻子「私が今まで調べてきたのは一体、何だったんだろうな」ボソ

沙織「また、何言ってんのよ。今までのことは全然、無駄なんかじゃない」ボソ

麻子「……」

沙織「こうやって元に戻れた。とにかく結果オーライ。終わり良ければ全て良し」ボソ

麻子「……」

沙織「何もかもうまくいったんだよ。全部、無駄じゃなかったんだよ」ボソ

麻子「沙織らしい大らかな考え方だな」ボソ

沙織「この経験だって無駄じゃなかったんだよ」ボソ

麻子「お前は二度とこんな目に遭いたくない、と言ってなかったか?」ボソ

沙織「だってこの経験をしたから、あたしたちはお互いが一番大事な人って分かったんだよ」ボソ
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:14:30.62 ID:tl37GxWNo<> 麻子「そうだな。今回のことでそれが分かった」ボソ

沙織「元へ戻ってもそれは変わらない」ボソ

麻子「私たちはあの夜、あんなことまでしたんだからな」ボソ

沙織「ちょ、ちょっと麻子、みんなに聞こえたら///」ボソ

麻子「お前と私には誰にも言えない二人だけの秘密ができてしまった」ボソ

沙織「意味深な言い方しないでよ。ちょっとアレを練習しただけじゃん///」ボソ

麻子「これからもするか? ああいうこと」ボソ

沙織「そ、それは…///」ボソ

麻子「どうした? 私が相手じゃ嫌か?」ボソ

沙織「い、嫌なんて言ってないよ……。とにかくあたしは、あの時の約束を絶対に忘れない」ボソ

麻子「ああ。私も同じだ」ボソ

沙織「絶対にあんたからいなくなったりしない」ボソ

麻子「私もだ。いつでも、いつまでもお前のそばにいてやる」ボソ

沙織「うん。あたしたちは一緒にこんな経験をしたんだから」ボソ

麻子「私たちはあんな目に遭って、共にそれを乗り越えた」ボソ

沙織「それができたのは、お互いが一番大事な人って思ってる二人が一緒だったからなんだよ」ボソ
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:15:35.63 ID:tl37GxWNo<> 麻子「沙織」ボソ

沙織「うん」ボソ

麻子「どうして、私たちは今…」ボソ

沙織「何?」ボソ

麻子「その一番大事な人の、手も握れないんだろうな」ボソ

沙織「……」

麻子「どうして元に戻れたのに、手を取り合って喜ぶこともできないんだろうな」ボソ

沙織「だって今、あたしたちの間には…」ボソ

麻子「……」

沙織「計器や、通信機があるから……」ボソ

麻子「そんなことは分かってる」ボソ

沙織「あたしだって、そうしたいよ」ボソ

麻子「……」

沙織「でも…」ボソ

華「沙織さん。麻子さん」

沙織「えっ!? な、何? 華」

麻子「何だ、五十鈴さん」

華「さっきから二人だけで、何を話してるんですか?」

沙織・麻子((ドキッ))
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:17:17.19 ID:tl37GxWNo<> 沙織「き、聞いてたの? 華」

華「いいえ」

沙織・麻子((ホッ))

華「だってそんなにボソボソ話すんですから、聞こえるはずありません」

沙織(良かった……)

華「でも、二人だけで延々と内緒話なんかして…」

麻子「何でもない。ただ普通に喋っていただけだ」

華「いくら幼馴染で大親友といっても、ずいぶん仲良しさんじゃありませんか」

沙織「別に、普通にお喋りしてただけだよ。麻子の言うとおりだよ」

華「麻子さんはわたくしたちの知らないうちに、沙織さんからお料理を教わっているし」

沙織「それは…」

華「ずいぶん親密じゃありませんか。二人の間に最近、何かあったのでしょうか?」

沙織・麻子((ドキッ))

麻子「……五十鈴さん」

華「何でしょう」

麻子「妙に、絡んでくるが…」

華「……」

麻子「一体どうしたんだ」

華「……ふふふ。麻子さん、分かりませんか?」

麻子「何をだ」

華「わたくしは今、二人の仲を妬いているんです」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:18:42.35 ID:tl37GxWNo<> 麻子「……」

