VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga<>2013/03/12(火) 20:35:21.19 ID:fz9LGbgw0<>
『さようなら』

その時の私に出会うと、みんなそう言うの。

昔は、私は今よりずっとわがままだったのよ?
わがままって言うのは、自分の意見だけを押し通すってことなの。わかる?
自分は水瀬財閥の娘で、大事にされている…そういう事は、小さい頃から知ってた。
だから気に入らない事があれば、虎の威を借りて、何でもその場で押し通してた。

小さいころから、思ってた。
どうしてそんなことを言うんだろう、って、そう思った。
でも、わかった。ああ、どうしてだったのか…って。

私は、他の人とは確かに境遇が違う。
何も不自由なんてなく育ってきた。本当に、何も。

でも、そのとき私が抱えていた、他人には一生かかっても持ち得ない大量の自由は
少しだけ大人になって、全て不自由へと変化した。どうしてか、って?決まってるじゃない。
苦楽を乗り越えてきた人間と、楽しか選ばなかった人間がいて。
いずれ、苦も選ばなければならなくなったそのときに、どちらが強いのか。

…すぐにわかるわよね。
どちらが強いかなんて、一目瞭然…いいえ、比べるまでもない。

そして、私は自分の無力さを実感した。
私は何も持ってはいなかった…そこで、ようやくわかった。
『自分の』部屋、『自分の』服、『自分の』家、何もかも。

それらは全て正しく言うなら、『自分の家の親から貸し与えられた』ものだった、って。
それに気付いたとき、私は泣いた。涙の一滴すら、流れなくなってしまうくらいに。
だって、そうでしょう?全てを得た気になっていたのに、何も持っていなかったのだから。

自分はなんて無様な人間なのだろう、そう思って、新堂の胸で泣いた。
私は思ったことを全て話して、恥じて、誓った。何もかも、自分の善悪を全て1つにして吐き出した。
『きっといい子になる、時間はかかるかもしれない…けれど、きっと…だから、見ていてほしい』って。

新堂は複雑そうに、目元に皺を寄せながら…少しだけ、涙を流しながら言った。
私は驚いた。どうして、そんな顔をするのだろう、って。
そして…彼も、こう言ったの。







『さようなら』って。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1363088121
<>伊織「さようなら」 VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:36:44.63 ID:fz9LGbgw0<>
その日から、新堂は言葉通り私の前に姿を見せなくなった。
これも自分が招いたことなのだから、しょうがないわよね。
でも、そのおかげで私は自分を知ることができた。

そして、改めて考えることが出来た。本当に自分が持っているものは何か、ってことを。
まずは私の身体。産んでくれたんだから、当然よね。私の肌、髪、顔。
これに関しては、たった1つ、私が生まれながらに持ち得て、受け継がれたもの。
正直、気に入ってるわ。尊敬するパパとママに、そっくりなんだもの。

他にも、美術・工芸品の価値、真贋を見極めるだけの知識、眼力…そういうものを持っていた。
パパやママがよく集めていたりするから、どういうものが本物かを見極められる。
それに近いものとして、センスがよかった。ファッションから、何から何まで。

あとは、学業にも秀でている。新堂が、家庭教師の代わりをしてくれていたから。
おかげで勉強には困ることはなかった…何もしなくても、1番を取るほどには。
けど、こうなってしまった以上、もう新堂には頼れない。これからは、自分でなんとかしなければ。

そこまで考えをまとめた私は、次を考えることが出来なかったの。
私が本当に持っていたものは、それだけだったんだから。

何か目に見えるものとして存在していたのは私の学業成績だけ。
ありとあらゆるものを集めてみたけれど、ダンボールに一箱分にもならなかった。
愕然とした。私の十数年の人生で目に見える成果が、ダンボール一箱分以下だったなんて。

私は今までしてきた事を思い出した。
我欲を満たし、存在を承認してもらうための日々だった。
ただ、認めてほしかったのかも。裏を返せば、少し寂しかったのかもしれない。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:37:24.93 ID:fz9LGbgw0<>
私には兄がいる…ふたり。普段はお兄さま、って呼んでるの。
パパとママみたいに、すごく頭がよくて、格好良くて、尊敬してるから。
『一族の最高傑作』だなんて言われてるのよ?すごいわよね。私には、ただそういうしか出来ない。

私も学力には自信があるけど、お兄さまたちには遥かに手が届かない。
『頭がいい』っていうのは、学力、教養、柔軟な発想…つまり、機転かしら。
私には学力以外の2つがなかった。

