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HTML化した人:dos
「アイドル人生、スタートです!」
1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:02:36.95 ID:vgia5tDKo


「志望動機を聞かせてください」

「は、はい」



アイドルオーディションの面接会場。

二人の面接官を前に私は今までに無い緊張を感じている。



「え、えっと……私の知らない世界に飛び込んでみたかったからですっ」

「……そう」

「…………」



冷たい反応に頭が真っ白になりそう。

面接を受けようと決めた日から考えた、嘘偽りの無い気持ちだった。


私が生まれる少し前から設立され、数多くのアイドルを輩出している大手事務所。


アイドルデビューするならここしかない……

そう思っていただけに、ショックです。


「……それだけ、ですか?」

「……っ……っ」

「緊張しなくていいから、深呼吸をして、思ったことを言ってみて」


もう一人の、優しい声が私を救ってくれた。


「すぅ……はぁ…………」


少し、落ち着いたかな。


「じゃあ、志望動機は後回しにして、世間話程度で。……両親はこの面接のこと知ってるのよね?」


う……
やっぱりこの質問が来た……


「し、知りません」

「合格したら知らせるってこと?」

「…………えっと……その」

「あのね、こんな質問に答えられないようじゃ、時間の無駄なのよ。
 他にも面接をしなきゃいけない子がいるんだから」

「……っ」


とげのある言葉が私をチクチクと刺していく。

厳しいのは知ってるけど、怖い。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364040156
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:04:47.63 ID:vgia5tDKo

「あの、もう少し穏やかにいきませんか……?」

「時間が無いって言ってるでしょう……」

「……はい」

「……っ」


身の縮む思いですっ。


「えっとね……好きな食べ物はなんですか?」

「きんぴらごぼうです」

「即答ね。……どうしてきんぴらごぼうが好きなんですか」

「お父さんの得意料理なんですっ」

「いいですね。父親が好きなんですね」

「はい」

「……」


友達にもよくファザコンと言われる。

だけど、それはしょうがない。好きなんだから。


「それでは、慕っている父親に内緒で、この面接を受けている理由を聞かせてください」

「……」


再び棘が突き刺さる。

けど、これは大切なことですから。思ったことを言います。


「……お父さ――父は今、体を悪くして入院しています」

「…………」

「…………」


面接官二人の表情に真剣さが増していく。


「私が生まれる前に……生死を分ける大手術を受けたそうです……」


病気を患っていたお父さん。

私が3歳になるまで入退院を繰り返していたと、お母さんから聞いた。


「病気の不安は取り除かれました…けど……身体機能は低下したそうです……」

「……」

「2ヶ月前までは…仕事をしていたのに……10年近く元気でいたのに……また……入院することになりました……」

「……それで?」

「お父さんに……私を……アイドルとしての私を見て欲しいから」

「……」

「なるほど。それが志望動機ですか」


そうだった。

私は、お父さんに元気になって欲しいからアイドルになりたいんだ。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:06:09.62 ID:vgia5tDKo


お母さんが言っていました――


「面白いじゃない」

「それじゃ、今度は私から質問をしますね」

「はい……?」

「世の中には数え切れない程の音楽が出回っていますね」

「……」

「その中で、デビュー曲を選ぶとしたら?」




「『9:02pm』です」




「どうして、その曲を選んだのですか?」

「そ、それは……」

「まぁ、いいわ。とりあえず、明日、うちの事務所に来なさい」

「あ、ありがとうございます、律子さん!」

「名前で呼ばない。私とあなた、今はそんな関係じゃないんだから」

「厳しいなぁ……」



お母さんのデビュー曲だからです。



お母さんが言っていました―― 大好きだったその人は、プロデューサーとしていつも私を支えてくれたって。

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/03/23(土) 21:07:14.28 ID:sVR8KbXeo
嘘つきの続きか!
期待
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:11:21.41 ID:vgia5tDKo


※ 注意 ※

前作 あずさ「嘘つき」の続きです。
アイマスの二次創作というよりオリジナル要素の強い内容になっています。
オリキャラ中心に話が進み、765プロのアイドルたちはほとんど出てきません。






―前作のあらすじ―

難病を患っていた765プロのプロデューサー。
医者に宣告され命を落としてしまった世界では三浦あずさ、彼女が彼の意思を継ぎ765プロのプロデューサーとなっていた。

突然の別れに傷ついたアイドルたち。
三浦あずさは彼女たち一人一人と少しずつ前進していくが、
それでも想いは残り、想いはいつしか願いに変わった。

その願いを聞いた『旅行者』と名乗る異世界人により、
時間を早送りしてもう一度彼の居る世界へとたどり着く。

『旅行者』は語る。「宇宙は何度も繰り返している」と。


彼の居なくなった時間を早送りすることで三浦あずさとアイドルたちの記憶が微かに残り、
再び訪れた時間ではプロデューサーの命を紡ぐこととなった。


今作はその後の物語。


6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/03/23(土) 21:12:47.39 ID:7/+i1Ov70
アレの続きか、期待
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:14:00.79 ID:vgia5tDKo

―― 候補生・初日 ――


律子「今日からあなたは、『ゆみ』で活動していくから」

「……」

律子「なによ、その嫌そうな顔は」

「だ、だって……お父さんとお母さんが名づけてくれた名前があるんですよ……?」

律子「あのね、実名でデビューしたら、あなたは親の七光り的扱いを受けるのよ?」

「……はい」


それは嫌です。


お母さんは伝説となっているそうです。

お父さんと二人三脚で2年近く活動して、トップの更に上、頂点に立って引退したんだよ。
と、小さい頃にやよいさんから聞いています。

その後、結婚をして、私が生まれて。

私は今、15歳。中学三年生。



律子「いいわね、ゆみ?」

「……い…や……ですっ」

律子「芸名であって、本名を変えろといってるわけじゃないの。理解しなさい」

「……はい」

「梓弓 引かばまにまに寄らめども 後の心を知りかてぬかも〜ですね、律子さん」

律子「まぁ……そうなんだけど」

「……春香さん、この名前でいいと思いますか?」

春香「うん。いいと思う。律子さんが決めてくれた名前だから。お母さんの名前も入ってるでしょ?」

「……入っていません」

春香「あれ、梓 弓。ではないと?」

律子「『弓』の一文字よ。別の名があれば聞くけど?」

春香「そうですね。……夏香とかどうでしょう。春の次〜♪」

律子「どう?」

「……弓がいいです」

律子「じゃ、決定ね」

春香「私の案は却下なのね」

「律子さん、あゆみではだめですか?」

律子「……そうねぇ」


お母さんの頭文字を借ります。


律子「それもありだけど、どうせなら一文字違いの『あずみ』でいきましょうか」

春香「ちゃんと本名の一文字も残ってますからね」

律子「そういうこと」

「『あずみ』……!」
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:16:36.00 ID:vgia5tDKo

春香「それじゃ、改めまして。あずみちゃん、765プロへようこそ!」


あずみ「よろしくお願いします!」


律子「うん。頑張っていきましょう、あずみ」



あずみ「よろしくお願いします、律子さん!」

律子「駄目よ、名前で読んじゃ」

あずみ「え……」

春香「律子さん、昨日の面接も厳しかったように思いますけど……」

律子「社会に出るんだから、厳しくしないとダメじゃないの」


そうですね。
律子さんたちに甘えていては自分の力を発揮したと言えませんから。


律子「これからは、プロデューサーと呼びなさい」

あずみ「わ、わかりました、プロデューサー」

律子「よし」

春香「小さい頃から厳しいですよね〜」

律子「親が甘いんだから、私が厳しくするしかないじゃない」

春香「怖いよね〜?」

あずみ「律子さん、厳しくて怖い時ありますけど、大好きですよ」

律子「そ、そう……」

春香「そういうだろうなとは思ってたけど……。えっと……どこへやったっけ」


春香さんは手に持っている小型機械を操作して情報を引き出そうとしているみたいです。
なにか見せたいものがあるのでしょうか。


春香「さっそくですが、あずみちゃんにレッスンの予定を組み込んでみました」

律子「悪いけど、春香。あずみは765プロからデビューしないのよ」

あずみ春香「「 そうなんですか? 」」

律子「ここで話をするわけにもいかないから、会議室に来て」

あずみ「は、はい」


とても大きな建物なんですね。
私がこの事務所に来たのは今日が初めてになります。

お母さんもここで働いているはずですけど、今は外に出ているみたいですね。

小さい頃に、もう一つの事務所で遊んだことがあるとやよいさんから聞きましたけど、
残念ながらその頃の記憶はありません……

9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/03/23(土) 21:18:44.53 ID:euxcyYKDO
あずさ「約束を」の人かな?娘はやっぱアイドルデビューするのか
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/03/23(土) 21:20:43.95 ID:euxcyYKDO
前作だったらあずさ「約束を」で嘘つきは前々作になるんじゃ…
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:21:36.22 ID:vgia5tDKo

律子「さ、入って」

あずみ「し、失礼します……」

春香「……緊張してるっ、かわいい」

律子「春香、あなたの仕事はどうなってるのよ」

春香「私もあずみちゃんをプロデュースしたいと思っていました」

律子「そうね。……話を聞くだけならいいでしょう」


春香さんも律子さんと同じくプロデューサーとしてこの事務所で働いています。
もし私の担当になってくれたら心強いと思いますけど、そう上手く話は進みませんね。


通された場所は広い部屋で、大きなテーブルが中央にあり沢山の椅子が並んでいます。


「きゃははっ」


大型スクリーンに映し出された映像、それに合わせた笑い声。

ひょっとして、この事務所の……


律子「こら、幸子!」

幸子「ほへ?」

律子「また、こんなとこでサボって……!」

幸子「違うさ、見てわからないか、律子?」

律子「なにがよ……」

幸子「あたしは今、テレビを見て研究してんのさ」

律子「お菓子食べながら笑ってたでしょ。この部屋を使うんだから、出て行きなさい」

幸子「ん? あんた誰さ?」

あずみ「え、えっと……」


口調が響さんに似ていたから……安心してしまいました……


あずみ「あずみ…と……いいます……」

幸子「ふーん……誰かに似てるような……?」

あずみ「…………」

幸子「なにさ、新入りのくせに先輩の顔をジロジロとみて」

あずみ「す、すいません」

律子「……先輩を気取るほど長く居るわけじゃないでしょ」

幸子「先輩には違いないさ」

春香「幸子ちゃん、圭治くんと一緒じゃないの?」

幸子「うげ、その名を出さないで欲しいさ」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:25:50.41 ID:vgia5tDKo

コンコン


律子「どうぞ」


ガチャ


「お忙しいところ失礼します」


髪の長い、綺麗な女性が入って来ました。

落ち着いた服がその人の柔らかい印象を映しています。


あずみ「何をしているんですか?」

幸子「見てわかるだろ、話しかけるんじゃないさっ」


椅子に身を隠していますね。


「あのぅ……律子さん……こっちに」

春香「そっちですよ」

幸子「バラすなんて卑怯さ、春香ぁー!」

律子「逃げるなっ!」

幸子「うぐっ」


律子さんの右手が幸子さんの首根っこをつかまえました。


律子「はい。ちゃんと捕まえておく」

「すいません。……圭治さんが探しています。行きますよ、幸子ちゃん」

幸子「うげー……」

あずみ「……」

幸子「あんた、候補生?」

あずみ「そ、そうです」

幸子「この世界、つまんないから辞めた方がいいさー」

あずみ「え……?」

律子「こら!」

「もぅ、駄目ですよ、そんなこと言っては」

律子「口の利き方以前に。そんな精神でいるのなら周りにも悪影響よ、嫌なら事務所を辞めなさい」

幸子「へぇ、代わりはいくらでも利くってことかい?」

律子「……」

幸子「うへぇ、怖い怖い」


律子さんは怒ったわけじゃないですよ。

悲しい顔をしたんです。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:27:41.45 ID:vgia5tDKo

あずみ「幸子さん」

幸子「あん?」

あずみ「幸子さんが思う、アイドルってなんでしょうか」

幸子「はぁ?」

あずみ「私は、周りを元気付けることだと思います。やよいさん、響さん、真美さん、みなさんを見ていましたから」

幸子「これはまた過去の名前を挙げたもんさね。それでー?」

あずみ「私も、そんな人になりたいんです」

幸子「ふぅん……。それはいいけど、いくら練習をしても、運には勝てないさ」

あずみ「運ですか?」

幸子「そうさ。オーディションで合格するのは事務所の力でもない、その時の空気の流れがあってさー」

あずみ「???」


運はなんとなく分かりますけど、空気の流れとはどういう意味でしょう?


幸子「自慢じゃないが、あたしは今まで8回のオーディションを受けたが全部不合格〜」

春香「……」

「もぅ、自慢になりませんよ」

律子「……喋らせてみましょう」

「は、はい……」

幸子「どうして不合格になったか分かるか?」

あずみ「いいえ」

幸子「不戦敗だからさ」

あずみ「……?」

幸子「オーディションの時間に間に合わない。風邪を引いての参加。前日に怪我……これ2回ずつ」

あずみ「……」

幸子「他には何があったっけ?」

「わ、私が……申し込みを別の企画に提出したり……」

幸子「そうそう、圭治のヤツが忙しくてあんたに任せたんだよな」

「け、圭治さんが悪いわけでは……」

幸子「結果はあたしの負けなんだから、同じことさ」

あずみ「……」

幸子「相手の実力が上で負けるならまだいいさ。だけど、こればっかりはどうにもならない」

あずみ「名前の割には幸薄いってことですね」

幸子「……まぁね。あたしの不幸は折り紙つき。この事務所にも少なからず影響しているかもね〜」


ふと、お父さんの事が頭を過ぎりました。

14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:31:25.70 ID:vgia5tDKo

あずみ「私のお母さんは、運命――お父さんを掴まえましたよ」

幸子「え……?」

あずみ「その運命があったから、私は今、生きています」

幸子「…………」

律子「はい、終わり。これから先は自分で決めることね、幸子」

幸子「……辞めるさ。世話になったね、律子、春香」

春香「……」

「本当に、それでいいんですか?」

幸子「神様の忠告なんじゃない? 諦めろ〜って」

あずみ「……」

律子「幸子、この子の親、誰だか分かる?」

幸子「ん?」

律子「二人の雰囲気、あるでしょ?」

幸子「…………」

あずみ「……」

幸子「まさか、所長と……」

律子「そう、三浦あずさ、二人の子よ」

幸子「……!」

あずみ「……」

律子「ちなみに、この事務所からはデビューしない」

幸子「ど、どういうことさ」

律子「ここを辞めるあなたには関係ないでしょ。ほら、邪魔だから出て行く」

幸子「……」

「失礼しました」


呆然とする幸子さん。柔らかい笑みで出て行った人は……誰なんだろう。


律子「さ、座って」

あずみ「はい」

春香「…………」


春香さんの表情が重たい気がします。


あずみ「春香さん……?」

春香「なに?」

あずみ「……いえ、なんでもないです」


すぐに笑顔で返してくれました。

15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:34:41.23 ID:vgia5tDKo

あずみ「律子さん、幸子さんは辞めてしまうんですか?」

律子「人のことはいいから、自分の事に集中しなさい」

あずみ「……」

律子「こっちはこっちで色々あるのよ」

春香「……」


詮索するなってことなのかな……?


律子「さてと、……お母さんはアイドルになることについてなんて言ってたの?」

あずみ「『血は争えないわね〜』」

春香「うぅん……ダブってみえた……」

律子「そうね、あずささんがあの頃の6年若返ったらこんな感じだろうな…って、雰囲気だったわ」

あずみ「お父さんには言っていません」

律子「……どうして」

あずみ「退院してから、教えます。それまで頑張ります」

律子「わかったわ。とりあえず、今のこの事務所の状況を説明しておくわね」

あずみ「はい」



お父さん……春香さんはプロデューサーさんと呼んでいます。


この事務所の所長を務めているお父さん。

2ヶ月前から入院しているため、今はお母さんが所長代理をしているそうです。

今日までお母さんと律子さんの二人で代理をしていたけれど、
律子さんは私が候補生になったことで一度外れることに。


律子「私の代わりに、春香とやよいが跡を継ぐこと」

春香「わかりました。あずみちゃん、やよいには知らせたの?」

あずみ「はい。昨日電話で伝えました」


やよいさんは私が小さい頃から……物心付く前から面倒を見てくれていました。
だから無意識に頼ってしまいますけど、今回は頼ってはいけないと思い私自身で決めました。

春香さんと同様、やよいさんもプロデューサーとしてこの事務所で働いているはずです。
姿が見えないということは、もう一つの事務所にいるのかもしれません。

春香さんかやよいさん、どちらかが私のプロデューサーになってくれたらいいな、
なんて昨日の夜から夢想していました。


律子「本当に、自分の意思だけでオーディションの面接を受けたのね」

あずみ「そうです」


そして、私ができること、お父さんを元気にしたいことを伝えました。

これは、私にしかできないことだと思います。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:40:20.36 ID:vgia5tDKo

律子「あずささんはあなたのことを私に託してくれた。だから、全力でプロデュースする」

あずみ「律子さんがプロデュースしてくれるんですか!?」

律子「そうよ。それより先ず、聞きたいことがあるんだけど」

あずみ「は、はい。なんでしょう?」


嬉しくて落ち着かなかった気持ちを無理やり静めます。


律子「小さい頃から他の事務所からのオファーが幾つかあったでしょ?」

あずみ「それは……あまり知りません」

春香「プロデューサーさんが止めていた……ということですかね」

律子「そうね……あずささんからも聞かなかったし……私も喉から手が出るほどの資質だと思ってたけど」

あずみ「……」

律子「あなたが望まない限り、この業界に入れようとは思わなかった」

あずみ「…………」

律子「あずささんの名前が大きすぎるから、ね」

あずみ「……」


それほど活躍していたという、お母さん。

私はあまり知らないので、少し寂しい気持ちになります。



律子「そのあなたがアイドルデビューすると、世間では面白可笑しく取り上げられる」

春香「……」

あずみ「……」

律子「一時の人気だけで終わる可能性が高い。それはあなたにとっても望まないでしょ?」

あずみ「はい」


私は人気が欲しいわけじゃありません。


律子「765プロからのデビュー、あずささんがあずみをプロデュース、この二つはNG」


お母さんと仕事……変な感じがします。


律子「というわけで、あなたはこれから、別の事務所へ行き、そこからデビューします」

春香「律子さんはどうするんですか?」

律子「私はあずみの個人契約によるプロデューサーというわけ」

春香「その手がありましたか……。律子さん交代しましょう」

律子「春香は現場で動いていたから、すぐに関係者だとバレる。私はここ数年裏方に回っていたから丁度いいのよ」

春香「あぁ……!」

あずみ「……個人契約? お給料はどうするんですか?」

律子「あなたはそんなことまで考えなくていいの。期限は最長で一年。いいわね」

あずみ「律子さんと一緒なら……っ」


嬉しいですっ。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:45:20.09 ID:vgia5tDKo

律子「ゼロから……いや、マイナスからのスタートなんだから、甘くみないこと」

あずみ「マイナス、ですか?」

律子「そう。デビュー曲は『9:02pm』のカバーで行くわよ」

あずみ「本当ですか!?」

春香「え、昨日の面接終了から、すでにそこまで動いていたんですか?」

律子「まぁね。あずささん、これ聞いたとき嬉しそうにしてたから、二人で動き回ったわ」

春香「……あ、昨日の私たちの残業って」

律子「悪いわね」

春香「それはいいですけど……、なんだか、わくわくしてきましたね……」


胸がドキドキしてきました。

お母さんのデビュー曲で……私もデビューできるなんて……


春香「え?」

律子「そう、これがマイナスのスタート。あずささんに似ているから、デビューしますよ、というプロモーションなのよ」

春香「それって……」

あずみ「……?」

律子「総スカンを食らうでしょうね」


そっくりさんが伝説になっている人のカバーをするわけですから、引かれて嫌われるってことですね。


春香「これって、賭けですよね」

律子「大丈夫。こういうハッタリは通用しちゃうのよ。本物ですって売り出せば見向きもしない。
   逆に違いますって言うと、食いついてくるもんなの。地で行くからあまり注目されないわね」

春香「でも、あずみちゃん……」

律子「もう、その気みたいだから」

春香「……私たち、765プロも全力でサポート……といきたいところですけど……。
   ここは気持ちだけにして、陰ながら応援することにします」

律子「よろしく」




あずみ「お母さんと同じスタート……!」




律子さんと一緒に、アイドル候補生、スタートです。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:50:33.32 ID:vgia5tDKo

―― 候補生・1ヶ月目 ――



キーンコーン

  カーンコーン



「気をつけて帰れよー!」


ザワザワ


「ねー、今日どこ行くー?」

「本屋に行こうよー、今日発売日なんだよねー」


「急げっ、急げっ」


教科書を鞄に入れていきます。

律子さんを待たせるわけにはいきませんからっ。


「急いでる割には、スローなんだけど」

「そ、そうかな、急げっ」


ガッ

本が曲がってしまった。


「んー…!」

「無理やり入れないでよ、ほら、貸して」

「……うん」

「どうしてスムーズにできないかな」


姫ちゃんは、手際がいい。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。それじゃね」

「待って、あんた、最近何をしてるのよ?」

「お、お父さんの病院へ……お見舞いだけど」

「ふぅん……そういうこと、言っちゃうんだ」

「……うぅ」


睨まれたっ。


「一昨日、学校が終わって、なにしてた?」

「えっと……なにしてたかなぁ……」


律子さんとレッスンを受けていました。

律子さん、厳しいからすぐに体力尽きちゃう。

お母さんのご飯はたくさん食べてるし、運動もしている。勉強ほどほどに。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:52:26.27 ID:vgia5tDKo

「付き合いが悪くなったのは、まぁ、事情もあるし、しょうがないよ」


お父さんの事を言ってくれている。


「だけど、受験はどうするの?」

「……うん」


律子さん、やよいさん、春香さんがお家に来て家庭教師をしてくれているけど、遊んでしまって……

あまり捗ってはいません。


「変なこと、してないよね?」

「……変なこと?」

「いや、なんでもない」

「?」

「急いでいるんでしょ?」

「う、うん……途中まで一緒に帰ろ?」

「……わかった」



校門を出て、歩きなれた道を往く。

それも後、数ヶ月……

お父さん、卒業式に来てくれるかな……



「授業中、寝てるでしょ」

「うん……体力使うから、休んでる」

「確かに、体育の授業、あんたの活躍は変だよね」

「そうかな……」

「運動神経、よくなってる」

「ふふっ、嬉しい」


律子さんの指導の賜物です。


「高校、どうすんの?」

「……ワンランク下げる、かな」

「私と別々か……」

「……」


姫ちゃんとは小さい頃からの付き合いだった。

それも、終わり……
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:53:24.81 ID:vgia5tDKo

「ねぇ、姫ちゃん」

「ん?」

「運命の人、って信じる?」

「はいはい、居ます居ます」

「真面目に聞いているんだよ?」

「これで何度目かわかってるの?」

「……4回目」

「一桁じゃないっての。あんた、記憶力無かったよね……」



そろそろ時間が危なくなってきた。

お父さんの顔を見て、レッスンに行きたい。


「姫ちゃん、また明日!」

「ちょっと、待って!」

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 21:59:30.44 ID:vgia5tDKo

―― 病院


あずみ「お父さん、お見舞いに来たよ〜」


「すぅ……すぅ……」


あずみ「あ……寝てる……。……じゃ、日記置いていくからね」


「すぅ……すぅ……」


姫子「……父親と交換日記って、世界であんただけだよ」

あずみ「もぅ……! いいでしょ、帰るよ……!」

「交換日記……血は争えないわね」

あずみ「ッ!?」

姫子「?」

「プロデューサー、寝てるの?」

あずみ「……あ、千早さん」

千早「久しぶり。大きくなったわね」

あずみ「……はい、お久しぶりです」

姫子「……! 如月千早…さん……!?」

あずみ「姫ちゃん、静かにして……!」

千早「今日もレッスンなんでしょ? プロデューサーには私が付いてるから、起きたら伝えておくわ」

姫子「……レッスン?」

あずみ「わわっ、ほ、ほら、帰りますよ〜」

姫子「千早さんとお話を……!」

あずみ「それはいいですから〜」

姫子「押さないで……!」

千早「……」

姫子「あ、すいませんけど、これ、おじさんに渡してください」

千早「わかった。ありがとう」

姫子「い、いえ……! 失礼しますっ」

あずみ「明日にでもお家に来てください」

千早「えぇ、寄らせてもらうわ。頑張ってね」

あずみ「頑張ります。行って来ますっ」

千早「行ってらっしゃい」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:00:59.36 ID:vgia5tDKo


「すぅ……くぅ……」


「ふふ、元気ね、あの子たち」

千早「そうですね……、梨……食べられるのかしら」

「千早さん、あずみちゃん、って、知ってる?」

千早「知っていますよ。明後日、ステージデビューするとか」

「残念ながら、我が765プロの関係者は立ち入り禁止なのよね」

千早「……残念ですけど、もっと大きなステージに立つまでの辛抱ですね」

「……そうね。嗚呼……あれから……15年の月日が……ッ!」

千早「小鳥さん、あの子……あずみが所属している事務所って……?」

小鳥「ウチとは全く関係の無いところ。律子さんのコネで、ね」

千早「……そうですか。……そうまでして、あの子は……」


小鳥「…………」

千早「まさか……倒れたと報せを受けるなんて思いも寄りませんでしたよ、プロデューサー……」

23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:04:58.67 ID:vgia5tDKo

―――― レッスンスタジオ



律子「お父さんの様子、どうだった?」

あずみ「わかりません」

律子「素直でいいわねぇ。……さ、今日も頑張りましょう」

あずみ「……はいっ」




姫子「……」




――…



律子「大人の恋愛模様を中学生が歌う……面白いといえば面白いけど……」

「秋月さん」

律子「はい?」

「その、受付に、中学生が来ていまして」

律子「?」

「あずみちゃんと同じ制服なんです」


――…


姫子「レッスンスタジオ……体力を使う、ってここで……?」

律子「姫子……?」

姫子「……? どうして私のことを……?」

律子「あなた達が小学生の頃、よく遊んであげたでしょ」

姫子「……」

律子「覚えていないのならいいのよ。どうしたの?」

姫子「…………」

律子「って、理由は一つか……」

姫子「あ……もしかして、律子…さん?」

律子「思い出してくれたみたいね。近くに公園があるから、話はそこでしましょうか」

24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:12:36.96 ID:vgia5tDKo

―― 公園


姫子「『あずみ』……ね…」

律子「その様子だと、まだ誰にも言ってないのね」

姫子「集中すると周りが見えなくなるから。……今回が異常すぎるけど」

律子「怒ってるの?」

姫子「当然」

律子「それじゃ、親友と一緒にデビューしてみない?」

姫子「私がアイドルっ! あはははっ!」

律子「あら、半分本気だったんだけど」

姫子「え、え……? いや、でも、目的が無いから、途中で投げ出すかと……」

律子「今、やりたいことでもあるの?」

姫子「これといっては」

律子「……」

姫子「いいですよ、アイドルに興味無いんですから……」

律子「小さい頃、千早の映像を真剣に観てたのにね」

姫子「……その千早さんに、病院で会いました」

律子「……」

姫子「おじさん、あんなに元気だったのに……」

律子「そうね……」

姫子「あの子が小さいころ、ずっと入退院を繰り返していたって……」

律子「そう、……ずっと。だから、あの子の父親に対する愛情は、同年代から見ると少し変わって映るかもね」

姫子「…………」

25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:13:21.72 ID:vgia5tDKo

―― レッスンスタジオ



あずみ「先生さん、おつかれさまでした〜」

先生「ちゃんと喉のケア、しておいてね」

あずみ「はい、失礼します」



律子「おつかれさま。調子はどうだった?」

あずみ「いいと、思います」

律子「……そう。それじゃ、帰りましょうか」

あずみ「律子さん、今までどこに行っていたんですか?」

律子「内緒」

あずみ「隠し事はずるいですよ」

律子「はいはい。それより、外ではプロデューサーと呼びなさいって、何度言わせるの」

あずみ「ご、ごめんなさい……つい……」

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:15:30.77 ID:vgia5tDKo


―――― 翌日・学校


「ついに……明日……っ」


ステージに立つ日……!