華「わたくしだって一応、二人の仲間。そして親友のつもりですから」

沙織「……」

華「それなのに、目の前でそんなに仲良しな様子を見せられたら…」

麻子「嫉妬、してしまう…」

華「ええ。妬けてしまうじゃありませんか」

優花里「そうですよ。武部殿、冷泉殿」

沙織「ゆかりんも……」

優花里「私だって二人の仲間で、親友のつもりです!」

麻子「……」

優花里「二人だけでいつの間にかそんなに仲良くなってて、ズルいです!」

麻子「……分かった」スッ

華「え? 麻子さん、手を…」

麻子「五十鈴さんも、手」

華「……ふふふ。分かりました」ギュッ

麻子「五十鈴さんは、秋山さんと」

華「ええ。…優花里さん」スッ

優花里「はい」ギュッ

沙織「ゆかりん」

優花里「はい、武部殿」スッ

沙織「うん」ギュッ
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:20:54.03 ID:tl37GxWNo<> みほ「みんな、お待たせしました……あれ? 何してるの?」

華「ふふふ」

沙織「ね、みぽりんも入って」

みほ「え? みんなで手をつないで、何やってるの?」

沙織「いいから早く」

優花里「西住殿、車長席へ座ってください」

麻子「両手を出せ」

みほ「えーと、こうすればいいの?」スッ

華「片手を、わたくしと」ギュッ

優花里「もう一方の手は、私と」ギュッ

沙織「これで完成したね!」

麻子「ああ。扇の要の位置に一番重要な人がついた」

華「5人の結束が確かめられました」

みほ「そういう意味かぁ」

優花里「この5人は仲間で、親友なんです」

華「この5人がそろっていれば、不安や心配は何もありません」

沙織「あたしたちは無敵なんだよ!」

麻子「5人がそろえば、どんな困難でも乗り越えられる」

みほ「そうだね。今だって…」

優花里「はい。5人がそろっていたから奇跡を起こせたんです!」

みほ「みんなで事故を乗り越えることができたんだね」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:22:16.94 ID:tl37GxWNo<> 麻子「その、事故のことだが…」

みほ「何?」

麻子「みんな、すまなかった」

優花里「そんな。全員無事だったじゃないですか」

華「みほさん、戦車の様子は?」

みほ「何も問題無し。車体が泥だらけになっちゃったけど、壊れた箇所は全然なかった」

優花里「まさに奇跡です!」

みほ「後は、今までどおりにちゃんと動くかどうか確かめるだけ」

華「戦車も無事。何よりです」

麻子「だがとにかく謝る。事故が起きたのは私の責任だ。すまなかった」

沙織「……麻子」

麻子「何だ」

沙織「あんた、ちょっと待ちなさいよ」

麻子「どういうことだ」

沙織「何言ってるのよ。どうしてあんたが謝るの?」

麻子「沙織こそ何を言ってるんだ。今の横転事故は操縦手の責任だ」

沙織「……」

麻子「私が取り乱して操縦を誤り、みんなを危険な目に遭わせた」

沙織「……」

麻子「当然、私は謝らなければならない。みんな、すまなかった」

華「麻子さん。そんな、何度も…」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:24:32.53 ID:tl37GxWNo<> 沙織「それならあたしも謝る! みんな、ごめん!」

みほ「え?」

優花里「どうして武部殿が謝るんですか?」

沙織「う……」

華「通信手の沙織さんには何の落ち度もありませんけど」

沙織「……で、でも……」

優花里「武部殿に責任はないと思います」

沙織「……い、いいのよ! 謝りたいんだから、謝らせとけばいいんだよ!」

華「おかしな沙織さんですねえ」

みほ「沙織さん、麻子さん」

沙織「何?」

麻子「何だ」

みほ「作戦行動中に起こったことは、全て車長に責任があります」

沙織「……」

みほ「だから今の事故は、私の責任です」

沙織「えっ…」

みほ「今日の麻子さん、あまり調子が良くないみたいだった」

麻子「……」

みほ「それなのに私が無茶な作戦を指示したから、麻子さんが少し慌てちゃった」

沙織「そ、それは…」

みほ「だから今の事故は私のせいで起きたんです。みんな、ごめんなさい」

沙織「そんな……そんな、やめてよう。どうしてみぽりんが謝るのよう」

麻子「西住さん、事故を起こしたのは操縦手だ。だから私の責任だ」

みほ「ううん、車長の私に責任があります」

麻子「事故を起こしたのはほかの誰でもない、私なんだ」

沙織「麻子もみぽりんも黙って! あたしが謝ってるんだから、もうそれでいいんだよ!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:28:37.33 ID:tl37GxWNo<> 華「皆さん、もう……切りがありませんねえ」