教養なんて、今までやってきた事を考えれば、口にする事も恥ずべきこと。
機転だってそう。ただ我を通せばなんでもできた。機転も何も必要としなかったから。

お兄さまたちは会社の社長をしていたり、アメリカへ留学していたり。
他方で私は家の中で日々を過ごしているだけ。
自業自得とも思うけれど、少しコンプレックスだって感じてるのよ。
でも尊敬もしてるから、なんとなく二律背反って感じ。ちょっともどかしい。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<><>2013/03/12(火) 20:37:44.12 ID:ehIHw6ux0<> 期待の支援 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:38:26.24 ID:fz9LGbgw0<>
ああ、話が逸れちゃった。
続けるけど、私はお兄さまたちを参考にすることにした。
素晴らしい才能を持っていながら、一切それを鼻にかけたりしないの。
真面目なだけじゃなく、遊ぶ事も知ってる。見識がとっても広いの。
その時の私は不思議だった。どうして、自慢しないのか、って。

私はたまたま家に帰ってきていたお兄さまに尋ねた。ああ、上のお兄さまに。
『お兄さまはどうして素晴らしい能力を持っているのに、それを自慢しないのですか』って。

そうしたら、お兄さまはくすくすと笑っていたの。でも、蔑んでいるわけじゃなかった。
とっても嬉しそうに、私を見て笑うの。私まで笑ってしまいそうだった。
でも、どうしてもわからないから、続けて尋ねた。

『お兄さまが自慢をすれば、きっとみなは褒めてくださるでしょう』
『それだけの事をなさっているのですから。私は、何か間違っているでしょうか?』

不安そうに尋ねると、お兄さまは慎重に言葉を選んでいるようだった。
私のような小さな妹に対しても、真剣に考えてくれていることがわかった。
だから、私はしばらく待った。それが5秒だったか、5分だったか、覚えていないけれど。

そして私の目を見て、こう言ったの。
『間違っていないけれど、間違っているよ』って。

お兄さまが言葉を真剣に舌の上で転がして選んで、出した結論がそれだった。
ならばきっと意味がある、今の私には意味が分かっていないだけなのだと。
そう思った。

思い返してみれば、私はお兄さまのしていることをほとんど知らなかった。
だから同じ立場になろうと思った。でも、まず何をすれば良いのだろう。
こういう時にお兄さまを頼ればいいかも…と思ったけれど、それはしなかった。

決めたのだから。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:38:58.79 ID:fz9LGbgw0<>
お兄さまと同じ立場になるという事が分からなかった。
お兄さまと私を比較して、自分のあらさがしをして落ち込む、ただそれだけだった。
先が見えないので、改めて自分の置かれた立場というものを再確認してみることにした。

水瀬伊織。中学生で、水瀬財閥の娘。
ただ、それだけ。他に言いようがなかった。それは今までの経験からもそう思った。
社交界でパパについていった時も、口を揃えて言うの。
年齢、性別、職業…みな違う人たちなのに、同じ事を言うの。
『ああ、あの、水瀬財閥の…よろしくお願いします』って。

人が私を呼ぶときに外れることはなかった評価が、『水瀬財閥の』だった。
もし仮に、私が水瀬財閥の娘でなければ、人は私にどのような顔をしたかしら。
同じように、私に笑いかけてくれたのかしら。にっこりと、私の目を見て。

…その下にある、本音を隠して。

ねえ、私に挨拶をする、ってどんな価値があるか知ってる?
私が社交会に行くと、みな私に挨拶をするのに必死なの。
だって、私に挨拶をして気に入られたなら、仕事でいい思いが出来るのだから。

私に挨拶する、って事は結局、2人に挨拶することと同じなの。

…私の後ろには、パパがいるのだから。そして、おじいさまも。
世界的な企業を統べる、2人の王に。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:39:44.28 ID:fz9LGbgw0<>
親っていうのは、子供が出来たら嬉しいものなのよ。
中にはいい顔をしない人も居る…けれど、私の所は違った。
私が生まれて、ある程度物心がついた時点から…私は光で眩しい社交会へと足を踏み入れていたらしい。

その時の記憶はあまりないの。だって、本当に昔の事なのだから。
だから、私は向こうを知らなくても、相手は私のことを知っていたりする。
ほんの数秒、数分の会話しかしていない相手にも、言われるの。
『昔、会ったことがあるんだよ。小さい頃だったから、覚えていないかな』なんて。

いくら小さい子供でも、あくまで水瀬財閥の娘。
そんな言い方をされたら、当然こう答えるしかない。
『はい、もちろん、覚えています。私によくして下さいましたから、あのときは』
幾度と無く繰り返したその言葉。今でも不意に問われたらそう答えそうになる。

そう答えると、相手は今までにない笑顔を浮かべるの。心の底から笑ってる。
けど、決して本意は見せない。どこまでも、どこまでも深く黒い瞳の中で。
私は利用されていると知っていたわ。他人の出世の材料として、生贄のようなものとして。

…どうして、正直に答えないか、って?知らないものは知らない、そう答えないのか…って?
私だって、知らないものは知らない、そう通したい。
けれど尊敬するパパやママ、お兄さまたちの顔に、名誉に、家柄に泥を塗るわけにはいかないでしょう?