緊張するけど、律子さんと頑張ってきた……!

なんくるないさーですよね、響さん!



「おはよーっ」

「おはよう」


「うぅ…っっ」


でもやっぱり、緊張――


ゴンッ


「いぅっ!?」


頭に衝撃が走った……

ドアの開きが足りなかったみたい……



「あはは、また頭ぶつけてる」

「はいはい、お約束お約束」

「おはよう〜」

「お…おはよう……」


クラスメイトが挨拶をしてくれる。


デビューした後も、同じように挨拶してくれるかな……



「おはよう、大丈夫?」

「……うん。大丈夫」


いつも心配してくれる大事な友達。

姫ちゃんも……いままでのように……



「ね、『あずみ』って知ってる?」

「へぇっ!?」


変な声が出てしまった……!

27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:16:44.67 ID:vgia5tDKo


「ち、違いますよ〜」

「……何が?」

「あ、えっとぉ……ふふ」

「笑って誤魔化そうとしないでくれる?」


どうして、どうして知ってるの……?


「ね、顔色悪いけど、大丈夫?」


言葉は心配してるけどっ、声の質は重くて怒りを感じますっ。


「……休み時間に……お話が……あります」

「へぇ、どんな話なんだろ、期待してるねー」

「……っ」


少しも期待してなさそうです。

怖いっ。



「おらー、席に着けー、ホームルームの前に授業を始めるー!」

「ちゃんと仕事しろよ、先生!!」



男子生徒に怒られてる……

ちょっとだけ、落ち着けた……


「……」

「……っっ」



窓から空を眺めようとしたら、姫ちゃんと目が合ってしまいました……




……


28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:18:56.47 ID:vgia5tDKo


律子「緊張してる……って、訳でもなさそうね……」

あずみ「……はい」


落ち込んでいます。


律子「どうしたのよ?」

あずみ「怒らせてしまいました」

律子「あ、姫子に?」

あずみ「……はい。……あれ?」

律子「昨日、来てたわよ」


そうなんですか……

だから姫ちゃんは知っていたんですね……


あずみ「律子さん、どうしましょう……」

律子「なんて言ってたの?」

あずみ「『勝手にしたら』って……」

律子「1ヶ月も黙っていたわけだからね……」

あずみ「……はい」

律子「アイドルをやりたいって理由、ちゃんと言った?」

あずみ「新しい世界に飛び込んでみたかったからって……言いました」

律子「はぁ……こういうところ、プロデューサーに似ちゃったのかぁ。……そりゃ怒るわよ」

あずみ「え?」

律子「それが嘘じゃないってのは分かる。けど、それより大事なもの、あるでしょ?」

あずみ「でも……は、恥ずかしいですよ……」

律子「?」

あずみ「だって……私の年齢でお父さん、お父さんって……っ」

律子「こういうところ、あずささんに似たのね……なんということなの……」

あずみ「どうしましょう……」

律子「今日、帰ったら必ず電話する。そして、会って話をする。それが一番」

あずみ「は、はいっ」

律子「あなたのお母さんね、大事なところでは自分を素直に出してたのよ?」

あずみ「……!」



お母さんが……

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:22:52.28 ID:vgia5tDKo

―― 翌日・ライブステージ袖



あずみ「……」

律子「意外と落ち着いているのね」

あずみ「はい」



昨日の夜。

ちゃんと話をして、『わかった』と許して貰った。


今日の朝。

お母さんに、『頑張って』と応援された。


学校帰り。

お父さんに、『いつも、ありがとな』とお礼を言われた。


私、頑張りますから。

元気になってください。



律子「候補生としてしっかり実力をつけたわ。後は自分を信じるだけ」

あずみ「はい」


見守ってくれる律子さんがいるから、怖くない。



律子「さぁ、行ってきなさい」



私のアイドル人生、スタートです。


30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/23(土) 22:30:48.60 ID:vgia5tDKo
今日はここまでです。

>>10
「約束を」は補足としての意味合いが大きいので今作が「嘘つき」の続編になります。


美希「忘れてた想い出のように」   ― プロローグ・前編

春香「これからのきみとぼくのうた」 ― プロローグ・後編


あずさ「嘘つき」          ― 本編


あずさ「約束を」          ― 補足編

「アイドル人生、スタートです!」 ― 完結編


あずさ「嘘つき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1353412950/




幸子はモバマスの幸子ではありませんのでご注意。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/03/24(日) 03:28:51.01 ID:NpFqE/WDO
美希「忘れてた想い出のように」   ― プロローグ・前編
春香「これからのきみとぼくのうた」 ― プロローグ・後編

この二つ知らない…どこのまとめサイトにあるんだ
嘘つきはよくいくまとめサイトにあったから読んでそれから約束を読んでたからプロローグSSが存在してたの今初めて知った…
探してくるか乙
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/03/24(日) 11:46:33.66 ID:FSf1h7gno
遂に完結編来たか
期待してます
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:01:41.68 ID:oN60EsTso
>>31 お手数かけます。

ぐぐってみたら、以下の二作品はどこにも纏められていませんでした(笑)有名二次創作なのに(爆)

美希「忘れてた想い出のように」   ― プロローグ・前編
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1359217722/

春香「これからのきみとぼくのうた」 ― プロローグ・後編
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363397719/


話としては単純なんですけど、構成が滅茶苦茶なので、
「嘘つき」だけで頭をスッキリして欲しいと思います。

そして今作も解りづらいかと思います(すいませんorz)


時系列としては以下のとおりになります。

      −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

         美希「忘れてた想い出のように」 ― Pが倒れる。


                  ↓  ―― 約一週間後


         春香「これからのきみとぼくのうた」 ― Pの過去。


                  ↓  ―― 約一ヵ月後


           あずさ「嘘つき・前半」【一週目の冬】

                  ↓


/ 旅行者(宇宙人襲来)による時間早送り / ―なぜ早送りなのかは「約束を」のおまけ―貴音の解説


                  ↓


あずさ「嘘つき・後半」【二週目・『最後の言葉』を受け継いでスタート】 ― Pが倒れる1年前。

                  ↓

              あずさ「約束を」 ―― 響の沖縄ロケ。【二週目の初夏】

                  ↓

         三浦あずさの引退ライブ・結婚式【二週目の秋】

                  ↓

                 Pの手術【二週目の冬】


                  ↓

                  ↓


            母子で結婚式の映像鑑賞【数年後】

                  ↓

           765プロによるPの復帰祝い 


                  ↓

                  ↓


              娘の奮闘記(15歳)

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:02:40.63 ID:oN60EsTso

―― アイドル・初日 ――


小さい箱。
今日のメインはそれなりに売れているアイドル。
だが、俺の目的はそっちじゃない。
前座となるアイドル達を見学するため、俺はここに足を運んだ。


これはハンティングだ。
まだ完成されないアイドルの卵、それを俺の手で磨き上げることが至高の――


「うわ……ぁ……っ」


あまりの寒さに、鳥肌が立った。

大体、俺はまだ所属する事務所すら決まっていないのだ。

…………何社落とされたっけ……?


「……」


そんなことより、まずは勉強だ、勉強。



『ありがとうございましたー!』


ボンヤリしてる間に曲を歌い終えたようだ。

なにが勉強だ……しっかりしろ馬鹿!


ワァァァアア!


「……」


前座とはいえ、この歓声。
今日のメインの客層は悪くない。むしろ良い方だ。
これはステージの規模が変わるのも時間の問題だろうな。

今の子は誰がプロデュースしているんだろうか。


「……」


手帳に記されている、事前に調べておいた事務所名とアイドル名を確認するが、
二つとも世間には知られていない名だった。


「えっと……、ここでいいのかしら……?」

「?」


声のした方へ顔を向けると、一際輝く女性が目に入った。
ロングヘアで、秋物の帽子を被っている。
サングラスをかけて、いかにも変装をしていますといった格好。


『こ、こんにちは〜』


「……」


視線をステージに向け直すと、少女が現れた……と、思ったらそのまま通り過ぎて……

反対側の舞台袖へと姿を消した。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:04:20.16 ID:oN60EsTso

「なんだ、今の……?」


シ ィ ー ン


会場が一気に冷えていく。


「あらー……」

「……」


女性も呆れている……ような気がする。
薄暗くて表情が見えない。

芸能関係者だろうか。


『す、すいません〜、わ、私ったら……緊張したみたいで……っ』



シ ィ ー ン


誰一人笑わない。

さっきの子がある程度暖めていた会場の空気をこの子は見事に払い除けてしまった。


『え、えっと。は、初めまして。私の名前は――』


「……」


『三浦あずみ――と申します〜』


「……」


手元の手帳を確認。

三浦……?


『聞いてくださいっ』


「……」


一生懸命なのは伝わってくるけど、この観客の冷え切った状況で歌うのは……

余程の根性が据わっていないと……




『9:02pm』




「……この曲」

36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:05:26.65 ID:oN60EsTso


『 Good night ひとりきり 』



落ち着いたイントロから、少女の歌声が曲に乗る。



『 Make up 落とした素顔 

  鏡にそっと聞いてみる

  ねぇ・・・幸せ・・・? 』


声が少し震えている。初のステージなのだろう。

それに、中学生が歌う歌詞じゃない。



『 逢いたい・・・ 』


「……」


『 メールも携帯も 鳴らない tears 泣いてるよ 』



「……」



『 一秒だけでもいい

  君を今 感じたら

  ずっと・・・  』



「……」



―――

――



37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:11:19.66 ID:oN60EsTso

―― アイドル・4週目 ――



「おはよう〜」

「お、アイドルだ!」

「おはよう、アイドル〜」

「うぅ……」

「ちょっと、変なあだ名付けないでよ」


クラスメイトのみんなが集まってきた……

初ステージを律子さんが褒めてくれた。
その甲斐もあって昨日、雑誌に取り上げられました。

お父さんにも知られたかな……?



「ね、ね。アイドルってどんな感じ?」

「教えろよ!」


え、えっと……


「アイドルって……気分…?」

「はい、解散」

「ちっとも変わってねえ……」

「ま、頑張ってね」

「ありがとう〜」

「アイドルと同じクラスなんだから、男子諸君も鼻が高いんじゃないのー?」

「はいはい」

「その鼻へし折ってやろうか!」

「勝手に伸ばして勝手にへし折るんじゃねえよ!」


いつも仲がいいよね。


「あー、英語とかつまんねー」

「こんな時代だからこそ自然科学だよな」

「クリスマスどうすんの?」

「また、みんなで……パーティーでも……しますか……」

「もっと楽しそうに言ってくれない?」


みんな私から離れていきました……

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:12:19.91 ID:oN60EsTso

「薄情だね、みんな」

「で、でも……応援してくれてる……のかな……」

「さぁね。それより今日、テレビ番組のオーディションなんでしょ?」


先週は見事に落ちたけど。それを糧に……!


「頑張るね!」

「そうじゃなくて、いつもの時間でいいの?」

「…………はい」


いつもお家に来て勉強に付き合ってくれています。
大切な友達です、とても感謝しています。

でも、応援してくれたわけじゃなかったんですね……勘違いしました。


39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:16:04.39 ID:oN60EsTso

―――― オーディション会場・控え室


他の事務所から参加しているライバル達、五人が思い思いに過ごしているようです。

私みたいに緊張した人は……あまり居ないみたいで、焦ります。

でも、心強い味方がいるから、落ち着いて……行きましょう……。


律子「あなたがアイドルとして活動してること、お父さん、知ってた?」

あずみ「わかりません。今日も寝ていましたから」

律子「日記には?」

あずみ「書かれていませんでした。……あれ? どうして日記のことを知っているんですか?」

律子「千早に……聞いたのよ……」


目が泳ぐ律子さん……

様子が変ですね。


あずみ「なにか、隠しているような気がします」

律子「……こういうところ、あずささんよね」

あずみ「……」

律子「そんなことより、集中しなさい。今日こそ勝ちに行くわよ」

あずみ「はい!」



私のデビューから、仕事を一つ一つ丁寧に付き合ってくれた律子さん。

レッスンで躓きそうになると必ず声をかけてくれた。

ステージに上がる緊張した私の肩を叩いてくれた。

雑誌インタビューの前に心構えを教えてくれた。


だから、今日こそ、応えたい。



あずみ「……よし」



両手を握って、不安を元気と勇気に変えるおまじないを一つかけます。



pipipipipi


律子「……はい、もしもし」

あずみ「……あ」


幸子「……」


765プロの……幸子さんも参加しているんですね。
緊張していて周りが見えませんでした……


幸子「きゃははっ」


漫画を読んでくつろいでい様子です。余裕があって、羨ましいと思います。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:19:09.39 ID:oN60EsTso

律子「……え?」


電話で話をしていた律子さんの表情が曇りました。


あずみ「律子さん……?」

律子「あ……、あなたは歌詞を間違えないよう、ちゃんと見直してなさい」


そう言い残し、控え室から出て行きました。

私に気を遣ってくれたのがわかった。


あずみ「……」


胸の辺りがもやもやしてくる。

体が強張っていく。

嫌な気分。

これは……前兆。

お父さんが倒れた日の朝も同じ気分になった。



pipi...pipi......



誰かの携帯電話が鳴っている。


幸子「……なにさ、今忙しいんだけど」


幸子さんだったみたい。


あずみ「……」

幸子「……ぇ…………」

あずみ「……?」

幸子「……うん」

あずみ「……」

幸子「はいはい。それじゃね」



一度、表情が曇って、それから目の光が消え失せた。



あずみ「あの、幸子さん」

幸子「……なにさ」


読んでいた漫画を乱暴に鞄に詰めて、携帯電話が嫌な音が出るほど握り締めて、私と目を合わせる。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:22:00.65 ID:oN60EsTso

あずみ「どうしたんですか?」

幸子「あんたには関係ないさ」

あずみ「……」

幸子「……ふん」


ドンッ


肩がぶつかって私は1歩後ろに押されてしまった。
幸子さんはそれを気にした様子もなく出口に向かって歩いて行く。

周りの人たちは私たちの雰囲気を感じて困った表情をしている。



ガチャ


律子「……どこに行くのよ」

幸子「帰るだけさ。……さよなら、律子さん」


律子さんの横をすり抜けて、幸子さんは姿を消した。


律子「…………」


律子さんの横顔を見て、私は決心する。



あずみ「律子さん、少し、少し話をしてきますっ」

律子「だめ、駄目よ、あなたじゃ……!」

あずみ「幸子さんはお母さんの大切な仲間ですっ、行ってきますっ」



後ろから私の名を呼ぶ律子さんの声を振り切って、彼女を捕まえるため走った。


スタッフさんが呼びに来るまで時間が無い。

律子さんが私のためにくれたチャンスを棒に振るわけにはいかない。


けど……!




あずみ「幸子さんっ」

幸子「……?」

あずみ「ま、待ってください……っ…」

幸子「なにさ。もしかして、その飲み物を渡すってんじゃないだろね」

あずみ「そ、そうです。忘れ物ですよ」

幸子「はいはい、ありがとさん」


差し出した容器を奪うように取られてしまう。


幸子「……じゃ、頑張ってね」


あずみ「に、逃げないでください……!」
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:24:52.51 ID:oN60EsTso


幸子「…………今……なんて…言ったの」


あずみ「……ッ!」



怒りを越えた感情…――敵意。

それを生まれて初めて感じた。



幸子「何から逃げるなって……?」

あずみ「……っ」

幸子「教えてあげる。さっきね、あたしのプロデューサーが……事故にあったんだって」


……じ…こ?



765プロ…の……だれ……か…が……



……お母さん……と……




…………お父さん……の……




あずみ「――」

幸子「……」



大切な……誰かが…………?



怖くて、寂しくて、視界が滲んでいく



幸子「待って」

あずみ「……!」

幸子「怪我も無いから」

あずみ「……っ」



今度は安心して視界が滲む。

43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:27:01.47 ID:oN60EsTso

幸子「あんた、これからオーディションだろ。みっともないから泣くな」

あずみ「……っっ」



息を吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせる。

大事なオーディション。

だけど……



幸子「で、何から逃げるなって……?」

あずみ「……律子さんから……春香さんから……
     やよいさんから、事務所の仲間からです!」

幸子「もう一つ教えてあげる」

律子「幸子!」

あずみ「……え?」

幸子「あんたのお父さんが倒れたの、あたしのせい」



あずみ「――――え――どういう――」


何を言ったの……?



幸子「あたしが振り回したから、今、あんたのお父さんは入院してんの」


あずみ「……」


幸子「あたしの不幸は折り紙つき」


律子「もういいから、幸子」


あずみ「…………」


44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:27:45.34 ID:oN60EsTso

幸子「分かったでしょ、だから――」


あずみ「お父さんは逃げませんでした」


幸子「……!」


あずみ「今日、お父さんが一時帰宅するからお母さんはとても嬉しそうにしていました」


幸子「…………」


あずみ「だから、今日は勝ちたい……です」


律子「……」


あずみ「勝って、お父さんに報告します」



まずは黙っていたことを謝って、そして、私もお母さんみたいに、運命を掴みます。



あずみ「見ていてください」




…………

……



45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:30:08.84 ID:oN60EsTso

「あずみちゃん」

「その名を今、呼ばないで……」

「何があったの、あずみちゃん?」

「……うぅ」

「ほら、勉強の続きするよ。疲れてるからって気を抜かない」



姫ちゃん……いじわるで厳しい……


はぁ……


……落ち込みます…………


幸子さんに偉そうなこと……言ってしまいました……

謝らなきゃいけないこともあるのに……



「あぁ……私は……酷いです……」

「鬱陶しいなぁ」

「ヒドイよ……」

「どっちがよ、あんたの為にこうして勉強付き合ってるのに」

「やよいさんに見てもらうからいいですよ?」

「あんたね、大人を巻き込むな。というか、甘えるな」


その通りですね……

私はいつまで経っても甘えん坊ですね……


「……はぁ」

「あぁっ、もうっ」


コンコン


部屋のドアがノックされる。



「ご飯できたぞー」



お父さんでした。

46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:33:20.15 ID:oN60EsTso

「どうぞ、入ってください」


ガチャ


「いや、出て来いって意味なんだが。姫子も食べてくだろ?」

「家族団らんの邪魔じゃないですか?」

「遠慮しないでいい、久しぶりにゆっくり話でもしよう」

「は、はい……どうもです」

「まぁ、見慣れない人がいるから、居心地悪いとは思うが」

「誰……?」

「お父さん、本当にお母さんから聞いていなかったんですか?」

「聞いてないよ」


本当でしょうか。

報告したとき、驚かなかったことがショックでした。



「時期を同じくして、律子とおまえが顔を出さなくなったんだから、想像はつく」

「……」

「あずさだって、不自然に雑誌を持ってこなくなったんだから……な?」

「はい」

「俺達は長い間、アイドルのプロデューサーとして活動を――」

「疑って無いです。行きましょう〜、誰が来たんですか?」

「亜美だけど……親の話は最後まで聞こうな」

「…………すでに居心地悪いっ」

47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:36:44.02 ID:oN60EsTso

―― アイドル・5週目 ――


律子「これからは彼が、あなたのプロデューサーになるから」

P「よろしくっ!」

あずみ「……律子さん、どうして……そんな事を言うんですか」


今まで一緒にやってきたじゃないですか……

私、もう…………ここで終わりなんですか……


お父さん……まだ入院してるのに…………


あずみ「…………」


P「律子さん、彼女、放心してますけど」

律子「私だってこんな中途半端……いや、これからって時に投げ出したくないわよ」

あずみ「それじゃ、これからも一緒ですね!」

律子「理由は二つ。ちゃんと聞きなさい」

あずみ「…………」

律子「こら、地面を見てないで、こっちを見るの」

P「……やっぱり、律子さんがそのままプロデュースした方がいいのでは?」

律子「これからはあんた達二人でやっていかなきゃいけないのに、そんな弱腰でどうするの!」

P「すいません」

あずみ「納得のいく説明を聞かせてください」

律子「だから、説明しようとしたじゃないの」



一つ。

先日のテレビ出演により、お母さん――三浦あずさとの親子関係が疑われ始めた。



二つ。

律子さんが幸子さんのプロデューサーとなる。



あずみ「二つ目は……分かります」



最初に会った時の幸子さんは、一度もオーディションに通らなかったと言っていました。

でも、私が候補生としてレッスンの日々を送っているとき、三つ、テレビ出演を果たしています。

その四度目となった、あの事故。


幸子さんの担当だった方はそのまま引き継ぐ予定だったけれど、
幸子さん本人の意思でそれは受け入れられなかった。

律子さんは私から外れなきゃいけない理由ができたので、幸子さんの担当となる。

理屈は分かります。

幸子さんの最後の覚悟だそうですから。

分かります。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:39:03.84 ID:oN60EsTso

あずみ「外れなきゃいけない理由、一つ目が分かりません」

律子「私も、あずささんとの親子関係がずっと隠し通せるとは思って無いわ」

P「実際、君がデビューした時、一部の報道で二世アイドルとして持ち上げられていたからね」

あずみ「……はい」


テレビ局の記者さんが、私のところまで来たことがあります。

けど、その時は律子さんが守ってくれましたから。


律子「少しの熱ですぐに冷めたから、それも予想通りだった。なにせ15年も前だからね」

あずみ「…………」

P「それが、先日のテレビ出演で予想を上回る評価を得た」

律子「そう、気合が入っていたから。動きも声も、全体のバランスが今まで以上の効果を発揮していた」


幸子さんのこともありましたけど……律子さんに応えるため……お父さんに報告をしたかったから……です。


あずみ「……」

律子「でもね、まだ早い」

あずみ「……わかりません。今まで以上にテレビに出演できれば、早く大きなステージに立てます……」

P「……」

律子「それで?」

あずみ「……お父さんに……届きます」

P「……」

律子「……」

あずみ「違いますか?」


私の目的はそれなんです。


P「それでいいの?」

あずみ「え……?」

P「所長に届けたら、君の目的は終わりなの?」

あずみ「……そうですよ」

P「……ふぅん」

あずみ「……!」


お父さんを応援したい気持ちを……

49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:41:45.32 ID:oN60EsTso

律子「私はもう、あなたをプロデュースできない。
   765プロとの関係が表に出れば、そこであなたの将来は見えてしまう」

あずみ「……」

律子「ここからは、彼と相談して進んでいって」

あずみ「……律子さん……!」


ずっと……ずっと……初めから……始まる前から私を支えてくれたのに……!