優花里「では! 僭越ながら!!」

沙織「わっ、びっくりした」

優花里「不肖、秋山優花里が提案させていただきます!」

華「提案?」

みほ「どんなこと?」

優花里「今のは、全員の連帯責任ということにしましょう!」

華「あら。名案ですね」

優花里「このW号のことは、W号に乗ってる全員に責任があるんです」

みほ「うん」

優花里「だから一人一人が、今みたいな事故の危険性をよく噛みしめなくちゃいけません」

麻子「そうだな」

優花里「一人一人が、こんな事故を二度と起こさないようにしなくちゃならないんです」

沙織「うん、そのとおりだね」

華「ではこれで、一件落着ということで」

みほ「……ふふふ」

沙織「どうしたの、みぽりん?」

みほ「私たち一体、何してるんだろうね」

華「そうですね。全員で手をつないで…」

優花里「5人の結束を確認したと思ったら…」

麻子「手をつないだまま、今度は言い争い」

沙織「でもすぐに仲直り」

華「私たちはまったく、何をしているんでしょうね。ふふふ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:30:42.64 ID:tl37GxWNo<> みほ「じゃあそろそろ手を離そう。戦車を動かしてみないと」

沙織「あ、そうだね。ほかのチームがみんな待ってるし」

みほ「麻子さん、微速前進」

麻子「了解」

みほ「いろいろな挙動をして足回りに異常がないか確認して。動かし方は任せます」

麻子「分かった」

みほ「華さん、砲塔旋回」

華「はい」

みほ「主砲の上下動も試して」

華「了解しました」

麻子「みんな、少しスピードを上げてから急停止してみるぞ。気を付けろ」

優花里「了解です!」

華「砲塔は無事に回ります。主砲にも異常ありません」

麻子「今度はバックギアでジグザグに全速走行する。西住さん、後ろを見てくれ」

みほ「はい。後方に障害物無し」

優花里「全速ジグザグ後進なんて、さすが冷泉殿です」

華「何もかも大丈夫そうですね」

沙織「じゃあみぽりん、続けるでしょ?」

みほ「うん。みんなもそうしてって言ってくれてるし…」

沙織「じゃあ試合再開は?」

みほ「時刻1540からにしよう。沙織さん、通信をお願いします」

沙織「了解。…こちらあんこうチーム。全車へ」

沙織「W号は車体に異常がありませんでした」

沙織「紅白戦に復帰します。再開は時刻1540。各車、現在地から競技を開始してください」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:32:03.40 ID:tl37GxWNo<> 麻子「仕切り直しだな」

みほ「麻子さん……」

麻子「西住さん、私ならもう大丈夫だ。安心しろ」

みほ「うん」

麻子「これからは対外試合と同じ、いや、それ以上の走りでいくぞ」

華「目の色が変わったようですね、麻子さん」

麻子「V突に約束を果たしてもらわなくちゃならないしな」

優花里「あ、そうです。そのとおりです!」

華「あのチームは一番先にわたくしたちを撃破してくれなければいけません」

麻子「この私たちに撃破を予告。そんなことをしたのを後悔させてやる」

優花里「はい。逆に、最初に撃破されるのはエルヴィン殿たちです」

沙織「あたしたちは今、この5人がそろってるんだから」

華「無敵です。タイマンの申し出には必ず応じます。そして必ず、相手を叩き潰します」

みほ「でもみんな、油断しないで」

優花里「分かっています、西住殿!」

麻子「言われるまでもない」

華「何か考えがあっての予告撃破でしょうから」

沙織「油断なんて絶対できない」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:33:58.73 ID:tl37GxWNo<> みほ「V突のみんなは最近、すごく力をつけてきてて自信にあふれてる」