どうしていたら、よかったのかな。どうしていたら…そう考えるときもある。
そうして言うところの、猫をかぶることを覚えた。

ありとあらゆる世界的な実業家たちが集まる社交会。
世界のぜいたくを全て1箇所に凝縮したと言っても過言ではない、社交会。

ただ…私もそれを繰り返すうちに、おかしくなりそうだった。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:40:33.70 ID:fz9LGbgw0<>
歳を重ねるごとに増える社交界。そのときもまだお兄さまの立場への足がかりすら見えなかった。
そして、また繰り返すの。『はい、もちろん、覚えています』

私のしていることは、機械とやっていることと代わりはなかった。
ただ、血が通っているか、いないか。それだけだった。

そのときの私は、ほとんどおかしくなっていた。
そのときの自分の価値の限界を知っていたから、なおさらだったのかも。

私は自分がいやになった。別に容姿や学業がどう、とかではなかった。
自分の振る舞い、一挙一動が知人という名の世間に監視されているのだから。
自分の存在を認めてほしい、家に背くことはしたくない。
それだけの理由で、私は自分に色を重ねた。幾重にも幾重にも、元の色が分からないほどに。

ついに家ですらいつもの言葉遣いを忘れることすらあったわ。
使用人に尋ねられて、いつもの定型句が口から滑り落ちたとき、私は、気付いた。

他人の出世の材料とされ、自己主張も出来ない。
名前と肩書きをひたすら覚え、定型句ばかりを口にして。
さっき、猫をかぶるって言っていたでしょう?…もう、そう表現するのは適切じゃなかった。

…私は、猫そのものになっていた。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:41:05.44 ID:fz9LGbgw0<>
私の家では、あまり娯楽があるわけではなかった。
私の娯楽…つまり、楽しみは…買い物をするくらいだったかしら。
欲しいと言えば買ってもらえたし、買ってこさせた。
でも、小さな私が思いつく欲しいものは、すぐに尽きた。

家にはゲームだってあった。何でも揃っていたと思う。
最新作のゲームだってあったし、何十年も前のゲームだってあった。

けれど、遊ぶ友達も限られていた。
ジャンバルジャン…ああ、私の家の犬のジャイアントシュナウザーよ。
それに、シャルル…私のともだち。

学校に友達と呼べる人はあまり居なかった。
みな家の繋がりで私の周りにいて…社交会のような気分になってしまって。
私の考えを見透かしたかのように、疎遠になった。

だから娯楽と言えば、少しゲームをするくらいだけれど、やはり飽きてしまったの。
あまり1人でやりこんだりするタイプではなかったみたい。
他には、旅行も好き。でも、家族と行くもので、あまり趣味とは呼べないかも。

たまにテレビを見るのが好きだった。
ニュースでも、クイズ番組でも、何でも。
でも、バラエティやお笑い…そう言った類をほとんど見せてもらう事はなかった。
きっと、教育上の…といったところでしょう。本当はとっても見たかったのに。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:43:42.62 ID:fz9LGbgw0<>
話を戻すけれど、猫そのものになった私は、まさに気分のままに社交会を出た。
パパはいつまでも話の途中だったし、使用人もせわしなく働いていた。
そこまでずっと猫をかぶって『水瀬財閥のいい娘』を演じてきた私を心配するものはいなかった。

きっと思っていたのよ。誰も彼も、私がいい娘であり続けるのだろう、って。
まさか逃げ出したりするだろう、なんて思いもしなかったでしょうけれど。

車でしかまともに移動したことはなかったから、なかなか骨が折れた。
でもとっても新鮮だった。景色をガラス越しにしか見ない私にとっては。
一歩一歩を踏みしめて街の景色を眺めて、街の明かりに目を奪われて。

社交会なんかより、ずっとずっと綺麗で…私には、希望の光のように見えた。
そのとき、お腹がなった。ずっと挨拶ばかりしていて、何も食べていなかったから。
基本的に社交会が終わってから遅い夕食をとっていた私には、今がチャンスだと思った。

普通の人が食べているものが食べたい。普通の人が飲んでいるものを飲みたい。
普通の人が見ている景色を見たい。普通の人と、同じように。
世間を知らない私には、お兄さまのような見識を得られる絶好のチャンスだと思った。

私にはどの店がどう、という区別がつかなかった。
知っているのはブランドの名前と店だけだったから…何も分からなかった。
でも、お腹はどんどんすいていく。迷った挙句に、1番近い喫茶店に入ったの。

最近ではあまりない、木造の小さな喫茶店だった。私には狭いと感じた。
落ち着いた雰囲気が漂っていて、ほのかにコーヒーの香ばしい香りがして。
私にはコーヒーは飲めないけれど、とってもいい香りだと、心から思った。