律子「最後に、私から言えること。ちゃんと聞いてね」


あずみ「……!」



いつも、大切なことを言うときの表情。





律子「世の中には、悪意が存在する」





あずみ「――!」





今まで聞いたことの無い……怖い言葉を教えてもらった――

50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:43:56.80 ID:oN60EsTso

―― 会議室


P「さて、大体は律子さんから受け継いだわけだけど」

あずみ「…………」

P「さっきの話の中で、幾つか説明不足な点があると思う。まずそれから話そう」

あずみ「……」

P「聞きたいこと言ってみて」


あの言葉。


あずみ「悪意、ってなんですか?」

P「……」



瞳が、私を捉えました。



P「その前に、君に誓いを立てる」

あずみ「?」


誓い……?


P「俺は、君に嘘はつかない」

あずみ「……」

P「俺を拾ってくれた君のお父さん、お母さんに感謝している」

あずみ「…………」

P「だから、信用して欲しい。今すぐにってわけじゃない」

あずみ「……」

P「俺は律子さんに憧れているから、彼女を裏切ることも絶対にしない」


私も、律子さんを信じています。


P「と、いうことで話を始める。いいね」

あずみ「はい」


少し緊張してきました。

律子さんがあの表情をする時は、それ相応な内容なんですから。



P「所長――君のお父さんの闘病生活を面白おかしく報道される」



頭に重い痛みを感じた。


いや――!


51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:51:34.36 ID:oN60EsTso

P「そして、君のお母さんが駆け上がった軌跡を、今更ながら掘り起こされる」

あずみ「……っ」


やよいさん、律子さん、春香さん、響さん……

みなさんを巻き込んでしまう……


P「当時……といっても、俺は小さかったから良く覚えてないけど。
  君のお母さんは時の人だったんだ」


時の人。


お母さんが。


P「デビューして1年と半年、その短期間でアイドル界の頂点に立ったんだ」


P「彼女だけじゃない。三浦あずさが所属する765プロのアイドル達、
  全員がトップクラスに立ち、世間に旋風を巻き起こしたんだ」


P「今でも、彼女達の影響を受けている物が少なくない」


P「ファッションであったり、曲であったり、食べ物であったり」


あずみ「……」


実感がありません。

みなさん、とても優しくて、とても暖かくて、とても思いやりがある、そんな普通の人たちなんですから。


P「俺も765プロに就いてから知ったことだけど。所長、つまり三浦あずさをプロデュースしていた人である、
  君のお父さんは、実は病を患っていて生死の境を彷徨っていた。という事実は世間に知られていない」

あずみ「……」

P「それは、君のお父さんには強く固い信頼を持つ、仕事仲間がいたからだろうと思う」

あずみ「……仕事仲間、ですか?」

P「あぁ。事務所の人たちだけじゃない、この業界に携わる人たちだ」

あずみ「…………」


それは初めて知りました。

52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:53:38.58 ID:oN60EsTso

P「当時、三浦あずさが引退して、病気に関する噂ぐらいは流れただろう。だけど、噂止まりで済んだ」


P「そして、時代が移り、芸能界の一時代を築いた三浦あずさの娘、君がアイドルデビューを果たして活動している」


P「言葉が悪いけど、世間を賑わすにはこれといって無いほどの、美味しい餌、だ」

あずみ「……」

P「今までの平穏が崩れるのも時間はかからないだろう。所長への負担も大きくなる」


あずみ「――!」


歯を食いしばって……涙が零れそうになるのを……堪える。


でも、辛い……です……


私の……せいで……お父さんが…………


今までお母さんが守ってきた……大切なものが…………失われそう……なのが……辛いです……



P「泣いていい」

あずみ「――!」

P「ただし、これが最後だ」

あずみ「さい…ご……?」

P「君はアイドルなんだ。どんなに困難な時でも笑顔でいなくちゃいけない」

あずみ「……っ」


アイドルだったお母さんはプロデューサーであるお父さんに支えられていたと、聞きました。

お父さんもお母さんに支えられていたと……聞いたことがあります。

どんなに困難な道でも……お母さん達は乗り越えてきたんですよね。



P「律子さんと所長代理の意思を俺が受け継いだから、何があっても君を守る」


信用して欲しいと、真っ直ぐな瞳で言っていました。


P「だけど、これから先、想像以上の困難が待ち受けているとも限らない」


P「それを俺達は必ず乗り越えなくちゃいけない」


あずみ「……」


想像以上の困難。

まだ……まだ、泣くわけにはいかないですよね。

53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 21:57:48.06 ID:oN60EsTso

私が小さい頃、お父さんが入院している時です。

お母さんが……空を眺めながら……寂しそうにしていたのを覚えています。

今でも、隣に・・・いない……お父さんを想っているのを知っています。

だから、私も、お父さんとお母さんの為に……頑張るって決めました。



P「所長代理、律子さん、春香さん、やよいさんはそれを承知の上で、
  君をアイドルとして支えたいと思っていたんだから」


律子さん、春香さん、やよいさんも応援してくれています。


P「だけど、まだ君は注目もされていない。……辞めるなら、今だ」


あずみ「……私は、アイドルを」



まだ、まだ頑張れるはずです。



あずみ「続けます」



P「…………わかった」



私たちが待つお家に、早く帰ってきて欲しいから。


それが、お父さんに出来ることなんです。

54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 23:08:57.68 ID:oN60EsTso

―― アイドル・7週目 ――


P「無理」

あずみ「……そうですか」

P「そこらへん、忘れた」

姫子「うわ、役に立たない……」


図書館で勉強中。

教えてもらおうと思っていたけど、当てが外れました。


P「そんなことより、新曲が出来上がったんだ、それを聞いてくれ」

あずみ「早いですね」

P「ほら、このメモリに入ってる」

あずみ「なんだか、わくわくして――」

姫子「おい、こら」

P「なんだ?」

姫子「勉強の邪魔をするな」

P「おまえこそ、仕事の邪魔をするな」

姫子「……このっ」

P「静かにしろ中学生」

姫子「くっ……この人、すんごい腹が立つ……」

あずみ「……ふんふん♪」

バッ

あずみ「あ……」

姫子「お願いだから、同じ高校に行こう、ね?」

あずみ「はい」


イヤホンを奪われました。怖いです。


P「一人で行けないのか、おまえ」

姫子「一応、教えておくけど。この子、放っておいたら危ないの」

P「?」

姫子「この子ね、お母さんの見た目をかなりの割合で受け継いでるでしょ」

P「……そうだな。所長代理の昔の映像観たけど……もう少し経ったら……瓜二つって感じか」

あずみ「お母さんの映像……ですか?」

P「あぁ。……社外秘だから、観せられないぞ?」


がっかりです。


あずみ「でも、家族ですよ?」

P「それが通用すると思ってるのか?」

あずみ「…………はい」
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 23:11:43.85 ID:oN60EsTso

P「ほら、はやく歌詞を覚え――」

姫子「話、終わって無いんだけど」

P「……あ、そうだったな。……瓜二つ、と」

姫子「瓜二つっていったのアンタでしょ……。……で、校内ではもう、この子の性格が知られているから、
   間違いを起こそうなんてヤツはいない」

P「間違い?」

姫子「告白よ」

あずみ「告白!?」

P「なんで驚いてんだ?」

姫子「『付き合って』といわれて『いいですよ。どこへ行きますか?』」

P「……あぁーぁ」


呆れられているような気がします。

付き合って……とは……そういう意味だったんですね。


あずみ「……謝るべきかな」

姫子「それも止めて。もう一度傷つけるだけだから」

P「へぇ……って、……そうだな。可愛いもんな」

あずみ「……そうですか?」

P「君は、今、アイドルなの」

姫子「高校に入ったら、それを知らない連中が殺到するでしょ」

P「今まで守っていたのか?」

姫子「校外ではね」

P「……男子諸君の戦績は?」

姫子「7戦全敗。私が知ってるだけで」

P「……くぅ、無残なり。でも悪い虫が付かなくて良かったかな」

あずみ「悪い虫?」

姫子「アンタ、まさかとは思うけど……」

P「歳の差を考えろ。それに、俺は律子さんに憧れてるからな」

あずみ「言っていましたね」

P「あぁ。律子さん、格好いいよな……」

あずみ「綺麗ですよ」

P「わからないよな、あの魅力は……ふふっ」


今、鼻で笑われました……?

律子さんとの付き合いが長いのはお父さんとお母さんです。

私も生まれたときからの付き合いなんです。

なんだか、悔しい気分になりました。

56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 23:13:04.37 ID:oN60EsTso


姫子「アンタさ、この子のデビュー曲、最初に聞いたときって何時なの?」

P「なんだそれ?」

姫子「占いみたいなもんよ。答えて」

あずみ「ひ、姫ちゃんっ!」

姫子「いいから」

P「……『9:02pm』だろ? 家で聞いたけど?」

姫子「あぁ、そう……っ」

P「なにその、鼻で笑い飛ばされた感……」

姫子「安心したわ。……いいから、勉強の邪魔しないでね」

P「まぁ、おまえが守ってくれるなら、私生活は安全だな」

あずみ「…………そこまで、トロくないと思う」

姫子「自覚して無いから問題なんだよね」

P「勉強と本業を頑張ってくれ」

あずみ「はい」

姫子「ちょっと、勉強が本業でしょうが」

あずみ「……はい」

P「そうだ、アルバイトしないか?」

姫子「バイト?」

57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 23:16:47.43 ID:oN60EsTso

―― デパート屋上


姫子「『あずみ』をよろしくお願いしまーす!」

あずみ「よろしくお願いします〜」

客「ふーん……カバーねぇ……」

姫子「先月デビューしたばかりんですよー、一曲聴いてみませんか〜?」

客「……まぁいいか。じゃ、これでよろしく」

姫子「はい。それじゃ、お持ちのデータ端末に送信っと」

ピッ

客「……ん、聴いてみる」

あずみ「あ、ありがとうございました〜」

姫子「これで……三曲分……って、どうなの?」

あずみ「絶好調だよ」

姫子「ふーん……それより、アイツはどこよっ!」




P「申し訳ありません、その件につきましては……彼女もまだ実力不足でして……」


P「はい。見送らせていただきます。……失礼します」


ピッ


P「……ふぅ…………。あずみの境遇は金のなる木ってところか……結構、しんどいな」


pipipipipi


P「お……はい! ただ今、デパートの屋上でプロモーション中です! 律子さん元気ですか!?」

『うるさい』

P「……すいません」

『調子はどう?』

P「友達と一緒に活動しているので楽しそうにしてます」

『……そう』

P「一つ、聞いていいですか?」

『なに?』

P「昨日と今日で三件、『ノンフィクションとして映像化しないか』と、依頼が入りました。『あずみが主演』で」

『……たった二日で……?』

P「そうなんです。律子さんの時は……ありましたか?」

『週に一度あるかないか、だったから。……まさかとは思うけど、これくらいで辟易していないでしょうね』

P「少し、していました!」

『正直でよろしい。分かってるわよね』

P「はい! 律子さんの声を聞いたら――」

ツーツーツー

P「元気になったのに……落ち込むじゃないですかぁ…………殺生な……」
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 23:19:00.98 ID:oN60EsTso

P「託されたんだから、……守ります」



男「それより、遊びに行こうぜ」

姫子「それより、一曲聴いてみませんか?」

男「それより、飯食いにいかねえ?」

姫子「それより、いい曲なんですよ、どうですか?」

男「それより、カラオケで聞きたいな」

姫子「それより、しつこいんですけど」

男「一曲買ってやるから」

姫子「む……」

あずみ「……っ」

男2「なぁ、行こうぜ」

あずみ「す、すいません……仕事があるので……」

男2「へぇ、もうアルバイトしてるんだ、偉いねー」

あずみ「あ、アルバイトではありません」

男2「へぇ……ほぉ」

姫子「ちょっと、その子には近づかないでよ……!」

男「それより、遊びに行こうぜ」

P「すいません、お断りします」

男「あ? テメー誰だよ」

P「この子達の責任者です」

男「責任者が離れてたのかよ、ショクムタイマンじゃねえか?」

P「そうですね、これからは目を離しませんので。ご忠告ありがとうございます」

男2「……行こうぜ」

男「……ちっ」

P「……」

姫子「おそ……」

P「……すまん」

あずみ「……」

P「販売数は?」

あずみ「六曲です」

P「……そうか。この時間帯では好成績だな。撤収しようか」

姫子「はいはい」

あずみ「…………」

P「どうした?」

あずみ「なにか、ありましたか?」

P「……いや、ないけど」
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/24(日) 23:20:43.50 ID:oN60EsTso

姫子「ほら、アンタもこっち手伝ってよ」

P「……はい」

姫子「何があったか知らないけどさ」

P「……?」

姫子「あの子、そういうのすぐ察知してしまうんだから、気をつけてよ」

P「……そうなのか」

姫子「……はぁ……頼りない」

P「本当に保護者みたいだな、おまえ」

姫子「おかげで、こんな性格になってしまって……」

P「これからも教えてくれると助かる」

姫子「……あのねぇ」

あずみ「ふふっ、仲いいですよね〜」

P姫子「「 ん? 」」

あずみ「姫ちゃんがお父さん以外の人と楽しそうにしてるの初めてみましたよ」

P「……あ、そう」

姫子「さっさと畳んで、ケーキでも食べに行こう」

あずみ「えっと……」

P「事務所に戻ってもやること無いから、今日は終わりにしよう。送っていくよ」

あずみ「わかりました〜」

姫子「何言ってんの?」

P「これからの日程を言ったんだよ」

姫子「まさか、バイト代だけで済まそうってわけじゃないでしょうね」

P「まさか、俺にたかろうってわけじゃないだろうな」

姫子「なに食べる? やっぱ、あれ?」

あずみ「タルト・オ・フリュイにする」

P「今月……ピンチなんだが……!」

姫子「律子さんに教えようか。営業活動中にナンパされたって」

P「よし、任せろ。頑張ってくれたお礼だ」

60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 00:00:05.24 ID:eo4xOyg7o

―― アイドル・9週目 ――


今年の予定は全て終わりました。

お父さんも一時帰宅で病院から帰ってきているはずです。

朝はお母さんがとっても嬉しそうにしていました。

去年までと同じように年越しができて、とても嬉しい。



P「聞いてるのかー?」

あずみ「……ふふ」

P「聞いてないな……。こういうとき、どうすればいいだっけ……」



久しぶりにお父さんの特製料理が食べられます。

昨日、約束をしましたから、とても楽しみで――


ビシッ


あずみ「いたっ……。 え?」

P「……」


頭に軽い衝撃が走りました。


あずみ「……なんですか?」

P「話を聞け。最後の大事な話をしている最中だぞ」

あずみ「……はい…すいません」


気持ちが浮かれていて聞いていませんでした。



P「年が明けたらさっそくレコーディングだ」

あずみ「はい」

P「声の調子は先生に教えてもらった通り、きちんとボイトレして整えておくように。いいな」

あずみ「はい……」

P「この時期に仕事があまり入っていないからといって、気を抜くと……」

あずみ「はい…………」


律子さんも来ているはず。早く報告したいです。

後でやよいさんと春香さんも来てくれると言っていましたから、
今日は久しぶりにみんなでお鍋です。……もやし鍋がいいなぁ。

61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 00:02:30.02 ID:eo4xOyg7o

P「……というわけだから、来年から忙しくなれるよう頑張ろう」

あずみ「はい……」

P「よし。それじゃお疲れ様」


ビシッ


頭に軽い衝撃。



あずみ「?」

P「……?」

姫子「話、聞いてないから、この子」

P「え……? 聞いてなかったのか?」

あずみ「話……聞いていませんでした」

P「おいぃ……!」


あれ?

二回とも衝撃をくれたのは姫ちゃん……?


姫子「どうせ大した話じゃなかったし、私が伝えておくから」

P「……頼んだ。ゆっくり英気を養ってくれ」

あずみ「プロデューサーさんも、ご一緒にどうですか?」

P「そうしたいところだが、今年中に終わらせておきたい仕事があるんだ」

あずみ「……」


なんでしょうか。

表情が少しだけ……



姫子「ほら、早く中に入ろう。体が冷えるよ」

あずみ「う、うん」

P「よいお年を」

あずみ「そうだ、プロデューサーさんに渡したいものがあります」

P「ん?」

あずみ「はい、どうぞ」

P「なんだこれ? ……もしかして!?」

あずみ「はい、ぎざ十です」

P「おぉ……初めてみた!」

あずみ「元気……出ましたか?」

P「う、うん。ありがとな」

あずみ「お疲れ様でした、よいお年を〜」


ご一緒できればお父さんも喜ぶと思いますけど、仕事ではしょうがないですよね。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 21:03:00.72 ID:eo4xOyg7o

―― プロデューサー・9週目 ――



少し危なかったかな。

姫子に助けられたみたいだけど。



pipipipipi


「……はい」

『家の前で話するのはやめなさいと、伝えてあるわよね』

「……すいません」


律子さんからだった。



――


車内に二人の男女。

なんですけど……


「家を転々と移せないの、知ってると思うけど」

「……はい」


一軒家だから、マンションのようにはいかない。


今まで律子さんたちが守っていたものを、俺の些細なミスで壊しかねないこと。
忘れていたわけじゃないけど、さすがに猛省するべきところだ。

なにが二人の男女だ……。俺は浅はかすぎる。


「反省だけなら誰でもできる。これを活かして進んでいくことが重要なの」

「……」

「次は、無いわよ」

「はい」


俺達……いや、あの子の置かれている状況は崖っぷちなんだ。


「最低限の変装はしていたから、これくらいにしておいてあげるわ」


律子さんだって、俺以上にあずみをプロデュースしたいと思っているはずなんだから、

しっかりしなければ。

63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 21:11:17.36 ID:eo4xOyg7o

「所長の身体の経過は順調だって、あずささんから聞いてる。退院も間近でしょう」

「そうですか……」


だからこそ、気を引き締めていかないといけない。
世間の好奇心は、個人への影響なんてお構い無しだ。

また倒れる、なんてことはあってはならない。


「三つ子の魂百まで……っていうでしょ」

「……はい」

「あの子が3歳になるくらいまで、所長は入院しててずっと寂しい思いをしていたの」

「…………」

「だから、お父さんの為に、なんでもやろうとしてきた」

「……」


今はアイドルとして、応援したいと頑張っている。


「遠くから見ていたけど……さっき、探られるような目を向けられたわよね」

「はい……」


姫子に助けられたんだな、やっぱり。


最近は頻繁に仕事の依頼が入ってくる。

だけど、誰もあの子を見ていない。
『あずみ』を取り巻くおいしい餌が欲しいだけ。
俺はそんな身勝手さに辟易していた。

その少しの異変を気づかれてしまった。


「思い遣りのある子だから、すぐに不安を察してしまう。優しいから、それを解決しようとしてしまう」

「……」

「これは所長とあずささんの大切なところを受け継いでいるわ」



この縁起物と言われるギザ十が俺への気遣いなんだろう。

だから、あの子の周りにいるみんなも優しい。


ガラス細工のようで繊細で危ういから、みんなに守られているんだ。

律子さん、やよいさん、春香さん……


「あの視線を向けられたら、『自分は大丈夫だから、心配するな』って顔で笑えばいいの」

「……はい」

「思うだけじゃだめだからね、わかった?」

「実行していかなければ意味が無い、ですね」

「そういうこと」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 21:13:22.48 ID:eo4xOyg7o

少し、踏み込んでみたいと思った。


「律子さんたちが、あの子を大切に想う理由を聞いてもいいですか?」

「……そうね」


ハンドルに肘を乗せて前かがみになる。その瞳が映すのは遠い景色。


「所長がいたから、私たちの夢が叶ったのよね……」

「夢……?」

「トップアイドル……ね」

「……」

「私はセルフプロデュースとして活動していたけど、みんなの志に触発されて……なんとか頑張れた」

「……」

「あの時間があったから、今の私たちがある。これは間違いないわ」

「……」

「恩返しに似てるけど、それだけじゃない。……まぁ、その……かわいいのよね、あの子が」

「…………」


夜の街灯に照らされ、妹の面倒を見る姉のような、
手のかかる子を慈しむ母親のような微笑を浮かべた律子さんに人としての魅力を感じた。


純粋な愛情。

大切に想われているんだ。


それが、あの子が律子さんへ寄せる絶対的な信頼に繋がる。


それを肌に感じて、俺は新たに誓いを立てる。

65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 23:00:07.21 ID:eo4xOyg7o

―― プロデューサー・10週目 ――



年が明け、新たな日々が続いていく。


年末から、俺の業務用携帯電話に仕事の依頼が入ってくる。



「申し訳ありません、テレビ番組の出演はただいま困難でして」



すぐに飛びつきたい気持ちをぐっと抑え、似たような依頼を断っている。


以前の『あずみ』はこの件について納得していなかった。

早く大きなステージに立ち、名前が売れることを望んでいた。


今は地道にレッスンと街に出てプロモーション活動をしているだけだ。

それに対して文句を言う彼女ではないし、不満はもう無いのだろう。

それどころか最近は機嫌が良さそうだ。


所長の退院が決まった。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 23:04:39.52 ID:eo4xOyg7o

―― アイドル・11週目 ――



「お帰りなさい、お父さん!」

「ただいま」


すぐに飛びつきたい気持ちをぐっと抑え、手荷物を受け取る。


「疲れてない?」

「大丈夫だ。あずさの運転がゆっくりだから、体の負担も無い」


よかった。


「座っててください、お茶を淹れますね」

「ありがと。……って、こんな時間に家に居ていいのか?」


お父さんは急須に茶葉を入れて、ゆっくり味を出していくのが好きなんですよね。

雪歩さんに教えてもらった淹れ方。

そういえば、最近会っていなぁ……春香さんから話は聞いているけど、やっぱり会いたいです。


「おーい」

「はーい」

「だから、こんな時間に家に居ていいのか?」

「最近、仕事が無いから平気ですよ〜」

「いや、それは平気じゃないだろ」


私の目的は人気を取ることじゃないんです。


湯呑みを炬燵でのんびりしているお父さんの前に置いて、私もくつろぎます。


「どうぞ〜」

「……ありがと。……ずずーっ」

「暖かいですね、炬燵」

「そうだな……」


お茶を飲んで微笑んだお父さん。

思い出し笑いでしょうか?


「どうしたんですか?」

「昔な、第一事務所で炬燵を出したことがあるんだ」


お父さんが語る昔話が大好きです。

私の知らないみなさんのお話。

それは小説や御伽噺のような感覚に似ています。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 23:09:09.61 ID:eo4xOyg7o

「床はフローリングだから、茣蓙を敷いて……春香がみかんを沢山持ってきて、雪歩がお茶を淹れて」

「楽しそうですね」

「ゆっくりとできる家だったらそれも楽しいだろうな。だけど、仕事場である事務所なんだ。
 メリハリが必要だってことで、寒い日の夜だけという条件を律子をつけたんだ」

「ふふ、律子さん厳しいです」

「ある日、事務所で業者との打ち合わせをすることになって……その日は温かい日だったから、確認を怠ったんだ」

「……ということは、目撃されたんですね」

「あぁ、やよいと真美が勉強して、雪歩とおまえが寝ているところをな」

「私も……?」

「いろいろと条件が重なって、小鳥さんに面倒を見て貰ったんだ。その人の苦笑いに申し訳なく思ったもんだ」


一度遊んだことがあるってやよいさんから聞きましたけど、その時の話なんですね。


「お父さんが復帰してからですよね?」

「そうだ。……おまえが4,5歳くらいの時だな」

「そうですかぁ」

「……雪歩に寄り添って、寝ていたんだ」


懐かしむようにしてお茶をすするお父さん。

やよいさんじゃなくて、雪歩さん……?