華「同じ戦車隊のメンバーとして頼もしいですね」

みほ「だから、さっき攻撃を迷ったのは意外だった」

優花里「でも、試合が中断して…」

みほ「うん。迷ったことを反省する時間を与えちゃった」

麻子「今頃は作戦を練り直してるな」

華「次はどのような手でくるのか、楽しみです」

優花里「私たちはそうやって互いに競い合いつつ、戦車道に精進するんですね」

沙織「みぽりん。さっき一番先に、あたしたちへ大丈夫かって訊いてきたのは誰だったと思う?」

みほ「えーと……エルヴィンさん?」

沙織「当たり。真っ先に周波数を元に戻して、安否確認の通信をくれた」

麻子「互いに信頼する仲間だ。そしてチーム同士で切磋琢磨することは友情の証だ」

華「仲間だからこそ、競い合うんですね」

優花里「でも、勝つのは私たちです!」

みほ「うん。絶対に負けられない」

沙織「時間になったよ」

みほ「試合再開! Panzer vor!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:38:05.77 ID:tl37GxWNo<> ──戦車倉庫前


みほ「ではこれで、今日の練習を終了します」

一同「お疲れ様でしたー!」

沙織「さー終わった!」

みほ「みんな、いろいろあったけどお疲れ様でした」

優花里「西住殿こそお疲れ様でした!」

華「確かに様々なことがありましたけど、終わってみれば…」

麻子「私たち白組の圧勝だったな」

沙織「結局、我があんこうチームが紅組の戦車をほとんど撃破しちゃったね」

みほ「うん……」

華「皆さんにいいお手本を示せたんじゃないでしょうか」

みほ「うん……。でも、ほかのチームが活躍する機会を取っちゃったような…」

沙織「練習試合なのに練習になってなかった、ってこと?」

みほ「うん。結局また、私たちだけが目立っちゃって……」

華「でも仕方ないと思います。わたくしたち、あの事故の後…」

優花里「何だか妙なテンションになっちゃいましたから」

華「麻子さんの操縦が、それまでとはまるで別人のようでした」

沙織「華の射撃もハンパなかったじゃん。無駄弾が全然なかった」

華「優花里さんの装填が素早かったから、目標の撃破に集中できたんです」

優花里「いえ、何よりも西住殿の指揮が素晴らしかったじゃないですか」

麻子「相手の動きに対する読みが全て的中したな」

みほ「沙織さんが仲間の車両と連絡を密にしてたから、戦況を把握しやすかったの」

華「わたくしたち全員、何だか変なスイッチが入ってしまったようでした」

優花里「覚醒とか確変ってやつですね。そうなったのは多分、事故の後…」

沙織「うん、結束を確認したからだよ。この勝利は、5人が心を一つにした成果なんだよ!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:39:41.40 ID:tl37GxWNo<> 華「では皆さん、これから…」

みほ「何?」

華「よろしければ、わたくしの部屋で祝勝会をしませんか?」

沙織「祝勝会?」

華「実は、また仕送りと称して実家から食材が送られてきまして…」

優花里「あ。じゃあ再び、チームでごはん会ですか?」

華「はい。母が大層、感激してしまいまして…」

沙織「華のお母さん? どうしたの?」

華「食材を調理していただいて皆さんと一緒に食べたと、母へ伝えました」

麻子「ふむ」

華「皆さんにとても喜んでいただけたと言ったら、大層、感激してしまいまして…」

優花里「そんな、感激してるのは私たちの方です」

麻子「後で五十鈴さんのお母さんに全員でお礼を言おう」

華「また皆さんに召し上がってもらいなさいと、母は前回より大量の食材を送ってきたんです」

みほ「じゃあまた華さんの奢りってこと? いいの?」

華「もちろんです」

優花里「何度もありがとうございます。感謝です!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:41:24.38 ID:tl37GxWNo<> 沙織(祝勝会かあ)

麻子(いいかもしれないな)

沙織(一番心配だった紅白戦を乗り切れた)

麻子(試合は完勝だった)

沙織(何よりも、こうして元に戻れた)

麻子(全てがうまくいった。沙織の言うとおり、無駄なことなんて何もなかったのかもしれない)

沙織(ちょっとお祝いしたい気分かも)

麻子(五十鈴さんには少し、申し訳ないが…)

沙織(華の考えてることとは、ちょっと違うけど…)

麻子(私と沙織は、この集まりを二人の特別なお祝いにさせてもらおう)

沙織(よーし! じゃあ張り切って御飯、作るかあ!)