私はまた、恥じることになった。
この店の木の質感、長年をぎりぎりでやりくりしているのだろう、という店の内装。
時計は少し傾いているし、絵も恐らく名もない絵描きのものでしょう。
けれど、今までのどの高級なものよりも、非常に高い価値を感じたから。

ブランドなんて、世間の印象に踊らされていた私が恥ずかしかった。どこまでも。
いいじゃない、そんな本音が口から漏れるほどに。とてもいい店だと思った。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:45:26.33 ID:fz9LGbgw0<>
そして店員さんがやってきた。歳をとっているけれど、笑顔のきれいな品のあるおばあさんだった。
ちょっとふっくらしていて、着ている花がらのエプロンは、とってもよく似合っていた。

『ご注文は、お決まりですか』
そう、優しく聞いてくれたの。でも、私には注文の方法も定かじゃなかった。

えっと…なんて、私が戸惑っているのを見て、メニューを差し出してくれた。
そこにはあまりメニューはなかった。サンドイッチ、コーヒー、紅茶、オレンジジュース。
他にもいくつかあったけれど、私の目を惹いたのはオレンジジュースとサンドイッチだった。

サンドイッチなら軽食だし、量もきっとちょうどいいわよね。
オレンジジュースは飲んだことがなかった。我が家ではジュースが出ることも稀だったから。
社交会にいけばお酒、紅茶…どれも少しで数十万円だなんて価格がするから、嫌気もさしていたと思う。

私は迷わずそのふたつを注文した。
『少々お待ちください』と、おばあさんはにっこり笑って言ってくれた。
ああ、久しぶりに見た。この、裏表もない笑顔を。
お歳をめされているのに、なんて美しい女性なのかしら…そう、思った。

待っているあいだ、私は周りを見回した。
調理をしているのは、おじいさんだった。彫りが深く、若いときにはもてはやされただろうと思った。
おばあさんとは対照的に無言で、されどてきぱきと仕事をこなしている姿がカウンター越しに見えた。

他には数名しか居なかったけど、品の良さそうな方々が、軽く笑いながら談笑していたの。
この雰囲気のせいもあったと思う。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:46:26.82 ID:fz9LGbgw0<>
『お待たせいたしました、サンドイッチと、オレンジジュースです』
差し出されたサンドイッチには、本来の量ではないだろう具がたっぷりとつまっていた。
おばあさんは大きなくりくりとした目を少しだけ細めて、こう言った。

『こんな夜に小さなお嬢さん1人でいらっしゃるなんて、と思って』
『私の勝手なサービスですけれど、よろしかったら…おせっかいで、ごめんなさい』

私は『小さな』なんて言われるのは絶対に嫌だけれど、その時はまったく怒りもしなかった。
だって、全く馬鹿にしているわけじゃなくて、孫を見るような目でおっしゃったのだから。
しかも、どこの誰か分からない子供に、こんなに親切にしていただけるなんて。
逆に、なんとなく、嬉しかったの。自然に、くちもとが緩んだ。

オレンジジュースには、ストローをつけてくれた。赤のストライプの、普通の。
きっと、身長のせいで飲みにくいこともあるだろうと思って、つけてくださっていたのでしょう。

そんな些細な気遣いが、このお店を支えているんでしょう、そう思った。
私がひとつめの野菜がたっぷりつまったサンドイッチに手を伸ばそうとしたとき、
他のお客は帰って行って、私とおばあさんと、おじいさんだけになったの。

私はその具がたっぷりとつまったサンドイッチをひとくち頬張った。
ふっくらとしたパンに、いい音を立てて切れる野菜、ほんのりとしたお肉の甘み。
とっても美味しい。もっと気の利いた事が言えればいいけれど、それしか言えなかったの。

おばあさんはまた嬉しそうに目を細めて、私の対面の席に座った。
椅子も使い込んでいるのか、軽く音を立てて。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:47:39.94 ID:fz9LGbgw0<>
『ねえ、お嬢さん。お嬢さんは、どこから来たの』
『ああ…ごめんなさい。とっても綺麗なお洋服を着ているから、つい、気になって』

きっと内心では心配して言ってくださったのでしょう。こんな夜に。
とりあえず話のきっかけを作ろうと思案してくれていたのかもしれない。
その言葉で、一気に現実に引き戻された。抜けだしてきたことも、家のことも。

私は…そうつぶやいたとき、続けていってくれたの。
『食べながらでも構わないから、テレビでも見ながら、少しお話しましょう』

そう言ってテレビをつけてくれたおばあさん。
天井近くに取り付けられた小さなブラウン管テレビが、軽く静電気を帯びて点灯する。
『お嬢さんは、どんな番組が好きかしら。流行りのものには、疎くて』