「……?」

「寝ながら泣いていたらしい」

「わ、私がですか?」

「あぁ、だから慰めていたんだろう……そしてそのまま雪歩も寝てしまったんだな。
 雪歩も暖かいのが好きだから……」


私が小首を傾げたことで疑問を察したみたいです。

多分、あのゆめを見たんだと思う……


「……」

「心配ばかりかけてたから、よく泣いていたんだよな」

「……はい」

「まだ安静にしていなきゃいけないけど、早く仕事復帰できるよう頑張るよ」

「……はいっ」


私の不安を拭うかのように、お父さんから力強い意思が伝わってきました。


「……」

「……」


そして、私とお父さんの間に静寂が漂います。

陽が傾き始めています、でもまだお母さんはまだ仕事で帰ってこられません。

今日はお父さんと夕飯を作ります。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/28(木) 23:11:07.93 ID:eo4xOyg7o

「なにを作ろうかな」

「……プロデューサーは?」

「……? いい人ですよ」

「……うん。……いや、そうじゃなくて」

「はい?」

「連絡、取り合ってるか?」

「今日はまだです」


予定が入ったら連絡してくるはずなので、無いということはそういうことなんです。

だから、のんびりします。


「……」

「?」


私を見つめる表情が、なんだか、困惑気味で……


「どうしたんですか?」

「……俺は、『あずみ』が出演する番組を観て、頑張ろうって気になった」



私の姿を観て元気になったのなら、それはとても嬉しいことです。

そのおかげで今、お父さんと炬燵の中で暖かいお茶を飲みながら、
ゆっくりとした時間を味わっていられるんですから。

夜にはお母さんも一緒にいられるんです。

良かった。と、心から……


「俺以外にも、きっと『あずみ』に憧れた人がいるはずだ」


なぜか、私を視ていないように思いました。
私ではない誰か。
誰かを、お父さんは視ている。


「これから先、『あずみ』が生まれたことを決して後悔しないと、俺と約束をしてくれ」


どうしてそんな事をいうのか。

私にはわかりませんでした――
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/03/31(日) 23:41:55.30 ID:2JdRinfho
少しお待ちを……orz
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 22:31:54.37 ID:uxGL4V7ro

【登場人物】


娘(芸名:あずみ) ―― 三浦あずさのと765プロのプロデューサー(現:所長)の子
             

姫子 ―― あずみの親友


幸子 ―― 765プロの新人アイドル



新人プロデューサー ―― あずみの担当となる入社したてのプロデューサー



律子 ― 765プロのプロデューサー。あずみの担当だったが事情が変わり外れることになった
       今は幸子のプロデュースを担当している


春香、やよい ― アイドル引退後プロデューサーの道を進む





圭治 ―― 幸子の担当だったプロデューサー。事故に遭い担当から外れる

ロングヘアの女性 ―― アイドル? 
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 22:40:24.73 ID:uxGL4V7ro

―― プロデューサー・13週目 ――


どうやら、マスコミはいないようだ。

校門から出てくる生徒に注目されているようだが……はやくあずみに会っておきたい。

先生を呼ばれたら大変なことになってしまう。変質者扱いは勘弁してもらいたい。


「なにやってんの、アンタ」

「なに!? 俺の変装を見破ったのか!?」

「……」

「……え?」


なにこの無表情な姫子さん。

くりくりとした目が、キリッと結ばれた唇が、キュッと引き締まった頬が、彼女の呼吸が。
その全てが俺という存在を空気であるかのごとく、否定も肯定もされていない。

ノリが悪いとかそういうもんじゃない……至って素な雰囲気だ。


「……」

「いや、学校の様子を……見に……きました……」

「…………」


その顔は『それで?』って言ってるんだな。 
声に出さなくても伝わるって、俺たち凄いと思う。


「おまえ、アイドルをやってないか?」

「……」


冗談でもない、結構真面目な問いかけにも表情は変わらない。

容姿はあずみと同じでいい線をいっていると思う。
彼女、逸材かもしれない。


「いや、本気で言ってるんだけど」

「様子って、なにかあるの?」


話を続ける気のようです。


「報道関係者が来たり、とか」

「来てた」

「……それで」

「裏口から帰した」



それは良かった。

というか、事態は急を要している。
ふざけて遊んでいる場合ではなかった。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 22:57:28.70 ID:uxGL4V7ro

「ねぇ、アレからテレビ番組に出て無いけど、どういうことなの?」

「俺が断ってるからな」


携帯電話を操作して、『あずみ』の居場所を聞き出そうとするが、
姫子がそれを遮るように話しかけてくる。


「なにが起こってるのよ? おかしすぎるでしょ」

「…………」



姫子の言うとおりだ。
アイドルとして活動しているのに、テレビ番組出演を断り、マスメディアから身を隠さなくてはいけない状況。

確かにこれはおかしい。


姫子には伝えておいたほうがいいかもしれないな、これからも彼女の協力が必要になってくる。


……


73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:06:46.01 ID:uxGL4V7ro

―― 公園


電話口からはいつもと変わらないのほほんとした声が聞けたので安心した。

『あずみ』のスケジュールは真っ白で開店休業状態が続いている。
レコーディングも律子さんの指示で流れてしまった。

話題性はあるけど、それを利用するわけにはいかない。

彼女自身のためにも、彼女のアイドル人生のためにも。



P「ほら、お茶」

姫子「ん……サンキュ」


自動販売機で買った温かいお茶を渡す。

プルタブを開けて喉を潤す。
お茶の香りが鼻をくすぐり体を暖めていく。


P「……ふぅ」


カチッ カチッ


姫子「ん……」


俺は驚いて目を見開いているだろう。
そういうキャラじゃないと思っていただけに、新鮮というか、怖いというか、可愛いというか。


姫子「……いいや」

P「諦めるなよ。貸せ」


両手の中にあったそれを取って、プルタブを開けて渡す。


P「……こういうの、あの子の雰囲気だろ」

姫子「うん……まぁね。あの子がやると可愛いんだけどね」


なんだか遠い目をしてる。


P「いや、可愛いと思ったよ」

姫子「ほ…ほんとに……私が……?」

P「……うん」


上目遣いに覗き込んでくる。
白い息を吐きながら身じろぐ姿は年相応な女の子って印象だ。

だが、こいつは俺をからかっている。同学年ならそれも通用しただろうけど……


姫子「……ごくごく……ふぅ……あったかい」

P「おまえ、人を好きになったことあるか?」

姫子「残念ながら、無いかな」


そうだろうなとは思った。あざとすぎた。
だけど面白い資質だ。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:08:35.42 ID:uxGL4V7ro

P「……」

姫子「……なに?」

P「……俺をからかったのか?」

姫子「さぁね。そんなことより、話は?」

P「その前に律子さんから話を聞いてからだな」


姫子に今の状況を伝えたらどうかと相談をしたところ、
まずは所長が倒れた半年前を知っておいたほうがいいと言われた。


姫子「律子さんからの話?」

P「うん。なんだか、律子さんの担当してる子が深く関わってるとか」


幸子という名前のアイドル。

所長が倒れた経緯となんの関連性も無さそうなんだが……



「アンタが『あずみ』のプロデューサーかい?」


後ろから声がかかり、振り返ると髪を両端で結んだ少女がそこに居た。
ラフな格好で服のセンスはいい。センスは。
この気温でその服装は寒いだろう。


P「律子さんと一緒じゃないのか、幸子」

幸子「どうしてあたしの名前を……?」

P「俺は765プロの社員なんだ。挨拶が遅れたが、よろしくな」

幸子「ふーん……律子はあたしをここに行けって指示しただけだから、仕事でもしてんじゃないのかね」


歳は『あずみ』より一つ上の、765プロに所属するアイドル。
最近はテレビや雑誌に取り上げられることが増えた。


姫子「幸子……」

幸子「そっちは?」

P「彼女の親友だ」

幸子「ふぅん」

姫子「……」


ナニカを感じたのか、姫子は幸子を睨んでいる。


P「どうした、姫子?」

姫子「……別に」

幸子「きゃはっ、初対面で嫌われたもんさね」

姫子「…………」

P「それより、その格好はなんだ、風邪を引くだろ」

幸子「しょうがないだろー? これしか着る物ないんだからさー」


アイドルに風邪を引かせるわけにはいかない。
俺は今、『あずみ』のプロデューサーとして契約されているけど765プロの社員だ。

多少、納得はいかないけど上着を脱いで彼女に渡す。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:12:03.12 ID:uxGL4V7ro

P「ほら、着ろ」

幸子「うへぇ、誰が男もんの服なんて着るか」


心の底から嫌そうな顔をして俺の親切を断った。
口うるさく言うのも躊躇ったので、強制的に着せようとする。


P「着せてあげようか?」

幸子「はいはい。わかったわかった」

姫子「……」


この子とどうやって付き合ってるんだろう、律子さん。
一度見学したい。


幸子「そんでー? 話ってなにさ」

P「律子さんから聞いてないのか?」

幸子「聞いてないも何も、ここへ行けってだけさ。
   まったく、これからおいしいお菓子とジュースがあたしを待ってるというのにさ」

P「所長が倒れた半年前の状況を聞かせてくれ」

幸子「……」


幸子の顔色が変わった――というより、色を失くしたようにみえた。


姫子「あなたのせいで、おじさんが倒れたんだ?」

P「え……?」


幸子のせいで、所長が倒れた……?


幸子「ふぅん、親友ってだけあって、なんでも共有してるってか」

姫子「違う。あの子はそんな事を言ったりしない」

幸子「じゃ、なにさ」

姫子「…………」


一方的な強い視線が姫子から幸子へ向かうが、それに答えることはなかった。

幸子は気にした様子もなくこっちに向かってくる。


幸子「寒い寒い〜、よいしょっ」


俺を挟んで姫子と反対の位置に身を震わせながら座った。

まるでその視線から逃げるかのように。


だが、俺の守るべき相手は幸子じゃない。

『あずみ』を守れるようにするためにも、姫子の協力が必要で、幸子から聞いておかなければならないことがある。

だから俺はベンチから立ち上がり、三人が顔を合わせられるように少し離れた。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:14:05.54 ID:uxGL4V7ro

幸子「なにさ、風除けー」

P「そういうお茶らけたところ嫌いじゃないけど、今は緊張感を持ってくれないと困る」

幸子「ふーん……新米のクセに偉そうじゃないか」

P「状況が状況なんだ、のんびりできない」

姫子「聞かせてよ、おじさんが……あの子のお父さんが倒れた時の事」

幸子「……っ」


幸子「あたしの不幸は筋金入りさ――」


少し痛そうな顔をして、幸子は語りだした。



765プロは現在、第一事務所・第二事務所の他に北と南に一つずつ支部があり、大きく4つに別れている。

第一事務所でアイドル候補生として勉強・レッスンをこなし、デビューと同時に第二事務所へ移動となる。

現時点では、所長代理の三浦あずさと秋月律子の二人が第二事務所を縁の下の力もちとして支え、
アイドルを引退後、プロデューサーの道を選んだ高槻やよいと天海春香の二人で現場を回るという体制だ。
そして圭治という幸子のプロデューサーだった人が俺より数ヶ月先に入所している。

所長である『あずみ』のお父さんはその第二事務所で765プロの指揮を執り、活躍されていたそうだ。


俺は入社時にアイドル達、一人一人を研究していたから幸子が生まれ育った境遇を知っている。


児童養護施設出身。

親戚にも縁がなく、高校に入学するまでひたすら勉強をして、奨学金を貰えるまで努力していた。

幸子には目的がある。

アイドルになって注目されれば、

いつか、きっと。

……と、信じていたらしい。

出会って数分だが、人を惹きつける魅力を幸子に感じている。
顔立ちや仕草、ルックスも良い。言葉遣いも独特で、ユーモアだと思う。
アイドルタレントに必要なキャラクターが備わっているようなものだった。


所長が倒れたのは約半年前。

幸子が入社したのは8ヶ月前。

その間の2ヶ月になにがあったのか。


彼女を見つけたのは他ならぬ所長だと聞いている――

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:51:42.75 ID:uxGL4V7ro

―― アイドル候補生・初日 ――


「うへぇ……」


いかにも、といった建物に連れて来られた。

寂れているし、階段の照明だってそんなに明るくない。
掃除は行き届いているみたいだけど、本当にこんなとこにアイドル事務所なんてあるのかね。

ひょっとして、あたしは騙されているんじゃないだろうか。

うーん……引き返すなら今のうちなんだけど、でも、この人はそんな悪そうには見えない……

二人で階段を上がっていると、一つの影と出会いがしらになった。


「おっと、こんにちはプロデューサー」

「だから、俺はもうプロデューサーじゃないんだって」

「あはは、いいじゃないですか。それじゃ、私はこれでっ!」

「あぁ、久しぶりに顔が見れて良かったよ、真」


見たことある人だけど、誰だっけ。

まこと……真……?

この事務所に出入りしているのだからテレビに出ていたのかもしれないけど、
まぁ、あたしには程遠い娯楽なんで、どうでもいいさ。

78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:53:32.83 ID:uxGL4V7ro

ガチャ

綺麗でも汚いでもない、ごく普通の扉が開かれる。


「さ、入ってくれ」

「お邪魔するさー」


名も知らない人に促されるまま足を踏み入れた。

そこは何の変哲も無い事務所。
まっすぐに視線を送るとデスクがあり、その向こうにはガラス窓。ガムテープで「765」って……
あたしでも聞いたことのある事務所なだけに、がっかりだね。


「名前を教えてくれ」

「さちこ、って、言っただろー?」

「いや、漢字を教えてくれないか」

「……おや?」


事務員だろうか、制服を着た女性が奥から顔を出してきた。


「あ、プロデューサーさん! お久しぶりです!」

「ですから、俺は……。久しぶりですね、小鳥さん」

「ここ最近会っていませんでしたから……って、その子は?」

「スカウトしてきました」

「……あの、それは法律で禁止されているんですけど」


へぇ、そうなのかー。
って、違法行為じゃないのさ!


「ちょっと待った、それじゃあたしはどうなるのさ!」

「これから面接だ。俺と社長でな」

「それ、グレーゾーンじゃないのかぁ?」

「本当に……なんて危険な橋を渡るんですか……」


芝居がかった動作で、大げさに目元を拭ってるこの人……小鳥さんだっけ。
なんだか面白い人。


「とりあえず、私にも動機を聞かせてくれませんか?」

「そうですね。やよいと響を足したような子だと感じたからです」



その二人は誰?

79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:54:36.58 ID:uxGL4V7ro

―― アイドル候補生・1週目 ――


ダンスレッスンの基礎。


「運動神経、いいんだね」

「そうー? 小さい頃からたっくさん走り回ってたからかなー」

「すごいよー。これならすぐにデビューできるかな?」


曲に合わせたリズムトレーニングを見てもらっての感想だった。

褒めてもらえてちょっと嬉しい。


「さすがプロデューサー、私と違って見る目がある」


また出た、プロデューサーという言葉。


「あのさ、一つ聞いていい?」

「うん? なにかな」

「他の人たちは『所長』って呼ぶのに、複数の人は『プロデューサー』と呼んでるよね」

「あぁ、うん。そうだね」


懐かしいといった表情をしている。どういう意味なんだろ。


「私たちにとってプロデューサーはプロデューサーだから、だよ」

「ふーん……」


その呼び名に思い入れがあるのは分かったけど、今は聞かないでおくことにしよう。

あたしはまだ新入りだからね。

80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:56:44.45 ID:uxGL4V7ro

―― アイドル候補生・3週目 ――


事務所で突拍子も無いことを言われた。


「服?」

「そうだ、買いに行ってこい」

「いや、でも……まだ働いて無いから、お金が無い」

「先行投資ってことで。やよいと一緒にな」


ダンスレッスンに付き合ってくれているやよいさんかぁ……


「……でもなぁ、気が引けるっていうかなぁ」

「同じ服ばかりじゃ、洗濯も大変だろ」


その通り、あたしはそんなに服を持ってないので同じのをローテーションしている。

高校は制服を着ればいいのだけども……
買ってもらう行為に慣れてないから……正直、困る。


「プロデューサー、用事が入ったので私の代わりに行ってきてくれませんか?」

「急な仕事か?」

「そうです」

「しょうがない、あずさにでも頼んで……」

「あずささんも忙しいそうです」

「じゃあ、春香」

「春香さんが忙しいそうです」

「が、ってなんだ……何を企んでいる?」


話が見えないから、二人のやりとりを遠巻きに見ている。


「ふふ、親子で買い物ってことで、楽しんできてください〜」


……親子…


「確かに歳の近い子がいるけど。……俺なんかと一緒にって嫌だよな?」

「…………うん」

「ほら、女性同士で行った方が気楽でいいと思うんだが」

「いいですから、ドーンと」


やよいさんが両手で所長の背中を押した。


「やよい、後で理由を聞くからな」

「はい。……ほら、幸子も行ってらっしゃい」


手を振りながら見送っている。

行くしかないのかな……
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/12(金) 23:58:25.23 ID:uxGL4V7ro

―― アイドル候補生・4週目 ――


「なんだか、楽しそうね」

「そうかな?」

「……えぇ」

「いい服を買ってもらって嬉しいのかもしれないさー」


挨拶もそこそこに話が弾む。弾んでいるのはあたしだけか。

今日も学校の友達に楽しそうだといわれた。

綺麗な服を着て喜ぶなんてあたしも女の子だったんだなぁーなんてね。


「あなた、所長に纏わりついてるって聞いてるけど」

「へへーん、それがどうしたさ」

「口の利き方に注意しなさい。私や事務所のみんなにはいいけど、練習しておかないと」

「わかったさ。そんなに堅くならないで欲しいね、律子は」

「律子さん、でしょ」

「はいはーい」


ついつい軽口を利いてしまう。


「はぁ……美希の再来なのかしら……」

「話が済んだならあたしは行くさ。じゃーねー!」


この時間ならご飯にありつける!

早く行かねば!


「あ、こら! 走らない!」


叱り声を背中に受け止めてあたしは一目散!
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:02:23.88 ID:1fCFR7K4o

ガチャ


「失礼しまーす」

「……また来た……!」

「お昼ご飯食べさせてー」

「あのな、俺は所長であって、偉いんだぞ。偉いんだぞ!」


言ってる事はごもっともだけど、威厳がないからしょうがないね。

それより、弁当を隠したのが問題さ。あたしの嗅覚を舐めるんじゃないよー。


「ねぇねぇ、いいでしょ、分けてよー」

「何度も言ってるが、ノックは必ずしろ。弁当なら、やよいが注文してあるはずだろ?」

「市販のものなんてケチくさい。その背中に、よりおいしそうな弁当があるじゃないのさ」

「俺のだっ!」


いつもはどんなことでも融通を利かせてくれる所長だけど、こういうのは譲れないらしい。


「いいでしょぉ、しょちょうさぁん」

「猫みたいに擦り寄ってくるな」

「色仕掛けじゃ足りないみたいさ」

「通用するか。おまえは娘と同じだと言ってるだろ……それに、伊織で免疫付いてる」

「誰さそれ」

「おまえはもう少し勉強したほうがいいな、学業以外で」

「話を逸らしても無駄さ」


背中の後ろに手を伸ばす……


「あり? 弁当が無い?」

「こっちだ。……分かったから、やよいから弁当受け取って来い。それで少しだけ、トレードしよう」

「しょうがない、それで勘弁してやるとするさ」


少しだけ、が強調されてたけど無視。
ドアに向かって一歩進んで、振り返る。


「どうして解いているのか、説明しな」

「……鋭いな」


先に食べようとしたな。
しかし、そうはさせない。


「一緒に取りに行くよー」

「あぁ、俺忙しいんだが……!」

「グズグズしてると時間がもっと無くなるさー」

「……あずさの弁当が…………」


愛妻弁当かい。
市販のものより美味しいのはそのせいだねー、なんて。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:04:25.82 ID:1fCFR7K4o

―― アイドル候補生・5週目 ――


「今日はこれで終わりー。気をつけて帰ってねー」


担任が教室から出て行った。


「さて、と」


最近勉強が疎かになってる。

どうすっかなぁ……事務所のセンパイに見てもらおうか……?


なんて、考えていると、ソラとスズが近寄ってきた。


「ねぇ、今日休みなんでしょ?」

「あ、うん……」

「それじゃ遊びに行こう」

「えっと……ごめん、また今度でいいか?」


せっかくの誘いだけど、断っておく。


「なんだか最近楽しそうだけど、カレシでも出来た?」

「カレシ……?」


あたしが……カレシ……

相手は誰?


「いや……違う」

「誰かの顔が過ぎるかなぁと思ったんだけど、そんなことはないみたいだねぇ」

「何があったか近いうち聞かせてもらうってことで、じゃあね」

「明日なー」



二人に別れ告げてあたしは765プロへ足を向ける。


今日は誰がいるのかなー♪
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:07:11.60 ID:1fCFR7K4o


「こんちゃーっす」

「こんにちは、幸子ちゃん。その挨拶はどうかと思うけど」

「春香さんが居るってことは、クッキーがあるはずさ!」

「あはは、せいかーい。さ、食べて食べて〜」

「遠慮なんてしないけどねー」


さっそく一つ摘んで口へと運ぶ。

バターの香りとサクサクとした食感がたまらなく美味い!


「美味しいさ、春香さん!」

「どんどん食べていいからねー。はい、紅茶」

「まだ働いて無いのにこんなにして貰っていいのかね?」

「え、食べてからそれを言うの? 気にしないでいいよ。その代わり、後でどんどん働いてもらうから」


まぁ、出来ることがあるなら、やってみますけどー。


「プロデューサーと話をしてる?」

「あぁ、圭治さん? 昨日もしたし、一昨日もしたけど……もぐもぐ」

「それならいいんだけど。できるだけ、時間を共有しておいてね」

「どういうことさ?」

「意思の疎通が大事ってこと」


よく分からないから、適当に……って、訳にもいかないか。
疎通ねぇ。


「うまうま」

「おいしそうに食べるよね」

「あたし、小さい頃から美味しいものはそんなに食べられなかったから。飢えてるのかもねー」

「……」


あ、しまった。
言わなくてもいいことを言ってしまったか。


「言葉が悪かったさ。なんていうか、誰かのために作った料理が……違うな……んん?」


上手く言葉にできないな。

美味しいものを美味しく食べるのがあたしは好きなんだ、ただそれだけ。


「……今日、あずささんのお家で勉強会があるんだけど」

「勉強会?」


所長の奥さんであり、律子さんと一緒にこの事務所を支えてる人。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:10:21.27 ID:1fCFR7K4o

「幸子ちゃんも一緒にどうかな」

「邪魔でしょー?」

「勉強だけじゃなくて、ご飯も食べたり……するんだけど」

「……」


所長とあずささん……それと、娘がいるって聞いた……


…………家族……か……


「あずささんの手料理と、プロデューサーさんの料理、とっても美味しい――」

「あたしと歳の近い子がいるって聞いたさ……」

「あ、うん……一つ下だよ。今年、中学三年生」

「ふーん……」

「いい子だから、幸子ちゃんとすぐに仲良くなれると思うな」



なんとなく、胸がザワついた。



「いい、遠慮しとく」

「え、どうして?」

「……別に」

「…………そう。わかった」


あたしの空気を感じたのかあっさり引いてしまった。
もう少し強引に誘って欲しかったって思うのは……あたしが寂しいと感じているからなのか。

こういう時は八つ当たりするべきだ!