華「それで、麻子さん」

麻子「ん?」

華「麻子さんに是非、お料理を作っていただきたいんです」

麻子「えっ」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:43:38.42 ID:tl37GxWNo<> 沙織(あれ? どうしてあたしへ頼まないの?)

麻子「な、なぜ私に…」

華「前回の調理の腕前、お見事でした」

麻子「……」

華「だから今回も是非、麻子さんにお料理を作っていただきたいんです」

沙織(華、違うの! 麻子に料理なんてできるはずない。あれはあたしだったんだよ!)

麻子(しまった。こんな事態も想定していなかった……!)

沙織(だから、どうなっても知らないって……やっぱりこんなことになっちゃった!)

沙織「ねえ華、聞いて!」

華「はい?」

沙織「いつもどおりあたしが作るよ!」

華「……」

沙織「それでいいでしょ? 麻子に作らせるなんて…」

華「いいえ」

沙織「は?」

華「沙織さんは、じっとしていてくださればよろしいかと」

沙織「な、何? どうして? どういうこと?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:45:45.28 ID:tl37GxWNo<> みほ「沙織さん、たまには休んでほしいな」

優花里「いつも武部殿に作るのをお任せしちゃってるんですから」

華「今は麻子さんという、優秀なお料理の生徒がいるじゃありませんか」

みほ「今日、沙織さんは出来上がるのを待ってるだけでいいと思う」

沙織「……」

華「だから麻子さん、是非お願いします」

麻子「あ、ああ……。でも……」

華「でも?」

麻子(どうする……どう断る……?)

麻子「あ、そうだ…。私は最近、さっき操縦で調子が悪かったのと同じで…」

華「操縦? 同じ?」

麻子「最近は料理も、調子が悪くて…」

華「は? この前の沙織さんみたいなことを言いますねえ」

沙織(麻子ったら、今度も何をわけの分かんないこと言ってんのよ!)

華「うちへ来て、料理をしていただけませんか?」

みほ「私も麻子さんのお料理、もう一回食べたいなぁ」

優花里「冷泉殿、前回見せた天才的な腕前をまた振るってください!」

麻子「う……」

華「駄目でしょうか。お願いすれば、先日と同じように作ってくださるとばかり……」

麻子「そ……それは……」

華「それに今度も、食材の中にあまり日持ちのしない物があるんです」

麻子「そ、そうか……」

華「できれば皆さんがそろっている今日……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:47:06.64 ID:tl37GxWNo<> 沙織(どうするのよ、麻子?)

麻子(こんなことで追い詰められるとは……)

沙織(よーし……こうなったらもう、やるしかない!)

沙織「みんな、聞いて」

みほ「え? 沙織さん?」

華「改まって、どうしました?」

沙織「重大な発表があります!」

優花里「発表?」

みほ「重大って、どんなこと?」

麻子「沙織、まさか…」ボソ

沙織「うん。その“まさか”だよ」ボソ

麻子「……」

沙織「あたし、話すよ。みんなに本当のことを説明する」ボソ

麻子「無駄だ。やめておけ」ボソ

沙織「何よ。そんなこと言ったって…」ボソ

麻子「……」

沙織「じゃああんたが料理するの?」ボソ

麻子「できるわけないだろう」ボソ

沙織「それならやっぱり、みんなに本当のことを分かってもらうしかないじゃん」ボソ
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:49:37.27 ID:tl37GxWNo<> みほ「沙織さんと麻子さん、二人だけで何喋ってるの?」