分からない。正直に答えた。サンドイッチを飲み込んで、ただ、それだけを。
そうすると、次々とチャンネルを変えてくれた。その中でも、目にとまるものがあった。
私が見たこともない大きなドームの中で、光に照らされながら歌う女の娘。

そのときの私には、まるで、魔法使いのように見えた。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:48:23.01 ID:fz9LGbgw0<>
目を奪われていた事に気付いた。
たくさんの人の前で歌って、人を笑顔にして、人々に支持されて。
自分の存在を…認められて、いたのだから。

私はおばあさんに全てを話した。家のこと、私が思っていることと、実際の私のこと。
親身になって頷いてくれて、しっかりと聞いてくれていることにも喜びを覚えた。
ああ、理解してくれているのね。そう感じることができた。ただ、答えを求めた。

『お嬢さんは、どうしたいのかしら』と、開口一番の質問だった。
『その、素敵なお兄さんのようになりたいのかしら。それとも、お母さん、お父さんのように?』
答えに詰まった。確かになれれば嬉しい。けれど、なってどうするかなんて、考えてもいなかったから。

すぐに答えに行き着いた。認めてほしい。とりあえず、その一言だけが出た。
私の頭を巡る考えに反して、私の舌は流暢に回った。
水瀬財閥の娘だからじゃない。誰かのためにでもない、ただ、自分のために。
多くは望まない、たった1人でもいい…、私を、水瀬伊織を認めてほしい。

『答えが出たようで、よかった』
そう言ってくれたおばあさんは、まさに、魔法使いだった。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:49:01.48 ID:fz9LGbgw0<>
喫茶店のドアベルが鳴る。お嬢様、お嬢様。そう呼ぶ使用人の声が響く。
帰りましょう、旦那様がお待ちです。旦那様が、旦那様が。
お帰りにならないのであれば、多少強引にでも、と。黒服はそう言った。
その中に新堂は含まれていなかった。当たり前だけれど、少し寂しかった。

『すぐに行くから、外で待っていなさい』懸命に声を絞り出した。
どうせ入り口は1つしかない。裏に回ればあるだろうけれど、そんなことをしても気付く。
理解したのか、数人の黒服たちは店の外に出て立っていた。

『ごめんなさい』私はその一言を告げるのが精一杯だった。
せっかく、もっとお話ができそうだったのに。もっと、色々教えてほしかったというのに。

いいのよ、そう言っておばあさんは私の頭を優しく撫でてくれた。
あなたは、あなた。他の誰も成り得ない、たったひとりの、あなた。
お嬢さんの未来に、少しでも貢献できたなら。
ああ、オレンジジュースをまだ飲んでいませんよ。そう言ってくれて。

私はストローを軽く吸い、はじめてのオレンジジュースの味を確かめた。
柑橘系のいい香り。とっても酸っぱい。こういう飲み物なのね。

ありがとう。きっと、この事は忘れません。
本心から、そう言った。私の身体も、自然と頭を下げていた。
スカートの裾をそっと摘むのではなく、頭を下げた。心から、感謝していたから。

それでは、また。
そう言って店を出て、黒服たちに案内されるがままに車に乗り込む。
まだ軽く揺れるドアベルの音が響いている。少し錆びたような、けれど、心地良い音が。

おばあさんがドアの前に出てきて、何かを言ってくれている。
車に入れられた私にはあまり上手く聞き取れなかった。けれど、最後の一言だけは、わかった。







『さようなら』

口に残るオレンジジュースの味に、ほのかに、甘みが差した気がした。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:49:29.71 ID:fz9LGbgw0<>
その後の事はよく覚えていないの。
家に帰ったら、今までにないくらい、優しく迎え入れられた。
奥の広間に通じる手前の廊下を通って、自分の部屋に戻るように使用人に促された。

奥の広間で少し大きな声が聞こえた。
お兄さまの声だったと思う。伊織、という言葉が聞き取れたから。
使用人も慌てたように、私に部屋に戻るように促す。

心配そうに身体を労ってくれる使用人。けれど、私はどこも痛くはなかった。
むしろ、意思は確固たるものになっていたのだから。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:49:57.16 ID:fz9LGbgw0<>
ベッドに横になり、今日の事を思い出した。
勝手に社交会を抜けだしたこと、街に出て、たくさんの輝きを知ったこと。
おばあさんと出会って、自分の答えを見つけたこと。
とっても甘酸っぱい、オレンジジュースを飲んだこと。
そして―――アイドルに、目を奪われたこと。

水瀬財閥の水瀬伊織ではなく、1人の女の娘として、1人の人として。
水瀬伊織を、認めさせるために。
私は私の力で、水瀬伊織を認めさせてみせる。そう、強く決めた。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:50:39.96 ID:fz9LGbgw0<>
アイドルに目を奪われて、羨んで、憧れて。
私はアイドルになって、自分を認めさせることに決めた。