「所長は部屋にいるの?」

「出かけてて居ないけど。あのね、居ても、勝手に入っちゃ駄目なの」

「あずささんは?」

「一緒。今日は大切な日だから、デート中だよ」


春香さんの頬が緩んだ。


「デート、ねぇ」

「すぐに帰ってくるけどね」

「近くにいるんだ。じゃあ、雨も降りそうだし、迎えに行ってあげようかな」

「あのね、デートだって言ったでしょ。邪魔しちゃいけないの」

「そんなもん、仕事中にしてる方が悪いさ。帰ってきて食べるから、残しておいてねー」


気分を晴らすためにも外に出たかった。
居心地のいい空間が、会ったことの無い所長の娘を意識した途端、我慢できない気持ちに変わったから。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:12:15.18 ID:1fCFR7K4o

あたしはその子に嫉妬した。

生まれた時からあたしにないものを持っている。
あたしが今憧れているものを持っている。

所長は厳しくしてくれるし、甘やかしてくれる。こんな父親だったらいいなぁと感じた。

あずささんも甘やかしてくれる、叱ってくれる。こんな母親だったらいいなぁと願った。



あたしは両親に捨てられた。

両親なんて在りもしない幻影。

存在すら知らない親にいつしか2人を重ねていた。


じめじめとした空気があたしの体に纏わりつき、夏が始まることを教えてくれた。

今年はどんな夏になるのかな。

みんなと海に行きたい、なんてあずささんが言ってたから連れて行ってくれるのかもしれない。

でも、あたしはまだ仕事を一つもしていない。

けど、所長だったら連れて行ってくれそう。

そんな期待が膨らんでいく。


「期待して……いいのかな……」


高校一年生。

現実を知るには充分だった。


ポタポタと、雨がアスファルトに模様を作っていく。

傘を忘れた。



ポタポタと、涙が零れ落ちる。


丁度いい、雨で誤魔化そう。


拭うこともやめて、そのまま歩き続ける。


ザァーー


次第に雨脚が強くなり、無数の小さな粒があたしの体を打ちのめしていく。


さっきまで浮かれていた自分が滑稽に見えてくる。

所長に会いたいからって、事務所に向かった。

春香さんや、律子さん、やよいさんが居るからって、顔を見たくて……

あずささんに…――


春香さんが居た。

クッキーを食べた。

おいしかった。


そして、嫉妬が生まれた。

87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:16:31.21 ID:1fCFR7K4o

気付かなくていいものに気付いた。


「……っ……ッ」


会いたいなんて思わないのに……なんで涙が出てくるんだろ……

あたしに…両親なんて……いるのかな……



ザァーーー


風も少しでてきた。

雨風が容赦なくあたしを吹きつける。



今日はもう、事務所に戻れないや。

あ、でも……シャワー室があるから……って、着替えが無いから意味がないか。

あぁ……鞄を忘れた……やっぱり……戻らないといけない…………

こんな顔……誰にも見られたくないんだけどなぁ……


戻りたいのか、戻りたくないのか。

どうしたいんだろ、あたし。


逡巡しているとフッと、雨が止んだ。


「なにをしてるんだ、こんなところで」


後ろから声が掛かった。

今、一番会いたくない人の声。

唾を飲み込んで、声を整える。


「水も滴るっていうだろ?」

「背伸びしてるようにしか聞こえない」

「ちぇっ……。あずささんは?」

「……服を買いにいった」


二人一緒に居たはずだから、こんなあたしを見て、下着とかか買いにいったのかね。

まだ振り返られない。


「それで、どうしたんだ、幸子?」

「…………」


別に、と言って誤魔化そうとしないのは、傍にいて欲しいのか。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:18:14.83 ID:1fCFR7K4o

「ほら、事務所に戻ろう。早くシャワーを浴びて着替えないと。風邪を引いたら損だぞ」

「…………」

「幸子?」

「……ッ」


あたしは、この人に構って欲しかったのかもしれない。


バシッ


「……なっ!?」

「……」


振り返って、顔が見られないように差し出されていた傘を払いのけた。


「何をするんだ」

「……別に」


使うタイミングを間違えている。


「なにがしたいんだ」

「……さぁ」


自分でもわからない。

自縄自縛。

どうしたらいいのかもわからない。



「……はぁ。俺は着替えを持って無いんだぞ」

「…………」


じゃあ、傘を拾えばいいじゃないか。


「これから会議があるんだぞ」

「…………」


じゃあ、さっさと戻ればいいじゃないか。


「俺もいい歳なんだ。雨に打たれてるのも、悪くはないけど」

「……何さ」

「悪くないけど、年頃の女の子と並んで雨に濡れているのは、さすがに恥ずかしいんだよ」

「…………」


つまりは周りの目が気になるだけ。それなのに……


ザァーーー


雨に打たれ続ける理由はなんなんだろう。

雨を拭うようにして涙も拭う。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:20:34.48 ID:1fCFR7K4o

「…………ほら、戻るぞ」

「どうして、あたしをスカウトなんてしたのさ」

「……え?」

「法律を無視してまですることか?」


入社してから調べたこと。
3年前に大きな事件があって、それをきっかけに法改正までされた。
アイドルブームが生んだ事件だとか。


「俺が声をかけたときの事、覚えてるか?」

「……」


確か、スズとソラと一緒にいた時だっけ……

食べ物の話をしてたような……?


「もやしは栄養満点だ、と言ったんだ」

「……」


なにそれ……


「すれ違いざまにそれを聞いた俺は、ピンときた。社長風に言うなら、ティンときた」

「……」


こんな時にしょうもないギャグ。


「そして、笑っている幸子の顔を見て、懐かしい子を思い出した」

「懐かしい……それって……?」

「響って言うんだけど、知ってるか? 我那覇響」

「……」


知らない。


「まぁ、それはいいや。……って、それだけなんだが」

「あたしが施設育ちだと知って、どう思った?」


社長との面接の時に、それは言ってある。

あとで渋い顔をされるよりマシだから。

だけど、その時の二人は無反応だった。


「……興味を持った」

「興味? 失礼なこと言ってないか?」

「それは興味の内容によるだろ。……俺が持った興味は、幸子の笑顔だ」

「……」

「希望を思い出す笑顔。困難を乗り越えていく笑顔」

「…………」

「さっき言った、響って子がな。俺を救ってくれたんだ」
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:22:14.10 ID:1fCFR7K4o

救う……? 所長を?


「俺は、15年前のあの時に命を失っていた」

「……え?」

「医者に余命を宣告される程の病気を患っていて……、本来なら、ここには存在していない」

「…………」


冗談を言っているように見えない。
水滴の付いた眼鏡を外し、
そう言い放つ瞳は、嘘じゃないと、信じさせるには充分な説得力があった。


「救ってくれたみんながいるから、俺は今を生きていられる。その内の一人、響と同じ笑顔をした幸子がいたからスカウトした」

「……」

「それだけだったんだ」

「…………」


それだけ。

その言葉がひどく小さいようで、あたしにとってはとても大きなことだった。


「……くしゅっ」

「…………」

「んー……、さぁ、帰るぞ。鼻がムズムズする」

「……うん」


捨てられたままの傘を拾って。

あたし達は並んで、事務所に戻った。

二人雨に濡れながら。すれ違う人たちの下世話な声を聞きながら。


「……ほら」


あたしの顔を隠すようにと、傘を差し出された。

91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:24:20.83 ID:1fCFR7K4o

―― アイドル候補生・7週目 ――


「あずささん、心配してたけど、大丈夫?」

「大丈夫だから、おまえまで心配しなくていい。
 それより早くレッスンに行ってこい。俺も出なきゃいけないんだからな」

「でも……」

「こんなことに気をとられてる場合じゃないはずだ。明日だぞ、幸子のデビューは」



あの雨に打たれた日。

事務所に戻り、あたしにシャワーを優先した所長。


シャワー室でもなぜか泣いてしまい、中々出られなかった。


そのせいなのか、所長は次の日、風邪を引いてしまった。
軽い風邪だと言いながら出勤したあげく、4日とこじらせ、次の日には休まざるを得ない状態になった。
2日休んで出社した日には、律子さん、春香さん、やよいさんを心配させていた。

あたしも体調を悪くして、レッスンに参加できず、デビューは見送られたまま今日まできてしまう。

所長に負担をかけないよう、
あずささんと律子さんが動き回り、春香さんとやよいさんがそのフォローに入った。

所長不在の事務所は少しずつ空気が変わり始める。
ナニカの歯車が狂うかのように。


「……」

「そんな顔をするな。俺まで不安になる」


あたしのデビュー予定日がずれ、その調整の為に所長が働きかけてくれていた。
負担の少ない仕事だから、と言っていたけれど……


「だったら、不安にならないよう、元気なとこみせてよ」

「逆だ。……幸子、おまえが俺を元気にしろ」

「……」

「明日のステージ、楽しみにしているのは俺だけじゃない」

「…………」

「幸子の担当、律子や春香、やよい、あずさが期待している。……応えてみせろ」


今まで見たことの無い真剣な表情だった。


「わかった」
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:26:25.74 ID:1fCFR7K4o

―― アイドル候補生・8週目 ――


「なんだ、誰も居ないのか……?」

「あ、おつかれー」

「あのな、俺は偉いんだぞ……。とりあえず、質問に答えてくれるか」

「んー? 居ないなら居ないんじゃないのかー?」


漫画を読みながら応える。
先週のステージでは大成功だったと褒めてくれた。
これからは少しずつオーディションを受けていけるはずだ。と、担当のプロデューサーが言っている。

今はレッスン前の休憩。


「ね、体調はどうなのさ」

「ぼちぼちだな。……ふぅ、俺も座らせてもらおう」

「しょうがない、お茶でも淹れてやるさ」

「急須と茶碗を温めておくんだぞー」


面倒臭い。……けど、やってみようか。

春香さんもユキホさん…だったかな。美味しい淹れ方を学んだと聞いたことがある。
だからかは知らないけど、春香さんのお茶はおいしい。

所長からの指示を受けながら茶碗に注いでいく。


「ほら。……って、疲れてるのか?」

「……いや、懐かしい感じがして……な」


目を閉じて頬を緩ませている。休めたのが嬉しいのだと思った。
向かいのソファに座って漫画の続きを読む。


「幸子と居ると……懐かしい気持ちになる……」

「ふぅん……」


どういう意味だろ。
声が眠たそうだから、あまり話しかけないほうがいいのかもね。


「……こうやって……横になると……律子が……怒って……」

「……しょうがないな」


所長が寝そべっている椅子は安眠ソファと名づけられているくらい寝心地がいい。
空調も適温設定だから、転寝をよくしてしまう。

あたしもよく寝てはあずささんにタオルケットをかけて貰ってる。

今度はあたしがかけてやろう。


「……亜美に……らくがき…………され……て」

「寝惚けてんのかね」


タオルをできるだけ優しくかけてやった。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 00:27:56.64 ID:1fCFR7K4o

「幸子……お茶…おいしかった…………ありがと……」

「ん……」


嬉しかった。

その言葉を最後に、所長は深い眠りに入る。


あたしがアイドルになった目的。
それは両親に見つけて欲しかったから。

子供を捨てた最低な人間に、相応の罰を与えてやろうと思っていた。

だけど、そんなのどうでもいいや。


「すぅ……すぅ……」


目の前でリズムよく寝息を立てて眠る人。

この人の周りに居る人たち、みんなの期待に応えたい。

目的を楽しい方に、希望に満ちた方へ方向修正。


「時間かぁ。……せっかくだし、寝かせておくとするさ」


それが優しさだと思った。


「じゃ、行ってきます」


返事の無い挨拶を交わして。

あたしは事務所を後にした。


ただの、居眠りだと思ったから――


94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:07:38.34 ID:1fCFR7K4o

―― プロデューサー・13週目 ――


幸子「そんで、帰ってきたときは、事務所に焦燥感が漂ってて」

姫子「……」

幸子「春香に話を聞いたら、所長が救急車で運ばれたって。おしまい」

P「……」


幸子から聞いた話を整理すると。

雨の日、律子さんと喧嘩をして幸子は事務所を飛び出した。
迎えに来た所長と更に喧嘩をして、差し出された傘を払い除けてしまう。
所長に説得され、二人ずぶ濡れのまま事務所へ戻ったが、それを期に所長が体調を悪くしてしまった。

体調不良にも関わらず、2週間に渡り所長は幸子の為に働きまわる。

そして、ソファで眠る所長をそのままに幸子はレッスンに向かう、と。

ここまで聞いたが、雨の日の辺り、辻褄が合っていないように感じる。
律子さんでも担当のプロデューサーでもない、所長がわざわざ……?

そこは幸子の思うところがあるのかもしれない。

幸子は第二事務所を頻繁に出入りしていたんだろうか……


姫子「どうしておじさんがあんたを探しに行くのよ」

P「……!」


触れないでおこうと思っていた矢先、姫子が掴みかかった。

俺は律子さんから幸子の『両親を探したい』という目的を聞いている。
それを気軽に伝えるということは、それほど深く抱え込むようなことではないという幸子自身の意思表明なのだろう。

この話をしていた時の律子さんの表情は、幸子の目的を応援していくという意志が表れていた。

厳しくも優しい人なんだと思った。


幸子「律子の怠慢なんじゃないのか? きゃはっ」

姫子「そうやって、人を馬鹿にするような笑い方、やめてよ」

幸子「しょうがないだろ。これがあたしってもんだからさ」

姫子「誤魔化そうとするなって言ってんの」

幸子「あん?」


姫子、鋭いな。


姫子「面倒見のいい律子さんがおじさんに頼むわけない」

幸子「そんなの、あんたの勝手な思い込みじゃないのさ」

姫子「あんたよりずっと長く、私は律子さんと一緒に居るの。あの子……『あずみ』は生まれた時から」

P「……」

姫子「そんな誤魔化しは二人に失礼だから、余計にムカつかせるだけ」

幸子「人の心にずかずかと踏み込むような真似、するなさ」


今まで表情に色を失っていた幸子だったけど、ここで初めて怒りという色が現れた。

薄く笑ってはいるけど、それは何かを誤魔化すための行為のように思う。
今まで聞いた話のどこかに幸子の本心が隠れているのだ。姫子もそれを感じ取ったのだろう。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:09:31.92 ID:1fCFR7K4o

姫子「……」

幸子「ふん……話は終わったから帰らせてもらうよ」

P「待て」

幸子「上着ね、はいはい」

P「いや、まだ着ててくれ。幸子にも聞いて欲しい」

幸子「何をさ」


脱ぎかけた上着をそのままに訝しげに聞いてくる。


P「あの家族のこと」

幸子「……」

姫子「……」


15年前の765プロの軌跡。

所長の闘病生活。

この二つを踏まえた上で説明に入った。


P「マスメディアによる所長への負担。これが大きい。また入院なんてことは絶対にあってはならない」

幸子「……」

姫子「だから最近、学校周辺にマスコミ連中が増えたんだ」

P「今日みたいに裏口から帰すようにして、姫子には『あずみ』を守って欲しい」

幸子「原因のあたしが言うのもなんだけど、どうして負担になるのさ。有名になるのはそういうもんさ」

P「……それは――」

姫子「……」


幸子に答える前に、姫子の表情を盗み見るが『負担になる理由がアンタにわかるのか?』といった顔をしている。
所長の性格を知っているのだろう。


P「律子さんから聞いたが、所長は自分自身の病気に負い目を感じているそうだ」

幸子「……」

P「家族に負担をかけたくない、と。……だから、守らなくちゃいけないんだ」

姫子「…………」


納得いかないと言った表情の姫子。

言いたい事は大体分かる。


幸子「辞めればいいじゃないか」

姫子「……」


姫子が微かに頷いた。

あの子の目的は達成されたようなものだから、それは理にかなっている。

最近の『あずみ』はアイドル活動に以前ほど精力的ではない。
だから、この開店休業状態がありがたくもある。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:10:51.66 ID:1fCFR7K4o

P「律子さんを始め、春香さん、やよいさんが続けて欲しいと望んでもか」

幸子「はぁ? 『あずみ』が活動すればするほど所長への負担が増すんだろ?」

姫子「今が辞め時なんじゃないの」


正直な話、二人が正しい。

事務所側は利益を優先して考えるものだが、あの子に関してはそうではない。

自らの意志で選んだアイドルという道を、一緒に乗り越えていこうという気持ちがとても伝わってくる。
完全に765プロのプロデューサー達は損得勘定抜きで『あずみ』に強い思い入れを持っているのだ。


P「トップに立った四人が見た景色を、『あずみ』にも見て欲しいと思うのは、悪いことかな」

幸子「……」

姫子「お母さんも、そう言ってるの?」

P「いや、所長代理は、娘の意思を尊重するそうだ」


直接託された。

俺が『あずみ』のプロデューサーとなる前日。あの子の意思を支えて欲しいと。


姫子「……」

幸子「そんじゃ、親友のあんたが辞めるよう説得すればいいだけのことさ」

姫子「…………」

幸子「面倒くさい。後は自分たちで考えなー」

P「待て」

幸子「なにさ」

P「いや、上着」

幸子「おっと。これは失敬〜」


上着を放り投げられる。

さすがに寒くなってきた。


P「体、暖めろよ」

幸子「へいへい」


喫茶店にすれば良かったな。それに気付くのはさすがに遅いけど。

手のひらをヒラヒラさせ公園から出て行こうとした幸子が……足を止めて振り返る。


幸子「そうだ。どうしてあたしが原因で所長が倒れたって知ってたのさ」

姫子「アイドルに一切興味のないあの子が、唯一あなただけに興味を示したから」

幸子「……はぁ、わけがわからん」

姫子「興味を持った理由が『大切な仲間だから』」

幸子「……」

姫子「あの子は父親と母親が繋がればなんでも気を許す。長い付き合いだから分かった、ってだけ」

幸子「あっそ。そんじゃねー」

P「……」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:18:20.10 ID:1fCFR7K4o

今度は振り返ることなく出て行った。


P「その説明だけだと繋がらないんだけど」

姫子「おじさんが倒れて、あの子がアイドルになった。律子さんがあのアイドルをここに来させた。
   材料はそろってるでしょ」

P「……なるほど」

姫子「それに、謝りたい事があるって言ってたから……二人の間に何かあるって考えられる」


『あずみ』が幸子に謝ること……?


P「なにをだ?」

姫子「関係ないから忘れて」

P「……」

姫子「それより、アンタは『あずみ』の今後についてどう思ってるの?」

P「……言ってなかったか?」

姫子「聞いてない」

P「俺は、あの歌声をたくさんの人に聴いて欲しい、って思う」

姫子「…………」

P「三浦あずさを超える逸材だと信じているからな」


現役時代を知らないから言えるのかもしれない。
だが、『あずみ』の歌声はこの時代のアイドル達の中で随一だ。

沢山の人に聞いて欲しいし、トップアイドルという景色を俺が担当するアイドル『あずみ』にも見せたい。

俺だって、あの歌声を聞いてしまったんだから――
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:21:47.85 ID:1fCFR7K4o

―― アイドル・14週目 ――


「プロデューサーさんは――運命の人、って……信じますか?」

「……ん?」

「運命の人です」

「赤い糸で結ばれた人ってことだよな」

「そうです」

「…………ふむ」


車のハンドルを握りながら、考え耽っているようです。

今日のレッスンが終わり、お家までの車内でなんとなく聞いてみました。

お父さんが待っているはずです。


「あずみはどう思うんだ?」

「います!」


断言します。

だって、私の両親がそうなんですから!


「そ、そうか……やけに自信ありなんだな」

「お父さんとお母さんがその二人なんですから」

「所長と所長代理が……ふぅむ…………なるほど、納得だ」

「なんだか嬉しいです」


両親を特別に見てくれたみたいで。

いつも気になっていたことがあります。


「名前で呼ばないのですか?」

「二人をか? そんな、恐れ多い」


そこまで遠慮しなくてもいいと思いますけど。


「あずみはどう思うんだ?」

「います!」

「いや、違う。君の運命の人」

「い、います……!」

「へぇ……! それは爆弾発言だな……!」

「……っ」


少し顔が熱くなりました。照れますね。


「教えてくれ、どんな人なんだ?」

「そ、それは……」


なんだか楽しそうに聞いてきます。
こういう話が好きなんでしょうか……?
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:23:26.36 ID:1fCFR7K4o

「同級生か? 事務所の人か? お父さんとか無しだからな。って、それは違うか」

「でも、よく分からなくて」

「……え?」

「私の初恋……みたいなんです」

「あ……うん……。……そうなんだ……わかった」


あれ、なんだか興味を失ったようです。
声から好奇心が無くなりました。


「どうしたんですか?」

「……初恋の人、イコール、運命の人って、早計にすぎないかな」

「…………」

「ごめん。俺には判断できない。姫子に相談してくれ」


この話題を終わらせたいのでしょうか。話を締めくくりました。
どうしてでしょう。


「姫ちゃんもプロデューサーさんと同じ反応でしたよ」

「……うん」

「どうしてですか?」

「…………初恋は実らないって言うだろ? だから、その人を運命の人と決め付けるのは、どうかな、と」


ちょっと、ショックです。


「……そう……なんですか」

「あ、だから分からないって言ったんだよな。そうかそうか」

「ちょっと見ただけですから、……もう会えないかもしれないんです」

「一目惚れっ!?」

「……はい」

「もう一度出会えるよう、俺も祈ってるから。赤い糸を手繰り寄せてくれ」


眼鏡をかけたその人は最初、お父さんだと思っていたから……
一目惚れといえるのかな?

でも、夢にも出てきたから……恋なんだよね……あれ?


「……よく分からなくなってきました」

「一目惚れでも初恋なんだ、また会えることを信じればいい」

「そうですね。信じることにします」

「うむ。……そろそろ到着するから、忘れ物が…無いよう、…………あれは?」


お家の前に少し人がいますね、誰でしょうか。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:25:21.94 ID:1fCFR7K4o

「少し顔を伏せて。通り過ぎるよ」

「……は、はい?」


言われたとおり、顔を伏せて、家の前を通り過ぎるのを横目で見ました。


「……カメラマンさん?」

「…………」

「え……マスコミ……?」

「だろうな。一度、近くの駐車場に停め――」


急いでお父さんの携帯電話にかける。


そんな……っ……そんなッ……!

まだ療養が必要なのに!

次、入院することになったら――



『もしもし、どうした?』

「お父さん! 外に出ないで!」

『あぁ、マスコミの連中か』

「……ご…ごめんなさい……ッ」


私のせいで……

……私の……せい……だ……


『まだ子に守られるような歳じゃないって』

「大丈夫……ですか……?」

『俺を心配するあずさやおまえの方が心配だ』

「誤魔化さないでください」


お父さんは私たち、周りの人には嘘はつかない。

けど、自分自身に嘘をついて、誤魔化そうとする。


『誤魔化しじゃない。俺の病気が原因で、家族に負担をかけるのが申し訳ない』

「そんなこと……言わないで……っ」

『大丈夫だよ。俺はひとりじゃないんだから』

「……うん」

『ここからが正念場だぞ、あずみ』

「どうして、その名を呼ぶんですか……!」

『プロとしての意識を持て。そんなことじゃ、乗り越えられないぞ』

「……っ」

『律子、やよい、春香、響がなんの苦労も無しにトップに立てたと思っているのか?』


私の尊敬する人達……
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:26:48.40 ID:1fCFR7K4o

『あずさもそれなりの苦難に出会い、乗り越えていった。それをおまえは知らなかっただけだ』

「…………」

『俺の事なんて、まだまだ些細なことなんだ。軽く――』

「乗り越えられるわけないじゃないですか!!」


頭に血が昇って怒鳴ってしまった。



「なにが些細なことなんですか! 冗談でも許せません! 許せないッ!」


『…………』



電話の向こうで、お父さんはどんな表情をしているんだろう。

生まれて初めて、私は父に怒りをぶつけている。


「どうして……自分が居なくなるようなこと……言うんですか……っ」

『……』

「ここで、泣くのか?」

「……ッ!」


見慣れたお店の駐車場、気が付くと車は停まっていました。

プロデューサーさんの言葉で、涙を零さずにすみました。


「……すぅ……はぁ」

『約束が続いているんだ』


感情を落ち着かせる為に深呼吸をしていると、お父さんが不思議な言葉を紡ぎました。


「やくそく……?」

『俺は居なくならないって約束を、あずさにも交わしている。だから、そう簡単に破れない』


お父さんとお母さんの間にそんな約束があったなんて、知らなかった。


『もう二度と、「嘘つき」なんて言われたくないからな』

「……」


お母さんがそんな言葉を……
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:27:32.39 ID:1fCFR7K4o

『これから、律子と合流して今後について話し合うよう、プロデューサーに伝えてくれ』

「わ、わかりました……。あの、お父さん……」

『俺はタレントじゃないのにな。注目を浴びるなんて、結婚を発表して以来だ。上手く躱してみるから大丈夫』

「……はい」

『気をつけて帰って来い』

「はい」


プツッ

最後はいつもの軽い調子だったから、安心しました。



「……」

「もぅ……」

「…………」

「はぁぁ……いつも……心配かけるのはいいけど……」

「…………」

「私たちやお母さんの気持ちを…………あ」

「あ、ってなんだ。俺を忘れていたのか」

「……はい」


目が合って気付きました。

103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:39:50.70 ID:1fCFR7K4o

―― 喫茶店


律子「……予想外の早さね」

P「律子さんの予想では……?」

律子「そうね、大体……あと、3ヶ月は余裕をみてたんだけど」

あずみ「……」


律子さんと連絡を取って、近くの喫茶店に入りました。

私と765プロの繋がりが世間に知られるのは時間の問題だから、開き直るそうです。


律子「二世タレントなんて、所詮は親の七光り。その一般論を覆す為にも実力を付けさせておきたかった」

あずみ「…………」


だから、あの時――プロデューサーさんと初めて会った時、『将来が見えてしまう』と言っていたんですね。

お母さんの人気とお父さんの努力を私が簡単に受け取ってはいけない……


律子「その一般論も、実力が付けば利用できたのに……完全に目論見が外れた」

P「おまけに、所長への負担……」

律子「複雑でややこしくなるから、事務所を変えたのに。こうなっては裏目に出たわね」

P「……」

あずみ「裏目、ですか?」

律子「昔と違って、今の765プロはそれなりに力があるから、あなたを守ることもできたわ」

P「律子さんがそれを言うなんて、それほど追い込まれているんですか?」

律子「ちょっと待って、それ、ってなに?」

P「アイドルを権力で守る。ってことです」

律子「あなたに、こっちの何が分かるのよ」

P「……」


律子さんの目が怖い……

いつものプロデューサーさんなのに……律子さんの空気が張り詰めていて……


律子「あずささんとプロデューサーの二人が培ってきた時間を、
   私たちが創り上げてきた765プロを、新米のあなたに何が分かるっていうの」

P「…………」


いつも冷静な律子さん……

叱ってくれることは幾つもあったけど、怒りだけを含んだことは今までなかった……


あずみ「あの……」

律子「……言いすぎたわ」

P「少なくとも、あずみのプロデューサーは俺です。これからも彼女を信じていきます」

あずみ「……」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:42:17.46 ID:1fCFR7K4o

律子「それで?」

P「えっと……律子さんもアイドル達を信じていたのだと思っていました」

律子「なによ、それ。私がこの障害をあずみが乗り越えられないと思ってる、とでも言うような口ぶりね」

P「……そう感じました」

律子「……」

P「生意気なこと言って、すいません」

あずみ「…………」


いつもの律子さんなら、突っかかったりしないはずです。


あずみ「律子さん……なにか、ありましたか……」

律子「……はぁ。……まったく、もぅ……!」

P「?」


少し自嘲気味に笑った表情に私はちょっとだけ安心しました。


律子「先週、幸子と話をしたでしょ?」

P「はい」

あずみ「……?」


先週……?