華「みほさんも、この二人はずいぶん仲良しだなあって思うでしょう?」

優花里「さっきからずっとこうです。自分たちだけの世界を作っちゃってます」

華「わたくしたちは完全に蚊帳の外。何だか妬けてしまいませんか?」

沙織「華」

華「何でしょう」

沙織「これからその理由を説明する」

華「また改まって、一体どうしたというんでしょうか」

沙織「あたしと麻子が最近、すごく仲良しに見えた理由を説明する」

みほ「仲良しに見えた、理由?」

沙織「あたしと麻子には最近、秘密があったの」

優花里「秘密?」

沙織「みんな、驚かないで聞いてね」

華「……」

沙織「あたしと麻子はたった今まで、体が入れ替わってたんだよ」

みほ「ええっ!?」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:53:36.85 ID:tl37GxWNo<> 沙織「麻子は最近、隠れて自転車で通学してた」

沙織「あたしと麻子が一緒に帰る時、その自転車に二人乗りしたの」

沙織「そしたら坂道で、すごい勢いで転んじゃった」

沙織「そのショックで、あたしと麻子の体が入れ替わっちゃったんだよ」

沙織「あたしは、麻子の体になっちゃった」

沙織「麻子は、あたしの体になっちゃった」

沙織「二人ともすごく困った。でも元に戻る方法なんて分からない」

沙織「麻子が、その方法を調べてくれることになった」

沙織「それが分かるまで、あたしたちはお互いの振りをしようってことになったの」

沙織「最近の二人は様子が変だと思わなかった? でもこれで全部、説明がつくと思う」

沙織「どうして“武部沙織”が急に、勉強や運動がすごくできるようになったのか」

沙織「どうして“冷泉麻子”が急に、天才じゃなくなっちゃったのか」

沙織「それ以外のことも、全部これが原因だったの」

沙織「さっきの事故だって、あれは麻子が起こしたんじゃなかった」

沙織「麻子の操縦があんなに下手なはずがないよね。あれは体が入れ替わってたあたしが起こしたの」

沙織「さっきあたしが謝ったのは、こういう理由だったんだよ」

沙織「あれは麻子のせいでもなければ、みぽりんのせいでもない」

沙織「あの事故は麻子の体になって戦車を操縦してた、あたしのせいだったの」

沙織「みんなごめんね。さっき全員の連帯責任ってことになったのに、話を蒸し返して」

沙織「でも本当のことを分かってほしかった。そしてあたしは、みんなへ謝りたかったの」

沙織「料理のことも同じ。この前、華の部屋で料理をしたのはあたしだったんだよ」

沙織「みんなには麻子が料理してるように見えたよね。でも実は、あれはあたしだったんだよ」

沙織「でも今、二人の体が元に戻った。それはさっきの事故が原因だったの」

沙織「戦車が転落したショックで、やっとあたしと麻子は元に戻れた」

沙織「だから今、あたしが料理をするよ。あの時、料理をしたのはあたしだったんだから」

沙織「本当は、麻子の体になったあたしだったんだから」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 20:59:42.13 ID:tl37GxWNo<> みほ・華・優花里「「「……」」」

沙織「さ、みんな。早く華の部屋へ行こうよ」

みほ「沙織さん、何言ってるの?」クス

沙織「へ?」

華「まったく……沙織さんも人が悪いですねえ」

優花里「でも今、すごく感心しました」

みほ「うん。こんなに上手な作り話をすぐに思いつくなんて」

沙織「えっ……?」

華「話が全部、実際の出来事とうまく噛み合うように作られてます。本当に上手ですね」

沙織「つ…作り話!?」

みほ「こんな才能があったんだね、沙織さん」

優花里「小説家になれるんじゃないでしょうか」

沙織「みっ、みんな何言ってんのよ! これは作り話なんかじゃないんだから!」

華「誰がそんなことを信じると思ってるんでしょう」

みほ「えーと、何だっけ? 自転車で二人乗りしてたら、転んじゃって?」クス

華「体? 人格? それが入れ替わったですって? ふふふ」

優花里「そんなこと、あるわけないじゃないですか」

みほ「小説やマンガの中だけの話だよね」

華「もしかして沙織さん、最近そういう本でも読んだんですか?」

優花里「ラノベとかですかね。ま、ありふれたネタですけどねー」

沙織「うう……」

麻子「だから無駄だと言ったんだ、沙織……」

沙織「どうしてよう……どうしてみんな、信じてくれないのよう……」

麻子「全然信じてもらえず、頭の心配されるだけ。二人で話したことを思い出せ……」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 21:02:12.19 ID:tl37GxWNo<> みほ「麻子さんも何か言ってよ」