アイドルになるためにはどうすればいいのか。
とりあえず、インターネットで検索すればいいでしょう。
そう思って、共用のパソコンを開いた。

休みの日を1日中費やして、私はたくさんの情報を得た。
アイドルは歌って踊るだけの存在ではないこと。
多くの地道な活動の上に存在していること。
オーディションは各プロダクションで行われていること。
プロダクションに所属しなければならないこと。

続けて調べても、プロダクションがありすぎて分からなかった。
東京だけでも、限りない数のプロダクションが存在するからよ。

そうしているうちに、1日が過ぎた。
今日は夢中になりすぎて2回しか食事を取っていない。夜になって、空腹が訪れた。
お腹がすいたら何か作ってはもらえるけれど、そんな気になれなかった。

あのサンドイッチを思い出してしまったから。
また食べたい。あのサンドイッチを。
材料は、なんだったかしら。どんな味がしていたかしら。

ゆっくりと記憶をたどりながら、食堂へと足を伸ばした。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:52:19.87 ID:fz9LGbgw0<>
まだ、シェフはいるようだった。
食器や調味料、食材のしたごしらえなどをしていたらしい。
私に気付いて、声をかけてきた。

『お嬢様、何かお作りいたしましょうか』
どうしてわかったのか、と思ったけれど、深夜に食堂にいるのだから当然よね。
とりあえず、思っていた事を口に出した。

サンドイッチを食べたいのだけれど、自分で作って食べてみたいの。協力してくださらない?
彼は驚いているようだったわ。無理もないわよね。
今までわがままだった小娘が、いきなり態度が変わったのだから。

私は続けた。
怪我をしたら、きちんと私の責任であったことをパパに伝えます。だから。
何度も頼み込んで、ようやく折れてもらった。
味を詳細まで思い出して、彼に伝えた。こんな感じだった、あんな感じだった。
彼は言う通りに味を生み出していった。

私は本当に驚いた。見聞きしただけで、ここまで味を表現できるのね、と。
こんな一流の人間に対してわがままをしていたのか。そこでも気付くことが出来た。
気付いた時点で、今までの非礼を詫びた。そして、ありがとう、と。

包丁を使うことに慣れていなかった私だから、パンは若干ちぎれていたし、
野菜も綺麗に切ることは出来なくて…形も、見栄えもあまりよくはなかった。
でも、彼は懸命に、丁寧に私に1つずつやり方を教えてくれた。
仲直りも兼ねて、彼と一緒に食べることにした。

美味しいです、そう言って微笑んでくれる彼も、また優しい人だった。
味も形も似せることは出来なかったけれど、これもまた、格別の味だった。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:54:02.84 ID:fz9LGbgw0<>
私はここまでの事で気付いた。
私の今までの行動も、きちんと相手に素直になれば、気持ちが通じることを。
あれこれアイドルになるために画策していた事が、急に馬鹿らしくなったの。

だから、私はパパに直接話をしよう、そう思った。
きっとわかってくれる。わかってくれなくても、意思だけは伝える。
やりたい、目指したいという、意思だけは。

けれど、私はまだそれをするに値しないと思った。
私の周りにいる使用人への非礼を詫びていないから。

みんな、私のために懸命に働いてくれている。なのに、私がわがままを言ってしまって。
なんて失礼なことをしたのだろうと、胸が傷んだ。少しだけ、動悸も早くなった。
でも、やらなければならない。それが、私のはじめの一歩として。

家の使用人は毎日同じ人というわけではない。
長く勤め続けている人もいるが、定期的に休息を与えられている。
1週間かけて私は皆に謝罪を続けた。

私を責めても、構わないのです。仕方のない事をしたのですから。
そう言っても誰も私を責めたりしなかった。
ある使用人に私をどうして責めないのか、そう聞いた。
もしかしたら、と思う節もある。

彼は言った。
『決して、旦那様が怖いというわけではないのです』
『お嬢様は、過去を悔い、自らを改めようとしていらっしゃる』
『お若いのに、自らの過ちを潔く認めなさることは、そうそう出来ることではありません』
『よい方向に向かおうとしていらっしゃるお嬢様を、どうして責めることができましょうか』
『わたくしは、お嬢様の成長を拝見して、喜びすら感じておりますよ』

涙があふれた。
ただ、ただ、謝り続けた。
もう、このような過ちだけはすまいと、固く誓ったの。

そして、全てを変えるその日がきた。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/03/12(火) 20:55:26.92 ID:h0+z+F2to<> 最初のアイマスが世に出た頃はネットもまだまだ未発達なとこ多かったんだよなあ・・・ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:55:39.75 ID:fz9LGbgw0<>
お話があります、パパ。
ディナーを終えて、使用人も全員下がったその後に。
『ああ、やはりか』とでも言いたいような、そういう顔をしていた。