律子「不思議そうな顔してるけど、この子には話してないの?」

P「はい。姫子が言うには、言っても意味が無いから、と」

律子「……ふぅん」

あずみ「プロデューサーさん、隠し事ですか?」

P「幸子から所長が倒れたときの話を聞いただけだ。別に、隠し事でもないんだけど……」


幸子さんから……

お父さんが倒れたのは自分が振り回したからと言っていましたね……


P「詳しく知りたいのか?」

あずみ「……知りたくないといったら嘘になりますけど、お父さんは幸子さんの為にしたことなんですよね」

P「そこは俺の知らないとこだけど……」


プロデューサーさんの視線が律子さんに泳ぎまます。


律子「まぁ、そうね。幸子に振り回されて『千早のように手が焼ける』なんてボヤいたりしてたけど……」

あずみ「……」

律子「楽しそうにしていたのは違いないわね」

あずみ「……やっぱり」


倒れる2ヶ月前辺りから滅多にしなかった事務所の話をお家で楽しそうにするようになっていました。
それで入院になったとしても、私は幸子さんに悪い感情を持てません。
別の感情は沸きましたけど。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/13(土) 01:43:45.07 ID:1fCFR7K4o

律子「その幸子が、最近事務所に顔を出さなくてね」

あずみ「え……」

P「……」

律子「私も久しぶりのプロデュースだから、上手くいかないことに戸惑って……って、
   どうしてあんた達に弱音を吐かなくちゃいけないのよっ」


軽く怒ってみせる律子さんは新鮮でした。


pipipipipi

私の携帯電話が鳴り、発信者は姫ちゃんと記されたのを確認します。


「もしもし」

『もう引き上げたみたいだから、帰ってきて』

106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/30(火) 23:00:07.09 ID:gqCdf1kyo
長い間放置していてすいませんでした。
見ていてくれる方、もうしばらくお付き合いしてくださるとうれしいです。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/30(火) 23:01:44.26 ID:gqCdf1kyo

―― プロデューサー・15週目 ――



律子さんに呼び出され、765プロ第一事務所へと到着した。

扉を開くと、事務員の音無小鳥さんが出迎えてくれて、すぐ隣の社長室へ案内される。


コンコン


「失礼します」


彼女がそういい、社長室のドアを開いた。


「久しぶりだね」

「はい。面接の日、以来になります」


正直、場違いなのではないかと思った。

あの時代のアイドル達が並んでいるからだ。
律子さんだけでも恐れ多いのに……


「挨拶なんていいから、これの説明しなさいよ、社長」


バシッ

雑誌を社長の机に叩き付けた女性。
冷静を装っているが、態度が怒りを表している。


「なんの為の圧力なのよ」

「こら、伊織」

「引っ込んでなさい、律子」

「13年ぶりのデコピン、味あわせてあげましょうか……?」


水瀬伊織。
現在、水瀬グループの会社をいくつか掛け持ちで運営している。


「うるさいわね。あの頃のままだと思ってるの?」

「その態度がそう思わせてるんじゃないの。少し落ち着きなさい」

「……ふん」

「圧力はともかく。その記事、酷いよ」


双海亜美。
芸能界を引退後、おもちゃ会社へ転向した。
乳幼児玩具から電脳ゲームまで、遊ぶといったらこの会社の名が浮かび上がる。
一人で設立したのか、二人で設立したのかは俺の知るところではない。


「もちろん抗議はした。向こうの法務部にも通達は出している」


法務部……!?

108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/30(火) 23:13:37.80 ID:gqCdf1kyo

「社長……」


小鳥さんがこの場に居る全員の心情を投げかけた。


「訴訟も辞さないとの意思表明だ。私としては、な」

「当然よ、こんな他人の人生を食い物にしようとする連中なんか……摘んでしまった方がいいに決まってる」


社長の意思に伊織さんも同調している。
俺もこの記事には怒りしか感じなかった。


感動秘話と銘打った記事。



――大手アイドル事務所として知られる、765プロダクション。

その礎を築いたアイドル達を覚えているだろうか。
三浦あずさを筆頭に、世間を賑わせた彼女達の活躍は当時を知る人たちに鮮烈な記憶として残っているだろう。

その彼女達には世間に知られていない感動秘話がある。

アイドル界の頂点を極めた三浦あずさ。
彼女の引退と共に結婚発表をした電撃的ニュースは世間に大きな衝撃を与えた。

しかし、その相手が難病を患っていたという悲しい事実があったのだ。

死の宣告を受けた彼を健気に支えながらも芸能活動を行い、
様々な思惑が交錯した事務所内だったが、所属するアイドル全員もランクAまでたどり着くという前代未聞の快挙を成し遂げた。
そして、その後入院し、彼の活躍は歴史に埋もれることとなる。

それだけではない。
三浦あずさと彼の娘がアイドルデビューを果たしていた。
デビューの3ヶ月前にその彼が倒れ、再入院していたというのだ。

父親を励ます為、母と同じ道を進んだ彼女の強い意志、泣かせるではないか――



悪意に満ちた内容だ。




「……」


このタイミングでこんなくだらない三流記事。
普段なら誰も見向きもしないような雑誌なのに、
運悪く火種となり、今、所長の家にはマスコミが押し寄せている。
今朝のワイドショーでも少し触れられていた。

律子さんが危惧していたのはこれだった。


『所長は病気のことを負い目に感じてて、あの子やあずささんに負担になってないかって抱え込んでるのよ』

『幸子に対してもきっとなにかしら感じているでしょうね。焦っていなければいいけど……』


俺と二人で居るときに律子さんから聞いたことだ。

律子さんが不安だったように、春香さんややよいさんも同じ気持ちだったに違いない。


この雑誌が発売されたのは3日前。……今の状況は最悪に向かいつつある。


あずみが電話に出ない。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/04/30(火) 23:15:39.82 ID:gqCdf1kyo

「君は、どうしたいのかね」


社長が俺に問いかける。


「『あずみ』をステージに立たせたいと思います」

「……」


俺の目をまっすぐ見据えている。
意思を確かめているのだろうか。


「律子、あずさは?」

「あずささんは自分自身のこと……気にしてなかったけど……」


言い淀む律子さんを初めて見た。


「彼と話がある。席を外してくれ」

「分かりました」


社長の言葉に小鳥さん、律子さん、亜美さんに続いて……彼女は誰だろう……?

確か、やよいさんと活動していたような……


「アンタがあの子のプロデューサーなの?」

「そうです」

「…………」

「……」


所長と5つくらいしか変わらないはずなのに、20代前半で通用するくらいのあどけなさがある。

それとは不釣合いな眼光が俺を刺す。

幾つもの会社を経営しているだけあって、威圧感もある。


「……」

「……」


何も言わずにかわして行った……

なんだったのだろう。


残された俺は社長と二人だけになる。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/01(水) 00:03:59.32 ID:2xKqrLhIo

「私の『訴訟も辞さない』という考えを聞いて、思ったことを正直に言ってくれるかね」

「は、はい」


唐突すぎて身構えてしまう。


「765プロのイメージに傷が付くと思います」

「……ふむ」

「今の芸能界ではブランド力と言ってもいいほどの存在感があります」

「……」


社長は表情を変えずに俺の目を見据える。


「三流記事相手にそのリスクを負うのは、私としては賛成しかねます」

「では、プロデューサーとしてはどうなのかね」


社長の言葉を借りただけあって、それを拾ってくれた。

信頼してくれたようで身が軽くなった気分になる。


「私も水瀬さんと同じ思いです。アイドルの人生を食い物にしている事実を許せません」

「……」


あれ……

もしかして……社長は……


「あの……」

「なにかね?」

「765プロの今後を……『あずみ』に賭けてもいいと……そういう意味で……『訴訟も辞さない』と……」

「そういうことだ」


表情を変えずに言い放った。


その『あずみ』を俺がプロデュースするということになる。


嘘だろ……


俺に『あずみ』を……?


この業界に入ってまだ2ヶ月も経っていない……


「どうしたのかね」

「あ……」


状況の複雑さに頭が混乱していたようだ。
威厳のある声に我を取り戻せた。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/01(水) 00:05:34.50 ID:2xKqrLhIo

「私の考えは伝わったと思う。後は律子君達と話しあってくれ」

「え……」


社長は今後の方針について関わらないという事なのか。


「時間は無いぞ」

「は、はい。失礼します」


俺は軽く挨拶をして、社長室を出た。

112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/01(水) 00:07:32.05 ID:2xKqrLhIo

律子「こっちに来て」

P「……はい」


社長室から出ると律子さんに呼ばれる。

座らずに、立ったまま考え込んでいるようだ。


伊織「『様々な思惑が交錯した事務所内』ってのも気に食わないわ!」

亜美「まぁまぁ、落ち着いてよいおりん」

伊織「勝手に思惑を作ってんじゃないわよ……!」


伊織さんが拳を握って苛つかせている。


律子「まだあの子と連絡が取れないの?」

P「はい。電源は入れているみたいなんですけど……」

伊織「はぁぁ……頼りないわね」


伊織さんに呆れられる。

確かに、この状況で連絡も取れないなんて……

あずみと出会ってからまだ2ヶ月。
それだけの時間で信頼してもらおうなんて無理な話なんだよな。


亜美「会いに行ってみる?」

律子「プロデューサーの様子も気がかりだけど、私たちが動いてもどうしようもないわ」

伊織「じゃあ……向こうを動かせばいいのね」

P「?」


どういう意味だろう?

伊織さんはポケットから携帯電話を取り出して誰かに連絡を取った。


伊織「新堂、沖縄行きのチケット手配して」

律子「なるほど……その手があったか」

亜美「病院から離れないんじゃない?」

律子「あずささんに説得させましょう。このままだとあの子の精神が持たないわ」

亜美「そうだね」

律子「……マスコミはあくまで『あずみ』に関心があると思うから、ある程度分散するかなってところね」

小鳥「あの子、大丈夫かしら」

P「……」


あずみは沖縄へ行くことになったのだろうか。

俺を残してどんどん話が進んでいく。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/01(水) 00:08:43.43 ID:2xKqrLhIo

律子「伊織、チケットを二枚追加してくれるかしら」

伊織「いいけど、誰が行くのよ」

律子「あの子と、彼」


俺を目で指した。


律子「その追加分はこっちで都合をつかせるから」

伊織「わかったわ。亜美は?」

亜美「行きたいけど、人数は増やさないほうが良いと思うから、あずささんと残るよ」

伊織「とりあえず、私を含めた五枚でいいのね。もっと追加するなら言ってちょうだい」

律子「えぇ。助かるわ」

P「……」


どうしよう、予定が決められていって流れに参加できていない。

小鳥さんは不安そうな表情を浮かべ、亜美さん、律子さんが俺には分からない事情をいくつか話している。


伊織「どうしてよ、私も行くに決まってるじゃない。会議……? なんの為の重役よ。彼らにさせなさい」


伊織さんはシンドウさんという人となにやら揉めてるみたいだ。


律子「あなたは屋上へ行って」

P「え?」

律子「話があるって」

P「……誰がですか?」

律子「貴音が待ってるはずだから」


タカネ……?

114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/01(水) 00:12:22.70 ID:2xKqrLhIo

たかね……タカネ……たかね……タカネ……

分からない。

765プロの関係者みたいだけど……さっき社長室に居た人だよな……

事務所のデータ・資料にその名前は無かった。
やよいさんと写った画像にその名があったような気がするけど、気のせいかもしれない……


俺は聞いたことのない名前を頭の中で反芻しながら屋上への扉を開いた。


2月の頭、冷えた空気が俺を包む。

自然と視界に入った曇り空がどこまでも続いている。

肌寒くなるような模様の空から目の前に一筋の光が降りていた。

雲の切れ間から屋上の中央に差している。


天使のはしごと呼ばれる現象。


「……あれ?」


辺りを見回すけど、俺以外、誰もいない――



「よいしょっとぉ」



――と、思ったら光の中から一人の女性が現れた。


「運命の人、みつけた」


「――え?」


綺麗な顔立ちの女性だ。口調が幼くて懐っこい雰囲気を感じる。
そんな人に運命の人なんて言われると心臓が跳ねる、心を惑わされそうだ。
なんて、今はどうでもいい。


「……あの、今……光の中から……現れませんでしたか?」

「そう見えた?」

「は、はい」

「んー、ちょっと違うかな。光から降りた、が正解」


うん!?

ナニヲイッテイルノコノヒト!?
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/01(水) 00:14:52.91 ID:2xKqrLhIo

「あの、タカネさんですよね」

「違うよ。私は星井美希」

「ミキ……?」

「そう。貴音はキミの後ろに居る人」


ウシロ?


「……」

「うぉ!?」


いつの間に!?


「美希、あまり混乱させるようなことは」

「あはっ、そうだね」


明るく笑ってるけど、なにがなんだかわからない。

タカネさんとミキさん……

一般人とはかけ離れた雰囲気を纏っている。
伊織さんや亜美さん、律子さんのような雰囲気を。

二人も昔はアイドルだったのだろうか……?


「詳細を話すべきかと思いますが」

「ううん。空想科学的になって長くなるから、今はダメ」

「……そうですか」

「それより、今大事なのは……」


突然現れたように見えたのは、俺が見落としていたのか。

それとも……手品……


「ねぇ、キミ」


「……は、はい」


「今から大事なことを言うよ」


「……はい」


目と表情。雰囲気。何から何まで本気だということが伝わってくる。

116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/01(水) 00:16:52.54 ID:2xKqrLhIo

「キミはこの先、とても大きな選択を迫られることになる」


「……」


オオキナセンタク


「その決断をする時、私が言ったこと思い出して」


ケツダン



「アイドルを信じるな」



「え……」

「それだけ」

「……」


俺が担当しているアイドルは『あずみ』一人。

彼女を信じるなってことなのか。


俺はあずみに『自分を信じろ』と言ったんだ。

その俺が『あずみを信じない』のか……?


「じゃあ、行こうか。貴音」

「それだけでよろしいのですか?」

「それしかできないの。さ、行こ」

「ぴぃ」


どこからか、小鳥の鳴き声が聞こえた。


「シロ、寒くない?」

「ぴぃ」

「そうなんだ」

「それでは、わたくしたちはこれにて失礼します」

「あ、はい」


軽く会釈を交わし、二人は屋上から出て行った。


「……」


残された俺はこの数分の出来事を思い返すことだけで精一杯だった。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/01(水) 00:18:02.12 ID:2xKqrLhIo


pipipipipi


携帯電話が鳴る。

表示されたのは姫子という名前。


「もしもし」

『……』

「どうした、姫子」

『……おじさんが』


いつもとは違った低い声。


空から降りていた光がすぐそこにあった。

次第に陽の面積が狭まり、ゆっくり閉ざされていく。



『救急車で運ばれた』


あって欲しくない最悪の事態が起こってしまった――

118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/05/07(火) 13:26:28.97 ID:gFjteA/DO
美希と貴音はすべてを知ってるわけだから助言するって事はこのあと何かしら大きな分岐点があるわけか…
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/08(水) 23:33:47.81 ID:9ImcMmQ7o
レスありがとうございます。

これから視点移動が頻繁に行われます。
力不足で表現が上手くできていないかもしれません。
読者に負担をかける構成ばかりで申し訳なく思います。

ですが、どうしても書きたいのです。
最後まで見届けてくれると嬉しいです。よろしくお願いします。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/08(水) 23:36:18.84 ID:9ImcMmQ7o

― 和紗 ―


「かずさっ! 会いたかったぞ!」


駆け寄ってきた響さんが私を抱きしめる。


暖かくて、温かくて、寒くて震えていた私の心を満たしてくれるみたいで。

安心してしまった。



「ひびき……さん……っ」

「だいじょうぶだよ、お父さんは強い人なんだから」


背中に回された掌が優しく撫でてくれる。

堪えきれない涙が零れた。


「で…でもっ……わたしの……せいでっ」

「ううん。かずさが応援してたの知ってるから強くなれたんだよ」


いつも微笑んでいたお母さんが……

お父さんの手を握って辛そうな表情をしてた……


「また入院したら……命の保障はないって……言われて…たのに……っ」

「また私たちと乗り越えるんだから、大丈夫。きっと、だぞ」


今もまだ眠っているお父さん。


私の行動が招いた結果。

安静にしていなきゃいけないのに、また倒れてしまった。


私たちに心配かけまいと無理をしていたんだ、お父さん……


無理をさせたのは私……


私のせい。


私のせいだ。


「あ…あぁぁっ……」

「だいじょうぶだから」


声と共に抱きしめる腕に力が込められる。


「もぅ……やだ……っ」


自分が嫌だ

お母さんを悲しませる自分が嫌だ
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/08(水) 23:38:24.66 ID:9ImcMmQ7o

「かずさ」

「……っ」


優しく私の名前を呼んだ。

体を少し離して、目を見つめる。

響さんの強い瞳。


「あなたのお父さんは、みんなとの約束を守ったよ」

「……」


「お母さんだって、みんなと信じた運命を掴んだんだから」

「……」


「その壁を乗り越える勇気と力があるから、かずさがここにいる」

「……ッ」


響さんの顔が滲んでいく。


「これから先も、ずっと一緒だよ」

「ぅぅっ……ぅぅぅうっ……ああぁぁあぁっ」


子供のように泣きじゃくった。

お父さんを失うのが怖い。

お母さんを悲しませるのがいやだ。


進めない私はどうすればいいの。

止まっているだけでは良くならないと分かっているのに。


お母さんと同じくらい強くなりたい。



私も運命を掴みたい――

122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/08(水) 23:42:40.42 ID:9ImcMmQ7o

― プロデューサー ―


我那覇響さんの腕の中で泣く女の子。


病院からここに来るまでずっと堪えていたはずだ。

俯きがちな姿勢から必死に前を見ようとしていた。


泣くのは一度きりという、俺の勝手で一方的な誓約を――


『君はアイドルなんだ。どんなに困難な道でも笑顔でいなくちゃいけない』


『律子さんと所長代理の意思を俺が受け継いだから、何があっても君を守る』


『だけど、これから先、想像以上の困難が待ち受けているとも限らない』


『それを俺達は必ず乗り越えなくちゃいけない』



――彼女は懸命に守っていた。


その彼女が響さんの腕の中で泣いている。


心を委ねるかのように体を預けている。それが信頼の表れだ。


出会って2ヶ月しか経っていない俺にも信頼してくれていたんだ。




『アイドルを信じるな』


星井美希さん。

彼女の言葉をどう受け取るべきなのか、ここに来るまで考えていたが未だに纏まらない。


そして、『あずみ』を俺に託した律子さんたち。


社長の考え。


倒れて病院のベッドの上で眠っている所長と、その隣に居る所長代理の気持ち。



共に過ごした時間が浅い俺には『あずみ』というアイドルが重過ぎる――
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/08(水) 23:48:55.30 ID:9ImcMmQ7o

― 媛子 ―


響さんに抱きしめられて泣いている。


小さい頃からよく泣いていた、私のかけがえの無い友達、和紗。

泣き虫のくせに、人が抱えているものや隠していることには敏感に察して、
それを聞かせてほしいと人の顔色を伺い、一緒に悩んで最善へ導こうとしていた。


幼馴染で、いつの間にか友達になっていた和紗は今でもそれは変わらない。



「姫子も久しぶり。大きくなったね」

「……はい」


小さいころからずっと和紗が懐いている人。

沖縄支部に転属になって、3年ぶりになる。



「さぁ、乗って乗ってー。私が運転するから大丈夫だぞー」


太陽のように明るく誘導してくれる。



「……」



ベッドで眠るおじさんの傍で、和紗は痛々しい顔をしていた。

律子さんと相談をしていたお母さんから、沖縄に行って欲しいと頼まれた。


週末を利用して響さんに会わせたい、と。


『あずみ』のプロデューサーが同行するのも分かる。

なにか考え耽っているようで、頼りなさに拍車をかけているけど。



それより、どうして幸子が居るのかが、理解できない。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/05/09(木) 04:31:43.22 ID:bqw/lavDO
かずさって名前だったのか
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]:2013/05/09(木) 04:34:09.35 ID:bqw/lavDO
媛子?姫子?どっちなん?
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 00:41:24.45 ID:IBSfsgHXo

― 沙智子 ―


『その名前、嫌いなのか?』


社長との入所面接を終えて、お茶菓子を食べながら雑談していると唐突に聞かれた。
施設の話をしたあと、本名を適当に答えたから所長はナニカを察したらしい。


存在すら知らないあたしの両親が唯一残していったモノだから、嫌いに決まってる。


そう答えたら、軽い口調で芸名を名づけられた。


『じゃあ、幸せな子で「幸子」にするか』


それを聞いていた小鳥さんも軽く同意する。


文字が変わっただけで、呼び名はなに一つとして変わっていない。



そして、その娘に軽い口調で皮肉られた。


『名前の割には幸薄いってことですね』


血の繋がった親が名付けた、忌み嫌っているあたしの名前。

それが形を変えて、意味をも変えて、本人が関することなく転がっていく様が愉快だった。


本当は嬉しかったのかもしれない。

だけど、不幸な子で「幸子」が正しかった……



「どこへ向かっているんですか?」

「とりあえず、あの場所へ。他にもどこか行きたいところあるなら、連れてくぞー?」


『あずみ』のプロデューサーの問いに響って人が答える。

この人が所長の言っていた人。

そして、律子があたしに会わせたかったという人。


「観光って気分じゃないよね」


一人明るく喋っている。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 00:43:19.96 ID:IBSfsgHXo

なにやってるんだろ、あたし。

どうしたいんだろ、あたし。


『あなたの今後を決める大事な時期に来ている』


『だから、賢く生きようとしないで、今のあなたの気持ちを大切にして欲しい』


もう限界で、どうしたらいいのか分からなくて、律子に相談した。

アイドルを続けて、有名になって親を探すのか。

それとも、このまま諦めて、親の存在を知らないまま生きていったほうがいいのか。


昨日から、一人で眠る布団の中から同じ事をグルグルと考えている。

浅い眠りから覚めても、律子が運転する車の中でも、飛行機の中でも。


今でもずっと……




「はい、到着」

「ここは……?」

「運命の場所。さ、降りて降りて」


ボンヤリしている間に目的地に着いたみたい。


「ほら、幸子も行くぞー」

「ん……」


誘われて歩いていくと波の音が聞こえた。

どこかのビーチだったらしい。

そういえば、長い橋を渡っていたっけ。


「ここは、私たち765プロの運命を大きく変えた海」

「……っ……聞いたこと……あります」

「聞いただけじゃなくて、ちゃんと一緒に観たよ」

「……あ、あの映像……!」

「そう、あの映像で私たちが遊んでいた場所、最高の場所」


砂浜の上で、あずみと響って人が並んで話をしている。

128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 00:44:55.36 ID:IBSfsgHXo