優花里「冷泉殿、武部殿があんなこと言ってますよ?」

華「最近の麻子さんは、実は麻子さんじゃなかったなんて…」

優花里「冷泉殿ならこんなこと、すぐに論破して否定するでしょう」

麻子「い、いや……」

みほ「麻子さん?」

麻子「みんな……沙織の喋ったことは、本当なんだ」

優花里「え? 冷泉殿まで…」

麻子「あり得ない話だが……本当に全部、あったことなんだ」

華「わたくし、悲しいです……」

麻子「どうした? 五十鈴さん」

華「麻子さんまで、そんなことを言って…」

麻子「えっ」

華「お料理を作ってくださらない言い訳にしようとして……」

麻子「ち、違う、そういう意味じゃない。誤解するな」

みほ「華さんが可哀想だよ、麻子さん」

麻子「う……」

優花里「私も、冷泉殿がそんな作り話に便乗するとは思いませんでした」

華「わたくし、とても悲しくて……何だかお腹が空いてきてしまいました」

麻子「悲しいからお腹が空くって、どういう理屈なんだ」ボソ

みほ「あ、そういえば私も空いてきた」

優花里「私もどんどんお腹が空いてきました。今空きました。もう空きました!」
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>saga<>2015/04/05(日) 21:04:59.46 ID:tl37GxWNo<> みほ「ね、麻子さん。だからこの前みたいにお料理作って?」ズイ

華「あの味が忘れられません…!」ズイ

優花里「冷泉殿はこう言ったはずです。“食べる人を待たせちゃ駄目”って」ズイ

麻子「う……3人とも、詰め寄ってくるな……」

沙織「ゆかりん、料理に興味なくてもそれはちゃんと憶えてるじゃん」ボソ

麻子「助けてくれ、沙織……」

沙織「みんな! だからあたしが作るって言ってるでしょ!」

みほ「沙織さんはあの時みたいに、麻子さんを見守ってればいいと思う」

華「そうですね。前回と同じく共同戦線を張ればよろしいのでは」

優花里「師弟タッグチームの再結成です!」

麻子(もう駄目だ……何を言っても全然聞いてもらえない)

沙織(どうして元に戻ってからの方が、こんなに困ることになるのよう……)

麻子(今度こそ限界だ。万事、休した……)

みほ「沙織さんは今度も、麻子さんへたまに何かを指示するだけでいいと思うから」

華「先生と生徒が協力して、またおいしいお料理を作ってくださいませんか?」

優花里「最強タッグ復活! 再び撃破したも同然です!」

沙織(こうなったら、もう…)

麻子(今だけで、いい…)

沙織・麻子((体が……人格が……))

沙織・麻子((もう一回、入れ替われー!!))



<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2015/04/05(日) 21:20:29.71 ID:K2p/+vUTo<> 乙です <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2015/04/06(月) 02:27:14.40 ID:fLJS0fycO<> 乙 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2015/04/06(月) 08:24:42.65 ID:RfNBLSSpo<> >>1です。
1か所、訂正があります。
>>135の最終行、
「頭の心配されるだけ」を、
「頭を心配されるだけ」に訂正します。
<> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage saga<>2015/04/06(月) 08:26:46.07 ID:RfNBLSSpo<> 皆さん、レスありがとうございます。
大定番のネタ、“人格入れ替わり”でした。

西住姉妹が入れ替わるSSは既に複数あるようなので、沙織と麻子でやってみました。
でも何だかやたらと長くなってしまいました。こんなネタSSなのに。

最後に、これを読んでくださった全てのかたがたにお礼を申し上げます。
ありがとうございました。 <> 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします<>sage<>2015/04/13(月) 15:38:45.22 ID:k09VKvV60<> 乙
さおまこもので一番良かった! <>