全て筒抜けだったのだろう。容易に想像はできた。
共用のパソコンを使っていたのだから。
履歴は消したつもりだけれど、方法なんていくらでもあったのでしょうから。

伊織。
私を呼ぶ声がだんだんと大きくなっていくのを感じる。
けれど既に私は踏み出したのだから。もう振り返ることはない。

私は、水瀬財閥の水瀬伊織ではない事を証明します!
友人に、世間に、社会に!そして自分自身に!
私が水瀬伊織であることを、認めさせたい!
その方法として、アイドルがしたい、そう思っています…

だから…

だから。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:57:11.16 ID:fz9LGbgw0<>
『…伊織は伊織だ、我が、愛する娘…それに変わりはないよ』
『―――けれど、伊織は、自分が認められていない、そう思っている』

はい。お父様もお母様も、私を心から愛してくれていることはわかっています。
けれど…

『けれど…水瀬財閥という言葉に縛られている』

はい。だから…私は。

『………』

『…やって、みたらいい』
『それで気が晴れるのならば、自分が自分だと、証明できるのならば』
『ただし…やるからには、頂点を目指して』

カードケースから、1枚の名刺を取り出して。

『プロダクションも探していたんだろう?古い知人だが、彼の所へ行くといい…話は、しておくから』
『信頼に値する、プロデューサー…いや、今は社長がいるから』

『きっと、彼のところなら』
『…伊織は、どんなアイドルになるのかな』

それはもう、決まっている。
星や朝より照る、ダイヤモンドのような。
永劫不変の存在に。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:57:55.74 ID:fz9LGbgw0<>
そうか、なんて微かに笑ってくれる。
今、私が笑っていられるのも、パパのおかげ。

近いうちに訪ねてみようと思います。
そう告げて、部屋を出て行こうとしたとき。

『ああ』
つぶやきが聞こえる。

『伊織には、必要なかったのかもしれない』
『これが、必然だったのかもしれない』
『伊織もまた、一族の最高傑作なのだから』

『ああ』
『それなら』
『そのような――――』

また、私の耳に届いた。









『―――――――さようなら』
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:58:30.70 ID:fz9LGbgw0<>
事務所に所属することになって、最初は何もかもが大変だった。
レッスンだったり、営業だったり。

努力に反して結果が出なくて、たまに我慢ならないときがあるの。
でも…本当に怒っているわけじゃないの。期待通りにならないから…ううん、違う。
すぐにトップアイドルになれるとは思ってない…けど、伸び悩みがもどかしいんだと思う。

今までもたくさん迷惑をかけてきた。今だって、かけることがある。
たまにしか素直になれないけど…いつか、きちんと話すから。

みんなと出会って、私はだいぶ変われたと思う。
たまにぶつかっちゃったりもする。
けど、それだけ本音をぶつけられる相手だ、って事。

私が猫をかぶることも少なくなった。
営業では印象が大事だ、って教えてもらうことがあったから、猫をかぶったりする。
でも、前よりはずっと素を出すことができて、毎日がとっても楽しい。

最初はレッスンもすごく疲れたのよ?
普段から車で移動してるこの私が、いきなりアイドルになるためのレッスンなんだもの。
はじめてレッスンした日には、筋肉痛で動けなかった。今となっては、いい思い出だけど。

営業はそんなに苦じゃなかった。
社交会で慣れていた、って事もあったけど。
簡単に人の顔と名前を覚えることも出来たし、少ないけど、ファンも出来たの。
はじめてファンです、って言ってもらえた時、とっても嬉しかった。

照れて、どうしようもなくて、素が出ちゃったけど…ファンの人にはうけたみたい。
たまに罵って下さい、なんてファンレターまでくるんだもの。困っちゃうわよね。
でも、それも愛されてる証拠よね。大切にしないと。

そして、デビューから半年が過ぎて…アンタがきた。
私たちの、プロデューサーが。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:59:03.58 ID:fz9LGbgw0<>
最初はどうしようもなかった…
こっちが見ていられないくらいだったのよ?
…今じゃ、少しはましになっているようだから、いいけど。
でもまだまだ私はトップには遠い。

だから…
だから。

アンタがプロデューサーでいいから。
私を、必ずトップアイドルにして。

…そろそろ、いい時期かしらと思って。
あまり自分から話すことはなかったから。
少し、アンタの事、信じてるから。
…少しだけよ、少しだけ。

だから、話そうと思って。
私の昔話はこれで終わり。

今度は、アンタのことも少しは教えなさいよね。
普段から働き詰めで、プライベートの話なんて全く聞かないじゃない。

ああ、明日は来る途中にオレンジジュース買って来なさい。
そろそろ無くなりそうだったから。

アンタにはこれぐらいの扱いでちょうどいいのよ。
にひひっ。

じゃあ、切るから。おやすみ。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 20:59:38.29 ID:fz9LGbgw0<>
ふかふかのベッドで目が覚める。
朝食は紅茶とトースト。軽食だけれどちょうどいい。
軽くついた寝癖をなおして、身だしなみを整えて。