「一緒に観た映像……?」

「うん……。私が小さい頃、海で楽しそうに遊んでいるお父さん達を……よくみてた」

「……おじさん達が?」

「お母さんも、響さん、律子さん、やよいさん、春香さん、真美さんも楽しそうにしてた……」

「楽しかったなー」

「伊織さん、亜美さん、真さん、千早さん、雪歩さん、貴音さん、美希さん」


ひとりひとりの名前をじっくりと読み上げている。


「そして、あずささんがプロポーズした場所」

「……うぅっ……」

「あぁ、泣かないでっ」

「……まったくもぅ」


あずみがまた泣き出したから、響って人が頭を撫でながら慰めている。



「ごめんな」

「……ぐすっ……?」



目の前で泣いているその娘に謝る。

所長である、あんたの親が倒れたのはあたしのせいなんだ。

あたしがくだらない理由でアイドルになろうなんて思っていたから。


「どうして……謝るんですか……ぐすっ……」


鼻をすすりながら困った表情をしている。

言いたい事が伝わらないみたいだから、はっきり言ってやろう。


「あたしと出会ってしまったからさ」

「どうして……そんなこというんですか……」

「あんたのお父さんが倒れたのはあたしのせいだって言っただろ」

「……っ」



ソファで眠る所長をちゃんと起こしていれば、また入院することなんて無かったはずさ。

それだけじゃない。

あたしのスケジュール調整のために動かないで安静にしていればよかったんだ。

違う。それより前、風邪をひかせなきゃよかっただけ。

あの時、傘を払いのけなければ。

違う、違う……。あたしが変に拗ねたりしないで事務所でお菓子を食べていれば、

そしたら雨が降っても所長は雨に濡れずに…………

129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 00:47:27.46 ID:IBSfsgHXo

……あ、そうか。

やっぱりそうなんだ。

やっと気付いた、やっと気付けた。


「所長と出会わなければよかったんだよ」

「――」



あたしの口から零れた言葉。それを拾った一つ年下の女の子は表情を無くした。


「ちょっと、あんた!!」

「…………なにさ」


親友が顔を赤くして怒っている。


「今、何を言ったのか分かってんの!?」

「……」


薄々気付いていたことさ。

そう騒ぐことじゃ――



「う……――」

「……え」

「わぁあぁぁぁああああああああ」

「…………」

「ぁぁああああぁぁあぁあ」

「……な」


大口を開けて空へ叫ぶように泣き声をあげている。


「かずさ、あんたがコイツの為に傷つくことないんだから。しっかりしなさいよっ」

「あああぁぁ……ぁぁっ……」

「おじさんが倒れたのは悲しいけど、コイツに責任を押し付けるわけじゃないでしょ」

「……あっ……あぁぁ……ぅぅっ」

「あんたがここで泣いててどうすんのよ、応援するって決めたんでしょ?」

「ぁぅ……ぅ……うん……」


大泣きしている親友を慰めている姿を、どこか薄ら寒く感じていた。

あたしはもう、ナニカが壊れたのかもね。

たぶん、この子はあたしの醜い心に触って寂しく感じたのだろう。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 00:50:26.98 ID:IBSfsgHXo

だめだ、抑えが利かない……

自暴自棄になる。


「……あたしの為に泣いたって、どういうことさ?」

「黙ってて」

「理解できないから説明して欲しいんだけど」

「黙ってて!」


大切な親友を守る為に怒っているというのは解る。

あたしを睨みつけるその感情が痛いほど突き刺さっているから。

だけどね。


守られてばっかりなのが気に食わないんだよ。


そうか、やっぱりあたしの心は壊れてるんだ。

あたしが原因で倒れたのに、その娘が守られていることに癪に障るとイラついてしょうがない。


「じゃあ親友のあんたが答えてよ。どうしてあたしの為に傷ついてんの?」

「黙ってろって言ったよね……ッ」


突っかかってきて、あたしの胸倉が掴まれる。

昔から施設の子達と殴り合いの喧嘩をしてきたけど、それでも経験したことの無い怒りを感じた。

その向こうにいるあずみは涙を拭いているだけ。


「あの子は弱いから気を遣えってことか? それとも繊細だから、大切に扱えってー?」

「……あんた…ッ」


人を小ばかにした態度で相手の神経を逆撫でる。

これがあたしの素の態度なんだからしょうがない。

相手の感情とかいちいち探っていたら疲れるだけ、面倒なだけ。


「あたしと最初に会ったとき、忠告してやったのを無視するからさ」

「……忠告?」

「『この世界、つまんないから辞めた方がいいよー』ってね」

「…………」


あたしを睨み続けたままに、胸倉を掴んでいた手が離された。

意図的に馬鹿にしてると思ってるのかね。
だから、逆に冷静になれたりして。

最後に殴り合いしたのは小学校何年生だっけか、相手は確か……

なんて、それはいまどうでも――


「ご……っ……ごめんな…さい……ッ」

「……は?」
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 00:52:29.60 ID:IBSfsgHXo

あずみが謝ったのか?

どうして?


「ひど…い……こと……言って……ごめんなさいっ」

「……」


酷いこと言ったのはあたしの方だよな……?

さっき大泣きしてたじゃないか。


「な…名前のこと……!」

「…………」


あぁ、そのことか。

初めて会ったとき、皮肉られたんだ。

あたしの本当の名前、芸名じゃない方を所長にでも聞いたってことか。

くだらない。

こんなことを謝ってんのか……?


「ごめんなさい……ごめんな……さい」

「……は」


泣きながら謝ってる……

なんなの、これ。


あたしが惨めになってくるんだけどなぁ。


「くだらない。そんなことで謝るなよな」

「だってっ……だって……」

「名前を馬鹿にされたって、どうってことないさ。あんたと一緒にしないでほしいね、あずみ」

「うぅ……っ」


嫌味を込めてその名を呼んだ。

親友はわざとあたしから目を逸らしてる。目が合うとどうなるか解ってるってことかね。



「でも……両親から貰った大事な……」

「……っ」


言うな……


「大事な……名前……ですっ」

「……るさい」

「それなのに……」

「うるさいっ!!」


頭に血が昇る。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 00:55:16.55 ID:IBSfsgHXo

「なに甘っちょろいこと言ってんのさ!?」

「……っ」

「謝られる覚えはこれっぽっちもないッ! あたしは両親がいないんだよッ!!」

「……ッ」

「親代わりの先生に聞いたよ、この名前は親が名づけたのかって」

「……」

「知らないってさ。解るか? あんたが気にしてんのは誰が名づけたのか知らない、どうでもいいことなんだよ!」

「ぐすっ……」


しょうもない嘘をついた。


沙智子という名は親から譲り受けた名前。


だけど、これで黙るだろう。

名前なんてどうでもいいことなんだから。


「両親が名付けていたらどうするんですか」

「は……はぁ?」

「さちこさんのお父さんとお母さんが名付けていたら、どうでもいいことじゃないじゃないですか!!」

「……」

「そんなっ寂しいこと言わないでっ……くださいッ」


ナニカガズレテル。

この子とあたしとじゃ別次元の生物のように何かがずれてる。


「あたしに言うことはそんなことじゃないはずさ」

「……ぐすっ」

「どうして責めないのか理解できないね」

「あぁぁっ…ぁぁ」


めそめそと面倒くさい。


「あんたの心の中にある、思ってる事を言えばいいだけさ」


あたしと出会ったばかりに二度も入院することになったんだ。


不幸の子で幸子ってね。


「し…嫉妬してたんです……」

「……は?」


誰が誰に?

あずみがあたしに?
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 01:08:12.63 ID:IBSfsgHXo

「多分……あの日……私の誕生日……っ」

「……」

「お父さんが…言ってました……ぐすっ」

「…………」

「『おまえと同じくらいの子が雨に濡れながら歩くって何があったんだろうな』って」


春香が言ってたのはこの子の誕生日だったのか……


『所長は部屋にいるの?』

『出かけてて居ないけど。あのね、居ても、勝手に入っちゃ駄目なの』

『あずささんは?』

『一緒。今日は大切な日だから、デート中だよ』


その買い物の帰りだったのか。
そしてそんなことを娘に聞いたのか所長は。バカだねー。


「『やっぱり失恋か』なんて言って、お母さんに怒られてた……っ」


どこまでもバカだ。


「『泣いてたから放っておけなかった』って……」

「――!」


必死に誤魔化したのに、気付かれてた――


「お父さんとお母さんが楽しそうにしていたのは、その人――さちこさんが入所したからなんだって……思って……」

「……」

「そしたら……そしたら……ぅぅっ」


また泣いた。

それで嫉妬したってことかい……親子揃ってバカなんだなー……
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 07:33:04.88 ID:IBSfsgHXo

所長にスカウトされて、目的を持ってアイドル事務所に入って、
レッスンを受けて、楽しくやっていけると思っていたのに、
所長が倒れて入院して、事務所のセンパイ方には距離を取られ、

あたしの担当が事故に遭って、親を探すという目的を捨てようとしたら、

この子、あずみに逃げるなと言われて、何も分かって無いことに腹を立てて、
仕事をしていないのに事務所を辞めることもできずに、ただ時間を潰していただけだったのに、

律子から指示を受けて。

沖縄に連れてこられて。

父親が倒れた原因のあたしが、その娘を傷つけて、海が見える場所でこんな話をしている。



「疑わないでください」

「……」



目に涙を溜めてあたしをじっと見つめる。

とても寂しそうな表情。


「響さんを……っ…お父さんをお母さんを……律子さんを…春香さんを……疑わないでくださいっ」

「…………」

「『出会わなければよかった』なんて、哀しいこと言わないでくださいっ」

「…………」


涙を拭いながら、声を震わせながら、懸命に声をあげている。


「うぅぅっ……ぅぅ」

「……」


あずみはまた泣いている。


pipipipipi


あずみの方から音が鳴り響いた。

携帯電話の着信音。


「……――」


音を鳴らしている携帯電話をポケットから取り出しているが、顔は蒼白で手が異常なくらい震えている。


「……誰から?」

「お…かあ……さん……」


親友の問いに擦れた声で答えた。

恐怖があずみを包み込んでいるように見えてあたしの体も震えた。


緊張で体が強張って、口がカラカラに乾く。嫌な気分が嫌な予感を生む。


所長の容態に変化があったという報せなんだろう。

それを知っているから親友も響って人もあずみの手の中で鳴り響く携帯電話をじっと見つめているんだ。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 07:36:38.33 ID:IBSfsgHXo

pipipipipipi


震える両手で鳴り続ける携帯電話を握り締めている。


「俺が出るか?」

「…………だ…い……じょ…う……」


ピッ


言い切らないうちに回線を通し、耳に当てた。


「…………」


所長にもしものことがあったら、なんて縁起でもないことが頭の中を回っていく。

気が付いたら、あたしは祈るようにあずみを見つめていた。


「……は…い」


息を呑んであずみの表情の変化を探る。


「…………うん」


瞼が閉じて涙が零れた。


「……うん」


力なく座り込んだ。

俯いたら表情が読めないじゃないか。


なにがあったんだよ……


「うぅぅ…ぁぁ……ああぁぁあああっっ」

「かずさ……?」

「あああぁぁああああぁあああああああぁぁぁああ」

「……」


今度は地面に向かって泣き声をあげた。



……



136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 07:39:25.47 ID:IBSfsgHXo

― プロデューサー ―


繊細な心が脆く崩れてしまった。

プロデュースしている子が目の前で泣いているのに、俺は黙って見ていることしかできなかった。
支えたくても俺には力が足りなく、それほどの信頼は得ていない。

情けないというより、惨めな気分になる。


『あの子のこと、よろしくね』


律子さんや春香さん、やよいさん、みんなに頼まれたのに。

ただ、黙って見ていることしかできなかった。


「……ハァ」

「溜息なんて、やめてよ」

「すまん」


泣いていたあの子の支えになっているであろう、姫子の呆れ声が俺を更に惨めにさせる。

情けないな、俺……


「……これ、どうやって買うんだろ?」


姫子が初めて見る自動販売機の前で困った顔をしているけど、俺にも分からない。


「ねえ、お金持ってる?」

「……あぁ」

「こっちに硬貨を入れろってことじゃない?」

「……」


誘導されるようにお金をいくつか入れてみると、ボタンが光った。


「……なるほど、押せば出てくる仕組みなんだ」

「……」


販売機の購入方法を考えていた姫子だが俺はそれを放棄するように、ただぼんやりしているだけだった。


「これでいいや」


好みの物がなかったらしく、勘で選ぶようにボタンを押した。

ガコンガコンと音を立てて、流れ落ちた飲料水。
それを姫子は機械の下の部分から取り出している。


「レトロだよね、いちいちしゃがまないと取れないなんて……」


この昔ながらの機械に、皮肉で言っているのか賞賛で言っているのかはわからない。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:10:00.78 ID:IBSfsgHXo

アルミ缶を使用した飲料水は俺が小学校に通っているときに姿を消していた。

それが最近になってまた普及してきている。

だから、プルタブという上面の引き金を引っ張って開けるという動作に慣れていない人も多い。
たしか、姫子もそうだった。


プシュッ


「……ごくごく」

「……あれ?」

「……ん?」

「開けられるようになったのか」


この機械はひっそりとここで活躍できる時を待っていたのだろうか、なんてことを考えながら、
お金を入れて、響さんたちの分を選んでいく。

何がいいかな……


「あー、あれね」

「……あれって、なんだ?」

「私がプルトップを開けられないと思ってたでしょ」

「……そうじゃないのか?」


ガコンガコンと見慣れないレモンティーが吐き出される。

プルタブ、プルトップ。同じ飲料缶の上面に付いているモノをさす呼称。


「開けられなかったフリをしただけ」

「……は?」

「あんたの気を惹こうとしたから」

「……」

「はやく戻ろう」

「……あぁ」


四つの缶を取り出して響さんの車に歩いていく。

あの子は疲れてボンヤリしているだろう。

心配だ。


「おまえ、俺に気があるのか?」

「……違う。あんなことで私になびく様だったら、和紗のこと任せられないって律子さんに言うつもりだった」


なんて危険なことをするんだ……


「怖いことするなよ。……確かに、中学生になびくようじゃクビが飛んでもおかしくないけどさ」

「でしょ?」

「でしょ、じゃないっての」

「あんたが思ってる以上に、私は腹黒いよ」


中学生の台詞とは思えない。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:13:04.30 ID:IBSfsgHXo

少し、話を聞いておいたほうがいいのかもしれないな。


「さっきの幸子に対する行動も変というか、感情的すぎるような気がしたけど……何かあったのか」

「ありまくりでしょ。私の友達を傷つけたんだよ?」


そりゃそうだよな……でも、どこか冷めてる風で、どこか他人事のようで、
世間というか、あの子以外は眼中にないといった雰囲気の姫子がなぁ……


「おまえさ、あの子に執着しすぎじゃないか?」

「……まぁね」

「ひょっとして、他に友達はいないのか?」

「…………まぁね」


車に着く前に、立ち止まって聞いたことを目の前の女子中学生は無表情に振り返って答えた。
そこは苦笑いするところじゃないのか。


「大切な友達を傷つける幸子を許せないと思ったけどさ」

「……」

「なんというか、哀しそうな顔していたから、私は必要ないなって思って」

「あずみに任せたのか」

「……そういうこと。……気付いたんだ?」

「殴りかかりそうだったからヒヤヒヤしたけど、響さんが見守ってるのに気付いて、俺の出る幕は無いなと思ってた」

「……響さんに会ったこと無いでしょ?」

「あぁ。今日が初めてだ。……資料読んでるから、大体は知ってるけど」

「響さんを信用してるみたいな言い方なんだけど」

「……おかしいか?」

「なんとなく」


なんとなくおかしいのか。


「俺は、『あずみ』に誓約をさせてたんだ」

「誓約?」

「『アイドルは泣かないで笑え』って」

「……」

「それを守って、今まで泣かなかった。……だけど、空港で響さんに会って、『あずみ』が泣いた」

「……」

「それほど信頼できる人なんだって思ったから、俺も無条件に信用したんだろう」

「……ふぅん」


やっぱり興味のなさそうに、所詮は他人事だとでも言うように軽く頷くだけだった。


「変な中学生だな」

「……」


今度は無視して歩いていく。
この子は律子さんが注目している資質なだけあるな、面白い。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:18:00.81 ID:IBSfsgHXo

「さて、おいしいご飯でも食べに行くさー!」


車の横で俺たちを待っていた響さんが予定を決めてしまった。


「ほら、これ飲んで」

「あり……がと」


姫子に渡された飲み物を受け取る仕草が弱々しい。

ずっと所長の容態を気にかけていたから、安心すると同時に疲労が現れてきたのだろう。


「疲れたか?」

「……はい」

「あはは、嬉し泣きはプロデューサーの特権でもあったからなー。やっぱり親子だよね」

「お父さんが……?」

「……あ」


しまった、という風に口を押さえた響さん。

二人の親子を重ねたのだろう。俺の知らない父と子の姿を。


「お父さんの嬉し泣きってどういうことですか?」

「なんでもないよー……忘れてー……」

「響さんっ、隠し事はなしって言ってたじゃないですかっ」

「それを言ったのは律子だぞ」

「それが通用すると思っているんですかっ」

「お父さんの沽券に関わることなんだから、聞かなかったことにして」

「教えてくださいっ、お父さんはいつ嬉し泣きしたんですかっ」

「ちょっと、おじさんの立場も考えてよ」

「響さんっ」


姫子の声が届いていないように響さんに食い下がっている。

ここに居るとは思ってなかったけど、幸子の姿が見えない。


「響さん、幸子はどこですか?」

「海辺にいるんじゃないかな」

「……そうですか」


ひとりにしておいた方がいいかな……


「響さんっ」

「わかった……見かけによらず頑固だよね、かずさ」

「本当に……」


姫子が響さんに同意している。

そうか、そういう一面もあるのか。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:25:41.04 ID:IBSfsgHXo

「……でも、言ったのは私じゃなくて伊織が言ったことにしてよね」

「伊織さんが……?」

「そうそう、伊織が言ったことで私じゃない」


なんという責任逃れ……


少し間をおいて響さんは語りだした――



「あずささんはプロデューサーと結婚して1ヶ月経った頃に、かずさを身篭ってね」


「それからプロデューサーは大きな手術を受けたんだ」


「その後にも数回、手術を受けてる。あずささんに負担かけないようにって、私たちも支えていたつもりだったんだけどさ」


「あずささんは未来を信じて疑わなかったから、逆に私たちが支えられていたんだよね」


「手術は成功したけど、術後の経過は順調とはいえなくて、私たちは仕事をしながらお見舞いに通って」


「ベッドの上で痩せていくプロデューサーを見てると心配したけど、あずささんのおかげで不安は無くなってね」


「病室が事務所の代わりになったりして、亜美と真美が律子に怒られたりして」


「そんな私たちにプロデューサーとあずささんは『いつもありがとう』なんて言ってた。大したことじゃないのにね」


和紗は真剣に響さんの話を聞いている。

その隣で姫子も。

姿が見えない幸子も聞いて欲しいと思った。



「そして、かずさが生まれる」


「あずささんがね、ゆっくりとプロデューサーに渡すんだ。腕の中で眠るかずさを」


「初めて抱っこする娘を前に、泣いてた」


「笑って泣いてたよ」


「『ありがとう』って、あずささんとかずさに感謝を伝えてたんだよ」


和紗の父親に対する愛情の深さがようやく分かった気がした。



「それが、お父さんがみせた嬉し泣きだぞ」


明るい笑顔の響さんを見ていると胸の内にあたたかさを感じた。


「おとうさん…っ」

「……」


泣いてる和紗の隣で、姫子は泣くのを堪えているようにみえた。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:38:41.66 ID:IBSfsgHXo

pipipipipi

携帯電話が鳴り、通話操作に入ったのは響さんだった。


「お、噂をすれば、だぞ」

「……?」

「もしもし、どうしたの、プロデューサー?」

「お、お父さん?」


医者の許可が下りたということなんだろうけど、電話できる状態なのかな。

さっきの和紗への電話は、母から娘への安心させる連絡だったのだ。

だからといって、今すぐに電話をしても体に負担はないのだろうか。


「伊織? どうして伊織がプロデューサーの……え?」


響さんが俺の顔を見て不思議そうな顔をしている。電話相手は伊織さん?


「代わってって」

「は、はい」


渡されたツールを耳に添えると、芯の通った声が聞こえた。


『朝に律子から受け取った機材あるでしょ』

「はい。……あ」

『そういうこと。さっさと準備しなさい』

「わかりました」


空港で律子さんが俺に渡したものを車から降ろして、教わったとおりに設置していく。

昔はテレビデンワという方法で携帯電話同士でお互いの顔を見ながら話をしていたそうだ。
それを改良したこの装置は、亜美さんのおもちゃ会社と伊織さんの通信会社が連携して開発した物だと聞いている。

テントを張るときに使う骨組みのような機材、地面から180センチの高さまで組み立てる。

組み立てとはいっても折りたたみ式を引っ張って伸ばすだけの作業だから身長があれば誰にでも出来ることだ。


「響さん、このメガネを掛けてください」

「……なにこれ?」

「電脳ゲームの要領でやればいいってことですけど」

「ゲームしないんだけどなぁ……」

「ほら、姫子とかず……あずみも着けて」

「は、はい」

「……うん」


人間の目の輪郭より倍以上あるレンズのメガネをかける。
このレンズに伊織さん達の姿が映るということらしいけど、
俺も電脳ゲームをやったことがないから上手く想像ができない。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:41:31.71 ID:IBSfsgHXo

準備はこれでいいはずだ、伊織さんに確認をして、それからスイッチを入れればいいんだよな。


「伊織さん、準備できました」

『それじゃ、和紗と響をハウスにいれなさい』


ハウス……?

俺が立てたあの骨組みのヤツか。テントのような三角錐の形をしてるからハウスなのかな?


「あずみと響さんはあの中に入ってください」

「なんだろ、楽しみだぞ」

「プロデューサーさん、このメガネは?」

「伊織さんの姿が映るはずだ」


二人が骨組みの中に入る。

センサーが人物の情報を捉えて送る仕組みだと、軽く説明を受けた。


「入りました」

『わかったわ。起動して開通まで1分くらいかかるから、じっとしているように伝えて』

「はい」

『かけたメガネで会話もできるから。あと、定員は二人ってこと考えなさいよね』


交代ずつ中に入れろってことなのかな。


「ねえ、なんなのこれ」


伊織さんと話をしている横から姫子が話しかける。


「所長と会話ができるんだろう。仕組みは説明できないぞ」

「そこまで求めないっての。……あのさ」

「……?」


目を逸らして言い難そうにしている。

多分、幸子のことだろう。


「探してくるから、回線が繋がったらこれで伊織さんに確認を取ってくれ」

「うん……」


ツールを姫子に渡しながら、ハウスと呼ばれる三角錐の骨組みセンサーの中に居る二人をみる。
二人とも楽しそうに会話をしていたので軽く息を吐いた。

響さんのこと尊敬してるって言っていた。不安もなくなったし、今はただ嬉しいんだろうな。


俺は車から離れて波打ち際まで歩いていく。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:43:19.82 ID:IBSfsgHXo

行ったり来たりする波を幸子はただ見つめていた。


「……」


ウィーン


かけたメガネが音を立てると同時にプログラムの文字がレンズに走った。


「幸子、これをかけてくれ」

「……」

「所長が映るから、確認してくれないか」

「…………」


困ったな。
反応が無いとどう接していいのか分からない。


ジジジ

ノイズ音が鳴ってレンズに映像が流れた。


『はぁい、みんなの永遠のアイドル、水瀬伊織よ〜』


営業スマイルの伊織さんの姿が映る。


『伊織さん!!』

『久しぶりね、かずさ。成長した姿を確認できて嬉しいわ』

『わ、私も嬉しいですっ』

『伊織、さっきの挨拶は無いぞ……』

『なによ、うっさいわね。……姫子、確認できたから切るわね、ありがと』

『は、はい……。……うわ、伊織さん変わらない』

『ふふ……。少し待ってて、調整するから』


メガネをかけた人、全員と通話ができるのか……凄い技術だ……

テレビ中継のように鮮明に伊織さんの姿がレンズに映っている。

白い部屋ってことは……やっぱり病室で、近くに所長がいるんだ。


「幸子、かけろ」

「……な、なにさ」


視線を上げて遠くを見ていた幸子に無理やり装着させてやった。

少し強引なほうが楽かもしれない。


『……まぁ、いいか。設定はそのままでいいわ、全員繋げておいてちょうだい』

『はい、かしこまりました』


レンズに映る伊織さんが誰かに指示を与えている。

調整が終わったようだ。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:48:28.96 ID:IBSfsgHXo

『色々と話をしたいところなんだけど、時間が無いから話を進めるわよ、かずさ』

『は、はい……』

『話って?』

『さっき、あずさから連絡が行ったと思うけど。1時間前にプロデューサーが意識を取り戻したわ』

『お、お父さん……!』

『この部屋がどこか分かっていると思うけど』

『プロデューサーの病室なんでしょ?』

『正解。隣のベッドで寝てるわ』


「……」


幸子の表情を盗み見ると、真剣な目をしていた。やっぱり気になっていたみたいだ。

律子さんの話では一度もお見舞いに行ってないらしい。


『ちょっとお父さんの情け無い寝起き姿が映るけどいいわよね』

『だ、ダメですよ伊織さん……!』

『ふふ、時間が無いから無駄な抵抗ね〜』

『やよいさんっ、伊織さんを止めてくださいっ』

『いつもやよいに頼るの止めなさいって言ってたのに、忘れてしまったのね、かずさ……ちなみに居ないわよ』

『そんなっ』


あずみの制止も空しくカメラが移動していく。小悪魔といったところか。

敵に回したくない相手だ。
個性の強い765プロのアイドル……そんな人たちと活動していた所長。
改めて凄い人だと感じさせる。


『伊織、あずささんも居ないの?』

『えぇ。外せない仕事があるからって、やよいと事務所に行ったわ。すぐ戻ってくるらしいけど……』


カメラがベッドの上に固定され、

ベッドの横に伊織さんが立ち、所長を揺する。


『ほら、おきなさいよ』


だ、大丈夫なんだろうか……

1時間前まで意識が無かった人なんだけど……


『い、伊織、無理に起こさないほうがいいんじゃないか……?』

『そ、そうですよっ』

『いいのよ、話がしたいって言ったのプロデューサーなんだから。……起きなさいってば!』


伊織さんが所長を健康体の人と同じように扱っているから、安心していいんだよな。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:52:33.53 ID:IBSfsgHXo

『ん……』

『回線を繋いであげたんだから、ちゃんと伝えなさいよね』

『……ん』


伊織さんの言動が俺の心を安心させていたのだろう。

レンズの向こうに映る所長の姿は、挨拶をしに行った時より激変していた。

だから、言葉を失ってしまった。


「…………」


『お父さん……っ』

『……かずさ……いるのか』

『うん……響さんもいるよ……っ』

『……そうか』


ベッドの背もたれを起こした伊織さんが所長の隣に腰を降ろしてカメラ目線になった。

所長と並んでいてくれるから、俺は恐怖を感じずにいられるのかもしれない。


痩せこけた頬、色の失った肌、艶のない髪、覇気の乏しい声。

初めて会った日からそんなに経っていないのに別人という雰囲気がある。

ということは、事務所で働いている姿を見ていた幸子の衝撃は俺以上……


「……ッ」


口元を押さえて、ショックを隠しきれないといった目をしていた。


『さちこは……いないのか?』

『連れて来ますっ』

『……』

『アンタね、娘が心配していたんだから、先に謝りなさいよ』

『……そうだったな』

『プロデューサー、久しぶり』

『……あぁ……久しぶりだな。…確認できてるよ、響。綺麗になったな』

『あはは、ありがとう、プロデューサー』


場所を越えて響さんと所長が再会を果たしていた。

響さんが照れくさそうな声をしていた。それが信頼の表れにみえて羨ましく思う。
やっぱり凄い人だ、所長は。


『伊織が開発した技術なんでしょ? すごいぞー』

『当然。……って、いいたい所だけど、私一人の力じゃないのよねぇ』
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:55:32.86 ID:IBSfsgHXo

「幸子、嬉し泣きの話聞いたか?」

「知らない」


即答ってことは聞いていたってことだろう。

それなら、二人……いや、この家族の深い愛情は伝わっているはずだ。


「もう幸子一人の問題じゃないと思うんだ」

「……」

「所長をはじめ、律子さんから、あずみまで。……だからさ、もう一度アイドルを続けないか?」

「…………」


律子さんから幸子の進退状況を聞いていた。

だから、なにかきっかけになればいいなと、律子さんが零していた。


「幸子さんっ」

「……」

「こっちに来て下さい!」

「……るさい」

「うるさくなんかないですっ! お父さんが待ってるんですよ!」


あずみの勢いに押されてしまった。

あの、もの静かでいつものんびりしていたあずみが幸子の手を強引に引っ張っている。
驚くことしか出来ない。


「あ、あずみ……?」

「はやく来て下さい!」

「うるさいっ! あたしはもう辞めるんだよ!」


掴まれた手を振り払って怒鳴りあげた。


「大体、目的からしておかしかったんだよッ!」


「なにが両親を探すだ、バカだったんだよ、あたしは!」


「それも、もう終わり、目が覚めたから辞める。両親の事を忘れて生きていくさ」


「だからもう、放っておいてよ」


諦めた顔がそこにあった。


「あたしは、疫病神なのさ」


俺は勘違いしていた。
所長の嬉し泣きの話を聞いて、考えが良い方に変わるだろうと思い込んでいた。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 08:57:25.51 ID:IBSfsgHXo

「放っておけませんよ」

「……は?」

「お父さんとお母さんの仲間じゃないですか! 勝手なこと言わないでください!」

「支離滅裂なこといってんじゃないよ! あたしの意思で辞めると言ってんだから」

「それは意思じゃありませんよ! 人のせいにして逃げてるだけです!」

「だ、誰が逃げてるって!?」

「幸を薄くしている幸子さんがですよ!」

「……!」

「人との繋がりを断って幸せになれるわけないじゃないですか!!」

「……っ」


寂しく声をあげる和紗の言葉に幸子の表情が引きつった。


『……かずさ、落ち着いてくれ』

「…………は、はい。……あれ?」


所長の一言であずみは我を取り戻した。

こっちのやりとりが向こうに聞こえているみたいだ。


『嬉し泣き、ねぇ』

『響が喋ったのか……』

『ち、違うぞ』

『あずみのプロデューサーが知ってるんだから、響しかいないでしょ』

『あはは……ごめんね、プロデューサー』

『響ぃ……!』

『しょうがなかったんだぞ、かずさがどうしてもって言うから……』

『子どもみたいな言い訳してるんじゃないわよ』

『……まったく』

『おじさん』

『姫子か……?』

『私の声も拾えるんだ……』

『メガネを装着している人と会話ができるわ。全員、繋げてあるわよ』

『……ふぅ』


所長が僅かに息を吐いた。やっぱり負担になっているんだろう。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 09:01:46.69 ID:IBSfsgHXo

『あの、おじさん』

『あ……なんだ?』

『おじさんが目を覚ましたって連絡を受けたときね、和紗が大泣きしてたよ』

『姫ちゃん!?』

『……そうか』

『そして、さっきの怒鳴り声、聞こえたよね』

『……あぁ』

『あの子ね、最近情緒不安定っていうのかな、バランスが取れて無いんだよね』

『……わかる』

『そ、そんなことありませんよ』

「……」


姫子と所長のやりとりを聞きながら、幸子は無言で引っ張られている。

レンズに映った所長を凝視するかのように一点を見つめている。


『だから……はやく、元気になってね』

『……そう……だな』

『プロデューサー、お見舞いにいけないけど、沖縄支部の子達も応援してるんだからね』

『…………あぁ。ありがとうって伝えておいてくれ』

『それは自分で伝えないとダメだぞ。……また、元気な姿を見せてよ』

『……わかってる』

『それじゃ、またね』

『あぁ、またな』


ハウスから出た響さんは幸子に入るよう促すけれど、幸子は足が地面に縛られたかのように動かなかった。


『来ましたよ、お父さんっ』

『……』

『かずさ一人しか映ってないわよ』

『……あれ?』


姫子がメガネを外して幸子に語りかける。


「あの子があんなに感情を出すことなんて滅多に無い」

「……」

「今は良くも悪くもあんたの影響を受けてる。……だけど、このままだと悪いままで終わる」

「……」

「あんたが止まってたら、あの子は傷ついたままになる。それを私は許さない」

「…………」


その言葉を聞いた幸子の肩が上下に静かに動いた。小さく息を吐いたのかもしれない。

そして、縛られた地面から自らの意思で引き剥がすようにして進んでいった。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 09:04:08.13 ID:IBSfsgHXo

『……』

『また……そんな格好してるのか、幸子』

『…………』

『今日の沖縄は暖かいんですよ』

『そうか、沖縄だったな……』

『あなたが噂の沙智子、なのね』

『……』


伊織さんの声に幸子は目を逸らすような仕草をして、応えることはなかった。


『沖縄のどこにいるんだ?』

『お父さんたちの最高の場所だって、響さんが言ってます』

『最高の……?』

『あの島のビーチじゃない?』

『あぁ……』

『お母さんがプロポーズしたそうですね』

『響から聞いたのか……』

『悪いんだけど、時間が限られてるんだから』

『……』

『たくさんお喋りできないんですか……?』

『医者に許可を貰って通信してるのよ。だから、続きは帰ってきてからにしてちょうだい』

『わ、わかりました』


伊織さんの声にあずみは注意を受ける子どものように縮こまるのだった。


『泣いてるのか、幸子』


所長の言葉に驚いて幸子をみるが、背中だけでそれを確認することはできない。


『ごめん……所長……』

『……』

『あたしのせいで……』

『…………』


あの幸子が泣いている。
いつも薄笑いをしながら、感情を揺らすことなく、
それをどこかに置いてきたような顔をしていた幸子が。

それは紛れもなく所長に気を許している証拠だった。


『自責の念があるなら、どうして見舞いに来ないんだ?』

『……っ』

『事務所の、他のアイドルたちの状況は知ってる。どんな仕事をしてるかもあずさと律子を通してな』

『……』
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 09:06:12.88 ID:IBSfsgHXo

『だけど、幸子、おまえの情報は聞いていない』

『え……』

『報告しに来い』

『……ふん、偉そうにっ』

『何度も言ってるだろ、偉いんだぞ、俺は』

『気が向いたら行くとするさ』

『報告だけじゃない。おまえ宛のファンレターも律子から預かってる』

『……』

『もう一度ステージに立って、そこからの景色を見てみろ。違ったものが見えてくるはずだ』

『…………』

『待ってるからな……』


そう言って、所長は背もたれに体を預けた。

体力的に無理をしているんだろう、休ませなくてはいけない。


『ちょっとアンタ、娘に言うことは無いの? 沙智子ばっかりじゃないの』

『そんなこと気にする子じゃない』

『そうでもないみたいなんだけど』

『ちょっと休ませてくれ……』

『おじさん、和紗も心配してたんだよ?』

『帰ってきてからたくさん話すから……だいじょうぶだ』

『……いいですよ。休ませてあげて下さい、伊織さん』

『拗ねてるじゃないのよっ』

『……わかった。……かずさ』

『は、はい』

『おまえ、受験生なんだから、勉強もちゃんとしろよ』

『もうっ!』


本当に拗ねてたんだな。


『幸子』

『なにさ』

『おまえの隣にいる俺の娘は、怖がりのくせに優しいから怒ることはあまりなかったんだ』

『……ありますよ、たくさん怒ってますよっ』


あずみが二人の会話に割り込む。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 09:09:18.47 ID:IBSfsgHXo

『最近、俺も怒られた』

『何が言いたいのさ』

『いい刺激になってるみたいだ。……仲良くしてやってくれ』

『とんでもない親バカさね』

『さ、幸子さんっ、お父さんのこと、バカって言わないでください!』

『親子揃ってバカさ』

『また言いました!』

『……姫子もよろしくな』

『……うん』

『おまえたちは似てるのかもしれないな……』


そう言って所長は目を瞑り、一定のリズムで胸を上下に動かせた。

それを確認した伊織さんが所長の頭に装着していたインカムのようなツールを外す。

もうこっちの声は届かないということだろう。


『さてと、それじゃ、これで通信はおしまい』

『い、伊織さん』

『大丈夫よ。私は出なきゃいけないけど、代わりにお父さんを看てくれる人がいるから、安心して』

『は、はい……』


伊織さんの優しい声に面食らってしまった。
出会ってからずっと冷淡なイメージを持っていただけに。

あずみはそれを当然のように受け取っている。それがごく普通のやりとりなのか。


『失礼しまーす』


誰かが病室に入ったみたいだ。この声は……?


『この声は……美希さんですか?』

『あ、かずさがいる! これがホログラムなんだよね』

『少し違うけど、静かにしなさいよ。ここ、病室なのよ?』

『久しぶりだよね、美希』

『待って響……。ほら、これを着けなさい美希』

『なにそれ……?』

『これを着けないと向こうの声は聞こえないのよ』

『ふぅん、これを装着しないと会話できないんだ……まだまだ完成とは言えないね』

『こ、これから改良していくんだからっ』


伊織さんがツールを美希さんに渡している。

美希さんの言葉に伊織さんは悔しそうだった。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 09:11:28.65 ID:IBSfsgHXo

『美希さん、聞こえますか?』

『聞こえる聞こえる! 久しぶりだね、かずさっ!』

『はいっ、会いたかったですっ!』

『静かにしなさいって』

「……」


幸子はハウスから出た。響さんに譲ったのだろう。

その意図を察した響さんが入れ替わりになる。


『あ、響!』

『美希は変わって無いな〜』

『私も旅をしてきたからね。……というか、さっきの子、誰なの?』

『765プロのアイドルよ。長い間留守にしていたあんただから、知らないのは当然ね』

『ふぅん……。ねぇ、今、かずさ達は沖縄にいるんだよね?』

『そうですよ。あの映像でみなさんが遊んでいた場所にいます!』

『……』

『どうしたのよ?』

『さっきの子の名前はなんて言うの?』

『幸子さんですよ』

『さちこ? …………え、知らないよ、私』


「?」


幸子が俺の隣で不思議そうな顔をしている。

星井美希さん。彼女は何を見ているんだろうか。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 09:12:46.08 ID:IBSfsgHXo

『凄い、これが立体映像なのね……』

『その声は千早?』

『そうよ、響。美希たちと一緒に来たみたい』

『科学の進歩はここまで……』

『千早が思ってる以上にもっと進んでいるけどね……』

『あ、真さんもいます!』

『おー、これが亜美と開発したと言われている……』

『真美さん! 真美さん!』


余程嬉しいのか、あずみは声を弾ませその場で跳ねている。

でも、こっちの声は届かないはずだ。


『これ以上、プロデューサーの負担になるようなことは出来ないから切るわね』

『あ、せっかくお話ができると思ったのに』

『おじさんを休ませたほうがいいよ』

『う、うん……』

『それじゃあね。また、遊びに行くから』

『は、はい!』


シュゥン


シャットダウンされて、手を振っていた伊織さんの映像は途切れた。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 11:27:57.45 ID:IBSfsgHXo

― 16週目 ― 


P「大変でしたよ、はやく帰ろうとか言い出して……」

律子「想像できるわ」

P「……凄いですよね、響さんって」

律子「そうね……あの子は小さいころから懐いていたから」

P「出会ってすぐ、あずみの緊張が緩んでいました」

律子「あなたもよくやってくれたと思うわ。礼を言うわね」

P「いえ……俺はなにも…………」

律子「どうしたのよ、浮かない顔して」

P「本当に何もしてなくて……。俺なんかが『あずみ』のプロデューサーとして役に立てるのかどうか」

律子「悩んでいる、と」

P「……はい」

律子「私の話になるけど」

P「……?」

律子「私が新人アイドルの時、プロデューサー……所長と組んでたときがあったのね」


律子「新人プロデューサーということで、私たちはお互い新人同士だったわけ」


律子「私たちは手探りでこの業界に飛び込んでいったわけだけど、それで成功するなんて甘い世界ではないわよね」


律子「だからといって、経験豊富なプロデューサーが新人アイドルをトップへ導けるかといったらそれも少し違う」

P「……」

律子「私たち765プロが掲げていることは、アイドルとプロデューサーの二人が同じ方向を見ることなのよ」

P「同じ方向……」

律子「そうすれば、結果は付いてくる。その為の努力は最低限必要だけど」

P「……そうですね……」

律子「……」

P「……はい。……はい! 頑張ります!」

律子「……」

P「律子さんの言葉一つ一つが胸にきました! さすがです律子さん!」

律子「…………」

P「やっぱり数多くのアイドルを輩出してきたプロデューサーはモノの捉え方が違いますね!」

律子「……遅いわね、あの子たち」

P「『あずみ』というアイドルは俺には荷が重い、なんて情けないこと考えてましたけど、一緒に頑張って行きたいと思います!」

律子「あの子自身は問題ないんだけど、状況が複雑すぎるのよ。ベテランでも苦労するところだから」

P「でも、それは関係ないってことですよね……頑張っていく所存です!」

律子「……まぁ、もっと重くなるんだけどね」

P「……へ?」
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 11:29:57.91 ID:IBSfsgHXo

コンコン


律子「どうぞ」

「失礼します」

幸子「なにさ、急に呼び出しなんて」

P「幸子……?」

幸子「げ、なんでアンタがここにいるのさ」

律子「私が呼んだからよ」

幸子「ここは765プロの会議室さ。『あずみ』のプロデューサーであるアンタは場違いだから帰んな」

P「俺は765プロの社員だって言っただろ!」

「えっと……お茶、淹れますね」

律子「お願いね」

幸子「談話室に饅頭があったはずさ」

「はい、取ってきましょう」

律子「こら、人を動かさないで自分で取りに行きなさい」

「いえ、私なら平気ですよ」

律子「って、違うわよ。お茶請けなんていらない、仕事の話をするんだから」

「まぁ、そうなんですか」

P「二人が関わっているんですよね……?」

律子「そう、『あずみ』も含めてね」

幸子「……あん? あいつがどう関係するって言うのさ」

「はい、どうぞ」

P「ありがとうございます」

幸子「春香…さんよりは美味くないさ」

「すいません、まだあの味には届かないみたいです」

律子「淹れてくれた人に失礼なこと言わないの。ほら、美夏も座って」

美夏「はい、失礼します」

幸子「……」

美夏「……」

律子「さて……」

P「……?」

律子「美夏は『あずみ』を知ってるわよね」

美夏「はい。所長さんとあずささんの娘さん、ですね」

律子「そう。その子と、幸子、美夏の三人でユニットを結成します」

美夏「……まぁ」

幸子「ふーん……ん?」

P「……え」

律子「プロデューサーはあなたがやるのよ」

P「えぇ!?」
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 11:34:50.05 ID:IBSfsgHXo

幸子「あたしがユニット!? 美夏はともかく、よりにもよって『あずみ』とかい!?」

律子「そうよ」

幸子「冗談じゃないさ!」

律子「うるさい」

幸子「ぐ……!」

美夏「あの、圭治さんはどうなるんでしょうか?」

幸子「そうさ! 美香の担当プロデューサーはどうなるっていうのさ!」

律子「他の子に回るわね」

美夏「……そう……ですか……ですよね……」

幸子「美夏! もうちょっと食い下がるところさ! このままだと引き剥がされてしまうさ!!」

律子「幸子、静かにしなさい」

幸子「うぐ……」

P「律子さん、もう少し説明をお願いします」

律子「分かったわ」

幸子「それに、コイツがあたし達のプロデューサーってのがなぁ」

P「コイツって言うな」

美夏「あの、あずみちゃんと幸子ちゃんはいいんですけど、私だけ年が離れてませんか……?」

律子「確かに幸子と五つ離れているけど、それは問題ないわ。昔、私が構想していたユニットでもあるから」

P「練りに練ったユニットなんですね」

幸子「古臭いと言われないよう、せいぜい気をつけることさ」

P「一言多いなおまえ」

律子「話を戻すわよ。あずみ、美夏、幸子の三人ユニットを結成。プロデューサーは彼が担当する」

P「……」

律子「だからと言って、ソロ活動が縛られるわけじゃないのよ」

美夏「……ソロ活動の時は三人別々のプロデューサーが付くということですか?」

律子「話が早くて助かるわ。美夏には圭治くんが。幸子には私。あずみはそのまま彼が付く」

P「……そうですか」

幸子「他のプロデューサーに取られなくてよかった、って、安堵の溜息かい」

P「うるさい」

律子「今のあずみへの世間の注目を利用すれば、幸子の若干のブランクも補える」

幸子「……」

P「サボってたもんな」

幸子「こんなしょうもない仕返しするような男がユニットのプロデューサーってのが納得できないさ」

P「……それに同意するのもアレなんですけど。……律子さんが適任じゃないんですか?」

律子「…………」

幸子「?」

美夏「どうかされたんですか?」

P「律子さん……?」
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 11:37:35.21 ID:IBSfsgHXo

律子「ここだけの話にしておいてね」

幸子「うん?」

律子「あなた達が沖縄から帰ってきてすぐに、所長が765プロを退職する意向を示したのよ」

P「え……!」

幸子「…………」

美夏「そ、そんな……」

律子「所長の席を何時までも空けてるわけにもいかないから、とね」

幸子「……それで、社長はなんて?」

律子「彼の意思を尊重する、って言われたわ」

P「……」

律子「いつものようにやってくれて構わないとも付け足してくれた」

P「いつものように……?」

律子「社長は事務所の立ち上げからずっと、現場で動く私たちに任せてくれているの」

幸子「……」

律子「だから、あずささん、春香、やよい、私で集まって相談して決めた」

P「……」

律子「戻ってくるまで空けていようって」

幸子「……!」

律子「その為にも、話合った四人で所長が空いた穴を埋めることが先決。私は仮の所長という肩書きを付けることになったわ」

P「だから律子さんはプロデュースに専念できない、と……」

幸子「待った、あたしのソロ活動はどうなるのさ」

律子「そうね、あなたのソロ活動は私が担当するとはいったけれど……」

P「え……、あ……さっき律子さんが言った、重くなるって……このこと……?」

律子「そうよ。フォローはするつもりだから、よろしく」

P「は、はい!」

幸子「は?」

P「俺が……おまえとあずみをプロデュースするんだ」

幸子「冗談きついさ」

律子「冗談なんかじゃないわよ。今は765プロの瀬戸際と言っても過言じゃないんだから」

美夏「それがユニット結成の流れ……ですね」

律子「そういうこと。圭治くんも他のアイドルの担当になることで負担を分散できるからね」

幸子「……しょうがない、コイツで勘弁してやるさ」

P「……」

律子「話はおしまい。これからは私が組んでいた予定表を柱に、四人で決めていってちょうだい」

P「……わかりました」

美夏「それでは、親睦をかねて、お話でもしましょうか」

幸子「どうせならお菓子を用意するべきさ。美夏、取って来て〜」

美夏「はい。それでは失礼しますね」

律子「あんたね……」
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]:2013/05/10(金) 11:39:26.66 ID:IBSfsgHXo

P「美夏さんが居てくれるのが心強いな……」

幸子「律子…さんに聞きたいことがあったさ」

律子「なによ?」

幸子「星井美希って誰さ?」

P「!」

律子「美希? 765プロのアイドルだった人物よ」

幸子「聞きたいのはそういうことじゃなくて、何者かってことさ」

律子「変なこと聞くのね。星井美希は星井美希よ。他の何者でもないわ」

幸子「それじゃ、765プロのデータベースから情報が消えてるのはどういうことさ」

律子「…………」

P「それは俺も不思議に思っていたところです。美希さんだけじゃなく、貴音さんの情報も見当たりません」

幸子「図書館の雑誌には写真と一緒に当時の情報が残ってたけど、ここには残ってないって、変じゃないか?」

律子「割と行動派なのね、あなた」

P「……」

律子「別に深い意味は無いわよ。本人の希望で特定の人にしか閲覧できないように設定してあるだけなんだから」

幸子「……」

律子「あなた達二人のような、新人ならなおさらね」

幸子「何か、隠蔽してるんじゃないだろうね」

律子「人聞き悪いわね……。美希と何かあったの?」

幸子「気になっただけさ〜。こんな堅苦しいところで今後の予定なんて決めらんない、先に談話室に行ってるさ」

P「あ、あぁ……わかった」

律子「……」

P「先が思い遣られるな……」

律子「何かあったの?」

P「いえ……。ただ、沖縄から所長の病室へ通信会話をしている時、美希さんが気になることを言っていたので」

律子「何て言ったの?」

P「『さちこ? 知らないよ、私』……と」

律子「それのどこが変なのよ?」

P「伊織さんが美希さんに『あんたが知らないのは当然ね』と言った後だったので……」

律子「幸子が入所したのは美希がどこかへ行ってる時だから、知らないのは当然。だけど、自身で再確認している、と」

P「……そう感じたから、幸子は違和感を感じたのだと思います」

律子「なるほどね。……ほら、あなたも行きなさい」

P「はい。それでは、失礼します」


スタスタスタ

バタン


律子「……」


律子「変な注文をしてくるわね、美希は……」



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