今日もスーパーアイドル伊織ちゃんはばっちりじゃない。
にひひっ。

でも、自惚れてはいけない。
あのときのようには、もうならないと誓ったのだから。
そして、まだ夢の途中だけど。
世界にある無限の石の1つだけど。
いつか、夢を描くひとつの意思になる。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 21:00:17.13 ID:fz9LGbgw0<>
行くわよ。
その言葉に新堂が、はいと答える。

ねえ、新堂。私、いい子になったかしら。
私はまだ自信がない。だから、そう尋ねるしかない。

『私は、ただお嬢様にお仕えするのみですので』
『…ですが』

『私がお嬢様から、「きっといい子になる、新堂は手を貸さないで、ただ、見ていてほしい」』
『そう仰られたとき、既にそう思っておりました』

『だから、私もただ、「然様なら」と、お答えしました』

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 21:00:44.87 ID:fz9LGbgw0<>
そう。照れを隠すように、少し帽子を深くかぶる。
新堂は昔を懐かしむように、軽く空を見上げながら、続ける。

『以前、お嬢様が悩んでいらっしゃったことも、もう、お分かりになるのではありませんか』

お兄さまの、『間違っていないけれど、間違っているよ』という発言を思い出す。
きっとお兄さまから聞いたのだろう。
今では、はっきりした形じゃない…けど、少しだけわかる気がする。
お兄さまも自分自身のためにしていた事を鼻にかけても、どうしようもなかったのではないか、って。
結果として人の為にはなっているけれど、自慢することではない…そういうことなのかもしれない。

『旦那様のときも』
『自らを省みて、悔い、改めていらっしゃいました』
『これをいい子と呼ばずして、何と呼びましょうか』

『それに、旦那様もまた少し後悔をなさっていたそうです』
『子の可愛さに我を忘れ、子の悩みを、苦しみを…理解できておられなかったことに』
『息子から、叱責されてしまったよ。そう、苦笑いをしておられました』

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 21:01:55.06 ID:fz9LGbgw0<>
私が抜けだした日…少し察しはついていたけれど、知らされて改めて思い出す。

『そして、おっしゃっておられた』
『伊織は、アイドルがしたいらしい。人に認めてもらいたいのだろう』
『水瀬財閥、水瀬財閥…どこに行ってもそればかり』
『だから…伊織に、やらせてあげたいと思う』
『何か要望を聞いてあげようと思っていたけれど、必要なくなってしまった』

『ここまで、よく我慢してくれたのだから。受け入れようと思う』
『不自由をさせてしまったから。少しくらいの要望を聞いてあげても、いいと思って』
『こう育ててきた反動…ああ、言うなれば、そのような』

『作用なら、と』

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 21:02:59.92 ID:fz9LGbgw0<>
ああ、お嬢様、遅れてしまいます。
新堂が私を呼ぶ声が聞こえる。
いつもの通り、車の前で待機して、ずっと私を待っててくれる。

もう、過去の私はいない。
だからと言って、過去を大切にしていないわけじゃない。

パパ、ママ、お兄さま、新堂、使用人のみんな。
みんなが私を支えてくれているおかげで、今日も笑って仕事にいけるのだから。

今行くわ。少しだけ待ってちょうだい。
そう声をかけると、いつものようにお辞儀をして、待っててくれる。

私はこれからもトップアイドルを目指し続ける。
トップになっても、ずっとずっと高みを目指し続ける。

過去の私はいない。ただ、大事なことは胸に留めておけばいい。
だから私は、昨日の私に別れを告げるの。

大きな鏡に、にっこりと笑って。








『さようなら』って。







                                 おわり <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>saga sage<>2013/03/12(火) 21:03:34.46 ID:fz9LGbgw0<>
以上です。ありがとうございました。
html化依頼を出させて頂きます。 <> 名無しNIPPER<>sage<>2013/03/12(火) 21:18:05.23 ID:AVfo9DdAO<> 乙
すごく良い雰囲気のSSだった <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/03/12(火) 21:25:51.02 ID:h0+z+F2to<> 乙
悩める少女が歩き出すまでの話って感じでいいね <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/03/12(火) 21:27:54.42 ID:LfCkeAY1o<> 乙ー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/03/12(火) 21:49:01.48 ID:79VCy9Iio<> 素晴らしい

乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/03/12(火) 21:50:18.13 ID:v27XaBXP0<> いいSSでした、乙です。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/03/13(水) 00:21:52.20 ID:2XfmB/uwo<> にひひ乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/03/13(水) 00:51:36.78 ID:tHB5p39Go<> 乙だよ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2013/03/13(水) 02:21:40.61 ID:0q4bqUlDo<> 乙
他になにかアイマス書いてる? <>